白夜館

 

 

 

幻想館

 

武士の献立

料理と内助の功を扱った変わり種の時代劇

殺陣のようなものはほとんどなく、見せ場と言えば料理くらいで、TVの時代劇スペシャルと言われても分からないような地味な印象の時代劇である。

もちろん、だからと言ってつまらないと言う訳ではく、女性などは好みの雰囲気、展開かも知れないが、男の感覚からすると、可もなく不可もなく…と言った所。

後半、鹿賀丈史さんが料理を口にするシーンに来て、始めて、これは「料理の鉄人」の主宰パロディなのか?と思いつかせるくらい。

どちらかと言えば、女性向けではないかと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

2013年、「武士の献立」製作委員会、松竹+北国新聞社+電通+ティー ワイ リミティッド+衛星放送+オスカープロモーション+テレビ朝日+朝日放送+小学館+金沢経済同友会+エース・プロダクション、柏田道夫+山室有紀子脚本 、 朝原雄三脚本+監督作品。

江戸時代、将軍家や大名家では、台所御用を勤める武士の料理人たちがいた。

主君のため、刀を包丁に持ち替えて、日々の食事を賄う侍たちを、人々は揶揄と親しみを込め「包丁侍」と呼んだ。

加賀藩江戸屋敷

寒さに耐え、台所で粥を作る少女春

側室お貞の方住居

床に伏していたお貞の方を起こした側女、浜路(ふせえり)は、春が作った粥を椀に盛って差し出し、生姜の粥でございますと伝える。

一口食べたお貞の方(夏川結衣)が、思わず、旨い!と言うと、身体がほっこり暖まって風の薬になりますと少女は説明する。

これは誰に習ったのか?とお方様が聞くと、はい!死んだ母に教わりましたと春は答える。

その時、春のおなかが鳴ったので、思わず笑い出したお方様は、春も一緒に食べましょう?と勧め春の作ってくれるものは本当に美味しい!と褒める。

それににっこり頷く春。

まな板の上に置かれた包丁を背景にタイトル

加賀藩六代藩主 前田吉徳が、庭で能を見ている。

そんな中、脇で一緒に観ていた春(上戸彩)のおなかが鳴り出す。

それに気づいたお貞の方は、何かおなかに入れなさいと側にあった重箱の蓋を明けてみせる。

さようでございますか?では!と喜んだ春が、箸を持ってお重に近づくと、春!少しは慎みなさい!そんなことだから嫁ぎ先を追い出されるのです!と浜路が注意する。

浜路、その話はもう良い。春とて身にしみたろうとお貞の方はなだめる。

お方様は甘やかしすぎです。全く、加賀藩のお屋敷から嫁に出したものが1年も経たずに戻って来るとは…、我々女中一同の恥!と浜路が言うので、春も真顔になってしまう。

その時、面をかぶり、舞台に登場したのは大槻伝蔵(緒形直人)だった。

その舞に注目するお貞の方。

昼食時

吉徳の側に挨拶に近づいた伝蔵は、一瞬、お貞の方の方を見る。

目の前にやって来た伝蔵に、見事な舞いであった!腕を上げたな大槻!と褒めた吉徳は、本のまねごと、お粗末でございますタと謙遜する伝蔵に、父綱紀を偲んで野天で宝生能とはお前らしい趣向だ。船を仕立てての大川下りでは金がかかり過ぎる。ことしはこれで我慢せよと言うことであろうとぼやいてみせる。

は、と答えた伝蔵は、心ばかりの余興を一つ…と申し出る。

何だ?と興味を持った吉徳に、伝蔵は、舟木殿!こちらに!と声をかける。

そこに、膳を掲げて静々とまかり出たのは舟木伝内(西田敏行)であった。

お台所御用番舟木伝内でございますと吉徳に紹介する伝蔵。

椀の蓋を明け、汁か?と呟いた吉徳は、一口啜ってみて、旨い!と喜び、これは鶴だな?と言う。

すると、伝蔵は、否、これは舟木殿が工夫した鶴もどきでございますと答える。

「もどき」とな?と呟いた吉徳は、急にその場に立上がると、皆のもの!これなる汁は加賀の包丁侍がこしらえた「鶴もどき」、その名の通り、具は鶴のようで鶴ではない!

見事、その「もどき」の正体を当てたものには褒美を遣わそう!と言い出す。

早速、各人の膳にも同じ椀が配られ、分かったものはおるか?との吉徳の言葉に、畏れながら、雉では?拙者は豆腐だと思うな…などと様々な意見が出る。

これは、鹿肉かと思われますが?との意見にも、舟木は得意げに首を横に振る。

溜まりに漬け、干した魚のようですとお貞の方が意見を言う。

お貞!そなたに分かるのか?と吉徳が驚くと、私ではございませぬと微笑んだお貞の方は、この春なる女中が…と答えたので、吉徳は、何!女中?と意外そうに言う。

面白い、近う寄って当ててみせよ!と恐縮した春に吉徳は声をかける。

吉徳の側に進み出た春は、畏れながら、鶴はブリを乾かし、削って酒で戻したもの、出汁は蝦夷の昆布だしに少々の味醂、醤油はおそらく、辰野の薄口醤油かと…と春は推測する。

どうじゃ?と吉徳が聞き、唖然としている舟木に、横にいた伝蔵も、お答えを…と迫ったので、我に返った舟木は、失礼つかまつりました!と吉徳に詫び、お女中の申す通りでございます!と答える。

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしおって、しかし大した女子よ、加賀藩お抱えの包丁侍の鼻を明かすとはな…と吉徳は感心する。

後日、春は、いきなり縁談の話を持ちかけられ驚いていた。

お貞の方は嬉しそうに頷き、その場に控えていた浜路は、今朝、舟木様が直々に訪ねて来られてな…、料理人じゃ、覚えておろう?「鶴もどき」の…と教える。

お前を是非に、ご子息の嫁に…と申されておるとお貞の方が言うので、まさか…と春が言うと、そのまさかじゃ。舟木家は石高こそ高くないが、先代綱紀様の代より台所御用方を勤める立派な武家。

伝内殿はその御当主にして国で一二を争う料理人…、お前には願ったり叶ったりぴったりのお家柄…と浜路が言う。

ですが…、私は一度…と春がためらうと、もちろん、出戻ったことはお話しした…と浜路が言うので、それで?と春が聞くと、ご子息には伝内殿が良く言い含めると…と浜路は答えるので、春はちょっとむっとなる。

とにかく、味が分かる、料理上手な嫁が欲しいとのこと…。ご子息は国元で台所役を勤め、名は安信様、年は今年で23…と浜路が書状を見ながら説明するので、23!私より、4つも下ではござりませぬか!と春は驚く。

そして、どうぞ、慎んでお断りを…と春が申し出たので、しかしなぁ、春…、お前はやはり夫を持ち、子を持って一生を送る方が良いと思うのじゃ…と、お貞の方は言い聞かせる。

それはこの前の時もお聞きしました…と春は不満そうに答え、お方様、私には、おから様のお側で過ごせますのが一番の幸せ!どうか、お願いでございます!と頼み込む。

その後、台所で料理をしていた春を訪ねて来た伝内は、恥ずかしながら、教えを請いたいのだが…と言い出す。

私に?と春は驚くが、今日、市で、加賀では観たことがない珍しい菜を手に入れたのだが、切れば切るほど粘りが出る。粘りが出るのは金時草に近いが、匂いは芹に近い。これは何と言う菜か?春殿なら分かるのではないかと…、持って来た野菜を見せる。

これは、アシタバでございますねと春は一目で言い当てる。

夕べに摘んでも、明日には新しい葉が出る。故にアシタバと言うそうですと春が教えると、ほお…と感心した伝内は、して、この料理の仕方は?と聞いて来る。

八丈島の産で、江戸でも滅多に出回りません。私もほとんど試したことはありませんが…と言いながら、春も匂いなどかいでみる。

春は、おひたし、天ぷら、椀ものなどに仕立てて伝内に食べさせてみるが、食した伝内は、いや、この香味…、あの青臭い菜とは思えぬと感心する。

春殿は、下だけではのうて、料理の腕も一流でござるな…、さすがわしが嫁にと見込んだだけのことはある…と伝内は褒める。

それを聞いた春は、慌てて、舟木様…と何かを言いかけるが、伝内は笑いながら、心配めさるな…、お貞様より、しかと断りの返事は頂きましたと言う。

残念至極ではあるが、春殿は、どこで包丁の手習いを?と伝内は聞く。

生まれが、浅草の「平膳」と言う料理屋で、子供時分よりいつともなく…と春は答える。

ああ、浅草の「平膳」…、しかし、あのお店は?と伝内が思い出すと、焼けてしまいました…、跡形もなくすっかりと…、家族一同のうち助かったのは、12の年にお屋敷に見習い奉公に上がったばかりの私だけ…と春が言う。

それはそれは…さぞお辛かったことでしょう…と同情した伝内だったが、わしも2年前、倅を亡くしました。腕の良い真面目な倅でしたが、流行病であっけなく…と言う。

ああ…、ではご子息と言うのは?と春が聞くと、次男の安信でござると伝内は答える。

そうでしたか…、お気の毒に…と春も老人に同情する。

その後、椀の汁を一口啜った伝内は、旨い!と発し、やはり諦めきれぬ…と言うと、その場に立ち上がり、春殿!今一度、お考えを!ぜひとも舟木家の嫁に来て頂きたい!と頼む。

しかし、春も、私は嫁ぎ先の商家から追い出された身!女のくせにうるさい!生意気だ!かわいげがないと疎まれて…、ましてやお武家様の家など無理でござります!と断る。

構いませぬ!うるさかろうと生意気だろうと、かわいげがなかろうと…、いや、そのくらい強気の嫁が良い…、今の安信には必要なのです!頼む!長男に代わり、お台所役に付けてみたものの、次男安信は、包丁より刀に未練を残し、さっぱりお役目には身が入らぬ始末…、母親の言うことを聞かず、拙者も長い江戸詰めにて、手の施しようもござらぬ!と伝内は春に迫って来る。

春殿のお力で、あの出来損ないを一人前の包丁侍に仕立てては頂けますぬか!

そんな…、無理です!と春は拒絶するが、無理じゃ重々承知でござると伝内も引かない。

どうか安信を、否、舟木家を助けると思し召して、この通りでござる!と伝内は、土下座して頭を下げて来る。

そのような!お止め下さい、舟木様!と逆に困惑する春。

加賀藩金沢城下

「養心館」で剣の稽古をする舟木安信(高良健吾)に、相手をしていた今井定之進(柄本佑)が少し休もうと言い出す。

今井の妻、佐代(成海璃子)が、夏みかんを持って来たからだった。

そのミカンを食べながら、まだ江戸からの花嫁は来ないのか?と今井が聞くと、一応、今日辺りと聞いておる…と安信が言うので、では帰らぬか!と今井が勧めると、構わぬ。母上が待ち受けておるなどと安信は言う。

それを聞いていた佐夜は、それは薄情過ぎますと言い、今井も、江戸から120里と言えば、女子の足では少なくとも12日はかかる長旅ではないかと言い聞かす。

しかし、安信は、興味もなさそうに、別に俺が頼んだ訳ではない…と言う。

遠い所をご苦労でした。仮祝言は今夜。安信が帰らぬうちに、湯に浸かって身体を清めるが良いと、舟木家に到着した春を出迎えた安信の母親舟木満(余貴美子)は言う。

春、そなたが町人の出であろうと、嫁入りが二度目であろうと、気にするつもりはこれっぽっちもありません。

江戸ではとかく、初鰹をありがたがるそうだが、脂の乗った戻り鰹を好むものもいます…などと満が言うので、頭を下げて聞いていた春は、ちょっと口を尖らせる。

とにかく、舟木家の嫁として大事なのはただ一つ!

はい、お父上様から重々…と春が答えると、一日も早く元気な孫の顔を見せてもらいたい。良いな?などと満は言い、下女の菊に、湯の用意を言いつけに座を外す。

その夜、舟木家の仮祝言が行われる。

夜中になっても、安信は刀にタンポを打っているので、白無垢姿のままの春は、恭信様?と春が声をかけるが、待て!すぐすむと言い、刀を仕舞い終えた安信は、改めて、夏殿!などと呼びかけて来たので、春が訂正すると、春、長旅で疲れただろう。楽にしてくれとねぎらう。

小たびは縁あって、当家へ参り…などと春が挨拶しようとすると、堅苦しい挨拶は良いと制した安信は、お前は大層料理が得意らしいな?と聞いて来たので、いえ、大したことはありませんと春が謙遜すると、さぞ父上とは気が会ったのだろう…と皮肉る。

しかし、俺は、兄が亡くなり、父上の仰せの通りに台所役を継いだまで。

全ては舟木家に生まれた定めだ。

こうして嫁も、父上の決めた通りに迎えた。

母上も、兄に死なれてから一刻も早く孫の顔を見たがっている。

お前も見知らぬ土地で大変だろうが、宜しく頼む!と安信は言い、頭を下げて来たので、春もお辞儀して返す。

翌朝、春が井戸端で野菜を洗っていると、菊が飛んできて、ご新造様!食事の仕度は私どもが致しますと声をかけて来る。

しかし春は、いいえ、私はこのために来たのです。

菊は困ってしまうが、良いです、良いですと春は料理を始め、空豆を聞くに剥かせる。

城の台所に出向いた安信に、どうだ?新妻は?江戸屋敷の奥女中だったんだろう?やはり抱き心地が違うか?茶屋町辺りの芸妓とは?などと同僚の浜口正太郎(浜野謙太)が下びた顔で聞いて来きたので、女など、芋と同じだと安信は答える。

何だそりゃ?と同僚が聞くと、一皮むけば皆同じ。産地がどこだろうが、芋は芋だなどと安信は言う。

そこに、景山多聞(宮川一朗太)がやって来て、安信!何だ、この見栄えの悪い芋の剥き方は!と小言を言う。

皮が混じっているではないか!政所様にお出しする煮物に混じっていたら、どうするつもりだ?とくどくどと注意するので、すみません、ついうっかり…と謝った安信だったが、うっかりだと?お役目を何と心得ておる!真面目にやれ!真面目に!ろお目玉を食う。

舟木家では、満に呼ばれた春が部屋に入ると、そこに見知らぬ女性が待っていた。

こちらは佐代殿、安信が通っておる「養心館」の今井定之進の奥方じゃと満が紹介する。

互いに挨拶をすると、婚礼の祝いを持ってきて下さってなと満は言い、万両の香炉じゃと嬉しそうに春に見せ、お前もお礼を言いなさいと命じる。

末永くお幸せに…と佐代は春に言い、今度、異えにもぜひ遊びにきて下さいませと申し出る。

しかし縁は異なもの、佐代殿から、婚礼の祝いを頂くことになろうとはな~…と満が言うので、佐代の表情がちょっと曇る。

その直後、自分の失言に気づいたのか、この香炉、床の間の掛け軸にぴったり!などと満は話をそらす。

安信も帰宅しての夕食

煮魚を口にした満は、旨い!魚もふっくら、菜も歯ごたえが良く、のう、安信と息子に語りかけるが、江戸の味付けは、少し塩っけが…と安信はそうでもない様子。

椀を取り上げた満は、中味を見て、これは何です?と聞いて来たので、空豆を潰したものを混ぜ物にして蒸してみましたと春は答える。

面白い、安信、食べてごらんと満は息子に勧める。

今度の和えの会に出してみたらどうだろう?まだ献立は決まってないのだろう?と満は言う。

何ですか?響の会と言うのは?と春が聞くと、舟木家の恒例行事でな、料理を親戚方に振る舞い、その出来を吟味して頂くのじゃと満は教える。

皆、舌の肥えた方ばかりですので、それは勉強になりますのじゃと言う。

何を喰っても文句しか言わぬ連中ではないですかと安信が言うので、安信!今度の会こそは、そなたが舟木家の跡継ぎであることを、皆様に認めてもらわねばいかんのだぞと満は言いきかす。

分かっています!と安信はふて腐れたように答える。

その後、その会が催され、春は、女中のたみ(海老瀬はな)に、酒を座敷に運ばせていた。

満が、親戚たちに、いかがでございましょう?と聞くと。安延、この魚は何だ!水っぽくて、何とも酒にあわぬぞとか、田楽のミソが薄い、ブツブツ木の芽が舌に触るだけで…などと言いたい放題。

これを見ろ、蕨にとろろが絡まず、だらだらと…などと、小鉢に文句をつけられた安信は、それは…、今年の芋の出来が今ひとつで…などと答えたので、言い訳をするな!わしらは、お前のためを思うて言うとるのじゃ!と叱られる。

料理は、二の膳、三の膳とまだ残っております!これからが腕の見せ所!どうぞ、お楽しみに!と満が気を撮り直すように声をかける。

その言葉を、側で聞いていた春はいたたまれなくなり、台所へ向かうと、二の膳を女中たちに急がせる。

自ら、安信の作った汁を椀に注ぎかけた春は、その匂いを嗅ぎ、顔をしかめると、たみに鰹節を削るように命じる。

そして、自らたすきをかける。

その頃、座敷では、舟木家の跡継ぎ所か、居酒屋、町の煮売り屋にも劣る出来。やはり、一朝一夕とは行きませんね…などと、客たちに言いたいように言われていた。

二の膳を春とたみが運んできたので、その椀の汁を一口吸った客は、旨い!この椀は香りも味も申し分ない!と驚く。

鰹の出汁が、このわたの生臭さを消しておる…などと褒め言葉が続くので、それを聞いていた安信の表情が変わり、横に座っていたまんは、満足そうに、息子の膝を軽く叩く。

安信、これは殿様にお出しできる一品だぞ!とまで絶賛されたので、安信は戸惑いながら礼を言いながらも、自ら、椀の汁を口にして表情が変わる。

会が無事終了し、満が、台所にいた春や女中たちに労をねぎらいに来る。

春は、下男の為吉に後を頼み、後片付けを始めるが、その時、春!お前、どういうつもりで吸い物を作り直した?と安信が仁王立ちになって聞いて来る。

はい、あまりこのわたの匂いが強過ぎるようだったので…と春が答えると、俺だって分かっていた!吸い物が生臭かったことくらい!と安信は不機嫌そうに言う。

ですから、出汁を鰹で引き直して…と春が説明すると、余計なことをするな!と安信は言い返して来る。

すみません!と春が素直に詫びると、この古狸め!と安信は罵倒して来る。

最初から、自分の仕事に手を出されるとはな…と安信は、皮肉のように言う。

所詮、料理など、女子供の仕事…、何と詰まらん仕事だ、包丁侍とは…と言いながら、安信は水を飲む。

ふと春を観た安信は、春が睨んでいるので、何だ、その顔は?と聞く。

すると春は、黙って吸い物を作り直したのは私がいけませんでした。しかし、御自分のお役目をそのように仰せられるのは聞き捨てなりません。

何!と安信が気色ばむと、つまらないお役目だと思っているから、つまらない料理しか作れないのではなりませんか?

お前に何が分かる!たかが吸い物位で思い上がるな!と安信が言い返して来たので、では思い上がりかどうか、この古狸と腕比べしてみますか!包丁の腕比べです!と春は立上がる。

まさか、女の私に劣ることはないはず!と春は迫るので、当たり前だ!と安信も応じるが、勝負には賭けが付き物。負けた時には、この古狸の料理指南を受けて頂きます!と春は言い切る。

生意気な!良し!俺が勝てばお前とは離縁だ!即刻舟木家から出て行け!と安信は挑戦を受けて立つ。

春は、分かりましたと答える。

かくして、夫婦の包丁比べが始まる。

魚のお造り勝負。

どうぞ、食べ比べて下さいと春は、安信が作ったお造りの皿のそばに、自分のお造りを差し出す。

まずは自分でさばいた刺身を口にし、自己満足した安信は、春の刺身を食べると顔が変わる。

何故?と信じられないように安信が聞くと、あなたは、包丁を引く時、遅いのです。だから、刺身の身が崩れ、醤油が余計に染みる。魚の風味が損なわれてしまう…と春は指摘する。

勝負は春の勝ちです。どうぞ、武士の約束をお忘れになりませんように…と春は言い渡す。

がっくりうなだれる安信を残し、台所を出た春は、ほっと胸を撫で下ろす。

翌日から、春から安信への料理指南が始まる。

米の研ぎ方、出汁の取り方、包丁さばき、魚の串の刺し方、塩の振り方。

お方様への手紙に、いかがお過ごしでしょうか?金沢に来てから2ヶ月が経ちました。伝内様から出来損ないと言われていた夫の安信は、思いのほか料理上手。上達も早く、血は争えぬとはこのことでしょう。

その夫は私を古狸と呼びます。しかし、何のこれしき。夫を一人前の包丁侍にするべく、春は頑張りますと春は書いていた。

安信は、連日の料理指南で寝不足のまま登城するくらいであった。

手紙を書き終えた春が、紙切りを探して文箱の中を改めていると、簪が底に入れてあることに気づく。

夜、お貞の方は寝所で、春からの手紙を読んで喜んでいた。

そこに、浜路に案内され、大槻伝蔵がやって来る。

お方様!との呼びかけに、大槻様?とお貞の方が驚くと、お許し下さい。お会いしたい一心で。闇に隠れて参りましたと、廊下で伝蔵は声をかける。

いけません!とお貞は拒否するが、殿の命で、明日加賀に戻ります。せめて、せめて一目!お貞様!と伝蔵は訴える。

一方、春は安信に、家の鶏小屋の前で、鶏は捨てる所がありません。とさかから脚の先まで料理に使えますと講釈していた。

あの鶏は、もう卵を産みませんので、もう潰して頂くことにしましょうと春が提案すると、急に立ち上がってそっぽを向いた安信は、お前がやってくれと言い出す。

え?と春が驚くと、俺はさばく所からやる等と言うので、まさか?と春は驚き、まさか?と疑うと、そうではないが…、あまり好きではないなどと弱気なことを言うので、何をおっしゃいます!と春は呆れて立ち去ってしまう。

これも料理のうちです!と春は鶏を差し出す。

しかし、安信は、鶏を怖がり、取り逃がしてしまう。

捕まえて!と春が命じると、安信は、へっぴり腰ながら、表まで鶏を追いかけて行く。

一旦は捕まえた安信だったが、鶏の顔を見ているうちに、どうしても殺生できないと悟り、その場で逃がしてやることにする。

その後、「養心館」へふらふらとやって来た安信に気づき、声をかけて来たのは笠をかぶった客人たちを送りに出てきた今井定之進だった。

今井は、同行していた大槻伝蔵を安信に紹介すると、伝蔵に対しては、この男は、舟木安信、幼なじみで道場の稽古仲間、なかなかの使い手ですと紹介する。

すると伝蔵は興味を持ったのか、それは…、一度お手合わせ願いたい。今日の所は帰らねばならぬが、いずれ是非!と申し出る。

大槻様のような銃身がどうしてお前と?と、伝蔵らが帰った後、道場で安信が聞くと、ここへはお忍びだと今井は答える。

知ってるだろう?年寄衆の前田土佐守様と藩政改革の事で対立していることを…と今井は答え、土佐守様だけではない。足軽から一気に御用番まで上り詰め、殿の信任厚い大槻様を妬んで、改革に反対する重臣方は他にもおる…と言う。

聞いている…と安信も答える。

そこで、大槻様は密かに自分と同じ考えを持つものを集めて対抗勢力とし、改革を押し進めようとしておられるのだと今井。

それで、お前の所へ?と安信が聞くと、あの方は身分を問うことはしない。藩の為ならば、位が低いものでも、志があるものを登用してくれる。お前も一度、大槻様の話を聞いてみるが良いと今井は勧める。

そこに、安信様!と佐代がやって来て、春様がお迎えに参りました。何でも、安信様が鶏を探しまわっていたのか?と言うので、恥をかかされた安信は、古狸め!と呟いて鶏を持った春と共に帰宅する。

ある日、いつものように城の台所で料理の仕度をしていた安信に、聞いたぞ、先日御主が作った芋の煮付け、大層評判が良かったそうだな!と浜口正太郎が話しかけて来る。

安信は、芋が良かったのだと謙遜する。

やはり、芋も女も産地によって色々だ…と意見を変える。

そう言えば、そろそろ半年…、江戸から来た芋にまだ子供は出来ぬのか?などと浜口は聞くが、話は慎め!と言いながら近づいて来た景山多聞は、安信が皮をむき終えた芋を取り上げ、その芋だけではなく、ざるに置かれた全部の芋がきれいに面取りされていることに気づき驚く。

その日の夕餉の席、満は春に、それでは、その昇進の機会が安信に?と聞いていた。

上役の景山様が推挙して下さったそうですと春は嬉しそうに報告する。

家禄も低い、年も若い安信のような者に出世の道が開かれるとは…と満は喜ぶが、まだ昇進すると決まった訳ではありません、当日用意された食材で何人かの候補と料理の腕を競うのです。私などまだまだ…と安信は答える。

何を言うのです、何としてもこの機会を逃さぬよう頑張らねば!と満は励ます。

その時、安信は自分が口にした料理を、これは?と春に聞く。

治部の肉が足らず、すだれ麩をごまかしにしてみましたと春が答えると、春の料理の事は良い、自分の料理の事を考えなさい!と満は叱りつける。

翌日、春は神社に願掛けに行く。

いよいよ料理比べの日

5人の包丁侍が腕を競うことになる。

夕方、安信が帰宅する。

母上は?と安信が言うので、和会町のおば様から急なお呼出で…と春は答える。

そうか、一番喜ぶと思ったんだかな…と安信は言う。

では?と春が聞くと、すだれ麩を使った治部煮が良かったらしい…、お前のお陰だ…と安信は言う。

ある日、春と共に外出していた佐代が、あいつの出世は春殿のお陰だ、安信の奴は本当に良い嫁をもらったと夫も自分の事のように喜んで…と言うので、良い嫁だなんて…、私はただの古狸ですと春は照れて笑い、でも定之進様と本当に仲が良いんですねと聞く。

私も安信様の出世は本当に嬉しいのですと佐代は言う。

ありがとうございますと春が答えると、私の方こそ、心の荷が降りたような気がします…と言う佐代の表情は暗かった。

私はここで…、これは皆様への心ばかりのお祝いですと言いながら佐代はふろしき包みを春に手渡す。

帰宅した春からその事を聞いた満は、心の荷が降りた…、そう佐代殿が申されたのか…と確認し、なるほどな~、佐代殿とはこれからも付き合いが深くなって行くのだ、お前も知っておいた方が良いだろうな~と満は言い出す。

安信が「養心館」を訪ねたのは9つの時、佐代殿は小さな頃から器量良しでな~…、まあ、安信の一目惚れじゃ。

(成長し、「養心館」で子供を教える立場になった安信だが、同じく成長した佐代の弾く琴の音に気を取られる)

年が同じと言うこともあり、二人は気もあった。

佐代殿は1人娘、いずれ婿を取らねばならぬ、口には出さねども、次男坊の安信は今井家の婿に入る事を意識していたはずじゃ。

安信はますます稽古に励んだ。

毎年秋に催される奉納試合で安信が道場一の若者となれば、佐代殿の父上が正式に婿入りを申し込むものと、私たち二親も思っとったのじゃ。

ところが、夏も終わる頃になって突然、兄年安が流行病で亡くなってのう…、舟木家は安信が継がなければいかんことになった。

無論、安信は抵抗したのだが…、安信は奉納試合に勝ち残り、最後の相手は一番の親友である定之進殿…、勝負は互角に見えたそうだが、一瞬安信が隙を見せた…

一瞬目を落とした安信の好きを見逃さず、定之進は相手の首筋に木刀を突きつける。

試合の後、安信が父に、台所役について家の跡取りになる事を願い出た。

佐代殿と定之進殿が結納を交わしたのは、それから間もなくの事じゃった…、しかしのう、春、全ては過ぎた事じゃ…、さあ、そろそろ安信が帰ってくる頃じゃ…と満は話し終える。

そして、小夜がくれた箱を開けると、みんなで頂こうかの~と満は喜んで持って行く。

その夜、先に休んだ安信の横で、春は簪を取り出して観ていた。

お方様 しばらくぶりにお手紙を差し上げます。息災におすごしでしょうか?

このたび、夫安信が正式にお台所料理人に昇進しました。

母満様は大喜びし、春も大変嬉しく思っております…

(しかし、当の春は、朝食の準備に立った台所でカボチャを料理をしながら一人泣いていた)

舟木家に嫁に入って半年あまり、夫は無口ですが気が優しく、母様は実の娘のように可愛がってくれます。

天涯孤独な身であった春にとっては、まことに望外な幸せ(と、手紙の内容を読む春の声)

朝食の席、旨い!今朝のカボチャはことのほか良く焚けておると満は喜ぶ。

ここ加賀は間もなく冬になります。始めての北国の寒さにも春は負ける事はないでしょう。

お方様もなにとぞお身体に気を付け、お元気でお暮らし下さいますよう 春…(と、春の声)

次の春

江戸から舟木伝内が加賀へ戻って来る。

春殿が入れる茶は旨いなどと、自宅に着いた伝内が言うので、満は、春殿などと他人行儀な…と注意する。

そうじゃった…、春、1年振りじゃの…と伝内は春に声をかける。

長い間の江戸詰め、ご苦労さまでございましたと春も改めて挨拶する。

安信の昇進はお前のお陰じゃ、良うやってくれたと伝内も感謝する。

しばらくゆっくり出来るのでしょう?お城に上がるのはいつから?と満が聞くと、実はそろそろ隠居を申し出ようかと思っていると伝内は答える。

すると満は、ご冗談を!あなたがお台所を下がるなど!と満は唖然とした様子。

否、安信も一人前になった。お役目は安信に譲り、わしは加賀の料理を集大成し、書にまとめようと思うとると伝内は言う。

加賀の料理の多種歳々、百姓、町人の日々の食事から、唐の影響を受け、京のそれよりも勝る懐石料理…、それの極みとしての饗応料理までそれらの全てをな…

饗応料理と申しますのは?と春が聞くと、加賀藩は幕府に取っては目の上のこぶ、百万石の大臣譜代大名取り潰す理由がないかと、幕府は常に目を光らせておる…と伝内が言うと、そこで、上様に二心なき事を現すために、知恵の限り趣向のあれこれを尽くして、徳川の客を招いておもてなしをするのです…と満が続ける。

それにしても安信は何をしているのやら…、近頃はしばしば帰りが遅くなることがあって困ったものです…と満は言うが、まあ良い、春殿の元気な顔を見られて一安心じゃと伝内は鷹揚に笑う。

父上、春でございますと春が訂正したので、ああ…、また言うたか…と伝内は気づく。

その頃、安信は、「養心館」の大槻伝蔵を囲む集まりに参加していた。

それでは先般より話し合って来た米相場の見直しが!と同志たちから声が上がると、うん、見えて来た…と大槻伝蔵は答えていた。

改作奉行の高岡様には、既にご内諾の賛同を得た。この中からも何人か、御算用場に加わってもらうことになる、加えて、新たな倹約令も吉徳様直々のお触れと言う形で発布されることになったと伝蔵が言うと、では、我々の考えが殿に指示されたと!と同志が嬉しそうに聞く。

ますます重臣方には憎まれることになるがな…と伝蔵は言う。

そのような事は恐れるに足りません!と同志たちは答えるが、しかし、連中の意を汲んで、手荒な真似を仕掛けてこんとも限らんぞと警戒する同志もいた。

怪しい影が大槻様の後を付けていたと言うではないか…と不安視する声が上がったので、安心しろ!俺も伊達に指南役を務めている訳ではない!大槻様は、この腕に賭けてお守りする!各々、各部署で古い門閥の古い政治を改めてくれ!のと今井定之進が立上がる。

我らの改革もいよいよ大詰めとなる。志を一つにして、みんな努力して欲しい!と大槻がみんなに檄を飛ばす。

その夜、一人考え事をしていた安信の寝所に入ってきた春は、今日、お父さまから饗応料理の話を聞かせて頂きました。すごい料理人なのですね、あなたのお父上は…と話しかける。

しかし、安信は、所詮包丁侍だ…と愚痴る。

何をおっしゃいます。お台所役はれっきとした…と春が反論しようとすると、もう良い!と安信は封じ、灯を消せと命じると布団をかぶってしまう。

ある日、一大事じゃ!御典医を!殿が倒れられた!と叫ぶ早馬が城から飛び出す。

延享2年、改革派の大槻伝蔵を重用し、支え続けた六代藩主前田吉徳が持病の心臓脚気により死亡した。

世に言う「加賀騒動」の始まりである。

改革派と対決する加賀八家の先鋒前田土佐守直躬(鹿賀丈史)は、新藩主となった宗辰に大槻伝蔵の弾劾を直訴する。

後ろ盾を失った大槻に抗う術はなかった。

たちまちのうちに、藩政を混乱させた罪に問われ、ついには藩の南東部、富山藩と境を接する五箇山中のお閉まり小屋に禁固の身となった。

(遠丸籠に入れられた伝内の姿)

藩内の改革派を一掃せよと言う命は、火急の兵士らにも及び…

おじ上に、佐代様に、くれぐれも御身体を大切にと…、発は手作りの弁当を安信に手渡す。

安信は、小舟に乗って逃げ出そうとする小夜に弁当を渡し、まあ、三つも!と驚く佐代に、1つは腹の子の分だそうですと言い添える。

春様…、ありがとうございますと佐代は礼を言い、

そんな佐代を小舟に乗せ、じゃあと別れの言葉を発した定之進に、お前の家が御取り潰しなのに、俺には何の沙汰もない…、これほど包丁侍の身分を恥ずかしいと思った事はない…と安信は言うので、バカな事を…、お家が無事で不満を言う奴がどこにいると定之進刃笑う。

そして、このままでは終わらせん、俺はそのために身を隠すのだと定之進は言い残し、船に乗り込む。

大槻派粛正の後も加賀藩政の混乱は続き、新藩主の宗辰がまたも病死し、弟重照が幼くして八代藩主となる中、その直後、江戸屋敷で重照の毒殺未遂と言う事件が起きる。

前田土佐守直躬は、早速事件の調査に乗り出し、容疑は、吉徳の死後、尼寺でひっそり暮らしていた真如院ことお貞の方にかけられ、捕縛された。

その知らせを薬売りから聞いた春は、噓です!お方様が罪人などと!と驚いていた。

たまたまご一行と道中一緒でしてね…、どうやら腹心の女中に命じて、毒を盛ったらしい…と薬売りが言うので、毒?何故?と春は聞き返す。

そりゃあ、重照様がお亡くなりになれば、今度は自分の息子が藩主になる番からだ。その息子と言うのは五箇山に流された大槻伝蔵の子…と言う噂もある…、不義密通の上、謀反…と言う奴ですなぁ~…としたり顔で薬売りは言う。

薬売りは、春の哀しみも知らず、子宝の薬を売ろうとするが、お方様はどうなるの?と春が聞くので、そりゃ…、流刑か死罪か…、今、金谷御殿に蟄居させられているとか…

駕篭の御簾の間から、ちらり顔を拝ませてもらったが、年増のきれいな尼さんで、死ぬのはもったいないなどと薬売りは無神経なことを言うので、たまらなくなった春は奥へと逃げ去る。

お前にとって真如院様は親代わり、心穏やかでないのは分かります。しかし、ご面会を願ったり、文を差し上げたりすれば、どのような誤解をされるやも知れません。

大槻一派と関わって、定之進殿の家がどうなったか…と夕食時、満が言うので、それを聞いていた安信は、母上、定之進は逆賊ではありませんと反論する。

分かっておる、ならば小租、気を付けよと申すのです、舟木家のためじゃ…と満は春に言い聞かす。

その夜、1人泣いていた春に声をかけた安信は、風呂の仕度を始めた春に、お方様には俺が会わせてやるよと言い出す。

でも、どうやって?と春が聞くと、お方様の食事を作っている男は知り合いだ。何とか話を付けてやると安信が答えたので、春はありがとうございますと頭を垂れる。

すると安信は、礼など良い、俺が納得できんだけだ…と安信は言う。

蟄居させられていた真如院に、夕餉が差し入れられる。

お入りなさいと真如院が答えると、そこにいたのは浜口正太郎と、弁当箱を持参した春だった。

お方様!と真如院の胸に飛び込み泣き出す春。

重の中味を見た真如院は、美しい!春が作ってくれたのか?と聞くので、春はこんな事しか出来ませんと恐縮するが、良く来てくれたな~と真如院は喜ぶ。

夫の安信が手はずを整えてくれましたと春は料理を取り分けながら答えると、愛されているのだな…と真如院は言う。

はい、夫はとても優しい人ですから…と春は答える。

それは良かった…、私は天下の重罪人、側にいたらどんな目にあっていたか…と真如院が安堵したように言うので、お方様が罪人などと!噓に決まってますと春は言う。

全て土佐守様の作り事…、さが1つだけ噓の中に誠がある。私と大槻様とは愛し合うておったと真如院は言い出す。

側室とは言え、殿のご寵愛を受け、子も授かり、私は十分幸せな一生を送ったと思っておる。

だが、1つだけ悔いを残すとすれば、それは、愛する男と夫婦になれなかった事…と真如院は言う。

例え、どんな苦労があろうと、私は、安信殿と夫婦になったお前も、羨ましく思う…、おや、これはユベシ!懐かしい!と真如院は料理を見て喜ぶ。

城下で手に入りましたもの、能登の名産とか…と春が説明すると、くり抜いたユズに果肉と粉を詰めて蒸し、冬の間、軒に吊るすのだ。

冬の冷たい風にさらされ、柔らかな陽に暖められ、春になるまでゆっくりゆっくり熟して行く…、お前たち夫婦もそんな風になれれば良いな…と真如院は春に言う。

大槻伝蔵は間もなく、五箇山のお締まり小屋にて自害

真如院も、この金谷御殿でその後を追い、この世を去った…

数ヶ月後、前田重照が新藩主として、江戸より加賀に帰って来た。

その背後には、前田土佐守直躬が得意げな顔で随行していた。

ある日の舟木家では、饗応料理の頭取!満が驚いていた。

重照様の着任祝いじゃ…、今日、土佐守様から直々に言い渡された…と伝内が報告する。

藩政一新の折、こたびの饗応料理は、徳川様はもとより、近隣諸国の大名をあまねくお招きなさると言うことじゃ…と伝内が言うので、何と名誉な!と満が喜ぶと、舟木伝内一生の大仕事…と、安信と春を前に、伝内は緊張していた。

ついては、安信、そなたに頭取の補佐を頼みたい。我が舟木家の家食を伝えて行くに、これほどの機会はあるまいと伝内は、驚く安信に継げ、ありがたい事ですと満も満足げだった。

ところが、私はやりたくありませんと安信が言い出す。

安信、何を申す!と満が驚くと、土佐守様肝いりの饗応料理など、私はやりたくありません!と立上がった安信は言い放つ。

定之進の事か?と伝内が聞き、安信、そなたの気持ちは良う分かる。

分かるが、我らは殿に仕え、藩に仕えるものぞと言い聞かすが、しかし…と安信は承知しない。

武士の勤めに私情を交えるのは相成らん!と伝内は叱る。

すでに、上役の景山様には伝えてある。明日より持ち場を代えて、わしと共に献立の調べをするのだ…、良いな?と伝内は命じるが、安信は返事もせず立ち去ってしまう。

雨の降る晩、早速調べ物を始めた伝内に、春は茶を持って行く。

安信はまだか?と伝内が聞くので、はいと答える春。

またどこぞで、酒でも飲んでおるのであろう…と伝内は、書物を読みながら言う。

春、許せ、その方も母代わりの真如院様を亡くした身、饗応の宴に思う所もあろうが…と伝内が気を使うので、いいえ、春は所詮女…、御政道の難しい事は分かりません。

それよりも、今度のお役目で安信様がお父上の技量に少しでも近づいてくれるのが楽しみですと春は答える。

それを聞いた伝内は、安信には過ぎた女房じゃ…と苦笑する。

父上だけです、ややこも出来ぬ古狸に、そんなことを言うてくれるのは…と春も笑い返す。

古狸とな?可愛い古狸だな~と伝内も笑い出す。

その頃、雨の中、飲み屋から出て来た安信は、安信!俺の声を忘れたか?と今井定之進から声をかけられる。

同じ頃、家の中で縫い物をしていた春は、春で左指の先を突いてしまう。

こんなに濡れて…、大事直勤めの前に、あんまりお過ごしになりましては…と春は、濡れて帰って来た安信に声をかける。

今、お水を…と去ろうとした春の手を安信が黙って握って止める。

味付けも見た目も文句なし!見事な二の膳、三の膳と思いますが…と、その後、試食を試食した景山は、伝内と安信に言う。

しかし、伝内は、いや、これではまだ足りんのですと自ら否定する。

こたびの宴に必要なのは小手先の宴会料理ではございません。国が一つとなった証しとなる、何と申せば良いか…、滋味に溢れ、加賀の国の底力が感じられるような料理を作りとう存じますと伝内は伝える。

景山様、拙者、倅安信と共に、近々能登に参りとう存じますと伝内は申し出る。

能登へ!と景山は驚く。

能登の奥深い山の幸、海の幸、能登にはまだ我々の知らぬ味が、雪深い厳しい暮らしに負けぬ料理が、必ずあるはず、それを見つけとう存じます。

いや、伝内殿の熱心には敵いませぬ、仔細は一切お任せ申し上げると景山は承知する。

その頃、外で野菜を買っていた春は、舟木安信様のご内儀でございますな?と声をかけられていた。

はいと答えた春は、他言は無用でございます。ご主人様にお渡しを…と見知らぬ男から書状を受け取る。

どちら様?と聞きかけた春だったが、笠をかぶった相手は会釈しただけで立ち去ってしまう。

その後、大樋焼きの窯元へ行った伝内と別れた安信が単身帰宅して来る。

今夜は一晩火入れに付き合われて、家には帰らぬと…と安信は満に伝える。

そんな安信は、春から、書状を預かったことを聞くと驚く。

今日の昼頃、何も言わずに…と春が、書状を読み始めた安信に近づくと、何でもない、母上には話すな!良いな!と安信は口を封ずる。

深夜、寝床で目覚めた春は、隣で寝ているはずの安信の姿が見えない事に気づき、起き出す。

安信は別室、蝋燭の火の下、刀を研いでいる所だった。

あなた…!一体何を…?と起きた春が問いただすと、土佐守を討つ!と安信は言う。

今朝、土佐守は打木原に狩りに出る。すでに国へ戻り、城下に忍んでいた定之進たちが、ずっと機会をうかがっていたのだ。

定之進様があなたを?と春は驚くと、おれが頼んだと安信は答える。

いけません!そんな事をしたら、父上や母上は?と春は諌めようとするが、それは言うな!と安信は叱りつける。

定之進と佐代殿との間に産まれた子は、熱を出して、医者にもかけられず死んだそうだ…、俺は子供の頃、刀の代わりに包丁をさすとからかわれた。

それが悔しくて、必死に剣の稽古をした。それがようやく役に立つ…と安信は刀の唾や持ち手を組ながら答える。

がっくりうなだれる春に、離縁状を書いておいた…、あれがあれば咎は及ぶまい…、お前には犠牲になってもらいたくはないのだ…と言いながら、刀を春に手渡した安信は、着物の仕度を頼む…と言う。

安信は庭先で着物を脱ぐと、水垢離を始める。

寝室に戻った安信は、春の姿と刀が共にないことに気づく。

春は、刀を持って伝内の所へ向かっていた。

定之進は、仲間と共に、安信が来るのを信じて待っていた。

安信は、木刀を片手に、待ち合わせの神社にやって来るが、もう定之進たちは出発した後だった。

春は、大小の刀を持って家に戻って来る。

そこには安信が戻って来ており、春から刀を受け取ると、お前たちは下がっていろ!と下男や女中を遠ざける。

お前のした事が分かっているか?

俺は…、覚悟は出来ておるな?と言いながら、刀を抜く。

私は、あなたに生きていて欲しくて…、夢中で…

定之進たちは皆死んだのだ!と安信は刀を振りかざす。

私は、あなたが生きていてくれれば…、それで…

その時、安信!何をしておるのじゃ!と満が出て来る。

この女は私の誇りを貶めた!許すことは出来ませぬ!と安信が剣を振りかざすので、行けば今頃どうなったと思う?お前は犬死に、舟木家はお取り潰し、春の機転に救われたのだぞ!と安信にすがりつく満

私の命は、舟木家の物だけではありません!お離し下さい!と安信は、満を振り放そうとする。

満は、大バカもの!と言いながら安信の頬を打つ。

勢いで倒れた満は、兄に続いてお前まで!私を置いて行くつもりか?この親不孝者め!と嘆く。

泣き出した母の姿を見た安信はさすがに冷静になる。

その時、下男が大変でございますと伝えに来て、その後から、景山様からの命で来たと言う城からの使いが、伝内様はお倒れになりましたと告げる。

窯元からお帰りの途中、突然胸を押さえて苦しみ始められたそうですと言う。

伝内は、心の臓の病と診断され、自宅で絶対安静をと医者から言われる。

満と共に医者を見送りに行こうとした春は、床に着いた伝内からここへと招かれる。

伝内は側に座っていた安信に、親子して死に損なったなと笑いかける。

わしの身体ももう無理がきかん…、しかし、こたびの饗応の宴の頭取、何としても勤めたい。

安信、お前の助けが必要じゃ。先々代、吉徳様の急死から、一連の騒動で、加賀の威信は地に落ちた。今、真に殿に仕え、国を想うなら、一体何をなすべきか?

剣を持ってして、血を流す事が武士の大事か?

いいや、我ら包丁侍がなすべきは、饗応の宴を持って、加賀にかつての晴朗な気風を取り戻すこと、わしはそう信じる…

春、わしに代わって、安信と一緒に能登に行ってくれぬか?そなたの舌の役に立つ。春!頼んだぞ!と伝内は春の手を握る。

春と下男を伴い、加賀へと旅立った安信は、村々を訪ね、そこに伝わる味をしタッで確認して行く。

ユベシが干してあるのも見る。

日が暮れるまでに海に出たい、行くぞ!と安信は声をかける。

漁村の納屋に泊まることになった安信は、このい知るの捕れた村の名は何と言った?と記帳しながら春に聞くが、春はもう疲れから寝入っていた。

その足下の汚れを見た安信は、愛おし気に顔にかかった髪を直してやろうとする。

自宅に戻って来た安信は、帰る途中耳にしたのですが…恩赦が出たと言うのは誠ですか?と、長旅をねぎらう伝内に聞く。

うん、饗応の宴を催すにあたり、重照様は、咎を受けた大槻派の復職を認め、蟄居閉門を解かれた…と伝内は教える。

何を今さら!と安信は吐き捨てるが、言葉を慎め!とい伝内は然り、小夜様が国の戻って来られたのも、上様の寛恕のお陰…と満を口を揃える。

佐代殿が国へ?と安信が驚くと、今井家はお取り潰しになりましたが、小夜様だけは遠縁の蔵奉行牧野様の養女として迎えられる事が許されたのです。

もう牧野様のお屋敷に移っておられるらしい、ややこを亡くし、夫を亡くし、不幸続きではあったが、まだまだお若い上にあの器量、まだ良いご縁談もあるやも知れん…と満は言い、それを聞く安信の様子を、隣で寂し気に見守る春。

舟木家の門前に、出迎え用の駕篭が到着し、春は、夫安信の正装を整えると、行ってらっしゃいませ、ご成功をお祈り致しておりますと送り出す。

いよいよ饗応の宴が始まり、安信が、父伝内を従え、包丁さばきを披露する。

本日は遠方からお集まりいただき、誠にありがとうございますと土佐守が客たちに挨拶を始める。

藩主前田重照が、徳川様より8代目を仰せつかり、早1年…と挨拶が続く。

献立表が貼り出され、安信は、では!かかれ!と包丁侍たちに命じる。

ここ加賀におきまして、太守入国の祝いとしまして、饗応の宴を…土佐守の挨拶が続く。

台所では、包丁侍たちが仕事を始めていた。

これもひとえに、徳川様はもとより、諸大名の皆様方の格別なるお引き立てによる物でございます…挨拶は続いている。

伝内も頭取として、ブリの品定めをする。

その間、自宅では、春がいつものように台所に立っていた。

安信も、自ら包丁をさばきながら、仕上がった料理に指示を出して行く。

客たちに次々に料理が運ばれて行く。

配膳方に広間の様子を観に行かせた安信は、五の膳の仕度を急がせる。

そんな安信の仕事ぶりを嬉しそうに見守る伝内。

加賀名物 鯛の大蒸し

誠に上等の料理でございますな…と客は喜ぶ。

雉の羽盛り

土佐守も、料理に舌鼓を打つ。

宴の後、舟木伝内と安信は、天守閣の土佐守に呼びだされる。

待っておったぞ、これへ!と声をかけた土佐守は、ご苦労であった、殿も客人もことのほかご満足の御様子…、見事な料理であった!と土佐守が声をかけたので、お褒めに預かり、光栄に存じますと伝内は頭を下げる。

城から眺める町は良いな〜…、夕日に映えて美しい…と土佐守は、夕焼けに染まった外を窓から眺める。

しかしな〜、わしの目には血に染まったようにも見える…と土佐守は言う。

先だって、徒党を組んでわしの命を取ろうとする輩がおった。復藩を望んだ裏切り者のせいで一網打尽としたが、若い者が多かったと聞く。妻子あるものも…

もう終いにせねばならぬ、こんな事は…、つまらん愚痴を聞かせてしまった。お前たちの料理のせいだな…、こんな思いが強くなるのは…と土佐守が言うので、安信は感慨深気に面を上げる。

その夜、安信たちが帰宅して来る。

春!と家に入った安信が呼びかけると、出て行ってしまったのじゃ!春が出て行ってしまったのじゃ!と満が置き手紙を持って伝えに来る。

驚いて手紙を読む安信

みなさま、長らくお世話になりました…と春の手紙は書いてあった。

舟木家での春の務めは、饗応の宴の日、本日を持って終わりました。

(真如院の墓前にユベシを備え合掌する春)

どうぞ、私の代わりに、武家にふさわしい安信様の心よりお望みになる方をお内儀にお迎え下さい。

御一族の末長いご繁栄をお祈り致しております。

バカな!と嘆く安信に、これが一緒に…と満が簪を差し出す。

その後、春は、海辺に小さな料理屋を作っていた。

蚫を焼いていた春に、旨そうだ…と声をかけて来た男がいた。

安信だった。

しばらくぶりだな〜、探したぞ、何故家を出た?

それは文に書いた通りです。私は武家の嫁には向きません…、それに、伝内様はあなたを一人前の料理人にするために…と春が答えると、父上には、お前を見つけるまで家に帰るなと言われたと安信は答える。

私は大事な跡継ぎを産む事も…と春が恐縮すると、母上は、自分の孫を産むのは春以外にないと…と安信は伝え、懐から簪を取り出すと、確かに俺は佐代殿を好いていた。夫婦になりたいと思った事もあった。だが、そんな気持ちはお前が吹き飛ばしたと言うと、鍋がかかっていたたき火の中に簪を捨てる。

お前は俺を変えてくれた。俺に必要なのは、春!お前なのだ!頼む!俺と一生を共にしてくれ!頼む!と頭を垂れる。

そんな安信の胸に駆け寄る春

しっかり春を抱きしめる安信

後に舟木安信は、父伝内も届かなかった料理頭となった。

舟木家は明治に至る加賀藩の最後の六代に渡りお台所を勤めることになる。

伝内と安信は「料理無言抄」など、加賀料理の数多くの書物を書き残し、その献立は現在の料理にも廃れる事なく生きている。

二人で帰る途中、農家の主婦からもらったユベシを、道ばたの地蔵に備え、手を合わせる安信と春

旅を続ける2人の姿にエンドロールが重なる。


 

 

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