白夜館

 

 

 

幻想館

 

サラリーマン目白三平 亭主のためいきの巻

目白三平シリーズの最終作

調べてみると、当初は東映が作っていたらしく、その時の目白三平役笠智衆や妻役の望月優子、次男冬木役の日吉としやすが、そのままこの東宝版でも登場している。

東宝に移った最初の作品「目白三平物語 うちの女房」(1957)だけが、三平役を佐野周二が演じているようだ。

国鉄に勤めている三平の家庭の話が中心で、今回は、三平が遠縁の美人の姪と始めて出会うことで、ほのかな恋心を抱いてしまうと言う展開と、小学生の冬木が、老人に無垢な親切を施す美談が重なっている。

三平の心を捉える美人の姪を演じているのは、若い頃の水野久美さん。

まだ、バンプっぽいイメージが定着していなかった時代の清純な娘役である。

三平馴染みの喫茶店のウエイトレス役は、こちらも若い頃の浜美枝さん。

まだあどけなさが残る丸っこい顔つきで愛らしい。

三平の妻役望月優子さんの、いつも険のある物言いも楽しく、ぎすぎすした中年夫婦の関係がリアル。

何となく憎まれ役のような印象もある文子だが、いつも最後は素直な母親の姿になり、観る者を安堵させる。

そうしたちょっと緊張感のある家庭内を明るくしているのが小学生の冬木で、彼の姿を観ていると、正に「三丁目の夕日」の世界を連想させる。

勤め先で叩かれ、家庭でも叩かれ、部屋の隅でひっそり生きている三平の男としての姿が切なくも面白い。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1960年、東宝、中村武志著、実業之日本社「亭主のためいきの巻」原作、松木ひろし+ 井手俊郎脚色、鈴木英夫監督作品。

雨が降りしきる舗装道のアップをバックにタイトル

「目白三平」の表札がかかる家の玄関から、学生服姿の高校生の長男目白春木(坂下文夫)と、同じく学生服の小学生の次男冬木(日吉としやす)が傘をさして学校へと出かける。

続いて出かけようとする主人の目白三平(笠智衆)に、送り出す妻の文子(望月優子)が、今日は一日中、雨だそうですよと言い、春木にレインコートでも買ってやらないと…、もう高校生だから…と相談して来る。

すると三平は、わしの靴も買ってもらいたいね。水溜まりを歩くと雨水が中に染み込んで来るんだと逆に頼むので、避けて通られれば良いんですわと文子は冷たく応じる。

さらに文子は、帰りに、京橋の肉屋でトンカツ肉を12枚買って来て下さいね。40円のが20円になるんですと頼んだので、12枚もいるのかい?と三平が驚くと、佐々木さんと海野さんの三軒分を買って来てもらうんです。今日は三軒ともカツ丼を作るつもりだから…と文子は言う。

満員電車に乗って出社する途中、急ブレーキがかかって、隣に立っていた女性が三平に倒れかかって来ると、周囲の乗客たちは、運転士!しっかりしろよ!朝方、夫婦喧嘩でもしたんじゃないのか?などと嫌味を言うのが聞こえる。

三平は、案外そうかも知れない。家でも一日に一回は、俺の安サラリーのことで文子が文句を言って来るので喧嘩になる。

確かに出世はしなかったが、俺だって毎日頑張って国鉄で働いているんだ…と心の中で愚痴るのだった。

国鉄の厚生課に到着した三平は、すっかり濡れた靴と靴下を脱いで机に座っていたが、相馬課長(松村達雄)から呼ばれたので、素足に靴を履いて、柴田(田島義文)と大沢(伊藤久哉)が先に立っていた課長の机の前に行くと、明後日の懇親会には出られるだろうね?と聞かれる。

柴田と大沢はすぐに快諾するが、三平は、機関誌の原稿を書かんと行かんので遠慮させて下さいと答える。

すると、横に立っていた大沢が、目白さんは甘党だからな…と同情してくれる。

実は、三平は下戸だったので、宴会と言う奴は自分たちには損な仕組みで、飲み食いの大半は他人の分を払わされる。今までの会費を貯めていたら、今頃は楽に電気冷蔵庫くらい買えたはずなのだ…と心の中でぼやいていた。

その日の仕事を終え会社を出ると、もう雨は止んでいた。

大沢が、一緒に帰りましょうと声をかけて来るが、僕は買物があるから…と三平は断り、京橋の肉屋に向かう。

すると、カツの安売りは6時よりと貼紙がしてあるではないか。

まだ少し時間があった。

その頃、目白家には、三平と文子が仲人をし、一ヶ月前に結婚したばかりの高山良介(船戸順)とつぶら(団令子)夫婦が、挨拶に来ていた。

おじ様、今日はまだですの?とつぶらが聞くので、ちょっと買物をしてもうすぐ帰ってしますから、ゆっくりしていってと文子は勧める。

しかし、つぶらは、お義母様が夕食の仕度をして待ってますからと言い、姑と巧く行っていることを打ち明ける。

その時、表の道で遊んでいた冬木が、お母さん、おなかが空いたよ!とひもじそうに声をかけて来る。

その頃、三平は、肉屋の近くの碁会所を窓から覗き込み、時間を潰していたが、隣で観ていた男がいま何時ですか?と聞いて来たので、4時45分…と教えかけ、いかん、止っている!と慌てる。

急いで肉屋の前に行ってみると、そこはもう人だかりで、三平など割り込むことも出来ない有様。

帰宅すると、玄関先で、文子と、近所の佐々木夫人(宮田芳子)と海野夫人(賀原夏子)が待っており、三平が持って帰った包みを差し出すと、これだけ?と文子は不機嫌そうに聞く。

売り切れだったんだ、何か他のものをとも思ったが、勝手に決めてはいかんと思い、それはシュウマイと三平が打ち明けると、どうしましょう?まだ夕食の準備してないのに…と佐々木夫人が困惑し、うちだってカツ丼待ってたのよと海野夫人も露骨に嫌味を言いながら帰って行く。

結局、その日の夕食はシュウマイがおかずになるが、今まで買い損なったことはなかったのよ、行くの忘れていたに違いないわ!佐々木さんと海野さんに迷惑かけたのよ…などと文子が愚痴愚痴嫌味を言うので、しょうがないよ、人に買いもの任せるのが悪いのさと春木が弁解し、シュウマイ旨いねと冬木も満足そうに春木に話しかける。

その日の夜、机に座った三平が煙草を吸い始めると、そんなにお吸いになるなら、もっと安いのにしたら?煙草は身体にも悪いって言うし、子供たちもまだ小さいし、あなたにはもっと働いてもらいたいわ…と文子がねちねち嫌味を言って来る。

煙草は個人で好みがあるし…、わしは酒を飲まないから、経済的にはプラスになっているはずだと三平が言い返すと、その代わり、コーヒーや甘いものを召し上がるから同じことですわ…と文子も負けていない。

翌日、国鉄本社に出社した三平に、電話だと小牧和子(田村まゆみ)は受話器を取って伝えて来る。

それを受け取った三平だったが、姪が病気?柏木みさ子?と怪訝そうに返事をする。

旅館の女将からの電話だったのだが、昨夜遅くお見えになりまして、胃けいれんを起こされまして…、観た所、お嬢さん、お金をお持ちにならないんです…と言うではないか。

医者を呼んでやって下さいと言い、旅館の場所を聞いて受話器を置いた三平だったが、柏木みさ子と言う名前に記憶はなく、そう言えば、あの家は親戚だったかな?とかすかに思い出した程度だった。

それでも、すぐにタクシーを使い、駅裏にある「夕風荘」と言う旅館にやって来た三平は、玄関先から女将を呼び、目白です。宿泊費と治療代でいくらです?と聞く。

両方で2150円と言うので、黙って金を渡すと、釣りは取っといて下さいと気前の良い所を見せる。

姪御さんにお会い下さいと女将は勧めるが、良いです。遠縁ですし、そんな娘がいたことも知らんかったくらいですから…と言い、すぐに辞去しようとした三平だったが、おじ様?と階段から降りて来て声をかけてきたのは、その姪の柏木みさ子(水野久美)だった。

国鉄に目白のおじ様がいるって聞いてたものですから、とっさに名前を出してしまったんですとみさ子は恐縮そうに詫びて来る。

そんなみさ子に、三平が、黙って財布から金を出して、何かに使いなさいと言葉をかけると、ありがとうございますと素直に受け取りながらも、松本にはもう帰りません。当てはあるんです。もうご心配はおかけしませんわとみさ子は言う。

国鉄では、会議が行われていた。

今年は好景気なので、海山に人手が期待できそうなので、その客を呼び込みたいと観光課長が提案すると、相馬課長が立ち上がり、具体策に取りかかろうとするが、その時、書類の表紙に、柏木みさ子の名前と、3200円と鉛筆で書いていた三平が、無意識に鉛筆をテーブルにコツコツと叩き続けていたので、出席者たちは何ごとかと目を向ける。

その視線を感じた三平は、気まずくなって動きを止めるが、強調するように鉛筆で3200の数字を丸く囲う。

その日の夕方、馴染みの喫茶店「あおしま」にやって来た三平を、ママ久野洋子(三田照子)の妹でウエイトレスを手伝っている久野敦子(浜美枝)が、夕方来るなんて珍しいじゃないと出迎える。

この前、高山さんいらしたわ。あの人のお父さん、三○商事だったのよ、顔も悪くないし、私、出遅れちゃったわ…などと話しかけて来た敦子に、電話を借りるよと言葉を遮った三平は、店内の電話で夕風荘に電話して、みさ子のことを聞いてみる。

しかし、みさ子はもう出て行ったと言う。

電話を切った三平は、今日の3200円の出費は痛かった。しかし、姪があんなに美人だとは思わなかった。一応、文子に報告すべきだろうか?…と思い悩む。

家に帰ると、冬木と春木がテレビの西部劇を観ていた。

文子が風呂に入りなさいと声をかけると、兄の春木が、どうせ、正義の味方が勝つようになっているんだから…と言いながら立上がったので、そう言う考え方は良くないぞ。正しいことと悪いことを見極めなければいけないんじゃないか?と三平は注意する。

すると、春木は、世の中には悪が勝つことの方が多いのに…と屁理屈を言いだし、風呂に向かったので、あんな考えで成長したら愚連隊かヤクザになってしまうと親として案じる。

その時、文子が、もうすぐ5月の第二日曜日だってご存知ですか?と聞いて来たので、世間では、母の日、母の日とばかり言うけれど、6月第三日曜日の父の日のことはあまり知られてないねと三平は嫌味を言う。

すると文子が、男の人は、毎日、色々遊んでいらっしゃるじゃないですか?と言い返して来たので、あれは、一日中あくせく働いて来た心を癒す一時のリクレーションだよと三平は言い訳する。

じゃあ、同じように一日あくせく働いている私のリクレーションはどうすれば良いんですか?と文子は恐い顔で睨みつけて来る。

その時、風呂場の春木が、お母さん!シャンプー!と呼びかけて来る。

石鹸で洗いなさい!と文子が叱ると、シャンプーの方が落ちるんだよと春木が言うので、贅沢ねぇ~…、これだって10円もするのよ…とブツブツ言いながら、文子はシャンプーを用意する。

翌日、冬木は授業で、「養老院のおじいちゃん、おばあちゃんへ」と題した手紙を書かされていた。

隣の席のオサムが冬木の手紙を覗き込みながら、オレ、養老院なんて知らないから、何て書けば良いか分からないんだよと言って来たので、僕も知らないけど、いつまでも元気で長生きして下さいって書いとけば良いんじゃない?と適当に冬木が答えると、そうかな?家のおばあちゃんなんて、早く死にたいって言ってるぜとオサムは反論する。

国鉄の厚生課では、相馬課長が三平に、最近は一部で機関誌もマンネリだと言う声があるので、もっと斬新な記事がないのかね?と小言を言っていた。

しかし三平は、私たちが作っているのは雑誌ではないのではありませんか?と言い返す。

文子は、海野夫人と一緒に八百屋の前に買物に来ていたが、里芋を買った海野夫人は、文子の主人を褒めるつもりで、つい、本当に、お宅の里芋は…と口走ってしまう。

その頃、厚生課に電話が入り、受話器を取った和子が、目白さん、桂木さんって女の人から…と教えやので、受け取った三平は、出来るだけ、和子から距離を置こうと、電話のコード一杯伸ばし、壁の近くで隠すように電話に出る。

今夜、お暇はございません?色々ご相談したいことがございまして…とみさ子が言うので、三平は少し浮き足立ちながら、「あおしま」で5時に会おうと返事する。

電話を終えた後も、三平は、仕事をしている和子の方を気にしながら、ついついにやけてしまう。

その後、意を決した三平は、相馬課長の前に行き、3000円貸して頂けませんか?と申し出る。

何だ、そのくらいだったら…と言いながら、相馬課長はその場で金を渡してくれるが、その代わり、今日の懇親会には出てもらうからね。この部屋の融和のためなんだから…、人間同士の裸の付き合いを避けちゃいけないよ…と相馬は釘を刺す。

和子に、宴会の時間を確認すると6時だと言う。

「あおしま」にやって来た三平は、いつものようのコーヒーを頼みかけるが、ちょっと待とうと言い出したので、やっぱり待ち合わせね…と敦子に見透かされてしまう。

一旦、テーブルに座った三平だったが、ドアチャイムがなるとつい振り返ってしまうので、入口が見える席に座り直す。

ほどなく、みさ子が入って来たので、窓際の席に移動することにする。

そんな2人を観察していたママの洋子が、会社の人じゃなさそうね?と囁きかけると、敦子の方も横目で観ながら、何となく切なそうね…と答える。

そんな敦子が注文を取りに2人に近づくと、みさ子が紅茶を頼む。

すると、それに釣られたように、三平も紅茶と一旦言うが、やっぱりコーヒーにしようと訂正したので、カウンターに戻って来た敦子は、面白そうに姉に報告する。

今、どこに住んでるの?と三平が聞くと、学校時代の友達の所なんですけど、いつまでもいるのは気が引けててん、おじ様、何か働き口はありませんかしら?どうしても働きたいんです!とみさ子は迫って来る。

三平は洋子の側に来ると、ママさん、この店で女の子いらんだろうか?と小声で相談する。

大丈夫?と洋子がみさ子の方をうかがいながら聞くと、姪なんですと三平は事情を打ち明ける。

すると敦子も、美人が2人いると評判になるかもねと口を出して来たので、三平は、出来れば住み込みで…と洋子に頭を下げる。

そんな三平に、姪とか従兄弟と言うのが一番危ないんですよと敦子がからかって来る。

その頃、自宅の文子の方にはつぶらが来ており、最近、良介がいつもぶすっとしているのだと悩みを打ち明けていた。

そこに学校から帰って来た冬木が、今日学校で手紙を書いたんだよと話しかけて来たので、文子は、今大事な話し中だからと言って追い払うと、結婚って、大きな男の子を持つようなものよ…、男って、会社で押さえつけられているものだから、家では威張りたがるのよ…などとつぶらに教え聞かす。

一方、懇親会に出席した三平は、芸者から注がれたお猪口の酒を、そっと横に置いた湯飲みの中に空け、お膳の背後に隠していた飯を密かにお猪口に盛って食べようとしていたが、それを目ざとく見つけた柴田が、そもそも、こんな席で飯を食うなんて!と絡みに来る。

それを大沢が取りなすが、三平の方も、君たちは好きな酒を飲んでいるのに、わしは好きな飯が食べれんのでは不公平じゃないか!とつい言い返してしまう。

そんな場の空気を変えようと、相馬課長が、景気づけに歌でも歌え!と命じ、歌自慢がソーラン節を歌いだしたので、その場は収まる。

三平は、バカバカしいことで怒ってしまった…と内心反省しながらも、それにしても、毎月こんな事しているが、みんな本当に楽しいのだろうか?俺にはどうも分からない…と疑問も感じていた。

その後、三平は、泥酔した相馬課長をタクシーで自宅まで送り届けることにするが、酔った相馬が命じる道順が正しいのかどうか危ぶんでいた。

ところが、半分眠りながら命じていた相馬の言う先に、ちゃんと相馬の自宅はあったので驚く。

課長を抱え、玄関チャイムを押すと、不機嫌そうな顔の相馬夫人(加代キミ子)がドアを開けて、相馬を睨みつけていたので、三平は恐る踊る課長のカバンを手渡し、待たせていたタクシーに戻る。

どちらへ?と運転手が聞いて来たので、終電はまだ間に合うかね?と聞いた三平だったが、もうありませんよ!と苛立たし気な返事を聞くと、じゃあ、目白!と告げる。

自宅前に帰って来た三平は、宴会があったと言っても文子は信用しないだろう。今夜は仕事で遅くなると言ったんだから…と案じながら、そっとドアを開ける。

玄関に出て来た文子の顔を見た三平は、あの課長の奥さんの顔と同じだ!あれほどではないにせよ、冷たい険のある目つきであることに変わりない…と心の中でつぶやく。

宴会があったので、酔った課長を自宅まで送ってやっんだよ…とつい言い訳を口にしてしまった三平だったが、私は先に寝ます!と言った文は、当てづけがましく、柱の日めくりを一枚破り、寝室へと向かう。

日付はもう、5月8日の日曜日になっていた。

翌朝、オサムが遊びに誘いに来るが、冬木は玄関先の道の落ち葉を掃いて集めており、これをやんなきゃ、だって今日は母の日だって…と言う。

春木の方は、映画に行くので200円頂戴!と文子にねだっていたが、お父さんにもらいなさい!遊ぶお金はたくさん持っていらっしゃるようだから!と文子は嫌味を言う。

何を観るんだ?と三平が聞くと、西部劇の二本立てだよと言うので、無駄遣いするんじゃないぞと三平が言い聞かすと、お父さんは無駄遣いしすぎるよ。タクシーには乗り過ぎるし、乗るにしても、中型は止めて小型で良いよ。煙草も一日40本と言うのは多過ぎるよね、半分でも良いはずだ。コーヒーも飲み過ぎだよ…などと、春木は屁理屈を言い始める。

大田君の所、今度土地を買うんだって。大田君のお父さんも国鉄だし、家族構成もうちと一緒だし…、父さんの年でいまだに借家と言うのもおかしいよ。実は良い土地を見つけたんだなどとまで言い出したので、仕方なく200円を差し出す三平。

春木が出かけた後、風呂場で歯を磨いていた三平の所に来た文子は、家の前の下水が詰まってます。台所の棚も傾いています。この引き戸も開き難くなっていて、下の滑車が壊れてますのなどと次々と用事を言いつけに来たので、今日は何曜日だ?と三平が皮肉のつもりで聞くと、日曜じゃなかったら、完全に遅刻ですよ!と文子も言い返して来る。

さっきから妙な謎をかけるね?と三平が聞くと、男らしくない方!会社の宴会が1時や2時までやっている訳ありません!と文子が怒りだしたので、じゃ、何をしていたと言うんだ?と三平が問い直すと、男が外で何をしているかなんて知りません!と文子は癇癪を起こしたように言う。

その後、三平はみさ子を連れ、バスで東京見物をしてやる。

お父さん、心配するよ、手紙で知らせときなよ…、どうしてあんな良い所から出て来たの?

信州の山々は素晴らしいし、家の庭に生えていた一本の大きな欅の木の高い枝に股がっていると、どんな嫌なことも忘れることができた…、もう1度変えることを考えたらどうかね?と三平は、自分の幼い頃を思い出しながら言い聞かせる。

しかし、みさ子は、窓から外を観ているだけで、帰りません!と頑なので、どうして家出したの?縁談?恋人が出来たのに、父さんが許してくれないの?東京に憧れて来たの?などと三平は探りを入れてみるが、信州の方がよっぽど良いわ…とみさ子は言うだけ。

その頃、自宅に残っていた文子は、冬木に煎餅を全部あげるから留守番しててねと頼むと、よそ行きに着替えて新宿へ出かける。

三平とみさ子が、国会議事堂から絵画館見物などしている時、文子は歌舞伎町のミラノ座前に来ていたが、そこでばったり会った高山良介に声をかけられ、近くの茶店に入る。

みさ子は三平に、私、おじ様が優しくしてくれたので嬉しくて…、きっとおじ様は、とても良い旦那様なのでしょうね?などと褒めて来たので、どうだかな…と照れながら三平は答え、自分の子供が可愛くない親なんていやしないよと言い聞かそうとするが、お父さんは違うわ!とみさ子の態度は変わらなかった。

一方、茶店で文子と向かい合った良介は、母はつぶらを酷く可愛がるので、つぶらも母になついてしまい、3人家族では僕の立場が不利になるんです。けしからん話です!一家の主人としての面目が丸つぶれです!と日頃を不満を打ち明ける。

それを聞いていた文子は、私もちょっと気に触ることがあったんで出かけて来たんですよ…と打ち明ける。

その頃、1人留守番していた冬木の元にやって来たのは、1人のみすぼらしい老人(左卜全)だった。

勝手口から、ごめん下さいと呼びかけながら中に入ってきた老人は、出て来た冬木に、坊や一人か?と聞くと、すまないが、水を一杯飲ませてくれないか?と頼む。

素直に、コップに水を汲んで渡してやると、一気に飲み干した老人は、とっても旨かった!と礼を言う。

おじいちゃん、何しているの?と冬木が聞くと、ゴムひもを売って廻っているんだ。誰も面倒見てくれないからね…、とってもくたびれているけど、仕方ないさと老人は答え、一服させ手もらえる?と聞く。

勝手口の腰を降ろした老人が煙草を吸い始めたので、ゴムひもいくら?と冬木が聞く。

一尺2円さと老人が教えると、机の所にあった郵便ポスト型貯金箱から小銭を取り出した冬木は、ゴムひも一尺ちょうだいと頼む。

その時、帰宅して来た文子は、勝手口から出て来た老人の姿を目撃し、急いで家の中に入る。

母が帰って来たことに気づいた冬木は、慌てて、持っていたゴムひもを引き出しの中に入れて隠す。

今、変な人が来なかった?と文子が聞くと、ゴムひもを売ってる人だよと冬木が答えたので、押売ね!と文子は警戒するが、とても良いおじいさんだよと冬木が答えると、何ごともなかったと思い込んだ文子は一応安堵する。

その夜、文子がマメの筋を取っている横の部屋では、三平が机に座りタバコを吸っていた。

そこにやって来た冬木と、兄ちゃん!8時だよ!お父さん、テレビ観て良い?と三平に聞いて来る。

テレビ点けちゃダメよ!と文子は叱るが、観ないんだったら、高い金払ってテレビ何か買わなきゃ良いじゃないか?と又、春木が生意気なことを言い出す。

何を観るんだい?と三平が聞くと、民謡コンクールだよ。先生の田舎の人が出るんだよと冬木が言うので、許してやる。

子供たちがテレビをつけると、三平は、魔法瓶から急須にお湯を注いで茶を飲もうとするが、お湯がなかったので、台所へ行き、コンロに火を点けてヤカンの観ずを沸かし始める。

文子は不機嫌なまま、音を小さくなさい!と叱る中、沸いたお湯で茶を煎れ、湯飲みに注いでいた三平は、文子が台所へやって来たので、湯飲みを持ってそのまま机の所に戻る。

湯飲みの茶を一口飲んだ三平は、冬木のグラブとボールを手に取り、ちょっとボールを放り上げてみて微笑むのだった。

翌日の小学校

冬木の担任先生(三島耕)は、授業を始める前に嬉しい話があります。この前みんなが書いた養老院の型から返事が届いています。中には、お礼を言いたくても、身体が不自由な人もいるので、返事がなかった人もがっかりしないように…と説明し、宛名がある返信を配り始める。

冬木にも返信が来ていた。

学校からの帰り道、冬木は、その返事を読みながら、嬉しそうに帰宅する。

しかし、文子は又、海野夫人が来ており、昨夜も怪しかったんですよなどと亭主の悪口の相談を聞いていたので、冬木が手紙のことを言おうとすると、そこにお煎餅とおかきがあるから…と言って、追い払ってしまう。

勉強机の前に来た冬木は、ガラス窓の桟の所に手紙を一旦置き、それから引き出しの中にしまい込むと、郵便ポスト型の貯金箱をバットで壊し、町に向かうと、菓子屋で、お煎餅と最中と、卵パンを、持って来た小銭分全部買う。

その後、冬木は、その歌詞の包みを持って電車に乗り、川を渡った駅で降りる。

改札口にいた駅員に「緑の家」と言う養老院の場所を聞いた冬木は、1人で遠い道のりを歩き、ついに目指す「緑の家」に到着する。

受付の女性が冬木に気づき、面会?と声をかけると、杉山敏江って人いますか?と冬木が聞いたので、11号室よ、呼んであげようか?と教えてやるが、お菓子の包みを受付の所に置いた冬木は、これ、あげて!と言うと、そのまま帰ってしまう。

家では、春木が、お母さん、冬木は?と聞いていた。

国鉄では、厚生課に残っていた三平と柴田が、印刷屋に原稿と写真を渡し、機関誌の締切を迎えていた。

印刷屋が帰ると、柴田が、地下ごと、顔色が悪いぜ、身体の調子悪いんじゃないの?と話しかけて来たので、特に何ともないが…と三平が答えながら、茶を煎れてやると、あんたなんか、奥さん高校の良い旦那さんなんどうからな…とからかう柴田は、実は、この間、銀座の女とちょっと知り合ったら、女房の奴に何故か知られてね…、女房って奴は、亭主の身体から浮気の匂いを感じることができるんだね。あんたなんかも老け込まない方が良いぜ。あんたが若返りゃ、結局、奥さんも感激するんだから…などと、三平に話しかけて来る。

会社を出た三平は、「あおしま」のドアから中を覗き込み、ウエイトレスとして働いているみさ子の姿を確認すると、満足げにきびすを返す。

その夜の目白家では、文子がベッドの布団の下で見つけた割れた貯金箱の欠片を前に、冬木が問いつめられていた。

お菓子買ったの…と冬木が打ち明けると、ま!270円も!と文子は憤慨し、どうしたの?そのお菓子?とさらに問いつめ、あなたがたまに子供を旅行でも連れて行ってれば、こんな悪い子にはなりませんわ!きっと悪いことに使ったに違いありませんわ!と三平に怒りを向ける。

あなたは外で変化に富んだ毎日を送っているのかもしれませんが、冬木だって変化が欲しいのよ!などとまで言うので、僕だって、単調なことをやって来たんだ!と三平が言い返すと、私も毎日飽き飽きしてます!と文子も切れる。

その後、寝床に付いた文子は、一体いつから私はこうなってしまったんだろう?私たち、何にも話し合わなくなった…、どうしたんでしょう?と心の中で自問していた。

机の前に座っていた三平も又、俺たちはくたびれてしまったんだろうか?人生の峠に差しかかったのだろうか?と心の中で反省していた。

翌日、「あおしま」では、今日も目白さん来なかったわね…と、敦子がみさ子に話していた。

目白さん、あなたのことが好きなんじゃないかしら?東京で、その年頃のおじさんって、あなたのような娘が好きなのよ…などと敦子はからかう。

その頃、帰宅した三平と文子は、訪問して来た小学校の先生から、冬木が養老院で暮らしている73のおばあさんに手紙を書いたことを聞かされていた。

そのおばあさんは、戦争で家族をなくし、1人ぼっちになった人で、冬木君に会いたがっていたが、目と足が悪いので、これを園長さんが送ってくれたんですと言いながら、先生は持って来た小箱を差し出す。

小箱には手紙が入っていたので、先生が代わって読み始める。

冬木君、この間はわざわざお菓子を持って来てくれて、本当にありがとう。

お礼を言いたかったけど会えなくて残念でした。

これは、おばあさんたちが庭で作った南京豆です。

お礼の印です。小さいものばかりですが食べて下さいね…

その手紙を聞いていた文子は涙を流し始め、三平も笑顔になっていた。

先生が帰った後、もう1度、自分で手紙を読み上げる文子の前で、三平は殻付きの南京豆をテーブルの上に並べていた。

今日は良い日でしたね…と文子が言うと、良い日だった…と三平も答える。

翌日の喫茶店「あおしま」

ママがあんた、目白さんに電話した?と聞くと、みさ子はさっきしたんですけど話し中だったので…と言うので、もう1度してごらんなさいとママは勧める。

国鉄の厚生課の和子が電話を取り、三平に渡す。

受話器を受け取った三平は、お父さん、8時ね、分かりました…と短く答える。

その頃、駅前の果物屋に買物に来ていた文子は、面を通り過ぎて行く高山夫婦の姿を見かける。

どうやら、つぶらが珍しく駅まで迎えに来ていたようで、良介は嬉しそうに一緒に帰って行く。

店を出た文子は、そんな2人の後ろ姿を満足そうに見送る。

喫茶店「あおしま」では、敦子がママの洋子に、敦子、帰っちゃうの?と小声で聞いていた。

窓辺のテーブルに座っていたのは、みさ子と迎えに来た父親の柏木雄太郎(松本染升)、そして三平だった。

話を聞くと、妻に先立たれ独身だった雄太郎が再婚しそうになっていたので、純真なみさ子には許せなかったらしい。

とにかく仲直りして良かった…と三平は喜び、今後はどうするつもりですか?と聞くと、この子のしたいようにしようと思います…と雄太郎は答える。

みさ子の意志を聞くと、このまま東京で戦った方が良いのか、帰った方が良いのか…と迷っている様子。

おじ様どう思います?と聞かれた三平は、お父さんと一緒に信州に帰ったらどうだろう?妥協と思わずに、帰るべきだと思うね…と言い聞かすと、お父さんと一緒に帰ります!とみさ子も決意する。

その会話をカウンターの所で聞いていた敦子は、つまんないの…とすねてみせるが、洋子の方は、ママの言った通りでしょう?と微笑む。

その日、雄太郎にもらった土産を手に帰宅して来た三平は、寂し気な顔をしていた。

門を開けようとしていて気づくと、灯の灯った窓から、テレビの音なのか賑やかに聞こえて来る。

玄関を入ると、出迎えた文子に土産を渡し、信州から遠縁の者が来てね…と伝える。

部屋に入った三平は、胸ポケットに入っていた金を取りだすと、文子に渡しながら、前に返していた金が戻って来たんだ。何か買いなさいと言うと、ごはん頼むよ…と言い添える。

それを受け取った文子は、今日はお土産も頂いたし、いい日ですねと喜ぶ。

翌朝、2人の息子が出かけた後、出勤しようと玄関に来た三平は、新しい靴が置いてあるのに気づく。

色々考えたんですけど、渡しのは後にして、あなたの靴にしましたわ…と文子が言うので、その靴を履いた三平は、軽く文子に会釈して玄関を出る。

文子の、行ってらっしゃい!と声を聞きながら、少し浮き浮きした顔で、三平は出かけて行くのだった。


 

 

inserted by FC2 system