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幻想館

 

黄色い涙

マンガの実写化映画

昔、TVドラマ化もされたことがあるらしいが、そちらは知らない。

60年代を舞台設定にしてあるが、いかにも低予算らしく、「三丁目の夕日」のようにVFXを多用した凝った時代再現はなく、あくまでも既存の古く見える風景をベースに作ってあるように見える。

内容的には当時の青春群像なのだが、話の展開も画質もTVドラマレベルで、映画を見ている感じが気迫なのが特長。

永島慎二さんの日常スケッチ的なコミックをベースにしたような、当時の漫画家周辺の話が興味深く、ドラマとしてはそれなりに面白い。

おそらく、脚本の市川森一さんの青春時代の思い出も重ねられているのではないかと言う気がする。

自分の夢に向かいながら、やがてすぐに知る自分の才能のなさ。

良くありがちな青春の勘違いを描いた話だが、いつの世にもある普遍的な真実が込められていると思う。

とりあえず不幸せなエンディングではないのが救い。

ただ、気にならない点がないではなく、途中で唐突に登場する山岸なる人物はいくらなんでも説明不足過ぎではないかと思う。

何となく、エロ写真で警察のお世話になった竜三が話していた先輩らしいと言うことは追々分かって来るとしても、あのアパートから絵を持ち出して金にするまでの説明が何もない。

おそらく金に困った竜三が呼び寄せて金の無心をした結果と言うことなのだろうが、映画を見ているだけだと分かりづらすぎる。

章一が商店街の路地で見かけた時江と見知らぬ男の関係も最後まで説明がないため、時江のその後の章一へのアプローチも良く分からなかったりする。

見知らぬ男とは何でもなかったと言うことなのだろうが、一言くらい説明を入れないと、見ている方はもやもやしてしまう。

そもそも4人が栄介のアパートに転がり込む前はどうやって食べていたのかも分からない。

竜三などは喫茶店で小説を書いている所をまだ知り合う前の栄介に見られていたらしいので、喫茶店に通うくらいの金は持っていたと言うことだろうが、その金は国元から出て来た時に親からもらって来た金と言うことなのか?

物価変動が激しかった時代のようなので一概には言えないが、当時はまだ食パンや素うどんなど100円以内で空腹を紛らす物などまだ色々あったような気がする。

圭も以前食堂で無銭飲食したことがあるらしいと言う説明はあっても、その後、栄介のアパートに転がり込むまではどうやって食いつないでいたのか?

金がない若者が絶えず丼物を食べているなどと言うのも世間知らずの表現なのだろうが、贅沢すぎるような気がする。

自炊になってからも、章一のパチンコの稼ぎで贅沢しているようにしか見えず、いかに安く腹を満たすかの工夫などの描写がないのも不自然な気がする。

そもそも冷蔵庫もない夏の盛りの自炊など保存が出来ないはずなので、きちんとは描けなかったのだろうが…

そうかも思えば、「ロバのパン」など、そうそう安くもなかった蒸しパンを気楽に何個も買ったりしている。

画面を見ているとアフレコ風で、現場ではちゃんとセリフを覚えないままだったのではないか?と言う風にも見えなくもなく、多忙なアイドルが時間を割いて最低限のスケジュールで映画を撮っている「ひずみ」のような部分が感じられないでもない。

説明不足に感じる部分も、途中で監督が気づいたにしても追加撮影など無理だったようにも見える。

叙情漫画家を目指す主人公の栄介が刺激一辺倒になりつつある時代の変化に取り残されて行くのは良いとして、自らの意志で母親を東京の病院に入院させ、金がいくらあったも不安な時期、母親の余命も残り少ないわずかな期間に、我流を押し通そうとしている姿勢は若さの矜持と言うことなのだろうか?

とにかく自分の信念だけを貫きたい青春期特有の思い込みが、大人も目から見ると物悲しく感じられる。

そう云う甘酸っぱさも含め、全体として派手さはないが、悪くはない作品だと思う。 
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
2007年、ジェイ・ストーム、永島慎二原作、市川森一脚本、犬童一心監督作品。

永島慎二と、その作品の思い出にー。(とテロップ)

永島慎二の似顔絵 戦争が終わったとき、僕は8歳だった…と雲が広がる大空を背景に(村岡栄介の独白)

全てを失い何も信じられなくなったとき、僕や僕の友人たちを勇気づけてくれたもの、それがマンガだった…(手塚治虫の初期単行本)

「ロストワールド」「メトロポリス」「地底国の怪人」「来るべき世界」「ジャングル大帝」「リボンの騎士」「鉄腕アトム」…

タイトル

自転車置き場の横にバヤリースオレンジの缶が落ちていたので、それを蹴る白衣の足。

1963年 晩春 大宮駅

こんな朝早く起きるの久しぶりやわ…と駅に入って来たの白衣の男向井竜三(櫻井翔)が言う。

僕は時々この時間になって寝ます…と答えたのは村岡栄介(二宮和也)

前略 兄ちゃん、ありがとう!(妹の声)

母ちゃんも喜んどったよ、兄ちゃんのお陰で母ちゃんもやっと東京の病院で手術を受ける決心がついたみたいやわ…(鉄橋を渡す寝台車、その寝台車のベッドに横たわる母親村岡きぬ)

母ちゃんは知らん土地で死ぬのは嫌やけど、病院から先生が迎えに来てくれるんなら行くしか仕方ないねって言うとったよ…(母親を看病する妹村岡康子)

その頃、赤羽駅の駅前でタバコを吸いながら、及ばぬここと~♩と歌っていた白衣姿の下川圭(大野智)の元にやって来た、同じく白衣姿の井上章一(相葉雅紀)がクレゾールのしみ込んだ手ぬぐいを振ってみせ、病院の匂い、お医者さんの匂いだなどと言い、本当に消毒臭い!と逃げ出そうとする章一とふざけ合う。

大宮駅のホームでは、栄介が竜三の曲がっていたネクタイの結び目を直してやる。

列車が到着したので乗り込んだ栄介は、廊下に立っていた妹の康子(韓英恵)に声をかける。

康子は部屋の中の母親村岡きぬ(松原智恵子)に、母ちゃん、兄ちゃん来たよと声をかける。

思っとったより元気そうやねん、インターンの先生も来てくれたからね、日東大病院の向井先生と栄介がきぬに言葉をかける。

紹介された竜三が会釈をする。

駅の外では、こちらの方々ですと担架を持った駅員と一緒にやってきた駅長が、白衣を着た章一と圭の前に来て、失礼ですがどちらの病院の方ですか?と問いただしたので、はい、板橋の日東大付属病院のインターンなんですが、うちの病院に入院予定の重病患者を迎えに来たのですと圭が答える。

大宮駅を出発した列車の中、きぬが急に苦しみ出し、降ろしてくれんか?と言い出したので、康子も慌てて、先生!と助けを求めるが、竜三は狼狽しながらも脈を拝見しますと言い、きぬの手を取ると、脈も正常です、熱もありません、痛みはどの辺りですか?ここですか?すぐに痛みはなくなりますからねなどと言う。

きぬの手を握りながら、もう少しの辛抱です、出来ますね?などと落ち着かせる。 赤羽駅に着いたきぬは、救急車に乗せられ病院に運ばれる。

それに着いて行く車には、章一、栄介、康子らが乗り込んでいた。

きぬと一緒に救急車に圭と共に乗り込んでいた竜三は、救急隊員から、病名とサインお願いしますと求められ、万年筆を取り出すと、病名の所にドイツ語で何かを書き込んだので、ドイツ語ですか?と隊員は驚く。

日本語で書き直しますか?と竜三が堂々と聞くと、その風格に負けたのか、隊員は良いですと遠慮する。

救急車は日東大学病院にやって来る。

その後、川縁にやって来た竜三、圭、章一は、着ていた白衣を脱いで元の姿に戻っていた。 竜三は側で遊んでいた子供たちの遊びにちょっかいを出し、文句を言って来た子供たちをからかっていた。

そこに駆けつけて来た栄介が、みんな、ありがとう!と礼を言う。

終わった、終わった!やりましたね!と普段着になった圭や章一も安堵したように、栄介と一緒に帰り出す。

いや、救急車の中、ヒヤヒヤもんだったな…と帰り道、圭は栄介にぼやき、そう言えばなんて書いたんです?病名、ドイツ語で…と竜三に聞くと、ダンケッセン…と竜三が照れくさしウニ答え、ありがとうってこと…と栄介が説明する。

4人はそれを聞き、思わず笑い出す。

阿佐ヶ谷駅 大衆食堂「さかえや」にやって来た4人は同じテーブルに座り、じゃあ休みのバイト代ね、1人2000円ずつ…と栄介が他の3人に金を配り、みんなどうもありがとう、助かりましたと頭を下げる。

こちらこそと金をもらった礼を言った章一は、自分の方を睨んでいる店の店員時江(香椎由宇)に気付く。

目線を外した時枝に、店の主人貞吉(本田博太郎)が出来立てのカツ丼を四つ渡す。

どないです?漫画家って儲かりますの?と竜三が栄介に聞くと、エログロならね、児童マンガはダメですと栄介は答える。

すると圭が、油絵はもっとダメとぼやく。

そこに時江が、お待ちどうさま!とカツ丼を運んで来て、バイト見つかって良かったねと圭に話しかけて行く。

それに気付いた竜三が、ああ…、お宅が無銭飲食しはったんはここですの?と圭に聞くと、恥ずかしそうに、村岡さんに立て替えてもらって…と圭は答える。

ついでに引きづり来んで…と言う栄介に、僕に声をかけたのは何で?と竜三が聞くと、時々見かけていたんですよ、喫茶店で…、ほら、「SHIP」でいつも何か書いてたでしょう?と栄介が言うと、小説ですわ…、ちょっと長いの…と竜三が苦笑しながら答える。

そん時そちらさん、ウエイトレスの千恵ちゃんに新聞借りて、求人広告メモしていたでしょう?と栄介が言うと、定職は持たん主義でね…と竜三は答える。

食後、店を出ようとした竜三たちは、店に残っていた章一に、本当に帰っちゃうんだ、北海道…と時江が声をかけているのに気付く。 うん…と章一が答えると、そっか…と時江はテーブルを吹きながら呟く。

歌は続けるから…、僕の命だから…と章一が言うと、又戻って来て、私待ってる…と時江は答える。 その時、ほら時江!野菜炒め定食と焼きそば!…と貞吉が厨房から呼びかける。

章一君、北海道に帰っても僕には手紙書いてくださいと店の前で圭が声を掛けると、ええもちろん…、お互いもう二度と会うこともないと思うけど…と章一は答える。 歌手に絵描きに漫画家に小説家…、それぞれ目指す道はちゃうけど、ま、いっぱしになたら、又銀座かどっかで会う事もあるじゃろと竜三が言う。

そこに、章一さん!と声をかけながら自転車でやって来た米屋の勝間田祐二(松本潤)が、汽車の中で食べてけれやと弁当箱を差し出す。

蓋を開けて中を見た章一は、おにぎり?まだ暖かい!と喜ぶ。

横からそれを見ていた竜三や圭が、おやつに良いね、どれどれ…と手を出そうとすると、ダメだっちゃ!みんな返してくらっしゃい!と佑二はむきになるので、良いんだよ、ありがとう佑ちゃんと章一は礼を言う。 竜三は栄介に、25分間、お母はんの手、暖かかったわ…、忘れへんで…と伝えると、ありがとう、向井さんと栄介は握手を求める。

自分のおふくろの時は出来なかった親孝行させてもらいました…と圭も栄介に声をかけたので、ありがとう、下川さん…と栄介は握手をして来る。

大事にして上げてくださいと章一も言って来たので、ありがとう、章一君と栄介は握手する。

荷物…、駅まで送るから…と佑二が章一の荷物を持って自転車の荷台に乗せようとするので、良いよと章一は遠慮するが、章一さんの新しい歌、待ってるから…、おら、ずっと章一メロディのファンですから…と佑二は言い、自転車を駅の方へ押し始める。

みんなそこで散会になり、章一は栄介に、手紙書きますから…と言い残して去って行く。

二ヶ月後 東京ブック社 栄介が持ち込んだ劇画の原稿をチャックしていた編集長は、なんか緩いな…、ま、良いか…、OK!ご苦労さんと不承不承に認めて、3作分6万円ね…と言いながら原稿料をその場で渡してくれるが、で、前借り分1万円…と言い、1枚紙幣を引き抜く。 栄介は、ありがとうございます、これで母親の入院費何とかなりますと礼を言う。

大変だね、お母さんも…と編集長が同情すると、ああ、そう言えば、梶川先生、あんたの絵、褒めてたよと付け加え、どう?梶川先生のアクションものの脚本あるんだけどやってみない?と原稿を出してみせる。

アシスタントの口探している人がいるんだよ、手伝わせるよ、山川君!と編集長は編集室の奥に声をかける。

すると1人の男が立ち上がり、こんにちは!と挨拶して来る。

栄介は戸惑いながらも考え込み…、こう云うのは…もう…と言葉を濁すので、ほお、断る?ふ~ん…、大したもんだね…、梶川原作を断るなんて…と編集長は嫌みを言って来る。

来年は新幹線も開通する。 アジアで初のオリンピックが開催され、日本は一躍世界の一等国に躍り出るんだ。

これからの読者が求めるのは、スリル、スピード、セックスの3S! いつまでも叙情作家気分でいるんじゃないって言うの!と説教して来た編集長の言葉を、会社を出た栄介は思い出し、力なく帰途につく。

ある雨の日曜日、ラジオのNHK素人のど自慢を聞きながら、角のタバコ屋のおばあさんよね(菅井きん)が退屈そうにしていた。

その側にあるアパートの二階の一室でマンガのアイデアに煮詰まっていた栄介はズボンのポケットから持ち金を取り出すが、560円の硬貨しか残っていなかった。

いつまでも叙情作家気取りでいるんじゃないっつうの!と言う編集長の言葉が脳裏に蘇る。

ちくしょう!と呟きながら、灰皿に残っていたタバコを漁っていたとき、ドアがノックされたので、はい!開いてますよと返事をする。 そこに入って来たのは、濡れ鼠になった圭だった。

圭は栄介の前に倒れ込むように座り込むと、着いた…、やっと着いた…と疲れ来たような顔で言う。

どうしたの?引越みたいな大荷物抱えて…と栄介が聞くと、圭が頷いたので、栄介はその意味を察し唖然とする。

その時、下のタバコ屋さんのよねが、村岡さん!と声をかけて来る。

何事かと返事をして窓から顔を出すと、電話ですよ、警察から…とよねは言う。

警察?と栄介は戸惑う。

急いで、偽医者に化けて、おまけに救急車まで呼んだ一件が詐欺罪としてバレたのだと思い込んだ圭と相合い傘で駅に向かった栄介は、駅にやって来るが、栄介はごちゃごちゃ言っても始まらんでしょう、身元引き受け人として来てくれと言うなら行くしかないですよと言い聞かし、新宿までの切符2枚を購入する。

「喫茶 SHIP」で栄介は、警察から引き取って来た竜三に、何で警察なんかに?と事情を聞くと、昨日先輩の所に金借りに行ったらな、山岸さんっていうかなり豪傑の先輩なんやけどね、そしたら金の代わりに写真くれはってね…と竜三は言いにくそうに打ち明ける。

その時、写真って?とウエイトレスの千恵子が声をかけて来たので、いやいや何でもないよ、ほらマスター寂しがってるよ…などと栄介は慌ててごまかす。

マスターの林田(志賀廣太郎)はタバコを深し、音楽に合わせて指を振っていたので、そうですか?と千恵子はマスターの方を見て笑うが、そうだよ、指振り始めちゃった…、もうすぐ泣いちゃうよなどと栄介は指摘する。

千恵子がカウンターに戻って行くと、写真って例の奴でしょう?と栄介が小声で聞く。

兄さん、良い写真ありますがどうでしょう?1組2000に負けときますけど…って奴?と栄介は隣に座っていた圭を相手に小芝居を始める。

僕にもプライドがあるしな…、抵抗は感じたで、いくら小説家が体験が大事言うてもね…と竜三が言い訳したので、でも結局やったんじゃないですか…と圭が小声で指摘する。

背に腹は代えられまへんわ…と竜三は開き直る。

こんなことならまっすぐあんたんとこ、行くんやったわ…と竜三がぼやくので、何となく聞き流していた栄介は、え?と驚く。

かくして、栄介のアパートに転がり込んだ圭と竜三は、マンガを描いている栄介の背後で将棋を指していた。

ちょっと待った!と頼む圭に、決まった!堀部安兵衛!などと呟きながら竜三は、灰皿からシケモクを探す。

ノートにアイデアを書きながら苛立っていた栄介のは以後で、考えなくちゃ…すると、そろそろ考えないと…僕が言ってるのは晩飯のことですよ…と圭が呟くと、俺もそうやと竜三が相づちを打つ。

すると栄介が、ちょっと押し入れ開けてくれる?とノートに向かいながら答える。

竜三が言われるがまま押し入れを開けると、そこには扇風機が入っていたので、そいつを飯に変えようと栄介は呟く。

3人で質屋に扇風機を持って行くと、そこの老婆が何事かを呟き、息子らしき男が980円と書いてみせる。

悪かったね、せっかく頼ってもらったのに…、僕に甲斐性がないばかりに…と質屋の帰り道、栄介は2人に詫びる。

あ、いや…、僕らはお母さんのことを栄介さんに恩に着せている訳じゃないです…と圭たちは言い訳しながらアパートの近くまで戻って来るが、そこに見覚えのある男が座って待っているのに気付く。 ギターケースを持った章一だった。

何だ、何だ、章一君!どうしたの?と呼びかけながら栄介は駆け寄る。

何してんのこんな所で?と竜三も駆け寄るが、章一は、田舎、つまんなくて…、又出て来ちゃった…と言うので、出て来ちゃったんだ?と圭はうれしそうに言葉をかける。

ま、行こか?と竜三はアパートに誘うが、栄介だけは足取りが重かった。

阿佐ヶ谷北1丁目のあけぼの荘アパートの二階から、その夜、笑い声が漏れていたが、そんな二階を見つめている女性がいた。

その女性の横を通り過ぎてアパートに出前を運んで来たのが時江だった。

お待たせ!と時江が岡持を開けると、中には天丼が4つ入っていた。

章一、圭、栄介が受け取った後、1つ残っているので、あれ?4つって言わなかった?と言う時を、ちょっと来て!と部屋に呼び込んだ栄介は、押し入れを開けてみせる。

そこには章一が正座しており、よっ!とおどけて挨拶するが、時江は無表情のままだった。

すると時江は急に顔をしかめ泣きそうになりながら持っていた天道を落としたので、圭が間一髪受け止める。

ああ…、びっくりした…、脅かさないでよ…と涙を拭きながら廊下に出た時江と一緒に章一が出て来る。

もう一度、歌、やってみようかと思って…と章一はおどおどと言い出す。

本当?と時江が驚くと、今度こそ本気だよ!と章一は決意を述べる。 それを聞いた時江は、私は応援するわよと励ましたので、章一は思わず笑顔になる。

天丼のお金…と章一が思い出して払おうとすると、今日の分は良いのと時江が言うので、いや…でも…と章一は困惑するが、再出発のお祝いと時江は言う。

部屋に戻り、自分の分の天丼の蓋を開けて匂いを嗅いだ章一は、やっぱり東京は良いな…と呟く。

章一が天丼にかぶりついた時、天井裏を走り回るネズミの声が聞こえたので竜三たちは驚いて見上げるが、苦笑しながら、チュー助って言うんだよと栄介は教える。

賢い奴でね、なかなか捕まんないんだと栄介は言う。

再開を祝して、酒でも交わしたいなと竜三が言い出したので、金がないのに口ばっかし…と天丼を書き込みながら圭が呆れると、金なら多少…と章一が言うので、酒屋開いてるかな?と栄介は言う。

栄介は、コートを着て酒を買いに1人アパートを出かけるが、外に馴染みの犬がいたので、ノラ公…、ちょっと痩せたんじゃないかなどと話しかけていると、村岡さん!と呼びかけられる。 かおるちゃん?と思わず栄介は立ち上がり唖然とする。

先ほどからアパートの外で待っていた西垣かおる(田畑智子)だった。

「喫茶 SHIP」にかおるを連れて来た栄介は、結婚まだ?とかおるから聞かれ、とても…と苦笑する。

近くにね、貸本屋があるの…、あなたの作品残らず見てるわよと薫が言うと、マスターの林田が、変えるとき、声かけて…と言いながら、カウンター席に座っていた栄介にコーヒーを渡す。

栄介は2人分のコーヒーカップを、テーブル席に座っていたかおるの所に運んで、向かいの席に座る。

君はもう書いてないの?と栄介が聞くと、ぜんぜん…とかおるは首を振る。

結婚したから?と栄介が聞くと、才能よと薫は答える。

鮫島先生には会ってる?とかおるが聞くと、ぜんぜん…、金借りっ放しで行ってねえと栄介はかおるのタバコに火を点けてやりながら答える。

あそこであなたとアシスタントやってる頃が一番楽しかったわ…とかおるは言う。

だって…、悪いこと全部あそこで仕込まれたもんね…、酒とタバコ…と栄介も苦笑しながら、次の言葉を飲み込む。

初めて同士だったのよね…とかおるも、自分たちの関係を思い出しながらじっと栄介を見つめる。

栄介も思わずかおるの顔を凝視していたが、その時、栄介さん!村岡はん!と呼びかける声が外で聞こえたので、慌てて身を伏せる。

外では竜三たちが、「SHIP」は閉まってるしな~、酒屋に行って逃げる訳ないし…、不審尋問で交番連れて行かれはったんと違うか?などと狼狽していた。

そんな表の声が遠ざかって行くと、昔だったら、これからジュクに繰り出す所ね…とかおるが呟く。

そんなかおるの足を、身を伏せたまま眺める形になった栄介は、人はしなじな…、ひをふくし、今のは後とおか…と呟くので、どうしたの?とかおるが声をかける。

その後、アパートへ戻った栄介は他の3人と合流し、安酒とつまみを前に章一のギターに合わせ歌を歌ったりしていた。

歌い終えた章一に、章一ちゃんの歌は良い!と竜三が褒めると、凄いなこんな歌作れちゃったりして…と圭も感心する。

素晴らしい!ほんまに素晴らしい才能やわ!と心底感動したような竜三は立ち上がり、見てみいこの4人、明日のスター夢見る歌手がおる!叙情派の漫画家がおる!和製ゴッホがおる!そいで、将来の芥川賞作家向井竜三がおるんや!と演説のように言う。

それがどうした?と圭が茶化すと、まだ気付かへんのか?4人とも芸術家や!と竜三が言うので、違う!みんな田舎での芋兄ちゃんだ!と栄介が自嘲する。

現実は厳しい~!と圭が財津一郎の真似をしておどける。

だけど見てろ!今に見ていろ!明日は違うぞ!と章一が夢を語ると、そうや!今日は実に歴史的な夜や、この小汚いテラスからあの大芸術家が生まれたと後世の人が語り継ぐ記念の夜なんや!と竜三は大きなことを言うが、半分栄介は眠りこけていた。

しかし次の瞬間、良し!じゃあこの夜を記念して今一度…と言いながら酒の入った湯のみを手に栄介が立ち上がり、4人で乾杯をする。

良し、有望歌手、もう一曲歌ったれ!行け、章ちゃん!と栄介や圭が囃す。

すると章一は、一つ山越しゃ…とホンダラ節をギターを弾きながら歌い出す。

4人も喜んで唱和し出すが、すぐに向井の部屋の住人が廊下に出て来て、うるさい!少し静かにしろよ!と文句を言って来る。

しかし、その住民も部屋に戻りながらホンダラホニャララ…と口ずさんでいた。

翌朝、4人は雑魚寝状態から目を覚ます。

栄介はそんな状態の中少し考え事をしていた。 その日、栄介は猿楽会館の「東京ブック社」の編集部を訪ねる。

編集長が編集室にやって来て、どうしたの、今日は?と聞いて来たので、先日行っていた梶山先生の原作、書かせていただけたらなあと思いまして…と栄介が切り出すと、あのね、あんな良い話いつまでもあると思ってるの?と言いながら席に付くと、前借り話よ、第一、漫画を描かない人に貸せる程うちも余裕ないのと冷たく言い放つ。

それを聞いた栄介は、ちょっと同居人が出来まして…と事情を話すと、同居人?これ?と編集長が小指を立てて来たので、違います!と慌てて訂正した栄介は、日銭が欲しけりゃ口あるよ…と編集長が言い出したので、やります!と即答する。

それはかつて世話になった鮫島先生の家のアシスタントの口だった。

恐る恐る鮫島の工房を訪ねた栄介だったが、先生!と声を掛けると、おお、待ってたぞ、大先生!と鮫島は笑って皮肉を言って来る。

ご無沙汰してます…と遠慮がちに挨拶した栄介に、お前、当分監禁だからな、覚悟しろと鮫島はにこやかに言って来る。

頑張ります…と少し顔を引きつらせながら栄介が答えると、行け!ゼロ!と言いながら、鮫島は自分の人気マンガ「銀河少年ゼロ」のキャラクターゼンマイ人形を動かしてみせる。

章一、竜三、圭たちは、栄介の部屋で、夫々、油絵を描いたり、ギターを弾いたり、本を読んだりして日々を過ごしていたが、当然ながら、空腹になると腹が鳴っていた。

章一たちは「さかえや」に行き、時江ちゃんは?と聞くと、座って新聞を読んでいた父親の貞吉が、時江は出前だ、それがどうした?とぶっきらぼうに答える。

いえ、別に…と章一が口ごもると、注文はツケ払ってからにしてくれよ!と貞吉は文句を言う。

何言うてはりますの!おらん、おらんてそんなはずありませんやろが!こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんや!と竜三が角のタバコ屋の公衆電話で話していたので、側で水を撒いていたよねはびっくりする。

村岡栄介はんちゅうんですわ、こないだから泊まり込みで…と流沿いが必死に電話口で説明すると、だから、そんな人はいないってば…、しつこいな~君も…と電話相手は困惑していたが、その時、億から、先生!先生!と叫ぶ声に驚き、電話相手は電話を切ってしまう。

鮫島は倒れ、編集者たちがその周辺に集まり、先生、どうしたんですか!と慌てていたが、栄介はその背後から、三日徹夜ですからね…、俺だってぶっ倒れたいですよと冷静に説明する。

その時、倒れていた鮫島が目を覚まし、栄介、後は頼む…と言い死んだように見えたので、編集者たちはパニック状態になる。 しかし栄介は、死んだ真似は先生の癖なんですとまたもや冷静に教え、仕事に戻る。

さすがに編集者たちも、騙されていることに気付く。

その頃、食う金に困った章一たちは、章一のギターを質に入れることにする。

質屋に入って行く章一に、外に残った竜三と圭は合掌する。

圭や竜三らとアイスキャンデーを食べながら歩いていた章一に気付いた配達途中の米屋の佑二が、章ちゃん?歌、どんなべか?早く新曲聞かせてけれや、楽しみにしてっからと声をかけて来たので、持っていたアイスを背中に隠した章一は、おお!と返事をする。

雄一が去ると、考えてみればさ、俺たちなんかアルバイト探して稼いだ方が早いんじゃないかね?と章一は言い出すが、それを聞いた竜三は、それはあかんわ、芸術家が芸術以外で稼ぐのは堕落やで…と竜三が言う。

同感、君もな、ハートで歌える歌手になるためにはこの貧乏体験こそが糧になるのだから…と圭も同調する。

ある日、外で風景画を描いていた圭は、子犬を連れた美香子に気づきその美貌に呆気にとられるが、その美香子が自分の絵を見て、素敵…、素敵な絵ですね…と声をかけて来たのでさらに驚愕、つい、あげます!これ、完成したらあげます、もらってください!と言ってしまう。 章一は「パチンコ東京会館」でパチンコに耽っていた。

「さかえや」で割り箸の整理をしていた時江は、引き戸が開いて、顔を覗かせた章一が手招きしたので、厨房の貞吉の様子を気にかけながらも、外に出る。

そんな時江の様子を包丁を研いでいた貞吉は寂しげに見る。

章一が手に持っていた紙袋の中の景品を見た時江が凄い買い物!と驚くと、パチンコだよと章一は打ち明け、ね、明日定休日だろう?と聞く。

そうだけど…どうして?と時江が答えると、デートしない?と章一は思い切って誘う。

時江は微笑み、うれしい!と呟く。

翌日、バスに乗り込んだ時江は章一に、ねえ、どこに連れてってくれるの?お弁当作って来たんだ、なんか今日朝早く目覚めちゃって…と伝える。

時江が連れて来られたのは、栄介の母親きぬが入院している病室だった。

時江は章一のパチンコの景品を手みやげに、栄介さんの友達です、あ、本当にただの友達なんですと念を押し、栄介さん、今、追い込みでものすごく忙しくて、毎日下宿に雑誌社の人たちが押し掛けて来て、栄介さんのマンガを奪い合うみたいにして持って行くんです…、売れっ子ですからね…と嘘を言い出す。

その話を子供たちが側で遊んでいる川縁で聞いた章一は、巧く行って良かったな〜と弁当を広げた時江に言うが、良くないわよ!凄い具合悪そうだったんだから…と時江は憮然として表情で答える。

それを聞いた章一は、だろうな…、完全に手遅れで、手術も出来ない状態らしいから…と言う。

私苦手なのよね、病院…、母ちゃんが亡くなったとき入院した時だって病院なんて行ってないんだから…と時江は明かす。

偽医者なんかやってなきゃ、自分で見舞ったんだけどさ…と章一が弁解すると、そうよ、本当バカみたい…、何でこんな所でおにぎりなんか食べてんのよと時江はぼやき、ここどこ?と聞くので、板橋…と章一は答える。

その頃、病室では、時江が置いていったパチンコの景品を見ながら、看病していた康子ときぬが苦笑し合っていた。

鮫島邸では、編集者たちが、なかなか上がらない原稿を前に、な、何とかしてくださいよ、印刷所が限界なんですよ!もう一踏ん張りなんです!と泣き声を上げていた。

アシスタントの栄介にまで、氷嚢を頭の上に乗せてくれながら、栄介先生、お願いしますよ!と編集者が懇願していた。

徹夜続きでもうろうとしていた栄介には、側にあった梟の玩具が、今がチャンスだ!逃げろ!と呼びかけて来るような幻覚を見る。

栄介の部屋では、美香子ちゃん、元気にしてるかな〜、本当に可愛いんだ…、色白で髪が長くて、もう燃えちゃうな…などと、想像の彼女の顔をスケッチしながら圭がうっとりしながら呟いていたので、聞きとうないわ、そんな話!飢え死にしかけてるんやで、ええかげんにしとけよ、エロぼけしとる場合か!俺ら…と竜三がぼやく。

カツ丼、天丼、親子丼…などと言いながら服を脱いでいる章一の横で、うな玉丼!うな丼…などと同じく服を脱ぎ終えた竜三が万年筆を持って呟く。

卵丼…と続けた章一が、卵丼は微妙に寂しいよねと笑う。 圭は、竜三の万年筆や自分の持ち物全部質屋に持ち込むが、大した金にはならなかった。

部屋でその金を見た竜三たちは、こんだけにしかならんかったか…、あの万年筆…と嘆くので、炊事場で顔を洗った圭は、申し訳ない、力不足で…と詫びる。

その時、圭は自分の絵がなくなっている事に気付き、僕の絵は?と聞く。

その夜、そんな竜三たちの部屋にやって来た書生姿の男山岸長十郎()が、急に高笑いすると、ダメだと思ってるな?はいよ、これ!と金を差し出す。

聖徳太子や!と竜三が感激すると、手数料分5000円抜いとくわと山岸姿の男は紙幣を1枚引き抜く。

そして、部屋に上がり込んだ山岸は、おお、君があの絵の作者か?と圭の肩を叩き、いや〜大したもんだ、ちゃんといたぞ、目利きの画商が!と軒先に座り言う。

俺が見た所、安くても3万で売れると思ったんだがな、何と4万の値をつけ追った!と山岸は自慢げに報告する。

ごっついな〜と竜三は喜び、章一も、これで腹一杯食える!と言い出す。

竜三も、俺の万年筆も引き出せるわ!と気づく。

俺のギターも服も、扇風機も!と章一もはしゃぎ出す。

しかし圭だけは、俺の絵が売れたんだ…、凄い…としんみり感激し、泣き出していた。 山岸はそんな圭にタバコを勧め、章一たちは札束を改めて眺め、聖徳太子ってひげが生えてたんだ!などと感激し、ええ顔してはるな〜と竜三も言う。

そやけど大したもんや、ゴッホは生きてる間1枚も絵が売れへんかったんやってな…と、その後、駅前の屋台に繰り出した4人は話していた。 言うたら君はゴッホを超えたちゅうことなんと違うか?などと竜三は圭を褒める。

いやいや、彼と僕とでは絵のタッチが違いますからね…などと圭もまんざらでもなさそうな顔で否定する。

コップ酒を一気にあおった山岸は、じゃあ俺は行くぞと立ち上がり、駅の方へ向かったので、先輩!おおきに!ありがとはんでした!と竜三が礼を言う。

阿佐ヶ谷駅のホームに入った山岸の後を追ってホームに駆け込んだ章一は、山岸さん、すみません、あの絵、どこの画商が買ってくれたか教えてくれませんか?と質問する。

それを聞いてどうするね?と山岸は言いながら一枚の紙を手渡す。

それを見た章一は真顔になる。

真夏の炎天下の中、鮫島邸の前にしゃがみ込んでいた栄介が、通りかかった子供たちに、君たち、今日は何日?と聞くと、はい、今日は7月21日、今日から夏休みであります!と昆虫採集の網と採集箱を持った子供が教えてくれると、「少年探偵団」の歌を歌いながら去って行く。

その頃、章一たちは「SHIP」でビールやポートワインなども注文し、合成な昼飯を食っていた。

マスター!ナポリタン最高だよ!と章一が声をかけると、おお、ありがとう!と 林田は苦笑しながらも返事する。

竜三は、やっぱり坂口安吾は最高やで!などと文学論を口にしていた。

日本人は堕落して生きねばならぬ!と圭も話を合わせる。

千恵ちゃん呼んだ?「堕落論」と竜三が聞くと、ああ、残念ならくだの話ですか?などと千恵が見当違いなことを言って来たので3人は笑い出し、千恵ちゃんはほんまおもろいな〜と竜三も言う。

ポテトサンドも最高だよ!と章一がマスターに声をかけていた時、日よけが下がった窓の外に立って睨んでいる栄介に千恵子と竜三が気付き、気まずい空気が流れる。

アパートの部屋に戻っても栄介は憮然としていた。

16315円残っていた有り金を見ていた栄介は、わずか1週間で2万円も散財したの、え!君たち?と呆れてみせると、別に飲み食いだけに使うた訳じゃないし…と、寝っ転がって本を読みながら竜三が言い訳する。

部屋にはからになった酒瓶が並んでいたが、扇風機とかズボン、ギターとかを質屋から出してきたしね…、ちりも積もれば何とかって…、まあ今日はあったし、「SHIP」のツケも溜まってたし…と章一も弁解する。

10と苦闘7日間、不眠不休で稼いで来た報酬がこれだ!と言い、栄介が差し出したのは5万4000円だった。

こんなの初めてだよ、聖徳太子をこんなに団体で見たの…と圭は金を並べたのを見て唖然とする。

しかし、すぐにその金を取り戻した英末は、僕が稼いで来たこの金と圭君の1万6000円を足して、とにかく少しだがまとまった金が手に入った訳だ…、これを元手に、僕は今日から生活の立て直しをしたいと思う、異議はないですね?と言い出す。

こんだけの金前にして、固いこと考えるにはもったいないでと竜三は不満を口にし、これから新宿に繰り出して、たまにはぱーっと!などと章一も浮かれ気分で異議を申し立てるが、言いたくはないが、諸君は金を稼ぐと言うことがどう言うことか分かっていないと栄介は反論する。

それと自由についてもだ…と栄介が指摘するので、章一たちはああ?自由…と驚く。

とりあえず、風呂行こうか?もう1週間も入ってないんだ…と栄介は苦笑しながら提案する。

栄介は金を、チュウ助がいる天井裏に隠し、銭湯に出かけるが、村岡君、少し稼いで来たからと言うて、ちょいと威張り過ぎでんな…と竜三が不満を漏らす。

金を稼ぐことは知らなくても、自由に生きることは知っていると言う圭に、良し、じゃあ聞かせてくれないか?自由とは何か…と栄介は立ち止まる。

自由とは好きなことを好きなようにやって行くこと…、栄介さんは漫画を、竜三さんは小説を、章一さんは歌謡曲を、俺は油絵を…、それが自由だと思うけど?と圭が答えると、共感!従って俺らは定職を持たへんのや、金のために身を売ったりは断固せん!と竜三が賛同する。

すると栄介はん、俺はそれをやって来たんだぜと指摘すると、そりゃちゃうで!と竜三は反論する。

君は漫画家やさかい漫画を描いて来たんや、それは君が主体的に決断し選んだんやでと竜三が言うと、違う!君は何も分かっちゃいないと栄介は言い返す。

結局…、何?生活の立て直し?と章一が聞くと、そうだよと栄介は答え、その時、竜三が、おお、佑二君!と同じく洗面器を持って銭湯へ向かっていた佑二に声をかける。

あ、おばんでがんす!と背後から近づいて来た竜三たちに挨拶をして来た佑二は、佑ちゃんも風呂?と章一が聞かれ、皆さんもだすか?と聞き返す。 一緒に行こう!と章一は佑二を誘う。 誤解しないで聞いて欲しい。

俺だって自由を簡単に考えてる訳じゃないんだと湯船の中で栄介は説明し出す。

自分が書く漫画だけは永遠に純粋でありたいんだよ。

ところが自分が本当に書きたいものは売れん…、逆に金稼ぎに走ると自分が本当にやりたい仕事の時間がなくなる…と栄介が言うと、それなら問題は簡単や、金さえあれば全て解決するんや、金さえはじめにあれば…と竜三は言う。

そこさ!まとまった金さえあって食えさえすれば解決なんだよ、俺たちは自由を手にすることが出来るんだ、今がそのチャンスなんだよ!と栄介はみんなに伝える。

そんな栄介の話を佑二はじっと聞いていた。 その後、酒を買って帰っていた章一は、路地の奥で見知らぬ男のネクタイを親しげに治してやっている時江の姿を目撃してしまう。

章一が立ち去った後、知り合い?と聞かれた時江は、うん…、まあ…と曖昧に言葉を濁す。

アパートには佑二も来て、又酒盛りしていた。

例えばこの一夏だけでも良い!お金のことを気にしないで互いの創作活動に精魂を傾けると言う経験が今の我々には必要なの!と栄介が言うと、そうだ、他のことは何にも考えないで、歌の勉強だけに精を出さなくちゃダメなんだよ!と章一も言い、天井裏のネズミがうるさいので、チュウ助、うるさいぞ!と注意する。

7万はあるんやけどな…と竜三が言うと、4人で一夏は足りないだろう?と圭は言う。

今月の暮と8月9月一杯…、二ヶ月半分だと圭が指摘すると、無理無理…、一日に職にしたかて…と竜三が否定する。

それを黙って聞いていた佑二が急に正座し、できます!きっとできます!皆さんが本気さなれば、今の心の中さある自由さ求める気持が本当であればきっと出来ると思うんです!と熱弁を奮い出す。

きっとできます!おら、皆さんの話さ聞いて、本当に感動しました!とうれしそうに語る佑二の言葉に感激した栄介は、感極まり握手を求める。

自炊すれば何とかやれるって…と章一も言い出し、自炊?三遍三遍が異色だったのか?と佑二は驚く。

しかし、自炊はな〜…と竜三は笑い出したので、やんなきゃダメだって…、このままじゃダメだって…、ちゃんとやれよ!やるよ、やるよ、ちゃんとやるよ…と章一は酔った勢いもある中、自分で言い聞かす。

翌日、「SHIP」のマスターから、9月までの小遣い1人5000円ずつを貰い受けた4人は、2万9500円預かるのは良いけれども、これで9月までやって行けるの?と林田から聞かれる。

家賃も3ヶ月先払いしたし、光熱費も水道代もちゃんと引いたし…と栄介は答える。

「SHIP」のコーヒー代もちゃんと払いまっせと竜三も約束する。 頼むよと笑った林田に、さっそくですが、今日の食費400円…、宜しくお願いしますと栄介は林田に頼む。

自炊するからって言うには米にミソくらいは買ってあるんだろうね?と林田が確認すると、4人は固まってしまったので、買ってないの?何食べるつもり?と林田は呆れる。

その足で佑二が勤めている「信濃屋」に向かった4人は、徳用米が10キロ1050円もすることを知り愕然とする。

それを見た栄介は、小遣いの中から出し合って買うしかないな…と頭を書く。

店の主人と女将が睨んでいるのに気付いた4人は、後にしようか…とビビって立ち去るが、そこに配達から帰って来た佑二が4人の後ろ姿に気付く。

竜三たちは、公園にいた労働者相手に100円硬貨で賭け事を試みたがあっさり負けてしまい、現実は厳しいの、兄ちゃんと相手からからかわれるだけだった。

賭けた硬貨を労働者に取られたのを見た章一は、肉買っときゃ良かった…と悔やむ。

初日から飯抜き店と圭がぼやいていたとき、皆さん!と自転車で駆けつけたのは佑二だった。

佑二は荷台から米袋を取り出しながら、古米だけど十分旨いからと言いながら笑顔で差し出す。

ありがとう佑ちゃん!と受け取った栄介が礼を言うと、労働者たちも近寄って来て、持つべきものは友達やのお、兄ちゃん!と肩を叩いてくれる。 かくして4人の真面目な共同生活が始まる。

栄介は部屋で漫画を描き、圭は井の頭公園の雑木林で、美香子をモデルに絵を描いていた。

竜三は「SHIP」で千恵子の目を気にしながら小説を書いていた。

「さかえや」の時江から丼と割り箸を借りていた圭は、ね、章ちゃん、何か言ってなかった?と時江から聞かれたので、いや、何も…と答える。

アパートに戻って来た竜三が、飯は何で炊くん?と聞くと、章一は洗面器を取り出し、これ!まな板を乗せれば…、ね?と答える。

栄介は、しょうがないわね〜、これっきりにしてよ!と呆れたタバコ屋のよねから、塩と味噌をもらっていた。

部屋のコンロで洗面器にまな板を乗せて米を炊いていると、その匂いを嗅いだ圭が、やっぱ、飯を炊く匂いは最高だな〜と感激する。

圭は隣でやかんでみそ汁を作っていた章一に、そう言えば時江ちゃんが、七夕祭りの日、6時に「SHIP」で待ってるってと伝える。

天の河…、愛分け経ちて我が恋し…と部屋の所にいた竜三が歌を詠み、時江ちゃんいじらしい所あるんだね?と栄介もからかう。 その七夕祭りの日 商店街にはチンドン屋が繰り出して人も大勢出ていた。

夕方、アパートの部屋に1人残っていた章一は、僕の心は〜♩などとギターを弾きながら自作の恋の歌を歌っていた。

時江は先に「SHIP」に来て、店前にいたノラ公に、ちゃんと食べてるの?と聞く。

テーブルに座った時江に、千恵子がマスターからのおごりとコーヒーを運んで来て、でも章一さん遅いねと心配げに伝える。

テーマとしては面白そうだよねと林田はカウンター席にいた竜三に話しかけていた。

千恵子はそのまま時江の席に座り、旭の特集やってるんだねなどと話しかける。

イカサマがバレて逃げ回っとったイカサマ師が、妹に、兄はキリシタンでございますと訴えさせて奉行所の牢やに入って来る所から話が始まるんやけどねと構想を話す竜三に、でもヤクザからの追っ手からは逃げられてもキリシタンで捕まったら貼付けになっちゃわない?と林田が素朴な疑問をぶつけると、知らんの?踏み絵…、お裁きで踏み絵を踏まへんかったら磔やけど、踏んだら転び宗徒と言う事になり放免されるんですわと竜三は解説する。

ああ、踏み絵を踏むんだと林田が納得すると、そうしようと思うたんやけど、牢屋で可憐なキリシタンの娘と出会うて、一目惚れしおったんや…、そのイカサマ師が…、バカだね〜、で、この娘と賭けをする訳やね丁半で、天国はあるかないか…と竜三は続きを話す。

イカサマ師はどうにでも出来る…と林田が察すると、そう、イカサマで天国はあるっちゅう目を出したるんや、娘のためにね…と竜三は愉快そうに話す。

サルトルの賭けはなされた…と林田が指摘すると、そうや!実存主義やと言いながら、うれしそうに竜三は林田に握手を求める。

林田は、「踏み絵黙示録」と題された竜三の原稿をその場で読もうとするが、竜三は照れくさそうにする。

めくってみると拍子だけしか書かれてないことが分かる。

それを林田から指摘された竜三は、ま、おいおいな…と答える。

外では、阿佐ヶ谷商店街七夕祭りの演芸会が始まっており、ゲストの横山ホットブラザースが芸を披露していた。

4人は見物客に混じりそれを見ていたが、栄介はその場にいる章一に、時江ちゃん、振っちゃたんだ?と背中をこづいて聞く。

今の俺にはさ、時間と金の無駄遣いじゃない?と章一は答える。

そんな会場にやってきたのが西垣かおるで、それに気付いた栄介は、人気のない出演者控え室の裏手にかおるを誘い、どうしたの?と聞く。

おはぎ、良かったら食べてとかおるが土産を出したので、わあ、ありがとう!うれしいな!と栄介は感謝する。

何か話しかけようと下かおるだったが、ちょうど祭りの関係者が通りかかったので道を譲り、もう行かなくちゃ…と言い出す。

どうして?来たばっかりじゃんと栄介が聞くと、これから旦那と熱海に行くとかおるが言うので、今から?夜だよ…と栄介は苦笑する。 かおるは、車で行けばすぐよ、車買ったの、先月…と言う。

そう…と栄介が小声で答えると、ごきげんようと言い残しかおるは去って行こうとするので、その手を引いて引き寄せた栄介は、嫌がるかおるを塀に押し付けキスをする。

そんな栄介をはね飛ばして、かおるは帰って行く。 映画館では、小林旭と浅丘ルリ子の映画「南国土佐を後にして」をやっており、時江が1人で見ていた。

そんな時江に気付いていた男客がいた。

映画館を出た時江は雨が降り出したことに気付くが、外で待っていた男が、時ちゃん1人?と声をかけて来る。 退屈だろう?こんな晩…、新宿まで出ない?面白い店がある…ね?としつこく迫って来る。

翌日、章一はアパートの部屋で相変わらず自作の歌を歌っていた。

栄介は漫画のキャラを描いていた。

部屋のカレンダーには10日に「〆切」、11日「東京ブック社持ち込み」と印が付けられていた。

その内、歌に詰まった承知は、タバコを吸いながら、才能ねえ!とぼやくので、もう諦めたんですか?と栄介は仕事をしながら聞く。

パチンコしてきますと立ち上がった章一に、まさか我々の夕食代でパチンコする訳じゃないでしょうね?と栄介は嫌みを言うと、そうですよ、400円でカレーライスは無理ですからねと章一は開き直る。

まず100円でカレーのルーを取って、福神漬けを取って、調子が良かったら、明日の醤油味噌砂糖などを取って、後の300円でバラ肉と野菜を買ってきますと章一が言うので、苦労かけますね…と栄介は皮肉っぽく答える。

趣味と実益です…と答え、帽子をかぶって出かける章一。

1人になった栄介は立ち上がり、窓から照りつける太陽を眺める。

一方、圭は相変わらず美香子をモデルにしたつもりで外での油絵制作にいそしんでいた。

(背景にスーダラ節) しかし、その絵を見た通りかかりの子供や老人たちは、肝心のモデルが目の前にはいないので不思議がっていた。

圭は実際の風景と空想の美香子を組み合わせて描いていたのだった。

パチンコ屋での章一は順調に玉を出していた。

「SHIP」で原稿を書いていた竜三は、水を注ぎにやって来た千恵子に、最後が決まらへんわなどと笑顔で弁解していたが、千恵子は他のお客に愛想を振りまきながら側を離れてしまう。

実は全く原稿は進んでいなかったからだ。

部屋に戻った竜三は、カレーの鍋の底が焦げ付いて穴が開き、全部中味をこぼしてパニック状態になっていた3人を見て唖然とする。

穴の開いた鍋を見ながら、アホやな〜…と竜三は心の中で呟く。

お盆になり、「信濃屋」の店先に佑二は提灯をぶら下げていた。

「SHIP」では、やって来た竜三から三日分の食費を要求された林田が、買いだめしとかなきゃあ、明日からお盆だよと呆れていた。

今のうち、痛まない物買いだめしとかなきゃさ…と言いながら林田から金を受け取った竜三は、お盆は箇々閉めるの?時くと、私はいるけど千恵ちゃんが国へ帰っちゃうから店は閉めとくつもり…と林田は答える。

千恵ちゃん国どこなん?と竜三が聞くと、おどま盆ぎり〜♩と千恵子は歌い出したので、熊本なん?と驚く。

付いて行こうかいな?と冗談を言うと、親がびっくりするわと千恵子が言うので、いやほんまの話、ご両親にもお会いしたいしなどと竜三は言い出したので、ダメよ、お見合いするのと千恵子はあっさり教える。

え?と竜三が驚くと、先月写真を送って来てね、結構気に入ってるのね…などと千恵子は言うので、そうなん?結婚するんか?と竜三は聞くと、親も安心させたいし…と千恵子は言うので、親孝行や…千恵ちゃんは…と竜三は言うしかなかった。 奥の部屋にいた林田も、千恵ちゃん、たっぷり親孝行しておいでと声をかける。

久々に「日東大学病院」に来ていた栄介は、母きぬのレントゲンを担当医から見せられ、持って後二ヶ月…、好きなことをさせてあげてくださいと言われる。

病室に入ると、きぬと一緒に看病疲れの康子もベッドに突っ伏して眠っていた。

池の側では、油絵を完成した圭が、キャンバスの裏に「阿佐ヶ谷一丁目五一○ あけぼの荘二○三号室 下川圭より 1963.8.13」と書いていた。

そしてその絵を近くの切り株に立てかけ帰って行く。

病室のベッドで寝ていたきぬは、窓から聞こえて来る蝉の鳴き声に耳を傾けていた。

病院でお盆を迎えるのが嫌だって聞かないんだと栄介は駅に見送りに来ていた圭と章一に打ち明けていた。

圭と章一はそんな栄介にゴザとおにぎりを手渡していた。

切符取れるかな?妹さん徹夜させるの可哀想だと圭は案じるが、妹がそうしたいと言うんだ。

分かるんだ、おふくろの最後のわがままだからさ…、兄弟で並ぶよと栄介は言う。 じゃあと別れを告げた栄介はゴザとおにぎりを持って新宿駅構内に入って行く。

田舎か…と章一が呟くと、盆とか正月とかやだね〜…と言いながら圭も帰途につく。

駅構内では、8月14日発売分の乗車券と特急券、急行券となっております!お一人様二枚までとなっておりますとメガホンを使って駅員が並んだ客の説明をしていた。

東京の病院なんか来るんじゃなかった…と栄介は、床にゴザを強いて寝転びながら康子と話していた。

母ちゃんは来て良かったって言うとったよと康子が言うので、本当け?と栄介が聞き返すと、栄介にこんな親孝行してもらえるなんて思っとらんかったって…と康子は言う。

兄ちゃん、母ちゃんも私も知っとるよと康子が言うので、何を?と聞き返すと、入院のとき、駅から病院まで母ちゃんを運んでくれた人たちのこと…、母ちゃんがね、病院の看護婦さんに聞いたんやて、親切に運んでもろうたお礼をしたいから名前を教えてくれんけ?言うて…と言いながら、康子は章一がくれた握り飯を取り出していた。

そしたら、そんな人たちはこの病院にはいませんって…、あの時の人たち、兄ちゃんの友達やろ?と言いながら康子はおにぎりを頬張る。 母ちゃん、怒っとったやろ?と栄介が聞くと、ううん…、良い友達持って幸せもんだって…、母ちゃん、泣いとった…と康子は言う。

そうか…と栄介は答える。

「夏の銀座は花ざかり」と題されたニュースフィルム 午前二時の浜辺…とナレーションが入り、焚き火が燃える映像。

今やツイストに代わって登場したサーフィン、昼は波に乗り、夜はリズムに乗る。

午前3時、やけっぱちのような熱気が深夜の空気を奮わせます…(とナレーション)

その頃、竜三はトランジスタラジオから流れて来る音楽とナレーションを聴きながら、屋台で1人酒を飲んでいた。

コップ酒を口にした竜三は、人生は人を欺かない…と呟いたので店の主人がえ?と聞き返すと、人生は一度も人を欺かなかったと続けたので、何ですかそれ?と聞かれる。

フランスの有名なおっさんが言うとったんやと竜三は酒を飲んで愉快そうに答える。

そこに入って来たのが圭と章一だった。 何にしましょう?と主人から聞かれた圭と章一だったが、気まずい雰囲気の中、何も答えなかった。

「さかえや」でキャベツを切っていた貞吉の元へ、「信濃屋」の佑二が米を配達にやって来る。

伝票を書きながら、時江さん、最近見ないですね?と佑二が聞くと、貞吉は苛立ったように鶏肉と包丁でぶっ叩く。 こいつは時江さんさ、渡してけらっしゃいと佑二が持って来た「映画の友」と言う雑誌を見せ、ずっと借りてばっかで…と謝っても、貞吉は何も答えようとはしなかった。 様子がおかしいので、佑二は、ハンガーにかけてあった時江の店員服を見るしかなかった。

アパートの部屋では、竜三が、まだ?いい加減にしたりいやと圭をせっついていた。

悪い、悪い、ちょっと待ってと圭は謝っていたが、その時扉がノックされる。 圭が扉を開けると、ずぶ濡れになった時江が黙って入って来る。

軍艦マーチを口ずさみながら、傘をさしてパチンコから帰って来た章一は、アパートの階段の陰で1本の傘の下で雨に濡れながら待っていた栄介、圭、章一を見つけ驚く。

章一の前に出て来た栄介が、時江ちゃん、来てるよと教える。

章一は自分の傘を栄介に渡すと急いで二階へ上がって行く。 ノックして部屋に入った章一は、濡れた赤いワンピースを台所にかけ、男物のシャツを着て栄介の机の前で後ろ向きに座っていた時江を見る。

何しに来たの?と章一が問いかけると、立ち上がった時江が黙って部屋の電灯を消したので、下からそれに気付いた栄介たちは驚く。

時江は無言のまま立ち尽くしていた章一に、自らキスをして行く。

額や目にもキスした時江だったが、あまりにも章一が無反応なので、固まってしまう。

栄介たちは「SHIP」で雨宿りさせてもらっていた。 時江ちゃん、明日には帰ってもらおうね…、当たり前田のクラッカーと裕介が呟く。

翌朝、栄介らがアパートへ戻ると、章一が1人で朝食を作っていた。

ただいま!と言いながら3人は部屋の中に入るが、章一は元気良くお帰り!もうすぐ飯炊けるから…と言うだけだった。

3人が座ると、悪かったね…と章一が謝って来たので、良いんだよと栄介は答えるが、セックスってつまんないね、白けるよね、後が…と章一が言い出したので、3人は返す言葉もなかった。

ある日、阿佐ヶ谷商店街に、風呂敷包みを抱えた和服の女性が日傘をさしてやって来る。

「SHIP」に呼び出された圭は、確かに僕は井の頭公園の雑木林である人と出会い、その人の面影をこの絵に描きましたと、風呂敷包みから取り出された油絵を前に証言する。

でもそれは別の人です…、あなたじゃない…、あなたじゃなかったような気がする…、残念ながら…と圭は戸惑う。 そんな圭の様子を林田と千恵子は困ったように聞いていた。

しかし、その絵を持ち込んで来た和服の女性は、下川さん、私、少しも構いません。

この絵が私でなくても、私は少しもがっかりは致しません。

この人は多分、この世に存在しない女性だと思いますと言う。

どこかにいるとしても、それはあなたの胸の中にだけ、あなたの哀しいイメージの中に住む人なのですね…などと女性は言う。

私はこの絵の魅力に惹かれてお訪ねしたのですと女性は瞬きもせず言うだけだった。

その後、「さかえや」の前を通り過ぎようとしていた圭は、下川さん!と時江から呼び止められ、私お勤めに出るのよ、「バー五輪」って言うの、新宿…、たまには皆さんで気晴らしでいらしてと広告マッチを渡される。

圭は、時江ちゃん、きれいになったね…と焦点の定まらぬような顔で言うと、じゃあ、ごきげんようとだけ言い残し笑顔のまま帰って行くので、時江もちょっといぶかる。

部屋に戻って来た圭が結婚などと言い出したので、他の3人は唖然とする。

昼間訪ねて来たあの人と?と章一が聞くと、そう…と圭は頷き、何を隠そう、今まで「SHIP」で話あって来たんだよとうれしそうに打ち明ける。

そんでね、僕には彼女が必要と言うことが分かったし、彼女も僕が必要だって行ってくれたし、この際思い切って…と圭が報告するので、そっか…、羽ばたいて行くのか…と机に向かっていた栄介は呟く。

とにかく明日から僕はここを引き払って軽井沢の彼女の別荘で新しい創作に取っ組むつもりなんだと圭は言う。

一人将棋をしていた竜三が軽井沢!と驚き、章一も別荘ですか…とうらやむと、今思えば先月、山岸さんに4万で売ってもらった絵もね、あれ、手放すんじゃなかったよと圭が言うので、彼女に買い戻してもろうたらええやないかと竜三が言うと、どこの画商に売ったか分かるかな?と圭が言うので、 先輩に聞いとくわと竜三は答えるので、そうしてもらえるとありがたいなと圭が言うと、値が上がってへんかったらええんやけどな…と竜三は心配する。

少々ならね…と圭が答えていると、章一は黙って自分の作曲ノートを広げる。

そして、中に挟んでいた一枚の紙を圭の前に差し出す。

今だから言うけどさ…と章一が打ち明けようとすると、何だそれ?と竜三が紙を確認しようとし、質札?と気付く。 領収書の宛名を読むと山岸様と書かれてあった。

圭さんの絵、山岸さん、画商に売ったんじゃなくて質入れしてたんだと章一が明かす。

それを聞いた竜三は、先輩、口が達者やさかいな…と圭を慰めようとする。

その質札を受け取って確認した圭は、これもほろ苦い青春の思い出だね…と自嘲すると、参った、参ったと言い、無理に笑おうとする。 他の3人も笑ってごまかそうとするが、その時、扉がノックされる。

はい!誰?と栄介が立ち上がりかけると、入って来たのは「SHIP」のマスター林田だった。

よお、みんな揃ってるね…と言いながら部屋に入って来た林田は、どうしはりましたん?と聞いた竜三に、いやいや…、下川さんと話しかけ、あなたがうちで話し込んでいた女の人…と切り出したので、はい!結婚することにしました!と圭が応じると、ああ…、やっぱり知らなかったのね…とため息を付く。 その後、銭湯にやって来た栄介たちの表情はさえなかった。

林田の言葉を思い出していたからだった。 彼女、どっかの一流女子大でフランス文学をやっていたって言うのは本当らしい…と林田は言う。

父親が海軍大将だったと言うのも本当さ。

残された遺族の戦後の辛酸は人ごとではなく、切り売り切り売りで、婚約者が雪山で死んでからは、おかしくなってしまって、夕方駅前でしょぼくれた若者捕まえちゃ、結婚の約束をするんだよね…と林田は打ち明ける。

アパートに一人残っていた圭は、質札を見つめながら狂ったように畳に寝転がり笑い転げ、やがて悔しさで泣き出していた。

東京ブック社 蛙は行った、風の中を…、随分長い間、私は考えて来た…、一体何のために箇々にこうして生きているのか分からずに、ここに… 持ち込んだ漫画の原稿のネームを編集長は読み上げていた。 それが今やっと分かったような気がする。

読み終えた編集長は、一夏かけて書き抜いた力作ってのがこれ?と聞いて来る。

それは案山子を主人公にした叙情漫画だった。

栄介は照れたように笑うしかなかったが、うちじゃ預かれないね、こう云う力作は…と編集長から言われると、ショックを受ける。

いつまでも児童マンガなんか描いてたら本当に仕事なくなっちゃうよと編集長は言い聞かす。

栄介ががっかりしている時、こんにちは!と編集部を訪れたのが山川で、愛想良く出迎えた編集長は、お茶淹れてあげて!ちょっと待って!山川君、コーヒーの方が良い?などと打って変わった愛想良さで接する。

見本刷りで来たんだよ、評判良いよと上機嫌そうな編集長の声を聞きながら栄介は自分の原稿を封筒に入れる。

ロバのパンの車に子供たちが集まっている。

章一はアパートの部屋の炊事場で身体を拭いていたが、そこにロバのパンの蒸しパンを食いながら竜三が戻って来る。

何書いてるん?と机にも立っていた圭に竜三が聞くと、遺書をね…と圭は答える。

遺書?と言いながら覗き込もうとした竜三だったが、ノートを閉じた圭は、竜三が買って来たロバのパンを一つ取ると、ちょっと出かけて来ると言い残し部屋を出て行く。

あいつ、あれから元気なくなりよったな…と竜三が章一に言うと、画材も置きっ放しだし、毎日どこへ出かけているのかな〜?と秀一も不思議がる。

竜三さん、自慢の万年筆はいくらなの?と章一が聞くと、他人のことは放っときいなと竜三は言い返して来る。

お前こそ、気持のええ新曲、早よ聞かせてもらいたいもんやねなどと言い、竜三は寝転がって本を読み出す。

そこに圭が慌てて戻って来て、栄介さんに電報と言う。

「母危篤 すぐ帰れ 康子」と圭が読み上げると、竜三も章一も慌てて電報の所に集まって来る。

新宿のバー「夜の金メダリスト BAR 五輪」に来ていた栄介に、応対をした時江が、あの人たちまだいるの?と聞いていた。 いるよと栄介が答えると、あんたも物好きよねと呆れたように言う時江は、ただでさえ狭い部屋に大の男三人も抱え込んじゃってさ…、酸欠になっちゃいそう…と言う。

すると栄介は、連中にはその内出て行ってもらうよと答え、章ちゃんだけでももらってくれるか?1人じゃ寂しんだろう?とからかうように時江に聞く。

すると時江は、2人でいても寂しいのは同じよ、1人で寂しがっている方がまだ気楽じゃないかしら?違う?と答える。

その時、時江に声をかけ常連らしき男たちがやって来たので、時江はそちらへ移動すると、そうか…、1人の方が気楽かもな…と残された栄介は呟く。

その頃、「SHIP」で林田から預けた金全部を受け取っていた竜三は逃げるように帰って行く。

泥酔して店を出る栄介は、もうこれ以上4人で一緒にいても何のプラスにもならず…と階段の所でぼやき、明日でも出てけ!俺は本気だ…、1人にさせてくれ…などと1人で管を巻いていた。

酔って駅にたどり着いた栄介は、そこで待っていた3人を見つける。

竜三が電報を手渡し、章一が持って来たバッグを渡しながらざっと詰めたからと伝え、圭が、魚津までの乗車券ね、後、金が少しと言いながら封筒を手渡す。

急げば12時の夜行に間に合うんだと章一が教えると、これ、「SHIP」のマスターからサンドイッチと言いながら竜三が紙包みを差し出しながら、お母はん、きっと待っててくれはるわと励ます。

頷いてホームに戻ろうとした栄介に、これ、電車の中で読んで…と圭が手紙を差し出す。

改札口を戻った栄介は、3人をじっと振り返り、何も言わずにホームへと向かう。

3人もそのままアパートへ帰る。 お世話になりました、ありがとう…と圭の手紙には書いてあった。

この夏のこと、この部屋のこと、生涯忘れません… 急なことでしたので、勝手ながらこの文書にてお別れします。

覚えていますか?この夏の初め、君がアシスタントのバイトから帰って来た夜、あのとき君は自由とは何だ?と我々に問いかけました。

僕はこう答えたのを覚えています。 好きなことをして自由に生きること… 栄介君は漫画に、竜三君は小説に、章ちゃんは歌謡曲に、僕は油絵に… 夏が終わる今、僕は絵を捨て、竜三君も小説を捨てると言っています。

好きなことをするための季節が、それを捨てるきっかけになったことは皮肉です。

絵や小説のためだけには生きられない… 隣に人がいれば、その人のために何かをやってしまう。 1人になるとすぐに誰かを探し歩いてしまう。 意志の弱い平凡な人間たちだった… そう云う普通の人間たちだったと言うことです。

(アパートで荷造りをし、部屋の窓のカーテンを閉め、3人でアパートを後にすると、ふと二階の部屋を見上げる)

この先、同じ夏は二度と巡っては来ないでしょう。

この夏流した涙は、もう二度と流すことはないでしょう。

二度と再び… 最後に、前に竜三君が教えてくれたフランスの詩人の詩を我々3人の気持に変えて行きます。

「人生を前にしてただ狼狽するだけの無能な、そして哀れな青春…、今最初のしわが額に現れ得られるのは、人生に対するこの信頼であり、この同意であり、相棒、お前のことなら分かっているよ…と言う意味のこの微笑みだ。今にして人は知るのだ、純正は人を欺かないと、人生は1度も人を欺かなかったと。もう一度言います。お世話になりました。ありがとう」

夜行列車の中で栄介は手紙を読み終える。

寝ている隣の席で、子供を抱いたまま眠り込んでいる母親の顔を見ていた栄介は、持っていた漫画の原稿を、隣の席でまだ起きていた子供に渡してやる。

子供はうれしそうに栄介の漫画を読み始める。

再び阿佐ヶ谷に戻って来た栄介は、「SHIP」の前でノラ公を見つけ、元気か?と話しかける。

「SHIP」の中を除くと、相変わらず、林田が音楽に合わせて身体をスイングさせていた。

タバコ屋の前に来た栄介は、先週、こう云う人が訪ねて来たわよとよねから名刺を受け取る。

お母さんが危篤で国に帰ってるって行ったら、又出直して来るって…とよねは言う。

西垣努…、漫画キング?と名刺を見て栄介は戸惑う。

お母さんの具合は?とよねが聞くと、死にましたと栄介は答える。 癌じゃねえ…とよねも同情する。

じゃ妹さんは?とよねが聞くので、金沢の親戚の所から服飾の専門学校通うことになりましたち栄介は教える。

みんな、ちりじりになっちゃうのね…とよねが哀しげに言うと、栄介も苦笑して別れる。

そんな栄介に、これありがとう!ともらった土産を差し出して礼を言うよね。

西垣?アパートの前で、栄介はもう一度名刺の名前を確認する。

後日、栄介の部屋にやって来たのは西垣かおるで、自分の亭主が勤めているから言う訳じゃないけど、漫画キングって言えば、一応名の通った雑誌だと思うのよ。

そこで連載物と言えば、普通は断る仕事じゃないと思うんだけど?と高飛車な態度で行って来る。

断った理由は分かってるわ、やっぱりこだわってるのね、昔の恋人にチャンスを与えるために今の亭主を担ぎ出して、なんて無神経な女だって思ってるんでしょう?とかおるは言う。

でも私はもっと割り切っているつもりよ、私は夫を愛しているわ、そしてあなたの才能も…と言いかけたかおるに、ねえ!と答えた栄介は、駅まで送るよと申し出る。

コートを着てアパートを出た栄介は、タバコ屋のラジオから聞こえて来たのど自慢の出場者の歌を聞き、章一君?と驚いて立ち止まる。

どうしたの?と聞いて来たかおるを、しっと黙らせた栄介は、ラジオから聞こえて来た歌声に聞き入る。

しかし鐘は一つだけだった。

がっかりして目を閉じたままの栄介に、あなた、本当に漫画家やって行く気あるの?とかおるが問いかけると、俺はね、もう少し自分の世界を大事にしたいんだ…、いや違う!漫画の世界を信じたいんだ。

おかしいだろう?おかしいと思ってるんだろう?君の旦那は編集者としては無能だよ、それが断った理由だ!他には何にもないと栄介が言うと、かおるは少し微笑んだような顔になり帰って行く。

一人残った栄介は、タバコ屋の中で眠りこけているよねの姿をうれしそうに眺めていた。

オリンピックマーチに新幹線開通の写真 いよいよ最後、日本選手団の入場ですとオリンピック開会式を報じるアナウンサーが叫ぶ。

栄光へ向かって今堂々と胸を張って歩く日本の若者! 平和と人間愛、勇気をテーマにした第18回オリンピック東京大会!

2年後 夏

栄介は1人で漫画を描いていた。

そして気分転換に壁の前で逆立ちを下栄介は黒ぶちのメガネをかけていた。

あれから1度だけ、僕はみんなと会った。 久しぶりの同窓会って訳だ。

「本日貸切り」の紙が貼られた「SHIP」 竜三君は自動ドアの営業マンをしているらしい。

巨人の長嶋が来たなどと自慢話をしている。

圭君は赤坂のクラブでマネージャーをしている。

章一は川口建設って言う高速道路の工事現場で働いているそうだ。

どう?村岡先生、まだあそこに住んではるの?と竜三が聞くので栄介は頷く。

驚く報告が1つだけある…、畑仕事をしていた佑二の元へ、赤ん坊をおんぶして、佑二さん!と弁当を持って来たのは時江だった。

ほら、お父さんだよと背中の赤ん坊に時江が話しかける。

佑二君と時江ちゃんが結婚したそうだ。

時江ちゃんはもう一児の母親だ。

岩手の佑二から送ってきたキャベツや野菜類が部屋の隅に置かれている。

栄介はまだ児童マンガを描いていた。

タイトル

漫画で描かれた登場人物とキャストロール
 


 

 

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