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青べか物語

東京の近くにありながらひっそり息づく千葉の寒村を舞台に、そこで生きている人々の人間模様をおだやかに描いた文芸もの。

主人公たる先生は、「エピソードの目撃者」または「聞き役」と言う傍観者立場なので、極力本人の芝居は押さえている。

あごひげと言う見た目こそ珍しいが、台詞は少なく、冒頭部分では、先生はパントマイムの口パク演技で、周囲の役者たちは声出しで芝居をしていると言う演出もあり、いつものような森繁のしゃべりや芝居を期待しているとちょっと肩すかしを食うかもしれない。

しかしそれは、本当の主人公は周囲のキャラクターたちであると言うことなのだと思う。

いくつかのエピソードが描かれているが、それらのエピソードを繋ぐコメディリリーフ的なキャラとして登場している東野英治郎さんと左幸子さんのバイタリティ溢れるキャラクターが特に強烈。

男勝りの女丈夫を演じている市原悦子さんや気性の強そうな千石規子さんもインパクトがある。

コ○キの繁あね(劇中では繁山と聞こえるのだが)を演じている少女は、当時16歳だった南弘子さんと言う女優さんで、桜井浩子さんなどと同期くらいではないだろうか。

これがデビュー作らしいが、しっかりした芝居をしている。

うさんくさい花嫁役の中村メイコさん、左卜全演じる老船長の若き日の恋人役として回想シーンに登場する桜井浩子さんなど、全体的に女性たちの方が生き生きと生命力豊かに描かれているのが特長かもしれない。

それに対し男共は、全員情けないと言うか生活力がなさそうと言うか、女性の手玉に取られていると言うか、心底ダメダメ振りがユーモラスに描かれている。

男たちはいくつになっても、母親(女性)に甘えている子供と言うことなのかもしれない。

意外な人がちょい役扱いだったりしているので確認しづらいのがもどかしい。

子供を演じている子役の1人は、どう見ても、後の「青春とは何だ」とか「これが青春だ」と言った東宝の学園テレビシリーズに良く出ていた矢野間啓治さんだし、松山英太郎さんなどもちらり登場していたような気がする。

池内淳子さんは顔は分かるのだが台詞なしだし、井川比佐志さんなども画面的にはほんの数カットしか写っておらず、若いこともあって、一瞬誰なのか分からなかったりする。

コ○キの繁あねの母親役は丹阿弥谷津子さんらしいが、これも若すぎて、ぱっと見、誰だか分からなかったりする。

しんみりさせる部分もあればユーモラスな部分もあり、大人向けの娯楽映画としても申し分ない。

穏やかな名品と言った所かもしれない。 
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1962年、東宝、山本周五郎原作、新藤兼人脚色、川島雄三監督作品。

東京の町並みから東京湾に移動する空撮

都心から10km東に江戸川の河口がある…(と主人公のモノローグ)

東京と千葉の境界線になっている。

この東は遠浅になっており、埋め立てやすいと言うことで、最近は京葉工業地帯と呼ばれているそうだ。

しかし、ここら辺りには、そうした活気から取り残された漁師町が密集している。

千葉県浦粕の町である。

ある日、私は、この浦粕橋を渡った…(と、橋の真ん中辺りに来たあごひげの主人公が缶入りタバコを取り出す姿が写る)

私?名を名乗るほどのものではない。 新宿や渋谷の飲み屋の女達は私を先生と呼ぶ。 学校の先生ではないし、代議士などでもない。 著述業である。

つまり、売文業。

何故にここにやって来たか… そう言えば、どうしてここにやって来たのだろう?

タイトル

「浦鮨」と言う寿司屋にやって来た先生(森繁久彌)は、店の主人(丘寵児)から、最近、先生の目が死んでますぜと言われ、疲れ切ったような顔で栄養剤のアンプルを飲む。

店の小僧(竹田昭二)が、先生!天竜社の椎名さんから電話!と呼びかけたので、先生は店の電話に出る。

電話をしている間、口うるさい女客に、主人が、この辺では、カワウソやイタチ、河童なんて珍しくはない!などと妙な自慢をしている。

堀川を進む小舟の上に葬儀の家族が乗っている様子。 こうした小舟はほか舟と呼ばれている。

この辺のものは海苔や蛤を採っている。

ここが町役場、その隣が小学校…(と、堀川を移動しながら町の様子を先生の声が紹介して行く)

これは三等郵便局、これは消防署で、この男はわに久(加藤武)だ。

これは漁師達の言うぶっくれ小屋(漁師やその女房達の働きぶり、走り回る子供達の様子)

私は過去に向かって歩いて来たのだろうか?

堀川の小さな橋の上にしゃがんでいた水商売の女達が親しげに先生とカメラに向かって笑いかける。

こういう娘達のことを、若者はごったく屋と呼んでいる。

この辺りは「沖の十万坪」と呼ばれる所で、この辺ならカワウソやイタチくらい住んでいそうだ。

この辺は旧海水浴場だが、今は土砂に埋もれているし、まだ季節も早い。

その一角にやって来て、板の上に腰を下ろした先生は、突然、イエ〜イ!船を買わねえか!と明後日の方向に向かって呼びかけながら近づいて来た芳爺さん(東野英治郎)に気づき、一体誰に話しかけているんだろうと不思議がる。

しかし、芳爺さんが自分の隣に腰を下ろして来たので、どうやら話しかけているのは自分らしいと先生は気づく。

タバコ忘れて来たなどと芳爺さんが言うので、缶入りタバコを勧めると、缶ごと奪い取って、芳爺さんは自分の腹巻きの中に入れてしまう。

先生は文句も言わず、相手がくわえた煙草に火を点けてやる。

イエ〜イ!浦粕に何しに来た?毎日ぶらぶらしてるらしいじゃないか?本書くのか?じゃあ、先生ではないか!と芳爺さんは、相変わらず明後日の方向を見ながら言う。

世間広めるためにはおらの船を買っとくんだと言いながら、芳爺さんは無理矢理自分の小舟の方に連れて行く。

それは、青く塗られたぼろ舟で、どう見ても廃船だったが、芳爺さんは、買ってから7年、まだ15年は使えるなどと言いながら、伏せてあった小舟を裏返すが、それだけで船は分解しそうだった。

そんな小舟に、近くにいた子供達が「青べか!」と囃しててている。 そんな子供達を叱りつけながら、芳爺さんは5000に負けとこうなどと強気の値段を吹きかけて来る。

先生が無視していると、4000にしておこう!などと芳爺さんは強引に商談を進め、結局先生は、その「青べか」を買わされてしまう。

ぶっくれ船「青べか」に乗って櫂で漕ごうとした先生だったが、「青べか」はなかなか言う事を聞かず、土手から子供達が小石を投げて来たりする。

わに久や芳爺、忠なあこ(東野英心)などまで、子供達に交じって、「青べか」を扱いかねている先生を土手から嘲笑して来る。

しかし、じゃじゃ馬のように扱いにくかった「青べか」も、日が経つにつれ先生の信頼を得たのか、普通に乗れるようになって来る。

空気はまだ冷たかったが、「青べか」から海に手を入れてみると、水は不自然なほどぬるかった。

空気は私の肌をくすぐったくさせる。

私の衰弱はなりつつあるのかもしれない…(と、先生のモノローグ)

「青べか」に乗っていた先生に、先生はバカの先生とみんなが言ってたぞ!と土手から呼びかけて来た、妹らしき赤ん坊を背負っている少女がいた。

繁あね(南弘子)と呼ばれるコ○キである。

そんな繁あねが、先生!何か食うもんねえけ?カツ丼おごってくんねえか?などと言って来たので、やむなくおごってやることにする。

繁あねは、背負っていた赤ん坊を墓場において来たので注意した。

そこに芳爺がいきなり入って来て先生の隣に当たり前のように座ると、ビールをコップ1杯!東京では売ってるらしいじゃないか!などと妙な注文するので、ウエイトレスが、それは生ビールのことだろ?うちは瓶ビールだから1杯なんて売れないと文句を言う。

しかし、芳爺がしつこく言うので、やむなく先生は、自分が飲んでいたビールのコップを渡してやる。

すると、上機嫌になった芳爺は当たり前のようにビールを飲み始める。

そこに、何故かわに久までやって来て、芳爺が茂山を冷やかし始めたので、カツ丼を食べ終えた繁あねは「青べか」のぶっくれ舟のスケベジジイ!と芳爺を罵倒しながら帰ってゆく。

しかし芳爺は、おらたちは仲間だ!などと先生の肩を抱き、上機嫌だった。

わに久は、茂山の親爺は源太と言う男で、スズキ取りの名人だったと話しだす。 昔はどこかの県知事だったらしいと芳爺も話に加わる。

源太は釣り船を一層買って海に出るようになったが、ある日、大潮丸と言う缶詰工場の船と衝突し船をなくしてしまった。

源太は相手を訴えたが、貧乏人では裁判で勝てるはずもなく、その日から源太は浴びるように酒を飲むようになった。

そんな源太に愛想を尽かせたかかは、若い男と駆け落ちした。

源太も町中の店で飲んだあげく、つけを踏み倒して、子供2人残して逃げ出した…とわに久が勝手に教える。

ここが、私が間借りしている家だ。(道沿いの下に建つ二階建ての家を背景に先生のモノローグ) 家主のきみの(乙羽信子)さんは足が悪いが、生まれつきなのかどうかは知らない。

彼女は一日中貝のむき身をやっている。 私はここへ来て、まだ一字も書いていない(と、二階の自室に戻って来た先生のモノローグ)

きみのさんの連れの増さん(山茶花究)は、関東水産と言う工場で働いている。

飯の支度や家事一切増さんが引き受けており、きみのさんへは異常な献身的である。

こんな女房に尽くす亭主は見たことがない。 暖かい日には、庭先できみのさんの行水までさせており、こちらは目のやり場がない。

ある夜、「青べか」を漕ぎ、堀川沿いの「柳小路」と言う飲屋街に先生は来る。

一軒のごったく屋の座敷に上がると、おせいちゃん(左幸子)、おきんちゃん(紅美恵子)、おかっちゃん(富永美沙子)と言う3人の芸者が夫々両手にビールを持って現れたので、部屋の入り口でストップさせた先生は、全員に持っていたビールを畳に置かせ、真ん中にいたおせいちゃんだけ残って後の2人は帰ってくれと頼む。

すると、おせいちゃんはいきなり先生の身体を押し倒し、その上に馬乗りになって、男の風上にもおけねえ先生だな!などとからかい、結局、おきんちゃんもおかっちゃんもビールをテーブルに置いて一緒に飲み始める。

先生の小説読んだよとおせいちゃんが雑誌を取り出し、うれしそうに報告する。

ある日、五郎ちゃん(フランキー堺)の所に嫁がやってくる。 車から降りて来たのは、文金高島田姿の花嫁(中村メイコ)だった。

家の中で羽織袴姿で待っていた五郎ちゃんは、花嫁が家に入って来ると、慌てて障子の奥の部屋に隠れるが、灯りで障子にヤモリのようにへばりつくように立っていた五郎ちゃんのシルエットが花嫁が通る廊下にも丸見えだった。

五郎ちゃんの船具の店「みその」の真ん前にある理髪店「浦粕軒」(中村是好)にやって来たわに久は、式に呼ばれなかったとむくれていた。

こいつはおらのかかあを口説き損なった!と店に来ていた勘六(桂小金治)がからかうと、おらは、女を口説き損なったことはねえだとわに久が真顔で答えたので顔色が変わる。

般若の勘六を嘗めるなよ!と腕に彫られた般若の入れ墨を見せて凄んでみせるが、わに久は全く無視する。

そこへ、さっさと天ぷらを並べな!と勘六の女房のあさ子(市原悦子)がやって来る。

その夜、布団を敷いた部屋で新妻と2人きりになった五郎ちゃんは、新妻がキリスト教のお祈りを捧げ、自分の布団の周囲に持参した革袋に入った砂をバリアを張るように撒き始め、私の母の喪が開けるまでこのまま待ちましょう。

あなたは決してこの砂を跨いで中に入ってはいけません。喪は後一週間ですなどと言うのを唖然としながら見守っていた。

始めは冗談かと思い、そのまま彼女の布団に入ろうとすると、あなたはあっち!と部屋の隅に押し倒されてしまう。

それから一週間、五郎ちゃんは、毎夜同じようなことをする花嫁の布団に入ることが出来なかった。

いよいよ一週間が過ぎ、今夜こそ!と張り切る五郎ちゃんだったが、その夜、花嫁は、革袋に入った砂を、今度は五郎の布団の周囲に撒き始める。

そして花嫁は、今日は金曜日、肉食は禁止なのと言う。

翌日、この花嫁は、里帰りと称して呼び寄せた車に乗り込むと、見送る五郎ちゃんの前から姿を消し、二度と帰らなかった。

五郎ちゃんの母親(千石規子)は、仏壇を拝みながら、一度も花嫁を抱かないまま逃げられたと聞いた五郎を叱りつける。

五郎ちゃんは、まじないをかけられたみたいで…と落ち込むばかりだった。

「浦粕軒」ではこの噂で持ち切りで、わに久は、読めっこには言い交わした男があったそうだとまことしやかに話していた。

外に出たわに久、浦粕軒の主人、芳爺たちは、「みその」の店の前に立っていた幟がだらんと垂れ下がっている様を見ると、おっ立っちゃいねえや!!とバカにしたようにはやし立てる。

そんな3人を横目に、気落ちした五郎ちゃんが、スクーターに乗って出かけて行く。

そんな五郎ちゃんを、歩いていたおせいちゃんたちごったく屋が笑い飛ばす。

その時、「浦粕軒」の前にいた芳爺が、勘六んちは朝っぱらからごたごたしているらしいと言うので、わに久たちも面白がって行ってみることにする。

天ぷら屋「朝日や」の勘六は、いつまでも布団をかぶって寝ているあさ子を怒鳴りつけ起こそうとしていた。

布団をひっぺがし、殴り掛かろうとすると、飛び起きたあさ子は、このもくぞう!と罵ると、身請けしたのはお前だけど、この家はわに久に頼んで金の工面をして手に入れたものだ!と言い出したので、じゃあてめえ、やっぱりあいつと!と勘六は激怒する。

そんな夫婦喧嘩の様子を、玄関口から面白そうに芳爺、わに久、「浦粕軒」が眺めていた。

わに久だけでねえ!「浦粕軒」も芳爺にも色々手伝ってもらったとあさ子は打ち明け、勘六と喧嘩を続ける。 それをにやにやしながら見ている3人。

てめえとは縁切りだ!と勘六が言うと、出て行くのはあんたの方だよ!とあさ子の方が強かった。

外に出て来た勘六に、俺立ちゃ仲間じゃねえかと芳爺は言い聞かすが、後から出て来たあさ子は、また路上で勘六を殴り始める。

そんな様子を近所の男たちが面白がって見ている。

夜、若い駐在(園井啓介)が「朝日や」の前にやって来て店の中をのぞくと、あさ子、勘六、芳爺、わに久、「浦粕軒」らが酒を飲みながら堂々と博打をやっていた。

ガラス戸から覗き込んでいる駐在に気づいた芳爺らは、慌てて、坪を座布団の下に隠しながら、今、寄り合いをしてるだと返事をする。

それを聞いた駐在は、この店の営業じゃではないだろう?酒食の提供は…と戸を開けて文句を言って来る。

そんな駐在に、あさ子は、自分の着物をはだけて、両足をむき出しにして誘うように見せながら、勘六、やってみろ!と命じる。

すると、勘六は店の前に出て、五色揚げもらおうかと客の真似をする。

あさ子は、天ぷらを売る真似をし、買った勘六は店の中に入って元の位置に座り込む。

店のものを買って食ってるだけで、これが酒食の提供かね?若え旦那!とあさ子はからかうように言って来る。

それを聞いた駐在は諦めたように、僕にはこの土地が性に合わないんだとぼやきながら帰ってゆく。

翌日、「みその」の店の前では、子供たちまで「みその」の幟がおっ立たねえ!と囃すので、飛び出して来た母親は、今におっ立ててみせるぞ!と睨みつける。

その後、子供たちは、先生の家の前の土手に来ると、フナ穫って来た!と二階で釣り竿をいじっているうちに、針がセーターの背中に引っかかって困っていた先生に呼びかける。

5匹も釣っただ、これを魚屋に持って行くと200円になるんだ、味噌煮にすると旨いんだぞ!などと土手の子供(矢野間啓治)たちがしつこく言うので、その手は食わない…、罠にはかからない…と先生は心の中で決意し、無視する。

すると、買ってくれないと気づいた子供たちは、くれてやんじょ、味噌煮にして食ってみろ!などと言い、一階の玄関前の水道の所へ降りて来る。

それを見た先生は、俺の負けだ…、ただのフナほど高くつくのではないか?と心の中で考える。

子供らが去った後、今度はおせいちゃんがやって来て、今晩は飯食わねえで待っててね、江戸川亭から良いもん持って来るから!私、先生に肩入れてるんだから!と土手から呼びかけて来る。

その後、江戸川亭から、カツライスが届く。

先生は、左手にベッチョリついてしまったケチャップを拭うため、ナイフとフォークを包んだナプキンを広げる。

その日の夜中のことである…

酔ったおせいちゃんが、おきんちゃんとおかっちゃんと共に、タクシーで先生の家の前の土手に乗り付けると、おせいちゃんだけが降りて、勝手に先生の二階の部屋に上がって来る。

深夜の二時だったので、先生は既に寝ていたが、この突然の闖入者のためにやむなく起きることにする。

下にも迷惑だろうと叱責した先生だったが、増さん、奥さんに抱きついて寝ていたよとおせいちゃんが言うと、さっきのカツライスありがとうと礼を言う。

おせいちゃんが渡した土産が「おのろけ豆」と知ると、歌舞伎に行ったのか?と先生は聞くと、歌舞伎の後食事をして飲んで来たとうれしそうにおせいちゃんは報告する。

先生、うちにカワウソとイタチの間の子みたいなの来るのよ、昨日もやって来たの…とおせいちゃんは面白そうに話しだす。

(回想)ごったく屋のおせいちゃん、おかっちゃん、おきんちゃんらを前にしたそのセールスマン(立原博)らしき目の大きな男は、財布に入った札束の束をちらつかせると、わざとらしく1万円札を取り出して見せびらかせる。

(回想明け)おせいちゃんは、部屋にあったトランジスタラジオのスイッチを入れ、音楽を聞き出したので、先生は慌ててボリュームを落とさせる。

車引きがこんにゃく屋に飛び込んだみたいだったわとおせいちゃんが言うので、何のことだね?と聞くと、車引きは足を使うだろ?こんにゃく屋は足を使って作るだろう?つまり、お足を使われる。ゼニがかかるって言うことわざだよなどとおせいちゃんは説明し、先生、本当の小説家なのかい?などと疑わしそうな聞き方をして来たので、茶を飲みかけていた先生は思わずむせてしまう。

(回想)ビールで酩酊状態だったサラリーマンの部屋に、おせいちゃんたちとおかみは、じゃんじゃんビール瓶を持ち込み、片っ端から栓を抜いて行く。

翌朝、部屋で目覚めたサラリーマンに、おかみは請求書を差し出す。

57896円と書かれたその金額を見たサラリーマンは仰天し、何でこんな値段になるんだ!と文句を言い出す。

しかし落ち着いた表情のおかみは、ビール180本、日本酒248合、焼酎27本、さらに、酔って壊された招き猫の修理代などと明細を説明する。

部屋の隅の置かれていた大量のビール瓶やとっくりを見たサラリーマンは、5人の人間でこんなに飲めるはずがない!と猛反発する。

するとおかみは、お客さんは夕べ、おかっちゃんとあっちの部屋に行っただよ、それに関しては営業違反なので書けないからね…と意味有りげに言う。

サラリーマンはそれを聞くと、あっちへ行ったのか…と、覚えていない記憶を確認するようにつぶやく。

(回想明け)行ったつもりになったらしいから、それなりに満足したんでしょう?などと言いながら、おせいちゃんは、部屋にあったジョニ赤を飲んでいたが、やがて眠くなっちゃったと言うと、勝手に先生の布団の上に寝っ転がる。

先生は困惑し、そのまま座って様子を見守るだけだったので、先生、純情ね!とおせいちゃんはからかって来る。

夜が白々と明け、玄関先に出て来た増さんは、二階の灯りがまだついていることに気づく。

先生は一晩中、座ったまま、布団の中で寝入ってしまったおせいちゃんを見守っていたのだった。 後日、五郎ちゃんに2人目の花嫁(池内淳子)がやって来る。

「浦粕軒」では勘六がいつもの連中相手に、五郎ちゃんの姉の道子が北海道に嫁に行っただろう?今度、母ちゃんが、北海道へ飛行機で飛んで行って、嫁っこ探してきたそうだと報告する。

あさ子は先生に、今度こそ「みその」の幟はおっ立つかね?と下品なことを聞いて来る。

五郎の母親は、今度砂をまかれたら、蹴って入るんだぞ!しっかりしろ!御園家の威厳に関わるからな!と家の中で叱りつけていた。

その夜、緊張して寝室に入った五郎ちゃんは、部屋に誰もいなかったので、また逃げられたかと落胆する。

しかし、その直後、寝間着姿に着替えた花嫁が別室のタンスに衣装を仕舞っていた所だと知ると安堵し、感激する。

翌朝、「みその」の前の幟は力強くはためいていた。

それを驚いたように見上げる「浦粕軒」やわに久、芳爺らの前に出て来た五郎ちゃんは、スクーターにまたがると、うれしそうに花嫁がその背後に乗り込み、一緒に笑顔で走り出るのだった。

私は、その後「青べか」で海に出た。(と先生のモノローグ)

茶を一杯詰めたやかんと、魚煎餅、あんこ玉と2冊の本を持って… この季節でも、水面からの輻射熱で暑い。

すぐ向こうに東京が見える。

私に衰弱をもたらしたのは、あの埃だったのか?

私の目は空ろになり意識が消えて行く。 気がつくと、いつの間にか潮が引いて、「青べか」は干潟の砂の上に上がっていた。

手を伸ばして砂の中をあさると、蛤が採れた。 そのとき、イエ〜イ!お前!何してんだ!と側で大きな声が聞こえる。

芳爺だった。

芳爺が近づいて行ったのは、「蛤の密漁禁止」と書かれた立て札の側に立っていた見慣れぬ男(小池朝雄)だった。

どこから来た?と芳爺が聞くと、この辺の者よ…、東京の方ですよ!と言いながら場所を移動していた男は、足下の砂地に置いてあった会がつまった網を拾い上げると急に走り出す。

それを、立て札を引っこ抜き、それを振りかざした芳爺が追いかけ始める。

2人は、先生の乗った「青べか」の横を走り抜け、延々と追跡劇を続ける。

そうこうしているうちに、いつの間にか、引いていた潮がまた満ち始め、「青べか」を海に送り出す。

こうしていると、塩と風とが自然と岸へと運んでくれる。

全部が非現実に見えた。 そんな海辺の一角に古びた蒸気船が一隻停まっていた。

その船には老船長(左卜全)が一人乗っており、回りからは船キ○ガイと呼ばれていた。

何でも30年前、東安汽船に13の時に勤め出し、見習いから水夫、エンジニアを経て、そして船長になったらしい。

勤めは模範的だったようだ。

ところが、定年になっても舵輪を手放さなかったと言う。

会社は何度も退職勧告したが、船長は、退職金は入らないから17号船をくれと言ったらしい。

会社にとっては既に17号船は廃船一歩手前のぼろ舟だったので、喜んでこの願いを聞き、船長はこの船をもらってからは、ここへ繋いで住むようになったのである。

子供は2人おり、息子は物産会社に勤め、娘は大阪の商社の嫁になっており、どちらも父親を引き取りたかったが、船長は承知しなかった。

私はいつしか、この船長と仲良くなり、その時も17号船を訪れた。

船室で、船長がお茶を入れてくれている間、先生は、棚の上に置いてあった小さな花嫁人形に気づき、じっくり眺めていた。

それに気づかれましたか…、もう10年になる…と船長が言うので、亡くなった奥さんですな?と先生が聞くと、初恋の話です…と船長は言う。

私が見習いとして会社に勤め始めた18の時で、お秋(桜井浩子)は17だった。

東野浜の雑貨屋の娘だったが、手も握らない仲だった。 私はその内、見習いから水夫になった。

お秋は、大川端の海苔問屋に嫁ぐことになった。 芦の河原で会ったよ。

お秋は、どうせ嫁に行くんだからこの身体、好きにしてくれと言ったが、可哀想になって何にも出来なかった…と船長は打ち明ける。

それを黙って聞いていた先生は、話は単純だったが、それだけに実のある話に聞こえた。 彼女はそれからも、ここへ姿を見せては17号船に手を振っていた。

雨の日にも… 私はその返事代わりに、この鐘を鳴らした。

そのお秋ちゃんが、しばらく姿を見えない時があった。

船長は、2人の仲が裂かれたときより絶望感に苛まれた。

しかし、やがて、お秋が、赤ん坊を抱いて姿を見せるようになる。

姿を見せなかったお秋は赤ん坊を産んでいたのだった。

何故か俺には、その赤ん坊が俺の子だって気がしたんだ… それから俺も結婚したよと船長は言う。

かかあは2人の子供を産んで、32で死んじまった。 俺立ちは死ぬまでしっくりいかなかった。

別に喧嘩もしなかったが…、風が出たな…、漁師が風を呼ぶんだと船長は現実に戻る。

そしてお秋は42の年に死んじまったよ…と船長は続ける。 船長がそれを知ったのは60日も経ってからだった。

この世で2度と会えないと思うと、10日ばかりバカ見て絵になって寝ちまったな…と船長は言う。

それから不思議な気分になったんだ。 お秋ちゃんが死んで帰って来た…、戻って来た気分だった。

それからは、お秋ちゃんと17号船に乗ってここへ来たんだ。

打ち明け話を聞き終えた先生は、船長は1人じゃないから寂しくないんですね?と話しかけ、船長に勧められるまま、自分も鐘を鳴らしてみる。

ある日、「浦粕軒」にやって来た芳爺さんが、町にやって来た女を見て、繁あねのおっかあに違いねえと言う。

おあさのアマ、留の奴と一緒かよ!と勘六があさ子を探している中、墓場にやって来た繁あねの母は、そこに残っていたゴミを頼りに辺りを見回す。

しばらく周囲を探していた母お定(丹阿弥谷津子)は、どこからともなく聞こえて来た歌声に導かれ、赤ん坊と一緒にいた繁あねを発見する。

良子も丈夫か?母ちゃん、あれから八王子の焼鳥屋始めたんだけど、あんたらの話を聞いて、店を畳んで帰って来ただと話しかける。

すると、繁あねは母親を避けるように逃げ出すと、何で置いて逃げたんだ!と睨みつける。

土手に昇ろうとするしげ子の手を掴んだお定だったが、繁あねはその腕を噛んで逃げると、いきなりつばを吐きかけ、一度も振り向かず逃げ去って行く。

お定は、若い駐在に、おらの子供を捕まえてくれ!と訴えに来る。

交番の前を取り囲み、それを面白そうに見守る町の連中の中には、芳爺さんとわに久もいた。

何しろ、あの子は住所不定なんで…と駐在は曖昧な返事をし、そもそも我が子を何で捨てたんですと聞く。

するとお定は、俺の子なのは確かだ。

捨てたんじゃないよ、ちょいと置いといたんだなどと言い訳したので、野次馬連中がみんな笑い出す。

それに気づいたお定は、表に飛び出すと、どいつもこいつも親不孝な顔しやがって!と野次馬たちに当たり始める。

「浦粕軒」でシャンプー途中のまま主人が野次馬に行って取り残されていた先生も、床屋の店先からその様子を情けなさそうに見ていた。

その夜、二階にいた先生を呼ぶ声がしたので、窓から土手を眺め、繁あねか?みんな探していたぞ!と声をかけてやる。

「青べか」の中にいただ。おら、おっ母と一緒には住まないだと繁あねは言う。

どうしてコ○キになってこの町にいたか知ってるか?つばを吐いてやりたかっただ。

おらのお母は、おらと赤ん坊をうっちゃって逃げ出しただ。 おら、出て行くだ…、いつかのカツ丼旨かったよ。

一言礼を言いたかったんだよと言うと、繁あねは走って闇の中に消えてゆく。

ノートに書いておこう…、母に一言恨み言を言うために、コ○キになって待っていた小さな魂のことを…と先生は、机の上で倒れてこぼれたインク瓶を前に考えていた。

ある日、増さんが先生に、梅の湯に行って来るから留守番頼んだよ!と下から声をかけて来る。

きみのをおんぶして銭湯に向かう姿を目撃した勘六は、あれを見習いなと、増さんの献身振りに感心する。

ちょうど女湯から帰りかけていたおせいちゃんたちは、君のをおんぶしたまま女湯に入って来た増さんを見て、女湯入るのか?と驚くが、増さんは、入るのはきみので、俺は洗ってやるだけだと平然と答える。

先生は、やって来たおせいちゃん相手から酒を勧められるが、僕は朝から酒を飲まないんだよと断ると、町の門があたいたちのことを何て言ってるか知ってるかい?怪しいってさ!とうれしそうにしなだれかかって来るので、僕は書き物をするんだと先生が言い聞かせると、先生、ベストセラーなんて書いたことあるんか?人の心なんて全然分かんないんだから!据え膳食わぬは男の恥って知らないのか!人の気も知らねえで!とおせいちゃんは癇癪を起こし帰って行く。

そこに、銭湯から増さんが帰って来たので、増さん!おせいちゃんが置いて行った酒やらないか?と勧めるが、酒はやらねえ!見るのも嫌いだ!と怒ったような顔で増さんは答えるだけだった。

その後、増さんは、側で座っていたきみのの姿をじっと見つめ考え込む。

そして、二階に上がって来た増さんは、先生、おら、思ったことを言い過ぎてしまって、さっきはすまなかったと詫びるので、何とも思ってないよと先生が答えると、「青べか」を貸してくれ、生きたスズキを食べさせたいと思って…と頭を下げる。

その後、きみのも連れ、「青べか」に乗って出かけた増さんは、5匹も大きなマスを捕って帰って来た。

夕食の後、スズキは旨かったよ、ここへ来て初めてうまい夕食食べたよと先生が感謝すると、おら、訳あって酒止めただよ…と言い出した増さんは、きみのの顔色を見ながら、話しても良いだな?と自分に言い聞かせる。

おらは昔、この町一番の鼻つまみだっただ。 喧嘩、博打、手がつけられねえ鼻つまみだった。

親爺が博打で死んで、おっ母も死んだ。 それからもおらは喧嘩三昧な暮らしを続けていた。

23の時、缶詰工場で働いていたこれを知った。

これは、岩手県の山奥で生まれた女で、10円札5枚持って行くと親戚たちは喜んだだ。

ところが、嫁入りの前の晩、これは逃げ出しただ。

松戸にいる所を捕まえ、今後俺から逃げたら叩き殺してやる!と怒鳴りつけ、それから10年も殴り続けただ。

何の訳もねえのにぶん殴っただ。

冬のある晩、飯の支度が遅かったので、おらは薪を振り上げてこれを殴りつけただ。

そのとき、これの足をへし折ってしまっただ。

そのとき、これは、巻を振り上げたおらに、どうか殺さねえでくんねえと頼んで来た。

その時おらは、洗いざらいの自分を見せられた気がした。

それ以来、おらは、酒を止めただ。

先生、このことを人に話す度に、少しずつ気が楽になるだよ…と増さんは話し終える。

又ある日、先生!おせいちゃんが心中したんだ!と勘六が家に知らせに来る。

泡吹いて医者に駆け込んだだ。あんたへの面当ての心中だったと言う。

病院に駆けつけた先生は、うつぶせにベッドに寝かせられていたおせいちゃんに呼びかける。

すると振り返ったおせいちゃんは、涙目で、先生のおたんちん!と睨んで来る。

危うく一命を取り留めたと先生は聞き安心する。

心中相手の倉なあこ(井川比佐志)は別室に入院しており、友達の忠なあこが見舞いに来るが、ベッドはもぬけの殻だったので一瞬驚く。

倉なあこは、ベッドの裏側の床に転げ落ちていた。

倉なあこの奴と焼酎がぶがぶ飲んじゃったよ!とおせいちゃんは先生に事の次第を説明する。

倉なあこは私に真心があっただよ。 それで、一緒に死のうと言うことになり、お互い薬飲んで、倉なあこの奴がゲップをして苦しみだしたので、あたいも死ぬんじゃないかと思ってここへ飛び込んだだよ。

医者はゴム管口に突っ込んで、ポンプで胃の中の物を吸い出したんで、ものすごく苦しかったよ。

先生、私の真心分かって!とおせいちゃんは先生に言う。

その頃、駐在所に来ていた医者(中原茂男)は若い駐在に、心中の2人が飲んだのは、メリケン粉と重曹らしいねと報告していた。

それを聞いた若い警官は本署へ電話を入れた後、宮本警部(田辺元)と共に病院へやって来る。

倉なあこの部屋に来た宮本警部は、偽心中だったでしょう?北川倉太郎!と罪状を指摘すると、スイスイスーダララッタ♩と忠なあこと一緒に歌ってごまかしながら、病室の窓から逃げ出そうとする所を取り押さえられる。

見舞いに来ていた先生たちの前に来た若い駐在は、皆さんも参考人として本署まで来てください!表の自動車に乗ってくださいと指示する。

これを病院の物陰で聞いていた芳爺は、こっそり便所の中に逃げ込み、全員が出て行ったと思しき頃に戸を開けて外に出るが、ちゃんと見張りの警官が残っており、その場で捕えられて、みんなと同じ車の後部座席に乗せられる。

警察の車が出発すると、それを女房と母親と一緒に見ていた「みその」の五郎ちゃんは、愉快そうに笑い出す。

私はこの町を去ることにした。(と、先生のモノローグ)

私は何のためにここへ来たのか?

この町の情痴話、喧嘩、いくつかの物語…

人間的?

「青べこ」は子供たちにくれてやった。

「沖の十万坪」もやがて埋め立てられるだろう。

産業道路も出来るらしい。

子供たちが「青べこ」に乗り、堀川を進んでいると、芳爺がやって来て、何してる?それは売ったんじゃない!ちょっとの間、貸していただけだ!などと因縁を吹きかけて来る。

物書きの先生、東京に帰るそうだと勘六やわに久は噂していた。

先生の幟もおっ立たなかったなぁと勘六が言うと、おせいちゃんたち3人が「浦粕軒」の前を通り過ぎて行く。

先生も惜しいことしたな…と勘六がにやつくと、おっ立たなきゃしようがなかんべ!と仲間達は嘲笑する。

「浦粕橋」に差し掛かり、橋の右側に移動して東京へ向かう先生とは逆方向に、何台ものトラックが列を連ね通り過ぎて行く。
 


 

 

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