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みれん

瀬戸内寂聴さんこと瀬戸内晴美さん原作の映画化

新東宝から東宝に移籍した池内淳子さんが、妻子ある男と何年も数日置きに暮らしていると云う、世間的には不道徳な女を演じている。

池内さんと言えば、後年「女とみそ汁」など良妻のイメージが強い女優さんだが、この作品では2号と言うか愛人役を演じているのがちょっと意外な感じがする。

正妻と愛人の間を数日置きに行き来する男を仲谷昇さんが演じているのだが、その仲谷さんと池内さんの両名とも落ち着いた大人のイメージがあるためか、ドロドロした愛欲関係のようなシーンはあまりない。

むしろ、もう一人のツバメ的な存在になる仲代達矢さんの方が、若い分、少しぎらついたキャラクターになっている印象。

昔から、このヒロインのような「ダメな男を好きになる女性」と云うのはいるんだなと言うのが正直な感想で、自分自身に経済力があるので、「ダメな男を救済している自分が好きなタイプ」なのではないかとも想像する。

昔、傷つけてしまった青年に再会したことから、自分のだらしなさを自覚し、そうした不自然な関係を何とか清算しようと試みるヒロインだが… 「みれん」と言うタイトルが最後に効いてくる仕掛けになっている。

ちなみに、正妻役の岸田今日子さんは声だけの出演で、姿は一度も現さないのも異色。

文芸ものなので、全体的に地味な印象はあるが、大人の映画と言った感じで、男女どちらが見ても、それなりに楽しめるのではないかと思う。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1963年、東宝、瀬戸内晴美「夏の終り」原作、松山善三脚色、千葉泰樹監督作品。

墨流しをバックにタイトル タイルの壁を触る手 周囲がタイルばりの部屋の中で何かから逃げようとする相沢知子(池内淳子)。

助けて!あなた、誰です?と迫ってくる人影に聞く知子。

人影(声-岸田今日子)は、小杉慎吾の妻です…、慎吾は死にました…、あなたが殺したんです!と言うので、嘘です!と絶叫しながら、タイルの壁を叩き割る知子。

寝床でうなされていた知子に、おい、どうした?と声をかけて起こしたのは、通い愛人とも言うべき小杉慎吾(仲谷昇)だった。

目を覚ました知子が、怖い夢を見たわ…と答えると、詰めて仕事をするからだよ、1日か2日遅れたって…と慎吾は労り、冷や麦茹でたんだけど食べるか?と聞いてくる。 知子は欲しくないと断る。

あっちから電話があってね、娘が盲腸炎起こしたんでちょっと帰ってきてくれってと言いながら、慎吾がワイシャツを着ようとしていたので、新しいの着ていってよと知子は言う。

慎吾は、知子が描きかけていた着物の意匠を見て、秋草は墨一色かい?もう少し流行に合わせた方が良いんじゃないか?とアドバイスする。

玄関先では下宿の母屋の奥さん柿沼はつ(乙羽信子)が梅の実を採っていたが、知子と慎吾が一緒に玄関口から出てくるのを見かけると、お出かけですか?と声をかけてくる。

畳屋さん、捕まったわ、あさってから来るって、最近職人が少なくて、畳の裏返しなんて喜ばないのね…と知子に伝える。

慎吾を、近くの森川町バス停まで見送りかたがら、変更があったら連絡してねと知子は慎吾に頼む。 慎吾の方は、岡崎に連絡してくれ、明日出席できないってと知子に頼む。

ねえ、気をつけてね、交通事故ってこともあるわ…と、知子は先ほど見た悪夢のことを気にしていた。 さっき夢見たって言ったでしょう?あなたの奥さんが出て来たのよ…と知子は打ち明ける。

停留所にやって来たバスに乗り込んだ慎吾は、明後日来るよと知子に告げ去って行く。 知子は、完成した意匠図を持って、馴染みの呉服屋世喜弥に持って行く。

意匠を見た店の主人(加東大介)は、全体のまとまりは良くできているんですが、秋草は墨の濃淡で表現した方が…と慎吾と同じようなことを言うので、やっぱりその方が良いんでしょうか?と知子は聞き返すと、人の仕事を見過ぎなんですよ、流行を追いかけると言うのもね…と主人が言うので、この前は地味だって言ってらしたのに…と知子は不満そうにする。

とにかく浮気はいけませんよと主人は言う。

帰りかけた知子が入り口に向かった時、こんにちは!と入って来た男と目が合う。 あなた!と相手の男が驚くので、知子の方も、涼太さん?と驚く。

喫茶店に落ち着いた2人は思いがけない再会に戸惑っている風だった。

あなたが東京にいるって言う噂は聞いていたわと知子が話しかけると、もう2年になる、つまらない広告代理店で働いているんだ、今もあの店に広告を取りに行った所さ…と木下涼太(仲代達矢)は答える。

涼太が今成功していないことは、その身なりのみすぼらしさからも伺えた。 何か食べない?と知子が聞くと、いや…と涼太は断る。

私、お昼食べてないのよと知子が言うと、どうぞ、僕は食べたばかりだから…と涼太は言う。

11年ぶりじゃない?巧くいっているの?お仕事…と知子が聞くと、ごらんの通りてんと涼太は自嘲気味に答える。

お父さんの会社、仙台にあったじゃない?と聞くと、あの後つぶれました。

父が脳溢血で死んだんです。それからは何をやっても巧くいかず、土地ブローカーとか保険会社とか色々やったんだが…、正直、こんな格好であなたに会いたくなかった…と涼太は悔しそうに言う。

電話頂戴…と自分の名刺を渡した知子は、力になれるかもしれないわ…、何かさせて欲しいの…と知子は伝えるが、名刺を受け取った涼太はそのまま帰って行く。

(回想)12年前… 仙台に住んでいた涼太は、宮城県の民主自由党から立候補した佐山勇一(浜田寅彦)の選挙応援のアルバイトとして、選挙カーの上から地元の選挙民に声をかけていた。

当時、知子はその狭山の妻であり、同じく選挙カーの上から挨拶をしていた。

昼時、選挙カーを降り、知子と一緒のベンチに腰掛け、仕出し弁当を食べていた涼太は、選挙嫌いなことは知っていますが、もっと佐山勇一の奥さんとして自信を持たないと…と意見を言う。

知子も、バイトのあなたでさえあんなに頑張ってくれているのを見ると恥ずかしいわ。でも主人は医者なので、病人さえ直していれば良いと思うんです。私は、政治家なんかになろうとする主人が嫌いなんですと打ち明ける。

涼太は、節子が弁当にほとんど手をつけていないのに気づくと、奥さん、食べないんですか?と聞き、知子が自分の分を差し出すと、うれしそうに、頂きます!と食べ始める。

その時、佐山本人が乗った選挙カーが近くの道にやって来たので、先生!頑張ってください!と他のバイトらは声援を送る。

佐山は選挙に当選し、選挙事務所では万歳の声がわき上がっていたが、その外の暗がりでは、涼太と知子が手を取り合って見つめ合っていた。

そんな二人に、いつしか雨が降ってくる。

その後、涼太は知子と、とある海辺の旅館に来ていた。 奥さん、堪忍してください!と涼太が謝ると、何言うの?涼太さん…と知子は戸惑う。

僕のために!と涼太が言うと、私自身のためよ。あなたには何の罪も…と知子は答える。 それでも涼太が、ご主人は今頃…と言い出すと、止めて!と言うなり知子は泣き出す。

(回想明け)喫茶店でふと我に帰った知子はもう一杯コーヒーを注文する。

そして、店内のピンク電話で出版社の編集者青島(名古屋章)に電話を入れると、慎吾が送った原稿が届いたと言うので、先月号の原稿料を頂けないだろうか?畳返しをするのよ、6時に新宿の「三っ田」で待ってるわと頼むと、最近、岡崎さんと会わない?小杉のことで話があるの、それまで映画見て時間潰すから…と付け加える。

女将(沢村貞子)が一人で切り回している「三っ田」には、作家の岡崎(西村晃)と由起子(山岡久乃)が一緒にカウンターで飲んでいたので、知子もその横に座る。

岡崎は小杉の細君と会った話をしていた。 その時の細君は、前歯が欠け、その治療用の釘のようなものが刺さった口で、今日も小杉は東京なんですよって言うんだよと岡崎は不気味そうに由起子に話していたので、岡崎さん、それ、私に言ってるの?別れろって言うの?と知子が口を挟むと、君たちのやっていることはまともじゃない!と岡崎は知子に向かって言う。

私は小杉が好きなのよと知子が言い返すと、好きだからって汚いわよと由起子が言うので、40過ぎて処女なんかの方がよっぽど汚いわよと知子は皮肉る。

私は世間のルールから外れた女…、自分に忠実に行きて来たのよ!憎けりゃ、出刃でも硫酸でもかけりゃ良いのよ!と言うと、知子は泣き始める。

三日後、知子の下宿の前では、畳屋が畳返しをしており、側でそれを見ていた慎吾が、一人前になるにはどこくらいかかるね?と聞いていた。

畳職人(広瀬正一)が、10年って所ですか…、でも30年やっててもどうってことはないですよと答えている所に、知子が帰ってくる。 娘さんどうだったの?と聞くと、手術した、今、盲腸の手術なんて簡単なんだねと慎吾は報告する。

畳を替えているので部屋には入れない二人は、近所の湯島神社で時間をつぶすことにする。

岡崎と喧嘩して来たのよ、コップ投げてやったわ、向こうが言ったのよ、私のこと雌のカマキリだって…と知子が話すと、畳屋がさっき、10年やらなきゃ一人前じゃないけど30年やったってどうってことないって言ってた…と慎吾もたあい無いことを話す。 そのシャツどうしたの?と知子が聞くと、向こうが買って来たらしい、シャツ汚れていたから…と慎吾が答えているうちに湯島神社に到着する。

昔は、ネクタイや靴下が向こうのものだと見るのも嫌だった。

私が用意したシャツを向こうは洗濯してあなたに着せる。私は向こうが着せたものを洗濯してあなたに着せる… 向こうも私と同じようなこと思っているかしら? そう言えば、さっき木下涼太と言う男が、仕事で近くに来たから寄ったと言って来たよ、「世喜弥」で会ったんだってね?と慎吾が言い出したので、ちょっと驚いた知子は、もう一度会いたかったから名刺を渡しといたのよ。あの人の人生めちゃめちゃにしたの、私だって思うから…と知子は打ち明ける。

年は?と聞かれた知子は、5つくらい違うんです、若かったわ…、お互いひどく傷つけ合って別れたわ…、誰が悪い訳じゃない、その時はそうするしかなかったのよ…と打ち明け、どうしてた?と聞くと、うらぶれてたよ…、8年前の俺と同じだ…、人生に落ちぶれたものは妙におどおどしているものだと慎吾は答える。

タバコ?と知子が聞くと、ちょっと買ってくると言って慎吾が立ち去ったので、境内で1人になった知子は、慎吾と出会った8年前を思い出す。

(回想)慎吾と二人で機関車に乗っていた知子は、お弁当を買いましょうか?次の駅で…、お金持ってるわよ、私…と話しかけるが、弁当いらないと言った慎吾は、本を読みながら、すまないが酒を買ってくれないか?と頼む。

雪の町に着いた二人は一緒に宿に向かうが、もっとゆっくり歩いてよと声をかけた知子に、君は帰れと慎吾が言い出したので、男らしくないわ、上野駅では2〜3時間も待ってたくせに…、あの時、何を賭けてたの?と知子が聞くと、命だ!と慎吾は間髪入れず答える。

知子は自分から宿に入って行く。 そこの仲居が、下の方でホテルを建てている関係でしょっちゅう停電すると言い訳しながら、ランプを部屋に持ってくる。

(回想明け)煙草を買って神社に戻って来た慎吾に、頂戴とタバコをねだった知子は、その頃、夫はユベテを許すから戻って来いと言ったわ、子供のために…と話し始める。

でみ帰らなかった…、夫は軍医だったわ…、写真だけで北京にお嫁に行ったの… 好きになれなかったのは終戦になってからよ…と知子が話し終えると、別の男が好きになったのか?それが木下涼太君か?と慎吾は聞く。

のめり込むって子とあるわよ、私は2人とも棄てたの…、夫も子供も…と知子が答えると、惚れっぽいんだよと慎吾は言うので、あんた見た時、貧弱に見えたわ…、何人の男が私の前を通って行ったか…、私には分かったの、あんたが死ぬつもりだってことが…と知子は、あの宿に二人で泊まった日のことを言う。

(回想)道連れにしたかったのかも入れない…、20年も売れない小説書いてりゃ…と慎吾が自嘲気味につぶやくと、そう言うあなたに惹かれたのかもしれない…と知子も答える。

あんたは自分より惨めなものが欲しいんだ…と慎吾が指摘すると、そう…、あんたに惚れたんじゃない…、もうくたびれたの…と答えた知子は窓を開け、あらまた降り出したわ…とつぶやくと、手のひらを外に差し出し、そこに落ちて来た雪をそっと自分の頬に付けてみて泣き出す。

死のう!赤の他人が恋人同士のように死んだらおかしいだろうと慎吾が言うと、知子はむしゃぶりつくように慎吾に抱きつく。

翌朝、宿を運び出され、救急車に乗せられる2つの担架を見た野次馬が、心中かい?東京ものだと…と噂し合う。

(回想明け)日傘をさし、慎吾と帰宅する知子。 その夜、畳返しをした畳に寝そべった知子は、畳返しでも青草の匂いするね?良いものね、新しいって…、いつかあなた、私たちの子が欲しいって言ったわね?稼ぎがあったら双子でも五つ子でも良いって…と話しかけると、畳の匂い嗅いだら、これが家ってものなんだな…って。 お父さんにもお母さんの死に目にも遭えなかったわ…、あなたの死に目にも遭えないかも…、向こうで死んだらお通夜にも行けない!と知子が甘えたように話しかけると、側にいた慎吾は、もう俺たち死んだじゃないか、一度…、生きていて良かったってことなんだろうな?と言い、知子とキスをすると、さ、仕事するか!と言い出す。

今度何書くの?と知子が聞くと、東亜製薬の社長の伝記だと慎吾は答える。

もう仕事よさない?と知子が言うと、この辺が痛いんだなどと足を押さえ、湯島の階段歩いたから…などと慎吾が言うので、そんな年でもないくせに…と知子は気のない返事をする。

後日、知子は涼太に会いに行く。

良くわかったね、僕の会社と涼太が驚くので、「世喜弥」に聞いたの、来てくれたんだってね?と知子は答える。

ご主人?あの人…と、下宿で会った慎吾のことを聞いて来た涼太に、世間では私のこと、0号とか情婦って呼ぶの…、向こうには奥さんと子供がいるわ、あの人、奥さんと私の家を行ったり来たりしてるのよと知子は打ち明ける。

通り道だったんだ、意外と近くなんだよ、僕の下宿…、1つ先の停留所、あんなに側にすんでいて、2年も良く会わなかったもんだと思って…と涼太は苦笑する。 そんな涼太に、今日はあなたに恥をかかせようと思って…と言い出した知子は、靴屋に連れて行き、新しい涼太の革靴を買ってやる。

その後も、洋品店で、シャツやネクタイ、靴下などを買いそろえてやったので、涼太は、すまないね…と礼を言うので、気にすることないわよと知子は言い返す。

帰宅後、知子は慎吾に、どっか就職口ないかしら?と話しかけたので、木下涼太君か?と慎吾は察する。

ひどい会社なの、歩合制で月2万にもならないんだって…と知子が言うと、自分で探せるんじゃないか?君の歯車が狂ったんじゃないか?と慎吾はからかう。

あのおずおずした顔を見るのが嫌なのと知子が答えると、聞いとくよと慎吾は気のない返事をし、あんまり同情しておかしくならないでくれ、君は負け犬が好きなんだと付け加える。

私だって、虎やライオンが好きだわ、虎やライオンになるって言ってよ、すっかり変わったわね…と知子は逆襲する。 その後、知子はまた涼太と会う。

今日は小杉さんは?と聞かれた知子は、向こうの家に行ったわ、江ノ島の家よと教える。

慎吾はその頃、鎌倉バスを降り、自宅に戻っていた。 小杉も言ってたわよ、野良猫でも見るようだったって、あなたを畳屋が見る目がって…。 小杉は、君は負け犬が好きなんだって言ったわ…と知子が言うと、僕はもう負け犬じゃない!と涼太は反論するが、あなたの未来を狂わせたのは私だって思ったから…と知子はすまなそうに言う。

もう必要ないでしょう?いつかあなたに言ったでしょう?自分の道を歩かなくっちゃって…、私たち、ちょっとしたはずみで坂道を転がり落ちただけだわ…、もう会わないことにするわ、右と左に別れましょうと知子は言う。

1枚の食券を2人で食べて…、惨めな思い出しかないわね…などと言いながら、手酌で飲む知子に、お酌しないんだ?小杉さん、縦の物を横にもしない人じゃないの?女は男に合わせる…と涼太が聞く。

そんなこと聞いて何を言いたいの?と知子が聞くと、もしその関係を清算してくれないかと言ったら?もう一度僕たち…と涼太が言い出したので、バカねと知子ははぐらかす。

その後、2人は森川町のバス停で一緒に降りたので、あなた、もう1つ先じゃないの?と知子が聞くと、ここから歩いて帰る、こんなこと聞いたら何ですが…、前のご主人の佐山さん、どうしてますか?と涼太は聞いて来る。

議員になって東京で住んでいるわ、再婚してマンションでスピッツ飼って…、私とは違う星の人間ねと知子が教えると、それを聞いて安心しました、今度こそさようならだと言うと、涼太は自分の家の方に歩き出し、坂道を上って帰る知子と別れる。

自宅に戻った知子は、茂人の部屋の中で一人ストーブのスイッチを入れる。 その後、「世喜弥」の主人から5日までに何とかと新しい仕事の依頼を受けた知子は、お正月は嫌いなんです、お年始回りなんかもしないし、松飾りも置いたこともないの、仕事があれば以後として他方が良いわと言って引き受ける。 その後、青島に電話を入れ、小杉から、昨日江ノ島の方から原稿が届いたことを確認した知子だったが、もう10日も顔を出さないのよ、変ね?「三っ田」に行ってみるわと話す。

「三っ田」には岡崎がいつものように由起子と来ていたので、小杉知らない?10日も会ってないのよと知子は聞いてみる。

すると岡崎は、1週間前に見たよ、小杉の奥さん、首くくって死んだんだよ、海の見える松林で、遺書はなかったけど、言いたいこと、書ききれないほどあったろうと言うので、驚いた知子は急いで下宿に帰る。

部屋で、やかんの水を直接飲んでいると、相沢さん、江ノ島からお電話ですよ、切り替えますよと、庭先から柿沼はつが声をかけてくる。

受話器を取り上げると、小杉のうちのものですが、そちらに小杉が来てません?着いたら帰るように言ってもらえません?と女性の声なので、あの…、あなた、奥様ですか?と知子は思い切って聞いてみる。

あなた知子さんねと、小杉の妻ゆきが言うので、あの…、ご病気だと伺っていたんですけどと知子は聞く。

するとゆきは、誰が言ったの?本当にしてはいけません…と笑いながら答える。 「三っ田」ではクリスマス気分で岡崎や由起子たちは浮かれていた。

そんな中、電気も点けていなかった知子の部屋に慎吾がやって来て、どうしたんだい?もう寝たのかい?と声をかけて来たので、思わず飛びかかった知子は、バカバカ!とすねる。

どうしたんだ?と慎吾は戸惑うが、人をバカにして!私がどうしてこんな目に遭うのよ!あなたの奥さんが死んだって嘘つかれたのよ!岡崎と由起子に!と知子は怒りをぶつける。

東亜製薬の本社を名古屋に見に行ってたんだと慎吾がしばらく来なかった言い訳をすると、もう良いのよ、江ノ島から電話があって、洋子さんがお父さんに帰ってきて欲しいんですって、帰りなさいと知子は言う。

浅はかな女と思わないでね、ヤケで言ってるんじゃないの、8年も付き合っているのに、10日間で取り乱した自分が恥ずかしかったの…と知子が詫びると、悪かったな…と慎吾も謝る。

道で轢かれた犬を見たことがあるわ、はらわた出して…、私、あれみたいよ…、あなた、帰らなくちゃいけないんでしょう?電車なくなるわ、大丈夫よ、私、泣いたから、少し気がはれたわ、正月は向こうでしょう?と知子は気丈な所を見せる。

2日に来るよと慎吾が言うので、私、仕事あるから…、5日までに仕上げなければいけないからと知子は答える。 正月、一人で仕事をしていた知子の所に大家のはつが、お雑煮を持って来てくれる。

礼を言いながらお椀に箸をつけた知子は、まあ美味しい!何年ぶりかしら、お雑煮食べるなんて…、お持ち嫌いだったけど、お父さんやおかあsんを思い出すわ、へんあり靴こねたけど、食べたかったのよと上機嫌になり、お代わり持ってくるわよと言うはつに、お餅は2つ!と知子は頼む。

その後、雨の中、知子は涼太のアパートを探して近くまで言ってみると、ちょうど帰ってきた涼太が気づき、知子さん!僕のアパートに来てくれたんですか!と感激する。

お雑煮をごちそうになったら、あなたがどうしてるかと思って…と知子が言うと、小杉さんは?と聞かれたので、あの人は決まった日はあちらにいるのと答える。

僕は毎年寝正月だ、一人でいると腹が立つからと涼太が言うので、あなたも、お雑煮が食べたいのねと言いながら、電気コンロに手をかざし暖まろうとするが、そんな知子の手を涼太が握って来たので、首を振ってダメよと知子は拒絶する。

しかし、そんな知子に涼太は抱きついてくる。 夏 以前も出会った公園のベンチで涼太は待っていた。

そこにやって来た知子は、時間ないのよと言うので、あなたが言わないのなら、僕の方から小杉さんに話す!と涼太が言い出したので、あなた、どうして自分の愛情に自信が持てないの?あの人は私の肌と同じよ、冷酷さも! 傷口なめ合うのもいい加減にして欲しいわ、帰ってよ!私だって、これ以上会うのは良くないって思ってるんだからと知子が言い聞かすと、不機嫌になった涼太は、勝手にしろ!と言い残しさっさと帰って行く。

知子の下宿の部屋で、慎吾が足の爪を切っている。

そんな中、私、お風呂に行ってくると声をかけた知子は、洗面器を持って立ち上がると、台所の棚から小鉢をそっと持ち出し外出する。 涼太が洗面台で頭を洗っていたアパートの部屋に来ると、突然の訪問に驚いた涼太は、どうしたんだい?と聞く。

汗塗れで部屋に入って来た知子は、走って来たのよ、5分しかいられないわと言うと、涼太とキスする。

こんなことして…、バカなんだから…と涼太が叱ると、ごはんまだでしょう?これ食べて、私が煮たの、鳥とインゲンと言って、持って来た小鉢を渡す。

小杉と食った残りだろ?そんなもん食うか!と涼太が怒りだしたので、ごめん!と知子は詫びるが、僕だってそんなこと思いたくないさ…、僕だって嫌なんだ…と涼太が自己嫌悪に陥り出したので、帰るわと知子が立ち上がると、送って行くよと涼太は言う。

また走って帰らなけりゃいけないから…と断る知子。

下宿に戻って来た知子は、蚊帳を吊るして、先に寝るわと、黙々と原稿を書いている慎吾に言葉をかけ、あのねえ、変なこと聞くけど、猛攻の人があなたの留守中よろめくことない?と聞く。

誰かがもし?と慎吾が生返事をしたので、誰ってことないけど…と知子が言うと、殺してやる!と慎吾が答えたので、へえ〜、ずいぶん古風なのね、じゃあ私がしたら?と聞き返すと、やっぱり殺してやると言うので、知子は笑い出す。

何がおかしいんだ?と慎吾が不思議そうに聞いてくる。

後日、やって来た知子から別れ話を切り出された涼太は、ベッドに腰掛け苦悩していた。

あなたは小杉さんが死ぬまで待てと言うのか?小杉さんは意気地がないんだ!じゃあ、何故向こうと別れてあんたと結婚しないんだ?と涼太は聞く。

結婚?結婚だけが合いの終点じゃないと思うと知子が言うと、愛とは血みどろの戦いの中から生まれるもので、3人は甘え合っているだけだ!と涼太が言うので、あなたには何が分かるのよ?あの人で作られた私の!と知子は問いかける。

僕には分かるんだ、憐憫だよ、哀れみさ!と涼太が断言し知子の頬を叩くとそのまま抱きつく。

今、向こうでも、これと同じ事をしていると思わないのか?あんたの屋敷の裏には「化け物屋敷」と書いてあるのを見たことないのか?僕は抜け出したい、化け物屋敷から!と涼太は責める。

ある日、慎吾は江ノ島の自宅近くのバス停からバスに乗っていた。

一方、知子の下宿にははつが、江ノ島から速達ですよと持ってくる。

それは慎吾に宛てた妻ゆきからの手紙だったが、知子はその場で封を開け、勝手に中を読み始める。

すると、自宅のペットの近況を知らせる甘えたような文がだらだらと書いてあったので、かちんと来た知子は思わずその場で破り捨ててしまう。

森川町バス停から慈愛病院の横の階段を上り、涼太のアパートへ来た知子は、涼太がオートバイに引っ掛けられたと言い、右足に包帯を巻いてベッドに横になっているのを見て驚き、危ないわ…、それで大丈夫なの?と聞く。

私、今日初めて、向こうの人の手紙を読んだわ、べたべたして気持悪かったのよと打ち明けると、当たり前じゃないか、夫婦なんだから…、あなた方は不潔で卑怯な関係だ!僕は男妾じゃない!と涼太は怒鳴りつけてくる。

出て行ってくれ!あなたが出ないのなら、僕が出る!と言うとベッドから立ち上がり、不自由な足を引きずりながら涼太は部屋を出て行ってしまう。

知子はベッドの上に腰を下ろし悄然となる。 後日、知子は着物に着替え、江の電に乗り「湘南海岸公園駅」で降りると、慎吾の自宅の前までやってくる。

「ミシン仕立」の板が下がった玄関前を一旦通り過ぎた知子だったが、思う一度引き返すと、思い切って門の中に入り込み、母屋の開け放たれた縁側の方に目をやると、もの阻止竿から洗濯物を取り込もうと出て来た慎吾と目が合う。

どうしたんだ?と呼びかけた慎吾に、来ちゃった…と知子は甘えたように言う。 誰もいない、上がんなさいと慎吾が言うので、あの人いないの?と言いながら上がり込んだ知子に、子供を連れて藤沢に行ったと慎吾は教える。

部屋と部屋の間の鴨居の所に、ゆきのものと思われるワンピースが下がっているので、それを見た知子は、出ましょう、いにくいわ、ここ…と慎吾に言う。

外に出て川縁の道を二人で歩きだした慎吾は、落ちていた缶を蹴る。

海水浴場の海の家でベンチに腰掛けた知子に、慎吾は冷たいサイダーを買ってくれる。

どうして良いのか分からなくなっちゃったの。あの人に会って、3人で話し合おうと思って…、どうにもならなかった…と知子は打ち明ける。

あなた、別れられないんでしょう?私はあなたが決心したら一緒になろうと思っていた。 私の家の方へ来るとするでしょう?するとあなたは抜け出す…、それが嫌なの…と言うと、そんなことなら8年間いつでも言えたはずだ。何かあったな?と慎吾は問いつめる。

ごめんなさい!私ずっと…と知子が口ごもると、木下涼太君か?そうか…と慎吾は察する。

どうしても言えなかったの、ごめんなさい!と知子が詫びると、謝るのは僕の方だ…、惚れてるのか?と慎吾が言うので、知子は、分からない…、仕事していても、自分が何をしているのか分からないの…としか答えられなかった。

私にはあなたが必要なの!世の中から何と言われても平気だった…、ども、それももう終わったの…、帰るわと言うと立ち上がり、知子は、海水浴の客たちの間を抜けバス停へと向かう。

慎吾も後を追ってくるが、停まっていたバスに乗り込んだ知子は、藤沢まで送るよと声をかけて来た慎吾に首を振る。 明後日行くよ!となおも慎吾は声を掛けるが、ダメ!と知子は断る。

下宿に戻って来た知子は、行李に荷物を詰めていた。 その時電話がかかって来たので、受話器を取り、涼太さん?と気づいた知子に、何度も電話をかけたけど…、心配してたんだと涼太は言う。

引っ越すことにしたの、今度こそ自分の道を歩くため…、会っても良いわ…、じゃあ明日!と知子は答える。 翌日茶店で出会った知子に、どっか行くの?と涼太が聞いて来たので、旅に出ようと思って、しばらくの間…と知子は答える。

江ノ島に行ったんだって?それで?と聞いて来たので、別に…、どうにもならなかったわ…と知子が答えると、あの人は元々奥さんと別れたくないんだ…と涼太は指摘する。

そうかも知れないわと知子が答えると、あなたも引っ越した方が良い!と涼太が厳しいことを言うので、良く分かっているわ、分かっていてもどうにもならないこともあるわと答えたとも子は、足の方はどうなの?と案ずる。

口実にして休んでいるだけだ、もうなくすものは何もないから…と捨て鉢なことを言う涼太に、小杉があんたの所に行くかもしれないわ。怒りも笑いもしなかったわ…と知子が言うと、そう云う人なんだ、あの人は!卑怯なんだ!と涼太は興奮する。

後日、慎吾は知子の下宿にやってくるが、部屋の中には行李が置いてあるだけで知子はいなかった。

その頃、知子は「こだま」で旅に出ていた。 バスに乗り換え、予約していたホテルの部屋にやってくると、窓から、表を散策するカップルの姿が見えた。

その頃、アパートのベッドの上で、右足の包帯を巻き直していた涼太は、止めてよ、もう歩くの!と言うとも子の声が聞こえたような気がして服を投げつける。

慎吾は1人「三っ田」に来ると、旅に出ます、8時20分の汽車でね…と女将に話すと、待ち合わせてるんじゃないの?と女将がからかって来たので、1人で…と真顔で答えると、オタクの娘2人はどうしたの?と聞き返す。

また家を出て行ったのよ、まったく恩は年を取ることを知らないんだから!と女将が悔しそうに言うので、男だって年取るよ…、男だってね…と慎吾はしみじみ答える。

突然思い立ってこんな所へ来ております。

まだ3日目だと言うのに、こんな時間まで寝ております。

人が来ると死にたくなるような静かさです。

やはりお別れさせてください… そうさせていただいても一人で生きて行けるのか自信はありません。

あなたを失ったことを考えると心乱れることばかり… 涼太とのことは、あなたと別れるきっかけだったと思います。

涼太は二度も傷つけてしまった…と部屋で手紙を書いていた知子は、近づいてくるサイレン音に気づく。

ホテルの前に出てみると、人が轢かれたんですとホテルの従業員が言うので、お客さんですか?と聞くと、東京から来た中年の男だそうですと言うので、気になり、事件現場まで行ってみることにする。

そこには野次馬が集まる中、救急車で救急隊員が到着しており、地面に倒れた男の様子を見ている所だった。

顔は人の身体に隠れて見えなかったが、倒れた男の側には鞄が落ちていたので、ひょっとして!と驚いた知子は、場所を移動し、轢かれた男の顔が見える位置を探す。

何とか見えたその男は慎吾ではなかった。

ほっとした知子は、草原の中の小道を一人帰るが、道に転がっていた空き缶を蹴りながら、いつしか、慎吾!慎吾!と心の中で呼びかけていた。

みれん 終(の文字)
 


 

 

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