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晴子の応援団長

十代中頃の鰐淵晴子主演で、上映時間64分の中編映画。

作品の発想は、戦前の「秀子の応援団長」(1940)辺りから来ているのかも知れない。

鰐淵晴子は、当時、実年齢と同じような高校生役と鑑別所上がりの不良少女の二役をこなしている。

正に可愛い盛りで、「ノンちゃん雲にのる」の時のように、唐突にバレエを披露するシーンもある。

親もなく、小学校も中退と言う設定のマリーが、バレエが踊れると言うのもちょっと不思議な感じがするが、幼い頃に習い覚えたか、独学で見よう見まねで踊っている…と言うことなのかもしれない。

鼓笛隊のユニフォームのような応援コスチュームや、野球のユニフォーム姿の晴子ちゃんも可愛らしく、この辺は後のアイドル映画風のサービスなのかもしれない。

二人が同じ画面に登場するシーンは、吹き替えの背中と顔が見える本人を使ったものと、合成で両方の顔を同時に見せているケースがあるのだが、白黒作品と言うこともあって、合成技術は今見ても巧い。

さらに、マリーが結婚式の夢を見るシーンなど、ウェディングドレスの肩の部分にエンジェルの可愛らしい刺青が浮かび上がるシーンなども感心するくらい巧い。

脚本が、後の大映の昭和ガメラや、日活の若水ヤエコ主演の女中シリーズなどでお馴染みの高橋二三さんだけに、この作品も泣かせる名品になっている。

親がないマリーが、ひょんなことから別人の親と初めて同居してみて、初めて親のありがたさや優しさを知ると言う辺りも良い。

一緒に顔を合わせるシーンはないが、お馴染みの若水ヤエ子と柳谷寛が共に出ている所などは、つい東映版「月光仮面」を連想してしまう。

竹脇無我がちらっとゲスト出演のように出ているのも意外。

意外と言えば、色っぽい芸者役のイメージが強い藤間紫が、ちょっとヒステリックな所がありながらも、心根は優しい普通のお母さんを演じている所もだろう。

お父さん役は、この頃の売れっ子脇役だった十朱久雄さん、いかにも頼りなさそうというか、優しいイメージで、十朱幸代さんのお父様である。

いわゆる2本立てプログラムピクチャーの添え物だったのだろうが、今観ると、こういう小品になかなか良いものがあることに気づく。

ただし、今、1本立てで上映しても、なかなか客を集めるだけの興行力があるようなタイプの作品ではないのだが…

この当時の鰐淵さんは、正にアイドル級の愛らしさで、売れっ子だったことが容易に想像出来る。

特に当時の松竹の新人女優さん、例えば、岩下志麻さんや倍賞千恵子さんなどは、和風…と言うか、ちょっと寂し気なイメージがある顔つきで、鰐淵さんのような屈託のない正統派の美少女は少なかったような印象もあるだけに、貴重な存在だったのではないかと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1962年、松竹、高橋二三脚本、酒井欣也監督作品。

教会のある「柿浜鑑別所」の塀の横を歩く不良少女たちの一団。

その内の1人が、道に落ちていた煙草の吸い殻を見つけ、全員がそれを拾おうと集まり騒ぎだしたので、散歩に同行していた補導員が制止し、もう1人の補導員は吸い殻をちぎって踏みつけ、吸えないようにして少女たちを叱りつけ整列させる。

そんな様子を、列から1人離れてバカにしたように見つめていたのは、天使のマリー(鰐淵晴子)と呼ばれている女ペテン師だった。

昼休み時間、金網にもたれて口笛を吹きだしたマリーに合わせ、周囲にいたダチたちも口笛を吹き始める。

その時、看守が手紙だ!と声をかけると、女囚たちは一斉に看守の元に駆け寄る。

家族からの手紙だったからだ。

しかし、金網の所にいたマリーだけは動かなかった。

彼女には手紙を寄越す家族すらいなかったからだ。

そんなマリーの気持ちを察したのか、近づいて来た補導員の松谷先生(柳谷寛)は、気を落とすんじゃない。先生がついているからねと優しく慰めると、マリーは、わっと先生の胸にすがりついて泣き出す。

松谷先生は、君もいつか幸せな家庭を持てるよ…となだめるが、嘘泣きをしていたマリーが松谷先生のズボンのポケットから煙草を盗み出すのには気づかずそのまま戻って行く。

建物内に入り、煙草を探った松谷先生は、初めて、やられた!と気づく。

その頃、火気厳禁の看板がかかったタンクの横の金網の所で、ごっつあんです!と言いながら掏ったタバコを吸うマリーに気づき、駆け寄って来る不良少女たち。

マリーは、残りの煙草をその連中に向かって放り投げる。

タイトル

その夜、マリーは塀を越えて外の道に出ると、バレエを踊りながら楽しそうに逃走する。

「国光」リンゴを積んだトラックの荷台に忍び込んだマリーは、翌朝、国立競技場の聖火台横で目覚めると、又、バレエを踊りながらニコライ学院から出て来る尼さんの列を横切り、線路の上を渡って歩いていたが、その時、向かいの線路に1人の少女が入り込み、列車が迫って来ていたので、驚いてその少女を草むらに突き飛ばす。

バカ!あんなことするなんて、一体どんなツラしてやがるんだ!とマリーはうつぶせに倒れた少女を叱りつけるが、顔を上げた少女がマリーの方を見上げると、互いに凍り付いてしまう。

何と、助けたその少女は、マリーと瓜二つだったからだ。

岡部晴子(鰐淵晴子=二役)と言うその少女は、驚きから醒めると、どうして助けたの…と恨めしそうに言うので、じゃあ、この次の電車で死ねば良いよ。見ていてやるからさ!とマリーは啖呵を切る。

あんた、ドヤはどこさ?家族いるんだろう?とマリーが聞くと、私、帰れないのと言う。

それを聞いたマリーも、あたいなんか帰る家も家族もない天涯孤独さと打ち明け、急に何かを思いついたのか、あんた、あたいと入れ替わるんだよ!あんたが鑑別所に戻れば良いと言い出す。

しかし、晴子は、でも、お互いの過去のことを知らないじゃないの!と言うので、自動車に撥ねられて、記憶をなくしたってことにすれば良いのさとマリーは提案する。

晴子の着替え終わったマリーは、あたいは左肩に刺青があるから気をつけるんだよと注意してその場で2人は別れる。

晴子から聞いた自宅の辺りにやって来たマリーは、そこにいたおじさんに、「岡部運動店」って知らない?と聞くと、そのおじさんは怖い顔して、晴子!自分の家を親に聞く奴があるか!お前は、自殺するなんて置き手紙を置いて行って!と怒って来たので、そのおじさんこそ、晴子の父親岡部辰吉(十朱久雄)だった事を知る。

マリーは、計画通り、自動車に撥ねられて…、怪我は大したことなかったんだけど、記憶がなくなったの…と噓を言ってごまかしたので、辰吉は信じられない様子ながら、すぐ側にあった運動具店に連れて行く。

家の前では、晴子の母親の菊枝(藤間紫)と女中のトミ子(若水ヤエ子)がおろおろしながら、若い衆に晴子を探すようけしかけていた所だった。

店の前にある「スタンドキッチン 前川軒」から、息子の前川俊介(山下洵二)も出て来て、心配そうに晴子を出迎える。

居間には仏壇があり、そこんじは野球のユニフォームを着た青年の写真が飾られていた。

菊枝は、1人息子に死なれたばかりなのに、又1人娘に死なれたらどうしようかと思ったよ…とマリーに話しかけて来る。

記憶をなくしたと言うマリーの言葉を信じた辰吉は、アルバムを持ち出して、マリーに今までの晴子の姿を見せる。

兄の一郎(竹脇無我)は子供の頃から野球好きで、向かいの俊介君とバッテリーを組んでいた。

そして、2人一緒に城南大に入学し、同じ野球部に所属。

俊介君はレギュラーになったけど、一郎は補欠だったので、春のリーグ戦目指し、一郎はお前と一緒にバッティングの練習に励んでいた。

お母さんは、城南大が優勝したら、店の名前をホームラン商会に代えるのが楽しみだった。

(回想)そんなある日、裏庭で素振りをしていた一郎が、ちょっと胸の異変を訴えたので、それを観ていた辰吉は、お前、心臓弁膜症の恐れがあるって、かかりつけの先生が言ってから無理しない方が良いんじゃないか?と注意すると、その場にいた晴子は、あの先生は、父さんのことも誤診していたからあてにならないわと反論する。

しかし、その後、晴子に誘われ、練習しに行った原っぱで一郎は倒れたんだ。

自宅に運び込まれた一郎は、家族や俊介も見守る中、リーグ戦、1回くらい勝ちたかったよ…と言い残し息を引き取る。

(回想明け)お前は、兄さんを殺したのは私だって言って、家を飛び出したんだ…と辰吉は説明する。

なるほどね〜、それじゃあ、死にたくなるのも分かるわ…とマリーは人ごとのように言う。

その後、記憶喪失になったと言うマリーは、父親に連れられて医者に診てもらいに行くが、レントゲンの頭部検査などでは特に異常なしと言う結果が出て、ショックで失った記憶は同じようなショックで蘇る可能性もあると説明される。

翌朝、ベッドで寝ていたマリーは、女中のトミ子に、学校に遅れますよ!と起こされ、私、学校に通ってるの?と驚く。

それを聞いたトミ子は、覚えていることと言えば、寝ることと喰うことだけなんですね〜…と呆れる。

その言葉通り、朝から凄い食欲を見せたマリーは、辰吉から小遣いを渡され、ごっつぁんです!と手刀を切ってしまい、菊枝から、何の真似です!と叱られる。

そこへ、トミ子が大変です!と言いながら飛び込んで来る。

何事かと表に出てみると、向いの「前川軒」が「ホームラン亭」に看板を付け替えているではないか。

それを観た菊枝は、自分がつけようと思っていた「ホームラン」と言う言葉を先に付けられ怒りだす。

その後、マリーはトミ子に学校まで付いて来てもらう。

学校がどこにあるか分からなかったからだ。

そんなマリーを晴子と思い込んだ友達たちが声をかけて来るが、トミ子から記憶をなくしたと聞くと、イカす!と喜ぶ女の子がいた。

何でも、1000円借りていたからだと言う現金さだった。

英語の授業中、小学校中退で、全く理解出来ないマリーは退屈し、タバコを吸うポーズなどして時間を潰していたが、それを先生に見つかり、教科書を読んで見なさいと言われてしまう。

全然読めないでいると、後で職員室に来なさい!と言われてしまう。

マリーは、こんなことならすぐにも追い出されるに違いないと落ち込むが、友達がやって来て、今、晴子のお父さんとお母さんがお医者さんの診断書を持って学校に来たので、晴子が記憶喪失だって学校側も分かったそうよと教えてくれる。

それを聞いたマリーは、私、毎日来て良いの?ご機嫌!と喜び、庭に飛び出すと、友達と一緒にフォークダンスでを踊りだす。

踊りは忘れてないのねと友達からからかわれるが、今日は城南大の試合があるわよ。前川君も出るので応援に行かない?と誘われる。

早速、友達と一緒に野球場に応援に向かった晴子だったが、自分が座った後ろの席に、どこかの令嬢のような人と付き添いの男が座り、その人も前川君を熱心に応援し始める。

マリーは友達に、後ろの人誰だっけ?と聞くが、友達も知らない人だった。

気になるスケね…とマリーは、そのお嬢さんを意識するようになる。

その後、敵応援団の様子を観ていたマリーは、いきなり自分も応援台に上がり、フレー!フレー!城南大〜!と呼びかける。

それを観ていた友達たちもみんな並び、全員で応援の踊りを始める。

それを見ていた城南大の吹奏楽部も、一斉に応援の音楽を演奏しだす。

その応援のお陰か、城南大は無事勝利を納める。

控え室に戻って来た城南大メンバーにマスコミが殺到する中、マリーと友達も近づくと、それに気づいた俊介が、君たちの応援のお陰で勝てたよ!と礼を言うと、先輩たちに、これから野球道具を買うときは晴子ちゃんお店で買ってください!と声をかけて廻る。

そのお陰で、その日の「岡部運動店」は開店以来の大繁盛だった。

帰って来たマリーは、俊介さんが口を聞いてくれたのよと教えると、菊枝は急に怒りだし、向いの「ホームラン亭」に乗り込むと、俊介の父親前川善助(坂本武)と母親しげ代(桜むつ子)に、御節介は止めて頂きましょうと因縁を付けに行く。

店の名前も勝手にホームランを使って!などと言うので、店の名前を何にしようと勝手じゃないか!と怒った善助は、しげ代に塩を持ってこさせると、帰って行った菊枝に向かって塩を撒く。

自宅に戻って来ても、俊介さんを応援するなんて!兄さんに謝りなさい!などと菊枝はマリーに文句を言うので、人の親切は素直に受け取るもんよ!と言い返したので、私は、親に向かってそんなことを言うような子を産んだ覚えがありません!と菊枝は叱りつける。

すると、売り言葉に買い言葉で、マリーの方も、私だって、産んでもらった覚えはないわ!と口答えしたので、思わず菊枝はマリーの顔を叩いてしまう。

自分の部屋に飛び込んだマリーは、偽者が居着く所じゃない。今の内、トンズレするか…と悔し紛れに考えていた。

娘を叩いたことを後悔していた菊枝は、晴子の好きなケーキを持って行って謝ろうとしていたが、それを観た辰吉は、5つや6つの子供じゃあるまいし…、こんなことで機嫌が直る訳ないだろうと呆れる。

マリーは部屋の鳥籠の中の小鳥に、あたい、天使のマリーって言うんだよと語りかけていたが、そこへ菊枝がケーキと乞う茶を持って、すまなそうに入って来ると、晴子…、ごめんね。お母さん悪かった…と謝るので、知らん振りして窓の外を観ながら口笛を吹き続ける。

これ、食べてね…、本当に悪かったね…と謝りながら、菊枝は部屋を出て行く。

その途端、ケーキを頬張ったマリーは、嬉しそうに、お母さんって良いものなんだな…とソファに寝転んで呟く。

戻って来た菊枝に辰吉が、素直に受け取ってくれたかい?と聞くと、あの子、口笛なんか吹いて…知らん振りするのよ…と菊枝は哀しそうに答える。

そんな菊枝に辰吉は、風呂にでも入って来なさいと慰める。

菊枝が浴室に入った時、二階からマリーが下りて来て、お母さんは?と聞いて来たので、辰吉は、お風呂だと教える。

すると、浴室を覗いたマリーは、先ほどはどうも…と照れくさそうに挨拶したので、それを観た菊枝は、許してくれるかい?と聞く。

頷いたマリーは、お母さんと呼び、な〜に?と言われると、一緒にお風呂入って背中流してやろうか?と言い出す。

それを聞いた菊枝は、本当かい?最近はちっとも入ってくれないので、年頃だって思っていても、本当は寂しかったんだ…と嬉しそうに答える。

感激した菊枝は、お父さん!晴子が背中流してくれるんだって!と声をかけたので、じゃあ私も入ろうか!と辰吉も調子に乗るが、それはさすがにマリーに停められる。

しかし、洋服を脱ぎかけていたマリーは、左肩にある天使の刺青に気づく。

そして、お湯に入るの中止!ちょっと具合が悪くなったから…と言い出したので、がっかりした菊枝は、この先もかい?と聞くと、ずーっとダメなの!と答えたマリーは急いで二階に上がり、バレるかと思ったよと籠の小鳥に話しかけ、タバコを吸い始める。

噓でも親子ごっこって良いもんだ!とマリーは満足げだった。

一方、柿浜鑑別所にマリーとして戻った晴子は、他の仲間から無理矢理モクを勧められ必死に断っていた。

その時、ドアの所にいた見張りが口笛を吹いたので、起きていたみんなはベッドの毛布の中に潜り込んで狸寝入りをする。

そこに入って来たのが松谷先生で、みんなの寝姿をチャックし、別んもベッドで寝ている子を見つけると、元のベッドに戻るよう注意する。

寝た振りをしていた晴子は、横に寝た振りをしていた仲間から、いつものように松谷先生からモクを調達して来いと言われたので、思い切って松谷先生に近づくと、先生、私を家に帰して下さい。私は天使のマリーじゃないんです。記憶喪失でもないんですと訴える。

そして、晴子は自分の左肩を見せ、刺青ないでしょう?と証明するが、それを観た松谷先生は、最初から偽の刺青を入れておいて、後から消したんだろう?先生、もうそんなペテンには乗らないからねと笑って相手にしない。

マリーと級友たちは、お揃いの応援ユニフォームを作って、次の城南大の応援をするようになっていた。

その試合中、打球を追ってバックグランドに衝突して何とかキャッチした俊介は、肩を痛め、全治2週間と診断されてしまう。

もはや、優勝戦に出られる可能性は絶たれたかに思えた。

そのニュースをテレビで観ていた菊枝は、このコンビは付いてなかったんだね…とため息をつく。

そこに又、女中のトミ子が走り込んで来て、向いの旦那が、株で失敗して、見せを手放すんですって!と御注進に来る。

それを聞いた辰吉は、万一晴子が向うの家に嫁になんか行ってなくて良かったな。こっちまで損害を被る所だった…などと心ないことを言う。

それでも晴子は、俊介がいる向いの家の部屋の窓から中に入り込み、肩、マッサージしてあげようかと声をかける。

すると、人が変わったように落ち込んでいた俊介は、肩なんて、もうどうでも良いんだよ。僕んちもう破産なんだし…、大学も辞めようと思ってるんだ…と弱音を吐くので、思わずマリーは、いくじなし!と言って、俊介をビンタしてしまう。

お金がないんだったら、アルバイトしてでも大学行けば良いじゃないの!あなたにはお父さんとお母さんと言う財産があるじゃない!スポーツマンなら、今こそ本当の勇気を見せるときよとマリーが説得すると、驚いたような俊介は、以前は単なるお嬢さんだと思ってたけど、随分変わったねと感心し、僕は今の晴子ちゃんの方が好きだななどと笑いかける。

自宅に戻ると、売上の計算を算盤で弾いていた菊枝が、マリーに変わってやってくれよと頼んで来たので、算盤なんて出来ないと言うと、前は数学得意だったじゃないか…と菊枝はぼやく。

その時、辰吉が神棚に手を合わせて祈っているので、何を祈ってるの?とマリーが聞くと、お前の記憶喪失が直るようにと祈っているんだと言うので、神様いると思ってるの?とマリーは不思議そうに聞く。

母さんはお前を産む時難産で、三日三晩苦しんでいたけど、わしが神様に祈ったお陰かどうか、無事に産まれたよ。ペニシリンよりはましさと辰吉は冗談めかして答える。

すると、マリーも神棚の前で何事かを祈り始める。

実は、私は煙草をやめますから、俊介さんの肩を直して下さいと頼んだのだったが、その後でマリーは、菊枝の肩を叩いてやるのだった。

ある日、菊枝がケーキと紅茶を持って二階のマリーを訪ねると、ドアには鍵がかかっており、中からは熱心に英語の教科書を読んでいるマリーの声が聞こえて来たので、勉強中だと思い、ケーキを外に置いて行く。

しかし、部屋の中で英語を読んでいたのはテープレコーダーだった。

野球のユニフォーム姿になったマリーは俊介と一緒に外をランニングしていた。

近くのグラウンドで、マリーは俊介のバッティングピッチャーをやってやる。

そこへ、高級車がやって来て、降りて来たのは、前に野球場で会った令嬢由美(藤由紀子)と付き添いの男だった。

俊介は、タイムをかけ、その由美に近づくと、由美は持って来た薬を手渡す。

その後、再びバッターボックスに入った俊介は、マリーが投げた球を撃ち返すが、それがピッチャー返しになり、マリーの足を直撃してしまう。

倒れ込んだマリーに慌てて駆け寄った俊介が、大丈夫かい?と声をかけると、マリーは気丈にも、焼きを入れられたと思えば何でもないよと答え、近くに来ていた由美に向かって舌を出す。

俊介は、良い薬があるんだと言って、今令嬢からもらった薬を取り出そうとするが、それを観ていた由美は、ダメ!それは前川さんの為に持って来たんだから…と意地悪を言う。

ある日、城南大が高校生相手の練習試合をすることになり、マリーと級友たち、そしてあの令嬢と付き添いの男も応援席に来ていた。

しかし、バッターボックスに入った俊介は、肩の調子が悪そうだったので、今日は止めておけと監督からきっぱり言われる。

ある雨の日、マリーが「岡部運動店」に帰って来ると、向いの「ホームラン亭」から、あの令嬢由美が出て来るのを見かける。

自宅に入ると、又女中のトミ子がやって来て、大ニュースですよ!俊介さんの所にプロ野球の社長自ら挨拶しに来たんですって!さっきのきれいな人は社長令嬢で、俊介さんと結婚するんですってよと言うではないか。

さらに、俊介さんの肩の回復次第で、もし決勝戦でホームランでも打てば、契約金の先払いで店の借金を肩代わりしてくれるそうだし、俊介さんは親会社の社員になるんだとも。

それを聞いたマリーは、何だか哀しくなってしまう。

結婚の話は確かなのかい?と辰吉が聞くと、あんなきれいな人ですから、嫌なはずはありませんよ、絶対に!とトミ子は自信ありげに断定する。

マリーは部屋に戻ると、俊介と自分が結婚式を挙げているイメージを思い浮かべる。

すると突然、籠の中のインコが「刺青!刺青!」と鳴き出し、ウエディングドレスの左肩の部分に天使の刺青が浮き出して来る。

そして、霧の中から姿を現した松谷先生が、お前は天使のマリーだ!と指差して来るではないか。

たまらなくなったマリーは俊介の元から逃げると、ウェディングドレス姿のまま、バレエを踊りだすのだった。

現実のマリーは、部屋の窓から、ベランダで雨に濡れた花の鉢植えを哀しそうに見つめていた。

いよいよ、城南大と極東大との優勝戦の日がやって来る。

辰吉は、一郎の奴、出たがっていたな〜と思い出していた。

鼻歌まじりに二階の部屋に掃除機を持ってやって来たトミ子は、ベッドにまだマリーが寝そべって考え事をしていたので驚くが、お嬢さん、政略結婚なんて嫌ですね〜…、俊介さんには今日、カーンとホームラン、打たせてやりたいですねと話しかける。

そして、晴子の机の上に置いてあった一郎の遺影を見ると、一郎さんも気持ちの優しい人でした。冬なんて、私に焼き芋買って来てくれたりして…としみじみと語るトミ子。

トミ子が掃除を終え部屋を出て行くと、立上がったマリーは一郎の遺影をじっと見つめる。

その頃、柿浜鑑別所の少女たちは、身体検査のために外の診療所の前に整列していた。

その中には晴子もおり、付き添いの松谷先生も来ていた。

そんな中、看護婦がワクチンがなくなりましたから…と言いながら車の方へ向かう。

晴子は、隙を観て、その車のトランクに忍び込む。

ワクチンを取りに戻った車と一緒に、まんまと晴子は脱走することに成功する。

仲間たちは、トンズラか!巧いことやりやがったなと感心するが、付き添っていながら逃げられた松谷先生は焦り、そうだ!球場だ!と思いついたので、仲間たちは、案外頭良いねなどと感心する。

優勝戦が始まった球場に駆けつけて来た辰吉は朝方、組合に行くとごまかして来たのだったが、同じく、おばさんの所へ行って来ると言って出かけた菊枝と一郎の遺影も座席に置いてあったのを見て、みんな同じ気持ちだったんだな…と呟き、少し後方に来ていた「ホームラン亭」の夫婦を見やる。

しげ代は隣に座っていた善助に、俊介は出ないんですね…と寂しそうに語りかける。

マリーは応援ユニフォーム姿で応援していたが、球場にやって来た松谷先生の姿を観ると、慌てて、私、着替えて来る!と仲間たちに言って、応援席から離れて行く。

そのマリーの姿を松谷先生も発見するが、そのすぐ後ろから、席に座っていた晴子が立上がってマリーの後を追って行ったので、目を疑う。

裏手でマリーに追いついた晴子は、マリー、私、もう鑑別所は嫌よ!俊介さんも出るかも知れないいんだもの!元に戻して!と頼む。

するとマリーは迷い、後1時間だけ待って欲しいの…、30分でも良いわ…と頼むので、晴子は、じゃあ、この試合が済むまでね…と晴子も承知する。

そこにやって来た松谷先生を見たマリーは、先生…、あたいがマリーだよ。どうやら、あたいの夢も終だね…と呟き、晴子と一緒に側の部屋に入ると、互いに着替えて出て来る。

元の姿に戻ったマリーは、晴子に、早く行きなさい。9回裏に間に合うよ。両親の前ではこうやるのよ!と言いながら、ごっつぁんの手刀の真似をして見せる。

9回裏、バッター、岡本君に代わり、前川俊介君!とアナウンスが聞こえる。

それを聞いたマリーは、先生、一生のお願い!野球を見せて下さい!と頼む。

それを聞いた松谷先生は、マリー、お前、俊介君が好きになったんだな…と呟き、OK、OK、私は騙され易いタチなんだと言ってくれる。

応援席では、社長令嬢由美が父親らしき付き添いの男と共に応援していた。

階段部分に立って試合を見始めたマリーは、打たないで!俊介さん!と乙女らしい願いをかける。

由美は、俊介さん!打って!と声をかけたので、又しても、マリーは打たないで!と心の中で祈る。

その時、俊介は打ち返すが、惜しくもファールだったので、マリーはほっと一息を付く。

その時、本物の晴子が、お兄さんが付いてるわよ〜!と叫び、辰吉と菊枝も、俊介君、頑張れ〜!と声をかけたので、後ろで見ていた善助としげ代は顔をほころばす。

マリーも思わず、俊介〜!と絶叫するが、その声が届いたのか、俊介は大きなヒットを打ち、猛スピードで塁を廻ると、ランニングホームインを決める。

「打って」と「打たないで」のどっちの願いも叶えたような結果に、思わず泣き笑いの表情になるマリー

晴子は、城南大が勝ったのよ!と喜ぶと、横にいた辰吉が、ごっつぁんです!と手刀を切って来たので、晴子は、何、それ?と不思議がるが、一緒にいた菊枝は、あんたが教えたんじゃない!と呆れ、お前、記憶喪失直ったんじゃないかい?医者がまた何かのショックで直るかも知れないって言ってたけど、今のホームランで直ったんだよ!と喜ぶ。

控え室に戻って来た俊介に声をかけようとやって来た晴子と両親は、そこで、由美の父親が、戻って来た俊介に契約書を渡そうとしているのを見る。

二階部分には、松谷先生に連れられたマリーも来ており、下の俊介の声をじっと聞いていた。

そんな中、俊介は、この契約書は辞退させて頂きますと突然言い出す。

たった1本のホームランで人生が変わるなんて…、もしあれがまぐれだったとしたら…、今プロになっても、再び僕の肩が壊れることも考えられる。もっと人間として成長して、まぐれ当たりじゃないと認められたら、改めてプロに挑戦します!

その話を側で聞いていた善助は、母さん、店を手放しても、やり直そうじゃないか…としげ代に言い聞かせていたが、その時、お宅の謝金を私に出させて下さい!と声をかけたのは辰吉だった。

菊枝も、俊介さんは私たちの息子と同じですと言い添えたので、それを聞いた辰吉は、母さん、結婚以来、初めて意見が合ったねと笑いかける。

俊介に近づいた由美は、私はファールだったわねと語りかける。

晴子に近寄って来た俊介は、晴子ちゃん、僕が精神的に成長したのも君のお陰だ。この一ヶ月間の思い出が素晴らしかったからだと感謝する。

その時、他の部員たちが表彰式が始まるぞ!と俊介を呼びに来たので、一緒に連れて行くよと言いながら、俊介は、晴子が持っていた一郎の遺影を借りて行く。

その直後、外に走り出た晴子は、松谷先生に連れて行かれるマリーに駆け寄り、マリー!ありがとう!と声をかける。

幸せにね…と振り返ったマリーは答えるが、その顔は哀しそうだった。

そんなマリーに晴子は、私の家で一緒に暮らしましょう?と呼びかけ、先生、マリーは悪い子じゃないんです!と松谷先生に懇願する。

立ち止まったマリーは、あたいは堅気の家にいるとじんましんが出るんだ。俊介さんに見破られないように、当分、鑑別所式は止めとけよと晴子に注意し、又歩き出す。

そんなマリーの後ろ姿に、晴子は、ごっつぁんです!ごっつぁんです!と何度も手刀を切って感謝する。

暗い表情だったマリーは、急に胸を張ると、松谷先生と一緒に球場を去って行くのだった。


 

 

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