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破れ傘長庵

勝新主演のピカレスク時代劇 医者の弟子だった男が色と欲と度胸で小悪党になって行く様が描かれて行く。

新東宝出身の万里昌代さんと藤村志保さんが主人公から目をつけられ不幸になる女役を演じており、最後はこの2人が主人公に復讐する典型的なピカレスク・ロマンになっている。

「座頭市物語」と2作目「続・座頭市物語」の直後の作品らしく、勝新はまだ若々しく、女にモテる設定でもおかしくない時代である。

いかにも悪童と言った風貌がこの役に似つかわしい。

その主人公の師匠役の二代目中村鴈治郎さんと、悪党仲間を演じている多々良純さんの達者振りも楽しい。 

「座頭市物語」で演じた平手造酒役を彷彿とさせる、いかにも幸薄い浪人役がハマっている天知茂さんも印象的。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1963年、大映、犬塚稔+辻久一脚本、森一生監督作品。

タイトル

江戸麹町の医者良伯(二代目中村鴈治郎)の弟子で台所係をしている長蔵(勝新太郎)はその日サンマを焼いていた。

その匂いに気付いたのか、弟子の次郎一(中村豊)から今日の料理番が長蔵と聞いた良伯は、わしの分は食べる時に焼くように言ってくれ、サンマの焼き冷ましはごめんだからなと告げる。

次郎一がそれを伝えに来ると、もう全部焼いちまったよと長蔵は不機嫌そうに答える。

つい今しがた、焼いたばかりのサンマをネコに奪われかけたからだった。

ここの所立て続けにサンマばかりなのを次郎一がぼやくので、あのジジイ、儲けやがって!と長蔵も良伯の吝嗇振りに悪態をつく。

次郎一が去った後、またネコの声がすぐ表から聞こえて来たので、試してやる…と呟いた長蔵は、先ほどネコが食いかけたサンマをつまみ、戸の外に置く。

そして、そのサンマの上に隠し持っていたひ素を振りかけると、その毒に間違いがないかどうか台所に入り戸を閉める。

長蔵は、先ほどのネコがサンマに近づいて食べる様子を戸の穴からジッと観察する。

するとネコがすぐに倒れたので、こいつは驚いた、良く効きやがる…と言いながら戸を開けた長蔵は、ネコの屍骸とサンマをつまみ上げ、一緒にゴミ箱の中に棄ててしまう。

その後、台所へ戻って来た長蔵だったが、あの皮、三味線屋が高く買うと言ってたな…とネコの屍骸の事を思い出し、すぐに取りに戻ろうと戸を開けた瞬間、そこに立っていたお留(西岡慶子)と鉢合わせになる。

今晩待ってるから来ておくんなさいとの事でしたよとお留は、伊勢屋の御上の伝言を伝える。

その夜、家人が全員寝静まった後、伊勢屋にやって来た長蔵だったが、待っていたお留から、女将さんに会う前に私の所へ来ておくれよとすがりつかれる。

前に、つい好きだと長蔵が言ったのを真に受けたらしい。

それを何とか言い含めて女将に会うと、今晩の駄賃と言いながら、女将は長蔵に金を渡して来る。

その様子を外から盗み見していたお留が、畜生!色キ○ガイ!と女将の事を罵る。

翌日の夜、料理を終え、仲間の玄沢(伊達三郎)や次郎一に手を匂わすと、生臭いと言うので、石見銀山と言うねずみ取りで死ぬかどうか試すんだなどと長蔵は意味有りげなことを言う。

そこにやって来た良伯は、ろうそくを無駄遣いにするんじゃないなどと小言を言い、そろそろ晩飯の支度をしないかと長蔵に命じたので、良伯が去った後、うるさいジジイだ、今に口を聞けねえようにしてやる!と長蔵は睨みながら悪態をつく。

その後、台所に取りに来た次郎一に、今日は牡丹汁だ、お代わりは何杯でもあると伝えろと言った長蔵は、牡丹って猪かい?と聞いて来た次郎一に、そうだ、鹿は紅葉だ、玄沢にもそう言ってくれないかと教える。

外に、ネコの皮が開いて干してある事は長蔵しか知らなかった。

良伯の部屋に行ってみた長蔵は、この猪はどうした?と聞かれたので、この間麻疹の子の礼にもらいましたと適当な返事をしながら、汁の肉を巧そうに食っている良伯の様子を観察する。

そして、先生、教えていただきたい事があるんですけど、石見銀山と言うねずみ取りにはどう言う毒が入っているのでしょう?と聞く。

良伯は、中間ひ素と言う毒だと教える。

さらに、その毒で死んだネズミを食ったイタチにも毒が回って死にますか?と聞くと、臓腑はどうした?と言うので棄てましたと答えると、毒は血の道を通るので、肉だけ食っていれば死ぬ気遣いはないと良伯は答える。

それを聞いた長蔵は、愉快そうになりながらも、たくさんありますからいくらでもお変わりしてくださいと勧める。

先に食っていた玄沢と次郎一に、猪の鳴き声を知っているか?ニャオンと鳴くそうだぜと長蔵が語りかけると、ネコと同じですかなどと感心しながら次郎一は汁を食う。

そこに帰って来たのが、良伯の養女お加代(万里昌代)だった。 お加代は、先方の親がお前の家は麹町だと言うので早く戻ってきましたと良伯に報告すると、ちょうど良い所に帰って来た、今日はシシ汁だと良伯は教える。

お加代が着替えに部屋を出た後もまだ汁を食っていた良伯は、口に入れた肉に白い毛が付いている事に気付き、この猪は白毛か?などと気付かないまま呟く。

その時、来客に気付いた良伯は、お加代に手伝わせて着替えをし、応対する。 夜分に尋ねて来たのは旗本の家臣坂田三十郎(水原浩一)だった。

殿様のご機嫌は?と良伯が聞くと、良くないと坂田は即答する。 いつものように苦虫封じの薬でも?と良伯が冗談を言うと、娘子の事だと坂田が言い出したので、養女の加代の事ですかと良伯は聞き返す。

台所では、ため息が出るな…、あんな天女みたいな娘さんをもらえる男がいるとは…と長蔵が呟いていたので、お前、お加代さんに惚れてるのか?と玄沢が呆れたように聞く。

命くれって言われたら2つ返事で死んでみせるが、高嶺の花だ!と長蔵は真顔で答え、まだ残っていた鍋の汁を庭に棄てたので、玄沢はもったいない!と驚く。 こんなものをお加代さんに食わせられるか!と長蔵は吐き捨てるように言う。

話を進めようか?と坂田に勧められた良伯は、礼の話を宜しくお願いしますと頼む。

それを聞いた坂田は、 法眼(ほうげん)の位か?と聞き返し、娘子を差し出した上に、殿に願い出れば良いだろうと答えるが、お約束を頂きたい、手中の珠を差し出すようなものですからと良伯が迫るので、最初からその魂胆で養女にしたと申したではないかと坂田は呆れたように指摘する。

坂田が帰った後、良伯は玄沢に、明日は貝塚様のお屋敷に向かうので荷物係として共をするように命じる。

翌日、加代と玄沢を連れでかけて行く良伯を見送った長蔵は、何で旗本屋敷に向かうのか?と不思議がる。

そんな長蔵の所へやって来たのはお留で、相談があるんだよ、お金欲しいんだろ?お金あるんだよ、50両と話しかけて来たので、長蔵は耳を傾ける。

あたいが持って来たらどうする?あたいと逃げておくれと言うので、どっから持って来るんだと聞くと、どっからでも良いじゃないか、50両あればどこへ行っても2~3年食べて行けるよなどと言うので、おめえ、本気か?伊勢屋から持って来るんだろう?と長蔵は半信半疑で返答する。

良伯が戻って来た気配を感じた長蔵は、お留と押し入れの中からはい出し、慌てて袴をはくと、今、戸棚を掃除していましたなどとごまかしながら応対に出る。

一方、お供に付いて行っていた玄沢は、今日という今日程驚いた事はない。

お加代さんは旗本の家に妾として方向に行くそうだ。表向きは腰元修行と言う事だが、旗本には子供が出来ないので奥方も承知らしい。

2800石の家の妾になるのだと言うので、それを聞いた長蔵は、そんな女か!バカバカしい!と吐き捨てるように言う。

その頃、伊勢屋では、お留を呼んだ女将が、長蔵さんに行って来たかい?と聞き、昨日は夜通し薬を作っていたそうです。今夜は来るそうですとお留から聞くと、小銭を投げて寄越し、ちょっと掃いておくれと頼んで部屋を出て行く。

後に残ったお留はかねてより目をつけていたタンスの引き出しを開ける。

良伯の家では、お加代がみんなでお上がりと言いながら次郎一に菓子を渡していたが、そんなお加代に近づいた長蔵は、妾奉公に行くんだってな?やっぱり本当か?お前さんが人の妾になるのなら俺が頂く!と言いながら抱きついて来る。

お加代は、奉公人のくせに!と抵抗するが、有無を言わさず、長蔵はお加代をそのまま庭野納屋の中に引きずり込んでしまう。

それを唖然と見ていた次郎一は、どうする事も出来ず、お加代さんが殺されるんです!と良伯の部屋に知らせに来る。

驚いた良伯が納屋の所に向かうと中から戸が閉められていたので、お加代!長蔵!何しとる!と呼びかけながら納屋を叩き回るだけだった。

やがて戸が開き、長蔵が出て来たので、長蔵、お前、お加代をどうしたんだ!と良伯が聞くと、お加代さんに聞いてくれ、どうせ妾になるような女じゃないか、一足先に頂いたんだよと長蔵は平然と答える。

それを聞いた良伯は、台所へ戻り包丁を持ち出すと、殺してやる!元の身体にして戻せ!波紋だ!出て行け!と長蔵に迫る。 長蔵は動揺する事もなく自分の部屋に戻って行く。

納屋の中で打ち拉がれていたお加代に近づいた良伯は、お前意気地がない。あんな奴に…、何と言う事を!と叱りつけたので、お加代は泣き出してしまう。

部屋で荷造りをしていた長蔵の元へやって来た良伯は、今日までの給金だと良いながらおひねりを投げて来る。

そして、お前も師の恩を知っていよう。今夜の事は黙っていろ、恥だ!と口止めをして来る。

すると長蔵、予測していたのか、嬉しくて、町内中で触れ回ってしまうかも知れないな、金の轡でもしてくれれば別だが…などと口止め料を要求して来る。

良伯が呆れると、小石川の旗本には生娘だと言うつもりなんだろう?そっちにも噂しに行くかも…などと長蔵の脅しは際限がないので、口止めの値を聞くと、10両だと長蔵は要求する。

良伯が金を取りに行くと、おひねりの中味を改めた長蔵は、1年半も努めて1両2分か…と呆れる。

その時、外から声をかけて来たお留が50両を持って来たと窓から差し出して来る。

それを受け取った長蔵は、尾張屋の前で待ってろと命じる。 あっさり50両を手にした長蔵は、夢みたいだな…とほくそ笑む。

そこに良伯が10両を持って来ると、長蔵に渡しながら、この辺りに足踏みせぬよう、お前の故郷の下総に帰ってもらえれば…と条件を出して来る。

それを聞いた長蔵は、じゃあ、草鞋銭をもう2両と図々しくも要求して来る。 あっさり62両もの金を手にした長蔵は、一晩の稼ぎにしちゃ豪勢だなとほくそ笑む。

その頃、お留は言われた通りじっと尾張屋の前で長蔵の来るのを待ち受けていた。

次郎一に荷物を持たせ、その近所までやって来た長蔵は、待ってろと命じ、お留の様子を見に行く。

戻ってみると、明き籠があったと次郎一が言うので、これ幸いと、その駕篭に乗り吉原と言う場所へ向かわせる。

その駕篭とすれ違うように、伊勢屋の男衆から見つかったお留が長蔵に気付かぬまま反対方向に逃げて行く。

季節は巡り、雪が舞う冬になっていた。 長蔵は「村井長庵」と名乗る町医者として開業していた。

手伝いの婆さんが雪が降って来たよと言いながら診察中の長蔵の部屋に来ると、晩は鍋にもしましょうねと話しかけ、宗介さんが表に来てましたよと教える。

長蔵は、まだ弟子を取る身分じゃないと言っときなさいと婆さんに答えると、このままではいつまで経ってもおかみさんは来やしませんよと婆さんはからかう。 医は仁術と言いますからなどと長蔵はすまして間者に愛想を振りまく。

夜、部屋の中で1人で鍋を突きながら酒を飲んでいると、後家安だと襖の奥から声がかかり、入って来たのは、悪党仲間の後家安(多々良純)だった。 小鶴殿が身請けされると言うのは本当のようだ。

相手は俵町の袋物屋の唐木屋で、女房が3年越しの煩いで夜のお勤めが出来ないので、近所に引かして、囲うつもりらしいと情報を教える。

それを聞いた長蔵は、唐木屋に出しといて、こっちが身請けするのさと計画を打ち明けると、俺の話に乗るか?ちいとばかり荒療治だぜと後家安を誘う。

翌日、寝込んでいたとある商家の主人の容態を見舞った長蔵は、帰りしな、3両ばかり両替して欲しい。

長屋の子供達が土産を欲しがるもので…と言い出す。 奥方と一緒に部屋にいた番頭種吉(越川一)がタンスの引き出しの中から小銭を取り出し両替をするが、その引き出しの中に詰まった小判の袋を、長蔵はしっかり確認する。

そして何事かを種吉に耳打ちし、先に部屋を出て行かせると、長蔵は鷹揚に部屋を出て、廊下で鈴をわざと落とし拾い上げてみせる。

その後、種吉が煎れてくれた茶を店先で飲んで帰った長蔵だったが、それを見送った奥方が主人の寝室に戻ると、先ほどまで布団に寝ていた主人がもがき苦しんだ様子で絶命しており、タンスの引き出しが荒らされていた。

長蔵の長屋の部屋では、先に戻っていた後家安が、火鉢で冷えた足を温めていた。

そこに帰って来た長蔵は、足がつくような事は残して来なかったろうな?と確認する。

後家安が小判を煎れた小袋をいくつか取り出すと、てめえ、来たねえ真似をするんじゃねえ!と長蔵が叱りつけたので、数えてたのか?と呆れた安は、隠していた袋をもう一つ取り出してみせる。

手癖の悪い奴だな…と長蔵が睨むと、山分けだろうな?と後家安が聞いて来たので、7:3だと答える。

おめえが7取るのか?と安がぼやくので、三文悪党が!一人歩きも出来ねえくせに…と長蔵は叱る。

その時、先ほどの店の番頭種吉が尋ねて来て、旦那様が死んでいたんで!誰かに殺されたんです!と知らせに来たので、長蔵は驚いたように応対に出ながらも、帰って来るまで触るんじゃねえぞ!後で深川に悪霊払いに行くから…と安に釘を刺して出かけて行く。

先に深川に着き、屋台で飲みながら遅れて来た安を待っていた長蔵は、近くを通りかかった浪人夫婦に目を留める。

蔦屋の二階にいたんだと言い訳しながらやって来た安に、あの侍夫婦の後を付けてくれと長蔵は命じる。

その間、長蔵は待ち合いで深川芸者の小鶴と会い、おめえ、引かれるそうじゃないか?袋物屋に…、めでてえななどとからかうと、何がめでたいもんですか、人の気持も知らないで!と小鶴は長蔵を睨む。

すっかりお膳立てが揃ってるんだろう?と聞くと、私を見殺しにするつもりですか?と小鶴が甘えて来たので、相手はたんまり持ってるんだろう?たまに来たって会わねえくせにと長蔵は嫌みを言う。

今夜はどうだ?と誘うと、ダメなんですよ、ここに来るのも内緒にして来たんですもの、たまに来てくれたのにまんが悪いね~と小鶴は悔しそうに言う。

その時、小鶴さん!と呼ぶ声がしたので、小鶴は部屋を後にする。

屋台に戻った長蔵は、待っていた後家安から、あの侍夫婦は八幡裏の庄兵衛店に住む藤掛道十郎と言うと教えられる。

長蔵は安に、袋物屋に小鶴を渡し後で頂くんだと打ち明けると、こっちは庄兵衛店に行って来ると言う。

雨の日、庄兵衛店で傘張りをしていた藤掛道十郎(天知茂)と妻りよ(藤村志保)は、表から聞こえて来た男の悪態声に気付く。

りよが戸を開けて外を見ると、長蔵がドブ板を踏み抜き、下駄の鼻緒を切って難儀をしている様子を目撃する。

入り口に招き入れ、そこで鼻緒の修理をさせたりよだったが、その時、部屋の中から聞こえて来た道十郎の空咳に気付いた長安は、お風邪ですか?と声をかけ、自分は浅草馬道の医者長庵と名乗ると、拝診させていただきますと言いながら勝手に部屋に上がり込むと、風邪は万病の元などと言いながら、困惑する道十郎の脈などを計りだす。

その後、長屋で金勘定していた長蔵の襟足を剃ってやっていた安は、侍の女房に惚れてどうする?とからかうが、命を賭けてものにするのが面白いんだ、今日は捨て石を撃つだけだと長蔵が言うので、何も知らず会いに来る女も哀れだな…と安は同情する。

そこに、昨日薬を取りに来るように行っておいたりよがやって来る。 昨日はお手当いただきありがとうございました。

お言葉に甘えてお薬をちょうだいにあがりましたと丁寧に挨拶するりよを家に上げる長蔵だったが、裏口から帰りしな、お手並み拝見と行くか…と安が呟く。

りよに薬を調合していた長蔵の元にやって来た婆さんは、患者の1人が死んでしまい、長庵などに診せるから死んだんだとか、何でも陳皮しか出さないとか悪口を言う者がいるので、医者だって人を殺してみないとさじ加減が分かりませんからねって言ってやったんですよなどとずけずけと言う。

長蔵はりよの手前、つまらぬ事を言うものではないと苦笑しながら注意する。

りよが帰った後、又部屋にやって来た後家安が、故敦賀千束町の梶田屋の離れに囲われる事になったと長蔵に教える。

長蔵がそこへ様子を見に行くと、唐木屋清兵衛(寺島雄作)が、提灯片手に離れの裏木戸を叩き小鶴を呼んでいる所だった。

しかしなかなか小鶴は返事をせず、ようやく戸を開けて、今日はお早いんですね?などと言いながら中に招き入れると、その直後、慌てた様子で若い男が飛び出して来る。

どうやら小鶴は、唐木屋に内緒で男を連れ込んでいたらしい。

長蔵はその後、りよが出かけたのを見定め、道十郎の長屋に再びやって来て、お加減はいかがですか?などと声をかけ上がり込む。

りよは質屋で金を工面した後、米や炭などを買い求めていた。

長蔵は、その事を知っていたのか、私も長い間長屋住まいをしておりまして、あなたの気持は分かりますなどと同情しながら、5両の金を道十郎に渡す。

困惑した道十郎だったが、窮迫した折から、しばらく拝借すると言う事で…と礼を言い受け取る。

長蔵は、この事は億様には内分になさった方が良いでしょうと言い含める。

道十郎の長屋を出る時、長蔵は外に干してあった道十郎の雪駄の片方を持って行く。

りよが長屋に戻って来た時、道十郎が出かけようとしていたので、あなた、お出かけ?と声を掛けると、肩が凝ったので、その辺を」歩いて来ると道十郎は答える。

ある雨の日、小鶴は帰る唐木屋に、お願いした事お頼みしますよと声をかけて見送っていた。

人気のない木材置き場で唐木屋を待ち受けていた長蔵は、傘をさして帰宅途中の唐木屋に襲いかかり、俺は小鶴の情夫だ!てめえなんかに小鶴を取られてたまるか!と言いながら、雨の中、唐木屋の首を絞め殺害する。

そして長蔵は、道十郎の雪駄を死体の側に棄て、命乞いのため唐木屋が取り出しかけていた巾着袋を奪うと、代わりに道十郎の家から盗んで来た印籠を唐木屋の手に握らせて笑う。

翌日、長屋の部屋の前に出て、道十郎の雪駄の片方が亡くなっている事に気付いたりよの前に、南町奉行所の役人佐田源次郎(南条新太郎)が近づいて来て、その雪駄を道十郎のものと確認すると、預かるとりよに声をかける。

呼ばれて出て来た道十郎は、浅草千束町の番屋まで同行願いたいと佐田から言われ、部屋で着替えをする事にするが、その際、印籠がなくなっている事に気付く。

着替えの手伝いをしていたりよは、質屋に入れていたはずの刀を道十郎が持っている事に気付く。

道十郎の取り調べをしていた自身番の前に出来た人ごみに気付き立ち止まったのは、良伯とお供の次郎一だった。

やがて長蔵も自身番に呼ばれて来ると、昨夜5つ時分、あなたはこの男の長屋を訪ねておりませんか?5両を借り受けたと言うておるがと佐田が聞く。

しかし長蔵は、覚えがありませんと答えたので、隣に座っていた道十郎は驚いた表情で長蔵を見る。

帰る事を許された長蔵は、億様に何か言付けがございましたらと声を掛けるが、騙された事に気付いた道十郎は、余計な事を!何もない!と答えるだけだった。

わしも三河武士の端くれと気丈に振る舞う道十郎だったが、道十郎が質屋から持ち出した刀、殺された唐木屋が握りしめていた印籠、側に落ちていた雪駄などの証拠から、道十郎が下手人と言っても間違いなかろうと佐田は推測する。

その判定を聞いて番屋の外に出た長蔵だったが、そこに声をかけて来たのは良伯だった。

3年振りだな、どこかで茶でも…と良伯は懐かしそうに言うが、慌てた長蔵は、いずれ又…と挨拶し、そそくさと去って行く。

良伯は次郎一に命じてその後を付けさせる。

長蔵はその足で小鶴が囲われている離れに来る。 こつるは、どうしてここが!と驚きながら、蛇の道は蛇さ…と笑う長蔵を招き入れるが、いつぞやの若い男が慌てて部屋の外に隠れる。

その後、唐木屋を殺した材木置き場を通りかかった長蔵に飛びかかって来たのはその情夫だった。

俺は小鶴の情夫だ!行きがかりの駄賃だ!今頃、小鶴は示し合わせた所で待ってるぜ!唐木屋から取った金を出しやがれ!と言いながらむしゃぶりついて来たので、相手をしながらも長蔵は、畜生!これじゃ、どっちが村井長庵か分からねえ!とぼやきながら、情夫を追い払う。

後日、蕎麦屋で蕎麦をたぐっていた長蔵は、外の通りを馬に乗せられ引き回されて行く道十郎の姿を目撃する。

野次馬達が、後、一時か一途規範で、槍でぶすぶすっとやられるんだなどと噂している声が聞こえたので、長蔵は愉快そうに店の中で笑い出す。

長屋で、処刑された道十郎の位牌に手を合わせていたりよは、長蔵が訪ねて来た事を知り、戸を開けると、集まっていた近所の子供達から罪人の妻として囃される。

部屋に招き入れられた長蔵は、今、藤掛様にお目にかかってきましたと言い、何か言づてでも?と聞くりよに、位牌に手を合わせながら、ただ一言、妻の身が気にかかると仰せられました。

僭越ではございますが、私めが、お身分が立つように致しましょうと言うと、頼むと言われましたと嘘を教える。

その時、又しても表から、子供達の囃す声が聞こえて来たので、こら!つまらんことを言うものではない!と長蔵が叱りつけると、私は信じられません、夫があのような事をするとは…とりよは泣き出す。

長蔵はそんなりよを見かねたように、家に御出でになりませんか?と誘うと、りよも、なにぶんとも宜しくお願いしますとすがって来る。

2つの駕篭でりよと帰宅した長蔵は、留守番をしていた婆さんから、知らない人が待っていると教えられ、家の中に入ってみると、待っていたのは良伯だった。

一時半も待ったぞと良伯は言い、早速切り出しても良いかね?と話がありそうだったので、りよの手前、外で話を聞きましょうと長蔵は良伯に答える。

人気のない場所に来た良伯は、少しお前に金の無心がしたい。50両程でどうだ?と言い出す。

医者の看板料だよ、御上の許しを持ってないものが医者を開業すると重い罪になるからな…と、良伯は長蔵が偽医者の身分で開業している事を突いて来る。

言い訳できないと悟った長蔵は、看板料として言い値の通り払いましょう、六つ半まで待ってくれませんか?麹町のオタクまで持って行きましょうと答える。

六つ半か、良かろう、待ってるぜと言い残し去って行く良伯を見ながら、しっぺ返しか…、今夜は久しぶりに楽しもうと思ったのに…と長蔵がぼやく。

そんな長蔵に、侍の奥方、連れて来たんだって?と言いながら近づいて来たのが後家安で、どうも腑に落ちねえ?話が巧すぎて…、どこまでも俺に隠そうと言うのか?俺には思い当たる節があるんだ。

あの侍はお前に踊らされていたに違いねえよと長蔵に迫る。

一旦、家に戻った長蔵は、りよに、五つ半か四つまでに戻りますと告げ、付いて来た安と一緒に外に出る。 手伝いの婆さんも帰ったので、りよが1人で留守番と言う事になる。

安と一緒に、先ほどの人気のない場所にやって来た長蔵が昼間言った話だ…と言うと、安も、話が巧すぎるってことを白状するのか?と言うので、おら、唐木を殺った。

おめえに黙っていたのは訳があるんだ。もくろみが図に当たったのでものが言えなかったんだ。

口止めと言う訳ではねえが、どっかで一杯やって行かないか?と誘う振りをした長蔵だったが、いきなり隠し持っていた匕首を取り出し、てめえなんか生かしておけねえ!と襲いかかる。

安の方も、俺も悪だ!てめえなんかに殺されてたまるか!と抵抗しようとするが、何度も腹にドスを突かれたので、堪らず、倒れ込む。 長蔵はその側に匕首を棄てて、麹町の良伯の家に向かう。

先生いるかい?会いたいんだと、顔を出した次郎一に声をかける長蔵。

その頃、長蔵の長屋で待っていたりよの所に満身創痍の後家安が這って来て、奥さん…、長庵は恐ろしい男だ。亭主を殺したのは長庵だ。お前に惚れて、邪魔なので殺したんだと虫の息で教える。

驚いたりよが、あの方は今どこに?と聞くと、麹町二丁目…、良伯…と言い終えた瞬間、安は息絶える。 良伯に会った長蔵は、持って来た50両を手渡すと、私も先生から口止め料を頂きたいと言い出す。

お加代の事なら12両やったはずだが?と良伯は戸惑うが、先生はひ素って毒をお持ちでしたが、あれは法眼(ほうげん)の位にならないと使えないはず。先生はまだ法眼(ほうげん)にはなっていないはず…。

恐れながら…と名乗り出たらどうしましょう?と長蔵が脅すと、隠していたひ素を盗んだのはお前か…と納得したような良伯は、訴え出ればお前の偽医者もばれるだけだと言い返す。

すると、じゃあ、その50両は返していただきましょう。

話は壊れたんだからと長蔵は言う。

しかし良伯も悪党で、お前にやった12両が利子がついて戻って来たようなものだ。

お加代は子供が産めず、貝塚様から戻された。話はすんだ、帰ってくれと言う。

目の前に置かれた湯のみの茶を見ながら何事かを考えた長蔵は、奥の部屋に引き込んだ良伯の元へ行くと、さすがの私も先生には頭が上がりません。これからも先生の教えを頂くために、出入りをお許しくださいと急に下手に出て来たので、何か下心でもあるのか?と良伯は警戒する。

その間、2人の湯のみがまだ置かれていた部屋にやって来たお加代は、良伯と長蔵の湯のみを入れ替えておく。 そこに2人が戻って来たので、久しく会いませぬ。

ご出世なさったようで…とお加代は長蔵に愛想を言う。

長蔵は、良伯が湯のみの茶を飲み始めたのでジッと観察していたが、茶が冷めたようですが、取り替えましょうか?とお加代が横から話しかけると、結構ですと言い、長蔵も自分の前に置かれていた湯のみの茶を飲む。

お加代に詫びを言え!と良伯が命じると、もうそれには及びませぬとお加代は長蔵の方を見ながら言う。

次の瞬間、長蔵はその場に倒れ込み、慌てて台所の井戸の方へ駆け出して行く。

驚いた良伯が、長蔵!と呼びかける中、井戸のつるべを引き上げようとした長蔵だったが、途中で諦め、そのままふらふらと外に出て行く。

部屋に残っていたお加代は、長蔵が飲み残した茶を火鉢の炭の中に捨てていた。

道添いの塀にすがりつきながら歩く長蔵を、気味悪そうに見つめる町民達。 何かにすがるように倒れ込んだ長蔵の前に来たのはりよだった。

最後の力を振り絞り、りよの前で立ち上がり、水!と乞いながら、りよの顔に触ろうと手を差し出した長蔵だったが、その腹をりよはもって来た匕首で突き刺す。

その場で倒れ込み、口から血を吐いて死ぬ長蔵。

りよはその場から立ち去って行く。
 


 

 

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