白夜館

 

 

 

幻想館

 

大江戸七人衆

一見、御大市川右太衛門さんの主演映画風だが、実質的に右太衛門さんが出ているのは最初と最後だけ。

後の大半は、大川橋蔵、大友柳太朗、東千代之介辺りを中心にした展開になっており、若手スターの顔見せ映画と言った趣が強い。

その分、主人公が曖昧と言うか、はっきりした中心人物が特定し難く、あえて言えば、大友柳太朗さんがやや目だっているような展開かな?と言う印象がある程度。

公開当時に既にお目当てのスターがいたような観客はそれなりに楽しめたのだろうが、特に特定のお気に入りは存在しないと言うような後追い世代としては、誰に感情移入すれば良いのかはっきりせず、何となくのめり込み難い部分がある。

ストーリー的にも、留守を任せられた若者たちが、結局、御大の戒めを守りきれず、敵の誘いに乗り、窮地に陥る…と言う、何ともシンプルな展開になっているため、今ひとつ爽快感に乏しい。

敵を演じている山形勲や薄田研二、吉田義夫と言った面々が、あまりに類型的な悪役止まりであるのも物足りなさを感じる所かも知れない。

最後に登場する御大も、凄い見せ場があるかと言えばそうでもなく、総花風と言うか、盛り上がり感も希薄な印象がある。

ひょんなことから身を助けたおいちと言う未婚の娘に、一方的に赤ん坊の母親を任せるなどと言ったやり方も、今の感覚で言うと身勝手過ぎるような気がするが、その辺は、娯楽時代劇特有のご都合主義と見るべきか?

見所としては、薄田研二の「ひひじじい」演技くらいか?

入れ歯を強調するように顎を大きくかくかくさせる演技なども楽しい。

加賀邦男さんが、分かり易い悪役を演じているのも、ちょっと珍しいような気もする。

伏見扇太郎、南郷京之助、尾上鯉之助と言った新人時代劇スターたちは、さすがに見せ場に乏しいのが残念。

意外と、この若手三人衆を今観ることはなかなか出来ないような気がするからだ。

それでも、冒頭の浅草寺前での雑踏の中での大喧嘩シーンなどは、さすがに時代劇全盛期の東映らしい大掛かりさを感じる。

大友柳太朗さんの最期の見せ場、画面に向かって苦しそうに顔を向ける際、右目が若干潰れているように見せかけて、カッと両目を見開くように見えたが、そこに丹下左膳を連想したのは偶然だろうか?

大友柳太朗さんが丹下左膳を演じた「丹下左膳」(1958)の公開が3月18日、大友さんが続いて出演したこの「大江戸七人衆」が公開されたのは4月30日…

酒が好物などと言う人物造形も含め、意図的な演出のような気がする。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1958年、東映、比佐芳武脚本、松田定次監督作品。

浅草、浅草寺前の雑踏の中

怪し気な浪人たちとやって来た伝六(原健策)が、いきなり人ごみの一角に台を作ると、10文が200文!200文が400文!などとサイコロ賭博の客引きを始める。

それを近くの茶店で見ていたのが、新田啓之助(尾上鯉之助)と相良伊織(伏見扇太郎)ら若侍たち。

世話人相模屋にこの辺を頼まれているものだが…と新田と相良が伝六に注意しようと近づくと、止しなよ、坊ちゃん!こっちにも用心棒がいるんだと伝六は嘲笑し、その背後に控えていた浪人ものたち数名が前に出て来る。

浪人たちも、若い2人を鼻から見下したような顔。

さすがに数で迫られた新田と相良はたじろぐが、そこに、待った!と声をかけて近づいて来たのは秋月荘四郎(大川橋蔵)だった。

秋月は、伝六の壺とサイコロを一目見るなり、これが「ころり」と言う奴か?と、いくつかイカサマ博打の俗称を並べてみせ、自分は博打が嫌いじゃないと言うので、何を賭けるつもりだ?と伝六が聞くと、これだ!と言うなり、秋月は伝六の顔を殴りつける。

野次馬でごった返す中、たちまち浪人たちと、秋月、新田、相良の大乱闘が始まる。

あらかじめ待機していた上松一平太(吉田義夫)ら一党は、喧嘩騒ぎが始まったと知ると動き出す。

その知らせを飲み屋で聞いたのが、平原甚兵衛(大友柳太朗)で、店の主人喜兵衛(明石潮)の1人娘おせん(花園ひろみ)に声をかけ、枡酒をぐいと一息に呷った平塚は、表に飛び出すと、近くにいた村瀬源三郎(東千代之介)に、手伝ってくれ!と呼びかける。

ところが、その村瀬が立ったままなので、どうした?と平原が聞くと、通さぬと言うのだと、道の前を塞いでいる上松たち一党を見る。

どうやら最初から、平原と村瀬の邪魔をするために待ち構えていた様子。

この知らせを、勝川の屋敷に知らせに行った男は、門前に佇んでいた染吉(花柳小菊)に、縫之助様は?と聞くと、今出かけているようだと言う。

一方、鬼神組を名乗る一党を率いる貝塚五郎次(加賀邦男)が、因縁をつけて足止めをしていたのは、次の舞台へ急いでいた人気狂言役者の村山又三郎(南郷京之助)だった。

貝塚は、先日松平帯刀様がその方に贈った垂れ幕の礼に何故こぬ?と又三郎の行く手を塞ぐ。

お礼に参りました所、無理に賭け事に誘われましたので…と又三郎が良い訳をすると、そのことを帯刀様直々に言うことだなどと貝塚が言い、又三郎を通そうとしない。

その時、待て!と言いながら近づいて来たのが勝川縫之助(市川右太衛門)で、贔屓だと言う又三郎とお付きのものを先に行かせると、自分が貝塚の相手をすることにする。

貴様、勝川だな?と貝塚が睨みつけると、帯刀殿が又三郎を是非にと仰せられたか?2千石と3百石の違いはあれ、共に直参旗本であることは同じ!と勝川も動じず、かかって来た鬼神組の侍を峰打ちで追い払う。

刀を納めた勝川は、もう舞台へ向かっていたと思っていた又三郎が、まだ礼を言うために残っていたことに気づくと、帯刀殿は執念深いから、身辺に気をつけることだなと注意して別れる。

その頃、当の松平帯刀(山形勲)は間部老人(薄田研二)と共に、昼日中から酒を飲みながら、意図的に仕掛けた勝川とその仲間たちとの対決の結果を予想していた。

幕府はわしの縁続きの松平備前守様もいるのだから当方に付くに決まっている。悪くて死罪、軽くても甲府勤めは免れまいなどとほくそ笑んでいた。

勝川も、妙な女に惚れられたものだ…と間部老人が帯刀の顔を見ながら苦笑すると、拙者は何もそのことだけで勝川を憎んでいるのではありませぬぞと染吉に振られた形の帯刀は弁解する。

しかし、奴も軽輩たちと徒党を組むなどもってのほか…と間部老人は、鬼神組のことは差し置き、帯刀の肩を持つ。

そんな話をしている最中、新しい使用人がやって来たと言うので、間部老人がわしが鑑別しますと言いながら立ち上がり。

おいち(桜町弘子)と言う娘が宜しくお引き回し下さいませと挨拶して来たので、父は浪々の身で亡くなったそうだが…と間部が聞くと、父は昨年亡くなりました。母は7年前に…と言うので、末永く励むことだ…と間部老人は言葉をかけながらも、おいちの容貌をしっかり品定めしていた。

一方、座敷にいた帯刀は、鬼神組が戻って来たので、又三郎は如何致した?と聞くと、貝塚は、不覚を取りましたと詫びる。

その頃、外を歩いていた勝川に声をかけて来たのは、平原と村瀬であった。

浅草寺前での喧嘩の話を2人から聞いた勝川は、読めた!やる気だな、帯刀は…、行って来る!そなたたちは拙者の屋敷で待っていろ!と言い聞かし、松平帯刀の屋敷に単身乗り込む。

勝川がやって来たと知った間部老人は、いきり立つ帯刀を、ここで短気を起こしてはせっかくの策が水の泡…と諭し、自ら玄関口に出て勝川と応対する。

勝川はその間部老人に、帯刀殿は近頃、浪人を集めて鬼神組と名付けられたのか?先ほど私も会いましたが…、この隣の屋敷にもとかくの噂が…と聞くが、聞いたこともない。その方こそ、相模屋と組んで御用人たちを仲間にしていると聞くが?と間部老人は、逆に質問して来る。

皆、石高だけでは喰えないような若輩ばかりなので面倒を見てやっておりますと勝川が答えると、500石の村瀬は?と間部老人は追求して来る。

村瀬は仔細あって家を勘当され、妻にも先立たれ、生後七ヶ月の赤ん坊を連れ長屋住まいをしておりますと勝川は説明すると、帯刀殿には、どうかお手柔らかにとお伝え下さい…と伝え帰って行く。

その直後、帯刀の屋敷にやって来たのは、元は火消しの娘と言う変わり種の蓮月院(千原しのぶ)で、言葉使いが荒いのが玉にきずだが、廊下で新入りのおいちを見かけると、今日、奉公に上がったんだね?と尋ね、気をお付け、この屋敷は狼ばかりだからと注意する。

その後、蓮月院は屋敷内の部屋のからくり仕掛けで壁の一部が開くと、隣の屋敷が目の前にあったので、そのまままっすぐとなりの部屋で行われていた賭場に参加する。

一方、勝川の家で待っていた平原や村瀬、染吉の前にやって来たのは、相模屋太兵衛(志村喬)で、御前と帯刀に、大したことあったそうですなと聞いて来る。

染吉は、私、松平帯刀から口説かれたんですよと言うので、平原が、勝川さんとて木石ではないと噂していたが、そこに帰って来たのが当の勝川で、染吉、何も気を病むことはない。妬みと言う奴だ。その内、大目付からお達しがあるだろうと言い聞かせ、拙者も幕臣である限り、御上の処置には逆らえん…と淡々と言う。

その後、想像通り、大目付に呼びだされた勝川は、素行宜しからざる輩と徒党を組み、浅草寺近くで暴れしこと不届き千万、よって切腹とすべき所、格別の温情で甲府勤番を命じると言い渡されてしまう。

逆らうことも出来ず、甲府に旅立つことになった勝川を、秋月、相良、新田、村瀬、平原、村山又三郎たちが見送ることにする。

勝川は、平原、秋月、村瀬等には、奴等の罠にかからぬようにと注意し、相良と新田には武士の性根を身につけることだと言い聞かし、又三郎には、ただ一筋、芸道を貫くのだと励ます、そして最後にいた喜兵衛とおせんには、この連中は懐が寂しいときもある。その時は大目に見てやってくれと、それぞれ言葉をかけ出発する。

すると、先ほど来、浮かぬ顔つきだった秋月がさっさと帰って行くので、気になった平原と村瀬は後を追う。

少し進んだ勝川の前に現れたのは染吉で、平原さんがここに呼んでくれたと言う。

勝川は、平原の計らいに感謝しながらも、うちを畳んですぐに後を追って行きますなどと言う染吉には、甲府などたかだか30里、急げば5〜6日で言って来れる道のりだと勝川はなだめる。

でも、甲府に一旦行ったら、佐渡と同じで江戸にはもう戻れないと言うそうじゃないですかと染吉は案じる。

それでも勝川は、人の心と言うものは、どんな二都奥にいても変わる訳ではないのだ。身体を厭え!と言い残すと、勝川は、染吉を置いて出発する。

その頃、松平帯刀と間部老人は、思惑通りにことが運んだので、屋敷で大笑いしていた。

秋月を追って来た平原が、不機嫌な理由を尋ねると、勝川さんに夢がなくなったと言う。

今回のことでも、勝川が最後まで抵抗するかと期待していたが、あっさり帯刀側の策略に屈し、都落ちした姿が情けなく、もはや尊敬する気持ちも失せたと言う。

それを聞いた平原は、俺も同じように思ったが、勝川さんには勝川さんの考えがあるのだろう。戒めは破る訳にはいかんと説得するが、今日は胸のつかえを晴らしたい。夕餉には帰ると秋月が言うので、黙って行かせてやる。

一方、村瀬は、俺はチビの所だと言って長屋に向かったので、何だ…、とどのつまりは、おせんの所へ行くしかないか…と平原も飲み屋へ向かう。

松平帯刀の屋敷の隣に何となく近づいていた秋月は、ちょうどその隣の門から出て来た蓮月院から声をかけられる。

実は、昔、火消しの娘おたきと言っていた頃の蓮月院が岡惚れしていたのが秋月だったのだ。

しかし、今では身分が違い過ぎるため、秋月は丁寧な口調での応対になってしまうので、その他人行儀を蓮月院は嫌がる。

蓮月院は顔が広いんで、隣屋敷の常連なんですよと打ち明けると、勝川さんも能がない。長い物に巻かれることができないなんて…と、帯刀に逆らったばかりに江戸から追い出されたことを皮肉る。

さらに、これからあの賭場に行く勇気があるんですか?と秋月に対してまでからかって来たので、寸での所で勝川さんの戒めを破るところだった!と気づいた秋月は、さっさときびすを代えして帰ってしまう。

その後ろ姿を見送っていた蓮月院は、腹は立つけど、良い気っ風だね〜…と惚れ直したように言う。

一方、七ヶ月の赤ん坊を長屋の女に預けていた村瀬は、長屋に近づいた時、住人たちが外に出て何やら自分を見ているので異変を察知する。

赤ん坊を預けていた女おきわ(吉野登洋子)が、お坊ちゃんにはもうお乳を上げられないんですよと言う。

訳を聞くと、さっき鬼神組が先乗りして、長屋の連中を脅して帰ったらしい。

良く分かった。そのつもりで来たのだと答えた村瀬は、家のものは全てそなたに遣わすとおきわに言うと、赤ん坊を連れて勝川邸に向かうことにする。

一方、おせんの店で飲んだ後、とっくりを持ったおせんと共に神社にやって来た平原は、村瀬を礼に出すと、貧乏御家人などと結婚しても得なことにならないと、自分に想いを寄せているらしいおえんに言って聞かす。

そう言われたおえんが、寂しそうに店に帰りかけると、その酒は置いて行ってくれと平原は頼む。

これはお父っぁんの…と言いかけたおえんだったが、仕方なくそのとっくりを平原に渡して帰って行く。

1人になった平原に、気の陰に隠れていた秋月が、脅かすつもりが、存分に当てられたよと言いながら姿を現す。

一緒に勝川邸に戻った2人だったが、こっそり盗み酒を飲んでいた新田と相良は、留守中何もなかったか?と平原から聞かれると、慌てたように、村瀬さんが赤ん坊を連れて…と伝える。

村瀬、どうした?と平原が部屋に入ると、鬼神組が長屋の連中を脅したらしいんだと村瀬は説明する。

赤ん坊が泣いているので、腹が減っているのだろうと気づいた平原は、新田に飯を作るよう命じる。

平原は村瀬に、相談があると言い、赤ん坊のためにも実家に帰ってくれと頼む。

すると村瀬は、俺が行かなかったと思うのか?とうに実家の門を叩いて来たのだが、うちは三河以来、由緒ある家柄なので家に入れんと言われた…と言う。

それを聞いた平原は憤慨し、頼まんぞ!チビは断じて、俺たちだけで絵も育ててみせる!と決意する。

その時、新田が土鍋を持って来たので中を確かめた平原は、バカ!赤ん坊が飯を喰うか!重湯を作れ!と叱りつける。

しかし、あまりに赤ん坊が泣き止まぬので、ひょっとしてと額に手を当てた村瀬は熱がある!と驚く。

平塚は新田に、近所に住む長安先生を呼んで来い!と頼むが、あの先生には昨年からのツケが…と言うので、薬代はいくらほどだ?と秋月が問うと、5両ほどいると言う。

秋月はすぐに松平家の隣の屋敷に向い、ちょうど蓮月院が壺を振っていた賭場に入って行く。

その場にいた伝六たちは、勝川の仲間が来たとあって緊張するが、下手に騒ぐといつぞやの二の舞だぜと秋川は制し、蓮月院のまん前に座る。いくらくらいいるの?と事情を薄々察した蓮月院が聞くので、5両と秋月は答える。それを受けた蓮月院は、私が勝ったら、一度だけ好きにさせてもらうよと条件を出し、自ら壺を振る。

その頃、松平家の屋敷では、間部老人がおいちに迫っていた。

賭場では蓮月院が、さすがに秋月さんだねと負けを認め小判を渡していたが、勝負の種は分かっているが、火急の時だ、恩にきる!と秋月は感謝する。

蓮月院がわざと負けてくれたことは分かっていたからだ。

金を受け取って屋敷を出た秋月に、助けて下さいと松平家から逃げて来たのはおいちだった。

その頃、秋月邸では、赤ん坊を往診に来た医者の長安(伊東亮英)は、十中八九助からぬ。わしが処方する薬を飲ますしかないがないと言うので、平原が、一両日中には何とかしますからと頼む。

しかし長安は、薬問屋に一昨年から借金があるのだ…と、自分の裁量だけでは薬が手に入らないことを打ち明ける。

そこに、おいちと金を持った秋月が戻って来る。

村瀬殿!と秋月が差し出した金を見た平原は、すまぬ!と礼を言う。

後日、村山又三郎の狂言芝居が劇場でかかる初日が来る。

勝川邸では、すっかりこの家に住み込むようになったおいちが、薬のお陰で元気を取り戻した村瀬の赤ん坊をあやしていた。

今日は、村山又三郎の初日だったな、ちょっと出かけて来るか…と平原が呟くと、村瀬が、勝川さんは相手の罠にかかるなと言っておられたと…平原の腹を見透かして釘を刺す。

分かっているよ、だから、芝居小屋とは方向違いの品川の方に行くんだと平原は答え出かけて行く。

すると、村瀬も、ちょっと出かけて来るので、チビをお願いしますとおいちに頼み、出かけて行く。

一方、染吉は、帯刀からその又三郎の芝居に誘われていたが、勝川への義理立てから断っていた。

それを奥で聞いていた置屋の女将おとよ(松浦築枝)が出て来て、お染!それで、辰巳の芸者かい?勝川さんのためにお前が命を賭けたって仕方ないんだよ。早く仕度をおし!と叱りつける。

芝居小屋の中二階席には、間部老人と帯刀も来ており、マラ三郎め、何と挨拶するだろう…とほくそ笑んでいた。

舞台開始の直前、楽屋で化粧をしていた又三郎の楽屋に乗り込んで来た貝塚五郎次は、鬼神組が贈った垂れ幕を何故使わぬ!と文句を言うが、又三郎は、他にも贔屓の方がございますので…と断る。

すると、貝塚は、良い度胸をしている、後でほえ面かくな?と捨て台詞を残し、その場を立ち去ると、帯刀にそのことを伝えに行く。

客席には、頬かぶりで変装した秋月、村瀬や平原が、他の客に紛れて別々の場所で待機していた。

彼らはそれぞれ、自分だけの判断で別々にやって来ていたのだが、奇しくも全員揃っていた。

舞台裏で開幕の邪魔をしようとしていた貝塚ら鬼神組の前に現れたのは変装した平原で、おらは板橋在の甚呂平と言いまして、村一番の力持ちでがす等と言うと、鬼神組の連中を垂れ幕の隙間から花道に投げ飛ばす。

その騒ぎを見た秋月も、隣の客多左衛門(杉狂児)が持っていた弁当の握り飯を取り上げると、刀を抜こうとしていた鬼神組の顔に投げつける。

すると、こちらも頬かぶりをした村瀬が花道に上がり、わしは貝太郎と言う者だ!などと惚け、鬼神組と喧嘩を始める。

これには観客たちも大喜びで、歓声をあげ始める。

平原も大暴れする様を二階から見た帯刀は、斬れ!と命じるが、その声で帯刀を見上げた村瀬は、そちらさんもただではすまさんぞ!と声をかける。

形勢不利と判断した間部老人は帯刀に、又と言うときがあると諭すと、一緒に芝居小屋を後にする。

芝居小屋の中では、無関係な多左衛門まで自ら握り飯を上松一平太の顔に投げつけていた。

そこにやって来たのが染吉で、先ほどはご無礼つかまつりましたと、招待に応じなかったことを帯刀に詫びるが、されば参れ!とそのまま帯刀に連れて行かれる。

その後、勝川邸にやって来た相模屋太兵衛は、館に酔っておふくろに聞いた所、帯刀の使いが来て、染め吉は、挨拶に来なければ返さないと言って来たそうですと伝える。

それを聞いた平原が、他のものを制し、俺には両親も何もないので俺が行って来ると言うと、立上がる。

そして、台所に置いてあったおせんのとっくりからぐいと酒を飲む。

その平原に、我々はお前が返ると信じて待つのだぞ!と村瀬が声をかけると、生きて帰るのだぞ!と秋月も声をかける。

それを背中に聞いた平原は、止めろ!女々しいぞ!と睨みつける。

一方、帯刀は、捉えて来た染吉を隣の屋敷に幽閉させる。

そこに、平原が来たのとの知らせが届いたので、帯刀は客間に通せと命じる。

客間で待っていた平原の前にやって来た間部老人は、存念を申せ。あくまで鬼神組に楯突くつもりか?と問いただす。

その後、間部老人は、平原に酒を出させる。

平原は、腰元たちが大きな盃に並々と注いだ酒を一息に飲み干す。

その間、奥の間では、帯刀が槍の用意をしていた。

不躾ながら、今一献!と酒のお代わりを頼んだ平原は、それを飲み干すと、遠慮願うと言って座を外させると、自分は脇息を枕代わりにして横になる。

そんな平原の客間に入ってきたのは蓮月院だった。

早くいらして!来れば分かりますと言いながら、平原を、からくり戸の部屋に連れて来ると、戸を開けて、隣の屋敷へ通じていることを見せる。

染吉さんは、この向こうに!私がこんなことをするのも勝川さんの喜ぶ顔が見たいからなんだよと言う。

平原がからくり戸を抜け、外に出た所に、からくり部屋にいる蓮月院に気づいてやって来たのが帯刀と鬼神組の連中。

蓮月院は急いでからくり戸を閉める。

お前の仕業だったのか…と帯刀は蓮月院を睨みつけると、あんまりあくどいことをやっているからさと答えた蓮月院だったが、その場で帯刀に斬られてしまう。

隣の屋敷にいた染吉を助け出し、からくり戸の所に戻って来た平原は、開かぬ戸に気づき、蓮月院殿!と呼びかけるが、その声を頼りに突いて来た帯刀の槍が、戸を貫いて平原の腹に突き刺さる。

その槍を抜いた平原の元に、鬼神組の連中が庭先に出て来る。

ザンバラ髪になった平原は、腹からの出血で意識朦朧となりながらも、最後の力を振り絞って戦い始める。

それでも、一太刀、二太刀と敵の刃を受ける平原。

おせん!酒はもう良い!もう飲めん…と叫んだ平原は倒れる。

そこにからくり戸から出て来た帯刀がとどめを刺し笑い出す。

隠れていた染吉は、その直後、中庭から抜け出す。

置屋の女将おとよは、勝川邸にやって来ると、今、早飛脚で染吉から呼び出しが!と伝える。

それでは平原さんは!と村瀬は愕然とする。

秋月は、そんなはずはない!確かな証拠を掴まねばならぬ!と忠告し、気取られぬように今夜屋敷を見張れ!と相良と新田たちに命じる。

その夜、松平家の屋敷の周辺で監視を続けていた彼らは、大きな葛篭を担いで屋敷から出て来た中間が、近くの川縁に来た所で、その葛篭を川に放り込んだので、その葛篭を拾い上げ、勝川邸まで背負って来る。

縁側に置いた葛篭の蓋を開けた秋月や村瀬は愕然とする。

おせんは、平原さん!と葛篭の中に入れられていた平原の遺骸にすがって泣く。

甲府にいた勝川の元に、江戸から染吉が来たとの知らせが届く。

染吉がわざわざやって来たと言うことはただ事ではないと気づいた勝川は、対面した染吉に訳を聞く。

平原さんが…!と、染吉は泣き崩れるだけだった。

何とした!と勝川が聞くと、私を助けて…、帯刀の屋敷で…と染吉が答えると、斬られたか!と察する。

わしが殺したようなものだ…!あの時、一思いに帯刀を斬っておけば良かったのだ!残念であったろう…、無念であったろう!骨はこの勝川が拾ってやる!と勝川は顔を引き締める。

一方、勝川の屋敷では、相良と新田が、今日限りお別れします!と秋月と室瀬に伝えていた。

あえて、平原の初七日、その日を決して、死のうと言うのだな?俺の目は節穴ではないのだ!と秋月は若い二人の軽挙を縛める。

勝川さんからのご指示を待つのだ!と説得する村瀬。

待てぬなら待てぬとはっきり言ってみろ!と迫る秋月は、気の短い俺でも辛抱しているのだ!と優しく諭す。

その頃、松平帯刀と間部老人は、その後、勝川の動きがないことを怪しんでいた。

そんな中、おいちに逃げられた間部老人は、今夜こそおいちを取り戻してやろうと言い出す。

その後、勝川邸に、帯刀の使いが封書を携えて来る。

中味は果たし状で、今夜即刻、こちらは五人だけで行く。永井兵庫殿が立会人になると言う内容だった。

それを読んだ村瀬は、おいちに、お聞きの通りだ。武士の存念分かってくれ。チビの将来のため、頼まれてくれ!と言うと、しばし考え込んでいたおいちは、承知しましたと答える。

後々のことは頼みます。我々が出かけた後、チビと一緒に、すぐ相模屋に行ってくれと村瀬はおいちに言い残し、秋月、相良、新田と共に屋敷を出る。

ところが、果たし状の場所に向かって行く途中、果たし合いがあると密告があったと言う役人たちが待ち受けていた。

それを知った村瀬は、仕掛けられたぞ!とみんなに言うと、急いで屋敷に戻るが、行灯に灯を灯すと、その表面に「子供は預かった」と墨書きが残されていた。

村瀬はすぐに飛び出して行こうとするが、待て!血気に逸ると、奴等に引っ掛けられるぞと秋月が声をかける。

その頃、松平の屋敷では、待ち伏せしていた帯刀が鬼神組に屋敷中を警戒させていた。

屋敷の一室には、村瀬の赤ん坊を抱いたおいちが捕まっていた。

やがて、村瀬が1人で屋敷に来る。

村瀬が奥へ通されている隙に、秋月、相良、新田の3人は、塀を乗り越え、庭先に侵入していた。

帯刀と間部老人を前に、隣の部屋で神妙に手を付いた村瀬は、いかなる恥辱をも受けます故、お返し下さいと頭を下げる。

覚悟して参ったのだな?返して欲しいのはガキかおいちか?と間部老人がにやつきながら聞く。

出来れば双方を…と村瀬は答える。

庭先に人の気配を感じたおいちは、坊や、堪忍!と言うと、腕をつねり泣き出させる。

その泣き声で、おいちと赤ん坊の居場所を知る秋月たち。

村瀬は、では、子供だけでも…と願い出るが、帯刀は愉快そうに、そなた、いかなる恥辱も受けると言うたな?では犬になれ!三べん廻ってワンと言え!と命じる。

言われるがまま四つん這いになった村瀬だが、杖を片手に近づいて来た間部老人が、その杖で、腰が高い!腕をまっすぐ!などとポースを指図して来る。

その形で一回りせよ!と間部老人が言うので、一回り、二廻り、さらに三廻りした村瀬だったが、そのままじっとしているので、ワンと言え!何とした!と間部老人は怒鳴りつけるが、では…と言った次の瞬間、村瀬は横に於いていた刀を抜くと、その場で間部老人を斬り捨てる。

帯刀は、出会え!と叫び、鬼神組を呼び寄せる。

その間に、秋月たちは、おいちと赤ん坊を部屋から連れ出していた。

そこに立ちふさがったのは上松一平太らだった。

秋月は、今こそ、存分に刀の切れ味を試してみるときだ!と叫ぶと斬り合いを始める。

その頃、甲府から駕篭に揺られ勝川邸に戻って来た勝川と染吉は、誰もいないことに気づき狼狽する。

秋月たちはおいちと赤ん坊を相良と新田に守らせながら、先に屋敷を抜け出させていたが、帯刀が田川半九郎(清川荘司)に、先回りして待ち伏せろ!逃がすな!と命じていた。

勝川は、何か手掛かりを残していないか?灯を付けろ!と染吉に命じていた。

行灯が灯ると、表面の髪に書かれた墨文字が浮かんだので、あ、そうか!そうだったのか!と勝川は気づく。

染吉に待ってろ!と声をかけた勝川は、一路、帯刀の屋敷へと向かう。

斬りあいながら帯刀の屋敷を抜け出た秋月と村瀬は、先に逃がしたはずの相良と新田が、おいちと赤ん坊を連れて戻って来たので驚く。

先回りしていた田川ら、鬼神組に取り囲まれる6人。

必死に抵抗していた相良だったが、足を斬られて身動きできなくなる。

そん相良をその場に残し、秋月、村瀬、新田等は、おいちと赤ん坊を連れ森の方へと逃げる。

それを追って行く帯刀たち。

帯刀の屋敷前に駆けつけた勝川は、道ばたに踞っていた相良に気づき、仲間たちが森の方に言ったことを知る。

ざっと足の傷を診た勝川は、傷は浅いぞ、待っておれ!と相良に言い残すと、森の方へと急ぐ。

秋月たちは、森の中で取り囲まれていた。

そんな秋月たちに槍を向ける帯刀。

その時、待てい!と呼びかけながら近づいて来たのが勝川で、村瀬やおいち等の前に立ちふさがると、なるほど…、あらかた揃っているな…と帯刀の仲間たちの顔ぶれを確認する。

今更申しても愚痴だが、御主たちがこれほど凶悪だと分かっていれば、御上に従わなかった…、さすれば、平原も死なずにすんだのだ!と勝川は言う。

そんな勝川を面前に、黙れ!と一喝して、槍を突いて来ようとした帯刀だったが、勝川の一太刀を受けよろめく。

さらに、その背中を、秋月と村瀬の刃が斬り裂く。

後日、勝川は仲間たちと共に、平原の墓を建ててやる。

勝川は、御上が今回の騒動を吟味し直した結果、全ての非は帯刀にあると判定し、我々には何のお咎めもなかった。生きていれば、共に酒を飲んだであろう…と墓前に報告した勝川は、持って来た一斗樽の酒を、墓の上からかけてやる。

そして、背後に控えていたおせんに、そなたの番だと声をかけ、樽を渡す。

受け取ったおせんは、墓標の前に酒を流してやる。

赤ん坊を抱いたおいちを側に、平原!チビも良い母ができて、スクスク育っているぞ!と村瀬が墓に呼びかける。

秋月は、その平原の墓の側に建ったもう一つの墓標、蓮月院の名前をじっと見つめるのだった。


 

 

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