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荒海に挑む男一匹 紀の国屋文左衛門

 

タイトルは長々しいが、実際に映画の画面に出てくるタイトルは「紀の国屋文平」だけである。

「商人を主人公にした苦難の半世紀」なのだが、2時間以上にも及ぶ大作仕立てになっている。

劇中、紀の国屋文左衛門が別所文平と名乗っていた時代からの話になっているので、ひょっとすると、戦前に作られた松田定次監督「純情一代男」(1939)が元になっているのではないかとも想像する。

「純情一代男」も、別所文平を主役とする紀の国屋文左衛門の物語のようだからである。

戦前の作品は、上山柑翁という人物の原作があるらしいのだが、戦前の映画に関しては資料類もなく、実際に見比べた訳でもないので、内容が似ているかどうかの判断はできず、ひょっとしたら…という程度の憶測でしかない。

本作の内容は、悪役の商人を配し、勧善懲悪の復讐劇にお涙頂戴物も盛り込んだ、やや古風な展開になっている。

悪役を演じている小堀阿吉雄さんは、「空の大怪獣 ラドン」(1956)で警官役を演じていた小堀明男である。

商人の話だけでは映画的な見せ場に乏しくなるということなのか、アクション要素を付け足すために、牢から出て来た主人公が、悪人相手に暴れ回ったり、剣を持った浪人もの相手に、岡っ引きのように素手で立ち向かうなどと言ったシーンもあるのだが、正直、その辺の描写には違和感がないでもない。

生真面目な商人であるはずの主人公が、喧嘩が強いという設定自体に説得力がないからだろう。

確かに、劇中、主人公は柳生の庄で修行をしていたことがあり、武芸の心得はある…と言った伏線はあるが、途中から急に暴れだすのはわざとらしいだけ。

そもそも、自分の人の良さから無実の罪を背負い、家がつぶされることも含め、何もかも承知の上で咎人になった男が、牢から出て来たら、家の者が不幸になっていたので、怒りを不人情な商人たちにぶつけ、感情的な復讐を始めると言う展開自体に共感しにくい部分がある。

何もかも、お人好しな主人公の判断の甘さに非があるように思えるからだ。

いわば、身から出た錆と言う印象で、本当に男気がある人物なら、たとえだまされようと、人のことなど恨まず、自分一人で過去を振り切って生きるよう努力する方が、観客には好感が持てるのではないか。

後半でまた気持を入れ替えるとは言え、中半での強請まがいのことをする主人公は、なんだか恨みがましいと言うか、いつまでも過去を引きずっていると言うか、妙に感情的なところが、見ていてあまり気持ち良くない。

前半の主人公が、男気があって冷静に描かれているだけに、中半の様変わりようが、柔和そうな高田浩吉さんのイメージにそぐわないような気がするからではないかとも思う。

主人公を演じる高田浩吉さんは、この当時、なかなかのイケメンだが、四年も牢暮らしをするという設定の割にはやせていないのがご愛嬌。

この当時の役者さんには、今風の、役に合わせて身体を作るなどというような発想はなかったと見える。

むしろ、少しふくよかな方が二枚目らしかったのだろう。

その妹を演じている中村玉緒さんは、この時代にしては出番も見せ場も多いように感じるが、中盤の泣かせどころをきっちり演じている。

最初は悪役風に登場する藤田進や名和宏、榊原役の石黒達也さんなど、脇を固める方々も皆、ちょっと大仰で古めかしい芝居かな?とも思うが、なかなかの熱演で分かりやすい。

瑳峨三智子さんのこれほど大芝居と言うのも始めて見たような気がする。

やはり時代劇の嵯峨さんは、山田五十鈴さんにそっくりである。

また、東宝特撮などでもおなじみの、藤田進と田崎潤が、松竹作品で顔を合わせていると言うのも興味深い。

クライマックスは、おなじみのみかん舟のエピソードであり、松竹映画では珍しいミニチュア特撮で描かれている。

雨降し、波飛ばしのセット撮影も相まって、なかなかの迫力シーンになっている。

近衛十四郎の殿様役も珍しい気がするが、人情派の大納言役は、威厳があるとともに魅力的である。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1959年、松竹、本山大生脚本、渡辺邦男原案+脚本+監督作品。

帆船が浮き彫りにされた木版画を背景にタイトル、キャスト、スタッフロール

元禄初期 -紀州和歌山

廻漕問屋、紀の国屋の船「紀の国丸」の甲板では、ホラ貝が吹かれ、帆を揚げろ!と船頭たちが呼びかけていた。

それを港から見送る使用人たち 出航した紀の国屋丸の船内で積荷を見回っていたのは、二代目紀の国屋文平(高田浩吉)と父親の代から長年仕えている使用人権次(名和宏)

そんな中、文平は、積み荷の奥に隠すように置かれていた見慣れぬわら包みを見つけたので、中を改めて見る。

権次にも中を見せると、これはご禁制の鉄砲!と権次も驚く。

そうした二人の様子を階段のところで睨みつけていたのは、船頭の1人、死神の半兵衛(藤田進)だった。

権次、覚えがないのか?と文平が問いただすと、とんでもねえ!と否定した権次は、みんな!これどうしたんだ?と近くに居た船頭たちに聞くが、その連中も知らないようだった。

そこに、権次!と現れたのが、鉄砲を片手に持った半兵衛だったので、死神!てめえの細工だな?と権次は睨みつける。

しゃらくせえ真似をするぜ!と半兵衛が悪態をつくので、文平が前に出ようとすると、それを手で制した権次は、若旦那!いつもこんなことをしていると思わねえでくだせえと言い訳し、大旦那に今日まで信用された男が立たねえんで!と言うと、おい!死神!てめえ、誰に頼まれてこんな真似しやがた?と半兵衛に聞く。

久しぶりに若旦那が乗っているというのに、こんなケチつけられてたまるけえ!と啖呵を切る権次

すると、半兵衛は引き下がるかに見えたので、待ちやがれ!と権次が呼び止めようとするが、それを振り払った半兵衛は、積み荷の奥から一人の船頭を引っ張りだして来て、こりゃ何だ?と逆に聞いてくる。

それは、どう見ても男に化けた女だったので、船頭たちは驚き、その男に何しやがるんでぇ!と権次も慌てて詰め寄る。

すると、持っていた鉄砲を差し出し、権次の動きを止めた半兵衛、おかしな真似をするねえ!板子一枚下は地獄だぜ!と床を鉄砲の台尻で叩いてみせると、船室の天井に向け一発発砲する。

その音で甲板上に居た船頭たちも、何事か?と驚くが、この女もご禁制のはずだぜ?と半兵衛が権次に迫ると、ちょっと待ってくれ!その娘はおふくろが大阪で死にかけてるんだ!話を聞けばあんまり可哀想なんで、俺たち船頭仲間が店の借金を返してやったんだと権次は教え、下手な真似をしやがると承知しねえぞ!と息巻く。 女を男に化けさせてよ、荷物舟に乗せるのは理屈が通らねえぜ、大阪で売ろうって腹だろう!と半兵衛は反論する。 すると、何を言いやがる!と言いながら、権次は、半兵衛の鉄砲にしがみつき奪い取ろうとするが、それを振り払った半兵衛は、女の手を取って甲板へと向かう。

他の船頭たちが邪魔しようとすると、弾が入っているんだぞ!と半兵衛は脅すので、うかつに側に寄れない。

甲板に上がった半兵衛は、てめえらがご禁制、ご禁制とわめくなら、この女っこに一発見舞ってやるぞ!と言うと、いきなり、つれて来た女に銃を向け、その直後、帆綱に付いていたあんどんを狙って撃ってみせる。

愉快そうに哄笑しだした半兵衛の隙を狙った文平が銃に飛びつき奪い取ると、他の船頭たちが半兵衛につかみ掛かり、そのまままた船倉部分に突き落とす。

半兵衛は抵抗しようとするが、多勢に無勢、他の船頭たちに良いように殴られ、文平も向かって来た半兵衛を殴りつける。 そして、半兵衛を床にねじ伏せた文平は、権次!鉄砲!と命じたので、船頭たちが一斉に、積んであった鉄砲の包みを運び出し、甲板から全部海に放り込んでしまう。

それを止めようと甲板に上がろうとした半兵衛だったが、文平荷足を引っ張られ、船倉に落とされたのでやけになり、どうにでもしやがれ!と座り込んで啖呵を切る。

そんなふてぶてしい半兵衛に、おめえ、一体誰に頼まれた!と権次は迫るが、文平は止せ!と権次を止める。 相手の名を知れば、いつかは俺の口から出る…と文平は言い聞かすが、いや、このままじゃ、大旦那に申し訳が立たないんだ!と権次は承知せず、おい、おめえの出入り先は南海屋だな?と半兵衛に確認しようとするので、聞くな!積み荷の間違いはある物だ、権次、あの娘さんの借金はいくらだ?と言いながら、文平は自分の巾着袋を取り出す。

すると権次は恥ずかしそうに、二分でした…と応えたので、お前たちにも仏心があるもんだな、取っとけと言いながら、文平は金を出してやる。

さらに、娘さん、聞けば、おふくろさんが死にかけていると言ったな?大阪に着いたら、すぐ医者を頼むと良いぜと言いながら、こちらにも金を渡してやる。 そんな文平の温情に触れた娘お加代(瑳峨三智子)は、言葉も出ないくらい感激するのだった。

大阪の港に着くと、いきなり御用役人たちが船に乗り込んで来て、「紀の国丸」の頭領はおらぬか?と聞いて来たので、はい、私が紀の国屋の二代目でございますが…と文平が名乗り出ると、役人は、仔細あって調べをするまで荷揚げはならぬぞ、なお、死神の半兵衛と申す船頭はおらぬか?と言う。 いえ、おりませぬ、これは皆、私方の船頭ばかりでございますと文平は応えるが、船倉から甲板に上がりかけていた半兵衛は、その声を聞いて止まる。

妙だの~、よもや偽りは申すまいが…と役人は言うと、配下の者たちに荷改めをさせる。

船倉に降りた文平は、そこにいた半兵衛に、隠れるんだ!と命じると、娘の方には、お前はここに居て!と言うと手をつなぐ。

その夜、宿屋「大坂屋」に来た半兵衛は、南海屋藤吉(小堀阿吉雄)と合い、荷物を天満役に見つかるところを紀の国屋が海に捨てたので助かったことを報告していた。

南海屋は半兵衛の言葉を頭から信じず、おい!紀の国屋の若いのに頼まれて高く売ったんだろう?見え透いた嘘をつくな!金を出せ!売った金を出せ!と詰め寄る。

半兵衛が何も応えないと、汚えど根性だとあざけるので、急に立ち上がった半兵衛は障子を開け、旦那!と大きな声を出したので、慌てた南海屋は半兵衛を部屋の中に引き入れ、大きな声を出すんじゃない!といさめながら障子を閉める。

手が回っているのは、何も「紀の国丸」だけじゃないんですぜ!捕まったそうですぜと半兵衛が言うので、何!と南海屋は驚く。

豊臣の残党 由比正雪の一味 淡路善之丞捕縛なり。 時を同じうして、江戸においても、幕府転覆を計る者一網打尽となる。

が、予想外に幕府方の死傷者が多かったのは、彼ら一味の持つ武器のためであった。

元禄四年 幕府は江戸在住の諸大名に総登城を命じた。 居並んだ諸大名を前にした将軍綱吉(森美樹)は、かねてより、由井正雪の事変を端緒として、豊臣の残党、あるいはその一味、幕府に歯向かうもの、皆一様に特製の鉄砲短筒を所持しておる…と話し始める。

しかも、その出所不明のため、これが詮索に困難を極める由である。 大目付よりの調べによれば、近畿、西国、九州各地の港より、密貿易によってこれを入手すると聞いておる。

事後、密貿易による武器弾薬の取引、隠匿はこれを固く禁じ、違反者は謀反の志ありと見なして、領地没収の上、藩家は改易、またこれに結託する商人には闕所追放の極刑を科す!と綱吉は言う。

なお、この上、幕府に楯突かんと志すものあれば、早々国元へ立ち返り、軍備を整え、江戸へ攻め上るが良い!とまで綱吉が言うので、恐れながら!と口を出した前田侯(市川男女之助)は、上様に弓引こうなどとは、大海の水を飲み干さんより愚かなこと、そのような不届きを企む者は、よもやこの中には…と疑念を挟む。

紀伊殿!、紀伊殿は国元においては産業の復興に当たり、商人との道を開くは上々とは思うが、ことをわきまえざる商人、紀伊殿の真意を解せずして武器などの密貿易などいたせば一大事!と綱吉から名指しされた紀州大納言光貞(近衛十四郎)は、その点は厳重に戒めております。

ただいま、上様から産業についてのお話がありましたが、本年のみかんの出来高などは、輸送の道さえ立ちますれば、この江戸にも大量に引き渡すことができますと畏まって応える。

しかし綱吉は、話の趣旨が違う!今は武器の密貿易のことじゃ、由井正雪の後ろに紀州家が連座していた…、本日こそ噂として聞いたが…などと綱吉が言い出したので、上様!仮にも紀州家は幕府の御親藩、左様なことがあろうはずがございません!と血相を変える。

すると綱吉は、あるはずのない武器が反逆者の手に渡っておる。この事実をどう思うか!と言葉を荒げたので、紀伊以下、諸大名の顔はこわばる。 幕府このたびの決断、諸大名においても、心して肝に銘じられい!と、立ち上がった綱吉は言い渡す。

かくして、南海屋の船を始め、商人たちの船荷の取り調べは厳重を極めることになる。

たまりかねた紀伊の商人たちは、ある夜、紀の国屋の店に集まり、善後策を話し合うことにする。

店の前で、やって来た南海屋などを出迎えていた豊吉(北上弥太朗)は、なんだかずるそうな旦那衆ばかりで、気に入らねえな…とつぶやいたので、一緒に出迎え役をやっていた番頭由之助(尾上菊太郎)が、何を言う!旦那衆のお耳に入ったら大変なことになる。

豊吉、今日のことは他人様には言っては行けないぞと注意する。

先に来ていた熊野屋(四代目澤村國太郎)に部屋の前で会った南海屋が、えらいことになりました。私の船など今まで調べが続きまして…と愚痴ると、どうしたもんですかな~、まだ武器だけのお調べなら、これに懲りて密貿易などするはずがないが、他の物をやられますとね~…と熊野屋も心底難儀している様子を見せる。

台所へやって来た番頭は、お膳と酒もいらない!と女中たちに言い渡していた。

部屋の中では、既に集まった旦那衆の一人岬屋(海江田譲二)が、せっかく大納言様のお力添えで商いの道も盛んになり、それに、他の藩には見ることができないみかん類も、今では大阪を始め、遠く江戸までも裁きが付くようになりました折でございます。

何とか大目付様のご裁量で、ここを巧く乗り切ることができますれば…と話しているので、こう重箱の隅をほじくるようなことをされては商いの道が立たなくなりますわ…と南海屋も尻馬に乗る。

すると紀の国屋庄左衛門(香川良介)が、ねえ皆さん、このたびのことは、商い、商いと、思案ばかり言うてはおられんと私は思うがな…と言葉を挟む。 それを聞いた熊野屋は、これ、紀の国屋さんともあろう人が何を言うんだ!商人には商いの道が第一や!と言い出し、恵比須屋(本郷秀雄)も、そうだとも、熊野屋さんの言う通り!第一、商人がのう…と他の旦那衆に同意を求める。 そのとき、待て!と声を発した榊原十太夫(石黒達也)は、先ほども申した通り、このたびの件は直接幕府よりのお達しである。

その方たちが考えている以上に容易ならぬ事態じゃ。まかり違えば紀州家55万石の安泰にも関わる。

大納言様の御身に類が及ぶのじゃぞ!と言い聞かせる。

本来なら、その方たち一人残らず召し捕り取り調べねば幕府に対して申し開きが付かん!とまで榊原が言うので、旦那衆たちは驚愕する。

そんな無茶なことを仰せられては、回送問屋は軒並みつぶれてしまいますと恵比須屋は言うと、それもやむを得ん…と榊原は厳しい表情で応える。

しかしそれではあまりにも無慈悲な仕打ち…、大目付様に内々に来ていただきましたので、何か思案はございませぬか?と紀の国屋が尋ねると、思案とは?と逆に榊原の方が問いかける。 すると、このうちから一人、誰か…、自首して出るのでございますと紀の国屋が言い出したので、それを聞いた旦那衆は、何!縄付きを出すというのか!とざわめき立つ。

その頃、別室で、南海屋の娘お妙(伊吹友木子)の相手をしていた紀の国屋の娘お美輪(中村玉緒)は、お妙様、このお人形が、いつかお話しした、私のおじいさまが徳川のお殿様からいただいた物ですの…と人形を見せていた。

あの大阪夏の陣のとき、兵糧を命がけでおさめたという、あのおじいさまなの?まあ、うらやましい…、私のうちにはこんなお宝はないのよ…、でも私、文平様のお嫁さんになれたら、これいただけるのねとお妙が言うので、あら、これ、亡くなったお母様からいただいたのよ、でもよろしければお祝いに差し上げますわ…とお美輪は応える。

それを聞いて喜んだお妙だったが、お父様たち、どうしたのかしら?お話が長いこと…と旦那衆たちの会合のことを気にする。

その頃、旦那衆は、紀の国屋の思わぬ提案にざわついていたが、黙れ!と一喝した榊原は、盗人猛々しいとはその方たちのこと!利益をむさぼるときはダニのように集まり、今となっては、己一人助かろうとうろたえるそなたたちは沙汰の限りじゃ!それとも拙者の前で、武器弾薬の密貿易の覚えなしと言い切れるか!と叱りつける。

その言葉に黙り込んだ旦那衆だったが、榊原は紀の国屋に、日頃のおつとめ、その方だけは覚えなしと言い切るであろう。しかし、一同を取り締まっている立場として一端の責めはあるぞ!と言い聞かす。

責めでござりまするか?と問いかけた庄左衛門は、この中より一人、自首して出るという紀の国屋の申し入れも、果たして御上においてお聞き入れになるかどうか…、わしは難しいと思うと榊原が応えると、それすら逃れようとすることは、殿に対してその方たち、道が相立つか!と旦那衆たちを攻める。

すっかりしょげ返った旦那衆の前で、この上は御上において処断いたす!と言い渡し、榊原は席を立とうとする。

それを旦那衆はとどめようとするが、引け!この場に及んで何を言うか!と榊原が叱ると、榊原様、なにとぞ私めをおつれくださいませ…と庄左衛門が言い出す。

旦那衆は全員驚愕し、榊原も、その方が密貿易の咎人として自首して出ると申すのか?と聞き返す。 はい、私には、榊原様の今仰せの通り、一同を取り締まる役目としての責めがございます…と庄左衛門が応えると、旦那衆はばつの悪い顔になり、榊原も、待て!例え取り締まる立場にあると言え、身に覚えなきその方を罪刑に処すことは拙者の役目から言ってもいたさぬ。早まったことを申す出ないと庄左衛門に言い聞かす。

とは申せ、この際、他に思案はございませぬ…、私めをお連れくださいませと庄左衛門は譲らない。 紀の国屋、一代闕所となることは覚悟の上か?と榊原が念を押すと、そのことに付きましては、ここにおいでの皆様方にお約束をお願いいたします。

何分にも私はこの年、あるいは牢内で死ぬかもしれませんが、倅文平には何らかの形でこの紀の国屋の身代を残りますよう…、お力添えを願いますと庄左衛門は旦那衆に頭を下げる。

そうなれば、何をおいても庄左衛門さんの身の立つようにせねばなりますまい。私たちの身代わりになっていただくんですからな…と熊野屋が答える。 しかしそれでは、あまりにも庄左衛門さんに申し訳が立たんというもの…、他に思案はない物でしょうかね~?と岬屋は言う。

すると南海屋は、そんな、これは紀の国屋さんなればできることじゃ、御上に一番信用のあるあなたが申し入れてくだされば、どんなお慈悲がいただけるかも分からんなどと言い出したので、控えい!このたびの件は御上よりの厳重なるお達し、上のお慈悲はいただけぬものと思うがよい!と榊原は言い渡し、紀の国屋!良く考えたが良いぞ!ともう一度庄左衛門に言い聞かせる。 そのとき、しばらくお待ちくださいませ!と言いながら座敷に飛び込んで来たのは文平だった。

庄左衛門は慌てて、大事な寄り合いじゃ、あちらへ行きなさい!と息子を下がらせようとするが、榊原様、このたびのこと、私でお許し願いますと文平が頭を下げる。 そちが行くと申すのか?と榊原が念を押すと、文平は、はい!と答える。 志は誠に見上げた物だが、この場の一片の義侠心に駆られては…、悔いを三代に残すぞと榊原は諭そうとする。

仰せではございますが、父の決意の変わりませぬことは、この私めが一番存じております。また、父の意思に対しまして、子としてこのままで居る訳には参りませんと文平が答えたのでで、重ねて言うが、このたびの件は、まかり違えば紀州家55満石にとって不忠の大事、左様申しておるからには、あくまで犠牲としてではなく咎人となる覚悟をしての上か?と榊原は念を押すと、はい!と文平が返す。

今宵良く考えるが良い…と言い残し、榊原は帰ってゆく。 その後、旦那衆は、庄左衛門と文平に頭を下げ、申し訳ないと詫びる。

ただ気になりますのは、やがて私の父となる南海屋さん…と呼びかけた文平は、幸い、お妙さんも来ておられますので、しばらく話し合いたいと思いますと申し出る。 兄とお妙を部屋に残し、出て行くお美輪の表情は暗かった。

部屋の中で文平から事情を聞いたお妙は、えっ!あなた様がお仕置きに!と驚いていた。 長くて4年、早くても2年はかかるだろう…と文平は打ち明け、あなたはそれでも待っていてくれますか?と問いかける。

はい、いつまでもお待ちいたします…とお妙は答えるが、その上私は前科者になるんだよと文平は言い聞かすと、前科者!私にはどうしたら良いのか…、あんまり突然の悪夢のようなお話、私はどうしたら良いのでございましょう?とお妙は苦しみ、文平の膝にすがりついて泣き出す。

無理もない…、お父さんが待っている、早くお帰りなさい…と文平は言い聞かせる。 文平様、文平様!とお妙はすがりつく。

文平が、お前との間を離縁にしても良いと言ってるが…と、その後の帰り道、父親の南海屋はお妙に伝える。 はい、文平様が咎人になるというので、私の気持ちが耐えられないなら、この縁談、なかった物にしたもらい…とお妙が答えると、それで、お前、なんて返事したんだと南海屋は聞く。

一方、父親庄左衛門から話を聞いたお美輪も、お兄様に限ってそんな悪いことをなさるはずがありません!と納得しかねていた。

もう言ってくれるな…、固い決心で行く文平だ、よくよくお前からも励ましてやってくれと庄左衛門は頼む。

しかし、お美輪は、お父様!紀の国屋とあろうものが…、お殿様からいただいたこのお人形を見てください!美輪には信じられません!と泣き崩れる。

庄左衛門も堪り兼ねて立ち上がると、上にもお慈悲はある…。正しいことさえしておれば…と言いながら立ち去ろうとするので、正しいことをして、なぜ牢に行くのです?お父様!とお美輪は詰め寄る。

その頃、倉の外で、若旦那様!お願いですから、牢にだけは行かないでください!私には、どうしても恐ろしい災難が若旦那に降り掛かってくるとしか思えません!と文平に頼んでいたのは豊吉だった。

馬鹿なことを言うな、お前は私の留守中、読み書きそろばんを習って、立派な商人になるんだ、な?と文平が言い聞かそうとするが、 いやです!一番かわいがってくださった若旦那様とお別れするなんて!と豊吉は悲しむので、文平も、それ以上何も言えなくなってしまう。

和歌山城 かねがねご心痛をおかけいたしましたました密貿易の件、ようやく解決いたし、紀の国屋こと別所文平に入牢を申し付けましてござりますると報告を受けた城主紀州大納言光貞は、何?紀の国屋文平?関ヶ原の合戦で攻のあったであの紀の国屋か?間違いないな?と驚く。

御意!さすがは紀の国屋、本人より自首いたしましたる段、誠に神妙と存ぜられますが、このたびの一件、当藩が大捜査の末、いずれも密貿易に関する確たる証拠はなく…、従いまして、自白に待つより取り調べる手段もございません。

僭越ながら、殿の胸中を拝謁つかまつり、某自身の存念にて事を運び…と榊原が報告していると、待て!と紀州大納言は発言を止め、重ねて聞くが、紀の国屋一人自首したのか?と問いかける。

御意にございますと榊原が答えると、その方自身の存念でとか申したが、調べの上でよも落ち度はあるまいな?と大納言は念を押す。

すると、榊原、ございません、ただ…と答えたので、ただ?ただ、何か?と大納言は聞き消す。 願わくば、紀の国屋先代の功労に対し、なにとぞご寛大な処置を願いますと榊原は言い出す。

すると大納言、ならぬ!掟は掟じゃ!万一間違いあらば、その方の身の上にも及ぶぞ!と言い放つ。

それを聞いた榊原、重々心得ておりますと畏まる。

牢に入っていた文平は、紀の国屋!と隣の牢から呼びかけられた声に聞き覚えがあったので、半兵衛か!と呼びかけながら、手を差し出す。 そうだよと答えた半兵衛は、その手を握り返す。

おめえが入ったと噂には聞いたが、そっちは3年以上の咎人が入る座敷だと半兵衛は教え、おめえ、一体何をしたんだ?と聞いてくる。

こんな所でお前に会うとは…と感無量になりながら、半兵衛、牢というのは入ってみないと辛さが分からん物だな~…と文平は話しかける。 しゃれたことを抜かすじゃないか!と半兵衛があざけったので、おめえ、一体何をしたんだ?と文平は聞く。

あのとき、おめえが鉄砲を海に捨てなきゃ、俺の首はすっ飛んでるところだ…、恩に着るぜ…と半兵衛は壁越しにささやきかけ、俺のことより、おめえ、一体何をしたんだ?とまた聞いてくる。

文平が何も答えないので、密貿易なら、南海屋が食らわなきゃならないし…と半兵衛は不思議がる。 そのとき、役人が近づいて来て、紀の国屋文平参れ!と呼び寄せたので、は隣の牢から耳を澄ます。 出てみると、榊原が訪ねて来て、神妙に勤めておるか?と言葉をかけて来たので、文平は頭を下げる。 はい!と答えると、やつれたの~…と榊原は同情する。

父や妹は達者でおりましょうか?と文平が尋ねると、達者に暮らしておると榊原は教える。 それを伺って安心いたしましたと文平が安堵すると、南海屋さんを始め、回船問屋の皆さんには何のおとがめもありませんでしたでしょうか?と確認する。

すると榊原、顔を歪め、商人共はあくまで商人根性じゃと吐き捨てたので、何と申されます!と文平は驚く。

その頃、南海屋の家の中では、帳簿を付けていた南海屋にお妙が、お父さん、文平さんがそのような悪事をなさるとは思いませんでした…と話しかけていた。 南海屋は、やがて紀の国屋は闕所になる。

財産一切は御上に没収の憂き目を見るのは間違いないと人ごとのように答える。 それを聞いたお耐えは、私はどうしたら良いの…とまた悩み始める。

わしの目から見ると、お前が不憫での~…、お前ほどの器量なら貰い手はいくらでもある。因果なことじゃ…と南海屋はぼやく。

私、紀の国屋のお美輪さんのところへこれから行こうと思ってるの、止めますわ…とお妙が言い出したので、それが良い、あまり近寄らん方がな…と南海屋も賛成する。

「廻漕問屋 紀之国屋庄左衛門」と書かれた看板が掲げられた店の前には、御用提灯が立てられ、役人たちが、集まった野次馬たちを追い払っていた。 店の中では、お美輪から体をさすられていた庄左衛門が、早まったかな~…とつぶやいていた。

お父様、何を早まったのですか?とお美輪が聞くと、文平が行って半年になるが、こうも世間の目が変わるとは思わなかった…と庄左衛門は愚痴る。 そこに、お嬢さん、おかゆができましたよとやって来たのは豊吉だった。

庄左衛門は、すっかり体が弱り、寝込んでいたのだった。 すみません…とお美輪が礼を言うと、豊吉は笑顔で、私が代わりましょうと庄左衛門に近づき、背中をさすりながら、大旦那様、あまりお考えになると体に毒でございますよと話しかける。

その時、ごめんくださいやし!と庭先にやって来たのは権次だった。

おお、権次か…と庄左衛門が喜ぶと、昨日四国から帰って参りましたと言いながら、権次は座敷に上がり込む。

良く来てくれましたとお美輪も喜ぶと、今日はまた、有田の帰りでみかんを一つ持ってめえりやしたと権次は土産を差し出す。

この頃は、回船問屋の旦那衆はお見えになりますか?と権次が聞くと、庄左衛門もお美輪も顔を曇らせる。

来てくれるのは、お前たちの仲間だけだ…と庄左衛門が打ち明けると、なんて恩知らずな野郎で…、本当に俺が若旦那が代わって牢に入ってたら、こんな惨めなことにはならなかった…と権次は憤慨する。

すると豊吉も、若旦那を何度も何度もお止めしたんですが…と悔やむので、もう言うな…、御上のお慈悲があればこそ、炊け洗いこそしていても、このうちに住まわせていただいている…と庄左衛門は制止する。

その頃、大納言の前にまかり出ていた榊原は、「紀之国屋 財産目録調書 和歌山藩」を前にして、紀の国屋の財産一切の処分の期日が切迫いたしたが、その手配の明細はそれに…と、大目付伊崎甚右衛門(永田光男)が説明する。

それに付きまして、再度のお願いがございます。かの文平、牢内におきまして、誠に神妙に相務めおると聞き及びまするよって、なにとぞ大殿の御憐憫を持って…と榊原は願い出る。

殿は、咎人への見せしめとして容赦はならんとの…、それに水戸藩への手前もある!と伊崎が横から口を出すと、大納言は、十太夫!紀の国屋については、その方に重々申し渡しておいてある。何かそちに落ち度でもあると申すのか?と聞くので、いえ、そのようなことは決してありませんと榊原は否定する。

ならば、紀の国屋の命乞いについては二度と口にするでない!と大納言は申し渡す。

はっ!と榊原は答えるしかなかった。 紀の国屋丸は、公儀において没収、その他、船及び建物の一切は、殿の産業開発のご趣旨に基づいて、同業者に払い下げるが良いと伊崎は命じる。

それにうなづきかけた榊原だったが、殿、せめて紀の国屋が現に住居いたす住まいだけは…と願い出るが、大納言は拒否する。

その後、半兵衛にお許しが出て、牢を出る日が来る。 文平が呼び止めると、この布団を尻の下に敷いてくれと、半兵衛は自らの座布団を手渡しながら、何か言付けはないかと聞く。

私は元気で居ると、お父っあんや妹に伝えてくれと文平は頼み、寂しくなるな~…とささやきかけるが、半兵衛!何をしておるか!と役人に呼ばれたので、半兵衛は急いでその場を立ち去る。

紀の国屋の倉に描かれていた紋が塗りつぶされているのを道から見ていた熊野屋は、なんだかどうも…、紀の国屋さんにはすまないような気がしますな~…と南海屋に話しかけていた。

すると南海屋は、お前さんの人の良いのも結構だがね、良~く考えて見なさい、紀の国屋は先代お殿様のご意向を良いことにして、我々を語らって、強欲な稼ぎをした物だ。考えようによりゃ、我々が汗水流して働いた財産を、御上の力で返してもらったという訳だよ…などと言うので、それを側で聞いていた左官屋の寅松(田中春男)は、おい!わいはな、いろはのいの字も分からない職人だけどよ、てめえら何だい!紀の国屋さんの気持ちがわからねえのか!え!え!分からねえのか!と突っかかってくる。

それを聞いた南海屋は、何を言ってるんだ?職人風情が出る幕じゃない!引っ込んでろ!と追い払おうとしたので、職人がどうしたって言うんだ!と寅松は反発してくる。

何を生意気なことを言ってるんだ!と南海屋の使用人たちが寅松を突き飛ばすと、旦那!話は聞いたぜ!と言いながら、野次馬の中から出て来たのは半兵衛だった。 半兵衛は、寅松を取り押さえていた使用人たちを払いのけると、旦那の面には悪党とこそ書いてねえが、なるほど良い面だと言いながら、南海屋に迫る。

貴様、俺の恩を忘れたのか!と南海屋が叱りつけると、な~に、良い面だとほめてやってるんでぇ!と半兵衛もからかうように言ってのけ、恩って何だ?恩ってのは!と言いながら南海屋の襟元をつかみ掛かる。

その通りだ!と寅松が加勢に来たので、おめえに分かるか?と半兵衛は聞く。 そんな様子を近くから見ていた恵比須屋など他の旦那衆たちもばつが悪くなる。 そこに駆けつけて来て、半兵衛!お父さんに何をするの!と止めに入ったのはお妙だった。 お嬢さんけ?とお妙の顔を見つめた半兵衛は、牢の中でよ、紀の国屋の若旦那が寝言でおめえさんの名前を呼んでいたぜ…と教えてやる。 驚くお妙に、牢は俺の隣でよ、若旦那は3年以上の牢よ…と教えた半兵衛は、お妙が何も言ってこないので、なるほど…、おめえさんの面も良い面だと皮肉を言う。 呆然と立ち尽くすお妙を熊野屋が連れて行く。 すると南海屋は、お前が牢を出たとは知らなかった。今日のところはこれで…、な?と小銭を渡す。 半兵衛と寅松が去って行くと、ふん、馬鹿野郎!と南海屋は吐き捨てる。 すると、半兵衛がまた戻って来たので、まだ足りないのか?と南海屋が聞くと、恐れながら…と訴えたいところだが、ここじゃ、てめえに敵わねえからな!と自分の頭の天辺を指し、もらった小銭を地面に叩き付けて去って行く。

寅松もそれを真似、半兵衛が捨てた小銭を拾い上げると、ここじゃ敵わねえからな!と自分も頭の天辺を指差し、また地面に金を叩き付けて同じように去って行く。

その後、豊吉が、大旦那様!と寝込んでいた庄左衛門の部屋に駆け込んで来たので、どうしたの?豊吉…と世話をしていたお美輪が聞くと、御上に召し上げられました30石船5槍と土蔵もみんな、南海屋、熊野屋、岬屋その他に下げ渡しになりましたと報告したので、庄左衛門は、何!と驚愕し、豊吉!嘘ではあるまいな!と念を押す。

はい!確かに間違いございません!と豊吉が答えると、おのれ!と言いながら無理矢理立ち上がると、今になって榊原様のお言葉が思い出された!と庄左衛門は悔しがる。

そのまま床の間に飾ってあった刀を取ろうとするので、豊吉は、いけません!お体に触ります!危のうございます!と必死に止めようとする。

南海屋と刺し違えて!とわめいていた庄左衛門は、文平!許してくれ!と叫んだ直後、布団の上に倒れ込む。 お美輪と豊吉は倒れた庄左衛門にすがりついて泣き出すが、その後、薬を飲ますと庄左衛門は何とか小康状態に戻る。

ついかっとして、あのようなことをお耳に入れてしまい、申し訳ありません…と豊吉は、庄左衛門を興奮させてしまったことをお美輪に詫びていた。

心配しなくても良いの、悪いことから目を背けず立ち向かえと、かねがねお父様は言っておいででしたもの…とお美輪は言う。 人は落ち目になって初めて人の真心を知る…、お前がこんなに良くしてくれることを兄さんが聞いたら、どんなに喜んでくれるでしょう…とお美輪は豊吉に言う。

番頭さん初め、みんな後足で砂をかけるようなことをして…、この豊吉に解消さえあれば!と豊吉は自分のふがいなさを悔やむ。 そこに役人がやって来たので、何事でございしょう?とお美輪が応対すると、別所庄左衛門!当夜限りを持って当家を闕所とする!さよう心得よ!という知らせであった。

なんと仰せられます!とお美輪は驚き、豊吉も、大旦那様は明日をも知れぬ身でございます、お慈悲をいただけませぬか?と頼む。

そこに、ちょっと待っておくんねえ!と入って来たのが権次で、今、話は表で伺いましたが、それはあんまり酷えってものでしょう。大旦那は今病気で寝てらっしゃるし、明日引っ越せなんてそれは無理です!それくらいのお慈悲はかけてくださったって…と訴える。

しかし役人は、その方たちの気持ちはよくわかるが、掟は曲げることはできぬ!と言うので、権次はそんな役任意すがりつこうとするが、そこに榊原がやって来たので、旦那!と声をかける。

特に一ヶ月、お許しになられたとお美輪に伝えた榊原は、その方は引き上げて良いと役人に命じる。

お美輪は、申し訳ありませんと榊原に詫び、泣き崩れる。

そのとき、奥から苦しむ庄左衛門の声が聞こえて来たので、お美輪、権次、豊吉は飛び込んで行く。

旦那!お父様!と叫ぶ権次やお美輪の悲鳴を入り口で聞いていた榊原は事情を察し、厳しい表情になる。

とうとう庄左衛門が息を引き取ったのだった。 おのれ!南海屋!と叫び、部屋から飛び出そうとした権次を縁側で止めたのは、上がり込んで来た榊原だった。

私も行かせてください!と立ち上がった豊吉にも、止めい!と言い、座敷に突き戻す榊原。 お前たちではあの連中には手は出せんと榊原は言い聞かす。

刀を抜いて、庄左衛門の側に座った榊原、紀の国屋!胸中察する…と言葉をかけたので、お美輪はわっと泣き出す。 その頃、文平は牢内で悪夢にうなされ、それを振り払うように起き上がり、夢だったのか…と文平はつぶやく。

その後、他の回船問屋の旦那衆を集めた榊原は、その方たち、紀の国屋との約束を果たしたのか?と詰め寄る。 すると、南海屋は、どんなお約束でございましたでしょうか?などととぼけてくる。

例え、紀の国屋が闕所になろうとも、お前たちが必ず紀の国屋に財産を残すと約束したではないか!と榊原が言うと、そりゃ榊原様、御上のお指図通り動いております手前どもに何ができましょうか?などと南海屋が言うので、控えろ!と榊原は叱りつける。

それほどまで、お前たちの商人道徳は地に落ちたのか…と無念の涙を浮かべた榊原は、紀の国屋の非業の最期をお前たちは知っとるか!と伝えると、さすがに旦那衆は血相を変える。

熊野屋などは、亡くなりましたか!と叫ぶ。 拙者、江戸詰めのため、明後日当地を出立いたす。場合によっては、職を賭して、お前たちを再吟味いたすぞ!と言い残し座を立つ。 そんな榊原に追いすがった南海屋は、御上のお許しさえあれば、私たちは何でもいたします!と言い出す。

それを聞いた榊原は、間違いないな!と強い口調で念を押す。 庄左衛門の通夜に集まったのは、お美輪、豊吉の他には、権次とその仲間たちだけだったので、回船問屋の連中は誰も来てないのか!と仲間たちは憤る。

すると権次が、世の中ってもののはこんなもんなんだよ…、足りなきゃ一つの物を二つにしてでも食う俺たち仲間の方が、お話しにならねえくらいきれえなんだと言うので、お美輪は泣き出す。

その頃、榊原が帰った後の南海屋は、榊原にすがった話とは裏腹に、他の旦那衆たちに、関わり合いにならないことだと勧めていた。

すると南海屋さんの知恵には驚きましたよ…と熊野屋は感心したように言う。 これはなんとかせぬばと目鼻がつくまいと岬屋が口を出すと、岬屋さん、あんた、命が危なくなっても良ければ関わりなさいなどと南海屋が言うので、それ以上は何も言えなくなってしまう。

そこへ、いらっしゃいませとお妙が挨拶に来たので、熊野屋が、お妙さんと文平さんのことはどうしました?と聞くと、これもやっと落ち着きましてね…と言い、なんかいやは笑い出したので、それでは、紀の国屋さんには嫁にやらんのですか?と聞かれると、やるもやらぬも、相手が入牢中では…、のう?南海屋さん…などと熊野屋も苦笑する。

その頃、和歌山城内では、江戸へ出立前の榊原が、紀の国屋荷関してはくれぐれもお願いつかまつりますと伊崎甚右衛門に頼み込んでいた。

しかし、江戸転任に対しては新たな仕事が大切だ、その問題には触れるなよ…と伊崎は言うだけだった。

城の外では、兵庫、しばらくじゃったの、半年ぶりじゃ…と紀州大納言が鷹狩りの姿で話しかけ、殿もご機嫌麗しく何よりだと思いますと、一緒に歩きながら答えていたのは柳生兵庫(田崎潤)であった。

江戸表より久方ぶりに柳生の庄に帰り、各地を旅程いたしましたが、豊臣残党の反逆もようやく収まり何よりでございましたと兵庫は挨拶をする。

殿には上様より、武器の密貿易にて、大分お嗜めを受けられたようで…と兵庫が軽口を叩いたので、大納言も、綱吉公も言い出したら聞かんたちでのう…と笑い出す。

もっとも、当藩にも密貿易を行った者がおる…、紀の国屋文平という男じゃが…と大納言が言うと、えっ!これはまた意外な名を伺うもので…と兵庫は驚く。

兵庫、文平という男を知っておるのか?と大納言も驚くので、かつて、柳生の庄で二年ほど修行をしておりました。人は見かけによらぬものでございますな…と兵庫は怪訝そうな顔になる。

そこへ、お供の仕度ができましたとの伝令が来たので、兵庫、久しぶりの鷹狩りじゃ、供をせぬか?と誘う。

城を後にする大納言と兵庫ら供の者たち… かくて三年の後 元禄八年 ある日、牢の前にやって来た役人が、別所文平、本日、出獄を許す!出ろ!と申し渡す。 喜んで外に出た文平は、立て!手を出せ!と命じられるので、うれしそうにそれに従うと、掟によって入れ墨をいたす!と言われたので驚く。

それを聞いた文平は狼狽し、その場を逃れようとするが、神妙にせい!と何人もの役人たちから押さえつかられたので、お助けを!と叫ぶ。 その後、ようやく外に出られた文平は、ああ…、長い四年だった…とつぶやく。

そして、周囲に誰の姿もないことに気づいた文平は、私を誰か迎えに来ませんでしたか?と門番に尋ねるが、門番は首を横に振るだけだった。 がっかりした文平は、近くに居た女性の姿に気づき、あ!お妙さん!と呼びかけながら近づくが、すぐに人違いだと気づき、通り過ぎようとするが、若旦那様!とその娘から呼びかけられたので、誰かと振り向く。

お忘れですか?権次おじさんや船頭の皆さんが、若旦那が帰るのを指折り数えて待っておりましたけれど、あいにく四日前に四国行きの船に乗りまして…、お出迎えができませんと娘が説明するので、お前は一体誰だい?と文平がいぶかしがると、はい、四年前に船でお助けいただいた加代でございますと娘は名乗る。

加代…?ああ、あのときの!と文平は、男に化けて船に乗り込んでいた娘のことを思い出す。 いつ来た!いつここへ来たんだ?と聞くと、夜明け前からずっと待ってましたとお加代は答える。

そうだったのか…と文平が感激しているところへ、若旦那様!と駆けつけて来たのは豊吉だった。

若旦那様!よくぞご無事で…と感激して泣き出した豊吉と手を取り合って再会を喜ぶ文平。 お父さんは達者かい?美輪はどうしてる?店の方は変わりないか?みんな、どうして迎えに来てくれないんだ?と文平が聞くと、若旦那!と豊吉は文平の胸にすがりついて泣き崩れる。

豊吉!どうしたんだ?お父さんはどうしたんだ?と文平が聞き返すが、そんな2人の姿を悲しげに見守っていたお加代は、静かにその場を立ち去るのだった。 お美輪は海辺の豊吉の家で待っており、体を壊しているようだった。

そんなお美輪は、豊吉と一緒にやって来た文平に、お兄様、こんな姿でごめんなさい…、でも私、お兄さんがお帰りになるまで生きていられないような気がしてなりませんでした…と詫びる。

そんな気の弱いこと言ってどうするんだい、しっかりするんだと慰める文平 豊吉さんの家にご厄介になって、もう1年にもなります。お父様が亡くなって三年です…とお美輪が言うので、三年…、そうか…と文平はようやく事情を飲み込むのだった。

そのとき、お嬢さんも、こんなむさ苦しいところで、さぞご不自由だと思いますが…と、豊吉の母おつぎ(浦辺粂子)が話しかけて来たので、おばさん、なんと言ってお礼を言ったら良いか分かりません、豊吉に対するわずかな恩義に対してこれほどまで!と文兵は感激し頭を下げる。

すると豊吉は、若旦那!何をおっしゃいます!それどころか、私に力がないばかりに…、お嬢さんをこんな惨めに…と恐縮する。

お美輪は、お兄様、こうして臥せっていると、人の心の温かさが身に染みてきます。権次三はじめ、船頭衆が、暇を見つけては見舞いに来てくれますのよ…と打ち明ける。

権次が来てくれたか!と文平が喜ぶと、それに、ほら…、あの加代さんとか言う人…とお美輪が言うので、あの人なら、今日、牢の裏門まで私を迎えに来てくれたと文平が話すと、そうでしたの…、いつも何かと暖かく私を力づけてくれますのよ…とお美輪は打ち明ける。

そんなお美輪に、お嬢様、お体に触ります、お休みになって…とおつぎが声をかけ、豊吉も促して、お美輪を寝かしつける。

浜辺に歩き出た文平は、俺は和歌山に行って問屋仲間に会って来る…と言い出したので、後を付いて来た豊吉が、会ったところで無駄です、腹が立つばかりですと忠告するが、せめてお美輪の病気が治るまでは、荷をさせたくないんだと文平は言う。

お医者様はもうだめだとおっしゃってました…と豊吉が伝えると、何!本当かそれは…?と文平は愕然とする。 二木ほど前、ひどく血を吐かれて…と豊吉は打ち明ける。

その頃、岬屋は熊野屋を訪ね、紀の国屋が牢を出たそうだが、どうしたものかな~…と案じ顔で話しかけると、5年前の一件もあるし、黙ってる訳にも行くまいな…と熊野屋も困った様子で言う。

ただ、下手に関わり合うと、かえってやぶ蛇になりかねぬぞ。それに、榊原様も江戸詰めになって三年、他にあの事情を知っている人もいないことだし…などと岬屋が対策を練っていると、熊野屋さん!今、文平をそこで見たよ!と言いながら、恵比須屋が飛び込んでくる。

文平は、かつての紀の国屋の家にやって来てみるが、そこは熊野屋、岬屋、恵比須屋などが共同で経営する廻漕問屋になっていた。

幾ばくかの金を包んで差し出しながら、事情を聞けばお気の毒だが、私たちはただ、御上のお指図通りにして来ただけですからな…と代表して熊野屋が文平に応対する。

ではあなた方は、あのとき十分恩にきると、あれほど立派に約束された言葉を反古にするつもりですか!と文平はいきり立つ。

否、それは…、御上のお指図には、ご無理ごもっとを決め込むより他にてのないわしらのことですからな…、文平さんにそういわれると、迷惑するのはわしらですよ…などと熊野屋の返答は苦しげだった。

南海屋は?南海屋はどうしました?と文平が詰め寄ると、もう2年も前に、江戸に店を持ちましてね…と一人の旦那が教える。 江戸へ…!と文平が驚くと、ええ、あの人も和歌山とはすっかり縁を切りましてね、お妙さんもお嫁に行ったとか行かないとか…などと岬屋が答える。

そうだったのか…と、ようやくすべての事情を察する文平 深い事情は分からないが、文平さんが腹に据えかねている相手は南海屋さんのはずだ、それにわしらも、昔と違って不景気になりましてな…、勝手裏は火の車ですよなどと熊野屋がのうのうと言うので、あなた方は、そんな冷たい言葉ですますつもりですか!私への、否、紀の国屋への義理って言うのがあるはずだ!と迫ると、文平さん、変に勘をたてたり、妙なことを口にすると、牢を出たばっかりのあんたのためになりませんよと熊野屋はからかうように言う。

何!と立ち上がって暴れかけた文平だったが、左腕に彫られた入れ墨に自ら気づき、それを恥じて隠すようにしながら立ちすくむ。 熊野屋は、そんな文平を見透かすように、これはほんの気持ちだ、お取りなさいと言いながら、金を渡そうとする。

その後、海辺の墓に参っていた文平に、若旦那!と呼びかけながら近づいて来たのは権次だった。 良く帰ってきなすった!大旦那が生きていらしたら、どんなにお喜びなすったか…と、文平と手を取り合った権次は悔やむ。

あっしら仲間のところへ参りましょうと権次が誘う。

その頃、自宅でお美輪の看病をしていた豊吉は、お兄様が帰られて良かったですねと話しかけていた。 お兄様は問屋の方々に会いに行ったのではないかしら…、お妙さんのことを聞いたらどんな気がするでしょう?とお美輪は案ずるので、私もそのことは若旦那のお知らせできませんでしたと豊吉も顔を曇らせる。 無理もないわ…とお美輪も察する。

すると、おひつから飯を茶碗に装っていたおつぎが、お嬢様、若旦那様がお帰りで、お祝いのお赤飯が出来上がりましたよと声をかけてくる。

すみません、お兄様がどんなに喜ぶでしょうと、豊吉に起こしてもらったお美輪は礼を言うと、豊吉には、あのお人形にもお赤飯あげてと頼んだ後、咳き込む。

その頃、久しぶりに昔の船頭仲間と飲み屋で再会した文平は、大歓迎を受けていた。

惜しいことしたぜ、一日違いで迎えに出られなかったんだという船頭たちは、海が時化やしてね、みんな今朝方帰って来たばかりなのだと権次が説明する。 若旦那、おじさんたちの気持ちですと言いながら、酒と魚を運んで来たのは、なんとあのお加代だった。

あんまり船頭たちが優しく接するので、なあ、若旦那、若旦那って言わないでくれよ、俺は四年の間、牢に入っていた…と文平は恐縮するが、そんなことはどうでも良いじゃありませんか!ねえ、ここは将軍様の悪口を言おうが何言おうが構わねえんでさぁ、俺らの別天地ですからねと権次は言う。 豊吉から聞いたんだが、おめえたち、代わる代わる妹の面倒を見てくれたそうで…と文平は頭を下げる。

それを見た権次は、よしましょうよ、そんなことは当たり前じゃないねえかと慰める。 そこに、駆け込んで来たのは死神の半兵衛だった。 帰って来なすったか!と半兵衛が言うので、半兵衛!と喜んだ文平は、懐から取り出した座布団を出してみせ、四年の間、これに座っていたよとうれしそうに伝える。

良く忘れねえで、持って帰ってくんなすった…と半兵衛も感激する。 シャバじゃ、ぼろみてえなもんだが、あそこでは金襴緞子ですからね~…と半兵衛はしみじみと言うので、船頭たちもぐっとくる。

そのとき、若旦那、俺は行かなくちゃならないところがあるからごめんよと言い出した船頭がいたので、その前にあれを出しねえと権次はお加代に話しかける。 若旦那が帰ってくるまで、誰も手を付けちゃ行けねえってのがあるんですよと笑顔で権次は言う。

これもおじさんたちの気持ち…、私の気持ちも入ってますと言い、お加代が持って来たのは銭函だった。 宵越しの金は持たねえってのが俺たちなんだがよ~…と権次は笑い、このお金には誰も手を付けませんでした、勘兵衛の伯父さんも手をつけませんでしたよとお加代が言うので、景気よくここで開けなと半兵衛は勧める。

お加代が飯台の上にこぼしたのは、大量の小銭だった。

それを見た文平は、すまねえ、すまねえ!と涙ぐむので、お加代や半兵衛まで目を潤ませる。 わずかな世話を、これほどまで恩に着て…と言い、文平は銭の上に泣いて突っ伏す。

船頭たちもみんなもらい泣きをし、半兵衛もいい加減にしやがれ!涙がなくなっちまう!馬鹿野郎!と怒鳴りながらも男泣きするのだった。

新しい掛け布団を文平にかけてもらったお美輪は、こんなきれいなものを、ありがとうお兄様…と感謝し、お人形様も喜んでらっしゃるわと、枕元に置いていた人形を見るので、美輪、お前、これをもっていたんだな…と、文平もうれしそうに人形を手に取る。

私のものはこれだけよ…とお美輪は言う。 そのとき、おつぎが、お嬢様、若旦那からたくさんのお金をお預かりしましたよ、もう何もご心配いりませんと声をかけてくる。

そんなに皆さん、良くしてくださったの?とお美輪が聞くと、うん、熊野屋さんも阿波屋さんもみんな、とっても親切にしてくれたよと文平が嘘をつくので、庭を掃き掃除していた豊吉は悲しげな顔になる。

お兄様には黙っていましたけど、南海屋さんは江戸へ行きました。お妙さんも…と、辛そうにお美輪が言おうとするので、もう良い!知ってる、知ってるよと文平は止める。

父の墓参りもすましたし、権次たち仲間にも会って、良く礼を言って来た…と文平が伝えると、お加代さんには?とお美輪は聞き、あの人は神様みたいな人ね…、お兄様が南海屋のお妙さんと縁を結ばなかったのも、今では本当に良かったと思うわ…とつぶやく。

そうですとも、あんな鬼みたいな人の娘!とおつぎが口を出して来たので、もう良い!と文平は封じる。

美輪、俺はお前が喜んでくれるのが一番うれしいんだ。他のことは、この人形が一番良く知っている…と、手にも他人形を見ながら文平は言う。

すると、お美輪は、豊吉、山のことを話してあげて…と、庭掃除していた豊吉に声をかける。

はい!とうれしそうな顔で上がり込んで来た豊吉は、若旦那様、この裏にある一反ばかりの畑が御上のお慈悲で取り上げられず戻って参りましたが、それ以外は全部お取り上げになりましたと文平に報告する。

それを聞いた文平は、そうか…、不思議なことがあるもんだな~、このうちの畑だけが残るなんて…と感慨に耽る。 お兄様、あの畑、豊吉の家にあげてくださいね、お願い!とお美輪が頼むので、何をもったいない!とんでもないことで…とおつぎは遠慮するが、文平は、美輪!良く言ったな!私も今そう思っていたんだよと話しかけ、豊吉、妹がこんなに言ってるんだ、今日からお前のものにしてくれと頼む。

それを聞いた豊吉は感激し、もったいのうございます!とひれ伏す。 お兄様、あの畑にみかんが色づく頃まで、私、生きていられるかしら?とお美輪が言うので、馬鹿なことを言うんじゃない、みかんが色づく頃になったら、二人で仲良く、みかんを取りに行こう!な?分かったな?と文平は、お美輪の枕元で言い聞かせる。

二ヶ月後、江戸における南海屋は…(と、テロップ) 旦那様!お見えになりました!と使用人の一人が店の中にが声を掛けると、うれしそうに表に飛び出して来た大番頭惣吉(青山宏)は、粗相のないように!と使用人たちに声をかける。 その惣吉は、奥で待ち構えていた南海屋に、旦那様、花婿様のご一行がお着きになられましたと報告する。

そうか…と答えた南海屋は、白無垢姿になったお妙を前に、見事だ、見事だと感心していた。 その後、南海屋さん、このたびのご祝言、おめでとうございます!と挨拶をした男が顔を上げると、それは文平だったので、お妙は驚愕し、お父さん!と良いながら逃げようとする。

どうした?と良いながら南海屋がお妙を抱きしめると、文平さんが!と言うので、文平?と周囲を見渡し、どこにもいやしないじゃないか、お妙、気のせいだ、しっかりしろ!と必死になだめる。

一方、お美輪の容態も悪化しており、おつぎに急かされ、豊吉は慌てて座敷に上がり込む。 横に座って見守っていた文平に、みかんの色がついたかしら…と、病床の御美輪はつぶやいていた。

ついたよ。見えるか、あれが…と文平が答えると、豊吉が障子を開け放ち、庭のみかんの木を見せてやる。

それを目にしたお美輪は、まあ、お兄様の言う通りね…と喜ぶ。

おかげさまで、色の付いたみかんを見ることができました…、ありがとう、お兄様…とお美輪が言うので、もう少し元気になったら、二人であの山に行こうね…と、涙をこらえ、お美輪の手を握りしめた文平は言う。

豊吉!おばさん!と呼びかけるお美輪に、文平は人形を触らせてやる。

お兄様!と呼びかける妹に、美輪!と呼びかける文平 そんな兄の顔を笑顔で見返していたお美輪の顔ががっくり垂れる。 美輪!美輪!と枕元に突っ伏し泣き叫ぶ文平 堪え兼ねた豊吉も、部屋の外に飛び出して泣き伏す。

そこに駆けつけて来たのは権次やお加代 美輪!知らなかったろうなあ…、俺はお前が生きていればこそ、今日まで我慢して来たんだ!美輪!この恨みはきっと晴らしてやる!と約束する文平

あの時…、五年前に、俺がお父さんを止めてさえいれば、こんなことにはならなかった…、こんなことにはならなかったんだ!許してくれ!美輪!と泣き崩れて激しく悔やむ文平

しかし、それを庭先から見ていたお加代は、お美輪様が可哀想です!そんなお手荒いことなさらないでくださいと泣いて訴えてくる。

それを聞いた文平は、はっと身を引く。

みかんに雨が降り注ぐ中、考え込む文平 ある日、飲み屋で、若旦那、みんな心配してますよ、飯にしたら?と、一人の船頭が案じて話しかけてくるが、一人泥酔していた文平は、若旦那、若旦那と言うな!俺はただの文平だ!とやけになって答える。

そんな文平に、ご飯にしましょうと、笑顔で飯を差し出すお加代に、五年前のあのとき、お袋が病気だって行ったな…と文平は聞く。

おっかさんは死にました…とお加代が答えると、孤児になったって訳か…、親類は?と文平は問いかけると、誰もねえんですよと、側にいた権次が代わって答える。

すると、文野エイは、俺と同じ一人ぽっちか…とため息をつく。 でも、こんなにたくさん、おじさんや兄さんがいますものと気丈に答えるお加代に、そうだ、そうだ!と船頭たちが応える。

生まれはどこだい?と文平がしつこく聞くと、聞いたからって何になるんだ?ここでは誰だって、そんな詮索はしねえんだと、権次の将棋の相手をしていた半兵衛が振り返って口を出してくる。

この面をじっと見ているうちに、生まれがどうのこうのこうのって聞くことはなくなりますよ、な?お加代坊!と権次も愉快そうに話しかけてくる。

そんなお加代が出て行こうとしたので、その手を握り、どこへ行くんだ?と文平が聞くと、お美輪様のお墓参りに…と言うので、お美輪に会われるのは身を切られるより辛いんだ!止せ!と文平は制止する。

その時、お加代が、自分の手をつかんだ文平の左手の入れ墨を見ていたように感じた文平は、入れ墨がどうした?お前までそんな目で見るのか!お前まで、俺の入れ墨が怖いのか!と叱りつけたので、ごめんなさい、私、ちっとも怖くなんかありません!とお加代は詫びる。

すると文平は、何!怖くないのに、なぜそんな目で見るんだ!と絡んでくる。

この入れ墨を入れたのは廻船問屋の奴らだ!南海屋だ!と叫びながら、文平は、握っていたお加代の手を乱暴に引こうとする。

おめえだけは…、ここにいる者は、俺の気持ちだけは分かってもらえると思っていたんだ!と感情的になった文平は、お加代の頬を叩く。

そのとき、止めろ!と割って入って来たのは権次だった。 ここには、入れ墨をとやかく言うような奴は一人もいませんぜ!自分から歪んで世の中を見るなんて、そら間違いですぜ!と権次は文平の前に立ちはだかり言い聞かす。

俺たちの一番大事なお加代ちゃん、泣かしちまった!お加代坊、ごめんよと権次は詫びるが、お加代は、いえ…、若旦那様がどんなにお辛いか…、加代にはよくわかりますと泣く。

さらに、何だ、この入れ墨が!と立ち上がった半兵衛が差し出した右腕には、二本の入れ墨が彫られていた。

入れ墨がない奴は手を挙げろ!挙げねえか!と半兵衛が言うと、あるぞ!おれもあらあ!と一人ずつ、腕の入れ墨を差し出してみせる。

死神の半兵衛様には両方にあらあ!と良いながら、半兵衛が両腕を上に掲げると、文平は泣き崩れる。

そんな文平に寄り添って来たお加代は、若旦那様、それほど南海屋には腹が立つんなら、江戸へ御出でになったらどうなんです?と提案する。

今の気持ちを持ち続けていたら、若旦那様は不幸になるばかりですわ…と言うと、堪り兼ねたように、文平は店を飛び出して行ったので、おめえ、あんなこと言っちまって、本当に江戸へ行っちまったらどうするんでえ?おめえも行っちまうか?と権次はお加代に小言を言う。

すると、お加代は店を飛び出して行く。 港にやって来た文平は、お加代が駆け寄って来たので、ばつが悪い顔になり、さっきのこと、堪忍してくれと謝る。

痛かったか?と聞くと、ううん、少し…と微笑んで応えるお加代に、俺はお前の言う通り、江戸へ行って、南海屋の奴を!と文平が怒りを込めて言うと、でも若旦那様、きっと私たちの所へ帰って来てくださいますわとお加代は言う。

何!俺がここに帰るって?と文平が聞くと、ええ、だって若旦那様にはここの人たちが一番良いんですもの…とお加代は言う。 その言葉を聞き、俺が帰るというのか…と動揺する文平だったが、そのとき、恵比須屋に取られた船を発見する。

お加代は、いきり立つ文平を止めようと、若旦那!お願いです!止めて!と必死で腕にしがみつく。

その船の中で台帳を付けていた恵比須屋は、紀の国屋の倅が来ました!と船頭から聞き慌てる。 何をしに来たんです!話はもうすんだはずです!と、船倉に入り込んで来た紀の国屋に恵比須屋が文句を言うと、紀の国屋の船をごまかして、どんな気がする?と文平が言うので、お前さん、嫌がらせをしに来たのかい?と恵比須屋は文句を言う。

この船一つありゃ、お美輪をあんな惨めな死に方をさせずにすんだんだ!と文平が言うと、何を言ってるんだ?もう船が出るんだ、出て行きなさい!と恵比須屋は文平を追い返そうとする。

船頭たちが飛びかかって来たのを振り払った文平は、恵比須屋につかみ掛かろうとするが、奉行所を呼ぶんだ!と恵比須屋が言うので、何?奉行所!と凄むが、そこに駆け込んで来たお加代が止めに入る。

すると文平、おめえに言われりゃ仕方がねえ…とおとなしくなる。 帰りがけ、恵比須屋!店にあったこれと同じ船はどこにやった?と文平が聞くと、南海屋が二つとも持って行ったと言うので、何!南海屋!と驚くと、恵比須屋を睨みつけながら、その場を立ち去る。 江戸 「諸国廻船 廻船問屋 南海屋藤吉」と大きな看板が出た南海屋 その店に外から慌てて駆け込んで来たお妙が、奥の座敷で番頭と一緒にいた南海屋に、文平さんが!と知らせにくる。

紀の国屋の倅が!と驚く南海屋に、早く追っ払ってください!とお妙は頼む。

店の入り口では、文平が、私が何をしたんだ?と問うと、ここは江戸だぞ、お前のような田舎者に、若奥様を脅されてたまる者か!早く出ろって言うんだと店の者から脅されていた。

しかし、文平は、ここのご主人に会いに来たんだ、早く取り次いでもらいたいと文平は譲らない。

そうした騒動に、止めなさい!と諌めながらと店に出て来て、やっぱり紀の国屋さんじゃないか!と驚いたのは惣吉だった。

惣吉と知った文平は、ご主人がいたらお目にかかりたいと願い出るが、それがあいにく、大旦那様は留守で…と言うので、そうですか、いつ頃お帰りですか?と文平が迫ると、今のところ、それは何とも…と惣吉は曖昧にしか応えない。

では待たせてもらいましょう…と文平が框に腰を下ろそうと近づくと、コ○キだ!つまみ出せ!と店の者が飛びかかって来たので、何!コ○キだ?と怒った文平、店の者たちをはじき飛ばし、南海屋に会えば、私がコ○キかどうか分かるんだ!と啖呵を切る。

暴れていた文平は、暖簾の間から入り口の様子をうかがっていた南海屋を見つけ、そこにいるじゃないか!なぜ、私に会うのが嫌なんだ?と言葉をかける。

すると、よさないか!と店の者たちを制した南海屋、これはお珍しい…、誰かと思ったら文平さん、うちの者がとんでもない間違いをしまして…と言いながら、店先に出て来て正座すると、使用人たちには下がれと命じる。

奥の間に引きこもっていたお妙の元部屋って来た亭主松二郎(真木康次路)が、どうしたんだい?と聞くと、あなたには関係ないことです、国からお父さんの知り合いの方が訪ねて見えて、あんまり突然だったので、私、びっくりしちゃったの…とお妙は応える。

許嫁だったって人かい?と松二郎が聞くと、良いじゃないの、そんなこと…と無視しようとしたお妙は、おれ、ちょっと行ってくると立ち上がった松二郎に、よしてください!とすがりつくいて止める。

座敷に上げた文平と二人きりになった南海屋は、お前さんは人の噂を信じて、私がお父っつぁんをだましたようなことを言うけど、私だって、そりゃ闕所にはならなかったが、店は左前になるし、そうでなきゃ、誰が故郷を捨てて江戸くんだりまで出てくるもんか…などと言い訳をする。

ね、牢に入ってる文平さんのことはずっと気にしてたんだ…などとまで言うので、南海屋さん、他の回船問屋は置いといて、お宅と紀の国屋戸の間柄に付いて考えてもらいたい。この店の景気を聞きに来たんじゃない。南海屋さんの紀の国屋への仁義ってことを話しに来たんだと文平は冷静に話しだす。

お妙さんの問題にしても、一言くらい挨拶があっても良いと思う…と文平が言うと、お妙は婿を取った身だし、今更、そんなに脅かさなくても良いじゃないかなどと南海屋が言うので、ほお、江戸ではこれを脅かすというんですか!と文平はわざと驚いてみせる。

そうだよ、お前さん、それとも、五年前のことはみんな嘘でしたと、紀州様に訴え出るつもりで江戸へ出て来たのかい?ふん、そんなことしてみろ!かえってやぶ蛇だよ!と南海屋の態度が一変する。 そんな南海屋に、見ろ!俺はこの通り!と言いながら、左手に入れられた入れ墨を出してみせたので、南海屋はぎょっとする。

咎人としてのお仕置きを受けて来たんだ。五年間の入牢も何もかも承知でしたことだ。

ただ俺が一番腹に据えかねていることは、表向きは立派な商人の道を踏みながら、腹の中はまるで犬畜生にも劣っているような、御前さんを始め、廻船問屋の全部が、涙を流して約束したことを、まるで他人のことのように反古にして、金さえ取りゃそれで良い、利益になることだったら他人を叩き潰しても良いというその性根が憎いんだ!腹が立つんだ!と文平は一気に吐き出す。

これが、お前さんの言う商人の道か?そんなもんじゃねえだろう?と文平は問いかける。 お前がその気なら、紀州様に訴えて、お前にもこいつを付けさせてやろうか!と言いながら、文平が左腕の入れ墨を突き出したので、そんな大きな声を出さなくても良いじゃないか!ね、話せば分かることなんです…と南海屋はなだめる。

あの…、お美輪さんはどうした?などと南海屋が聞くので、死んだよ!と文平が悔しげに教えると、南海屋は驚く。

南海屋!父の死んだときも、お前が取った態度はちゃんと聞いているんだぞ!と睨みつける文平 そう責めるな!気にはしていたんだと言い訳する南海屋 俺がこの店を叩き潰しても飽き足らねえ気持ちが分かるか!と文兵が怒鳴っている声を、廊下で松二郎がそっと聞いていた。

そんな文平を、人の耳もあることだし…となだめ、お前さんも旅先でお金がいるだろう?今日のところはこれをもって引き取ってくれ…などと言いながら、金を渡そうと南海屋がするので、引き取れだ?南海屋!俺は当分、厄介になるぜ!と言うと、渡された金を投げ捨ててみせる。

おい!それじゃ、ゆすりじゃないか!と南海屋も開き直る。 こっちは情理を尽くして話をしてるんだよ。よし!お前さんがその気ならこっちにも覚悟がある!江戸は田舎とは様子が違うんだ!と南海屋は言い出す。 売り言葉に買い言葉で、面白い!違うところを見せてもらおうじゃないか!と文平も言い返す。

そのとき、松二郎が座敷をのぞいていることに気づいた南海屋は慌て、こんなところに来ちゃ行けないよ!と席を立って追い返そうとするが、自身番に訴えましょうか?と松二郎が言うので、心配しなくて良い、お前さんはお妙を連れ、裏から行きなさいと南海屋は言い聞かす。

俺のことなら陰に隠れないで、ここで話をしたらどうだ!と、そんな南海屋に声をかける文平 すると、何だよ、まだ怒ってるのかよ…などと愛想笑いを浮かべながら戻って来た南海屋は、そんなことより、今日は機嫌直しに一口飲んで…などとなだめるのだった。

その後、その言葉に甘えたのか、酒に酔った文平が店頭に現れ、狼狽する使用人たちを前に、おい惣吉、大旦那様のお許しが出たんだ、俺を案内してくれ、案内しろ!などと居丈高に命じる。

そのまま、酔った勢いで、惣吉に抱きかかえられるように江戸見物をする文平は、なるほど…、これは案内してもらわなければ分からないなどと愉快そうに笑うので、若旦那、私はこの辺で失礼させていただきます!と惣吉は逃げようとする。

すると文平は、南海屋ともあろう者が、この吉原で、一軒家二軒のなじみがないこともないだろう?などと言って引き止める。

私はこういうところに来たことがありませんので、本当に知りません。他にも用事がありますので…などと必死に帰ろうとする惣吉だったが、途中、あ~ら南海屋の番頭さん!などとやり手ばばあから声をかけられたので、嘘はばれるぞ!と文平は笑いながら惣吉の手を離そうとはしない。

若旦那、今日だけは勘弁してください!と平謝りに頭を下げた惣吉は、逃げるように帰ってゆく。

すると、そのやり手ばばあが、あら?紀の国屋の若旦那!などと言い出したので、人違いだよと文平は否定しながらも、南海屋も時々くるのか?と聞くと、ええ、どうぞ!と言いながら、やり手ばばあは文平の手を引いて店の中に引き入れる。

店の入り口に発っていた女中が、お鶴さん、あんた、紀の国屋はつぶれたんだよと教えたので、やり手ばばあは驚く。

おかしなことしてお足を取れなかったらどうする気?南海屋さんが言っていたじゃないか、紀の国屋みたいなのが悪銭身につかず、つぶれるのが当たり前だって…などと言われたやり手ばばあは慌てるが、それを聞いた文平は、おい、今の言葉もう一度言ってみろと言いながら、上がり込もうとしたので、女は止めようとする。

金を払えば文句はないだろうと言い、巾着袋を広げる文平だったが、女は、いけませんったら!と迷惑顔。

しかし、文平が小判を取り出し、これで面を張られたい奴はほれ!と言いながら投げ捨てると、女は急に態度を変え、小判を拾おうとするので、文平は愉快そうにこう笑する。

金を持っていると知った太鼓持ちや女たちが、文平を取り巻いて二階へ連れて行こうとするので、文平は持っていた金を周囲に撒いてみせる。 その頃、表では、惣吉が浪人者に金を渡し、頼みますよと依頼をしていた。

浪人は、よし、様子を見てこい!と惣吉を走らせる。 一方、座敷に通された文平は、周囲に集まった花魁たちに、お前たちは皆、和歌山の流れ者か…と聞き、そういう俺も野良犬みたいなものだ…と自嘲する。

すると、その言葉を聞いた太鼓持ちが、野良犬~♩とふざけた歌を歌いだしたので、文平は、止めろ!と怒鳴りつける。 まあ、怖いお客様…と、周囲の女が言うと、急に立ち上がった文平は、何事かに目覚めたような表情になる。

店の中の様子を見張っていた惣吉は、来ました、来ました!今、二階から下りてきましたと浪人たちに知らせに戻ると、じゃ、私は先に帰りますから、頼みますと手を合わせ、その場を去って行く。

歩き出した浪人たちは、帰る途中の文平に自らぶつかると、武士たる者に何の遺恨があってぶつかった!謝れ!と因縁をつけてくる。

冗談言っちゃいけねえ、ぶつかったのはそっちじゃないか、と文平が言い返すと、切り掛かって来たので、おかしな真似は止めてもらいてえ!魂胆はちゃんと分かっているんだ!と文平は動じなかった。

黙れ、町人!斬れ!と浪人は叫び、さらに斬りつけてくる。 文平は、相手の剣を奪い取ると、刃を上に向け、相手をし始める。 それほど斬られたいのか…と文平が刀を構えると、何!と相手はいきり立つので、俺は腕はできるんだぞ!と文平は脅してみせる。 その言葉通り、かかって来た浪人者を峰打ちで斬りつける文平 それを見ていた見物客たちは歓声を上げる。 その頃、店に戻って来ていた惣吉は、大旦那、今頃は吉原で…と、斬られる振りをしながら、南海屋に報告していた。 それを聞いた南海屋は、そうか、ご苦労だったとねぎらい、自分は寄り合いに出かけると言い出す。 そんな南海屋を惣吉が見送ろうとしていたとき、おい!と声をかけても戻ってのが文平だったので、惣吉は肝をつぶす。

逃げようとした惣吉を捕まえて投げ飛ばした文平は、南海屋さん、あっしはね、きなり3人の侍に斬りつけられ、有り金全部出して、命を助けてもらったんだと説明する。

何のことかさっぱり分からんと南海屋がとぼけるので、そうですか…、分からねえんですか?と聞き返すと、金のことか?と言いながら、南海屋が懐に持っていた財布を差し出したので、分かってるじゃねえか!と文平は怒鳴りつける。

その後、お義父さん、こうたびたびあの男に取られたんでは、店の者にけじめがつきませんと、南海屋に松二郎は意見する。 私だってそう思いますわ、どぶにお金を捨てるようなものですもの…と、一緒にいたお妙までが言い出す。

南海屋は、そんな娘を前にして、まあまあ、わしに任せておきなさい、後1~2年の辛抱だよとなだめる。

しかし、第一、お父さん、私なんぞ怖くて、夜もろくろくね群れやしませんわとお妙は愚痴る。

そこへやって来た惣吉が、ふいご祭りのみかんが届きましたと報告したので、どうだ?みかんの値は?と南海屋が聞くと、今年は海が荒れませんでしたので、品物は山ほどあって、去年より相場はずっと悪うございますと惣吉は応える。

そうか…、こればっかりは値が上がるまで仕舞っておけないからな…と南海屋は考え込んだ末、できるだけ高く売りなさいと命じる。

その「ふいご祭り」のさなか、男の子二人の手を取って見物中だった文平は、坊や、「ふいご祭り」って知ってるかい?と聞くと、江戸中の鍛冶屋さんがみかんを撒くお祭りだよと子供は教えてくれる。

その子供たちは、みかんを投げ始めたので走り出すと、残った文平は、一つのみかんを手に、みかんの色づく頃か…とお美輪を思い出す。

その頃、南海屋は一人の浪人ものを座敷に向かえ、その腕じゃ無理でしょう?なかなか腕が立つらしいですからなと相談を持ちかけていた。

すると浪人は、な~に、たかが田舎者の一人や二人…、腕が立つと言っても知れてるわてんなどとあざけってくるので、南海屋は、そうですか…と言いながら金を包んで差し出す。

一方、南海屋の店先では、帰って来た!と騒いでいた使用人たちの背後から急に現れた文平が、おびえる使用人たち一人一人にみかんを渡していた。

そんな文平を出迎えた南海屋は、江戸もそろそろ見飽きたでしょうなどと言うが、いやいや、今日も紀州公の上屋敷を通ったら、急にむらむらって、訴え出ようかと思いましたよ…などと文平は良いながら、巾着袋を取り出す。

良く、紀州公の前を通る人だね~と南海屋が皮肉ると、お前さんに取っては一番嫌なところだろうが、俺は大好きでね~と文平は巾着袋を南海屋に投げて寄越し、たまにはこれに一杯くらい入れてみたらどうですか?などと嫌みを言う。

さすがに腹に据えかねたように、これで30両!と南海屋は小判を投げて寄越すと、ついでに小銭を…、表に客が待ってるんでね~と手を差し出す文平

南海屋は、あきれたように小銭袋を投げて与えると、また吉原ですか?とあきれたようにつぶやく。

いやいや、何しろ無粋な男で、今習いかけている歌を覚えるまでは当分…と言い訳する文平だったが、そのとき、部屋の隅に置いてあった鉄砲を発見すると、血相を変え、やってるな!これが御公儀お許しのものか!隠してもだめだぞ!と、その鉄砲をつかんで南海屋に突きつける。

これが元で、これが元で…と文平が鉄砲を握りしめると、何を言うか、これはお奉行様からお預かりしたもので!印がついている!見てみろ!と南海屋が取り戻そうとするので、まあ良い、まあ良い…と文平は南海屋を睨みつける。

これが元で、俺のうちは潰されたんだ!と文平は鉄砲を障子越しに庭先に投げ捨てる。

慌てて、その鉄砲を拾いに行く南海屋

何事かと集まって来た使用人に、退け!と怒鳴りつけ、店の前に出て行った文平は、そこにいた民衆たちに、今、南海屋からもらった小銭を撒いて与え、慌てる使用人たちに、見ろよ、南海屋にそっくりだとあざけって立ち去る。

店の中では、南海屋が、雇った用心棒に、あの男だ!何としてでもやるんだぞと頼んでいた。 その夜も、いつものように吉原屁でかけた文平は、なじみの店に上がり込もうとすると、女が、若旦那、今日はいけませんと、文平を捕まえて止めようとするので、何がいけないんだと聞くと、今宵は高貴なお方がお忍びで、花魁は総出です。

もう少し待つか、明日にでもしてくださいな…などと言うので、嘘付け!と言いながら、文平は強引に二階へ上がろうとする。

お忍びで来ていた客とは、紀州大納言と柳生兵庫、そして榊原十太夫の面々だった。 兵庫、吉原はわしも二度目じゃが、庶民の匂いがして面白いの…などと大納言は満足げだった。

すると兵庫、某、かようなところは苦手でして…などと言うので、大納言は、十太夫刃苦手だそうだが、兵庫は苦手でもなさそうな顔をしておるぞと苦笑する。

そんな座敷に女を振り切り乱入しようとしたのが文平で、制止損なった女は、座敷に向かって詫びるが、無礼者!控えい!と出て来たのは兵庫だった。

たとえ町人とはいえ、他人の席を乱した上は何らかの作法があろう!と叱る兵庫の顔をまじまじと見た文平は、ああ!先生!と驚く。 そちは、紀の国屋文平だな!と兵庫の方も気づくが、その言葉に驚いたのは、座敷内にいた榊原だった。

大納言もその名を聞いて緊張する。 その方の仕業は国元の大目付より知り、また大殿からも伺った。恥を知れ!と兵庫がなじると、先生!と文平はすがりつこうとするが、何が先生だ!と、裏の事情を知らない兵庫は睨みつけてくる。

先ほど、この店のものから聞けば、その方は何の理由か南海屋を脅し、金を巻き上げ、夜盗、盗賊にも等しい行為をしているそうじゃないか!そこまで性根まで腐ったのか!と兵庫は眼光鋭く叱責するので、文平は、先生!とさらにすがりつこうとする。

そんな文平の襟首をつかんで廊下に押し出した兵庫は、階段を突き落とし、今日限り、子弟の縁は切ったぞ!と兵庫は言い放つ。 そこに近づいた榊原は、柳生殿!しばらく!と兵庫の脇差しを手に取って座り込む。

すると、大納言も廊下に出て、待て!十太夫!と声をかけ、そちは何故止める?と聞いてくる。

そういわれた榊原ははっと目覚め、大納言の前にひれ伏すと、殿!紀の国屋…、紀の国屋文平に罪はございません、十太夫、取り返しのつかないことをしてしまいました!と告白したので、何!と大納言は目を剥き、兵庫!紀の国屋、待たれい!と声をかけたので、急いで階段を下りた兵庫は、逃げ出そうとした文平の手を取る。

階段を下りて来た大納言は、文平とやら、余は大納言じゃと名乗ったので、文平は驚く。

初めてそちの話を十太夫から聞いたぞ、定めし辛かったであろう…と大納言が言葉をかけると、腰が砕けるようにその場に座り込んだ文平は涙ぐむ。 そんな文平に、上がれ!早う上がれ!と大納言は二階に招く。

しかし、文平は、ごめん!と言い、その場を逃げ出したので、兵庫が後を追おうとするが、大納言は、兵庫!追うなと止める。

あれほどの面魂をした男、よも人の笑い者とはなるまい…と大納言は言い、二階へと上がって行く。 外に出た文平は、堪り兼ねたように去って行く。

座敷に戻って来た大納言の前に進み出た榊原は、殿!紀の国屋文平は我が身を捨て、身代にかえて、紀州家55万石の安泰を念じ、合わせて、他の廻漕屋を助けるために、無実の罪を自らかぶり自首して出たのでございます!とすべてを明らかにする。

それを聞いた大納言、十太夫、切腹はならぬぞと言い聞かすと、幕府の手前、紀州の安泰を願うそちの心、定めし辛かってであろうとねぎらう。 さらに大納言は兵庫にも声をかけ、万一屋敷に参らぬときは探し出せと命じる。

その頃、夜道を帰っていた文平は、待ち受けていた複数の暴漢に襲われていた。

南海屋に頼まれたのか?と文平が聞いても浪人は何も応えない。

切り掛かって来た用心棒の腕を取った文平は、帰って南海屋に伝えろ!文平は、南海屋にたかるようなけちな了見は捨てた!恨みも捨てた!二度と南海屋へは行かぬと!と伝える。

それでも、暴漢たちの襲撃が続くので、止めろ!と言いながら、文平は浪人たちを投げ飛ばして行く。

その度に、道においてあった染物屋の染料が入った壷がひっくり返る。 敵わぬと悟った敵が逃げ去ると、俺の生きる道…、俺が進む道は刀じゃないんだ…、刀じゃないんだと、相手が落として行った刀を拾い上げた文平は口走り、手に持っていた刀を捨てる。

それから十ヶ月 紀州の飲み屋の奥で、夜なべして縫い物をしていたお加代に、もういい加減に寝ないかよと声をかけていたのは権次だった。

でもお前、そう毎晩、毎晩、待っていたって、身体悪くするだけだよ…と、店に残っていた他の船頭も声をかけてくる。

しかし、黙って笑顔で首を横に振るお加代 若旦那が江戸へ行っちまってから、1年近くになるって言うが、便り一つ寄越さない上に、半年前には、紀州様から薄気味の悪いお呼出がかかるしよ…と権次は愚痴る。

そのことだがね、ひょっとすると、若旦那、短気を起こして南海屋を…と良いながら、もう一人の船頭が自分の首を絞める真似をするので、馬鹿野郎…と権次は止めながらも、で、なければ良いんだけど…、今更言えば愚痴になるけどよ、あん時おめえがあんなこと言わなければ良かったんだよとお加代に文句を言い出す。

大丈夫です、若旦那様に限って、私には若旦那様が何をしてらっしゃるかちゃんと分かるんですとお加代は言うので、おめえは若旦那のことになると目の色が変わってくるぜと権次はからかう。

そんなところに、ばばあ、冷やで言いから一杯くんなと良いながら入って来たのは半兵衛だった。

そんな半兵衛に船頭が、俺にも一杯とたかろうとすると、おめえは風邪引かねえからだめだ!と半兵衛は邪険にする。

そんな中、お加代が、お美輪の遺品の人形を取り出したので、また始めやがった…と権次はあきれる。

人形を見ていたお加代は、急に、聞こえる!確かに聞こえる!と言いだすと、店の入り口に向かうので、おい!いい加減にしねえか!と権次は注意する。

お加代が店の障子戸を開けると、そこに文平が帰って来たので、思わず、お帰り!と言いながら抱きつく。

今帰った!まだ起きていたのか…と笑顔で言葉をかける分平 あ!若旦那!と船頭が大きな声を出すと、でっけえ声出すな!と半兵衛が叱りつけたので、どうかしたのか?何かあったのか?と文平が聞くと、おめえを捕まえろってお布令が、もう半年も前から出てるんだと半兵衛は教える。

私を捕まえる?と文平が不思議がると、なに、案ずることはない。このうちは役人には荒らさせはしないと半兵衛は言い、権次も奥へとかくまおうとするので、そいつは何かの間違いだぜと文平は言うが、権次は聞かない。

半兵衛は、外で見張っていた船頭に、もっと前で見張るんだ!と声をかけ、大丈夫だから…と奥に声をかけてくる。

座敷に上がった文平に、若旦那様、私は若旦那様が必ず帰ってくると信じてましたとうれしそうに言う。

権次は、若旦那!一体どんな悪いことなすったんです?ここなら声が漏れることはない、隠さず言っておくんなさいと聞いてくる。

しかし、文平は、…と言われても、私にはさっぱり…と戸惑うばかり。 なら、大目付からなんでお呼出が?若旦那、そいつは水臭いですぜと権次が問うと、ああ…、そりゃきっと吉原の…と文平は思いだし、大したことじゃないんだよ、心配しないでくれと笑顔で応える。

なら、御上の目を忍ぶような、そんな不始末じゃござんせんね?と権次は念を押す。 おおと文平が頷くと、権次さん、私が言った通りでしょう?とお加代は言い出す。

それを聞いた文平は、そうか…、おめえたちは、それほどまで私のことを心配していてくれたのか…と感激する。 翌日、豊吉は自宅で縫い物をしていたお継ぎのところに駆け込むと、おっかさん、若旦那が帰ってこられた!と笑顔で報告する。

和歌山城では、大目付伊崎甚右衛門が外を散策していた大納言に、殿!紀の国屋文平の居所が分かりましてございます!と報告していた。

早々に呼び出し、処置いたそうと思いますが…と伊崎が提案すると、兵庫が帰るまで待て、兵庫に任せるが良いと、笑顔で大納言は命じる。

豊吉の家にやって来た文平に、裏のいただいた山でできたみかんですと言いながら、おつぎがみかんを差し出す。

その一つを手に取った文平は、美輪がみかんが色づく頃までは…と言っていたが…、このうちは涙の思い出ばかりだ…と感慨深げに言う。

側に控えていた豊吉が、若旦那!これからどうなさいます?と問いかける。

その頃、紀州の回船問屋の屋敷内では、熊野屋さん、うちではみかんが二千貫も腐りそうなんだが、せめてなんとか、大阪くらいまで運ぶことはできないか?…と岬屋が、暗い外を眺めながら愚痴をこぼしていた。

しかし、この天気じゃ海はだめだよ、つい昨日も熊野灘で一艘沈んだと言うではないか…と熊野屋は応える。

江戸の「ふよう祭り」も、今年はみかんなしと言うことになりそうだ…、我々の儲けも不意になると言う訳か…と熊野屋がぼやくと、紀の国屋文平が帰ってきたそうだよと阿波屋が言い出したので、また帰って来たのか!と困った顔になる。

あのならず者ばかり集まっている船頭の小屋へ入ったきり出てこんそうじゃ…と恵比須屋も口を出してくる。

その飲み屋に外から戻って来た権次は、おう、当分河童が丘に上がったと言う訳だよ、この空模様じゃ、二十日ばかり沖へ出られねえぜと、海の仕事がなく集まっていた船頭たちに話しかける。

お加代は、文平に茶を出しながら、若旦那、お帰りになられて十日にもなりますが、毎日何を考えておいでなんですか?と聞くと、私は一年の間、江戸で自分の生きる道を探しまわった…、どっちを向いても、そこにあるものは権力とへつらいと金の力だった…と文平は応える。

それにぶつかるたびに思い出されるのは、いつもこの家だった…、私はなんだかここは自分の家のような気がして、まるでお加代さんが私の…と言いかけたので、私があなたの…?私があなたの…、ね、お願い!何ですの?聞かしてください!と思わずお加代はうれしそうに聞き返す。

しかし、文平は出された茶を飲んで笑ってごまかすだけだった。

そのとき、店の中にいた船頭たちが、おい!変な奴が来たぞ!と騒ぎだす。 やって来たのは柳生兵庫だった。

紀の国屋の旦那はいませんぜ!ここは侍のくるところじゃないんだ!と半兵衛が店の前で邪魔しようとするが、兵庫は構わず店の前にやってくる。 他の船頭たちも入り口の前に並んで、兵庫を入らせないようにする。

邪魔立ていたすか!その方たちは何か誤解をしておるな、わしはただ、折り入って紀の国屋文平に相談したいことがあって参っただけだと兵庫は言うが、船頭たちは、そんな話にごまかされないぜと信じようとない。

兵庫は、そんな船頭をさばきながら店の中に入り込もうとする。 その間、権次は、文平を逃がそうとしていた。 店の中に入った兵庫は、つかみ掛かってくる船頭たちに、わしは柳生じゃ!と正体を明かす。

すると、ああ、先生!と言いながら文平が出て来たので、しばらくと応えた兵庫は、再三のお呼出になぜ逃げ回ると聞く。

そして、船頭たちやお加代に下がっておれ!わしは文平に話があるんだと兵庫が言うと、なぜ私が若旦那様とお話を伺ってはいけないんですか?とお加代は聞き返す。

しかし、下がっておれ!と叱りつけた兵庫は、文平、その方何をひがんでおるのじゃと問いかける。

かつて我ら柳生の庄において、あの修行に耐えたそちではないか?その上、そちの無実の罪も分かり、殿にはいたく心を悩ませておられるぞ。

そのためのお呼出と言うことがそちに分からぬはずはあるまい!かようなところで無頼の徒や、取るに足らぬ女と交わって、あたら生涯を無駄にして良いのか!と兵庫が叱ると、先生!それはあまりのお言葉、私はそんな気持ちで…と言いながら近づこうとしたので、黙れ!といいざま、兵庫は文平を突き飛ばす。

よくよく根性が腐っていると見えるな!と兵庫が睨みつけて来たので、お待ちください!とお加代が兵庫を止めに入る。

どかんか!と兵庫は叱りつけるが、いえ、お待ちください!私は氏素性もない卑しい娘です。ここにいる人たちも、なるほど無頼の輩とお見えになるかもしれません。

でも私たちでも、人の踏むべき道を…、人の踏むべき道をあなた様より知っております!と言い出したので、船頭たちは愕然とする。

ここにおられる人たちは、少なくとも文平様にとっては、どなた様より一番身近で、一番大切な方達なんです。 悲しいことがあれば一緒に悲しみ…、なき、手を取り合って慰め合う間柄です。 そこには上も下も、権力もお金も何もありません。あるのは…、あるのは真心だけです! 何度も、文平様と手を取り合って泣いたこともございます。 あなた様のお言葉は、あまりに人を蔑むものです!お帰りください!とお加代が言うので、そちは文平の一体なんじゃ?と兵庫が聞くと、妻…、妻でございます!と一同の前でお加代は言ってのける。

それを聞いた文平も兵庫も驚き、なんと言うか…と兵庫はあっけに取られるが、あなた様は、夫である文平に対しても、妻である私に対しても、また、ここのおられるどなたに対しても、あまりに残酷と言うものです!とお加代は訴える。

ならば、なぜ文平をここまで堕とした?と兵庫が問うと、それは違います!文平様は、生涯悔いなく生きる道を求めていられるのです…と、お加代は応える。

文平、真心に触れると言うことは恐ろしいもんじゃ…と兵庫は言い、わしは帰るが、何かのときは必ず訪ねて参れと言い残し、飲み屋を後にする。

文平は、加代!と言うと、お加代を抱きしめ、権次は、良く言ってくれた!とお加代をほめ、畜生!泣けて、泣けて!…と男泣きをしだす。

恥ずかしくなったのか、お加代が外に出て行くと、後に残った文平は、何事かを思いついたような顔になる。

海辺の岩場に立ったお加代は、荒れた海を前にしていたが、そこに近づいて来た文平は、お加代、お前の話を聞いて、俺は自分の生きる道を初めて知った!俺は今から、生まれたままの裸一貫で、紀の国屋の名跡を見事立て直すぞ!と言い出す。

若旦那様!とお加代が呼びかけると、何を言うんだ!お前はさっき、柳生先生の前で何と言ったんだ?だが、お加代、万一私が死んだ場合は、これまでの縁と思ってあきらめてくれと文平は頼む。

それを聞いたお加代は、それは何のお話です?一体、何をなさろうと?と文平にすがりつく。 江戸へ船を出すんだ!みかんを江戸へ送るのだ!と文平が言い出したので、みかん!この嵐に!とお加代は驚く。

嵐なればこそ、命を的にやろうと言うのだ。お加代!分かってくれ!と文平はお加代の手を握りしめる。

この文平の男が立つか立たぬか、ただ目をこの商いにかけるのだ!と文平が言うと、お加代もはい!と応える。

お加代!私はこれから行って、柳生先生に船の買い付けをお願いしてくる!と文平は言いだす。

その場からすぐさま出かけた文平を見送ったお加代は、荒れ狂う海に目をやり、胸騒ぎを押さえようとするのだった。

和歌山城にやって来て、直々文平からの頼みを聞いた大納言は、この嵐に船を出すと言うのか!間違えば命はないぞ!と念を押す。

もとより覚悟の上でございますと応えた文平は、何とぞ、私めに御用船を一艘…、ならびに、みかん買い付けの金子百両のお許しを願いとうございますと頭を下げて頼む。

おそらく、江戸には一箱のみかんもないことと思います。 江戸の市民を喜ばせ、何らやましきことなき商人の生きる道は、これよりござりませぬ!との文平の決意を聞き、考え込む大納言

飲み屋では、ええ!この嵐に船を出せって言うのかい!と船頭たちが、お加代から話を聞き仰天していた。

おじさんたちにすがる他、道はないんですと頼み込むお加代 まあ…、命はねえな…と、腕を組んでつぶやく半兵衛に、なぜ命がないんです!この嵐を突き抜けるには、おじさんたちの一つになった気持ちより他にないじゃありませんか!と半兵衛に迫るお加代

城では、文平、例え船はできたにしても、船頭はどうするんじゃ?船に乗るものはおると言うのか?と大納言が聞いていた。

ござります!と文平が応えると、分かったぞ、文平!そなたの仲間であろう!と、側に控えていた兵庫は察する。 はい!と文平が応えると、あの仲間なら生死をともにするであろう!と兵庫も確信する。

殿!あの仲間なら、剣の下に立つ気迫と強い面構えを持っております!と兵庫は保証する。

飲み屋では、船頭たちが黙り込んでいたが、やる!お加代、俺は承知したぞ!と一番に立ち上がったのは半兵衛だった。

すると、半兵衛!良く言った!俺もやるぞ!と隣にいた権次も立ち上がり、俺も行こう、俺も行こう!と次々に船頭たちが名乗り出る。

それを聞いたお加代は、半兵衛の方にすがりつき、思わずうれし涙にくれるのだった。

同じ頃、文平!走らすぞ!と城の大納言も言っていた。 お許しくださいますか!と文平が確認すると、うん、船はかつて、そなたの持ち船だった「紀の国丸」にいたせ!みかんは、当為所有のもの、払い下げてつかわすと大納言が言うので、そのお言葉を聞き、万一の際、あの世への餞といたし、こと成就の暁には、終世の思い出といたします!と文平は約束する。

その言葉に、おお、善くぞ申した!と大納言も喜ぶ。 そちの、商人としての魂、その商魂がなるかならぬか、今日からは、紀の国屋文左衛門とその名を改めよ!と大納言は命じる。

それを聞いた文平は、涙ながらに、はい!と答え、平伏する。

雨の中、飲み屋に戻って来た文平改め文左衛門は、話は聞きやした、めえりやすとも!と待ち構えていた権次たちの言葉を聞くと、行ってくれるか!と感激する。

俺と一緒に死んでくれるのか?と聞くと、おめえも行くのか?と半兵衛が聞いてくる。

あたりめえだ!生きるも死ぬも、おめえたちと一緒のこの紀の国屋文左衛門!今、お殿様から、紀の国屋文左衛門と言う名前をいただいた!船もお借りした!と報告する。

お加代!「紀の国丸」をお借りしたんだと言うと、何?「紀の国丸」!じゃ、なりもぴったりじゃねえか!と権次も驚く。 あの船に、親父も妹も乗っている!紀の国屋の魂が…と文左衛門は胸一杯になって言葉に詰まる。

すると、お加代も、私もあの船で助けていただきましたと言い、お願いです、私も一緒にのせてくださいと文左衛門にすがりつく。 すると、文左衛門、そうつはいけねえ、船には船のしきたりってのがあるんだよ…と言い聞かすので、じゃ、どうあっても…とお加代は念を押す。

そんなお加代の手を握りしめ、お加代、万一の場合は、おめえ一人で俺たちの墓を守ってくれ!と頼む。 そのとき、冗談じゃねえや!そうなりゃ、お加代も生きていねえよと半兵衛が口を出す。

な、お加代、あの世で俺たちと暮らさなくちゃ、寂しくてしかたねえや…と話しかける半兵衛

そんなお加代を抱きしめた文左衛門は、さあ、出発は明日だ!と言い、船頭たちは、今から支度にかかれ!と言うと、一斉に店の外に出て行く。

その頃、回船問屋の熊野屋たちは、風が強まった外に出て、おい!この荒れに紀の国屋が船を出すらしいと噂し合っていた。

とうとう気がふれたのか?それがお前、お殿様の尻押しだそうだ。また、お殿様がどうしたことだ?ばかばかしい話だ、物笑いの種になるのが関の山…などと、口々にののしっていた。

常駐では、大納言が、のう兵庫、紀の国屋、乗り切ると思うか?と聞いていた。 文左衛門を中心としたあの船頭たちの気持ちは剣の極意に触れております。

船頭とは申せ、誠に恐るべきもの、おそらく文左衛門は立派に乗り切ります!と兵庫は太鼓判を押す。

うむ…、そうあって欲しいものじゃ…と大納言もつぶやく。 飲み屋では、全員、白装束に数珠を首から巻いた姿になっており、酒を振る舞うため、権次が集合させる。

そこへ、大旦那の畑のみかんの十箱、船に運び終えましたと報告したのは豊吉だった。 豊吉、お前は残れと文左衛門が命じると、なんで私が残るんです?連れて行ってください!おっかさんも覚悟しております!と豊吉は頼む。

若旦那様、あなたのお供ができれば、この子も本望です!とおつぎも頼み、おっかさんは必ず私が見ます、豊吉さんの気持ちをくんで船に乗せてやってください!とお加代も口を添えるが、止めろと制止し、豊吉!分からんか!と叱りつける。

そのとき、権次が、みんな!船に乗り込むんだ!と声を上げ、一斉に店を後にする。 船頭たちが、船倉のみかんの箱を綱でしっかり結わえる中、お加代は、お美輪の人形を船倉の柱に縛り付けていた。

飲み屋に一人残って泣いていた豊吉に、早く行きなさい!とおつぎが差し出したのは白装束だったので、おっかさん!ありがとう!と豊吉は感謝し、すぐに身にまとう。

船倉で、若旦那様!と呼びかけて来たお加代が、柱に人形を付けていたのを知った文左衛門は、おお、良く気がついてくれた!と喜び、お前と思ってるぞ!とお加代の手を握りしめる。

どうぞ、ご無事で!と言いながら、文左衛門の胸にしがみつくお加代を、文左衛門はしっかり抱きしめる。

しかし、すぐに、未練だ、早く!とお加代を外に連れ出す文左衛門 港に降りたお加代が、ご無事で!と船頭たちに挨拶しているとき、白装束で飛び込んで来たのが豊吉だった。

お前はいかん!と文左衛門は追い返そうとするが、若旦那、お願いです!と豊吉はすがり、港に来ていたおつぎも、お願いです!連れてってやってください!と声をかける。

その言葉を聞いた文左衛門は、よし、行け!と抱きとめていた豊吉の身体を船の中に押し込む。

それを見届け、安堵したように、おばさん!とおつぎを抱きとめるお加代

渡り板を外し、帆を揚げる「紀の国屋丸」

船倉の柱に付けてあった人形を発見し、お嬢さん!と呼びかける豊吉

いよいよ「紀の国屋丸」は出航する。

それを見送るお加代とおつぎ 大波に翻弄される「紀の国屋丸」

飲み屋におつぎを連れて来て休ませたお加代は、風の中、外に飛び出すと、また、海辺の岩場にやってくる。

「紀の国屋丸」の舵には、死神の半兵衛ががっちり抱きついていた。

店に戻って来たお加代は、おばさん!と呼びかけ、大丈夫でしょうか?と案ずるおつぎに、大丈夫、きっと船は江戸に着きます!と言い聞かせる。

嵐の海に揺れる「紀の国屋丸」の中で、船頭たちは必死に戦っていた。

権次と半兵衛も命をかけて舵を守っていた。

甲板に立っていた文左衛門に、危のうございます!と必死に呼びかける豊吉だったが、おめえは下でしっかり荷物を見張ってろ!と文左衛門は追い返すのだった。

それでも、豊吉は、若旦那!危のうございます!と叫び、危うく波にさらわれそうになったところを、船頭たちに助けられる。

雷光が走り、大揺れに揺れる船倉の中では、船頭たちが必死にみかん箱を押さえつけていた。

そんな中、帆を下ろせ!船が持たねえぞ!と叫びが聞こえるが、いけねえ、下しちゃいけねえ!みんな!このまま走るんだ!死んでもこの綱離しちゃいけねえぞ!と叫ぶ文左衛門 一方、お加代もまんじりともせず、店の中で待ち続けていた。

夜中、また、海辺の岩場の突端にやって来たお加代は、雨風の中、じっと海の方を見つめる。

「紀の国丸」では、波に舵を取らせそうになっていた半兵衛に、権次が手を貸す。

船倉では、豊吉が死にものぐるいでみかん箱を押さえつけていた。

岩場で夜明けを迎えたお加代は、店に戻ってくると、おばさん、風もようやくなぎましたよ。夜も開けてきましたよと報告したので、おつぎも喜び、お加代さん!と抱きついてくる。

皆様、無事でしょうか?とおつぎが言うので、大丈夫!おばさん、私の勘に間違いありません…、きっと、きっと、皆さん、ご無事ですとも…とお加代は断言する。

和歌山城では、外にいた大納言に近づいて来た兵庫が、殿!昨夜の嵐は凄うございましたなあ…と話しかけていた。 うん、紀の国屋のことが気にかかってのう…、運良く乗り切ったであろうか?と大納言も案じ顔

その頃、「紀の国屋丸」の船上では、船頭全員気絶していた。

そんな中、いち早く目を覚ました半兵衛が、お!見えたぞ!と陸の方を指差し叫ぶ。 その声で気づいた権次も、見えた!島が見えた!と騒ぎだし、文左衛門もその声で正気付く。

権次に身体を支えられながら、島影を見た文左衛門は、やった!とうとうやった!と叫ぶ。 夕べ、若旦那が帆を下ろしちゃいけねえって言ったんで、船足を早めたんだ!と権次は喜ぶ。

嵐に勝ったんだ!と言う文左衛門 船倉にやって来た文左衛門が、荷物は無事だったか?と確認すると、豊吉が、積み荷はみんな無事でしたと言うので、豊吉!と言いながら抱きしめた文左衛門は、おい、後二日すりゃ、江戸に着くぜと全員に言い渡す。

そして、柱に付けられていた人形に気づいて近づいた文左衛門は、じっと人形を見つめるのだった。 岩場に出て、祈るように海を見守るお加代 そんな中、「紀の国屋丸」は江戸へと近づいていた。

その頃、江戸では、南海屋さん、待て、待てと言って、これでもう三ヶ月になりますよと、南海屋が大家から責められていた。

もし来月、約束を違えるようなことがあったなら、この店から立ち退いて…と言いかけた相手の言葉を手で制し、店先で!店のものもおります。間違いなく来月は…と約束する。

そうした南海屋の様子を、暖簾越しに見守るお妙と松二郎 そこに駆け込んで来た惣吉が、旦那様!紀州からみかん舟がたった一艘入って、今、問屋の表はお騒ぎだそうです!と報告する。

それを聞いた南海屋は、ええ!あの嵐を突いて!一体、どこの船が入ったんだ?と驚愕しながら聞くと、それが「紀の国屋丸」だそうです!と惣吉が言うと、ええ!そんなはずはないよ!そんな、何かの間違いだ!とうろたえ、外に飛び出す。

問屋の前では、紀州みかんの競りが行われており。次々とみかん箱が運び出されていた。 白装束でそれを見守っていた文左衛門に、若旦那!と権次ぎが近づいて来て、荷揚げは終わりやした!と報告する。

横には豊吉も付き添っており、おめでとうございます!と文左衛門をねぎらう。

次々に運び出されるみかん箱を、呆然と見つめる南海屋と惣吉 文左衛門の働きによって、無事、「ふいご祭り」では、大量のみかんが撒かれる。

吉原では、そんな文左衛門を招いて花魁総出の招待となる。 文左衛門はじめ、来ておるの!と確認したのは、呼び出した柳生兵庫だった。 このたびの行いは誠に見事であった。

殿にはこの他お喜びじゃと挨拶する横で、大納言はえびす顔だった。

文左衛門!そちのこのたびの偉業、またそれをなし得たものは、ただに商人の道ではなく、魂であった。 武士に士訓があるごとく、商人に商訓と言うものがある。

余は誠に良きことを知ったと言葉をかけると、恐れ入りましてござりますると、文左衛門が平伏をする。

これと言うのも、お殿様のお助けがなくては、到底でき得ぬことでございました!と礼を言うと、文左衛門、余は心からの引き出物をつかわそうと大納言が言い出す。

参れ!と廊下に向かって大納言が声を掛けると、姿を現したのはお加代であった。

その姿を見た文左衛門は驚き、豊吉、船頭たちは、一斉にお加代さんだ!と言いながら駆け寄る。

紀州より、一刻も早くと、百五十里の道を急ぎ連れ参ったのじゃと大納言が説明し、兵庫は、加代!言葉を交わせ!と声をかける。 加代は、皆様、おめでとうございます!と挨拶する。

兵庫は、そちたちの仲人をたって所望いたしておると大納言が笑顔で伝える。

紀の国屋!早う、わしの娘としてもろうてくれぬか?と兵庫は言い出す。

その言葉を聞いた文左衛門は、もったいのうございますと平伏するのだった。

十太夫!そちの喜び、察してあまりあるぞと大納言が榊原に声をかけると、紀の国屋!善くぞ男になってくれた!と榊原は文左衛門に話しかける。

そのとき、文左衛門は、左腕の入れ墨に自ら気づき狼狽するが、それを見た兵庫は、殿!ご覧になりましたか?と聞く。

大納言も、その入れ墨には気づいたが、忌まわしき過去の一切を捨てて、紀の国屋文左衛門!新しく生きるが良い!と言い渡す。

さらに、余の国元において、咎人の入れ墨は今後一切禁ずるぞ!と皆に言い渡したので、殿様!おいらの仲間もその言葉で、どこへ行っても働けます!と半兵衛が感謝する。

それを聞いた大納言はうれしそうに頷く。 紀伊の国のいや栄えると共に、紀の国屋も大きく伸びて行きますよう、この文左衛門、商魂一筋、己が道を失わず、ひたすら勤める覚悟でござります!と文左衛門が挨拶すると、うん!文左衛門!善くぞ言うたぞ!と大納言は、満足そうに頷くのだった。

帰りの「紀の国丸」に乗り込んだ一行は、晴れやかな顔で、遠くに見えて来た富士山を眺めるのだった。


 

 

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