白夜館

CG17
CG18
CG19
CG20
CG21
CG22
CG23
CG24
花のヒロイン 

 

 

 

幻想館

 

ラプラスの魔女

人気作家東野圭吾原作の映画化。

原作者の知名度だけではなく、三池監督を始めそれなりに動員力がありそうな人気者をキャスティングした作品で、今ひとつ話題にならなかったような気はするが成績的には10億を軽く突破しており、東宝の配給、興行力の強さもあるとは思うが、この手のミステリは興行面で押さえるべき要素をきちんと押さえておけば手堅いジャンルである事が分かる。

原作は未読なのであくまでも映画だけの感想だが、出来はまずまずだと思う。

通常の本格謎解きとは一味違うSF風の要素が加わっているため、本格ミステリの中ではかなりの異色作だと思う。

世の中にはファンタジー設定の本格ミステリと言う作品もあるが、本作はそこまでファンタジーに寄っている訳ではなく、現実と空想科学の中間くらいの世界観だと思うし、謎解きの意外性はそれなりにある。

ただ設定が異色なだけに、探偵役や刑事役が主役と言うよりは狂言回し的に使われている分、若干印象が弱いような気もする。

では主役は広瀬すずさんや福士蒼汰さんの方か?と言うとそうでもないようで、ミステリとしては今ひとつ強烈な主役不足のような気もするが、それは観客が自分で選べるように配置されている今風の手法と言う解釈も出来る。

広瀬さんは個人的にしばらく見ないうちに幼顔っぽい愛らしさがなくなり大人顔になっているので驚いた。

その一方で、かつての金田一やキューティーハニーの面影がない汚いメイクのトヨエツやサトエリが見られたりするのも興味深い。

高嶋政伸さんの悪役振りも「探偵はBARにいる」の頃以来板に付いている。

VFXを使ったスペクタクルシーンも用意されているが、冒頭のシーンなどは比較的に巧く行っているような気がする反面、クライマックスのシーンは、正直、出来は今イチのように思える。

特に建物の全景はどう見ても絵にしか見えないが、その分、おそらく東宝美術の仕事だと思うが、屋敷内のセットは相変わらず丁寧に作られている。

映像的には落ち着いた色彩でまとめられ、要所要所に派手な赤色が印象的に使われているなど三池監督特有のこだわりも見えるが、お馴染みの悪ふざけなどは影を潜めており、比較的万人受けの映画になっているのではないかと言う気がする。

個人的には映画業界の素材が使われているのでその分興味も持ったが、その反面、甘粕と言う監督は今の日本映画を考えるにあまりリアリティのない存在のようにも見えた。

ヒット作もある反面、興行的失敗も少なくない監督だとしたら、なかなかスポンサーは付かないはずで、三池監督のように娯楽映画タイプならともかく、作家性の強い監督が何十本も映画を作れていると言うのがちょっと嘘くさく見えなくもない。

ちなみに、先月見た「来る」同様、本作でもネットの中で理想の家族像を描く事に夢中な一方、現実には興味を持てない現実逃避型の男が登場するが、時代性と言うべきだろうか?
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
2018年、「ラプラスの魔女」製作委員会、東野圭吾原作、八津弘幸脚本、三池崇史監督作品。

自転車で地方の道を走っていた羽原美奈(檀れい)が急ブレーキをかけ、円華(まどか)、ママにしっかり捕まってなさい!と後部座席に乗っていた幼い娘に呼びかける。

眼前には竜巻が迫っていた。 近くの農家に逃げ込んだ美奈は、入って!早く!と呼びかけながら娘を地下室の中に入れるが、ママは?と円華が聞くと、大丈夫…と答えた美奈だったが、次の瞬間、空き家の屋根が壊れ、まどかの手を握っていた美奈の手が離れ、美奈は竜巻に吸い込まれて行く。

ママ!ママ! 大人になった羽原円華(広瀬すず)が悪夢から覚める。

雪山の中の滝の近くにやって来た防護マスクをかぶった2人の男は何か計器を空中にかざしていた。

片方の男がマスクを取り、先生、どうですか?と聞くと、もう足パンパンですよともう1人ノ男青江修介(櫻井翔)もマスクを脱ぎ自分の足を叩いてぼやくので、そうじゃなくて、その数値なら問題ないですよね?と赤熊温泉の県環境保全課の公務員磯部が聞き返す。

自分が肩からかけていた装置の数値を見ながら、ああ…そうですね…と答えた青江は、目の前の滝の側で死んでいた男の事を想像する。

(回想)男性は水城義郎67歳…、消防によるガス検知の結果、微量の硫化水素を検知、男性の発見現場から硫化水素を検知点、繰り返す、男性は水城義郎…(死体の映像に警察無線の報告が重なる)

(回想明け)そろそろ立入禁止区域を解除しても大丈夫ですよね?ねえ先生?と磯部が聞くが、ウ~ン…と青江が生返事しかしないので、こんな状況が長引けばこの温泉は終わりです、先生、1日も早く安全宣言を!と磯部は呼びかけるが、いや、そんなこと言われても…と青江は戸惑うが、その時、全身赤い服を来た女性が近づいて来た事に気付く。

赤いニット帽に赤いヤッケを着た羽原円華が、死体があったのってそこ?と滝の所を指差しながら聞いて来たので、入ったらいかんよ!立入禁止になってるでしょう!と磯部が答える。 それを聞いた羽原円華は黙って去って行く。

その後、地元の役場に戻って来た青江は関係者たちを前に、え~、今回の現場は非常に風の通り抜けやすい地形で、硫化水素が流れて来てそこに停滞して致死量の濃度になる可能性は限りなくゼロだと言えます…と発表する。

つまり…、この温泉自体に問題はないってことですね?と地元の関係者が挙手をして念を押し、となると、あの男は自殺ですか?と別の出席者が聞いて来る。

いや、硫化水素による自殺と言うのは良くありますが、それらは全て室内や車内など密閉された場所での事なんです…、屋外ではどうやったって硫化水素の濃度を保つ事は出来ませんと青江は答える。

まあそれはおいおい…、温泉地に問題がないとなれば我々はすぐに…と、横に座っていた磯部が宣言しようとしたとき、第三者が硫化水素を被害者に吸わせた可能性はありますか?と入り口の所に手帳を片手に持った私服の記者のような男が聞いて来る。

それは…、殺人と言う事ですか?と青江が聞き返すと、そうですとその男、中岡祐二(玉木宏)が言うので、ええっと…、あなたは?と磯部が聞くと、警視庁麻布北署の中岡ですと中岡は警察手帳を出して答える。

麻布…?と磯部が戸惑う中、どうでしょうか、先生…、殺人事件の可能性は?と言いながら中岡は青江に近づいて来る。

青江は、あり得ません…、誰であれ、あの現場で致死量の硫化水素の濃度を保つなんて不可能ですと答える。

説明会が終わり宿泊所に帰って来た青江に、事故死でも自殺でも他殺でもない…、じゃ一体どうやって死んだんですか?と中岡が付いて来てしつこく聞くので、ですからまだなんとも…と青江は困ったように答え、失礼しますと断って奥へ向かうが、先生、もう少し話し聞かせて下さい、先生!と呼びかけながら、中岡も靴を脱ぎ上がり込む。

待合室の横を通った青江は、歩きながらジュースを飲んでいる男の子とソファに座って地図を確認している円華に気付く。

その時、男の子がテーブルにジュースをこぼすが、それに気付いた円華は慌てず、テーブルの上に置いていたスマホの位置を少しずらしただけだった。

ジュースはそのスマホの周囲で流れが止まり、スマホには全く触れなかった。

硫化水素を発生させるには道具が必要です、しかし現場にはなかった、おそらく犯人が持ち去ったんでしょうと立ち止まってそのテーブルの様子を見ていた青江に上がり込んで来た中岡が話しかける。

ジュース瓶を持った男の子は、円華から見つめられ、怯えたように頭を下げる。

中岡も円華の方をじっと見ている青江に気付き、先生、聞いてます?と声を掛けると、あ、すみません…と我に返った青江は、とにかく何度も言うように、あの現場ではどうしても硫化水素は薄まります、殺人は不可能ですと青江は答える。

その時、宿の女性が、先生、お茶が入りましたよと声をかけて来たので、青江は礼を言って台所へ向かう。

すると中岡も一緒に付いて来て、風が全くなかった場所ですか?と言うので、感じなかっただけで気流が全くなかったって事はまずあり得ませんと椅子に腰掛けながら青江は答える。

そんな奇跡的なタイミングを狙えるとしたら…、魔法使いの神様ですよ…と青江は苦笑する。

いただきますと宿の女性に礼を言い茶を飲み出した中岡は、悪魔だったらどうです?と問いかける。

驚いたように青江が顔を見ると、例えば、金のためなら平気で夫を殺すような…、生命保険の受取人になって30近く年の離れた若妻とか…と中岡は言い、青江が黙っていると、失礼と言い残し帰って行く。

その後ろ姿を見て苦笑した青江だったが、さっきジュースをこぼした男の子が誰もいなくなった待合室のテーブルを自分で拭いているのに気付く。

円華はいなかった。

タイトル(数字やアルファベットが雪のように舞い降りるCG映像を背景に)

大学で講義していた青江は、突然女生徒から、先生、時間です!と声をかけられ、時間超過に気付くと渋々授業を終了する。

火山ガスは大半が水蒸気…と研究室に戻った後も、青江は硫化水素事件の事を考え続けていた。

しかし事故は起きた…、ああ納得いかない!と青江は合理的な説明が出来ない事に苛立っていた。

手持ち無沙汰で作った紙飛行機を研究室内で飛ばしたので、それに気付いた助手の奥西哲子(志田未来)が、例の調査、まだ迷っているんですか?と聞いて来る。

しかし青江は1人黙々紙飛行機を作っていたので、温泉地に問題はなかった訳でしょう?ならそれで良いじゃないですか…と哲子は慰めようとする。

そうなんですけどね…と紙飛行機を折りながら青江が振り向きもせず言うので、さっさと片付けて本業に戻ってもらわないと…、生徒たちの評価もまだですよね?と哲子は苦情を言う。

すみません…と答えながら紙飛行機を飛ばすと、またどうせ、全員に単位上げちゃうんでしょう?生徒にはこんなに甘いのに調査には随分拘るんですね~と呆れたように哲子は嫌みを言う。

すると振り返った青江が、奥西さん、今の発言には2点訂正点があります、まず第一に僕は生徒たちに甘い訳ではありません、あれだけの若者が地球化け学と言う分野に興味を示してくれるなんて素晴らしい事じゃないですか、僕の評価1つでその未来の芽を摘みたくないんです…と言うが、哲子が何も返事をしないので、何か今僕変な事言いましたっけ?と青江は慌てて聞いて来る。

すると哲子は、いいえ、ただ生徒たちだけを見やるのは地球のことより自分の…と言いかけ、急に、良いです、良いですと発言を止めてしまう。

第2に調査についてですが、僕が拘っていると言う表現は間違ってはいませんが多少正確性に欠ける…と青江が言い訳していると、リモコンでテレビを点けた哲子が、ほら、ちょうどやってますよと話しをそらす。

滝の名所があると聞いて夫と2人で向かったんです…とTVのインタビューに答えていたのは亡くなった水城の妻水城千佐都(佐藤江梨子)だった。

でも途中で私がカメラのバッテリーを忘れているのに気付いて…と千佐都が口ごもったので、奥さんが宿に戻っている間に旦那さんが事故に遭われてしまったんですね?と女性レポーターが念を押すと、カメラなんて放っておけば良かったんです…、私のせいなんです…、すいません…と千佐都は自分を責めるように答えていたが、その映像の背後に千佐都を凝視している中岡が写っているのに青江は気付く。

亡くなったのってその世界では著名な映画プロデューサーだったんですよね?この奥さん、結構遺産が入るって噂されてますよと一緒にテレビを見ていた哲子が指摘する。

その時、電話がかかって来たので、はい、青江教室ですと哲子が出ると、はい…、はい…と聞いた後、送話口を手で塞いで、先生、何か問題起こしました?と青江に囁きかけて来る。

え?と青江が驚くと、麻布北署の中岡さんと云う方からお電話ですと哲子が言うので、仕方なく受話器を受け取る事にする。

その後、青江は中岡の車で前とは違う苫手温泉に向かう。 新たな被害者は雪の中のベンチに座ったまま死んでいた。

被害者の氏名は那須野五郎、39歳、埼玉在住です。

第一発見者の話によりますと被害者はここで、ここに座ったまま眠るように亡くなっていたそうです、死因は硫化水素中毒ですと現場のベンチに連れて来た巡査が説明する。

どうです先生?わずか1ヶ月の間に遠く離れた2つの温泉地で硫化水素による不可解な事件が2件…、これが単なる偶然の事故死と言えますか?と中岡が聞いて来たので、青江は、あり得ない…こんな事…と信じられないような表情で呟き、自ら問題のベンチに腰を下ろしてみる。

青江はその後立ち寄った食堂で、とろろ蕎麦を前に、あそこは地形が入り組んでいる…、これが被害者だとして…と言いながら薬味用のネギを蕎麦の横に置くと、硫化水素が…と言いながら、とろろを割り箸を沿わせるように流しかけたので、店の女将が怪訝そうに見つめる。

そこに中岡が入って来て、かけ蕎麦、ネギ抜きで!と注文する。 青江の前に座った中岡は、那須野は1人ではありませんでしたと教える。

温泉街入り口付近で若い女が運転する車から降りるのを住民が目撃していました、帽子とサングラスで顔は分からなかったそうですが、ま、おそらく水城の妻千佐都ですと中岡は言う。

那須野に関する情報も分かりました、あまり売れてなかったそうですが俳優ですと中岡が言うので、俳優?と青江は驚く。

赤熊温泉で死んだ水城は映画プロデューサー、俳優の那須野と繋がりがあっても不思議ではない…と中岡は指摘する。

となれば水城の妻千佐都と関係している可能性も十分にある、つまり千佐都による連続殺人と言う可能性が生まれたと言う事です、三角関係のもつれ、あるいは遺産目的の夫殺しに利用され口を塞がれ…と中岡が1人話し続けるので、中岡さん!と止めた青江は、どうしてそんなに彼女に執着するんですか?と聞くと、刑事の勘ですよと中岡は答える。

そこに女将が蕎麦を持って来たので、ようやく青江の前に置かれたとろろ蕎麦に気付いた中岡が何ですそれ?と聞いて来たので、青江は笑って蕎麦を食べ始める。 中岡もいただきますと言いかけ蕎麦を啜り始めるが、青江がすぐに箸を止め考え込むのを怪訝そうに見ていた。

自分の部屋に戻った青江は、又煮詰まって紙飛行機を折っていたが、ノックが聞こえたのでは~いと返事をする。

しかし誰も入って来ないので変に思い襖を開けて見ると、隣りの部屋の押し入れを物色していた赤い服の円華が逃げる所だったのであのちょっと!と声をかけ驚いていると、別の襖が開き、夜分失礼します、今こちらに若い女性が来ませんでしたか?実は家出したお嬢さんを探しております…と男性と一緒の見慣れぬ女性桐宮玲(TAO)が聞いて来る。

一緒の男武尾徹(高嶋政伸)は何かに気付き窓際のベランダの柵から垂れていたシーツを確認すると、玲とともに外に出て後を追って行ったので、青江は柵に結ばれていたシーツを引き上げながら、何だよ…と青江はぼやきながらこたつに戻ろうとするが、そこに逃げたはずの円華がこたつに座っており、お茶を勝手に飲んで地図を見ていたので仰天する。

目線を上げて青江を見た円華は、事故現場に連れて行って欲しいの、青江修介教授…と言って来る。

ええ?君誰?どうして僕の名前を?と青江が聞き返すと、中毒調査を依頼されている大学の教授でしょう?それくらい調べればすぐに分かるよ…と円華は答える。

私1人じゃ詳しい事は分からないし…、でも警察に言えば怪しまれるし、今は地元の人も立入禁止でしょう?だからあなたに頼むしかないと思って…私を現場に連れて行って…と円華は言う。

温泉街入り口付近で若い女が運転する車から降りるのを付近の住民が目撃していました…と話していた中岡の話が青江の脳裏をよぎる。

君、赤熊温泉にもいたね?と青江が聞くと、見た目よりバカねと円華は切り返して来る。

はぁ?と青江が驚くと、私が犯人ならわざわざ場所聞かないでしょうと円華は言う。

青江が黙り込むと、と言う事で宜しく!と言うので、名前は?と青江が聞くと、黙っているので、名前を言えない相手に協力できる分けないじゃないかと青江が言い聞かすと、羽原円華…と答えたので、何で現場を見たいんですか?と青江は聞きながら自分もこたつに入る。

すると円華は、人を探している…大切な友達…、どうしても見つけたいの…と言い出す。 そして赤いヤッケから取り出したスマホを青江に見せると、そこには若い男甘粕謙人(福士蒼汰)の姿が写っていた。

この友達を捜すためにどうして現場に行く必要が?と青江が聞くと、現場に連れてって下さい、お願いしますと急に円華は丁寧な言葉遣いになって頼んで来る。

青江は折りかけていた紙飛行機の紙を広げ、図形を描きながら、現場の地図だ、僕はこれでも大学教授だし、規則を破る事は出来ない、これで自分で行けるだろうと言う。

それを見た円華は、地図?これが?と言うので、ここが山道の入り口で、それでこっちが…と説明し始めた青江だったが、恨むような目つきで円華が見つめていたので、分かりましたよ、行きますよと答え、じゃあ、明日の朝9時に…と答えようとするが、その場で立ち上がった円華は行こうと言い出したので、はあ!と驚く。

その頃、中岡は地元警察で那須野五郎の資料を調べていた。

数年前までは2時間ドラマにちょい役で出ていたみたいですが、映画は2本だけ…と駐在が言うので、これで俳優なのか?と中岡が聞くと、まあ本人がそう言えばそうなんじゃないです?残念ながら、那須野さんの出演作に水城と言うプロデューサーの名前はない…、つまり2人は仕事では繋がってないってことでしょうかね?と駐在は聞く。

中岡はちょっと失礼と断りパソコンの前に座ると、水城義郎の名前で検索してみる。

1952年8月25日生まれで、2000年「凍える唇」で日本シネマ大賞協会特別賞を受賞、私生活では2度結婚しているがいずれも離婚している…などと言う記事を読む。

その画面を見た駐在は、さすがに水城さんは何本もやってるんですねと作品数の多さに驚く。 その作品資料を見ていた中岡は、監督「甘粕才生」と言う名前が2本出て来るのに気付く。

この監督…と呟き、那須野の資料を読み返した中岡は、甘粕才生の名前がそこにも出ていた事を確認する。

駐在も、ああ…、昔は割と有名でしたよね、最近はすっかり名前聞きませんけど…と監督の名を思い出したようだった。

甘粕と言う監督を介すと、水城と那須野が繋がるってことか…と中岡が指摘すると、いやあ、とんでもない偶然ってあるもんですね~と駐在は感心し、コーヒーでも飲みましょうか、中岡さん?と誘って来るので、その愚鈍さに呆れながらも中岡はええと答える。

中岡は再びパソコンで甘粕才生の名をクリックし、資料を調べてみる。

1952年8月25日生まれで、観客に媚びない突出したテーマ性の強い作品が多く、100年に1人の天才と呼ばれ、数々の賞に輝く…と読んでいた中岡は何かに気付く。

その頃、懐中電灯の灯りを頼りに現場のベンチにやって来た青江は、ここですと付いて来た円華に教える。

すると円華は懐中電灯の明かりでベンチ周辺を探し始めたので、何してるんだ?と青江が聞くと、どこからガスが流れて来たのかな~っと思って…、可能性があるとすればあの上か…、夏場ならこんな事にならなかったのに…と円華は答える。

地熱で上昇気流が発生してガス拡散しちゃうもんね…、反対に冬は地面が冷えて風のない日はほとんど空気が動かないから、空気よりも重い硫化水素はただひたすら低い方へ移動して、窪地などに滞留する…、でも普通は気流の動きですぐ飛散して…と言うので、黙って聞いていた青江は驚きながら、君は何者なんだ?…と声をかける。

すると円華は、魔女…ラプラスの魔女…と答えたので、ラプラス?数学者の?ラプラス方程式を発見したあのラプラス?と青江は聞き返すが、それを無視して円華は帰って行く。

ピエール・シモン・ラプラス(1749~1827)…、18世紀のフランスの数学者…、「ラプラスの悪魔」の提唱者…、もしもある瞬間に於ける全ての物質の力学的状態と力を知る事が出来、かつ、そのデータを解析できるだけの能力と知性が存在すると仮定すればこの時点においては不確実な事は何もなくなり、その目には未来も過去同様に全て見えているであろう…、従って未来の状態がどうなるかを完全に予知できる…と青江は考えながら、宿の待合室で子供がテーブルにこぼしたジュースの流れ方をあらかじめ予知し、スマホの位置を少しだけずらした円華の事を思い出す。

研究室に戻って来た青江は又紙飛行機を飛ばしてばかりなので、さすがに哲子は呆れるが、奥西さん、予知能力って信じます?といきなり青江が聞いて来たので、はっ?と聞き返す。

すると青江は、魔女っていると思います?と聞いて来たので、はい?と戸惑う。

紙飛行機に夢中になっていた青江は哲子が睨んでいる事に気付き、あ、ごめんなさいと詫びる。

その時ノックが聞こえたので、はい!と哲子が答えると、入って来た中岡がお邪魔しますよ、先生のご意見をうかがいに来ましたと言うので、又ですか?何でいちいち私の所へ?と呆れたように青江が立ち上がる。

仕方ないでしょう、先生に殺人が可能か…と答えかけた中岡は側にいる哲子の存在に気づき口を閉ざす。

青江が目で合図をすると、事情を察した哲子が頷いて退室する。

先生に殺人が可能かどうか証明してもらわなければ事件として立件できないんですよと中岡は青江に言うが、次の瞬間、ドアを開けると、そこに哲子がもたれかかっていて盗み聞きをしていた哲子は驚き、笑ってごまかすと本当に立ち去って行く。

哲子がいなくなった事を知った青江は、あの場所で故意に硫化水素を使って人を殺すなんて出来ません、不可能ですと青江は断言すると、甘粕才生!と突然中岡が言って来たので、はあ?と青江は驚く。

奇才と言われる映画監督です、知ってました?と中岡が言うので、ああ…、名前を聞いた事くらいは…と青江は答える。 亡くなった水城と那須野は2人ともこの監督と仕事をした形跡がありました…と言うより、接点はそこしかありませんでしたと中岡は言う。

同じ業界なら普通そんなものでしょうね?と青江が言うので、それだけじゃないんです、甘粕才生が47歳の時…と言いながら中岡が取り出した書類には「硫化水素事故により家族を失う」と書かれてあったので、硫化水素!と青江が驚くと、ええ、長女が自宅で硫化水素による自殺を図り、母親と長男が巻き込まれたそうですと中岡が説明する。

甘粕本人は新しい映画の取材で北海道に行っていて助かったようですが…、硫化水素…、これは偶然でしょうか?と中岡は聞いて来る。

でもこれ8年も前の話ですよね?と青江が指摘すると、実はこれにはまだ続きがあるんですよとその場にあったパソコンのネット検索した中岡は言い、甘粕のブログですとページを示すと、事故後1年間更新されていました、こっからですね、読んでみて下さい、一命を取り留めた長男との記録ですと青江に勧める。

(回想)その日、最愛の妻と娘が死んだ… もしも読者の中にこれから硫化水素自殺を考えている人がいるなら、悪い事は言わない、止めた方が良い、硫化水素で安らかに死ねるなんて嘘だ…、あれはもう私の知っている娘と妻ではなかった… 遺体安置室でシーツをかぶせられていた妻と娘の死体を見せられた甘粕才生(豊川悦司)はトイレに駆け込み嘔吐する。

その後、廊下のソファに座っていた甘粕の隣りに座った刑事が、お嬢さんが自殺するような動機に心当たりは?と聞いて来たので、ない…と甘粕は即答し、急に立ち上がると、ある訳ないだろうが!と激高する。

一命を取り留め植物人間となった長男が入っていた集中治療室の前に来た甘粕は、ごめんな、謙人(けんと)…、父さんが側にいれば…と心の中で詫びる。

その後、蝋燭の灯ったバースディケーキを手に謙人が寝ているベッドの側に来た甘粕は、誕生日おめでとう…と呼びかける。

毎年、家族4人で祝ってた…、今年は2人だけになっちゃったな~…とケーキを持ったまま腰掛けに座った甘粕は呟く。

その後、医者から話を聞いた甘粕は、それは謙人が目を覚ます可能性があると言う事ですか?と問うと、あくまでも可能性のお話です…、手術は初の臨床になりますから術後の保証は出来ません…、もしかしたら最悪のケースも考えられます…、良くお考えになって下さい…と医者は言い残し立ち去ろうとするので、構いません、例え1%でも謙人が元気になる可能性があるなら…と甘粕は立ち上がって答える。

(回想明け)そして奇跡は起きた…と甘粕のブログを読む青江。

ええ、ですがそれは本当に…

(回想)聞こえているのか?謙人…と、ベッドの謙人の手を掴んで甘粕が呼びかける。

すると無反応に思えた謙人の指先が軽く甘粕の手を触れて来る。 1回は「イエス」、2回は「ノー」、3回は「分からない」…、僕と決めた合図です…とその意味を付き添った医者が教える。

謙人、良く頑張ったな…と甘粕は謙人の手を握りしめながら呼びかける。

偉いぞ、父さん、お前の事信じていた…と甘粕が言うと、謙人の指先が3回触れて来たので甘粕が戸惑うと、3回は「分からない」です、実は謙人君は自分に関する記憶が抜けてしまっているようなんですと医者が教える。

それはつまり…、私の事も忘れてしまったと言う事ですか?と甘粕が聞く。

それから、微妙な手の動きでパソコンの文字入力できる装置を使い、甘粕と謙人の対話が始まる。

あなたは誰?と文字が打ち込まれると、甘粕才生…、君の父親だと甘粕は答える。 父さん、映画を作っているんだ…、映画は、分かるよな?と甘粕は寝ている謙人に問いかける。

するとパソコンモニターに「シッテル」と文字が打ち込まれたので、父さんの撮影しているスタジオに遊びに来てさ、そこでお前、ヒーローの着ぐるみから人が出て来るの見ちゃって、偽物だって大騒ぎしててんと甘粕が話し続けようとすると、ツカレタ、ヤスミタイと文字が出たので、ああ、そうだよな…、ごめんごめん…、母さんや妹の事何か思い出せないかな?学校の事はどうかな?先生や友達の事は…と甘粕は聞く。

そう言えば、サッカー部の川上君、今度見舞いに来たいって言ってたぞ…、ほら、お前と仲が良くて、いつも2人でつるんでいて…と話しかけると、「コウイウハナシ、モウヤメタイ」と文字が打たれる。

黙り込んだ甘粕は、謙人、最後に1つだけ聞いて良いか?父さん、もうここへは来ない方が良いかな?と甘粕が問うと、「ドッチデモイイ」とパソコンに文字が打ち込まれる。

それを読んだ甘粕は、そうか…、そうだよな…と答えるしかなかった。

私にとって、今の謙人は息子じゃない…、今の謙人にとって私が父親ではないのと同じように… それでも謙人がこの世界に生きていてくれるだけで十分だ… いつの日か、また映画が撮れたら良いと思う… この先何が起きようと、僕が映画人である事に変わりはない… それがいつになるかはまだ分からないけど… (起き上がり歩くリハビリを続ける謙人をずっと見守る甘粕の姿)

頑張れ、謙人!と見守る甘粕は呟く。

最後に家族にお礼が言いたい…、君たちがいたから僕は今日まで生きて来られた、明日からも生きていこうと思えるようになった… ありがとう由佳子、ありがとう萌、そしてありがとう、謙人!と言い残し、甘粕は町中へ歩み出す。

(回想明け)パソコンマウスから手を外した青江が椅子を惹いてパソコンから距離をとると、どうです、先生?と中岡が聞いて来る。

どうですって言われても…、甘粕監督の悲運は良く分かりましたけど、それと今回の件とどう関係があるんです?と青江は言う。

硫化水素による自殺だって当時結構流行ってましたし…と青江が答えると、ええ、ま、ただの偶然とも考えられる、でもある仮説を立てると、妙に筋が通って来るんですよと中岡は言う。

仮説?と聞きながら青江が立ち上がると、甘粕映画はヒットした作品もあるが、その反面興行的に失敗した作品も多く、当時プロデューサーの水城は個人的にもかなりの借金を背負わされていたらしいんです、そのせいで家族とも離散するはめになったそうですと中岡は言う。

対照的に甘粕はブログでも分かるように、何より家族を愛していた…、いつも周囲に家族の自慢話をしておのろけていたそうです、そんな幸せそうな甘粕を見て水城はどう思ったんでしょうね?と問いかけながら、中岡は青江の作った紙飛行機をいじり出す。

水城さんが硫化水素自殺に見せかけて甘粕の家族を殺したとでも言うんですか?と青江が聞くと、正確には水城の計画を那須野が実行した…と答え中岡は紙飛行機を飛ばす。

水城も当時甘粕と北海道にいたと言うアリバイがありましたが、おそらく映画で使ってやるとでも言って那須野を誘惑し、実行犯にした…、そしてその事に気付いた甘粕が今回同じ硫化水素を使って水城と那須野に復讐をした…と中岡は推理を披露する。

どうして今頃まで?と青江が疑問を口にすると、ま、それは分かりませんが、甘粕は最後のブログを書いた後、行方が分からなくなりました、まるで雲隠れでもしたかのように…、ね?全てがつじつまが合うんですよと中岡は主張する。

しかし青江は、合ってません…、何度も言いますが、あの2つの温泉地で人為的に硫化水素中毒を起こす事は不可能ですと反論する。

すると中岡は、水城千佐都が手を貸したらどうですか?まず千佐都が被害者をガスが溜まりやすい場所に誘導する、甘粕は風上の離れた場所で待機していて、水素を発生させ扇風機か何かでガスを送るんですよと推理を披露するので、あり得ません、あんな複雑な地形の場所でガスがどう流れるかなんて予測が出来ません、狙い通りに流れるなんて可能性はほぼゼロですと青江は否定する。

ほぼゼロ?と言う事はゼロではない…と中岡は粘り不敵に微笑むと、ありがとうございます先生!と言い残し研究室を出て行く。

青江は再び甘粕のブログ「甘粕才生 最新作を語る」を再確認してみる。

悲運な奇才甘粕才生…と呟きながら、甘粕の過去の顔写真を見ていた青江は、この顔…、どこかで?と気付く。

(回想)大切な友達…、どうしても見つけたいの…と宿のこたつで円華が差し出したスマホの写真に写っていた若い男にそっくりだった。

急いで円華のスマホに電話した青江は、君が探しているのは甘粕謙人君だろう?と聞いて見る。

何で分かったの?と歩道橋を登っていた円華が聞くので、あの2つの温泉地の硫化水素事件を調べている刑事がいてね…と教えるとそうか…と円華が答えたので、あの事件に謙人君関係してるのか?と聞くが答えがないので、君は何をしてるんだ?話して下さいと呼びかける。

どうしてそこまで知りたがるの?と円華が言うので、調査を任されている以上、もし間違ったら2つの温泉地に迷惑をかけてしまう…、いや本当は…、科学者として自分の納得行く答えを出したいんだ、頼みます…と青江はスマホに話しかける。

その後、円華から指示された公園にやって来た青江のスマホに電話が入る。

相手は円華だったので、もしもし、君どこにいるんだ?と聞くと、橋の上と言うので、橋の上?と周囲を見回すと、同じ公園内のすぐ側の橋の上に円華はいた。

教授には借りがあるから特別に教えて上げる、だからこれ以上関わらないで…と円華は言意、青江が近づこうとすると、ストップ!そこにいてと円華が指示して橋を渡って行くと、そのまままっすぐ進んでと言って来る。

はっ?と青江が戸惑うと、前進!と言うので言われた通り前に進むとストップと急に言って来る。

自分の右と言うので、そのまま右へ向かおうとすると、ごめん、左!と円華は訂正して来る。

もう少しと言うので、小川の縁にたどり着くと、そこにいて!と眼前の橋の奥の場所に見えた円華は指示して来る。

円華は用意していたドライアイスの入った容器にお湯を入れると炭酸ガスが発生し、そのガスは青江の立つ場所に流れ込んで来たので、バカな!こんな現象あり得ない!と叫ぶと、でも現実に起きてる、もしこれが硫化水素だとしたら…と円華はスマホで連絡して来る。

青江は白いガスにまかれ一瞬パニクるが、円華の方は周囲を取り囲んだ黒ネクタイ黒スーツの男たちに気付く。

下にいた青江も気付き、何やってんですか?と声を掛けるが、振り向くと桐宮玲が立っており、一緒に来ていただけますか?と聞いて来る。

桐宮玲に青江が連れて来られたのは開明大学数理学研究所だった。

開明大学脳神経外科の羽原と申します…と待っていた羽原全太朗(リリー・フランキー)が自己紹介して来たので、羽原?もしかして…と青江は気付く。

娘がご迷惑をおかけしてしまったようで…と羽原は詫びて来たので、あなた方は何をなさっているのです?と青江は聞くが、羽原は何も答えようとしなかった。

改めて羽原とテーブルを挟んで対座した青江は、甘粕謙人君の事は詳しくは…、父親の甘粕才生さんのブログは読みましたけど…と答えると、じゃあ少しはご存知と言う事で…と羽原は言いながら自分のノートブックを触る。

入院していた彼に奇跡的に回復の兆しが見えて来た…と言う所までは…、ここに出ているのは彼ですよね?と青江が羽原が映し出したモニターを見て聞くと、はい、手術から3年後の謙人君ですと羽原は答え、何をしてるように見えますか?と聞いて来る。

モニターに映った謙人は、3!4!5!と数字を言いながらサイコロを振り、全部言う通りの目を出していた。 何をって…、サイコロを転がして出た目を言ってるだけじゃ?と青江が答えると、良く見て下さい…と羽原が言うので、もう一度モニターを見てみると、まさか?サイコロの目を予言できるなんて…と青江は謙人の恐るべき能力に気付く。

すると羽原が、予言ではなく予測ですと訂正して来る。 謙人君がサイコロの目を言い当てるのは手から離れた直後です、手に持っている間はまだどんな目が出るか分からない…、手を離した瞬間、サイコロに働く力は重力、ほとんど無視できる空気抵抗…、更に机に落したときの落下角度、感性モーメント、机との反発係数、摩擦力…などに支配されサイコロは転がり、やがて停止する…、この一連の物理現象に他の要素は一切関与しない…、従って手から離れた瞬間にサイコロの出る目は決まってる…と羽原が言うので、理論上はそうかも知れませんが出来る訳はない…と青江は答える。

羽原はテーブルから上が6のサイコロを1cmほど上につまみ上げ、ここから手を放すと、サイコロの目は何が出ると思いますかと聞いて来たので、おそらく6でしょうと青江は答える。

羽原はサイコロを落して見せ、ほら、条件さえ揃えばあなたにだって予想は可能な訳ですと言うので、それとこれとは話が…と青江が言い返そうとすると、同じです、現象が単純か複雑かの違いだけで物理の法則に基づいて予測している事に変わりはない…と羽原は言う。

縁日に行かれた事は?と羽原が聞いて来たので、縁日?まあ子供の頃には良く…と青江が答えると、ずらりと屋台が並んだ細い通路を大勢の人々が行き来してますよね?しかし互いにぶつかる事はあまりない…と羽原が言うので、それも予測だと?と青江は質問する。

そうです、でも前から来る人の事を考えてばかりいたら縁日を楽しむ事は出来ない…、そんな時どうしますか?同じ方向へ進む人の後ろに付けば自然と人の流れは生み出される…、「秩序」と言っても良い、重要なのは無意識の内にそうしてると言う事ですと羽原は指摘する。

それは元来人間に備わっている能力であり、その延長線上に彼の能力はある…、それがどう言う事か分かりますか?私たちは誰もがこの力を手に入れる事が出来る…と言う可能性を持っている…と羽原は言うので、同じ手術を受ければ誰もが彼のようになれる?と青江は心の中で考える。

多少の個人差はあるでしょうが、基本私はそうなると考えています、しかしそれを証明するには大きな壁が…と羽原が言うので、健常者への施術?と青江は指摘する。

そうです、症例が極めて少ない中、同じ手術をしても巧く行くという保証はどこにもない…、万が一の事があれば重い障害が残る可能性もゼロではないですから…と羽原は言うので、でもそれをあなたはやったのですね?実の娘さんに…と青江は指摘する。

ここは国の研究機関でもあります、謙人君の件は研究が進んで技術が確立するまで極秘にと指示がありました…、これほど画期的な研究を我が国で独占しておきたい…、それが本音でしょう…と羽原は明かす。

我々はその要求に従って一刻も早くこの研究を進めなければなりません…と羽原が言うので、だからと言って、自分の娘を人体実験の被験者にするなんてまともな人間のやる事じゃないと興奮して立ち上がった青江が指摘すると、円華さんは御自分で名乗り出たんです…、被験者になる事を…、博士は最後まで悩まれていました…と横で聞いていた桐宮玲が口を出して来る。

どうして彼女はそんな事を…?と青江が玲に聞くと、あの子は10歳の時に目の前で母親を亡くしているんです…と羽原が答える。

(回想)ママは?ママは大丈夫…と答えた瞬間、母は竜巻に飲み込まれて行く。

(回想明け)それをベッドで思い出し苦悩する円華… 竜巻…と事情を知った青江は驚く。

母親は引き返そうとしていたらしいんですが…と羽原が明かす。

(回想)お天気悪くなって来たし、帰ろうって言ってたの…と自転車で円華を乗せて走っていた母親が言う。

しかし後ろに乗っていた少女時代の円華は、ええ?湖見たい!とだだをこねたので、じゃあちょっと急ぐよと答え、母親は自転車を急がせる。

(回想明け)どうしても湖が見たいと円華がねだって…と羽原が言う。

自分がわがままを言わなければ竜巻になんて遭わなかった…、円華はずっと自分を責めて来たんだと思います…と話す羽原の言葉を聞く青江も堪らない気持になっていた。

そんな時に謙人君の力を知った…、その力があればある程度気象を予測する事も可能だ…と羽原が言うので、同じ悲劇を起こさないために彼女は手術をする決意をした…と青江は呟く。 はい…、そうする事で罪悪感から解き放たれたかったのかもしれません…、私はそんなあの子の気持を知って手術を正当化する理由にした…と羽原は答える。

青江教授、ここまで話したのはあなたが同じ研究者としてこの研究の重要性を理解できる方だと信じたからです、ですからもうこれ以上はこの件には関わらないでいただきたい…、そして、今日の事は全て忘れて下さい…、いつの日かこの研究を堂々と公表できる日が来るまで…と羽原も立ち上がり、背を向けていた青江に告げる。

本当にそんな日が来るんでしょうか?と青江は苦笑しながら聞き返すと、もちろんですと羽原は答える。

今までの話が全て本当だとしたら、2つの温泉地で起こった事故…、いや、事件を起こせるのは円華以外に1人しかいない…、甘粕謙人!もしかして彼は復讐をしているのではないですか?自分の母親と妹を殺した水城と那須野…、詰まり彼は記憶などなくしていなかった…、違いますか?と青江は振り返って羽原に近づいて聞く。

しかし羽原が何も答えないので、だとしたら、この研究で人が2人も殺されているんです!それでも何も言うなと?と青江は迫る。

すると、それがあなたのためでもあります…と羽原が言うので、首を傾げた青江は脅迫ですか?と問いかける。

羽原は無表情に、そこから先は私の一存ではどうする事も出来ないレベルの話…と言う事ですと答える。

廊下のテーブルに落ち着いた青江はスマホに電話が入ったので取ると、それは中岡からで、先生、甘粕が見つかりましたよと言う。

会えたんですか?と聞くと、ええ、だが話は聞けそうにない…、ずっと絵コンテを書き続けている、今度撮る映画のクライマックスシーンだと言って…、だがその絵がとっくの昔に完成しているんだ…、やはり家族を失った事から立ち直れずに、心が壊れてしまったらしい…、念のために職員にアリバイも確認しましたが、あれじゃさすがに水城と那須野に復讐するのは無理だ…と中岡は言う。

どこかの施設で車椅子に座ったまま絵コンテを描く甘粕は嬉しそうに微笑んでいたが、他の現実には一切感心がない様子だった。

そうですか…、刑事の勘は外れてしまいましたね…と青江は答える。

すると、いや…と返して来た中岡は、甘粕才生と同じ動機を持つ人間がまだもう1人いる…、甘粕謙人ですよ、もし彼に記憶が残っていたとしたら…と指摘する。

(回想)バスから降りた円華に急に傘を差し出し、後40秒で降って来るから…と話しかけたのは甘粕謙人だった。

ここから研究所までは君の徒歩なら3分…、間に合わないからどうぞと言い残し謙人はバスに乗って行ってしまったので、円華はえっ?と戸惑いながら遠ざかって行くバスを見送っていた。

そして持たされた傘を持て余しながらも歩き始めた円華は、すぐに雨が降って来た事に気付き、急いで傘をさす。 その後、大学の庭のベンチで謙人と再会した円華は、お父さんの患者さんだったんだね、驚いた…、ありがとう…と借りた傘を返しながら話しかける。

ごめん、ちゃんと説明しようと思ったんだけど、バスに乗らなきゃならなかったから…と謙人は説明する。

何で分かったの?と雨が降って来る事を予測した事を聞くと、前に博士の部屋で君の写真を見た事があって…と謙人は円華を知っていた事を説明しかけるが、そうじゃなくて、あの時間に雨が降るの…と聞き直す。

それは…、ただ何となく…としか言いようがない…と謙人は答える。

大学から一緒にバス停に戻る途中、物理現象ならどんなものでも予測出来るの?と円華が聞くと、いや、地震は予測できないし、それから乱流もなかなか予測しづらい…と謙人は答える。

乱流?例えば雷雨とかダウンバース…、それに竜巻とか…と謙人が言うので、思わず円華は歩みを止めるが、謙人の視線を感じ、首を横に振って再び歩き出す。

ナビエ–ストークス方程式って知ってる?いまだに解決されてない物理学の難問…、もし解けたら化学への貢献は計り知れないらしい…と謙人は続ける。

そのヒントがこの中にあるかも知れない…と言いながら、謙人は自分のこめかみを指差す。

もしそれが解けたら、竜巻の予測も出来るよね…と円華が問いかけると、理論的にはね、でもまだまだ時間はかかるよと謙人は答える。

謙人君みたいな人がいっぱい増えれば良いのにね…、何でお父さんそうしないんだろう…、その手術を受けたらなれるんでしょう?みんな謙人君みたいに…と円華が言うと、そうかもしれないけど、そう簡単にはいかないよ…と謙人は答える。

どうして?と円華が聞くと、「ラプラスの悪魔」になるには覚悟が必要なんだ…と謙人は言う。

大学の自室に戻って来た円華は大鏡に写った己の姿を左手に持った赤い服で隠すと、右手の拳で叩き付ける。

一方、 開明大学で桐宮玲と話していた青江は、理解した訳じゃありません、自分がどうすべきか分からないだけです、少なくとも博士は長い間あの研究と向き合って来られた…、昨日今日知った私に偉そうに言う資格はない…、これ以上関わるべき事じゃない…と自分に言い聞かせてます…と青江は言う。

それで御納得いただけるなら、私にはどちらでも同じ事です…と玲は言い立ち去って行く。

円華の部屋の前で警備をしていた武尾は、突然室内から円華の悲鳴が聞こえたので、すぐにドアを開け、そこにうずくまっていた円華に、何事です?と聞く。

床にしゃがみ込んだ円華が指差す先には野球のボールが落ちていたので、武尾がそれを拾い上げた時、円華は窓のブラインドの開閉リモコンのスイッチを押し、それまで窓を塞いでいたブラインドが開き、差し込んだ太陽光が円華の背後においてあった鏡に反射して武尾の顔に降り注ぐ。

まぶしさから逃れようとが後ろを向いた武尾のレインコートから鍵を抜き出した円華は、ごめんね!と言いながら部屋を飛び出して行く。

ガラス張りのエレベーターで下に降りていた青江は、階段を逃げる円華とそれを追いかける武尾ら護衛の男たちの様子を目撃する。

先ほど別れた玲も追っていた。

やがて円華が近づいて来たのでエレベーターのドアを開けてやり、円華が乗り込んで来たので、無意識に青江はドアの「閉」ボタンを連打し、武尾たちが駆けつけた時にはエレベーターはしまっていた。

何階で止まったか連絡しろ、下だ!と武尾は他の護衛たちに命じる。

もう少しだけ力を貸して下さい、どうしても教授の力が必要なの!と降下し始めたエレベーター内で円華が頼んで来る。

僕の力?と青江が聞くと円華が頷いたので、青江は地下駐車場に停めてあった車のキーを開けた円華がそのキーを差し出したので、力って運転手かよ!と驚くが、何してるの!早く!と助手席に乗り込んだ円華が急かし、追って来た武尾たちの姿を見ると、もう!くそっ!と言いながらも運転席に乗り込んで車を走らせるしかなかった。

それにしてもあれはお前1人の事だからな…と大学構内の喫煙室で報告を受けた上司が言うので、武尾は申し訳ありません…と詫びる。

しようがないな全く!と起こった上司だったが、分かった、だが俺の許可が出るまで他言無用だ…と命じる。

その代わりこれ以降集中させてやれと上司が言うので、分かりました、ありがとうございましたと武尾は礼を言う。

エリート面した本庁の連中出し抜いてやろうじゃないか、これからどう責める?と上司が言うので、甘粕謙人ですと武尾が答えると、何か手がかりあるのか?と言うので、ありません、だがもう一度原点に戻るつもりですと武尾は答える。

うん、良し!と立ち上がった上司は気合い入れて行けよと言い残し喫煙室から出て行ったので、はい!と武尾は答え、自分も煙草を灰皿に入れてすぐに喫煙室を出る。

謙人君を探したらどうするつもりですか?とデパートの喫茶室に円華と落ち着いた青江が聞くと、謙人君を早く見つけないと…、復讐を果たした謙人はもしかして…と円華は言って口ごもる。

青江はテーブルに会ったメモ用紙を取るといつものように紙飛行機を折りだす。

不思議そうに円華が見るので苦笑しながら、研究で煮詰まった時にこれを飛ばすと良い気分転換になるんです…、自分も風に乗って自由に飛べるような気がして…と青江は折り進めながら教える。

それ現実逃避でしょう?と円華は指摘するので、その通り、でもまあそんな単純な事で良いアイデアが生まれて突破口が見つかったりするもんなんですよと青江は言う。

折り終えてテーブルに置いた青江の紙飛行機を手に取った円華は、どうした?と言う青江を無視してそれを飛ばすと、謙人には私に見えないものが見えていたんだと思う…と円華は言う。

「ラプラスの悪魔」になるには覚悟が必要だって言ったけど、私にはその意味も分からない…と円華が呟いている間中、紙飛行機は室内を飛び回り、気がつくと青江が置いたテーブルの同じ場所に降り立つ。

それを見た青江は、もしかして君は後悔してるんじゃないか?と問いかける。

しかし円華が答えないので、確かにその力は人類の進化とも言えるし素晴らしいものかもしれない、でも謙人君を凶悪犯にしたのもその力だと青江は指摘する。

君だってあんな研究所に閉じ込められて実の父親に研究対象として扱われている…、その力は人類にとって早過ぎたんじゃないのか?と青江は問いかける。

持て余した力は未来を滅ぼすかもしれない…、そんな進化は本当に人を幸せにできるのか?もしかしたらそんな力、ない方が良かったんじゃないのか?と青江は無言のままの円華に聞く。

良く分からないけど…、でも1つだけ分かる事はある…と円華が口を開く。

謙人は凶悪犯なんかじゃない…、絶対に!と円華は断言する。

(回想)サイコロを転がし、出る目を当てる訓練を術後の円華は謙人付き添いの元やっていた。

その間、2人の友情が生まれる。

後日、灯台のある海辺の草むらで気分が悪くなりうずくまった円華に近づいて来た謙人は、大丈夫?やっぱり止めといた方が良かったかな?と声を掛けるが、大丈夫、自分で乗り越えるしかないから…と円華は気丈に答える。

もう時間だよね?と円華が言うと、ああ予測が正しければそろそろ竜巻が起こるはずだと謙人は答え、5、4、3、2、1…とカウントダウンしながら海の方を見つめるが、何も起きなかったので、ダメか…、乱流の予測は難しい…と諦めかける。

しかし改めて空を見回した謙人は、この条件、もしかしたら…と呟き、もうちょっとだけ付き合って…と言い、円華の手を引いて場所を移動する。

暗くなって満月が見える場所に来た円華は、何これ?と月を見上げて驚く。

「月の虹」「月虹」だと謙人は教える。 満月の周囲にプリズムのような虹色のフレアが取り囲んでいた。

「月虹」はね、幸せの印と言われたり、亡くなった人の魂に巡り会えるって言い伝えがあるんだ…と謙人は言う。

円華はそんな謙人を見つめ、ありがとう…と礼を言う。 謙人はいつも支えてくれていたのに…、私は何も気付いてあげられなかった…(円華の独白)

(回想明け)8年もの間、ずっと復讐をする事だけ考えていたなんて…、凄く苦しかったはずなのに…、私は何も…、だから今度は私が謙人を助ける…と円華が話すのを聞いていた青江は、目の前を降りて来たエレベーターに乗っている水城千佐都を見つけ、来た!と言う。

水城と那須野を殺害したのが謙人君だったとしても彼らをあの場所に連れ出すには共犯者が必要だ…、中岡刑事の勘が正しければ彼女が謙人君に繋がる唯一の手がかりだと千佐都の乗った車を尾行しながら青野は言う。

青江のスマホが鳴ったので、出て下さい、スピーカーにして…と運転していた青江は助手席の円華に頼む。

青江です!と青江が呼びかけると、相手は中岡で、もう一度振り出しに戻って甘粕の家族の事を調べ直してみたんですが、私たちは騙されていたようですと言う。

騙されていた?と青江が聞くと、ええ、亡くなった奥さんと仲の良かった主婦の話によると、あの当時甘粕は奥さんから離婚を持ちかけられていたそうですと中岡は言う。

離婚?そんな話あのブログには一言も…と青江が戸惑うと、そうなんですよ、中学生だった甘粕の娘は小遣い目当ての男女交際が問題になって児童相談所の厄介になっていたらしい…、ブログの中の理想的な家族は甘粕がでっち上げた作り話だ…と中岡は断ずる。

一体何がどうなってるんだ…と青江が戸惑い、なあ、そもそも何で謙人君は記憶をなくした振りをしなけりゃいけなかったんだ?と問いかけると、それはいずれ自分の手で復讐するためでしょうと円華が答える。

でも謙人君が目が覚めた時には自分が動けるようになるかさえ分からなかったはずだ、警察に報告して逮捕する方がよほど確実な復讐じゃないのか?と青江は指摘する。

円華が考え込むと、もしかして犯人から身を守るため?と青江は呟く。

え?と驚く円華に、犯人がすぐ側にいたとしたら…と青江は、入院先に毎日見舞に来ていた甘粕のことを思い浮かべながら言う。

驚く円華(車椅子に座って絵コンテを描き続ける現在の甘粕の映像)

まさか、謙人君の家族を殺したのは…と青江が呟く声がスマホ越しに中岡の耳にも届き、なんて事だ…と中岡も驚く。

甘粕さん!息子さんの知り合いの方がお迎えに来てくれましたよ!と施設の男性職員が車椅子の甘粕に声をかけて来る。

空に渦巻き雲が舞う黒い屋敷の絵を描いていた甘粕の鉛筆が止まる。

赤いコートにピンクのマフラー、杖をついた甘粕が千佐都に迎えられ赤い車に向かう途中、空を見上げ、嵐か…、クライマックスを盛り上げるには悪くない…と言い、ポケットから書き溜めた絵コンテの束を取り出すと、それをその場にまき散らす。

後部座席に甘粕を乗せ千佐都が車を走らせたので、施設の入り口付近で監視していた青江も車を走らせようとするが、その前を塞ぐように飛び出して来た2台の黒い車から降り立った護衛の男たちが手にしたレスキューハンマーでいきなり青江の車の助手席側のウィンドーを破壊して来る。

止めろ!何だ君たちは!と言いながら青江が外に出ると、あなたには未成年者略取でご同行願いますと身体をボンネットに押さえられ告げられる。

は?と驚く青江の元に近づいて来た武尾は、彼女は大切な被験者だ、もっと丁重に扱って下さいと呼びかけると、困りますね、おたくらがしっかり監督していただかないと…、我々の手間が増えるばかりだ…とマスクをした本署の人間らしき男が言い返す。

武尾は申し訳ございませんと詫び、青江の車に近づくと見せ、次の瞬間、マスクの男を始め本署の連中を全員投げ飛ばして行く。

そして驚く円華に向かって、甘粕を追って下さい、謙人君を頼むと博士からの伝言ですと声をかける。(羽原が研究所からスマホをかける映像)

そこに新たな黒い車が3台到着したので、公安は私が止めますと武尾が言い、降りて来た黒服の方へ向かいかけたので、ありがとう武尾さん…と円華は背後から礼を言うと、行くよ教授と言いながら車に乗り込む。

行くったってあいつらの行き場所が…と青江は戸惑うが、足に絡まって来た甘粕の絵コンテを拾い上げ、ずっと絵コンテを描き続けている、今度撮る映画のクライマックスシーンだと言って…、だがその映画はとっくの昔に完成されたものだ…と言っていた中岡の言葉と、絵コンテに描かれていた黒い館の絵と「廃墟の鐘」の文字に注目する。

その頃、甘粕と千佐都は、山の窪地に建てられた古びた屋敷の映画セットの前に来ていた。

ここは「廃墟の鐘」と言う映画を撮ったときのクライマックスの場所でね…、素敵な場所だから、そのまま私が買い取ったんだよ…と甘粕は説明する。

あの映画はとんだ駄作だったが、今回はきっと素晴らしいものになる…と言う甘粕に怯えたように、息子さんは中に…、私はこれで…と言い残し千佐都が早々に帰ろうとすると、そりゃあ困るよと甘粕は振り返って言う。

杖をつきながら千佐都に近づいた甘粕は、その杖を振り上げ、千佐都に殴り掛かる。

不意を突かれ抵抗する間もなく倒れた千佐都を何度も杖で殴りつける甘粕。

青江の車が現場に近づく中、千佐都の体を肩に担いで廃セットの中に運んで来た甘粕は、無造作に床に投げ捨てると、屋敷内を見ながら、出て来いよ、謙人…と呼びかける。

8年振りだ、顔くらい見せろ…と甘粕は言う。

それに呼応するように謙人が物陰から姿を現したので、おお…、随分大人になったな…、父さん嬉しいよと甘粕は言い、不気味な笑みを浮かべる。

その頃、青江と円華は、千佐都の赤い車を見つけ、窪地の底の屋敷セットも発見する。

何で謙人はこの場所を選んだんだろう?と円華が呟くと、空の様子が不安定になって来たので、乱流?と察する。 えっ?と青江は戸惑う。

セットの中では、送ってもらっただけじゃ申し訳ないから、お茶でも出そうと思ってね…と言いながら甘粕が瀕死の千佐都の腹を踏みつけていた。

彼女がいたんじゃ、お前も硫化水素でおいたは出来まい…と甘粕が言うのを謙人は黙って聞いていた。

もっと早く来るかと思っていたが、案外遅かったな…と千佐都の身体から離れた甘粕は謙人に呼びかける。

こっちにも都合があってね…とようやく謙人が答え、だがすぐに幕は降りると言いながら甘粕に近づく。

そう焦るな…と言った甘粕は近くに散乱した廃材を漁り始め、これでも私はディテールに拘る監督でね…と言いながら落ちていたトランクを拾い上げるとふたを開け、だから装飾品も全部本物じゃないと気がすまないんだよ…と言いながら、油紙に包まれていた拳銃を取り出し、装填の状態も確認する。

そしてマフラーで拳銃の汚れを拭いた甘粕は、その拳銃を息子の謙人に向け引き金に指をかける。

ダウンバースト!窪地の上では、円華から話を聞いた青江が驚いていた。

積乱雲から下降する気流が地面に激突し、大きな破壊力を持って周囲に吹き出す…、条件が全部揃い始めてる!謙人はあの廃墟ごと全部消し去るつもりなんだよ…と円華は言う。

甘粕と一緒に自分も死のうとしている… 円華は子供時代竜巻に吸い上げられた母親の事を思い出し身体が震え出すが、その異変に気付いた青江がどうした!と聞くと、興奮状態になった円華は怯えたように目を見開きその場にしゃがみ込む。

廃屋セットの中では甘粕が、なあ、教えてくれ謙人、8年前、確かに俺は萌の自殺に見せかけて硫化水素を発生させたよ…、だがお前はあの時既に意識をなくしていた…、いつ、どうやって俺がやった事を知った?と聞いていた。

すると謙人は、あんたが教えてくれたんじゃないかと答える。 その言葉に甘粕は自分の過去の言動を思い出そうとする。

(回想)素晴らしい…、家族全員死亡よりよっぽど悲惨だ…、こいつは良い映画になる…と、謙人が寝ているベッドの横で甘粕は電話をかけていた。

何だよ、水城さん、本物のストーリーが欲しい、迫力ある実話が欲しいと言ったのはあんたじゃないか、だから俺が用意してやったんだ…、大丈夫だよ、こいつはもう動く事もしゃべる事も出来ない…、もしヤバそうなときは又俺が口を塞ぐから心配しなさんな…とスマホに語りかけながら、甘粕は横で眠っていた謙人の酸素マスクを触る。

それより那須野はしっかり俺のアリバイ作ってくれたんだろうな?…と甘粕はスマホの相手の水城に聞く。

(回想明け)あんたの話を聞きながらなんにも出来なかった俺の気持ちが分かるか? そうか…、聞こえていたのか…、そりゃ辛かったろう、可哀想に…、だがそれも又良いシナリオだな〜…と甘粕は言い返す。

分かり合えない親子の哀しい運命!泣ける!最高じゃないか!この映画、どんどん良くなるぞ!と甘粕は芝居染みた言い方をしながら謙人に近づいて来る。

窪地の上では、ダメだ…、もう間に合わない!と円華がしゃがみ込んで怯えていたので、落ち着け!何か方法があるはずだ!と青江は呼びかけるが、謙人が死んじゃう!と円華は頭を押さえ怯えるだけだった。

意を決した青江は円華の手を掴み、このままだと君はきっと後悔してしまう、君は自分で選んだんだ、魔女になる事を!もう大事な人を失いたくないんだろう?と青江は呼びかける。

「ラプラスの悪魔」になるには覚悟が必要なんだ…と言う謙人の言葉と、実験室で微笑みかけて来た彼の姿が円華の脳裏に浮かぶ。

円華は青江のコートのポケットから紙飛行機を取り出し、自分も風に乗って自由に飛べるような気がして…、そんな単純な事でアイデアが生まれて突破口が見つかったりするもんなんですよ…と言っていた青江の言葉も思い出す。 風に乗って…、突破口…と円華は考えだす。

そして円華が手を差し出すと、掌の上の紙飛行機が風にあおられ飛び出す。

その紙飛行機は気流の流れに沿って舞い上がって行く。

ダウンバーストで崩壊する前に建物に穴を開ける…、そこから風が入り込み…、内部の圧力が増せば…と考えながら空を見上げた円華は、雲の穴がゆっくり開き始めている状況が見えた。

ここに車を動かして!と円華は青江に頼む。 ええ?と青江が戸惑うと、時間ない、早く!と円華は急かす。

セットの中では、父親の身勝手な話を聞いていた謙人が、ふざけるな!何が映画だ!そんな物のために母さんも、萌も!と絶叫していた。

そんな謙人に近づいた甘粕は息子の腕を掴み、そうだよ、哀しい事だがそうするしかなかった…、なぜならお前たちは甘粕才生の家族としては全くの失敗作だったからだ!と怒鳴りながら突き飛ばす。

そして謙人の後頭部に拳銃を突きつけて来た甘粕は妻も子供も能無しばかり!失敗すれば作り直すしかない…、自分に相応しい家族に作り替えるしかないじゃないか…と甘粕は言い聞かす。

そのためにお前らをこの世から抹消し、改めて過去の記憶を修正する、それがあのブログだ! 一旦銃を降ろした甘粕は倒れていた謙人との頭を掴むと、喜びなさい、あの中ではお前たちは完璧な家族に仕上がっている…、あれは小説となり、やがて映画化される予定だ…と言う。

その時こそ、甘粕才生の完璧な家族が完成する瞬間だ!と甘粕は自分に酔ったように叫ぶ。

窪地の上では運転席に乗り込んだ青江に、教授はなるべく遠くに離れてと指示した円華がありがとうと言い残し、1人で窪地の方に戻って行くので、待て!僕も一緒に行く!と青江は車から降りる。

既に窪地の周辺には突風が吹き荒れており、円華を追っていた青江は吹き飛んで来た木を避けようとジャンプする。

事実をねじ曲げて何が完璧だ!とセットの中では謙人が父親をなじっていた。

首を横に振った甘粕は、記録され…人々が認識した時が真実になるんだ!と反論する。

誰にも知られずに消え去った事は真実とは言わない!つまり…と続けようとした甘粕は物音に気付き、振り向くと、倒れていた千佐都が這って逃げ出そうとしていたので又足で踏みつけ、つまり!大多数の人間は何の真実も残さず消える、そんな人間は生まれて来ても来なくてもこの世界には何の影響もない!無意味!と叫ぶ。

本来はお前たちもそうだった…、だから幸せだろう…、すぐに幕が下りると言ったな?そうじゃない!これから幕が上がるんだ!と言うと甘粕は再び拳銃を持ち上げる。

私の人生をかけた代表作が今やっと完成する!と甘粕は歓喜の言葉を発する。

お前もその中で完璧な息子として生きるが良い…と言うと、甘粕は息子の額に拳銃を突きつけ激鉄を起こす。

謙人が微笑んだ時、謙人!とドアを開けて円華が呼びかける。 屋敷の外は突風が吹き荒れていた。

それに気付いた謙人は来るな!お前ならこれから何が起こるか分かるだろう!と言い聞かせる。 しかし円華は、分かってるから来たんだよと答える。 空の雲の穴から気流が窪地に流れ込んで来る。

倒れていた青江は、自分がさっき乗って来た車が突風玩具のように飛ばされて行く様を唖然と見上げる。 千佐都の車も同じように風に吹き飛ばされ窪地の中に落下して行く。

セットの中にいた円華が謙人に伏せて!と叫んだので、何事かと甘粕が振り返ると、落下して来た車がセットの壁を貫き室内に落ちて来る。

青江が駆けつけると、瓦礫の下から円華がはい出したので、大丈夫か?と声をかける。

室内では謙人も立ち上がっていた。 青江に助けられ立ち上がった円華はそれを見て、良かった…、生きていて…と喜ぶ。

千佐都も助かっており、立ち上がったものの青江たちの背後で座り込む。

車で風穴を開け、建物内の圧力を上げたのか…、だから全壊せずに助かった…と青江は事情を理解する。

顔から血を流していた謙人は倒れていた甘粕がまだ死に切っていない事に気付き側に近づこうとするが、その前に立ちはだかった円華に、そこを退いてくれと言うが、ダメ、手を荒らさせない…と円華は拒否する。

このためだけに今日まで生きて来たんだ…と言う謙人に、悪いけど、今日からはそれ以外のために生きて!と円華は頼む。

私の気持を変える事なんか無理だよ、謙人なら分かるでしょう?と円華は真剣なまなざしで言う。

ゆっくり首を横に振りながら、こんな世界に何があると言うんだ?円華なら分かるだろう?と問いかけるが、それでもさあ…、きっと変えられるよと円華は答える。

納得いかない表情で謙人が前進しようとしたので身体ごとぶつかって円華は止めようとするが、話をするだけだ…と謙人は言う。

マフラーが顔の半分を隠していた甘粕の目が開くと、こんな力を手に入れたせいで分かった事がある…と謙人は語りかける。

この世界は一部の天才やあなたのような人間に動かされているんじゃない、人間は原子だ、一見なんの変哲もなく、価値もなさそうな人物が重要な構成要素だ、1つ1つは凡庸で無自覚に生きていたとしても集合体となった時、劇的な物理法則を実現して行く…、この世界に存在理由のない個体などない…、ただの1つとして…、母さんも萌も、水城と那須野もそうだ…と話しかけた謙人は、そこで感極まったように呼吸を整えると、そしてあなたもだ!と言い添える。

それを聞いていた甘粕の目に涙が浮かぶ。

その事が分かっているのに…、俺は…と言う謙人は青江に向い、利用してしまいすみませんでした…と詫びる。

それを聞いていた千佐都は、勘違いしないで、私があなたを利用したの…と口を出して来る。

歩み寄って来た円華と見つめ合う謙人は、ゆっくり頭上を見上げる。

それに釣られて青江も頭上を見上げると、そらには満月を囲む虹「月虹」が輝いていた。 風はすっかり消え失せていた。 凄い!初めて見た!と青江は感激するが、次の瞬間、謙人君が!と驚く。

いつの間にか謙人の姿もいなくなっていたのだ。 円華は全てを理解していたのか1人涙を流していた。

水城義郎、那須野五郎、両名の硫化水素による死は国家上部の指示により、事件ではなく不運な事故として調査は終了した(大学警備の上司から話を聞き、肩を落とす中岡の姿に青江の独白が重なる)

甘粕才生が崩れた廃墟から救出されたと言う報道はなされたが、謙人君の事は、驚くべき能力の事はもちろんの事、その存在さえも語られる事はなかった… つまり8年前、甘粕才生が犯した罪もろとも、真実は闇へと葬られたのだ… そして謙人君の行方は極秘に進められている懸命の追跡にも関わらず、掴めていない… 彼は何故、どこへ消えたんだろうか? 研究室に戻った青江に、調査終了、おつかれさまでした!と哲子がねぎらいの言葉をかけて来る。

結局、何の役にも立てませんでしたね…と青江が自嘲すると、でしたら今度は役に立って下さい!溜まっている生徒の評価!と会釈しながら哲子は大量の書類を青江の膝の上に乗せる。

その時、TVから、昨夜「廃墟の鐘」等で知られる映画監督の甘粕才生さんが亡くなりました…と言うニュースが聞こえて来る。

甘粕さんは数年前から闘病生活を続けており、それを苦にしての自殺と見られておりますと言うので、驚いた青江は思わず立ち上がる。

残念ですね、私、結構この監督の作品好きだったのに…と哲子もテレビを見ながら呟く。

その時、窓から紙飛行機が飛んで来て、青江が両手で抱えていた書類の上に着陸する。 窓の下にいたのは円華だった。

外に出て一緒に歩き出すと、教授には最後に会って、ちゃんとお礼が言いたかったから…と円華は言う。

あれから謙人君から連絡は?と聞くと、円華は首を横に振る。

謙人が私に連絡して来る事は多分ないと思いますと羽原も訪問して来た中岡に答えていた。

彼は私の事を嫌っているでしょうし…と言うので、どうしてですか?あなたは彼の命の恩人のはずだ、彼の力だってあなたがいたからこそ…と中岡は聞き返すが、能力と言うのは目的があるからこそ進歩するんです、それが例え憎しみであっても…、私はどこかであの甘粕と言う男に感謝してるんですよ…と羽原が言うので中岡が戸惑うと、謙人の力があそこまで引き出されたのは甘粕の存在を抜きには考えられない…と羽原は答える。

そう思っている私を謙人が認めるとは思えないんです…と言う羽原に、なるほど…、彼にはあなたの心の中が見えている…と中岡が指摘すると、もしかしたら、現代社会の行く末や人間の未来までもがぼんやりと見えているかもしれないですね…と華原は言う。

そんな事まで分かってしまうんですか、あの2人には…と中岡が驚くと、ですが、未来が分からないからこそ人は夢を持てる…、彼らからそう言う人生を奪ったと言う点では私も甘粕と同罪です点と羽原は打ち明ける。

円華は、じゃあここで…と言うので、ああ…と見送りかけた青江だったが、この前言った事撤回しますと呼び止める。

そんな力なんかない方が良いって言ったけど、少なくとのその力で謙人君の命は救われた…、君ならきっと正しく使える!と青江は言う。

ありがとう…と答えた円華に、本当は見えてるんじゃないですか?この世界の未来がどうなって行くかを…、もしかして謙人君がいなくなったのも… もし私たちに未来が見えているとしたら知りたい?と円はなが聞いて来たので、しばし考えた青江は、止めときますと答え、それを聞いた円華は黙って去って行く。

青江も帰りかけるが、その時雪が舞い降りて来たのに気付き振り返ると、こっちを見ていた円華が微笑みながら赤いニット帽をかぶる。

エンドロール
 


 

     inserted by FC2 system