白夜館

 

 

 

幻想館

 

波の塔

松本清張の原作物だが、ミステリ趣味はあるものの、殺人などが起きる、いわゆる「ミステリもの」ではない。

どちらかと言えば、「不幸な女性がある男性と出会った事で一時の幸せを掴みかけるが、すぐに悲劇的な結末を迎えると言う悲恋もの」である。

有馬稲子さんが、裕福ながら、どこかしら陰のある不遇な女を演じている。

そのお相手役は、美青年だった頃の津川雅彦さん。

その陰を引きずった大人のコンビとは対称的に、屈託がなく明るい令嬢を演じているのが桑野みゆきさん。

有馬さんの陰の原因となっている夫役が南原宏治さんで、単純な悪役ではなく、知的でもあり、気品も兼ね備えながら、その裏に底知れぬ下品さを持っている男を良く演じている。

爽やかな新聞記者役の石浜朗さん、愛人役の岸田今日子さんなど、脇役陣もなかなか豪華。

冒頭の諏訪、下部温泉、山下公園など、変化に富んだロケも楽しめるし、清張お得意の考古学趣味も入っており、一見地味な展開ながら安っぽさはない。

どちらかと言えば女性向けなのかもしれないが、男も楽しめる、正に大人の物語になっている。

この時代の松竹映画は、きちんと予算をかけてじっくり撮られており、今見ても色あせない魅力を秘めている。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1960年、松竹、松本清張原作、沢村勉脚色、中村登監督作品。

上諏訪駅

降り立った田沢輪香子(桑野みゆき)に近づいて来た3人の男は、県の総合課の者と自己紹介すると、お父さまから言われておりますのでと言い、強引に車に案内すると、自分たちも同伴でボートで諏訪湖に乗り出すと、岡谷の街や天竜川の取り入れ口などを輪香子に教える。

ホテルの部屋の中にまで三人の男がつきまとうので、さすがに、もう1人にして下さいと輪香子が迷惑がると、局長から色々言われておりますので…と言いながらも、取りあえず3人の男は、ロビーにおりますので…と言って出て行く。

ようやく、1人になれた輪香子は、近くにある殿村遺跡に出かける。

古代人の住居の再現があったので、その中に入ろうとした輪香子だったが、暗い室内に誰かが寝ており、急にムクリと起き上がったので、輪香子は悲鳴をあげる。

驚かせたことを詫びた相手は、爽やかな美男子で、昨日、東京から出て来て、ここで一晩寝ていたのだと言うので、考古学のお勉強でも?ここに古代人が住んでいたんでしょう?と輪香子が聞くと、古代人の生活が好きなんです。みんな自由な生き方だったはずですと青年は言う。

一緒に外に出たので、上諏訪までいらっしゃるなら、お乗りになりません?もっと色々お話をうかがいたいわと、輪香子は自分が乗って来た自動車に乗り込みながら誘うが、方向違いですから…とその美青年は遠慮したので、その場で別れることにする。

数日後、自宅に帰っていた輪香子は、クッキーさんよ、又クッキー持って来たわ!とからかうように、父親である父の隆義(二本柳寛)に来客を告げる。

それを横で聞いていた妻の加奈子(沢村貞子)は、新聞記者さんね?あなたが大臣におなりになったら、秘書にでもなさったら?と、いつも夫が1人だけ贔屓にして家に上げる新聞記者のことをからかう。

いつも同じ土産ですみませんと応接間で待っていた記者の辺見博(石浜朗)は詫びるが、今日はみんなでお食事でも出かけません?と加奈子が誘うと、私は今日デートなの!と輪香子は断る。

輪香子のデートの相手は、女友達の佐々木和子(峰京子)だった。

2人がやって来たのは、国木田独歩の「武蔵野」でも知られる深大寺だった。

ニジマスを発見して喜んだ二人は、この辺りの名物の側でも食べようかと店に近づくが、その店から出て来たのが、殿村遺跡で別れた美青年だったので、輪香子は驚きながらも喜ぶ。

しかし、その青年の背後から、見知らぬ連れのような美女が出て来たので、輪香子の表情は強張る。

美青年は、あれから富山の比美洞窟を廻ってきましたと言うと、会釈してそのままま連れの女性を紹介するでもなく、一緒に去って行く。

あの人、奥さんじゃないかしら?誰かの奥さんよ…と、2人を見送る輪香子に話しかけて来たのは和子だった。

公明正大な関係だったら、私たちに紹介するはずでしょう?となかなか鋭いことを和子は指摘する。

その後、美青年と謎の美女は、人気のない場所で濃厚なキスを交わしていた。

あなたはあんなお嬢さんと結婚なさるべきなんです。可愛いじゃない…と、キスを終えた美女は、からかうように美青年に勧める。

そんな美女に、もう随分お会いしたけど、僕はあなたのことを何も知らない…と不満そうに青年が言うので、私は結城頼子(有馬稲子)、それ以外の家族や係累に付いて知る必要はありませんわと美女は答える。

夜、近づいて来た車が、行き止まりだと気づいて引き返して行った後、頼子と美青年小野木喬夫(津川雅彦)は、まだその場所に居残っていた。

どこへも行けない道ってあるのね…、そう頼子は呟く。

「頼子と深大寺に行き、その後多摩川に行った」

「横浜に行き、山下公園に行った」

「モスクワ演劇を観に行った」…と、自宅で過去の日記を読み返していた小野木は、これが頼子との最初の出会いだった…と思い返していた。

演劇を観覧していた小野木は、隣に座っていた女性が気分が悪そうにしていたので、この劇場には医務室があるはずですと声をかけ、劇場を出ると、一緒にタクシーで自宅近くまで送って行く。

それが頼子だった。

すみません、せっかくのお芝居を…と、頼子は、小野木の芝居見物を中断させてしまったことを詫び、タクシーを途中で降りると、お名刺をお持ちでしたら頂けませんか?と言うので、小野木は名刺を渡して別れる。

後日、ホテルに呼びだされた小野木は、結城頼子と名乗った先日の美女が見違えるほどきれいに見えたので驚く。

後4ヶ月で検事になる見習い検事だと自己紹介した小野木は、どこに赴任するかは今のところ分からないんですと答える。

この前はお見苦しい所をお見せしてしまったので、今日はぜひ、違った私を見て頂きたくて…と、食事をしながら、和服を着て来た訳を話す頼子は、ずっと東京だと宜しいんですけどね…と、小野木の勤務地のことを言う。

二度目の山下公園でのデートも、小野木は頼子からの連絡で会いに行ったのだが、その時既に2人は手を繋いで散歩する関係になっていた。

無事検事になった小野木の勤務先が東京だったことを知った頼子は喜ぶ。

お宅の電話番号教えてくれませんか?電話帳で結城と言う名前を調べても、違っていたものですから…と小野木は頼むが、これからも、ご連絡は私の方からしますと頼子が言うので、どうしても?と小野木は念を押すが、どうしても…と頼子は答えるだけだった。

2人は、その日、始めてキスを交わす。

友人の結婚式に出席した輪香子は、一緒に出席していた佐々木和子から、古代人じゃない?と指差される。

確かに、そこにいたのは殿村遺跡で会った小野木だった。

小野木の方も気づき、新婦の芝が大学の同期なんだと説明する。

自分たちは新婦の友人なのと答えた輪香子は、和子を紹介し、さらに、近くにいた父親の田沢隆義を引き合わせる。

小野木は輪香子の父親が田沢だったと知ると驚き、芝の上役とは聞いていましたが…と恐縮し、自分は東京地検の検事をやっていると挨拶する。

その後、輪香子と和子、小野木でバーに行くことになる。

女性陣はピンクレディを飲み始めるが、小野木はアルコールは飲まず、終始何か思い詰めているような様子だったので、輪香子は和子と踊ることになる。

和子は、ちらちらと小野木の方を見ながら、又憂鬱そうな顔してる!あなた、古代人に関心を持っているわね?でも古代人は別の女性に関心を持っている…と輪香子に耳打ちする。

その頃、頼子の方は、夫の結城庸雄(南原宏治)に付き合って料亭「津の川」に来ていた。

結城は、その店で馴染みの芸者蝶丸(柴田葉子)を横に座らせる。

同席していた女将(高橋とよ)が、先日、お客さんから横浜のナイトクラブに連れて行ってもらったんですよと話したので、頼子は緊張する。

結城は、山下公園言行ったかい?と聞くと、夜は寂しいじゃないですかと他の芸者が答えたので、寂しいから良いんじゃないと笑った結城は、つまらなそうにしている頼子に、先に帰って良いと言う。

蝶丸は、私たちのこと勘づいたのかしら?と結城に耳打ちするが、勘づいたら勘づいたで良いよと結城は鷹揚に答える。

帰宅時、頼子は、公衆電話ボックスに入り、電話をかけようかと迷うが、結局、かけないまま出て来る。

どこへも行けない道がある…

小野木は自室で頼子のことを想い日記を書いていた。

自宅に戻って来た頼子は、又、電話を見て迷うが、やはりかけずに部屋に入る。

やがて、結城が帰って来て、頼子の部屋をノックすると、いきなり買って来た指輪を手渡すが、頼子は、私、こういうものを買って頂くより…、私、我慢できません歯、こういう生活!と不満を漏らす。

批判するつもりかい?と結城が聞くと、あなたの生き方って、私、哀しいんです!まともな生活に戻るって、何度も約束してくれたのに…と頼子は言う。

結城は、頼子!と言い近づこうとするが、お休みなさいませ!と頼子は答え近づけない。

結城は、明日から大阪に一週間出かけると告げて出て行く。

頼子は小野木と旅行に出かけることにする。

中央線の大月駅で停まった時、富士急行線の電車が見えたので、あの電車はどこに行くの?と頼子が聞くと、富士五湖です。樹海があるんです。原生林です。迷い込んだら生きて出られないでしょうね。今日のような暑い日は瘴気(しょうき)を感じるでしょうと小野木は答える。

頼子は、いつかその原生林に連れて行ってもらえません?そう言うの見るの、私、好き!と言う。

2人が目的の宿「矢代屋」は到着した時、外は大雨で、付近一帯の電気が消えてしまう。

頼子と小野木は、蝋燭の灯だけの部屋で身を寄せ合っていた。

小野木さん、聞いて下さい。私には夫がいます。それを隠し続けることが苦しくなりましたと頼子が打ち明けると、小野木は、想像付いていましたと答える。

ご一緒にここに来たのは思い出を残したかったからです…と頼子が言った時、蝋燭の火が消える。

あなたに会って幸せでした。明日死んでも悔いない。いっそこのまま死んでしまった方が幸せかも知れない…そう言う頼子を小野木はきつく抱きしめる。

その時、外から半鐘の音が聞こえて来る。

その直後、宿の女将がやって来て、川が増水するかも知れないので、山の上の旅館に移って頂きたいとランプを持ってやって来る。

やむなく2人は、雨の中、高い場所にある別の旅館「柏屋」の大部屋に他の泊まり客らと一緒に避難する。

「柏屋」の主人は、中央線が寸断され列車が来る見込みはない。復旧には2日はかかるそうですと説明に来たので、小野木は驚き、東京に戻る方法はないんですか?と聞くと、富士宮まで行けば折り返しの列車があるが、そこまで6里もあります。しかも、山道ですから女性連れではとても…と主人は言う。

しかし、小野木は、女性と一緒に旅行に行くと言ったんでしょう?2日も待っていたら大変なことになりますと頼子に迫り、主人には食料と雨具を頼む。

主人は、無理ですよ、婦人連れでは…と困惑し、頼子も、私のためなら、記者が通るようになってから…と遠慮するが、小野木の決意は固く、大雨の中、2人は富士宮に向けて出発する。

途中、頼子は、もうダメ…、歩けない…とめげかけるが、小野木が、元気を出して!と励まし、何とかブドウ園の小屋にたどり着くと休憩を取る。

食事がすんだら出発です!と、宿でもらった弁当を出しながら小野木が言うと、どうしてそんなに東京に帰りたいんです?夫のことなら忘れて下さい。今夜もう一晩だけあなたと一緒にいたい!東京に帰ればお別れですもの…と頼子は言う。

別れませんよ、僕は!あなたさえ良ければと小野木が答えると、本当に?どんなことがあっても?と頼子は聞き、二人は抱き合う。

翌朝、東京の自宅の寝室で寝ていた輪香子はベッドの中で目覚めていた。

立派過ぎます、どなたからおもらいになったの?と夫に聞いている母親加奈子の声が聞こえて来たので、そっと部屋に近づいてみると、心配するな、お前が着なければ輪香子にやれば良いと言い、隆義は出かけて行く。

加奈子が玄関に見送りに付いて行ったので、そっと部屋の中に入り、母親が今まで観ていた箱の中味を確認してみると、そこには豪勢な毛皮のコートが入っていた。

東京地検では、小野木が、不倫相手の夫を刺した柴木一郎(佐藤慶)を取り調べていた。

お前が下田美代を夫から奪わなければこんなことにはならなかったんだ!と小野木が言い聞かすと、美代を不幸にした下田武雄が離婚を承知しなかったら、美代が可哀想です!と柴木は訴えて来る。

そうした小野木の取調べを見ていた石井検事(石黒達也)は、小野木を呼ぶと、今の取調べなかなか良かったよと褒め、君にやってもらいたいことがある。官庁の汚職事件だ。横田君と一緒にやってもらう、政党方面から横やりが入るかも知れん。今晩、新潟に行ってもらいたいと命じる。

頼子は、新潟に出張すると言う小野木に手紙を書き、お帰りの時間を教えて下さい、駅までお迎えに行きますと伝える。

新潟から早朝上野駅に戻って来た小野木は、約束通り出迎えた頼子に、その辺で朝飯でも…と誘うが、私、小野木さんのアパートが観たいわと言い出す。

駅構内でそんな2人の様子に気づいた男がいた。

結城の部下の吉岡五郎(佐野浅夫)だった。

小野木のアパートにやって来た頼子は、意外ときれいな室内を見て、あなたって几帳面なのねと感心する。

そして、今日も地検に出かけると言うので、ワイシャツやネクタイを選び始める。

すると、小野木がキッチンでホットケーキを作り出したので、これでもお料理は得意なのよと言い、水からコンロに向かう。

そんな頼子に近づいた小野木は、フライパンを持った頼子を背後から抱きしめる。

その頃、結城が自宅に戻って来ていた。

頼子が出迎えに出て来ないことを知った結城が不思議がると、女中(平松淑美)がお友達を上野駅までお見送りに行かれました。5時前にハイヤーを呼ばれましたと言うので、一旦は納得しかけるが、何か釈然としないものを感じる。

街に出た頼子は、小野木のためにライターを購入していた。

店員が、送り先の住所を書いてくれと注文書を出して来たので、それに記入している所に入って来たのが、輪香子と和子だった。

いつか深大寺で…と輪香子たちが声をかけると、2人を思い出した頼子は、ご一緒にお茶でも?と誘う。

喫茶店でお茶を飲みながら、古代人に誘われて…などと和子が言うので、最初は意味が分からなかった頼子だったが、それが小野木のことだと分かると、確かにそんな人だわと笑う。

あの古代人、なんとなく陰があるわ…などと和子は指摘する。

頼子と別れた後、和子と輪香子は、先ほどのライターの店に戻り、店員をごまかして、頼子の家の住所を聞き出す。

渋谷の松濤と言う高級住宅地だと言うことが分かる。

敵に勝つには敵の弱点を突け!探偵社に頼めば良いのよと和子は輪香子を焚き付ける。

頼子のことを調べるために輪香子が向かったのは、探偵社ではなく新聞記者の辺見だった。

興信所に頼んでも良いわ、費用出しますと輪香子は頼む。

「朝陽商事」

貧相な室内の中、中央に座っていた結城は、出張先の新潟から戻ったばかりの吉岡から電話を受けていた。

先方は承知したか?と聞くと、100万出した。今夜、局長来ますかね?と吉岡が言うので、6時に「津の川」に来てくれと結城は指示する。

部下を1人連れ、料亭「津の川」で吉岡に会った結城は、もらってきた100万の内、20万を手数料で取っておいてくれと吉岡に言ったので、良いんですかい?と吉岡は案じる。

俺の方は大丈夫だ。黙っていても1000万は持って来ると結城は余裕を見せる。

そんな結城に、そう言えば、駅であなたの奥さんを見かけましたよと吉岡が言うと、友達を送りに行ったんだろうと結城が答えると、あれは送りに行ったんじゃなく迎えに来てたんだと思う。あの時間に駅に到着したのは福井初の急行だけですから。相手は26〜7の青年でしたけど、心当たりありませんか?と吉岡は言う。

結城は、思い出した、親戚だよ、従兄弟だよと噓をついたので、吉岡は余計なことを言っちゃったかな?と言った手前、そりゃ良かったとつい言ってしまう。

何が良かったんだ?と結城は問いかけるが、吉岡は、別に…と言ってごまかす。

そこにやって来た土井俊介(深見泰三)は、ダメだったよ、会議があると言って、田沢局長は来ないと結城に報告する。

それを聞いた結城は、先に帰ると良い出し、食事は3人でやってくれ。この金はいつか奴の懐に入れてみせるよと言い残して部屋を後にする。

車に乗り込んだ結城は、運転手に杉並へ行ってくれと頼む。

そこは、愛人西岡秀子(岸田今日子)の家だった。

床に横になった結城だったが、何か考え事をしており、汽車の時刻表を秀子に持って来させる。

それで、とある列車の時刻を調べた結城は、すぐに帰ると言い出す。

自宅に戻った結城は、出迎えた頼子から話がある、真面目に聞いて頂きたいと真顔で言われたので、部屋の中で話を聞くことにする。

すると頼子は、お別れしたいの。お互いの性格がどうにも合わないようですわ。あなたにとっても私にとっても不幸な結婚でしたと迫るが、分かったと言いながらも、今、面倒なことをやっているんでねと話の腰を折り、この間、君は人を送りに行ったそうだね?随分早い汽車だったんだね?と話を変えたので、頼子はそれ以上話が出来なくなる。

その後、女中を自室に呼び寄せた結城は、この前、奥さんが旅行に行った時、泊まったのは1晩だったかね?2晩だったかね?と問いただす。

女中は、2晩でしたと答えたので、帰って来た時、何か変わったことなかったけね?と聞くと、お洋服が酷く汚れておりました。泥まみれになっていたんですと女中は言う。

頼子の寝室に向かった結城は、ドアをノックするが、既にベッドに入っていた頼子は、ノックの音に気づくと、返事をせず、そっとスタンドの電気を消してしまう。

返事がないので、結城は中に入ろうとドアノブを廻すが、中から鍵がかかっていた。

翌日、土井に呼ばれて、土井の二号のてる子(関千恵子)の家に出向いた結城だったが、あれから半年振りよ、パパに分からないようにするから、どっかに連れてってと、迎えに出て来たてる子から甘えられる。

土井に会うと、吉岡があげられた、そのまま留置されたよ。例の一件を吐かせようと言う魂胆だと言うではないか。

そこにてる子がおちょうしを持って入って来るが、土井は下がっているように言いつける。

手づるありますから、金をばらまいて何とかしましょうと結城が土井に伝えると、君に渡した書類は証拠になるからと土井が言うので、早速今夜処分しますと結城は答える。

自宅へ戻った結城は、すぐに、土井から受け取った書類を室内で燃やし始めるが、その時、側に置いてあった新聞紙面にふと目を落とす、

そこには、「山梨、長野に被害」と言う、先日の台風の記事が載っていた。

それを読んだ結城は、女中を呼び寄せると、先日旅行に出かけた奥さんが帰宅した時、洋服に何か付いてなかったかい?と聞く。

すると女中は、スーツの襟元の所に葉っぱが付いておりました。ブドウの葉です。私の国が山梨の在で、普段から見慣れておりますのでと言う。

その夜、結城はさらに、頼子が旅行に出かけた日の新聞を再確認する。

身延線が寸断したと書かれてあった。

この日、頼子は、甲府から身延線に乗って、どこかに泊まったに違いないと考えた結城は、その沿線を地図で確認し出す。

鰍沢、六郷、下部…、下部温泉だ!と結城は気づく。

後日、結城はてる子を誘い、下部温泉に向かう。

てる子は、土井の目を盗んでの2人きりの秘密旅行だと思い込んでいるので楽しそうだった。

旅館「柏屋」に着いた結城は、旅館の主人に、台風の日に薄紫色の洋服を来た女客に気づかなかったかい?と聞くと、あの日は、この辺の旅館に泊まった客は全部ここへ避難してきましたと言うではないか。

実は、親戚の娘が愛人と一緒に家出してね…と結城が噓の言い訳をすると、その方でしたら、矢代屋さんから来た方ではないかと主人は思い出す。

連れの男の方は背の高い立派な方で、富士宮まで歩いて行かれましたと言うので、名前は分かりますかと聞くと、ここでは宿帳はつけておらず、矢代屋さんにあると思うと言うので、結城はカメラ持参で出かけることにする。

その時、風呂に行っていたてる子が戻って来て、一緒に散歩に付いて行くと言い出したので、君は来ないで良いと結城は伝え、1人で出かける。

矢代屋では、普通は見せないんですけどね…と言う宿帳を見せてくれたので、その筆跡を結城はカメラに収める。

2人はどんな様子でしたか?と聞くと、蝋燭の消えた部屋の中で寄り添うように座っていましたと女将が言う。

主人の方も、「柏屋」へ向かう時、男の方の方が女性を抱きかかえるように連れて行かれましたと言うので、ここから富士宮までの間にブドウ畑はありますか?と聞くと、あると言う。

その後、結城は、そのブドウ畑らしき場所へ向い、ブドウの葉を摘む。

帰宅して入浴した結城は、湯加減を聞きに来た頼子に、スーツケースの中に君への土産が入っているから出しといてくれと声をかける。

スーツケースの中から土産を取り出していたより子は、「下部温泉」の文字が入った手ぬぐいを見つけ愕然とする。

風呂を上がり、部屋に戻って来た結城は、そこに土産の箱が落ちており、頼子の姿は見えなかったのでにやりと笑う。

自分の部屋に戻った頼子は夫が自分の秘密を嗅ぎ付けたことに気づき、呆然としていた。

後日、喫茶店で待っていた輪香子の前に現れた記者の辺見は、結城頼子の夫の結城庸雄は、業者と官庁の間に入っているブローカーのような奴だったよと教え、さらに、輪香子さん、驚いては行けないよと断った上で、あなたのお父さんもあの事件に関係あるかも知れないんだと、今、新聞紙上をにぎわせている政界スキャンダルのことを教え、東京地検の担当検事は、石井、横田、小野木…と伝えると、輪香子は、小野木!?と驚く。

東京地検の会議室では、既に逮捕していた土井も吉岡の証言から、残る容疑者はブローカーの結城庸雄だけなので、すぐにでも逮捕すべきだと言う意見が出る。

しかし、小野木だけは、まだ傍証を固めた方が良いのではないかと慎重論を述べていた。

それでも、石井検事は横田に、結城の逮捕状を請求するよう命じる。

その頃、田沢隆義は、妻の加奈子に、このコートは内に置かない方が良いだろうね、親戚にやったらどうかねと先日もらった毛皮のコートを前に言っていた。

それを聞いた加奈子は、はっきりお聞きしましょう、あなた、新聞に出ていることには関係ないんですか?と聞く。

何もないよと言い捨て、二階に上がろうとする父親に、輪香子も、良心が痛むようなこと、お父さん、ありませんか?お母様だって疑っているじゃありませんか?結城って人、知ってるでしょう?と問いつめる。

しかし隆義は、お前には関係ない!いい加減にしなさい!と叱りつけ、隆義はそのまま二階へ上がってしまう。

頼子は横浜の海が見えるレストランで、再び小野木と会っていた。

私の国には海がない…、山に囲まれた城下町なの。近く、国に帰ろうと思うの。結城と別れようと思うと頼子は打ち明け、小野木は今やっている仕事のことをそれとなく聞く。

結城庸雄 って言う人のことを調べているんですがねと小野木が教えると、どう言うことをしている人なんですか?と頼子は聞く。

人間としてクズですよ。政治の中に入り込んでダニのように生きている。僕はそう言う男を徹底的に憎むな…と小野木は言う。

そんな2人を監視していた男(田村保)は、階段下で待ち受けていた結城に2人が今降りてきますを教える。

結城は、階段の横で、二階から降りて来た頼子と小野木を確認するが、その時、結城が上着のポケットに手を突っ込んだので、脇に控えていた男は、拳銃でも取り出すのではないかと思ったのか緊張するが、結城は煙草を取り出しただけだった。

そして、帰って良いと言うと、結城は男に金を渡す。

その後、西岡秀子の家で、浴衣に着替えくつろいでいた結城は、玄関に出た秀子が警察の人が来たわよ、心当たりあるの?と言うので、会うことにする。

検察庁へお越し下さい。自宅の方へは別のものが参っておりますと検事から言われる。

刑事たちと結城の自宅の方へ来たのは、小野木だった。

旦那様にご面会です。大勢様です。お留守ですって言ったら、奥様にお目にかかりたいって…と女中に言われ、小野木喬夫の名刺を女中から受け取った頼子は、来るべき時が来たと覚悟し、応接間に杏愛させる。

一旦、寝室に戻った頼子は、大野木の前に出るか出まいか迷う。

刑事たちは、頼子が出て来るのが遅いのでいら立つが、小野木だけは事情が分かっているだけに焦らなかった。

ようやく姿を現した頼子に、小野木検事ですと紹介した刑事は、ご主人はご旅行ですか?と尋ねるといいえと答える。

刑事に促され、お宅にある書類を捜索させて頂きますと小野木が令状を見せながら言うと、家宅捜査が始まる。

しかし、立会人としてその場にいなければいけない頼子はすぐに部屋を出て行ってしまったので、刑事たちは戸惑う。

小野木も又、応接間の椅子に座ったまま動こうとはせず、僕に構わず仕事を続けてくれと刑事たちに指示する。

1人になった小野木の前にやって来た頼子は、とうとうこの家にいらしたんですね。こんな風にお目にかかりたくなかったわ…。これで何もかもお分かりになったでしょう?と自嘲気味に話しかける。

薄々想像していたけど…と小野木が言うので、許して下さいと頼子は詫びるが、君に対する気持ちは変わらないと言うことです、憎むのは結城であり、気味が悪いことはないんだと小野木は言う。

あなたの勤め、立派にやり遂げて下さいと頼子が言うので、どうして君は、そんなに自分を責めるんだ!と小野木はたしなめる。

検察庁に出頭した結城は、検事から、土井さんはあなたのこと自供しているんですと責められていたが、私はそんな人知らんですと軽く受け流していた。

やがて、休息を取ることになり、あなたの弁護士が来たそうですと教えられた結城は、廊下に出るが、その時、階段を上がって来た小野木とすれ違ったので驚く。

今の人は誰ですか?と付き添って来た検事に聞くと、小野木検事ですと言うので、そのとき始めて、結城は、頼子の愛人が検事だったことを知る。

林弁護士(西村晃)は、結城からそのことを打ち明けられると目を輝かせる。

詳しく話して下さい!2人で温泉へ!本当ですか!宜しい!私の力で詳しく調べてみましょう。この事実を突きつけたら検事連中慌てるでしょうな。もっと決め手がありませんかね?と林が聞くと、決め手ねえ〜…と結城も考え出す。

夜、こっそりハンカチで顔を半分隠してやって来た頼子と待ち合わせた小野木は、素早くタクシーに乗り込むと、ご主人は逮捕に決まりましたと伝える。

すると頼子は、知っています、先ほど電話がありましたと答える。

結城さんも本当はあなたを愛していると思う。仕事のことであなたに対し劣等感を持っていたので、わざと遠くに置いておいたのだと思う…と小野木は推理する。

車を降りた頼子は、結城は私たちが下部温泉に行ったことを知っています。あなたと分かったら、何をするか分からない…と怯える。

今の僕は、君に何をしたら良いのか分からない。ただ、これだけははっきりしておきたい。どんなことがあっても君を離さない!と小野木は迫り、二人は夜の闇の中で抱き合う。

その時、車が近づいて来たので、2人は身を避けて道の端に寄るが、そのとき二人が抱擁していた写真は、車に乗っていた林弁護士のカメラにしっかり写っていた。

その写真を携え、石井検事に面会した林弁護士は、担当検事と被告の妻が通じていると言うのはいかがなものでしょう?と迫る。

小野木は捜査から外すことにしようと石井検事は答えるが、それだけですみますかね?と林弁護士が言うと、もみ消したいのか?と石井検事は気色ばむ。

林弁護士は、私もこんな個人的なスキャンダルを口外するつもりはありませんがね…と意味ありげに答えるだけだった。

翌日、検察庁で小野木は、石井検事から普通の事件に廻ってみないか?と勧められ、結局、捜査から外されてしまう。

開発公団汚職に関する記事がすっぱ抜かれ、結城家の玄関前には新聞記者が詰め掛けていた。

ひっきりなしにかかって来る電話の応対に疲れた女中は、かかって来た電話の受話器を外して立ち去ってしまうが、それは小野木がかけた電話だった。

小野木は頼子に連絡が取れないことに気づく。

小野木のこともマスコミの知る所となり、田沢家では、大変な検事さんもあったものね、検察陣も検事さんたちも大変なんでしょうね。でもこの検事さんのお陰で、お父さんもほっとしたそうよ。今日は早く返ってくるそうだから、3人でお食事でも行きましょうか?などと加奈子がのんきに輪香子に話していた。

そこにやって来た辺見記者が、お父さんが地検に連れて行かれました!昼頃だったようですと報告すると、今まで浮かれていた加奈子はがっくり落ち込む。

何か心当たりあったんですか?と辺見が聞くと、一月ほど前、結城と言う人が家に来て、下駄箱の上に新聞包みを置いてすぐに帰ったんです。

中には50万円入っていましたと加奈子が言うので、使ったの!そのお金!と輪香子が聞くと、色々必要だったし…、20万ほど…と加奈子は打ち明ける。

バカね!と輪香子が叱ると、バカだったわ…と嘆く加奈子は、局長と言っても、給料も、世間で思われているより少ないのよ…、だから、お金が目の前にあるとつい…と加奈子は言う。

知っていたら、私だってお止めしたのよ…と加奈子が言い訳するので、お父さまも言う資格ないわ。人を恨むより自分を責めるべきね。お父さまを軽蔑します!憎みます!とまで輪香子は言うので、加奈子はその場に泣き伏す。

拘置所に入れられた結城に、ある日、頼子は面会しに来る。

下着を持ってきましたと切り出した頼子は、お願いしたいことが…と言い、口ごもる。

係官が、奥さん、後1分しかありませんと注意すると、申し訳ありませんと頼子は詫びる。

もう良いよ。否、もう良いんだ…と結城は答え、帰りますと言う頼子に、帰るのか?と聞き、どうかお身体を大切になさって下さいと言われると、ああ…、君も元気でいるんだよと声をかける。

そして立ち上がり、係員と一緒に面会室を出ようとした結城は振り返り、頼子、これからは君の良いようにしてくれと言葉をかける。

外は雨が降っていた。

気落ちして拘置所から帰る頼子に気づいたのは、タクシーでやって来た辺見と輪香子だった。

頼子はただ黙って会釈して立ち去って行く。

線路脇の安旅館「ことぶき」で頼子と小野木は再会する。

あなたをこんな目に遭わせた結城を許して下さい…、みんな私が悪いんです!と詫びる頼子は、すっかり生気を失い、別人のようにやつれ果てていた。

今日、役所に辞表出して来たら、気持ちの整理が出来ました…と答える小野木の方も、すっかり様変わりしていた。

少年じみた正義感から、六法全書を振りかざし、世の中に立ち向かいたいと思っていたので検事になったのですが、実際、生きている人間を調べて行くうちに、複雑な人間と言うものが分からなくなり、僕は何度も自信を失いそうになった。そう言うとき、古代人の生活を訪ねて歩くことにしました。

あの単純な生活…、駆られの生活には苦しみなどなかったと思う。

自分でもどうして良いか分からなくなった…、希望も努力も虚しく消えてしまった。

現実はいつだって、未来への架け橋でなければならない。その橋は…、その未来にかかる橋は、君しかいないんだ!君だけだったんだ!そう言った小野木と頼子はきつく抱きしめ合う。

誰もいない所へ行こう!と小野木が誘うと、私はみんなを不幸にしてしまう女…、結城もあなたも…、あのお嬢さんのきらきらした目を観た時、はっきり分かったわ!あんなお嬢さんと結婚すれば良かったのよ!

頼子さん!どこへ行っても、僕たちは2人だけで生きるんだよ。知らない所へ行こう!今晩東京駅で10時半に会おう!ダメですよ、来なくちゃ!小野木はそう念を押し、頼子とキスをする。

その夜、東京駅で待つ小野木だったが、約束の時間になっても頼子はやって来なかった。

焦る小野木

頼子は、長野行きの列車に乗っていた。

どちらまで?と向いの席のおばさんが聞いて来たので、頼子は富士吉田と答える。

何にも事情を知らないおばさんは、河口湖はきれいでしょうねなどと話しかけて来る。

10時40分…、45分…、時計を何度も確認し、頼子の姿を探す小野木。

その時、長野行きの列車に乗っていた頼子は、気持ちが揺れ動いたのか、一旦、席を離れ、デッキ口からホームへ降りようとする。

しかし、その時既に列車は動き始めてしまったので、頼子は降りられなかった。

「あなたが待っている東京駅へ、行こう、行こうと思ったんです。苦しむ気持ち分かってください。

あなたはあなたの道をまっすぐ進まなければ行けません。約束破ったこと、頼子の最後の愛だとお思い下さい」

翌日、そう旅館の窓辺で手紙にしたためるより子。

どこへも行けない道…

その後、樹海の中に1人入り込むより子の姿があった。


 

 

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