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名寄岩 涙の敢斗賞

日活には、アスリートが本人役で登場する「若ノ花物語 土俵の鬼」(1956)や「川上哲治物語 背番号16」(1957)と言った作品があるが、この作品も、人気力士が本人役で登場している相撲ものである。

当時はまだテレビが普及しておらず、ラジオで知るだけで、有名アスリートたちの動く姿を観たことがない人が多かったことから、こうした企画が成立したのではないかと想像する。

ただ個人的に若ノ花は知っていたが、この作品に登場する名寄岩は記憶にない。

一旦は大関まで上り詰めたものの、その後、病気のため、十両落ち寸前まで追い込まれた力士の復活物語になっている。

どこまでが事実に即しているのか分からないが、典型的な「難病お涙頂戴もの」のパターンにも見える。

主役が、元々しゃべりが巧そうでもない力士なので、棒読み風でもさほど気にならないのだが、2カ所ほど、長ゼリフのシーンになると、名寄岩が後ろ向きのまましゃべると言う不自然な演出になっている。

おそらく、身体の前にカンペが置いてあるのか、そもそもセリフはしゃべっておらず、別録りのセリフを重ねているだけなのかもしれない。

子供客を意識したような、名寄岩の息子のエピソードなども描かれている。

後に、TVドラマで良く観るようになる高田敏江さんの初々しい娘時代の姿や、芦川いづみさんの美しさも印象的。

その芦川さんの父親役を演じている滝沢修も若々しく、ちょっと見、伊丹十三さんの若い頃とだぶって見えるような所がある。

名寄岩のおかみさんの病名は「結核」で、しかも入院して治療を受けているのだから、完治するのでは?と思っていたが、後半、話は急展開する。

苦境からの復活、子供と母親の関係性、周囲の献身的な協力など、典型的な「お涙頂戴パターン」と分かっていても、やはり、この手の話は涙を誘う。

アスリート映画としては、良くまとまっているのではないだろうか。

現役時代のフィルム映像や、親方としての双葉山を見れるのも貴重だろう。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1956年、日活、池波正太郎原作、棚田吾郎脚色、小杉勇監督作品。

蔵前

場所前の土俵の儀式を背景に、土俵は神聖な場所である…とナレーションが相撲の説明を語る。

勝負の世界は冷酷である。

これは、文字通り「七転び八起き」の半生を生き抜いて来た男の物語である。

その男の名は…、名寄岩静男!

土俵をバックにタイトル

昭和25年 春場所 千秋楽

待合室で、横になっていた名寄岩(本人)は、関取!土俵です!と呼ばれたので、起き上がり、立上がって土俵に向かう途中、よろけてしまう。

通り道の前をファンの子供たちが大勢で立ちふさがり、サインをねだって来るが、相撲が終わってからね…と優しく言い聞かせ、土俵へと向かう。

そんな名寄岩と通路ですれ違った2人の新聞記者は、病気で参っているみたいだな…、おかみさんも寝たきりらしいと噂し合う。

土俵に到着した名寄岩は、土俵に向かって一礼する。

そんな名寄岩の様子を桟敷席から見ていた木暮真砂子(芦川いづみ)は、あんなにやつれて…、お兄様がご覧になったら、がっかりなさったことでしょうと一緒に観ていた父親で日大総長の木暮文彦(滝沢修)に言う。

2人は、昔からの名寄岩の熱心なファンだったのだ。

彼女等が案じるように、名寄岩の今場所の成績は3勝11敗と大きく負け越しており、前頭9枚目、一度大関まで張った力士とは思えない無様さだった。

ラジオの実況アナウンサーも、かつては「怒り金時」とあだ名されたほどの名寄岩が、昭和21年の大関時代の全敗をきっかけに、病気もあって、全盛期は35貫もあった体重も今は26貫まで減ってしまい、見る影もなく調子を落として来た経緯を紹介していた。

そんなラジオ放送を自宅で聞いていたのは、名寄岩の1人息子竜夫(矢野間敬二)だった。

今日の相手は、こちらも4勝10敗と不調の琴錦だった。

そんなラジオ放送を聞きたくて、うずうずしていたのは、名寄岩の自宅の向いに住んでいる近藤文吉(織田政雄)

女房のトミ(若原初子)が、長居をするんじゃないよ!と困ったように言い聞かせる中、竜夫の家に入り込む。

しかし、試合の結果は、突き落としで琴錦の勝…

隣の部屋で寝たきりだった妻の初枝(山根寿子)は、辛そうに、ラジオを消して…と頼む。

その頃、土俵では、負けて引き下がる名寄岩に、観客たちが惜しみない拍手を送っていた。

竜夫は、又大関になるよ!と言い捨てると、表に飛び出して行く。

今日は勝つと、父親の名寄岩が約束して出かけて行っただけに、ふがいない結果が耐えられなくなったのだ。

初枝の見舞いに来ていた油屋の三石鉄次郎(四代目澤村國太郎)は、言い難そうに、名寄岩も思い切って転職したらどうだろう?…と勧めるが、あの人から相撲を取って何が出来るんです?と病床の初枝は反論する。

控え室に戻っていた名寄岩は、粉薬を飲んでいた。

そこに、師匠の立浪親方(林幹)がやって来て、小暮先生とお嬢さんが来てくださったと名寄岩に声をかける。

毎月、番付を怒ってもらって嬉しいけど、なかなか来れなくて…と小暮が詫びると、無様な所をお見せして、わしは恥ずかしいです…と名寄岩の方も頭を下げる。

身体が大分悪いようだね?と小暮が案ずると、2年前に胃潰瘍をやって以来、調子が悪くて…、今度、津島病院に診てもらうつもりです。あの院長は名寄岩の後見人でしたから…と、その場にいた立浪親方が代わって答える。

その頃、近くの神社に来ていた竜夫は、4人の上級生に囲まれ、お前の父ちゃん、たった3勝しか出来なかったじゃないか!と身体を小突かれ、虐められていた。

いじめっ子たちをかい潜り、神社の方へ逃げて行った竜夫に、逃げるのか?弱虫!といじめっ子たちは囃し立てる。

竜夫は、負けるもんか!と言い返し、その後、隅田川の川縁にやって来る。

姉の初枝の面倒を見に、国から出て来ていた妹の千枝子(高田敏江)は、姉の病気を治すには、ストレプトマイシンを打ち続けるしかないらしい…、こんな時、せめて姉さんが上部でいてくれたら良いんですけど…と三石と近藤に話していた。

あの人は勝ち気だからね~…、勝ち気は胸の病気にはいけないらしいですよと、隣の部屋で寝ている初枝が聞こえているにも拘らず、近藤が無神経なことを言う。

聞こえた初枝は、無理に起き上がろうとし、戻って来た千枝子が驚いて留めると、どうせ私は、みんなの厄介者よ!私が死んでしまえば、関取もあんたたちも肩の荷が下りるわとなどと初枝が嫌味を言うので、三石が、もうすぐ関取が帰って来るよと廊下から声をかける。

それでも、放っといてください、ここで死ぬから!などと初枝がわがままを言うので、そんなこと言うのなら、私、田舎に帰るから!と千枝子が言い返すと、帰んなさいよ!私も関取も世間に見捨てられたんだから!などと初枝は自棄を起こす。

耐えきれなくなった千枝子は、泣きながら、二階の物干し台へ洗濯物を取り込むために逃げて行く。

そんな千枝子を三石が慰めに来る。

病人って、気が高ぶっているのだとは思うんですけど…と千枝子が悔むと、三石の方も、関取も大関のときは助けてくれる贔屓もたくさんいたんだけどな~…と悔しがる。

関取なんて嫌だわ…と千枝子が言うので、でも、身体一つで出世も出来るんだよと三石が言い聞かせると、それは男の人の話でしょう?女は平凡な生活がしたいのよ。私、お相撲さんの奥さんなんて絶対にならない!と千枝子は言い切る。

その時、下から、近藤の妻のトミが、千枝子さん!お薬まだでしょう?取って来て上げる!と声をかけてくれる。

そんな中、竜夫がしょんぼりして帰って来て、千枝子さんが国に帰るらしいよと近藤から話を聞くと、僕も行くよ!と千枝子に抱きついて来る。

そんな竜夫を、すっかりなついちゃったわね…、もう2年になるんですものね…と嬉しそうに千枝子も抱いてやるが、そんな楽しそうな千枝子と竜夫の会話を寝床で聞いていた初枝は、竜…と呼びかけて黙り込んでしまう。

隅田川の情景

名寄岩が帰宅して来るが、出迎えた竜夫は、どうして負けちゃったんだよ!約束したじゃないか!と文句を言う。

千枝子は、三石さんから又、ごま油を頂きましたと報告し、商売もんですよ…と恐縮する三石に、いつもすみませんと名寄岩は礼を言う。

初枝の部屋を覗くと、初枝は寝ているようだったが、名寄岩の帰宅に気づいた初枝は、障子が開いた瞬間、狸寝入りしていただけだった。

神棚に柏手を打って祈った名寄岩が座敷に座ると、又、竜夫が、父ちゃんの弱虫!と絡み付いて来る。

それを軽くいなした名寄岩は、小暮先生と真砂子さんがみえて…と千枝子に説明しながら、もらって来た菓子折りを弟子に開けさせる。

中味はカステラだったので、名寄岩は物差しを使って、正確に切り分け、弟弟子の信州(衣笠一夫)と石狩岩(黒田剛)にそれぞれ土産として持たせて帰る。

千枝子は後で食べると言い、お裾分けをもらった三石が、関取は?と聞くと、わし、甘いのがいかんので…と名寄岩は答える。

その時、夕方の触れ太鼓が聞こえて来る。

戦争で何もかも灰になったと言うのに、巣もって、日本から消えることがない…、お前さん、あの時、19だったな…と懐かしそうに、三石が語りかけると、19でした…と名寄岩も思い出す。

(回想)北海道からお灸の勉強のために上京していた岩壁静男(関田裕)は、いつも三石の「角力油店」の前を通っていたので、元来相撲好きだった三石はその体格の大きさに一目惚れし、立浪親方の所へ連れて行って紹介する。

親方も一目で気に入り、兄弟子の緑浪にちなみ、緑岩と言うしこ名ではどうかとすぐに提案する。

しかし、それを聞いた静男は、そんな弱そうな名ではなくて、自分は名寄町の出身で名前が岩壁なので、名寄岩にしたいですと自ら申し出る。

案外強情ものだなと紹介した三石が呆れると、親方の方は、強情なくらいじゃないと強くなれないと苦笑し、そのまま名寄岩と言うしこ名を許すことになる。

(回想明け)お前が大関になった時はそれは嬉しかった…と三石は懐かしがるが、名寄岩の方は、わし…、もうダメです。わしは悔しい…、情けないです…と肩を落とす。

その時、隣の部屋から、初枝の咳き込む声が聞こえて来る。

畜生!何でこんな身体になっちまったのか!と悔みながら、名寄岩は残しておいたカステラを持って、初枝の部屋に行ってやる。

そして、咳き込んでる初枝の背中を擦りながら、おい、どこが苦しいんだ?と優しく声をかける。

しかし、初枝は、そんな名寄岩の手を邪険に振り払う。

そんな初枝に対し、いい加減にしろ!と、さすがの名寄岩も叱るが、すぐに、静かにしてな…、これどうだ?と持って来たカステラを勧める。

それでも、なおも初枝は、早く死んでしまいたい!こんな身体で…、こんなみじめな気持ちで生きていくくらいなら…などとこぼすので、お前が死んだら、後に残ったわしや竜夫はどうすれば良いのか?ばか者め!と言い聞かす。

翌日、弟子たちが巡業に出かける準備をしている最中の立浪部屋に名寄岩はやって来たので、親方は、もう来たのか?と驚く。

家にいても落ち着かないから…と名寄岩は答えるが、荷造りをしていた弟弟子が、身体の調子はどうですか?今日、病院に行くんですか?早く元気になってくださいと声をかけられたので、ありがとうと答える。

弟子たちが出発した後、1人稽古場に残っていた名寄岩は、稽古柱に近づく。

その稽古柱に手を置いた名寄岩は、稽古に励んでいた若い頃のことを思い出す。

(回想)昭和8年 春 序の口

名寄岩は、髷をようやく結えるようになっていた。

昭和11年 春 初優勝

その頃から、小暮先生と、まだ少女だった真砂子が、名寄岩の試合を見ていた。

試合が終わった名寄岩は、花道で待っていた少年を抱き上げてやる。

その少年は、真砂子の方に向かって、嬉しそうに手を振り、真砂子の方も、お兄ちゃん!と呼びかける。

小暮先生の長男夏夫だった。

昭和11年 夏 前頭16枚目

立浪親方は、今場所から幕内だと部屋で名寄岩に伝え、御贔屓の席に呼ばれることも多くなるが、女にだけは気を付けろと言い聞かす。

その言葉を守り、柳橋の料亭で芸者(潮けい子)からしつこく迫られたときも、わしは女嫌いなんだ!と言って、寄せ付けないようにする名寄岩

料亭から歩いて立浪部屋に帰ろうとする名寄岩を、人力車に乗り込む兄弟子が呼び止め、今夜は良い所へ案内してやろう。堅物のお前に柔らかい所で稽古してやろう。どうせ、帰っても門限だろうと誘うが、門限まで後5分ありますと答えた名寄岩は、そのまま部屋の前まで歩いて帰る。

しかし、立浪部屋の門は既に閉まっていたため、名寄岩は門の横で所在な気に立ち尽くす。

その時、雪が降って来たので、名寄岩は道の真ん中で四股を踏み始める。

始発電車が走り抜ける頃、名寄岩は、雪が積もった立浪部屋の門の横で座り込んでいた。

その後、ようやく門が開いたので、中に入った名寄岩だったが、それを知った親方から、雪の中で夜明かしして、身体でも壊したらどうする!と説教されてしまう。

昭和13年5月

関脇に昇進

その時、横綱の土俵入りをしていたのは双葉山だった。

昭和17年 夏 大関に昇進

その時に、名寄岩は初枝と結婚する。

数年後、名寄岩は、とある小学校で行われていた相撲の稽古の前の体操に立ち会い、それを赤ん坊の竜夫を抱いた初枝が、嬉しそうに見守っていた。

(回想あけ)親方が表でお待ちです!と言う弟弟子の声で我に返る名寄岩

立浪親方と一緒に車で病院へ向い、診察の後、帰って来る車の中で、かつては後援会長だった院長が、お前を入院させる部屋がないと言うのだから…と親方は肩を落とす。

店にやって来た名寄岩から、その話を聞いた三石も、昔だったら、1~2万の金くらい借りられたのに…と悔しがる。

最近は、階段の上がり下りも苦しんだ…と名寄岩は体調の不調を訴えるが、その時、竜夫をおぶった弟弟子がやって来て、小暮先生がお会いしたいとの使いが来ましたと名寄岩に知らせる。

ふぐちり、鯛ちりの店「大金」で、その夜、名寄岩と会った小暮は、関取、どこがいけないんだ?と病状を聞く。

胃潰瘍をやった後、腎臓、神経痛、脚気と病気が続き、今では、土俵に上がっても相手も良く見えない。手に力が入らない。取っ組むと、身体が浮き上がってしまうんですと告白した名寄岩は、妻も、胸の病気で1年半も寝込んでしまっているのですが、金もないので諦めていますと窮状を打ち明ける。

すると小暮は、関取、じゃあ、自分の身体も諦めているんじゃないだろうね?と聞くので、わしは取ります!相撲取らなきゃ、わし、飯、食えません!と訴える。

小暮は、君が直って、奥さんが直らないと言う法はあるまい?と諭す。

人間は1度生まれたら2度と生まれない。君も奥さんもうちの病院に入りたまえ。明日からでも入院できるように、僕が手続きをすると小暮は言ってくれるが、名寄岩は金のことを気にしていた。

それに気づいた小暮は、僕は一介の学者だ。しかし、金の苦労をさせるくらいなら入院を勧めないよ。縁は不思議なものだ。11年の夏場所だったか。うちの夏夫を抱いてくれただろう?あれ以来、それまであまり相撲に興味がなかったうちの者が相撲を見るようになった。

夏夫も君のことが大好きだった。ファンはみんな、君の復帰を願っているよと優しく言い聞かす。

そんな温かい言葉を聞いた名寄岩は、先生!お願いします!と頭を下げるのだった。

側で聞いていた真砂子も、関取!と励まし、名寄岩は、ありがとうございます!と心から感謝する。

翌日、名寄岩を診察した日大医学部の桜沢博士(菅井一郎)は、糖尿病を治さないと、食べれば食べるほど、栄養が尿で出てしまう。

関取、何とか、元気な身体を直そうじゃないか!と励まし、栄養の取り方を考えんといかんが、米には糖分があるしね…と考え込む。

かくして、妻の初枝と同じ病室に入院することになった名寄岩だが、病院食の少なさには最初からがっかりする。

それを観た初枝は、私の分、食べません?あまり食が進まないから…と一緒に食べていた食事を勧めるが、お前は食え!と名寄岩は気遣う。

夜中、ベッドで目覚めた名寄岩は、隣のベッドで寝ているはずの初江がいないので、廊下に出てみる。

すると、背後の方で、初枝が倒れ、別室の入院患者が助け起こしているのに気づく。

名寄岩が駆け寄ると、ちょっとめまいがして…と言うので、何故、俺を起こさない!と叱りつける。

部屋のベッドに寝かしつけた名寄岩は、お前は結核なんだから、他の間者が嫌がるだろうと、特別にわしと同室にしてもらったんだ。16貫もあったお前が…と言うと、どうせ骸骨よ…と初江がすねたので、だから太らんといかんと言っただろうと名寄岩は言い聞かす。

ある日、病院の庭先で、洗濯物を干していた名寄岩の前に、師匠!わし、今日から出発します!と弟弟子が、地方巡業に出る挨拶にやって来る。

わし、東京に残らせてもらいたいです。師匠にこんなことはさせられませんと言うので、お前におかみさんの洗濯させる訳にはいかん。お前は、1日300~400回四股を踏め!と命じる。

病室の初枝にも別れの挨拶に来た弟弟子に、あんたたちは相撲を取るのが一番大切なんだよと、初枝も励ます。

弟弟子は、立浪親方の奥さんからですと言い、持って来た卵を見せる。

そんな弟弟子に、名寄岩は小遣いにしろと金を差し出す。

さすがに手を出しかねた弟弟子だったが、何度も勧められたので、いただきます!と感謝し、金を受け取ると、おかみさん、お大事に…、何のお世話も出来ませんで…と初枝に頭を下げ、帰って行く。

窓から、去って行く弟弟子の姿を見送った名寄岩は、初枝…、わしはもう、相撲は取れんのかな~…と嘆く。

相撲の太鼓の音が聞こえて来る中、初枝は思わず泣き出してしまう。

名寄岩は、窓際で四股を踏んで見るが、その後、置いてあった椅子に座ろうとして、椅子を壊してしまったので、まだ椅子を潰せる力はあるな…と自嘲する。

翌日から、名寄岩は、病院に呼び寄せた取的相手に、勝手に病院の庭先で組稽古を始める。

それを興味深気に見物する入院患者たちは、あんな取的相手にふらふらしてるんだから…、あんなにしてまで、相撲を取りたいものかね…などと、名寄岩の衰えを噂し合う。

そんな名寄岩の姿を、部屋の窓越しに見守っていたのは桜沢博士だった。

しかし、看護婦たちは、回しを締めて部屋に帰ってくる名寄岩に、岩壁さん!少し良くなったからって…、塚本先生に叱られますよ!と注意するので、すみません!と謝り、廊下で待っていた婦長にも、すみません!と名寄岩はぺこぺこする。

その後、桜沢博士に呼ばれた名寄岩は、夏場所に出たいんです。後2月と5日しかありません。今度休んだら十両に落ちてしまうんです。自分の子供みたいなものに混じって、始めからやるのは恥ずかしいです!直して下さい!お願いします!と頭を下げる。

そんな名寄岩に桜沢博士は、出られません、許しません。私には、小暮総長から関取を預かった責任があります。良いですか?断じて許しません!と淡々と答える。

病室に戻って来た名寄岩は、くそっ!と悔しがり、ベッドにふて寝する。

帰って来た取的から話を聞いた三石は、可哀想に…と同情する。

取的は、明日も呼ばれている。昼間はダメだから、夜来いって…と打ち明ける。

翌日の夜、名寄岩は暗い庭先で、取的と二人で四股を踏んでいた。

その後、又、病室に戻る途中、待ち受けていた婦長が、私、知りませんよ!と睨みつけると、名寄岩は、どうもすみません!と頭を下げるしかなかった。

担当医の塚本医師(冬木京三)から、何を言っても無駄、夏に勝ち越すことしか考えてないですと、名寄岩の報告を受けた桜沢博士は、カルテをじっくり見直す。

翌日、初枝の回診に来た桜沢博士が、ベッドにいない名寄岩に気づき、関取は?と聞くので、外で稽古しているとも打ち明けられない初枝は口ごもり、庭に散歩に出て行きましたけど…と答える。

桜沢博士は、窓際に置いてあったハガキを眺め、御贔屓への挨拶ですね?と名寄岩の書いた文章を読みながら初枝に聞く。

耐えきれなくなった初枝は、先生!と言いながら、ベッドに起き上がると、うちの人、本当に相撲を取ることしか出来ない人なんです。勝手なことして、堪忍してやって下さい!あの人は自分でも、バカの一つ覚えと言っているくらいです!と訴える。

奥さん、人間、一生にやることは一つです…、でも、それを見つけられないまま一生を終える人も多い…と桜沢博士は言い出す。

ご主人は、それを掴んでるんですから幸福なんですよ…と話していると、そこに、稽古を終えた名寄岩が戻って来たので、夏場所の奮闘、祈るよ…と桜沢博士は声をかける。

稽古はどのくらいやれば良いんです?と桜沢博士が聞くと、一ヶ月くらいと名寄岩が答えたので、何とかやってみましょう。やだし、念を押しておきますが、これからは医者の言うことを聞いて切れないと困るよと桜沢博士は釘を刺すのも忘れなかった。

これからは、注射だけで戦うしかない!バターや牛乳でやるしかないんだと桜沢博士が説明すると、先生!ありがとうございました!と名寄岩は感激する。

横で聞いていた初枝も、あなた、良かったわね〜…と、我が事のように喜ぶ。

その後、体重検査をした結果、入院当時24貫だった名寄岩の体重は、30貫にまで増えていることが分かる。

それを観た桜沢博士は、明日から稽古を始めようか?ただし、午後からの30分だけだよと言い聞かす。

病室では、やって来た小学生たちに、手形付きの色紙を書いてやる。

子供たちは喜び、持参した卵やキャラメルなどを置いて行くのだった。

名寄岩は、その子供たちに、どうもごっあんです!と礼を言い、横で見ていた初枝は嬉しそうに微笑む。

その後、体重はさらに増え、31貫600までになったので、今日から、稽古は1時間にしようと桜沢博士は提案する。

庭先で元気に稽古する姿を、見舞いに来た小暮と真砂子、竜夫らが嬉しそうに見守る。

病室の初枝を見舞っていた千枝子は、元気になったわね〜、義兄さん、きっと夏場所に出られるわ、姉ちゃん!と声をかけるが、初枝の表情は何故か曇りがちだった。

その夜、ベッドの初枝は、ねえ、関取、私が死んだら、どんな人と一緒になるつもり?といきなり隣のベッドで寝ていた名寄岩に聞く。

バカなことを言うんじゃないと叱っても、もし、仮に…よ。ねえ、関取、どんな人でも良いの…、らだ、竜夫のことを良くしてくれる人と一緒になって!約束して!本当に約束してね…、私、随分強情を張って、関取に殴られたでしょう?などと初枝は話しかけて来る。

わしもすぐかっとなって…と、名寄岩も思い出すように答えるが、良いのよ…と言いながら泣きだした初江は、もう1度元気になって、関取に殴られたい…と弱音を吐くので、わしも夏場所で元気になるぞ!2人で頑張ろう!と名寄岩は答える。

昭和25年 夏

前頭14枚目で出場することになった名寄岩は、豆腐とうどんで栄養を取りながらも、9勝と勝ち越していた。

客席は、奇跡の復活を果たした名寄岩に対し、万雷の拍手で応援し、敢闘賞の有力候補と見なされていた。

新聞記者たちも、おかみさんも退院したんですってと噂し合う。

控え室に応援にやって来た三石は、おかみさんも聞いてるから頑張ってくれと名寄岩に声をかけるが、竜夫には、ラジオ聞くなって言ってるんですと名寄岩は言う。

自宅で寝ていた初枝は、側で世話をしていた千枝子に、関取が相撲を取れたのもあんたのお陰、渡し、あなたに一生のお願いを聞いて欲しいの、承知してよと話しかける。

何ごとかと耳を傾けた千枝子に、私がいなくなったら、関取と竜夫のこと頼んだわよと言うので、何言ってるの!と千枝子は気色ばむが、桜沢先生は、ちゃんと分かってらっしゃるから退院させて下さったのよ…、こうして自分の家に帰って来れたから、もう心残りはないの…、ねえ、関取のおかみさんになってよ!そうしてくれれば、もう思い残すことなく死ねるから…と言い、初枝は泣き崩れる。

関取も、誰かに来てもらわないと困るのよ!ねえ、チイちゃん!承知して!と初枝は迫るが、千枝子は、嫌だわ!と断る。

お相撲さんのおかみさんになるなんて嫌よ!義兄さんだって、そう長く勝ち続けていられないわ。次から次へと若い人が出て来るから、勝ち続けることは無理なのよ!と千枝子が言うと、あんたには気の毒だわ…と初枝も分かっているようだった。

年のことなんて言ってないの、1年中、ハラハラしたくないの。お金のことじゃないのよ。妻になるってことは、負けるお相撲さんを出迎えることなのよ!

どうしてもダメ?と初枝が念を押すと、姉ちゃんみたいな剛情っ張りが死ぬ訳ないでしょうと千枝子は言い返す。

そこに、障子を開けて覗き込んだ
竜夫が、ラジオ点けて良い?と聞きに来たので、ダメよと千枝子は言い聞かす。

すると、寝ていた初枝が、竜夫、ちょっとお出で、お母ちゃんの所へお出で…と呼びかけるが、何故か、竜夫は障子の所から動こうとはしない。

それを観た初枝は、嫌な子…、退院して一週間経っても、近づいてくれないんだね…、そんなにおばちゃんのことが良いのかい?と恨めしそうに聞く。

千枝子が、竜夫ちゃん!と目で言い聞かせたので、渋々初枝に近づいた竜夫は、だっこされる。

久々に竜夫を抱きしめた初枝は、チイちゃん、良いから、ラジオ、かけてやってと頼む。

ラジオをかけると、千秋楽の、ちょうど名寄岩の試合の直前だった。

今日の対戦相手は東前頭で突貫力士とあだ名される備州山だった。

小暮と真砂子も桟敷席で見守っていた。

土俵の鬼!名寄岩!と紹介するラジオアナ

立浪親方も、じっと試合を見守っていた。

試合は左四つを取った所で、両者動きが止まり、水入りになる。

備州山は水を飲みに下がるが、名寄岩の方は、体力を使い切ったのか、その場から一歩も動けず、しゃがみ込むだけ。

その放送を聞いていた初枝は、関取は負ける!と言い放つ。

その言葉通り、水入り後の名寄岩は防戦一方で、備州山に負けてしまう。

花道を戻る名寄岩に、観客は惜しみない拍手を送っていたが、ラジオで聞いていた竜夫は、父ちゃんの弱虫!と怒っていた。

そんなこと言うもんじゃないと千枝子が諌めると、お母ちゃん、僕、お父ちゃん、迎えに行く!と言い出したので、ああ、行っておあげ…と初枝は答える。

残された千枝子は、姉ちゃん、本当に良く頑張ったわね…と名寄岩の奮闘を褒めると、こんな静かな気持ちで場所を送ったの、始めて…と初江も言いかけるが、その時、急に発作が起きたのか、初枝は枕に顔を埋める。

近藤さん!と叫びながら、洗面器を持って来る千枝子。

その頃、控え室に戻っていた名寄岩は、薬を飲みながら、やっぱり勝負に勝ちたかった…と悔しがるので、お前さんは勝ったんだ、自分自身に勝ったんだと三石は慰める。

そこに、複雑な表情をした立浪親方が近づいて来て、選考委員会の方が、勝ち星は足らないが、お前に敢闘賞をやると言ってくれたと伝える。

試合会場に走ってやって来たのは近藤だった。

関取!と名寄岩に声をかけようとするが、名寄岩は敢闘賞を受け取るため、土俵に戻る所で、廻りは喜ぶ人ごみで溢れていたので近づけない。

近藤は、側の壁に貼ってあったポスターの一部を破り取ると、その裏側に「おかみさん ただ今死す」と殴り書いて、それを掴んだまま、人込みをかき分け、名寄岩に近づこうとする。

土俵に上がった名寄岩は、時津風となっていた双葉山(本人)から、敢闘賞の賞状を受け取る。

魔除けとして日本刀を胸の上に置いていた初枝を前に、千枝子は、戻って来た名寄岩の敢闘賞を読み上げる。

部屋には、立浪親方、小暮親子も列席していた。

玄関の外からは、家の中の不幸を知らない近所のファンたちが挙げる歓声が巻き起こっていた。

初枝の死に顔に白布をかぶせた後、名寄岩は玄関に出て、表に集まったファンたちの声援に応える。

家の中では、初枝の身体に竜夫がすがりついて泣いていた。

そんな竜夫に、竜夫ちゃん、今日から、お姉ちゃんがあんたのお母さんになってあげるねと声をかけていた。

玄関先では、複雑な心境のまま、名寄岩は、頑張ります!と群衆に答えていた。

名寄岩!万歳!の声が挙る。

昭和27年 秋

再び敢闘賞受賞

昭和28年 関脇昇進

昭和29年9月 引退…

髭の行司、式守伊之助の前で、吉葉山(本人)や立浪親方(本人)が、断髪式で髷を切ってくれる。

土俵下に竜夫を連れ観に来ていた千枝子は泣き出す。

引退した名寄岩は、年寄春日山を襲名

春日山部屋で、四股を踏む春日山

その姿を嬉しそうに見守る竜夫と千枝子

土が盛られた稽古場の土俵のアップ


 

 

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