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旗本退屈男 謎の竜神岬

市川右太衛門主演でお馴染みの「旗本退屈男」シリーズの1本で、典型的な往年の正月映画になっている。

細面で長身イケメン時代の里見浩太朗さんや美空ひばりさん、堺正章さんの実父堺俊二さんと言ったお馴染みどころが登場して賑々しく演じている。

ただ内容は他愛無い娯楽とは言いがたく、「天刑病(ハンセン病)」を興味本位に取り扱っているように見え、今なら色々物議を醸し出しそうなトンデモ設定になっている。

昔の時代劇には怪奇趣味として奇病などを使う例も珍しくはなく、その延長線上の発想だったのだと思うが、後半の展開は偽装目的としても今では考えられない発想。

正月の数日後に博多どんたくがあると言うのも奇妙だが、その辺は娯楽映画特有の御都合主義と言う事だろう。

出だしは岬の病舎から怪しげで魅力的なのだが、博多のシーンになるといつもの東映時代劇特有ののんびりムードになりテンポは落ちる。

この時期の退屈男のパターンと言ってしまえばその通りなのだが、今見て特に出来が良い感じにも見えない。

アクションシーンも少ないし、料亭での他愛無い出来事が延々と続くだけで、後半はお嬢の独白がメイン…、ラストの大立ち回りでいつもの爽快さがようやく味わえると言った感じで、肩の凝らない正月映画とは言え、やや作品としてはインパクト不足。

博多が舞台なのに上田吉二郎さんが博多弁らしい言葉を使っている以外は一切登場せず、いつもの江戸の描写と何ら変わりなく、地元の人間設定のはずの里見浩太朗さんもちゃきちゃきの江戸っ子言葉だし、吉本新喜劇の平参平さんは普通に大阪弁でしゃべっているのが不思議。

その平参平さんもまだ若々しいのが驚き。

同じ新喜劇の桑原和男さんや、この作品のレギュラー堺俊二さんなどと同じく、若い頃から老け役のようなキャラが多かったので、実年齢が分かりにくいのだと思う。

この当時の里見浩太朗さんはきれいなだけではなく芝居も達者で、御大を相手に堂々の芝居をしている。

里見さんと東千代之介さんの共演シーンなど、正しく東映美剣士対決と言った艶やかさ、ひばりさんもこの頃は美しさの絶頂期。

竜神岬は絵合成が使われており、当然ながら架空の風景。  
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1963年、東映、佐々木味津三原作、結束信二脚色、佐々木康監督作品。

タイトル(岬の風景を背景に)

見張りの侍が銃を持って警戒している。

「天利病舎  黒田藩」の高札

「第一病棟」

牢に入れられた病人たちが食料の配給を待っている。

洞窟内で、花札のような遊びをやっている役人と異国風の男、それを接待している異国人風の女。

洞窟の牢内で食料を受け取った2人の男たちは、食料係が立ち去ると、床のゴザをめくり、その下に掘っていた逃走用の穴に入り込む。

2人は穴を掘り進めているとやがて手応えを感じ、岩を押すと穴が貫通したので、外へ逃れるが、すぐに見張りの侍に見つかり、斬られた老人漆原祐軒(村居京之輔)は、先生!と助けようとした大橋左内(和崎隆太郎)に、逃げるんだ、みゆきに!と叫び倒れる。

大橋は荷積み用の昇降機に乗りこむと、急に下方へ落下、何とか外に転がり出て脱出に成功する。

見張り役たちも飛び降りて追って来ようとするが、上にいた上役に、逃げました!と報告する。

海に突き出た絶壁を逃走する大橋は息も絶え絶えだった。

その頃博多では、部屋で手紙を読んでいたみゆき(北条きく子)に、安倍川餅を下男伝吉(星十郎)が持って来る。

いただくわと答えたみゆきだったが、栄吉の顎に醤油が付いている事を指摘すると、照れた伝吉は下で顎を嘗めながら、旦那様のお手紙で?と取り繕う。

今年のお正月には帰れると思ったんですけど…とみゆきが手紙を読みながら寂しげに言うので、でもお元気でやってらっしゃるんでしょう?と伝吉が聞くと、ええ、いつもの通りそう書いてある…とみゆきは浮かぬ表情で言うので、どうかしましたかね?と伝吉は戸惑う。

ええ、お父様の字にしてはだんだん乱れてくるような気がして…とみゆきは案じている点を説明するが、その時、誰か来たんじゃない?と外の様子を気にしたので、そうですか?ちょっと見てきましょう、夕べもね、酔っぱらいが道を間違えましてね、どうもいけませんよ、この頃の黒田武士は酒に弱くていけません…などとと余計な事を言いながら伝吉は立ち上がり出て行く。

雪の降る庭先から隣室へ向かった伝吉が、お嬢様!と大声で呼び、大橋さん!と庭先で倒れ込んでいた大橋左内に呼びかけている所にみゆきも駆けつける。

みゆきの顔を見た大橋は、先生は竜神岬に…と言うので、竜神岬がどうしたの?とみゆきは問いかけるが、大橋はそのまま息絶えてしまう。

それに気付いた伝吉は、どうしましょう?これは偉いことになったぞ!と狼狽する。

するとみゆきが、私、言ってみますと言い出したので、どちらへ?と伝吉が聞くと、竜神岬に…、お父様の所ですと美雪は答える。

雪の降る表に伝吉と一緒に出かけたみゆきだったが、すぐに黒服面の賊に取り囲まれたので、間違っちゃ行けないよ、こちらは御城下の医師漆原祐軒先生のお嬢様、みゆき様だよと伝吉は説明するが、賊が刀を抜いたので、お名乗りください!祐軒の娘と知って斬ろうとなさるんですか?と美雪は気丈にも懐剣に手を添え詰問する。

しかし賊は容赦なく斬り込んで来る。 伝吉が必死に石を投げたりして応戦する中、みゆきが逃げ出すと、賊が追って来る。

みゆきは神社の中に逃げ込むが、そこやって来た賊は、相合い傘で拝殿から出てきた2人組に待て!と声をかける。

傘を取れ!女を出せ!と賊が取り囲み、相手が言う事を聞かないので、斬れ!と飛びかかると、傘で応戦した相手は額に三日月傷がある早乙女主水之介(市川右太衛門)だった。

さすがはお国柄、正月の祝い酒にしてはいささか趣味が悪かろうと微笑みながら顔を見せると、みゆきの方に、逃げるよう顔で促し、逃がすな!と賊が追おうとすると、その前に両手を広げて立ちふさがる。

余興も度が過ぎればしつこい!第一野暮と女に嫌われるぞ!と冗談を言った主水之介は、斬り掛かってきた賊に立ち向かう。

祝い酒か、貰い酒か?どうやらゲスの悪酔いだな?…と言いながら応戦していた主水之介は、悪酔いの親玉はおぬしか!と1人の賊に対峙すると、相手は懐から拳銃を取り出す。

どこの風来か知らぬが、祝い酒の悪酔いは貴様の方らしい、悪酔いしたまま冥土へゆけ!と拳銃を突きつけるが、その時、持っていた扇子を投げ相手の気勢を制した主水之介は一刀の元に斬り捨てる。

それを見た賊たちは逃げ去る。 落ちた拳銃を拾い上げ、何事か考える主水之介。

一方、逃げていたみゆきは、お嬢さん!と言って駆けつけてきた伝吉と再会するが、ねえ、今の音、確かに鉄砲の音だわ!あの方にもし…と言い神社に戻ろうとするので、鉄砲か大砲か知りませんがね、こうなったらあっしらの出る幕じゃございません、明日にでも御家老様のお宅をお訪ねして…、とにかく今夜は私に任せて下さい、ね?と言い伝吉はみゆきを留める。

一方、帰り道、懐に入れていた鉄砲を取り出して確認していた主水之介に、殿様!と呼びかけ近づいて来たのは若十(里見浩太朗)だった。 どこへ行ってらっしゃったんです?随分探しましたぜ、さ、参りましょう、親父が待ってますと言いながら傘を差し出す。

正月の博多の町には獅子舞が繰り出していた。

そんな博多の「大吉楼」で、おとら!えらいこっちゃ!大変もええとこやで!お殿様がお越しになったんやで…と慌てて、こたつで按摩に肩をもませていたおとら(清川虹子)の元へ駆けつけたのは主人の久兵衛(平参平)だった。

お殿様…と一瞬考え込んだおとらだったが、大変!お城の若殿様かい?と言うので、あほ!若殿様じゃないわいな、今や52万石の殿様やないかいな、そんな方が正月早々御城下の色町へ出て来るかいな!江戸のお殿様!と久兵衛が説明すると、江戸の?とおとらが不思議がるので、ほら、お前がいつも自慢してるやろ?ほらあの江戸の退屈のお殿様!と久兵衛は言う。

それを聞いたおとらは笑顔で悲鳴を上げて立ち上がり、ちょうとおまえさん、それ本当かい?と聞くので、ほんまやがな、嘘だと思うんなら表に出てみい、先払いの御家来衆がもう来てはると久兵衛は言う。

玄関先に来ると大人数が腰掛けていたので、その仲の老人に、まあ、御用人様!とおとらが駆け寄ると、喜内(堺駿二)は驚き、お前は誰じゃったな?と聞くので、誰じゃったじゃありませんよ、もう何年振りかしら?辰巳の寅奴ですよ!とおとらは打ち明ける。

おお、そう言えば正しくそうじゃ!見事に育ったのう…と喜内も思い出したように、おとらの腕を触りながら、ついでに胸も揉もうとしたので、何やってるんですよ!とその手を払いのけたおとらは、殿様は?殿様どこにいらっしゃるの?と聞く。

待ちに待ったるこの感激!と言いながらおとらは自分の胸に手を当てて胸の鼓動を強調し、どこにいらっしゃるのよ~と聞くと、喜内は驚いたように、殿様はまだ来ておらぬのか?と慌てる。

嫌だ御用人様、殿様とご一緒じゃなかったんですか?とおとらが落胆すると、九州へ渡ったまでは確かにご一緒だったが、わしは小倉の御城下まで殿の代理でご挨拶に寄る所があってな…、そこで別れて…、殿は駕篭で…、もうここへ来てるはずじゃと喜内は言う。

それを聞いたおとらは、あら大変!お殿様、迷子になったのかしら?とうろたえると、ちょいとみんな、早乙女のお殿様を捜してご案内しておいでと家人たちに命じる。

言われた女中は、探して来いったって、私たち、お殿様のお顔知らないんですけど?と言うので、何言ってるんだい、だからお前たちはダメなんだよ、良いかい?早乙女のお殿様はね、天下ご免の向こう傷!三日月の!そりゃ、一目見りゃ分かるんだから…とおとらは説明する。

お優しくて頼もしくて、もう御信頼しちゃうばっかり!又もうそのお召し物の素晴らしさってありゃしないんだから!はあ…思い出すねえ!とおとらは1人で興奮する。

私がまだ「辰巳」に出ていて初めてお会いした時、うぶだったからね、姉さんの後ろでドキドキしていたら、これ、そなたの名は何と申す!で、私は匂うばかりの美しさ、恥ずかしさで、我ながらこう…、はい、寅奴と申します。 そうか?近う進め、はい、遠慮はいらぬぞ、はいって、こうにじり寄って…とおとらは1人芝居を始める。

そして、ちょいと御用人さん!どうしてお殿様を迷子にしたのよ!くやしい!もう…などと喜内に当たる。

そして、よ~し!と言って立ち上がったおとらは、私も探しに行く!みんな、付いておいで!と家人に呼びかけ、喜内を無視して出かけようとする。

その時、暖簾を潜って入ってきたのが主水之介で、鉢合わせになったおとらに、相変わらずおしゃべりの癖が直らんとみえるな?と笑いながら皮肉る。

おとらは、殿様、お懐かしゅうございます!と言いながら、腰が抜けたようにその場にしゃがみ込む。

主水之介は愉快そうに笑いながら、そなたも元気で何よりだとおとらに声をかけると、店内を見渡し、おお、立派なものだな、江戸でもこれほどの構えは数える程だなと褒める。

とんでもございませんとおとらが笑いながら謙遜すると、それにしても博多きっての女将ぶり、「大吉楼」のおとらと言えば、立ち回りなど震え上がるそうだな?と主水之介がからかうと、 嫌ですよ、殿様、誰がそんな口からでまかせなことを?とおとらはまんざらでもなさそうに否定するので、そうかな?しかしここの馴染みの客がそう教えてくれたぞと暖簾を指すと、そこを潜って若十が入って来る。

ああ、鍵屋の若旦那!とおとらが驚くと、女将今年も宜しく頼むぜと若十が挨拶し、さ、殿様、上に行きましょうと主水之介を誘う。

そんな若十は喜内を見て、おっと、爺さん、あんた御用人さん?今その荷物!と指示すると、おとらもみんなお手伝いしてと声をかけるので、殿!この男は何者でございます?と喜内が聞くと、喜内、怒るな、怒るなと主水之介は笑い、さすがに玄界灘で穫れただけあって、生きの良さだけは江戸っ子顔負けだぞと言う。

何しろ、鍵屋十三の倅だと主水之介が明かすと、本当ですか、いつか吉原で喧嘩をふっかけたあのあきれかえった漁師の親玉の…と喜内も思い出したようで、ああ、昨夜久しぶりに会ったが、折悪しく寝たっきり…と主水之介は笑う。

では、昨夜はこの者の家に…、そうでございましたかと納得した喜内は、それは雑作をかけたのと若十に礼を言う。

鍵十がそちの顔を見たいと言っておったぞ、そちも一度訪ねてつかわせとと主水之介が喜内に言うと、はは…と頭を下げた喜内だったが、しかし病気中とは?と聞くと、いや、やり過ぎですよ…と若十が言うので、やり過ぎか…何の?と喜内は聞く。

何でも良いですがね、去年の夏はあの年でここに三日三晩居続けて遊ぶんですからね…、こっちはやり切れないと若十は言い、主水之介を奥へと誘う。

その場に残った喜内は、あの年で三日三晩とな…、こっちも頑張らんとな…と妙な対抗意識を持ち、偉いとこにやってきたなと喜んでいると、ほんまでっせ御用人と言いながら久兵衛がやって来る。

何じゃな、お前は?と喜内が聞くと、はい、ここの婿養子ですと久兵衛は答え、おわけしましょうか?と持っていた壺を見せるので、何を分けてくれるのかね?と聞くと、はい、マムシの粉!と久兵衛はうれしそうに言う。

マムシの粉?と言いながら喜内もうれしそうに壺を受け取っていると、売りの若旦那は?と言い、鍵屋の子分2人が駆け込んで来る。

久兵衛が、奥へと指差すと、そいつは好都合だ!と喜んだ2人はそのまま上がり込んで奥へと向かう。 着替えた主水之介と一緒にいた若十の座敷にやってきた2人は、若旦那、行って参りやしたと報告する。

どうだったい?と若十が聞くと、そいつがどうも…誰もいねえようで…と子分が言うと、何?いねえって!と若十は驚く。 一緒に聞いていた主水之介が、ほお、娘は帰ってないと申すのだな?と念を押すと、へえと子分たちは頷く。

ねえ殿様、その娘、確かに漆原祐軒の娘なんで?と若十が聞くと、間違いない…、するとそこには…と主水之介は何やら考え込む。

その頃、みゆきと伝吉は、家老桜井兵部太夫(山形勲)の屋敷に来ていたが、みゆきの父の漆原祐軒が病に犯されていると聞かされ驚いていた。

医師とは言え3年の長い間、患者と共に暮らしていたのが不運だった…、もちろん御上としても十分療養の手当は致さす。

既に新たな医師も加わっておる。今しばらく辛抱して待っておれ、その間その方には決して不自由はかけんぞ…と桜井はみゆきに言い聞かす。

あの…、父に会えますでしょうか?とみゆきが聞くと、病はただの病ではないぞ、御上のご方針として患者には一切面接を許さんと桜井は答える。

では大橋左内は?父と共にお役に就きました大橋左内は何故あのような姿で昨夜戻ってきたのでございましょう?とさなえが聞くと、祐軒が病気に感染したのを見て、恐怖の為にお役を捨てて海に飛び込み脱走したのだ、現地より夕べのうちに届けは出ておると桜井は説明するので、聞いていた伝吉は驚き、では桜井様、夕べお嬢様を斬ろうとした侍たちは何者でしょう?と聞くと、もっか取調中だ、今しばらく待てと言い、その場から立ち去る。

お嬢様、そんなバカな話ってある物ですか!と御用人も一緒に立ち去った座敷に残っていた伝吉がさなえに言うと早苗も泣きそうになる。

そんなさなえににじり寄った伝吉は、お嬢様、もうこうなったら仕方ありませんと囁きかける。

殿、あの娘どう致しましょうか?自室に戻った桜井に伊藤郡兵衛(阿部九洲男)が尋ねると、いつまでもああしておく訳にも行くまいがおもてなしだけは適当にしておけと家人に命じる。

その家人が引き下がるのとすれ違うようにやって来た家人が、申し上げます、ただいま目付役早川左馬之助殿、まかり越されましたが?と別の家人が報告に来る。

何?早川が…と桜井が驚くと、伊藤も、あやつめ…、又余計な口出しをしに参ったのではございませんか?と言うと、断れ!目下取り込み中だ!用があれば明日城中で会う!と桜井は家人に答える。

殿、あのお目付役、ご油断なりませぬぞと伊藤が進言する。

心得ておる…と答えた桜井だったが、あれで結構殿の御信任があるからな…、たかが目付の分際で…とぼやくと、先ほど去った家人が慌てて戻って来て、殿!祐軒の娘が逃げましてござりまする!と報告する。 何!逃げた?すぐに追え!と桜井は伊藤に命じる。

伊藤が手下を引き連れ屋敷の外へ飛び出した所に、どうしました?くせ者でも追っているのですかな?と話しかけてきたのは、帰ったかと思っていた早川左馬之助(東千代之介)だった。

いや別に…と伊藤が口ごもると、ただ今お取り込み中と玄関払いの扱いを受けたが、拙者も黒田藩目付役、捕物ならお手伝い致しましょうかな?と早川は言うので、それには及びません、ではご免と頭を下げた伊藤は立ち去る。

それを不審そうに見送る早川。

その頃、また着替えて酒を飲んでいた主水之介の部屋に、3人の芸者が、おおきに…と挨拶してやって来る。 ああ、これでみんな揃うてくれたしな、後は菊丸さえ来てくれたら御の字やけどな…と久兵衛がうれしそうにおとらに報告に来る。

鏡台に向かって化粧に熱中していたおとらが、あんでも殿様の目は高いからねと言うと、そやそや、そやさかいにな、変なおばはんなんか出ん方が良いのんと違うか?と久兵衛が皮肉と言うと、そりゃ変なおばさんなんかにお座敷に出てもらっちゃ困るけどさ…と答えたおとらだったが、ちょっと変なおばさんて誰の事?と振り返って聞く。

すると久兵衛が、すんませんおばさんと詫びたので、私の事か!とおとらは驚き、物を投げようとするので、久兵衛は平謝りする。

芸者が踊っている席にやってきたのは酔った喜内で、あでやかだのう!殿!江戸をはるばる200と98里、まんざら捨てたもんでもございませんなと主水之介に話しかける。

笑った主水之介は、喜内、さっき女共に聞いたが、そちはここの主人に何やらの薬を分けてもらったそうだな?と問うと、そ、それはでございますな!ただの腹薬でございますよと喜内はごまかす。

その時、殿様、ちょいと…と若十が廊下から声をかけてきたので、主水之介が席を立つと、敵に後ろを見せるとは卑怯千万!殿!と言いながら喜内も立って後を追おうとするが、腰が抜け、芸者たちに支えられににやける。

別の座敷で待っていたのは、早川左馬之助の妹で若十の恋仲、朝乃(八代万智子)だった。

御存知の事と存じますが、黒田のお城のお殿様には忠弘様とおっしゃる兄君様がございましたと朝乃話し始める。

先代黒田公の…確かお部屋様の子、3年程前廃嫡のお届けがあったと聞くが?と主水之介が答えると、はい、漏れうかがったお噂ではお気の毒な天刑病におかかりになって、世をはかなんでお亡くなりになったとか…と朝乃は言う。

52万石の若殿様が何故そのような業病にかかられたのだ?と主水之介が聞くと、殿様、どうもそいつが臭ねんだと同席していた若十が言う。

家老の桜井兵部太夫が先代の殿様に頼まれてそう仕込んだんじゃないかって…、いや、早川の旦那はそう睨んでらっしゃるようなんですがねと若十が教えると、でも弟の秀次様は御家を御相続になると、すぐにお気の毒な兄君様のお気持ちを察しになり、ご供養の為に兄君様がお移りになった竜神岬に立派な天刑病舎をお立てになりましたと朝乃が付け加える。

それも聞いている、今もなお気の毒な天刑病者を一同に集め、病用一切面倒を見ているとか…と主水之介が言うと、御家老様直々の病舎の管理をなされていて、専門の御医師も置かれ、300人を超える御病人たちの別天地になっておりますとか…と朝乃は言う。

その医師が漆原祐軒だな?と主水之介は念を押すと、はい、内弟子の方とご一緒に、3年程前竜神岬に行かれました、でも…と朝乃が口ごもったので、でも?と主水之介が聞くと、でも兄は私に申した事がございます。

竜神岬には謎があると…と朝乃は言う。

竜神岬に謎がある?と主水之介は身を乗り出す。

お目付役を務める兄にも詳しい事は全く分からぬようです、なぜなら目付役の兄ですら入る事の出来ぬ天刑病舎…、そこに何が行われているのか…と朝乃は言う。

肉も骨も腐っていくと言われる天刑病者が人里離れた岬の病者に300人も蠢いている…、なるほど、それは別天地だ…、訪ねる人とていない…と主水之介は納得しかけるが、すぐに、いや、訪ねるはずのない場所だ!と気付く。

竜神岬

様子を探りに行っていた伝吉が戻ってきたので、待っていたみゆきが、どうでした?と聞くと、いけません、びっしり見張りが立っています。

それにどうも、気のせいですか、昨日の覆面に思えてなりません…、お嬢様、どえらい事になりましたね…と伝吉は報告する。

そんな2人に、こんな所で何をしている?と声をかけてきたのは早川左馬之助だった。

拙者は目付早川左馬之助だが?と名乗ってきたので、存じていりますとみゆきが頭を下げると、医師漆原祐軒のご息女だな?と早川の方も知っているようだった。

お目付様にお願いがあります。

私の父は一体どうしているのでございましょう? 御家老様は、父は岬で天刑病にかかったとおっしゃいますが、父の弟子の大橋左内は脱出して斬られたのだと申しております。それは本当でございますか?とみゆきは思い切って聞く。 それを聞いた早川は考え込み、拙者に付いて来てくれるか?と申し出ると、みゆきははいと答える。

博多「大吉楼」の店先では中の様子を探っていた怪しげな浪人が、側にいた伊藤郡兵衛の元に戻って来る。 主水之介が拳銃を調べている部屋にやってきたのは、額とこめかみに絆創膏を貼って具合が悪そうな喜内だった。

主水之介の前に来た喜内は、これはこれは、どうも…と言いながら頭を下げてきたので、主水之介は愉快そうに笑いながら、どうだ?少しは楽になったか?どうだ?酒が酷かったそうだな?と労る。

羽目を外し過ぎた喜内は、面目次第もございませんと恐縮する。 年甲斐もなくマムシの粉を飲みました故、酒がことのほか回りまして、何が何だかさっぱり分からないんでございますと自戒する。

それを聞いた主水之介は、そちは腹薬を飲んだのではなかったか?とからかうと、それがその…、そうでございますと喜内はごまかすしかなかったので、又主水之介が笑う。

若い女共も感心しておったぞ、さすが江戸の侍、年はとっても立派な物、両手に女を抱えて何やらひとさし舞うたそうだな?と主水之介は聞く。

いやはや…、前後不覚でございます、それより、殿、お願いがございます!と言いながら頭を下げた喜内は、机に額をぶつけてしまう。

江戸へ帰りましても、菊路様や京弥様には今日の事は伏してご内聞にお願いしますと言うので、さあて、それは分からんぞと主水之介がとぼけると、これは又情けない…、こう思えば口惜しい、ここの亭主め、あんなヘンテコな薬を見せおって、ついこちらもその気になって…、大体あの亭主は不届き千万じゃ!と喜内は矛先を変える。

その時、あ~ら、家の人がどうかしたんですか?と言いながら入ってきたのはおとらだった。

その…、実に良く出来た男じゃ、良く気も利くし…、第一思いやりがある!などと喜内はころっと態度を変えてお世辞を言いので、そうでしょう?今もようやく菊丸を連れてきてくれたんですよとおとらは言う。

又女か?と喜内が戸惑うと、ええ、この子だけはどうしても殿様に見ていただかないとこのおとらの名折れ…とまで言う。

何しろ去年の秋からお座敷がずーっと決まっていると言う売れっ子で、器量が良くて芸が巧くて年が若く、気っぷが良くてお酒が強くて…、うちの亭主がやっと腕づくで引っ張ってきたんですよ…とおとらが興奮気味に説明するので、おいおとら、もうこっちは良いぞ、はるばる筑前博多まで来て郭に色仇を作る事もなかろう?今日の所は願い下げにしよう…と主水之介は苦笑する。

でも殿様、今来ますから…とおとらは粘る。 すると喜内が、手前にわかの腹痛、頭痛、これにてご免下さいと言い出し、さっさと部屋を出て行く。

それを呼び止めようとした主水之介だったが、過ぎたるは及ばざるがごとしか…と呟いてので、何とおっしゃいました?とおとらが聞くと、いや、こっちの事だ…と主水之介はごまかす。

そこにやってきて頭を下げたのが菊丸(桜町弘子)で、おとらが、さあさ、こちらですよ、こちらがいつもお話ししている退屈の殿様…と言いながらと部屋に招き入れる。

じゃ、すぐお支度を…と気を利かせたおとらは部屋を出て行く。

どうした?せっかく来たんだ、まあ上がれ!といつまでも部屋に入ろうとしない菊丸に主水之介が声を掛けると、酔った様子の菊丸が部屋に入り、あの…、こちら様、退屈のお殿様?と甘えたような口調で聞いて来る。 主水之介はその菊丸が髪に刺していた簪に目を留める。

いかにもと答えると、おかしいわ…、だってここの女将さんが、退屈の殿様、お殿様って大騒ぎ、まるで神様か仏様がいらしたみたいに言うから、楽しみに上がったのに…、やっぱりただの人間!といたずらっぽく睨んできたので主水之介は、これは参ったな…と笑うしかなかった。

いかにも煩悩不足の人間だと主水之介が言うと、煩悩不足だから退屈なさるのかしら?と菊丸は無邪気そうに聞いてきたので、かも知れんなと答え、2人は笑い合う。

もっと近う寄れと主水之介が勧めると、はいと菊丸は素直に従う。 もっとこっちへ寄れと主水之介は誘うと、ようやく菊丸は机の所に到着する。

もっと近くだと言うと、あら?割とさばけたお殿様でいらっしゃること…と菊丸は主水之介の横に来ると、今日教わった歌歌いましょうか?とっても凄いの…と言い出す。

しかし主水之介は、歌よりももっとこっちだと呼び寄せるので、これ以上お寄りしてもお身体にぶつかる…と菊丸は遠慮するので、何しろ煩悩不足だからな…と主水之介は笑いかける。

本気にして良いのかしら?と言いながら菊丸が身を寄せると、主水之介はその髪から簪を素早く抜き取り突き飛ばしたので、私じゃダメなのかしら?と菊丸は戸惑いながらも簪を穫られた事に気付き、お殿様!と睨む。

その簪をじっくり見た主水之介は、これは驚いた、筑前博多などと見下げては恥をかく、菊丸!この飾り物、どうして手に入れた?と聞く。

まあ、どうしてですか?と菊丸が戸惑うと、金治戦でも良いと主水之介は言い、これだけの品栄耀栄華に耽る多くの女性といえども手を触れた事のない異国の物だ、菊丸、どうして手に入れた?と主水之介は優しく迫る。

それを聞いた菊丸は、そんなに良い物なんですか?と驚いたようで、うん、かつて長崎出島オランダ坂より徳川家に献上された事がある。

金剛石と呼ぶ…と主水之介が教えると、やっぱりそうなんですか?私、返しちゃおうかしら?う~ん、気持悪いからと菊丸は言う。

誰にもらった?と主水之介が問うと、誰にもおっしゃっちゃ嫌ですよ、桜井様です、兵部太夫様、お城の筆頭家老様ですと菊丸は明かす。

ほお、家老の桜井兵部太夫か…と主水之介は何事かを思案し始めたので、う~ん、お殿様ったら、そんなお話ばかりなさって…と菊丸はすねてみせる。 そうか、そりゃ悪かったな…と苦笑した主水之介は、では習いたての歌でも聞かせてもらおうか?と注文する。

その頃、桜井は、屋敷に戻ってきた伊藤の報告を聞き、確かに間違いないな?と念を押していた。

はい、額の三日月の傷が何よりの証拠!と伊藤は主水之介が来ている事を伝える。

店の女たちは江戸の退屈男が来たと大騒ぎをしているとの由でございますと伊藤が言うと、退屈男と言えば名うての直参横紙破り、老中方も一目置くと言われまするぞと1人の家老が言うと、一体何しに参ったのでござろうな?まさか…と次々に他のものも口にし出したので、まさかとは?と桜井が聞くと、いや…、目付役の早川辺りが裏からこっそり呼んだのでは?…と推測を言うので、桜井は笑い出す。

それこそ、まさかと言うもんじゃ、目付の早川ごときが…、第一あの男、お役大事の堅物じゃ、良い、その早乙女主水之介、酒の肴に致すも一興じゃな…と桜井は愉快気に言う。

その頃、主水之介は拳銃を手に、そろそろ向こう傷がうずいてきた…と1人呟いていた。

ある日、博多の市中を、顔や手を白布でまいた者たちを何人も乗せた「天刑病人護送」と書かれた札が付いた牛車が白昼移動していた。

護送する役人たちは、岬送りの天刑病人だ、寄るな!寄るな!と群衆に呼びかけて人払いをする。

それを見送る主水之介と若十。 牛車から降ろされ、岬の「天刑病舎」に入る病人たち。

ええ、この道一本で…、でもこうして番守が立っていて、中には誰も入れません、もっとも、病気が病気だから誰も入りたがりゃしませんけどと…、近くまで尾行してきた主水之介に若十が教える。

しかし、主水之介は、行こう、磯へ降りてみようと言い出したので若十は、そうしやしょう、何しろこんな所にいるだけで、息をしてもうつるようで気分が悪いや…と答える。

海辺の岩場にやって来た主水之介は、さすがに絶景だな…と海を見渡し感心すると、ええ、何しろ玄界灘の難所ですから…と若十は自慢げに答える。

主水之介はあの洞門の裏側から竜神岬に登る道はないのか?と遠くに見える岩島を指して聞くが、ええ、ねえようでして…、あの洞門の中に入って帰ってきた船はねえって、命知らずの漁師たちも竜神岬の名を聞くと震え上がるくらいでして…と若十は答える。

とすれば、岬の天刑病舎へはさっきの道より行くことは出来ない訳か…と主水之介が確認すると、ええ、まあ…さいで…と若十は答える。

その時、主水之介が海の側で森を持ってうろついている漁師を見かけたので、あんな所で何が穫れるんだ?と聞くと、てえしたものはありませんが、まあサザエくらいは…と若十が教える。

サザエって言えば殿様、つぼ焼きで一杯どうです?江戸の料理屋なんかでは味わえませんぜと酒を飲む振りをして誘う。

良かろうと応じた主水之介だったが、歩き始めると、若十、この辺の漁師は酷く洒落者が多いらしいな?と謎めいた事を言い出す。

洒落者?とんでもありませんや、明けても暮れてもの荒海暮らし、洒落のしゃの字もありませんよと若十が答えると、そうかな?今のサザエ穫りの男、田舎の磯暮らしにしては色の生白い男だな?と主水之介が指摘すると、若十も不自然さに気付く。

陽に焼くのがよっぽど嫌だったと見えると主水之介が笑うと、男が姿を消した岩場を見に戻った若十は、じゃあ、今の男は?と逆に聞く。

が、さあ行こう、そちの家でつぼ焼きで一杯やるのだと主水之介ははぐらかす。

先ほどの岩場から、漁師に化けた男が立ち去って行く主水之介と若十の様子を見上げる。

若十の自宅の囲炉裏端でサザエのつぼ焼きを振る舞われていた主水之介は、鍵屋十左(上田吉二郎)が姿を見せたので、十左、起きても良いのか?と案じる。

いけねえよ、父っつぁんと若十も止めるが、酒の匂い嗅いで寝られるもんかいと言いながら、勝手に主水之介の隣に座り込む。

医者が言ってましたぜ、酒は1日1合だってと若十が言うと、何、あんな薮医者…、わしにも盃をくれと子分に命じる。

その様子をにこやかに見ていた主水之介は、十左、吉原で拙者に喧嘩を売った頃と元気は変わらんなとうれしそうに語りかける。

こうしてわざわざ博多くんだりまでおこし願って、わしはうれしくてしようがありまっせんと、どうか殿様、御ゆるりと遊んで行ってくださいまっしょ…と十左も喜ぶ。

それを聞いた主水之介も、そうさせてもらおう、噂に聞いていたが来て見ると結構面白そうな所だと笑う。

どうも…、じゃあ殿様御退屈はなさいまっせんと?と十左が聞くと、それはこれからの成り行き次第だと主水之介は答える。

そこに訪ねてきたのは喜内だったので、これはどうも御用人様!ようこそ、どうもと十左も喜ぶ。

十左、懐かしいのう!知らんかったが病気とは情けないと喜内が言うと、どうにも面目次第もございまっせんたいと十左は情けなさそうに答える。

それに比べてこのわしを見ろ!おぬしも下手な薬湯は止めてマムシ酒でも飲んでうん!うん! などと喜内が言うので、マムシはやっぱり効きますか?と十左が聞くと、効くの効かないとって…と自慢しかけた喜内だったが、殿、今使いが…、朝乃殿から急いで殿へと…と思い出したように懐に入れてもってきた手紙を手渡す。

朝乃から?と言いながら手紙を読んで、そうか…と主水之介が呟くと、何と言ってきました?と若十が聞いて来る。

漆原祐軒の娘は左馬之助の家に匿われていると言いながら、主水之介は手紙を若十に渡す。

その頃、伝吉と共に早川左馬之助の家に匿われていたみゆきは、お父様は、3年前にきっと御家老様に騙されて連れて行かれたんです。

竜神岬には恐ろしい謎があるんです。お父様はその謎に巻き込まれておしまいになったんですと伝吉に話していた。

お嬢様、ここのお目付役はそれを知ってますよと伝吉は言うと、知っていながら、どうにも出来ないのかもしれませんとみゆきは嘆く。

良いか、今日ノコノコと、絶対他言はならんぞと左馬之助は島一平(長田健二)に言いつけていた。

はっ、良く心得ておりますと答え辞去しようとした島に左馬之助は、島!朝乃を呼んでくれと頼む。

やがて、兄上様、何用ですか?と朝乃がやって来たので、朝乃、そなた鍵屋の若十としばしば会っておるな?と左馬之助は聞く。

はい、いけませんでしょうか?と朝乃が聞くと、いや、いかん事はない。

亡くなった父上と鍵十は無二の親友だったし、俺も鍵や親子は良い奴だと思っていると左馬之助は言う。

侍と網元などと言う区別はしないつもりだ。 若十といくら会っても良い、何を話そうとそれは勝手だ、だがただ一つ忘れてはならん事がある、俺には黒田藩目付役と言う立場がある。

これだけは決して忘れるな、良いな? では、奥に泊めてある漆原祐軒の娘とその郎党の事、決して人に漏らすな、若十にも話すなよ…良いな?と早川は言い聞かせる。

しかし、はいと目を伏せた朝乃の様子を見た早川は、まさか誰かに知らせたのではあるまいな?と聞くと、いえ!と朝乃が否定したので、ならば良いが…と早川は言う。

島一平の知らせでは、若十の奴、江戸から呼んだ直参の旗本と何やら探っているかに見える。 俺は黒田藩の目付役、藩の恥を決して世間に知らせる訳には参らんぞ…と早川は言う。

夕方、主水之介が若十の家を帰りかけていた所へ、大変だよ!と駆け込んできた漁師たちが、若旦那、又燃えてます、海岸に鬼火が燃えてます!と報告する。

岬の突端から煙が立ち上っていた。 主水之介と共に様子を見に来た若十は、狼煙でもなさそうだし…、村の者達は鬼火だと言って怖がっているんで…と説明する。

時々ああして燃えているのか?と主水之介が聞くと、何か曰くがあると思うんですが…と若十は言う。

天刑病舎が岬に送られて来た日に限って燃えているのではないのか?と主水之介が推測すると、そうだ…、そう言やあそうで…と若十も納得する。

「大吉楼」にやって来た桜井は、ほお、早乙女殿がどこにいるか分からんと申すのか?と喜内を相手に聞いていた。

せっかくのお言葉ではございますが、なにぶん、お気の向くままふら~っとお出かけあそばされるお方で、吉原に行くと申されるので後ほどそちらへ向かってみますと深川へ行ったとか、そちらへ行ってみれば…などと喜内が言い訳するので、もう良い…下がれと桜井は止める。

主水之介殿が戻って参ったらすぐに伝えよ、せっかく黒田の城下へ参られていると言うから一献つかまつりたいとな…と桜井は伝える。

喜内が辞去すると、どうやら風を食らって逃げたらしいな…と桜井は嘲笑し、お供の者達も、桜井様直々にお見えになられたのですからな…、直参などと申してもそう勝手に振る舞われては堪るものか…などと笑い出す。

すると仲居がやって来て、お広間のお支度が整いましてございますと伝えに来る。

菊丸を始め大勢の芸者が頭を下げる中、桜井は菊丸こっちへ参れと誘うが、菊丸が動こうとしないので、どうしたのだ?菊丸!と桜井は焦れる。

その菊丸が部屋の隅に結わえてあった御簾の紐を引くと、御簾が上がり、そこに座っていたのは主水之介だったので、桜井は早乙女!と驚く。

本日は桜井殿を始め御重臣、相揃っての席に主水之介お招きを預かった由、漏れ承った…、竜虎改め、お待ち申しておりました…と主水之介が言うと、聞きしに勝るお振る舞いじゃと桜井は満足そうに微笑む。

いかがでござるかな城下の居心地は?と桜井が当と、なかなか結構な御城下、まずは御家安泰の現れ、執着至極に存じ上げますと主水之介は答える。

その言葉に笑った桜井は、天下ご免とか噂される早乙女殿に褒められるとは光栄だ…と愉快がると、こちらへ!と近くの席に招く。

ではお言葉に甘えてご免…と主水之介も応じ、桜井の隣に座ると、菊丸がその前に控えたので、ほほう、さすがは早乙女殿、早くも当地に馴染みが出来たと見えるな…と桜井は皮肉る。

いや、さすがに52万石の御城下、酒も女性も江戸と変わった所はございませんぬなと主水之介は世辞を言う。

笑った桜井は、ところで早乙女殿、この度は何の目的で当地へ参られたのだ?と聞くと、ご当地評判の博多どんたくの見物でござると主水之介は答える。

それだけかな?と聞かれた主水之介がいかにも…と答えると、それはわざわざご苦労な事だな…、良し、ならば当日、わしの方から案内させようと桜井が申し出たので、いやせっかくのお言葉ながら、それには及ばぬ、気の向くまま物見遊山の旅、御城下の人々に混じって見学する方が気軽でござるからなと答える。

遠慮はご無用、祭りまでまだ幾日かある、それまで退屈であろう、心利いた者を遣わすによって、当地を回るが良かろう。

箱崎には参られたか?太宰府はもう見物されたか?などと桜井が気を利かすので、いや、いずれゆっくり参る所存なれど、わざわざ御家中の方を煩わすには及ばぬ、結構でござる!と主水之介は強い口調で断る。

ほほお、家中の人間を付けてはそれほど邪魔か…と桜井が皮肉ると、いやいやとんでもござらん!それほど仰せられるなら一つ…、拙者是非案内していただきたい所がござると主水之介は言い出す。

どこだ?と桜井が問うと、当地には世に捨てられた哀れな天刑病者を集め、至れり尽くせりの病舎をお持ちとか?後学のため是非見学つかまつりたいがいかが?と主水之介は申し出る。

おお、天刑病舎か…、ああ、あんな所を見た所で気分が悪くなるだけじゃ、言って見れば当地の恥、わざわざ人に見せる為に建てた物ではない、いかにおぬしの頼みと言えども案内は出来んな…と桜井は拒否する。

第一五体満足な者にもしあの病気がうつったりしたらただではすまぬからな…と脅すので、そうでござるか、では止めにしましょうとあっさり主水之介が諦めたので、おお、そう致すが良い、その代わり祭りだけは見事な物を見られようぞと桜井は勧める。

その祭礼だけ見て引き上げる事に致しましょうと主水之介も同意するが、しかし御家老、せっかくご当地まで参った故、何か江戸への土産の品など持って帰りとうござるが?お世話願えますかな?と頼むと、おお、いと易いことじゃ、そうだな~…、わざわざ江戸へもって帰る品と言えば…と桜井は考え込む。

すると主水之介は、金剛石の飾り物などお世話願えませぬか?と申し出たので、金剛石!と桜井は驚く。

何を申される、左様な禁制の異国の宝石などとうちにはないぞと桜井は、菊丸がいじっている簪を見ながら否定する。

ほお…、左様でございますかな?と主水之介も言いながら菊丸の方を見、菊丸は桜井を見つめる。

その視線に気付いた桜井は、早乙女殿、その方まるで当地には禁制の品が手に入るような言い方を致すではないかと言うと、袖口から拳銃を取り出した主水之介は、その銃口を桜井や重臣たちに向けたので、何を致す、主水之介!逆上したのか!と叱責の声が上がる。

しかし、引き金を引くと弾は入っておらず、高笑いをした主水之介は、残念ながら弾はござらぬ、家老、これは拙者が御当地の路上で拾った物でござるが、いや驚くばかりの新式銃、御公儀の鉄砲奉行が見れば出所の分かる品物でござると言う。

そのような物はわしは知らぬ!と桜井は突っぱねるが、や、それは困った…、天下御禁制のオランダ作りの短銃、まさか黒田家筆頭御家老がご存じのはずがない、とすると、この品は誰が落としたのでござろう?と主水之介は謎をかける。

知らぬ!と桜井が突っぱねると、おそらく、人目を忍んでご当地のどこかの海岸に運び上げたとしか…と主水之介が推理すると、黙れ、主水之介!言葉が過ぎよう!当黒田家の領内、例え何処の果ての浜辺たりとも左様な場所があろうはずがない!と桜井は逆上する。

しかし桜井殿、人々の近づかぬ海岸もござりましょうに…、世間も近づく事が許されぬ場所!と主水之介が迫ると、早乙女、その方、竜神岬の事を当てつけて申しておるのか?と桜井も睨み返す。

竜神岬!あそこはそう云う所でしたか…とそれを聞いた主水之介はしてやったりと云う表情で言う。

苦虫をかみつぶしたような顔になった桜井は、郡兵衛!その方明日にも早速、早乙女を竜神岬に案内致せ!と命じると、早乙女、とっくり竜神岬を見るが良かろう、肉も骨も腐り果てた天刑病人をじっくり見物するが良かろう…と言う。

御念のいったお言葉、しからば主水之介、江戸への土産話にとっくり見物致すでござろう…と主水之介も真顔で答える。

翌日、天刑病舎に主水之介を案内してやって来た伊藤郡兵衛は、たってのお望みでご案内致したが、病気については責任は持ちませんぞと言うので、結構、お念には及ばぬと主水之介は平然と答える。

これなる物が病舎の管理の者だと伊藤が紹介した男がご案内致しますと言葉をかけるが、主水之介は病舎の横の海岸絶壁をまずは見に行く。

一緒に付いて来た管理人が、時折世をはかなんだ患者が自殺致します、下は底知れぬ間の海でございますから…と説明する。

その後、主水之介は第一病棟内を案内されて、牢の中に入れられた患者たちを見て回る。

いかがでした?と案内人から問われた主水之介は、いや、痛ましい限りだ…と表情を曇らせる。

第二病棟へ来た案内人は、特にこの部屋は顔も崩れて、もう目も耳も口を腐れ果て、耳も聞こえぬ者ばかりでございますと説明する。

案内役に少し遅れて牢の前で立ち止まった主水之介は、わざと書物と一緒に小判を落し、失礼!あまりの痛ましさについ…と案内人に詫びながら書物だけ拾い上げ、病棟を出るが、その時さりげなく鏡で背後の様子を伺うと、ろうの仲の病人たちが通路に落ちていた小判を必死に拾おうとしている所だった。

帰って来た伊藤や案内係から病舎での話を聞いた桜井は、さすがの早乙女も肝をつぶしたなと笑う。

御家老様、もう、気も動転したかのように見えましたと案内係が報告する。

よしよし、当たり前じゃ!さて、ちょうど今夜は満月…と桜井はにやける。

その頃、「大吉楼」に戻り、若十相手に酒を飲んでいた主水之介は、案じる喜内が、では殿様、せめてこの病気退散のお守りだけでも身につけて下さいませ…と、たくさんのお守りを風呂敷に包んで渡そうとするのを笑い飛ばし、心配するな、病気の毒もこれだけ酒を飲めば消えてしまうぞと言うと、全くで…、うちの親父も殿様と一生酒を飲んでから急に元気になりやがって、今朝も大変な勢いで若い者を怒鳴ってましたと報告する。

それを聞いた喜内は、鍵十は別だよとぼやく。

そこへ、殿様!桜井の奴、こんな時刻に竜神岬に出て行きました!と漁師が報告に来る。

それを聞いた主水之介は、何!桜井が?と驚く。

竜神岬沖合の海に帆船が浮かんでおり、そこから荷物を積んだ小舟が二艘岸へ近づく。

その様子をこちらも小舟で岩陰から監視していた主水之介は、どうやら竜神岬の謎が解けて来たようだと若十に言う。

と、おっしゃいやすと?と若十が聞くと、荷物を積んだ船が洞門の中に入った…、とすれば、あの中に荷物を上げる場所が隠されているはずだと主水之介は言う。

それを聞いた若十は、分かりやした、殿様、あの洞門の中には満月の夜に一番潮が流れ込むんだ…と教える。

洞窟の中には、中国服を来た女たちを相手に異国風の服を着た男や日本人が酒を飲んだりカード遊びに興じていた。

その中国服の季芳蘭(美空ひばり)が立って歌い出す。 そこにやって来たのが桜井と家臣たちだった。

丸木は早いのと桜井から言われた丸木屋仁左衛門(有馬宏治)は、芳蘭に会うのが待ちどうしいのだと笑いながら、芳蘭相手に南蛮の酒を飲んでいた席を立って桜井と同じテーブルに座る。

芳蘭の歌が終わると拍手して喜んだ丸木屋は、御家老、この集まりをせめて10日に1度くらいにしてもらえんかなとねだるので、それほど芳蘭に会いたいのかと桜井は哄笑する。

しかしそうはいかんぞ、月に1度、満月の夜しか荷物は上がらんからな…と桜井は言う。

洞門内では、小舟から降ろされた荷物を鎖を引いて滑車で持ち上げる昇降機で上へ持ち上げていた。 桜井は芳蘭に、こら、少しはこっちへ来て酌をせんか!とわがままを言っていた。

しかし芳蘭は、でも御家老様は人前も構わず何をなさるか分かりませぬから…と言うので、これは手厳しい!と桜井はおどけ、御家老様、これは1本取られましたな!と異人の服を来た張竜伯(鈴木金哉)からからかわれる。

無事荷物全部上げたよ、鉄砲100丁…と異国人が張に報告すると、丸木屋が、御家老様、私が買った品ですぞ、横取りはさせませんぞと桜井に冗談を言う。

数日後の桜井邸、全ての準備が全く整いましてございますと伊藤が桜井に報告していた。

良し、後はどんたくを待つばかりだ…と桜井は言い、それと、左馬之助はその後どうしておる?と聞く。

伊藤は、役宅に籠ったきりで…と答えると、桜井は腕組みをし、思い切って始末をするか…と呟く。

その頃、何か書状にしたためていた早川は刀を持って出かけ、部屋にやって来た朝乃が、兄の置き手紙を発見する。

外を歩いていた早川の前に黒頭巾の一団が立ちふさがったので、人違いするな、目付役の早川左馬之助だと名乗り、徒党を組んで何事だ?と問いかけるが、賊は問答無用で斬り掛かって来る。

そこに駆けつけたのが若十と漁師たちだった。

若十も刀を抜き、漁師たちも銛や櫂などを持って賊に立ち向かう。

賊が逃げ去ると刀をおさめながら、若十!と早川は歩み寄る。

若十は、何、惚れてる女の兄貴を見殺しにできねえ、ねえ旦那、今の侍たち、どこの馬の骨か分かってますかい?と聞く。

知っている…と早川が答えると、旦那が遠慮したって向こうは遠慮しやしねえ、旦那が調べている事は向こうに取っては命取りなんだからねと若十は言う。

若十、ただ家老たちだけの命取りではない、黒田52万石の命取りなのだと早川が言うと、さすがの若十も顔色を変える。

早川の旦那、旦那はそれを知っていて何故今まで黙っていなすったんだ?と若十が問うと、考えてもみろ、もし事が表立てば黒田52万石の体面はどうなると思う?と早川が指摘すると、だから侍なんか面白くねえ!と若十が言うので、何?と早川は戸惑う。

世間体や体面ばかり考えているうちに今に取り返しのつかねえ事になりますぜ、旦那に取っちゃ52万石、それは大事だろうが、人間の命1つ、こっちだって大事なのに違いねえんだ!と若十は啖呵を切る。

旦那には叱られるかもしれねえが、妹さんが教えてくれたんだ、旦那が匿っている医者の娘にも火がつきますぜと若十は言い聞かせる。

伊藤率いる黒頭巾の一団が、早川の家に乗り込むと、そこにはみゆきと伝吉だけではなく主水之介が待ち構えていたので、驚きながらも斬れ!と伊藤は命じる。

その相手をし始めた主水之介は、諸羽流正眼崩し!いや、まだまだ奥の手を見せるのは早すぎよう…と苦笑すると、来い!と背後のみゆきと伝吉に声をかけ、自分の後に付いて外へ逃げ出す。

外に隠れていた主水之介は、自分たちを追って通り過ぎた賊を見送ると、みんな行ったなと呟くが、いつぞやと言い、二度までもお助け下さいまして…とみゆきが頭を下げたので、改めて礼はいらん、こんな事になるだろうとわざわざ江戸から出て来たと主水之介が言うので、わざわざお江戸から?とみゆきも伝吉も驚く。

鍵屋の若十が言って寄越して来たのだ、博多どんたくの休息かたがら竜神岬の謎解きをしてみてくれぬかと…と主水之介は明かす。

では貴方様は?とみゆきが問うと、直参早乙女主水之介!と名乗るので、まあ、知らぬ事とは申しながら失礼を致しましたとみゆきと伝吉は又頭を下げる。

私御城下の…と名乗ろうとするみゆきに、漆原祐軒殿のご息女みゆき殿…と主水之介が先に答えたので、みゆきも伝吉も驚く。

どうしてそれをご存知で?とみゆきが聞くと、主水之介は笑いながら、つまりは退屈だからだ…ととぼけ、さ、ここで立ち話もなるまい、参ろう!と声をかけ、その場を立ち去ろうとするので、どこへでございます?とみゆきが聞くと、せっかく宿を定めてあったのだ、どうやら町中に退屈な男の噂が広がっていよう、そこに連れて帰る訳にもいかん…、とすれば…と主水之介は考え込む。

その夜、鍵屋十左は、みんな良いか?役人や侍が来たって誰も入れるんじゃねえぞ!と家の表に集まっていた若い衆に檄を飛ばしていた。

一方、伊藤率いる黒頭巾の賊たちは「大吉楼」の主水之介の部屋に盛り込んでいた。

しかし、そこにいたのは、1人酒をあおっていた聞く丸だけで、お殿様はいらっしゃいませんよ、私じゃ、煩悩不足が足りないって…と酔った口調で教えると、手を叩いて、お酒!と注文したので、伊藤たちはあっけにとられる。

その頃、主水之介は若十の漕ぐ小舟に載って洞門へ向かっていた。

洞窟の部屋の中では、「若君之霊」と書かれた位牌を前に、季芳蘭が寂しげな歌を歌っていた。

やがて季芳蘭は、竜神岬の上の天刑病舎の側の椿が咲く崖っぷちに来て歌っていた。

椿の花を一輪摘んだ芳蘭は、それを屋敷の仲の位牌に供える。

季芳蘭、みんな行ってしまったぞと、そこにやって来た張竜伯が話しかけ、どうだ?酒でも飲もうじゃないかともう1人の侍が勧める。

すると芳蘭は、飲みたかったら2人で勝手に飲むが良いと冷たい態度で答えるので、そんなに素っ気なくしなくて良いじゃないか?と侍が言い、ここの仕事も一段落じゃ、ちょっとくらい私たちと…と張が言い寄ると、約束が違います、2人とも出て行って!私は1人になりたい…と芳蘭は言い放つ。

洞門の中に進入した主水之介と若十は、昇降機を発見する。

主水之介は若十に鎖を引かせ、昇降機で上に上がってみる。 その音に気付いた禿頭の異国人が様子を見に来ると、主水之介が上がって来た所だった。

青龍刀で斬り掛かるが、間一髪避けた主水之介は一刀の元に斬り殺す。 洞窟の中のテーブルの前では、しかし分からん女だ、何を考えておるのか…と、酒を断られた侍が愚痴をこぼしていた。

もしかすると案外マカオ辺の大物の娘かもしれんぞと張は言う。

いずれにしても52万石の一番家老始め、重臣御用商人が散々通っても物にできなかったんだからな…、気の毒なもんよ…と侍は言う。

桜井からは、どうも芳蘭に焚き付けられてこの大それた企てを起こしたらしいぞと張が言う。

とにかく、日本中がひっくり返る程驚くわな…、祭り見物に出て来た殿様が天刑病者に襲われる…、病気が病気だから役人たちも手が出せん…殿様が死ぬ?と侍が言うと、城下は大混乱!家老は密輸で儲けた金で重臣全部を握っている。

ま、52万石も家老の物じゃ…と張は笑う。 家老は唐津の小笠原、平戸の松浦まで手を伸ばしてる。

案外芳蘭の感心を引こうとしているのではないかな…と侍は言う。 まあ今日は大変な騒ぎになるけど、その前祝いだな?と言いながら、張は侍と酒を酌み交わし、哄笑する。

その時、そうはいかん!と声をかけて来たのは主水之介だった。 それに気付き、あっ!お前は!と狼狽する侍と張。

これが天刑病舎を救う地か?それとも取引の秘密の場所か?と主水之介が聞くと、張が小柄を投げて来て侍もろとも斬り掛かって来る。

その相手をし始めた主水之介は、芳蘭が姿を見せると、52万石の家老は財宝と女色には魂を奪われておる。

江戸の退屈男はそれを見逃しはせぬ!と言い、にやりと笑う。

張と侍を斬り捨てた主水之介は芳蘭に近づき、そなたは、この男たちの一味の女か?と聞く。

しかし芳蘭が何も答えないので、そなたは拙者と一緒に参れと主水之介は指示する。 罪はこの者とこの者と結んだ黒田の家老たちにある。

詮議がすみ次第、そなたは国に送り返して使わす。拙者は江戸公儀の直参、決して嘘はつかないと主水之介は約束する。

しかし、首を横に振った芳蘭に、来ぬと申すのか?と聞くと、そなたは知らぬかもしれぬが、ここは世に捨てられた哀れな若君を慰めようとして建てられた病舎と聞く、おのれ、自分の胸に問うて恥ずかしく思わぬか?と問いかける。

すると急に高笑いした芳蘭は、貴方様は何もご存じないと言うので、主水之介は何!と驚く。

若君を世間から捨てたのは誰です?誰が若君をこの岬に流したのです? あの若君を無理に天刑病にし、廃人にして、この竜神岬に流した桜井に聞くが良いですと芳蘭が言うので、主水之介はまた、何!と驚く。

そうです、桜井は忠継様に御家を継がすため、兄上に忠弘様を天刑病者に仕立てたのです。

その為に若君は御家を継ぐ事も出来ず、この岬に流されたのです…と芳蘭は言う。

忠弘公を天刑病者に仕立てた!それは誠か?と主水之介が聞くと、世間は誰も知らない…、でも私は知っていますと芳蘭が言うので、何故そなたがそれを知っている?と問うと、私は玄海の沖で船が沈み、この岬に流れ着いた1人です。

その私を助けてくれたのが若君でした。 でも私を桜井は慰み者にしようとしたのです。

若君はそれを庇って下さいました。 私たちを国へ返そうと努めて下さったのですが、それも桜井が邪魔をしたのです…と芳蘭は語る。 そなた、若君を愛したのか?と主水之介が聞くと、愛しました…、身分も異国人である事も全てを忘れて愛しましたと芳蘭は答える。 私たちは固く結ばれたのです。

でもその翌日、若君は私の目の前から姿を消してしまわれたのです…と芳蘭が言うので、何故だ?と主水之介が問うと、桜井は若君が世をはかなんで身を投げたとお城へ知らせました、でも違います!若君は病気ではなかった!桜井が若君を斬ったのです、若君から私を奪おうとしたのですと芳蘭は訴える。

私はすぐに若君の後を追って身を投げようとしました。

でも若木ものお恨みがそれを止めたのでしょう。私はこの世を呪いました…、桜井を恨みました!そして私はこの男たちと組んだのです。 この男たちは世間から忘れられた天刑病者とこの岬を利用して桜井を抱き込んだのです。

桜井は私の身体に誘われて密輸に手を伸ばし、武士の魂を売ったのですと芳蘭は言う。

私は悪魔となって桜井を焚き付けました。

桜井はおびただしい密輸の品と金の力で52万石を奪おうとしているのです。

そして天刑病者を唆し、密輸の武器を持たせ城下へ送り込んだのですと芳蘭は明かす。

その頃、全身白い布で覆われた天刑病者たちが、荷車に乗せた武器を運び城下へ向かっていた。

殿様は天刑病者に襲われる。

そして桜井は52万石を奪って私の元へ来る。

その時私は若君のお恨みを込めて桜井を殺すのです…と芳蘭が言うので、待て!と椅子に腰掛けて聞いていた主水之介は立ち上がると、わしは桜井に52万石を横領させる。

そなたの想いも忠弘公の恨みも良く分かる。だが全ては桜井兵部太夫の仕組んだ事だ! 早乙女主水之介はその桜井の野望を断つ!と言い切る。

若君の位牌の前に来た芳蘭は、私はこの日の為に生きて来た…、もう生きていても行く所のない女です…、これで良いのです…と言い残し部屋から飛び出して行ったので、位牌に気付いた主水之介も慌ててその後を追う。

外へ飛び出した芳蘭に、待て!と呼びかけた主水之介だったが、芳蘭は側に寄らないで!と止める。

もうこれで私は思い残す事はない…、若君が私を待っている…、あの海の底で…、私を待っている!と言い残し、そのまま崖から身を投げてしまう。

それを目撃した主水之介は、行くが良い、若君の元へ…、今となってはそなたの行く所はその海原しかないのだ…と眼下の海に語りかける。

この世で果たしえなかった2人の夢…、永遠に結ぶ愛…、中路の墓に美しい花を咲かせよ!と主水之介は語りかける。

黒田城の前では、城主黒田忠継(沢村精四郎)列席のもと、桜井や早川も参加した中、菊丸ら芸者衆のどんたくの踊りが始まっていた。

そこに、大変!天刑病人がお城に向かっておる!と役人が飛び込んで来る。 城下では、全身白衣装の天刑病者たちが荷車を押しながら行進しており、町人たちが逃げ惑っていた。

若十ら漁師たちと一緒にいた喜内は、偉いことになったのう!と狼狽していた。

早川らが忠継を城内へ案内しようとすると突然城門が閉まり、桜井の哄笑が聞こえる。

兵部太夫!何事じゃ!その方の仕組んだ事か?と忠継が問い、逆上したか?桜井兵部太夫!殿に一歩でも近寄れば容赦はせぬぞ!と早川も迫る。

しかし桜井は笑いながら、ではそこで天刑病者に斬られて死ね!と言う。

その時、祭り屋台の上に立っていたおかめの面をかぶり派手な衣装をまとった男が静かに階段を降りて来て、天刑病者の一団と桜井たちの間に立ったので、その様子を若十や菊丸らが見守っていた。

おかめの面を外したのは早乙女主水之介だったので、桜井は驚く。

その主水之介が天刑病者に近づこうとしたので、殿!寄ってはなりませぬぞ!と喜内が叫び、菊丸も、殿様!うつりますよ!と呼びかけるが、主水之介につかみ掛かって来た相手の覆面を斬ると、中から現れたのは伊藤郡兵衛だった。

世間を欺いたつもりであろうが、主水之介の目は節穴ではないわ! 目も見えぬ!手も動かぬ!真の天刑病者ならば、主水之介がわざと落した小判を奪い合ったりはせぬはずだ!と主水之介は桜井に向かって言い放つ。

そこに斬り掛かって来た伊藤を斬って捨てる主水之介。

すると、他の白装束の一団も全員衣装を脱ぎ捨て、普通の侍である事を明かす。

主水之介は、これが竜神岬!天刑病舎の患者の正体だ!と明かす。

真に哀れな病人はことごとく竜神岬!屍骸はあの紅蓮の海に葬り去ったのだ!と主水之介が指摘すると、黙れ!と桜井は一喝し、その方ごときにとやかく言われる覚えはないわ!と言い返す。

なら兵部太夫!黒田52万石を地獄に落そうとする非道の数々! 今、この主水之介が、諸羽流正眼崩しで裁いてつかわそう!と言うと、主水之介は天刑病者に化けていた一団と斬り合いを始める。

その時、若十も祭り用の法被を脱ぎ捨て、良し、みんな来い!と漁師たちに呼びかける。

主水之介は、荷車の覆いを剥がすと、そこに乗っていたのは南蛮渡来の大砲だった。

主水之介が若十に目で合図すると、若十は漁師たちが荷車で持ち込んでいた箱から鉄砲を取り出して、その1丁を主水之介に渡すと、演台に登った主水之介はそれを見せつけ、見たか兵部!竜神岬の洞窟より荷揚げして、そこに今日の日に備えて揃えた密輸の品であろうが!と言いながら桜井に向かって投げつける。

さらに、漁師から受け取った手榴弾の紐を口で引き、側の侍たちに投げつけ爆発させた主水之介は、その方の罪状の全ては棄てられた忠弘公の恨みを晴らそうとした季芳蘭がことごとく打ち明けたぞ!と桜井に向かって言い放つ。

芳蘭が!おのれ…、ならば望み通り52万石、叩き潰してみせるわ!その三日月の傷も踏みつぶしてくれるわ!と桜井は言い返す。

者ども!かかれ!と桜井が命じると、お供の侍たちも一斉に刀を抜く。

主水之介は、群がる敵に演台を降りながら応戦し、早川も戦いに加わっていた。

若十は手榴弾を投げて敵を蹴散らした後、刀を振るい始める。

とうとう桜井も刀を抜き、主水之介は諸羽流正眼崩しの構えから一刀の元に斬り捨てる。 桜井が倒れたのを知った敵は一斉に逃げ去って行く。

それを見て安堵する菊丸ら芸者衆の前に、喜内と若十が笑顔で近づいて来る。

その直後、主水之介の前に跪いた早川は、早乙女主水之介殿に申し上げます!本日のこの騒ぎ、殿には全くご関係がない!全てこの早川左馬之助が起こせしもの、何とぞ御公儀へは手前一死を持ってよしなにお願い申し上げますとひれ伏すので、主水之介は、左馬之助!と呼びかけ首を横に振ると、おぬしは死んではならぬ、これからの黒田52万石を守るのはおぬしたちだと言い聞かす。

それを聞いた黒田忠継は、主水之介!と呼びかけて近寄ると、全ては余の不明不徳の致すところであった…、余の一身はどうなっても構わん、ただこの城下の者どもを、幾千幾万の家臣家族の者どもを… すると主水之介は笑顔になり、何を申される?拙者はただ、博多どんたくを見物に参ったまで…と答えい、さあ、早う広場を静められい、そして祭りの囃子をお始めなされ…と左馬之助に言う。

主水之介殿!と早川は感激し、主水之介!すまん!と忠継も頭を下げると、そちの恩はこの忠継、一生忘れはせぬぞと感謝する。

玄界灘の沈む陽。 城の前では、再びどんたくの踊りが再開されていた。

そんな中、早川の前に朝乃を連れて近づいた若十が、旦那、どうやら妹さんは侍の娘は似合わねえようだ、退屈の殿様を呼んだのは確かにこのあっし、それも妹さんに竜神岬の謎を聞いてからね…と明かすと、そのような娘、妹とは呼べぬ…とっとと出て行け!と顔を背けた早川だったが、2人でこっそり遊びに来いよと笑顔で呼びかける。

へえ、でっけえ鯛でも持って行きまさあとひょっとこの面をかぶって照れ隠しをした若十は笑顔で答える。

ところで早乙女殿はどうされた?殿がお呼びなのだ…と早川が聞くと、え?お城じゃなかったんですかい?と若十は驚く。

町中でも、走って来た菊丸がおとらと久兵衛、みゆきと伝吉、喜内らに出会ったので、殿様は?と聞くと、それが何にも言わずに出て行かれて…とおとらも戸惑っていた。

お広場にはいませんよと聞く丸が教えると、何?いない!と喜内はあっけにとられる。

もう!煩悩不足のお約束がしたいのに…と菊丸がすねると、これはいかん!お殿様はこの御城下にも退屈になったらしいと喜内は言う。

編み笠片手に竜神岬に1人やって来た主水之介は、椿を一輪摘むと、2人していつまでも離れず、安らかに眠っているのだぞ…と崖下の海に向かって囁きかけると、花を投げ捨てる。

振り返った主水之介、さて…、雲の流れと退屈の虫は、次はどこへ向かうのやら…と言い、浜辺で小石を放り投げて方向を定め、笑顔で松林の横を歩き出す。


 


 

 

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