白夜館

 

 

 

幻想館

 

恍惚の人

この原作や映画化作品自体は封切時から知っていたのだが、題材が題材だけに、若い頃は今ひとつ興味が持てず、そのまま年月が経ってしまったが、いつも何となく気になっていた作品である。

今回、ようやく観てみたが、こちらの年齢がテーマに接近して来たせいもあってか、予想通り面白かった。

原作者が女性だけに、家庭内で女性だけが負担させられてしまいがちな老人介護の問題を、時代に先駆けて問いかけた問題作になっている。

原作はきちんとした取材をベースに書かれているのだろう。

ここに描かれている認知症の老人の姿や、介護施設の様子も、全て真実みがあるように見える。

介護にほとんどタッチしようとせず、妻任せの無責任な亭主を田村高廣さんが演じている。

ヒロイン役の高峰さんが専業主婦ではなく、夫と同じように働いていると言うのがミソ

夫は外で働いて疲れているから、家の中のことは妻の責任…と言う男の言い分が、実は身勝手な現実逃避の言い訳に過ぎないことを、ちゃんと女性の立場から描いているのだ。

森繁演じる老人が、ある日突然認知症になってしまい、徘徊や問題行動を繰り返して行くうちに、地獄絵図のような有様にまで進行し、最後は母親を慕う幼児のようになるまでの様子が描かれて行く。

白黒スタンダードと言うこともあり、テレビのドキュメンタリーのような雰囲気かと言うとそうでもなく、ちゃんと映画になっているのは、単にフィルムで撮っている画質の問題と言う訳でもなさそうで、役者の芝居をメインに演出しているからだと思う。

映画では、認知症になった老人が徐々に子供に戻っていくような表現も描いてあり、そうしたところが、映画としては、若干、救いになっているようにも思える。

それがなければ、悲惨なだけである。

さらに、この映画では、森繁自身の過去のイメージもあり、時々、痴呆症の老人としてのセリフなのか、森繁自身のアドリブなのか分からないような部分もあり、思わず吹き出したくなるユーモア表現もある。

途中からの、全学連の若者カップルと老人と言う対比も面白いし、戦争をくぐり抜け苦労を重ね、趣味の一つもない堅物が、老いた途端、あっけなく精神のバランスを崩してしまう残酷さなど、映画としても色々考えさせる要素が含まれている。

こうした老人看護の問題は、日本人全体が長生きするようになった戦後にクローズアップされるようになっただけで、問題そのものは遥か昔から存在したはずで、「楢山節考」など遠い昔の逸話は、食料不足を補うためだけではなかったのかも知れないと想像したりもする。

認知症の介護の苦労話だけではなく、元気だった頃は互いにウマが合わなかった姑と嫁が、身体でぶつかりあって付き合って行くうちに、いつしか互いを理解しあうような関係になる過程が、フィクションと分かっていても感動させる。

物語としては、互いに心が通じ合えたように見えた所で完結しているので、画面上から老人もいなくなるのだが、現実はこう簡単には行かないだろう。

家族が否応なく抱えることになる暗黒面を描きながらも、物語としてきれいに昇華させた佳作だと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1973年、芸苑社、有吉佐和子原作、松山善三脚色、豊田四郎監督作品。

雨が降る街角

傘もささず、コートも着ずに、ぐしょ濡れのまま、どこかへ急ぐように歩く老人立花茂造(森繁久彌)

務めを終え、ワンタッチ傘を拡げ、町に出た立花昭子(高峰秀子)は、偶然にも、そんな義父の茂造を見かけたので、後を追い、おじいちゃん!どうしたの?コートも着ないで…と声をかけると、昭子さん…、雨ですね、じゃあ、帰りましょうと答え、一緒に家まで帰ってくる。

昭子の自宅は、茂造夫婦の住む離れと隣り合った同じ敷地内にあったので、門を通った2人はそれぞれ母屋と離れに分かれて入って行く。

家に入り、庭向きのカーテンを開くと、茂造も、向いのガラス戸のカーテンを開いていた。

夕食用の魚を切り始めた昭子に、魚か?と言いながら覗き込んだのは、来年大学受験を控えた息子の敏(市川泉)だった。

敏が牛乳を飲み始めたとき、ガラス戸を叩く音が聞こえたので、誰か来た…と敏が言う。

昭子が、庭先のガラス戸の前に来ると、戸を叩いていたのは茂造で、私ですよ、昭子さん!と呼びかけている。

母屋に上がり込んだ茂造は、昭子が煮ていた鍋の中の里芋を、芋ですねと言いながら、いきなり手づかみで掴むと食べ始めたので、夕食食べてないんですか?と昭子が聞くと、婆さん、起きてくれんのだよ?と茂造は言う。

敏!と呼ぶと、昭子は庭伝いに向いの離れに上がり込み、お義母さん?私です…と声をかけるが返事はない。

暗かったので、電気を点けてみると、倒れている義母の姿が見えたので、仰天し、起こそうとして手を取るが、あまりの冷たさに腰を抜かしながらも、お義母さん!と昭子は叫ぶ。

その後、知らせを受け帰宅して来た昭子の夫立花信利(田村高廣)は、昭子!と呼びかけても返事がないので、不思議に思って部屋の中を見て回ると、鍋を抱え込み、中の芋を手づかみでむしゃぶりついていた父親の茂造を発見する。

そこに、昭子が戻って来て、お母さん死んだのに、こんなもの食べてるなんて!と茂造の行動を批判する。

お父さん!どこにいたんです!母さん、死んだ時?と信利が聞くと、婆さん、ここに寝ているじゃないですかと茂造は言う。

ここに運び込んだのは昭子ですよ。家にいたんでしょう?と再度、信利が確認するが、茂造は、婆さん、どうしたんですか?と茂造が真顔で言うので、亡くなったんですよ!と呆れながら昭子は教えるが、父親の異変に気づいた信利は、こりゃいけねえや…とつぶやく。

お母さんの死に水を取ってやって下さいと、信利が筆とコップの水を渡すと、茂造はその筆の柄で耳をほじり始める。

親父、おかしいんじゃ?さっき、鍋抱えて芋食ってたぞ…、お袋が死んだショックで…と信利が愕然とする中、婆さん!と呼びかけた茂造は、筆の柄で、コップの水をかき回し始める。

婆さん!いつまで寝ている気ですか!と茂造は1人で怒鳴っていた。

焼き場から出て来た昭子たちの前に、タクシーが停まり、中から、信利の妹の京子(乙羽信子)が降りて来る。

ギリギリまで待ったんだが…と信利が、既に火葬が始まったことを説明すると、間に合わなかったのね!タクシーの運転手が意地悪して、わざと遠回りしたのよ!母さんの顔、一目見たかったわ!と京子は悔しがる。

仲人してたの、昨日が結婚式で…、それにしても、母さんが先に死ぬなんて…と言いながら控え室へ行くと、茂造は1人で煎餅をかじっていた。

困るわね~と言いながら、父親に抱きついた京子だったが、あなたは、どなたでしたかな?と茂造は迷惑そうに聞く。

京子、分かんなくなってるんだよ…と信利が教えるが、信じられないと言う顔の京子は、京子ですよ!と茂造に呼びかけるが、京子さん?どなたでしたかな?と茂造は言うだけ。

ぼけちまったんだよと信利が言うので、お父さん、あの人分かる?と京子は信利を指差して見るが、反応がないので、分からないの!と驚き、この人は?と昭子を指すと、あんた、うるさい人だね…、この人は昭子さんだよと茂造は答える。

昭子さんは分かるじゃない!お父さん!私よ!私はあなたの娘よ!と京子は茂造に詰め寄るが、私の娘は、あんたのような年寄じゃありませんよ、この人は変な人だね~…と茂造は迷惑そうに答える。

京子が柏手を打つように、茂造の目の前で手を叩いてみると、葬式で手を叩くなんて!神道じゃないよ!と茂造がむくれたので、理路整然としたこと言ってるじゃない!と京子が疑うと、分かる時もあるんだ…と信利が諦めたように教える。

自宅に来た京子は、形見分けを選別しているとき、古いアルバムに貼られていた若い頃の茂造の写真を見つける。

そんな中、飯はまだですか?腹が空いて眠れないんですと茂造が言い出したので、さっき食べたじゃないですか?と京子は呆れるが、カニがありますよと昭子が勧めると、カニは大好きですと茂造が喜んだので、カニは大嫌いだったじゃない!と京子は不思議がるが、茂造は全く気にする様子もなく、昭子が差し出した茹でガニにしゃぶり突き出す。

洋酒を飲んでいた信利が、旨そうだな…と言いながら、茂造のカニの足を一本拝借しようとすると、茂造は怒ったように、これ、私のです!と言うと、カニを腕で隠そうとする。

あなたのはありますよと昭子は声をかけるが、信利は憮然とする。

翌日、勤め先である法律事務所のタイピストの仕事を始めようとした昭子は、弁護士に尾藤枝(中村伸郎)から悔やみを言われたので、後に残ったお義父さんがちょっと変なんですと打ち明ける。

突然、走り出したりしない?と聞いて来た藤枝は、家の父は最後は縁側から落ちてね、動けなくなっちゃったんだと経験談を話す。

昼飯食べたのに、すぐ腹減ったなんて言うんですと昭子が答えると、家のおばあちゃんも同じなんです。ぼけちゃって目が離せないんですよ…と、おしゃべりな同僚の瀬川邦子(吉田日出子)も話に乗って来る。

ガスの元栓開くと危ないんで、いつも出かける時は元栓閉めてるんですけど、下手すると一家心中ですよなどと言うので、おいくつ?と昭子が聞くと、96で、3年前に倒れちゃったのだと言う。

今じゃ、病院で流動食を食べており、身体中ゴム管だらけ!でも、保険が利かないのよね〜…、父なんか、どうして病院で殺してくれないんだろう?なんて言ってますと邦子のおしゃべりは止らなかった。

その日、帰宅してみると、茂造も留守番しているはずの京子の姿も見えず、家の中はがらんとしている。

その時、庭先に自転車を押して戻って来た敏が、おじいちゃん、戻って来た?僕が帰って来た時ももういなかったんだと言うではないか。

心配なので、自転車の敏と一緒に、外に探しに出てみる昭子

遊園地のブランコがかすかに揺れていたりするのが昭子の視線に入って来るが、茂造の姿は見つけられなかった。

諦めて一旦家に戻って来てみると、そこに茂造がおり、先ほど昭子が土産として持って帰っていた肉饅頭4つを全部平らげてしまっていたので呆れる。

そこに、息を乱した京子が帰って来て、憎たらしい!と茂造を睨みつけ、私は初七日がすんだら帰りますからね!と昭子に宣言する。

訳を尋ねると、その日の茂造は昼頃まではおとなしくしていたのだと言う。

昼ごはんを作ってやったら、1時間くらいかけて鍋一杯平らげちゃったの!と京子は呆れ、私がちょっとトイレに行っている隙に、ネクタイしているの。

婆さん、迎えに行ってきますからなんて言っちゃって、そのまま表通りをい新宿の方へ…、止めようとしたけれど、バカ力で突き飛ばされたので、死にものぐるいで追いかけたのよ。

やっとこそ捕まえて、昭子さんが待っていると話しかけると、狐が落ちちゃったように回れ右して帰りだしたの。

私太っているでしょう?心臓が破裂しそうよ…と京子は、コップの水を飲み干して説明する。

お風呂沸かしましょうと昭子が言うと、私は良いわよと京子は遠慮するが、お義父さん、お葬式の時から一度も入ってないから…と昭子は説明する。

お父さん、義姉さんのことが好きなんだわ…、お父さん、昭子さんだけ信用している…と京子が当てつけがましく言うと、結婚してずっと、お義父さんから私が虐められていたの知ってるでしょう?と昭子は反論する。

立ってよ、お父さん!と京子が茂造を立たせようとすると、茂造が睨んで来たので、何よ!睨んだりして!と京子は憮然となる。

その日、帰宅した信利から、医者は何と言った?と茂造のことを聞かれた昭子は、何ともありませんって…、私、あなたより先に死にたいわ…と愚痴ると、俺がなったらどうする?と信利は敏に冗談めかして聞く。

すると敏は、家出しちゃうな…と即答する。

昭子は、茂造の服を脱がせるため、はい、万歳して!と子供に言い聞かせるように命じる。

その夜、寝ていた昭子は、昭子さん!とガラス戸を叩く音と共に茂造の声が聞こえたので、何ごとかと言ってみると、小便です!と言いながら、ガラス戸を開けようとしているではないか。

お便所はあっちですと、家のトイレに向かわせると、一旦中に入ったものの、ダメです!西洋便所じゃダメです!漏れちゃいますよ!と言いながら出て来たので、仕方なく庭先に連れて出た所で、ここでしちゃいなさいよと昭子は仕方なく言う。

茂造はその場で立ち小便を始め、出ました!昭子さん、月がきれいですね…、きれいですね…などと夜空を見上げながら、のんきそうにつぶやく。

近くの鉄塔の背後に月が輝いていた。

その後、信利は、茂造を老人施設に入れようと見学に行ってみる。

花笠音頭を踊っていたお婆ちゃんたちの中の1人、門谷のお婆ちゃん(浦辺粂子)は、妙に茂造を気に入ったようで、立花さん一緒に踊りましょうよなどと進んで話しかけて来る。

家では、昭子が敏に、あんたも来年入学なんだからしっかりしなさい!と叱っていたが、敏は茂造のことを、ありゃ人間じゃないよ、動物だよなどと平然と言い放つので、じゃあ、ママは何よ?と聞くと、ママは飼い主だよ。いつも餌をあげる…などと真顔で答える。

そこに、茂造を連れた信利が帰って来て、門谷のお婆ちゃんの世話女房ぶりを話す。

その後、昭子は茂造を風呂に入れてやるが、前は自分で洗って下さいと言っても、茂造は子供のように遊んでいるだけで何もしようとしないので、おチ○チ○洗いなさい!と昭子は怒る。

その夜も、夜中、茂造が昭子さん!と呼ぶので、枕元の電気スタンドを点けた信利が、親父が何か叫んでいるぞ!と昭子を起こしたので、私は眠いのよ!たまにはあなたがやったら?あなたのお父さんでしょう?と昭子は布団から出ようとしなかった。

うるさい親父だな〜と言いながら、布団を出た信利は、わざと昭子の身体を布団の上から踏んで部屋を出て行く。

その直後、暴漢だ!と叫ぶ茂造の声が聞こえて来て、戻って来た信利が、昭子起きてくれよ、親父は僕画分からないんだと困ったように頼むと、まだ2時じゃないか…と置き時計を観てぼやく。

渋々起きた昭子が、信利と一緒に下で寝ていた茂造の部屋に入ると、昭子さん!暴漢です!警察に電話して下さい!などと茂造は言うので、昭子の背後で覗き込んでいた信利は、お父さん、僕は息子ですよ!と呼びかけ、諦めたように二階へ戻って行く。

寝て下さいよ!と昭子が言い聞かしても、昭子さん、暴漢が二階へ行きましたから、今のうちに警察に電話して下さい。電話しましょう、もしもしって…などと茂造は繰り返すだけなので、昭子は、分かりましたよ!と苛立つ。

物取りが来ているのに…などと、横になった後も、茂造は怯えたようにブツブツ言い続ける。

二階に上がると、信利が寝ているので、枕をぶつけ、良くもグーグー眠れるわね!と昭子が当たり散らすと、俺は仕事で疲れているんだなどと信利が言うので、私も勤めているのよ!と昭子は言い返すが、仕方ないだろう、親父は俺の顔分からないんだから…などと信利は言う。

面倒なことは全部私に押し付けて!と昭子が怒ると、お前にはすまないと思っているよなどと猫なで声で信利が言うので、何言ってるのよ!と昭子は切れる。

信利は途方にくれたように、昭子、どうしたら良いんだ…とぼやいて来る。

こんな毎日続けていたら、今度は私がくたばるわ!私、犠牲になるのは嫌!結婚してから一度も、あのお義父さんから優しい言葉を賭けてもらったことないのよ!

あなたや敏が病気になったら看病するわ。でも、あなたのお義父さんの犠牲になるのは嫌!もうたくさん!と昭子は不満をぶちまける。

その時、又、下から、昭子さん!と呼ぶ茂造の声が聞こえて来たので、昭子が又降りてみると、茂造が布団の下を覗き込んでいるので、のみじゃあるまいし、私がそんな所にいるはずないでしょう!と呆れると、ここに座って下さいと、茂造は、自分の布団の上を指差す。

女手一つで家を守るのは大変でしょうし、私も年を取りましたからね…などと言いながら、手招きするので、昭子は諦めて、二階から布団を持って下りると、茂造の横の部屋のソファーの上に置き、今晩から私、ここに寝てあげますからねと言い聞かす。

その布団に包まって、再び眠ろうとした昭子だったが、無言で近づいて来た茂造が上から覆いかぶさって来たので、驚いて跳ね起き、おじいちゃん!まだ夜中なんでよ!と癇癪を起こす。

茂造は、昭子さんがいなくなったんで探していたんですよなどと言うので、又オシッコですか?と聞くと、今したばかりなのに、又するんですか?などと、茂造はとぼけた返事をする。

じゃあ、眠ったらどうです?二度も三度も起こさないで下さい!と昭子が怒ると、昭子さん、腹が減りました…などと茂造は言い出したので、いい加減にしてちょうだい!と昭子は癇癪を起こす。

翌朝、仕事場に向かう満員電車の中でも、タイプを打っている時も、昭子はアクビの連続だった。

茂造は、公園のベンチに腰を降ろし、ぼーっと時間を過ごしていた。

信利は、会社の後、同僚と麻雀をしていたが、老人クラブは、全国で4万くらいあるらしいな…と付け焼き刃の知識を披露していた。

人生50年の方が良かったかな〜などと同僚も調子を合わせて来る。

次長のお父さんは麻雀とかやらないんですか?と聞かれた信利は、だからぼけちゃったんだよ…などと答える。

その頃、自宅では、遊びに来た門谷のお婆ちゃんが、昭子が出したうどんを美味しそうに食べ終わったので、お婆ちゃん、もう7時よと帰りを心配すると、あんたと違って、うちの嫁は鬼だから…などと言って居座ろうとする門谷のお婆ちゃんは、ねえ、年寄同士仲良くしましょうよ!などと茂造に甘えかかろうとするが、茂造は迷惑そうな顔で、私は婆さんは嫌いです。話は古くさいし、臭いし…などと言いだしたので、何ですって!臭いですって?あんたの口はドブ浚いの時の匂いよ!お気の毒だと思うからこうして世話しているのに!と門谷のお婆ちゃんは怒りだす。

帰れ!と茂造が言うと、立上がって帰りながら、門谷のお婆ちゃんは、モーロクジジイ!などと捨て台詞を残して行く。

後日、昭子は「松木敬老会館」と言う施設を訪れ、主人の父親が「梅里分館」でお世話になっていたんですが、お婆ちゃんと喧嘩をしまして…、こちらの老人クラブが良いとうかがったものですから…と受付で説明をする。

それを聞いた係員(神保共子)は、うちは品の良い方々ばかりなんですのよ…と言いながら、施設を見学させてくれる。

そこは、かなり大人数の老人が集まる施設で、詩吟を習ったり、趣味の部屋がいくつもあった。

内のおじいちゃんは趣味はないんですよ…と言いながら見て回っていた昭子だったが、碁を打っていた鈴木と言う老人は今年90才なんですのよと教えられる。

ところが、別の部屋へ向かおうとしていたその時、突然、その鈴木と言う老人が、碁盤の上に倒れ込んだので、廻りの老人たちは慌て、救急車!とパニックになる。

その様子を観ていた昭子は、茂造にその老人の姿を重ねあわせ不安になったので、すぐに帰宅する。

家に入ろうとすると、中で電話が鳴り続けており、慌てて入ると、電話は鳴り止むが、茂造も帰っているはずの敏もいなかった。

その時、又電話が鳴り始めたので受話器を取ると、かけて来たのは敏で、外の公衆電話かららしかった。

おじいちゃんが急に気が狂ったみたいに飛び出して行ったんで、後を追って来たんだけど、僕が何を言ってもダメなんだ!と言うではないか。

敏は電話を切ると、車の往来が多い幹線沿いの歩道を走り始め、家を出た昭子はタクシーを停め、まっすぐ行って下さい!と運転手に事情を説明する。

おじいちゃん!帰ろうよ!と、歩道橋の上で追いついた敏が話しかける。

その後、敏は買って来た甘ジュースを与えると、茂造は、道腹に腰を降ろし、素直に飲み始める。

それをタクシーの中で発見した昭子は、いました!Uターンして下さい!といきなり頼んだので、運転手は、こんな所でUターンできるか!とぼやきながらも、言うとおりしてくれ、降りた昭子は、何とか茂造と敏に会うことができる。

家に帰ると、信利が帰宅しており、どこに行ってたんだよ?と不機嫌そうに言うので、今日は敏がいたから何とかなったけど、もうダメだわ…と昭子は打ち明ける。

連れ帰られた茂造は、昭子さん、腹減りました、何か食べましょうなどと言いながら、自分の腹を揉んでいる。

今晩からここで寝て欲しいわ…、夜中に4回も起こされるのよと、信利に茂造の部屋で寝てくれるよう頼むと、コカコーラを持った信利は、暴漢と言われるだけだよ…と断る。

敏!と頼もうとすると、試験の前だぜ…と、こちらも断るので、私が先にくたばれば良いのね!と昭子は観客を起こす。

すると信利が、医者に相談してみたら、老人性痴呆症と言うのだそうで、睡眠薬を今夜から飲ませてみようと言い、医者にもらって来たらしい薬袋を出して見せる。

その横では、茂造がいきなり奇妙な動きをし始め、何をやっているんです?と昭子が聞くと、体操ですよ、人間、運動しないとダメになってしまいますなどと言いながら、炬燵の上に腹這いになったり、おかしなポーズを取りだす。

しかし、その夜は、飲ませた睡眠薬が効いたのか、朝まで昭子は起こされることもなく熟睡する。

ところが、翌朝、寝ていた茂造に声をかけ起こそうとすると、昭子さん、賊が入りました。私に水をかけて逃げましたなどとおかしなことを言い始める。

この辺が変です。お尻が…、布団が冷たい…などと言うので、はっと気づいて掛け布団をめくってみると、茂造は寝小便をしていた。

おじいちゃん!と昭子は怒るが、賊が水をかけて逃げました…と茂造は繰り返すだけ…

デパートへ行った昭子は、大人用におむつを購入することにする。

紙おむつと言うものも数種類出ていたので、そちらもまとめて購入することにするが、製品の説明文を読もうとした時、その文字が見えないことに気づく。

仕方なく、眼科に向い、視力検査をしてメガネを作ってもらうことにする。

医者に聞くまでもなく老眼だった。

メガネをかけ、おむつを持って家に戻ると、敏が茂造を散歩させている所に出会ったので、おじいちゃん、ちょっと!と言いながら、漏らしてないか茂造の股間を触ってみる。

すると茂造は、昭子さん、妙なことしないで下さいと文句を言った上で、昭子さん、メガネは止した方が良い、嫌らしいなどと注意して来る。

その夜、布団の上に起きていた茂造は、側に置いてあった、亡き妻の骨壺を開き、その中に入っていたお骨をつまんで口に入れようとしていた。

その時部屋に入ってきた昭子は、それを目撃し、あなた!起きてちょうだい!おじいちゃんが、お婆ちゃんのお骨を!睡眠薬、利かなくなったんだわ!と叫ぶ。

二階から降りて来た信利は、殺せよ!とやけになったように言うし、私、もう知らない!と昭子も匙を投げる。

その後、昭子は、老人福祉センターの笈川千恵(野村昭子)と言う指導員に時々来てもらうことにする。

千恵は、部屋にいた茂造の側に来ると、さ、体操しましょう、肩を叩いて!などと指導し始めたので、縁側に逃げて来た茂造は、昭子さん、誰ですか?この方…、妙なことばかりさせますよなどと文句を言う。

千恵が持って来たパンフを読んでいた昭子が、この特別養護老人ホームと言うのは?と聞くと、寝たきりとか人格欠損の老人対象でして、便を身体になすり付けたり、食べたりする人のことですと言うので、そんな人がいるんですか!と昭子は絶句する。

お宅のおじいちゃんは、夜中に飛び出したりしませんせんか?そういう人はとても手がかかるので、どこも引き取らないんですよと千恵は教えてくれる。

この種の症状は老人性鬱病と言って精神病なんですよ。ですから、どうしても隔離したいなら精神病院しかないんですよ。

台所では、敏がインスタントラーメンを作っていたが、茂造が側に来たので、食べる?と敏が勧めると、丼を受け取り、一緒に食べましょう、お父さん…と茂造が言うので、え?僕がお父さん?と敏は笑い出す。

茂造は幸せそうにラーメンを啜りだす。

その後、昭子と一緒に散歩に出た茂造は、垣根に咲いた椿の花をじっと見つめていた。

魚屋の前で昭子が会った近所の木原婦人(杉葉子)は、門谷のお婆ちゃん、腰が抜けて寝込んじゃったんですって、今じゃおむつ当てて寝たきりですって…、でも、門谷さんんぼ奥さんは良い気味だって…、若い頃随分虐められたらしいのよ…などと話してくれる。

その間、昭子の背後に付いて来ていた茂造は、店先に並べられていたカニを手に取って観ていたので、爺さん、カニ触っちゃいけないよ!腐っちゃうじゃないか!と魚屋の兄ちゃんに怒られてしまう。

雨の日も、傘をさして昭子と共に散歩に出た茂造だったが、明日から敬老会行きませんよ。あそこは爺婆ばかりだし、面白くないですと茂造は言い出す。

その後、茂造の姿が一瞬見えなくなったので、脇耳に目をやった昭子は、垣根に咲いた白い花をじっと見つめている茂造の姿を見つけ、その表情が嬉しそうだったので、自分の気持ちも穏やかになり、そっと傘をさしかけてやるのだった。

その年の夏

昭子の家の離れに、茂造の日中の監視役を兼ね、山岸(伊藤高)とエミ(篠ひろ子)と言う大学生の若夫婦が間借りするようになる。

2人が引っ越しの荷物を運び入れている間、昭子は茂造を風呂に入れていた。

その時、おばさん!とエミが縁側から呼んだので、昭子は、茂造にバスタブの端を両手でしっかり持って!と命じ、外に出てみる。

運送屋が困っているので、一万円を両替してくれないかと言うエミの依頼だった。

昭子は両替の金を用意し、それをエミに渡す。

その間、湯船の中で浸かっていた茂造は、居眠りを始め、そのままお湯の中に沈み込んでしまう。

しばらくして昭子が風呂の中を覗くと、茂造がお湯の中に沈んでいるので、おじいちゃん!驚いて身体を引き上げようとするが、重くて上がらない。

しっかりして!と叫びながら、昭子は自分も湯船の中に入って何とか茂造の身体を外に出す。

医者に来てもらうが、居眠りをして溺れたのだと言う。

先生!助けて下さい!と昭子は頼むが、心臓が強いですから…と医者は言葉を濁す。

数日後、お前には言わなかったけど、医者は、三日持たないだろうと言っていた…、俺も昨日の朝聞いた…と信利が昭子に打ち明ける。

京子にも知らせたし、このまま逝ってくれた方が、親父の方でも楽だよなどと信利は言う。

しかし、昭子はショックを受けたのか、私の責任ですわ…、法律的に言うと、過失致死って言うのよと教えると、大げさなこと言うなよ…と信利は慰める。

私、福祉事務所にも相談してたこともあるのよ…、冷たい女よ…と昭子が自分を責めると、内の親父みたいなのは、どこも引き取ってくれないよと信利も諦めたように言う。

あなた、おしめ観てくれた?と昭子が聞いた時、京子がやって来て、良かった!今度は間に合ったわなどと言いながら上がり込んで来る。

お父さんも大変だったわね、戦争戦争ばかりで…と京子が、茂造の人生を振り返ると、この頃、僕のこと、お父さん、お父さんって呼ぶんだよと、敏が面白そうに京子に言う。

もう、生きていてもしかたないわね〜…と京子は言い、あなた、おむつ観てくれた?と又、昭子が聞いて来たので、私が観るわと言いながら、茂造の布団の中に手を入れた京子は、やけどをしたように手を引っ込めると、臭い!ウンチ!ウンチ!と騒ぎだす。

驚いて昭子は掛け布団を剥ぎながら、あなた!どこにいるの?と信利を呼ぶが、敏と共に男共は姿を消していた。

翌朝、信利、敏、信利の3人は、便の匂いが籠った一階を避け、二階で朝食を取ろうとしていたが、京子は、パンを観て、私、朝はごはんじゃないとダメなのよ!などと贅沢を言う。

下では、疲れ切った昭子が、茂造の布団の側でうたた寝をしていたが、その時、意識を取り戻した茂造が、額に乗っていた氷嚢を触り始める。

やがて目覚めた昭子は、茂造が生き返ったことに気づき、おじいちゃん!と声をかけ、あなた!あなた!と呼びかけながら、二階へ駆け上る。

すると、京子が、死んじゃった?と真顔で聞いて来る。

茂造は熱も下がっていた。

それを知った敏は、ウンチしたのが良かったんだな…などと言う。

茂造は、何故か、もしもし…とつぶやくようになっていた。

二階では、京子が信利に恨めしそうに、私、喪服持って来たのよ…とぼやいていた。

子供みたいになってしまったね…と、茂造のこと敏が言うので、敏が生まれて来たときも、こんな風に笑ったわ…と昭子は答える。

その時、二階から起きて来た京子が、私、ご飯焚くわよ!などとのんきに言って来る。

その後、家族が出かけた後、庭に出ていた茂造は、枯れて地面に落ちた花を拾い上げると、離れで寝そべっていた2人に、もしもし…と話しかけて来る。

エミが何語とかロ起き上がり茂造が持っている花に気づくと、このお花、私にくれるの?と聞き、花を受け取ると、もしもしが私にくれたわ!と寝転んだままの山岸に見せる。

男って、死ぬまで女に関心があるんだな〜…と山岸は妙な感心の仕方をする。

エミのこと、好きなんだよ、俺にはニコニコもしないんだよ…と山岸は言うが、その時、茂造と対面していたエミは、茂造が何か小さな声で歌っているように思えた。

歌みたい…、でもこのおじいちゃん観てると、善人みたいねとエミが言うので、ウンコ垂れるのにか?と山岸は茶化す。

おじいちゃんどうしたの?とエミは問いかけるが、茂造は小さな声で何か歌を歌っているだけ。

その時帰って来た昭子は、エミに礼を言いながら、土産として持って来たバナナを差し入れする。

山岸は、預かり賃1万ももらっているんですから…と恐縮する。

その後、茂造と一緒に近くの公園に出かけた山岸とエミは、ベンチに座った茂造の前で、ランニングなどしていたが、やがて抱き合い、そのままキスしながら地面に倒れ込む。

そんな2人の姿を観ているのか、いないのか、茂造は前をじっと見つめていた。

その帰り道、鳥屋の前を通りかかった茂造は、ほおじろのつがいが入った駕篭の前に立ち止まり、もしもし…と小鳥に囁きかける。

エミたちは、おじいちゃん、帰るよと声をかけ、先に帰るが、途中、焼き鳥を売っている店があったので、1本100円の串焼きを買う。

後日、家の中で昭子が信利に、あの2人、左翼の連中らしいわ…とこっそり教えると、全学連だな…と信利も眉をひそめる。

その直後、離れから、おばさん!おじいちゃんが大変なの!と叫ぶエミの声が聞こえて来る。

驚いて離れに行ってみると、もう20分間もトイレに閉じこもって出て来ないのだと言う。

おじいちゃん!と声をかけた昭子だったが、中から鍵をかけているらしく戸は開かない。

外に回って、窓から中を覗くと、トイレの中に座り込んだ茂造が、トイレブラシにはめたトイレットペーパーを、ずっとほどいていた。

信利がバールを持って来て、トイレの戸をこじ開けている間、茂造は、小便をする朝顔を怪力で壁から引き倒してしまう。

ようやく戸が開くと、茂造は朝顔の管を弄んでいたので、本当、理解に苦しむわね…と、それを目撃したエミはつぶやく。

往診に来た医者も、茂造が明らかに弱っていると診断する。

何故、朝顔を外しちゃったんでしょう?と信利が聞いても、それは誰にも分かりませんねと医者は言うだけだった。

その夜、物音に気づいて起きて来た昭子が目撃したのは、障子の紙を破っている茂造の姿だった。

その顔も手も畳の上も大便でまみれていたので、悲鳴を上げた昭子は、風呂場に連れて行き、シャワーを浴びせるが、自分で現せようと渡したシャワーで、茂造は昭子に水をかけて来る。

翌朝、洗った部屋の畳を乾かすため立てかけ、消臭剤を部屋中に撒いていた昭子だったが、その後、会社にいる信利に電話を入れ、家の中、臭くてたまらないわと訴えると、医者の話では入院させた方が良いって…、今日は早く帰って欲しいわ…と伝える。

信利は、歯が痛いんだよ…とモゴモゴ言いながら電話を切ると、歯も痛くなるよ…とぼやく。

おじいちゃん、大好きな魚買ってきますからねと子供に言い聞かせるように話しかけた昭子は、紙風船を渡し、買物に出かけようとする。

しかし、茂造が、子供がすねるように昭子を引き止めようとするので、お医者様がおとなしく寝てなさいって言ってたでしょう?め、しますよ、めっ!と赤ん坊に言うように叱る。

茂造は、そんな昭子をすがるように、もしもし…とつぶやいていた。

雨の中、魚屋にやって来た昭子は、おじいちゃんが好きだからと、カレイを一匹購入する。

その頃、茂造は家の中で、買ってもらったほおじろの鳥箱を見つめながら、昭子さん…とつぶやいていた。

その時、突然、電話が鳴りだしたので、驚愕した茂造はパニックになったかのように立ち上がり、立ててあった畳を倒しながら、外へ飛び出して行く。

昭子さん!もしもし…と言いながら、雨に濡れた表の道に飛び出した茂造は、滑って転ぶ。

その後、どこかへ向かう茂造の姿を偶然目撃した木原婦人が、おじいちゃん!どこ行くんです?と声をかけても、茂造は何かに向かって走り去って行く。

帰宅した昭子は、玄関先に落ちていた茂造の片方の靴を発見し、慌てて外に飛び出して茂造を探す。

そんな昭子に、木原婦人が声をかけ、今、お宅のおじいちゃんがあっちの方へ!と教えてくれたので、昭子は急いでそちらへ向かうが、途中、もう片方の靴が落ちているだけで、茂造の姿は見つからなかった。

近所の墓地の中も見回る昭子だったが、茂造はいなかった。

おじいちゃ~ん!

雨の中、必死に探しまわる昭子。

茂造は、大きな木の根本に踞っていたが、昭子の方からは死角になって発見できなかった。

傘を指した昭子が、その近くまで来て、おじいちゃ~ん!と叫ぶと、その声が届いたのか、お母さん…とつぶやきながら、茂造が手を木の陰から差し出して来る。

それに気づいた昭子が駆け寄ると、茂造は母親に抱きつく赤ん坊のようにしがみついて来て、もしもし…と繰り返す。

その姿を観た昭子は、自分がしていたマフラーを外し、茂造の首にかけながら、おじいちゃん、ごめん、ごめん!と詫びるのだった。

大木の根本から上部の枝の方へカメラがティルとして行くと、背後に日が輝いていた。

その後、ほどなくして茂造は死んだ…

もうちょっと生かしといても良かったね…と、位牌を前にして敏が言う。

初七日もお寺さんでやると楽ね…などと、信利と一緒にウィスキーを飲んでいた京子が言う。

そんな京子が、お墓は田舎のに入れるの?と聞くと、信利は、どうせ自分たちも入るんだから、近くに買おうと思ってるんだと答えたので、でも、東京で買うったって大変よ…などと京子は呆れ、でも臭いわね、この家…と顔をしかめる。

すると敏が、臭いのが良いんだよ…、おじいちゃんがいるみたいでさなどと言い出す。

縁側に下げたほおじろの鳥籠を見つめていた昭子は、もしもし…と小鳥に囁きながら、急に泣き出すのだった。


 

 

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