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黒蜥蜴('68)

江戸川乱歩の原作を三島由紀夫が戯曲化したものがベースになっているので、全体的に動きは少なく、全体的に舞台劇を観るようなセリフ中心の演出になっている。

舞台設定も、耽美的で影を多用した暗い雰囲気のシーンが多く、映画として動的な演出と言うより、研ぎすまされたような三島の詩的なセリフの美しさを味わう作品だと思う。

京マチ子版との目立った違いといえば、岩瀬の自宅で、護衛役として待機していた的場刑事が、怪し気な行動をする女中ひなから、蛇を首に投げ付けられ窒息する…という、ちょっとグロテスクなシーンと、後半、結局、早苗が誘拐され、その身代金として黒蜥蜴から要求された宝石「エジプトの星」を奪還せんと、黒蜥蜴の乗る車を尾行しようとした明智側の車が、突如、屋外看板から飛び出してきた三台のバイクの出す煙幕で翻弄される…というアクションシーンが加わっているくらいである。

興味深いのは、早苗役を演ずる、かなり濃い顔つきの元ボンドガール松岡きっこ、彼女を誘拐するため利用される美貌の青年、雨宮潤一役の川津祐介、そして圧巻は、黒蜥蜴にはく製にされ、その熱いくちづけを受ける筋肉質の青年を演じている、戯曲原作者三島由紀夫本人の登場場面などであろう。

驚愕の顔を歪めた状態で、人形として静止したまま(微妙にプルプル動いているが)自慢の裸で我慢している三島の姿は、観ていて楽しい。

深作作品としての注目点は、秘密クラブで登場する大きなビアズレ−の壁画は、後年の角川映画「里見八犬伝」での巨大なクリムトの壁画として、また、丸山(美輪)明宏と三島の接吻シーンならびに、ラストで明智を襲おうとするひなの目に入れられた金色のコンタクトが、同じく角川映画「魔界転生」に流用されている点である。

雨宮と葉子と言う、数奇な運命を背負った男女同士が惹かれあい愛し合う辺りの描写は、「里見八犬伝」での妖之介(萩原流行)と犬坂毛野(志穂美悦子)のラストの愛情表現に通じるものを感じたりする。

しかし何といっても本作の目玉は、主役を演ずる丸山明宏の不思議な魅力に尽きる。

京マチ子は、どういう状態でも、女性にしか見えなかったが、丸山の場合は、正直、女装している時はあまり本当の女性には見えないし、逆に男装している時でも、本物の男性には見えない。

どう見ても「丸山明宏」という、特異な存在にしか見えない所が凄い…というしかない。

乱歩作品ではお馴染みの「人気椅子」を始め、乱歩好みの不気味なキャラも当時し、乱歩趣味の世界観もそれなりに出ている。

深作監督の、アクション路線とはひと味違う、耽美的な作品の系譜を知る上でも貴重な作品だと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1968年、松竹、江戸川乱歩原作、三島由紀夫原作戯曲、成澤昌茂脚色、深作欣二監督作品。

ブロンズ像の胸の部分に白く書かれた「幻」の文字

やって来た男がドアをノックすると、ビアズレー描く「サロメ」のイラストが描かれた覗き窓が開き、ぎょろっとした男の目が訪問者を確認し一旦閉まると、扉が開く。

部屋の中は、秘密クラブのような雰囲気で、原色のライトに照らされた中、エレキの演奏に合わせ、ボディペインティングを施した若い女たちが狂ったように踊っていた。

私がここに来たのは偶然に過ぎない…明智小五郎(木村功)は、そう心の中でつぶやいていた。

もの好きな友人に、面白い秘密クラブがあると案内されたのだ。

これは私にとって、全く場違いな世界だった。

ある華やかな犯罪が私を引きずり込むまでは…

青白い閃光が室内を走った直後、場内は暗転し、怪し気な歌声が聞こえて来る…

タイトル

女の唄に合わせ、お立ち台の上の女が身をくねらせる。

明智がいる二階席に登って来たその女を、壁にかかった鏡越しに覗き込むと、相手も自分の方を観たので、慌てて目を伏せる明智。

いらっしゃいませろ支配人がその女に挨拶すると、今日はいつものよると違うようね…とその怪し気な女が言う。

夜がひしめいて息を凝らしているわ…、犯罪が近づいたのよ…、こう言う晩が私は好き…、身体が熱くほてって眠れそうもない…、あなたは?と女は明智に問いかけて来る。

私ですか?と明智が聞き返すと、ええ、こんな夜はお嫌い?と女は聞く。

あなた詩人ですね?と明智が言うと、あなたは批評家?

何故です?と明智が問うと、美しいものを観ても、素直に酔うことができない…、あなたの目はそんな感じよ…と女は言う。

なるほど…と明智が答えると、あなたのような方を…と女が客席の方に目をやったので、明智もその方に目をやると、テーブルに酔いつぶれた青年がいた。

その青年雨宮潤一(川津祐介)に近づき、肩に手を置き、相手に振り向かせた女は、死にたいのね、あなたは…と雨宮に話しかける。

その時、テーブルの上のグラスが一人でに滑って床に落ちて割れる。

その青年は、自分を見つけながら女が部屋の外へ出て行くのを観て、自分もその後を追うように出て行く。

翌朝、「線路に飛び込み自殺 音楽に絶望の青年 雨宮さん」という記事が小さく載る。

それを読んだ明智は、別の新聞で、「解剖用死体盗まる 昨夜東和医大解剖室…」という記事を見つける。

盗まれた死体は、昨日死んだばかりのものだったよ、東和医大の解剖室を訪れた明智は医者に聞く。

年齢背格好は?と聞くと、年は26才、身長173cmくらい、均整の取れた身体でしたよと医者は言う。

その時、明智が、面白いものを見つけましたよと床に落ちていたトカゲの玩具を拾い上げると、誰が持ち込んだんだろう?と医者も苦笑する。

再び、例の秘密クラブにやって来た明智は、覗き窓から監視する例の女に正体を見破られていたことに気づかなかった。

部下が女に、嗅ぎ付けたんでしょうか?と話しかけている時、女は、明智に近づいて来た男に気づき、盗聴装置のスイッチを押し、男の会話を盗み聞く。

しかし驚いたね、君がこんな所に出没するとは…、ちょうど良かった、この人の話を聞いてくれないか?と明智に語りかけていたのは黒木(丹波哲郎)と言う男で、彼が明智に紹介したのは、宝石商の岩瀬庄兵衛(宇佐美淳也)と言う男だった。

実はね、この人の所に妙な脅迫状が舞い込んでいるんだと黒木は明智に耳打ちする。

「悪魔がお嬢さんを誘拐しようと企んでいます お嬢さんの身辺を警戒なさい」と書かれた脅迫状の文面

大阪

とあるクラブで岩瀬と再開した明智は、旅行中変わったことはありませんでしたか?と聞く。

何も…と言うので、お嬢さんは?と聞くと、店のお得意さんとスカイラウンジで話していますと岩瀬は言う。

早苗さん?あなた、バレーボールをやってたんでしょう?と聞いて来たのは、例の怪し気な女緑川夫人(美輪明宏)だった。

まあ、どうしてご存知?と早苗(松岡きっこ)が驚くと、何でも知ってるのよ…、あなたのことなら…と言いながら早苗に近づくと、弾みの付いた均整の取れた美しい身体、あなたのお乳の美しい形までドレスの上から私にははっきり分かるわ…などと緑川夫人は言う。

嫌なおば様…と早苗が恥ずかしがると、どんなに顔がきれいでも、身体の均整が悪い人は、私、どうしても好きになれないの…などと緑川夫人は言うので、おば様こそ、お顔も身体もきれい!と早苗も相手を褒める。

お父さまが、お客様の中で宝石が似合うのはおば様だけですって…と早苗が持ち上げると、話しをそらしちゃダメ…と緑川夫人は笑う。

きれいな顔と身体の人を観るたびに急に私寂しくなるの…、10年経ったら、20年経ったら…、この人はどうなるだろう?

そういう人たちを美しいままで置きたいと心から思うの、年を取らせるのは肉体ではなくて、もしかしたら心の患いと衰えかも知れないの。

だから、心だけを抜き取ってしまえるものならば…と緑川夫人は言うので、あら?生ける人間が心を持たないでいられるかしら…と早苗が反論する。

だからつまり、それが私の夢なのよ…と緑川夫人は笑って答える。

ダイヤでもサファイアでも宝石の中を覗いてごらんなさい。奥底まで透明で、心なんて持ってやしないわ。ダイヤがいつまでも輝いている。いつまでも若いのはそのせいよと緑川夫人は続ける。

その時、失礼します、岩瀬様でございますね?と聞いて来た支配人が、今お父さまからお言伝がありまして、明智様がお見えになりましたので、バーの方へお越し下さいとのことですと伝えて来る。

その話を聞いていた緑川夫人の目つきが鋭く光る。

明智さん、犯人は本当に娘を狙っているのでしょうか?とバーのカウンターで岩瀬が言うので、と言うと?と明智が聞くと、否…、実は犯人は娘より、私の秘蔵のダイヤ「エジプトの星」を狙っていると思っているのだが…と岩瀬は周囲に目を配りながらこっそり打ち明ける。

南アフリカ産 時価一億二千万円のダイヤ「エジプトの星」

なるほど…、確かにそうかも知れません…と明智も納得しながらも、でも今はお嬢さんのことだけを考えましょうと答える。

今度の事件は、どうも普通でないものを感じます…と明智はつぶやく。

その頃、早苗は緑川夫人に、私が誘拐されるから気を付けろと言う脅迫状が届いていることを打ち明けていた。

まあ、恐い!と緑川夫人が怯えてみせると、お父さまはもうノイローゼ…、それでとうとう明智さんにお願いしたの…と早苗は打ち明ける。

今度大阪に来たのも、実は明智さんの仕組んだ罠なの。脅迫者をおびき寄せる手段なんですって…と早苗は教える。

すると、急に緑川夫人が笑い出したので、どうなすったの?と早苗が聞くと、あなたって本当に素直なお嬢さんね、ますます好きになったの…と緑川夫人は言う。

私って割とのんきでしょう?ただの悪戯だと思ってるの…と早苗は悪戯っぽく笑う。

その時、店内が暗くなり、サックスが流れて来たので、素敵!ねえ、お父さまと明智さんもここへ呼んであげましょうよ?と言い出した早苗に、良いじゃないの、もう少し2人でここで話していましょうよ。実はあなたにぜひ紹介したい人がいるの。東京の若い実業家だけどとっても素敵な人…と緑川夫人が話している間にも、早苗は側にやって来た青年に目を奪われる。

それは、死んだはずの雨宮潤一だった。

緑川夫人は、背後に来た彼に気づくと、今話していた山川健作さん…、こちら岩瀬早苗さん…と両者を紹介する。

はじめまして…と言い合った若い2人は、そのまま吸い寄せられたように目を離さなかったので、じっと目を見交わして立っているのね…、それが良いわ…と緑川夫人は立ち上がり、若くてきれいな人は言葉なんかいらないのよ。あなた方が黙っていられるように、私がしゃべり続けていてあげる…と言いながら、窓際に移動する。

そして、緑川夫人は、カーテンの隙間から、ライターの炎で、暗い外に向かって合図をする。

夜だわ…、私たちの時刻が近づいている…、家庭の団欒の廻りを恐ろしい森のように取り囲んでいる…、私たちの夜…と緑川夫人はつぶやく。

すると、それに呼応するかのように、下の駐車場に止まっていた一台の車のライトが、暗号のように点滅する。

緑川夫人は、振っていたライターの火で煙草に火を点け、テーブルに戻りながら、山川さん、早苗さんにあれをお目にかけたら?昨日骨董屋で見つけたと自慢いらしていた花嫁の人形よと話しかける。

でもあんな大きいものを…と山川と呼ばれた雨宮が戸惑うと、持って来なくても良いのよ、早苗さんと一緒にお部屋に行けば?と緑川夫人は勧める。

なかなかバーにやって来ない早苗を案じた岩瀬が、ラウンジに電話をするといないと言うので、先に帰ったのかな?と不思議そうに明智に言う。

山川の部屋には大きなトランクが置かれており、山川と緑川夫人と一緒に部屋の中に入った早苗は、急に電気が消され、山川にハンカチで口を塞がれたので動転する。

麻酔薬で眠った早苗は、山川夫人が開けたトランクの中に山川こと雨宮が運び入れる。

その時、お待ち!ちょっとドレスを脱がしてごらんと緑川夫人が命じたので、雨宮は、敗!と従う。

思った通りだわ!この子の身体、お人形に死体くらい!、トランクの中で脱がせられた早苗の肢体を見た緑川夫人は見入られたように微笑む。

ホテルの5階に、岩瀬と共にやって来た明智は、大きなトランクをボーイに運ばせて来た青年に目をやる。

その青年は、風邪でも引いたかのように空咳をし、ハンカチで顔の大半を覆っていた。

522号室に入った岩瀬は、暗い室内から、お父さま!と呼びかける声が聞こえたので、何だ帰ってたのか?明智さんと待ってたのに…と岩瀬は驚く。

ごめんなさい。私気分が悪くなったんで、失礼して休んでいたの…と声はし、ベッドに座り込む女性のシルエットが見えた。

すみません、お手数かけて…、岩瀬が同行して来た明智に詫びると、何かあったら部屋の方へ電話を下さいと明智は岩瀬に言い、お休みなさいと挨拶して自分の部屋に戻る。

岩瀬は、「プロバリン錠」を飲んでベッドに入るが、先にベッドに寝た女は嘲るように笑う。

駐車場では、先ほど雨宮が運び出した大きなトランクを車に積め、走り出していた。

睡眠薬を飲んでベッドに入った岩瀬の隣のベッドから起き上がったのは、早苗ではなく緑川夫人だった。

新大阪駅 21時28分

雨宮は、電車の車内に大きなトランクを係員に運ばせ、自分は席に座る。

その後をホテルの駐車場から追って来た怪し気な男2人も、別の席に座る。

寝入っていた岩瀬を、ドアの外から呼んで起こしたのは明智だった。

何です?こんな時間に…と不審がる岩瀬に、電報ですと渡す明智。

「今夜12時を注意せよ」と電報には書かれてあった。

亭の脅迫が、ついに時間を区切って来たのですと説明した明智が、お嬢さん、別状ありませんか?と聞くと、大丈夫、私の隣で寝てますから…と岩瀬は答え、起こさんでおきましょう。せっかくすやすや眠っているんですから…と言う。

寝室の窓は大丈夫ですか?と明智が室内を覗き込むと、昼間からちゃんと掛けがねはかけてある…と岩瀬は眠そうに答える。

どうも、薬が効いておってね。明智さん、外から入口を閉めて、鍵もあなたが預かってくれんか?と岩瀬は頼むが、それよりも、僕はしばらくこの部屋にいましょうと明智は提案する。

時間は夜の10時直前だった。

その頃、雨宮と大きなトランクを乗せた新幹線は東京へ向かっていた。

雨宮の席の前に置かれたトランクの中には、裸にされ眠った早苗が詰め込まれていた。

一人寝ずの番をしていた明智は、ノックの音が聞こえたので、扉の所へ近づき、どなたです?と問いかける。

私よ…と外から答えたのは、緑川夫人だった。

明智がドアを開けると、あら?又お目にかかれましたわね?といつか秘密クラブで会ったことを思い出したように、緑川夫人は笑いかけて来る。

さっき、早苗さんと一緒だったのは、あなただったんですか?と明智が聞くと、ええ、あなたがここにいらっしゃるの、変な電報が来たでしょう?などと言いながら、緑川夫人が部屋の中に入ってきたので、良くご存知ですねと明智は油断しないように答える。

ここのホテルのボーイはおしゃべりなんですのよと緑川夫人はとぼけ、早苗さんは良くお休み?お父さまも?と聞いて来る。

ええと明智が鍛えると、それで、あなたがここで見張ってらっしゃれば、天下に怖いものなしね…と緑川夫人は愉快そうに話しかける。

まあ、そう言うことです…と明智が応ずると、随分退屈なお仕事でしょうけどと緑川夫人が言うと、大体、危機と言うものは退屈の中にしかないのですよと明智は答える。

退屈の白い紙の中から、突然あぶり出しのように犯罪の横顔が浮かび上がって来る。それを子供のように期待しながら待っているのは、なかなか楽しいもんですよ…と明智は鷹揚に答える。

それよりあなた、他人の心配事なんかに首を突っ込まずに、さっさと御休みになったらどうですか?と明智がからかうように言うと、まあ、ご挨拶ね!岩瀬さんとのおつきあいは、あなたよりいくらか古いわ、私よ、私だって心配で眠れやしないわ…と緑川夫人が言うので、どうぞご随に…と明智は言いながらドアを閉める。

ここで、あぶり出しの御相手をしてあげるわ、問題の12時まで…等と言いながら、緑川夫人は勝手に椅子に腰を降ろしたので、それはご苦労なことですね…と明智は呆れたように言う。

火を頂きません?と煙草を取り出した緑川夫人が言うので、ライターで火を点けてやった明智は、身体が火照りませんか?と問いかける。

え?と緑川夫人が驚いたので、最初にお会いした時、あなたは言った…、夜がひしめいて息を凝らしている…、犯罪が近づいた…と明智が繰り返すと、こう言う晩が私は好き…と緑川夫人が後を続ける。

身体が熱くほてって眠れそうもない…、覚えていてくだすったのね…と緑川夫人は明智の方に振り返る。

あの時、あなたが言った犯罪とは何だったんです?と明智が問うと、さあ?出まかせで言ったんですわ…と緑川夫人が答えたので、そうは思いませんでしたがね…と明智は言う。

商売柄、犯罪とあなたとはきっと写真の陰画と陽画のようになっていて、あなたの目は犯人と同じものを観、あなたの心は犯人と同じことを考え、違っているのは、片方が白で、片方が黒…じゃなくて?と緑川夫人が問いかけると、いや、そう単純にはいきませんよ。犯罪と言うものは、何か…、ある資格がいるんです…、犯人自身にもしかとは掴めない特別な資格が…と明智は小屋得る。

特別な資格って?…と緑川夫人が問うと、例えばここに1人の女がいる。人からバラの花束をもらう。彼女はバラの花が好きだ…と明智は答える。

そこで、頬を寄せて香りを嗅ぐ。

と、突然、花びらの影から大きな毛虫が顔を出す。

彼女は傍らの燃えている暖炉の中に、悲鳴と共には花束を放り込んでしまう…

こう言う女は犯罪を犯しません。

次に第二の女がいる。彼女もバラが好きだ。そして花びらの影に虫を発見する。(ビアズレーの「サロメ」のイラストが挿入される)

彼女は冷静に虫だけをつまみ上げて、炎の中に捨て、きれいになった花束を改めて嗅ぎ直す…と明智は続ける。

その方も犯罪は犯しませんわ…、第三の女は?と緑川夫人が口を挟む。

彼女は残酷なことが嫌いでね。虫も殺したくないし、花束も焼きたくない。

そこで思いあまった末、彼女に花束をくれた男の後に廻って、その男を暖炉目がけて突き飛ばす…と言いながら、明智が緑川夫人の周囲を歩き回ったので、緑川夫人はきっと明智の顔を睨みつける。

彼女は自分の優しい魂に忠実なあまり、俗世間の秩序と道徳を根こそぎひっくり返した。

世間はまぎれもなく彼女を犯罪者と呼ぶでしょう?

しかし、彼女は3人の中ではもっとも優しい心の持ち主なんです…と明智は話し終える。

素晴らしいお説だわ!私はまだあなたみたいな探偵にあったことがありません!

こんなに心底から犯罪を愛し、犯罪にロマンチックな憧れを寄せいる探偵に!と緑川夫人は興奮したように明智を褒める。

否、あらゆる犯罪ではありませんよ。第三の女のような純粋で優しい犯罪者だけに対してだけなんです…と明智は冷静に切り返す。

すると、緑川夫人の笑顔が急に消え、苛立たしそうに煙草を吸って。灰皿に吸い殻を押し付ける。

時間の経つのが遅いこと…、なかなか出ませんわね、あぶり出し…と緑川夫人が言う。

待つことですよ、でも正直言って、退屈ですね…と明智は腕時計を観ながら答える。

あら?良いものがあったわ!と緑川夫人は、樽型のトランプを手に取る。

その間も、早苗の入ったトランクを積んだ新幹線は京都方面に向かっていた。

明智と緑川夫人はトランプをすることになる。

緑川夫人は持っている宝石を全て賭けると言い出したので、随分来前が良いんですね、だけど僕は…と明智は口ごもる。

すると緑川夫人は、あなたに是非賭けてもらいたいものがあるのと言い出す。

脅かさないで下さいと明智が答えると、あなたの…、探偵と言う職業!と緑川夫人は言う。

明智は、賭けましょう!と答えたので、緑川夫人は大喜びする。

新幹線の中で腕時計を気にする雨宮

僕が親だ…と言い、トランプを切る明智

10時45分、新幹線の雨宮は、腕時計で時間を確認する。

これが切り札よ!と緑川夫人が「スペードの10」の札を出して見せる。

しかし、結果は明智の勝ちで、ごらんなさい、皇族結婚だ!と明智がクイーンとキングのカードを開いてみせると、緑川夫人は悔しがる。

そして、いよいよ敵が予告して来た深夜0時を迎える。

もう止めましょうと明智はカードを投げ出すが、緑川夫人は、ずるいわ!まだ勝負がつかないのに!と不満を漏らす。

もう12時までに1分もありませんよと明智は諭す。

随分犯人を信用してらっしゃるのね?と緑川夫人が言うと、犯人にも体面があるはずですと明智は答える。

そんなことおっしゃっちゃ、私まで心配になるじゃありませんか!と緑川夫人も立上がる。

犯人の予告の時間は、王様のお出ましの時間より正確です。掃き清められた道を進むって訳ね…と緑川夫人が無駄話をすると、しっ!と明智が黙らせる。

ちょうど深夜0時

やっぱり何ごとも起こりませんでしたわね…と緑川夫人が言うと、犯人の時計は壊れていたんでしょうか?と明智が問いかける。

さあ?どうでしょう…ととぼけながらも、明智さん、私恐いわ!と言い出す緑川夫人

何が?と明智が聞き返すと、早苗さんはもうとっくに…と緑川夫人が言うので、誘拐されたとおっしゃるんですか!と詰めよる明智

私には嫌な予感が…と緑川夫人

明智は寝室に入ると岩瀬を揺り起こし、早苗を観て下さい!そこに寝ているのは本当にお嬢さんなんですか?に頼む。

緑川夫人は、床に落ちた何かを見つける。

起きた岩瀬が隣のベッドの毛布を剥ぐと、中にはマネキン人形が寝ているだけだった。

早苗はどこに行ったんだ!と慌てる岩瀬を前に、明智は入口の所で室内を覗き込んでいた緑川夫人をじっと見る。

明智さん!これはどういうことなんだ!あんたが付いておって!それで日本一の名探偵なのか!と岩瀬は明智を責める。

その様子を観ていた緑川夫人は、唇を歪め蔑むように笑い、犯人は思ったより大物らしいわ…と言う。

始めっから警察に頼めば良かった、第一、警察はただなんだ!と悔いる岩瀬

金をたくさん取る奴ほど効き目があると思ってたのに…と、苛立たし気にマネキンの首を放り投げ、警察だ!と電話しに行こうとした岩瀬に、お待ちなさいと明智が呼び止める。

今騒ぎ立てた所で犯人が捕まると思いますか?

僕の推理では、誘拐は少なくとも2時間以前、電報が来る前に行われたんだ…と明智は言う。

あれは犯罪の予告ではなくて、既に行われた犯罪を、これから起こるもののように見せかけて、12時まで我々の注意をこの部屋に集めておくことにあったんだ。

その間に、犯人はとうに高飛びしてるでしょう…と明智が続けると、急に高笑いをし始めた緑川夫人は、その2時間の間、名探偵が人形の番をしていた訳ね!と嘲る。

何がおかしいんだ!と緑川夫人を叱った岩瀬は、高飛びしてるならなおさら警察へ!と明智に迫るが、そう慌てることはないでしょう。とにかく少し考えさせて下さいと明智は頼む。

考える?こんな時に何を考えるってんだ、君は!と岩瀬は苛立つ。

岩瀬さん、そんなことおっしゃっても無駄ですわ。明智さんは賭けのことで頭が一杯なんですから…と緑川夫人が口を挟んで来たので、賭け?岩瀬は聞き返す。

ええ、私の持ってる宝石を全部!この方は探偵と言う職業を賭けてたんです。とうとう負けと決まって御気の毒に…、廃業を考えていらっしゃるんだわ…と緑川夫人は明智をからかう。

その時、急に電話が鳴りだしたので、緑川夫人も驚いて振り向くが、受話器を取った開けリは、俺だ…、うん、十分?五分で駆けつけたまえと命じる。

受話器を置いた明智は、奥さん、賭けに負けたのは僕じゃなくて、あなたですよと言う。

あら、あんな負け惜しみを…と緑川夫人が笑い、犯人を捕まえもしないでそんな…と反論するが、いや、僕はその犯人を捕まえたんですと明智は答える。

あなた夢を見てらっしゃるの?そのきれいな澄んだ目でと緑川夫人が同情するように言うと、やっとその夢を捕まえたんですよ。あなたのお友達で実業家の山川健作氏、実は自殺したはずの雨宮潤一!と明智が指摘すると、緑川夫人が驚く。

彼がこのホテルを出てどこに行ったか?

雨宮君と山川氏は、大阪から名古屋行きの切符を買った。しかし、次の京都で降りてしまった。

そしてご苦労にも、トランクと一緒に自動車で大阪に引き返し、今度はMホテルに乗り付ける。

そこの上等の部屋を取って、明日あなたと落ち合うことになっていた…と推理を披露する明智

それから、山川氏の大きなトランクの中に何が入っていたか?あなたは良くご存知ですね?

失礼だが僕も知っている。

2人の部下は尾行の達人で、シェパードのような若者だ。

彼らがいつ電話をかけて来るか、さっきから僕はここでじりじり待ってたんですよと明智が顛末を披露すると、そうだったの…と緑川夫人は吐き出す。

さあ奥さん、宝石はみんな頂きましょうと明智が手を差し出すと、で、山川さんは?と緑川夫人が聞くと、残念ながら見事に逃亡しましたと明智は答える。

それじゃ、犯人は?あんたが捕まえたと言う…と岩瀬が口を出すと、ここにいる!と明智は緑川夫人の前で答える。

ここにはあんたと私と…と岩瀬が訳が分からないように言うと、ご紹介しましょう、この方が黒蜥蜴と言う珍しい女賊です!早苗さん誘拐の張本人です!と明智は緑川夫人を前に言う。

酷い言いがかりね!岩瀬さん、何とかして下さいまし。この探偵は冗談を並べた末に人に迷惑を!と緑川夫人が岩瀬に抗議すると、ま、言い訳は何とでもおっしゃって下さいと明智は平然と言い返す。

その時、ドアをノックする音がしたので、証人が来たようですから、その前に…と言いながら、明智はドアを開ける。

そこには、先ほど新幹線で雨宮を尾行していた2人の若者に連れられた早苗が立っていたので、岩瀬は駆け寄り、良かった、良かったと言いながら室内に案内する。

その時、緑川夫人がさりげなく立ち去ろうとしたので、奥さん!と呼びかけた明智は、御供しましょう、警察へと言うと、どうもありがとう!と緑川夫人は返事をし、その前に上着のポケットを触ってごらんになってと言う。

明智が、ソファにかけておいた自分の上着を調べようと手を出した時、さっき拝借しておいたの、こんなこともあるかと思って…と言いながら、緑川夫人が明智の銃を突きつけて来る。

さあ皆さん、手を上げてちょうだい!ラジオ体操のように元気良く…と緑川夫人が命じる。

入口の所へ移動した緑川夫人は、明智さん、これがあなたの第二の失敗よと言いながら、今しがた、明智がドアを開けるために鍵穴に差し込んでおいたホテルノーキーを抜き取りながら言う。

それから早苗さん、あなたは本当に美しいわ。私は宝石もご執心だけど、宝石よりあなたの身体が欲しくなった…、改めて頂きに上がりますから…と言いながらドアの外に出ると、じゃあ、明智さん、これを覚えていてちょうだいね、指紋より確かなもの、私の紋章…、この優しい二の腕の黒蜥蜴を…と言いながら、緑川夫人は自分の左二の腕の黒い手袋を彫り込まれた黒蜥蜴の刺青を見せ、笑いながらドアを閉め、外から鍵を賭けて逃げ去る。

明智はフロントに電話を入れ、ホテルの出口と言う出口に見張りを!と依頼する。

それから、緑川夫人が今外出するから捕まえるんだ!重大犯人だ!逃がしちゃならん。それからこの部屋の鍵をすぐ持って来てくれたまえと命じる。

しかし、緑川夫人は男性紳士に化けており、これで誰も私と分かりゃしない。そもそも本当の私なんてないんだから…と、鏡でネクタイを直しながら心の中でつぶやいていた。

ね?明智って素晴らしいと思わない?これが恋かしら?返事をしないのね?それなら良いわ。明日又別の鏡に映るから、別の私に聞くとしましょう…と鏡に心の中で話しかける緑川夫人は、じゃあ、さようなら!と明智がいる部屋の方を振り返って挨拶をする。

東京 東京タワー

岩瀬邸に吉田家具店のトラックが到着する。

降りて来て、門のブザーを押した運転手は、二階のベランダに見えた大量の用心棒たちが一斉に降りて来たので驚く。

玄関から出て来た男も、恐ろしい風貌をしており、何だ?と聞くので、こちら様から注文いただきました応接セットが出来上がりましたので…と家具の運送屋が説明する。

恐ろしい風貌の男的場刑事(西村晃)は、用心棒たちと一緒に、荷台を確認しに行く。

応接セットを調べた的場刑事は、運べ!と許可を出す。

なかなか良くできた…と、屋敷内に運び込まれたソファを前に岩瀬はご満悦だった。

この生地はなんですか?とソファを披露された的場刑事が聞くと、正真正銘の西陣織さ、この小切れをネクタイにしたって5千円はすると…と岩瀬は自慢する。

これを見せたら娘の機嫌も直るだろうと岩瀬は言う。

その時、無言で部屋のドアの所へ向かった的場刑事は、いきなりドアを開け、そこに立っていた女中に、何だ?と詰問すると、明智先生が御見えになりました…と、女中のひなが岩瀬に伝える。

明智は、刑事たちに見守られた部屋の中に、岩瀬に招き入れられる。

こちらは?と明智が岩瀬に聞くと、紹介しよう、的場(西村晃)さんだ。今まで本署の刑事をしていられたんだが、今度警備主任として御願いしたと岩瀬は教える。

表にも護衛が増えましたねと明智が感心すると、これなら黒蜥蜴も近づけまいと岩瀬は言う。

お嬢さんの様子はいかがですか?と明智が聞くと、二階に閉じこもったきりだ。どうも、大阪の一件がショックだったらしいよと岩瀬は答える。

そりゃそうでしょう、あんなに酷い目に遭ったんですから…とタバコを吸っていた的場が口を挟んで来る。

プロだったら、もうちょっと何とか…と言いながら、的場は明智を嘲笑するように見つめる。

僕はちょっと御見舞いに行ってきましょうと言い残し、明智はピアノが聞こえていた二階へと向かう。

そのピアノはテープの録音だったのだが、テープレコーダーの横で、早苗はペプシコーラを飲んでいた。

ノックをすると、誰?と早苗が聞いて来たにで、明智です!と答えると、嬉しそうに早苗はドアを開ける。

すると、部屋の中に入り込んだ明智はテープレコーダーのスイッチを切り、テープを止めるのを忘れては行けないねと早苗に注意する。

早苗は素直に頷き、ドアを閉めると、すかさず、的場が、ドアの外に来て、早苗の室内の様子をうかがいだす。

気を付けて下さい。いよいよ今夜辺りが山場になりそうなんですと明智は早苗に伝える。

しかも、私はあなたの側に付いているわけにはいかないのですとも明智は付け加える。

それを真剣なまなざしで聞く早苗。

恐いですか?と明智が聞くと、怖いと云えば怖いわ…と早苗は答える。

でも私、先生を信頼してますから…と早苗が言うので、明智もしっかり早苗を見返し、ありがとう!今の私には、あなたの勇気だけが頼りなんですと告げる。

ドアの外で、中の様子をうかがっていた的場は、急に影が差したにで振り返ると、そこに立っていたのは女中のひな(小林トシ子)で、何だ?と的場が聞くと、お客様にお茶を…とひなは答える。

その夜、自分の部屋のベッドの下の無線機を取り出したひなは、美しい空は夕焼けで紫色になりました…と、猿たちは牛の背中に蝋燭を飾り、朱肉のような吐息を漏らします…と、ひなは暗号を伝える。

すると、雨宮の声が、山の中で人が燃え、人の中で海が燃える…と答えて来るが、その時、ヒナの首筋を押さえた的場は、とうとう尻尾を出したな…と睨みつけ、ヒナを立たせる。

何をなさるんです!私は…とヒナは抵抗するが、人の中で海が燃える…、何だよ、あの暗号は!と的場は問いつめる。

滅相もない!私はただの…とひなは、押し倒されたベッドの上で抵抗するが、ただの召使いではございません、黒蜥蜴の手下でございます!この下には誰がいるのかね?と的場が代わって問いかける。

その時、的場は何者かに投げ飛ばされ、立上がってみると、用心棒の大男が立っていたので、何だ?貴様もか…と的場は立ち向かおうとするが、その時、ひなが投げつけた蛇が的場の首に絡み付く。

ネグリジェ姿の早苗がベッドに入ろうとした時、ノックが聞こえたので、緊張し、誰?と問いかけると、私でございますとひなの声が聞こえて来る。

お休み前のお薬を御持ちしました…と言うので、信用してドアを開けると、大男が立っており、早苗の顔にハンカチを押さえつけて来る。

薬で眠り込んだ早苗の身体を、大男は、届いたばかりの西陣織のソファの前に抱いて来る。

ひなが、そのソファの椅子の部分をくと、中は赤いビロード張りの空洞になっており、大男は早苗の身体をその中に降ろす。

それを確認したひなは、黄色い獅子!と無線で呼びかける。

夜の髭と朝の尻尾の…とひなが暗号を伝えると、暗闇の外に停まっていたトラックの運転席から降り立った雨宮が、石榴の帽子がガラスのように粉々になった…と暗号で答え、付け髭を付けて変装する。

トラックが走り出し、屋敷の中では、ひなが、誰か!と悲鳴を上げ始める。

用心棒たちが集まって来ると、人が!人があの上に!とひなが案内した先には、黒蜥蜴の玩具を手のひらに乗せた右手だけが切断され、新品の西陣織のソファの上に置かれた銀盆の上に置かれていた。

岩瀬は驚き、誰の手だ!と聞くが、その時、別の悲鳴が聞こえて来る。

お風呂場で!と女中が叫ぶ中、二階の浴室を覗いた岩瀬は、気を失った的場が湯船の中に浸かっているのを見つける。

的場さん!と岩瀬が呼びかけると、目を開けた的場は、湯船の中から立ち上がり、岩瀬や用心棒が集まっていた入口まで近づいて来る。

その手首は切断されており、正気を失っているのか、山の中で人が燃え、人の中で海が燃える…とつぶやき、急に笑い出すと、その場に踞る。

その様子に怯えていた岩瀬は、急に思い出したかのように、早苗は?と言い出す。

用心棒たちも慌てて、岩瀬と共に早苗の部屋に行ってみるが、もぬけの殻だったので、家中を探すんだ!と岩瀬は命じる。

その時、ちょっと!応接間のソファはどうします?とひなが聞いて来たので、血で汚れたものなんて1日でも家に置けるか!家具屋に行って持って行って廃材させろ!と岩瀬は命じる。

それから、明智を呼べ!肝心の時、おらんとは!と岩瀬は憤慨する。

その時、旦那様!こんなものが郵便受けに!と言いながら、女中が封筒を持って来る。

「御騒がせして恐縮 お嬢さんはやしかに私が預かりました。お嬢さんを私からお買い戻しになさるお気持ちがあありでしたら、その条件によって商談に乗っても良いと思います。<身代金代金>ご所蔵『エジプトの涙』一ケ」と書かれた手紙が入っていた。

その頃、女中の陽菜たちは、ソファと一緒に家具屋のトラックで逃走していた。

深夜、ベッドの中にいた明智は、身代金として「エジプトの星」を要求されたことを、岩瀬からの電話で知るのだった。

しかし岩瀬さん、ご心配になることはありませんよ。お嬢さんはきっとご無事で御帰りになります。これだけはっきり御約束しておきますと明智は電話出る絶える。

黒蜥蜴…、君は時代遅れのロマンチストだ…、汚職だの殺人だのが渦巻いている今の世の中に、犯罪だけはきらびやかな裳裾を5mも引きずっているべきだと信じている。

まるで、あわれに退化したトカゲたちの夢のように…(明智の独白が重なる)

みんなご苦労さま、本当に巧くいったわね…と笑いながら、黒蜥蜴は手下たちと共に、隠れ家であるあの秘密クラブに帰ってくる。

トリックはなるだけ大胆で子供らしく馬鹿げてた方が良いんだわ…、大人の小股をすくうには子供の知恵が必要なの…、そうでしょう?あら、ごめんなさい、お前たちは立派な大人だったんだわね?とミゼットの手下を前にからかう黒蜥蜴

犯罪と言うのは素敵なおもちゃ箱だわ!その中では自動車が逆さまになり、積み木の家はバラバラになる!世間の秩序で考えようとする人は決して私の心に立ち入ることは出来ない!と愉快そうに言う黒蜥蜴

しかし、明智だけは…と手下の1人が言うと、御黙り!と怒ったように制する黒蜥蜴は、明智が何?あいつがどこかで眠ってる間に、私たちはまんまと大事業を足り遂げたじゃないの!と自慢する。

じゃみんな、ここを引き払う準備を急いでね…と黒蜥蜴は手下たちに命じる。

そんな秘密クラブに、明智は侵入して様子をうかがっていた。

ところで、早苗さんはちゃんと閉じ込めてあるんでしょうね?と雨宮に確認する黒蜥蜴

早苗さんと顔を合わせるときは、お前さんは必ず髭もじゃの船員の姿でいなくちゃいけない。そうしてるでしょうね?と黒蜥蜴が確認すると、はい…、しかし!…、あなたの側にいる時には…と雨宮が言い訳したそうにするので、素顔でいたいんでしょう?と黒蜥蜴も思いやる。

よござんす、私は人のうぬぼれには寛大な方なんだから…と黒蜥蜴が言うと、この匂い!あの時と同じだ!と、いきなり黒蜥蜴の足にしがみついた雨宮が愛おしそうに言う。

そんな雨宮を見下ろした黒蜥蜴は、微笑みながら、お前はあの隅の席に腰掛けていた…、始めてこのクラブで雨宮に出会った時の事を思い出す。

若い身空で、頭の中は死ぬことで一杯だ…と黒蜥蜴が言うと、世の中がつまらなくて、どうしたら死ねるだろうと僕はそのことばかり考えていた…と雨宮も続ける。

その時、柔らかいものが僕の髪に触れた…、この指!と雨宮

あの時のお前を美しかったよ。おそらくお前の人生の後にも先にも、お前があんなに美しく見える瞬間はないだろう…

内側からの死の影のお陰で、お前は水彩画のような儚さを持っていた。

その瞬間、私はこの青年を殺して、自分の人形にしようと思ったんだわ…と黒蜥蜴が言うので、二階のカウンター席で酒のグラスを傾けながら聞いていた明智は、人形?と驚く。

でもどうでしょう…、殺されると分かってからのお前のあの暴れよう…と黒蜥蜴が言い出したので、止めて下さい!と制止しようとする雨宮

愛想嘆願、あの涙!お前の美しさは粉みじんに崩れてしまった!と責める黒蜥蜴

お前の命を助けたのも情に負けたんではないわ。

命を助けてくれれば、一生奴隷になると言ったお前の誓いに呆れたからだわと黒蜥蜴が嘲ると、でもそれ以来、私はあなたの忠実な奴隷です!一度でも裏切ったことがありますか?と雨宮は訴えるように黒蜥蜴を見つめる。

裏切りはしないけど、ドジばかり踏んでるわ!と黒蜥蜴は叱る。

もっともそのお陰で、又あいつに会えそうだけど…と黒蜥蜴が言い出したので、何ですって!と雨宮が驚くと、あら、妬いてるの?と黒蜥蜴はからかう。

私だって女ですよ…、誰を好きになろうと勝手だわと言う黒蜥蜴の言葉を聞いた雨宮は悔しがる。

ここで始めて会ったあの晩から、私時々明智の夢を見るの!うぬぼれの強い、嫌味な男!

夜の中にあの男の顔が浮かんで来ると、私には酷くそれが邪魔になる!今まで男の顔が頭の中で邪魔になったことなど一度もなかったわ!

そんな黒蜥蜴の言葉を二階のカウンターで聞いている明智

あいつのものの分かった様子、あいつの何でも知ってる顔つき、あいつの瞳、あいつの唇、ああ!あいつは私の夢の前に立ちふさがり、私の夢の形をなぞり、ゆくゆくは私の夢に成り代わろうとしているんだわ!

私を1人にしておくれ…、早く!と苛立ったように黒蜥蜴は雨宮に命じる。

雨宮が部屋から出て行くと、黒蜥蜴はソファの上に身を投げるように倒れ込む。

この部屋に広がる暗い闇のように…と、二階席の明智が心の中でつぶやくと、あいつの影が私を包む…と黒蜥蜴も、心の中でつぶやく。

あいつが私を捉えようとすれば…と黒蜥蜴

あいつは逃げて行く…、夜の遠くへ…汽車の赤い尾灯のように…と明智

あいつの光がいつまでも目に残る。追わているつもりで追っているのか?…と黒蜥蜴

追っているつもりで追われているのか?…と明智

黒蜥蜴は、二階席にいた明智に気づく。

階段を登り、明智の側に近づいた黒蜥蜴は今晩わと挨拶する。

読みましたよ…と明智が言うと、私の恋文?と黒蜥蜴は、2人の姿が写った大鏡を観ながら答える。

逢い引きの日取りは明日、場所は東雲の新埠頭…と明智が脅迫状の内容を繰り返すと、「エジプトの星」は恋の魔術師ね…と黒蜥蜴は言いながら、自分の酒をグラスに注ぐ。

早苗さんは恋の奴隷か…と明智が言うと、乾杯しましょう…と黒蜥蜴がグラスを持ち上げたので、何のために?と明智は問いかける。

明日の逢い引きのために…と黒蜥蜴は答え、明智が乾杯に応じると、法律が私の恋文になる…と黒蜥蜴は心の中でつぶやく。

牢屋が私の贈り物になる…と明智の方は考えていた。

そして、最後に勝つのはこっちさ…と両者は同じことを考え、グラスを重ねあわせる。

翌朝、埠頭…

「お嬢様御買い戻しの条件…代金「エジプトの星」一ケ

支払い期日:8月4日正午…

支払い場所:東雲埋立地新埠頭…

支払い方法:岩瀬庄兵衛氏単身にて、指定の場所に「エジプトの星」を持参すること…黒蜥蜴」(黒蜥蜴が読む声)

自動車が一台、埠頭に到着する。

カバンを抱えて1人降り立ったのは岩瀬庄兵衛で、乗せて来た車はすぐにその場を立ち去る。

やがて、そこに別の車が接近して来る。

かつて屋敷の用心棒に化けていた大男と黒蜥蜴が車から降りて来る。

持って来て下さいまして?と黒蜥蜴が言葉をかけると、娘のことは間違いないでしょうな?と岩瀬が念を押して来たので、お元気でいらっしゃいますわと黒蜥蜴は答える。

あんたの言葉を信用しなけりゃならんのかね…と、岩瀬は面白くなさそうに聞く。

なるほど、あんたは美しいが、女泥棒でペテン師で、しかも恐ろしい誘拐犯人じゃないか!と岩瀬は納得しかねるように言う。

黒蜥蜴が海に向かって手を振ると、モーターボートが近づいて来て、それに乗せられていた早苗が、お父さま!と助けを求めて来る。

岩瀬が差し出した宝石箱を開けてみた黒蜥蜴は、まあ「エジプトの星」と感激する。

娘は…、早苗は?と岩瀬が聞くと、今晩中に必ず…と黒蜥蜴は満足そうに微笑み、じゃあ、お先に…と言い残し、車で逃走する。

すると、黒蜥蜴の車の運転手が、来ました!と言うので、明智!と喜んだ黒蜥蜴は、追って来る三台の車を確認し、おバカさんねとつぶやくと、白いハンカチを窓から投げ落として見せる。

その合図で、同じように三台のバイクが追手の前に飛び出して来て、三色の煙幕を撒いたので、尾行車は方向を見失い、その内の一台は転倒してしまう。

それを愉快そうに笑う黒蜥蜴

その後、海を走る漁船の中の黒蜥蜴の部屋に、船員姿になった雨宮が早苗を連れて来る。

早苗さん、ご気分はいかが?そんな所に立ってないで、ここへ御かけなさいなと黒蜥蜴がは、自分が座っていたソファの横を叩いてみせる。

しかし、そのソファに見覚えがあった早苗が怯えだしたので。ああ、この椅子が恐いの?じゃあ、そっちの肘掛け椅子にすると良いわと黒蜥蜴は親切に勧める。

でも不思議ね〜、昨日まであんなに反抗していた早苗さんがこんなにおとなしくなるなんて…、何か訳があるの?などと言いながら、黒蜥蜴は椅子に腰掛けた早苗に近づいて行く。

いいえ、別に…と無表情に早苗が答えると、船員たちの話ではあなたの部屋で人の話し声がしたと言うの…と黒蜥蜴は聞く。

すると早苗は、噓です!猿ぐつわをはめられ口が聞ける訳がありませんと否定する。

それもそうね、ともかく全ては後3〜4時間のこと、日の出前にはS港に着くわ、S港には私の私設美術館があるのよ。早く見せてあげたいわ、それがどんなに素晴らしい美術館か…と黒蜥蜴は言う。

でも嫌なんです、私そんな所へ行きたくありません…と早苗は抵抗する。

そりゃ嫌でしょうとも…、でも私は連れて行くのよ…と黒蜥蜴は愉快そうに言う。

行きません!決して!と早苗が我を張ると、この船から逃げ出せるとでも思ってるの?とからかう黒蜥蜴

しかし、私…、信じてます…と早苗が言うので、信じているって?誰を?と黒蜥蜴が聞くと、御分かりになりません?と早苗が謎をかけるので、何かに気づいたように慌てた黒蜥蜴は、雨宮を呼ぶ。

この娘に元通り縛って猿ぐつわをはめてあの部屋に閉じ込めておしまい!と黒蜥蜴は入って来た雨宮に命じる。

それから、みんなに伝えておくれ!船の隅から隅までしらみつぶしに探すようにって!この船のどこかに明智小五郎が隠れているのよ!と黒蜥蜴は付け加えたので、雨宮は、明智が!と驚く。

早く!と雨宮を急かした黒蜥蜴は、何事かを考え始める。

夜の海を走る漁船

この船のどこかにあいつがいる!と考えながら、黒蜥蜴はソファに横たわる。

その時、彼女はソファの下を気にしだす。

何かを察したのか、黒蜥蜴は慌てて立上がると、ソファに向かって、明智さん!と嬉しそうに呼びかける。

何度か呼びかけると、笑い声がソファの中から聞こえて来て、分かりましたね…、僕は影法師のように君の身辺を離れない…と言う明智の声が聞こえて来る。

あなた、恐くはないの?ここは私の見からばかりですよ、船の上ですよ!と黒蜥蜴は呆れたように問いかける。

怖がってるのは君の方じゃないのかい?と明智の不敵な声は言う。

恐くはないけど、感心してるのよ…と話しかけながら、黒蜥蜴は合図用の紐を引く。

どうしてあなたにこの船が分かって?と黒蜥蜴が聞くと、君の側に付いていたら自然とここについてしまったんだよ…と明智の声は言う。

私の側に?と聞きながら、黒蜥蜴はテーブルの上で何事かを書き始める。

ああ、オートバイの部下に成り代わってね…、防塵グラスは覆面の代わりをしてくれたよと明智

どうして早苗さんを連れて早く逃げ出さなかったの?そんな所に隠れていたら見つかるに決まっているじゃないの…と黒蜥蜴は言いながら、指示を書いたノートを一枚破り取る。

水の中はごめんだ。僕はそんなに泳ぎは巧くないんでね…と明智が言うので、それよち、この暖かいクッションの下に寝転んでいた方がどれだけ楽か…などと明智の声が聞こえている間、黒蜥蜴はドアの所にやって来た2人のミゼットの手下に、無言で指示を書いた髪を手渡す。

ね!僕は夕食からずっとここで眠っているんだ…、飽き飽きしたよ…、それに君のきれいな顔も観たくなった…、こっから出ても良いかい?などと開けリの声が聞こえて来る。

黒蜥蜴は、いけません!そこを出てはいけません!男たちに見つかったら、あなたの命はありません!もう少しじっとしてらっしゃい…と言い聞かせる。

君は僕をかばってくれるのかい?と明智が聞くと、ええ好敵手を失いたくないのよ…と答えていた黒蜥蜴は、駆けつけて来た子分たちに、ソファを縛るように無言で命じる。

男たちがソファに乗った気配を感じたのか、おい、どうした?おい!と慌てたような明智の声を聞いた黒蜥蜴は笑い出す。

日本一の名探偵を簀巻きにしている所!と言いながら、痛快そうに笑う黒蜥蜴

しかし、次の瞬間、黒蜥蜴の表情が曇る。

黒蜥蜴様、すみましたと船員たちに言われた黒蜥蜴は、ご苦労さん、じゃ、みんな席を外しておくれと命じる。

船員たちが出て行くと、明智さん?これでお別れよ…、暗い海のの方に、長椅子の形をしたあなたのお墓が出来るんだわ…、えっ?何故返事をしないの?何故?と問いかける黒蜥蜴

これが私たち2人で過ごす最後の時間なのに…と、黒蜥蜴はソファに詰め寄る。

可哀想に!恐怖のために口も聞けないのね!可哀想に!とソファに抱きついて泣き出す黒蜥蜴

この酷い動き、身体の動き…、私の中であなたが暴れているような気がする!と言いながら、黒蜥蜴は愛おしそうにソファを擦る。

でもダメなのよ、あなたの前にあるのは死!それだけだもの…

そして、いきなりソファにキスをした黒蜥蜴は、私の接吻が分かって?西陣織の織物越しのこの私の真心が分かって?

どこにもかしこにも接吻するの!と言いながら、黒蜥蜴は何度もソファにキスを繰り返す。

分かる?私の唇!口から出るのは冷たい言葉ばかりでも、こんなに熱いのがあなたに分かって?

あなたの身体が海の底で冷やされても、あなたの身体のそこかしこに、赤い回想のように私の接吻がまとわりついているはずだわ…と、恍惚とした表情で黒蜥蜴は言う。

明智さん、今こそ素直に言えるんだわ…、私、今まであなたみたいな人に会ったことなかったの…、始めて恋をしたんだわ!

この黒蜥蜴、あなたの前に出ると身体が震え、何もかもダメになるような気がしたの…

そんな私を、そんな黒蜥蜴を、私は許しておけないの!

だから殺すの!

つまらない誘拐事件の恨みつらみで殺すんじゃないわ!

分かって!

あなたがこれ以上生きていたら私が私でなくなるのが怖いの。

だから殺すの。好きだから殺すの!好きだから…

そう言いながら、黒蜥蜴は壁に飾ってあった剣を取り、ソファに突き刺す。

波を蹴立てて進む船の先端部分

白いバラが床に転がっている。

剣が刺さったソファを甲板に運び出す船員たち

それを見守っていた黒蜥蜴に、頬髭の船員に化けた雨宮が、用意ができましたと報告する。

黒蜥蜴は黙って頷き、ソファは海に投げ捨てられる。

これで明智もお陀仏ですと嬉しそうに報告に来た雨宮の頬を、憎たらしそうに叩く黒蜥蜴

さあ、みんな、早く部署に付きなさい!と命じる黒蜥蜴

みんなが甲板からいなくなると、黒蜥蜴は一人嘆く。

床に血が滴っていた部屋に入ってきたのは、醜いせむしの男松吉だった。

甲板に残っていた黒蜥蜴は、人の気配を感じ、誰?と呼びかける。

松吉でございやす。申し訳ございません…と言いながら、黒蜥蜴に近づく松吉は、何?と言われ、騒ぎも知らねえで、つい寝込んじまって…と松吉が詫びるので、そう言えば、お前は水葬礼の時にはいなかったのね…と黒蜥蜴も気づく。

ええ、何と御詫びして良いやら…などと松吉が恐縮しているので、良いんだよ、この船の中ではお前だけが私の慰めなんだわ…と黒蜥蜴は笑って許すと、もう良いから、私を1人にしておくれと命じる。

黒蜥蜴様、泣いておいでなさるんで?と松吉が心配そうに話しかけると、私が?松吉…、海をごらん…、暗いだろう?夜光虫があんなに光っている…、この世界に、二度と奇跡が起こらないようになったんだよ…と黒蜥蜴は寂し気に告白する。

明け方、船はS港に到着する。

手下たちと共に謎の場所にやって来た黒蜥蜴は、早苗さん、やっと私の美術館に着いたのよと連れて来た早苗に教え、気に入って欲しいわ、ここがあなたの永遠の住処になるんですもの…と笑いかけたので、早苗は身を固くする。

怪し気な部屋に到着した黒蜥蜴は、ショールを取ると、「エジプトの星」をこっちにちょうだいと手下に命じる。

早苗さん、ごらん。あなたのお父さまの贈り物のお陰で、今までどうしても花が咲かなかったこの憂鬱な草が花開くのよ…と言いながら、「エジプトの星」を紋章入りの台の上に置く。

ひなを含めた手下たちは、一斉にその宝石の輝きに感嘆する。

さあ、みんな、部屋へ下がって休んでおいでとねぎらった黒蜥蜴は、大川(佐藤京一)には外の見張りに行かせた後、早苗さん、あなたにはまだ見せるものがあるのよ…と声をかけ、別の場所へ連れて行く。

さあ、良く見るのよと言いながら、カーテンを開け、暗かった部屋の一部に電気を灯すと、そこには、人間の生首が、きれいなペインティングをされ安置されていた。

さらに黒蜥蜴は、苦しそうに天を仰いでいるように見える男の裸体像(三島由紀夫)を披露し、鋼鉄のような腕の筋肉、素敵な胸毛、どう?良く出来たお人形でしょう?と早苗に自慢する。

でも、少し、良く出来過ぎてやしなくって?この人の身体には産毛まで生えてるわ…と言いながら黒蜥蜴は、男の裸像を触ってみせる。

産毛の生えた人形なんて聞いたこともないわね?

このお人形はね…と黒蜥蜴が言いながら目を落とすと、裸像の男はナイフを何かに突き刺していた。

男は黒人相手にタイマン勝負をし、互いに刺し違えて死んだチンピラだった。(回想再現)

黒蜥蜴は、そんな男の生人形の唇に自分の唇を重ねたので、それを観た早苗と、彼女を押さえていた雨宮はおののく。

分かったのね?やっと分かったのね?と黒蜥蜴は早苗の方を振り向いて言う。

そして、早苗さん、ここがあなたの席よ…と言いながら、黒蜥蜴は一つの椅子を示す。

私、あなたのような穢れのない日本の娘の身体が欲しかったの…と黒蜥蜴は微笑む。

早苗さん?私の言うことを聞いてくれるわよね…と黒蜥蜴が言うので、早苗はいきなり逃げ出そうとするが、すぐに雨宮が追いかけ捕まえる。

黒蜥蜴は、用意してあった檻を開け、早苗を抱いて戻って来た雨宮に、さあ早く檻のへ!と命じるが、雨宮が檻の中に突き飛ばしたのは黒蜥蜴の方で、檻の扉を閉めた雨宮は、さあ、早く逃げるんだ!と言いながら早苗を連れて行く。

誰か!早く!と、檻に閉じ込められた黒蜥蜴は叫ぶ。

雨宮の前に立ちふさがったのは松吉だった。

二階部分で争っていた松吉は雨宮を下の床に突き落とすと、早苗を檻の方に引っ張って行く。

そこへ駆けつけて来た他の手下たちは、床で気絶していた雨宮の身体を、松吉が開けた檻から出た黒蜥蜴の元へと連れて来る。

そいつも入れておしまい!そいつは私を裏切ったんだ!やっぱり人形にしてやるわ!初めの計画を変えて、男と女の喜びの像を造れば良いのよ。夜が明けたら作業に取りかかりましょうと黒蜥蜴は松吉と手下たちに命じる。

檻に入れられた早苗は、出してよ!と頼むが、手下に押し倒されてしまう。

椅子に腰掛け息を整えていた黒蜥蜴に、松吉は、それじゃあ御休みなさいましと挨拶をし立ち去ろうとするが、黒蜥蜴はお待ち!と呼び止める。

松吉、世界で私は独りぽっちだわ。あれだけの危険と努力の末に、こうして集めた宝物の中で、私は独りぽっちだわ…、誰に頼れば良いの?と弱音を吐く。

何に頼れば?と黒蜥蜴が問いかけると、このわしに頼って下せえまし…と松吉は答える。

すると、急に笑い出した黒蜥蜴は、面白いこと言うのね、松吉…、だからお前が好き!お前は心から私を笑わせてくれるわねと言う。

さあ、少し眠った方が良いんだ。昨夜はほとんど一睡もしなかったんだから…と言いながら、黒蜥蜴は椅子から立上がり、日が昇ったら起こしておくれと松吉に命じ、自分の部屋に戻って行く。

わずかの間、枕に頭をもたげ、何も考えずにいたら気分も直るわ…、罪のない子供のように眠ったら…と黒蜥蜴は言い残して行く。

周囲に誰もいなくなったことを知った松吉は、扉の下に持っていた新聞紙を差し込む。

一方、檻に入れられた早苗の方は、同じ檻の中で気絶していた雨宮を、あなた!あなた!と揺り起こそうとする。

少し気がつき、仰向けになった雨宮は、顔に付けていた付け髭が取れてしまったので、早苗は雨宮の素顔を知る。

雨宮が目を開けると、やっと気がついたのね…と、見守っていた早苗が微笑む。

起き上がりながら、思い出したかい?僕を…と雨宮が言うので、えっ?と早苗は驚く。

忘れっぽいんだな、君は…と苦笑した雨宮は、でも…、あなたの素顔観るの、始めてですもの…と早苗が言うので、何だって?と驚く。

そんな檻の中を、そっと覗き込む松吉

偽者?君が!早苗の?と雨宮は早苗から話を聞き唖然としていた。

ええ、実は明智先生から雇われた替え玉なの…と早苗に化けていた娘桜山葉子(松岡きっこ-二役)は答える。

男に捨てられ、貧乏して、自殺しようとした所を明智先生に救われたの。

金持ちの令嬢の身替わりだなんて嫌だったけど、他にしたいこともなかったし…

そんな葉子が話しているのをひそかに聞いていた松吉は、部屋に、見張りの大川が入って来たことに気づくと、その大川の方へ歩いて行き、いきなり飛びかかると、相手の首を絞めて失神させてしまう。

檻の中では、でも、あなたには気の毒ね…、こんな偽者のために、あなたまで剥製にされるなんて…と葉子が雨宮に同情していた。

そんなに私を好きだったの?助けてくれて脅す気だったの、私を…?と聞く替葉子に、そんな余裕は僕にはない。僕は黒蜥蜴の奴隷だ…と雨宮は哀し気に告白する。

あの人の愛するあらゆるものに嫉妬する、それしか能のない奴隷だよ…と自嘲する。

明智にも、君の身体にも、あの剥製の人形たちにも、僕は酷く嫉妬した。

だからさっき、黒蜥蜴が人形に接吻した時に決心したんだよ、僕も剥製になって、あの人の愛撫を受けようと…と雨宮は言う。

それを聞き驚愕する葉子

そうだったの…、あなたはただ、自分の望む死に方をしたいために、私を…と葉子が哀し気に言うと、脱走させる振りをした…、その通りだ!と雨宮は告白する。

今更あなたに、同情する言われもない訳ね…と葉子は言うと、僕の好きなように死なせてくれれば良いんだよ!と雨宮は葉子に訴える。

そんな雨宮の訴えを聞いた葉子は、好きなようにさせてあげるわ…と答える。

でも、おかしな話ね、私たちって…、愛し合ってもいないのに、同じ朝、同じ時に殺される…と葉子はつぶやく。

そして、永久に抱き合って暮らす…、私たちの偽者の愛が…と葉子が言うと、本物の愛の形を描く…と雨宮が後を続ける。

本当の愛の喜びが…と葉子が言うと、不滅の喜びの像になるのだ…と雨宮

もし、黒蜥蜴があなたに接吻したとしても…と迫る葉子

僕の腕は君を抱き…と雨宮が言い、あなたの目は私を見つめている…と葉子が続ける。

雨宮さん、もしかしたら…と葉子が聞くと、もしかしたら?と雨宮も聞き返す。

私たち、愛し合っているんじゃないかしら…と葉子は、雨宮の目を見つめながら告げる。

錯覚だよ!と顔を背けた雨宮は、生きている間は僕は黒蜥蜴の奴隷だ!と吐き捨てる。

でも死んでからは?と葉子が問いかけると、死んでからは?と雨宮も問い返す。

私たち、愛し合うようになるのよ!同じ人形でも、あなたはもう、黒蜥蜴のお情けにすがる奴隷じゃない!私だって!独りぽっちじゃなくなるんだわ!と葉子は言い切る。

君は?と雨宮が聞くと、桜山葉子!と葉子は名前を明かし、あなたは?と聞く。

雨宮潤一!と雨宮も名を明かす。

互いに見つめあっていた2人は、感情が高まり、その場で抱き合ってキスをする。

翌朝、明智探偵のお手柄で早苗が岩瀬の元に無事戻ったという記事が新聞に載る。

それを読んだ黒蜥蜴は、新聞がこんな噓を…と嘲るが、次の瞬間、噓の訳がない!と考え込む。

誰です!この新聞を持って来たのは!と手下たちを前にした黒蜥蜴は叫ぶ。

あの〜…、それはわしで…と名乗り出たのは松吉だった。

お前が?じゃ、檻の中の早苗は?と黒蜥蜴が聞くと、偽者でごぜえますだと松吉は答える。

その時、黒蜥蜴様!この松吉はとんでもない食わせ物でございます!とやって来たのはひなで、松吉は大男に背後から捕まえられる。

見張りの大川を気絶させたり、怪し気なことばっかり…、どうか、直々のご詮議を!と申し出る。

松吉お前!お前まで私を裏切るの?と黒蜥蜴が睨みつけると、いえ…、ただ人形が心配で…と、大男に身体を押さえつけられた松吉は答える。

人形ですって?と黒蜥蜴が不思議がると、いい加減な言い逃れをするんです!とひなが口を挟む。

壁にかかった剣を取った黒蜥蜴は、それを松吉の方に向け、人形室をお調べ!と手下たちに命じる。

カーテンを開け、人形室へ入ろうとした手下たちは、そこに銃を構えた何人もの男たちが待ち受けていたことに気づき狼狽する。

黒蜥蜴は松吉!と叫びながら剣を突き出すが、松吉はそれを避けつつ、背後からしがみついていた大男を投げ飛ばして逃げ去る。

銃を持った男たちが部屋に乱入して来て、動くな!と黒蜥蜴を制する。

黒蜥蜴は観念したように剣を床に捨てる。

そこに、先生!と言いながら、ソフト帽の男が、折りから助け出した雨宮と葉子を連れて来る。

2人とも無事でした!と報告するソフト帽の男が話しかけたのは松吉だった。

葉子も雨宮も、見慣れぬ松吉を前にして戸惑う。

やあ、ご苦労さん、約束通り、助けに来たよと葉子に話しかけた松吉の声は、聞き覚えのあるものだった。

まさか?…と葉子が驚くと、黒蜥蜴も驚いたように松吉の方を凝視する。

その場で松吉の変装を解いた男は、まさしく明智小五郎だった。

驚く葉子と黒蜥蜴

そして君たちは…と言いながら、葉子と雨宮に近づいた明智に、私たちは!と声を揃えて答え、互いに見つめあう。

知ってるよ、さあ、どこへでも行きたまえ…、一緒に!と2人に声をかける明智。

嬉しそうに頷いた2人は、笑いながら手を取り会って部屋を出て行く。

それを無表情に見送る黒蜥蜴は、部屋の奥の木の陰にいたひなに気がつく。

目が金色に変化したひなは、右手に蛇を持って笑っていた。

ひなが明智目がけ蛇を投げつけた瞬間、落ちていた剣を拾い上げ、飛んで来た蛇を切断した黒蜥蜴が、迫って来たひなの身体に同じ剣を貫いていた。

苦し気にソファに倒れ込むひな。

ひな!許して!と、近くの柱にすがりつき詫びる黒蜥蜴

ひなは首をもたげ、笑った顔で首を横に振り息絶える。

哀し気にひなの死を観ていた黒蜥蜴は、突然、奥の部屋に逃げ込む。

明智は部下たちに、みんなを連れて行け!と命じると、自分は奥の部屋へと向かう。

部屋には鍵がかかっていたので、開けろ!開けたまえ!と戸を叩いて呼びかける明智

身体をぶつけ、戸をこじ開けて中に入り込んだ明智は、カーテンの向うに、黒蜥蜴のシルエットを発見する。

白い衣装に着替えていた黒蜥蜴は、生きていたのね…と言いながら、カーテンの向こう側から話しかけて来る。

可哀想な松吉は、長い巣の中で、僕の身替わりになって殺されたよ…、君の剣で!と明かす明智

すると、黒蜥蜴がカーテンから姿を現す。

生きていたのね!と繰り返す黒蜥蜴は喜んでいるようだった。

そんな敵の姿を観て、観念したまえ…と心苦し気に伝える明智

一方、黒蜥蜴の方は笑顔で、憎らしい人…と言うと、又カーテンの向うのベッドに倒れ込む。

異変に気づき駆け寄った明智は、君は!と驚きながら、黒蜥蜴の身体を支え、彼女が手にしていた壺を観る。

君は毒を!…と明智が驚くと、朱色のカーペットの所へ向い、その場で倒れ込んだ黒蜥蜴は、捕まったから死ぬのではないと言うので、明智は、分かってると答える。

あなたのずるい盗み聞きに何もかも聞かれたから…と黒蜥蜴は明かす。

真実を聞くのは一等辛かった…、僕はそう言うことに慣れていない…と打ち明ける明智

男の中で一等卑劣なあなた…、これ以上見事に女の気持ちを踏みにじることは出来ないわ…と黒蜥蜴

すまなかった…と顔を伏せた明智だったが、しかし、仕方がない。あなたは女賊で、僕は探偵だ…と告げる。

でも心の世界では、あなたが泥棒で、私が探偵だったわ…と、明智の手を握りしめながら黒蜥蜴は言う。

あなたはとっくに盗んで行ったの。私はあなたの心を探したわ…、探して、探して、差出し抜いたわ…。

今やっと捕まえてみても、冷たい石ころ…とつぶやく黒蜥蜴

しかし僕も…と明智は弁解しようとするが、それを手で制した黒蜥蜴は、あなたの本当の心を観ないで死にたいから…、でも嬉しいわ…と黒蜥蜴は言う。

何が?と明智が問うと、嬉しいわ…、あなたが生きて!と笑顔を見せた黒蜥蜴は既に息をしていなかった。

僕は知っていた。君の心は本物のダイヤだと…、そう言うと立上がる。

本物の宝石は死んでしまった…

生前の黒蜥蜴の姿の数々が繰り返される…


 

 

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