白夜館

 

 

 

幻想館

 

丹下左膳('58)

大友柳太朗版丹下左膳の第一作で、本作でも蒲生泰軒役で登場している大河内傳次郎の「丹下左膳餘話 百萬両の壺」を彷彿とさせるような、全体的に明朗で、ユーモラスなタッチの娯楽編になっている。

今回は、主役の左膳中心の話と言うよりも、左膳は狂言回しのような役割に近く、真の主役は若い大川橋蔵演ずる柳生源三郎の方のような気がする。

その橋蔵と美空ひばりのラブロマンスや、柳生藩のドタバタ、司馬道場の乗っ取り騒ぎと言った脇の話の方に重点が置かれた、正に全盛期の東映オールスター総出演の顔見世興行のような趣になっており、左膳の大立ち回りも、源三郎を助ける最後の方だけと言った印象で、「丹下左膳」と言うタイトルにしては、やや左膳の印象は弱いかも知れない。

その分、月形龍之介、東千代之介と言った他のスターたちの見せ場が随所に登場している。

特に、柳生対馬守を演じている三島雅夫のおとぼけ演技などは面白い。

主役の左膳を演じている大友柳太朗自体、どうも、大河内傳次郎の声帯模写風にセリフを言っているように聞えなくもない。

確か、かつて「鞍馬天狗」の杉作役を両名とも子役で演じておられた松島トモ子さんと美空ひばりさんが共演なさっているのも始めて観たような気がする。

ひばりさんはもう花嫁役を演じる娘盛りな年頃だし、トモ子さんの方も、妙にひょろっと背が伸びた小学生上学年くらいに見える。

今回特に感心したのは、愚楽老人を演じている薄田研二の巧さ。

いつもは、アクの強いその風貌を生かした典型的な悪役等が多いため、あまりその芝居の巧拙を気にするようなこともなかったが、この作品での薄田さんは、典型的な悪役のようなイメージで登場した後、がらりと雰囲気を変えた知将の役を見事に演じている。

セリフ回しも落ち着いており、知性派らしく見える。

アクの強い容貌と、その知性的な押さえた演技のアンバランスさが面白い。

また、未読の原作との違いまでは分からないが、この作品では、こけ猿の壺の秘密やちょび安の正体などもちゃんと描いており、それなりにすっきりした結末になっている。

取り立てて傑作と言うような感じではないが、安心して観ていられる、当時の東映時代劇を象徴するような一本と言う感じがする作品である。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1959年、東映、林不忘原作、中山文夫脚色、松田定次監督作品。

お堀に映る江戸城

肩を怒らせて松の廊下を歩く、三つ葉葵の紋所の愚楽老人(薄田研二)を目に留めた、伊賀柳生藩の江戸家老田丸主水正(左ト全)が、あの方は?と聞くと、新見嘉門(明石潮)が、ご存じない?あれこそ将軍家お風呂版、愚楽様じゃ。お風呂版とは表向き、実は幕府隠密の総元締めで、上様の黒幕と噂される御仁で、別名、垢擦り旗本、又は、御羽織様と称されておる。関わりあったら大変じゃだと眉をひそめ教える。

振り向いて愚楽を見送った田丸は、御羽織様?とつぶやく。

そこにやって来たのが、大岡越前守(月形龍之介)で、すれ違い様、待たっしゃれ!と愚楽が呼び止める。

これは然り?何でこの羽織に触られた?何の遺恨があってこの羽織に触られた?と、自らの羽織を示し、因縁をつける愚楽

これは、とんだ粗相を…と答えた越前守は、平にご容赦に預かりたいと頭を下げる。

すると、ほほお、これは大岡越前守殿、当今名奉行と噂高きあなた様に、この御羽織の御紋が目に留まらぬか?と愚楽がしつこく言うので、滅相もございません。空が死、決して左様な…と越前守が言うと、黙らっしゃい!役人にこの御羽織様を汚されたとあっては、例え愚楽が承知しても、この御羽織様がうんと承知なさるまい。ささ、こちらへござれ!特と言い訳を聞こう…などと愚楽は言い、越前守を奥へと誘う。

部屋に入った越前守はにやりと笑い、上様はどちらに?と聞くと、ふすまを閉めた途端、急にへりくだった愚楽は、こちらにと言うと、越前守を先導し、将軍吉宗(東千代之介)の元に案内する。

おお、越前、近う寄れ!と吉宗は嬉しそうに声をかけて来る。

本日、江戸在住の諸大名、並びに名代たちを集めたのは余の儀ではない。

日光東照宮御改修の件にて?と越前守が答えたので、吉宗は、さすがは越前…と感心したように微笑み、してこのたびは誰に下命したものであろうの?と問いかける。

すると、越前守は、伊賀の柳生対馬辺りではいかがかと…と越前が提案したので、何?柳生対馬?と吉宗は戸惑う。

良い年をしながら妻も娶らぬと言うあのけちん坊…、あの貧乏大名に申し付けよとか?と吉宗が怪訝そうに聞き返すと、実は伊賀の泰軒の元より頼りが参りまして、伊賀の長老、当年とって120歳になると言う一風宗匠の元に弟子入りすると申しまして…と越前が言うと、して、その頼りの内容は?と吉宗が聞く。

柳生の庄、石舟斎の残しましたる軍用金の噂は真実なり。又その秘密は、柳生家伝来の名器「こけざるの壺」に封じ込めありますると…と越前が続けると、吉宗は、何?こけざるの壺に?なるほどの~…と驚き、納得する。

愚楽殿、日光御改修の御下命はいかなる方法にて?と越前が、背後に控えていた愚楽老人に尋ねると、例の金魚籤にて…と愚楽は答える。

その後、柳生対馬守の名代として座っていた田丸主水正は、腰元たちが持って来た水を張ったガラス鉢を前にして、これは?と隣に座った新見嘉門に聞くと、またもや、金魚籤をご存知ない?と意外そうに新見は言い、ただ金魚さえ死なねば良い。金魚籤とは正しく城中の七不思議の一つでござると教える。

その時、吉宗がやって来たので、一同一斉に畏まって頭を下げる。

吉宗が愚楽老人に対し、始め!と声をかけると、全員頭を上げ、姿勢を正す。

まず、愚楽が最初の名代のガラス鉢に金魚を入れると、何ごともなかったので、大名は喜ぶ。

同じように、次々と、愚楽が大名の前に置かれたガラス鉢に金魚を投じていく。

そして、田丸主水正の前の鉢にも金魚を投じると、何とその金魚はその場で死んでしまったので、田丸は驚き畏まる。

伊賀柳生…、柳生対馬守…、名代は田丸主水正とか申されたな?と、田丸の前に置かれた名札を読んだ愚楽老人は、上様!日光御改修の大役は、柳生対馬守殿に定まりましてございます!とその場で吉宗に報告する。

伊賀の名代、表を上げい!明年の日光造営奉行は伊賀柳生藩柳生対馬守に申し付けるぞ!と吉宗は伝える。

柳生源三郎が宿泊していた本陣を見回っていた安積去心(沢村宗之助)が、若はおられるか?と宿の者らしき半纏を着た鼓の与吉(多々良純)に聞くと、それはもうお休みになりましやぜと言うので、遠慮しようとしていると、爺!と部屋の中から声がかかる。

窓の所にいた柳生源三郎(大川橋蔵)は、もう御休みになられていたのでは?と言う去心に、何を寝とぼけておる?爺、ちょっとこっちへ…と呆れると、窓辺に呼び寄せ、あれは田丸ではないか?と早駕篭に乗って国元に旅立とうとしていた田丸主水正の姿を見せる。

これは、容易ならざる一大事!と部屋を飛び出そうとする去心に、待て!放っておけ!まさか日光造営奉行を仰せつかった訳でもあるまいに…と源三郎は苦笑する。

しかし、万一と言うこもありますれば…と去心が案ずると、万一になって欲しいな。爪に火を灯すようなあのけちん坊の兄上が、それこそ腰を抜かさんばかりに驚くかと思うと…と源三郎が笑うので、若!殿のことをそのような悪し様に言われたら罰が当たりまするぞ!と去心は叱る。

何が罰だ!大体40にもなって嫁をもらわぬあのけちん坊の兄上だ!と源三郎が言うので、滅相もない!殿が妻帯されぬのは別な訳がございます。そもそも殿があのようになられましたのは、お気に入りの楓殿が宿下がりの折、急病にて亡くなられまして以来のこと…と去心が説明すると、あの兄上に恋など分かるはずがあろうか!爺!良く考えてみろ!仮にも兄は二万三千石の当主だぞ。それに引換え、妻堀坂の湯島道場に婿入りさせられるのだ。江戸で評判の道場とは言え、たかが町道場の主ではないか!源三郎、手持ち不如意な所、せめても兄の志じゃ、受け取ってくれと、千両箱の5つも持たせる所だが、兄がくれたものと言えば、あの古ぼけた茶壺が一つ!と源三郎のぼやきは続く。

古ぼけた壺などと何と言うことを!そもそも柳生家伝来の門外不出の名器、あのこけざるの壺は…と説明しかけた去心は、あっ!と驚く。

床の間のこけざるの壺の蓋が開いており、その中味は、先ほど宿から逃げ出した与吉が盗んでいたからだった。

おかしいな?と箱を観て源三郎が言うので、おかしいではすみませぬぞ!と去心は狼狽し、人を呼び寄せると、こけざるの壺!と言うのが精一杯だった。

人気のない場所で宿の羽織を脱ぎ捨てた与吉は、この茶壺を妻恋坂の峰丹波の所へ持って行くと、目の覚めるような小判50枚に代わると言うからな…などと言いながら、壺を抱いて歩き始めるが、その時、そいつは耳寄りな話じゃねえか。与吉!と呼びかける声がしたので、与吉は、誰だい!人を気安く呼びやがるのは!出てきやがれ!と警戒する。

そう怒るなよ、俺だよ、左膳だよ…と、路地から顔を出したのは、正眼隻腕の浪人もの丹下左膳(大友柳太朗)だった。

何だ、丹下のお殿様じゃござんせんか…と、相手の正体を知った与吉は相好を崩すが、良い金づるを掴んだらしいそうじゃねえか?等と言いながら近づいてきた左膳には、金づるなんて…、人聞きが悪いや…とごまかそうとする。

いやね、一度、姐御の所にお訪ねしなけりゃと思ってたですが…などと与吉が言うので、その古壺が50両かい?と左膳は笑う。

まさか、殿様、この壺を?こいつだけは勘弁して下さい!他ならねえ殿様のことだ、他のことなら何でもしますが、こいつだけはあっしの命に関わることなんで…と与吉は壺を抱えて後ずさるので、左膳はますます興味を持ったかのように与吉に迫って来る。

その迫力に仁尾稀多よ吉は、勘弁して下せえ!と言いながら壺を差し出す。

その時、背後にやって来た柳生家の家臣谷大八(富田仲次郎)たちが、おい!盗んだ壺を早く持て!一体誰に頼まれた?素直に白状すれば命だけは助けてやる!出て参れ!と与吉に言って来たので、渡す訳には行かねえ!俺もこの壺が欲しくなったのだ!と左膳は怒鳴りつける。

我らを何と心得る!柳生藩の高弟、谷大八とはわしのことだ!と名乗って来たので、相手がいるのなら、なおさら引き下がる訳にはいかねえ!と左膳が言うので、貴様は一体何奴だ?と大八が聞くと、姓は丹下、名は左膳!丹下左膳と言う男だ!と言うなり、刀を抜いて来る。

一瞬身を引いた大八だったが、そのまま、にやりと笑った左膳と与吉は去って行ッた直後、自分の髷が道に落ちたのに気づき驚く。

柳生の里

江戸からの早駕篭で戻って来た田丸と対面した柳生対馬守(三島雅夫)は、当藩繁栄の基は、まず財政の建て直しにあると思考する余の信条を、江戸家老たるその方がわきまえぬとは思えぬが、何故、早などを持ちうる?と追求していた。

江戸より伊賀までの早の費用がいかに莫大なものであるか、その方が知らぬはずがあるまい!と対馬守の説教は続く。

しかしながら、お家の一大事でございます…と息も絶え絶えで答える田丸

その方たちは何かと言うとお家の一大事と言うが、早馬でなく飛脚で足りよう!と対馬守は言う。

それどころではございませぬ…、明年の…と言いかけた所で苦しみだした田丸に、水を飲ませて介抱する家臣たち。

明年?明年のことがどうした?明年のことを言えば鬼が笑うわ…と対馬守は呆れた様子で受け答えるが、明年の日光御造営奉行が殿に御命が下りましてございますと田丸が何とか伝えると、日光御造営奉行…、バカを申せ、わずか二万三千石の当藩が日光御造営奉行の何十万両もの負担にどうして絶えることができる?冗談もほどほどに致せ…と呆然としながら言う。

殿!冗談ではございませぬ、将軍家の命でございます!と司馬十方斎(高松錦之助)が言い添えると、言うな!百代の基を築かんと倹約に努めて来た余の苦心も、これで水泡に帰したわい…、柳生に満タン全国の運命ももはやこれまでか!と立上がった対馬守は嘆く。

その時、畏れながら!藩逼迫の危急の際にこそ、一風宗匠の御意見を御伺いなさいましては?

一風?なるほど…、山上りの仕度をさせい!と対馬守の表情はにわかに明るくなる。

山中の庵に住む一風宗匠(団徳麿)の元に対馬守と司馬と共に訪れた田丸は、宗匠が書いた一枚の書面を読む。

徳川の難題何を恐れる…と家臣が読み上げると、遺憾ながら事態を解せられるな…、宗匠!我らも柳生の嫡従、めったなことには驚きませぬが?ただ金力なかりしはいかんとおしがとうござる!と対馬守が問いかけると、さらに宗匠はさらさらと書面を書き上げたので、今度は田丸がそれを読み上げる。

金さえあれば、柳に風…、蛙のツラに…などと言う内容を読み、苦笑する田丸に、対馬守は、何を言われる!その金に困ればこそ、かくは参った時代!年じゃ…!もう耄碌しておられる…。齢120歳の老人に何を申しても詮無きこと…と一風宗匠を哀れみの目で見ると、ごめん!と言い立上がると、帰ろうとする。

その時、庭先で両手を差し出し、対馬守を止めようとする髭の男が現れたので、何奴じゃ?と対馬が聞くと、某は一風宗匠に師事するもの…、近江の国は蒲生郡の産で、泰軒と申しますと名乗る。

して、何故に余の前に立ちふさがる?と対馬守が聞くと、畏れながら、宗匠のお話はまだすんでおりませぬ…と蒲生泰軒(大河内傳次郎)は言う。

その間にも、筆を動かしていた一風宗匠の側に近づき、書き上げた新しい書面に目を通した泰軒が、かかるときにはと、当家御初代様の隠しおきたる金子、百万両にのぼる…と読み上げると、何と!と対馬守の顔色が変わる。

宗匠!余も今まで知らざりしこと!誠に合点がゆかぬが?と対馬守が問いかけると、又、筆を取り上げた一風宗匠は、用法なき時に知らすれば、無駄使いするは必定…、愚生緊急の際は、共にグンジョウ致すべき心組みにて候…と書くので、それを脇から泰軒が読み上げる。

して、その所在は?と対馬守が聞くと、こけ猿の壺に聞けと一風宗匠は書く。

それを読んだ対馬は、そうか!百万両の秘密はこけ猿の壺にあったのか!と大喜びし、田丸、安堵を致せ、もはや心配致すことはないぞと、背後に控えていた田村に告げる。

誠に重畳!我らもほっとしましたわい!と田丸も喜ぶ。

その時、畏れながら…と申し出たのは司馬十方斎で、源三郎様が御輿入れになさいましたと言うので、ああ、あの薄汚い茶壺…と対馬守は思い出し、急に表情が凍り付き、あれが…とつぶやく。

は!こけ猿の壺にござりますと司馬十方斎は答える。

何!とあっけにとられた対馬守は、思わず、ばか者!と怒鳴りつける。

その頃、江戸の貧乏長屋「トンガリ長屋」の一角では、子供たちが輪になって遊んでいた。

その真ん中で踊っていたのは、ちょび安(松島トモ子)だった。

そのちょび安、与吉がやって来たので、慌てて、遊びに使っていたこけ猿の壺を背中に隠す。

ちょび安が遊びに来たのは、三味線の師匠お藤(長谷川裕見子)の家だった。

しかし、お藤が無視して稽古を続けているので、ふと稽古を付けられていた娘たちの1人お美代(桜町弘子)を見ると、師匠は今、左膳と喧嘩して怒っているとジェスチャーで知らせて来る。

隣の部屋から聞こえて来たアクビの声をきっかけに、ふすまの陰でやっていたそのジェスチャーに気づいたお藤は、お美代ちゃん!と注意する。

その時、又隣からアクビの声が聞こえたので、ふすまを開けて隣の部屋の縁側で伸びをしていた左膳を睨んだお藤は、あんた、無理しなくたって良いのよ、家にいる事がそんないやだったのなら…と嫌味を言う。

別に嫌とは言わねえが…と左膳が言うと、だったら何だってのさ?さっきから聞こえよがしにあくびばかり!とお藤が言うと、それは仕方ねえやな、朝っぱらから調子っぱぐれの三味線ばかり聞かされたらアクビもしたくなるぜ…と左膳が言うので、言ったね!私ゃ、別に好きでやってる訳じゃないのよ!あんたが辞めろと言えば、いつでも辞めるわよ!と左膳の側に詰め寄ると文句を言う。

でもそうなったら、あんたもそうのうのうとはしてられないわね。人間食べずに逝きて行かれりゃどんなに楽だろうね?などとお藤が嫌味を言うので、お藤、いい加減にしろよ!と左膳は叱るが、いいえ、こうなったら言わしてもらいます!とお藤は、日頃の不満を吐き出す。

何だい!人の苦労も知らないで!おいお藤、親に死に別れた可哀想なちょび安を引き取ってやろうじゃないか?おい、ちょび安、今日から俺を父親と呼べ!その代わり、ここへ来たからは、もう心太売りなんて辞めて、子供らしく遊んでろ!だってさ!

男の癖に女に稼がせておいて!とお藤が言うので、うるせえ!と左膳は頬をはり倒す。

すると、お藤も、やったわね~!と怒りだし、悔しい!と良いながた左膳の胸元にしがみついて行く。

さすがに見かねた与吉が止めに入ろうとするが、両者は止めない。

そこに壺を抱えて来たちょび安が帰って来て、又、やってるのかい…と呆れると、夫婦喧嘩は人のいない所で御願いしま~す!と大声を上げたので、左膳とお藤はさっと離れる。

それを観たよ吉は、鶴の一声って奴だね…と苦笑するが、ふと見ると、ちょび安が壺を持っているので取り上げようとすると、お父上に頼んで、おいらがもらったんだから~…とちょび安は逃げ回り、左膳が睨んで来たので、それ以上手が出せない。

殿様、いい加減に踏ん切りを付けなすれちゃ…、だって姐御の揉め事にしたって、やっぱりこれのことはござんせんか?と与吉は、指で金の形を作る。

司馬道場の峰の旦那の所へ持って行きゃ、すぐ大枚50両に…と言う与吉の言葉を聞いていたお藤は、あの壺が50両!何だって、お前さんは…と驚く。

慌てるねえ!急いてはことを仕損じるだ。この野郎が50もんなら、俺は百両にも二百両にも…と左膳が言い聞かせようとしていると、それがそうじゃねえんですよと与吉が口を挟む。

こうなったら白状致しやすが、峰の旦那の目的ってのは壺じゃなくって、源三郎の婿入り料を盗んで婿入りを遅らせるんでさ…豊吉は打ち明ける。

司馬道場

師範代!と石川半次郎(徳大寺伸)から呼ばれた峰丹波(山形勲)が、門弟たちが稽古中の道場の外に出て、変わったことでも?と聞くと、国表から駆けつけた伊賀侍共が先ほど品川の本陣に着きましたと半次郎が言うので、ほほう、柳生もちと慌ておったな…と丹波が笑うと、ただ少し解しかねることがございます。国表から参った侍たちの動きは、源三郎君の婿入りを早めるためではなく、こけ猿の壺を探すのが目的らしく思われ、しかも、引き入れには、柳生の名刀梶原不動の名刀を当てる模様…と半次郎は言う。

何?すると、源三郎を品川に留め置く術も無駄になったか…と丹波は言い、で、鼓の与吉の行方は?と聞く。

それが何分にも定まった住まいを持たぬ者なのに…と半次郎も困惑気味

そうか…、本来ならすぐに金と引き換える約束だが…、かれこれ半月にもなろうと言うのに…と丹波は考え込む。

その時、離れの縁側から、萩乃(美空ひばり)の歌声が聞えて来る。

そんな萩乃は、背後の部屋の中で聞いていた父親司馬十方斎(高松錦之助)が、急に苦しみだしたので、お父さま!と駆けつけて、布団に横にさせる。

それでも十方斎は、聞かせてくれ、わしはお前の歌を聞いているのが一番楽しいんだ…と萩乃に頼む。

萩乃は、はいと承知すると、又歌い始める。

丹波の方は、お蓮(喜多川千鶴)に、源三郎を品川に足止めする計画が難しくなった…と打ち明けていたが、そのことなら、もはや心配には及びませぬ。先生の命は、明日までは持ちませぬ…、医師の源案もはっきり私に申しました。お前と私が腹を合わせていれば…とお蓮は言い、司馬先生の御遺言を盾に、道場の実験はお蓮様と…と丹波が言うと、お前の者とお蓮が言う。

でも、ちと心配なことが…、お前が萩乃に…とお蓮は、丹波に身を寄せながらつぶやくので、ばかな…と丹波は笑う。

そして、お蓮を抱こうとした時、庭先に植木バサミが落ちて来て、植木屋がそれを拾うに降りて来たので、丹波はお蓮から身を離す。

植木屋は、植留の若い者で金八と申しますと挨拶する。

するとお蓮が、変だね?植留はさっき私に挨拶して帰ったんじゃ…と立上がって来たので、そうですかい?親方も冷てえな…、あっしを置いてけぼりにするなんて…、じゃ。ごめんなすって…と頭を下げ帰って行くが、それを見送った丹波は、怪しいぞ、ただ者ではないぞ…とつぶやく。

離れの縁側で、まだ歌を歌いながら、小鳥の世話をしていた萩乃は、突然小鳥が外へ飛び出して行ってしまったので、慌てて追いかけるが、その小鳥を掴んでいたのは金八だった。

金八は、やって来た萩乃を観て、お嬢さんでしたか…と言いながら持っていた小鳥を返すと、互いに見合って微笑みあうが、金八は、お嬢さん、お父様の容態はいかがです?近々お婿さんを御迎えになるんですっね?と不躾に尋ねたので、言葉を御慎み!他のものに聞かれたら酷い目に遭いますよと萩乃は叱りつける。

しかし、金八は、誰も観ちゃいませんぜと笑うだけ。

ああ、それともお嬢さん、こんな植木屋風情と話しするのが…と金八が言うと、いいえ、私は別に身分の隔てなどに拘りません…と萩乃は答える。

こいつは話せる。やっぱりあっしの思った通りの御方だね。お嬢さん、花嫁様になる気持ちって嬉しいもんでござんしょうね?と金八が聞くと、それが…、そうでもないのよ…と萩乃が言うので、金八は戸惑う。

私、何だか恐いみたい…、源三郎様ってどんな方か全然知らないだもの…、伊賀の暴れん坊なんて山男みたいな恐い人だったらどうしよう…と萩乃は言うので、もし源三郎様があっしみてえな男だったら?と金八が問うと、お前みたいな?…と萩乃は考え込む。

いかがです?と言いながら金八が手を出そうとすると、萩乃は持っていた小鳥を逃がしてしまい、怒ってビンタし、離れに逃げて行く。

その時、後を追って来た丹波が、おい、何をしていた?素直にわしの問いに答えろ。お前、根っからの上着屋ではないな?と金八に聞いて来る。

あっしは小さい頃から親方の所で育った人間なんで…と金八が答えると、黙れ!身共を何と心得る!この司馬道場の総取締をする峰丹波じゃ!さあ、白状しろ!と迫る。

旦那!そいつは無理と言うもんだ。だって、旦那がどう御考えになろうと御勝手ですが、旦那の御考えになった通りにあっしにしゃべれったって、そりゃ無理ですぜ…、どうぜ、御勘弁なすって!と金八は反論し、立ち去ろうとする。

そんな金八の後ろ姿に、丹波が小柄をいきなり投ずると、それを難なく受け止めた金八は、旦那!あまり人を脅かすもんじゃござんせんぜと笑いかけながら、小柄を返す。

待たれい!ただいまの手は正しく柳生流秘伝銀杏返し!もしや貴殿は…、貴殿のご尊名は?と帰りかけた金八に丹波は問いかける。

ご尊名と来たね…、こいつは驚き桃の木だ…、旦那、忘れっぽいな…、さっき言ったばかりじゃございませんか?あっしは植留の若いもので、金公って言うハンチク野郎でさ…と言い残し、金八は帰って行く。

しかし、それを睨みつける丹波と、側に寄って来たお蓮も金八の帰った方向を見つめていた。

そうか…、やはりあれが、伊賀の暴れん坊、柳生源三郎であったか…と、その夜、石川半次郎の報告を受けた丹波は金八の正体を知る。

御師範、今一つ、面白い話が…、国表より駆けつけた高大之進と申すものの報告を立ち聞いたのですが、柳生の初代が残せし軍用金百万両余、しかも、その百万両の埋蔵箇所を記す図面がこけ猿の壺中に封じ込められておりとか…と半次郎が言うと、何!与吉に盗ませたこけ猿の壺の中に百万両の図面が…と丹波は驚く。

その時、表に人の気配を感じた丹波と半次郎は、障子を開け、庭先を確認するが誰もいない。

実は、屋根の上に潜んでいたのは、金八に成り済ましていた源三郎だった。

その直後、丹波に部屋にやって来た門弟が、ただ今、丹下左膳と申す怪しい風体の浪人ものが御師範と御会いしたいと…と伝る。

道場に半次郎と共にやって来た丹波は、何の用だ?と待っていた左膳に聞くと、他でもねえ、こいつをを買って頂きたいんで…、ご存じないんですか?こけ猿の壺を…と左膳は言う。

品川の鶴岡屋から、与吉が盗んで来た、正真正銘のこけ猿の壺だ。さ、とっくりと観てくれ!と左膳が壺を差し出したので、丹波は少し考え込む。

いくらだ?と聞くと、200両!と左膳が言うので、何!と丹波が気色ばむと、…と言いたい所だが、大負けに負けて100両で手を打とう!と左膳は言うが、高い!わしが与吉と約束したのは50両!と丹波は即答する。

分らねえ人だな、黙って百両出せば、50両は与吉にやらあと左膳は言うが、黙れ!他の所ならいざ知らず、ここは嬬恋坂の不知火道場…、それを知らぬと痛い目に遭うぞと乱場は脅す。

痛い目?丹下左膳が痛い目に遭うと言うのか?あまり嬉しがらせるもんじゃねえぜ!と笑いながら、左膳が片足立てて刀の鞘を口に食らえるが、おっといけねえ!と急に我に返ったように、旦那、そんな事言わずに百両弾んで下さいなと左膳は又、下手に出る。

それでも、丹波は、約束は五十両!約束以上はびた一文出す訳にはいかむ!と言うだけ。

そうですかい…、それじゃ、仕方ない…と言いながら立上がった左膳は、伊賀の暴れん坊に買い戻してもらいやしょう!

残念ながら、持って帰るってことにしましょうと言いながら左膳が背を向けたので、待て!と丹波は制止し、道場内には待ち構えていた門弟たちがなだれ込んで来る。

おい、俺を帰さねえつもりか?と左膳が聞くと、そうだ、化物!つまらん意地を張ると身のためにならんぞ。素直に壺を置いて行けば、命だけは助けて取らす…と丹波は迫る。

さもないと…と丹波が言うので、さもないと?と左膳は繰り返し、こうだ!と言いながら飛びかかって来た門弟を切り、おう!我はもう死んでるんだぜ!てめえの斬られたのも知らずば世話はねえ!と言う。

それを聞いていた斬られた門弟は、次の瞬間ばったり倒れる。

おう、わずかばかりの銭を惜しんだために、この濡れ燕が血を吸わせてもらったぜ!良いのかい?こいつに血の味を覚えさせると、うるせえことになるのを…と左膳は丹波を嘲る。

やかましい!と怒鳴り剣を抜いた丹波に、待て!と声をかけ、道場内に入って来たのは、植木屋の姿の源三郎だった。

貴殿は?と丹波が聞くが、植留の金八…と笑ってとぼけた源三郎は、この化物、旦那にはちと無理だ。あっしが代わりやしょうと言いながら、上着を取ると、門弟から剣を借り、左膳へと構える。

何だてめえは!と左膳が聞くと、植木屋剣法!と源三郎が答えたので、面白え!と言いながら左膳は剣を振り上げる。

そして、源三郎の剣筋を観た左膳は、お?やるな!と喜ぶ。

その頃、奥の離れでは、余命幾ばくもない司馬十方斎が、萩乃が、お父さま!と呼びかける中、おお、源三郎殿か、待っておった…とつぶやいていた。

道場では、その源三郎と左膳の試合が続いていた。

離れの部屋の蝋燭の火が消え、医師が診察する。

道場にやって来た半次郎から何事かを耳打ちされた丹波は、剣を収め、そそくさと道場を後にする。

門弟たちも一世に出て行ったので、戦っていた2人も異常に気づき、勝負を止めてしまう。

何だあれは?と出て行った連中のことを左膳が聞くと、知らん、何事か起こったらしいなと源三郎も答える。

ところで、おめえ、なかなかやるじゃねえか!と左膳が喜ぶと、そいつはこっちが言いたいセリフだと源三郎も笑顔になる。

俺にこれだけ相手になる所を見ると、おめえ、伊賀の暴れん坊、源三郎だな?と左膳は見抜く。

邪魔者がいなくなったぞ、来るか?と源三郎は挑みかかるが、おめえをぶった斬るには、もう一つのものを斬りそうだと左膳は言いながら笑う。

御主、拙者が言いたいセリフを皆言うな?と源三郎も笑い返す。

道場を源三郎と共に後にした左膳は、こけ猿の壺はおめえに買ってもらうのが本筋だな…などと、その壺を抱きながら、夜の道で話しかける。

そう言うことになるかな?しかし、高えんだな…と源三郎は悩む。

どうして?と左膳が聞くと、元々自分のものにどうして金を払わねといかんのだ?と源三郎は言うので、何だ?そんなことくらいが分からないのかい?と左膳は言うので、御主には分かるのか?と源三郎が聞き返すと、無論だ…と左膳は即答する。

教えてやろうか?第一、与吉に盗まれちまったと言うのがもう大きな落ち度だ。盗まれちまったものは、売られようが壊されようが文句の付けようがないじゃないか。

第二に、命がけで壺を盗み出して来た来た与吉の努力と労力だ。こいつは50両の値打ちはたっぷりあるぜなどと左膳が言うので、聞いていた源三郎は、そうかな~と合点がいかない様子で聞いている。

さらにだ、その夜吉から壺を巻き上げてわざわざここに持って来た丹下左膳の…と言い出したので、分かった!労力は50両でも安過ぎる!と源三郎が先に言うので、そう思うかい!と左膳が喜ぶと、思わん!だが。御主の腕は気に入った!それに免じて、気持ちよく譲って頂こう、二百両ではどうだ?と源三郎は言うので、本当か!と左膳が喜ぶと、武士の言葉に二言はないと源三郎も答える。

さすがは柳生源三郎だ!気に入った!と左膳は喜ぶが、源三郎は、ただしだな…と言い出し、今手元に金はないのだ…と言うので、それは分かってる!おめえのことだ、心配はしてねえ、明日でも宿へでももらいに行くぜと左膳が言うと、ところが宿にもないのだと源三郎は答え、さっさと歩き始める。

貧乏で通った二万三千石、国表でも二百両はとても…などと源三郎は言うので、すると…、俺との約束は?と左膳が戸惑うと、だからしばらく待って欲しいと申すのだと源三郎は言う。

あてはあるのか?と左膳が問うと、大ありさ、この壺を渡してもらえればな…、御主は知るまいが、この壺の中には百万両の金がある…と源三郎は明かしたので、聞いた左膳は仰天する。

この壺が百万両とはな…と驚いた左膳だったが、しかし、百万両が二百両とはちと安過ぎはしないか?と左膳は言いだす。

安いかな?と源三郎が聞くと、安い所か、酷過ぎだなぁ!と左膳は顔をしかめる。

そう言うねえ、そもそも御主から聞き出した値段じゃねえか、しかも、この壺の金も拙者がもらう訳ではない。日光改修の費用に充てるもんだ、我慢しな…と源三郎は説明する。

話を聞いて、一応納得したのか、良く分からねえが、おめえに譲ることに決めたぜ…と言いながら、壺を一旦、源三郎に渡しかけた左膳だったが、その時、突然、釣り糸のようなものが飛んで来て、こけ猿の壺が空中に飛び上がって行く。

壺を取ったのは、2人が通っていた道沿いの屋敷の屋根の上に潜んでいた蒲生泰軒だった。

何だい、てめえは?何奴だ!名乗れ!と左膳と源三郎は聞くが、愉快そうに笑いながら名乗る泰軒。

やい、コ○キ!なぜ壺を取りやがるんでえ!と左膳が息巻くと、詫びればわしにくれるかい?そうもいかんじゃろ?さすれば問答無用じゃ…などととぼけたことを言い、そそくさと屋敷の中に消えて行こうとするので、とっさに源三郎は礫を放つが、持っていた釣り竿で難なくそれを弾いた泰軒は、危ないかな、危ないかな…と笑いながら、屋敷の奥へ消えようとしたので、左膳と源三郎は、塀の門を開けようとするが開くはずもいなかった。

それでも門を破ろうと2人で押していると、騒ぐな!静かにしろい!ここは南町奉行大岡越前の屋敷じゃと、塀の上から顔を覗かせた泰軒が言うので、大岡越前?それがどうした?と源三郎は聞き返し、左膳は、つべこべ言わずに壺を返せ!と怒鳴りつける。

すると、分かった、分かったから静かにしろ…と言い出した泰軒は、伊賀の暴れん坊に化物相手では、示現流のわしも勝ち目がない。よって壺は返してやる!さ、受け取れ!と言うと、塀の上から壺を放って寄越す。

それを受け取った源三郎、ともかく、変わった奴よ…と笑いながら帰ろうとするが、その時、夜空を横切った流れ星に目を留め、ひょっとすると、司馬道場の老先生の命が…とつぶやく。

翌朝、司馬道場では、道場に斎場の準備が整った旨、白装束に身を固めた丹波が、同じく白装束になったお蓮と萩乃に報告に来る。

ただいまより、ご葬儀に先立ち、「撒き銭」の行事を始めますと丹波はお蓮と萩乃に告げる。

その後、道場の前では、集まって来た町民たちを前に、やぐらの上に乗った丹波が、これより、当道場が吉凶禍福の際に対して行う「撒き銭」を始めまする!例によって、この中にたった1つ、当家のお嬢様がお礼状をしたためた包みがござる…、それを御拾いになった方は、代表として、邸内でご焼香下さるよう…、最後に、お嬢様からの御苦行がありまする…と口上を述べていた。

では、お嬢様と共に、亡き先生のご冥福を御祈り下さるよう…と言い、紙包みを丹波が民衆に向かって投げ始める。

そこに、白馬に乗ってやって来たのは正装した柳生源三郎、司馬道場の人と観てお尋ね申す!柳生源三郎、ただ今国表より御訪ねしましたのに、お屋敷内外のこの騒ぎ、何故でござる!と丹波に呼びかける。

柳生?と答えた丹波、はて?当家と柳生殿とは何の関わりもないはず…と吐き捨てる。

御通りすがりの御方と御見受けします。御通行の邪魔をして恐縮千万なれど、ちと不幸がござって、葬送上の礼として庶民に銭を巻きおりまする。それがためのこの人手、なにとぞ勝手ながら、他の道を御通りあるよう…と言い放った丹波、源三郎など眼中にないようにその後も包みを投げる。

やがて、屋敷内より石川半次郎らが出て来て、お嬢様の御礼の包みを拾われた方は?邸内に御案内します!と民衆に聞く。

その時、あるぞ!ここ包みには「御礼」とあるぞ!と紙を差し上げたのは、馬上の源三郎だった。

さすがに、これには丹波も黙り込むしかなかった。

道場内で、しめやかに葬儀が執り行われる。

そこに門弟に案内され、源三郎が入って来たので、身内として正座していたお蓮と萩乃は驚く。

そこに立っていたのは、植木屋の金八として知っていた男だったからだ。

門弟は客席に案内しようとするが、それを無視してまっすぐ仏壇の前に立った源三郎は、一礼をして持参した刀の包みを供えると、義父、司馬先生の御魂に物申す!生前、お目にかかる折がなかったこと、伊賀の柳生源三郎の深く、如何に存じまする!我ら早くより品川に到着しておりましたが、この道場内の一派の策動に妨げられ、ただいまやっと参りましたる所、既に幽冥境を異にされ、痛恨の極みに耐えません…と源三郎は述べる。

しかし、及ばずながら、この源三郎、確かに萩乃殿と道場を申し受けました!

今お供えしました、柳生家の重宝鉢割れ不動の名刀、御輿入れの印にござる!と言った源三郎、今度は弔問客に向い、柳生源三郎、ただいまより喪主として葬儀を執り行いますれば、なにとぞ皆々様にはご了承のほどを御願い致す…と挨拶する。

その頃、与吉は、又、お藤の家にやって来るが、三味線の稽古をしているお藤はまたもや与吉を無視するので、お美代にジェスチャーで事情を聞く。

そんな与吉の仕草に笑っていたお美代は、又、お藤に見つかり、どうしたの?と注意される。

手の筋がちょっと…などとお美代はごまかすが、今日の稽古はこれでお終い!みんなさっさと帰ってちょうだい!と娘たちを追い返したお藤は、不機嫌なまま奥の部屋でキセルでタバコを吸い始める。

そこに上がり込んで来た与吉は、姐御、一体どうなすったんで?と聞くが、良いんだよ、放っといて!とお藤は背を向ける。

放っといてはないでしょう、あっしはこれでも藤間一の子分鼓の与吉…と与吉がにじり寄ると、昔話は止めておくれ!お前はまだこれをやってるかも知れないが…と言いながら、人差し指を曲げてみせたお藤は、私はこれでも、立派な三味線師匠なんだからね!と叱りつける。

だけど、姐御も丹下の殿様と一緒になってからってもの、随分変わりやしたね…と与吉が同情すると、御黙り!とお藤は怒鳴りつける。

それより、司馬道場の萩乃さんってきれいな人?とお藤が言い出したので、姐御、妬いてるんですか?と与吉が笑いかけると、またもや、うるさいね!真面目に聞いてるんじゃないか!とお藤に叱られてしまう。

それは、とても美しいお嬢さんで…と与吉が教えると、お嬢さんだって!とお藤の顔が強張ったので、いや、その…、言い損ない!お嬢さんじゃねえ…、奥さんだ!姐御その事は心配いりませんと与吉は言い直す。

そうかね~…、でもあの人ったら、近頃、ちょび安を連れて、毎日道場通い詰めなんだよ…とお藤は不安そうに聞く。

そいつは心配ご無用!丹下の殿様は金の催促に決まってまさ~、あん畜生、二百両やるって殿様に約束しておきながら、一向にくれる様子がないんだから…、あっしだって、そいつを随分当てにしてるんですぜ…、あっしだって乗り換えた馬だ。うっかり濡れた馬に乗ろう物なら…と与吉は言いながら、自分の首を斬る真似をする。

そうかい、それなら良いんだけどさ…と、話を聞いたお藤は急に笑顔になる。

お藤の機嫌が直ったことを知った与吉は、丹下の殿様も殿様だ。たまにはよろめいても…と話しかけると、ま、よろめく!誰と?とお藤は驚く。

決まってるじゃござんせんか!と与吉が真顔で迫ると、おまえが?とお藤は笑う。

これでも前から姐御のことが…と与吉が顔を近づけると、そうだったのかい…と満更でもない笑顔になったお藤は、手を触りに来た与吉の超頬を押さえつけ、横を向ける。

そこには、お美代たち、三味線の弟子たちが残って見守っており、いきなり全員、与吉の方を観ながら笑い出す。

与吉の面目は丸つぶれになる。

司馬道場の庭では、萩乃とちょび安が、手毬唄を歌って遊んでいた。

屋敷内では、左膳と源三郎が昼間から酒を酌み交わしていた。

おい!なかなか良い嫁御寮じゃないか!と左膳がからかうと、良いぞ!俺には過ぎたる花嫁だと源三郎も嬉しそうに答えたので、おい、手放しは勘弁しろよ!と左膳は大笑いする。

あまりに愉快そうに話し込んでいる2人を観ながら縁側に座った萩乃は、楽しそうですわね?何を話しておられたのですか?と聞く。

左膳と源三郎は、実は、その…、お前の…と言うだけで口ごもってしまったので、私の悪口?と萩乃が聞くと、悪口じゃねえよ!褒めてるに決まってるじゃないか!とちょび安が口を挟んで来て、だって、お父上が言ってたもん、あの源三郎の奴は鼻の下が長過ぎる。全然参っているんだってさ、もちろん、おばさんにだよ…などと言うので、座敷で聞いていた左膳は、これ!と叱りつける。

だって、お父上、自分で言ったんじゃないか!とちょび安が正直に言うので、それはそうだが…と戸惑った左膳、おばさんたぁ何だい!おばさんたぁ!と言い返す。

おばさんって言ったらどうしていけないんだ?とちょび六が言うので、だって、私、まだ若いんですもの…と萩乃が横から言い聞かす。

じゃ、お姉さんか…、な〜るほど、それで分かった。お藤おばさんも、お姉さんと呼ぶと、凄く機嫌が良くなりやがんの、女の人ってみんなそう言うもんなんだね…とちょび安は生意気なことを言うので、それを聞いていた萩乃も左膳も源三郎も大笑いする。

そんな仲睦まじい新婚夫婦の様子を、離れから妬ましそうに観ていたのが、道場乗っ取りに失敗した丹波とお蓮。

手をくわえて観ているつもり?私たちは追い出される…とお蓮が丹波に囁きかける。

だが、あの2人にも弱みはある…と丹波はつぶやく。

化物にはあの子供、暴れん坊には萩乃…と丹波は指摘する。

それを聞いていたお蓮は、ちょび安…と言いながら、庭また歌を歌いながら鞠を突き出したちょび安が萩乃の方を見る。

座敷の中では、所で金の方は?と左膳が切り出したので、すっかり失念しておった。心配するな、ちょうど大之進が国表に行っておる。そうだ、わしも兄上から少々頂かんと…、日光大修理がどれほどかかろうとも、兄貴は百万両だからな…と源三郎は言う。

百万両が二百両だよ…、おい!もうちょっと高く吹っかけてやるんだったな…などと左全浜ら笑う。

大之進、遅かったではないか!こけ猿の壺を持ち帰るとの知らせに、余は一日千秋の思いで待ちかねておったぞ…と、柳生藩に戻って来た高大之進(上代悠司)の前にまかり出た対馬守は言う。

は!早でも!と思いましたが、無用な出費と、殿のご叱責を受けるやも…と思いまして…と大之進が恐縮すると、これ!嫌味を申すでない…と対馬守はぼやく。

百万両だぞ…、今後そのようなことにはけちけちするでないぞ!と対馬守は言い、脇に控えていた田丸主水正にも、今度は元気で江戸に戻ることができるぞと声をかける。

大之進、これへ持て!と命じ、こけ猿の壺を目の前にした対馬守は、この古ぼけた壺が百万両とな…、一風の話ではこの壺は二重底になっているとの話だ、大之進、調べてみい!と命じる。

大之進が壺の中の上底を叩き割ると、その壺を奪い取った対馬守はひっくり返し、書状のようなものが転がり出る。

それを拾い上げ、自分だけこっそり覗き読んだ対馬守は、呆然とした顔になり、立上がると、そのまま黙って部屋から出て行ってしまう。

残されていた書状を読んだ田丸は、「偽壺と気づかれざるは不覚千万」と書いてあったので驚き、覗き込んでいた大之進共々その場で腰を抜かす。

その頃、本物のこけ猿の壺を大岡越前守を前に、感心しながら眺めていたのは愚楽老人だった。

上様のご意向は?と越前守が聞くと、このまま柳生家に返すのは宜しくなかろうと……と愚楽は答える。

なるほど、いくら日光御改修と言えども、そうはかかりませぬからの…と越前は納得する。

左様…、譜代、外様に関わらず、大名に余分の金を出せるのは、東照神君のご威光にも悖る…と愚楽は言う。

時に、泰軒殿は?と愚楽が聞くと、また、どこかで呑み過ごしているか、ともかく、したい放題な男だからですな…、困ったものです…と越前守は笑い、もうそろそろ姿を現しても良い時分ですが…と庭の方へ目をやる。

その頃、夜道を1人、帰宅していた泰軒は、橋の所で、覆面の一団に当て身を食わされ、誘拐されるちょび安の姿を目撃する。

ちょび安を抱えて帰りかけた黒覆面の一団は、手を広げて道を塞いでいた泰軒に期好き、何だ?貴様!と呼びかける。

貴様こそ何だ?その子供をどうする?と泰軒は聞く。

やかましい!と賊が襲って来たので、泰軒は立ち向かう。

その頃、お藤と酒を飲んでいた左膳は、ちょび安の帰りが遅いのを気にしていた。

やっぱりあんたも心配なんだね?とお藤がからかうと、別に心配じゃないが、酒がなくなったからよ…と左膳は言い訳する。

こんな夜更けにあんな子供に酒買いに行かせたりしてさ…とお藤は嫌味を言う。

本当の親だったら…とお藤が言うので、どうするんだ?と左膳が聞くと、さあ…、どうするでしょうね〜…とお藤も謎をかける。

左膳が突然立上がったので、あ、あんた!迎えに行ってくれるの?とお藤が喜ぶと、迎えに行くんじゃねえ、酒を取りに行くんだと言い残し、左膳は飛び出して行く。

そんな左膳を、お藤は嬉しそうに見送る。

その頃、黒覆面の一団は泰軒に追い払われていた。

泰軒は、気絶していたちょび安を助け起こそうと近づき、ちょび安が落としたらしきお守り袋を拾い上げると、この小僧には似つかわしからぬ物を持っておるの…とつぶやく。

そこにやって来たのが左膳で、泰軒が声をかけると、その側で気絶していたちょび安に気づき、やいコ○キ!てめえ、ちょび安をどうしよってんだ!と左膳は血相を賭けて近づいて来る。

おい、こら!勘違いしちゃ困るぞ!わしは別に…と言い訳しようとするが、やかましいや!と聞く耳を持たない左膳はいきなり剣を抜いて斬り掛かる。

しかし、それをすんなり泰軒がかわしたので、ほほお…、俺の抜き打ちが買わせるとは面白いや…と感心し、もう1度行くぜ!と剣を振りかぶる。

止めろ!わしが通りかからなかったら、あの小僧は覆面の一味にさらわれていた所だぞと泰軒が言い聞かしていると、そのちょび安が目を覚ます。

あ、お父上!と左膳の胸に飛びついて来て泣き出したちょび安は、側にいた泰軒を観て、あのおじさんは?と聞く。

大方、橋の下から出て来たおこもだろ…と左膳が言うので、泰軒はむっとする。

さ、おばちゃんも待ってるぜ、帰ろうと言い、左膳は泰軒に声もかけず、そのままちょび安を連れて孵る。

そんな2人を見送っていた泰軒は、ちょび安のお守り袋をまだ持ったままだったことに気づき、差し出そうとするが、声はかけないままだった。

老人も来ておるのか…、ご健勝で何よりだ…などと言いながら、越前の屋敷に戻って来た泰軒に、遅かったではないか…と越前守は声をかける。

途中でつまらんことに関わっての…、所で何のようだ?と泰軒は越前に聞く。

御主が奪ってくれたこの壺、やはり、上様の前で開けようと言うことに決まったのじゃと越前は言う。

そんなことなら、何もわしに気兼ねしなくても…と泰軒が笑いながら、ひょうたんに入れた酒を飲もうとすると、泰軒殿…、実は上様が、この機会に貴殿をぜひとも城中へ召し連れよとの…と愚楽が口を挟む。

弱ったな、そいつは…、おい忠相、何とかしろよと泰軒は越前守に頼むが、さあ、それはわしにも引き受けかねる。その方も良い年をして…、いっそこの折に、身を固めてはどうじゃ?と越前は言い、泰軒殿がその気なら、この愚楽も一肌脱がせてもらいますと愚楽も口を出す。

あんたまでが、こいつに封じられては困りますな…と泰軒は苦笑する。

そもそも蒲生泰軒はですよ…と泰軒が言おうとすると、今でこそ、その日の酒をあがなうために幕府の一任に過ぎぬ大岡襟然の手先となっているが…、本来の気持ちは徳川幕府の在り方に反対の意を表するもの…と代わりに言って嘲笑したので、いい加減にしろと泰軒は口止めをする。

ところでね、あなたにお願いがある…、このお守りを一つ、調べてもらえませんか?と愚楽に泰軒が出して見せたのが、先ほどちょび安から手に入れたお守り袋

由緒ありげな物ですな?と愚楽が手に取ると、はい、幕府の隠密方の総元締である愚楽殿に御願いすれば、そのようなことはたちどころに…と泰軒が言うので、今度は私がからかわれる番ですかな…と愚楽は苦笑する。

愚楽がお守りの中を開いて確認してみると、中には、見覚えのある花押がついた名前が書いてあった。

その頃、司馬道場では、ちょび安のことを噂しあいながら、源三郎と萩乃が楽しそうに語らっていた。

この源三郎のことを、鼻の下が長い。全然参ってるんだよ、おばさんにだよだって…と言うと、でもあなただけではございませぬ、私もあなたに…と萩乃が恥ずかしそうに言うので、わしに?と源三郎は聞き返す。

御分かりになっていらっしゃるくせに…と萩乃はすねる。

源三郎が愉快そうに笑い出すと、いや!御笑いになっちゃ、でも本当なんですもの…と萩乃は身を寄せる。

良かった!兄上から司馬道場へ婿入りせよと言われたときは、わしに気持ちも聞かず、勝手な兄上と腹が立ったが、今となっては兄に感謝したい!と源三郎は言う。

本当ですか?と萩乃が聞くと、本当だとも…と源三郎は、萩乃の顔を正面から見据え言う。

萩乃!と呼び掛け、互いに手を取り会う2人の様子を闇の中からひそかにうかがっていたのは丹波だった。

翌日、江戸城に出向いた越前守は、では、泰軒はどうあっても思考せぬと申すのか?と吉宗から聞かれていた。

畏れながら上様…、あの男は野にあってこそ値打ちがある物と考えます。無理に召しまして幹部に付けるのも…と越前が具申したので、分かった、蒲生殿とは今まで通りにしておこう…と吉宗も納得し、側に控えていた愚楽に壺を開けさせる。

愚楽は壺を開き、扇子の底で内底を叩き割ると、一枚の書状を出して吉宗に渡す。

それを読んだ吉宗は、何じゃこれは?とあっけにとられたように書状を投げ捨てる。

前に進み出て、落ちた書状を拾い上げた越前守は、「欲にくらんで壺を開けたるばか者よ、目に見ゆる黄金より、心の黄金を磨くことを忘れるな。なればいかなる事態に至るとも、処する道を間違えることなし」と書かれてあることを知り、上様、お許し下さいませ!と平伏して詫びる。

泰軒の言を信じ、かかる大事を引き起こしたるは、大岡忠相一代の不覚!なにとぞ私めに切腹賜りますよう!と越前守が言うので、言うな!忠相、余が将軍の職に就いてより今に至るまで、大過なく過ごして来たのは、全く持って、そちと愚楽の助けによるもの、切腹などととんでもない!今後は二度と左様な不吉なことを口にする出ないぞ…と吉宗は言い聞かす。

越前守は黙って平伏すると、だが、困るのはそちではない…、余でもない…、伊賀の柳生対守が気の毒じゃ…と吉宗は言う。

上様!かく相成りましては、一計が必要かと存ぜられます…と愚楽が申し出る。

一計?と吉宗が問うと、されば、柳生を救うため、日光御改修に必要なだけの金額をどこかに埋め、その所在を図にしたためまして、それなる壺に収め、伊賀の柳生の手元に送り届けてはいかがと存じます…と愚楽は提案する。

すると、御改修の費用は余が出すことになるのか?結局、余が損をしたと言うことか…と吉宗は鷹揚に笑う。

恐れ入ります!と愚楽も平伏して詫びると、良い良い、弘法も筆の誤り…、たまにはこう言うこともなくてはのう…と吉宗は愉快そうに笑う。

司馬道場では、源三郎が門弟たちに稽古を付けていた。

そんな中、萩乃まで赤胴を付けて出て来たので、お前は!と源三郎が驚くと、だって、1人でいたってつまらないんですもの…と萩乃は言う。

さが、女だてらに木刀を振り回すことは…と源三郎が止めようとすると、いいえ、私も司馬十方斎の娘です!と言うので、よーし、教えてやろう!と源三郎は相手をする。

木刀を右手だけで握り、立ち向かって来た萩乃の構えを観た源三郎は、ほほお…、不知火十方流小太刀の構え!なかなか筋はいいぞ!と感心する。

その時、若!ただ今国表より、田丸主水正並びに高大之進の両名、早で御着きになりました!と柳生家の家臣が知らせに来る。

何!田丸と大之進が早で!と、源三郎も緊急な事態が発生したことを察し、爺!と安積去心に木刀を託し、自分は道場を出て行く。

木刀を押し頂いた安積は、萩乃の相手を務めようと立上がるが、気がつくと、その萩乃も源三郎の後をついて出て行った後だった。

座敷に戻って来た源三郎が、どうしたのだ?と待っていた2人に聞くと、若、一大事!若君に頂き持ち帰りたるこけ猿の壺が、偽物でございました!と大之進は報告する。

何!あの壺が偽物!と驚く源三郎と萩乃。

その夜、飲み屋で左膳と会い、そのことを源三郎が打ち明けると、それじゃ、俺が怪しいと言うのかい?と左膳は笑う。

いや、御主のことは信用している…、だが、御主にも考えてもらいたいのだと源三郎は頼む。

そう言われたって、与吉の奴はそんなことはねえし…と考え始めた左膳、後はちょび安…と思い出す内に、分かった!あのコ○キ野郎だ!と言い出す。

蒲生泰軒?…、そう言えばあの時…と、あっさり壺を返して来た時の事を思い出す源三郎。

すり替えられたとしたらあの時だ…、それに、あの野郎には他にも貸しがあるんだ…と左膳は言う。

野郎、ちょび安の守り袋を奪いやがったんだ!と左膳は言う。

ちょび安と言えば、先夜の覆面の侍たちは、どうやら峰丹波の一味らしいぞ…と源三郎は知りえた情報を開陳する。

そうかい…、俺たち2人が手を組んでりゃ、野郎、手の出しようがねえだろうからな…と左膳は笑う。

それで、まずちょび安をさらって、御主の力を削ぐ!…と言いながら、左膳に酒を注いでやる源三郎。

なるほど!俺の弱みはちょび安かい…と納得したさ膳、すると、御主の弱みはさしずめ萩乃殿って所かな…と左膳はからかう。

萩乃か…と笑いながら、盃を口に持って行きかけた源三郎だったが、ふと何かに気づき、手を止める。

屋敷では、萩乃が、若衆姿に変装していた。

さ、あの方を驚かせてあげましょう。だってね、昼間、剣術を教えて頂こうと、せっかく結った男髷、すぐに壊してしまうのは、何だか惜しいような気がするの…と萩乃はお付きの腰元お美津(美山れい子)に楽しそうに言う。

そこにやって来たのは石川半次郎、萩乃様、ちと折り入って話がしたいことがあると言い、美津殿、御師範がお呼びですぞと声をかけ、所払いをする。

そして、萩乃と相対した半次郎は、実はお蓮様からのお言伝で参ったのでが、これから根岸のご別邸へご同道願いたいと言う。

お母様の所へ?と萩乃は不思議がる。

でも、私こんな格好で…、それに、売りの人に黙って行く訳にはいきませんと萩乃は断る。

すると、お言葉ながら、一時を争う事柄…などと言いながら、半次郎が萩乃を掴もうと手を出して来たので、萩乃はとっさに身をひねり、半次郎の手をとってねじ伏せる。

何をする!と叱責すると、部屋の外で控えていた門弟たちが一斉に部屋の中になだれ込んで来る。

萩乃は1人で相手をする。

廊下に出た時、闇の中から出て来た丹波が当て身を食わせ、萩乃を失神させる。

そして、石川、ちょび安も岩渕が捕まえたぞと丹波は言う。

半次郎たちは、萩乃の身体を抱え、屋敷を出て行く。

その頃、帰宅した左膳は、部屋の灯りが消えているので不振気に中を見回る。

すると、お藤が、猿ぐつわをかまされ、縛られて転がっているではないか!

お藤、どうした!と駆け寄って、猿ぐつわを外したさ膳に、あんた!ちょび安が!とお藤は伝える。

一方、泥酔して帰宅した源三郎の方は、萩乃がおらず、置き手紙が置いてあることに気づく。

萩乃殿の身柄、ひとまず御預かり致した…と読み始めた源三郎は驚く。

ご心配ならば、根岸の別邸まで来られたし…、ただし、余人には内密のこと、伊賀の御一党を引き連れて来られるときは、萩乃殿のお命が危ういと御覚悟のこと、峰丹波!…しまった!と叫んだ源三郎は立上がる。

一方、ちょび安を探しに出かけた左膳は、途中で泰軒に呼び止められたので、良い所で会ったな!おお!おめえ、俺の壺をすり替えやがったな!それに、ちょび安の守り袋まで取りやがって!と文句を言う。

待て!壺のことも守り袋も、決して悪意あってやってるこっちゃない、おい、しっかりせい!と泰軒が言うので、言ったん軒に手をかけた左膳は、その手を外し、又、ちょび安を助けに向かう。

泰軒、おれはこうしちゃいられないんだ!話は後でしようぜ!と左膳は言い残して賭けて行く。

おい、化物!と、その後を追いかける泰軒

司馬道場にやって来た左膳は、道場内で正座していた安積去心以下柳生の家臣たちに、丹波はどこだ!と聞く。

峰丹波は、根岸の別邸に!と安積は言うと、源三郎が残して行った置き手紙を読ませる。

何!伊賀の御一党を引き連れて来られるときは、萩乃殿のお命が危ういと御覚悟のこと?と読んで事情を知った左膳は、道場を飛び出して行く。

そんな左膳を呼び止めた泰軒は、こいつはわしに任せてくれんか?と言うので、コ○キ野郎に何が出来るんだ!黙って引っ込んでろ!と左膳は睨み返す。

無益な殺生は許さんぞ!と泰軒言い聞かそうとするが、剣を抜いた左膳はそのまま泰軒を振り払って根岸へとひた走る。

その時、突然突風が吹いたかと思うと、一天にわかにかき曇り、稲光が走る。

時ならぬ嵐に揺れる根岸の別邸の吊るし行灯

酷い嵐になりましたこと…と、源三郎を迎えたお蓮が言うと、無事に収まりますかな…と源三郎も鷹揚に答える。

お蓮は笑い、お美津に、お給仕の前に御毒味をと命じ、盃の酒の飲ませる。

母上、丹波は如何致しました?と源三郎が聞くと、御酒の相手をせねばと気にしておった丹波…、おっつけ、萩乃殿と参りましょうと言いながら、お蓮は源三郎に酒を勧める。

お美津が部屋を出て行くと、他の部屋の中には、待ち受けていた丹波とその一派がじっと飛び出す機会を待ち受けていた。

奥の部屋には、縛られたちょぎ安と萩乃がいた。

そこにやって来た丹波は、おい、小僧を連れて行け!と命じる。

1人部屋に残った丹波は、若衆姿もなかなか艶かしい…と言いながら、倒れていた萩乃の捕縛を解いれ抱こうとする。

その時、萩乃が目覚めたので、気がつかれたか?と丹波が優しく声をかけると、お前は!と驚いた萩乃は身を引く。

その萩乃の手を握った丹波、お嬢様、御察し下され!ひそかに御慕い致すこの丹波の気持ちを…と言いながら迫る。

その手を振り払い、立上がった萩乃は、私は柳生源三郎の妻です!と言い切る。

すると丹波、気の毒だが、源三郎殿は命を落とされましたぞ…と言う。

お蓮の注いだ盃の酒を口に含む源三郎

嵐の中、駆けて来る左膳

丹波に追いつめられた萩乃は、無礼致すと許さぬぞ!と小太刀に手をかける。

さすが十方斎先生の御息女、やりますの…、だが不知火流免許を許されたこの丹波には…とあざ笑い、襲いかかる丹波

その時、廊下から、師範代!そろそろお出ましを…と声がかかったので、参ったか?良し、今行くと答え、押さえつけようとしていた萩乃の身体から手を引く。

大丈夫、これからお前が好きな柳生源三郎を料理してやる!と丹波が言うので、痴れ者!と言いながら飛びかかった萩乃だったが、難なく掴まり、又、縛られてしまう。

その間、源三郎は、盃を重ねていた。

猿ぐつわを構われ、縛られていたちょび安の部屋に、又、縛られた萩乃も押し込まれる。

源三郎の部屋に酒を運んで来たお美津は、急に苦しみ出し倒れたので、それに気づいた源三郎はお蓮を睨み、さては計ったな?と言う。

笑うお蓮に、盃を投げつけ、剣を取ろうとした源三郎だったが、毒が回っていたのか、その場に倒れてしまう。

司馬道場内で、じっと待ち続ける柳生の家臣たち

もはや耐えられん!わしは行くぞ!と安積去心が剣を取って立上がると、おう!と家臣たちも一斉に立上がる。

奉行所から飛び出す、御用提灯を手にした捕手たち

ふらつきながら立上がろうとする源三郎を目にしたお蓮は、わりと弱いお坊っちゃまね。毒じゃないのよ、ほんのちょっぴりしびれ薬を入れただけ…、でも、このまま返すわけにはいかないわね…と言い、そこに、丹波一派がなだれ込んで来る。

お蓮様、巧くいきましたな…と近づく丹波

倒れた源三郎に、

こけ猿の壺路と道場の実権をおとなしく談合するつもりでおったのだが…、こうなったら、いっそのこと一思いに!と丹波はお蓮に言うと、そうね、まごまごしていると、又片目の化物に…とお蓮も頷く。

嵐の中を賭け続ける左膳

何が来ようと、こちらには人質がある…、その時こそ、ちょび安とか言うあの小僧が役に立つ…とうそぶく丹波

嵐の中を走る左膳

柳生一門も捕手たちも別邸へ走っていた。

羽織を脱いで、倒れていた源三郎に一斉に剣を抜く丹波一派

その時、笑い声と共に、ゆっくり起き上がる源三郎

ふらつきながらも、斬り掛かって来た相手を斬り捨てた源三郎は、やい、丹波!とうとう姿を現したな!と言うと、柳生流不和の関守の構えを披露し、どうだ?破れるか?と挑む。

しかし、薬の威力なのか、ふらつく源三郎の姿を観た丹波は。さすが伊賀の暴れん坊、やせ我慢も相当な物だな…とあざ笑うと、不和の関守!取ってしんぜよう!と言いながら斬り掛かる。

源三郎は、蝋燭を切って灯を消す。

その時、源三郎!柳生!死ぬなよ!と言いながら飛び込んで来たのが左膳は、丹波一派と斬り合いを始める。

源三郎の様子に気づいた左膳は。しっかりしてくれ!と励まし、さらに、敵と戦い始める。

そんな別邸に近づく捕手たちと柳生一門

しびれ薬に耐えながら、戦い続ける源三郎に、大丈夫かい?と声をかける左膳

そんな中、丹波は部下に合図する。

別邸に迫り来る柳生一派と捕手たち

嵐の庭先に出て戦う左膳と源三郎は、廊下に連れ出されて来たちょび安と萩乃に気づく。

この2人を助けたくば、まずは刀を捨てなされと迫る丹波は、決心がつかぬと見えるな?ならばここで、拙者が十まで数えよう。その間に刀を捨てられぬ時は…、宜しいか?一つ、二つ…と数え始める

九つ!と丹波が呼びかけた時、左膳も源三郎も剣を捨てるしかなかった。

その時、邸内になだれ込んで来たのは、安積去心をはじめとする柳生一門

急いで、捨てた刀を拾い上げる源三郎と左膳

左膳はすぐに、萩乃の縄を切ってやる。

屋敷の外に逃げ出した丹波とお蓮たちは、駆けつけた捕手と柳生一門に挟み撃ちにされる。

…と申すような次第で、まずは無事に落着致してござりまする…と、翌日、江戸城に参った大岡越前守は、吉宗に報告していた。

ご苦労であったとねぎらう吉宗

その時、上様、畏れながら…と頭を下げたのは愚楽老人

まだ他に?と吉宗が不思議がると、はいと答えた愚楽、越前、泰軒殿に依頼されあい分かった御落胤…と言うと、越前守も、そうそう…と言い、上様、蒲生泰軒の持ち帰りたる守り袋、愚楽殿もお調べ下さった所、丹下左膳が養い致しちょび安と言う孤児は、柳生対馬守の御落胤と判明し…と吉宗に報告する。

何!柳生対馬の?これは意外なことを…、あの木石のような男に落としだねがあろうとは…、人は分からぬものじゃのう…と吉宗も驚き苦笑する。

上様、実は以前から、柳生対馬守殿から内々に…と愚楽が言うので、そちは前から知っておったのか?と吉宗は聞く。

はいと愚楽が答えると、いよいよ人は信用できぬものよのう…、まあ良い、愛でたきことなれば大目に見て取らそうと吉宗は笑い、越前、壺と共に直ちに対馬の元へ送り届けるようと命じる。

すると愚楽、上様、ご心配には及びません、そこは抜け目のない越前のこと…と言い、今頃は既に、江戸を離れおる時分かと…と越前守も笑いながら報告する。

何?もう出立しておるのか?さすがは越前!手回しの良い奴じゃ!と笑う吉宗

寂し気に見送る左膳、お藤、与吉、泰軒を後に、柳生へ向かう源三郎、萩乃、そして、ちょぎ安を乗せた駕篭と行列があった。


 

 

inserted by FC2 system