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アチャコ青春手帖 東京編

 

「お父さんはお人好し」シリーズ同様、アチャコ、浪花千栄子コンビで人気のNHKラジオドラマの映画化

戦後間もない頃から、人気ラジオドラマは、その後の人気テレビドラマ同様、シリーズ映画を作る上で、もってこいの元ネタだったことが分かる。

劇中では、アチャコが女性社長の父親や夫や恋人に扮するバイトをやるが、アチャコとコンビを組んでいる浪花千栄子さんは、そのバイトのように、作品ごとに、アチャコの妻であったり、母であったりと演じ分けている。

逆に言えば、「お父さんはお人好し」では、浪花さんと夫婦役を演じていたアチャコが、この作品では息子の学生役を演じているということで、その無茶な若作り自体がギャグ要素になっているとも言えよう。

実際、ヌードモデルのバイトのシーンでは、若者らしからぬ出っ腹を出しているし、女性社長の夫や父親役のときは、見事に貫禄があることからも、実年齢と役柄とのギャップが伺える。

二人が並んで一緒に移っているシーンなどを見てみると、アチャコの方は若作りなので、その分、顔が老けて見え、浪花さんの方は逆に老け役なので、かえって顔は若々しく見える。

アチャコの友人で、金持ちのボンボン役を演じている大泉滉は、二枚目なのに、バスターキートンばりの無表情でとぼけた役を良く演じている。

アチャコお得意の漫才ネタ「早慶戦」の相手をしてみせるシーンなどがある。

その大泉滉演ずるお坊ちゃんの執事役は堺俊二で、得意のとぼけた老け役を演じている。

何不自由のない金持ちのボンボン学生と言うと、「若大将シリーズ」での青大将などを連想させるが、案外、この作品辺りに原点があるのかもしれない。

内容は、昔から人気のある母子の情愛をベースにした軽い喜劇だが、観光バスの描写があることから、懐かしい当時の東京の姿が見られるのが貴重な作品でもある。

高さ65メートルの国会議事堂が、当時の日本一の高さなどと言う紹介や、おなじみの大きな提灯もない浅草雷門の仲店商店街前風景などは珍しい。

後半の追っかけは、昔のドタバタ喜劇の定番だが、迫りくる列車の直前の踏切を、車が横切るシーンなどは、どうやっているのかと驚かされる。

タイトルロールに出てくる「新東宝特殊技術」の技術なのかもしれない。

他にも、冒頭で登場する下宿屋「金柳館」の二階込みの全景ショットなども絵合成と思われる。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1952年、吉本プロダクション、長沖一原作、山崎謙太脚本、野村浩将監督作品。

大学構内の掲示板に群がる学生たち

今日は、卒業者の発表日だった。

掲示板を見上げる学生アチャコ(花菱アチャコ)の横にいた北村(大泉滉)が、また落第に決まってるよと言うので、アホなこと言うな、今年滑ったら、三年連続の落第やないか、お母さんに合わせる顔がないやないか…とアチャコはぼやく。

しかし、いくら見渡しても、「第25回卒業者氏名」の名簿に二人の名前は見当たらなかった。

ネバーマイン、ネバーマイン…と北村は言いながら、平然と煙草を吸い始めるが、アチャコは、そら、君は落第しても平気やろうが、僕はそういう訳にはいかん、卒業して就職したらきっと払うと約束した、たまった下宿代が、26826円…、それを払わんことには下宿屋は放り出されるし…、どっか隅の方に柳アチャコと書いてないやろかな?と言いながら、必死に見上げていたアチャコは、名簿の端の紙がはがれかけ、数名の名前を隠しているのに気づく。

意地の悪いところでかぶさっとるんやな…とぼやいたアチャコは北村に、肩車してやるから、君すまんが、あれを見てくれと頼む。 肩車?嫌だよ、そんな下品なまねをするの…と北村は断るので、下品なんて、そんなこと言わんと…と言いながら、アチャコは無理矢理北村の股の間に首を突っ込むと、強引に肩車して持ち上げる。

よろよろしながら掲示板の端に近づいた北村が、名簿の最後の部分を広げると、そこにも二人の名前はなく、「以上」と大きく書かれてあるだけだった。

「以上」やと北村が教えると、やっぱり落第か!とショックを受けたアチャコは、思わずバランスを崩しよろけてしまう。

その肩の上に乗っていた北村も地面に落ちかけるが、そこに駆け寄ってきたのが、北村家の執事(堺駿二)とお抱え運転手だった。

坊ちゃん、予定通り、落第でしたなと、地面に尻餅をついた北村に執事が言うと、北村も学生服に付いた泥を払い落としながら、笑顔で、予定通り!と答えたので、それは何よりおめでたい限りで…、では早速お屋敷の方へと執事は勧める。

じゃ、アチャやん、バイバイ!と手を振って、北村は出迎えの自家用車へと向かう。 執事も、お喜びになることでございましょうなどと愛想を言いながら車に乗り込む。

一方、アチャコ迺法は、絶望のあまり、地面に尻餅をついたまま動けないでいた。

北村家の玄関先では、書生や女中たちが、車で帰還した北村を出迎える。

屋敷に入った北村に、どうだった良夫?と、二階から下りて来た来た父親(渡辺篤)と母親(丹下清子)が聞いて来たので、パパ、ママ!やっと落第することができました!と北村は満面の笑顔で応える。

おおそうか、それは良かった!と、息子の肩を軽く叩いてねぎらった父親は応接間へと向かう。 後に続く母親も、おめでとう!と息子に声をかけたので、オー、サンキュー!と言いながら、北村は抱きつく。

応接間のソファーに腰を落ち着けた北村の隣に座った母は、あなたのようにお上品に育った方が、今のようなこんな世の中に出たら、それこそ、どんなひどい目に遭うか分からないですものねと言いながら北村の帽子を脱がせると、ねえパパさん!と父親に呼びかける。

煙草を吸っていた父親は、そうです!できるだけ長く学校に入っていてくれた方が安心ですよと応える。

でも近頃の大学は、大変、大変、怖いところになってきましたからね~…と母親が案ずると、なに、良夫のような素直な青年がそんな風になりっこありませんよ、そのうち、とびきり上等のお嫁さんをもらってやれば…などと言いだす。

すると母親は、それなんですよ、パパさん、この頃の若い女と来たら、純真で素直な青年と見ると、爪を研いで飛びかかってくるそうですからね~と案じてみせる。

それを聞いていた北村は、ネバーマインよ、ママ、僕は真の美しさを持った女性を発見するために、僕の全精神を集中してる。僕の趣味、僕の教養を信じてくださいと言い聞かす。

しかしね~…、あんまり変な女を発見されちゃ困るよ、お父さんがその良い例ですよなどと父親が口を挟んでくる。

それを聞いた母親は豹変し、何でございますって?今のお言葉は…と言いながら、父親を睨みつけてくる。

失言に気づいた父親は気まずくなったのか、席を立ち、その場を離れようとするが、母親は立ち上がって、そんな父親につかみ掛かろうとする。

その場の雰囲気を察した執事が二人の間に割って入り、その点に付きましては、不肖高井、絶えずお供しておりますから、ご心配はご無用と存じ上げます。ご健康と良い、ご精神と良い、将来、我が観光バス株式会社の二代目社長としての資格は、ありありともう備えておられますからご心配なくと世辞を言ってなだめる。

さらに、どうでございましょう?めでたい落第のお祝いに、乾杯を…、いかがでございましょうな?と話をそらすと、機嫌が直った両親も賛成する。 そんな二人を案内しようと先に歩き始めた執事だったが、絨毯に躓き、派手に転んでしまう。

一方、しょんぼり、下宿屋「金柳館」に戻って来たアチャコは、入り口前で中の様子をうかがう。 入り口横にある受付に座っている下宿屋の親父(小倉繁)に合わせる顔がなかったからである。

一旦、外に戻ろうとしたアチャコに、あら?どうしたの?と声をかけて近づいて来たのは、下宿屋の娘愛子(木匠まゆり)だった。

だめ?と事情を知っている愛子から聞かれたアチャコは、うん、またや…と落第したことを打ち明ける。 また…?困ったわね…と悩む愛子 実は二人は恋人同士だったからだ。

お母さんに何とおっしゃるつもり?大阪からさっきいらしたのよと愛子が伝えると、ありゃ!とアチャコは困った顔になり、私、どうしましょう…とぼやく。

そのとき、愛子!愛子や!と受付から親父が呼びかけたので、は~い!と応えた愛子は、何事かをアチャコの耳にささやきかけ、な~に?お父さん…と言いながら、先に「金柳館」に入って行く。

今のアチャコさんと違うか?と話し声に気づいたのか親父が聞くので、ううん、あ~ら、何してるのかしら?まだ帰ってこないの?遅いわね…などと話し相手をし始める。

そんな愛子の足下を、四つん這いになったアチャコが通り過ぎて館内に入り込むが、受付の窓の下だったので親父は気づかない。

一旦は、そんな愛子の策略に日かかりかけた親父だったが、ふと二階へ通じる階段に目をやると、忍び足で上って行くアチャコの後ろ姿を見つける。

なんとか二階に上がったアチャコは、自室に入りかけ、ふと、障子の穴から中の様子をうかがうと、そこに座っていた母親みどり(浪花千栄子)が、机の上に置いておいた亡き父親の写真立てをしみじみと眺めているところが見えた。

さらに、みどりが、その写真の横に位牌を立てかけたので、入るに入りかねたアチャコだったが、階段を上って来た下宿屋の親父に気づいたので、やむなく自室に逃げ込むしかなくなる。

それに気づいたみどりは、ああ、アチャコちゃん、何してんのや?そんなところで…と、入り口の障子の前に立ちすくんでいるアチャコに声をかけてくる。

アチャコは、障子の穴から中をのぞいていた親父の目をくらまそうとしていたのだった。

いや…、何でもないんです。この穴が気になるんですと言いながら、片手で隠していた穴のことを言うと、そんなことどうでも良いやないか、それより、早う、お父さんに報告してと言いながら、アチャコを位牌の前に連れて行くみどり

お父さんに免状出しなはれとみどりが言うので、免状?とアチャコは困惑する。

そうや、卒業の免状やがな…とみどりが言うので、は、そのね、お母さん…、その免状ですが、その…、印刷会社が、その…、ストライキで…、免状ちょっと遅れるんですと…と、苦し紛れの良い訳をするアチャコ

そうか…、そら、しょうがないな…と息子の言葉を真に受けたみどりは、ほな、報告だけ先にしてと勧めるので、何の報告だす?とアチャコは聞き返す。

何の報告だすって、お前…、卒業の報告やないか…とあきれたようにみどりが教えると、は、そうです!と笑ってごまかしたアチャコ、みどりとともに位牌に手を合わせ、ナンマンダブツ…と拝むしかなくなる。

これでお父はんも喜んでくれてはるやろと笑顔になったみどりは、それがね、お母さん…と事情を話しかけたアチャコの言葉を遮るように、お母さん、お金を送るのが少なかったさかいに、お前もずいぶん苦労したやろ?と話しかける。

それがね、お母さん…と、また事情を打ち明けようとするアチャコだったが、しかし、良く卒業してくれたな…と、みどりが言うので、それ以上は何も言えなくなってしまい、難儀やな~と悩むのだった。

そのとき、障子が開き、アチャコさん、おめでとうございますと愛想笑いを浮かべた親父が挨拶してくる。 これで私もほっとしましたよと言う親父に、僕もほんまにもうほっとしましたとアチャコも応える。

事情を知らないみどりは、満面の笑顔で親父に対面すると、ほんまにまあ、長いことなあ…と話しかけ、まあ就職しましても、当分こちらでご厄介になりますやろうさかいに、なにぶんよろしゅうお頼み申し願い上げますと頼む。

親父も笑顔で、そりゃあもう…、就職なさったら月給の方から差し引くつもりで…、実は今日という日が来るのを待ち構えておりましたような訳でして…などと言うので、アチャコは困り果てた顔になり、みどりの方はぽかんとした顔になる。

とにかく、心ばかりのお祝いをしたいと思いますから、食堂の方ヘどうぞと親父は二人を下へ促し、先に戻ろうとして、障子の角に頭をぶつける。

食堂に集まった他の学生たちに酌をしながら、今日はアチャコさんのおごりだから、みんなうんと飲んでくださいよなどと親父は言う。

一緒に酒をよばれたみどりも、アチャコちゃん、本当に良かったなあ~、こんな嬉しい気持ち、何年ぶりやろな?などと、横に座ったアチャコにうれしそうに話しかけていたが、嘘をついていたアチャコの方は、愛想笑いを浮かべながらも居心地は悪そうだった。

早よ、あんたの就職が決まったら、もうお母さん、大阪の家畳んで、早よあんたと一緒に暮らしたいがな…などとみどりは言いだしたので、もう、偉いことに、ちょっとなりにけりやがな…とアチャコはぼやく。

何がいな?とみどりが聞き返すと、なあ?とアチャコはごまかすしかなかったが、そんな二人の様子を心配げに見ていたのは愛子だった。

そんなアチャコに、親父が一杯行きましょうと酌をしに来たので、愛子もみどりに酌をしてやる。

えらいごちそうになってすんませんなとアチャコが礼を言うと、冗談じゃないよ、これもみんな、月給からさっ引くんだよと親父が真顔で言いだしたので、アチャコは唖然となる。

愛子が、お父さん!といさめたので、また愛想笑いを浮かべる親父だったが、その時、玄関外からクラクションの音が聞こえる。 それが北村家の車だと気づいたアチャコは、愛子に目で合図を送る。

すぐに事情を察した愛子が立ち上がり、玄関に向かうと、やって来た北村を迎える。 こんばんわ!と、出迎えた愛子に挨拶した北村は、食堂の方に目をやると、あら~、ずいぶんおにぎやかですね?あの、一体どうしたんです?と聞く。

今日はアチャコさんの卒業祝いよと愛子が教えると、は?卒業祝い?アチャやんは今年も落第…と北村は指差して指摘しようとするが、その口を手で押さえた愛子、アチャコさんのお母さんが大阪からいらしているのよ、だから、落第したことは内緒にねと小声で頼む。

話を聞いた北村は、オーケー、オーケー、オールオーケー!と安請け合いし、その代わりにね、僕の落第記念、愛子さんにプレゼントしますと言いながら、真珠のネックレスを取り出したので、愛子は困惑し、困りますわと突き返そうとする。

しかし愛子に片思いの北村は、笑顔で、オーケー、オーケー、オールオーケー!あちらの卒業、オールオーケー!と言いながら、ネックレスを愛子に押し付けると食堂に上がり込む。 ああ、北村、良く来てくれたなとアチャコは出迎え、親父も席に座らせる。

僕のお母さんやとアチャコがみどりを紹介すると、お母さん、おめでとうございますと、椅子に座った北村は挨拶をする。

ありがとうございます。あんたはんもおめでとうございますと、みどりもお礼を言うと、僕も同じように落第いたしましたと、つい北村が応えたので、みどりは、同じように?と驚く。

すると、北村の隣に座っていた愛子が肘で北村をつついたので、失言に気づいた北村は、いや、僕は…です!僕は今年も卒業免状をもらえませんでした…と言い直す。

そんな北村にみどりは、あの~…、免状ちゅうたら、印刷会社がストライキを起こしはって、当分、学校から免状くれはらへんそうですな?と聞いたので、事情が飲み込めない北村はきょとんとなり、え?印刷会社がストライキ?君、どこの印刷会社?とアチャコに尋ねる。

自分がついた嘘がばれそうになったアチャコは、どこの印刷会社てな…、印刷会社がストライキをやっている…、つまり、免状が手に入らんのや、手に入らんのは、これアウトや、アウトはつまり落第や、そこに君がピンチヒッターでやって来てくれたんやなどと訳の分からないことを言いだす。

その気持ちは分かる、良う分かる!などとアチャコが一人でしゃべるので、ええ?と北村は困惑するが、それにかまわず、ピンチヒッター、バッターボックスに立ちました!立ちんかいな!立ちんかいな!と言いながら、手真似で立つように北村に促すアチャコ。

訳が分からず北村が立ち上がると、バッター持って!バッテリー間のサイン決まりました!などとアチャコは続けるので、仕方なく北村は、バッターのようなジェスチャーを始める。

第一球、打ちました!大きな当たり!レフト、センターへのヒット!ヒット!球はぐんぐんぐんぐん伸びてます!とアチャコは興奮したようにしゃべり続けるので、北村は案じるかのようにその顔を見つめる。

伸びてます、伸びてます!ランナーは一塁から二塁!二塁から三塁!早よ帰らな、負けるがな…と急に小声で手を合わせ北村に哀願し始めるアチャコ 早よ帰らな、ホーム!ホーム!とアチャコが言うので、あっけにとられながらも北村は立ち上がり、急いでそのまま玄関へと向かい、あたふたしながら帰って行く。

それを見届けたアチャコは、ああ、セーフやった…と安堵の表情になる。

その夜、アチャコの部屋で寝ていたみどりは、夜中に目覚め、ふと横で寝ているアチャコの様子を見ると、寝間着の前をはだけ、腹を出して寝ているのに気づいたので、起きて、おチャコを布団の中へと誘う。 寝ていたアチャコは、そんな優しい母親の世話に、無意識に笑顔になる。

翌朝、下宿屋の親父は、くず屋を呼び込み、家財道具の値段の交渉をしていた。

こんなところですねと、くず屋がそろばんを弾いてみせると、こりゃひどいや、お話しにならないよと親父はその値踏みに文句を言う。

そこにやって来た愛子は、お父さん!ひどいじゃないの!アチャコさんがお母さんを送りに行った留守に、こんなもの売り払うなんて!と言いながら、アチャコの布団などを取り戻そうとする。

親父が売り払おうとしていたのは、全部アチャコの家財道具だったのだ。 それを見た親父は、こらこらこら!何がひどいんだよ?よっぽどこっちがひどい目に遭ってるんだ!アチャコの奴、卒業だ、月給だなんて抜かしやがって!また、落第じゃないか!と愛子に文句を言う。

そこに、ただいま!と帰って来たのがアチャコで、家財道具を見ると、おじさん、どなたか宿替えですか?あの、お手伝いしましょうか?などと聞いて来たので、何を言ってやがるんだ!俺ばかりかおふくろまでだましやがって!お前の借金のカタに売り払うんだ!と親父が怒ると、すんまへん…とアチャコは泣きそうになる。

その場に土下座をしたアチャコ、おじさんをだましたことはこの通り謝ります。あの際、お母さんをだまさんことには、可哀想ですよってに…、もう後1年間、アルバイトでも何でもして、借金も返しますよってに、頼みます!頼みます!と手をついて詫びる。

もうだまされんぞ!と親父は睨みつけるが、見かねた愛子が、お父さん、どうしても売り払うつもり?良いわよ、そんなら家出して死んじゃうから…などと言いだしたので、親父は驚き、愛子の顔を見つめる。

ばかばかばか!何を言うんじゃ、お前!たった一人娘にそんなことをされてたまるもんか!と親父が言うので、そんなに私が大事なら、ねえお父さん、もうこんなみっともない真似止めて、ね、お願い!もう止めて!と愛子はすがりつく。

そこまで言われた親父は、もうしようがないな…とあきらめ、くず屋さん。もうお前帰れ!と言いだす。 くず屋が帰って行くと、笑顔になった愛子が、さあ、アチャコさん、一緒に運びましょうと声を掛ける。

何とか危機を脱したアチャコだったが、部屋に戻ると元気なく机に座り込む。 ごめんなさいと愛子は父親の仕打ちを謝るが、いやあ、僕が悪かったんやとアチャコは反省する。

だいたい、僕の頭の真空管が狂っておったんや。大学は無理やったかもしれん…などとアチャコが自らを責めるので、狂ってると思っている間はまともなのよと愛子は慰め、あんたは他の人より少しまじめすぎるのよと指摘する。

おお、おだてるねとアチャコが苦笑いすると、本当!本当よ、ね?来年はお母さんのためにも、あたしのためにも、ねえ、がんばってちょうだいと愛子はアチャコの手を握り甘えかかる。

するとアチャコ、うん!良く言ってくれた!僕はな、アルバイトしてでも、来年はきっとがんばるで!と約束する。

その言葉を聞き喜んだ愛子だったが、自分の腕時計の時間に気づくと、もう会社に行かなくちゃと言いだしたので、そう…とアチャコが応ずると、じゃあ、行ってくるわねと言いながら、愛子はアチャコの頬にキスをして出て行く。

左頬に残ったキスマークを触りながら、アチャコは笑顔になり、ありがとうございました!と、去って行った愛子の方へ向かい礼を言う。

東京駅前にある国際観光バスの停留所で、列を作っていた客をバスの中に案内していたガイドが、愛子の仕事だった。

その列の中には、観光バス会社の二代目社長になる予定の北村も、いつものように執事と共に並んでいた。

モーニング!今日も名所見物させていただきますと、笑顔で愛子に挨拶して来た北村だったが、毎日のように乗り込んでくるので、愛子には少し迷惑だった。

左手に見えます白亜の建物は、国会議事堂でございます…と、走り出した観光バスの中で、ガイドの愛子は説明していた。

この議事堂は、大正9年から昭和11年まで、満17カ年の歳月と2580万円、ただいまの金額にいたしますと…と名調子でしゃべっていた愛子だったが、ふとど忘れをしたのか、そこで言葉に詰まってしまう。

すると、愛子に近い一番前の席に陣取っていた北村が、77億6000万の巨費を投じて作られたものでございま~す!と助け舟を出してくる。

そんな北村のおせっかいに顔をしかめた愛子だったが、塔の高さは65メートル、建物の高さでは日本一でございますと、何事もなかったかのようにガイドの続きを始める。

銀座通りは新橋から京橋まで約8丁ありまして、これが名高い銀座八丁でございます。ここは柳の並木が有名で、パリのマロニエ、銀座の柳と歌われておりますと愛子のガイドは続く。

その頃、「総本店 ゲラゲラまんじゅう」と暖簾がかかった店から出て来たのは、昔の将軍が着ていた軍服を着、立派な口ひげを蓄えたアチャコだった。

彼の背中には、「金壱萬円也 当店のゲラゲラまんじゅうを十分間に召し上がった方に差し上げます」という文字が書かれた看板が下がっており、サンドイッチマンのアルバイトだったのだ。

大勢の群衆の中、敬礼をしながら進んで行く軍服姿のアチャコ その頃、観光バスは、浅草の雷門にさしかかっていた。

正面の商店街は仲店と申しまして、この奥に名高い観音様がおまつりしてございます…と案内をしていた愛子だったが、そのとき、何かを見つけた客の老人が、東京は再軍備かね?と聞いて来たので、何事かと窓の外を見た愛子は釘付けになる。

仲店前を歩いていた軍服姿の男は、良く知るアチャコだったからだ。 気を取り直した愛子は、あれはサンドイッチマンと申しまして、何か商品の宣伝をしているのでございましょう?と客に説明するが、その表情は浮かなかった。

その愛子の表情に気づいた北村も窓の外を見やり、アチャコに気づくと、アチャやん!とうれしそうに呼びかける。

すると、その声で、自分の方を見て一斉に笑っている観光バスの客たちと北村に気づいたアチャコは、ばつが悪くなり、いそいそとその場を立ち去って行く。

その途中、ズボンが脱げてしまうので、観光バスの客たちはさらに爆笑し、愛子の方は悲しげな顔になる。

その後、川岸で休んでいたアチャコは、変装用の小道具を、好奇心で近づいて来た子供たちから奪い取られ、遊びに使われるが、ただ黙って沈み込むだけだった。

その後、アチャコは、有閑マダム相手のヌードモデルのバイトを始める。

まあ、良く描けておりますこと、なんて題をお付けになるんですの?と、一人の婦人が絵を描いていた婦人に聞くと、「恥ずかしがる男」ってつけようと思ってますのよと、絵を描いていた婦人は応え、二人は笑い始める。

そんな中、ちょっとアチャコがポーズを休もうとすると、ねえモデルさん!私のは「慟哭」って題だから、もっと悲しんでちょうだい!と眼鏡の女史(久保奈保子)が注文を付けてくる。

はい!と応え、その注文通りのポーズをとろうとするアチャコだったが、もっと悲しんでよ!と厳しい注文が飛ぶ。

さらに、「歓喜」って題だから、もっと喜んで!とか、「男の怒り」って言うんだから、」もっと腹の底から怒らないとだめじゃないの!などとあれこれ勝手な注文が飛んでくる。

モデルの仕事が終了した後、すっかり疲れきり、屋敷を去りかけたアチャコは、近寄って来た女中から渡された謝礼が、たった300円だったので、がっくりする。

こうしたバイトに明け暮れるようになったアチャコは疲れがたまり、肝心の大学の授業中に居眠りをする有様だった。

経済の授業中、眠っているアチャコに気づいた教授が注意をしようと近づいて軽く手で叩いて起こすと、目覚めたアチャコは、まだモデルのアルバイトの続きかと勘違いし、教授二向かって急に笑いかけたり、睨みつけたりし始めたので、頭のおかしい奴だと思い込んだ教授は急いで教壇の方に逃げる。

前の席の座っていた北村は、そんなアチャコの様子に気づき笑い出したので、他の生徒たちもつられて笑い出し、その声で正気付いたアチャコは、モデルじゃなかったのかと照れ笑いする。

一方、観光バスは、昼時になると、皇居近くの草原に停まっていた。 客たちはめいめい、持参した弁当を草原に座り食べ始め、ガイド役の愛子と運転手も、同じくその場で弁当を食べようと座り込む。

すると、常連の北村と執事も側に座り込み、持参して来た豪華な重箱弁当を愛子に渡そうとする。

決行で諏訪、本当に…と愛子は断ろうとするが、北村はいつものように、そんな愛を無視し、ご遠慮なさらず、どうぞと押し付ける。

北村は運転手にまで豪華な弁当を渡すので、運転手は、毎度どうも!と礼を言う。

一方的な北村の好意に困りきっていた愛子だったが、ねえ、愛子さん、今日、僕のお屋敷に来てくれません?と北村が言いだしたので、どうしてですか?と愛子が聞くと、今日はね、僕の誕生日なんですよと北村は応え、それにねえ、うちのパパもママも、あなたにとっても会いたがっているんですよなどとうれしそうに言う。

まあ、嫌ですわ…と愛子は困惑するが、良かったら、君も来たまえ!と声をかけられた運転手が、は、ありがとうございます!と帽子を取って礼を言い、愛子ちゃん、せっかく、ああおっしゃるんだから、お邪魔させていただこうよと困った顔の愛子に声をかけてくる。

だって、北村さんのお屋敷に着ていくような服なんかないんですもの…と愛子が運転手に言うと、そんなご心配はいりませんよ、僕のデザインで作ったあなたの洋服や着物が、うちに一杯出来てるんですよと北村が話に加わってくる。

それを聞いた愛子は、まあ!と言いながら、晴れやかな顔になる。 その後、北村の屋敷にやって来た愛子は、北村自身のデザインだと言う白いドレスを着せられ、すばらしいですわ!と感激する。

それを見て、これが芸術ね、ビアン!ああ、トレビアン!などと一人悦に入る北村は、庭で待機していた楽団に向かって手で合図を送る。

すると、ドレスに合った曲が演奏される。 続いてチャイナドレスを愛子が着ると、中国風のメロディ、中東風の衣装を着るとそれ風のメロディ、着物姿になると和風のメロディが流れる。

金持ち風のすばらしい経験に、愛子はすっかり夢見心地になる。

そんな愛子の様子を部屋の隅から観察していた父親が、良い子じゃないか、どうだい、もらってやったら?と言うと、母親の方は、でもねえ、遊覧バスの車掌なんざんしょなどと文句を言うので、お前だって元は車掌だったじゃないかと父親が指摘すると、何をおっしゃるんですよ、今頃になって…、そういうあなただって運転手だったじゃないですかと母親は言い返す。

食事が始まると、運転手はすっかり遠慮なく、ごちそうにがっつくので、和服姿で横に座っていた愛子が、はしたない真似はおよし遊ばせと、上品に注意する。

しかし、注意された運転手は、その言葉で急に緊張したのか、ワインが入ったグラスを倒したりする。

その頃、アチャコは、メザシ二本をおかずに夕食を食べていたが、そこへ、北村家からいただいてきたという豪華な着物を愛子が持って帰ってきたので、愕然とし立ち上がるが、その時、椅子の上にあった新聞紙に飯粒が落ちたことに気づかなかった。

これ、北村さんからお父さんへのお土産よという愛子の言葉を食堂で聞いていたアチャコは、飯の入った飯を握りしめたまま立ち尽くしていた。

一旦椅子に腰を下ろしたアチャコだったが、その際、学生服の尻に、椅子の上においてあった新聞紙をくっつけたまま部屋に戻ろうとする。

愛子は、着物用にかぶっていた日本髪をカツラだと親父に教えたので、うまくできてるもんだね~と親父も感心する。

さらに、花嫁御寮の曲が入ったオルゴールまで親父が聞き出したので、尻に新聞紙を付けたまま、アチャコは二階の自分の部屋に戻る。

すっかり意気消沈したアチャコは、机の上に飾ってあった母親みどりの写真を見つめ、なあアチャコちゃん、就職が決まったら、早くあんたと暮らしたいな~…と言っていたみどりの言葉を思い出すのだった。

その言葉に奮起するように、ああ、そうや!僕もぼやぼやしてられんわ!と急に元気になったアチャコは立ち上がるが、そのときようやく、学生服の尻についていた新聞紙に気づき、はがして捨てようとするが、そのとき、ふと気づいた紙面に目を通す。

「男を求む!男を求む!ローレルディア カンパニー」という謎めいた広告が載っていたからだった。

さっそく翌日、出向いてみた会社には、「ローレルディヤーカムパニー」と言うカタカナの社名の下に英語表記も「LAUREL DEER CO. LTD」と書いてあった。

「入社試験場」には大勢の応募者が列を作ってその会社の中に入っていっていたが、なぜかアチャコは、列には加わらず、道の端でしょんぼり座り込んでいた。

実は居眠りをしていたのだが、気がつくと、応募者たちが全員いなくなっていたので、慌てたアチャコも入社試験場の中に駆け込んでいく。

部屋の前では、すでに試験は終了したのか、「試験場」の張り紙をはがしている女性社員が驚いたような顔でアチャコを眺め、部屋の中にも、女性ばかりの社長、専務、審査員が席についていた。

381番柳アチャコです!と女性社長(清川玉枝)の前に立ったアチャコは名乗る。

そんなアチャコを見た女性たちは、頼もしいじゃない。そうね、ちょっと性的魅力があるわね…などとひそひそ話を始めたので、女性社長が机を叩き注意する。

我が社は未婚の女性によって作られた会社でありまして、商取引の席上、男性の誘惑はなかなか多いんでありますと女性社長がアチャコに説明する。

その誘惑から私たちを守る役目をする訳なんですが、あなたにできますか?と社長が聞くので、いや、暴力に訴えることは、平和を愛する上から言っても、だいたい面白くありませんからねとアチャコは答える。

すると社長は、いや、そういう意味の用心棒じゃなくて、つまり、応接する相手によって、あなたが私の夫になったり、父になったり、あるいは、恋人になってもらう場合があるんです。どうです?自信がありますか?と説明する。

アチャコは、はっ!大いにありますと答える。 あ、そう…、客によっては、隠し芸の一つも披露しなくてはいけないこともありますが、その点は?と社長が聞くと、では、ご清聴を願います!と言い出したアチャコ、「パチコンするな。パチンコするなのご意見なれど~♩」と替え歌を歌い始める。

すると、女性専務たちは興に乗ったのか、湯のみを鉛筆で叩き始めたので、また、社長がそれとなく注意する。

しかし、「アンコール!」の声が女性陣から上がり、アチャコが二番を歌いだすと、女性審査員たちは全員気に入ったのか、一緒に唱和し始め、最後には、アチャコが歌をやめても、女性たちだけは歌い続ける有様だった。

その後、社長室で、ハワイの石川から電話が入り、ホテル帝都でお目にかかり対応ですと秘書(大谷伶子)が社長に伝える。

おおそう…、すぐ伺いますからといいながら立ち上がった社長は、先日ご覧に入れたコンセプト、今どんどん工場の方で生産していますから、いくらでもご注文に応じますってと秘書に伝えるが、そこに、アチャコが、遅くなりましたといいながらやってきたので、今日は、私のお父さんになるのよと社長は命じる。

アチャコは、はいと返事をすると、すぐさま、社長室の引き出しの中に用意されていた付け髭をつけてみる。

その頃、北村は、皇居近くのオープンカフェで、観光バスは疲れますなと言う執事に、僕は平気と答えていた。

執事が短くなったタバコをパイプに押し込んで吸おうとしているので、何です?はしたないと注意した北村は、自分のシガレットケースを出してみせる。

執事は、遠慮するどころか、ケースの中のタバコを全部わしづかみにして取ってしまう。

執事は、この際、愛子様の方へこの際、プロポーズをなすったら?と、北村のタバコに火をつけながら執事が勧めると、それができればね~…と北村は嘆息する。

そんな北村たちの席のそばのテーブルで商談をしていたのが、女社長とハワイから来たという石川(古川緑波)だった。

その条件ではね~…と社長が返事を渋ると、他にもたくさんメーカーはいます。私はその砲兵来ますが、かまわないですか?これだけ大きい、たくさんの注文はなかなかないですよ…などと石川は強気で言う。

そりゃよくわかってますけど…、でもねえ…、これ以上安くは…、まあ、よそと比べてもらうしかありませんねと社長は笑顔で返す。

もちろん品物は比べました。けれども、日本のメーカーは、サンプルと本当の品物が時々違うことがありますねなどと石川は言うので、ご冗談をおっしゃっては困りますわ。絶対にそんなことはございませんと社長は反論する。

もっと安くならないですか?と石川が粘っていると、両手を前で左右に揺すりながら、和服姿のアチャコがやってきたので、立ち上がって出迎えた社長は私の父ですと石川に紹介する。

パパさん?と石川も立ち上がると、こちら、バイヤーの石川さんと社長はアチャコにも紹介する。

はるばるご遠方からようこそ!などと言いながら、石川と握手して社長の隣に座ったアチャコが、それで娘や、取引の話はどうなりましたのじゃ?と聞くと、それがね…お父様…といいながら、社長は顔で何やら合図してきたり、靴でアチャコの足を踏んでくる。

ミスター石川、あんたのお父さんはあちらにおられますか?とアチャコが石川に聞くと、あちらにいますと石川が答えたので、お父さんはあちらで信用を重んじますか?とアチャコは聞く。

はい、もちろん!と石川が答えると、日本人はどこにおりましても信用を重んじますとアチャコは言うが、その声に気づいたのは、隣のテーブルでケーキを食べていた北村だった。

あんたのお父さんも立派なら、私も立派だ、絶対に立派だ…などと言っているアチャコの方を振り返った北村は、すぐ後ろに座っていたアチャコを見て、あの~、アチャやんじゃないかい?と聞いてくる。

アチャコは慌て、あんたはどなたじゃ?と知らん振りをし、長い経験と拙劣なる技術を持つ…などと言うので、隣で聞いていた社長も慌て、優秀な技術!と言い直す。

ああそうそう…、妻の言う通り…、違います!娘の言う通り、優秀な技術を持つ…などと、パニクったアチャコはしどろもどろになっていく。

さらに、我が社の製品が気に入らんようなことがあれば…などと続けていたアチャコの鼻の下から付け髭がとれてしまったので、何だ、アチャやんじゃないか…と北村は完全に気づいてしまう。

困りきったアチャコは、アルバイト、アルバイト!親父のアルバイト!と後ろの北村に小声で伝えるが、ひげ!と気づいた北村は、慌てて下を探す。

ひげはアチャコの手のひらの上に落ちていたので、急いでつけ直し、もろうてもらわんでもよろしい!などと芝居を続けるが、様子がおかしいことに気づいた石川は眼鏡をかけ直す。

そのとき、北村が、逆さま!ひげが逆さま!とアチャコに教える。

つけ直したアチャコは、信用せん人に買うてもらうことはない!帰りましょう!と強気の芝居を続け、立ち上がるが、そのとき、ちょっと待って、私、買います!大丈夫!買います!と石川も立ち上がってアチャコに話しかけ、私の部屋へどうぞ!パパさんもどうぞ!と誘う。

石川の後を社長とアチャコがついていくと、それを見ていた執事が、アチャコさん、パーじゃないでしょうな?と案ずるように北村に聞く。

そのとき、振り返ったアチャコが、北村!すまなんだな、バ~イ!と挨拶をしてくる。

その頃、「金柳館」では、親父が家計簿を付ける手伝いをしていた愛子が、卵2つで30円などというので、冗談じゃないよ、高すぎるよ!お前!と親父が文句を言っていた。

そこに帰ってきたアチャコが、おじさん、ちょっと2000円だけ入れときますと金を出したので、親父は。景気がいいんだね~と驚く。

おかげさんでね、毎日毎日、旨いものは十二分に食べられますしな、酒はたらふく飲み次第…などと言い、明日の予定はどうなっておるかな…などと言いながら、アチャコは、無名ポケットから手帖を取り出してみせると、昼は11時、夜は6時から宴会ですわ。ちょっとした三等重役みたいなものですな…などと言いながら部屋に戻るので、親父と愛子はあっけにとられて互いの顔を見合う。

そんなアチャコが、ある日、会社で、大阪のみどりから来た手紙を読んでいると、そこにやってきた社長が、封筒の差出人の名を呼んで、ラブレターなんか読んで…、あなたも隅に置けないわね…などとからかってくる。

これは、その…、母から来た手紙なんです。いつか社長にお話ししましたように、僕は大学を卒業したと、母に嘘をついたんですとアチャコが打ち明ける。

ところが母はそれをほんまにして、どこへ就職した?どこへ就職した?と再三言ってくるので、僕はやむなく、僕はこの会社に就職したと言うたんです。

それを聞いた社長は、いいじゃない、就職したも同然よと言ってくれる。

けど…、母は僕と暮らしたいと言うて、上京してくると言ってきたのですとアチャコが言うと、一緒に暮らしたら?今のあなたはそのくらいの収入はあるはずよ…と社長は勧める。

良くって?今日はあなたは私の旦那様よと指示してくる。

はい!かしこまりました!と頭を下げたアチャコは、ああ…とも子や、小遣いが少しばかり足りないんだが…と、いきなり旦那の芝居を始める。

はい!と言いながら、胸から金を取り出した社長だったが、綾子がそれを受け取ろうと手を出すと、さっと引っ込め、その調子、その調子!と言うだけだった。

その後、社長と一緒に車で出かけたアチャコだったが、明治神宮表参道にさしかかった彼の車の前を走っていたのが、愛子がガイドとして乗っていた観光バスだった。

今日も、北村が、愛子に一番近い最前列の席に座っていたが、愛子が驚いたように窓の外に目をやったので、北村もその視線を追って外を見ると、バスを追い抜いていく乗用車の後部座席に女性社長と一緒に乗っていたのはアチャコだった。

は~い!アチャやん!どこ行くの?と北村が手を振って呼びかけると、アチャコの方も気づいて手を振返してくる。

北村は、バスの運転集に、君、君!あの車を追いかけて!と命じる。

日頃世話になっている運転手は、二つ返事でスピードを上げると、アチャコの乗用車を追い始める。 愛子も客も、あまりのスピードに驚き、何を見物するんじゃい!と文句を言い始める。

北村の隣に座っていた執事も恐がり、北村にしがみついてくるが、そのとき、荷物置き網から落ちてきた荷物が頭に当たり、執事は気を失ってしまうが、そんな執事の首を北村は絞めていた。

やがて、川沿いの狭い道にアチャコの車は入っていったので、バスはそれ以上進めなくなった上にパンクしてしまう。

執事が気がつくと、勝手にバスから降りようとした北村が、ドアの下がすぐ川になっていたので、ドアに捕まって落ちそうになっていたので、急いで引き上げる。

その拍子に、今度は執事も川に落ちかけ、なんとか北村と力をあわせてドアから車内へと這い上がる。

料亭に着いた社長は、廊下に座った取引客川村(益田喜頓)の目の前の部屋の中で、ちょっと失礼!と言いながら、いきなり着替えを始める。

シミーズ姿になった社長(障子の向こうのシルエット)は、自ら着ているコルセットを見せながら、ここの所が我が社の独特の所でございまして、少しも窮屈を覚えませんですのよ…などと説明し始めたので、川村は鼻の下を伸ばしながら見物する。

外しますときときにも、こうしますと非常によろしい…などと実演してみせるので、まるでお座敷ストリップでも見ているような仕掛けだった。

なるほど…、そうですか…、外すときはこの辺でしょうか?…などとにやけながら立ち上がり、社長の体に触ろうとする川村

くすぐったいわ…などと社長は拒否せず、太った方もやせた方もきちんとした良い姿になるのがこのコルセットでございまして、このブラジャーの折り方は、フラットミラニーズでございますなどと説明している声を聞きながら、隣室ではアチャコが着替えをしている最中だった。

そのブラジャーに川村が手をかけようとするので、軽く手で振り払いながらも、社長は咳払いをしてアチャコの登場を促すが、アチャコはまだ着替え終わっておらず、気ばかり焦って、ズボンの後ろ前を逆に履いてしまう始末

その間にも、川村は社長の二の腕などを触ってくるので、社長ハンンドも咳払いをして隣室の綾子を呼ぶが、なかなか登場しない。 ようやくふすまが開き、夫役に扮したチャコが入ってきたので、社長は安堵する。

いらっしゃいませとアチャコが挨拶すると、ねえあなた、川村さん、たいそう気に入ったようですから、契約の話を進めてくださいません?とガウンを羽織りながら社長は頼む。

川村さん、宅でございますのと社長が紹介すると、ああそうですか…と川村は一瞬鼻白むが、急に思い出したように、あなたは独身だと聞いておりましたが?そちらはあなたの旦那さん?と疑問をぶつける。

はあ…と生返事をするアチャコだったが、社長に腹をつつかれたので、急に仕事を思い出し、数量はいかほどでしょう?と川村に商談を持ちかける。

数量と言っても…、こうなったら私の方にもいろいろ都合がありますから…、すぐ契約って訳には参りませんからな…と川村は冷めたようになり、急ぎの用を思い出しましたので…と言いながら帰ろうとするので、アチャコはそれをとどめようとし、ズボンのポケットに手を入れようとするが、ズボンが後ろ前なので手が入らない。

ようやく、タバコを取り出したアチャコ、まあまあ、タバコでも吸ってゆっくりと…と言いながら社長にウィンクをすると、ガウンを羽織った社長はふすまを開ける。

隣室には、酒の用意が整っていたので、川村は驚く。 その隣室の奥のふすまを社長が開けると、コルセット姿の若い女性5人がポーズをとって待ているではないか!

どうぞごゆっくりご覧くださいまして…とアチャコが勧めると、目を丸くした川村は、そういわれると、どうも…と照れ笑いを浮かべたので、思わずアチャコ、照れるな!と言いながら、川村の背中を叩く。

一瞬驚いた川村だったが、あっけにとられたようにその場に正座し、その周囲を、下着姿の女性たちが回っていく。

いかがでしょう?50ダースほど?とアチャコが勧めると、500ダースほど…と、すっかり場の雰囲気に飲まれてしまった川村は答える。

そんなにたくさん!と驚くアチャコの襟を社長が引っ張ると、川村はさらに、5000ダース!などと言い出す。

500ダースの間違いじゃありませんか?とアチャコが念を押すと、また、よけいなことを言う!と言うように、社長が横からアチャコの腕をつねってくる。

一瞬正気に戻った川村が、僕、今何ダースと言いましたかな?と聞いてくると、お一つどうぞ!とすかさず社長がお銚子を差し出してくる。

すっかり女性モデルたちに目を奪われていた川村は、おちょこと間違え、灰皿を差し出す有様だった。

それ灰皿ですよとアチャコが注意すると、これはあなたの方に…などと言いながら、灰皿をアチャコに渡そうとするので、こらちょっといかれとるわいな…とアチャコはあきれかえる。

すると、また横に座っていた社長が腕をつねろうとしたので、アチャコはその手を受け止め、そっと押し返し、顔を歪めてからかってみせる。

その後、帰宅する車中で、黙り込んでいる社長に、ご気分でも?と、隣に座っていたアチャコが気遣って尋ねると、ううん…、人生は事業だけじゃないって分かってきたの…、やっぱり女なのね…と社長はしんみり言い出す。

時々、強いものにしみじみと抱きしめてもらいたいと思うようになるのと言うので、僕にすがっておいでと冗談めかし、アチャコが腕を組もうとすると、その手を軽く叩き返してきたので、アチャコは、どうも…と照れ笑いをする。

でも今日のあなたは立派な夫だったわ…と社長は、まんざらでもないような笑顔で言うので、そうですか、では、報酬をご多分に…とアチャコが申し出ると、ちゃっかりしてるわね…などと言いながら、バックを社長が開けたので、アチャコは期待に胸膨らませ覗き込むが、社長はコンパクトを取り出し、化粧をし始めたので、これは社長の方が上手や…とアチャコは感心する。

そんなアチャコに社長は、明日は伊東よ、相手は何しろ、四井財閥の山村さんだからしっかり頼むわよと指示する。

はい、かしこまりました。それで僕の役割は?とアチャコが聞くと、私の恋人よと社長は答える。

え?恋人!とアチャコが驚くと、うれしい?と言いながら社長が、からかうようにアチャコの手に自分の手を重ねてきたので、その手を握り返そうとしたアチャコだったが、思わず、これはいけませんわ!と手を引っ込めて照れ笑いする。

その頃、「金柳館」の愛子は不機嫌だった。

実は北村家の執事が来ており、先日来よりたびたびご縁談のお返事を伺いに参りまするが、一向、はっきりしたお返事がいただけませんので、本日はぜひとも決めていただきたいと…、参上つかまつった次第でございますと、親父に挨拶をしていたからだった。

それがその…、私の方は乗り気なんでございますが、娘がはっきりいたしませんので…と親父が返事をしかけると、お父さん!と愛子が割り込んでくる。 そのお話、お断りしてちょうだい!と愛子ははっきり頼む。

どうしてだい?せっかくこんな良い話があるのに…と親父が聞くと、愛子はそれまで北村からもらった衣装や贈答品類を全部持ち出し、これを全部もって帰ってちょうだいと執事に頼む。

もったいない!と親父は慌てるが、執事の方は、ご縁談がだめとなれば、北村家の家風に従いまして、ちょうだいいたして帰りますと執事は答える。

愛子はそのまま二階へと上がって行ってしまったので、山積みになった箱を目の前にした執事は、このカツラ、むき出しのまま持って帰るのは、弱ったな…、これは…と、ばつが悪そうな親父と顔を見合わせながら困惑する。

恐れ入りますが、このカツラだけ、お預かり願えませんでしょうか?と執事が頼むと、せっかくですがね、なくなるといけませんからねと親父も迷惑顔。

いや…、おっかけ取りに参りますがと執事は頼むが、お断りしましょうと親父も頑固になったので、絶対だめですか?と執事は念を押すが、絶対だめですよ!と親父も断固拒否する。

ではよろしい…と答えた執事、着物とカツラを身につけ、革靴を履いて、「金柳館」を後にする。

大量の箱を持ち、下宿屋の前に出た執事が転んだところに帰ってきたのがアチャコで、危なかったですなと声をかけ、落とした箱を拾ってあげると、お怪我ありませんでしたか?と確認する。

しかし、執事は無言のまま帰っていくので、アチャコは首を傾げて見送る。

二階の自分の部屋に戻ったアチャコは、愛子がしょんぼり待っていたので、どないしてん?お父さん、怒られんように、下におり…と声をかける。 すると愛子は、ねえアチャコさん、今日、自動車に一緒に乗っていたご婦人、どなた?と聞いてくる。

ああ…あれか、あれ、あの…あれや…とアチャコが返事をはぐらかせたので、愛子は、変わったわね~…とあきれる。

いや、僕が変わったんやない、世の中が変わった。考えてみたら何やね、大学の免状てな問題やないな…などとアチャコが言いだしたので、じゃあ、大学に行かないつもり?それで、お母さんにすむと思うの?と愛子は厳しい表情になり聞く。

するとアチャコは、大学出んでも、親子の道はなんぼでもあるがな…、出世の道もなんぼでもあるのや、世の中て割合甘いもんやで…などと答えるので、愛子はがっかりしたように、そのまま下へ降りていく。

下宿の親父は、愛子が悲しげに戻ってきたので、どうしたんだい?と寝そべりながら声をかけるが、愛子が泣いていることに気づくと起き上がり、お前ね、着物が欲しいなら、お父さんがなんぼでも買ってやるよと慰める。

そんなことじゃないわよ!と愛子が泣きながら怒るので、じゃあ、どうしたんだよと親父が聞くと、お父さんのとんちんかん!などと愛子は文句を言う。

何?とんちんかん?ああ…「三つの歌」か?恋はやさし~♩と歌いかけた親父、ようやく二階のアチャコとのことで愛子が泣いているのだと気づきにんまりする。

翌日、アチャコは、社長のお供で、伊東のゴルフ場に来ていた。 恋人役のアチャコは、取引相手の山村(小川虎之助)が、ゴルフの手ほどきをしようと、クラブを握った社長の手をしきりに握ってくるので、汗が…などと言いながらハンカチを差し出し邪魔をしようとするが、社長は、いいわよ!と邪険そうにそれを断る。

社長が打った後、アチャコの番が来たので、ゴルフなどやったことがないアチャコは、思い切りクラブを振り回し、球が飛ぶどころか、クラブの方が飛んでいってしまう。

さらに、あきれて見つめる社長と山村を前に、目を回してしまったアチャコ覇者見込んでしまう。

すっかり恋人役失格になり、しょんぼり、社長と山村の後を着いてホテルに戻るアチャコだったが、その途中、社長が取引の話を切り出すと、山村は、後でゆっくりやりましょうとはぐらかす。

たまには、何もかも忘れて、こうしているのも良いですからな~…と言いながら、山村は庭先におかれたチェアに座る。 すると社長も、横のチェアに座り、今日は私も久々にのびのびとしましたわ…と笑顔で答える。

あくせくするのはつまらんですからな~、やるときはばりばりやる。が、気を抜くときには無心の赤ん坊になる。これが私のやり方です…と山村は言う。

そのとき、社長の背後から四つん這いで近づいたアチャコ、取引の話ならメモしましょうか?と声をかけると、あっち行ってて良いわと言われてしまったので、そんなはずやなかったんやけどな…、つまらんもんやな、恋人というのは…とアチャコは戸惑い、四つん這いのまま戻っていく。 その夜、離れで一人待っていたアチャコは、社長と山村が二人きりで本館にこもり、なかなか戻ってこないので、気になって縁側から身を乗り出して様子をうかがっていた。

すると、そこに着物姿の女中が入ってきて、夕刊でございますと丁寧に頭を下げてきたので、お食事はまだ出していただけないでしょうか?とアチャコは遠慮がちに聞いてみる。

すると女中は、はい、社長様はご一緒にと申されておりましたから…と答える。 アチャコは空腹を抱え、そうでございますか…と言いながら、バカ丁寧に女中に頭を下げるのだった。

女中が部屋を出て行くと、窮屈な宿やな~…、何が夕刊でございますや!こっちは腹ぺこや!と言いながら、アチャコは正座していた足を崩しぼやく。 つなぎにまんじゅうでも食うとくか…と、テーブルの下に置いてあった箱を取り出したアチャコは、その中に入っていた温泉まんじゅうを食べることにする。

あらかた箱の中のまんじゅうを食い尽くしたアチャコは、胸焼けを覚える。 その頃、さ、ご都合もおありでしょうから、お取引の話をすましてしまいましょうか…と言いだした山村に、あの…、そのお話は後にして、たまには何もかも忘れて、あなたの昔話でも伺いたいと思いますわなどと社長は言いだしていた。

先ほどゴルフ場で、あなたはずっと独身だとおっしゃってましたけど、それには何か深い理由でもおありなんでしょうか?と、改まって社長が聞くと、いや~…、特別の理由なんてありませんよ、事業が面白くってね、結婚なんて考えもしなかったんです。が、近頃は、年を取ったせいか、落ち着きたくなりましてね…と山村は言い、時に、あなたもお一人だと伺ってますが…と社長に問いかける。

はあ…、私も無我夢中でやっているうちに、こんなおばあさんになってしまって…、本当につまらない…と社長が恥ずかしげに答えると、あなたはおきれいですし、これからですよと山村は世辞を言ってくる。

すると社長も、いえ、あなたこそ。これからですわ。いい奥様をおもらいになって…と笑顔で答え、いやいや、私なんかに来てはありませんよ。あなたこそ、良いご主人をお持ちになって、事業と家庭と二つ乍らお幸せに…と山村も笑顔で謙遜する。

でも年を取ったせいか、この頃は事業よりも、何かこう…、しみじみ静かな優しいものが欲しくなって…と社長が言うと、ほお~…、しみじみ静かな優しいもの…、なるほど…、なるほど…と山村も共感する。

実は私も最近、あなたと同じような心境になって参りましてね…、ちょっと弱っているんですよ…と山村が言うので、まあ、あなたも?本当に?と社長はうれしそうに身を乗り出す。

そのとき、ごめんくださいませと声をかけながら、ふすまを開き、社長、別室に商品の見本を並べてございますが…とアチャコが顔を出したので、もっと後で良いの!と社長は断る。

アチャコがふすまを閉めると、また、山村と社長は笑顔で顔を見合わせかけるが、そのときまたふすまが開き、本当に後で良いんですか?おアチャコが念を押してきたので、後で良いったら、後で良いの!と社長はきつい口調になる。

またふすまを閉めたアチャコだったが、山村と社長がくっつきそうになると、またふすまを開き、あんまり遅くなりますと心配で…と声をかけたので、何が心配なの?眠かったら先に行っておやすみなさい!と社長は叱りつける。

アチャコは憮然とし、ふすまを乱暴に閉めてしまう。

部屋の外へ出ようとしたアチャコは足を滑らせこけると、眠かったら先に行っておやすみなさい?と、今社長から言われたことを思い出し、おかしいな…と首を捻るが、その言葉が聞こえたのか、何言ってるの!と社長の叱る声がしたので、あわてて離れへと駈け戻る。

部屋に戻り、布団を敷かれた上で正座して待つっていたアチャコだった。

いつまでたっても社長が戻ってこないので、気になり、また縁側から、本館の窓の方をのぞき見る。

すると、障子に着物姿の女性のシルエットが浮かんだので、浴衣姿のまま庭先に出たアチャコは、咳払いをしてみるが、シルエットの女性は、近づいた山村らしき姿に寄り添ったので、約束が違うがな…とアチャコは戸惑う。

離れに戻る途中、アチャコは足を滑らせ庭の池にはまってしまう。

すっかりびしょぬれになったアチャコは、離れに戻ると、他に着るものがないので、商品として持ってきた女性用ガードルとシミーズを着るしかなかった。

電気を消し、くしゃみをしながら床に入るアチャコ

翌朝、離れに戻ってきた社長が、寝ていたアチャコを呼び起こす。

起き上がったアチャコが女性ものの下着を着ているので、どうしたの?と社長は聞き、自分の姿に気づいたアチャコは慌て、布団をかぶってしゃがみ込み、おはようございますと挨拶する。

すると、社長もその側に座り、あなたのお仕事、もうおしまいよと言いだす。

驚くアチャコに、私、幸せですわ、私もやっぱり女でしたわ…と社長が言うので、それはどういう訳なんです?とアチャコが聞くと、女は事業に成功しても、本当の幸せじゃないんですの、温かい家庭で本当の愛情に包まれて暮らしたい…、しみじみと…と社長は答える。

しみじみと…と、アチャコもつられて繰り返す。

こういう気持ちになれたのも、あんたが上手に夫になったり恋人になって、手ほどきしてくだすったおかげよ、感謝しますわ…と社長は礼を言ってくる。

そして、これ、わずかですけど…と言いながら、社長は持参した札束をアチャコに差し出す。

5万円!こんなにたくさんいただいては!とアチャコは驚くが、良いの、私、山村さんと結婚しますのと社長は告白する。

山村さんと?本当ですか?と驚くアチャコに、これもみんな、あなたのおかげなのよ。ねえアチャコさん、ひがまないでちょうだいねと社長が言うので、ひがむなんて…、僕は学生アドバルー…、僕は学生アルバイトですから…とアチャコは答え、シミーズ姿を隠すように、照れながら布団に潜り込む。

ところが、 帰りの列車の中、向かいの席に座っていた芸者姿の女(朝雲照代?)が、窓際でうたた寝をしていたアチャコの横に座ると、アチャコの鞄の中の金を抜き取ると、すばやく車両から立ち去る。

その直後、目を覚ましたアチャコは、鞄のチャックが開き、中の金がなくなっているのに気づき、そばの席に座っていた人相の良くない男と目が合い、疑って睨みつける。

そして、その男の席の前に座ると、あの~、僕の鞄の中の金、ひょっとして、あんたのどっかに紛れ込んでしまへんでっしゃろか?と聞く。

因縁をつけられたと思い込んだ男は、何を!もう一遍言ってみろ!とすごんできたので、へ、何遍でも言わせてもらいますが、私の鞄の中のお金、あんたのポケットにでも入ってやしませんやろか?とアチャコが繰り返すと、いきなり男は顔を殴りつけてくる。

席から通路に転がり落ちたアチャコは、殴られた弾みで顔が傾いたままになったことに気づく。

そのまま「金柳館」に戻ってきたアチャコは、下宿から出てきたみどりに気づき、あ、お母さん!いつ来なはったん?と聞く。

何や、お前、首曲げて、けったいな格好になってるな?とみどりは不思議がるが、これは、争えんもんでんな…、これ、会社でいつも字書いてますやろ?これ、癖になっておりますのやとアチャコはごまかす。

おもろい癖になってしもうたんやな…とみどりは納得したようだった。

で、あんた、なんか急な用事でもおましたんかいな?とアチャコが聞くと、お母さんな、あんたとぼつぼつ暮らしてもええやろと思うて、一遍様子を探ろうと思うて出てきたんやがな…とみどりは答える。

まだあかんか?とみどりが言うので、いや、あかんこともおまへんけどな、このままでは話もできしまへん、ま、二階でも上がりなはれとアチャコは勧める。

受付のところにいた親父は、お帰りなさいましと笑顔でアチャコを迎え、片手を差し出してくる。

おじさん、今日はちょっと都合が悪うおまんなやけどな…とアチャコが頼むと、どうして?と親父は顔をこわばらせる。

貴社の中で、すりにお金を全部取られてしまいましてな…とアチャコが説明しても、冗談じゃないよ、残りの一万円を当てにしてね、雨漏り直したんだよと親父は文句を言う。

そら、良う、分かっとりまんのや、明日までになんとかしますよってちょっと待っておくんなはれとアチャコが言うと、ああ、そう…、そのかわりにね、お前さんの落第、おっ母さんにばらすよなどと親父は言いだす。

そんなあんた、無茶な…、弱みにつけ込むようなこと言いなはんなとアチャコは困惑する。

そのとき、親父が表の方を見たので、何事かとアチャコも振り返ると、そこには、以前、アチャコもやったことがある軍服姿のアルバイトが通り過ぎていくところだった。

それを見たアチャコは、何かを思いついたのか、外へ出ようとすると、階段を下りてきたみどりが、アチャコちゃん、どこ行くねん?と聞いてくる。

あの…、社長の代わりにな…、大蔵大臣に会いに行きまんのやと言いながら玄関を出ようとしたアチャコだったが、首が曲がって視界が狭いため、戸に頭を強か打ち付けてしまう。

しかし、そのショックで、曲がっていた首が直ってしまう。

「金柳館」を飛び出したアチャコが向かったのは、かつてバイトをした饅頭屋「層本舗 ゲラゲラまんじゅう」だった。

軍服姿のサンドイッチマンを見たアチャコは、一貫目の饅頭を10分間で食べると、饅頭代がただになるだけではなく、他に一万円の賞金を出すという「ゲラゲラまんじゅう」の大食いチャレンジをやっていたことを思い出したのだった。

集まった客が、食えなかったらどうする?と、時計を持った主人に聞くと、そのときは、饅頭代として500円いただきますと言うので、店内の席に着いたアチャコも驚く。

ワン、ツー、スリー!とかけ声をかけた主人がストップウォッチを押すと同時に、アチャコは、巨大な饅頭に包丁を入れる。

その頃、下宿屋の親父から事情を聞いたみどりは、そないに借金いたしまして、何とも申し訳ございませんと詫び、持っていた一万円を差し出していた。 これはどうもすいませんな、これで私も助かりました…と親父も恐縮して礼を言う。

で、あの子が大学を卒業したというのが嘘でございましたら、就職したと言うのも嘘と違いますか?とみどりは確認する。

いや、その…、就職の方はですな…と親父が言いよどむと、お願いですからほんまのことを言うておくんなはれなとみどりは迫る。

どう申し上げたら良いやら…、弱ったな、こりゃ、もう…と、親父も答えに窮する。

その頃、アチャコはズボンのベルトを緩め、饅頭の大食いに挑戦中だったが、5分30秒経過したところで、まだ半分も食べきれていなかった。

それを見守る野次馬たちも、無意識に口を動かしている。

アチャコは無我夢中で、大きな饅頭のあんこの中に顔を埋める。

その頃、みどりは、帰りの荷造りをしていた。

饅頭屋では、後20秒という段階になっており、顔中あんこまみれになったアチャコが、最後の一塊を前に苦戦を強いられていた。

見物客たちもたまらず、お茶を飲ませてやったりするが、後10秒、後5秒!と、ストップウォッチを見ながら主人は絶叫しだす。

1秒!と言われたアチャコは、なんとか最後の一切れを口に押し込み、見物客たちは大喜びし、拍手をする。

うれしそうにそれに応えていたアチャコだったが、不満そうに主人が賞金を差し出すと、急に様子がおかしくなる。

横っ腹を抑え、顔を歪め出したのだ。

その後、大きなおなかを抱えて「金柳館」に戻ってきたアチャコは、受付で親父に一万円を差し出す。

すると親父は、この手紙な、あんたに渡してくれと言って、お母さん、今、大阪に帰りましたぜと言うので、アチャコは愕然となる。

駅まで愛子に送らせましたよと言う親父の前絵、渡された手紙を読むアチャコ

「お母さんが頭が悪かったさかいに、お前にまでつらい思いをさせて、ほんまにすまんことやと思うてます。 そやけど、お母さんももうひと奮発働いて、学費を送りますさかい、大学だけは何年かかってもかまへんさかいに、卒業だけはしておくんなはれ」

読み終えたアチャコは血相を変え、おっさん!あんた、お母さんにばらしたな!と詰め寄ると、親父は、違う、違う!お母さんから無理に聞かれてな…、そのつい…、弱ったな…と困惑し、奥へと引っ込んでしまう。

差し出した一万円の札束が無駄になったと知り、取り戻したアチャコは、むちゃくちゃやがな…とぼやきながら座り込んでしまう。

お母さんも、定めし、がっかりしはったやろな…と嘆くアチャコは、それで、何時の汽車で発ちましたんや?と親父に聞く。

12時半とか言ってましたよと親父が答えるので、12時半!と言いながら、腕時計で確認しようとしたアチャコだったが、自分が時計など持っていないことに気づき、また腹の調子が悪くなる。

そこに、クラクションの音と共にやってきたのは北村だった。

北村!良いところに来てくれた!すまんが、東京駅まで飛ばしてくれんかと頼むアチャコ さっき、お母さんが来てね、僕の落第がばれてしまったんだ、だから僕は謝りに行くんだ、頼む!と事情を説明すると、オーケーと承知した北村、受付の親父に、持参の服の箱を差し出し、僕の芸術を愛子さんに着ていただきたいんです。差し上げますから、着せて差し上げてくださいと言う。

親父は感謝し、北村は、外で急かすアチャコに促され車に飛び乗る。 走り出したオープンカーの車上、アチャコは、北村の腕時計で時間を確認する。

東京駅に着くと、ちょうど帰りかけていた愛子と遭遇、お母さんは?と聞くと、もう出たわよと言うではないか。 しかし北村は、ネバーマインド、すぐ追っかけろ!と言いだしたので、愛子も乗り込み、車は走り出す。

母みどりの乗る列車を追いかける北村の車 列車が近づく踏切を間一髪横断し、反対車線に移動する車 列車内で気落ちしていたみどりだったが、ふと窓から外を見ると、車に乗って追ってくるアチャコを発見し、アチャコちゃん!大きい声出さんとあかん!と絶叫する。

車に乗っていた愛子たちが、必死に何事かを叫んでいるが、全く声が聞こえないからだった。

大きい声出さんとあかん!と絶叫し続けるみどり やがて、北村の車は、スピード違反で警察のサイドカーとパトカーに止められてしまう。

サイドカーを降りてきた警官が、車に近づき、猛烈に出しましたなと皮肉って来たので、あの汽車にお母さんが乗ってるんです。お母さんに一言言いたいことがあるんですとアチャコは説明する。

親孝行ですか?と警官が聞くと、この人は東京でも有名な親孝行なんですと北村がフォローする。

すると警官は、なるほど…、親孝行は良いもんですな、よろしい、一緒に送ってあげましょうと言いだし、運転手に、君、100kmだ、俺が付いているからと、北村の運転手に声をかける。

かくして、警察のサイドカーとパトカーに先導される形となった北村の車は、猛スピードで列車を追いかけ始める。

列車が駅に到着するのと同時に、北村の車も駅前に到着するが、車から降り立ったアチャコは、また、横っ腹の調子がおかしくなり顔を歪める。

そんなアチャコを支え、北村と愛子も駅の構内に上がると、アチャコは、ホームに停車中だった列車の窓を見ながら、アチャコのお母さん、いますか!と呼びかける。

その声に気づいたみどりが、窓から、アチャコちゃん!と呼びかける。 アチャコもその声に気づき、あ!お母さ~ん!と叫びながら窓に駆け寄る。

何の用事やねん?と、走り始めた列車の窓からみどりが聞くと、ホームを走りながら、アチャコは、来年はきっと卒業します!すんまへ~ん!と大声で呼びかける。

その横には、愛子と北村も駆け寄り、一緒にみどりを見送るのだった。

みどりは、焦らいでもええ!来年あかなんだらな、再来年、それがあかなんだら、次の年や!な!と笑顔で呼びかける。 それを聞いた北村は、ワンダフル!と感激し、帽子を振って見送る。

愛子はん!アチャコ、よろしく頼みまっせ!と笑顔で呼びかけるみどり。

来年は、きっと卒業させますよ~!と応える愛子 その愛子の隣で、アチャコは服の端を口にくわえ、悲しみを必死にこらえるのだった。

駅から遠ざかって行く列車 オーケー、オーケー、オールオーケー!と言いながら泣き出しかけた北村は、駅の外に目をやり、そこに停まっていた警官のサイドカーとパトカーが、手を振りながら帰って行ったので、アチャコや愛子とともに笑顔になり、感謝の気持ちを込めて会釈し、見送るのだった。

しかし、アチャコは、まだ横っ腹の調子が悪いのか、また顔を歪め始めるのだった。


 

 

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