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末は博士か大臣か

フランキー堺が風貌が似ている菊池寛に扮し、作家として成功するまでを描いた青春記。

中学時代からの盟友綾部健太郎を船越英二さんが演じており、菊池と綾部の友情物語と言った部分が強調されている。

夏目漱石、芥川龍之介、久米正雄など、有名な作家の若き日の姿が次々に登場するのが楽しい。

芥川を演じている仲谷昇さんは、そっくりと云う感じではないが確かに雰囲気はある。

夏目漱石を演じている北原義郎さんは、ちょっと違うような気もするが…

全体的に喜劇と言うほどでもないが、青春もの特有のユーモラスな描写で楽しく描かれているし、まだぽっちゃりしている藤村志保さんの愛らしさが、後半の貧乏暮らしのシリアスさを救っている。

フランキーさんの作家役と新婚生活と言うと、「愛妻記」(1959)なども思い出される。

映画界とも縁が深かった菊池寛は後に大映の社長になっているし、劇中では、歌舞伎座や松竹の社長大谷竹次郎も登場しており、映画好きとしても興味深い所がある。

後半は「父帰る」の舞台劇と菊池の成功を絡め、涙を誘うラストに持ち込んでいる。

コミカルとペーソス両面に巧みなフランキーさんの特色が良く出ており、娯楽映画としては巧くまとめてあるのではないだろうか。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1963年、大映、舟橋和郎脚本、川口松太郎脚色、島耕二監督作品。

瓦屋根を背景にタイトル

明治40年 四国 高松

香川県立高松中学校 朝礼で大沼教官(小山内淳)が整列した5年2組の生徒たちに青年の勤めについて訓示していると、笑い声が聞こえて来たので、こら!何がおかしいのか!と前列中央に立っていた菊池寛(フランキー堺)を睨みつけると、笑っていません、これは元からの僕の顔ですと言うので、確かに笑い声が聞こえたぞ…と怪しみながら、大沼は、その奥に立っていた綾部健太郎(船越英二)に、お前か?と睨む。

しかし、綾部も違いますと否定したので、ゲートルのボタンが外れとる!と叱る。

菊池のゲートルも注意すると、菊池は大沼のシャツのボタンが一つ開いていると指摘する。

大沼はむっとし、菊池のシャツにはシミが付いていたので、これは何だと聞くとみそ汁の汁だと言う。

お前風呂は入っとるか?と大沼が菊池を匂いながら聞くと、はい!確か先月の中頃に…などと答えるので、そんなことではいくら勉強ができても一人前の人間とは言えんぞ!と睨みつけた大沼は、203高地まで駆け足始め!と生徒たち全員に命じる。

生徒たちは、土煙に体中を白くしながらきれいな野の花が咲く山道を走って登る。

小林と言う生徒が遅れ始めたのに気づいた大沼は、それで讃岐男子と言えるか!と檄を飛ばす。

道ばたの草むらに倒れ込んだ小林に気づいた菊池と綾部は駆け寄り介抱しながら、駆け足ばかりして何の足しにもならん!と、先に行く大沼教官を睨みつけると、そのまま3人でさぼって近くの川に身体を洗いに行く。

川から上がった菊池と綾部は、あの威張ってばかりの教官、辞めさせるか?と言い出す。

夜、カンテラを点し、密かに学校の校門の所に来た菊池と綾部は、赤インキを取り出すと、「香川県立高松中学校」と書かれた学校表札に何かを描き始める。

翌朝、登校して来た生徒たちは、学校表札の前で驚いて立ち止まる。

そこにやって来た沼田教官は、赤いインクで描かれた女の裸の絵に仰天し、すぐさまバケツと水を持って来させる。

そこに登校して来た菊池と綾部は、その様子をほくそ笑んで眺めていた。

そこに、殿村校長(大山健二)がやって来て、この不祥事を目撃してしまう。

校長室にやって来た殿村校長は、いたずらにしては度が過ぎておる!と増田教頭(高村栄二)と嘆いていたが、そこにやって来た沼田教官は、いくら洗っても落ちませんと面目なさそうに報告する。

大至急石屋を呼んで削らせろ!と殿村校長は沼田教官を叱りつけ、その後、沼田教官は移動の辞令が出る。

それを知った菊池と綾部は笑っていたが、そこへ来た増田教頭が、菊池に校長が呼んでいると知らせに来る。

いたずらがばれたか!とおどおどと校長室にやって来た菊池だったが、校長の用と言うのは、菊池が主席の成績だったので、無料の東京の高等師範に推薦しておいてやったと言うものだった。

しかし、小説家志望の菊池はその話を喜ばなかった。 高等師範は教師になるための学校だったからである。

帰宅後、その話を菊池から聞いた父親武脩(丸山修)と母カツ(町田博子)は困惑する。

貧しい両親に東京の学校に行かせる金はなかったからだ。 明治42年 菊池は主席なので、卒業式の答辞をすることになる。

菊池は、これまで習って来た英語で述べたいと思いますと言い出したので、校長たちは驚くが、綾部は拍手をして喜ぶ。

東京に出発する菊池を船着き場に見送りに来た綾部は、赤インクが付いた将棋の駒を渡しながら、自分が五高に行くつもりだと告げる。

それから1年の月日が流れて行った。 実家に東京の菊池から手紙が届き、カツが驚いたように、その内容を武脩に読んで聞かせる。

何と、菊池は高等師範に最初から興味がなく、厳しすぎることもあって、今年3月円満退学し、一高の試験を受けたら無事入学できた。

学費は月々12円かかるが、自分で働いて何とかするつもりなのでご承知置きを…と書かれてあったので、それを聞いた武脩は、ほんまに勝手な奴だ、人の気も知らんと…と嘆く。

一高に入った菊池は、寮で同室の青木(片山明彦)に会ったので、これから上野の図書館に行くと声をかけて出かける。

図書館に着き、汚い下駄を脱いで下足番の爺さん(伊達正)に下足札をくれと声を掛けると、こんなボロ履いて行く奴などいないので必要ないなどと菊池はバカにされたので、なくなったら弁償してくれるな?と主張するが、爺さんは良いよと答える。

頭に来た菊池は、一句浮かんだ!と言うと、図書館の下足の爺さん 生涯下足いじりて世を終わるらん…と爺さんの前で詠んでやる。

本を読もうと机に座ると、横で先に本を読んでいた学生があんぱんを机の上何個も置いて、それを食っていたので、思わず菊池は腹が鳴りだす。

その直後、隣の学生が立ち上がり、あんぱんを持って立ち去ろうとするが、一個机の上に落としたことに気づかなかったので、一瞬迷った菊池だったが、すぐに君!パンを落としたよ!と声をかける。

学生は礼を言って、そのパンも受け取って行くが、手の指にこびりついたあんぱんの皮の一片を菊池はわびしそうに口に入れて噛みしめるのだった。

その後、本を受付に返却に来た菊池に、来てたのか?何を読んでるんだ?と声をかけて来たのは芥川竜之介(仲谷昇)だった。

一緒に外へ出た芥川は、君、文学やらないか?今度グループを作って文芸雑誌を作るんだ、青木も誘おうと思っていると言うので、青木は哲学が好きだそうだ、青木くらい優秀な奴を見たことがないよ、この前のあいつが書いたベルグソンの文など一流と思うと菊池は答える。

途中、リンゴを売っていたので、1銭分くれと菊池が声を掛けると、おばさんは嫌な顔をして一番小さなリンゴをこれでもおまけですよと言いながら渡す。

菊池はそれを二つに割って芥川にも勧めるが、芥川は断る。

そのとき、寛永寺の鐘の音が聞こえて来たので、良いね…と菊池はつぶやく。

冬が来た。

菊池は乱読と言われるほど、本を読みあさっていた。

同室の青木も本を読んでいたが、菊池がおでん食いたいなと言い出す。

しかし、彼らに金などなかった。

そこに野球の練習を終えた久米正雄(早川雄三)が戻って来たので、金ないか?と聞くと、金などあったら野球なんてやってないよと久米は言うが、今、便所の糞溜にドイツ語の辞書が落ちていた。

あれはまだ新しかったぞと言うので3人で様子を見に行ってみる。

すると、まだ糞溜の表面に落ちているだけだったので、中から青木に押させ、外に久米と一緒に回った菊池は、肥汲穴から竹の棒を二本使い、たぐり寄せて回収する。

手に取ってみるとまだそんなに汚れてなかったので喜んだ菊池だったが、手にくそがついたので思わずマントで手を拭う。

さっそくきれいにした本を質屋に持って行くと、主人(南方伸夫)は1円で引き取ってくれるが、鼻をひくつかせると、奥に向かって、おい!便所の戸が開いてるだろ!臭いじゃないか!と声をかける。

その1円で、無事おでんにありつけた3人だったが、何か臭いな?と青木が言い出し、お前さっきマントで手を拭いただろ?と久米が菊池に言う。

菊池は自分のマントが匂いの元だと気づくと、おでん屋の主人(高見貫)に浦の井戸で洗わせてくれないかと頼んで立ち上がるが、そこにやって来たのが成瀬(杉田康)を連れた芥川で、一緒に漱石先生の家へ行かないか?と誘う。

菊池は食いかけのおでんを慌てて口に押し込みだしたので、芥川たちは笑う。

夏目漱石(北原義郎)宅を訪れた菊池は、あの有名な夏目漱石に対面したうれしさだけではなく、天井にネズミが開けた穴を発見し、そのつましい暮らしぶりにも感激する。

漱石は、書生(山中雄司)が用意した墨と紙で、隣の部屋で揮毫をしてみせる。

一高の3年目、帝大の門も間近に迫っていた。

国からおふくろが出てくるので迎えに行くと菊池に告げた青木が、その本を質屋で金にして来てくれないか?君はあの質屋の主人と仲が良いし、その本は18世紀中頃の珍しい物だから高く売れるかもしれない。

おふくろを歓待してやろうと思うんだ…と言うので、親孝行と知った菊池は快諾し、15円の金を質屋から借りて来る。

青木は感謝し、礼として2円菊池に渡したので、菊池は左団次(市川容之助)の歌舞伎「丸橋忠弥」を見に行くことにする。

二階の立ち見席から見ていた菊池は、隣にやって来た女(浜世津子)がその後立ち去った直後、懐に入れていたがま口がなくなかったことに気づき、すぐに追いかけて、がま口を返してくれと声をかける。

するとその女は、私がここで裸になって何も出て来なかったら、あんたただじゃすまないよと開き直り、さらにその情婦のような男が近づいて来て、女から事情を聞くと、田舎書生の癖しやがって!うちの女房に何しやがる!と言いながら殴りつけて来る。

しょげて学校へ戻って来た菊池は、待ち構えていたらしい教授から寮務室に呼び出される。

何事かと行ってみると、先ほど質屋に預けた本を手にした他の教授たちも待っており、この本を質屋に入れたのは君かね?と聞いて来る。

その本は図書館の蔵書で、最初の1ページが切り取られており、そこに蔵書印が押してあったのだと言う。

君はこれを誰かからかうなりもらうなどしたのかね?と追求されたので、困った菊池は、先生、もしこれを盗んだと言ったらどうなるんですか?と聞く。

すると教授は、教授会に欠けることになるが、まず退学してもらうことになるだろうと言う。

他の教授たちも、君は誰かをかばっているのかね?と言われるが、菊池は、退学させられても依存はありませんと答えるだけだった。

その後、帰って来た青木を廊下で待っていた菊池は声をかけ、さっき質屋に入れた本は図書館の蔵書だったそうだと教える。

すると青木は、来月、うちから金が入ったらそっと返してくつもりだったんだと落ち込んだので、青木の仕業だと分かるが、僕のことを言ったのか?と聞かれた菊池は、言わなかった。

僕が退学になれば住むことだと答える。

しかし、それを知った青木はさすがに反省の態度を見せたので、君は俺より優秀だ。その内、哲学で日本に君臨するだろう。俺の気持を察して努力しろ!と菊池は言う。

それでも菊池は、俺がやったんだ。罪を犯した者が罰を受けるべきだと言い、自首しに行こうとするので、菊池は、君の親爺は師範の教授じゃないか。お前が退学になったらどうなる?罪は俺が負うからお前は残れ。

分かったらもっとドンドン勉強しろ! ここでのことは誰にも話すな!君と僕との2人だけの秘密だと菊池は青木に言い聞かすのだった。

一高を退学した菊池は、翌年7月京都帝国大学の試験を受けた。

その入学者発表の掲示板を雨の中見に来ていたのは綾部健太郎だった。

綾部は自分が入学したことを知り喜ぶが、そのとき、同じ掲示板を見ている奇妙な学生の姿に気づく。

傘を持ってないのか、小包用の油紙に穴を開け、ポンチョのようにかぶっていたからだ。

その小包には宛名が書いてあり、そこに菊池寛と書かれていたので、菊池だと気づき声をかける。

菊池も綾部に驚き、2人は再会を喜び合う。

菊池が汚い草履を履いていることに気づいた綾部がどこに住んでいるんだ?を聞くと、今宿無しだ、夕べは駅に泊まったと菊池が言うので、綾部は、良し!俺の所へ来い!と誘う。

綾部は今、佐藤小太郎 南部彰三の書生をやっており、その屋敷内に住んでいた。

綾部は家人に悟られないように菊池を自分の部屋である物置の二階へ案内すると、一高を退学した言う風の噂は聞いたと菊池の身を案ずる。

あれから友達の家に居候して図書館に通い、検定試験を受けて通ったんだと菊池が教えると、綾部は喜び、昔のように将棋をさそうと誘う。

菊池が、以前綾部からもらった赤いインクのシミが付いた将棋の駒を取り出すと、まだ持ってたのか?と綾部は感激する。

その内、菊池が、腹減ったの…と言いだす。 すると綾部は、もうすぐ飯を持って来ると言い、その直後、女中のおよし (小笠原まり子)が飯を運んで来たので、慌てて菊池を押し入れの中に隠す。

部屋に入って来たおよしは、健太郎はん、大学どうやった?と聞くので、通ったよと教えると、およしちゃん、もうお帰りよと言いながら、箸で丼飯を真ん中で二等分し始める。

それを見たおよしが何をしているの?と聞くので、おまじないのような物さとごまかし、早く戻った方が良いよ、こっちが迷惑するよと行って綾部はおよしを部屋から追い出そうとする。

すると、洗濯もんあるやろ?ここやったな?などとおよしが言い出し、押し入れを開けようとするので、ないない!と慌てた綾部はおよしを部屋の外へ押し出す。

その後、押し入れから出て来た菊池は、綾部の差し出した飯にむしゃぶりつく。

台所に、綾部が下げた茶碗と皿を持ち帰って来たおよしは、いやあ、こんなにきれいに食べて!猫みたいや!と、およみ(若月笙子)、おたね(吉見明子)、お千代(大西恭子)ら他の女中たちに教える。

皿のおかずの魚がきれいに骨だけになって乗っていただけで、米粒一つ残っていなかったからだった。

その後、今度は菊池が便所はどこだ?とそわそわとしだし、綾部が下の母屋の廊下の奥なんだと教えると、菊池は我慢できないように窓からケツを出そうとしたので、慌てた綾部は一緒に来いと言いだす。

2人はぴったり前後に身体を密着させ、便所の前まで来ると、菊池だけが便所に飛び込む。

その前で見張りをしていた綾部は、佐藤の妻の咲子(轟夕起子)がやって来たので、大学に通ったことを打ち明ける。

すると咲子は何ですぐ報告に来ないの?と叱りながらも、明日はお祝いで赤飯を炊きましょうなどと言い残し立ち去りかけるが、そのまま残っている綾部を怪しみ、何してるの?と聞く。

ちょっと便所へ…と答えた綾部は、やむなく、かがんでいた菊池がいる便所に自分も入って行く。

力んでいた菊池は綾部の乱入に驚くが、便所の外にいる咲子の所に女中が、綾部はんの窓の所にこんな汚いわらじが…と菊池の草履を持って来たので、ごみためにほかしときなさいなどと咲子が命じているので、綾部も出るに出られなかった。

それから数日経って… 台所では、毎日、健太郎の食べ終えた食器を持って帰ってくるおよしたちが、嫌いなはずのらっきょうまできれいになくなっているのを見て、誰ぞいるんやないか?と怪しみだしていた。

それで、試しにトウモロコシを二本持っておよしが健太郎の部屋に昇って行く時、他の3人の女中も一緒に付いて行き、部屋の中から健太郎が受け取ってふすまを閉めた瞬間、女中たちは階段を降りて行く足音だけを立ててその場に居残る。

部屋の中の押し入れから出て来た菊池がトウモロコシを受け取ろうとしたとき、およしがいきなりふすまを開けたので、慌てた綾部は菊池を押し入れに押し込もうとするが、ふすまごと倒れて来てばれてしまう。

佐藤小太郎(南部彰三)と咲子の前に菊池を連れ出向いた綾部は、先生、すいませんでした。僕と同郷の菊池ですと菊池を紹介し詫びる。

佐藤は、泊めたことは咎めないが、君は国元から頼まれて世話をしているんだ。

菊池君は他の方法をとるように頼むと言い聞かす。

部屋に戻って来た綾部が申し訳なさそうに、これから先どうする?と聞くと、菊池も気落ちしたように、何とかするよと答える。

そんな2人の会話を、階段の下に来たお咲が黙って聞いていた。

これが俺の全財産だ、せめてこれを持って行ってくれ!とがま口を菊池に渡した綾部は、力になれずすまなかったと詫びる。

菊池はそのがま口を、ありがたく借りとくよと受け取る。

外では土砂降りの雨が降って来たので、降って来たの…と綾部が気の毒がると、濡れたって死にゃせん…と言いながら、菊池はまた小包用の油紙を頭からかぶり部屋を出て行こうとする。

するとそこにいたお咲が、止むまで菊池はんを泊めはったら?と声をかけて来たので、将棋でもさすかと言うことになり、2~3日降り続くと良いななどと言いながらまた2人は部屋で将棋をさし始める。

母屋の佐藤の元に戻って来たお咲は、1人世話するのも2人世話するのも同じやないでしょうか?2人の友情が美しくて…と涙ながらに訴える。

その内雨が止んで日が射して来たので、いくか?と菊池は立ち上がりかけたので、がま口落とすなよと綾部は言い、元気でな!と菊池は部屋を出て行こうとする。

綾部は自分の下駄を持って行けと差し出すが、そのとき、突然、お咲が部屋に入って来て、菊池はん、そのがま口の中になんぼ入っているか調べてみたんですか?と言う。

中を見た菊池は、83円ですと答えたので、それで何日暮らせるやろう?と問いかけたお咲は、あなたたちの美しい友情に負けてしまいました。

2人とも当分ここにおいでやすと言ってくれる。

喜んだ2人だったが、ただし条件があり、朝起きたら自分で布団を畳むこと、毎日風呂に入ること、毎月1度は床屋に行くこと…、末は博士か大臣になる人がそんな格好をしていてはあきまへんとお咲は言い添える。

2人は早速一緒に入浴するが、菊池がずっと湯船の中で身体を揺すっているので、何をしているのか?と綾部が聞くと、濯いどるんじゃ、洗うの面倒くさいからななどと言うので、俺が背中を流してやろう、洗いたいんじゃと無理に外に出し、背中を洗ってやる。

すると、予想通り、ものすごい量の垢が出て来る。

洗った後は一緒に湯船に入り、愉快そうに笑い合う2人だった。

夜中、蚊帳の中で綾部が本を読み、机の前では菊池が原稿を書こうとして行き詰まっていた。

綾部は、菊池、他の連中が続々小説を発表しているので焦っているのではないか? 勉強代一主義の君が遅れをとることはない。

君がこの前書いた小説を読んだが、文学に詳しくないが、感動したことは確かだ。

奥様も、東京から送り返して来た「藤十郎の恋」を読まれたらしいぞと綾部が言うと、あれはまだ完成しとらん!と菊池が悔やむので、煮詰まったら一番やるか?とまた綾部は将棋を誘うのだった。

その後、2人はお咲から呼ばれたので母屋へ行ってみると、新しい着物を仕立ててやりましたと言った後、感謝する菊池に、「藤十郎の恋」読ませてもらいました。

あんたはんお小説の着想は新しい。 あんたはんの心の中はきれいやから、いつか大勢の人を感動させるようになると思うとお咲は褒める。

それを聞いた菊池は、僕きっと一生懸命にやります、良い小説を書きます!と言いながら頭を下げるのだった。

しかし文壇は、この田舎作家を認めるようなことはなかった。

大正5年

菊池は時事新報社の門をくぐった。 応対した千葉亀雄(高松英郎)は、作家志望なのに何故新聞記者になろうとするんだ?と聞くので、食べて行くためですと菊池が答えると、つまり記者は腰掛けと言うことか?と言うので、やるからには懸命にやりますと菊池は答える。

京都の佐藤さんから紹介されたが、君は僭越な男だと褒めてあると教えた千葉は、君、記事を書いてみたまえ、大隈内閣批判だ、時間は10分!良いねといきなり課題を出す。

菊池は一瞬面食らうが、すぐに考えをまとめると、一気に記事を書き出す。

記事が出来たと知った千葉はその場で受け取り、8分だねと言うと内容を読み始めるが、感心したように頷く。

高松の実家では、菊池が毎月25円の給料から10円を送ってくるようになったので、あれも楽じゃなかろうに…と武脩はつぶやき感謝する。

その後、菊池は、誰よりも立派な記者として認められるようになっていた。

千葉は、菊池が小さな事件の記事まで現場に足を運んで書いていると知ると、他の者にやらせれば良いのにと助言するが、自分の目で事実をみないと…と菊池が言うので、ますます感心し、小説は書かなくても良いのかと案ずる。

すると菊池は、今は戯曲を書いています。「父帰る」と言う題ですと答えるが、そこにやって来た記者が漱石が死んだそうですと千葉に伝える。

それを聞いた千葉は菊池に、君は漱石と会ったことがあるそうだな?と確認し、記事を取って来てくれと頼む。

しかし、漱石の自宅前に集まった各社の記者たちは、門弟たちの意向として取材を断られていた。

そこにやって来た菊池は、作家の菊池ですと名乗り、堂々と家の中に入ることに成功する。

漱石の遺体の前で合掌した菊池は、側にいた永井荷風に感想を求めるが、今は言いたくない、後ほど公式に発表しますと断られる。

それでも、思い出など何か?としつこく食い下がると、今は何もお話ししたくないんだと荷風は不快感を示す。

その会話に気づいた他の内弟子たちが菊池の正体を怪しみだす。

しかし菊池は、小山先生、お話を!と別人に迫るので、話したくないねと断られる。

あなたは記者なのか?新聞記者はお断りをしているのですが?と内弟子たちが騒ぎだしたので、「新思潮」の菊池として参りましたと菊池は答える。

君は哀しくないのか?哀しくない人には来てもらいたくないな。君は何者なんだ?同人誌ごときに書いたくらいで作家面させれては困ると内弟子たちは菊池を責め始める。

そのとき、菊池は立派な作家ですと声をかけてくれたのは芥川龍之介だった。 それを聞いた菊池は感極まり、表に飛び出すと、追って来た芥川に、僕は帰るよ、すまんかった…と詫びる。

後日、菊池は休暇を取って、久々に実家に帰って来る。

今日は祭りだと言うので、父ちゃんは松本はんと加藤はんを迎えに行っとるんやと母カツは教える。

菊池は、縁側の鉢の黄色い菊を懐かしそうに見る。

そんなカツに、新聞記者を辞めて文士になるんや、一流の文士になるんや!生活のため、記者やっとったり二股かけとるとバカにされるんやと菊池は言いながら、土産だと鞄を渡す。

しかし、鞄の中は汚れた下着が詰まって入り、土産の塩煎餅はその下に隠れていた。

この前手紙で書いたけど、嫁はんのことや?良い人がいるんやとカツが言うと、奥村の包子さんやとカツが言うと、ああ、鼻垂らしとった…と笑った菊池は、まだ嫁はんもらうのは早すぎる、文士になってからやと答えると便所に入る。

それでもカツは、約束だけでもしといたら良いやないかと進め、とにかく写真だけでも見たらどうやと言いながら、見合い写真を便所の前に持って来て声をかける。

すると、便所の窓から菊池が手を伸ばして来たので、そんな所から!とカツは叱る。

菊池はその包子(藤村志保)と結婚し、裁縫教習所と書かれた家で住み始める。

新生活に入った後、菊池は懸命に書いたが、一向に現行の依頼はなかった。

夜、原稿を黙々と書いている菊池に、冷めないうちにと1杯のうどんを勧めた包子は、自分は良いと遠慮する。

菊池は執筆に夢中のあまり、箸とペンを間違えたりしながら少しうどんを啜るが、1本原稿用紙の上に落ちたうどんを素早く掬い取った包子は、さりげなく口に入れる。

それに気づいた菊池は、おい、汁を飲んでごらん、あったまるよ、半分おあがりと丼を勧める。

包子は受け取った丼の中身を夢中で食べ始める。 その内、さあ出来た!「父帰る」と言うんだと菊池が原稿を完成させて言う。

どう言う話なんです?と包子が聞くと、妻を捨て、子を捨てた父が20年振りに帰って来たと言う話だと菊池は答える。

どうなりますの、それ?と包子が聞くので、まあ読んでみるさと原稿を渡してやる。

その頃、近くのタバコ屋(岡崎夏子)に、菊池と言う家はありませんか?新聞記者なんですが…と聞いて来た男があった。

原稿を読んでいた包子はいつしか泣いており、この人たちの気持、分かるような気がしますと言うと、菊池が世辞だと思ったらしいので、お世辞なんか言いませんわと怒った包子は、これどうなさるんです?と聞くと、「新思潮」辺りにでも送るさと菊池は言う。

どうして芝居になさらないんです?と包子が聞くと、歌舞伎中心の今の演劇界で、こんな新しい芝居をかける訳がないと菊池は苦笑する。

その間にも、道行く人に菊池の家を訪ね歩いていたのは綾部だった。

原稿を読んでいた包子は、この部屋そっくりだわと気づくと、2人で芝居をやってみませんか?その方が感じが出ます。

私が母のたかで、あなたが健一郎と言い出す。 そして、2人で「父帰る」の芝居の真似事を始める。

家をしっと見とるんや、背の高い人や…と母親役の包子が言うと、わしも若い頃は恨んだものだと健一郎役の菊池が調子を合わせる。

ふいに表の戸ががらっと開くと包子がト書きを読み、ごめんと父の台詞を読んだとき、ごめん下さいと本当に玄関から声が聞こえて来る。

どなた?と言いながら、菊池が玄関口へ出てみると、そこにいたのは綾部だった。

しばらくだったと言いながら上がり込んだ綾部は、この間、3日ばかり国に帰っていた。

ご尊父は弱っとった、近頃寝たきりだそうだと実家の近況を教える。

今の綾部は、経済人の鞄持ちをやっていると言う。 聞くうちも、新分野目て原稿書いとると教える。

奥さんは?と綾部が見回すが、いつの間にか包子の姿が見えなくなっていた。

茶を出そうと菊池が言うと、水の方が良いんだと言いながら台所へ向かった綾部は、そこの墨で小さくなっていた包子に気づき慌てる。 金井の包子だ、恥ずかしがり屋で、実は芝居しとったんだ。

2人で読み合わせでもやっとったんだと菊池が言うと、その声が表で聞こえたのかと綾部も得心する。

そこへ、コップに入れた水をお盆に乗せ、包子が恥ずかしげに入って来る。 その水を飲んだ綾部は、菊池がうらやましい。夫を理解し、協力しようとするなんて…と感心する。

菊池はそんな綾部に、歌舞伎一辺倒の今の演劇界では、こんなリアリズム芝居は相手にされないと言うと、演劇界で一番偉いのは誰だ?と聞くので、大谷竹次郎かな…と菊池は答える。

さっそく綾部は、その大谷竹次郎(見明凡太朗)に会い、菊池の「父帰る」の原稿を読ませる。

しかし一読した大谷竹次郎は、興行主としては良い芝居をしないと…、こんな暗いもんではね…、今日の所はお諦めになってくださいと慇懃に断って来る。

それでも綾部は後に引かず、今日は若葉小吉の使いとして来ているんですと言い張るが、客の入らぬ芝居は打てませんと大竹も引かなかった。

それでも、菊池の暮らしはますます苦しくなっていた。 包子は、田舎からミソを送ってもらったりして、何とか食いつないでいた。

菊池は、まだお前には東京見物もさせてなかったな…、苦労かけるな…と詫びると、大丈夫、どうにかやっていますと包子は気丈にも答えるので、貧乏だが、僕は幸せだと菊池が感謝すると、私も…と包子喪答える。

綾部も早く結婚すれば良いのにな…、貧乏しとるらしい…と菊池は綾部を思い出す。

そのとき、郵便屋(小杉光史)が書留を持って来る。

その封筒の中を確かめた菊池は、懸賞募集に出した原稿が一等当選だそうだと言う。

そのとき、慌ててほどけた兵児帯をたどっていた包子は、玄関先に落ちていた1枚の為替を拾い上げる。

それは当選通知の封筒からこぼれ落ちていた20円の為替だった。

その包子から兵児帯を巻いてもらいながら、初めての原稿料だ!と感激する菊池に、あなた、おめでとうございます!と包子は三つ指を付いて頭を下げる。

菊池はそんな包子に、お願いがある、全部わしに使わせて欲しいと願い出ると、私のそうなさると思っていたんですと包子も承知する。

その頃、綾部は、始めてもらったボーナスを料亭に呼び寄せた梅奴(平井岐代子)、ふみ香(高山京子)、雪江(富田邦子)ら芸者たちに見せびらかし、一度先生がいつも呼んでいる君たちを自前で呼んでみたかったのだと打ち明けていた。

菊池は、そんな事情も知らず、綾部の住まいを探し当てていたが、まだ帰ってないと言われ、表の小さな鳥居の前で待つことにする。

しかし雪が降り始めたので、側の屋根のある所に入り、持っていた紙の碁盤で1人将棋をし始める。

しばらくして、横を通りかかった影がしゃがみ込んでいた菊池に気づき、菊池!何してるんだ?と呼びかける。

綾部だと知った菊池は、良かった探したんだ一日中…と言いながら立ち上がったので、何か急用か?と綾部が緊張すると、今日、生まれて初めて原稿料をもらったんだ、それで半分やろうと思って…、ここまでやって来たのは、君に喜んでもらおうと思ったからだ。

10円あれば助かるだろう?と菊池が言うので、助かる!と菊池に背を向けて感激した綾部は、ありがたくもらうよ!と言うと、雪が降る中泣き始める。

何だ、泣いているのか?と菊池は初めて綾部の涙に気づく。

市川猿之助は、大正9年、新富座で「父帰る」をかける。 舞台では、宗太郎(花布辰男)が、おたか、おらんか?…と言いながら家を訪ねて来る所だった。

玄関口に出た母のおたか(耕田久鯉子)は、あなたさんはえろう変わったのとかつての夫の様変わりを見て驚く。

子供たちは大きくなったろうな…と言いながら、父が家の中に入って来ると、父と気づいた次男(倉石功)が新二郎ですと名乗り、たねですと長女のおたね(渚まゆみ)も名乗る。

しかし、一番奥に座っていた長男の黒田賢一郎(根上淳)だけは、そっぽを向いたままだった。

そんな賢一郎に、一つ酒でもくれんか?今ではええ酒も飲めんでな、顔に見覚えがあるなどと宗太郎が声をかける。

しかし、賢一郎が無視しているので、自分がと言いながら盃を渡そうとすると、飲ます酒などあるはずがない。

僕たちに父親がある訳がないと厳しい表情のまま賢一郎が言う。

ロビーでは、不安で芝居を見れない菊池がソファに座っていたが、そこに包子も駆けつけけ来たので、もう始まってるよ、見るかい?と菊池が勧めても、とても心配で見られませんと言う。

舞台では、生みの親に良くそんな口がきけるな!と宗太郎が賢一郎に言っていた。

父は8つの時に築港から身投げして死んだんだ。

20年前、僕は自分で生きて来た、誰にだって助けられた訳じゃないと賢一郎が言うので、良いわ。

出て行く。おれだって、2万や3万の金を扱うた男やと宗太郎は見栄を張る。

新二郎が、僕が何とかしますと宗太郎をなだめようとするが、俺はまだげんこつの1つや2つ受けたのは覚えているが、お前は何を覚えている? しがない給仕の仕事でお前を養って来たのは俺じゃないか!と賢一郎は叱る。

そんな場内からの声をロビーで聞いている菊池と包子。

舞台では、宗太郎が家を出て行き、賢一郎!と母のおたかが長男を見つめ、兄さん!とお種が吐き出していた。

その間、じっと腕を組んで無視していた賢一郎だったが、新二郎!お父さんを呼びに行って来い!と告げる。

すぐに家を出て父の後を追った新二郎だったが、すぐに戻って来て、南の道を探したけどいねいんだ、北の道を探すから、兄さんも来てくださいと呼びかける。

すると立ち上がった賢一郎が、見えない事があるものか!と言って自分も家を飛び出すと、花道を進んで行く。

二階席から、その芝居を久米、成瀬と見ていた芥川は、その後客席から巻き起こった拍手を聞くと、良かった…、菊池の勝ちだねとうれしそうにつぶやく。

ロビーにいた菊池と包子は、場内から続々と泣きながら出て来た客の姿を目撃する。

入り口の所では、綾部を前に大谷竹次郎が、綾部さん、恐れ入りました。

本当に良い作家を推薦してくださいました。頭が下がりますと詫びていた。

そんな大谷に綾部は、もう一つお願いがあります、菊池に、私が推薦したことは黙っていて下さいと頼むが、その声は、すぐドアの後ろにいた菊池と包子の耳にも届き、良い方ね…と包子が菊池の耳元でささやきかける。

菊池は黙って泣いていた。

そんな菊池に、あなた…と包子が電報を差し出す。

お父様が!と包子が言い、電文を読んだ菊池は、間に合わなかったか…!父が死んだ日に父帰るか…とつぶやく。

包子!僕は書くぞ!どしどし書くぞ!と菊池は誓う。

こうして菊池寛は綾部の友情に助けられ、ロマンチック一辺倒だった演劇の世界にリアリズムを確立して行った。

そして、一代で文芸春秋者を創立した。

その人間性とその名を永遠不滅のものにしたのである。(とナレーション)

額縁の中で笑う菊池寛の白黒の写真


 


 

 

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