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黒の凶器

大映「黒シリーズ」第9弾で、田宮二郎主演の産業スパイもの

女産業スパイに騙され、一生を棒に振った男が、自ら産業スパイになって復讐を果たそうとするサスペンス物だが、失業した主人公が3年くらいでいっぱしの産業スパイになっている辺り、又若干不自然さがないではない。

しかし、産業スパイになる手順も分からないし、これはこういう物として納得するしかないのかも知れない。

冒頭部分の主人公は、夜間学校に通っている非正規社員と言う設定らしいので、せいぜい20歳くらいを演じているのだろうが、さすがに、当時の田宮二郎では無理がないではない。

それでも、産業スパイになってからの田宮は様になっており、かっこ良い。

自分がかつて罠にかかった復讐の相手を演じているのは金子信雄で、前編、抜きつ抜かれつ、騙し騙され…の謀略合戦が楽しめる。

ラストの空しさも、スパイ業の本質を突いているようで興味深い。

モノクロ作品と言うこともあり、全体的に地味な印象ながら、クールな田宮二郎の魅力が堪能出来る一本だと思う

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1964年、大映、梶山季之「影の凶器」原作、舟橋和郎+小滝光郎脚色、井上昭監督作品。

工場の写真を背景にタイトル

高度成長期の波に乗り、電器製品の売れ行きは好調で、特にテレビは月産6万台、1日に2500台、15秒に1台のペースでテレビは作られていた。

この過当競争に勝つためには、各メーカーは、大型化か小型化、カラー化の普及など、何らかの手を打たなければならない…と(主人公の声をのナレーション)。

仕事が終わった大日本電機の大阪工場のロッカールーム

ロッカーを開けた男子社員たちは、中に、見慣れぬカードが入っている事に気づく。

バー「エンジェル」の名が入ったそのカードを持って店に行けば、ハイボールが1杯ただで飲めると言うサービス券だった。

酒が飲めない同僚が、カードを片柳七郎(田宮二郎)に譲ってくれたので、片柳は仲間と共にその店に行ってみることにする。

このサービス券1枚が、俺の運命を狂わせることになった。

行った店は安っぽかったが、酒は旨かった。

心地よい良いが身体中に廻っていた。

その時、片柳に、踊らない?と誘って来たホステスがいた。

俺は一目で彼女を気に入った。

同僚たちは冷やかし、俺、踊り巧くないぜ…と言いながらも、そのホステスと踊りだすと、又、来て頂きたいの…、他の方には内緒よ…とホステスは耳打ちして来る。

翌日、俺は1人で、そのホステス、れい子(浜田ゆう子)に会いに行った。

れい子は、夕べとは別人のように打ち解けていた。

ただの検査工に過ぎない俺に、何故こんなに馴れ馴れしくしてくれるんだ?

れい子は、踊りましょう?と誘って来ると、土曜日は何時に工場終わるの?と聞いて来る。

いつも通り5時だと答えると、早退け出来ない?ドライブに行きたいのよとれい子は誘って来る。

この女とドライブ出来ると思っただけで、心は踊った。

約束よ!土曜日の1時に!とれい子は念を押して来る。

そして、土曜日、片柳は、れい子の車でドライブに出かける。

ホステスが車を持ってちゃおかしい?お店の給料なんて衣装代で全部消えるわ。実は株をやってるのよ。株ってぼろいわよ。あなたもやってみない?自分の会社の株を買えば良いじゃない。大日本電機はは優良株よなどとれい子は話す。

片柳も、俺は今の会社に入って3年半になるんだ。今、夜間に通っているんだけど、技師になれば正社員になれるんだと打ち明けたので、あなたの夢は技術者になる事なのねとれい子は答える。

やがて、ホテルに寄ったれい子は、今夜はここに泊まらない?と誘って来たので、大阪に帰らないのか?と片柳は驚くが、その後、部屋で、ネグリジェに着替えたれい子と結ばれる。

俺はこの子の虜になった…

後日、れい子は、大日本電機の株、本気で買わない?今度RV-17と言う新製品が出るんでしょう?と聞いて来たので、俺たちにも良く分かってないんだと答えると、その情報を何とか掴んでくれない?

そうしたら、1株300円くらいにはすぐなるから、170万くらい儲かるの。

俺は、女を喜ばせようと思って、RV-17の正体を探った。

中央研究所の焼却炉で廃棄物を探っていると、何をしてるんだ!と言いながら近づいて来たものがいた。

戸村部長(根上淳)だった。

屑篭に間違って野球の切符を捨ててしまったものですから…と片柳はとっさに噓を言うが、この焼却炉は中央研究所専用だよ!と冷たく言うので、片柳は早々に立ち去る。

しかし、実はそこで拾ったブラウン管の破片らしきガラス片があり、これはうちで作っているブラウン管ではないと教え、それをれい子に後日渡す。

れい子は感謝し、前に東亜電機からカラーテレビが出ると言うので、株を勝って大損をしたことがあったの…と言うので、あれはインチキだったな…と片柳は同情する。

その日、帰宅した片柳は、お稲荷さんがあるよと行ってくれた母親ハツ(小夜福子)に、大切な話があると言い、肩を揉んでやりながら、俺、結婚しようと思うんだ。その人は近代的で明るくて良い人なんだと教えると、それで、近頃、帰りが遅かったのねと納得したハツは、母さんは、あんたが早く偉くなって、お嫁さんをもらうのが夢なんだよと言って喜んでくれる。

太陽電器の研究室では、れい子が持ち込んだ大日本電機のブラウン管の一部の形状からその大きさを6インチのブラウン管だと割り出し、大日本電機の新製品がマイクロテレビである事を突き止める。

ある日、食堂にいた片柳は女子社員に呼ばれる。

そこで待っていたのは戸村だった。

片柳君、会社を辞めてもらうことになったよ。理由は君にも分かってるだろうと、突然言い出すと、組合も君の解雇を認めたんだと告げる。

前から君の行動を監視していたんだが、あの女給は太陽電器のスパイだったんだよと言うので、唖然とした片柳は、あれは、株の事で…と思って…と言い訳しようとするが、結果的には君は会社を裏切った事になるんだ。経理課で退職金をもらって来たまえ…と、戸村は冷徹に言い渡す。

その後、バー「エンジェル」に行った片柳だったが、店でラーメンをすすっていた女にれい子の事を聞くと、一昨日辞めたと言うので、どこに行ったか分かりませんかと聞くと、ミナミ辺りじゃない頭と言う。

夜のミナミを歩き回った片柳だったが、杳としてれい子の行方は分からなかった。

義士になる事があなたの夢なのね…

優しいのね、あなた…

そんなれい子の甘い言葉が片桐の脳裏に蘇って来る。

畜生!俺はやるぞ!俺自身が産業スパイになって、太陽電器の奴らを叩き潰してやる!目には目を、歯には歯をだ!と、女に裏切られ、未来を一瞬にして失った片桐は復讐を誓う。

それから3年…

伊勢に向かう電車に、愛人のマダム(真城千都世)と一緒に乗っていたのは、大日本電機の高杉部長(丸山修)だった。

そんなに大阪から電話が入ったとのアナウンスがあったので、高杉はカバンを抱えて電話室へ向かう。

ところが、その電話は聞こえ難く、高杉が何度か呼びかけているうちに、どうやら戸村部長からのものだと分かる。

戸村が言うには、太陽電器があなたのカバンを狙って何人か電車に乗り込んだようだ。

四日市支店の新藤と言う男を途中から乗せるから、良く注意して下さいと言うことだった。

緊張した高杉は、席に戻ってもカバンを胸元に抱いたままだった。

次の四日市駅から乗って来た男が、戸村さんからお聞きでしょうが、新藤(島田竜三)ですと高杉部長に挨拶に来る。

くれぐれも単独行動をしないように、1人でトイレなどに行くときは自分にカバンを預けて下さい。ところで、お連れは?と新藤が言って来たので、知り合いの女性だと高杉は答える。

乗り込んだ太陽電器側には女もいると言う事でしたのでお気をつけてと新藤は念を押す。

やがて、連れのマダムがおなかが空いたわ。ビュッフェ行かない?と誘って来たので、高杉は、斜め前の席に座っていた新藤にカバンを預け、ビュッフェに向かう。

高杉の姿が見えなくなった瞬間、新藤はカバンを持って洗面所に行くと、ナイフでカバンを斬り裂き、中に入っていた書類を確認、次の桑名駅で降りようとするが、その前に立ちふさがったのが、サングラス姿の片柳だった。

片柳は、そうは問屋が卸さないぜと言うと、ホームの隅に新藤を誘導し、一緒に警察に行くか?窃盗現行犯として?俺?黒沼さんにこってり絞られた男さ、黒沼さんに宜しく!と言うと、いま新藤が持ち去ろうとしていたカバンを受け取り、新藤を解放する。

その後、トルコ風呂に来ていた片柳は、マッサージをしていた木原マリ子(十和田翠)に、儲けたくはないか?新聞に求人広告が出ていたんだけど女中になってみないか?こちらからも礼金を払うと誘う。

詐欺の片棒か…、スリルあるわね。トルコ嬢も飽きて来た所だし…とマリ子は乗り気になる。

仕事によっちゃ、今の報酬の3〜4倍払う。相手は太陽電器の専務黒柳と言う男だと片柳が言うと、マリ子は決心する。

新藤君がヘマをやったな…と、太陽電器の専務室では、黒沼一徳専務(金子信雄)が、手ぶらで戻って来た新藤を叱責していた。

しかし、私にこっぴどくやられた事のある男だって?さっぱり検討つかんね…と黒沼は首をひねる。

その時、名乗らない相手から専務宛に電話がかかって来たと言うので、切り替えなさいと黒沼はインターフォンに告げる。

公衆電話からかけていた片柳は、電話に出た黒沼に、確かにご本人ですか?と確認すると、大日本電機の秘密を盗み損なって残念でしたねと言うと、いくらで譲る?と黒沼から聞かれたので、俺はあんたに恨みがあるんだ。いずれその内お会いする気事になるでしょうと言い、電話を切る。

一方、カバンを盗まれた高杉部長の方も、大日本電機の社長室で戸村と長棟社長(石黒達也)から叱責されていた。

そこに、長棟社長宛に電話が入り、お電話をしたのは、今、あなた方がご相談なさっている事です、秘書課長の戸村さんも立ってますね…と、相手は言って来る。

片柳は、社長室の内部が外から見える場所から電話をかけていたのだった。

御心配なさらなくても書類は取り戻しましたから。しかし、電子魔法瓶とは考えましたな?と相手の機密を知っている事を明かした片柳は、書類をあなたに帰そうと思っているのですが…と言うと、会って話そうじゃないか!と長棟社長が乗って来たので、1対1でなければお会いしません。まあ、戸村秘書課長くらいは同席されても構いませんが…と片桐は答え、10時に芦屋の方へうかがいましょう。2号さんのお宅へ伺いますよ。どうせこの声は録音なさってるんでしょう?この部分は消された方が良いですよと言って電話を切る。

側で録音していたと村は、これはまぎれもなく脅迫です!と進言するが、相手の言う通り、愛人宅まで知られていたのでは下手な真似は出来なかった。

その夜、長棟社長の2号宅で待ち受けていた戸村は、テーブルの下にテープレコーダーを貼付けておく。

その直後、室内に入って来てサングラスを取ってみせた男の顔を観た戸村は、君は!片柳だね?と驚く。

そう、3年前にマイクロテレビの事であなたに首になった男です。おかげさまで私も一人前の産業スパイになりましたよと皮肉を込めて自己紹介した片柳は、持って来た書類を取り出すと、300万でお譲りしましょうと言う。

しかし、その書類は太陽電器に盗ませたものだよ。そこに書いてある事など、どこのメーカーでもやっている事で、うちが一番遅れているくらいだ。本当に重要な書類なら、君は今頃捕まっているよ。君と会ったのは君の顔を見たかったからだよと戸村は嘲るように言う。

その言葉を真に受けた片柳は、自分の失態を悟ると、バツが悪そうにすぐに帰る。

ところが、その直後、片柳は数名の暴漢に襲われたので、何とか戦って書類を無事確保する。

その間、2号の家で、大丈夫かな?と案ずる長棟社長に、御心配なく、この辺りで鼻っ柱を叩いておかないと…と答えていた戸村は、痛めつけたはずの片柳が、書類を手に何ごともなかったかのようにすぐに戻って来たので狼狽する。

驚きましたね、大日本電機ともあろう会社が暴力団を使うとはね…と嘲った片柳は、持っていた書類を放り投げると、差し上げますよ、そんなものは…、複写は何枚も取っているんだ。今、便利な機械がありましてね…と言う。

動揺している長棟社長に対し、とにかく、その複写を太陽電器さんに買ってもらいましょうか?と片柳は脅し、痛い目に合わされたんですから、300万に50万も色を付けて頂きましょうか?私は今でも、大日本電機の社員だと思ってるんですよと言い放つ。

そんな片柳に、まあ、片桐君!と馴れ馴れしく戸村が言い寄ろうとしたので、片柳君なんて気安く言ってもらいたくないですな。片柳さんくらい言っても良いんじゃないですか?と片柳は強気で攻める。

さすがに弱みを握られたと悟った長棟社長はその場で詫び、戸村も忌々しそうに頭を下げてみせる。

すると、片柳は、奥さん、硯と筆をお貸し下さいと2号に頼み、「脅迫された事実はない」と一筆書いてくれ、でないと、戸倉さん辺りから又何をされるか分かりませんからねと長棟社長に説明する。

やむなく、長棟社長はその場で「今般、紛失したる当社の書類を、貴殿のお陰で取り戻す事が出来た謝礼として、350万お渡しします」と一筆書くことになる。

ある日、黒沼家の女中として潜り込んでいたマリ子は、掃除機の音をカモフラージュに、机の引き出しなどをこっそり開け、何か秘密書類がないかどうか探っていたが、誰かが来た気配がしたので止める。

近寄って来たのは、黒沼の大学生になる長男光夫だった。

どうやら、マリ子の身体に興味があるようで、ちょっかいを出して来たので、マリ子は巧妙にそれに釣られてみる。

その後、定時報告のため、片柳の車に乗り込んだマリ子は、旦那は徹底した秘密主義なんだけど、息子の方が私に気があるらしいのよと言いながら、これまでこっそり取って来た黒沼家への訪問客の写真を渡す。

その写真を確認していた片柳は、見覚えのある女性が写っていたので驚く。

それは、かつて自分を裏切った登川れい子だった。

マリ子はそのれい子の事を、会社の女事務員じゃないかしら?会社の使いのようだったわと言うので、今度この女が着たらすぐに電話してくれと頼み、それまでの礼金をマリ子に手渡す。

ある日の大日本電機の重役会議の席で、長棟社長は、向うの情報は入っているのかね?と聞くが、戸村は成果が出ていないとうなだれていた。

今や、大日本電機と太陽電器、興亜電機は三つどもえの状態にあり、この均衡を破るには、電子冷蔵庫を作るかどうかにかかっている!と長棟社長は力説していたが、そこに、私の力を利用したらどうですか?と言いながら、突然乗り込んで来たのが片柳だった。

戸倉は、ここは君などが来る所ではない!と叱りつけるが、戸倉さんの力じゃ無理でしょう…と長棟社長に訴える。

君なんか信用出来んよ!3年前、うちの秘密を盗んだじゃないか!と戸倉は言うが、太陽電器のスパイにかかって出世を棒に振ったのは確かです…と片柳は認める。

私の目標は黒沼です。スパイに裏切られた者の気持ちをあいつに知らせたいんです!と片柳が言うと、長棟社長は、やってもらおうと言い、いくらかね?と聞いて来る。

片柳は、ま、500万でも頂きましょうと答える。

後日、太陽電器の黒沼専務に会うため、ジョージ・中村と名乗った怪し気な男が、お宅の労組について重要な話があると言いやって来る。

それは片柳だったが、秘書が黒沼に返事を聞きに行っている間、コンパクトカメラで秘書の机の上に置いてあった書類を写し始める。

すぐ、隣の部屋では、別の秘書がタイプを打っていたが、仕事に夢中で、背後で盗み撮りしている片柳には気づかないままだった。

黒沼は面会に応じ、専務室に片柳を招き入れる。

片柳は、素早く室内の様子を目に焼き付けると、テーブルの前に座り、自分はCICの対敵諜報部のものですと名乗ると、こちらの労組で中共関連の情報が入りましたのでお伝えに来ましたと前置きし、去年の10月、こちらの労組3名がヨーロッパに行った際、西ベルリンで、共産党の有力者と会ったようですなどと適当なことを言いながら、テーブルの下に持って来た小型テープレコーダーを貼付ける。

その時、反対側に座っていた黒沼が煙草を床に落としたので、一瞬ひやりとした片柳だったが、相手がテーブルの下を覗き込む前にすぐに自分で拾って渡す。

その後、自宅マンションに戻って来た片柳は、浴室で撮って来たコンパクトカメラの写真を現像し、なかなか良い調子だと呟いていた。

そこに、マリ子から電話が入り、この間の女がいま来ていると言うので、片柳はすぐに車で出かける。

黒沼の家の前で待機していると、やがて、れい子が乗った車が走り出したので、片柳は尾行を開始し、れい子が自宅マンション前に到着した所で、運転席に近づいて行って顔を見せる。

彼女の部屋に付いて行った片柳は、室内の様子を見るなり、れい子を殴りつけ、殴るつもりじゃなかった…、でも、この部屋を観たら殴らずにはいられなかった。みんな黒沼からもらったのか?君のために幾人の犠牲者が出たか考えた事はあるのか?と責める。

とうとう見つけたんだ、罠を仕掛けた美しい魔女をな…と片柳から言われたれい子は、弁解するつもりはないけど、私は黒沼に操縦されているだけの玩具のロボットのようなものよ。自分の意志じゃないのと答える。

俺は、技師になる夢も結婚の夢も失ったんだ!と片柳が言うと、どうすれば良いの?とれい子は聞く。

償いをしてもらう。俺は今、太陽電器の電子冷蔵庫の仕事をしている…と片柳が言い出すと、私に逆スパイをやれって言うの?とれい子は驚く。

そう…、黒沼を裏切ってもらいたい。それが君の罪滅ぼしになるとなればやってくれるよね?と片柳は言い、そのまま寝室のベッドにれい子を押し倒す。

キスした片柳はれい子を抱く。

一息ついた片柳は、俺が会社を首になって間もなく、お袋は病気になって、すぐに死んでしまった。よっぽどショックだったんだろうな…、スパイをするため、男と寝ていたのか?愛している男はいるのか?君は若い。いつまでも、あんな老いぼれの相手をする事はないと言い聞かせる。

それを聞いていたれい子は、あんたはあの頃、本気で愛してくれていたの?と聞くので、信じることができなければ前のようには愛せない。専務のテーブルの下に、テープレコーダーをつけている。そのワイヤーテープを毎日取り替えてくれと片柳は頼む。

私は本当の愛が欲しいの…、だって、誰からも愛されていないんですもの…とれい子は呟く。

その後、片柳と会ったマリ子は、スパイするの止めたくなっちゃった。だって、光夫さんと出来ちゃったの、彼、強引なんですもの…と言い出す。

彼と結婚すれば、黒沼家の財産が全部手に入るのが魅力なのよね。光坊は私の言いなりなのと言うので、片柳は金を渡し、たまには俺の所に連絡するんだぜと言い、黙って帰る。

自宅に戻って来た片柳は、れい子が持ち帰って来た、専務室に仕掛けて来たワイヤーテープに録音されていた黒沼の会話を再生してみる。

新しいエアイヤーテープを取り替えてくれたろうな?とれい子に確認した片柳は、技術部長の佐久間を呼ぶ黒沼の声に耳をそばだてる。

電子冷蔵庫の特許の方はどうなっとる?と黒沼が聞くと、修正がまだ残っているので、明日、専務にお見せして、特許申請をするつもりですと佐久間が答えている。

それを聞いていたれい子は、明日になれば、祖類は専務室の金庫に入るわ。あそこから取り出すのはまず無理だと言う。

今夜なら、技術部のロッカーにあるはずだから、盗み出すチャンスはあると知った片柳は、れい子から、技術部の部屋は7階にあり、ちょうど、専務室の真上に当たると聞く。

その夜、太陽電器の会社に忍び込んだ片柳は、ガードマンの見回りが厳重な中、空調機械室などに身を潜め、技術部の部屋に入るチャンスを待っていた。

やがて、人気がいなくなったので、技術部のドアノブを廻した片柳だったが、その途端非常ベルが鳴りだし、何人ものガードマンが駆けつけて来る。

講堂のスクリーンの背後に隠れた片柳だったが、その時、近くにれい子がいる事に気づく。

どうやら彼を助けに来てくれたらしく、彼女の誘導で地下駐車場までやって来ると、彼女の運転する車で何とか逃げ切ることができた。

何故、俺を助けたんだ?と聞くと、私、急に助けたくなったの。あのテープはあなたをおびき寄せる罠だったのよとれい子が言うので、どう言う意味だ?何故、急に手のひらを返すような事をするんだ?と聞くと、私たちがみじめだから…とれい子は答える。

私にも分からない…、でも、こうしなくちゃいられなかったのよ!と言うれい子を、片柳は抱きしめる。

愛してる!でも、どこまで信じれば良いのか…と言いながらキスをし合う2人。

信じたくても信じられない!とれい子が言うので、俺が愛せないのか?俺だって、愛が欲しいんだ!と迫る片柳。

しかし、れい子は、こんな事が何の証しになるの?私たち、どちらも歪な人間になってしまったんですもの…と言うので、君がそうさせてしまったんじゃないか!と責める片柳。

私はあなたに永久に信じてもらえないんだわ…とれい子は嘆く。

後日、高杉部長の愛人のマダムの店で飲んでいた片柳のテーブルに勝手に座って来たのは黒沼専務だった。

君は自分の腕を過信し過ぎているな?君は3年前の事でわしを恨んでいるようだが、それは自業自得だったんじゃないのかね?と黒沼は痛い所をついて来る。

それでも片柳は、産業スパイで苦しむ男の気持ちを知らせたいんだと言い返すが、君が私に勝てる訳がない。産業スパイにも金と組織が必要なんだ!と黒沼は嘲り、君の恨みは金で買ってやると持ちかけて来る。

しかし片柳は、いかなる懐柔も脅迫も通じない男がここにいると言う事を分かって欲しいんですと言い残し席を立って行く。

その後、雨の中、傘も持たずに歩いて帰っていた片柳は、背後から接近して来た車に轢かれそうになり、危うく路地に飛び込んで助かる。

後日、片柳に会いに来たマリ子が、光坊がね、私たちの事で叱られたのよ。それで駆け落ちしようと思うのと言うので、金を貸せって言うのか?と呆れるが、5万くらいで良いんだけどなと言うので、取りあえず金を渡し、俺が話を付けても良いんだぜ。白浜辺りに雲隠れするんだ。ただし、出発は明日の朝だぜと命じる。

何か企んでいるのね?とマリ子は笑う。

その後、片柳は黒沼に電話を入れると、あなたの息子さんをお預かりしているんです。電子冷蔵庫の特許を公表して頂きたい。又、電話します。今度は自宅の方に…と告げて切る。

黒沼は慌てて、自宅に電話をすると、妻の睦子(阿井美千子)が出て、光夫はまだ学校から帰ってないと言う。

うちに異常はないかと聞くと、女中のマリが今朝から行方不明なのよと言うので、取りあえず、すぐ帰ると黒沼は伝えると、技術部長の佐久間を呼びだす。

そして、金庫から書類と取り出した黒沼は、佐久間(伊達三郎)がやって来たので、特許庁の受付は何時までだ?と確認すると、明日は土曜日なので正午までですと言う。

黒沼は、特許申請用の書類を渡し、合金の比率をでたらめにして、もう一通作ってくれと依頼する。

その後、社員を数名連れ自宅に戻った黒沼は、睦子から、書類の公表は出来ないんですか?と責められるが、光夫が誘拐されたかどうかもまだ分からん…と答える。

他の社員たちは、何故もっと早く申請しておかなかったのですと聞かれた黒沼だったが、書類が私の所に廻って来たのが、今日の午後だったんだと打ち明ける。

そこに、速達が届いたと言うので、黒沼が開封してみると、光夫の車のキーが入っていた。

消印は西成局だったが、絶望した睦子が泣き出したので、向こうに行って休みなさいと黒沼は声をかける。

警察に知らせた方が良くはないですか?これは立派な営利誘拐ですと社員たちは言い出すが、犯人の見当は大体ついとると黒沼が言うと、片柳ですか?と社員たちも勘づく。

警察に告発すれば、傷ついた野獣のような奴の事だ、何をしでかすか分からないと黒沼は案ずる。

その後かかって来た電話で、片柳は、お宅の研究室ではテレビの発信が出来るはずですね?書類をテレビに映して下さい。時間は、今夜7時きっかり!190メガサイクルで!宜しいですね?と指示して来る。

言うことを聞いたら息子は返すんだろうな?と黒沼が聞くと、断ったら、明日の朝刊に、息子さんが交通事故死したと載りますよと片柳は脅かす。

電話を切った黒沼は、奴の後には大日本電機がいるな…、戸村を尾行したら、何か出て来るはずだと社員たちに伝える。

佐久間は、偽物をテレビで公開しても、向こうにも技術者がいますから、すぐにバレますと黒沼に教える。

6時半

会社の技術研究所に戻ると、又、電話がかかって来たので、もう用意出来たと黒沼が答えると、偽の書類ですか?私もエンジニアです。偽物かどうかくらい分かりますよと、電話して来た片柳は皮肉る。

黒沼は、実は問題があり、190メガでは発信出来ないんだ。770メガサイクルのUHFで送らせてくれ。この放送しかないんだと頼み込む。

少し考えていた片柳だったが、良し、770メガサイクルで!と承知する。

社員たちは、黒沼の判断に戸惑うが、この辺は障害物が多い、極超短波にすれば、奴らを近づけることができると黒沼は言う。

見張っていた戸村の車が自宅を出発したので、太陽電器の社員の車が尾行を開始する。

鉄橋の所で、マイクロテレビを持った片柳がその戸村の車に乗り込むのを、尾行者は目撃、無線で黒沼に知らせる。

やがて、戸村が乗った灰色のグロリアの助手席から、片柳がテレビのアンテナを伸ばし、技研に接近しているとの報告が入る。

途中にセメント工場があり、そこを戸村の車が通るのが、ちょうど7時頃になるので、他の尾行車は一斉にその場所に向い、待ち伏せる事にする。

7時3分前、佐久間は黒沼から渡された書類を観て、本物で良いんですか?と確認する。

新城たちから連絡が入り、戸村の車はセメント工場内で停まっていると言って来る。

黒沼は、奴らの受像機を叩き潰すんだと尾行者に乗っている新藤たちに指示する。

そして、7時になったので、黒沼は放送を始める。

書類を一枚ずつカメラに写して行く。

セメント工場で待機していた車から降り立った太陽電器の社員たちが一斉に戸村の車に近づき、助手席に乗っていた片柳のテレビを壊そうと覗き込むが、そこに写っていたのはボクシングの実況中継だった。

放送されていた書類の映像は、別の場所で長棟社長と待機していた大日本電機の社員たちが次々にカメラで撮影していた。

新藤は、失敗しました!戸村の車では受信してませんでしたと無線で黒沼に報告する。

その時、セメント工場の一角に停まっていたミキサー車が走り出し、その後部にはテレビアンテナがついていたので、太陽電器の社員たちは、あれだ!と気づく。

翌日、整電子を使った新型冷蔵庫の論文が新聞に掲載される。

黒沼は会社に刑事を呼び、犯人は片柳七郎ですと告発するが、何か証拠でもありませんと…と刑事は困惑する。

奴の声がある!と自信ありげにテープレコーダーを持ってこさせた黒沼は、片桐の電話の声を録音しておいたテープを社員に回させる。

しかし、そこから聞こえて来たのは、陽気なジャズのメロディだけだった。

黒沼の息子光夫とマリ子は、浜辺で、その音楽に合わせ陽気に踊りまくっていた。

れい子のマンションを訪れた片柳は玄関ブザーを押すが返事がない。

管理人が言うには、戸川さんなら伊勢に帰りましたよ。11時10分の列車で…と教えてくれたので、まだ間に合うと思った片柳は駅へ向い、改札口に向かっている途中だったれい子を捕まえる。

どうして田舎に帰るんだ?と聞くと、1人になって静かに考えてみたくなったのよとれい子が言うので、君はいつか、心の傷は直らないと言ったな?俺について来てくれないか?俺たちはきっと幸せになるんだと片柳は頼む。

しかしれい子は、ダメだわ…、あなたはもう、私がどうしようもないくらい怖い人になったわ。子供に対する親の気持ちを利用するなんて…と哀し気に答える。

俺たちこそ犠牲者だぜと片柳は言うが、だからと言って、人を傷つけて良い事にはならないわ。それでもあなたは、戦い続けるつもりなの?とれい子が聞くので、やるつもりだ!と片柳が言うので、そう…、じゃあ、お渡ししましょうと言い、紙包みを手渡したれい子は、あなたの脅迫電話の声が入っているわ。私が取り替えておいたの。田舎に帰ってから送ろうと思ってたんだけど、今の方が良いわねと言い、片手を差し出して来る。

その手を握り返した片柳は、見送らないぜと言い、ええ、さよなら…とれい子も答える。

そのまま駅から出て行く片柳の後ろ姿を見つめるれい子。

片柳は駅前の横断歩道を振り返りもせず歩くのだった。


 

 

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