白夜館

 

 

 

幻想館

 

舞妓はレディ

若い客層を狙ったためか、日本テレビ幹事だった映画「舞妓Haaaan!!!」(2007)と同じようなコメディやミュージカルであるかのような売り方をしていたような気がする作品だが、実は大人向けの下町人情話であり、そこが巧く伝わらなかったためか、興行では今ひとつぱっとしなかったような気がする。

タイトルからして、「マイフェアレディ」をもじったミュージカルパロディだと言う事は分かるが、祇園の特殊性があるためか、冒頭のアバンタイトルから説明が多過ぎ、雰囲気が重いのでなかなか最初は乗り難い。

しかも、女将の千春を演じている富司純子さんにちなんで、懐かしの「緋牡丹お竜」ネタなど、かなり年輩の世代か、よほどの映画マニアにしか分からないようなパロディから始まっているので、余計に取っ付き難い。

途中で登場する映画スターの名前も赤木裕一郎と、昔の日活スターをもじったもので、これ又、若い世代にはピンと来ないだろう。

話自体も、全体的に妙にシリアスな雰囲気が漂っており、コメディのように笑えるようなシーンはほとんどないし、本気で歌って踊れる人がほとんど出ていないため、歌って踊る富司純子さんなどと言う珍しいものは見れるが、全体的にはあくまでも「ミュージカル風」止まり。

設定自体が、若い舞妓がいない花街が舞台…と言うこともあってか、主演の上白石萌音以外は、大半がベテランと言うか、中高年の役者さんで固められているのも、何となく重苦しいムードがつきまとう一因だと思う。

監督の奥様で、本作でも踊りを披露している草刈民代さんも、さすがにもう若いとは言えない。

展開も、ヒロインの目から見た青春ものと言うより、大人と言うか中高年層の目で見守る若い娘の成長物語風になっており、「マイフェアレディ」のように昔の巨匠たちが撮っていた時代のハリウッド風ではあるのだが今風なのかどうかは疑問。

ラストで北野を演じた岸部一徳さんが言う「舞妓に一番大切なのは一生懸命の若さや。そこにお客は人生の春を見るのや」と言う言葉が、この物語のテーマだろう。

つまりは、「春を失った年配者たちが、ひたむきで若かった頃を愛でる」映画なのだ。

色々報道などで、祇園の生粋の舞妓は少なく、大半は他府県出身者が多いと言うのは知っていたから、この話がそう言った現実をベースに構想されているのは理解できるし、着想は面白いと思う。

舞妓や芸妓になるのが想像以上に厳しいと言うのも分かる。

そう言う京文化や舞妓の紹介としては意義があると思うし、「Shall we ダンス?」で世界を回ったらしいい監督だけに、最初から海外市場を意識した作りなのかもしれない。

ただ、ヒロインの上白石萌音さんは本当に愛らしいし、歌も踊りも良く練習していると思う。

特に彼女の笑顔は幼子のようで、見ているものの心をほぐしてくれる。

百春役の田畑智子さんも稽古の成果が見える。

富司純子さんは、本来女優さんとしては愉快ではないはずの老け顔を堂々とさらして演じておられるし、プロ根性と言うか潔さを感じる。

高橋長英さんなど、懐かしい顔を見れるのも嬉しい。

あの「Shall we ダンス?」の周防正行監督が!とか、20年来暖めて来た企画!等と言った売り言葉に惑わされず、つまりは過度の期待をせずに見れば、それなりに楽しめる映画になっていると思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

2014年、フジテレビジョン+東宝+関西テレビ放送+電通+京都新聞+KBS京都、アルタミラピクチャーズ、周防正行脚本+監督作品。

おこしやす。京都には、祇園を始めいくつかの花街があります。

ここ下八軒は歴史の古い小さな花街ですが、大きな悩みがありました。

舞妓はんは1人しかいいしまへんのどす(…と春子の声でナレーション)

夜の下八軒に、リュックとカートを引いてやって来た1人の女性、西郷春子(上白石萌音)。

かんにんしておくれやす!うちには約束したお人が!と座敷で拒絶する舞妓百春(田畑智子)

何言うとる!水揚げの事はお母ちゃんからきっちり聞いとるやろ?と迫る、ちょびひげを付けた旦那姿の芸子豆春(渡辺えり)

その時、ごめんやす!旦那はん、見苦しゅうおすえとふすまを開けて旦那に言い放った着物姿の女がいた。

芸子里春(草刈民代)だった。

何や?お前は?と旦那が聞くと、娘盛りを座敷にかけて、京の夜空に恋も散る。張った身体に緋牡丹燃えて、それが芸子の、それが芸子の意気地どす!と言い終わった里春は、片肌脱いで、右肩に彫られた緋牡丹の刺青を見せる。

驚いて腰を抜かす旦那役の豆春。

誰が呼んだか、緋牡丹芸子!と見栄を切る里春。

花街に咲いた一輪の花!

下八軒は万寿楽、里春言うざっと駆け出しの若輩者どす。以後、宜しゅうお頼みもうします!

よ!待ってました、里春!ブラボー!と客たちの呼び掛けが聞こえると、里春はにっこり微笑んで、おおきに!と礼を言う。

豆春もおおきにと客に礼を言い、百春、里春と3人で、横の部屋で座敷芸を見ていた客に近寄り、お酌をする。

外国人マリオ(パンツェッタ・ジローラモ)は大層気に入ったようなので、良いよ!が口癖の芸能事務所社長の高井良雄(高嶋政宏)は、ご苦労さんと言いながら、里春にご祝儀を渡す。

それにしても良く描けてるね、その入れ墨…と客が感心すると、太秦のプロデューサーの御願いしましたんどすと言いながら、里春は着物を着、豆春も、うちかて太秦やけど偉い違いやとおどけてみせる。

さすが、プロ中のプロ!名脇役だと言いながら、客は豆春にもご祝儀を渡し、若山富三郎!と指差して笑う。

百春にも、お疲れさん!と言いながら、客はご祝儀を渡す。

その後、客は、イタリアに一緒に行く約束だけどな…と、里春に囁きかけたので、おおきに!と里春は答えるが、良いよ!小高さんの良い所見てみたい!と3人芸子と舞妓は声を揃える。

その時、一緒に座敷にいた女性通訳が外国人客に、今日2月3日は、節分と言う特別な日で、舞妓さんや芸妓さんが仮装をしてお座敷でサービスする「お化け」と言う日です…と説明する。

高井は、3人の舞妓と芸妓におだてられ上機嫌になる。

その店の外では、百春…、万寿楽…と西郷春子が呟いていた。

そんな春子の背後から、何か用か?と声をかけて来たのは、古くからの万寿楽の馴染み客、北野織吉(岸部一徳)だった。

しかし、春子は、そんな北野を警戒したのか、その場から逃げるように立ち去る。

その頃、万寿楽の一室で、客に酒を注いでいた小島千春(富司純子)は、お膝、崩しておくれやすと客に話しかけていた。

そこに入って来た北野が、何や何や、ゴキブリはんと炬燵でしっぽりか?などと先客がある事をからかうと、先生は「お化け」の取材に来はっただけどすと言いながら、北野を招き入れる。

「お化け」は取材するもんでのうて、楽しむもんやろ?それをお勉強か?えらいもんやな、さすが大学の先生さんは違う…と言いながら、北野は2人の横に座る。

それにしてもやな、下八軒の舞妓は一体どないなっとるんや?とお猪口に千春が差し出したおちょうしの酒を受けながら北野が聞く。

何の事どす?と千春が聞くと、新しい舞妓や、どこの子や?聞いたらな、千葉どす!…と北野は真似してみせる。

そんな、聞く方が悪うおっせ。正直に言うただけおっさと千春は笑う。

どこの館の子や、聞いただけのつもりや…と北野は呆れたように答える。

それが、千葉どすやて…と北野が繰り返すと、千葉なら「千葉です」です…と、千春が相手をしていた客、言語学者の京野法嗣(長谷川博己)は真顔で口を挟む。

それを聞いた千春は、千葉があかんどすか?それとも、千葉言うたら「どす」やのうて「です」言わんとあかしまへんの?と京野に聞く。

そうやない、舞妓に千葉どす言われたら敵わんわ言う事や。それに、もう1人は名古屋やしな…と、横から北野が言い聞かすと、名古屋だがね!と京野が言う。

そない言うたのか?と北野が舞妓がそう言うイメージを思い浮かべて聞くと、そうやのうて、名古屋やったら、そう言うのが正解やと言うことですと京野が答える。

あほらし、言語学者か何か知らんけど、しょうもない事言わんで宜しい!と北野は呆れ、千春も苦笑しながら、あの子らアルバイトどっせと北野に言う。

噓やろ?何や、それ?と北野が聞き返すと、舞妓がほんまに店出しはったら、若様が知らはらへん事おえんやろ?と千春は言う。

そりゃそうや…、けど、アルバイトってどういうこっちゃ?と北野は理解できない様子。

下八軒をアピールせなあかん言うて、組合が外国の旅行会社の人集めてホテルでパーティやりましたやろ?

そんなん言うてたな…、これからは外国人旅行客誘致せないかん言うて…と北野が思い出すと、そん時、舞妓がうちの百春だけでは寂しい言うて、組合がアルバイトで舞妓を雇うたんどすと千春は説明する。

イベントの時はそれからも呼んでますねん。お座敷には上げさせしまへんけど…と千春は言う。

座敷で、酒を一息に飲み干した百春に、舞妓に化けたんですね?とマリオが聞くと、ノー!アイ アム ア リアル マイコ!と百春は答える。

するとマリオは笑い出し、冗談でしょう、年を取り過ぎている!と失礼なことを言って来る。

嫌やわ、ジョークやて…と百春がむっとすると、良う知ってはるわ…、さすが、イタリア観光協会はんやと里春が口を挟む。

その時、おい、お前、何で化けないんだ?と高井が百春をからかう。

12年ずっと、化け続けてるさかいどすと豆春が横から口を挟むので、いけずやわ~と百春は言い返す。

すると高井も、そりゃそうだ、毎日がお化けのようなもんだ。12年間舞妓なんて、ほんまのお化けや。マリオ、お化けや!と高井はマリオに話しかける。

うちが芸妓になったら、下八軒に舞妓がいてへんようになってしまうさかい、仕方ないのどす!と百春は言い返す。

そやけど、高ちゃんがバイトやのうて、ほんまもんの舞妓志望者連れて来てくれはったら、うちかて芸子になれるんどっせと百春は言う。

俺が頼まれたのは本物じゃなくてうちのタレント使ったバイトだからな…と高井は答え、言ったんだよ、いっその事インターネットで募集して、どんどんどんどん舞妓にしたら良いんだよ。そしたらお前、すぐに芸妓だよと高井は偉そうに言う。

俺に言わせりゃな、舞妓っつうのはアイドルなんだよ。親父が会いに来れるアイドル!だから、ど素人で良いんだよ、まだ何も知らん、若くて可愛い娘を酒の肴にして親父が楽しむ…、これが舞妓遊びだよ!と高井は自説を披露する。

すると、もうちょっと辛抱せなあかん!と豆春が言い出し、百春、お茶屋組合としてはや、立った1人の舞妓が良いようになっては困るんどす。言うてみれば、百春ちゃんは、この下八軒のために気張ってくれてはりますのや。下八軒の救世主どす!と豆春は言う。

しゃっちょこばって舞妓一筋!と豆春が続けると、里春も、そうや、しゃっちょこばって舞妓一筋!と繰り返したので、ほな、しゃっちょこばってやりまひょか?と百春も答える。

ほな、行きまひょか?と里春と豆春も立ち上がり、隣の板の間で、観たか聞いたか、名古屋の城は~♪と豆春が歌い、それに合わせて、里春と百春が逆立ちし、鯱になってみせる。

そんな万寿楽に、今晩わ~と人が来たので、誰やろ?今時分…と、北野と京野の相手をしていた千春は不思議がる。

どなたはんどす?と千春が玄関に行くと、春子が立っており、舞…、舞…、舞妓さんにしてくれんとかい!とおかしな言葉で春子が頭を下げて来る。

それを茶の間で聞いていた京野は、鹿児島!と判断すると、すかさず持参していたレコーダーを玄関の方に向ける。

舞妓はん、なりたい、言うたんか?と千春が聞き返すと春子は頷く。

どなたさんの紹介どす?と千春が改めて聞くと、春子はきょとんとしているだけなので、どこの誰かも分からんお人を預かるわけにはいかしまへんのえと千春は言い聞かせる。

頼みますだ、舞子はんになりたいだと春子が頼むので、津軽弁!と居間で聞いていた京野は訂正する。

夜遅くういきなり来て、へえそうどすか、言うわけにはいかへんのや。お帰りやすと千春が諭す。

そこに降りて来たのが百春で、その顔を見た春子は、百春姉さん!と呼びかけたので、え!あんたの知り合いか?と千春は驚いて百春に聞く。

しかし、百春は、知らんけど!と即答。

ブログ、読んどるぎゃなどと春子が言い出したので、千春は何やそれ?と言うし、百春も困った顔になる。

そこに、高井が、おい、どうした?と声をかけて来る。

すんまへん!と百春は階段を塞いでいた事を二階から降りかけていた高井たちに詫びる。

お客さん、お帰りやから、お見送りしたら話聞きましょと千春は言い、取りあえず春子を脇に寄せ待たせる。

客が帰った後、百春は、うちのことや下八軒の事をブログに書いてるんですと、来たのや京野のいる居間の横で千春に説明する。

お茶屋やうちらの事を知ってもろうて、お客さんに来てもろうて…と百春が説明すると、そんなんは舞妓が心配する事やないと千春は言い返す。

その付録か何か知らんけど、止めておき!と千春は迷惑そうに言う。

それに、それ見て来たんはお客さんやのうて、舞妓になりたい言う子や…と千春が言うので、そうや、うちらの仕事に興味を持ってくれはったんやしと百春は答える。

良かったやん、こうして舞妓になりたい言う子が集まって来たら、又、下八軒も盛り返せるし…と百春が言うと、そんなんで盛り返せえへん!と千春は言い返す。

大体な、誰の紹介でもない、どこの子かも分からんようでは話にならしまへん!と千春は言い切る。

そんな2人の会話を側で正座をして聞いていた春子は落ち込み、ずっと、ずっと、憧れてた~♪と自分の気持を歌い出す。

頼むもんで!あたいも舞妓になるごた!と春子が改めて頼むので、鹿児島弁と津軽弁のバイリンガル!始めて聞きました!と炬燵で耳をすませていた京野は驚く。

鹿児島と津軽を行ったり来たりして育ったか、あるいは、ご両親の一方が鹿児島弁、もう一方が津軽弁の相当強烈なネイティブスピーカーとしか考えられません!と京野は困惑する。

そうか?そうなんか?と北野が聞くと、春子は首を傾げるので、北野は、あんた今、東京弁でしゃべりはったな?と京野に突っ込む。

鹿児島生まれの婆ちゃんと、津軽の爺様の所におったのさ。鹿児島に10年、津軽さ6年経ちましただと春子は説明するが、何や、分からへんわ…と千春は困惑し、百春、あんたの責任やと言い出す。

もう遅いし、どこかのホテルへ連れて行っておあげやす…と百春に言い聞かし、あんた、舞妓になりたい言うんなら、しかるべき筋を通して来なあきまへん。明日はお国に帰るのえと春子にも言い聞かし、二階へ去って行く。

しかるべき筋?…、春子は考え込む。

あんな、もう来たらあかんて言う事や。あんたにそないな筋あるか?と百春が言葉をかける。

それを聞いた春子ががっくり気落ちしたので、立てるか?今、ホテルまで送って行くさかい…と百春は労る。

ぐずぐずしてると、お母ちゃん、余計に機嫌悪うならはるし…、立てるか?と百春は言いながら、力を落とした春子の首にバッグをかけてやる。

玄関に春子を送り出す百春の様子を気にする京野。

何や、可哀想な気するな…と北野も春子に同情する。

可哀想なんやったら、願い叶えてあげましょうと京野が言い出す。

それは無理や。舞妓になりとうてもなれんのが気の毒や、言うとるだけや、あの訛ではどうにもならへんわ…と北野が答えると、訛だけですか?あかんのは訛だけどすか?と京野は聞き返す。

そうやない。育ちも分からん。けど、致命的やろ、あの訛は…と北野は言うので、致命的かどうか、それはやってみな分からしまへんと京野は答える。

先生、あんたも無茶言うな…、あれで舞妓になれるか?と北野は聞く。

すると、なったらどうしはります?と京野が聞き返して来たので、そら、驚くわな~、けど、なれん!と北野は言う。

驚かしたら、なんぞご褒美くれはりますか?と京野は面白そうに食い下がるので、えらい強気やなと北野も乗って来る。

ええで、そうやな…、これから先、あんたのお茶屋遊びの面倒全部見させてもらいまひょと北野は約束する。

大学教授がいつまで経ってもゴキブリはんやったら、あんまり情けないさかいなと北野が言うので、決まりや!後は女将はん次第や!と京野は喜ぶ。

そこに戻って来た千春が、何がうち次第ですか?と聞いて来たので、女将さん、やりましょう!この若様に冥土の土産持たせまひょと京野は北野を指し、千春に言うので、まだ死にとうないわ!と北野は返す。

女将はんと私とで、ほんまもんの舞妓育てるのですがな!と京野は千春に説明するので、本気で言うてんのかいな?と北野は呆れる。

ほな、失敗しはったら、あんたは下八軒出入り禁止や。二度とそのインチキ京都弁も使うて欲しゅうないわ!と北野は条件を出す。

そんな事も知らず、雪が降る中、華川にかかる「八軒新橋」をしょげて帰る春子と、それを送って行く百春。

雪が降る津軽のとある地域の民家に、雪をかき分けやって来たのは青木富夫、通称富さん(竹中直人)と言う男衆(おとこし)だった。

富さんは、用意していたレコーダーのスイッチを入れる。

源さんは、家に入れてもらうと、老人西郷田助(高橋長英)が拝んでいた仏壇に飾られた写真に注目する。

その老人から、こんな寒い時に来てもろうて、まずは酒でも飲んで身体を温めてくれと勧められてた源さんは、婆さん西郷梅(草村礼子)から濁酒を注いでもらう。

その爺さんと婆さんの横に座っていたのが、この家に戻っていた春子だった。

その後、京大学にいた京野は、津軽から戻って来た富さんが持って帰って来たレコーダーに録音された爺さんたちの言葉をパソコンで再生して聞き、富さんと化粧を落として同席していた百春を前に嬉しそうだった。

鹿児島弁のネイティブスピーカーと津軽弁のネイティブスピーカーに育てられた子がこんな言葉を話すとは!見て下さい、下が今日言葉の標準的な波形です。正しい京都弁を使ったら、なだらかな曲線になるように設定していますと、京都はパソコン画面のグラフを富さんと百春に見せる。

ギザギザになったり、曲線でも小刻みな山になるのは全く違う言語やと言うことですと京野は説明する。

ほんまに行けますやろか?と源さんは不安顔。

すると、行けます、行けます、行かんといかんなどと京野は安請け合いする。

富さんかて、新しい舞妓さんがおらへんかったら、商売上がったりでっしゃろ?と京野は言う。

それに、こんなええサンプルはない。私の手で京言葉をマスターさせてみせますと京野は胸を張る。

半年あれば大丈夫です!と京野が豪語するので、ほんまどすか?と百春は疑わしそうに聞く。

もっと確実な子、探した方がええ気がしてきましたわ…と百春は言う。

ブログの禁止で、次のええ子が見つかるかどうかも分からへんやろ?不可能を可能にする!それこそが偉大な挑戦や!と京野は言い切る。

何や大層なことになってしもうたな…と百春はぼやき、それにしても、どんな家の子ですか?と富さんに聞く。

この娘さんは小さい時、ご両親が交通事故でなくならはって、父からのお爺さんとお婆さんが引き取った。おじいさんは津軽の方で、おばあさんのご実家の鹿児島に婿養子に入らはったねん。それが今、訳あって津軽に…と富さんは説明する。

どんな訳です?と京野が聞くが、分からしまへんと富さんが言うので、ま、ええですわと答え、で、いつ来るんです?と聞く。

いつ来るって、いっぺん戻って、館の女将さんに相談してきますって言うて来たさかい…と富さんが言うと、相談せんといて下さい、相談したらパーです。なあ、百春と京野は百春に言う。

そうどすけど…と百春が困った顔になると、すぐ呼びましょう!と京野は言い出す。

都踊りの舞台に、百春と里春が出演している。

富さんが、津軽から春子と爺さん婆さんを引き連れて下八軒に戻って来る情景をバックにタイトル。

舞妓たちが、手に手に桜の枝を持ち、歌って出迎えてくれたので、源さんと晴子は喜び、爺さん、婆さんはあっけに取れれる。

万寿楽に案内されて来た爺さんは、このたびは七面倒くせえ事を聞いてもらってありがとうごっす!と千春に礼を言う。

実はさ、このわらしのお母も舞妓や芸妓だったで、わらしのお父だけど、なしてだか京都でこれのお母と行き会ってさ、この時にはまだお母ではねえけど、でろっときれいだった女子と鹿児島に出て来たのさ。それで…と、津軽弁丸出しで全く聞き取れない説明を爺さんがするので、同席していた源さんも京野も千春も面食らう。

この子も、お母の舞妓の写真を見て、舞妓を夢観たのせいと爺さんが言い終わると、婆さんは強烈な鹿児島なまりでこの子を宜しく頼むと頭を下げて来る。

その後、帰郷する爺さん、婆さんを見送る春子の側にやって来たのは京野だった。

お母ちゃんは、どこの町の舞妓やったか分からへんのか?と京野が聞くと、知らんど。けど、母さんの舞妓の写真が一枚あり、「一春、店出し」って書いてあっただと春子は言う。

一春!それほんまか?と京野は驚く。

そして、ええか、お母ちゃんが舞妓やったなんて、誰にもしゃべったらあかん。2人だけの秘密やと京野は言う。

もしバレたら、舞妓になれへんかもしれへんと言うので、じゃっど、さっき爺ちゃんが女将はんに言いよったと春子は困惑するが、何話してたか、誰も分かってへん。ええか、内緒や!と京野は春子に言い聞かせる。

姐さんも、良う預かる事にしたな~、何や、先生が後見人にならはったそうです。ごきぶりはんが後見人かいな…などと会話していたのは、富さんと芸妓の仕度をしていた里春だった。

百春さんも女将さんに頼み込んではりましたけど…と気付けの手伝いをしながら富さんが言うと、うちかてあの子の…と言いかけた里春は、何故か口ごもり、話を変える。

その夜、百春が酔った里春を連れて万寿楽に帰ってくる。

お帰り~と出迎えた春子に、やす!お帰りやす、姐さんと百春が言葉遣いを教える。

あんたさん、誰?と酔った里春が春子の事を聞いたので、嫌やわ、姐さん、さっき紹介しましたやんか。今度、仕込みはんにならはった春子ちゃんどすと百春が教える。

そうか?何か始めて会った気せんな等と言いながら、里春は春子の頬をぴちゃぴちゃ触る。

そやから、さっき紹介した言うてますやんか…といら立ったように百春が説明する。

里春は、さよか…、飲み過ぎや…と言いながら立上がる。

姐さん、泊めておくれやすと言う里春とそれを追って行く百春を見た千春は、何や二人とも…と呆れる。

春子、気もの脱がすの手伝うて…と千春は指示を出す。

千春は春子に、着物の畳み方を教える。

お姐さんの帰らはるのを待って、後片付けをして、お姐はんがお風呂から上がらはったら、あんたも入って、お休みや…。朝は一番に起きんのえと千春は、基本的な日常生活を教える。

翌朝、起きた春子は、既に庭に出ていた千春から、おはようさんと言われ、たどたどしく、おはようさんと答える。

さらに、おはようさんどすとより丁寧な言い方も教えられ、トイレの掃除の大切さを聞かされた上で、今日からトイレの仕事は、仕込みさんになったあんたの仕事えと言われる。

春子が頷くと、ちゃんと返事せんとあきまへんと言われたので、はいと答えると、はいやのうて、へいやと言葉を直される。

しかし、春子はすぐ、はい!と答えてしまうので、何度も直され、おもわず、すんもはん!と鹿児島弁で謝ってしまう。

それ、謝ってるんかいな?それやったら、すんまへんと千春は辛抱強く言葉を訂正してやる。

ごめんなさいは、すんまへんと千春が繰り返して教えると、はい…、あ、へい!と春子は言い直す。

千春は、あへいやあらへん…と笑い出す。

おはようさん、良う、お気張り?と、店の前を掃き掃除していた春子に声をかけて来た芸妓鶴一(岩本多代) は、おはようさん…どすと答えると、好きな数字、思い浮かべとおりと鶴一は言う。

はい…、あ、へえと答えると、思い浮かべた数字に1足してと鶴一は言う。

それに2掛けて、4足して、2で割って、最初に思うた数字引いてごらん、3になったやろ?と言うので、え!何で?と春子は驚く。

しかし鶴一は、お気張りやと言っただけで去って行きかける。

それとな、仕込みはんやろ?会うた人に挨拶せんとなぁ…と鶴一は立ち止まって言い聞かす。

昔はな、電信棒にも挨拶せい言われたもんやと鶴一は続ける。

ここら辺には電信棒のうなってしもうたけど、おおきに、大きい姐さん、おはようさんどす!…と言う具合やと鶴一は自ら手本を言ってみせる。

その後、春子は、百春さん姐さん、起きて下さい!と部屋の前に行って声をかける。

百春は、凄い恰好で寝入っており、一向に目覚める気配はない。

春子が部屋に入り、起きてくれや、時間ですがよと言って起こすと、寝ぼけた百春は、誰?と聞くので、春子ですと返事をする。

すると、百春は、春子どす!と言葉を直す。

すんまへん、春子どす…と春子は言い直す。

朝食時、夕べ泊まった里春が、うちの着物、後で富さんに取りに来てもらい、うちまで届けてもらうわなと言うので、千春は、そうか?それやったら、春子も一緒に行かせるわな。あんたのマンション、この子も知っといた方が良いもんねと言う。

おはようさんどす、姐さんと百春が里春に挨拶する中、千春は春子が漬け物を食べていない事に気づき、漬け物嫌いか?と聞く。

すると、春子は頷き、ごはんだけを食べ続ける。

そんな春子の様子を、里春は不思議そうに見つめる。

その後、春子を連れ、里春のマンションの玄関前まで来た富さんは、持って来た里春の着物を春子に預けると、男衆(おとこし)言うのは、ただ舞妓や芸妓に気点けるだけと違うんや。これはな、芸妓はんの家の鍵やと言って、鍵束を取り出して見せる。

そして、たくさんぶら下げた鍵の中から、1本だけ選び出すと、これが里春はんの鍵やと春子に見せながら、触っただけで分からんとな…と言う。

あてが男衆(おとこし)や♪と、部屋の中に入った富さんは歌い始める。

そして、春子に着物を畳ませると、硝子戸を開け、ベランダに出ると、舞妓に芸妓、小用事頼まれる仕事♪

あっけにとられる春子に、あんたは舞子はんにならはったら、当てが面倒見ようと富さんは言ってくれる。

芸妓はんになっても、あてが面倒見よう。それから、あんたの面倒は、ずっとあてが見る。

そんな富さんに飲まれたように、春子はこくりと頷く。

今日大学の教室の京野法嗣「京野メソッド」花街ことば編とホワイトボードに書いた京野は、名前は京野法嗣と言うと、今日から、私の作った京野メソッド、花街ことば編で、京ことば、覚えてもらいます。宜しゅう、お頼みもうしますと、教室に勉強しに来た春子に告げる。

そこに、手伝いをする大学院生の西野秋平(濱田岳)がやって来たので、京野が互いに紹介する。

舞妓には、必須三単語言うのがあるんやといきなり京野は教え出す。

これさえ言えたら、お座敷を乗り切れる…と言うと、「おおきに」「すんまへん」「お頼もうします」と三単語を言ったので、春子も自信なさげに繰り返す。

それを聞いた京野は、自信持って!と笑顔で励ます。

意味分かる?と京野が聞くと、春子は頷く。

京野は歌いながら、「おおきに」「すんまへん」「お頼もうします」と繰り返すと、中二階に上がっていた西野が、用意していた三単語を書いた三つの垂れ幕を垂らす。

「へえそうどすか?」「分からしまへん」♪

「ふんわりふわふわ、ええもんえ~」♪

「京都の雨は大概盆地に振るんやろか~」♪

一見、愉快そうに歌で京都弁を教えていた京野だったが、春子の訛は手強そうだった。

今まで、着物来た事あるか?と春子に着物を着せてやりながら千春が聞く。

ないと春子が答えると、おへんどす!と、又千春は言葉を訂正する。

一々うるさいかもしれんけどな、先生のレッスンは教室でのレッスンや。言葉は生活の中で使うて始めて生きるもんやと千春は言う。

「おおきに」「すんまへん」「お頼もうします」…と春子が言うと、必須三単語かいな?そうか…、着物着た事あらへんのか?と微笑みながら千春は聞く。

お母さんの着物があって、おばあちゃんが、成人式になったら仕立て直して着せてくれはるて言うておりましたどす…とたどたどしく春子が言うと、言うてはりました!と笑いながら千春が訂正してやる。

そうか…、亡くならはったお母ちゃんの着物か?そりゃええな。毎日練習せなあかんえ。一人出来られるようにね…と千春は優しく言い聞かし、あんたのお母ちゃん、何してた人や?とさりげなく聞く。

ちっちゃかった時、死んでしもうたから分からん…と春子はごまかす。

その後、春子は、着物姿で、踊りの先生に茶を持って行く。

お座敷で1人で踊るのと違うえ、息合わさな!と、踊りの師匠原田千代美(中村久美)が厳しい指導をしている。

百春!何べん言うたら分かるのえ!と千代美の叱責が飛ぶと、ちょろっと百春が舌を出したので、アホ!と千代美は呟く。

稽古が終わり、弟子たちが挨拶しながら帰り始めた中、ほな始めまひょうか?あんたの番へと千代美は、側に控えていた春子に声をかける。

百春は、春子の事が気がかりで、その場に残る事にする。

里春も残って様子を観ていた。

立上がろうとした春子だったが、足が痺れて立上がれないので、何や、正座も出来へんのかいな?お座敷はいつも正座え!と千代美は呆れる。

どうしても立上がれない春子の姿を見た千代美は諦め、今日はそこに座っておき!帰ってもええ言うまでやと言い、席を立ってしまう。

八軒女紅場学園

春子は今度は、三味線の師匠(徳井優)に稽古を付けてもらう。

い~や!どん、どん、て~ん…、ちゃう、ちゃう!

長唄の師匠(田口浩正)も、春子の歌のリズムを厳しく指摘する。

鳴物の師匠(彦摩呂)も、鼓を打つ稽古を付けてくれる。

大学での京野のレッスンもなかなか思うように上達しない。

パソコンモニター上の音声グラフも、一向になだらかな曲線にならない。

ちょっと休もうか?甘いもんでも食べようか?と京野は言い出す。

嬉しそうに団子を食べようとした春子に、お座敷ではノーはない。ノーとは言わんと、おおきに!

例えばや、お客はんにごはん食べに誘われたするやろ?あ、ごはん食べ、分かるか?と京野が聞くと、春子が首を振るので、分からしまへん!と言葉を教える。

お客さんがな、芸妓さんや舞妓さんと外に食事に行く事や。

その時は、芸妓さんも舞妓さんもお引きづりでのうてからげい言うの着て行く。

ごちそうしてもろうただけではなく花も付く…と京野が言うと、からあげ?お花も付く?と春子が不思議そうに聞き返したので、パソコンの前にいた西野は思わず吹き出す。

「からげ」や、普段着の着物の事やと京野は教え、「おひきずり」は分かるな?と聞くと、又しても春子は首を振る。

裾を引きずるように着る、裾の長い着物や。お花はお客様から頂く代金や。

ごはん食べに誘われてもな、嫌なお客さんやったら行きとうないやろ?けど、嫌やとは言われへん。

断るにはな、何を置いても、おおきにと言うんや。

でも、その先がない。具体的な約束をせへんのや。

おおきには、誘ってくれてありがとう。それだけでええのや。

行きたかったら、いつにしまひょう言うて、話を進める。

おおきに言うだけでも、色んなシチュエーションで使えるようにならんといかん。

そのためには、京の文化言うか、お茶屋の文化を知らんとな…と京野は説明する。

お母さんはどんな仕事をしてんねん?と京野が聞くと、母ちゃんは子供の頃、死んでしもうたと春子は答える。

いやいや、そうやのうて、千春はんやと京野が言うと、すんもはん!すんまへん!と春子は言い直して謝る。

舞妓はんや芸妓はんのスケジュール管理どすと春子は答え直す。

そうや、けど、それだけやない。女将さんはおもてなしの演出家や。季節の見所やイベント、宴会、食事、宿泊のお世話もする。

そのためには、それぞれのお客さんの好みを知らんと分からへんやろ?そやから、一見さん、お断りなんや…と京野は言う。

これには西野も意外だったようで、聞き入る。

一見さん、お断り~♪ご紹介ないお客はん、堪忍どす♪と京野が歌い出す。

(歌の説明背景として)千春と百春は昼間、馴染み客を案内していた。

里春が踊り、百春が酔客(六平直政)相手に遊ぶ中、千春は仕出し屋の料理を座敷に運び、客を車に乗せて送り出す。

正座するときは、親指と親指をしっかり重ねて…と行儀の師匠が春子に教えると、春子が手の親指をくっつけようとしていたので、ちゃう、ちゃう、足の親指やがな!と叱りつける。

おいどを真ん中に降ろして、手は自然と太ももの上、背筋伸ばして!脇しめて、顎引いて、まっすぐ前観んのどっせと教えてもらう。

立上がり方も教えてもらうが、春子は転んでしまったので、何してはりますの!と叱られてしまう。

うちら、今度、お茶会イベントに出んのと、一緒に正座を習っていたアルバイト舞妓の福名(松井珠理奈)と福葉(武藤十夢) は、稽古の後、足を伸ばして教え、あなた、本物の見習いなんだって?と春子に聞いて来る。

へえと春子が答えると、あれじゃん?年季奉公とか言って…どうぎゃんしょっ!と1人のバイト舞妓が言うと、でも、あれやん。生活費や着物代は全部置屋さんは払ってくれて、お小遣いだってくれるんだよねと、もう1人のバイト舞妓が言う。

へえと嬉しそうに春子が答えると、だけど、全部借金になって、5年も6年もただ働きするんでしょう?でらきついっしょともう1人が言うので、春子の表情がちょっと曇る。

その後、春子の踊りの稽古も始まる。

ごめん、ごめん、えらい待たしてしもうて…とレッスンに遅れて教室にやって来た京野は、すやすや机に頭を起き寝入っている春子の姿を発見する。

「おおきに」「すんまへん」「お頼もうします」!と、突如目覚めた春子は、必須三軒後を口にする。

踊りのお師匠はん、ものすごく厳しいねん…、おいど落とせ、おいど、落とせて…と春子が言うと、ものすご厳しおすねん…と京野が訂正する。

毎日、筋肉痛どすと春子は照れ笑いする。

お座敷にお酒持って行ったら、お父ちゃんやお姐さんに、湿布臭うて敵わんな、言われますねん。

違う!湿布臭うて、敵わん、言われますねん…と京野は訂正する。

今日は、お休みするか?と京野が聞くと、そんなんちゃいます!やりますよってに、宜しく!と春子は笑顔で頭を下げる。

ひとしきり、春子が言う京言葉を聞いていた京野は、ええか?京都の人は、他所さん、つまり他所もんのやる事は何でもかんでも偽物扱いや。

けど、その京都の人も、1人1人、しゃべる事、やる事みんな違う。

そやから、春子ちゃんも、自分のしゃべっている言葉こそ本物の京言葉や思うて、自信持ってしゃべらなあきまへんと京野は言う。

祇園祭の夜

京野に送ってもらい帰る春子は、他のアベックとすれ違った後、八軒新橋の所で鶴一と出会う。

こんばんは、鶴一姐さんと春子も挨拶するが、いやあ、お似合いやな~と鶴一は冷やかす。

そして、指を奇妙な形で組み合わせた鶴一は、親と別れ、子と別れ、兄弟別れても、離れられないあなたと私…と言うので、京野が、知ってるか?と春子に聞く。

京野と春子は、その場で、鶴位置の指の形を真似ると、鶴一はもう1度、同じ文言を繰り返す。

離れへん!と春子が自分の指を見ながら言うので、ほな、さいなら…と言いながら、鶴一は去って行く。

ええなあ~。京言葉は優しい風みたいに吹いて来る気するわ…。何や、幸せな気になるわ…。それが京都の魅力かもしれん…と、鶴一を見送った京野は呟く。

けど、その魅力を伝えられるのは、もう芸妓はん、舞妓はんだけかもしれんな~…と言うと、ほなさいならと言い残し、京野も帰って行く。

これって何?胸の奥にしまっておきたい。だけど開けない~♪と、一人残った春子は歌い、踊り出す。

これが恋?知らなかった~♪これが恋?知りたかった~♪

歌い終わった春子は、気持ちが消えないようにと、道ばたで詰んだ花を側の八軒神社に供える。

風鈴が鳴る中、里春は、客市川勘八郎(小日向文世)の相手をしていた。

いつものお宿ですか?と聞きながら、里春が酌をすると、うちのが来た。何とか抜け出して来たと勘八郎は言うので、里春はむっとなり、そうどすか…と残念そうにする。

顔見せなんだ。襲名披露パーティの打ち合わせなんで来たんだ、あいつの仕切りだから…と勘八郎は言う。

何や…、寂しゅうて…と里春が言うと、勘八郎が、切れる心は~、さらさらないに~、斬れた振りする身の辛さ~♪と歌いだし、里春は鶴一がやっていたように、指を組み合わせてみるがうまくいかない。

惚れさせ上手なあなたのくせに、諦めさせるの~下手な人?と里春は歌い返す。

そこに、酒を持ってきた春子が、姐さん?お頼もうしますと襖の外から声をかけると、おおきに…と里春が返事を返す。

座敷の中では、里春が歌で恨み言を言っていた。

立上がった里春が、歌いながらふすまを開けると、突如、里春はドレス姿になり、隣の赤い照明の部屋でダンスを踊り出す。

座敷に戻って来た里春は、元の着物姿に戻っていた。

その人を赤く染めるのは私~♪それをあなたは知らない~♪

階段の所で、その大人の恋の歌を聞いて考え込んでいる春子。

紅葉の秋。

水鉢の中に、舞子はんになれますように 春子と書かれた紙が、紅葉の葉と一緒に浮かんでいた。

大きな座敷にイタリアンのケータリングが用意された会場

姐さんもいけずやわ~、高ちゃんと二人きりになるのが嫌や言うて、お母ちゃんに頼んで、春子連れて行く事にしはってん。でもわざわざここに来はるとはな~…と百春の声。

さしずめ自分が小野小町で、高ちゃんが深草少将のつもりやろか?

おまけに高級イタリアンをケイタリングして…、ほんまに凝ってはるわ!

里春さんの一存じゃなくて、百春さんが仕組んだんじゃないんですか?と桃子の気付けを手伝っていた西野が言うと、仕組むやなんて、人聞き悪い事言わんといて!あんた、ほんまに小さい事からひねくれもんやな!と百春は言い返す。

全ては春子のためや。実戦京言葉レッスンや。先生とばかり話していても、いずれ色んな人と話さないかんのやし…と百春は言う。

だけど、先生に内緒でこんなことして…と西野がぼやくので、構へんのや。それから後で先生に聞いてもらうよう録音してるのやんか!と百春は言い、マイクのセッティングええか?と西野に確認する。

マイクテストをしたいので、何かちょっとしゃべってみて、緊張しなくて良いから…と西野に言われた春子は、「おおきに」「すんまへん」「お頼もうします」と必須三単語を言ってみる。

もういっぺん、もっと柔らこうと百春がだめ出しをし、もう1度繰り返して、マイクテストは完了する。

そんな会場に高井がやって来る。

里春に案内されて室内にやって来た高井は、座敷にテーブルが用意されている事に驚き、挨拶に出て来た春子を見て、誰?どっかで見た事あるな?と戸惑う。

すとろ里春が、この子は京都で生まれ京都で育ちはった正真正銘のサラブレッドどす。今日は舞妓はんになるためのお勉強で来はったんやね?なあ?と里春はとぼける。

へえ、そうどすと、春子も芝居を合わせる。

すると、高井は、おきばりやす!と言いながら、自分がかぶって来た帽子とマフラーを、春子にかぶせる。

洒落たもてなしだな~…、さすが下八軒の芸子は違う!と、高井はイタリアンのケータリングを気に入ったようだった。

ワインを注がれ、高井と里春が乾杯しかけた時、料理を運んで来た春子が、ここ随心院は、小野小町はんい想いを寄せる深草の少将はんが、小町はんの元へ毎夜通わはった言う百夜通伝説の舞台どすと説明する。

すると高井は、ほう…、そんな粋な場所でデートか…、嬉しいな~!と喜ぶ。

そんな高井の様子を、物陰から百春と西野が覘いていた。

高井は上機嫌で乾杯しようとするが、又しても春子が、小野小町はんは深草の少将はんに冷とうおした。そやけど、小町はんは自分の元に百日間通わはったら、少将はんの想いを受け入れるて約束しはったんどす。

少将はんは、あなたの心が解けるまで幾夜でも参ります言うて通い始めはったんどすが、約束の百日目まで後一夜言う時に、雪の中で死んでしもうたんどすと春子が話し終えたので、それを聞いていた高井は、可哀想だな~…と少将に同情する。

しかし、急に思いついたのか、おいおいおおい!ここに来たのはそう言う事か!と高井が驚くと、何のこっとす?そないな話、良う知りまへんどしたと里春はとぼける。

さすがに春子ちゃんは、サラブレッドや!良う知ってはる、ここに小野小町はんが住んではったんか?と里春は春子を褒める。

そうどすえ…と春子が答えると、俺がお前んとこ、どんだけ通ったと思う!100回じゃすまんぞ!一緒にイタリアに行く約束だってしただろ?誘ったら、おおきにって言ったじゃないか?と高井はムキになり出す。

そうどす。ほやけど、約束はしてへません…と里春が答えると、がっくりした高井は突如歌い始める。

ティアーモ!ティアーモ♪アマルフィーの海~♪スカラ座でため息~♪

そう言いながら、里春を追って庭先に高井が出て行ったので、見張っていた百春や西野たちも慌てて後を追う。

すると、南座やったら知ってるえ!と庭に逃げ出した里春はぼけてみせる。

イタリアン、トレビアン♪と西野、百春、春子らも背後で歌う。

ナポリタン、エビグラタン~♪そいつはただのスカタン~♪

迫る高井の手を里春が捻り上げる。

鐘突き堂の鐘の中に入り込んだ高井は、近づいた里春を鐘の中に引き寄せ、キスをしようとしたので、思わず、側で見張っていた春子が飛び出し、何しよっと!と叫んでしまう。

小野小町はんは深草の少将はんに冷とうおした…、その後、京大学に来た春子は、西野が再生する自分の録音された声を聞きながら気落ちしていた。

京野も無言で、春子の話し言葉の再生に聞き入っていた。

しかし、モニター上のなだらかなカーブは、時折乱れ、京野は首を振る。

その時、突然、何しよっと!と叫ぶ春子の声が再生される。

何しよん?止めておくれやす…、そう言わなあかんな~…と京野が冷静に訂正する。

本物の舞子さんって、どんな舞子さんだと思う?その夜、春子を万寿楽に送って来た西野が春子に聞く。

京都で生まれ育って、礼儀作法が出来て、踊りが上手で、美しい京言葉を話せる…と春子は答える。

元々昔の舞妓さんは、12、3歳でお座敷に出てたんだ。

お茶屋さんや芸妓さんの子だったり、貧しくてと置くから売られて来る子もたくさんいた。

それでも、幼い頃から京言葉を聞いて、話して、お稽古ごとをさせられて…、だから京都生まれに見えたんだ。

でも、今ほど舞妓さんは人気があった訳じゃないんだよ。

舞妓さんは芸妓さんの見習い期間に過ぎないし…、何より幼過ぎた…。

今、子供と言っても、17、8歳だけど、ま、だからかどうかは分からないけど、未熟な舞妓さんが芸妓さんよりちやほやされる…、まるでアイドルだよ。

何が本物なのか、僕には分からない…と西野は言う。

先生は、がっかりしてはる…、怒ってはる…と春子は落ち込んでいた。

君はどうして舞妓さんなんかになりたいの?と西野が聞くと、きれいな着物を来て、お化粧して…、そう言うのに憧れるから?

先生と一緒に春子ちゃんに京言葉教えてるのに、変な事言うかもしれないけど、舞妓さんも芸妓さんも、しょせんはお酒の席で客の相手をしてる水商売だよ。

今日の文化や伝統だって言ったって、それは単なる飾り物で、都合の良い商売道具に過ぎない。全てはお金のため、はっきり言って僕はこの世界が好きじゃない。

君のような子にふさわしいとも思わない。先生だって、君の事を考え、君のためを思って京言葉を教えてる訳じゃない。君を舞妓さんにすることで自分が花街で認められたいだけだ…、先生は自分のために君を利用しようとしているだけなんだと西野は春子に言い聞かせる。

やがて、雨が降って来る。

万寿楽に戻った春子は、自室で一人物思いに耽っていた。

春子!雨降って来たさかい、姐さんたちに傘、高下駄忘れんようにな…と下から千春の声が聞こえて来たので、ふと我に返り、へえ!と返事をする。

ビニール傘を持って行った春子は、それではさせへんやろ?と里春から言われ、雨の中、傘を小脇に抱え、ずぶぬれになって春子は取りに帰る。

いつになったら、当たり前の事が当たり前にできるようになるのえ?難しい事、何一つあらへんがね?万寿楽に帰って来た里春が春子を前に説教する。

傘かて、始めての事やないやろ?言葉かて、ちょっと慌てると、すぐ地が出る…と里春がねちねち言うので、今日はもうええやろ?傘かて、うちが注意してたら良かったんや…と横で聞いていた千春がなだめる。

ほな、お姐さんたちに謝って、早う寝て、明日から又お気張りやすと千春は春子に言い聞かせる。

頷いた春子は、里春に向い、頭を下げるが、何も言わないので、何や、どうしたん?と里春が異変を感じる。

千春も百春も、春子の様子が奇妙なので、どないしたん?と聞く。

声が出へんのか?と千春が気づく。

後日、富田屋の北野織吉に会いに行った百春は、もう三日も出へません。う~とかあ~とか、泣き声も出へんようになってしもうたんどすと春子の事を知らせる。

それを聞いた北野は、イップスやなと断ずる。

ゴルファーが突然パットが出来へんようになったりするあれや。言うてみれば、京言葉イップスやないか?と北野は言う。

先生やあんたらが、厳しゅう厳しゅう直すさかい、しゃべるのが恐うなって、そもそもの発声すら出来んようになてしもうた。

そんなことあるんですか?と百春が聞くと、そらああるわ。可哀想に、気張り過ぎやな…と北野は言う。

どないしたら宜しゅうおすか?と百春が心配げに聞くと、暫く絶対安静やろ…、リラックスするしかないやろな〜と北野は答える。

イップスはほんまの事、何でなるのか、どないしたら直るのか分かってへんのや…と北野は教え、先生も万事休すやな…とからかうような顔になる。

京野は教室で、春子が始めて万寿楽にやって来て、舞妓になりたいと頼んだときの声を録音したレコーダーを再生しており、春子ちゃん、まだダメですか?と西野も心配そうに聞いて来る。

京言葉だけでのうて、御国言葉も何もでないそうだ…と京野は答える。

すると、僕のせいです、きっと…と西野が言い出す。

春子ちゃんは舞妓に向いてないって、それに、先生は君の事なんか考えてない。自分のためにやってるだけだって…と西野が打ち明けると、どういう事や?と京野が聞き返して来る。

春子?先生がお見えになってな、何かお話があるそうや…と、万寿楽の二階の部屋に閉じこもっていた春子に、襖の外から千春が声をかける。

春子は外に出て、八軒新橋脇で待っていた京野と出会う。

椅子に腰を掛けさせた京野は、良う出て来てくれやったね?ありがとねと、いつもの言葉とは違う方言でしゃべり始めたので、春子は驚く。

ほんなこちゃねえ、おいが春子ちゃんに舞妓になって欲しいと思うちょったのは、おいも方言で難儀をしたからっとよ。

鹿児島から東京に出て来て、大学で言語学を学んだ。訛を直すとに一杯苦労した。

あちこちの方言の研究で、いっぺこっぺ行き申して、そのせいで今では鹿児島弁も怪しくなってしもうた。

この間、秋平君がよ、君が話せんごとなったとは、おいのせいじゃなかとかい?言うちゃったけどよ。君には舞子は似合わん。舞妓も芸妓もちっとも好かん。そげん言いよったから…

秋平君がね、標準語をしゃべっておいよっとどん、あの子は西野っちゅうお茶屋の子じゃっとん。

おばあさんは地元の出で、政治家との間に出来た子が秋平君じゃと。

まあ、お妾さんの子…、妾って分かりよっけ?お茶屋で生まれた男の子は、太うなって家に出入りしてると、妙なごけをくって、ちんけな時、外に出される事が多かったらしか。

秋平君は婆ちゃんに育てられよった。

他所もんのおいは、京都が大好きっちゃ!お茶屋も芸妓も舞妓もほんなこちす腹しか京都の文化じゃっちぇ思うど。

確かに、秋平君の言うように、おいも良う思われようと思うちょったかもしれん。

じゃってん春子ちゃんに、京都弁を教えよったかもしれん。

そうごって、君を傷つけちょったとしたら、謝るで…、すまんこっちゃった!と京野は頭を下げる。

じゃっどん、春子ちゃんのこと大好きじゃって!一生懸命に教えちょったのよ。そいもほんなこっちゃど…と京野が言うと、初子の表情が和らぐ。

その後、自分の部屋に戻った春子は、何事かを考えていた。

入ってええか?と千春の声がしたので、春子はふすまを開けると、おやつどうえ?と言ってくれたので、春子は喜び、礼を言おうとするが、まだ声が出ない。

無理せんときよし…と労りながら部屋に入ってきた千春は、小さい事から使っていた言葉使うたんびにみんなに怒られて…、ストレスがたまったんやよ千春は労る。

4月からずっと気張って来たさかい、疲れもたまってんのや。しばらくはしゃべらんときよしと、千春は慰める。

お上がり…と菓子を勧めた千春は、あんた、好きな人いてるか?と聞いて来る。

うちが舞妓やった頃まではな、好きなお人がいても、旦那はん、取らないかん言う時代やった…、そら嫌やったえと千春は言う。

「見られ」言うて、お客さんがお茶屋の女将さんに頼んで、舞妓を集めてもろうて、そん中から選ぶ御見合いがあったんやけど、どうぞ、選ばれませんように!って、きつう祈ったもんえ…と千春は面白そうに話す。

「雑魚寝」言うのもあったけどな…、お客さんとみんなでお座敷で夜通し騒いで、そのままお泊まりするんやけど、お母ちゃんからは、気付けんとあきまへんえ!言われて…、長襦袢の裾で、足首ん所縛ったりして…、それでも修学旅行みたいで楽しかった。

うちの初恋はな〜、その「雑魚寝」で知り合うた映画スターさんやった…と千春は嬉しそうに思い出す。

(回想)「月光の翼 主演赤木裕一郎」なる映画ポスターが貼られている「下八シネマズ」の掲示板

その映画スター赤城裕一郎(妻夫木聡)と雑魚寝していた若き日の千春(大原櫻子)は、じっと、眠っている裕一郎の寝顔を床の中で眺めていた。

顔見るだけで、心臓がドキドキして…、何にも言えへんかった…(と、今の千春の声が重なる)

途中で、目を開けた裕一郎が、千春の方を向いて笑ってくれたけど、千春は恥ずかしさで、思わず目をつぶってしまう。

でも、寝ても恐い人で、ある時、お座敷が終わってから、ムーンライト言う深夜便に飛び乗ったんえ。

ムーンライト〜、乗って行くの〜♪(と、若い時代の千春が歌う)

絵で描かれた書き割りの空港に着いた千春の背後で、乗客や航空職員たちが踊る。

どうぞ、付いて来て〜、ムーンライト〜♪

真夜中に羽田空港に着いたら、ホテルのラウンジで待っててくれはった。(と、今の千春の声)

何話す言うんでもなく、一緒にいるだけで幸せやった…と、大きな三日月の書き割りの上に乗った今の千春が、横に座っている春子に話す。

ブルースカイ〜♪待ってお願い♪(と、若い時代の千春が歌う)

東京国際空港の書き割りセットで、乗務員や乗客が踊る。

裕一郎と一緒に歌う若き千春

ヒッピーなども混じり踊る羽田空港セットの背後の夜空に、今の千春と春子が腰掛けている三日月がかかっている。

寂しゅうて、寂しゅうて、けど、帰ったら一目散に稽古場や…、そんなんを繰り返したんが、うちの初恋…と今の千春は三日月の上で語り終える。

(回想明け)今は、舞妓から芸妓になって、お金稼げるようになったら、それは自立した一人前の女や、自分の責任で何でも好きにしたらええのや…。ほんまに好きになった人と結婚して、この町を出て行くのもええ、死ぬまで芸妓として芸を究めるのもええ…と千春は言う。

里春の一つ上にも舞妓がいたんえ…、一春言うてな…と千春は続ける。

そや、一春の部屋もここやったな〜と、千春は部屋を見渡し、うちが引いて出た舞妓やったさかい、ほんまはず〜っと面倒見てあげないかんかったのに、うちが結婚してこの町を出てしもうたんや。

休みになると、一春は良う遊びに来てくれた…、まだ赤ちゃんやった百子をな…、百春や。良う可愛がってくれたんえ。うちのほんまの妹みたいやったえ。

けどな、もうすぐ年期が明ける言う時に、これからお世話になる旦那さん裏切って、駆け落ちしてしもた…

相談されて、好いた人と逃げたらええて、うちが手引きしたんやけどな…

それからや、一春の事だけやのうて、いろんなことが重なって、この館の女将さん、うちのほんまのお母ちゃんやけどな、借金でどうにもこうにもいかんようになって、お茶屋、やめることになったんえ。

けど、いざ手放すとなったら、お母ちゃんに、あんたが戻って来て、何とか続けてもらえへんかって頼まれてな。

何代も続いたお茶屋さかい、町の人にも頭下げられて、悩んだ末に、三つになった百子連れて、この家に戻って来たんえ。

それからは必死やった。

一春の事もあったさかい、今の子に旦那さんをおとりやす言うても、そら無理や。

もう、そんな時代やないと思うて、自立した女として生きていける、そんなお茶屋にしたいと思うたんや。

けど…、難しいこっちゃ、なんぼも育てられへんかった…。

このお商売も、もう終わりかな〜と思うてとこに、あんたが来たんえ。

あんた、舞好きやろ?無理せんかてええけど、明日からお稽古してみるか?しゃべれへん事は、お師匠はんに言うとくさかい…と千春が言うので、春子は頷く。

翌日、出かける前に、八軒神社に詣った春子は、洋装姿でやって来た里春から、お稽古か?と声をかけられる。

春子が頷くと、ちょっとええか?と呼び止められ、腫れ物に触るよう、みんながあんたに優しゅうしてるけど、言うときたいことがある。

ええか?うちらはお金を頂いて、夢のような一時を売るのや。

京言葉をしゃべるのも、舞いを舞うのもそのための技術え?

今、あんたは、一流の舞妓になるための修行をしてはるのどっせ。

これから先、ほんまに困っている時、いっつも誰かが助けてくれる訳やない。

自分の道は自分で切り開かなあかしまへん!と厳しいまなざしで春子に言う。

うちは東京で生まれた。

1人でこの世界に飛び込んで必死に言葉覚えた。芸を磨いて生きて来た。

あんた、あの橋をどんな気持ちで渡った?と里春は、華川にかかる小さな八軒新橋の事を聞く。

踊りの師匠原田千代美は、その日も厳しく、あんた、やる気あんのか!と、間違いを繰り返す春子を叱り飛ばす。

おさらいもせんと、ここに来ているだけで上手になろうやなんて、虫が良過ぎるえ!もおええ、おとめどす!と千代美は言い放ち、立ち去って行く。

呆然と立ちすくんだ春子は、その場で声を上げて泣き始め、あ?出た!と声が出ている事に気づく。

いつの間にか、稽古場で寝入っていた春子を迎えに来たのは千春だった。

春子の姿を愛おしそうに見ていた千春は、夢で会えるように〜瞼閉じて〜♪と歌い出す。

目覚めた春子は、千春と一緒に、夢で会えるように〜♪と一緒に歌い出し、一緒に帰る。

春子は、便所掃除しながら歌い続ける。

翌朝、やって来た鶴一に、鶴一姐さん、おはようさんですと挨拶する春子。

あんた、元気になったんか?と足を止めた鶴一は声をかけてくれる。

ええ、おおきに姐さんと春子が答えると、そうか、良かったなと鶴一は言ってくれる。

春子は、八軒新橋をじっと見つめる。

翌日、千春と共に詫びに来た春子に、辛抱できるか?と千代美は聞く。

春子は、へえ!と答える。

千春も師匠に頭を下げる。

その後、百春も千春の前で手を付いて頭を下げていた。

百ちゃんのことは、お母ちゃんの一存では決められへんのやと千春は困ったように言う。

そやけどな、12月でもう30やで?ネットでも笑いもんになってんのやと百春は言う。

ネット?と千春は不思議そうに聞き返す。

インターネットや!三十路の舞妓なんて大概にしとけ言われとるわ!舞妓がいてへん事より、三十路の舞妓の方がよっぽど恥ずかしいのと違う?

30前に芸妓になれへんのやったら、うち、この商売辞めさせてもらいます!と百春は宣言する。

翌日、踊りの稽古場で踊っていた百春の踊りを見ていた千代美は、あんた、1人で稽古してたんか?と聞く。

お座敷が終わってからも、里春さん姐さんに見てもろうてましたと百春は答える。

そうか…、良うお気張りやした…と千代美は感心する。

やがて、百春を中心に千代美と春子も並び、一緒に踊り出す。

芸妓になる執念を百春は歌う。

最後のポーズを決めた百春がにっこり笑うと、歯が真っ黒になっていたので、春子が驚くと、芸妓になる前はこうするのやと百春は教える。

晴れて芸妓になった百春の踊りを座敷で見る馴染み客(津川雅彦)

その座敷の様子を、千春と春子も見入っていた。

春子は泣いていた。

今日大学の教室に来た春子は、京野から、白河淑著「花のえまい」と言う本を差し出される。

京言葉を話すんやない。今日は、本に書いてある言葉を読む練習や、ゆっくり読んだらええと京野は言う。

セッティングされたマイクの前で、最後の舞妓さん…と春子は読み始める。

おちょぼから仕込みさん、何もかも辛抱どした。一本立ちになるまでは…

そらあ、しんどうおしたえ…

月はおぼろに東山〜♪

歌う所も、パソコン上の波形はなだらかな波形になっていた。

なんぼ泣いたか、分からしまへんで…

おうぶ、ぼん…、早よ、遠いな!と、京野は言い、春子がそれを繰り返す。

堪忍へ〜。こない、そない、あない、どない♪

京都の雨は大概盆地に降るんやろか〜♪

2人は、愉快そうに歌う。

ある日の踊りの稽古

春子の踊りを見終えた千代美は、これからもお気張りや…と静かに言い渡す。

おおきに、お師匠さん!と春子は喜び、同席していた千春も満足そうな顔になる。

おめでとうさんどす〜

正月、里春、百春らと一緒に出かけた春子は、千春から火の付いた縄を渡され、廻してみ、消さんようになと言われる。

みんなで迎える新年なんて、そうない事え、めでたい事や…と、万寿楽に戻り、豆春も交えた席で千春が言う。

めでたいついでに、春子のお店出しが正式に決まりましたえ、1月24日えと千春は報告する。

おめでとうさんどす!と豆春、百春、里春らが春子に声をかけ、うちが引いてやると里春が申し出る。

そうか、嬉しいな、春子…と千春も大喜び。

宜しゅうお頼みもうしますと頭を下げる春子。

「小春」と名付けてもらった春子のお店出しの日、里春から髪を結ってもらい、白粉を塗ってもらう小春。

着物は、富さんが受け持ってくれる。

母さん、宜しゅうお頼みもうしますと小春は千春に挨拶すると、今日から、舞妓小春や、お気張りやす!と千春は笑顔で言い渡す。

おおきに!と頭を下げた隣の座敷には、津軽から出て来た爺さん、婆さんがいた。

千春が出かける小春に切り火を切ってやり、富さんが先導する。

外には、マスコミや近所の人たちが待ち構えており、若い舞妓の誕生を喜ぶ。

その中には、京野も立っていた。

お頼みもうします。小春さんのお店出しどす〜と、富さんが近所を挨拶して行く。

その店は西野の家で、里春さんの妹さんで小春さんですと富さんが挨拶し、小春がお頼みもうしますと挨拶する中、奥の階段の下で西野が顔も出さず踞っていた。

北野と京野、鶴一まで招かれた万寿楽の座敷では、里春が踊っていたが、いよいよ小春の出番となる。

今日はちょっとずるいな、女将さんも気張って大勢仕込みよった…と酒を飲みながら北野が言う。

そらそうです。ほんまもんの舞妓デビューですさかい…と京野が答えると、総動員かけよった。そないに新人舞妓もり立ててどうすんのや?ごまかされへんで〜…と北野は愚痴る。

その時、ごめんやすと言いながら、里春はふすまを開けると、隣の部屋で座っていた小春がいた。

妹で出ました小春どす。宜しゅうお頼みもうしますと里春が挨拶する。

おおきに、小春どす、宜しゅうお頼みもうしますと小春が続いて挨拶する。

北野の席の横に座った小春は、千社札を北野に渡す。

おめでとうさん!とそれを観ながら北野が祝福する。

お酌をした小春に、ドキドキしとるか?と北野が聞くと、へえ、心臓が身体中にぎょうさんあって、それが皆でドキドキしとる気がしますと小春は答える。

おもろい事言うな〜と感心した北野は、仕込みさんは辛かったか?と聞くと、そんな事おへんどした。お母さんやお姐さんが優しゅうしてくれはって…と小春は答える。

そうか?舞いはどうや?と北野が聞くと、へえ、大好きどす!と笑顔で小春は答える。

そうか、ほな、見せてもらおうか?と北野は頼む。

小春は、隣の座敷で踊り出す。

北野と京野が拍手をし、百春と里春が襖を閉める。

席に戻って来た小春に、良う頑張ったなと北野が声をかける。

おおきに!と小春が礼を言うと、襖が開いて、おおきに!と千春も挨拶に入って来る。

何や、小春見てるとな、始めての気せんのやと千春に北野は言う。

待てよ、どっかで会うたような気するわ…と北野は考え出す。

そうどすか?と千春が聞くと、分からしまへんか?良う似た子、いましたやろ?昔、この家に…と鶴一が言い出す。

ええ?誰や?と困惑する北野。

誰どすか?うちの知ってるお人どすか?と百春も聞く。

すると、里春が、知らんかもしれんな〜…と言う。

あんたも知ってはったんかいな?と千春は意外そうに里春に聞く。

うちが引いて出んで、どないするんや思いましたえと里春は言う。

何やみんなで…、もったいぶらんでええやろと北野が焦れる。

大好きな姐さんやった…、二人して正座の我慢比べもした…、お漬けもんも大嫌いやったと里春が言う。

え?もしかして…と、ようやく思い当たったらしい豆春が呟く。

うちが引いて出た…と千春が言う。

一春?とようやく北野が言い当てる。

ほんまや、そっくりや!まるで生まれ変わりや。こんなに似てる子もいてるんやな…と改めて小春の顔を見た北野は感心する。

他人のそら似やあらしまへんで、始めてここの前で掃除してるの見た時、ぴーんと来ましたんやと鶴一が笑う。

あんたのお母ちゃん、一春さんやろ?と鶴一が聞くと、まさか…と北野は疑うが、小春は京野の顔を見る。

京野は首を縦に振ったので、そうどす。うちのお母ちゃんは一春どすと小春は打ち明ける。

こら、たまげた!あの鹿児島弁の板前と駆け落ちした…と北野は驚く。

そうか…、それで鹿児島弁か…と北野は合点がいったようだった。

あの一春の店出しとはな〜…と北野も感慨深気な様子になる。

先生は、知ってて、それで?と北野が聞くと、最初は知らんかったんです。女将さんに預かってもらうのが決まった後、本人から聞いて驚きました…と京野は打ち明ける。

お母さんも里春さん姐さんも、うちのお母ちゃんが一春…、一春さん姐さんやて知ってはったんですか?と小春が聞くと、そうえ、みんな、あんたのお母ちゃんが大好きやったえと千春が答える。

後日、京大学へ舞妓姿で来た小春を学生たちが物珍しそうに迎える。

宜しゅうおすか?と言いながら、教室に入った小春を見た西野は、春子ちゃん…と驚く。

小春どす。何でうちの店に来てくれはらへんかったんどすか?と小春が聞くと、だって、芸妓も舞妓もこの町も嫌いだって言ったろ…と西野は言う。

うちはこの町が大好きどす。お母ちゃんもいたこの町で生きていこう思うてますと小春は言う。

お兄さんかて、この町に生まれて、この町が好きなんと違いますか?せやなかったら、何で京言葉の研究してはるんどす?と小春が聞くと、それは、京都で生まれて京都で育ったアドバンテージがあるから…、だから先生にも頼りにされる。結果、学位も取り易い…と西野は答える。

そうどすか?そやけど、いつかお兄さんの京都弁が聞きとうおすと小春は言う。

僕の京都弁より、先生の江戸弁の方が面白いよと西野は答える。

だって、先生は生粋の江戸っ子だから…と言うので、小春は、え!と驚き、先生は鹿児島生まれどすと訂正する。

ううん、東京だよ。鹿児島弁でも聞かされた?と西野は不思議そうに言う。

巧いでしょう。でも鹿児島弁だけじゃなくて、日本中のあらゆる方言を操れるんだと西野は言う。

そこに、君か!キャンパスは偉い騒ぎや、ほんまもんお舞妓が来てる言うて…と言いながら、京野がやって来たので、あの〜、先生の故郷は鹿児島やおへんのですか?と小春は聞く。

ああ〜…と西野の顔を見た京野は、バレた事に気づき、ほんまは東京やと打ち明ける。あん時は何とか勇気づけとうて…、鹿児島弁使わしてもろうたと京野は弁明する。

堪忍な…、悪気はなかったんやと京野は謝るが、次の瞬間、小春は声が又出なくなった事に気づく。

ほんまか、先生が悪かった!騙すつもりはなかったんや!と京野が慌てて詫びると、つもりはなかったって、あったでしょう!鹿児島弁を使って鹿児島出身って思い込まそうとしてるんだから…、騙したって事になるでしょう!と西野が怒り出す。

もう!どうするんですか。又声出なくなっちゃって!と西野が憤慨するので、悪かった!どないしょ!と京野はパニクる。

こういうときはどないするんや!えらいこっちゃ!と京野と西野がおろおろしてると、騙されはった…と小春が声を出す。

おおきに、すんまへん、これからの宜しゅうお頼みもうします!と小春は必須三単語で挨拶する。

ところでゴキブリはん?ゴキブリはんってどないな意味どす?噓つき言う事どすか?と小春は京野に聞く。

否…と、京野が言いよどんでいるので、あんな、ゴキブリはんと言うのは若様が付けはったあだ名やと西野が代わって答える。

お茶屋さんの台所に上がり込んで、時々顔を見せる芸妓さんや舞妓ちゃんを肴に、只酒を飲む人言う意味や。ただし、先生の名誉のために言うとくと、先生は言語学者として、花街の人たちの言葉を研究しはるために、ゴキブリはんになってはっただけやと西野は説明する。

すると小春は喜び、おおきにと笑顔で挨拶する。

春子ちゃんが下八軒に来てから、ちょうど1年が経ちました。

相変わらず舞妓はんは1人しかいしまへんけど、今年の「お化け」は、ことのほかにぎやかどす…

里春と殿様姿の市川勘八郎が、お座敷で戯れている。

富さんと豆春は「Shall we ダンス?」のダンサーコンビの扮装をしていた。

下八軒にやって来た小春が、春華やかに〜匂います〜♪と歌うと、世界中の民族衣装を着た人たちが踊り出す。

京野と北野も、タキシード姿で踊る。

千春と百春も踊る。

そうした様子をすねたように物陰から見ている西野。

屋根の上で踊っていた富さんのヅラが地面に落ち、それを拾ってかぶった高井が喜ぶ。

里春は、1人で鯱立ちを披露していた。

なあ、小春、舞妓に一番大切なのは何や分かるか?と北野が聞く。

何どす?と小春と京野が聞くと、それは若さや、ただの若さやない。一生懸命の若さや。そこにお客は、人生の春を見るのや。春子を見ててわても気づいた。生まれも育ちも関係ない。一生懸命がほんまなら、それがほんまの舞妓になる。

そやから、小春はほんまもんの舞妓や!そう言うこっちゃと北野が認めてくれたので、小春はおおきに!と礼を言う。

ほな、先生は約束を果たさはった言う事どすな?と小春が聞くと、そうやなと北野は答える。

ほしたら、先生はもうゴキブリはんにならんでよろしおすんやな?と小春は喜ぶ。

そうやなと来たのが答えたので、京野も思わず、おおきに!すんまへん、宜しゅうお頼みもうします!と必須三単語で礼を言う。

芸と心を磨きます〜♪

又、小春が歌い出す。

白雪姫に化けていた百春が、いやがる西野を引っ張って来て一緒に踊らせる。

夜空に打ち上がる花火

それを見上げた小春が、うち、やっぱり先生の事が大好きえ!と叫ぶ。


 

 

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