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八州遊侠伝 男の盃

通俗な股旅ものだが、さすがに当時還暦を迎えた年頃だったはずの御大だけでは映画は持たないと判断した為か、まだあどけなさが残る新人時代の千葉真一が若者代表のような形で登場している。

その千葉真一のお相手役を演じているのは、この映画がデビューだったらしき藤純子(富司純子)。

明るく元気な町娘をのびのびと演じている。

話は、冒頭から薄々予想出来るような展開になるのだが、御大より2つ年下のはずの志村喬が、御大の父親役として登場して、お涙ものに仕立ててある。

つまり、当時60才くらいだったはずの千恵蔵が40才の息子を演じている訳で、この時点でかなり無理があると言わざるをえないのだが、御大の若い頃の姿をあまり知らない世代からすると、40の千恵蔵も60の千恵蔵も一緒くたの印象で、さほど気にならないから不思議である。

逆に、千葉真一や藤純子等、若者の描き方はかなり類型的に感じられる。

おそらく、脚本家や監督の年齢とも関係あるのではないだろうか。

とは言え、千恵蔵とのコンビ作も多いマキノ雅弘監督だけに、この作品もシンプルながらも軽妙な娯楽作に仕上げられており、それなりに面白く観られるのが凄い。

円熟した職人技と言うしかない。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1963年、東映、直居欽哉+山崎大助脚本、マキノ雅弘監督作品。

「右 磯辺」と道しるべがある峠の山道にやって来た1人の股旅姿の男。

眼下に広がる町の様子を観る。

磯辺の町のつくも神社では、近々行われる恒例の祭りの為に、佐太郎(千葉真一)が仲間2人を前に得意の太鼓を叩いていた。

今まで国定忠治や巳之吉が仕切っていたので、あくどい商売など許されなかったこの土地に、今年は、安中から黒岩松五郎一家が乗り込んで来ており、今まで通り祭りが滞りなく行われるかどうか危ぶまれていた。

すでに、忠治も巳之吉も死んで1年が経とうとしていたからだった。

そんな話をしていた佐太郎の元にやって来て、何こんな所で油売ってるのよ!こっちを手伝ってよ!と佐太郎を引っ張って行ったのは、恋人のお千代(藤純子=富司純子)だった。

そんな磯辺の町にやって来たのは、縁日に蝦蟇の油売りの店を出すつもりの豆六(堺駿二)ろ、彼に勧められて付いて来た香具師仲間の大八(田中春男)と、小助(国一太郎)だった。

豆六は、馴染みの宿「みのや」に入ろうとして、その玄関先に掲げてあった「黒岩松五郎様御宿」と言う看板に気づき驚く。

その時、宿の二階から声をかけて来た人物を見上げた豆六は、顔見知りの江東十平太(水島道太郎)の姿を観て、江東の旦那!居合い抜きの旦那がいれば安心だと喜び、2人を連れ宿に入って行く。

町の外れでコマ遊びをしていた子供たち、勝った健太(安中滋)の独楽を取り上げた子供が悔し紛れに投げ捨てたので、健太とその子が取っ組み合いの喧嘩となる。

そこにやって来たのが、股旅姿のけんか独楽の源次(片岡千恵蔵)で、喧嘩なんかしちゃいけねえよと声をかけると、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

源次が道ばたに落ちていた独楽を拾い上げた時、その独楽、僕んだよと声をかけて来たのは健太だった。

これ、割れてるぜと言いながら返してやると、健太が泣き出したので、惜しいことしたな。又買えやと源次は慰めるが、これは父ちゃんが作ったんだ。まだ一度も負けたことがねえ、横綱駒だ!でも、父ちゃん、死んじまった…と言うので、じゃあ、おいちゃんが買ってやろうと源次が言うと、横綱独楽は買えねえやと健太は言う。

それを聞いた源次は、おいちゃんが作ってやろう。父ちゃんほど巧く出来ねえけど、小せえ頃は自分で作っていたらから作れるよと言うと、喜んだ健太は、家に泊まれよ。家は宿屋だよと誘う。

その宿の二階に泊まることにした穴屋の小助、大八、豆六は、先に逗留していた江東十平太から、忠治が1年前に処刑されて以来、この町にも黒岩一家が入り込むようになったと言い、窓から3人に、下にいた黒岩の松五郎(原健策)の姿を拝ませると同時に、今この下には子分たちがうようよ泊まっているんで、今年の「つくも祭」は、今までののようにはいかないかもしれないと教えられる。

すると、豆六に誘われてこの地にやって来た小助と大八は、話が違うやないかと文句を言いだす。

宿の離れでは、その松五郎が、「みのや」の女将のおすぎ(松浦築枝)に、亡き夫文左衛門の借金の肩代わりを自分がやってやると一方的に話し、その証文に子分が強引に女将の拇印を押させてしまっていた。

あまりに強引なやり口に怒り、睨みつけたおすぎに、この離れがすっかり気に入った。これから気楽に長逗留させてもらいたいだけだと松五郎は笑いかける。

町に健太が連れて来た源次を黒岩の親分と勘違いした佐太郎が挨拶して来るが、健太が、このおじちゃんはおいらのお客さんだいと訂正する。

そんな「みのや」の外れにある小さな家に源次を連れて来たのは健太だった。

源次は、部屋にあった仏壇の位牌を観ると、そこに「巳之吉」と書かれていたので、おめえの父ちゃんの名は巳之吉って言うのか?と健太に尋ねる。

そこに健太の母親のお志乃(鳳八千代)が来たので、健太は源次を無邪気に紹介する。

その夜、佐太郎の父親で、岡っ引きの藤兵衛(志村喬)が「みのや」に来ると、待っていた佐太郎が近寄り、俺が黒岩の親分と話つけといたからと耳打ちしながら、さっき、死んだ巳之吉さんを訪ねて来たものがいた。忠治の身内じゃねえか?と藤兵衛に教える。

それを聞いた藤兵衛は、今頃、忠治の仲間がこの辺にいるはずがないじゃないかと苦笑する。

宿の一室に源次を案内したお志乃は、中に入っちゃいけないと自分が言い聞かした健太が、窓の外からよじ上って源次に会いに来たので叱る。

源次は、そんなお志乃に、叱らないでやっておくんなさいとなだめる。

一方、母親のおすぎから、証文を黒岩の松五郎に勝手に作られ、握られてしまったと聞いたお千代は、慰めていた。

そこにやって来た佐太郎が、黒岩の親分が親父の十手を売ってくれねえかとたっての願いだ。50両もくれるだけじゃなく、俺にこのシマを任せてくれるんだってよと嬉しそうにお千代に報告する。

その頃、離れで、松五郎と対面し、十手を譲る話を持ちかけられた藤兵衛は、60両と値を吊り上げられても、あっしの一存だけでは十手捕り縄は売れない。御支配様の許しがなくては…と返事をしていた。

すると、松五郎は、そっちの方の話はもうついているんだと言うではないか。

それでも、磯辺の目明し藤兵衛は死ぬまで十手を手放さねえつもりだと言うので、部屋にいた子分たちは気色ばむが、それを松五郎は押さえ、藤兵衛が帰ると、明日は相良の旦那も来てくれるさと意味ありげに呟く。

離れの外で待っていた佐太郎に近づいて来た藤兵衛は、ごめんよ、年を取ると頑固になるんだと、話を断って来たことを打ち明ける。

それを聞いた佐太郎は憮然とし、父ちゃんの年で十手持ってても仕方ないじゃないか。50両もらった方が良いだろうと文句を言う。

すると藤兵衛は、わしは人を捕まえる為に十手を持ってるんじゃねえんだ。人を守る為に持ってるんだ。あんな奴に十手を持たせたらそうなるか…、おめえも物事をわきまえろと言い聞かせる。

それを聞いた佐太郎は、面白くなさそうに去ってしまう。

その頃、飯屋にいた孫六、小助、大八、安東らは、祭りや町の治安を60を越えたご老人に仕切ってもらうのは酷だと話し合っていた。

一方、藤兵衛はおすぎから、安五郎が武左衛門の借金の肩代わりをしたことを聞かされていた。

おすぎは、家のことは何とかしますから…と言いながら、近頃寂しそうですね。知ってるよ、いつか聞いた、ずっと昔に別れた子供のことだろう?生きてりゃ、今頃働き盛りだ。そしたら、あんたは楽隠居だったんだよねと藤兵衛に話しかける。

お千代の方は佐太郎に、おじさんって偉いと思うわ。何故おじさんの手助けしてやらないの?私が男ならそうするわと言い聞かせていたが、佐太郎は、おとぎ話じゃないんだよ。あんな年寄が人におだてられてひょこひょこ出て行くのが観てられないんだ。みんな、いざとなったら助けてなんてくれないよ。親父さんには60両もらって、長生きしてもらいたいのよと答える。

それを聞いたお千代、佐太郎さん、黒岩が怖いんでしょう?この前、私の手を握ったときも、手が震えていたじゃない。そうじゃないと言うんなら、握ってご覧なさい?と話をずらしてしまう、

そんな中、健太の家の二階に泊まっていた源次は、健太に約束した独楽を彫り始めていた。

そこに、お志乃がそばがきを運んで来る。

それを観た源次が、懐かしいな〜!小さいことから大好物だと喜んだので、この辺のお生まれなんですか?とお志乃は聞くが、源次は慌てたように、横綱独楽は金で買えないんだと健坊から言われたときには一本取られたよ。何でも金で解決しようとする大人は、知らず知らずに大切なことを忘れていたんじゃないかってね…と話をすり替え、ご主人の名は巳之吉さんって言うのかい?位牌で観たんだよ。つかぬ事を聞くが、その巳之吉さんって、国定忠治の代貸しをしていた人かい?と聞く。

するとお志乃は、そうですと言うので、そうですか…、渡世人の中では名前の通った方でしたよと源次が教えると、お志乃はたまりかねたように泣き始める。

私は、どんなに国定の親分が偉かったか、どんな良い世の中を作ろうとしていたか知りません。でも…、あの人さえいなければ、うちの人は死なずにすんだんです。あの人がお仕置きになったと聞いたときは、正直、良い気味だと思ったものですとお志乃が吐露したので、無理もねえ…、女の身一つで子供を育てて来たんだ。当たり前ぇだと源次は同情するが、思わぬ打ち明け話をしてしまった恥ずかしさからか、お志乃は部屋を後にする。

夜中、宿の露天風呂の入っていた豆六は、国定忠治が処刑された時、例え自分が殺されても、民百姓が苦しむ限り、何十人、何百人の忠治が生まれて来ると言っていたぜと、一緒に入っていた小助と大八に自慢話のように聞かせていた。

惜しい人を亡くしたもんだと豆六が話をまとめようとしていると、離れた所で一緒に風呂に入っていた江東が、国定忠治は生きてるかもしれんぞと言い出したので、豆六は驚く。

あっしは、処刑される所をはっきり観たんだと言い張るが、それでも、この世が良くなるまで二代目の忠治がどこかに生まれる…、そう信じているんだ…と言うので、脱衣所で着物を脱ごうと仕掛けていた源次は、左肩の刀傷を気にするように、又着物を着直して部屋に戻って行く。

そんな中、黒岩一家の子分たちに酒を運んでいたお志乃が、子分たちからからかわれ、廊下に逃げて来る。

そこに通りかかった源次は、女将さんが呼んでたぜとお志乃に噓を言い、その場を去らせると、突っかかって来た子分たちを睨みつける。

邪魔に入った源次の衿口を掴んで凄もうとした三下だったが、やるか?と睨みつけて来た相手の異様な迫力の前に急に萎縮してしまう。

そこにやって来た松五郎は、子分たちを叱りつけて座敷に戻すが、その場を離れて行く源次の事をじっと見守っていた。

その騒ぎを風呂上がりに見かけた大八が、すっきりしたもんやな〜!まるで大前田英五郎か国定忠治だと感心すると、違う!忠治は去年死んだ!と先ほどとは正反対のことを言い出す。

そんな大八たちと源次の部屋の前で鉢合わせになったのはお千代だった。

彼女も今の騒ぎを観ており、源次の部屋の中に入り、地盤はこの店の娘のお千代と名乗ると、お客さん、どのくらい強いんですか?といきなり聞く。

驚く源次に、黒岩一家をやっつけて欲しいんですとお千代は頼む。

お母さんは宿を取られます。岡っ引きの藤兵衛さんは十手を取られます。その息子の佐太郎さんも私もみんな困っているんです。どっかの親分さんでしょう?と子供のような無邪気さでお千代が言うので、源次は、そんなもんじゃねえんだ。勘弁してくれ!と言うと、逃げるように部屋を出て風呂に向かう。

すでに、夜更けだったので、露天に浸かっていた先客は、1人だけだった。

その先客とは藤兵衛で、夜中に湯に入るのが大好きなんだと、初対面の源次に笑いかけて来る。

明日もよい天気になりそうですねと源次が答えると、祭りは無事にすませたいと藤兵衛が言うので、何か気になることでも?と聞くと、ちょいともめ事が起きるような気がしてね。忠治親分や巳之吉さんがいたことは、こんな心配はしなくて良かったんですがねと藤兵衛は苦笑しながらも、じっと源次の左肩の刀傷を観ていた。

巳之吉さんを訪ねて来なすったそうじゃねえか?と藤兵衛が聞くと、そうじゃねえんで…、健坊に誘われて厄介になっているだけで…と否定する源次。

その頃、もう寝ていた健太が急に目を覚まし、側にいたお志乃に、ちゃんの夢を見た。ちゃんが独楽を作っているんだと言うと、母ちゃん、あのおじちゃん、独楽作っていたかい?と聞く。

大丈夫よとお志乃は答え、明日は父ちゃんの命日だから、安楽寺にお参りに行かなくちゃねと言い、寝かしつける。

嘉永15年12月と命日が刻まれた墓にやって来たお志乃と健太は、先に来て墓に手を合わせていた源次を発見する。

その頃、藤兵衛は自宅の仏壇の前で、長岡忠治の人相書きを取り出してじっくり観ていた。

そこにやって来た佐太郎が、何だい?そりゃあ?と言いながら人相書きを覗き込み、とっくにお仕置きになっている身じゃねえかと呆れる。

不思議なことに、処刑された忠治は身元を良く調べられたと言うが、左肩の傷が新しかったと言う。さらに、持っていた脇差しは、小松五郎義兼のものじゃなかったらしいんだ。おかしいと思わないかと藤兵衛は、気になっていることを明かすと、は笑い、忠治くらいなら、刀の2、3本持っているだろうし、傷の新しい古いなんて誰にも分かるもんか。今頃そんな事言ったら笑われるぜと言うと、悪いことは言わないから、十手は譲った方が良くはないかい?と又勧める。

しかし藤兵衛は、嫌だと言う。

翌日、源次は健太の雀取りに付いて来ていたが、雀が怖がって寄り付かないと健太に文句を言われたので、苦笑しながら、近くで見守っていたお志乃の側に来る。

お志乃は憂い顔で、何故あなたはこんなに親切にして下さるんです?夕べのことも、今日、うちの人の墓に参って下さったことも…と聞いて来るが、源次は何も答えず、取れた!と喜んだ健太の元へ行ってしまう。

その日は、「つくも神社」の祭りだったので、豆吉、小助、大八、江東らはそれぞれの店を出していたが、そこにやって来た黒岩一家の子分たちが、今年からここは自分たち黒岩一家が仕切るので、所場代を払えと言って来る。

大八たちは困惑し、居合い斬りの江東に頼ろうとするが、その江東、とても俺1人の手に余ると言い残し、すごすごと逃げ出してしまったので呆れる。

そんな町に、雀が捕れたぞ!と喜びながら戻って来たのが健太とお志乃、源次らだったが、その源次に近づいて来たキツネ面の浪人が、ちょっとお耳に入れておきたいことがあって…と言いながら、何か耳打ちすると、先に帰ってもらおうかと源次はお志乃に声をかける。

その頃、源次の部屋に勝手に忍び込み、源次の刀を調べてかけていただったが、そこにやって来たお千代が、お客さん!と声をかけ、祭りが大変なのと知らせたので、慌てて刀を床の間に起くと、神社へ出向くことにする。

「つくも神社」では、黒岩の子分たちが、境内で商売をしようとしていたものたちから、今日は2分出せと言っていた。

それを聞いた大八などは、明日はさらに倍取られるそうやから、それやったら商売にならん。帰ろうと言いだしていた。

それを見ていた佐太郎は、酷えなあ〜と、黒岩一家のやり方に呆れていた。

そこに十手を下げてやって来たのが藤兵衛だったが、応対した松五郎は、年寄の冷や水は止めとけと嘲る。

藤兵衛がそれでも向かって来ようとすると、黒岩の子分たちが藤兵衛に殴り掛かって来る。

佐太郎が慌てて駆けつけると、源次もやって来て、腕を痛めたらしい藤兵衛を連れて帰んなと佐太郎に声をかける。

そして、藤兵衛と佐太郎が神社から去ると、松五郎の前に来た源次は、この場はあっしに裁かせてもらえませんか?と頼み込む。

松五郎は、先生を連れて来てておくんなせえと頼むと、組の用心棒としてやって来た相良伝十郎(戸上城太郎)を源次について行かせる。

源次は、境内にいた商売人たちに、みんな早くしねえと、夜に間に合わなくなるぜと声をかけ、相良と共に神社を出て行く。

そこに、姿を消していた江東が戻って来る。

近くの竹林の中に来た相良は、刀を抜くと、竹を斬って脅すが、その竹を拾い上げた源次は、その切っ先を相良ののど元に突きつける。

そして、命のやり取りか、金の受け取りかどっちにする?と源次が聞くと、その迫力に負けた相良は、刀を鞘に治め、金をもらうと返事をする。

源次は自分の巾着袋を取り出すと、ここに10両ある。今日の所場代だと言う。

その夜、「つくも神社」の境内では、賑々しく祭りが始まっていた。

しかし、松五郎は、所場代をもらって「みのや」に戻って来た相良に、こんな金を取る為に先生を呼んだのではないと文句を言っていた。

網を破ろうとする魚もいますからね〜と松五郎が謎をかけると、十手か?と相良は気づいたようだった。

それから…と言い、松五郎は、「みのや」の二階の角部屋を見上げる。

そこは源次の部屋だった。

部屋に戻って来た源次は、完成した独楽を回してみていたが、その時、ふと床の間に置いていた脇差しの位置が違っていることに気づく。

刀を抜こうとしてみると、握りの部分が外れてしまう。

その頃、お千代と共に家に怪我した藤兵衛を連れて帰っていた佐太郎は、父っつあん、いつまで意地を張っているんだい?十手を金にさえしてしまえば、寺銭にもなるし、「みのや」の借金も返せるじゃねえかと話していた。

それを聞いた藤兵衛は、おめえ、それほど考えていたのか…と感心する一方、それでも、黒岩は一筋縄でいくような奴じゃねえ。わしが十手を譲る相手はおめえしかいねえんだ!と言うので、俺には分からねえ!そんなものいらねえ!と家を飛び出して行き、お千代もその後をついて行く。

1人になった源次の家にやって来たのは源次だった。

それに気づいた藤兵衛は、何もないが、地酒でも飲んで行ってくれと喜んで源次を上げるが、厳しい顔をした源次は、父っつあんに観てもらい手えものがあるんだと言い、持って来た脇差しを差し出して見せる。

あっしがそんなもん観てどうするんだ?と、藤兵衛はしらばっくれるが、観る、観ねえを決めるのは父っつあんだ。とっくり観ておくんなせと言いながら、源次は脇差しを抜いてみせると、人を斬った刃こぼれも1つや2つじゃねえ…、席の住人、小松五郎義兼さ、忠治が生涯腰から放さなかったものだと言ったらどうする?と源次は睨む。

俺のような素人に本物か偽ものか分かるはずがない。そんなものは観るものの心次第…、本物と思えば本物、偽ものと思えば偽もの…などと藤兵衛がはぐらかすので、俺が知りたいのは父っつあんの心だと迫る源次。

皆目見当もつかない。源次さん、勘弁して下さいと藤兵衛が頭を下げたので、じゃあ父っつあん、一杯ごちそうになろうかと源次も表情を和らげたので、ありがとうよ!と藤兵衛も喜び、酒を注いでやる。

「つくも神社」では、黒岩一家に手も足も出なかった佐太郎が、仲間たちからバカにされ、おめえたちなんか黒岩一家にでもなっちまえ!と追い返すのが精一杯だった。

やっぱりおいらの手に負えねえ…とふさぎ込んだ佐太郎を、そんなにしょげるなんて、佐太郎さんらしくないわと慰めるのはお千代だけだった。

気分を変え、2人は境内で行われていた踊りに加わる。

そんな佐太郎に、止めろ、止めろ!景気付けに太鼓を叩いてくれと声がかかり、お千代も、佐太郎さん、元気を出して!と言われたので、佐太郎はやぐらに登り、得意の太鼓を叩き出す。

その音は、藤兵衛と酒を酌み交わしていた源次の耳にも届く。

随分、生きの良いバチさばきだと感心する源次に、倅の佐太郎 だと嬉しそうに教える藤兵衛。

この祭りは無事にすませたいなと語りかける源次に、聞いてくれるかい?と藤兵衛が昔話を始める。

40年前のことだ。俺は芸もなければ才もない、どさ回りの芸人だった。

食うや食わずのコ○キ暮らし。

その中で赤ん坊が生まれた。

女房も病気で死んでしまい、にっちもさっちもいかなくなり、上州の国立村浄念寺の前に赤ん坊を捨てた…、今日のように祭り囃子が聞こえる晩だったと言う。

それを聞いた源次は驚いたようで、もう1度寺の名前を言ってくれと頼む。

藤兵衛が再び寺の名を言うと、思わず立ち上がる源次。

とんだお邪魔をしましたと言い残し、帰ろうとした源次に藤兵衛は、源次さん、待ってくれ!酒はまだ残っている。せめてもう半時付き合って下せえとすがる藤兵衛。

仕方なく、源次は承知をして座り直すしかなかった。

健太は、母親のお志乃と共に神社へ向かう。

あの時捨てた赤ん坊の名は…と言い、藤兵衛が仏壇から持って来た位牌には「俗名 忠吉」文化7年生と書かれていた。

あの子は今どうしているか?他人の中で惨い目に遭っているのではないか?と思い悩む日々を過ごしていた時、忠治親分の名前を聞いた。忠治も40才で、素性の知れない捨て子だったと聞く…と藤兵衛が切々と訴えると、同じ年なんて、掃いて捨てるほどいるんだ。忠治なんて赤の他人だと思うよと源次は笑う。

だって、仏壇の中にいるのは母だと思ってるんだ。子を捨てた俺が、貰い子をするなんて…、詫び心から出たことで、観音様にお線香を上げているようなもので…と藤兵衛は打ち明ける。

神社では、健太とお志乃が楽しそうに踊っている。

ねえ父っつあん…、捨てられた子より、捨てた親の方がどんなに苦しかったことか…、そう気がついたときから、忠治は貧乏人の為に働こうと決心したに違いねえ…と思うんだがな…。分かってやって欲しいよ…と答えた源次は今夜限りかもしれねえ…と言い、もう一杯酒をねだる。

そして、藤兵衛が注いでくれた酒を飲み干した源次は、この味は一生涯忘れません!父っつあん、身体を大切に!長生きして下さいと言い、立ち上がる。

おめえさんもな…。もう行きなさるか…と名残惜し気に答える藤兵衛。

名残は尽きません。おさらばです…と言い残し、源次は帰って行く。

1人残った藤兵衛は、じっと小さな位牌を見つめる。

源次が出て行ったのを物陰から監視していた相良伝十郎は、忠治の人相書きを取り出し、囲炉裏にくべようとしていた藤兵衛の家に入り込むと、刀を抜いて迫って来る。

一方、村外れのお堂の所で、黒岩組の子分たちが待ち伏せているのに気づいた源次は、異変を察知し、町へと戻る。

「つくも神社」の屋台で太鼓を存分に叩いた佐太郎は、すっかり気分も直り、お千代の元に戻って来ると、お母さんも祭りの日に死んだんだってさと打ち明け、ちょっと家に帰ってくらあと言い残して帰る。

藤兵衛の家に戻って来た源次は、囲炉裏の前で仰向けに倒れていた藤兵衛に気づき驚いて駆け寄る。

父っつあん!俺だよ!父っつあん!忠治だ!倅の忠治だよ!と抱き起こしながら呼びかける。

すると、目をつぶっていた藤兵衛はうっすら目を開き、忠治の顔を見て微笑むと、ゆっくり息絶える。

そこに戻って来たのが佐太郎で、死んでいる藤兵衛に気づくと、畜生!やりやがったな!と忠治を睨んで来る。

違う!観ろ!と、落ち着いて刀を抜いてみせた源次こと忠治は、父っつあんの血の痕があるか?と言い、佐太郎、これは誰の位牌か知ってるか?父っつあんが何故これを作ったか、訳を聞かせてやろう…と忠治は言う。

その頃、神社に来ていた黒岩の松五郎の元に、忠治の姿を見失った子分たちと相良が戻って来ていた。

いら立った松五郎は、子分たちと相良に、もう1度源次を探して来いと追いやる。

それを見ていた大八たちは、どないなるねん?とことの進展を見守っていた。

町中探しまわる子分たちに気づいたお志乃は、慌てて源次の部屋に知らせに向かうが、部屋には袖を通してない浴衣が置いてあるだけだった。

その頃、源次こと忠治は、巳之吉の仏壇の前に来ていた。

先に寝ていた健太の枕元には、出来上がった独楽と巾着袋が置いてあった。

湯飲みに酒を注いだ忠治は、巳之吉!あの世までも、とことん、この盃だ!飲めよ!と仏壇に語りかけ、一杯自分で飲んだ湯飲みを置いて出て行く。

すると、そこに戻って来たお志乃が立っていることに気づく。

黙って立ち去ろうとする忠治に、親分さん!国定の親分さん!とお志乃が呼びかけて来たので、忠治は1年前に死にましたと答えた忠治は、お志乃さん、お前さん、まだ忠治を恨んでなさるんだろうね?と聞く。

いいえ…とお志乃が答えると、そうかい…、それを聞いた忠治がどんなに喜んでいることか…と言う忠治。

嬉しゅうございます。死んだ巳之吉も喜んでいると思いますと頭を下げるお志乃に、男は横綱独楽のように、しっかり強く立ってろ!と健坊に言ってやっておくんなさいと言うと、その場を立ち去って行く。

その直後、黒岩の子分たちがやって来て、源次が来なかったか?と聞くが、お志乃はいいえときっぱり答える。

結局、源次を見つけられず、松五郎の元に子分たちが戻って来ると、そこに佐太郎も駆けつけて来て、一大事だ!親父がやられた!源次にやられたらしいんだ!親父に正体を見破られたんで、口封じに殺されたらしく、親父はこれを握りしめていたんだと言いながら、松五郎に忠治の人相書きを見せる。

確かに似てるな…と、松五郎も人相書きを観て呟き、佐太郎に手配してやるぜと約束する。

すると、その佐太郎は、嬉しそうに、居所はあっしが知ってますぜと言い、松五郎や子分たちを煽動して神社を出て行く。

その様子を観ていた大八たちは、何か変な様子やで…と顔を見合わせ合うが、そんな中、江東がこっそり神社を後にしたに気づいた大八は、おかしな奴やな?と首を傾げる。

佐太郎が松五郎たちを連れて来たのは、村外れのお堂だった。

付いてきた相良が刀を抜き、お堂の前に近づくと、中から忠治が姿を現す。

忠治は飛び出したかと思うと、一太刀で相良を倒す。

そして忠治は、町の人に怪我をさせちゃいけねえので、ここまで来てもらったんだと松五郎に刃を向ける。

松五郎は、藤兵衛から奪い取っていた十手を差し出し、忠治、神妙にしろ!と迫るが、忠治は、迫って来た松五郎の身体を後ろに押しやり、佐太郎!と呼びかける。

佐太郎は父の仇松五郎を突き殺す。

そこに駆けつけて来た江東と豆六が、他の子分たちを倒して行く。

黒岩一家が全滅すると、佐太郎!おめえの今夜の働きに、父っつあんもきっと喜ぶだろう。立派な目明しになってくれ。さあ、行って、太鼓を叩いて来い。急がねえと夜が明けるぜと忠治は佐太郎に語りかける。

耐えきれなくなった佐太郎が忠治に抱きついて泣き出す。

何でぇ、男じゃねえか!泣く奴があるか!と笑い、忠治が立ち去って行くと、江東と竹槍を持った豆六も黙って後をついて行く。

残された佐太郎は、兄さん!兄さん!と、その後ろ姿に呼びかける。

その後、神社に戻った佐太郎は元気良く太鼓を叩き、お千代がその下で楽しそうに踊っていた。

朝、峠から、磯辺の町を見下ろす忠治は、聞こえるな、佐太郎の打つ太鼓の音だと呟く。

又昔のような静かな町になりますぜと江東が後ろから語りかけると、いつまでも続いて欲しいものだ…、行こうか?と忠治はお供の二人に声をかけ、3人はその場から歩き始める。


 

 

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