白夜館

 

 

 

幻想館

 

若い獣

石原慎太郎さん自ら原作、脚本、そして特別出演までしている初監督作品。

慎太郎さんは、芥川賞を受賞する(1955)前の一時期、短期間ながら東宝社員であった時期があったらしいのだが、この頃はもう、売れっ子新人作家として一番忙しかった時期ではないかと思う。

レフリー役として、本人自らが多少わざとらしく画面に登場しているのも、その自らの知名度を意識した演出だったに違いない。

映画に関しては素人では?と思っていたので、あまり期待せずに見始めたが、変に奇をてらったような内容や撮り方をしておらず、ごく普通のプログラムピクチャー風にまとめてあることもあり、見やすいし、話も面白く、ぐいぐい引込まれる展開になっていた。

言わば、青春の夢と挫折を描いた作品ながら、ボクシングという動きのある素材を描いているため、見ていて退屈することはない。

まじめそうな久保明が迎える悲惨なラスト部分が衝撃的で、「マタンゴ」(1963)でのラストの久保明と双璧ではないかとさえ感じる。

そんなみじめな久保明とは対称的に、計算高く生きていく女を演じている団令子さんと、いかにも嫌な中年男を演じている河津清三郎、それに、どこか丹下段平を連想させる主人公の父親役の東野英治郎などの存在も面白い。

いかにもひ弱そうな浜村純さんがトレーナー役というのも面白い。

さらにこの作品で興味深いのは、当時の若手の東宝俳優陣が顔を見せていること。

佐原健二が新聞記者役、佐藤允がボクサー役でそれぞれ出演しているが、この二人はちょい役に近いながら一応セリフがある。

それに対し、夏木陽介はエキストラ同然の顔見せだけで、セリフは一切なく、本人もふて腐れたような顔で演じている。

どうやらこの作品が「美女と液体人間」に続く2本目の出演らしく、まだほんの駆け出しだったのだろう。

クラブに通う新人の役らしいのだが、その表情には覇気の一欠片も感じられないのは、よほどこの役に不満を抱いていたからか?

監督の指示でああ言うやる気がなさそうな表情をしていると言うのもちょっと考え難い。

見ていていかにも不自然だからだ。

それとも、あれでもご本人的には何か計算があって演技しているつもりだったのだろうか?

逆に、東宝特撮ではお馴染みの桐野洋雄さんが、セリフのある結構目だつ役をやっているのも驚いた。

怪獣映画での自衛隊員役などで一部マニアに良く知られている人だけに、当時の東宝作品に、脇役としてあちこちに顔を出していることは知っていたが、これほどセリフを言っている映画は記憶がない。

確かに、大きな目で、少しバタ臭いイケメンでもある桐野さんだけに、慎太郎さんの目にとまったのかも知れない。

新珠三千代さんが、後輩の団令子さんにパトロンを横取りされる、ちょっと影の薄いマダムを演じているのも意外だった。

ひょっとすると、やはり監督としては新人だった慎太郎さんに、トップクラスのスターは東宝が提供せず、新珠さんクラスの女優さんは、サービス的に出ているだけだったのかも知れない。

調べてみたら、同時上映は豊田四郎監督の「駅前旅館」で、後の「喜劇駅前シリーズ」の第一作となる文芸作。

どう考えても「若い獣」は低予算の添え物なのだが、添え物らしからぬ面白さがあると思う。

慎太郎さん、監督としてもそれなりの才能があったようで、この後も監督を続けていたらどうなっただろう?と考えてみたくもなる作品である。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1958年、東宝、石原慎太郎原作+脚本+監督作品。

東宝会社クレジットに観客の歓声が重なる。

試合会場では、岡崎クラブのウエルター級新人森山新吾(佐藤允)のタイトルマッチが行われていた。

ビール便片手に興奮して応援する立ち見客の背後から、試合会場を覗き込んだのは、分厚い度の入ったメガネをかけた青年宮口進(久保明)だった。

進はそのままふらふらと入口から入ろうとするので、モギリの若い男が、入場券?と催促しながら睨みつけて止めようとするが、もう1人の中年男竹田 (田島義文)が入れてやれよと若い者を制する。

そして、どうだ?身体の方は?竹田だよと進に声をかけるが、相手が何の反応も示さないのを見ると、まだダメなのか…と哀れそうな眼差しで見やる。

うちのマスター…と進が言うので、岡崎さんか、今リングの下にいるけど、ここで待っていた方が会い易いぜと竹田は言い聞かせるが、その言葉が理解できないのか、進はふらふらっと通路を進み、リング上の試合に釘付けになる。

誰です?と若いのから聞かれた竹田は、知らないか?宮口って元ボクサーで、KOくらってパーだ。惜しかったよ、素質もあって良い線まで行ってたんだけど…、何でも元は絵描きかなんかだったらしい…と竹田は教える。

試合を見つめていた進の脳裏に、過去の出来事が蘇る。

(回想)良い図案だね…と、染物屋の村田(西条悦郎)が、新人のデザイン画を観て感心する。

良い腕だ、感覚も新しいよ。今に先生より上に行くかも知れんよなどとべた褒めだったが、聞いていた画工の師匠花井(清水一郎)は、苦い顔つきで、もう少し仕事に身を入れてくれると良いんだが、変な方に走ってね、殴り合いさと言う。

拳闘かい?と村田が聞くとそうだと言う。

せっかく良い腕してるのに…、選手にでもなる気かい?と村田が聞くと、血は争えない。進の父親も拳闘家だったんだが、母親の方は愛想を尽かして他の男と出て行ったよと画工は教える。

それでも村田は、わしも実は好きでね、拳闘が…と笑う。

その後、岡崎拳闘クラブに寄ってみた村田は、そこにいた進に声をかけ、君の絵観たよ。なかなか筋が良いよ、早速使わせてもらうよ。流行りそうだな、勉強するんだね、大した腕になるよと褒めて帰る。

クリーニング屋の配達をやっている練習生は、もう拳闘に嫌気がさして来たmファイトマネーだけじゃ喰って行けないよ…と進に愚痴っていた。

そんな中、リング上でスパークリング中だった高橋を売り出そうと呼び寄せた記者(佐原健二)と一緒にリングに近づいて来た岡崎会長(河津清三郎)は、高橋の相手をする選手がいないのでいら立ち、誰かいないのか?とトレイナーの城戸(浜村純)に声をかける。

その時、僕にやらせて下さい!と声をかけたのが進だったが、ダメですよ、まだグリーンボーイにもならない練習生ですよと城戸は会長に断るが、岡崎はやるか?どのくらいやっていると聞くと、進は3ヶ月とちょっとですが、毎日やっていますと言うので、身体も大分出来ているようだ。ギアつけてやれ!高橋、心してやれよと注意し、進とスパーリングさせてみる。

すると、進は、高橋のパンチを全く寄せ付けない見事なディフェンスを見せ始めたので、城戸も岡崎も驚き、高橋!相手はグリーンボーイにもならない練習生だぞ!と岡崎は発破をかける。

試合を見物していた記者も、灯台下暗しって奴ですねと、思わぬ逸材の発見を知り、岡崎に笑いかける。

その日の練習後、帰りかけていた進は、岡崎会長から、お前うちで本格的にやってみるつもりはないか?俺の手を握ってみろと言われ、言われた通りに握ると、このシミは何だと聞かれたので、絵の具の千両のシミですと答える。

籍だけでも内に入れて、トレーナーについてやってみないか?と言われた進は、その場で決意し、お願いしますと願い出る。

その後、許嫁の由美(団令子)と出会った進は、茶店のテレビでファッションショーをやっていたので、テレビってあんなのもやるのね…と由美が珍しがるので、君の所で見れるだろう?と聞く。

由美は、内は部品だもの…、テレビの組み立ての女工なんてつまんないわと愚痴る。

そんな由美に、進は金を渡し、自分は今月分の給料はもらったし、デザイン料も入るし…と言い、お母さん心配だろう?あの身体で…と、病弱な由美の母親の事を案ずる。

そして進が、今度正式にこれやるんだ!松山町のクラブで誘われたんだ!と報告すると、由美は目を輝かせ、凄くお金になるんでしょう!と言うので、親父には内緒にしてくれよと進は頼む。

翌日から岡崎クラブで練習を始めた進の動きを見た城戸は天才的ですよ!と褒めるが、どうして自分から打ちにいかないんだ?と岡崎は、ディフェンスばかりで、自らパンチを繰り出そうとしない進の不自然さに首を傾げる。

城戸はすぐに、進にその点を注意すると、血筋というか、奴の親父さんもボクサーだったそうで、8回戦まで行ったんだそうですと岡崎に教えるが、岡崎は、知らんな…と答える。

その日、帰宅した進は、足を怪我して働けない父親(東野英治郎)に、飯は?と聞くと、由美ちゃんが来て、作っていってくれたと言う。

お前、拳闘やってるんだってな?由美ちゃんに聞いたよ…と父親は続ける。

面白いか?面白いだろうな…、だから危ないんだ!お前は拳闘をやって何になりたいんだ?チャンピオンか?一体チャンピオンになれる奴ってのは何千人に1人だ。他の何人もの人間が何もかもなくしてしまうんだ。俺もその1人よ!何もかもなくしてしまった…。俺なんかまだ運が良かった方だ。KOされて阿呆にならずにすんだんだ。お手は拳闘さえやってなかったら、あれくらいの事故で、こんなガタガタになるはずがない!と愚痴を言うが、進は全く相手にしなかった。

翌日、父親は松葉杖姿で岡崎拳闘クラブに行き、会長と城戸に、息子をこのクラブに入れねえでもらいたい。俺みてえな横路にそれたような生き方をさせたくないんだ。つまり、拳闘をやっても潰しがきかないってことさと頼み込む。

しかし、岡崎は、進はざらにない才能を持っている。ランキングボクサーどころかもっと先が見えている。世界を目指せる選手なんだと答えるが、父親は、頼むから奴に構わないでくれ!一人前の画工なんだと懇願する。

その日、何も知らずにクラブにやって来た進を事務所に呼んだ岡崎は、それで分かった。その指じゃ相手を打てまい。昼間親父さんが来たと画工をしている事を知ったことを明かすと、進の手を握り、痛いか?1週間もすれば元通りになる。来月の新人王に出る気はないか?申告すれば良いんだ。お前の気持ち一つだよ。ずぶの素人が新人王になれるチャンスなんだが…と勧める。

進は側にいた城戸に、やれますか?と聞くと、その気になれば出来るさ。思い切って打つことだぞと城戸が答えたので嬉しそうに頷く。

その日から、進はパンチを少しずつ出すようになるが、その結果、細かい図案を描く絵筆を持つ手が震えるようになってしまう。

トレーナーの城戸は、その後も練習中の進がパンチを出すのをためらっているので、絵描きなんてやめちまえ!と怒鳴るようになる。

進は、由美と会うときも、一緒にランニングするようになるが、由美は、堅くなった進みの筋肉を触りながらたくましそうに笑う。

新人王の予選

進は出場するが、やはり右手をかばい打てない癖が出てしまったため、城戸は癇癪を起こす。

その後、進が思い切って右手で打つと、相手はダウンし、レフリー(石原慎太郎)は進の左手を挙げる。

試合を観に来ていた由美も大喜びし、試合後の進に会いに控え室まで来て励ますが、そこにやって来た岡崎が、ここは女がいる場所じゃない!出て行ってくれ!と追い出す。

帰宅した進は、腫れ上がった目を見た父親から、おめえ!と驚かれるが、父さん、俺はやるよ!今日新人戦だったんだけど、右が一発入っただけでK0だったんだ。俺は出来るんだ。父さんのようにはならないよ。何と言われようと俺はボクサーになるんだ!と決意を述べる。

その後も進は、ランニングなど黙々と励む。

岡崎は、進の試合をこっそり観に来ている父親の姿に気づく。

進は勝ち進み、新人戦の決戦相手は三木だと岡崎から教えられると、当日のチケットを自分で売るようにと岡崎から渡される。

その日帰宅した進は、チケットを父親に渡しながら、次の試合の切符だ。由美ちゃんと一緒に観に来てくれと言うが、父親は、見切って奴を観て来たんだと言うので、板橋の昭和ジムまでかい?と進は驚く。

父親は、奴のボディブローだけは気をつけろ。何度も打たれていると利いて来る。そして右を忘れるな。ボディだけは打たせるなと助言する。

新人戦の決戦日、父親は由美と一緒に試合会場に観に来ていた。

その時間、村田とレストランで食事をしていた花井は、テレビで始まったボクシングの試合に目を向けた村田が、進君出てるよ。新人王まで行ったのかと言われ、始めて、進がボクシングを本式に続けていたことを知る。

進は決勝にも勝ち、新人王を獲得する。

夜、由美と出会った進は、やけにきれいに見えるな~…と、嬉しそうに星空を眺めていた。

新人王だもの。次はチャンピオンね。これで今の嫌な生活から抜け出せるわ。どんどん偉くなって!と由美は進を励まし、2人は自然に口づけを交わす。

翌日、絵の仕事場に出社した進は、花井から、おめでとうと言うべきかな?私はすっかり騙されていたというべきだね。あんなことをやっていたのでは、筆が荒れて絵が粗雑になる訳だ。目をそんなにやられていたのでは、色が狂っていてもしようがない。君は今後もあの方を取るのか仕事を取るのか、決めることだねと言われてしまう。

勝ってボクシングに自信を持ち始めていた進は、止します。辞めさせてもらいます。拳闘のためにも、今の仕事は目や腕に良くないんですと答えたので、ここを辞めて仕事はどうするんだ?と花井が聞くと、会長に頼みます。ファイトマネーも入るだろうし…と答えたので、花井は、惜しいな…と落胆する。

クラブにやって来た進は、次の相手はランキング5位の玉置だと告げた岡崎に、何か仕事ないですか?今の仕事を辞めさせられましたと頼む。

岡崎は困惑しながらも、探しといてやるよと言い、それまでこれで食いつないでおけと財布から金を出してくれたので、進はそれをファイトマネーだと思って受け取るが、貸してやるだけだ。グリーンボーイがどれだけ取れると思ってるんだ?ファイトマネーはチケットで渡したはずだ。あまり金のことなど考えないようにしろと岡崎に忠告されてしまう。

進はその後、酒屋の配達の仕事をするようになる。

ある日、配達途中だった進は、以前、クラブに来ていたクリーニングの配達人と路上で遭遇したので、この頃来ないじゃないか?と聞くと、喰わないといけないからなと言われ、納得してしまう。

進は、その配達先の一つである、岡崎が愛人の時子(新珠三千代)にやらせているナイト・クラブ「オリオン」にビールを配達に来る。

事務所に時子と一緒にいた岡崎が、どうだきついか?と声をかけると、少し…と、ビールを入れた木箱を肩に担いで通りかかった進は答えて奥へと向かう。

そんな進を観た時子は、若い人にあんなことさせて可哀想だわ…と同情する。

その夜、由美の家に寄った進は、身体が悪い由美の母親が、最近は内職もきつくなったと愚痴るので、進の方も、仕事を変わってからは、自分の父親の面倒を見るのも難しくなったと打ち明ける。

それを側で聞いていた由美は、でもその内、凄いお金が入ってくるんでしょう?私ももっと実入りの良い仕事ないかしら?テレビの組立工なんて知れてるもの…と金のことばかり言うので、定期的に金を渡せなくなった進は小さくなるが、進さんを当てにしていた私たちの方が悪いわ…と母親は言ってくれる。

翌日、岡崎に女の勤め口がないかと聞いてみた進だったが、その子はお前の何なんだ?ボクサーは女が出来たらダメになると岡崎は言い、他の事務所のボクサーの名前を数名挙げ、奴らが急にダメになったのも女だ。拳闘と女の両方を追いかけるんじゃないと忠告された後、勤め口は何か探しといてやろう。キャバレーのシガレットガールの口でもあるだろうと言うので、進はキャバレー?と驚く。

結局、由美は「オリオン」で、バニーガールのような肌も露な衣装をつけ、煙草の入ったボックスを駅弁売りのように首からかけて店内を廻るシガレットガールをやるようになっていた。

店に客として来ていた岡崎は、時子に、おい、あの子、確か進の子じゃないか?なかなか良いじゃないか…と聞いていた。

時子は、岡崎の浮気癖に気づいていた。

由美が控え室に戻ろうとしていた時、同僚が休んだため、遅くまで配達をやらせられていた進がやって来て、由美の露骨な恰好に驚くと、何でこんな恰好してるの?と聞く。

しかし由美は、衣装はお仕着せだもんと弁解し、色々と面白いわと、この仕事に興味を持ったことを明かす。

その時、由美は下のフロアから呼ばれたので去って行き、その後、上がって来た岡崎は、そこに進がいるのに気づくと、何にしに来た?由美か?今から女に気を使うようじゃなだめだと説教して来たので、進はむっとして帰る。

翌日、由美は時子から、女給に代わってみないか?チップや本給以外にもらえる。客はよく見ないといけないわよ。若いあなたをおかしくしたくないし…、言っとくけど、会長には気をつけなさい…と言って来る。

女給になった由美は、早速、ボックス席にいた岡崎に呼ばれ手を触られる。

ある日のクラブでの計量の結果、進の体重は128ポンドあることが分かる。

育ち盛りと言うこともあり、フェザー級ではもうぎりぎりの線まで来ていると城戸は指摘する。

しかし、ライト級に代わるとすると、最初からやり直すことになる。

その日から、進は、体重を気にして配達途中の弁当も全部食べられなくなる。

それでも体重は増え続け、その後の計量でも1ポンドオーバーだったので、スチーム風呂に入り体重を絞ろうとする。

そんな苦労も知らず、岡崎は、喰うなというのに喰いやがる!と悪態をつく。

何とか、その後の試合でも勝利を収めた進は、その日の夕方、着飾ってすっかり見違えるようになった由美と道でばったり出くわす。

今日は練習休んだんだ…、試合観に来なかったねと進が恨みがましく言うと、仕事夕方からなんですものと由美が言うので、お店どう?と進が聞くと、すっかり慣れちゃって…、会長さんがとても目をかけて下さるのよと由美は言う。

会長が?進は嫌な予感を感じる。

しかし、由美は、バスが来ると言い、その場を去って行く。

その夜も「オリオン」で由美を呼び寄せた岡崎は、慣れたみたいだな。うちにいる進と結婚しないのか?許嫁だって言うじゃないか?と聞くと、由美は、頼りないわ…と大人びたことを言う。

そんな由美に岡崎は、小さな店の一軒でもやってみるか?ちょうど良い売り物があるんだ。若いのにやらせて、面白い店にしてみたいんだなどと言い出す。

由美は、マダムに悪いわ…と躊躇する様子を見せる。

そこに時子がやって来たので、由美は場所を離れるが、岡崎のボックス席に座った時子は、あの子相当よ。怖いわ…、最近の若い子は…と由美のことを言う。

進の次の対戦相手は、ランキング1位の平林勝だった。

クラブにやって来た進に岡崎は、最近、練習に熱が入ってないな。由美か?と小言を言って来たので、由美のことは放っておいて下さい!と答えた進は、ライトに代えて下さい!まだ育ち盛りなんでこれ以上は無理なんですと頼む。

しかし岡崎は、うちにはライトは高橋がいる。拳闘は商売なんだ。やるなら1つ上のウエルターでやれ等と言い出す。

それを聞いた進は、辞めます。他所のクラブでやりますと答えるが、俺の顔を潰しといて他のクラブでやれると思うのか?俺が言えば、どこもお前なんか入れないだろう。もう1度、絵でもかいて暮らすか?自分1人でやって来たと思うな、お前の身体には色んな人間の力がかかっているんだと岡崎は言い聞かす。

帰宅した進が落ち込んでいるとは対称的に、父親は嬉しそうに、いよいよタイトル戦だそうじゃないか!隣の三木さんが新聞に載っていたと言ってたぞと聞いて来る。

しかし、進は、俺…、もう拳闘なんて止すよ…と呟く。

翌日、クラブにやって来た進に、やる気があるのかないのか!と岡崎が迫って来たので、迷った進は、やるます!お願いしますと頭を下げるしかなかった。

「オリオン」では、由美を呼び寄せた岡崎が、今日は時子がいないんだと教え、この前の話、考えてみたか?と迫って来る。

しかし、由美は、マダムからくれぐれも会長さんには気をつけろって言われてるんですとからかって来たので、その態度に脈を感じた会長は、ちょっと向うの時子の部屋で話そうか?と誘う。

由美が黙って付いて行くのを観ていた他のホステスたちは、意味ありげに笑う。

時子の事務所に入った岡崎は、ドアの鍵をかける。

どうだい?本気で考えてみないか?大丈夫!俺が何もかも面倒見てやる。進のことは俺がカタを付けるよと言いながら、ソファーに座っていた由美を押し倒して来る。

由美は黙って岡崎を受け入れる。

その後、「オリオン」の裏口にやって来たのは進だった。

裏口でタバコを吸っていたホステスに、山村由美を呼んで下さい。友達の進って言ってくれれば分かりますと頼む。

そのホステスは、会長とさっき、どっかに行ったわ…と言いながらも、時子の事務所に行くと、中にいた由美に、裏であんたを待っている人がいるんだけど?と伝える。

由美は不愉快そうに、いるって言ったんですか?とホステスを睨むが、そうよ、行ってあげなさいとホステスが言うので、仕方なく裏口に向かう。

どうしたの?今頃…と由美が聞くと、ただ、ちょっと顔が観たかったんだ…、俺ダメなんだ…、自信ないんだ!と弱音を吐き、由美にすがりついて来ようとしたので、ダメ!会長に怒られるわと制した由美は、帰ったら相談しましょう?今、仕事中ですもの…となだめる。

しかし、その後も進の体重はなかなか減らないので、岡崎は減量!減量!とばかり言うようになる。

進は家でも飯を食わなくなり、ダメなんだ、体重減りやしない!と愚痴るので、お前、随分無理な減量やっているそうだな?すまない!一度あんな事を言っておきながら!と、今、お前がチャンピオンになろうとしていると知ったら、母さんも怒るだろう。だが、何とかチャンピオンになって欲しいんだ!これが父さんの本音なんだ!と、父親は息子に自分の夢を重ねるようになったことを詫びる。

良いよ…、知ってるんだ。俺のことが乗っている新聞の切り抜きを父さんが取ってること。俺だってやるよ!チャンピオンになりたいんだ!と進は答える。

その後も、進は自主的に無茶なトレーニングを続ける。

そんなある日、いつものように「オリオン」に配達に行き、伝票を時子に渡すと、あんた、顔色悪いんじゃない?心配事でもあるの?と進に話しかけた時子は、今払うから事務所に来てくれと言う。

減量中だと聞いた時子は、そんな無茶なことを続けていると身体壊すわよ。例え、あんたがチャンピオンになったって、喜ぶのは岡崎だけよと言いながら、パンと紅茶を出して勧める。

しかし、進が手を出そうとしないので、岡崎が恐いの?可哀想に…と同情した時子は、あんただったわね、由美を岡崎に紹介したの?ぼやぼやしてるとダメになるわよ。あの二人、大切な所まで行っているらしいわ。しかも、私がいない時に、ここの部屋でよ。あの由美、あんたよりよほど大人よ…と教える。

それを聞いた進は、噓だ!と否定するが、最近は店も遅れて来るし、両方とものぼせているらしいわ…と時子は続ける。

進はその後、クラブに来て会長がいないか聞いていた。

しかし、その岡崎は、自分で運転する車の助手席に由美を乗せドライブ中だった。

由美は、今夜帰りたくない…などと岡崎に甘えかかる。

その時、ハンドル操作を誤りかけた岡崎が、危うく轢いてしまいそうになったのは、ふらふらと歩いていた進だった。

バックミラー越しにそれに気づいた岡崎は、酔ってるな…と気づく。

その後、由美に会いに来た進は、畜生!知ってるぞ!みんな知ってるぞ!お前は会長の何なんだ?あんな奴の言いなりになって!と睨みつけて来る。

それでも由美は、酔った進を哀れむように見つめ、あの人に妬いてるの?会長が優しくしてくれるから付き合っているだけよ。私、嫌なの、今のままだと…、男ってみんな変な目で見て来るし…、いっそのこと、今の仕事辞め手見ようかとも考えたんだけど、でもそうすると、私たちどうなるの?分かってちょうだい!と子供に言い聞かせるようになだめる。

進は由美を抱こうとするが、由美は嫌!と言って抵抗する。

クラブで岡崎にも会った進は、会長!由美に手を出すな!由美は俺の許嫁だ!余計なことをしやがるとただじゃおかないぞ!と睨みつけるが、お前たち、俺を何か勘違いしてやしないか?良く聞け!今、お前がなりたいのはチャンピオンだろう?打つにも他のクラブでも、お前くらいの素質がある奴は何人もいた。でもダメになったのは女だ!俺は由美と色々話し合っていたのは、お前が頼んで来なかったら、あの子を世話してなんかなかったんだぞ。時子がオリオンで何と言ったか知らんが、みんな噓だ。俺も拳闘が好きなんだ。それが分かったら互いに良い仲になれるはずだと岡崎は得々と言い聞かせる。

「オリオン」で、岡崎と踊っていた由美は、嫌だわ…、みんな嫌な目で見ている…と、他のホステスたちの視線を意識し、あのお店のことはどうなったの?と聞くと、もう手金は打ってあるんだと岡崎は教える。

今夜は?と由美が聞くと、例の場所で、時子がうるさいから…と岡崎は囁きかける。

私、弱っちゃったわ…、進さん、生一本でしょう?この前も困ったわ…と由美が愚痴ると、うちのクラブからチャンピオンが出るのも久しぶりだ。奴もチャンピオンになれば女も出来る。それが俺のためでもあり、あいつのためでもあり、お前のためでもあるんだ…、試合の日は観に来てやれ。あいつはフェザーで戦うのは無理だ…と岡崎は言う。

翌日、クラブに来た岡崎に、トレーナーの城戸は、この半年、奴は肉の一切れも喰ってない。あれでは戦えるはずがない。会長、これは人権問題だ!と訴えるが、アマチュアじゃないんだ!お前はやれないというなら俺がトレーナーをやっても良い。当人はやる気になってるんだ!と岡崎が強気で出て来たので、それ以上言い返せなかった。

いよいよチャンピオン戦の当日が来る。

松葉杖をついた父親も、控え室からリングに向かう進を見送り、一緒に出て来た岡崎に挨拶をする。

岡崎はそんな父親に、どうです?私が言った通りになったろう?と自慢げに言うので、父親はただ嬉しそうに、私もこんな所にまで奴が来るとは…と頭を下げる。

リングに上がった進に、見ろよ、来てるぞと岡崎は客席の方を観て良い、客席にいた由美は笑顔で進に手を振ってみせる。

(回想明け)リング上では、岡崎クラブの森山新吾が勝利していた。

KOされた相手の選手が担架に乗せられ、通路に立っていた進の横を運ばれていく。

その時、おい、君!宮口君じゃないか!と声をかけて来たのは、かつてクラブで進が始めてリングに上がった時に取材に来ていた記者だったが、進が全く思い出せない様子なのを見ると、まだダメなのか…と不憫そうに顔を見て去って行く。

その直後、進じゃないか?個々へ何にしに来た?と声をかけて来たのが岡崎だったので、進は「オリオン」のマダムから持たされて来たメモを渡す。

その岡崎の背後に付き添っていた由美は、進ちゃん、あんた元気なの?と聞いて来る。

由美はすっかり岡崎の女になっていた。

メモを読んだ岡崎は、しようがねえな…、気の利かない女だ…とぼやくと、今夜は新吾の勝ち祝だ!進も一緒に来い!と声をかけて試合会場を後にする。

その岡崎に付いて来た進だったが、暗い通用口に来ると、目が思うように見えないらしく倒れてしまう。

それを観た岡崎は、由美、手を引いてやれよ。昔のレコだろう?奴は暗い所はダメなんだ。俺が奴を飼い殺しにするしかないだろう?と、いつまでも進の面倒を見てやっていることを嫌がる由美に言い聞かす。

岡崎がやって来たのは、今の試合で倒した相手の控え室だった。

相手選手はまだ気を失っており、その容態を診ていた医者は、もうすぐ気づくだろうが、タオルが遅過ぎるよ…とぼやく。

その時、相手クラブの代表里木(谷晃)が、岡崎の背後に立っていた進に気づく。

今は、うちの店でボーイの下働きをやらせているよと岡崎が言うと、進をそうさせたのはうちの平林だったな…、そう考えりゃ、お互い様だな…と里木は、倒れた選手を前に苦笑する。

手を挙げて観客に答えていた森山は、同じ岡崎クラブの柏木(桐野洋雄)に、柏木さん、あいつ何だか気味が悪いよと進のことを話しかける。

柏木は、お前の同僚だよ。良い男だったぜ…と言いながら、岡崎の横の由美の方を見る。

その夜、森山の祝勝会として「オリオン」に岡崎は森山を連れて来る。ステージ上に出て来た司会者が、今日は、タイトルマッチで勝ったウエルター級の森山新吾さんが来ていらっしゃいます!彼の勝利のために御乾杯下さい!と客席に紹介し、スポットライトが当たった森山が立上がって手を挙げて挨拶をする。

しかし、座った後も、カウンターの所で立っていた進が気になるらしく、あのやろう!気味が悪いな…と呟く。

隣に座っていた柏木は、奴は今のお前よりずっと素質があった。まともにしていたらチャンピオンは間違いなかった。奴をあんなにしたのは、うちの親父…、会長だ。奴は、チャンピオンの平林と6回までは互角に戦っていたんだ…と、柏木は平林との戦いを思い出しながら教える。

(回想)チャンピオン平林はやはり強く、右のパンチを受けた進はダウンをきすもすぐに起き上がる。

城戸は大丈夫か?と声をかけ、相手側のコーナーでは、里木が平林に、右を狙え!と命じていた。

進は平林に一方的に打たれまくる。

その後、進は再びダウンするが、岡崎が立て!と声をかけると、カウント8で何とか立上がる。

しかし、またもや一方的なパンチを浴びる進の試合を、客席から父親が心配そうに見守っていた。

進は、またもやダウンする。

それでも進は何度も立上がるが、平林のアッパーを食らい、再びダウン。

進は何とか立ち上がるが、又ダウンをしてしまう。

(回想明け)それでも奴は打ち返していた。絶対奴は相手に寄りかからなかったぜ…と柏木は森山に教える。

とあるテーブルの客は、分厚いメガネをかけた進が酒を運んで来たので、君の悪い奴だな…と吐き捨てるので、ホステスが、少しパーなのと言い訳する。

やがて、ステージ上では女性歌手がマイクを持って歌い始める。

カウンターの側にいたホステスは、先ほどから進が何かずっと独り言を言っているのに気づき、進ちゃん、何をブツブツ言ってるの?変ね?と話しかける。

そんな進に、ウエイターは、大丈夫かい?と言いながら、たくさん酒のグラスを乗せたトレイを渡す。

進は薄暗い店内をゆっくり歩き始めるが、そんな進の前にあったマイクのコードを歌手が無意識に引っ張ったので、進は浮き上がったマイクコードに引っかかり盛大に転んでしまう。

それに気づいた岡崎は、ばかやろう!足下を気をつけないとダメじゃないか!このドメ○ラ!と罵倒したので、近くの席にいた柏木は、会長、そんなにまで言わなくても…となだめる。

転んだ拍子にメガネが飛んでなくなった進は、周囲の床を手探りするうちに、割れたコップの破片で手を切ってしまう。

その出血した手で目をこすったので、顔中血まみれになった進に、店のスポットライトが当たる。

(回想)リング上で進はまだ、対戦相手の平林に打たれ続けていた。

それでもリング最後の岡崎は立て!と叱咤する。

会長、タオルを投げましょう!と城戸は勧めるが、リング上でダウンしていた進はまたもや立上がる。

さすがに見ていられなくなった進の父親も、タオルだ!進を殺す気か!やめてくれ!やめてくれ〜!と立上がって絶叫する。

岡崎は、進!一発行くんだ!と叫び、タオルを投げようとした城戸を押さえつける。

その時、レフリーが平林の手をあげたので、救急車!と叫んだ城戸は、進が死んだらあんたのせいだ!あんたのやり方は承服できん!と岡崎に言いながら、スタッフジャンパーを投げ捨てると、その場を去って行く。

救急車が試合会場にやって来たので、担架に乗せられた進が運び出されていく。

その救急車に近づこうと、野次馬の中、松葉杖をついた父親が、進〜!と叫びながら道の方へ出て来るが、その時、走って来た車に父親がはねられたので、女性が悲鳴をあげる。

(回想明け)血まみれの顔の進は、ドメ○ラ…、ドメ○ラ…、くっそ〜!と絶叫しながら立上がる。

そんな進を驚いたように見守る時子。

元の身体に返してくれ!と絶叫しながら岡崎の方へ近づいて来る進。

誰か止めろ!と岡崎が命じたので、店の男たちが次々と進を押さえようと近づくが、進はみんなを殴り倒していく。

由美は岡崎をかばおうとし、柏木は狂ってしまったような進を哀れみの顔で見守る。

進はやがて床に崩れ落ちると、拳で床を叩きながら、返してくれ〜!と絶叫しながら泣き出す。

良いんだよ…、あれで良いんだよ…、柏木と二人で、店を後にした森山は、高架下の夜の道を歩きながら言う。

奴は会長がいなくてもダメになったんだ。進は進だ…。進は結局、試合に負けたじゃないか。そうなったって、どうってことないだろ?それが拳闘と言うものさ…と森山は柏木に語りかけながら歩いて行くのだった。


 

 

inserted by FC2 system