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陸軍中野学校

過去何度か観た記憶があるが、今回改めて見直してみて、地味ながら、やはり見応えがある作品だと再確認した。

「007」で日本でも巻き起こったスパイブームの便乗企画かも知れないが、アクションで魅せる荒唐無稽な娯楽映画ではなく、戦時中に実在したと言う諜報機関を舞台に、突然、人生を奪われ、恋人や家族さえも失い、別人として強制的に生きる事を求められた若者と、それを教育する教官側の理想と苦悩、又、愛する人間を突然奪われた女性側の悲劇が描かれている。

人間ドラマ主体の展開にしているのは、二本立てのプログラムピクチャーなので予算をかけられないからだろうが、それを逆手に取った良質の人間ドラマになっていると思う。

シリアスな展開だけに、全体的にタッチは暗い。

暗いけど面白い、文芸調と言うか、大人の作品なのだ。

劇中で紹介されるスパイとは、外国に入り込み、長く住む事でそこの現住民と友人になり、情報を得る…、忍者で言う所の「草」である。

同じ大映の人気作品「忍びの者」の忍者と共通する要素があるのも興味深い。

忍者とスパイは元々同じようなものだからだろう。

今観ていると、気になる部分がないではなく、そもそもこの中野学校は誰が作ったのかと言う点

と言うのも、当時の陸軍が、この学校を全面的にバックアップしていると言う風には見えず、かといって、草薙中佐個人がポケットマネーで立ち上げたとも思えないからだ。

陸軍からは継子扱い…などと言うセリフがあると言う事は、正式な学校だった訳ではなかったと言う事なのだろうが、それにしては、金をかけた本格的な授業に見える。

劇中で描かれているように、暗号班からのカンパでかろうじて成り立っていたと言うことなのか?

それと今回気づいたのは、この作品、市川雷蔵の主演作ながら、意外と雷蔵のイメージは弱く、逆に、草薙中佐を演じている加東大介の魅力で作品を引っ張っている事に気づいた。

日本の将来のためにスパイ育成に夢を抱いた男が、結果的に敵国のスパイをも生み出してしまう事になる悲劇性

雷蔵演じる主人公次郎は、中野学校に関わった言わば狂言廻しに近く、映画の中では解説役と言うか、語り部的な役割を担っている。

特に本作は、後にシリーズが続く第一作目と言う事で、スパイ養成教育の部分にスポットが当てられているため、セリフが多く、動きは少ない。

待田京介さんがこの頃から悪役風の役柄を演じている。

この当時の小川真由美さんは、美しさだけではなく、芯が強そうで、ちょっと陰があるキャラクターを演じるその確かな演技力も凄い。

ベントリー社長を演じているピーター・ウィリアムスの日本語の巧さも驚きである。

岡田真澄さんのお兄さんであるE・H・エリックさん共々、たどたどしい日本語では観客に巧く伝わらないとの判断での起用だろう。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1966年、大映、星川清司脚本、増村保造監督作品。

「日支軍事交戦」の文字が載る新聞を背景にタイトル

昭和13年10月

私、三好次郎は幹部候補生として、陸軍予備士官学校を卒業、少尉に任官した。

立派だね~。その姿を死んだお父さんに見せたかった。

お父さんたら、出世するなら軍人になれと口癖のように言っていたからね~と、軍服を来て家を出る三好次郎(市川雷蔵)を送り出す母親三好菊乃(村瀬幸子)は嬉しそうに言う。

次郎さん、とっても良く似合うわと、笑顔で菊乃の横で見送っていたのは布引雪子(小川真由美)だった。

みんな貯金で買ったんだ、ありがとうと次郎は礼を言い、菊乃は、雪子さん、まだ式には早いんじゃないのとからかうと、途中まで一緒に行きたいんですのと雪子は答えながら靴を履く。

この次はあなた方の結婚式ね、雪子さんが花嫁衣装着た姿、早く見たいと思ってますよと言い、菊乃は2人を家から送り出す。

第57連隊

ノックをして部屋に入った次郎は、三好少尉参りました!と言うと、連隊長殿から電話があった。すぐ連隊本部の方へ行ってくれと命じられたので、その後、連隊本部へ出頭する。

私は、参謀本部の草薙中佐(加東大介)だと名乗った男が部屋で待っており、剣道と柔道どっちが得意かね?と聞いて来たので、剣道ですと次郎は答える。

何段だと聞かれたので、2段ですと答える次郎

頭脳も優秀、東京帝大を立派な成績で卒業したらしいな?と草薙は言い、将来は何になる気だ?と聞いて来る。

銀行員か会社員になるつもりです!と次郎が答えると、君の父さん、警官だったな?と草なぎは確認して来る。

はい!私が六つの時、病死しました!と次郎が言うと、

お母さん1人の手で育ったのか?と確認した草薙中佐は、時に君、女は好きか?と言い出す。

嫌いではありませんと次郎が答えると、女に惚れたらすぐ抱きたくなるか?抱く時は裸になるか?好きになった女が一緒に死んでくれと言ったらどうする?などと矢継ぎ早に草薙は聞くので、女のことは全て相手次第ですと次郎が答えると、もし女が裏切ったら、どういう方法で復讐するか?と草薙は畳み掛けて来る。

その場になってみないと分かりません!と次郎が答えると、草薙は机の上に地図を拡げ、チモール島はどこにある?と聞いて来る。

地図を覗き込んだ次郎は、この地図にはチモール島が書いてありませんと答える。

すると草薙は、地図の下、机の上には何がある?と聞いて来たので、軍帽、カバン、湯飲み茶碗、煙草…と次郎が答えて行くと、煙草は何だ?と草薙が言うので、チェリーです!と次郎は答え、さらに、マッチ、灰皿と続けると、灰皿の中には?と聞かれたので、吸い殻が2本ありました!と次郎は答える。

地図をめくって、机の上をを確認した草薙は、宜しい、では、一度にいくつかの質問をするのでまとめて答えろ!と言い出す。

一晩にどのくらいの金が使える?キリスト教と仏教の違いを5つ上げよ!共産主義の長所と欠点は何か?今この場で腹を切れるか!

この奇妙な参謀中佐にあった日から、私の運命は大きく変わる…(次郎の独白)

一週間後、陸軍省に出頭せよとの秘密の命令を受けた。

その時私は、丸の内の商事会社に勤めている雪子のことを考えた…

タイピストをしていた雪子は、契約書のコピーを6部作り、社長ラルフ・ベントリー(ピーター・ウィリアムス)に渡しに行く。

それを確認したラルフは、相変わらず,きれいに打ってありますね、ありがとう…と雪子の仕事ぶりを褒める。

そして、ラルフは、社長室に来ていた伯爵夫人に小切手を手渡す。

恐れ入ります。いつもご寄付願って…と夫人が礼を言うと、いつも貧しい人たちの生活にこのお金が少しでもお役に立てば満足です…とラルフは言う。

ベントリーさん、最近お仕事の方はいかが?と夫人から聞かれたラルフは、とても窮屈になりましたよ、私が扱っているウィスキーや紅茶が贅沢品として、輸入の制限を受けましたからね…とラルフは答える。

何もかも戦争のお陰ですわ…と夫人は嘆く。

その夜、次郎の家で、もう新妻のように母親と次郎にお茶を煎れる雪子。

最近とっても物価が高くなって…、私、これから今までの倍、下宿代お支払いしますわ、だから、おば様、仕立物なんか…と雪子は菊乃に申し出るので、雪乃は、とんでもない、幼友達の娘さんからお金をもらうほど心苦しいのに、値上げなんて…、私は働くのが好きなんで気にしないで下さいと答える。

その時、母さん、いよいよ明日からしばらく出張しますと次郎は報告する。

どこへ行くんだろうねえ?と菊乃は案ずるが、軍の秘密なんだからな…、背広一着と柔道着を持参しろと言うんだから何かの訓練でしょう、すぐ帰りますと次郎は答える。

母さんはやっぱり、兄さん夫婦と一緒に暮らす気はないんですか?と次郎が聞くと、ありませんね。一郎は官吏だろう?いつも転勤で落ち着かないし、奥さんもきつい人柄だから、いつもお前や雪子さんの側にいたいよと菊乃は言う。

その時、次郎さん、ちょっと…と雪子が別室に次郎を招く。

何だい?と次郎がやって来ると、私たち、いつ結婚できるの?と雪子は言う。

僕は幹部候補生出身の将校だ。例え支那や満州へ行ったとしても、2年経ったら除隊になる。と次郎が言うと、2年も!長いわ…、こんな戦争止めた方が良いって、いつも社長さんが言ってるわと雪子は言う。

英国人だからな…と次郎が答えると、私も同じ気持ちよ…、だって、女ですもの、戦争なんて大嫌い!と雪子は言う。

2年くらいすぐ経つさ、帰ったら結婚しようと次郎は言い聞かせると、キスしてと雪子はせがむ。

次郎が応じてやると、私、田舎から出て来て良かったわ、だってあなたに会えたんですもの…、親の言うことなんか聞いていたら、今頃、地主の息子のお嫁さんよ…と雪子は嬉しそうに言う。

僕の留守中、母さんを頼むと次郎は雪子に伝えると、じゃあ、明日の朝早いから…と言い、部屋を出ようとすると、雪子は、もう1度…とキスをねだるので、次郎は、もう1度抱きしめてキスをしてやる。

翌朝、18人の陸軍少尉が九段の靖国神社に集められ、連れて行かれたのは軍人会館の隣の「愛国婦人会」本部の中にある木造2階のバラックだった。

次郎たち陸軍少尉の前に現れたのはスーツ姿の草薙中佐だった。

ごくろうさん、本日、諸君らに集まってもらったのは他でもない、諸君らを向う1ケ年、スパイとして教育するためである!当分の間、ここが諸君の教室でもあり宿舎でもなると草薙は言い出す。

諸君らは軍服を脱ぎ、持参した背広を着用する。軍隊用語は禁止!普通の人間の言葉を使ってもらいたい。以上!質問はないか?と草薙は言う。

スパイになれ、意外な言葉に一同は面食らった。(次郎の独白)

なぜ、我々をスパイに?と1人が聞くと、諸君はいずれも各地の予備士官学校を優秀な成績で卒業し、心身共に優れた青年だからだと草薙は答える。

なぜ、幹部候補生から選ぶんです!との質問には、スパイになるには円満な常識が必要だ。陸軍大学や士官学校を出た連中は頭が固くて役に立たん。その点、諸君らは一流の大学に学び、立派な教養の持ち主であると草薙は言う。

しかし、スパイの教育は陸海軍、外務省でもやっているはずですが?との問いには、そころが、その連中は素人、特に400年の歴史を持つ英国のスパイには太刀打ちできん!私は諸君を、彼らに負けない一流のスパイに育てたいのだと草薙は断ずる。

教育長!家族や友人とは会えないのですか?と聞かれた草薙は、もちろん、ただいまより諸君は本名を捨て、偽名を使う。外部との交際は一切絶ってもらいたい!場合によっては戸籍も捨ててもらう!と言う。

では、結婚も出世も諦めろと言うんですか?と一人が聞くと、諸君は将来、大学の総長に、会社の社長に、大臣にもなる立派な青年だが、その諸君に、あえて揚々たる前途を捨ててもらいたいと草薙は言う。

どうしてです?と聞かれると、日本は今支那事変に突入し、将来、世界を相手に戦うかも知れん。戦争に於いてスパイがいかに重要な働きをするかは諸君も知っているはずだ、

優秀なるスパイ集団は一個師団、2万人の兵力に等しい。諸君18人で18個師団、日本陸軍の兵力は一夜にして二倍になる!と草薙が言うので、我々が優秀なスパイになれますか?と問う者あり。

なれる!と草薙は答え、たった一夜の教育で?と聞かれると、諸君ならできる!また、君たちでなけらば無理だ!と草薙は即答する。

諸君!将来、日本が栄えるのも滅びるのも、諸君の肩にかかる。日本のため、身を捨ててスパイになってくれ!この草薙と一緒に働いてくれ!と草薙は頼む。

軍人は命令には反抗できない…(次郎の独白)

しかし、そのために私はスパイになったのではない。草薙中佐と言う人物の情熱に負けたのだ。

その時から私三好次郎かた椎名次郎に名前を変え、雪子が買ってくれた軍服はトランクの底にしまい込まれ、その後二度と日の目を見なかった。

その後、教室内で休憩時間となったので、タバコを勧めながら、君の名前は?と聞いて来た者がいた。

次郎は、椎名次郎…と早速偽名を用いる。

大学はどこに行った?と聞かれたので帝大と答える。

相手は、早稲田の杉本(仲村隆)だと言う。

側で一服していた明治の手塚(三夏伸)と法政の甲斐(井上大吾)、慶応の久保田(森矢雄二)、立教の宮木(九段吾郎)たちを杉本が紹介する。

何だ、六大学のリーグ戦かと宮木が言うと、もっともみんな偽名だ、本名は知らん!と杉本は言う。

本名を捨て、恋人を捨てる。将来を捨てて、それでどうなる?と手塚が言うと、俺は弁護士になりたかったんだ。一生スパイなんてごめんこおむるねと久保田がこぼす。

せっかく作った少尉の軍服ともお別れか…と宮木も愚痴る。

しかし、支那か満州に送られて下手に戦死するより、スパイの方が面白いかも分からんな…、人間にはスパイ本能があるそうだと伊達が言い出す。

とにかく俺たちは、世間から隔離され、島流しに会ったような者だ…、かくなる上は覚悟を決め、仲良くやれる所まで足ろうじゃないかと杉本が言うと、草薙中佐を信じてか?…と久保田が聞く。

剣道、柔道の稽古など、翌日から厳しい訓練が開始された。

車や飛行機の構造を学び、射撃訓練やモールス信号の解読、政治経済、外交問題の講義は大学の教授から教わる。

みな良く勉強した。

夜、草薙中佐がやって来る。

椎名、何読んどる?と草薙が聞くと、次郎は、アメリカの歴史ですと答える。

草薙は、みんなに寿司と酒を差し入れる。

今夜は勉強中止だ!大いに飲んで寝てくれ!寝る子は育つと言うぞ!と冗談まじりにねぎらう。

一方、雪子は、全く音信不通となった次郎の事を案じていた。

仕事を終え、帰宅した雪子は、次郎さんから手紙来ました?と聞くが、来ないのよ、今日も…と菊乃が言うので、雪子は落ち込むと同時に、変ね…、あれだけ几帳面な人が一月も便りをくれないなんて…と雪子は不思議がり、明日から休みになるので、調べてみますと言い出す。

翌日、雪子は、連隊に行って次郎の消息を尋ねてみるが、応対をした兵隊は、聞いてみたが連隊長も知らないと言う。

でも次郎さんは、この連隊所属の将校なんでしょう?その行方が分からないなんて変です…と雪子が食い下がると、

あんた、三好少尉とどういう関係かね?つまり愛人ですか?と露骨に聞かれたので、自分は婚約者と名乗ると、連隊区司令部に行けば、何か分かるかも知れないなどと言われるだけだった。

しかし、連隊区司令部でも、三好次郎の事は分かりかねると言われたので、一体、どこに行けば分かるのでしょうか?と雪子は聞く。

将校の人事は陸軍省人事課で扱っているが、あなたが突然押し掛けてもダメだ。

幸いわしの知り合いの下士官がおる、紹介しましょうか?と連隊区司令部係官(守田学)は言う。

その頃私たちは、九段から中野の電信所後に移っていた。(次郎の独白)

中野の通信研究所

裏門近くのいバラックで、本格的なスパイ教育に入っていた。

スパイはひそかに人を殺し、敵の軍事施設を破壊しなければならない…と教授が、次郎たちに教えていた。

ここにある小包、レンガ、缶詰、チタンの固まり、これも高性能の爆薬である。

人を殺すには、毒薬、毒ガス、細菌を使った方が発見され難い。

直ちに聞くストリキーネ、青酸よりも、数日経って死ぬヒ素を使う方が利口である…と教授が概略を説明すると、毒薬は相手に分からないように飲ませなければいけない…と横から草薙が解説を続け、手品の専門家に実演して頂くと言い、手品師の実演が披露される。

スパイは竹べら1本で手紙を開き、ガリがね1本で鍵を開け、必要な情報を取らねばならない。まずはこの「敷島」マッチの箱は、ステッキ、腕時計、シガレットケース、バンドのバックルはカメラであると教える教官(夏木章)。

本日の共感は府中から来て頂いた、金庫破りでは日本一の蚊帳であると草薙が紹介したのは、囚人(伊達正)であった。

金庫を開けるのは、この耳と指先の勘でダイヤルを廻すんですが…、そのコツを覚えるのにはちょっと年期がかかりまっせ…と言いながら、老囚人は実演をして見せる。

情報を集める事より、情報を送る事の方が難しい。現在一番行われているのは、情報を暗号化し無線電信で送る方法だ。

敵国の暗号を解読する仕事は最も重要で、これに成功すれば、軍事上、既に勝ったと言える。暗号にはコード法をサイファ法がある。

コード法とはある言葉を別の言葉あるいは数字に置き換える方法…と別の教官(中条静夫)が教える。

スパイはいつか的に発見させ逮捕される。その際、どんな拷問を受けても自白してはならない!と草薙が念を押し、警視庁から来た教官に、拷問の指南をさせる。

翌朝、寝室に駈け込んで来た仲間2人が、寝ていた連中を起こし、中西が便所で首を吊った!と知らせる。

数人が便所に駆けつけ、中西(南堂正樹)の身体を降ろし、蘇生を試みるが、もう手の下しようがなかった。

なぜ、自殺なんかしたんだ?神経衰弱だろう。様子が変だった…、気の弱い奴だ。スパイの教育に付いて行けなくなったんだ…とその場にいた者たちは口々に言う。

やがて、参謀総長の花輪が届き、しめやかに内々の通夜が執り行われ、草薙は思い切り飲んでくれと一同に告げる。

誰も動こうとしないので、飲まんのか?と草薙が声をかけると、所長!中西はどうなるんです?闇から闇へと葬られるのですか?と塚本が草薙に問いただす。

そんなばかな真似はせん、戦死の手続きを取り、遺骨は丁重に家族の元に送り返す。もちろん、年金は降りる…と草薙は答え、お前たちは、中西は自殺したんじゃない、俺に殺された!そう思っているだろう?と問いかける。

その通りだ。スパイの教育なんて俺も始めてだ。経験もなければ方法も知らん!中西は苦しんで死んだ。確かに俺が殺した。許してくれ、中西!と草薙は遺影に頭を下げる。

しかも、苦しい訓練に耐えスパイになってもその将来は暗い。成功して家に帰る者は稀だ。多くは逮捕され、犬のように殺されてしまう。手柄を立てても誰もにも知られず、勲章ももらえず、情けないもんだ…。諸君!スパイになるのが嫌なら、今夜限りやめても良い!遠慮なく申し出てくれ!と草薙は一同に言う。

すると、所長、本心を言えば、僕は平凡な人間の普通の生活に戻りたいんですと久保田が言う。

他のものはどうだ?と草薙が聞くと、国家のためとは言いながら、物を盗み、人を騙し、殺したりするようなスパイは性に合いませんと塚本も言うと、同感だな…と手塚も答える。

分かった、辞めたい者は無理に止めはせん…、しかし、俺の考えも聞いてくれ…と草薙は言い出す。

本当のスパイは、人を殺したり、物を盗んだりする犯罪者じゃない。そんなスパイは下の下だ。スパイの根本精神は誠だ!真心だ…、俺が考えているスパイは、日露戦争中、ロシアで活躍した明石大佐だ。

明石大佐は真心を持ってロシア軍に対した。彼らを幸福にするためには、ロシア政府の皇帝を倒さなくてはと考えた。大佐は共産主義者レーニンの親友となり、武器を与え、ロシア政府を動揺させ、日露戦争を勝利へと導いた!大佐がいなかったら日本は負けていたかも知れん。これが本当のスパイだ!俺の理想を諸君を17人の明石大佐に育てあげ、世界の各国へ送り込む事だ。

諸君はその土地の人民の友人となり、悪質な政府や侵略者と戦ってもらいたい!

特に、アジア・アフリカでは、植民地を解放し、全ての民族を独立させるんだ!

それは、明石大佐のような陸軍武官がやる仕事でしょう?と久保田が口を挟む。

今の陸軍武官なんてダメだ…、みんな出世コースを駆け足で走り、1年で帰国してしまう。

諸君は同じ土地に根を降ろし、何十年でも居座るんだ!1人一個師団じゃない、1人一国だ!

君たち17人の力で、この世界を立て直してもらいたい!と草薙は力説する。

しかし、連日の日本政府や陸軍は支那を植民地にし、アジア民族を日本の奴隷にする気でしょう?と手塚が口を挟む。

その通りだ!と草薙はあっさり認め、俺は士官学校卒業後、スパイとしてシベリアを歩き、これじゃいかんと思い立って10年目に、やっと君たちを集めることができた。

元々、陸軍の反対を押し切って作った学校だ。諸君が辞めたらすぐ潰される。俺の長年の夢は消えてしまう。

しかし、俺の夢なんてどうでも良い。このままでは、下らん政治家や将軍どもが、アジア全体を敵に廻し、日本を滅ぼしてしまう。

諸君!彼らと戦って、日本を救ってくれ!と草薙は頼む。

しかし、我ら17人が成功したってダメでしょう…と久保田が言うと、ばかを言うな、君たちは青年だ!青年に出来ん事はない!明治維新を成功させたのも青年だ!頼む!やってくれ!と草薙は頭を下げる。

所長!分かりました!喜んでスパイになります!と宮木が答えると、俺もやるぞ!と久保田が呼応し、俺は東南アジアだ、ヨーロッパの植民地を潰したいと言う者も出て来る。

杉本!中野学校を生かすも殺すも、日本を救うのも滅ぼすのも君たち次第だ。やっぱり辞めたいか?と草薙が問うと、やりましょう!日本の青年として、一生を賭けますと杉本は答える。

君たちはどうだ?と聞かれた久保田も又、分かりました…と答える。

手塚も、やります…と答える。

俺は諸君の努力を無駄にはせん。陸軍省を通して、諸君を陸軍大出の参謀将校格と同格に扱う。将来は少将以上に進級できる道を開くつもりだ。

すると、所長、僕らは出世のためにやるんじゃない。あなたの夢を実現したいだけだ…と杉本は言う。

そうか…、そこまで俺を信じてくれるか…と感極まった草薙は、ありがとう!草薙ただき、この通り頭を下げる!とその場で深々と礼をする。

我々は、又草薙中佐の熱意に負けた…(次郎の独白)

中西の自殺は、かえってみんなの決意を固めさせた…(と、中西の遺影に目をやる次郎)

陸軍省 参謀本部

中佐は、参謀本部第十八班 通称暗号班 暗号解読を任務とする班に良く足を運んだ。(次郎の独白)

草薙、中野学校は巧くいっとるか?少しは役に立つスパイが出来そうか?と岩倉大佐(早川雄三)が第十八班を訪ねて来た草薙に聞くと、ま、観てくれ、優秀な学生ばかりだからな…と草薙は自慢そうに答える。

参謀本部じゃ全然問題にしとらんぞ、あんな貧弱な設備、しかも1年間の即製教育、まるで寺子屋だと岩倉が言うと、寺子屋だから良いのさ、大勢の学生に一方的に押し付ける学校教育じゃないと草薙は答える。

先生と生徒が心と心をぶつけあう人間教育と草薙が言うと、しかし学生上がりの素人…、幹部候補生の将校をスパイに使うなど危険ですな、一つ間違えると、国際問題を起こしとんでもないことになる。本職の軍人に任せといたらどうです?と側にいた前田大尉(待田京介)が言葉を挟んで来る。

任せておきたまえ、中野学校は別に君たちの縄張りを荒しはせんと草薙は鷹揚に答える。

前田大尉、席に戻れ!と岩倉が命じ、今日は何の用で来た?と改めて草薙に問うと、士官学校、同期の桜として頼むんだ、陸軍省は中野学校を正式に認めんし予算がない。暗号班の金少し廻してくれんか?と草薙が頼むと、下らん!参謀本部は暗号班の重要性を理解せず、全然金を出さん、人にやる余裕はないと岩倉は断る。

お前は陸軍上層部に顔が広いだろう?と草薙が食い下がると、将軍連中は戦争をやって勲章をもらう事しか考えとらん。スパイ教育に金など出すものか…と岩倉は言う。

だめかな~、やっぱり…と草薙が落胆すると、お前も物好きな奴だ。秀才のくせに陸軍大学へも行かず、嫌がる学生を引っ張って、一生スパイの仕事で苦労する気か?と岩倉は案ずる。

持って生まれた性分さ…と草薙は答える。

前田大尉がタバコを吸いに庭先に出た時、喫煙所のベンチで雪子の相手をしている兵隊を目にとめる。

三好少尉の行方は陸軍人事課でも分からないと繰り返し伝えたはずです。何度訪ねて来られても無駄ですよとその兵隊は雪子に話していた。

もう1度だけ調べてもらえないでしょうか?と雪子は食い下がるが、分からない者は分かりませんと兵隊は言うだけで立ち去る。

その後、雪子の隣に席を移した前田大尉は、三好少尉と言うのはあなたの?と声をかける。

婚約者です、いくら行方を探しても分からないんですと雪子は不満そうに答える。

軍隊で行方不明になるのは脱走したか、敵の捕虜になるか、反逆罪を犯し…、いずれにしても不名誉な場合に限るが…と言う前田大尉に、あの…、陸軍省か参謀本部に勤められないものでしょうか?私、英文タイプだったら打てるんですけど…と突然雪子は聞く。

どこで習いました?と前田大尉が聞くと、三ヶ月教習所に通いました…、詳しい事情を話してみなさい、何か力になれるかも知れん…と前田大尉は答える。

婚約者を探すため、参謀本部に勤める?分かりました、あなたのような優秀なタイピストに辞められるのは困りますが、そう言う事情があれば仕方ありませんと、雪子の退職届を読んだラルフ・ベントリー社長は即座に言う。

すみません、突然わがまま申しまして…と雪子は恐縮するが、いやいや、しかし、あなたから婚約者を奪って知らん顔している日本陸軍はいけません。私は日本に住んで20年、たくさんの友人もいますが、みんな陸軍の乱暴なやり方を非難しています。

勝手に戦争を拡げ。国民の生活は苦しくなる一方です。あなたも困ってるんでしょう?とベントリー社長は雪子に問いかける。

はい、砂糖や塩やマッチは自由に手に入りませんと雪子は答える、着るものや靴下も弱くてすぐ破れるスフになりましたと雪子が不満を漏らすと、その上、インフレでお金の価値はどんどん下がります。国民は泣いて。喜ぶのは偉い軍人さんだけ。日本を愛する人間として私は不愉快です!とベントリー社長は言う。

では社長、長い間お世話になりましたと雪子が暇乞いすると、お元気で!私は上流階級に友人がいます。そちらに手を回してあなたの婚約者の行方を聞いてあげましょうとベントリー社長は優しく答えたので、是非御願いします!と雪子はすがりつく。

その頃、中野学校の教育は最後の仕上げにかかっていた。(次郎の独白)

スパイは自分の正体を隠して色々な人間に化けなければならないと草薙中佐が教えていた。

そのためには少なくとも二つ以上の外国語、2種類以上の職業をマスターする必要があると説明する草薙中佐

私は第二外国語として英語と支那語を習い、職業としては洋服屋とコックを選んだ…(次郎の独白と授業風景)

ある日、芝居の女形の方から色々習ったが、変装はなるべく簡単な方が良いと草薙が注意する。

教室内で、男同士社交ダンスの練習をしていた生徒たちに、もう少し上達したら、4~5人ずつ、バーにダンスの実習に行く。その際は、先日作った最高級の背広を着用しろ。舶来のポマードや香水をつけ、一流の紳士に化けるんだと草薙が告げる。

後日、バーに出向いた草薙は、いらっしゃい、チェリーの社長さんとママから声をかけられると、あの連中に大いに飲ませてやってくれと、ダンスを踊っていた生徒たちの事を頼む。

皆さん、軍人さん?紙を伸ばしているから海軍さんね…とママが聞くので、どうして?みんな俺の会社の社員だよと草薙は答えるが、だって食糧難の時代でしょう?軍人さんでなければ、あんな立派な体格になれないわとママは指摘する。

そんな中、手塚は、踊っていた相手の女を気に入ったと言い、はる恵(仁木多鶴子)と名乗ったホステスは、忘れないでね…と甘えかかる。

その後。学校では女に関する授業がある。

女はスパイにとって両刃の剣である。匠に手なずけると貴重な情報が取れるし、溺れると命取りになる。

諸君らは自分を失わず、冷静に女を興奮させるテクニックを学ばなければならない。女の精艦隊は全身に分布されておるが、特に鋭敏な所は耳、首、脇の下、もちろん…と、女体を象ったトルソ像を前に教授の授業は続く。

芸者遊びも、草薙が座敷に生徒たちを連れて行き、自ら踊ってみせたりする。

本当に妙な社長さん、一滴も飲めないのに酔っぱらえるんですもの…と料亭の女将はそんな草薙に呆れる。

中国人の扮装を解いた草薙は、連れて来た生徒たちに、諸君、今夜は思い切り女を楽しませてみろと命じ、おい、一流のきれいどころが揃っとるか?と女将に聞くと、粒よりの美人が6人、もう見える頃ですよと女将も応じる。

その時、手塚が、社長、ちょっと急用ができまして…、失礼しますと草薙の前に来て告げる。

何だ?実習はやらんのか?と草薙が聞くと、そこに芸者たちがやって来る。

バーに1人やって来た手塚を観たはる恵は、良く毎晩来れるわね、この店、高いのよ…と呆れたように迎える。

手塚は、心配するな、それより、今夜こそ君のアパートに泊めてくれるだろうな?とはる恵に迫る。

その夜、はる恵と寝た手塚が、君と結婚したら…と囁きかけると、私は出戻りよ、子供もいるわ…、バーで働くのも養育費を稼いで送るため…とはる恵は告白し、手塚さん、それでも良いの?と聞いて来る。

すると手塚は、そんな金、僕が作ってやると答え、はる恵を抱きしめる。

後日、3本の軍刀を杉本、久保田、次郎たちに見せ、これは君たちのものだな?と呼びだした草薙が聞く。

そうです、しかし、どうしてここに?と次郎が聞くと、手塚が君たちの留守に盗み出し、刀屋に売りと出そうとしたと草薙が明かすと、手塚が!と次郎たちは驚く。

ところが、その現場を憲兵たちに観られ、逮捕されてしまった。

なぜ、そんなばかな事したんです?と杉本が聞くと、バーの女と恋仲になり、遊ぶ金が欲しかったらしいと草薙が言うので、手塚はまだ憲兵隊にいるんですか?と次郎が聞くと、いや、俺がもらい下げて来て、別室に謹慎させていると草薙は言う。

まずい事に憲兵隊が強硬でな…、他人の軍刀を盗む将校など絶対許せん!軍法会議に賭けて断固処罰すべきだと息巻いとる。さすがの俺も弱ったよ、何とか穏便に収めたいんだが…と草薙は苦悩する。

謹慎中の手塚に会いに行った次郎たちは、手塚を取り囲み、金がいるんなら、なぜ俺たちに相談してくれなかった?と聞く。

大体,バーの女に惚れるなんて、貴様それでも中野学校の生徒か!選ばれた人間の誇りを忘れたのか?と宮木が攻める。

すると手塚は立ち上がり、俺はもうスパイが嫌になった。平凡な人間に戻りたいんだと言うので、苦しいのはお前だけじゃない、俺たちも女を抱きたい、出世もしたい。しかしみんな歯を食いしばって我慢してるんだぞ!それを何だ!他人の軍刀を盗んで刀屋に売るとは!恥を知れ!端を!と仲間たちが一斉に手塚を攻め始める。

手塚は、悪い事をした。憲兵隊に出頭して、どんな懲罰も受けるつもりだと頭を下げて詫びるが、だめだ!そんな真似は許さん!と久保田が睨みつける。

考えてもみろ、軍法会議にかかって陸軍刑務所には入れば、お前がやった悪時は全部陸軍に知れ渡る…と久保木が指摘すると、この学校はスパイではなく、泥棒の学校だと笑われたら、所長の立場はどうなる?この学校はどうなる!と他の仲間も手塚を詰問する。

ただでさえ継子扱い、公式に認められん中野学校だ。いっそう評判が悪くなって潰されるぞ!と久保木は攻める。

お前は苦労している所長に対しすまんと思わんのか?

じゃあ、どうしたら良い?どうしろと言うんだ?と手塚が来て来たので、中野学校を救い、所長に詫びるには一つしかない!手塚!腹を斬れ!と仲間が迫る。

そうだ、腹を斬れ!お前が潔く切腹すれば、憲兵隊も同情して、今回の事件を握りつぶす!学校のため、所長のため、責任を取れ!と攻める仲間。

しかし…と手塚が何か言いかけると、貴様!腹も斬れんほど腰抜けなのか!所長矢我々の顔に泥を塗っても、生きていたいのか!と仲間は攻める。

手塚は、俺は切腹の作法など知らん…と怯えだす。

作法なんかいるものか、覚悟と勇気があれば出来る!と他の仲間も言うと、自ら日本刀を抜いて、斬れ!と手塚に渡す。

手塚はしゃがみ込み、だめだ!斬れないと拒絶するので、情けない奴だ、良し、俺が刀を持ってやる。貴様、目をつぶって飛びかかれ!と日本刀を出した仲間が剣を構える。

手塚!見事に俺たちの前で死んでくれ!と迫る仲間。

手塚!卑怯者になるな!と言う杉本

死ね!飛びかかれ!とまで言われた手塚は、良し!みながそれまで言うのなら、見事に死んでやる!死ねば良いんだろう?と言うと、そうだ!行け!と仲間は言う。

一旦下がった手塚は、わーっと叫びながら、仲間が握って日本刀に自ら飛び込んで行く。

手塚が倒れた直後、部屋に入ってきた草薙が、手塚を殺したな?と全員を睨みつけると、いや、彼は立派に腹を斬りました!と生徒は答える。

噓だろ?と草薙が言うと、本当です、手塚も納得して喜んで死んでくれましたと仲間は答える。

なぜ死なせた!と草薙が悔むと、他に方法がなかったんです!中野学校の名誉を守り、所長の立場を救うためには…と杉本が言うので、草薙は、何!と憤る。

所長!中野学校あなたの夢でした。今は僕たちの夢だ!絶対潰したくない!と杉本は言うと、その通りですと他のものも同意する。

草薙は、君たちの気持ちは分かるが、しかし…と口ごもる。

この学校は生まれたばかりです。今が大事な時だ!我々はどんな事をしても、立派に育て上げ、立派な大木にしたいんです!と杉本は付け加える。

日本の将来のため、世界のため…と杉本が続けようとすると、分かった…、もう何も言うな…と草薙も納得し、憲兵隊に連絡しよう、彼らも了解してくれるだろう…と言い、部屋を後にする。

我々は確かに手塚を殺した…、しかしそれほど、みんなは中野学校を愛し始めていたのだ…(次郎の独白)

もはや後へは戻れない…、手塚の死は戦死として扱われ、遺骨は家族に届けられた。

その後、第十八班にやって来た草薙は、前田大尉の元で英文タイプを打っていた雪子の姿を何気なく目に留めていた。

この英国大使館の暗号電報、20通コピーを作ってくれと前田大尉は雪子に頼むと、勤めは慣れたかな?と馴れ馴れしく隣の席に座り声をかけて来る。

おかげさまで…と雪子が礼を言うと、僕が暗号班付きの参謀本部員で良かった…と前田大尉は自慢げに言う。

ここは、身元が確かで腕の立つタイピストなら何人でも欲しい所だからな。婚約者の行方は分かったか?と前田大尉は聞く。

大勢に人に御聞きしているんですけど…と雪子が答えると、それならもう秋貯めた方が良いんじゃないか?と前田大尉は忠告する。

その時、前田参謀殿!班長殿がお呼びです!との伝令が来る。

この間送った金、届いたか?と岩倉大佐は草薙に尋ね、ありがたく頂いた。全くお前だけだな、陸軍広しとは言え、スパイの重要性を知り、しかも友情に厚い男はと褒めるので、今日は何だ?まさか又金じゃないだろうな?と岩倉は聞く。

所がそうなんだ…、この前の奴はすっかり使っちまった…、スパイ教育とは実際に金がかかる…と草薙は言い難そうに答える。

仏の顔も三度だ…、そう度々出せん…と岩倉が苦りきった時、前田大尉がやって来る。

日独伊三国防共協定以来、日本陸軍の仮想敵国は、ソ連から、英国及び米国に変わる。知っとるか?と岩倉は前田に聞く。

もちろんです!と前田大尉が答えると、ついては、英国暗号電報を一日でも早く解読せよとの参謀次長からの矢の催促だ。英国はお前の担当だが、どうなる?と岩倉は迫る。

種々の統計を試みた結果、五桁のコード法である!と見当はついておりますが…、それ以上は…と前田大尉は答えたので、全然解読できんのか?と岩倉は聞く。

前田大尉!かつてアメリカは見事に日本の暗号を解いて、軍事外交上、我が国を窮地に追いやった。陸軍大学でのお前になぜ出来ない?と岩倉は前田大尉に詰問する。

すると前田大尉は、アメリカと比較されては困ります!彼らは何百人と言うスタッフとタイピストを使い、多額の予算をもらい…と反論するので、日本のこの貧弱な暗号班じゃダメだと言うのか?と岩倉は聞く。

それとも出世にも勲章にも縁がない暗号解読などバカバカしくて出来んと言うのか?と岩倉が畳み掛けたので、さすがに前田大尉も違います!と否定すると、努力して、必ず解読してみせます!と答える。

前田大尉をかえらせた岩倉に、お前がやったら良いじゃないか?と草薙が声をかけると、俺は支那語専門だ、英語まで手が回らん!と岩倉は答える。

じゃあ、俺に中野学校で盗んでやろうか?英国のコードブック…、日頃金の世話になっている恩返しだ…と草薙は提案する。

そんな高級なことができるのか?と岩倉が半信半疑で聞くと、その代わり、ちょっと金がかかるぞ…と草薙は釘を刺す。

仕事を終え、暗い夜道を帰る雪子に、泊まっていた車からクラクションの合図と共に、降りて来たのはベントリー社長だった。

雪子を待っていたのだと言うので、何か?と雪子が聞くと、実はあなたの婚約者の事ですが…、ここではお話しできません。私の家まで来て下さいとベントリーは誘って来る。

ベントリーの家に連れて行かれた雪子が、何か分かったのですか?と聞くと、大変哀しい知らせなので言い難いんですが…とベントリーが口ごもるので、んだのですか?と雪子は問いかける。

するとベントリーは、残念ながらそうです。しかも銃殺されましたと言う。

銃殺なんか…と雪子が衝撃を受けると、戦争を否定し、陸軍を批判した罪で処刑されたのです。外部に公表しないのは、世間の非難が恐いからでしょうとベントリーは言う。

本当ですか?それはと雪子が聞くと、陸軍次官に親しい方から聞いたんですが、間違いはありませんとベントリーは答える。

優秀な青年を理由もなく殺すなんて無茶ですね…、日本の陸軍は酷過ぎます。将来世界を相手に戦争をして、日本を滅ぼす気です!とベントリーは、同情めかして言って来る。

日本人の本当の敵は陸軍です。日本の知識階級の人は、英国や米国と手を組んで、陸軍と戦う決心をしています。あなたもその仲間になりませんか?とベントリーは、すっかり気落ちした雪子に優しく誘いかける。

日本人の幸福のために、殺された恋人の仇を取るために!と、ベントリーは雪子の手を握り説得する。

何をするんですか?と雪子が聞くと、あなたは参謀本部に勤めている、陸軍が何を考えているか教えて下さいとベントレーは言いだす。

スパイになれって言うんですか?と雪子が問うと、いや、私の友達になれば良いんですとベントレーは言う。

みんなが力を合わせて、キチガイのような陸軍の計画を妨げる。

考えさせて下さいと答えた雪子は、帰宅すると、この家を出たいと菊乃に申し出る。

驚く菊乃に、ごめんなさい、突然言い出して…と詫びた雪子は、田舎へ帰るの?と聞かれると、どこかアパートを探して…と答えたので、どうして?こんも家が嫌になったの?と菊乃は不思議がる。

いくら探しても、次郎さんの行方が分からないし、1人になって考えたいんですと雪子が言うので、そう…、次郎だけでなく、あなたもいなくなると寂しいわね…、一生、娘みたいに側にいてくれたら…と思ってたのに…と菊乃は落ち込む。

すみませんと雪子が頭を下げると、謝る事ないわ、あなたは若いんだもの、自由に生きなくっちゃ…、でも私はね、いつまでもこの家で次郎を待ってるわ…、例え、永久に帰って来なくても…と菊乃は言う。

中野学校では、諸君の教育も大体修了し、いよいよ卒業が近づいたと草薙が次郎、久保田、杉本の三人を呼び出し申し渡していた。

ついては、全員、卒業試験を行うが、試験と言っても実践だ、本当のスパイをやってもらうと草薙が言い出したので、何をやるんです?と次郎が聞く。

君たち3人は特別成績が優秀だ。そこを未婚で一つ、英国暗号電報の暗号コードブックを盗み出してもらいたい。これは参謀本部の要求だと草薙は命じる。

現在、中野学校の評判は極めて悪く、取り潰せと言う声もあるが、もし君たちが成功すれば、陸軍でも見直して正式の学校にするに違いない!頑張ってくれ!と草薙が励ますと、杉本が、所長!必ず手に入れてみせますと応ずる。

すると草薙は、必ずと言う言葉はいかん、スパイにもしは禁物だ!と草薙は釘を刺す。

今一歩で成功すると言うときでも、危ないと思ったらすぐ引き返せ!真剣勝負の実践で必要なものは、知識や技術ではない、その場その場の相違と工夫、頭と度胸だ、君ら、どんな作戦を立てる?と草薙は聞く。

英国大使館は警戒厳重です。地方の領事館には高級な暗号コードブックが置いてありません。横浜の領事館を狙うつもりですと次郎が答える。

早速、横浜の英国領事館の写真を調べ始めた次郎は、杉本、領事館の使用人たちを調べろと言うと、コック、ボーイ、メイド、全部で十人くらいか?みな中国人だ。用心深く日本人は1人も雇っていないと杉本は即答する。

買収出来そうな奴はいるか?と聞くと、コックの1人李思明と言うのは金に汚いと杉本は答える。

横浜の外人墓地前で李思明(春本富士夫)に接触した変装した杉本は、どうだ?我々に協力してくれるか?と聞くと、お金さえ十分頂けるならやりましょう。日本が勝っても英国が勝っても世の中は大して変わりませんからねと言う。

戻って来た杉本は、コックの李によれば、暗号ブックは暗号室の金庫の中に厳重にしまってある。鍵は用心深く、暗号技士が持っていると杉本は次郎と久保田に報告する。

その暗号係、どんな男だ?と久保田が聞くと、オスカー・ダビッドソン、独身の30男だそうだ。横浜に10年住んで日本語もペラペラ。酒、女、博打、何でも来いの遊び人で、派手に金を使うらしい…と杉本は言う。

そいつは俺が引き受けようと次郎が言い出す。

どうして近づく?と久保田が聞くと、アメリカ共産党員で、細菌、カナダから日本に帰った原口と言う洋服屋がいる。そいつに化けると次郎が明かすと、本物はどうする?と久保田が聞く。

警察に事情を話して、2~3ヶ月、どっかの宿屋に泊まってもらうと次郎は言う。

私は早速警視庁で、原口と言う男に会った。(次郎の独白)

東京検事局の椎名だと名乗った次郎、治安維持法違反の容疑で取り調べる。質問に答えなさいと切り出す。

君は大正元年、広島県に生まれ、小学校を卒業すると、すぐカナダへ渡航したようだが、最初に住んだ場所は?と聞くと、シアトルですと腹口は答える。

原口の過去をすっかり調べ、彼のカナダなまりの英語を覚えた私は、横浜に店を開いて洋服屋に成り済まし、ダビッドソン(E・H・エリック)の行くホテルのバーに毎晩のように通った。(次郎の独白)

いつもの通り、水割りを頼む!と、にこやかにバーテンに頼む次郎。

すると、バーテンが、ダビッドソンさん、大分元気がないようですね?と、次郎の隣に座っていたダビッドソンに声をかける。

この所負け続けだからね…、借金で首が回らない…とダビッドソンは情けなさそうに答える。

又ポーカーですか?いけませんね,博打は…。止めなさいよとバーテンが言い聞かすと、止められるものなら、とっくに止めてるとダビッドソンは言う。

ついに、待っていた機会が来た。(次郎の独白)

私は元町に見せを出している洋服屋ですが、どうです?私と一勝負しませんか?と次郎は巧みに語りかける。

あなたと?とダビッドソンが不思議そうに聞いて来たので、ポーカーならアメリカにいた時病み付きになりましてね、いつも相手を捜してるんですよ。あなたさえ良かったら、これからいかがですか?と次郎は誘う。

ダビッドソンは頭を横に降るが、結局、次郎の誘いに乗り、ホテルの部屋でポーカーを始める。

私はわざと大負けに負けてやった。(次郎の独白)

又私が勝ちましたね、まだ続けますか?とダビッドソンが言うので、もう止めましょう、金がありませんと言いながら、次郎は空になった財布を取り出して見せる。

これからの勘定はお貸ししても大丈夫です。やりませんか?とダビッドソンが乗って来たので、負けて帰るのは残念ですな~、じゃあ、もう一勝負!と次郎はわざと誘いに乗る振りをする。

英国領事館

その勝負も又負けて、三日後、私は借金を払いに英国領事館を訪ねmダビッドソンに会った。(次郎の独白)

この間はやられました。勝負事は不思議なものですね、負ければ負けるほど熱が上がるんだ。又、御手合わせ願いますと、金を返す時、次郎はダビッドソンに下手に語りかける。

するとダビッドソンは、原口さん、わざと負けたんでしょう?と言って来たので、いや、腕の違いですよと次郎は謙遜してみせる。

どうです?これをご縁に、又、私の店で洋服を作っていただけませんか?ポーカーで取られた金を商売で取り戻しませんと、英国製の布地で上等の背広を仕立ててさしあげますが?と次郎が頼むと、どこから我が国からの生地が手に入る?今、輸入してないはずなんですが?とダビッドソンは怪しんで来る。

私には特別なルートがありましてね…と次郎が、シガレットケースを勧めながら答えると、アメリカ共産党から送って来るんですか?と、シガレットケースを払いのけながらダビッドソンが聞いて来る。

どうしてそれを!と次郎が驚いてみせると、あなたの身元を調査したんです。共産党員の君がどうして僕に近づくんです?この領事館から何を探り出したい?とダビッドソンは聞いて来る。

とんでもない、反対ですと次郎は笑って見せ、私はあなたに売りたいんです。英国のためになる情報を…と囁きかける。

情報?とダビッドソンが乗って来ると、私の店の客に日本海軍の技術将校がいます。作っている戦艦や戦闘機の話をするんですが、あなたに教えたら金になると思いまして…と次郎は探りを入れる。

もちろん、褒美は独り占めしません。30%を差し上げると水を向けると、どんな情報です?とダビッドソンは乗って来る。

これですと言いながら、次郎は封筒を差し出すと、御読みになって買う気になられましたら、私の店に…、あまりここに出入りしますと、日本の憲兵がうるさいですからね…と言いながら次郎は席を立つ。

その後、ダビッドソンは原口の洋服屋で服を誂えるために来る。

いかがです?と次郎が、服を着せてみると、なかなか良い形だとダビッドソンも気に入ったようで、洋服の本場英国の方に褒められるとは光栄ですなと次郎も相好を崩してみせる。

ズボンを着替えさえ、鏡のある店の方へ次郎がダビッドソンを案内している間、店の奥に隠れていた久保田が、マッチ箱の中に入れていた粘土で、ダビッドソンのズボンのポケットに入っていた金庫の鍵を写し取る。

この間の情報、いかがでした?とサリが寝区次郎が聞くと、療治に相談したら買うと言ってた…とダビッドソンは答え、今、海軍で、大型航空艦を作っているらしい。そのデータは手に入らんか?と聞いて来る。

この次の日曜までに何とか聞き出しておきましょうと次郎は如才なく答えると、じゃ、夜、領事館へ来たまえ。幸い領事一家は旅行中で、使用人以外誰もいない。僕の部屋でポーカーでもしながら話をしようとダビッドソンは誘う。

結構ですな~…、今度は負けませんよと次郎は笑顔で答える。

その間、久保田が型を取った鍵束の4本の鍵を、その後、全部合鍵に仕立て上げる。

多分、これが金庫の鍵だろうと久保田がその内の1本を手に取ると、名人!ダイヤルの方は大丈夫か?と杉本が、金庫破りの囚人に確認する。

すると、警官の警護が付いた老人は、お国のためや、どんな金庫だって開けてみせまっせと答える。

杉本!いよいよ今夜、領事館に入るから、中国人のコックと手はずしてくれるな?と次郎は頼む。

杉本は、大丈夫!お前はダビッドソンを部屋から出すな、一晩中ポーカーをやれと答える。

その夜、英国横浜領事館の入口から、李思明が杉本、久保田、金庫破りの名人を中に引き入れる。

暗号室は一階、使用人の部屋は地下、ダビッドソンの部屋は三階の隅にあった(次郎の独白)

その頃、航空母艦の話はこのくらいにして、ポーカーでも始めますか?アメリカのジャズ放送でも聞きながら…と、ダビッドソンと会っていた次郎は、如才ない笑顔で話していた。

勝負は次郎が巧みに勝ち、相手の勝負心に火を点けていた。

金庫室では、名人が無事金庫を開け、杉本が合鍵で中扉を開き、中に入っていた書類を写真撮影し始める。

同じ頃、陸軍省参謀本部内の通路で、前田大尉は雪子を待ち合いに招待していた。

警戒する雪子に、軍人専用の待ち合いなので、食糧難の時代、普通の店ではお目にかかれないご馳走をしてあげたいのだと前田大尉は説明しながらも、最も僕は君が好きだ。結婚したいね…、君もいい加減に行方の分からない婚約者なんて諦めて、将来の事を考え直したらどうだ?とも付け加える。

その時、前田参謀は岩倉班長に呼ばれて席を外す。

翌日、草薙からコードブックの写真を渡された岩倉大佐は、良くやった!これで英国の暗号文が解読できれば、我が暗号班の面目も立つ!草薙、ありがとう!と喜び感謝する。

草薙は、俺がやったんじゃない、学生たちだ、中野学校は優秀だと、陸軍上層部に吹き込んでおいてくれ、早く公式の学校にして予算もたっぷり取りたいと答えたので、岩倉も快諾する。

そこにやって来た前田に、岩倉はコードブックの写真を手渡し、誰が撮って来たと思う?と聞く。

前田は、憲兵隊ですか?と草薙を観ながら、わざと見当外れな答えをするが、中野学校だ、お前たち参謀部員やいが日頃から馬鹿にしている素人の中野学校の生徒だと教えた岩倉は、信じられませんな…とまだ前田が半信半疑のように言うので、前田大尉!ただいまから暗号電報の解読にかかれ!暗号が終わるまで休憩は許さん!と命じる。

部屋から出た前田は、廊下で待っていた雪子に、すまんが今夜一緒に食事は出来ない、またの機会にしようと断る。

雪子は、どうしたんですか?せっかく楽しみにしてましたのに…と、さりげなく聞き返すと、英国の暗号コードブックが手に入った。今夜は徹夜で解読だ…と前田はあっさり答える。

その後、図書館に来て、本棚を物色していている振りをしていた雪子は、ベントリー社長が側に来ると、さりげなくその場を去る。

ベントリー社長は、雪子が本棚に戻した本をぱらぱらとめくり、ページの中に挟んであった英語のメモ書きを見つける。

後日、前田が軍服姿のまま、中野学校へやって来たので、応対した草薙は、中野学校へ来る軍人は全て背広を着用する!日本にたった100人しかいない参謀部員も例外ではない!と注意し、なぜ軍服で来た?と詰問する。

申し訳ありません!と詫びてみた前だだったが、この暗号コードブックの写真、全然役に立ちません、御返ししますと、持って来た写真を突き返しながら前田は答える。

どうしてだ?と草薙が聞くと、英国側が盗まれたとすぐ知って、全面的に電報用暗号を変えましたと前田は報告する。

何!と驚く草薙に、この写真では古い電報は解読できても、現在、及び将来のものは、一行、いや、たった一字でも解けませんと前田は言う。

本当か?と草薙が聞き返すと、この学校はスパイを養成しているようですが、すぐ相手に悟られるようなへまな盗み方を教えるんですか?それとも、御用済みの古になったコードブックを掴まされたか、いずれにしても情けない話ですな…と前田は皮肉る。

前田が帰った後、その話を聞いた久保田は、冗談じゃない!盗んだ痕跡を残すような間抜けな真似をするもんですか、コードブックや書類はきちんと元通りに収め、金庫や暗号室には鍵をかけてきました!と草薙に答える。

手引きをした中国人のコックが寝返ったか?と草薙が問いかけると、しかし、金はまだ半分しか渡してありません。あの欲の深い男が…後の半分を…、一円の得もないことはしないでしょうと杉本が憮然とした顔で答える。

すると、なぜ分かった?と草薙は不思議がる。

どう考えても我々に手落ちはありません…。漏れたとすれば、おそらく参謀本部からでしょう…と次郎は指摘し、暗号班を調べてみます!と言い出す。

参謀本部にやって来て、次郎がその可能性を指摘すると、暗号班から漏れた?貴様!暗号班を侮辱すると許さんぞ!ここは、日本陸軍最高の機関だ!軍の中でも最も優秀な将校、下士官が働いておる!外国に機密を漏らす馬鹿はいない!と前田は息巻く。

ここには民間の職員もタイピストもおるが、いずれも身元もしっかりした人間ばかりだ。英国側のスパイがおるとは考えられんが?と岩倉も反論する。

貴様たちは自分の失策を棚に上げて、その責任を我々になすり付けようと言うのか?さすがスパイ学校の生徒だ、根性が卑しいな…と前田が次郎を皮肉ると、前田!口が過ぎる!と岩倉が注意する。

それでも私は暗号班を疑って、調査を続けた…(次郎の独白)

タイピスト室を覗いた次郎は、そこで働いていた雪子を発見する。

雪子がいた!タイピストの中に…(次郎の独白)

私は雪子を尾行した。彼女をスパイと疑ったからではない。ただ観たかった…、今どうしているか知りたかった…

ところが…

人目を気にしながら、交響曲のコンサート会場に入った雪子は、先に来ていたベントリー社長の隣の席にさりげなく座る。

二階席から、雪子とベントリーの行動を監視する次郎

ベントリーは、さりげなく、持っていたチケットを雪子に手渡し、雪子はそれを自分のハンドバッグに滑り込ませる。

それを目撃した次郎は愕然とする。

その後、1人で帰宅途中の雪子の背後にさりげなく近づいた次郎は、帽子を目深にかぶると、雪子を突き飛ばし、そのバッグを奪い取ると素早く逃げ去る。

中野学校に戻って来た次郎は、バッグの中に入っていたチケットを久保田に調べさせる。

薬品の蒸気にさらしても何も出て来なかったので、久保田はチケットを現像液に浸してみる。

杉本は、あの券の裏に文字があるとどうして分かった?そのハンドバッグは誰のものだ?と次郎に聞くと、雪子の手帳を読んでいた次郎は、後で話すと不機嫌そうに答える。

杉本はそんな次郎の態度を不思議がるが、その時、久保田が文字が浮き出たチケットを持って来る。

「あなたは英国を救った。アパートに金を送る」と、その文字を読んだ杉本は、何だ?と次郎に問いかける。

やっぱりそうか…と次郎は落胆したようにつぶやく。

草薙は、所長室にやって来た次郎を観て、どうした?椎名…と聞く。

所長、暗号の件は、やはり参謀本部から漏れたんですと次郎が報告すると、どうして分かった?と草薙が聞くので、暗号班のタイピストが、ラルフ・ベントリーと言う英国の会社社長に知らせたんです。ラルフはおそらくスパイでしょう…、英国側に通報して、暗号を換えさせたに違いありませんと次郎は答える。

そのタイピストはどうして知った?と草薙が聞くと、私の調べた所によると、彼女は前田大尉の推薦で暗号班に入り、大尉と親しかったようですと次郎は答える。

それを聞いた草薙は、前田がしゃべったのか…と憮然とした表情になる。

暗号班のタイピストは、陸軍大臣しか読まない電報も観る…、さすが英国だ…、えらい所にスパイを送り込んだものだ…と草薙は感心する。

良し!早速憲兵隊に知らせて、ラルフと言う社長とタイピストを逮捕させよう、何と言う名前の女だ?草薙が言うと、布引雪子…、私の婚約者ですと次郎が答えたので、草薙は驚く。

参謀本部に入ったのも、行方不明になった私を探し出すために…と次郎が教えると、そうか…、そう言う訳か…、何もかも俺のせいだな…と、事の真相に気づいた草薙は、椎名!俺を恨んどるか?この草薙を!と聞く。

いや…と次郎が答えると、彼女を憲兵隊に渡すと酷い目に遭うぞと草薙は教える。

仕方ありません…と次郎は答えるが、国賊だ!売国奴!と罵られ、殴られたあげくの拷問だ…、なにしろ相手は憲兵隊だからな…と草薙は忠告する。

女を素っ裸にし、言語に絶する淫らな事をするだろう…、そして最後は死刑!銃殺だ!と草薙が言うと、覚悟はしていますと次郎は淡々と答える。

彼女を逃がしてやる気はないか?と草薙が問うと、私は雪子を愛しています。しかし、彼女を救ったら、ラルフを捕らえることができず、中野学校はばか者だらけだと言われる事でしょう。遠慮なく憲兵隊に知らせて下さいと次郎は申し出る。

その言葉で迷った草薙は、椎名、どうせ殺されるなら、お前がやったらどうか?その方が女も幸せだろう?と言い出す。

どうしろと言うんです?と次郎が問うと、お前の手で死なせてやれ!苦痛のない毒薬を用い、自殺を偽装してな…、憲兵隊が逮捕に来る前に雪子さんを連れ出せ!と草薙は命じる。

その後、一人暮らしをしていた雪子のアパートの扉がノックされる。

どなた?と雪子は不審がるが、返事はなく、ノックが繰り返されるだけ。

扉の所に行き、どうぞと雪子が声をかけると、入って来たのは次郎だったので、次郎さん…!生きてたの?と雪子は愕然とし、次の瞬間、泣き出して次郎に抱きついて来る。

しかし、抱きつかれた次郎の方は感情を押し殺し、しがみついて来る雪子を無表情に押しのけながら、すまなかった!するしてくれ!と詫びる。

どこへ行ってたの?どうしてたの?と雪子が聞くので、事情は後でゆっくり話す。とにかく外へ出よう。今夜は久しぶりだ、一緒に食事をしないか?…と次郎は誘う。

雪子は疑う事なく、待って!仕度をするから…と答える。

その頃、ベントリー社長の自宅には憲兵隊が来ていた。

メイドがドアを開けると、憲兵隊のものだが、ご主人にお目にかかりたいと伝えた憲兵たちは、書斎のソファでくつろいでいたベントリーの前に立つと、ラルフ・ベントリー!治安維持法、国防保安法、並びに軍記保護法により逮捕する!と伝える。

分かりました、用意させて下さいとベントリーが答えると、念のため申し上げますが、この屋敷は包囲されております!と憲兵は付け加える。

分かってますと言いながら、憲兵に背を向けたベントリーは、いきなり、指輪の蓋を外し、それを口に運んだので、憲兵たちは、何をするか!と叫びながらベントリーを捕まえ、ビンタして意識を戻そうとするが、毒を飲んだベントリーは二度と生き返らなかった。

目を開けたまま息絶えたベントリーの口元を嗅いだ憲兵は、青酸カリの匂いだ…とつぶやく。

その頃、バーで次郎と踊っていた雪子は、不思議ね、次郎さん、ダンスなんか出来なかったのに…と驚いていた。

一体何してるの?こんな立派な洋服着て…と雪子は不思議がるので、身の上話は明日にしよう…と次郎は微笑みながら答える。

とにかく今夜は踊って、飲んで、ホテルに行くんだ…と次郎が言い出したので、ホテルへ?と雪子は驚く。

そんな雪子を引っ張って、又踊りだした次郎は、こうしていると1年も別れていた気がしないな…とつぶやく。

夢じゃないかしら…、本当に次郎さんなのね?確かにここにいるのね!と次郎にしがみつきながら聞く雪子

ホテルのベッドに横たわった雪子は、次郎にしがみつきながら、私の事、忘れなかった?と聞く。

もちろん!僕にとって、女は君しかいない…、長い間、待たせたな…と、雪子を抱きながら囁きかけた次郎は、今夜、ここで結婚しようと打ち明ける。

本当…?と言いながら起き上がった雪子に、このワインで、形ばかりの三三九度の盃にしようと勧める次郎

頂くわ…、注いでちょうだい、一杯…と応じる雪子に、次郎は、ワインをグラスに注ぐ途中、手品の要領で毒薬を混入させ、そのグラスを雪子に手渡す。

固めの盃だ、おめでとうと音頭を取り、乾杯する次郎

雪子は何も疑わず、ワインを一気に飲み干すと、こんなにおいしいお酒、生まれて始めて…と感激するが、その横で次郎は、冷静な眼差しで、そんな雪子の様子を見つめていた。

なあ、寝よう…、ベッドに入れよ…とさりげなく勧める次郎

恥ずかしいわ、灯を消して…と雪子ははにかみながら頼む。

スタンドの灯を次郎が消し、雪子は服を脱いでベッドの中に入る。

この美しい顔…、この美しい身体…、私は思わず顔を背けた…(次郎の独白)

あなたも…、早く私の側に来て…とねだる雪子は、次郎が服を来たままベッドに座るだけなので、次郎さん!どうしたの〜と甘えながらしがみついて来る。

しかし、薬が聞いて来た雪子は、眠いわ、どうしたのかしら?と自問し始めると、早くここへ来て寝て!と次郎に急かす。

次郎さん!と次郎の頭を自分の胸元に抱きしめた雪子は、眠いわ…と言いながら、そのまま息を引き取って行く。

そんな雪子を冷徹な眼差しで見守っていた次郎は、彼女の胸に手を当てる。

心臓は全く止まり、私は雪子を殺した…(次郎の独白)

そして、ハンドバッグに入っていた手帳の雪子の字を真似ながら、彼女の遺書を書き、ペンには指紋を付け、自殺に見せかけるのだ。

「私はスパイでした。自殺します。 雪子」とだけ遺書には書かれていた。

私もスパイだった。私の心も死んだ…(次郎の独白)

陸軍省参謀本部

前田大尉!本日限り、参謀本部出仕を停止する!別命あるまで自宅で謹慎せよ!理由は言わん、分かってるだろう!と岩倉大佐が前田に言い渡す。

ハ!布引雪子をスパイと知らず、機密を漏らしまして申し訳ありません!いかなる処罰も覚悟していますと前田は神妙な態度で詫びる。

本来なら軍法会議にかかる所だが、参謀本部の名誉、君の将来のために、おそらく前線に派遣されるだろう。戦死する覚悟で立派に戦ってくれと岩倉が言うと、分かりました!と前田は答える。

中野学校の卒業式、生徒たちの拍手で立上がった草薙は、この中野学校を開いて1年、苦しい毎日だったが、どうにか今日、卒業式にたどり着いた。みんな、良くやってくれたなと感謝の挨拶をする。

所長も辛かったでしょう?と杉本が声をかけると、いや…、俺の苦労なんか大したことない。中野学校を作り上げたのは君たち、私は手伝っただけだ…。

諸君の卒業試験の成績はいずれも素晴らしかった。先日、さすがの陸軍も中野学校を正式に認め、来年度は50人の学生を入学させることになった。みんな諸君らのお陰だ。ありがとうと言いながら、草薙は深々と頭を下げる。

明日から諸君は、あるものはインドへ、あるものは南米へと旅立って行く。

残念な事は、第一次欧州大戦が始まった事だ。もはや諸君が、世界の各地へじっくり腰を落ち着ける時間も余裕もない!と草薙が無念そうに言うと、所長!安心して下さい。どんな状況でも、必ず所長の理想を実現しますと生徒の1人が答える。

その上、手先の外交官や役人どもは、君たちを得体の知れないスパイとして扱い、風当たりも強いぞと草薙が忠告すると、大丈夫です、負けません!やがら、彼らが我々に頭を下げ、助けを求めて来るでしょうと杉本が答え、俺たち第一期生が活躍すれば、中野学校はますます大きくなる。将来は、世界中でこの学校の卒業生で埋めようじゃないか!御野外やろう!と別の生徒も発言する。

おい、万歳だ!と1人が提案し、全員立上がると、中野学校、草薙中佐、万歳!と唱和する。

その後、酒宴になり、全員歌って大いに盛り上がる中、1人庭先で立っていた次郎に近づいて来た草薙は、椎名、君は支那に行くんだったな?と声をかける。

北京ですと次郎が答えると、辛かったろう…、雪子さんの事は…と草薙は同情する。

忘れようと思っていますと次郎が答えると、お母さんに会って行くか?と草薙は聞く。

会いません!母は1人で行きて行ける女ですから…と次郎は即答する。

君にはもう何も言う事はない。ただ一つ!死ぬな!どんな目に遭っても生きてろよ!それだけだ…と言い残し、草薙は去って行く。

私は雪子の手帳を焼いた(次郎の独白)

もう日本に思い残す事はない。

卒業式の三日後、支那大陸に出発した。

列車の席に座る次郎は帽子を脱ぐ。

夜の闇の中に、機関車は走り去って行く。


 

 

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