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検事霧島三郎

 

高木彬光原作ミステリの映画化で、宇津井健さんが、見ているだけで肩が凝ってくるような真面目一本やりの主人公を演じている。

昔の映画のヒーローと言うのは、大体真面目なものが多いが、宇津井さん演じるキャラクターは、いつもちょっと度が過ぎているのではないかと感じるくらい堅物である。

今の感覚からすると、こういうタイプはあまりモテないのではないかとも思うが、映画の中の宇津井さんは何故かいつもモテモテである。

本作品では、結婚直前の婚約者の父親が殺人の容疑者になると言う異例の事件を通し、駆け出しの検事だった霧島が、刑事部刑事として活躍する一方、婚約者との愛情の狭間で苦しむ様が描かれており、ミステリとしてだけではなく、ラブストーリーとしても楽しめる内容になっている。

劇中、入れ墨を入れる苦痛を免れるため、墨に麻薬を入れるなどと言う発想は、「刺青殺人事件」辺りを執筆中、原作者が得た知識なのかもしれないなどと想像したりする。

船越英二、川崎敬三、菅井一郎、見明凡太朗、夏木章、早川雄三…と言った大映おなじみの面々が登場している中、本作で注目すべきは成田三樹夫さんだろう。

父と意見が合わず、家を飛び出し荒んだ生活に身を持ち崩す息子を演じているのだが、なかなか印象的である。

さらに、東宝のイメージが強い山茶花究や宮口精二さんの登場も興味深い。

真犯人は、キャスティングを見ていると途中から薄々見当はついてくるのだが、原作ものだけに筋立てがしっかりしている上に、ヒロインが次々に陥るピンチもハラハラさせて面白い展開になっている。

ミステリものは大抵そうなのだが、本作もどちらかと言えば女性向けの作品かもしれない。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1964年、大映、高木彬光原作、安藤日出男脚色、田中重雄監督作品。

とある裁判所の法廷 被告は、京浜ベアリングに勤める愛人頼子と結託し、学生時代の恩師から2000万借り、毒死させると言う卑劣な行為をしたのであり、死刑を求刑したい!と、検事霧島三郎(宇津井健)は裁判長に求める。

公判を終え、外に出た霧島に、霧島君!と背後から声をかけて来たのは、婚約者の父親で弁護士の竜田慎作(菅井一郎)と、弁護士志望だが今は探偵社に勤めている寺崎義男(川崎敬三)だった。

恭子が論告を聞くと張り切っとった。フィアンセにごちそうするからと大分せびられたよと話しかけて来た竜田に、いや~、初めて死刑を求刑したので緊張しましたと霧島が答えると、いずれ君も慣れるさ…と竜田は答える。

用事があると言い、寺崎が先に帰って行くと、先生もよく彼の面倒を見ておられる…と霧島は竜田に感心してみせる。

竜田は、英国で買った古物で、なかなか点かんのじゃと言うライターを取り出したので、お付けしましょうと霧島が受け取ってタバコに火を点けてやると、君、デートに遅れるよと言いながら、竜田は側で待っていた和服の女性本田春江(一条淳子)の方へ向かって行く。

その後、レストランで婚約者の恭子と出会った霧島は、死刑の求刑だからね…と、また先ほどの公判の事でのためらいを打ち明けると、立派なお仕事よと恭子(霧立はるみ)が言うので、なるほど、弁護士の娘だ!と霧島は感心する。

すると恭子は、参考人!あなたは本当に私を愛してますか?起立して答えてください!などと冗談を言ってくる。

しかし、そんな笑顔の恭子が、店の一隅に座っていた客を見つけると急に表情が曇ったので、知ってる人?と霧島が聞くと、須藤って人で兄さんの友達なの、得体の知れない人よと小声で打ち明ける。

兄さんの病気はどうなの?と霧島が聞くと、検査の結果、肺がんではなかったようだけど、胸をやられているんじゃないかって…、父とけんかをして家を飛び出したあげく、あんな人たちとたむろして…、私、気味が悪いわ…、帰りは検察庁まで付いて行って良いでしょう?などと恭子が言い出したので、霧島は、それはまずいよと困惑する。

須藤が先に帰って行ったので、君には僕と言う鬼検事が付いているよとなだめ、霧島は恭子と店を後にする。

しかし、検察庁に帰った霧島と分かれ、外で一人になった恭子に、須藤が声をかけてくる。

先ほどの方が婚約者の検事さんと言う方ですか?なるほど二枚目で秀才そうな方ですな、相思相愛と言った所でしょうか…、 でも、あの方とは結婚できないでしょう。 私が振られたからではありませんよ、ある理由があるんですなどと言って来たので、須藤さん、二度とお目にかかりたくありません!と言った恭子は、足早に立ち去って行く。

翌朝、自宅にいた恭子は、父親が帰って来なかった事を案じていたが、そこに陳しく兄の慎一郎(成田三樹夫)が帰って来たので驚く。

また親父は外泊か?親父が留守の方が都合が良い、また10万ほど…などと真一郎は小遣いをせびってくる。

資産何億と言う弁護士の息子がアパート暮らししているのも、偽善者面した親父が嫌いだからだ。 弁護士が何億もためるなんて、裏で何をしている事か…などと言いながら、慎一郎はジョニ黒を飲み始めたので、朝から飲んで!お体に悪いわと恭子は注意するが、親父が死んで財産が自由になるまで死なんぞ!と慎一郎はおどけてみせる。

そこに、お手伝いの和子(竹里光子)が、警察の方が見えられました…と知らせにくる。 玄関に出てみると、竜田先生のお嬢さんですか?と確認して来た刑事が、夕べ、本田春江と言う女性がマンションで殺されたんです。事情を伺いたいと思いまして…と言ってくる。

マンションの殺害現場には、赤いスカーフを首に巻かれた本田春江の死体が仰向けに横たわっていた。

現場検証をしていた桑原警部(早川雄三)が、身よりは竜田慎作だけか?と被害者の事を確認していた所へ、隣の人が夕べ竜田を見かけたそうですと言いながら、刑事が隣人夫婦を連れてくる。

隣人の亭主が言うには、夕べ9時半頃、マンションの部屋の入り口付近で見かけたのだと言う。

それを聞いた桑原警部は、死亡推定時刻の寸前だな…と答え、その時の竜田の様子を聞くと、旅行にでも出かけるのか大きな鞄を持っていたと隣人は言う。

こちらのご主人と知ってましたか?と聞くと、せっちゃんが…、一緒でしたから…と隣人は、妻と一緒に竜田を見た事を打ち明ける。

いまだに行方知れずと言う訳か…と、桑原警部が竜田の事を考えていると、主任、ヘロインです!と刑事が現場で発見したものを報告したので、ヤクか…と桑原警部は顔を引き締める。

検察庁では、本田春江殺害事件を担当する事になった原田裕検事(船越英二)が、警察では竜田弁護士を重要参考人と見なしているらしいと霧島に伝えていた。

婚約者の父親が容疑者になったと知らされ困惑する霧島の前で、原田は担当検事として恭子の家に電話をしてやる。

電話に出た恭子は、電話を変わった霧島に、ただ今取り込んでおりますと他人行儀な返事をするので、霧島は、今、警察が来て家宅捜査をしている最中なのだと察すると、必ず電話をします。どんな事があっても、あなたの味方ですからね、気を強く持って!と励ます。

電話を切った霧島に、この事件、君たちの結婚に影響するかもしれんな…と原田は同情するが、いざとなったら僕には覚悟があるよと霧島は答える。

その夜、地元駅に降り立った霧島は、駅売りの夕刊を買い、熱心に事件の記事を読み始める。

自宅アパートに戻った霧島は、部屋に恭子が待っていたので驚きながらも、警察の疑いなど気にするなと励ます。

恭子は、検察の方ではどういうお考えなの?父があんな事をするなんて信じられなくて…と霧島にすがってくる。

父の失踪は一つしか考えられなくて…、犯人か…、父も殺されている…と言うと泣き出す恭子。

窓の外で雷が光る中、霧島は恭子をしっかり抱きしめてやる。

どうなるの?私たち…、万一父が犯人だとしたら、憲司さんが殺人犯の娘と結婚できないでしょう?と不安がる恭子に、僕は検事を辞める!検事を辞めても君と結婚する気だよと答えたので、喜びながらも、私は容疑者の娘よ…と念を押すが、僕の気持は変わらないよと霧島は答える。

あなたのその言葉を聞いただけで、この先思い残す事はないわと感激した恭子は、霧島としっかり抱き合い、自然とキスをし合う。

翌日、次席検事の森正行(宮口精二)に、辞職願いを提出した霧島だったが、恭子さんとか言ったね?婚約者だから辞めると言うのかね?子供みたいな考えだ…と森は聞いてくる。

検事を辞めるしかありません。検事として、人間として筋を通したいんですと霧島が言うと、それで筋が通るのかね?君は十中八九そうだと思っているようだが、この事件をとことんまで捜査するのが筋じゃないのかね?と森は指摘してくる。

しかし、私は公判検事です。捜査をするのは公私混同ですと霧島が言い返すと、ちょっと待っててくれと言い残し、森は部屋を出て行く。

やがて、ノックが聞こえ、原田が入ってくると、次席検事から呼ばれたんだ。君も生一本だが、どうしても辞めるのか?と聞いてくる。

そこに戻って来た森は、今、検事正と相談して来た。原田君は神戸地検に転勤だ、霧島君は、本日から刑事部へ移籍、原田君の後を担当してもらうと言い出す。

私は、近々、アメリカの検察機構の視察に行くんだ。 ただ霧島君には条件がある。一つは途中で捜査を投げ出さない事、もう一つは、竜田の無実が証明されるまで、恭子とは会ってはいかん。ただし、参考人として、事務官立ち会いの上なら構わんがね…と、森は釘を刺す。

その後、霧島は、担当事務官の北原大八(見明凡太朗)と共に、捜査主任の桑原警部に挨拶に行く。

桑原警部は、殺された本田春江は、新宿にある「らむうる」と言うバーの雇われママで、解剖の結果、麻薬中毒者だったと霧島に教える。 それを一緒に聞いていた北原は、竜田も一緒に殺されているかも…と指摘する。

事件後、竜田は目撃されており、高級マンションに住む鹿内桂子と言う女が、100万入りのバッグを持って来た竜田から旅行を誘われていますと桑原刑事は言う。

東京検察庁 戻って来た霧島に北原は、あまり検事が捜査に立ち入ると、警察と波が立ちますとやんわり戒める。 そこに電話がかかって来たので北原が出ると、それは恭子からのものだったので霧島に渡す。

辞表を出したんだが、公判部から刑事部へ転勤になったと霧島が教えると、あなた!だったら、お会いして色々ご相談したいわと恭子は言うが、君とは会えない、捜査検事と容疑者の娘が会う事は許されない。事件が解決するまで我慢してくれ!と霧島が言うと、分かりました…、私、あなたの奥さんですもの…とけなげな事を言い、恭子は電話を切るが、三郎さん…と一人寂しがるのだった。

そんな恭子の元を訪れて来たのが、私立探偵の寺崎義男で、先生があんな事をなさったなんて信じられないのです。今、捜査本部に行って色々聞いてきました。僕も私立探偵の端くれです。僕には僕のやり方があります。恩返しなんてきれいごとは言いません。名を挙げて、弁護士への道を拓きたいのですと、自分を売り込んでくる。

そのひたむきさに負けた恭子は、須藤俊吉と言う人が秘密を知っていそうなんです。私と霧島さんとが結婚できないなんて言ってたんですと打ち明ける。

僕の方もお教えしたい事があるのです。事件後、先生と会ったと言う鹿内桂子と言う女性がいるのですと須藤が言うので、父は生きているのね?逃げ回っているのかしら?と恭子は案じる。

竜田に顧問弁護士をしてもらっていたと言う鹿内桂子(十和田翠)の高級マンションにやって来た霧島は、三宝物産の立花と名乗り、ヘネシーを注文する。

上着をお脱ぎになったらどう?先生のお話しましょうね、ゆっくりして行ってね…などと言っていた佳子だったが、霧島が脱いだスーツの内側のネーム刺繍で「霧島」と言う名前をしっかり確認する。

いつか、犯罪者が逃げるには海外逃亡が一番だと言ってたの。30万くらいで香港に逃げられるらしいわ。 戦時中、中国の陳とか言う人を助けたそうで、その人は今、大実業家になっているそうよ。 そう言えば、新橋駅の近くで先生お見かけしたのなどと佳子は言うので、本当かね?などと霧島は疑わしそうに聞く。

結局、嫌なお話しになったわね…、どうしてかしら…などと佳子が言っていると、電話がかかってくる。

その電話に出た佳子が、あなた!と叫んだので、まさか、竜田先生では?と霧島が聞くと、歓迎されざるお客…と答えた佳子は、残念ですわ~…泊まっていただきたかったのに…などと言って霧島を追い返す。

その後、恭子と一緒に、佳子のマンションにやって来た寺崎は、ドアブザーを押しても返事がないので、不思議がりながらドアを開けると鍵がかかってない。

そっと中の様子をうかがった寺崎は、おびえたような顔で恭子を振り返る。

部屋の中を覗き込んだ恭子は、そこに倒れていた佳子の死体を発見する。

部屋の中にあった鞄を見た寺崎は、先生の鞄じゃないですか?と恭子に確認する。

その後、霧島は北原から、鹿内佳子が殺され、発見者は竜田恭子と寺崎義男だと桑原警部が連絡して来たと知らされ驚愕する。

竜田のものと思しきボストンバッグとヘロインも発見されたらしかった。

その後、恭子は参考人として霧島の部屋にやってくる。

霧島が事務的に、今、あなたのお父さんは、第一、第二の事件の容疑者になっています。麻薬の容疑もかかっています。お父さんの身辺で麻薬に関して聞かれた事はありませんか?と聞くと、兄が須藤さんの事を、確かに麻薬を打っていると話していた事がありますと恭子も努めて事務的に答えるが、その時、側で一緒に聞いていた北原が、検事さん、私、急に腹痛ですので、ちょっと席を外しますと言い出し部屋を出て行く。

北原の気遣いに気づいた霧島と恭子は、久々の再会に感極まり互いに手を取り合って喜ぶ。

あなた!私は何も悪い事はしていないのよ!と恭子が嘆くので、辛いのは一緒だよ、一緒に犯人を突き止めよう!と言い聞かした霧島は、実は、鹿内佳子に会ったんだよ。会っていた時、妙な電話がかかって来たんだ。この事件はまだ裏がありそうだと伝える。

そんな霧島に恭子は、お願い!私を助けて!とすがろうとする。

その時、次席検事の森が部屋にやって来て、北原君はどうしたんだね?君!事務官が立ち会わんと会えないはずだったな!と霧島を責める。

ばつが悪くなった恭子は、失礼しますと言い残し、そのまま帰ってしまう。 それを確認した森は、桑原警部が待っていると霧島に告げる。

桑原警部の報告は、佳子の素性が割れた。元「らむうる」に勤めていたと言う事だった。

須藤も「らむうる」とつながりがあるようで、経営者はテキ屋の親分小林準一と言う男だと言う事も判明する。

参考人として呼ばれた小林準一(山茶花究)は、知らん事は知りませんな…と最初からふてぶてしい態度だったので、妙な事を伺いますが、人を殺した事はありますか?と霧島が聞くと、昔、血の気が多かったので、興行師を刺した事があり、ちゃんと刑に服しましたと、着物の袖をまくりながら小林は言う。

その時、左腕の彫り物がちらり見えたので、立派な彫り物ですなと霧島がおだてると、全身を21日で彫り上げましたよと小林は自慢する。

入れ墨を入れるのは大変な痛みなんですってね~、普通は全身に入れるには一ヶ月以上かかると聞きますが、それをたった21日で彫られたとはすごいですな。 墨にコカインを入れると楽だと言いますね、この腕の内側にあるタコは何ですか? 入れ墨を入れたのをきっかけに麻薬常習犯になる事もあるそうですね? 小林さん、麻薬取締法違反で逮捕する!と霧島が急に言い出したので、桑原警部に連れて行かれる事になった小林は、畜生!身内の者が黙っちゃおらんぞ!と威嚇して行く。

入れ墨から麻薬の事を探り出すとは見事でしたね。逮捕状を作成しますと話しかけて来た北原は、勾留期間中に禁断症状が出てどう出るかだよと霧島が言うので、一筋縄では泥は吐きませんからな~…と頷く。

その夜、帰宅途中の霧島はナイフを持った暴漢に襲撃される。

必死に抵抗したため、賊は逃げて行くが、その時霧島は、賊が落として行ったと思われるキーホルダーを発見する。

霧島は、畜生!身内の者が黙っちゃおらんぞ!と威嚇した小林を思い出す。

その後、霧島は「ばあ らむうる」に客として行ってみるが、出迎えたホステスの山口時子(倉田マユミ)は、ここの経営者に取り込みがあったものですから…、あなた、警察の方?と探りを入れてくる。

組にゆかりの者だよと霧島はごまかすが、席を離れた時子は、小林の子分らしき連中と何やら話し始める。

席に残っていたホステスが、あんた、嘘が下手だわね、今の人が小林さんのこれよと小指を立ててみせる。

組の連中はちょくちょく顔を出すのか?と聞くと、ご覧の通りよと、チンピラたちを見ながらホステスは笑う。

連中の中でこれをもっている奴を知らんかね?と言いながら、拾ったキーホルダーを出してみせると、ホステスは、さあ?ととぼける。

翌朝、検事室で一緒にあんぱんと牛乳で朝食を取りながら、霧島が襲撃されたと聞いた北原は、しかし検事さんを狙うなんて血迷ってますな…とあきれる。

その時、榎本ふさ子さんと言う方がご面会ですと言う知らせが来たので、霧島は会ってみる事にする。

ふさ子は慎一郎と結婚したと言うので霧島は驚く。

慎一郎は父の竜田に正式に結婚を認めて欲しいと申し出たらしく、既にふさ子は慎一郎の子供を身ごもっているのだと言う。

そう聞いた霧島は、では、こんな事件がなかったら、姪か甥になっている子ですね…と感慨深げに言う。 何かお役に立ちたいと思いまして…と言うふさ子に、あなたも大変ですね~と同情すると、ご病身の慎一郎さんですが愛しております。私のような突っかい棒がございませんと…などとふさ子はけなげなことを言う。

その後、アパートに帰って来たふさ子に、どこをうろついていたんだ?と迫った慎一郎は、いやがるふさ子をそのままベッドに押し倒すと、俺の身体なんかどうなっても良いんだなどとやけっぱちなことを言う。

その時、ドアのブザーが鳴ったので、誰かと慎一郎が開けに行くと、そこに来ていたのは恭子だった。

入れよと声を掛けるが、だって、どなたか…と恭子は入りかねる。

乱れた服を直しながら、誰?とベッドのある部屋から出て来たふさ子が聞くと、妹だよと慎一郎が教えたので、おビールでも買ってきましょうか?と気を利かせたふさ子は部屋を出てゆく。

今の人、どういう人?と恭子が聞くと、見りゃ分かるだろう?女房だよ。親父が妙な事になっているのに、何のざまだと言いたいんだろう?と慎一郎は自嘲気味に言う。

お父様の事が心配で相談に来たのに…と恭子はあきれたように言う。

その時、また咳き込み始めた慎一郎は、世間知らずのお前から見たら不潔だろうが、こんな俺でも尽くしてくれる奴がいるんだよ。もう子供が出来ているんだよと恭子に打ち明ける。

慎一郎のアパートから出て来た恭子は、待ち伏せしていたかのような須藤に捕まり、話があると言われ、無理矢理喫茶店に誘い込まれる。

今、ある人から密出国の依頼されていましてね…、あなたのお父さんではありません、ある人ですと須藤は意味有りげな話をする。 竜田さんは今、麻薬中毒になっています。

竜田さんは妻に麻薬の注射を打ってやるうちに、自分も麻薬に犯されるようになったのですなどと言うので、父に会わせてくれと恭子が頼むと、条件があると須藤は言い出す。

一つは霧島には秘密ですがあなたの身体です。人一人、生かすか殺すかと言う瀬戸際ですからねなどと須藤が言い出したので、父が生きていると言う証拠を見せてください!と恭子は迫る。

すると須藤は、2~3日でお見せできるでしょう。それさえ見せたら、前払いでお願いしますと須藤は答える。

屋敷でその話を恭子から聞いた寺崎は、まさか承知なさったんじゃないでしょうね!お嬢さん、私が付いています。僕にもやっと先生の消息が掴めそうなんです!と訴える。

お父様が昔中国人を助けた話を聞いていますか?と言うので、陳志徳さんと言う方でしょう?と恭子が答えると、その方が今日本に来て、どこでどう調べたのか、僕の所に連絡して来たのです。

今、横浜のホテルマスターと言う所に泊まっているそうです、会ってみませんか?と寺崎は言う。

寺崎と一緒に恭子が会いに行くと、陳と言う人物は、昔のご恩は絶対に忘れる事はありません。先生のようなご立派な方には神様のお恵みがあります。あなたも香港に来られませんか?お望み通りのもてなしをしますよと意味有りげなことを言ってくる。

ホテルからの帰り道、寺崎は、含みのあるような言葉でしたね、先生と連絡を持っているようですと恭子に言い、須藤の口車に乗るのはいけません!と再度忠告する。

その後、霧島に会いに来た寺崎は、ぐずぐずしていると須藤はお嬢さんの貞操さえ奪いかねない!と訴えるが、検事としてはそこまで踏み込めませんと霧島は躊躇する。

その答えを聞いた寺崎は、あなたには人間の血が流れていない!結局、検事の仕事の方が可愛いんだ!と憤慨し、帰って行く。

その直後、小林が崩れだしました。禁断症状が出て、今、病院へ運ぶ所ですと北原が知らせにくる。 桑原警部が待機していた病室へ向かうと、禁断症状の小林がベッドで苦しんでいたので、殺しに一役買っているな?と聞くと、知らん!殺しには関係ねえんだ!と小林は答える。

何故俺を狙わせた?と聞くと、言いがかりだ!俺は絶対にやらせんと小林は否定するので、こいつが現場に落ちていた。こいつにものを言わせるだけだと言いながらキーホルダーを見せると、はっと何かを思い出したような表情になった小林は、三川庄介と言う男が毛唐からもらったと自慢していたと話し出す。

奴は、昔、組の上がりをねこばばしたので俺が破門したのを根に持ち、俺の組織を乗っ取ろうとしているんだと言うので、今どこにいるんだ?と聞くと、神戸の和泉組に身を寄せているらしいと小林は答える。

病室を出た霧島は、小林を見舞いに来た「らむうる」のホステス時子と、組のものらしき連中と鉢合わせになったので、三川庄介と言う男を知っているか?と聞くと、誰があんたなんかに言うものか!小林をあんなにして!この敵はきっと取ってやるから!組には命知らずが揃っているんだからね!と時子は毒づいてくる。

霧島は、今度は本気で狙われそうだよと苦笑する。 数日後、恭子のいる竜田家の屋敷に見知らぬ中年女がやってくる。

その女は、須藤さんのお使いで参りましたと名乗ると、小型のテープレコーダーを取り出し、聞き取りにくいかもしれないので悪しからずと言っておりましたと前置きしながらスイッチを押す。

するとテープから、船を手配してくれと言う父と思しき声が聞こえてくる。

それに答えている声は須藤のようだった。 すぐにスイッチを押して止めた中年女は、いかがでしょう?納得いただけたでしょうか?と恭子に確認すると、一枚の手紙を差し出す。

そこには、今晩、上の池之端28番地へ…と書かれていた。

その夜、着物を着た恭子は、指定の場所へ出かける。

すると、民家の玄関を開けたあの中年女が、お待ちかねです、どうぞと中に招き入れる。

中に入ると、須藤が一人待っていたので、お父様は、お父さんに会わせてください!と恭子は迫る。

こちらは証拠を提供したんですよ?サービスは前払いだと言ったはずです。竜田さんはこの二階にいらっしゃる。言う事を聞けばゆっくり会えるんですなどと須藤は言いながら、いきなり恭子に抱きついてくる。

必死に須藤に抵抗し、二階へ上がろうとする恭子だったが、須藤はいきなり殴りつけてくる。

倒れた弾みで窓ガラスを割ってしまう恭子。

大変な手間をかけたんだ、竜田潜伏説をでっち上げたんでねと須藤が言うので、あのテープは?と恭子が聞くと、以前「らむうる」で、先生が遊びで採った声に似せ、アテレコタレントに吹き込ませたんですよ、大した芸術でしょう?と須藤は笑う。

その時、恭子さん!と、刑事を伴い飛び込んで来た霧島は、須藤俊吉!扶助誘拐並びに暴行傷害の現行犯で逮捕する!尾行を付けといて良かったと言うので、安堵した恭子は、あなた!と叫び、霧島に抱きつく。

家の外に出た恭子は、ね?良いでしょう?ゆっくりしてても…と甘えて来たので、どうして?今こうしているのも次席検事との約束を破っているんだ、今夜も分かれようと霧島は言い聞かそうとする。

しかし恭子は、恐怖体験の直後と言う事もあり、私、このままじゃ嫌よ!と霧島にすがりつき、霧島も、恭子さんと感極まって抱きしめると、また甘いキスを交わすのだった。

そんな二人の様子を、物陰から人影が見守っていた。

もう少しの辛抱だよ…、事件の先行きが見えて来た。お父さんは無罪だよ、亡くなっているかもしれん…と霧島が恭子に言うと、生きてるわ!外国まで逃げ延びて…などと恭子は言い返そうとする。

止めてくれ!検事の目から見ると、惨いようだけど、お父さんが生きている可能性はない。意味は誰かに暗示をかけられているようだが、それは兄さんか?陳とか言う中国人か!と霧島が聞くので、止しましょう…、私たち、一度も喧嘩なんかした事なかったじゃない…と恭子はなだめる。

翌日、次席検事の森に呼ばれた霧島は、外部からの通報だ。君はまたしても規則を破った!と叱責を受ける。

夕べ、恭子としばし二人きりでいた事を誰かが通報したらしかった。

私は木石の身ではありません!と霧島が言い訳すると、止したまえ!君の感情を聞いているんじゃない。公私のけじめをどうするか聞いているんだ?と森が責めるので、改めて辞めさせていただきます!と霧島が申し出ると、どんな事があっても犯人を見つけると君は言ったではないか!あれは嘘だったのか?検事局にそんな腰抜けはおらん!二度とあの娘に会ってはならん!私を安心してアメリカへやってくれと森はきつく戒める。

その夜、寝室で寝ていた恭子は、和子がお越しにやって来て、旦那様がお帰りになりましたと告げたので、急いでベッドを出て玄関に行くと、父の慎作がいたので、思わず抱きつく夢を見ていた。

夢の中の父は、恭子、心配かけてすまなかった。今日まで逃げ回っていたが、お前や霧島君の事が気になって…、父さん、自首する事にしたよと話してくる。

しかし、その時乱入して来た刑事たちから、麻薬容疑で逮捕する!と宣言されたので、お父様!と呼びかけるが、その時、恭子は夢から目覚める。

嫌な夢を見た恭子は、霧島に電話を入れ、会って欲しいの!どうしても会っていただきたいの!夢を見たの、父が捕まる夢を…、助けると思って…、あなたの立場は分かっています。何故黙ってらっしゃるの?もしもし!三郎さん!どうしても会って欲しいの!と恭子は呼びかけるが、それを黙って聞いていた霧島は、僕の今の立場としては…と言いかけ、電話を切ってしまう。

それに気づいた恭子は、お父様!と言って泣き崩れる。

その時、電話がかかって来たので和子が出ると、慎一郎様が!と叫ぶ。

容態が急変し入院した慎一郎は、駆けつけて来た恭子に、悪い兄貴だったな…、これでも親父の事心配してたんだ。でも変な意地があって…、お前には迷惑かけてしまった。許してくれ…と言うと、わがままついでにもう一つ頼みたいことがあると続ける。

ふさ子とおなかのこの事だ。親父と助けて、身の立つようにしてやってくれと言うので、恭子は分かりましたと答える。

すると、側に付き添っていたふさ子が、実はさっき神戸の寺崎さんから電話をもらったんです。陳さんとか言うあちらの方から、神戸のシルバーホテルの方へ来て欲しいとの事でしたと恭子に伝える。

俺も一度会いたかったな…、恭子、頼んだぞ。お前は良い奴だ…とつぶやいた慎一郎は、そこで事切れる。

その頃、霧島と北原は、アメリカに出発した森を見送りに羽田空港に来ていた。

次席検事がお帰りになるまでに犯人を見つけないと…と霧島がつぶやくと、お茶でも飲みましょうか?と北原が誘う。 そんな二人の様子を、サングラスに口ひげの男が近くから監視していた。

空港内へ入って来た霧島は、そこに座っていた恭子を発見し、思わず立ち止まる。 北原はまた気を利かし。タバコ買ってきますと言い残して立ち去ろうとする。

立ち上がった恭子は、兄が亡くなりましたと教えるが、霧島はそれに何も答えず、ただ深々と会釈をして立ち去ったので、恭子は思わず泣き出す。

その一部始終を側から見ていた北原は、良いんですか?検事さん…と近づいて来た霧島に問いかける。

次席検事との約束を破れんと霧島が言うので、しかしあの人神戸に行くようですよ…と北原が戸惑うと、北原さん、空港警備へ行こうと霧島は言い出す。

霧島は、神戸地検の原田に電話を入れると、出張の許可が降り次第、俺もそっちに行くと伝える。

霧島は、この敵は取ってやるから!と叫んだ「らむうる」の山口時子の事を思い出していた。

伊丹空港に到着した霧島を出迎えた原田検事は、恭子さんはシルバーホテルだ。一人でホテルに閉じこもりっきりだと教える。

そんな原田に、どうも誰かに付けられているような気がすると霧島は言う。

小林組か?と原田が言うので、君何故そんな事を知っているんだ?と霧島が驚くと、僕が君からの電話だけで納得すると思うかい?あの後、北原君から色々聞いたんだよと原田は打ち明ける。

周囲を見回していた霧島は、サングラスに口ひげの男に気づき、あの男だ!と指摘する。

その男に近づいた女を見た霧島は驚く。

新宿の「らむうる」で会ったホステスだったからだ。

霧島の視線に気づいたのか、笑顔で近づいて来たその女安藤澄子(長谷川待子)は、うち澄子と言いますと名乗ると、妙な所で会いますね、こっちに移って来たのよ。家のアパートにぜひ来てねなどと話しかけて来たので、それがサングラスの彼氏の伝言かね?と霧島は皮肉る。

神戸検事局へ霧島を連れて来た原田は、さっきの変な女は、安藤澄子と言い、バー「ドラゴン」のホステスだ。店の経営者は和泉五郎と教える。

それを聞いた霧島は、和泉一家と言えば東京の小林組とはライバル関係のはず…とつぶやく。

三川庄介がいる所…、澄子は和泉組のスパイなんだ!三川が小林組を潰すため東京に送り込んだに違いない!ならあの男は三川庄介だ!と霧島は推理する。

同じ話を、その後出かけた澄子の部屋で酒を飲みながら披露すると、シャワー浴びて出て来た澄子は面白い話!と笑うだけなので、さすが和泉一家の女スパイだと霧島は感心してみせる。

だいぶ、酔ってはる…、あなたもシャワー浴びて来た方がええで、万事はそれからや…などと言いながら、澄子は霧島に抱きつきながらベッドに押し倒す。

その時、フラッシュが炊かれ、カメラを持った三川が部屋に入ってくる。

何のつもりだ!騙したのか!と霧島が怒ると、現職の検事を騙すなどとんでもない。あなたにはこの一枚のメモを差し上げます。そこには麻薬ルートが書いてあるので、それを全部潰して欲しいのです。読めば、みんな大物中の大物だと言う事が分かりますよなどと三川が言うので、それで小林組を潰そうと言うのか?と霧島は問いかける。

しかし三川はそれには答えず、キーホルダー、返してもらおうか?霧島検事さん。あの時は本気で狙いはしませんでしたよ。どうします?この取引は…と聞いてくる。 霧島は、窓を開けてくれんか?少し蒸すな…などと言いながら、ワイシャツの襟元を広げる。

逃げ出せませんよと言いながら、澄子が窓を少し開けると、そこに近づいてタバコを吸いながら、こんな条件、考えるまでもないだろう、良し手を打とう!君の提供を受けよう。麻薬のルートは潰す。ただし、こっちにも条件がある。

殺しの件だ。君は小林を潰そうとして女を殺した!と迫る。

すると三川は、憲司さんは麻薬の事を何も知らんのやな…とあざけってくる。

我々はどんな汚い事でもやる。しかし殺しはやらない。

右から左へヤクをさばきゃ、何億って金になるのに、人を殺したんでは間尺に合わない…と言うと、澄子とともに部屋を出て行こうとする。

その時、ドアが開いて外からなだれ込んで気歌のは刑事たちだった。

さっきのタバコが合図さ…、三川!諦めろ!と霧島は呼びかけるが、三川は、刑事たちの隙をつき、階段を下りて外へと逃げ出す。

しかし、アパートを飛び出した所で、やって来た車に轢かれてしまう。

検事局に戻って来た霧島は、澄子を捕えた刑事たちに、あの女は何も吐かんよ…、今度の件は麻薬に目を奪われすぎた…と反省する。

竜田家の財産か…、今回の事件で誰がそいつで利益を得るのか? 竜田さんが行方不明の今、榎本ふさ子だよと霧島は原田に指摘する。

おなかの子供か…、あの牝狐め…、陰の男がいるはずだ。おなかの子供はそいつの子供だよ…と霧島が推理していた時、外回りの戸塚刑事(守田学)から電話がかかって来て、恭子を見失った。乗り込んだタクシーのナンバーも分からなかったと言ってくる。

何か手がかりはないか!良く思い出すんだ!と原田が言い聞かせると、そう言えば…、あれは無線タクシーやった!神戸市内に無線タクシーは二軒しかない!と戸塚刑事は思い出す。

誰にも付けられなかったでしょうね?と、倉庫のような建物に一人でやって来た恭子に確認したのは、待っていた寺崎だった。

陳さんは?父は?と恭子は、無人の倉庫内を見回して不審がる。

亡くなられたのです、ある頭のいい男によって…と答えた寺崎は、さてお嬢さん、一定量の空気を血管に注射すると、ほとんど死因が分からないそうですと言いながら、大きな注射器を取り出す。

その時倉庫内に姿を現したのは榎本ふさ子だった。 彼女は僕の片腕です。お兄さんは、おなかの子を僕の事知らないまま死んで行った。

あるいは幸せだったのかもしれません。 僕のような社会に踏みつぶされた男には、竜田家の何億もの財産を手に入れる事は夢のような話です。

竜田さんは、お兄さんと結婚すると聞いたふさ子の身元調査を、何とうちに頼んで来たのです。 このままでは、僕とふさ子の関係を知られてしまう。 女を殺して、竜田さんに疑いをかけた後、安らかにあの世に行ってもらいました。

陳さんの事は狂言ですよ。嘘と嘘が絡まって、もっけの幸いでした…と寺崎は苦笑すると、無理矢理、注射を恭子の腕に突き刺そうとする。

その時、寺崎義男!殺人容疑で逮捕する!と叫びながら倉庫内に乱入して来たのは、刑事を伴った原田と霧島だった。

その姿を見て、あなた!と呼びかける恭子。

抱き合った霧島と恭子をその場に残し、原田たちは、犯人を連行してすぐに立ち去ってゆく。

その後の公判

被告寺崎義男!実の父のような恩義があった被害者を殺害するとは獣以下の犯罪であります。

人間の本来の姿は信頼と愛情であります。 この根本を否定する所行は断じて許す事が出来ません。

本被告人に死刑を求刑します!と霧島検事は言い渡すのだった。


 


 

 

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