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隠密七生記('58)

吉川英治原作の映画化だが、戦前に日活で何度か映画化されている模様。

中村錦之助、東千代之介の名コンビに、美空ひばりまで加わった豪華な娯楽時代劇になっているが、ひばりはメインと言うより、脇に廻った印象で、出ずっぱりと言った感じではない。

ヒロインは、どちらかと言えば、錦之介の恋人役を演じている桜町弘子の方である。

冒頭、錦ちゃんと千代之介が、2人一緒に天守閣の屋根の上に立っている所など、若い2人が共演していた「里見八犬伝 第一部 妖刀村雨丸」を彷彿とさせる。

まだこの当時の2人は若々しさが残っており、共にきれいな顔立ちであり、ひばりも美しい。

大納言宗春役の里見浩太朗もイケメン時代である。

そうした若い俳優たちの脇を、大河内傳次郎、山形勲、月形龍之介、堺駿二と言ったベテランが固めており、安定感のある世界に仕立て上げている。

隠密と言うタイトルなので、忍者の戦いのようなものを連想していたが、特に黒装束とか手裏剣と言った忍者イメージは登場しない。

あくまでも、「隠密=密偵」のイメージで、尾張の城に隠されていたとある文面を盗み出した江戸の隠密と、奪われた尾張の侍との争奪戦が描かれている。

そこに、若者らしい恋や友情が絡んでいるのがミソ。

荒唐無稽なファンタジーではないが、かと言って、リアルな時代劇と言うほどでもなく、ちょうど中間くらいの通俗娯楽時代劇と言った所だろう。

昔の小説の表現で言えば「中間小説(純文学と娯楽小説の中間くらいと言う意味)」と言った雰囲気ではないだろうか。

チャンバラとかアクション場面は少なめで、囮の隠密と尾張の追手との小競り合いが多少描かれている程度である。

中盤の、江戸から駆けつけて来た旗本たちが源太郎を街道筋で襲撃する所なども、チャンバラ自体はきちんと描かれておらず、いつの間にか源太郎は、お駒たちと合流していることになっている。

クライマックスもセリフ中心で、チャンバラが一切ないと言うのも珍しいかも知れない。

大チャンバラを期待していると、少し肩すかしを喰うかも知れない。

ただ、その分退屈かと言うと、そうでもなく、ひばりの歌のシーンを始め、柳谷寛演じる辰蔵と長谷川裕見子演じるお駒と言う道中師(ごまのはい)が狂言回しのような役割で途中から参戦しているため、適度なユーモアも加わり、肩のこらない娯楽映画になっている。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1958年、吉川英治原作、結束信二脚色、松田定次監督作品。

祭りに賑わう尾張の町に、虚無僧に身をやつした牧兵六(加賀邦男)を始め、商人、修行僧などに化けた3人の隠密が忍び込んでいた。

そんな中、神社の境内で、祈りを捧げていたのは、藩士相楽三平(萬屋錦之介)と信乃(桜町弘子)だった。

三平さんは何をお祈りしたのですか?と信乃が聞くと、信乃さんは何を?と逆に聞かれたので、とっても楽しいこと…と答えた信乃は、嬉しそうに屋台の方へ向かう。

そんな二人の背後を虚無僧、商人、修行僧姿の隠密3人が通り抜ける。

信乃が簪を見始めたので、三平はその場で買ってやり、自ら髪に刺してやる。

その夜、町民たちが歌い踊る祭りは絶好調を迎えていた。

その頃、信乃の兄である椿源太郎(東千代之介)は、城代家老鳴瀬志摩守(大河内傳次郎)の屋敷に招かれ、志摩守の娘墨江(美空ひばり)の歌を聞いていた。

墨江が歌い終わると、一緒に拝聴していた爺やの風越松兵衛(堺駿二)が褒めたので、墨江、松兵衛が褒めてくれたぞと志摩守はからかう。

尾張藩きっての剣士椿源太郎はどうだった?と志摩守が話を振ると、私が褒めても墨江さんは不満かもしれませんなどと源太郎が答えをはぐらかしたので、膨れた墨江は、お酒をお注ぎしませんよと睨みつける。

それを観ていた志摩守は、源太郎も酒には弱いからな。そこを突いて来るとは墨江も巧い所に目を付けたと、笑いながら妙な褒め方をする。

今日は不寝番だったな?と志摩守から聞かれた源太郎は、御天守閣で見張りをします。先月から春日の野辺焼きをしておりますので、鳥などがこちらに飛んで参りますと答え、今日の相棒は相良三平と言う男で、仕官して日がまだ浅い奴ですが、良き友を得たと思っておりますと伝える。

その後、お城の天守閣に上った源太郎は、三平が山の方を熱心に見つめていることに気づく。

その時、時を知らせる太鼓の音が聞こえたので、今の太鼓は四つだな…、後一時か…と三平は呟き、ちょっと用を足して来ると源太郎に断ると、梯子を下りて行く。

そんな尾張場の天守閣をじっと下から見つめていたのは、兵六ら3人の隠密だった。

源太郎は、眼下に見えるそんな3人に気づくが、そこに梯子を上って来た三平が、下でしし鍋をやっている。濁り酒があるぞ。いっぱい引っ掛けて来いと声をかけたので、行って来るか…と答え、源太郎は梯子を下りることにする。

空には雷鳴が轟いていた。

天守閣の屋根の上、1人になった三平は、源太郎が見張っていた場所に移動すると、鯱の目玉の黒目部分に鑿をあてがいはずし始める。

すると、黒目の部分が蓋のようにぱっくり開き、中の空洞が見つかる。

三平は迷わずその空洞の中に手を突っ込み、隠してあった筒を取り出すと、すぐに懐にしまい込み、黒目を元に戻す。

その時、酒を引っ掛けて来た源太郎が戻って来る。

知ってるぞ、俺は…と、その源太郎がいきなり言い出したので、三平はぎくりとする。

いつの間にか俺の妹を口説いたな?と源太郎が言うので、何だ、そのことか…と三平は安堵したように答える。

信乃は、お前のことで頭がいっぱいなんだ。小さい頃、両親に死なれ、兄妹2人で育って来たんだ。信乃を嫁に貰ってくれ!と突然源太郎が言い出したので、こんな所で…と三平は戸惑う。

一度確かめたいと思っていたんだ。信乃が不憫でならん。夕刻、祭りに誘ったろう?たった一時ほどのことを酷く喜んでいた。あいつは、貴様のことで頭がいっぱいなのだと源太郎は教えるが、俺はまだ嫁を貰う力はない…、嫌と言う訳ではない!と三平は答える。

俺を兄と言えぬのなら、貴様と絶交する!返事がない所を観ると、妹をたぶらかしたな!と源太郎は際かに不機嫌になる。

そんな訳がない!と三平が否定すると、ならもらえ!約束しろ!頼む!と源太郎はしつこく言う。

俺は、信乃さん以外の女を妻にしようとは思わないと三平が渋々答えると、約束してくれるな!喜ぶぞ!と源太郎は安堵したように笑う。

その時、子の刻を知らせる太鼓が聞こえて来る。

見張りの時間が終了し、交代の時刻だった。

その頃、墨江はまだ起きていたので、父親の志摩守は、もう9つだぞと声をかける、

だから起きていたのですと墨江が言うので、明日、源太郎に言っておいてやろうと志摩守が言うと、私が起きていたと知り、あの方のお仕事に隙が出来たら行けません。お父さまこそお休み下さい。老いては子に従えと申しますなどと言うので、お前、よっぽど源太郎が好きだな…と志摩守はからかう。

すると、墨江は、お父さまが御贔屓なさり、私にお引き合わせなすったからですと墨江は睨みつける。

その時、松兵衛が駆け込んで来て、城から使者が来たと慌てて報告する。

一方、自宅に戻っていた源太郎は、愉快そうに笑いながら、良い話がある。一本つけろなどと信乃に命じていた。

信乃は、意味が分からないながらも、台所で酒の仕度をするが、兄の元に戻るとき、投げ文が足下に落ちたことに気づかなかった。

源太郎は、信乃が兄のための合わせを縫っていることに気づくと、お前の仕度をしろ。今夜、三平が俺に約束した!と嬉しそうに伝え、酒を注ごうとする信乃が、盃を忘れていることを苦笑しながら指摘する。

慌てて台所に戻った信乃だったが、床に落ちていた投げ文に気づき、拾い上げて中を読むと、「二度とお目にかからぬ。隠密ならばこそ…三平」と書かれてあった。

驚いた信乃だったが、その時、表戸を叩くものがおり、源太郎が何ごとかと開けに行くと、入って来たのは盟友の藩士夏村大吉郎(津村礼司)たちであった。

上意だ!三平は江戸の隠密だ。天守閣の鯱に隠されていた葵の筒を取って逃げた。そこには、先の将軍の御遺言が書かれていたと夏村が言うので、それを聞いた源太郎はあっけにとられ、俺は知らん!三平が…まさか!俺は見損なったぞ!と怒り出す。

そして、そのまま家を飛び出して行ったので、藩士たちも後を付け、話を聞いていた信乃も又、その後を追って家の外に出る。

道を走っていた源太郎は、馬に乗ってやって来た志摩守とその配下の連中と遭遇する。

志摩守様!とその場に跪いた源太郎は、逆さ磔は覚悟の上ですが、しばしご猶予を!三平を地の果てまで追い、両断に斬り捨ててからお裁きを受けとうございます!と訴え出る。

十分に覚悟はできているな?と志摩守が聞くと、10日の内には必ず!お見逃し下さい!と源太郎は言うので、しばし考えた志摩守は、行け!と命じる。

源太郎は、志摩守が乗って来た馬を借り受け、飛び乗ると、三平を追って走り去る。

その様子を、物陰から信乃も見守っていた。

あの葵の筒は、先代の8代将軍家継様が9代将軍はこの宗春と書いた御遺言状!即刻追ってを出せい!と家臣を叱りつけていた城主大納言宗春(里見浩太朗)は、そこに登城してきた志摩守に、椿源太郎、断罪したであろうな?と確認する。

志摩は、出奔致しました。先の将軍の御遺言状を奪って戻って来ると思いますと答えたので、成瀬、見逃したな?と宗春は睨みつけながらも、何日待てと言うのだ?と問いかける。

10日のご猶予を…と志摩守は答え、取り戻せぬ時の覚悟はできておるのだろうな?と宗春が確認すると、武士の作法は心得ておりますと神妙に答える。

良し!その言葉忘れるな!と言い、宗春は座をはずすが、側にいた重臣が、志摩殿、大丈夫でござるか?と不安げに聞いてきたので、お任せ下さい!と志摩守は答える。

やがて、三平らしき人物を見つけたのと知らせを受けた追手が、海辺で深編み笠の男と斬り合うが、斬った後、編み笠を取って顔を確認した所、全くの別人だと分かり、囮だ!と気づく。

その知らせは、ただちに伊勢守にも伝えられ、三平は起訴時に向かったと思われると聞かされる。

隠密の足なら6日で江戸に着く。それまでには捕まえねば…、そう呟いた志摩守に、近づいた松兵衛が何事かを耳打ちする。

そうか…と志摩守は頷く。

とある山中、先を急いでいた三平の前に出現したのは、先回りして待ち受けていた源太郎だった。

あの筒を渡せ!と源太郎が迫ると、渡せぬ!と三平も拒否し、きっと御主がおって来ると覚悟していた。俺は幕府の隠密だ。渡す訳にはいかんと言う。

お前が隠密なら、俺は先祖代々、尾張大納言家の家臣!貴様を斬る!と源太郎も息巻く。

俺が木曽路を避け、山越えすることが何故分かった?と三平が聞くと、天守閣からずっとこの山を観ていただろう。そして、妹を捨て逃げた…と恨みがましく源太郎は答える。

訳を書いた投げ文を投げ込んでおいた。その一時を惜しんでいたら、俺はとっくに国を出ていた。今日ほどつらいことはない。信乃さんやお前と知った時、どれだけ普通の武士を羨んだことか…、俺の背後には何千何百の目が光っている。

俺はお前が俺のことを褒めてくれた時、どれだけ素性を打ち明けようと思ったか…と三平が告白すると、俺も寄って貴様に管を巻いた事もあったな…、許してくれ!と源太郎も詫びる。

三平!源太郎!と互いの名を呼び合い、近づいた2人はしっかり手を握り合う。

一見和解したかに思えた2人だったが、三平!やはり抜け!と源太郎は声をかける。

三平も、互いの立場を考え、やむを得ぬな…と答えると、刀を抜いて構える。

2人が剣を交えようとしたその時、近くの木に雷が落ち、木が避けると共に、感電した三平と源太郎もその場に倒れる。

先に気がついたのは三平だったが、倒れている源太郎に駆け寄り、脈を診て生きていることが分かると、ほっと安堵し、許してくれ、貴様を捨てて行く…と言い残し、その場を立ち去って行く。

その直後、近くの草むらから出て来たのは、街道師のお駒(長谷川裕見子)と、その子分辰蔵(柳谷寛)だった。

今までの2人の会話を全て聞いていたお駒は、公方様と尾張が何かを取り合っているようだね…と呟くと、辰蔵に倒れている源太郎の介抱を命じる。

しかし、源太郎を助け起こそうとした辰蔵は、その顔を観て、こりゃいけねえ!恋敵が増えるかも知れねえもんなどと言うので、お駒は、バカ!と叱りつけ、辰造に源太郎を背負って行くように命じる。

取りあえず、宿場町の「ますみや」と言う旅籠に泊まることにしたお駒だったが、翌朝から、表を公家姿の行列が練り歩いてうるさいと嘆いていた。

いら立つ姐御に、木曽路はずっと祭りだと辰造が教える。

お駒は、寝かせてある源太郎のことを案じていたのだが、医者が大丈夫だと言ってから大丈夫だろう?と辰造は素っ気なく言い、こりゃ、ちょっと危ない話じゃねえですかい?と姐御の行動を諌めようとしたので、お駒は辰造の顔を叩く。

しかし、辰造は叩かれたことがむしろ嬉しそうで、もういっぺん殴って下せえ!などと頼む始末。

その時、寝ていた源太郎が目を覚まし、ここはどこだ!と慌てた風に聞いて来たので、ここは仕事師の宿場ですよと教えたお駒は、私の相手を観なかったか?と聞かれると、知ってますよ、うかがってましたからと答え、辰造に行ってお出でと命じ、部屋から追い出す。

街道のことなら任せて下さい。籠屋、馬子衆、茶店まで調べてあげましょうとお駒が言うと、そなたたちは道中師か!と源太郎は驚き、手を貸してくれと頼んで来る。

それを聞いたお駒は嬉しそうに、その代わり、見つけたらたんとご褒美を下さいよと甘えて来る。

源太郎は、後5日しかないと焦っていた。

伊勢守の屋敷では、松兵衛が、江戸表に早飛脚を出したと報告していた。

隠密は老中方大目付の屋敷に行くはずだから、そこを見張るのだと伊勢守は命じる。

隠密は三平だけではない。10日以内に武士らしく死ねたら…、それも良いのではないか…と呟いた志摩守は、墨江はどこにいる?と聞く。

松兵衛が、たった今、お庭に…と言うので、庭先に出てみると、確かにそこに墨江がいたので、犬山の紅葉が観たいと言っておったな?松兵衛を連れて、ゆっくり行って来たらどうだ?と志摩守は声をかける。

すると墨江は、分かりました…、お父さまの言葉がわかりました。源太郎様のことを忘れろと申されておられるのですね?と哀し気に答え、墨江は源太郎様が好きです。好きなお方のことは忘れませせん…と言う。

観ると、庭の中にある祠に灯明が灯されていた。

墨江は、源太郎の無事を祈って点けたものに相違なかった。

辰造は、編み笠姿の侍が「みのせや」と言う旅籠に入るのを目撃

その辰造からの知らせを、源太郎とお駒は部屋で待っていた。

その宿場に信乃もやって来る。

その時、「ひいらぎや」と書かれた宿から出て来る、兄源太郎の姿を目撃する。

その源太郎は、夏村たちが近づいて来るのに気づく。

彼らも又、みんな、源太郎の身を案じ、三平を追って来たのだと言う。

あの晩はつい乱暴なことを言ってしまったが、一緒に尾張に帰ろう!と声をかけてくれたので、感謝した源太郎は、実は今、道中師に助けてもらっていると、宿から一緒に出て来たお駒を紹介する。

道中師と聞いた仲間たちは、財布は大丈夫か?などと冗談を言い笑い合う。

そうした尾張からの追手の姿を、この宿場の「たちばなや」に泊まっていた三平も宿を出た所で観ていたが、その時、通りかかった信乃を見つけ、驚いて近づき声をかける。

どうしてこんな所に!と三平が聞くと、あなた様を追いかけてと信乃が言うので、お兄様は知っているのか?と聞くと、いいえ、1人であなたのために…と言いながら、信乃は三平の胸にすがりつく。

信乃さん、許してくれ!と三平は詫びるが、私はどうすれば良いのです?と信乃も問いかける。

お役目のためとは言え、逃げるのをよそうかと思ったが、俺は信乃さんの兄の敵ではないか!私も苦しかった…、私は今でも信乃さんのことしか考えてない!と三平は告白する。

何故、あの解き、打ち明けて下さらなかったのです?と信乃が聞くと、あなたは、私の仕事の恐ろしさを知らない!今でも俺には監視の目が光っているのです。

私は兄を捨てます!と信乃は言い出すが、だめだ!この御遺言状を持っている限り、老中方大目付の屋敷の者や尾張の侍から狙い続けられる。俺は御遺言状に一生縛られてしまった男です!許してくれ!と三平は自分の立場を説明し、その場から逃げ去る。

待って!と追いすがりかけた信乃だったが、御遺言状さえなければ…と思わず呟くのだった。

源太郎と夏村たちは、辰造から知らせを受け、「みのせや」の部屋にやって来るが、障子を開けて中を覗くと、そこにいたのは見知らぬ男2人であった。

非礼を詫び、帰りかけた源太郎たちに、突然、部屋の2人が斬り掛かって来る。

三平の囮の隠密だったのだ。

源太郎と夏村たちは応戦するが、源太郎以外の仲間たちは全員斬られて絶命してしまう。

そこにお駒と共にやって来た辰造は、旦那!違ってやしたか…と恐縮する。

囮だ…、三平を一足でも遠くへ逃がそうとする力が、5人の侍を斬った…と、斬られた夏村たちを観ながら源太郎は答える。

夏村、しっかりしろ!と抱き起こすと、貴様…、使命を果たして、帰れ…と夏村は言い、息絶える。

このお侍たちは無駄死にですか?と辰造が聞くと、無駄死ににはさせん!御遺言状を取り戻すため、俺はどこまでも行く!と源太郎は決意を述べると、宿を後にする。

慌ててその後を追うお駒と辰造だったが、みんな、おかしくなっちまってるんだ!…と辰造は呆れたように漏らす。

その頃、自宅で月を眺めていた志摩守は、今日で4日か…、源太郎が目的を果たすのは今日、明日のうち…、江戸に入ってしまえば手も足も出んだろう…と憂えていた。

墨江には何も話すなよ…と松兵衛に言い聞かせた志摩守だったが、その墨江は、離れで源太郎を慕う歌を1人寂し気に歌っていたので、松兵衛と志摩守は、その哀れな姿をそっと見守るのだった。

江戸城

老中阿部備前守(月形龍之介)に会いに来た久世右馬之丞(山形勲)は、甲賀組組下の者が、葵の筒を無事奪い取り、近々江戸入りするとの知らせを受けましたと報告する。

そのものの名は何と言う?と備前守から聞かれた久世は、相良三平と言うものですと答える。

追手は斬れ!旗本たちには、三平を無事江戸に入れるように手助けするよう手配致せ!と備前守は命じる。

尾張藩江戸屋敷

三平の顔を知っていると言う佐久間や大林をはじめとする集められた藩士たちは、手分けして、江戸に通じる街道をことごとく見張れ!と言う指令を江戸家老から受けていた。

その頃、江戸に6里と書かれた道しるべのある所へ源太郎と一緒に付いてきたお駒は、自分は先に「竹の屋」に行って手はずを整えて来るからと辰造に伝えると、脇道に入って行く。

その直後、源太郎の前に、江戸からやって来た旗本たちが襲いかかる。

その時、脇道から、数人の護衛に囲まれた籠が出て来て逆方向へ進んで行くのを観た辰造は、源太郎の安否を気にしながらも、駕篭の後を付いて行ってみることにする。

その駕篭に乗っていたのは三平だった。

その駕篭は、老中御目付役久世右馬之丞の屋敷へ入って行く。

三平を出迎えた久世は、でかした!これで、次の将軍も上様のお血筋と決まった!と大満足だった。

奪い取って来た葵の筒を懐から出して見せた三平だったが、それを受け取ろうとする久世に、甲賀組が御復命を受けたのは上様からなので、お見せするのも上様直々に…と断ったので、そうであろうと承知した久世は、御主もこれで直参旗本の仲間入りするかも知れんぞと三平に声をかけて、城に出かけようとする。

すると三平は、手前と共に尾張に入りし3人や、甲賀組組下のものたちも相果てました。このものたちのこともよしなにお取り計らい下さいと願い出る。

ああ、分かった、分かったと軽く受け流した久世は、馬に乗って屋敷を出るが、屋敷の脇に集合している尾張藩のも咽もの姿をかいま見たので、江戸城で阿部備前守に、三平のことと共に、尾張藩の動きも報告する。

それを聞いた備前守は、上様がお会いする日時は、明日か明後日に知らせる。それまで三平をしっかり警護致せと命じる。

一方、「竹の屋」にやって来たお駒と源太郎は、合流して来た辰造から、隠密は、大目付久世右馬之丞の屋敷に匿われており、屋敷の真和英には尾張の侍たちが囲んでいると知らされる。

それを聞いた源太郎は、これ以上犠牲者を出すわけにはいかんと言うと、すぐに出かけようとするが、お駒たちに説得され、もうしばらく様子を見ることにする。

お駒は別室にに集まっていた仲間たちに、これから大仕事の仕上げにかかると話し始める。

そんな中、名古屋を出て、もう6日…と源太郎は呟いていた。

一方、尾張の大納言宗春も、すでに御遺言状は将軍家に渡っているのではあるまいな?と不安がっていた。

あの御遺言状は、先代将軍がこの宗春に次の将軍を継がすと書かれたものだ。忍びの者を雇って江戸へ向かわせろ!と命じるが、それを聞いていた志摩守は、この志摩が江戸に参ります!御遺言状は吉宗公には渡しませぬ!と申し出る。

余が許さんと申したら?と宗春が言うと、お暇を頂戴致しますとまで志摩守が言うので、良し、好きに致せ!と宗春は答える。

殿にお聞きしたいことがあります。次なる将軍におなりになりたいのでございますか?と志摩守が聞くと、志摩、良く聞け、余は徳川の一門だ。幕府にいらざる波紋は立てとうはない。吉宗の手に渡るくらいなら、余が自ら焼いた方がましじゃと宗春は答える。

その言葉を聞いた志摩守は、八幡に賭けて、吉宗公の手には渡しませぬ!と答え、道中、困難に遭うたら、宗春の名を持ち出すが良い!と宗春は言い聞かせる。

表街道を裏街道に代え、野宿をしても、無用の戦は避けるつもりでございますと志摩守が決意を述べると、くれぐれも無理をするなよ…と宗春は声をかける。

屋敷に戻り、松兵衛 に馬の仕度を志摩守が命じていると、やって来た墨江が、自分もお供します。江戸へ行くのでしょう?墨江は私の夫と決めたお方が討たれるのなら、死ぬつもりですと申し出る。

そこに、城中の方が護衛をすると見えられましたと報告に来た松兵衛が、いよいよ、尾張と江戸の勝負でございますねと嬉しそうに張り切る。

馬に乗った伊勢守と、駕篭に乗った墨江は、護衛に守られ江戸に出立する。

その頃、江戸に入っていた信乃は、久世の屋敷の側に来て、次々に急に雇われた使用人らしき者たちが屋敷に入る様子をうかがっていた。

その屋敷の物陰には、尾張藩の侍たちも、固唾を飲んで屋敷の動静の監視を続けていた。

そんな尾張の侍たちに、何!いよいよ!と言う驚きの声が上がる。

同じ頃、宿にいたお駒の所に戻って来た辰造が、姐御、決まりましたぜ!明日三平が江戸城に入りますと伝えていた。

それを聞いたお駒は、すぐさま源太郎がいるはずの部屋に向かうが、中はもぬけの殻だった。

もしかしたら…と辰造は気づく。

源太郎は、お駒たちを巻き添えにせぬよう、1人で久世の屋敷に近づいていた。

源太郎は、屋敷を見張っていた江戸家老の気づくと、近づくと、自分が1人で忍び込むのでしばらくお待ち下さい申し出る。

そち1人で?!と江戸家老は驚く。

一方、屋敷内では、尾張の侍たちが屋敷を取り囲んでいることを聞いた久世が、今夜は一晩中飲んでもらおうと、集まった旗本たちに命じていた。

そんな中、三平は久世に、この前お願いした甲賀ものたちのことはどうなりましたか?彼らには妻子もおりますし…と問いかけるが、久世は軽くいなしただけで、屋敷に呼んでいた芸者たちを招き入れる。

酒を勧められた三平だったが、このところ疲れがたまっておりますので、失礼して宜しいでしょうか?と断り、もう寝るのか?と呆れる久世を尻目に、離れの寝所へと向かう。

床に入った三平の部屋に、水を持って来た腰元は、渡り廊下の墨でお辞儀をしている見慣れぬ女を観かけ、今日雇われた下女ですか?こんな所にいては行けません、あちらに下がっていなさいと叱りつける。

その直後、三平は障子の外に人が来た気配に気づいたので、誰だ!と誰何するが、お水を…と女の声がしたので、入れと命じる。

部屋に入ってきたのは、急に集められた下女に化けて屋敷に入り込んでいた信乃だったが、床に入っていた三平は後を向いており気づかなかった。

信乃の脳裏には、私が信乃さんと一緒になったとしても、御遺言状に一生縛られているのです…と言っていた三平の言葉がよみがえっていた。

その御遺言状が、今、目の前にいる三平の布団の横に置かれていた。

信乃は、水差しを枕元に運ぶ振りをして三平に近づくと、遺言状を奪い取って部屋から逃げ出そうとする。

しかし、すぐに気づいた三平が追って来て、廊下に出た所で背中から斬りつける。

信乃が持っていた遺言状は庭先に転がり、それを、軒下に忍んでいた源太郎が奪い取って逃げ出す。

三平は後を追おうとするが、今自分が斬った女が信乃だと気づくと驚愕する。

屋敷の外に出て来た源太郎が、無事、遺言状を取り戻したと知った尾張藩の侍たちは一斉に引き上げて行く。

三平は信乃を抱き起こしながら、何故に…と、ここに来た訳を聞く。

2人してどこに逃げても、あなた様は御遺言状からは逃れられません。その御遺言状さえなければと思い…と答えた信乃は、今、信乃は、あなたの胸の中にいるのですねと感激したような表情になると、そのまま息絶えてしまう。

その時、信乃の髪に刺さっていた、あの祭りの夜、三平に買ってもらった簪が廊下に転げ落ちる。

三平は思わず信乃の死体を抱きしめるが、そこに騒ぎを聞きつけ駆けつけて来たのが久世たちだった。

曲者はこの女か!三平、何をしている!と叱りつける。

三平は、御遺言状は奪われました。軒下に潜んでいた曲者が御遺言状を奪って逃げた時、私は動けなかったのですと答えたので、何故だ!と久世が聞くと、この女は私の妻でございます。

三平の命に賭けて御遺言状を奪い返してきます!と誓った三平は、廊下に落ちていた簪を拾い上げ、ご免!と久世に言い残し屋敷を出て行く。

このことを聞いた老中阿部備前守は、城にやって来た久世に、相良三平の失態はその方たちの失態だ。このまま御遺言状を奪い返せねば幕府の権威はどうなる!その方たちも、二度と江戸の地を踏めぬと思え!と叱りつける。

江戸からの早馬が走って行くのを観ながら、尾張に向かっていた源太郎とお駒の元に戻って来た辰造は、箱根の関所の警護が厳しく、とても通り抜けられそうにもないと報告する。

海を渡ったら…とお駒が提案するが、漁師たちにもお触れが廻っており、とても無理だと言い、やはり関所を避け、山を抜けるしかないと答える。

それを聞いていた源太郎は、御主たちにはこれ以上迷惑をかけられぬので、ひとまずここで別れようと言い出す。

しかしお駒は、ここまで来たら、生きるも死ぬも一緒だと言って下さいと源太郎にすがる。

辰、お前もそのつもりだよね?と聞かれた辰造だったが、ダメだ、この先はまだ長いんだ。姐御は先に関所を抜けて、次の宿場で待っている仲間たちと合流しなければいけないじゃありやせんかとお駒を説得する。

そして、旦那は山を越えて、大湧谷へ行って下さいと辰造は指示を出す。

俺は断然1人で行くよ。お駒、お前の身に万一の事があってはいけないからだと源太郎もお駒に言い聞かし、あっしは一足先に尾張にお迎えに行かなければいけないんですと辰造が説得するので、ようやく聞き分けたお駒は、旦那、じゃあ、一足先に行きますからと源太郎に挨拶し、辰造と共に先を急ぎ出す。

関所前に居並ぶ旅人の列の最後尾に付いた辰造とお駒だったが、その箱根に、源太郎を追って来た大目付久世右馬之丞一行が近づいていた。

一方、逆方向の裏街道を進んで江戸に向かっていた志摩守一行は、役人に止められていたが、自分は尾張藩家老鳴瀬志摩守だと名乗る。

それに気づいたのが、列に並んでいた辰造で、大声で志摩守に呼びかける。

何者だ?と志摩守が聞くと、お殿様にお伝えせよと頼まれた者ですと名乗り出る。

その頃、1人山越えをしていた源太郎の前に出現したのは相楽三平だった。

その姿を観た源太郎は、さすがに隠密相良三平よと感心し、勝負しろ!と剣を抜く。

これが2人の定められた道か…と呻き、三平も剣を抜く。

三平!貴様が勝ったときは、信乃を遠慮なく嫁にしろ!と源太郎が呼びかけたので、待て!源太郎!貴様はまだ知ってなかったのか?俺は謝って信乃さんを斬ってしまった。貴様が持って帰るその後遺言状は、信乃さんの血のにじんだものなのだ!

その御遺言状さえなくなれば、あの天守閣の上のように仲良くできると思っていた。だが、俺は隠密だ…。斬られても悔いはない。俺には妻の信乃が待っている、源太郎!観ろ!妻の形見だ…と言い、懐から簪を出して差し出した三平は、もし不幸にも俺が買ったら、江戸に御遺言状を届けた後、江戸を出るつもりだった…と言う。

信乃が死んだ…、源太郎は愕然とする。

御遺言状のために多くの人が死んだ…と源太郎は悄然として呟く。

そこに近づいて来たのが、鳴瀬志摩守一行と、久世右馬之丞一行だった。

夫々、三平と源太郎の背後を塞ぐように対峙する。

源太郎!刀を取れ!と三平は呼びかけるが、刀を持っていた源太郎はそれを捨て、三平!これを観ろ!と遺言状を差し出すと、この御遺言状が元で、血みどろの戦いが起こり、数知れず死んで行く…、ただ一枚の御遺言状のためにだ。

三平!貴様にも幕府にも渡せぬ!真っ赤に燃えて、この世から消えて行くのだ!未来永劫!これで、御遺言状が人を殺すことはないのだ!と言うや否や、源太郎は、遺言状を近くの火口の溶岩の中に投げ込んでしまう。

これで吉宗公の手に渡ることもありませぬ。ご恩返しです。如何様にもお裁き下さいませ!と源太郎は伊勢守の前にひれ伏す。

しかし、伊勢守は静かに、殿はお怒りにはなりますまい。だが、御主は名古屋の城には帰れぬぞ。どこへでも行くが良いと言い渡し、早く来い!と背後にいた澄江を呼び寄せる。

澄江は、源太郎様、お迎えに上がりましたと笑顔で側に寄って来る。

そして志摩守は、大目付様に申し上げる!我らは引揚げを致す!と反対方向から見守っていた久世に呼びかけると、馬を引き返し、元来た満ちを帰り始める。

それを観た大目付久世右馬之丞一行も、馬の向きを代え、相良三平、さらばじゃ!と言い残し、江戸へと戻って行く。

夫々の国元へ向かう行列を、丘から観ていたのは源太郎だった。

その側で一緒に観ていた墨江は、私には源太郎様がいます。早く大きな家を持って、お父さまの所へ帰れば良いのですと言う。

三平も力強く生きていくでしょうと、遠ざかって行く三平を見送りながら源太郎は言い、三平!元気でくらせよ〜!と呼びかけると、遠ざかっていた三平も振り返り、いつか会おうぞ〜!と答える。

きっと遠くの国へ行くつもりなんでしょう。墨江殿と私たちも新しい国へ行こう!と声をかけ、夫婦になったのに、殿なんて呼ばないでと甘える澄江と共に歩き出す源太郎。

その2人の後ろ姿を見つめていたお駒に、へへっ、姐御!俺たちも良い商売、探しに行きましょうか?あっしらもこの辺で…と辰造が呼びかけると、バカ!と怒ったお駒だったが、諦めたように辰造と歩き始めるのだった。


 

 

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