白夜館

 

 

 

幻想館

 

鞍馬天狗 鞍馬の火祭

前に観た「鞍馬天狗 角兵衛獅子」(1951)と同じく、子役時代の美空ひばりが杉作を演じている時期の鞍馬天狗は、川田晴久の歌で始まって、途中でひばりの歌のシーンがあり…、大体パターンが合ったようである。

今作ではさらに、新吉と言う子役の男の子まで子供離れした美声を披露している。

歌謡映画と言うほどではないが、歌のシーンがお約束のように挿入されているのが一つの特長と言えよう。

ただし、今回は、杉作が、冒頭で長州に旅立っていた天狗を捜しに旅立つと言う設定になっており、ひばりの出番は少ないように思える。

その代わりを勤めているのが新吉と言う男の子なのだが、どうやら前作から話が繋がっているようで、香取と言う天膳の剣の師匠に当たる人物とその娘が住む屋敷に世話になっていると言う設定になっている。

その娘千春を演じているのが、当時まだ20前だったはずの岸惠子さんで、天膳と千春は良い仲らしいのだが、当時既に50歳に近かったアラカン先生と年の差カップルを演じていると言うのが凄い。

本作での倉田天膳は、その千春との共演シーンが多いこともあり、終始、憂いを含んだ優男風の表情を見せている。

この当時の鞍馬天狗は、ほとんど口元までマスク部分を引き下げているので、顔は丸見えで、もはや覆面の意味をなしてない。

敵も倉田天膳が鞍馬天狗と言うのは承知のことらしいので、そもそも鞍馬天狗はマスクヒーローの意味をなしていない。

例えば、スーパーマンは、観客にはクラーク・ケントと同一人物と言うのはすぐに分かるが、物語の中の人物たちは一切そのことに気づいてないと言う設定だから、謎のヒーローとして成立している訳で、劇中の誰もが、ヒーローの正体をすっかり分かっているのであれば、覆面をかぶっている意味がないはず。

単に、時折、頭巾のようなものをかぶるのが好きなコスプレマニアと言うことなのか?

とは言え、そんな天狗を慕う子供が、ある時は足手まといとなり、ある時は手助けをすることでハラハラさせると言う、典型的な子供向けヒーローものの体裁になっており、主役としてはなるべく素顔を見せたいので、覆面はそんな子供相手のサービスとして時折、申し訳程度に披露すると言った程度になっているかに見える。

大人の眼で見ると、剣劇の最中に子供が飛び込んで行くなど、サスペンスと言うより無茶なのだが、子供ターゲットなので、お約束の演出としてそう言うシーンを作っていると言うことなのだろう。

川に飛び込んで滝に飲まれたはずの新吉と天狗が、次のシーンでは何ごともなかったかのように振る舞っているなどと言う省略も、大人の目からすると変なのだが、当時はそう言うものだったのだろう。

今回は、ヒーローものお馴染みの「偽者騒動」が描かれており、偽物の方がきっちりマスクをして正体を隠しているので、余計に本物の天狗の方の見せ方に違和感を感じるのかも知れない。

物語的には面白く出来ているのだが、何故、偽物天狗が「方針書」の事を最初から知っていたかなどの説明は最後までない。

方針書の事を知るのは倉田天膳だけと思っているために、白河卿はずっと倉田を疑っていたのに、その謎解きがないままと言うのは、大人としては釈然としない部分が多い。

では、完全に子供向けなのか?と思って観ていると、悪役側は妙に色恋や金や栄達に執着していたり…と、妙に世俗的な大人の世界のことが描かれており、違和感がないでもない。

全体的に子供向けというか通俗活劇調なので、今観てもテンポも悪くなく、人物たちが走り回ったり剣劇の場面になると、心浮き立つような軽快な音楽がかかると言う分かり易い演出になっていることもあり、普通に楽しめる娯楽映画ではある。

特にクライマックスの鞍馬の火祭りシーンなどは、良く時代劇姿で再現したなと感心するような群集シーンになっている。

白河卿を演じている高田浩吉があまりに若く、細面なのも驚かされるし、さすがにもう初々しい娘と言う感じではないが、入江たか子さんの顔をじっくり見ることができるのも、この作品の見所かも知れない。

ちなみにこの映画のタイトルは、キネ旬データなどでは、単に「鞍馬の火祭」なのだが、本編のタイトルでは「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」と出て来る。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1951年、松竹、大佛次郎原作、豊田榮脚本、大曾根辰夫監督作品。

時正に元治元年秋深し(雲が浮かぶ空を背景に)

鎖国に眠る徳川三百年大平の夢破れ

西に薩長連合なれば諸火は上がる打倒徳川

風雲正に急を告げ

敵も味方も密使を放ち

東海山陽両方を

西へ東へ狂うがごとく砂塵を蹴って馬は行く!(とナレーション)

(天国と地獄」の軽快なメロディに乗せ)街道をひた走る密使の乗る馬数頭

又飛び出した~色男~♪と歌いながら、物珍し気な子供を引き連れ歩いて来るのは、昔は泥棒で、今は鞍馬天狗の子分、黒姫の吉兵衛(川田晴久)だった。

松林であんまり朗々と歌い続けるので、通りかかった娘や旅人まで歌に聞き惚れて立ち止まる。

その頃、京では(とテロップ)

京都所司代

板倉伊賀守(南光明)に宛てた、長州からの大橋左兵衛からの書状には、徳川打倒方針書と言うものがあり、その方針書を所持するのは在京の公家なる事を突き止めたりと書かれてあった。

徳川打倒計画とは言語道断!我らはあくまでも方針書を手に入れねばならん!今日まで同情していた東上公家と言えどももう容赦せん。一挙にその根幹を壊滅してくれる。さすれば徳川も安泰だ。一同は直ちにその手配をせい!同時に、連日連夜、京を荒し回る鞍馬天狗は見つけ次第、その場で斬れ!と伊賀守は家臣たちに命じる。

満月の夜、謡を歌いながら歩いていた鞍馬天狗の背後から近づく新撰組。

新撰組に同行していた岡っ引きが、御用だ!と声をかけると、くるりと振り向き様、天狗は傘を開いたので、新撰組がその傘を斬り裂くと、その奥に覗いた天狗の顔は般若の面をかぶっていた。

新撰組と斬り結ぶ謎の天狗。

その般若の面をかぶった鞍馬天狗は、押し込み強盗を働いていた。

女、老人まで縛り上げたその賊に、お前さんは一体誰じゃ!と転がされていた主人が聞くと、鞍馬天狗じゃと般若の面をかぶった賊は答える。

所司代の重役木村惣左衛門を夜道で待ち伏せ襲撃し、平川町の使い平田源左衛門に同志倉田天膳と名乗り、約束の方針書を受け取ると申し出たのも般若の面をかぶった天狗であった。

しかし、平田は、それが同志倉田の言葉か?と怪しみ、まこと同志倉田なら、その面叩き割ってくれるわ!と言いざま、斬り掛かって来る。

般若の天狗は平田を斬ると、近くで呼子の音が響いたので、その場を逃げ去る。

天狗の名を利用して罪なき庶民を殺め、金銭を強奪し、あまつさえ、同志平田源左衛門まで斬ったではないか!もはや我々の同志ではない!と白河宗房卿(高田浩吉)から叱責された倉田天膳(嵐寛寿郎)は、何と仰せられましても、ただいま長州より立ち戻りましたる私、何一つ、身に覚えはございませんと答えるが、黙れ!動かぬ証拠がある!と言われたので、使いを寄越して、そちは麿に方針書を渡すと申していたではないかと言うので、天膳は驚く。

その返事を持たせた猪野田を斬った。麿が方針書を所持するを知っておるは、その方よりほかはない!と言うので、しかし私は、長州の三条卿より方針書をお焼き下さるようにとお言付けを賜りまして…と天膳が言うと、たわけ!三条卿が左様な事を申すか!と宗房卿は聞こうとしない。

お焼き捨て下さらねば、私のお役目がすみませんと天膳は頼むが、ならば長州に戻り、白河は同意出来ぬと申し伝えいと言うので、それはあまりのお言葉にござりますると天膳は答える。

なにとぞ、この私をお信じ下さいまして、お焼き捨て下さいませ!なにとぞ、なにとぞこの倉田をお信じ下さいませ!と天膳は迫るが、何を持って信じろと言うのじゃ?方針書の欲しいのはそちで、麿をたぶらかす魂胆であろう!と宗房卿は言う。

まこと、そやつが偽物と申すなら、そいつをひっ捕らえて身の証しを立てるが良い。すれば麿も信じてやる!と宗房卿は頑だった。

しかし、方針書をそのままにいたしますと、もし所司代の手に渡りますようなことになりましては…と天膳は案ずる。

何!今一度申してみい!所司代に渡すほど、麿が耄碌しておると申すか!たわけ!早々に立ち去れ!と叱りつける。

御前!と食い下がろうとした天膳だったが、くどい!と言われ、宗房卿は席を立ってしまう。

しばらく!と後を追おうとした天膳を、神崎が止めると、倉田必ず身の証しを立てますると白河卿へお伝え下さいと天膳は頼む。

その後、外に出た天膳は、謡を唸りながら歩いている自分に似た格好の男を発見する。

後を追うと、相手は逃げ出し、待ち伏せていた岡っ引き隼の長七(山路義人)が投げた紐に腕を取られたのは本物の天狗の方だった。

長七か!と言い、紐を切って逃げる天狗こと天膳。

お茶屋「大吉」

まだやけ酒飲んでいるんだね?と櫻町胤保(黒川弥太郎)の部屋にふらつきながらやって来た芸妓おえん(入江たか子)は、卿は所司代さんが来ているから挨拶したら?と勧めるが、今更改まって会う必要はないと櫻町は言う。

俺は何も仕官したいと言ってやせん。俺は所司代の雑兵くらいならご免こおむるぞと櫻町は気乗りしない様子。

その頃、芸妓たちの踊りに厭きて止めさせた所司代長野主膳(海江田譲二)は、梶谷、おえんはどうした?早く呼んで来んかとお供の梶谷主馬(小林重四郎)に命じていた。

姉さんなら、今、お客はんが来てはるんどすえ…と若い舞妓ひな菊が教える。

良し!わしが行って呼んで来る!と言って席を立った梶谷は、おえんと一緒にいた櫻町から、何だ、梶谷か、昔同じ香取門下の破門組さ…と言われる。

おえんは、だって今は、所司代の御重役じゃないかと無礼な態度の櫻町を諌める。

構わんとおえんに答えた梶谷は、どうだ?耳寄りの話があるが乗らんか?それが巧くいけば白河卿も君の手に入るがどうだ?徳川打倒方針書と言う奴を取るんだ。それが取れれば、所司代はおろか、幕府が君を迎えに来るがどうだ?ついでに俺の出世にもなることだと櫻町に言い寄る。

どこにある?と櫻町が聞くと、これはこれから君のやることさなどと梶谷が言うので、そんな話はご免だと櫻谷は断るが、俺が思うに、方針書と天狗は付き物だ。その天狗がいては君の負けになるぞ…。白河卿は天狗の倉田に惚れてるからな~と梶谷が誘いの言葉をかける。

その時、どこからともなく謡が聞こえて来る。

伊賀守の屋敷で飲んでいた家来が、あ、鞍馬天狗だ!と騒ぎだし、伊賀守も慌てて立上がると、刀を持って部屋を出る。

次々と障子を開け、声のする部屋の前に来ると、遠慮はいらぬ、入れと言う声が中から聞こえる。

すると、ひな菊、キ○ガイ共が刃物を持って来たぞとからかうように言う天膳が、芸妓のひな菊と一緒にいた。

危ないから先にお帰りと天膳が勧めると、ひな菊は頷く。

そこに、おえんがやって来たので、思わずその側に走り寄る。

おえんと共に来た梶谷は、倉田、おとなしく縛につけ!と命じる。

梶谷か、いくら昔なじみでもそれは断る。わしは所司代の御連中に、鞍馬天狗が京に戻ったことを宣言に来たのだ。長野さん、京の街を騒がしている天狗は偽物だよと話しかける。

偽物が、二浦惣左衛門を斬れるか?と長野が言うと、私は結えなく故なく人を殺めたことはないと天膳は言い、大勢の役人で捕らえられんというなら、私が必ず捕らえてみせると天膳は約束する。

何!無礼な!と刀を抜いた長野たちだったが、天膳は平然と立上がると、腰に刀を刺す。

その様子を廊下の奥から凝視していたのは櫻町だった。

そんなある日、杉作(美空ひばり)は歌いながら、新吉(かつら五郎)と千春(岸惠子)と共に歩いていたが、やがて、お嬢さん、ここで分かれようよ。杉作さん、元気でねと声をかけ合う。

兄ちゃん、長州って遠いんだろ?あの雲よりも遠いの?と千春と一緒に付いて来た新吉が杉作に聞く。

越後の国へ行くより、もっと遠いんだよと空の雲を見上げながら杉作は答える。

おいら、きっと天狗のおじさんを連れて帰るから、新ちゃんもお嬢さんやお師匠さんの言うことを良く聞くんだぜと新吉に言い聞かせると、では行ってきますと千春に告げ、新吉が持っていた弁当を受け取ると、今度は新ちゃんが歌って、おいらを送ってくれよと頼む。

すると、新吉が美声で歌い始め、旅立つ杉作を見送る。

そこに、千春さん?お久しぶりですと声をかけて来たのは櫻町だった。

香取先生、ご壮健ですか?ご迷惑ですか?破門になった私と話しては?と聞くので、いいえ…と千春が答えると、杉作、どこ行ったんです?と櫻町はさりげなく聞く。

おじちゃん、探しに行ったんだよと新吉が答えると、ほお…、倉田は夕べ、帰って来たらしいですよと櫻町は教える。

噓だよ、帰ってないよ、だから兄ちゃんが探しに行ったんだよと新吉は反論する。

近頃の天狗騒ぎ…、倉田は別にこれとは関係ないと思いますが、とかく世間の口はうるさいですからな~…と櫻町が揶揄するように笑うと、変なことを言う人だな~?天狗のおじちゃんは正しく偉い人なんだよと新吉が櫻町の前に立ちふさがり、千春を連れてさっさと帰って行く。

香取家では、徳川打倒方針書なる巻物を持参した白河宗房卿が、香取任藏(大友富右衛門)に、これを預かって頂きたいと申し出ていた。

かような重大なるものを私に?と香取は驚く。

躾落ちの際、三条強から預かったのだが、所司代に狙われ、もし彼らの手に入っては一大事。せっかく庶民の幸せのために建てられたこの方針書だ。もしものことがあってはならん!と白河卿は言う。

しかし、私のごとき老骨の身では…と香取は逡巡すると、いや、その方がかえって彼らの眼をくらますと思う。ことに困ったことには、鞍馬天狗がこれを知っているので、あなたの他に預かってもらう人がないのですと白河卿は言う。

え!倉田が?と香取は驚くと、左様、このために猪野田源左衛門まで殺された。この書を麿が所持するを知っているのは倉田より他は誰もない!と白河卿が断ずるので、側で聞いていた千春も驚く。

昨今、彼の行状からすれば、あるいは変心したのではないかと思われる…とまで白河卿が言うので、倉田は私の門下生で一番信用がおける人物だと思っておりましたが…、いずれにしたしましても、この身に代えてお預かりしますと香取は答える。

そんな香取家の塀に、怪しい天狗らしき影が映ったのに気づいた新吉は、思わず、小石を広い上げ近づいてみる。

一方、香取は、預かった方針書を「海北友松之図」と墨書きされた箱の中に隠そうとしていた。

誰だい?と新吉が影に向かって呼びかけたので、その声に気づいた香取も顔を上げる。

声に気づいた影は逃げ去る。

その夜、町の通りで歌っていたのは黒姫の吉兵衛だった。

人だかりの背後から、その歌に惹かれるように近づいて来たのは土方歳三(永田光男)と新撰組だった。

歌い終わって、笑い声が起きる中、おい、こやつは天狗の子分、黒姫の吉兵衛!召し捕れ!と指摘した土方に驚いた吉兵衛は、持っていた剣銃を取り出し、迫る新撰組を牽制する。

一発撃ってみると、組員が一人倒れたので、慌てるねえ、当たっちゃいねえさ、これから撃つのが本物さなどと吉兵衛はからかうように言う。

そんな吉兵衛に斬り掛かろうとした組員の1人が物陰に隠れていた本物の天狗に倒される。

旦那、今日帰りました。あっしは旦那に大事な用があるんですよ!と銃を構えながら、近づいて来た天狗に吉兵衛は話しかける。

よし、こやつらに構わず、わしについて来い!と天狗は言い、その場を逃げ出す。

新撰組が追って来たので、とある屋敷の裏木戸から中庭に忍び込んだ天狗は、大事な用とは何だ?と吉兵衛に聞く。

あっしは旦那がお発ちになって三日めに、三条の大殿様に言いつかりましてね、白河の御前に、もう1度旦那とお供して長州へお連れ申せと、あっしは旦那の後を追ってやって来たんでさ。京に着くなり、白河の御前様の所へ行ってみますとね、あいにく御前様、所司代にしょっぴかれてお出でになった後でしたと吉兵衛は言う。

びっくりして旦那の所へ行ったら、留守でしょう?しょうがないからあっしは街へ出て、あっしの歌でも聞いたら旦那がどこからか出て来ると思って、一生懸命歌いまくっていたんですと言う吉兵衛に分かったと言うと、もしかすると、香取先生にご迷惑がかかっているかも知れんな…と天狗は案ずる。

じゃあ、旦那、先生の所へ行っちゃいねえんですか?そんな殺生な…、千春さんや杉作が首を長くして待ってるんじゃないですか!あっしが親だったら、旦那みたいな薄情な男にうちの娘はやれませんねなどと調子に乗った吉兵衛が言うので、思わず、バカ!と叱りつけた天狗は、料亭の廊下からじっとこちらを見ているおえんに気づく。

その時、土方たち追手が木戸から入って来たので、天狗と吉兵衛は草影に隠れる。

隙を観て外に出た天狗と吉兵衛だったが、新撰組に囲まれ、土方が、天狗!今度こそ命は貰ったぞ!と言いながら剣を抜いて来る。

天狗は、吉兵衛!切り開くぞ!と声をかけ、剣を抜くと。自ら敵の中に飛び込んで行く。

残った吉兵衛の方は、土方に向い、脅しに放った銃声をきっかけに逃げ出す。

その頃、屋敷にいた香取や千春は、廊下に人の気配を感じ顔を上げると、どなたじゃ?と呼びかける。

動くな!動くと命がない…と言いながら障子を開けた曲者は、子供、明かりを消せ!と命じる。

新吉が行灯の火を消すと、障子に、般若の面をかぶった天狗の影が映る。

曲者!と千春が叫んだ声を、ちょうど屋敷にやって来た天狗が耳にする。

賊は、過たず「海北友松之図」の箱から、方針書の巻物を取り出していた。

逃げ出そうとした賊の前に、庭先に入って来たのが本物の天狗であった。

誰だ!と天狗は誰何すると、剣を抜き、その場で般若面の偽天狗と斬り結ぶ。

その時、屋敷内に、岡っ引きの一群が入り込んで来る。

賊は、塀をよじ上り、外へと逃れたので、天狗は屋敷内に戻り、先生!杉作!新吉!と呼びかけるが、そこに御用だ!と岡っ引きたちが乱入して来る。

天狗はいら立ち、大暴れして新吉たちを探すが、千春や新吉たちは、香取と共に既に掴まり、土方の元に引き立てられていた。

天狗はどこだ?天狗は京に舞い戻ったと宣言した以上、貴様の所に立ち寄らぬはずがない!と土方は責める。

香取では口を割らぬと察した土方は、新吉、お前は天狗に会ったのだな?と子供に聞く。

しかし、新吉もいいえと言うので、娘に、お前と天狗の間柄で奴の行方を知らぬはずがないが…、どうだ?と土方は千春に問いただす。

しかし、千春も存じません!と答えたので、強情な!良し!あくまで知らぬというなら言わせてみせる!と憤った土方は、山崎に打て!と命じる。

山﨑が鞭を持って、香取の背後に回ると、新吉が進み出て、待っておくれよ、お師匠さんを打つなら、おいらを打っておくれよ、お師匠さんはおいらの恩人なんだと健気にも土方に言う。

生意気な!山﨑打て!と土方は命じるが、そこに出て来たのは梶谷だった。

その顔を観た香取が、不埒ものめ!と睨みつけると、仰せの通り裏切り者です…と答えた梶谷は、あなたのように学問が過ぎるとこのような目に遭います。とかく世の中は実利主義でいかんと大バカを観ますからな~。香取先生、あなたの友、白河卿も所司代の手で捕われましたぞ。あなたも関係がある「徳川打倒方針書」の在処をお知らせ下されば、昔のよしみを持ってお助けもうしますが?などと梶谷は言う。

いらぬ世話じゃ!と香取は縛られながらも毅然と答えると、今日、白河卿はあなたを訪ねた…と申しますが?と梶谷が問うと、左様なものは知らぬわ!と香取は否定する。

ではお気の毒ながら、白河卿は貴船の山荘に閉じ込めます。土方さん、今、近藤さんにお願いしましたが、明朝貴船まで護衛をお願いしますと梶谷は頼み、香取は引き立てられて行く。

翌朝、白河卿と並び、馬で貴船の山荘に送り届けていた梶谷は、所司代では終世貴殿を山荘に閉じ込める腹です。しかし例の「方針書」を私にお出し下されば、私が所司代に取りはからってお助けしても宜しいが?などと囁きかけ、あくまでお出しなさらぬとなれば、御前はもとより、ご一門のお命も危のうござりまするぞと梶谷は脅して来たので、それを聞いた白河卿は、同志を裏切れと申すのか?と睨みつける。

左様、ご一門の命に代えまして…、貴船に入りましては、貴殿の生涯は終わりでございます。まだ間があること、山荘につくまでとくとお考え下さいと梶谷は言う。

その行列を山の上から見届けた天膳は、馬を走らせ、鞭で警護のものたちの馬を蹴散らし、白河卿を逃がす。

その後を追った天膳を、さらに追いかける警護のものたち。

天膳の馬に寄って来た代官を、鞭で馬から落とす。

さらに、先行して逃げる白河卿の馬を追う天膳の様子を、木の陰で見張っていたのは黒姫の吉兵衛だった。

天狗が合図すると、吉兵衛は用意しておいた木材を崖から何十本も滑り落とし、道を塞ぐ。

追って来た警護のものたちは、馬が木材に気づき急に止ったので振り落とされて行く。

助けてもらった白河卿だったが、山の中で一服し、天膳と対面すると、この上まだ何か用があるのか?と聞く。

なにとぞ、例の方針書をお焼き下さいませ。そしてこのまま長州へお発ち下さいますようと天膳は頼む。

何?長州へ?と驚いた白河卿は、又でたらめを申すのかと聞き流そうとする。

昨日、三条卿よりお言付けがございました。ご存知の吉兵衛が、御前を私がお供せよとの三条卿よりのお言付けでございますと天膳が言うと、しからば、その三条卿よりの書面を見せてもらおうと白河卿は言い出す。

それは…と天膳が戸惑うと、その方、方針書のこと、所司代へ密告したであろう!と白河卿は責める。

それはあまりのお言葉でござりまする!と天膳が困惑すると、だからもうしたではないか。まこと、それが偽者なら、そやつをひっ捉えよと!と白河卿は言う。

誓って身の証しを立てます故、なにとぞこのまま長州へお発ち下さいませぬか?と天膳は重ねて頼むが、それはできん!と白河卿は拒否する。

ならば方針書を…と天膳がせがむと、まだ言うか!白河宗房卿、例え一門の命に代えても、必ず方針書は守ってみせる!と言われるだけだった。

立上がった白河卿に、御前!なにとぞ、なにとぞ方針書を!とすがりつく天膳。

倉田!そちはあくまでも、麿に方針書の在処を白状せよと申すか?身の証しも立てずに…、何の証拠もなく、麿を騙せると思うか!たわけめ!と白河卿は嘲る。

世は自ら、貴船の山荘で命を絶つ!と言い残し、止める天膳を振り切って、白河卿は立ち去って行く。

天膳は、馬に股がると、鬼の形相になり京へ戻る。

その後を、崖から降りて来た吉兵衛が、旦那~!待ってくれ~!と叫びながら、走って追いかけようとするが、途中でへたり込んでしまう。

一方、千春は屋敷に戻されていたが、岡っ引きの長七と子分の久六(嘉山宏)が近くで監視する中、櫻町の訪問を受けていた。

すると、その「方針書」と言うものの所在を言えば、先生は許されるんですね?と櫻町は親身を装い聞いていた。

はい、でももしそれが御上に知れますと…と千春が案ずるので、もちろん、同志の機密書類でしょうから先生としても容易に言えないでしょうと櫻町は同情する。

どうしたら許されるでしょうか?と千春が聞くと、そのことでしたら私にお任せ下さいと櫻町は請け負う。

立上がりかけた櫻町は、苦悩する千春を観て、思わず、千春さん!と呼びかける。

そんな2人の様子を、長七と久六は逢い引きでも覗き観るように観ていた。

やがて、途中であほらしくなったのか、2人の見張りはその場を去って行く。

そんな中、新吉は1人旅支度をし、千春と櫻町の眼を盗み、屋敷を出ようとする。

しかし、それを目ざとく見つけた千春が、新吉さん、どうしたって言うの?そんな恰好して…と、玄関先で立ちふさがって聞く。

おいら、これから天狗のおじちゃん、探しに行くんだよと新吉が言うので、だって、どこにいるか分からないじゃないの!と千春は言い聞かす。

分かんなくたって、杉作兄ちゃんも探しに行ってるんだもの…、だからおいらはじっとしていられないんだよと新吉は言う。

でも、新吉さんはまだ小さいんだから…と千春は止めようとするが、ううん、良いんだよ、心配しなくたって…、止めないでおくれよ、おいら、きっと探して来るから。じゃあ、お嬢さん、おいら行ってくらあと千春を振り切り走り去って行く。

そんな新吉を哀し気に見送った千春の名を呼びかけたのは、今、新吉が探しに出たばかりの天膳その人だった。

倉田さん!と千春が近づくと、遅くなりましたと天膳は詫びる。

そんな天膳は、軒先に座って自分を見つめている櫻町に気づく。

その頃、香取は土方に、方針書は貴様が隠したのか!と縛られ責められていた。

いや…と香取が言うと、では、白河卿は何のために貴様の家を訪ねたのだ?と土方は聞き、答えぬ香取を、山崎に打たせる。

その拷問を見かねて、久六と共に代官所の門の外へ出ようとしていた岡っ引きの長七は、牢番に、お前の所のおっかあは具合はどうだ?と聞く。

それがさっぱりや…、銭はなし…、医者にかけられんし…、もう見殺しじゃと牢番が答えると、まあ大事にしてやれと声をかけ、そのまま外に出ると、夜泣きうどんの屋台に入る。

そんな2人を点けて来たのは鞍馬天狗であった。

すると兄貴、あの「大吉」ってお茶屋は所司代の出店か?と、横に座った久六が長七に聞くと、そうよ…おえんって芸妓に梶谷は惚れて通ってるし、おまけに次席の長野主膳がその女にちょい惚れときてるからたまらねえ。白河卿も香取の親爺も、みんな梶谷の差し金よ…と、長七が得々と聞かせていると、久六はいつの間にか背後に近づいた天狗に刀を突きつけられ、硬直しながらも、じゃあ、香取の親爺はどうなるんだ?と聞く。

この警戒じゃ天狗だって助け出すことは出来ねえし、まあ長いことはないな。俺にはずっと先のことまで分かってる!などと長七は調子良くしゃべる。

どう分かってるんだ?と久六が食い下がるので、しつこい奴だな~!と長七はいら立ち、例えば、前を向いてたって後のこともちゃんと分かる千里眼って奴よ!などと自慢しだしたので、うどん屋に化けていた吉兵衛はにやりと笑う。

じゃあ、おえんって女はどっちに惚れてるんだ?と久六が聞くと、そいつはあいつに聞けば良く分かるよ。今度の事件だってあいつに聞きゃあ先の先まで分かってらあななどと言っている横では、久六が外に引きづり倒され、代わりに天狗が座っていたが、それに気づかない長七は、お前から先にやりなよと、出来たばかりのうどんを子分に勧めようとする。

遠慮なくやれよと声をかけた天狗だったが、その途中から、様子が変だと気づいた超七は、緊張して懐から十手を出し、御用だ!と立上がろうとするが、瞬時に当て身を食らわされ気絶する。

天狗は、逃げて行った男を追おうとするが、倒れた長七の背中に般若の面が付いているに吉兵衛が気づくと、天狗はその面を拾い上げる。

能面師にその面を調べてもらいに行った天狗は、この面は二代目石川辰衛門の作で、宝生に一面、今春に一面と観世に三面と聞いておりますと聞く。

直ちに天狗は、宝生の屋敷に出向いてみる。

それを付けていたのは長七だった。

次いで、今春の屋敷から出て来る天狗を見張っていた長七は、待機させていた子分たちに後を追うように命じる。

町中を走って行く、子分たちの様子を観ていたのは、天狗を捜しあぐねて休んでいた新吉だった。

長七の報告を聞いた長野たちは、今度こそ捕らえてみせると張り切り、観世の屋敷に先回りし、天狗を待ち伏せしていた子分たちと合流するために出かける

観世の屋敷を訪れた天狗は、能舞台の前の席で待たされる。

すると、天狗の背後の襖が音もなく閉まって行く。

天狗は罠に落ちたと気づき、羽織を脱いで刀を握りしめる。

すると、鳴りものと共に、能衣装を着て般若の面をかぶった役者が舞台に出て来る。

それを観て緊張する天狗。

舞台に出て来た役者は、槍を持って舞いを始める。

それを油断なく見つめる天狗。

石川辰衛門作、観世家宝の鬼女の面、その三面のうちの一つ!と役者が立ち止まって口を開いたので、で、貴殿は?と天狗が聞く。

所司代次席長野主膳!と答え、面を取った主膳は、鞍馬天狗もついに罠に落ちたな…と舞台上から嘲る。

すると、立上がった天狗は、さすが長野主膳!と褒め、だが鞍馬天狗、めったに犬死にはせぬぞ!と言うと、前に進み出る。

では、免許皆伝の穂先、受けてみるか!と答えた主膳は、持っていた槍で、おお!と叫んで向かって来た天狗と戦い始める。

やがて、隠れていた役人たちも傾れ出て来たので、天狗は舞台上に上がり、大勢を相手に立ち向かうことになる。

そんな観世の屋敷前には人だかりが出来ており、何でも天狗だそうで、掴まったそうですよなどと噂していた。

その野次馬に混じって話を聞いていたのが新吉で、門から中に入り込もうとするが、見張りに追い払われてしまう。

天狗は庭先に出て、大勢の敵を相手に必死に戦っていた。

そんな天狗に、おじちゃん!と呼びかけたのは、塀によじ上って中を覗き込んだ新吉だった。

天狗も新吉に気づくが、新吉は果敢にも屋敷の中に飛び降り、天狗に駆け寄って来る。

天狗は、そんな新吉をかばいながら、ここにいては危ない!早く逃げろ!と言い聞かす。

新吉は、又塀の上によじ上り、裏は川だよ!と教える。

良し!と言いながら近づく天狗だったが、長野が投げた槍を避けた新吉は、そのまま塀から川に落下する。

天狗は、敵の槍を奪い、それを振り回して敵を遠ざけると、棒高跳びの要領で、槍を使い塀の上に飛び上がり、そのまま川に飛び込む。

新吉は器用に川を泳いでいたが、その川の先には滝のようになっている段差があった。

天狗は平泳ぎで新吉に近づく。

新吉を抱いたまま滝の中に巻き込まれる天狗。

一方、大勢の役人に見張られた山荘に幽閉されていた白河卿は、御前、お気の毒ながら、いよいよ今宵が御最後ですぞと、やって来た長野主膳から告げられていた。

これも所司代の命令で、方針書の行方が分からぬ伊賀の守様の積極策です。御前の処刑には、この長野主膳、お立ち会い申すと主膳は話しかける。

庭先のすすきや秋草を眺めた白河卿は、今日は幾日か?と聞く。

10月22日…。今宵は鞍馬の火まつりですと主膳が答える。

火祭りに、消ゆる命のはなむけと国の山なり鎮まりたまえり…と白河卿は歌を詠む。

その頃、杉作は、いつものように歌を歌いながらあてどもない旅を続けていた。

そんな杉作と出会ったのが2人の侍だった。

そんな杉作を案じる千春と天膳。

ただ…、子供の足ですから…と隣で千春を慰める天膳は、川から無事助かったと見える。

もう一日、待ってもらえば良かったのに…と悔む千春。

私がおうかがいしなかったのが行けなかったのです。すぐにも呼び戻してやりたいが、今の私にはそれが出来ません。先生や白河卿をあのままにしておく訳には参りませんと自分を責める天膳。

父はどうなるんでしょうか?と千春が聞くと、所詮、あのままでは、牢死の他はないでしょうと教える天膳。

今、先生を失っては、百万の味方をなくするも同然。何としてもお救いしなければなりません…と天膳は言う。

そんな2人の様子を、木陰から覗いている人影があったが、吉兵衛が天膳に近づいて来たので姿を隠す。

様子はどうだった?と聞く天膳に、何だか牢の様子が変なんです。急に変わっちゃって手薄なんですと吉兵衛は報告する。

それは何かの策略かも知れんが、その裏をかいて救い出さねばならぬ…と天膳は言う。

え?じゃ…、今夜?と吉兵衛は聞く。

でなければ、先生の身にますます危険が迫って来る…。千春さん、天膳、必ずお救いしますぞ!と天膳は約束する。

その夜、牢屋の中では、香取用の弁当に何か薬を振りかけていた。

これ、何どす?と牢番が聞くと、石見銀山…と相手が答えたので、毒!と驚くが、誰にも言うな…と言い渡し、相手は小判を牢番に差し出す。

しかし、そんな2人のやり取りを、屋根の上に潜んでいた新吉が聞いていた。

牢番が毒入りの弁当を香取の牢に持って行ったので、新吉は屋根伝いに香取の牢に近づく。

すると、何も知らず、香取が弁当を食べようとしているではないか。

新吉は、真下にいた見張りが遠ざかるのを見届けると、履いていた雪駄を香取の手元に投げつける。

そして、屋根から下に飛び降りると、香取の牢に近づき、それには毒が入っているよ。おいら、毒を入れるのを観たんだから…と教える。

うんと頷いた香取は、早く逃げんと掴まるぞと新吉に言い聞かすが、おいた、お師匠さんを助けに来たんだと新吉は言う。

その時、新吉は見張りに見つけられ、曲者だ!と騒ぎ立てられる。

新吉は、見張り2人に掴まりかけるが、そこに助けに現れたのが鞍馬天狗だった。

あ、おじちゃん!と喜ぶ新吉に、新吉、お前は逃げろ!と諭す天狗。

天狗は今気絶させた見張りから、牢の鍵を取り上げる。

一方、新吉は、呼子を吹き始めたので、牢の中を探しまわっていた役人たちは、その音でごまかされてしまう。

天狗は、先生!と香取に呼びかけると、鍵を開け、気づいて襲って来た見張りを倒すと、香取を伴い逃げ出す。

門の所で囲まれた天狗は、新吉、門を明けろ!と命じ、外で籠屋を待機させていた吉兵衛が、門から出て来た香取を乗せると、天狗と共にすぐに走り出す。

一方、新吉は、呼子を反対の方向で吹いて敵をおびき寄せると、あらかじめ道に張っておいた紐を引いて転ばせる。

吉兵衛と香取を乗せた駕篭を護衛して逃げていた天狗は、般若の面をかぶった偽天狗が立ちふさがったので、吉兵衛が香取に肩を貸し、その場を逃れると、正体を暴いてやるとばかりに、その場で対決を始める。

雨が降り始めた中、偽天狗は思いのほか強かったので、天狗は手こずる。

偽天狗は、天狗を川に突き落とすが、その瞬間、天狗に斬られた面が割れ、なかから出て来たのは、櫻町胤保だった。

櫻町は、新吉や追手の役人たちが迫って来たので、その場を立ち去る。

新吉は、おじちゃん!と天狗を捜すが天狗は見当たらない。

ようやく川から這い上がって来た天狗は、川縁の落ちていた般若の面と、一緒に置かれていた手紙に気づく。

「至急 例のもの 受け取りたく 大吉にて待つ 櫻町どの 梶谷」と書かれてあった。

お茶屋「大吉」で、櫻町が待っていると思い部屋にやって来たおえんは、そこで待っていたのが天膳だと気づくと驚く。

何だい!色気もないのに、人の部屋に黙って入って!とおりんは怒りだす。

いや、わしはこの通り、招待状を受けてやって来たのだと天膳は、柱にかけた二つに割れた般若の面と手紙を指して平然と言う。

それに気づいて逃げ出そうとするおりんを捕まえた天膳は、部屋の中に引き倒し、おえんさん、わしはあんたの弟、櫻町を助けるためにここに来たんだと言う。

ふん!弟はお前さんのために一生をめちゃめちゃにされたんだ!とおりんは睨みつける。

それは違う!櫻町は、師範を手に入れようと誤った手段を講じた。その証拠があの面だ。この面こそ、多くの人を殺めた偽天狗だ!と天膳が言って聞かすが、そんなこと…、誰が信じるもんか!とおえんは聞かない。

櫻町は詰みを私に着せるために偽天狗となって多くの罪を犯した。あまつさえ、恩師の香取先生まで牢に送ってしまった。おえんさん、わしは決して私利私欲でこんなことをやっているのではない。新しい世の中を作るために、この身を賭けてやっているんだ。櫻町は重大なる書類を奪った。それが所司代の手に渡れば、我々の命はもとより、この日本に明るい陽を拝める日は来ぬ。

おえんさん、あんたは私の味方になって、櫻町の隠れ家を教えておくれ、頼む!と天膳は真顔で伝える。

すると、お縁は困惑して泣き出し、そこに入って来たのは梶谷だった。

梶谷は、庄司の影に身を下げていた倉田に気づくと驚く。

挨拶は抜きにして、早速だが買いたい。例の方針書を頂こうと天膳が言うと、何!と梶谷気色ばむが、招待状はあれにあると柱を観ると、昔のよしみを持って、方針書の在処を教えてくれと迫る。

さすが天狗だ、立っていては話が出来ん。座れと梶谷は言い、自らもその場に座ると、あれはわしの出世には又のない品だ。そうやすやすとは渡せんのう…と言いだす。

裏切り者のわしは腕では君たちには敵わん。だから、頭を働かせ、自分を守って出世をするのだと梶谷が言うので、出世?と天膳が聞くと、そうだ。命あっての出世だ。金と女が人間の全てだ!と梶谷は答える。

世の中にはもっと尊い物がある。生まれ変わる世代のために、自分の命を捨ててかかかっているものもいる。わしはその尊い生命を無駄にしたくない。方針書を出してくれ。どこにある?と天膳は言い聞かせる。

ここにはない。人に預けてあると梶谷が言うので、どこに?君も所司代の役人だ。鷲を捕らえて手柄にせんか?それとも預けた男の名を言うか?と天膳は迫り、相手は無言なので、ではわしが言おうと言い出す。

その男の名は櫻町胤保か!と言うと、梶谷は驚いたような顔になりながらも、違う!と否定する。

誰だ?言え!言わぬか!と天膳が迫ると、わしを斬れ!斬ってくれ!と梶谷は抵抗する。

その代わり、わしを斬れば、あの方針書は貴様や道場組合の首をすっ飛ばすぞ!と梶谷は脅して来る。

天膳がすっくと立上がったので、梶谷は部屋の奥へ逃げようとするが、梶谷、もう貴様に聞かなくて良い。その男はわしが捕らえる!と天膳は言い放つ。

すると、それまで一緒に話を聞いていたお縁が立ち上がり、柱にかかっていた割れた般若の面を取ると、おえん!と呼び止めようとした梶谷の頬を叩き、部屋の外に出て行く。

外に飛び出したおえんは、籠屋を呼んで走り出す。

それを追って外に出て来た天狗におじちゃん!と呼びかけたのは杉作だった。

おいら、有馬さんと一緒に帰って来たんだと言う。

偽天狗をやっつけてもらおうと思って…、おじちゃんを探しに行ってたんだよといじらしいことを言うので、すまん!すまなかったな!と心から詫びる天膳。

そこに、旦那!大変なことになりやしたぜ!と叫びながら近づいて来たのが吉兵衛で、杉作、帰ってたのかい?と一瞬喜ぶと、天膳に促されて、用事を思い出し、千春さんがいなくなっちゃったんですと言う。

そこに、倉田さん!と近づいて来たのが、杉作を連れ帰って来た有馬新二郎(岩井半四郎)と有加打二郎(市川笑猿)の2人だった。

三条卿のお言い付けです。直ちに白河卿を長州へお供せよとのことですと有馬は伝える。

私たちが着き次第、是非倉田さんにお供願うようにと…、くれぐれも堅く言いつけられましたと有馬が言うので、天膳は悄然とする。

吉兵衛は、千春さんの居所を知らないんですかい?と言い、杉作は、偽天狗をやっつけなくちゃとすがるので、偽天狗は分かっていると答えた天膳は、お前は吉兵衛と一緒に今行った駕篭を追え!千春殿も偽天狗も必ずいる。私は貴船に白河卿を助けに行きますと有馬たちに伝える。

貴船の山荘では、松明が灯る中、白装束に着替えた白河卿が、庭に設置された斬首の場に進み出ていた。

木の枝に下がった辞世の句をじっと見つめると、白河卿は、斬首の場に正座する。

お覚悟を…と主膳に呼びかけられると、懐から出した懐紙を口にくわえる。

その時、表門に鞍馬天狗が、白河卿の命乞いに参りましたとの伝令が来る。

表門には、大勢の役人に刀を突きつけられた鞍馬天狗が立っていた。

そこに出て行った役人が、腰のものをお預かり申すと申し出ると、天狗は黙って代償を渡す。

中に招き入れられた天狗は、処刑寸前の白河卿の姿を観て驚き、御前!と跪く。

しかし、白河卿の方は、又いらざる所へ出て来たか!下がれ!と怒鳴りつける。

命乞いとあらば、その代わりのものは?と主膳が聞くと、方針書を持参しましたと天膳は言い出す。

倉田!それを渡しては、麿の苦心は水の泡じゃ。麿を殺しても良い。それを渡してはならんぞ!と白河卿は止める。

しかし天膳は、いいえ、命あっての物種でござりますぞと言うので、白河卿は激高して飛びかかろうとするので、役人が止める。

では、その方針書をこれに出せと主膳が手を出すと、その前に白河卿を共の者にお渡し下さいますか?御前にはいささか気が転動の御様子、ここで倒れられては迷惑いたします。長野山、白河卿をお渡し下さるまで、方針書はお渡し出来ませんと天膳は言う。

この裏切り者め、この場で刺し違えてやるわ!と白河卿が取り乱すので、さすがに見かねた長野主膳は、表に出せと家来たちに命じる。

倉田!渡すでないぞ!と叫びながら、白河卿は外に連れ出されて行く。

さあ、約束の方針書を受け取ろうと主膳は言い、出せ!出さぬか!と天膳に迫る。

早く出せ!と言う主膳に、天膳は懐紙の束を差し出したので、騙したな!と怒った主膳だったが、その持っていた刀を奪い取った天膳は、家来たちを斬り始める。

白河卿を逃がすな!と呼びかける主膳。

表で待ち受けていた有馬たちから、三条卿の書状を受け取って読んだ白河卿は、始めて自分の不明に気づき、麿に構わず、倉田を救え!と命じる。

倉田と合流した有馬たちは役人たちと斬り合いを始める。

その頃、こうなったのも、あなたを想う一念からです…、卑劣な私をお許し下さいと、千春に告白していたのは櫻町だった。

あなたは、今の御自分をどうお思いです?人として恥ずかしくはないのですか?いくら恋に狂ったとは言え、人の道を外しては恋も何もありませんと千春が問いかけると、では私にどうしろと言うのです?と櫻町は逆に問いかけて来る。

ただいま限り、私のことは諦めて下さいと千春が頼むと、諦めません!私はあなたに妻になって頂きます!と櫻町は言う。

いやです!と千春が拒絶すると、どうしても?と言いながら櫻町は迫って来るので、汚らわしい!寄るな!と千春は立上がって逃げようとする。

すると、急に開き直ったかの良いに苦笑した櫻町は、千春さん、縁故をひっくり返すことも、先生を始め、在京の公家たちを助けるのも、あんたの返事一つだ。これは所司代が狙い、倉田が躍起になって探している方針書だと言いながら、袖口から巻物を取り出して見せると、左様…、あの晩の覆面の侍は私です…と打ち明ける。

人非人!外道!畜生!と千春が罵倒すると、それから?と櫻町はからかうように聞く。

悪魔!と千春が言うと、悪魔で結構、櫻町胤保、男の意地を通してみせると言うと巻物を再び懐へしまい、奥の間に行って酒を飲もうとする。

千春が戸口から逃げ出そうとすると、何をしてるんだい?その戸はめったに開かない。それより、俺の尺でもした方が身のためだと櫻町は苦笑しながら呼びかける。

こっちへ来い!来ないか!と呼びかけるが、千春が逃げ道を探して部屋の中を逃げ回るので、もうダメだ、どこにも逃げ道はない。どこへ逃げようとしても俺と二人だけだ。もう逃げるのは止めなさい!と迫って来た櫻町は、千春が懐剣を手に取ると、わしを突くのか?突いてみろ!と挑発しながら飛びかかって、懐剣を奪い、遠くの柱に突き刺す。

その時、戸を激しく叩く音が聞こえたので、誰だ?と櫻町が聞くと、私です。おえんです!と女の声が聞こえて来る。

戸を開けて、おえんを中に入れると、姉上、今時分何の御用で?と櫻町は聞く。

すつろると、おえんは、持って着た割れた般若面を差し出し、胤!これは何です!と迫って来る。

良くも私を欺いてくれたね?たった一人の姉の顔をまともに見られない、この人でなし!世間様に何とお詫びする?とおえんが言うと、今更詫びた所で、罪が消える訳でもあるまい…などと櫻町が言うので、胤!とおえんは睨みつける。

その時、外に停まった馬のひずめを聞いた櫻町は、姉上!あんたはわしを役人に売ったな?と入口の戸を押さえながら聞く。

外では、吉兵衛と杉作が戸の側で示し合わせをしていた。

やがて、戸が叩かれ、櫻町!俺だ、梶谷だ!と呼ぶ声が聞こえたので、梶谷はわしの味方だ。これでわしの道も開けると安堵した櫻町は、姉上、明日から俺は、所司代の御重役になるとおえんに自慢げに言うと、笑いながら、戸の仕掛けを明ける。

すると、入って来たのは、梶谷だけではなく、彼が引き連れて来た役人たちが大勢乱入して来る。

櫻町!所司代の命により、打倒方針書を受け取りに来た!と言う梶谷は、捕り物用のはちまき姿だった。

何?と驚く櫻町に、俺とお前とは頭が違う、おえん、これで又わしは出世が出来るぞ!と梶谷は背後にいたおえんに話しかける。

貴様!騙したな!と刀に手をかけた櫻町に、出せ!と言いながら、梶谷は懐から拳銃を取り出して見せる。

出さんか?と近づこうとした梶谷を、あっという間に斬り捨てた櫻町は、倒れた梶谷の拳銃を拾い上げ、役人たちに向かって発砲し、出ろ!と命じる。

役人たちが全員外に逃げると、戸を閉めた櫻町は銃を向け、姉上、この上邪魔だてしたら、姉とても容赦はせん!その女を妻にするまで、胤保はめったに死なん!と言いながら、千春を背後にかばおうとするおえんに近づく。

お願いでございます。この身を汚されるくらいなら、私を死なせて下さいませ!と千春はおえんに頼む。

櫻町はほくそ笑み、おえんは、胤保!この人を帰してお上げ!と呼びかける。

その時、戸を開けてそっと中に入ってきた杉作は、千春を捕まえようともみ合っているうちに、おえんを斬ってしまった櫻町を目撃する。

櫻町の方も杉作に気づき、貴様、観たな!と入口から出ようとした杉作の前に躍り出ると、刃を突きつける。

駆け寄ろうとする杉作と千春を引き離し、杉作の胸元を掴む櫻町。

その頃、天膳と白河卿、有馬と有加たちは馬を走らせていた。

それを待ち構えていたのは吉兵衛だった。

吉兵衛に案内され、隠れ家の中に乗り込んでみた天膳は、そこで倒れていたおえんと縛られていた杉作と発見する。

右肩を斬られていたおえんを助けおこすと、早く!早く、お嬢さんを…とおえんは頼む。

吉兵衛に縄を解かれた杉作は、おじちゃん!お嬢さんが連れて行かれたのは、鞍馬の不動堂の側の木こり与平の家だってと教える。

鞍馬では、村人たちが全員大きな松明を手に行列をしている最中だったが、櫻町は気を失った千春を抱えて進んでいた。

その後を追う天膳、白河卿、吉兵衛ら。

やがて、森の中で櫻町の姿を見つけた天膳は待て!と呼びかけるが、拳銃を手にした櫻町は、寄るな!寄ってみろ!千春の命はないぞ!と脅して来る。

俺は貴様に勝つんだ!貴様を慕うこの女は今夜から俺の女房にする!と櫻町が言うので、悪の貴様が勝てると思うか!と天膳は呼びかけると、勝てる!千春が俺の手にある限り…と櫻町が言うので、良し!じゃあ男らしく勝負しろ!と天膳は言い、剣を構える。

何でもしてやる。だが貴様には負けんぞ!動くと撃つぞ!と櫻町は千春を抱えたまま放そうとしない。

千春を地面に置こうとすると、落ちた途端に気づいた千春が逃げ出そうとしたので、思わず千春の手を捕まえようとした櫻町だったが、その隙を突き飛び込んだ天膳が銃を刀でたたき落す。

天膳は足で銃を蹴飛ばし、銃声が二発轟く。

千春を奪い取った天膳に、貴様が欲しいのはこの方針書だろ?俺に勝って取ってみろ!と櫻町は挑発して来る。

千春を放した天膳は、良し!と応ずると又刀を構える。

剣をかわし合う2人。

そんな場所に、松明の列の横を通り、吉兵衛、杉作、白河卿、有馬たちが近づいていた。

剣を向け合う天膳と櫻町の様子をじっと凝視する千春。

燃え上がる祭りの松明。

2人の勝負の場にたどり着いた杉作が、おじちゃん!と呼びかけたとき、両者は斬り合い、天膳は左目を上を怪我する。

それを観た櫻町は、勝った!勝った!と叫ぶと、方針書を地面に落とし、その場に倒れる。

天膳に駆け寄る千春。

翌日、馬に乗った白河卿の後から、歌を歌いながら吉兵衛と新吉が続き、その背後から有馬と有加がついて来ていた。

その前には、杉作と手を繋いだ天膳と千春が歩いていたが、やがて杉作が自慢の咽を聞かせ始める。


 

 

inserted by FC2 system