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無法松の一生(’63)

坂東妻三郎版、三船敏郎版に次ぐ三度目の映画化で、今回は三國連太郎が松五郎を演じている。

三船版がカラー大作だったのに対し、今回はまた白黒版になっている。

東宝版よりやや低予算になった感じではあるが、芝居小屋の大乱闘シーンや祇園祭のシーンなど、要所要所は大量のエキストラを動員し、見応えのある画面にしている。

三國の芝居は、ややあざとさを感じないでもないが熱演である。

良子役の淡島千景さんも安定している。

話の大筋は前2作とほぼ同じだが、細かい差異はある。

松五郎の相棒のような「ぼんさん」と云う少し頭が足りない男がいなくなっており、代わって、由松と云う車引き仲間が登場しているのが一番の相違点かも知れない。

意外だったのは、後の特撮系役者が目立つ事。 吉岡軍医を演じているのは中山昭二さんだし、その旧友の警察署長は南廣さんと、二人が親しげに会話する所など、まるで「ウルトラセブン」「V3から来た男」そのままである。

松五郎に敵対するヤクザを演じているのは地獄大使こと潮健児さん、そして吉岡の剣道の師大木戸役は「ミラーマン」の御手洗博士こと宇佐美淳也さん。

作品としては白黒なのでやや地味な印象ではあるが、感動する部分に遜色はない。

特に、幼少期、あれほど松五郎に慕っていた敏雄が、医学生になって知恵が付いてくると、急に身分の違いを口にするような俗物に成り果てている辺りの描写が、当時の時代背景だけではない、人の情の儚さを強調しているようにも見える。

監督は巨匠のような知名度はない人だが、「警視庁物語」シリーズなどを手がけて来た職人と言う感じで、演出は確かだと感じた。

本作も名作と言って良い作品ではないだろうか。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1963年、東映、岩下俊作原作、伊藤大輔脚色、村山新治監督作品。

朝霧立ちこめる小倉の街の一角に、ふらふらと酔っぱらったようにやって来たのは、人力車の車引き富嶋松五郎(三國連太郎)だった。

松五郎は「宇和嶋屋」と言う宿の戸口に頭をぶつけて停まる。

一階で寝ていた女将の豊(沢村貞子)は、その音で目が覚め、誰な?こんな時間に…と文句を言いながら起き上がって戸を開けると、松五郎が転がり込んで来たので驚く。

様子を見ると、頭から出血しているので動転し、誰か来ておくれ!松っつぁんが大変なんだよ!と大声で二階の泊まり客を呼び起こす。 松っつぁんが帰ってきた?と驚きながら、常連客たちが降りて来る。

松五郎の怪我を知り、医者を呼べ!と騒ぎ出すが、医者代は誰が払うと?と豊は聞き返す。

しかも、倒れ込んでいた松五郎は、死んでもわしは医者などかからん!と怒鳴る。

この地を追放され、まだ1年も立っとらんのに…と泊まり客たちはささやき合う。

薬屋さん、あんた口が巧かけん、医者を呼びに行ってくれんね?と豊が頼むと、わしは商売ではしゃべるが普通は良うしゃべれん、年の功で馬さんの方が!と名指しされた駱駝の馬(中村是好)も、俺も人前に出ると口がこわばるけん…などと誰も行きたがらない。

しかし、戸が開きっぱなしである事に気づくと、警察に見つからんように隠さんと!と気づき、全員で松五郎を二階へ運び上げる事にする。

案の定、朝から町を見回っていた巡査の小野(花澤徳衛)は、車引きのたまり場で休憩していた馬たちに、松五郎知らんけ?と聞いてくる。

松五郎と言えば小倉の名物男やなかね?ととぼけると、そげなことやなか!最近、見かけんかと聞いとるったい!と小野が言うので、小倉追放が御赦免って本当ね?となおも馬たちはとぼける。

「宇和嶋屋」の二階では、起き上がった松五郎が、何杯もうどんをすすりながら、怪我をしたときの話をおもしろおかしく泊まり客たちに披露していた。

何でも、小倉へ行けと言う客を乗せたら、車屋!何か歌えとその客が言い出したのだと言う。

しようがないんで歌ってやったら、その客が文句を言って来たと松五郎は言う。

その夜の客だった大木戸兵衛(宇佐美淳也)は、さっきからお前は歩いているが、誰が歩けと言うた?走りながら歌えと言うのだった。

走りながらなんて歌えるか!と松五郎が怒ると、客に向かって何と言う口を聞くか!と言うので、客、客ちうて、まだ銭もろうとらんけん五分と五分じゃ!と開き直った松は車を止めて身構える。

すると、大木戸も降りて来て、杖でいきなり松五郎の頭を殴って来たと言うのだった。

頭を押さえながら話終えた松五郎を、聞いていたみんなが笑う。 そんなにぎやかな二階の様子を気にしていたのは、下に来ていた小野と、その応対をしていた豊だった。

小野は、玄関口に脱ぎ捨てられていたわらじを持ち上げ、松が現れたら知らせてくれよと言い残し帰ってゆく。

その直後、馬がやって来て、警察の詮議たい!と豊かに告げるが、もう来たたい!と豊は教える。 そこへ降りて来た松は、今、小野が持ち上げたわらじを履きながら、いっちょ隠れるかと言いながら表に出たので、それを見送る豊は、わしゃ、棟が切なか〜と寂しげにつぶやく。

先に外に出ていた馬は、塩崎さんの方へでも…と言いながら人力車を引こうとする松に、自分の笠をかぶせてやる。

神社の境内にやって来た松は、小学生たちがブランコの所で騒いでいるのに気づく。 敏雄(島村徹)と言う一人の子供を無理やりブランコに乗せ、止めて!母様!と怖がる敏雄を笑いながら、みんなで大きくブランコを大きく揺らしていたのだった。

その内に、そのブランコの綱が切れ、振り飛ばされた敏雄を前に子供たちは騒然となる。 駆けつけて来た松五郎が気を失った敏雄を抱き上げ、どこの子な?と子供たちに聞き、人力車に怪我をした子を乗せて、子供たちと一緒にその家に向かう。

途中、ばったり小野と出会い、松五郎やなかか!誰の許可を得て小倉で営業しよるとか!本書まで同行してもらおうか?と近づいて来たので、営業やなか、連隊の吉岡大将の坊ちゃんが怪我したんで連れて行く所じゃ!その後、宇和島屋で待っちょるけん!と松五郎は答え、そのまま吉岡の家までやってくる。

先に知らせに来た子供たちから聞いていたらしく、家では敏雄の母親の吉岡良子(淡島千景)が待ち受けていた。 大将は?と怪我した敏雄を抱いた松五郎が聞くと、一緒について来た子供たちが大尉じゃけんと言い、主人はまだ連隊から帰っておりませんと良子が答える。

松五郎は、主人代わりに医者の佐分(左卜全)を人力車に乗せて戻ってくるが、屋敷にやって来た佐分は、これは吉岡軍医の家じゃないか!同業だよ!わしは産婦人科だ!と驚いたように言う。

これはどうも!と玄関先で佐分に挨拶した人物が主人の吉岡直樹(中山昭二)らしいと気づいた松五郎はお前だろう?無法松、富嶋松五郎と言うのは?と話しかけられたのも無視して、慌てて佐分を乗せた人力車を反対に向け、一目散に帰って行く。

その夜、吉岡は良子に、かつて松五郎が御大将をお前呼ばわりしたエピソードを面白そうにはなして聞かせていた。

閣下が待つ五郎の人力車で菩提寺に行く事になり、わしの行く先分かっとるな?と閣下が何度か確認した所、分かっとるんじゃ!お前何遍言うんじゃ!と松五郎が怒ったと言うのだ。

無法松と言うけれど、人間としては案外しっかりした奴で、今日も佐分先生連れて来て、薬代も受け取らず帰ってしまったと愉快そうに吉岡は話す。

翌日、礼を言うために宇和嶋屋に松五郎を訪ねて来た良子は、出迎えた豊から松五郎が警察に捕まったと聞き驚く。 車を引いとる所を捕まりましたんで…と豊は教える。

警察署の新任の新見署長(南廣)が部下の斎田(相馬剛三)に松五郎が小倉を追放された理由を聞くと、昨年7月、所長が着任される少し前の事でしたと斎田は話し始める。

この地にやってくる芝居や相撲と言った興行には、車屋は顔パスと言う慣習が昔からありました。 それが、結城組と言うドンガラをやっていた連中が芝居興行をやり始めたんですが、これが従来の顔パスを認めない、無料見学禁止と言う規則を作りまして…

(回想)芝居小屋にやって来た由松(西村晃)が、いつものように小倉人力組の者だと名乗り、小屋の中に入ろうとすると、木戸番の清次(南道郎)が、入るんなら金を払ってくれ!ときっぱり只見を断る。

由松は不服そうな顔で一旦引き下がるが、その直後、頬かぶりをして顔を隠した姿で、一等の枡席の券を差し出して堂々と入場した松五郎の同伴者として中に入り込む。

舞台中央の枡席にやって来た松五郎と由松は、火鉢を置いて水の入った鍋をその上に置くと、用意して来たマグロの大きな頭とニンニク、さらにはニラをその鍋の中にいれ、内輪で火鉢をあおぎ出す。

その異臭はたちまち場内に広がり、客が騒ぎ出したので、異変に気づいた結城組の舎弟巳之吉(潮健児)や清次が二人の所へやって来て、何をなすっているんで!と聞いてきたので、ごらんの通り酒の肴を作っているんだ。

自分が買った枡席で何を食おうがこっちの勝手だろう!と答えた松五郎は、由松と二人で鍋を降ろすとニンニクを直接火鉢にくべると、おめえを追い出したのはどいつだ?と由松に聞く。

由松はこいつだ!と清次を指す。

松五郎は殴り掛かって来た巳之吉と清次を殴り返すと、飛びかかって来た他の舎弟たちも加わって大乱闘になる。 強烈な異臭と喧嘩で場内は大混乱。

そこにやって来たのが結城組の親分結城豊蔵(松本染升)だった。

楽屋裏に呼んだ松五郎たちと巳之吉たちを前に事の次第を聞く結城親分。

巳之吉たちは、只見は禁止と書いた札をちゃんと掲げてあると主張するが、松五郎は自分たちは字が読めないと主張、それを聞いた結城親分は、どちらの言い分も分かるが、芝居をめちゃめちゃにして、それですむのか?謝らんといかんのは見物客じゃと松五郎を諭す。

それを聞いた松五郎はさすがに反省し、緞帳の裏から舞台に姿を見せ、客に対して謝ろうとするが、客たちは松五郎の姿を見ただけで退場し始め、駆けつけて来た警官に松五郎の身柄はその場で確保されてしまう。

(回想明け)話を聞き終えた新見署長を訪ねて来たのは吉岡直樹だった。

親しげに話しかけて来た吉岡は中学時代からの剣道の好敵手だったのだと新見署長は斎田に説明する。

その吉岡の尽力で無事釈放された松五郎は、五月の節句の日に、吉岡家に遊びにくると、足を怪我して以来、歩くのを怖がっていた敏雄を励まし、何とか歩けるようにする。

良子は台所で大豆を炒っていたが、そこに連隊から伝令がやって来て、帰宅時間が遅くなりそうなので、追儺は先に済ませておいてくれと吉岡の伝言を伝える。 良子は、松五郎に、追儺とは節分の豆まきの事だと教える。

松五郎は張り切り、目隠しをすると、おかめの面をかぶって福の役の良子と鬼の面をかぶった敏雄を相手に家の中で豆をまき始める。 そこに、吉岡が帰ってくる。

一緒に夕食をよばれる事になった松五郎は、吉岡が披露する居合い抜きの技に驚く。

刀を納めた吉岡は、俺とあの新見の剣の師匠が君を打ち据えた大木戸先生だよと愉快そうに打ち明け、松五郎お得意の追分とやらを聞かせてくれと言い出す。

照れる松五郎を前に、この松五郎君の事を無法松などと云うものもいるが、やろうと思ったら、どげん強か相手でんぶつかって行く男たいと敏雄に教え、この子は気が弱くて神経質な所があるので困っとるんじゃと松五郎に言うと、追分節を聞かせてくれと再度頼む。

松五郎は追分節を歌い出そうとするが、そこにお銚子を持った良子がやってくると、奥さんが…と言って歌を止めるので、良子がなんじゃ?と吉岡は不思議がるが、奥さんの顔を見ると、わしゃ、やりにくうていかんのじゃ…と松五郎は萎縮してしまう。

すると、敏雄が、先ほど良子がかぶっていたおかめの面を持って来て、これかぶったら母さんの顔見えないよと言いながら、松五郎の顔にかぶせようとするが、松五郎はやっぱり照れて、歌えんのじゃ、いけん!歌えん!と拒否する。

その後、松五郎は、そのおかめの面を頭に乗せたまま帰ろうとすると、松五郎さん、忘れ物!お年越しの豆!と言って、良子が紙に包んだ豆を渡そうとするので、ちょっとためらった後、ごっつぁんです!と言って照れくさそうに受け取って帰る。

「宇和嶋屋」でも泊まり客たちが節分の祝いでにぎわっており、どこ行っとたとか!と遅れて戻って来た松五郎に聞くが、豊が、軍医さんとこたい!と教え、松五郎の年が分からないので、適当に豆を取っておいたと渡そうとするが、豆ならもらって来たと松五郎は答える。

しかし、松五郎が沈み込んでいるようなので、行くときはあんなに張り切っとったとに、帰ってくるときはしょぼんとしとるが、どうしたのね?と、馬が不思議そうに聞いてくる。

それには答えず、豊が渡した酒を飲もうとした松五郎は、口からこぼれた酒がおかめの面にかかってしまったので、慌てて拭くと、豊の三味線を伴奏にお得意の追分節を歌い出すのだった。

やがて、町に鯉のぼりが泳ぐ節句の時期になる。 吉岡家で、五月人形の飾り付けを手伝っていた松五郎は、敏雄を呼ぶと、菖蒲の葉を頭にはちまきのようにまいてやり、菖蒲を頭に巻くと、勝負に負けん、勝ちっ放しになるとたいと教える。

喜んだ敏雄がその菖蒲のはちまきを台所にいた母親に見せに行くと、良子も菖蒲の葉を斜めに切り、鏡台の前でそれを自分の髪に簪のように刺してみるのだった。

その日、吉岡は、警察関係者などとの剣道の試合の審判員として、風邪気味なのを無理して出かけて行ったと良子は話し、敏雄は、松おじさんにこれしてもろうたら、5人抜きでも1人抜きでもできるごとある!と敏雄は菖蒲のはちまきを喜んでいた。

その時、伝令の軍人がやって来たので、何事かと松五郎が玄関口に出てみる。 良子の元に戻って来た松五郎は顔色が変わっており、ぼん、話しがあるけん、あっちへ行っといてくれと一旦は敏雄を部屋の外へ連れ出そうとするが、嫌がる敏雄を抱えて戻ってくると、その耳を押さえながら、大将…、試合の最中にな…、死んでしまわっしゃった!と良子に伝える。

後日、吉岡の墓参りに来た良子と敏雄に随行した松五郎は、あの子が医学校に入るまで、私は何としても女手一つでやっていくつもりなんですけど、案じられるのはあの子は身体も弱いし神経質なので、片親の女手一つでやっていけるのか…と打ち明けて来た良子に、わしは大将からぼんのこと頼まれとりますけん…と答える。

教育の事?と良子が聞くと、わしに学問があったら役に立つんやが…、こちとらのような屑が生き残って…、まるで夢のごとある…と松太郎はつぶやく。

その後、松五郎も手伝い引っ越し準備の最中の吉岡家を訪れた大木戸兵衛は、里方よりご依頼があり…と再縁の話を切り出すが、良子はその話になびこうとはしなかった。

誰か強か者がおらんといかんとご母堂が…、その朝顔のようにあなたには吉岡と言う突っかい棒があったのです。ここを引き払うのも生活の方便でしょうが…と大木戸が言うと、裁縫術で身を立てようかと…と良子は答えるので、またとない良縁じゃ中かと思うとやが…と大木戸は諦める。

その後、良子は松五郎に再婚を受けるべきかを相談するが、ばってん、わしみたいな車引き風情が…と松五郎は戸惑うが、いいえ、あなた一人なんです、損得なしに私たち親子を真剣に思ってくださるのは…と良子は答える。

ある日、松五郎は、敏雄の学校の教室の外でキセルを吸っていた。

教室からは「青葉の笛」を歌う子供たちの声が聞こえていたが、その内、女教師(月村圭子)が、今度は一人ずつ歌ってみましょうと言い出し、まず敏雄を名指ししたので、松五郎は思わず聞き耳を立てる。

ところが、立ち上がった敏雄は大きな声で歌う事ができず、女教師は元気良く!と注意するし、回りの子供たちからは嘲笑される。

挙げ句の果て、女教師は隣の北原と言う女の子を名指しし、その子が見事な歌声を披露し始めたので、その横に立ちっぱなしの敏雄はさらし者のような状態になる。

松五郎は、窓からそんな敏雄の醜態を見てしまい、哀しげな顔になる。 帰宅してその事を知った良子は、裁縫教室の生徒たちを前に敏雄に歌ってごらんなさいと命じる。

6人の生徒の娘たちも、坊ちゃん、歌ってごらんなさいと優しく言葉をかけるが、敏雄は歌い出す事もできなかった。

どうして1人で歌えないの?この姉さんたちは、みんな知っている人ばかりでしょう?と良子は敏雄に言い聞かせるが、敏雄はどうしても歌えない。

庭先にいた松五郎が、叱らんといてください!ぼんぼんは人様の前だと大きな声で歌えないとですと助け舟を出すが、歌えないのなら1時間でも2時間でもそこにいなさい!と良子は大きな声を出す。

ぼんぼん…と松五郎は話しかけるが、こんなの意気地がない子は父さんの子じゃありません!ほっといてください!と松五郎の口出しを止める。

堪り兼ねた敏雄は、松おじさん!と叫び、庭先の松五郎に飛びついて行ったので、松五郎は敏雄をおんぶしてその場から逃げ出す。

その後、松五郎は、焼き銀杏を外で敏雄に食べさせて機嫌を取ろうとするが、子供が食べると毒になると母様が言ってたよと敏雄が躊躇すると、ちいっと食べるとなら構わんよと答えた松五郎は、銀杏はこげんして食うとが一番旨かとと言いながら、銀杏を宙にほおって、口の中に落として食べてみせると、敏雄にもその真似をさせる。

なかなか敏雄が巧く銀杏を口に入れられないと、もう一丁!と何度もやり直させ、やっと成功すると、こげん大きな口開いて歌うてみいと言い聞かせる。 花火があがり、敏雄の小学校の運動会が始まる。

松五郎も、良子と敏雄とともに観戦に出かける。

棒倒しが始まると、松五郎は興奮し、立ち上がって野次を飛ばし始めたので、隣にいた敏雄は恥ずかしがり、おじちゃん!と注意するように着物を引っ張る。 おいちゃんがあんまりおらぶけん恥ずかしかったと?と言いながら、松五郎は渋々座り込む。

やがて、号外!と言いながら、年長の生徒たちが何やら紙を配り始めたので、敏雄にも取るように声を掛けるが、恥ずかしがって動こうともしないので、松五郎が通り過ぎた生徒からその紙を受け取り、良子に呼んでもらう事にする。

それは、600m徒歩競争と言うと区別番組の告知で、飛び入り大歓迎と書いてあると良子が読むと、勇んだ松五郎が出てみると言い出す。 きっと勝つね?と敏雄も喜ぶので、太か声で応戦してもろうたら勝つたい!と敏雄に言い聞かせ、スタート地点に向かう。

スタートがかかると、松五郎は人力車を引くポーズをとり走り出したので、観客たちは大いに沸く。

松おじさん、あんな格好ばしよって勝てるとかいな?と敏雄は不安げに良子に聞く。

そんな敏雄を喜ばせようと、松五郎はおどけた振りをしながら走るので、敏雄は気書きではなくなり、おじちゃん!しっかり!しっかり!と大声を上げ始める。

母様、おじちゃん勝てるね?と良子に聞いていた敏雄は、とうとうその場に立ち上がって、おじちゃん!頑張ってぇ!おじちゃん!勝って!勝って!勝って!と腹の底から応援し始める。 そんな敏雄の声援の力もあってか、松五郎は、転びながらも一着になる。

敏雄は大喜びし、見物席から飛び出すと松五郎に飛びついて行く。

そんな敏雄をおんぶして、一緒に一等の賞品を受け取る松五郎。

見物席に戻って来た松五郎が商品を良子に渡すと、その賞品に血が付いている事に良子は気づく。

松五郎は、何でんなか!と言いながら、怪我した右手のひらに自分のつばを吐きかけるが、そんな手に、良子は、自分の名前が入ったハンカチを包帯代わりに巻いてやる。

一緒に帰宅した良子は、松五郎に酒を振る舞いながら、本当にありがとうございましたと礼を言う。 松五郎が敏雄に、賞品開けてみいと声を掛けると、あの子は今日、気持のすべてをおなかのそこから叫びました、あのときの事を思い出すと今でも胸がドキドキします。

賞品は小さな優勝カップと旅行鞄だったが、良子はその旅行鞄を松五郎に使ってくれと渡す。

いまだに興奮気味の敏雄は、おじちゃんのごと走るごとなりたかね!と夢を語るので、太か声で歌えるようになったら走れるようになるよと励ます。

敏雄は、父親の遺影を見ながら、父様、僕剣道やるよ!と誓う。 それ以来、敏雄は積極的に運動にも励むようになり、身体も丈夫になり、りっぱな中学生になる。 敏雄は剣道部の仲間と一緒に帰りながら、果たし合いの打ち合わせをしていた。

果たし合いに行くと言って許す母親はいないだろう?戦勝祝いの提灯行列の脱げ出して行こうと仲間に提案した敏雄は、帰宅すると、自分の勉強机に置いてある父の遺影の前に正座する。

その夜は、戦勝祝いの花火があがる。

そんな中、自宅で蚊帳の破れを修繕していた松五郎の元へやって来た良子は、練兵場から知らせがあったのですが、小倉中学の生徒と工業中学の生徒が喧嘩をするんですって!と伝える。

すると松五郎は、偉かね!ボンボン、それでもそ亡くなられた大将のごとなる!と喜ぶが、家にこんな置き手紙が…と良子が差し出したので、わしは文字メ○ラですけん…と松五郎は恥ずかしがり、見てきますけんと言い残し、外に飛び出す。

戦勝祝いの提灯行列をしていた小倉中学の生徒を見つけると、吉岡のぼんを見ちょらんか?と何人かに聞くが、中の一人が、剣道部の連中と一緒にどっかに行ってしまったと言うだけだった。

その頃、果たし合いの場所である林の中に、仲間とともにやって来た敏雄は、工業中学の連中を前に、一つ条件を言い忘れとったが、総力戦か1人ずつか?と勝負の仕方を問いかけると、相手はどっちでん良か!と言い、両者はぶつかり合おうとする。

その時、待て!とやって来たのが松五郎で、ボンボンに代わって俺が相手になる!と工業中学の生徒の前に立ちはだかるが、たちまち木刀で袋だたきにされる。

敏雄たちも木刀で相手に切り込み、乱闘が始まるが、すぐに警官が駆けつけて来たので、敏雄は血まみれになった松五郎に肩を貸し、松っつぁん!しっかりせんや!と声をかけながら懸命にその場を逃げ出す。

そんな敏雄もいよいよ熊本の医学校へ4月1日から入学が決まり、自宅で良子が荷造りをしてやっていた。

一緒に暮らせるのも後わずかやね…と良子が寂しがると、夏休みには帰ってくるけんと答えた敏雄だったが、困った事がある、この間、教練の帰りに、駅前で…と話し出す。

(回想)駅前で人力車の柄に腰掛け一服していた松五郎は、友達と一緒に帰っていた敏雄に気づくと、ボンボン!車、空いとるけん、乗って行かんかい?と大声で声をかけてくる。

それを友達からからかわれた敏雄は、振り返りもせず、知らん!知らん!ととぼけてそのまま立ち去る。

(回想明け)いつまでも吉岡のボンボン…、もういい加減にして欲しい、好かんたい!あの男の鞭で粗野な態度が!と敏雄が吐き捨てるように言うので、あの男ですって!と良子は唖然としたように敏雄を見る。

その後、松五郎と共に、駅を出発する機関車に乗った敏雄を見送った良子は、これで夏まで会えない…と言うので、かわいい子には旅をさせにゃ!わしは、ボンボンに死ぬ前の脈を取ってもらうのが夢ですたいと松五郎は言う。

そんな松五郎に良子は言いにくそうに、これで敏雄も医学生…、これからはあんまりボンボンって言わんようにしてください、人前じゃ恥ずかしいそうですから…と頼む。

そうじゃ言うたって…、じゃあ、若大将じゃどうやろう?と松五郎が言うので、吉岡君とか、吉岡さんとでも…と良子が提案すると、そげえ改まって…、急によその人になったような気がするの〜…と松五郎も寂しげに答える。

そんなある日、宇和島屋の二階で寝ていた松五郎を豊が起こしに来たので、わしゃ眠たか…、夕べは夜通しじゃったけん…とぐずるが、下に降りてみると、そこにいたのは洋服を着て見違えるような身なりになった由松だった。

あれから博多に行って、今じゃ西洋洗濯屋をやっていると言う。 それが何しに来たとや?と松五郎が聞くと、昨年から博多湾ば埋め立てしていたがんがら工事をしとる結城組に、昔、芝居小屋で痛めつけた二人が帰ってきたとたい。

一時は大阪に行っとったそうだが、そこのヤクザと喧嘩して逃げて来たらしいが、もう組には元の親分がおんしゃらんけんむしゃくしゃしとるったい。松っつぁん!危なかよと言うので、今更仕返しちゅうて…と松五郎は戸惑うが、いっちょ花を咲かそうと言う気か?と仕返しの可能性がある事に気づく。

そこへまた豊が、お客さんだよと呼びかける。 来ていたのは良子で、熊本から便りが来て、小倉の祇園祭を熊本大の民族を研究しとる先生が見たいと言っておられる。

ついては祇園太鼓の事を知りたいので、行事があるまでに調べておいて欲しいと行って来たと言う。

それを聞いた豊は、第一、祇園太鼓打ちきる者が一人でんおるかいな?と首を傾げる。

その時、太鼓の事やら昔の事なら、大木戸先生が!と言い出したので、でもあの先生は引退後、黒崎に隠遁したはず…、黒崎と言えばかなりの遠方…と良子は案ずるが、若大将のためなら、わしゃ唐天竺まで行きます!と松五郎は答える。

その後、敏雄が帰郷したと言うので吉岡家を訪ねた松五郎だったが、さっき大学の先生を宿まで案内しに行きましたと言う良子は、松五郎に酒を注ごうとする。

しかし、ごめんなさい、忘れてた!と言い立ち上がった良子は、こっちの方が良かったわねとコップを取り出してみせたので、笑顔になった松五郎は、じゃあこれは奥さんが…と言いながら、持っていた猪口を飯台の上に置く。

そして、壁にかかっていた吉岡の遺影に向かい、大将、ごっつあんです!と会釈をし酒を飲むと、若大将、墓参りは行きんしゃらんと?黒崎からの帰り、掃除しときましたと松五郎は伝える。

そうした親切に感謝しながら、もし松五郎さんと言う方がおられなかったら、この10年間、どうやってしのいで来られた事か…と良子も感慨深げに答える。

そこへ敏雄が帰ってくるが、松五郎が来ているのに気づくと、厳しい表情のまま、聞いてもらいたい事がある。今後この家への出入りは遠慮してもらいたい。帰ってきて色々噂を聞いた。そうした噂を鵜呑みにする訳ではないが、世間では蔑んだ目で母さんや俺を見るんだ!と言い出す。

それを聞いた良子は、何て事を言うんです!これまであれほど親切を受けながら!と叱りつけるが、その松っつぁんの親切が僕たちにとっては迷惑になっとるんだ!と敏雄は言う。

吉岡の家の前に大学の先生である藤太(沖野一夫)と大木戸を乗せた人力車が到着し、片方の車を引いて来た駱駝の馬が、松っつぁんを呼んできます!と屋敷の中に入って行く。

座敷の中では、手をついて若大将!と頭を下げる松五郎を前に、松っつぁんと僕たちとは住む世界が違うんだよ、この吉岡の家は父が亡くなった後も立派な家なんです、それにくもりを付けとうなか!その父さんの写真の前で、こんな昼日中から酒ば酌み交わしたりして!世間では何と思います!と敏雄が言うので、良子は、酒を酌み交わす?と唖然とする。

松五郎は、奥さん!若大将!と言いながら深く頭を下げると、庭先に呼びに来た馬と一緒に外へと出てゆく。

良子は敏雄に、敏雄さん、あなたには人の善意が分からないのですか?と叱ると、母さんを笑い者にさせたくないんです!母さんはあんな男が好きなんですか!と敏雄が聞くので、好きです!好きとだけでは言い足りません。あの方は人間として偉い人だと思うとりますよ!と良子は毅然として答える。

町は祇園祭りの山車も繰り出し、見物客で賑わっていた。

そこへ藤太と大木戸を乗せた人力車と、空の人力車を引いた松五郎がやってくるが、元気がない松五郎に気づいた大木戸は、どげんしたとか?と聞く。

どげんもしちょりませんっちゃと松五郎が答えると、藤田先生が聞いとるじゃないか?昔の太鼓とどげん違うとかと…と大木戸が問いかける。

ほんなもんの太鼓はごげんなもんじゃなか…と答えた松五郎は、真似事ですけんど…と言うと、人力車を離れ、山車の上で太鼓を打っていた青年に打たしてくれんかい?と声をかける。

助かった!マメが痛うてどげんもならんったいと言い、青年は持っていたばちを、山車を昇って来た松五郎に渡す。 松五郎が打ち始めると、群衆たちが一斉に目を向ける。

先生!これから打つとが流し打ちじゃ!と山車の上から呼びかけ、松五郎は本格的に太鼓を打ち始める。

群衆の中に混じっていた巳之吉と清次が、その松五郎に気づく。 今度は急ぎ駒じゃ!と叫び乱打する松五郎。

それを群衆の中で聞いていた老人は、これだけほんまのんの勇み太鼓を打てる者は一人もおらんと思っとったが…、一体誰だ?と首を伸ばす。 その内、松五郎じゃ!富島松五郎じゃ!と気づく群衆が出てくる。

暴れ打ちじゃ!と松五郎の太鼓に熱がさらにこもる。 移動していた山車は全て停まり、道を埋め尽くす群衆はじっと松五郎の太鼓に聞き入る。

祭りの後、黒崎まで車に乗せて帰る松五郎に、乗っていた大木戸が、この辺じゃったの…と口を開くと、そげんじゃた…、まっことこたえましたけん…と松五郎も頭を殴られたときの事を思い出し苦笑する。

あれが縁でおぬしと吉岡が…もう昔話だ…と笑う大木戸。

黒崎まで大木戸を送っての帰り道、松五郎は追分を歌いながら上機嫌だった。

ある場所まで戻って来た松五郎は、闇夜に2人の男が立ちふさがった事に気づき、誰じゃい?と声をかける。

忘れたのかい?結城組にいた巳之吉と清次じゃ!あれからさっぱりわやや、礼をしたるぜ!と言うと、巳之吉がドスを抜き、清次は懐から拳銃を取り出す。

友達から話は聞いとったけど、やっぱりそげんことじゃったかい!と身構えるが、次の瞬間、清次から腹を撃たれる。

深夜、「宇和嶋屋」の戸を叩く音で寝覚めた豊は、いつものように松五郎だと気づき、戸を開けてやるが、そこに松五郎がうずくまっていたので、助け起こそうとする。

すると、腹から大量の血を流している事に気づき、驚きながらも、しっかりせい!と励まし、何とか中に寝かせる。

松五郎が耳元で焼酎と言うので、持って来て、豊自ら口に含むと傷口に吹き付けてやる。

すると、松五郎は刺身包丁はないかと耳元でささやいてくる。

あると…と言いながら持って来てやると、それを握った松五郎は自分の傷口を切り裂こうとし始めたので、弾を抜く?と仰天した豊は、吉岡のボンボンがおるんやから呼んでくる!と言うが、言うたら、ぶっ殺す!とつぶやいた松五郎はその場で気絶する。

二階へ駆け上がり、誰か!と呼びかけて、客たちと一緒に下に戻って来た豊は、弾を自分で抜いて手に握りしめたまま失神している松五郎を発見する。 数日後、話を聞いた由松が見舞いにやってくる。

出迎えた豊は、傷は何とか治って、今日は気分が良いようで、二階で床屋に髪を切らせていると教えると、襲った二人は博多で捕まったったい、それば知らせようと思て…。襲った時に、松から半殺しの目にあわされとったらしか…と由松も教える。

松っつぁんも最近はすっかり沈み込んでいて、かかりつけの医者の話では今月の半ば辺りが危なかと…と豊は耳打ちする。

そんな話を聞き、二階へ様子を見に行った由松だったが、おらんぞと言う。

どこへ行ったっちゃろうか?と豊は考え込むので、あそこは?吉岡ちゅう家…と由松が言うと、とんでもなか!あの大怪我の時でさえ、吉岡の家に知らせたら殺すて言われたとよ…、あん時から妙な事になって、奥さんにも会いに行かんようになった…と豊は顔を曇らせるが、その時、雪が降って来た事に気づく。

松五郎は、その吉岡の家の良子に会いに来ていた。 わしゃ、今日は、奥さんに誤りに来たんじゃと松五郎が手をついて言い出したので、いえ、お詫びをせんと行けんのはうちの方ですと良子も手をつく。

お詫びせんいかんのは三つあって、一つは、里から再縁の話があった時、ぼんのためと思うて止めたばってん、実を言えば、わしゃ、奥さんがここにおらんようになるのが辛抱できんかったためたい。

二つめは、ここの旦那に世話になった時、ボンボン頼む言われたのは嘘じゃない!それからはボンボンに会うのが楽しみでこの家に出入りしとったが、ボンボンが可愛かったのは見せかけの大嘘じゃった!ただ、ぼんの側にいたら…と思うて… 三つめは…と言いながら、松五郎は泣き出していた。

もう三つ目も四つめも関係なか!わし帰ります、暗うなるけん…と言いかけ、わしゃな…、言えんっちゃが…、わしの心は汚か!と言うと、松五郎は手をついていた良子の手を握って、捧げるように掲げて頭を下げる。

その後、一人、道に積もった雪のなかをふらつきながら帰る松五郎は、言うた!とうとう言うてしもうた!何もかんも洗いざらい、わしの本性の随の随まで… これで良かっちゃ…、これでいつ死んでも良か…思い残す事はなかっちゃ…と心でつぶやいていた松五郎は雪の中に倒れ込む。

後日、「宇和嶋屋」の二階に飾られた小さな位牌を前に、良子、豊、由松らが集まっていた。

松っつぁんが遺していたのはこの鞄だけ…と言いながら、豊が取り出したのは、あの運動会の日、賞品でもらった旅行鞄だった。

松っつぁんはわしでさえ中は見せんかったと言いながら、鞄の中身を改め出す。 何じゃ?こりゃとまず取り出したのは、おかめのお面だった。 意味を知らない由松はそれを見て苦笑するが、自分がかぶったものだと気づいた良子は沈み込む。

中に戸籍謄本が入っていたので、ぱらぱらとめくってみると、身寄りはみんな死んでいる事が分かる。

松五郎は独ぼっちだったのだ。 最後に出て来たハンカチを見た豊は、奥さんと言って手渡す。

それは、運動会の日、松五郎の右手に巻いてやった良子の名が入ったハンカチだった。 それを見て涙する良子は、一人下に降りると、玄関扉を開いて外に出ると、ハンカチを懐にしまい、戸を閉めて、雪の中に向かって、松五郎さん!と呼びかける。

松五郎さん!ともう一度呼びかけ泣き出した良子だったが、奥さん?と階段を降りて来た豊から声をかけられ、どうしなさったんです?と言われた良子は、いえ…、別に…、何でもありませんとこたえると、再び戸を開け、宿の中に入って行く。

雪が舞う町の一角には、雪が積もった一台の人力車が置かれてあった。

「宇和嶋屋」の前の通りにカメラがパンをすると、そこには人力車の轍が残っていた。
 


 

 

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