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若さま侍捕物帖 謎の能面屋敷

 

城昌幸の原作もので、大川橋蔵主演の東映版「若さま」シリーズの方は一応知っていたが、黒川弥太郎主演で同じシリーズが新東宝で先に作られていた事は知らなかった。

黒川弥太郎の若さまも、この作品を見る限り違和感はない。

お相手役を務めているおいと役の香川京子さんは、今のアイドルのような愛らしさである。

瓦版売りは、この時代の時代劇には良く登場する川田晴久さんで、本作でも「地球の上に朝が来りゃ〜♩」と歌っている。

事件は、能面をかぶった賊と、もう一人別の能面をかぶった元能役者が住む謎の能面屋敷などが登場し、怪奇色もある。

通俗な展開だが、テンポも悪くなく、それなりに気楽に楽しめる作品になっている。

面をかぶった醜い顔の人物が登場してくるところから、「犬神家の一族」などと似たようなトリックも登場しているし、ミステリ好きにはおなじみの展開になっているので、真犯人は途中から薄々察しがつくが、一般の観客には意外性があるかも知れない。

キャスティング的にはなかなか面白いと思う。 白黒作品と言う事もあり、町中や能屋敷の描写では、上半分が絵合成になっていたりする。

良く注意してみると、下の実写部分がややぶれていたりするので分かるのだが、特撮に慣れていない人には見分けがつかないかもしれない。

改めて、本作の設定を見ていると、「旗本退屈男」と共通している点が多い事が分かる。

両者とも、父親は奉行職でありながら、武士の道を嫌って勘当を受け、今や遊び人風の生活をしているが、剣の腕は立つし頭も切れる…と、ほとんど同じキャラクターと言っても良いくらいである。

「旗本退屈男」の方は戦前からあるキャラクターなので、「若さま」の方がそれをヒントにしているのか?

映画全盛期の古き良き時代の、大衆娯楽時代劇の典型のような作品ではないだろうか。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1950年、新東宝、城昌幸原作、井上梅次脚本、中川信夫監督作品。

月夜の番、江戸市中を回る火の用心番

そんな2人の用心番とすれ違った、お供連れの頭巾姿の侍が、ご苦労じゃ…、くれぐれも用心をな…と声をかけて行く。

その一向に頭を下げ見送った用心番が、あの方誰だか知っているか?お奉行様だぜと教えると、堀田様!と驚いた相棒は、こう毎晩、能面の賊が出たんじゃ、居ても立っても居られないだろう…と応える。

その直後、御高祖頭巾姿ですれ違った南町奉行堀田佐渡守(大河内傳次郎)が、お女中、いずれへ参られる?と聞くと、柳橋へ参りますと言うので、あの辺は物騒ですぞと言い聞かすと、夜道は慣れておりますと言い、女は立ち去ってゆく。

その頃、両国の両替屋「和泉屋」の主人が斬られて道に倒れ出るが、その足を引っ張り店の中に引きずり込んで、その直後店から外に出て来たのは、能面の衣装と面をかぶった謎の賊だった。

夜回りをしていた捕り手たちがすぐに気づき、その後を追いかける。 その呼子の音を聞いた佐渡守も、お供の佐々島俊蔵(河津清三郎)と遠州屋小吉(鳥羽陽之助)共々現場へ向かう。

逃げる能面の賊に、自ら突き当たったかに見えた御高祖頭巾の女が反対方向へ逃げるのを見た佐渡守は、小吉にあの女を捉えろ!と命じる。 一方、捕り手たちとともに能面の賊を追っていた佐々島は、とある屋敷の中に賊が逃げ込んだののを見届ける。

捕り手が言うには、そこは「能面屋敷」と呼ばれているらしい。 庭先に入り込んだ佐々島は、南町奉行与力佐々島俊蔵と申す!今しがた、賊が当屋敷内に侵入したので調べさせていただきたい!と家人に声をかける。

すると、離れに寝ていた人物が、私は先ほどより臥せおりますが、そのようなものは知りませぬと応えてくる。

賊は中将の面をかぶった人物と言う佐々島の言葉を聞いた家人は驚いたように、布団の上で振り返るが、その家人自らも中将の面をかぶっていたので、庭からそれを見た佐々島は唖然とする。

その佐々島の驚きを察したように、身共は、先の将軍にもご寵愛いただいた観世流間崎広光でございます…と家人は名を明かす。

しかし佐々島は、その面を外して顔を見せていただきたいと願い出てもその言葉に従おうとしないので、奉行所までご同行願いたいと告げる。

その時、家人の喜左衛門(柳家金語楼)が縁側に姿を現したので、わしにこの面を取れと言われるのだと広光が困ったように伝えると、佐々島に挨拶をした喜左衛門は、ご主人は訳あって、長年能面を付けておりますが、賊などになれるはずもなく中風で一歩も歩けませぬ。

お疑いでしたら、医者などお連れくださいましてお調べくださいと申し出る。

かと言って、このまま帰っては与力の役目が勤まりませんと佐々島が動こうとしないので、たってと言うなら…と言い出した広光、喜左衛門に手伝わせて面を外してみせる。

しかとご覧くださいと言った広光の顔は、左半分が大やけどで醜く歪んでいた。 その時、喜左衛門!金がなくなった!小遣いをくれ!と言いながらやって来た浪人は、広光の弟玄馬(杉山昌三九)だった。

まだ庭先に立っていた佐々島に気づいて不審がった玄馬に、当家に能面の賊が入りこんだそうで…と喜左衛門が説明すると、わしたちが怪しいと言うのか?ここは能面屋敷、我々が悪者なら、わざわざすぐに疑われる屋敷へなど逃げ込むはずがなかろう!とあざけり、今日明日と矢場通い…、少しは残してくださらぬと…と困惑する喜左衛門から無理矢理金を巻き上げて笑いながら去ってゆく。

その頃、御高祖頭巾の女を追っていた小吉の方は、見失った付近にあった「喜仙」と言う船宿に入り込むと、女将お仙 (清川玉枝)に断って中を調べ始める。

二階の部屋を覗くと、そこに寝そべっていたのは、小吉も良く知る「若さま」こと、佐渡守の一人息子左馬介(黒川弥太郎)だった。

これはこれは若さま…と恐縮しながら呼びかけた小吉だったが、一向に若さまが起きそうもないので、一緒にいた女将の娘おいと(香川京子)に、この辺りに妙な女が来なかったか?と聞く。

その時、おう、小吉か…と言いながら、若さまがようやく目覚めたようなので、先ほど両国の和泉屋に賊が現れまして、仲間の女を追っているうちにこの辺で見失いまして…と小吉は説明すると、ここにはいないな…と若さまは言う。

失礼しましたと言い、小吉は帰って行ったので、若さまは、おいと坊、何か歌ってくれとせがむ。

おいとが歌いだすと、部屋の押し入れが開き、逃げていた御高祖頭巾の女お銀(利根はる恵)が出てくる。 飛んだ濡れ衣を着せられ終われておりましたところ、助けていただき本当にありがとうございましたと、お銀は若さまに礼を言うが、その時、手に持っていたふろしき包みをたたみに落としたのであわてて拾い上げ、そのまま部屋を出て行く。

その様子を見ていたおいとは、もし若さま!今の女悪い女のようです。だって、あんなにたくさんのお金持っているんですもの…と教えるが、他人の事だ…と無視した若さま、今の女、ちょっとオツな奴だったな…などと言うので、おいとは、嫌な若さま!と怒ってみせる。 どうした?歌わないのか?何か気に触ったか?おたふくが辛子をなめたような顔だぞ、そ~らふくれて来た。今に泣き出すぞ…などと若さまがからかうので、本当においとは泣き出してしまう。

おいと、冗談だよ!からかっただけだよと慌てて謝った若様が、明日何か買って来てやる。飴か?煎餅か?柏餅か?などとなだめようとすると、かんざし!と言うので、簡単な事だと応えると、本当?本当に買ってくださるんですか?では歌って差し上げますと急に元気になったおいとは言い出す。

翌日、路上では、瓦版売りの早耳の千吉(川田晴久)が美声で歌いながら、能面事件の事を町民たちに知らせていた。

その頃、屋敷に来た佐々島と小吉から、夕べの結果を聞いた佐渡守は、間崎広光…、一時は将軍家にも愛でられた観世流の能楽師で、一昨年、火鉢に当たりしおり、火鉢の中が破裂して、顔の半分が焼けただれたそうだ。さらに持病の中が出て、今はほとんど臥せたままと聞いておったが…、能面の賊が能屋敷の表で消えおったか…、能面の賊が能面屋敷の表で消えようとは…、何を好んで能面をかぶるのじゃ?怪しいの…と考え込んでいた。

相手は名門の家だから、滅多な手出しをしてはいかんな…と佐々島に指示した佐渡守は、女が絡んでいるようだな?と小吉に話しかける。

小吉が、逃げられまして面目ございません、穴があれば入りとうございますと夕べの不手際を詫びると、わしも御老中に叱られたよ…、さ、楽にして!茶でも入れよう…と佐渡守は二人をねぎらう。

すると小吉が、昨日、若さまにお会いしましたよと報告すると、船宿「喜仙」と申したの?家名を汚し、武士の風上にも置けんと勘当したが、あれが武士を厭う気持も分からないではない…、古い時代の…と言いかけ、愚痴と気づいた佐渡守はそれ以上の事は言おうとしなかった。

翌日、早耳の千吉は、矢場の人気者お時(榎本美佐江)の前で求愛の歌を歌い始めるが、あっさり、お時に歌で振られてしまったので、がっかりして帰ってゆく。 その直後、客で来ていた玄馬が、お銀はまだか!とお時に当たり散らす。

女の化粧が長いのよ…となだめたお時、妬いてるの、間崎さん?姐さんには昔から良い人がいるのよ。

夜来て、朝帰るのよと教えるが、玄馬は承知せず、お銀を出せ!とお時に突っかかる。 その時、およしよ、みっともない。弱いものをいじめるのは…と玄馬に声をかけて来たのは若さまだった。

しかし、余計な差し出口にますます激高した玄馬は、今度は若さまに絡んでくる。

その騒ぎを聞きつけ、奥から出て来たお銀は、若さまとおっしゃいましたか、夕べはありがとうございました。よくここがわかりましたねと若さまに聞くと、押し入れの中にこんなものが落ちていた…と若さまは紙切れを取り出してみせる。

その紙には「大当り 赤根某」と書かれており、この矢場に貼り出されていた成績優秀者の貼り紙の一枚だったので、まあ、頭隠して尻隠さずとはこの事ですわね…とお銀は苦笑する。

そんな若さまに矢を射掛けて来て、弱いもの相手は止めようか?そなたは強そうだなと玄馬がなおも絡んで来たので、若さまは、わしは少々手強いぞ…と苦笑し、的をめがけ自らの弓の腕前を披露してみせる。

すると玄馬、刀を抜いて、抜かぬなら抜かしてみせるぞ!と叫びながら、店内で暴れだす。

そこにやって来たのが佐々島俊蔵で、貴殿は間崎殿!かようなところで白刃を振り回すとは!と注意するが、黙れ!たかが不浄役人のくせに!貴様!叩ききるぞ!と玄馬の興奮は収まらない。

そこに飛び込んで来て玄馬を止めたのは喜左衛門で、昨夜は失礼しましたと佐々島に挨拶すると、玄馬の不始末を詫び、早々に玄馬を連れて立ち去る。 佐々島は若さまにお話がありますと告げ、一緒に店を出て行く。

そんな一部始終を見ていたお銀は、くわえ楊枝の浪人で、昔から馴染みの月森一平太(海江田譲二)に、あの人誰?と若さまの事を聞くと、堀田佐渡守の息子の左馬介よ…と月森は教える。

その頃、「喜仙」の店の前にいたお仙とおいとの前にやって来た佐渡守は、いつも左馬介が大儀かけるの…と声をかけ、これは当座の費用だ、左馬介には内緒だぞ…と金を渡して立ち去ってゆく。

その後、店の二階に戻ったお仙はおいとに、ねえ、おいと、この間の話、どうする?お屋敷奉公の話さ…、いくら惚れても相手は元を正せば旗本様、どうせ泣きを見るなら、今のうちの方が良いと思うんだけどね~…、あんまり若さまを想うのも考えものだよ、御奉行様を見ると、申し訳なく想うよ…と言い聞かせようとする。

そこに戻って来た若さまは、酒を馳走になったなどと言いながら、また横になる。

お仙が出て行き、部屋に一人残ったおいとの様子がおかしいので訳を聞くと、おいとは、ご奉公に行くかもしれません、良いですか?と言うので、行きたければ行くが良いと、若さまはつれない返事をする。

おいとは、そんな若さまに、いじわる!とすねてみせる。 その時、危ない!と叫び、おいとをかばうように飛び起きた若さまは、何者!と窓から外を伺う。

部屋に矢を射込まれたのだった。

その後、「喜仙」にやって来た佐々島と小吉から、能面屋敷の裏で半弓の矢で殺された役人が発見されたと言う話を聞いた若さまは、面白そうな話だなと興味を示す。

佐々島は、御奉行様に置かれましては、御老中よりきついおしかりをお受けになられましたので、たって若さまのご出馬を願う次第ですと願い出る。

嫌だと言ってもいつの間にか引き込まれたようだぜと言いながら、若さまは、部屋に打ち込まれた矢を二人に見せ、おいで下さいと向こうからお迎えが来るようじゃ、気晴らしに出て行こうじゃないかと若さまは苦笑する。

その頃、能面屋敷の庭先では玄馬が弓矢の稽古をしていた。 座敷の床から小言を言ってくる兄の広光に、兄者は二言めには家名、家名と言うが、兄者とて5年前に菊を孕ませて捨てたではないか!菊は大川に身を投げて死んだぞ!となじる。

玄馬が出かけた直後、喜左衛門が慌ててやって来て、お家の一大事を申し上げます!役人の一人が半弓の矢で射殺されておりました。

奉行所では、能面の賊は玄馬様と目星をつけ探査を始めたもようです!と広光に知らせる。 それを聞いた広光は、この身体さえ利けば…と悔しがり、喜左衛門!斬れ!家名のためじゃ、玄馬を斬れ!と命じる。

一方、「喜仙」にやって来たお銀は、若さまとつきあうなんてうれしいわなどと若さまに膝枕をして、耳掃除などしていたので、廊下から部屋の中の様子をうかがっていたおいとの気持は揺れ動いていた。

夜歩いていたばかりに、あらぬ疑いをかけられて…などとお銀が、あの夜の話を蒸し返すので、本当にぬれぎぬなのなのか?と若さまが水を向けると、そりゃ、私も、叩けば少しはほこりが立つんでね…と笑い返す。

私、これから、毎日寄せてもらうわ…、お一ついかが?などととっくりの酒を勧めたので、お前もやれと若さまは返す。

そんな会話を利いていたおいとは、知らない!と怒ると、そのまま下へ降り、そこにいた佐々島と小吉に、この間の女が若さまの部屋にいるんですよと告げ口をする。

二人は驚き立ち上がりかけるが、若さまの客を捕まえる訳には行くまい…と佐々島が言い、結局二人とも動こうとしないので、それでお役目が勤まりますの!と怒ったおいとは、私、ご奉公に行く!とお仙に泣きながら伝える。

その後、待たせていた小吉たちに会った若さまは、弓の代わりに今度は美人を寄越すとは…、小吉!矢場を見張れ!と指示を出す。

矢場に戻って来たお銀は月森に、すごい金儲けの話があるんだけど…と打ち明け、月森は、敵は本能寺にありか…と苦笑する。

その情報を聞き込んだ小吉は、「喜仙」の若さまに、月森一平太と言う男が暮六つに大川端に集まる約束になっているようですと伝えにくる。

それを利いた若さまは、ご苦労、続いて見張れ!と指示を出す。

小吉が戻った後、お仙がおいとを連れて部屋に来て、おいとがお屋敷に方向に出る事になりました。真崎様ですと言うので、あの有名な能面屋敷か!と驚いた若さまは、長らく世話になったな、達者でくらせとおいとに声をかけ、おいとも哀しそうに、若さまもお達者で…と応える。

下に降りて泣き出したおいとに、若さまがこれを…とお仙が箱を渡そうとするので、こんなものいらない!とはねつけたおいとだったが、畳の落ちた箱の中には、約束していた簪が入っていた。

その後も、やって来たお銀が若さまに膝枕をして甘えだしたので、おいとは、店の前の川端でさめざめと泣くのだった。

夕方、大川端に集まった月森他浪人たちに、駕篭と一緒にやって来た喜左衛門がお待たせしましたと挨拶する。

駕篭に乗っていたのは広光で、罪亡き者を斬れと申すのではない。相手は江戸中を荒らす能面の賊、これは天誅ですと依頼の筋を話す。

なぜ、奉行所に行かぬのか?と月森が問うと、何事も家名のためでござれば…とだけ応えた広光、駕篭から金の包みを地面に置くと、そのまま喜左衛門と共に帰ってゆく。

その大川端にお銀と一緒にやって来た玄馬は、わしの屋敷に来んか?と誘ってくるが、嫌ですよとあっさり断られる。

その時、待ち受けていた浪人たちが玄馬を取り囲み、誘って来たお銀は逃げ出す。 玄馬は一人で大勢の浪人たち相手と戦い始める。 その様子を、立てかけられていた竹の背後から見守っていたのは若さまだった。

玄馬が斬られそうになると、石つぶてを投げて妨害した若さまが姿を現し、竹竿を持って浪人たちの相手をし始める。

その現場には、頭巾をかぶった佐渡守や佐々島、小吉たちも駆けつけていた。 敵の刀を奪い取った若さまは、敵を追い払うと、その刀を川に投げ込む。

若さまの加勢で何とか助かった玄馬だったが、その時、どこからともなく矢が飛んで来たので、畜生!兄者め…と悔しがる。

そこにやって来た佐渡守が、頭巾をかぶったままお怪我はござらぬか?と聞いて来たので、幸い、ご覧の通りぴんぴんしておりますと若さまは応える。

お武家にはご両親がござろう。その道にはその道が当たれば良い事、万一手を出して怪我でもすれば、親御さんのご心痛はいかばかりでありましょうと佐渡守は言い聞かすが、頭巾の相手が父親と知っている若さまは、親に心痛があれば子にも親を想う心痛があります。手を出すのも親を想えばこそ、お留め立てはご無用でござると挨拶をして立ち去る。

一方、間崎家で奉公する事になったおいとは、能面をかぶったまま臥せっている広光から名を聞かれたので、いとと申しますと挨拶する。

いとか…、可愛い名だな~…、そちはわしが恐いのか?と広光が聞くと、おいとはいいえと応えるが、小娘のそちが怖がるのは無理もないと言う広光は、棚の小箱を取ってくれと頼む。

おいとが箱を持ってくると、開けてみろと言うので、蓋を開けると、中にはきれいな帯留めが入っていた。

美しいじゃろう?わしの若い頃の思い出の品じゃ。名を菊と申しての、そちにどこか似たところがあった。わしのようなものに仕えてくれる礼じゃ、そちにつかわすと広光が言うので、ありがとうございます!とおいとは喜ぶ。

その時、御前!恐れながら!と縁側から喜左衛門の声がしたので、いと、下がっておれと広光は人払いをする。

喜左衛門は、御前!邪魔者が入りまして申し訳ございませんと、玄馬襲撃失敗を伝えるので、馬鹿者!あれほどの人数で玄馬を斬れぬのか!と広光はかんしゃくを起こすが、そこへ、兄者!今夜の差し金は兄者であろう!闇討ちをかけるとは!と怒鳴りながら、当の玄馬が帰ってくる。

黙れ!能面の賊になどなりおって!と広光が怒るので、喜左衛門!そなただな?兄者に入れ知恵をしたのは!滅多切りにしてくれる!と逆上した玄馬は、驚いて庭の開け薮に逃げ込んだ喜左衛門を追い、刀を振り回し始める。

竹林の中を逃げ回る喜左衛門は、私ではございません!お静まりください!と必死に呼びかけるが、興奮したは、うるさい!くたばれ!と叫びながら、どこまでも喜左衛門を追い回す。

寝床から動けぬ広光は、玄馬!止めんか!と叫ぶしか出来なかった。 やがて、屋敷の外へ逃げ出した喜左衛門を追って、玄馬も外へ出て行く。

翌日、滅多切りにされた死体が市中で発見され、佐々島が現場で調べていた。 そこに、間崎家の仲間、政吉(若月輝夫)を連れた小吉がやって来て、夕べ、玄馬に追い回されていた喜左衛門の姿が見えなくなったそうですと報告する。

その政吉に、この財布に見覚えがあるか?と死体が持っていた財布を見せると、喜左衛門様のものですと言うので、この印籠もか?と聞くが、それもそうだと言う。 死体の顔を改めさせると、顔が滅多切りにされているので見極めは出来ないが、着物は喜左衛門様のですと政吉は答える。

それを聞いていた小吉は、やはり下手人はまさしく玄馬と言う事ですな?…と佐々島に話しかける。

その後、能面屋敷をくまなく探したが玄馬の姿は見つけられず、念のため、広光の身体を医者の良斎に調べさせたが、その病気に偽りはなく、広光は一歩も歩けぬ身体でしたと、佐々島は若さまに報告する。

すると若さまは、玄馬は能面の男ではない。大川で玄馬は矢を放たれたのじゃ。この事件の背後には姿を見せぬなぞの男がいると指摘する。

事件の謎はいよいよ深まり、早耳の千吉は、いつものようにおもしろおかしく歌いながら、瓦版を売っていた。 能面屋敷では、広光が、いと!白湯をくれぬか?茶は夜眠れぬ…と頼んでいた。

そんな広光の部屋の外に、何者かが忍び込んでいた。 おいとが白湯を持って部屋に来ると、布団の中がもぬけの殻になっていたので驚く。

部屋を探していると、隅に立ててあった屏風が倒れ、その背後に能面の広光が立っていたので、おいとは仰天する。

倒れかけた広光をおいとがあわてて支えると、おいと、今、わしは立てたぞ!わしの病も治ったのだ!などと広光は言い出し、おいとに抱きつこうとして来たので、御前様!何をなさいます!とおいとが拒否すると、許せ、いと!今宵のわしはどうかしておる。茶を持て!と広光は言う。

おいとが奥に下がると、庭先に現れたお銀が、こんばんは、見てたよ、妬いてるんじゃないけど、浮気はしくじりのもとだよと広光に忠告する。

すると広光は、そちらこそ気をつけろ、若さまに厄がかかるか、そちが落ちるか?と皮肉り、お銀、一思いにやれ!邪魔者を消すのは早い方が良いと言い、毒薬らしきものを差し出す。

「喜仙」にやって来たお銀は、お銚子の中にその毒を入れると、部屋の中で寝そべっていた若さまに酒を勧める。

すると、若さまは寝そべったまま、差し出されたおちょこには手を出さず、お銀、おめえはなかなか良い女だな?と言い出す。

その言葉で動揺したお銀に、お前のきれいな顔の上には、生一本の心が埋もれていると若さまが言うので、若さま、どうして急にそんなことを言うんです?とお銀が聞くと、人は悪に染まりたがるものだが、どうせ生きるならきれいに生きるんだと若さまは言い聞かす。

それを聞いたお銀は、どうしてあんたって、良い人なの!私、自分が悔しい!くそっ!と叫ぶと、おちょこを自らひっくり返す。

その頃、能面屋敷では、おいとを呼び寄せた広光が、実はわしはこの屋敷を手放して江戸を立ち去りたいのだ…、どっか美しいところがあれば、一生贅沢三昧の暮らしがしてみたいのだが、いと!一緒に行ってくれぬか?どうじゃ?と迫っていた。

おいとは、母と一度相談いたしますと答えるが、そちが良いなら、良いではないか…、いと!嫌か?嫌でも無理に連れて行くぞ!と広光はいきなりおいとを捕まえてくる。

そこに、御前様!と仲間の政吉がやって来て、「喜仙」から知らせがありまして、糸の母親が急病になったので、支給返してくれと言って参りましたと告げる。

広光は、是非もない、行けとおいとを解放してくれたので、おいとはあわてて屋敷を飛び出して行く。

そこにまた、お銀が庭先にやって来て、とんだ邪魔になってお世話様だったわね、連れて行くのは渡しではなかったのかい?…と皮肉る。

でも私も乗り換えようとしてるのさ、この際、稼ぎを半分もらえないかね?きっぱり分かれた方が良いんじゃないかい?お互い相手を取り替えて、金を半分にすれば良いんじゃない?私の方は、恐れながら…と訴えればそれで良いんだからね…とお銀は言い出す。

それを聞いた広光は、金は去るところに埋めてある。

明日分けてやろうと言うので、あばよ、それから気をつけな、「喜仙」の女将は病気なんかじゃない、さっき、ぴんぴんしているのに会ったばかりだからね…と言い残し、お銀は帰ってゆく。

能面屋敷を飛び出し、慌てて「喜仙」へ戻ろうとしていたおいとに、おいと!どこへ参るんだ?と声をかけて来たのは若さまだった。

お母さんが!とおいとが言うと、お仙はぴんぴんしているよと教えた若さまは、広光の様子がこのところ急に変わって元気になったと言うおいとの話に興味を持つ。

食べ物もすっかり変わりました…と言うおいとに、抜かりなくやるんだぞ、おめえが奉公に出るのを許したのも、それを調べてもらうためなんだと打ち明けた若さまは、何よりも、おいと坊の身体が大事…と言い聞かせる。

その頃、屋敷を出て帰りかけていたお銀は、何者かに矢を射られる。 若さまの言葉を聞いたおいとは急に笑顔になる。

その後、おいとは、どうやら持ち直しましたと言い、広光の元へと戻ると、お休みなさいませと挨拶し、奥へ下がる振りをすると、縁側に止まり、部屋の中の様子をそっと覗き見る。

すると、広光が能面を外すところが見えたので驚くが、次の瞬間、いと!そちはわしの顔を見たな!と言いながら、飛び出して来た広光に捕まってしまう。

いいえ、私、知りません!とおいとは必死に弁解するが、見たなら見たで良い。殺そうとは言わん、わしと一緒に来るのだ!と言うと、どんでん返しになった奥の部屋に広光はおいとを連れ込む。

背中に矢が刺さったお銀は、道ばたに倒れかけながらも懸命に歩き続けていた。

暗い部屋に閉じ込められたおいとに、いとか?と話しかけて来たのもがあったので、あなたは誰です?と聞くと、奥に座敷牢のような場所があり、そこで寝ていたのは、無惨な素顔をさらした広光だった。

素顔を知らないおいとは躊躇するが、そなたに帯締めを与えた広光じゃと言うので、ではあの人は?と、おいとは今自分をここへ閉じ込めた能面の人物の事を聞く。

許せ!すべてはわしが悪いのじゃ…、若気の至りで犯した罪の報いなのだ…と打ち明ける広光。

その頃、背中に矢が刺さったお銀は、番屋の入り口までたどり着き、入り口の障子を破って倒れ込む。

翌日、「喜仙」を訪れた小吉は、若さま!昨夜、お銀が半弓の矢で殺されました。息を引き取る前に、夜叉丸とか申しましたそうで…と報告する。

その後も、小吉はたびたび若さまの部屋を訪れては、夜叉丸とは、8年前、江戸を荒らしていた盗賊で、仲間と一緒に八丈島に送られました。その間に半弓の矢を撃てるようになったようです。5年前、江戸に射る妹が死んだと聞いた夜叉丸は、狂ったように役人たち相手に暴れ回ったそうです。 その夜叉丸の妹と言うのは菊と言う名前で、広光に孕まされた後捨てられて、大川に身を投げてしまったそうですなどと新事実を報告する。

そんな中、佐々島が一大事です!と部屋にやって来て、御老中様が御奉行様に、今日中に能面の賊を捕まえねば、北町奉行と交代せよとのご命令ですと報告する。

北町奉行との交代は通常ひと月ごとと決まっており、こんな急な交代となると大失態の証と言う事で切腹必定と思われますと言うので、やるだけやって捕まえられなければ仕方なかろうに…、つくづく侍など辞めて良かったと答えた若さまだったが、困ったと聞けばこそ策がいるのじゃ…と何やら思案し始める。

そこにやって来たお仙が、いとが夕べからいなくなったと、間崎家のお仲間が来て教えてくれましたと言う。

立ち上がった若さまは、佐々島、親父に言ってくれ、短気は損気、腹を切るのは早いとな…と言うと出かけて行く。

その頃、能面をかぶった広光に化けた人物は、能舞台を見に来ていた。 一方、能面屋敷の方にも、もう一人の能面をかぶった能楽師らしき人物が来ており、どんでん返しの奥の部屋に入り込むと、足下に落ちていた簪を見つけ出す。

地下の座敷牢に閉じ込められていたおいとを呼びかけるものがいるので、誰です?とおいとが不審がると、能面を取ったその侵入者は、わしじゃと顔を見せる。

若さま!と喜んだおいとだったが、牢の入り口にかけられた錠前が外せないので、若さまは焦る。

その時、能舞台を見ていたもう一人の能面の男が立ち上がる。

能屋敷の地下で、おいととは別の牢に入れられていた人物に気づいた若さまは、御身は広光殿!と声をかける。

どなたじゃな?と広光が聞くと、訳あって名乗れぬが、御身の味方…と能衣装の若さまは答える。

そんな中、もう一人の能面の男が屋敷に戻ってくる。 恥を申さねばならぬ…と、座敷牢の中の広光は若さまに話し始めていた。

夜叉丸とは、身共が若かりし頃、過ちを犯せし菊の兄でござる!と打ち明ける。

そんな中、おいとが入れられていた座敷牢へ戻って来た夜叉丸が化けた能面の男は、いと!もう気持は決まったか?俺と一緒に極楽へ行くか?それとも一人で地獄へ行くか?と問いただす。

その時、おめえが一人で地獄へ行くんだと言いながら、隠れていた若さまが能面姿で姿を現したので、若さまか?と夜叉丸は見抜く。

面の下の顔を見分けるとは、そちの方が一枚上手だが、おめえの今度の仕掛けは手が込みすぎていたぜ!夜叉丸!もう逃がさんぞ!と面を取った若さまは、能面をかぶった夜叉丸に詰め寄る。

能衣装を着た両名は、互いの間を取りながら上の屋敷へと上がって行く。

夜叉丸!この期に及んで見苦しいぞ!と逃げようとする夜叉丸を追いながら若さまが叱りつける。

お銀と玄馬せし下手人であると同時に、江戸市中を荒らす不届きな奴! また、広光殿の顔を火の玉で焼き、この屋敷に入ってからは、実の父を殺さんとするとは鬼畜のごとく! 玄馬襲撃をしくじった上に、玄馬の顔を滅多切りにして用人喜左衛門のごとく見せかけ、この屋敷の家財一切を撃て逐電しようとした! そうはおかねえ!堀田様警護の江戸市中に、悪がはびこる訳がない!おとなしく縛に就け!喜左衛門!神妙にしろ!と迫った若さまは、相手の能面を引きはがすと、中から出て来た顔の正体は喜左衛門だった。

屋敷の中には、既に佐々島以下、捕り手が張り込んでいた。 喜左衛門が捕まったのを確認した若さまは、佐々島!親父によろしく言ってくれと頼む。

そこに、小吉が助け出したおいとを連れてくる。 おいと!若さま!と互いに近づいて呼び合う。

行こうと若さまはおいとに声をかける。

千吉、解けない恋の謎♩ 花のつぼみのお糸ちゃん♩ 強くて優しい若さまに溶けてとろける結び矢の〜…♩ あの時投げた簪も今はその桃割れに〜♩と早耳の千吉が歌う中、「喜仙」の部屋にカメラが寄って行く。

二階の部屋にやって来た佐々島が、ふすまの外から若さま!と呼びかけると、若さまはいないぞと言う声が聞こえて来たので、では帰られましたらお伝えください。御老中様は御奉行様を大層お褒めになり、私や子吉も過分な小遣いをいただきました。 江戸中で、今回の謎を解いた人物の噂は持ち切りで、中には、鞍馬山を下りて来た天狗の仕業ではないかと感服しているそうです。

御奉行様におかれましては、近く隠居せし時には、いととか申す可愛い娘と一度帰って参れとの事でした…と佐々島は廊下で伝えると、そのまま階段を下り帰ってゆく。

部屋の中で寝そべっていた若さまは、側にいたおいとに、良いものやろうか?今度は落とすなよと言い、簪を差し出すと、これでどうやら浮き世の風も収まったようだな…、天下太平、また、歌でも聞こうか?と言うので、機嫌が直ったおいとは、いつものように歌を歌いだすのだった。

夜空には満月が光り、川には小舟が差し掛かる。


 

 

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