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めくら狼('55)

横溝正史原作の「人形佐七」の映画化だが、主役を務めているのが小泉博さんと言うのが珍しい。

小泉さんと言えば、若い頃は甘い二枚目ながら、どちらかと言えば、おとなしそうでまじめなサラリーマンのような役が多いだけに、江戸っ子のべらんめえ口調でまくしたてたり、十手片手に立ち回りをするなどと言うシーンがあるのが楽しい。

どう観ても強そうに見えないところが、いつも女房を心配させる、ちょっと頼りないキャラクターとしてぴったりなのだろう。

事件そのものはそんなに複雑なものではなく、登場する役者さんの顔ぶれを観れば、最初から薄々真犯人は分かる程度の通俗捕物帳なのだが、マキノ雅弘らしく、佐七にべったり甘える女房お粂の姿が愛らしい。

着物を買って、買って!と、お粂がねだる様子は、時代劇というより、現代劇のホームコメディに近い。

田中春男演じる大阪弁の豆吉のキャラクターなども楽しい。

意外だったのは、手裏剣おさきを演じているのが、どうやら新珠三千代さんらしこと。

かなりお若い頃の作品らしく、後年の新珠さんの風貌とはかなり違って見え、キネ旬データのミスではないのかと疑いたくなるくらい。

同じく、蛇踊りのお綱を演じているのは、キネ旬データでは「R・テンプル」と、まるで外国人のような名前になっているのだが、これも、日本語を話すごく普通の日本人の娘さん。

おそらく、身体が極端に柔らかく、アクロバットやヨガのポーズのようなことが得意だった、本物の芸人さんなのだと思う。

「R・テンプル」と言うのは、記載ミスでなければ、芸人さんとしての芸名なのだろう。

通常、この手のゲストはほとんどセリフがないものなのだが、この作品ではかなりセリフを言うシーンが多い。

口が不自由な源六を演じているのが田崎潤さんというのも意外。

良くこんな特殊な役を引き受けられたな〜と言った感じがする。

作られた時代が時代だけに、色々今では放送禁止のような言葉やキャラクターが登場して来るし、タイトル自体に「放送禁止用語」が使われているが、当時はそう言うものを、一種の「怪奇要素」として使っていたと言うことが分かる。

作品の出来としては、まずまず…と言った所ではないだろうか。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1955年、滝村プロダクション、横溝正史原作、毛利三四郎脚本、マキノ雅弘監督作品。

浅草仲店は人でごった返していた。

芝居小屋の前では、呼び込みが「南京一座の手裏剣おさき」の舞台が始まると客を呼んでいた。

その芝居小屋の近くには、犬を連れた浪人が立っていた。

反対方向から近づいて来た総髪の浪人が芝居小屋の入口付近までやって来たとき、その浪人が連れた犬が近寄って来たので、怯えた典膳はそのまま逃げるように芝居小屋の中に入る。

今の客は銭を払ったのかい?と呼び込みに男が聞くと、あの人は、この絵看板を描いた絵師の岬典膳(石黒達也)さんだと呼び込みは教える。

小屋主は、大当りだ、大当りだ!と大喜びで、出番前のおさきに声をかけようと楽屋にやって来るが、おさき(新珠三千代)は、見知らぬ来客の相手をしていたので遠慮する。

その側でヨガのような蛇踊りの稽古していた蛇踊りお綱(R・テンプル)に誰だ?と小屋主は聞くが、知らんと言う。

御贔屓にして頂くのはありがたいんですけど…、そう言うお席へのお招きは…と鏡台の前に座って客と対峙していたおさきは、困ったように断っていた。

私は主人から頼まれて来ただけで、主人は芸の話を聞きたいのだと…と、その番頭茂蔵(進藤英太郎)の方も困ったように説明するので、ご主人の名は?とおさきが訪ねると、日本橋の両替屋丹波屋宗兵衛だと茂蔵は答える。

その名を聞いた途端、驚いたような顔になったおさきは、ずっと握っていた白粉用の短穂(たんぽ)を落としたことにも気づかなかったので、近くで稽古していたお綱の方が不思議そうに目をやる。

しばし考えていたおさきは、丹波屋さんにごひいきして頂くのは嬉しゅうございます。どこへでも、今宵でもいつでもうかがいますと返事をしたので、今宵は町内の寄合がありますので、では、明晩、お迎えに上がります。主人は今客席におりますので、早速知らせて参りますと頭を下げ、楽屋を後にする。

一方、楽屋にやって来た天膳は、稽古を終えたお綱に持って来た反物を渡すと、暇になったら、又やってくれんか?と聞く。

お綱は、分かった、分かったと答えながら笑う。

舞台では、空天竺で修行した手裏剣乱舞と南蛮渡来の蛇踊りをごらん下さいと南京一座の座長が紹介していた。

そして舞台に登場したお綱が、蛇踊りを始めると、客たちは大喜びし出す。

さらに、そこにおさきが登場すると、客席で茂蔵と一緒に観ていた丹波屋宗兵衛(志村喬)は、似ている!と呟く。

おさきは、様々なポーズから次々に手裏剣を舞台隅の板に向かって投げつけると、客席からどよめきが起きる。

手裏剣が刺さった板の前で、鯱のようなポーズを取っていたお綱の身体ぎりぎりに手裏剣が突き刺さっていたからだった。

小屋の前では、呼び込みが、次は娘の綱渡りだよ!下から覗くと、赤いものがちらちら…などと、男心をそそるような呼び込みをしていた。

その前で、中に入ろうとしていた人形佐七(小泉博)に、あんなもの観て行こうなんて!と不機嫌そうに引っ張って行こうとしているのは、女房のお粂(瑳峨三智子)だった。

子分の辰五郎(本郷秀雄)と豆六(田中春男)も、赤いちらちらを観たがっていたが、親分がお粂に引っ張って行かれたんでは付いて行くしかない。

迷った末、2人は観ても誰にも迷惑かけないことに気づき、小屋に戻って行く。

佐七は、帰るよ!と諦めたようにお粂に付いて行く。

その夜、大川端の橋の下に酔って帰って来た天膳は、何かを見つけて、川の中も構わず、橋桁の方へ近づくと、絵筆を取り出す。

紙に何かを描き写し始めた時、籠屋が歌いながら近づいて来たので、天膳は身を隠す。

籠屋の二人は、橋桁の方に何かを見つけ、戻り駕篭なんだ、姉さん、深川かい?などと声をかけながら近づいて来るが、橋桁に身をよりかけていた女が崩れるように倒れるのを見て逃げ出す。

死んでいる女の首筋には手裏剣が突き刺さっていたからだった。

その直後、又姿を現した天膳は、女の死体の方を興味深気に見つめる。

翌日、芝居小屋にやって来た佐七は、犬を連れた目の不自由そうな浪人に気づくが、そのまま楽屋へ向かう。

一方、佐七の家に駈け込んで来た辰五郎と豆六は、大変だ!大事件だい!姉さん、親分はどこにいなさる?もう俺たちで目星はついてんだ!と声をかけるが、お粂は、どうせお前たち、やぶにらみだろう?とからかうと、今日は仲良く、着物を買いに連れて行ってもらう約束してたのに~…、辰、豆のバカやろう!とすねるので、辰五郎と豆六は、すいません!と思わず謝る。

辰と豆が親分を追って行くと、神棚に手を合わせたお粂は、大明神!大事な亭主に怪我なんかさせちゃ嫌だよ~と甘えるように願をかける。

南京一座の楽屋で、おさきが舞台で使う手裏剣を見せてもらっていた佐七は、箱に納められていたセットの内、1本足りないことに気づく。

聞くと、昨日まで揃っていたのだが、今日は1本ないんですよとおさきも不思議そうに答える。

夕べは外にでなすったかい?と聞くと、願いがなかったので、半時ばかり、観音様にお礼参りに出かけたとおさきは言う。

小半時か…と佐七は考える。

実は夕べ、大川端で年増が一人殺されたんだ。これと同じ手裏剣でね。およねという水屋の仲居で、四月の身重だったんだが、太夫、隠し立てしねえで、話してくれたらありがえんだが…と頼む。

しかし、それ以上、おさきからの収穫は得られなかったので、小屋主に看板絵のことを聞くと、あれは岬天膳という人が先方から持ち込んで来たもので、女の身体を色々描き写している人らしいと聞く。

寛永寺裏の艀前にある岬天膳の住む長屋にやって来た佐七は、ごめんなさって!と声をかけながら中を覗き込むが、隣の部屋にあった女の人形を観て肝を潰す。

どうやら天膳は不在のようだったので、勝手に中に入って部屋の中を見て回る佐七だったが、大川端で夕べ死んだおよねの死体を描いた絵が置いてあったので納得する。

外に出た所で出くわしたのが、佐七を探しに来た辰五郎と豆六、佐七は目の前で洗濯物を干していたおばさんに、俺がここから入ったことは黙っていて欲しい、おいらはお玉が池の人形佐七ってものだと声をかけて帰る。

続いて佐七が会ったのは、丹波屋宗兵衛だった、

宗兵衛は、およねは確かに私の種を宿しました。しかし、子供は預かると話がついております。

これは茶屋の女将も聞いております。

およねも、もらった金が多過ぎると言っていました。

第一、夕べは寄合で何人もの旦那衆と一緒でした。

この宗兵衛、確かに女手入りについては多少だらしない所がありますが、およねが殺されたことに関しては、何の関係もありませんと落ち着いて答える。

お邪魔しましたと庭先から帰ろうとした佐七を呼び止めたのは、口が不自由な下男、源六(田崎潤)だった。

手真似を観た佐七は、どうやら離れのお嬢さんと会ってくれと言っているらしいことを察し、縁側に見送りに出て来た茂蔵に、あっしはオ○の言うことが分かるんですよと言うと、源六にこっそり座敷の方の見張りを頼むと、離れに入って行く。

離れにいたのは、丹波屋宗兵衛の娘お園(宇治みさ子)だった。

お父さんがお手を付けたおよねさんご存知ですか?と佐七が聞くと、母が亡くなりまして10年になりますので、父は寂しいんだと思います。四月ほど前にお別れしたらしく…とお園は言う。

それだけですか?と確認すると、たった1度、4~5日前に…とお園は答えかけるが、その時、外で見張っていた源六が合図のうめき声を上げたので、いけねえ!また…、ご免なすってと佐七はお園に挨拶し、早々に退散することにする。

丹波屋の店先から茂蔵に見送られ、帰りかけていた佐七は、そこに総髪の男が入って来たので、あなた様は、今流行りの絵描きさんの岬典膳様では?と話しかけると、何か用か?と睨みつけて来たので、どうも失礼致しました!と非礼を詫び、店を後にするが、その直後、又、犬を連れた、右目に眼帯をした目の不自由な浪人者が丹波屋の前を通り過ぎて行くのに佐七は気づく。

自宅に戻って来た佐七は、子分二人に、良いか?籠屋は、殺された女の前に総髪の男がいたって言っていたと説明するが、豆六は、手裏剣の持ち主の南京おさきが怪しいと思うと言うので、俺は今、丹波屋でその総髪の男と会ったぜと佐七は教える。

しかし、辰五郎も、凶器は南京おさきのものと同じだから、おさきに違いねえと思うと反論し、豆六もその意見に賛成する。

それを横で聞いていたお粂は、そんな早く犯人を見つけるほど頭の良い子分はいないよ。あんたたちのせいで、うちの人は近所で、へっぽこ目明しだと言われているんだよと子分たちに嫌味を言う。

でも、あの腕前は南京おさきに違いありやせんよと辰五郎が反論すると、何で、およねをおさきが殺さなあかんねん!と豆六が動機のことを指摘する。

何が彼女をそうさせた?と、お粂の膝枕に頭を乗せていた佐七が助け舟を出すと、事件は金か女か?とお粂も話に乗って来る。

曰く因縁故事来歴やと思うんですがね…などと辰五郎が意味も分からず混ぜっ返す。

お前さん、色も金の内よ、山崎屋のあの着物買ってね?と佐七の耳をつねったので、佐七は痛がって飛び起きる。

夜、料亭「花村」に駕篭でやって来たのは、おさきだった。

茂蔵が出迎え、離れに案内すると、旦那は気楽な方だから、話し相手頼みますよと言うと、自分は帰って行く。

縁側に腰を降ろし、障子をそっと開けたおさきに、太夫か?待ちかねた。さ、上がって下さいと丹波屋宗兵衛が声をかけて来る。

縁側で何となく躊躇しているおさきだったが、思い切って部屋の中に入ると、南京一座の手裏剣打ちおさきでございますと、丹波屋宗兵衛とは正対せず、視線をそらして挨拶をする。

知ってます。舞台も見せて頂きました…と答えた宗兵衛は、またもや、似てる!姿といい形といい、あんまり似ているものだから、近々、会おうと思っていたんだと言う。

私がどなたに似ているのでございましょう?とおさきが聞くと、話し難いんだが…と言葉を濁した宗兵衛は、あなたのお母さんは?と逆に聞いて来る。

死にました…とおさきは答え、ほう、その名は?と宗兵衛が問いかけると、お母さんの名前はおとき!と答える。

おとき!と驚く宗兵衛。

後ろ手に、こっそり手裏剣を取り出したおさきは、突然、私はそのおときの娘さ!畜生!と言いながら、その手裏剣を、床の間に逃げた宗兵衛に投げつける。

その床の間に刺さった手裏剣の1本を抜き、自らそれを構えておさきの方へにじり寄って来た宗兵衛は、娘だったか!…じゃあ、お前さんが…と呟くが、あんたを親とは思わない!と言いながら、おさきはその場に崩れて泣き出す。

可哀想な想いをさせた…と宗兵衛は詫びるが、あんたに棄てられ、親には勘当され、どこへ行く当てもない母親は、南京一座に入り、そこで私を生んだのさ。お母さんは最後は寂しく死んで行ったよ。長い間、私はあんたを殺そうと思ってたんだよとおさきは吐き出す。

すまん…、恨むのももっともだ。さあ、わしを殺せ!殺しておときの恨みを晴らせ!と言いながら、手にした手裏剣を渡そうとする宗兵衛は、咽か?胸か?手裏剣の腕前を見せておくれ…と迫る。

しかし、耐えきれなくなったおさきは、お父っつぁん!と叫ぶと、宗兵衛に抱きつく。

その後、表で待っていた籠屋の前までおさきを見送りに来た宗兵衛は、今日はどうしても帰らなければいけないのかい?と尋ねる。

あの興行が終わったら…、良いんですね?とおときが言うので、良いとも…と答え、お父っつぁん!と呼びかけて来たおさきに、うん、待ってるよと優しく答える。

翌朝、神棚に置いてあった十手を掴むと、粂、行ってくらぁと言って出かけて行くのは佐七に、お前さんと呼び止め、火打ち石を打って送り出したお粂は、神棚に手を合わせると、どうか、うちの人がヘマをやりませんように…と願う。

佐七が向かったのは、大川端で死んでいたおさきのことを知る南京一座のお綱の元だった。

お綱は、丹波屋宗兵衛がおさきの贔屓らしく、番頭茂蔵がおさきに誘いに来ていたこと、夕べ、迎えの駕篭が来ていたことなどを打ち明け、その迎えの駕篭かきを探せば良いんじゃない?などとヒントまでくれたので、一緒に話を聞いていた豆六たちはちょっと焦る。

天膳さんは相変わらず来なさるかい?と佐七がカマをかけると、来なかったわ!本当よ!今日はまだしたくないの!とお綱は答えると、又、蛇踊りの稽古を始める。

続いて佐七は、丹波屋宗兵衛におさきが殺された事を知らせに行く。

聞いた宗兵衛は、何故殺された!どうして殺された!と狼狽するばかり。

おさきさんは、あなたと「花村」で別れた後、大川端で死んでいたんです。およねさんと同じで、手裏剣で咽をぷっつりと…と佐七は伝えるが、その佐七がいる座敷の方を、離れのお園と源六も気になるように見つめていた。

旦那、おさきとは何か関係あるんですかい?と佐七は探りを入れるが、何も…と宗兵衛は否定する。

先に帰ったのは?と聞くと、おさきだと言うので、茂蔵さんも一緒に?と聞くと、茂蔵はおさきが店に来るとすぐに帰ったと宗兵衛は答える。

もう1度、おさきとの関係を聞いた佐七だったが、宗兵衛は、ない!何もない!と興奮気味に否定し、帰れ!と佐七に怒鳴りつける。

宗兵衛を怒らせてしまった佐七は、離れのお園に会釈して庭先から帰って行くが、その様子を観ていた源六は、何か言いたいことでもあるのか、身体をよじらせて悔しがる。

店の外に出た佐七は、そこで待っていた辰五郎と豆六に、何事かを指示して去って行く。

帰宅した佐七は、玄関先に見知らぬ雪駄が置いてあることに気づき、お粂を呼ぶと、与力の神崎甚五郎(天野刃一)が待っていると言う。

将棋盤の前で考え事をしていた神崎は、およねと南京おさきが死んだが、これをどう考える?と聞いて来る。

佐七は、旦那、もう少し待って下さいませんか?どうにも分からないことがあるんですと頭を下げると、良い良い。宗兵衛や天膳のことはこちらで調べてみると頷くと、この将棋は難しい…と言って、盤上の詰め将棋を佐七に見せる。

佐七も、こてはこうして…としばし考え始めるが、用意に答えは見つけられなかった。

この詰め将棋、お前に預けた…と言って、神崎は帰って行く。

その夜、鍋焼きうどん屋や旅人に化けた豆六と辰五郎は、その後も、クズ屋や火の用心の見回りに化けて丹波屋の店の様子をずっと監視続ける。

後日、神崎からの手紙を読んでいた佐七に、お粂は焦れたように、ねえお前さん、明日、山崎屋に着物買いに行っておくれとねだり、佐七が答えないと、ちぇっ!あんたって案外良い亭主じゃなかったのね…とすねてみせる。

そんなお粂に佐七は、宗兵衛って奴はひどい男だな〜…、女を孕ませては棄てて来た奴らしい。おさきさんはおふくろを棄てられたんだ。岬は前科者らしい…と、今読んだ神崎の手紙の内容を教えるが、お粂は、そんなことはどうでも良く、着物を買ってくれると言っときながら…、嘘つき!大嫌い!ねえ、買って〜!とねだるだけだった。

そこに戻って来た豆六が、親分!丹波屋が出かけました!天膳がこっそり店の中に入って行きましたと報告したので、待てば回路の日和ありか…と喜んだ佐七は出かけて行く。

後に残されたお粂は、何だい、こんなもの!嫌い!と怒って、詰め将棋の駒を払い落とすと、寝ちゃうよ!とすねて、1人布団の中に入り込む。

丹波屋の屋敷に駕篭が入って行くのを、近くで張っていた佐七は確認する。

宗兵衛の部屋に来ていた天膳は、部屋中を埋め尽くしている仏像を観ながら、どの一つを売ったって楽にひねり出せる金じゃないか。俺もそうちょいちょいお前の仏頂面は観たくないんだ。まとまった金を出してもらいたい、嫌か?と宗兵衛に迫っていた。

今ではお前も仏の宗兵衛だが、その名を30年昔に戻すことあるまい…と天膳が嫌味を言い、話は違うが、川端で死んだのは、おめえが手をつけて棄てた女じゃねえのか?と聞いて来る。

宗兵衛の方も、天膳、お前、本当に通りかかっただけか?と聞き返すと、俺がお前の女を殺して何になる?と天膳は嘲笑する。

宗兵衛は、急に人目を気にするように障子を閉めるが、廊下の闇の中では、茂蔵が密かに部屋の中の様子をうかがっていた。

せめて、あの女だけは幸せにしてやりたいと思っていたが殺された…と宗兵衛は、おさきのことを悔しがる。

あんたが昔、手にかけた女は2人あったな?この間殺されたおよねには金をやって、子供も預かると言ったそうだが、昔のお前には金がなかったから、その女二人には何もやらず棄てたんだったな?その後、2人は外で子供を産んだそうだぞ…と天膳が言うので、この前会った南京おさきは、おときの子よ…と宗兵衛が教えると、へえ!あのおさきが!おとこのな〜…と天膳は意外そうに答える。

始めて会って親子を名乗った夜、おさきは私を殺そうとした。しかし、やっとの想いでわしを許してくれた。お父っつぁんと呼んでくれた…。その帰りに…、殺された…と宗兵衛は嘆く。

お前のことは知らなかったな〜…と天膳が言い、まさか、宗兵衛、お前が?と疑って来るが、俺じゃねえ!誰が殺したにしろ、俺じゃねえ!と宗兵衛は否定する。

天膳が廊下に出ると、もうお帰りで?と茂蔵が声をかけて来る。

金持ちは身が大事だ。今夜は泊めてもらうと天膳が言うので、どうぞと茂蔵は答え、天膳が自分の部屋に向かうと、茂蔵は宗兵衛の部屋に入る。

いつまでもきりがございませんな…、何かと言うとすぐ昔のことを…と茂蔵が気の毒そうに言うと、聞いていたのか?と応じた宗兵衛は、お前知っていたな?おときの他に、子供が出来た女のことを?と聞き、わしは、天膳がおさきとおよねを殺したと思っていたが、あれは、おさきがわしの子だと言うことを知らなかった。

およねを殺したのはおさきだっただろうか?…と考えていた宗兵衛は、これはひょっとすると、わしのもう1人の子か!と気づく。

そんなバカな!と答えた茂蔵だったが、外から聞こえて来る犬の鳴き声を聞いて、嫌な晩でございますな〜…と呟くと、部屋を出て、廊下に灯っていた灯を次々に吹き消して行く。

そんな丹波屋の庭先に、犬を連れた目の不自由な浪人者が侵入して来るが、茂蔵は気づかないようだった。

一方、蒲団に入っていた宗兵衛の脳裏には、先ほど天膳が言っていた言葉がよみがえって寝付けなかった。

この間殺されたおよねには金もやるし、子供も預かると言ったそうだが、昔のおめえは今みたいに金持ちじゃなかったかた、何もやらずに棄てちまったが、あの2人はその後、子供を産んだそうだぞ…、えれえ苦労をしたろうな…

その時、障子の外に人影を感じたので、宗兵衛は目を見開き起き上がる。

誰だい?と声をかけると、浪人者が引き綱を外した犬が、障子の隙間から宗兵衛が寝ている部屋の中に入って唸り出す。

片目に眼帯をした浪人者がその後から入って来たので、お前は?と聞くと、根本喬之進(水島道太郎)です。20年前、あなたに棄てられた根本きくの子供です!と浪人は答える。

私は、人間の育て方も知らない母親だったため、赤ん坊時代、ドブネズミに目を喰いちぎられ、母は雪の中、私に子犬を抱かせて暖を取らせ、血みどろな苦労をしたあげく、苦しみ抜いて13年前にのたれ死にました。

私はあなたとお園が憎い!斬る!と言いながら喬之進が刀を抜いたので、私はともかく、お園には何の罪もない!わしが悪いのだ!お園を斬ってはならん!と宗兵衛は叫ぶが、喬之進は嫌だ!と言う。

物心ついた頃から、他人の家の軒下で雨露をしのぐしかなかった俺からすれば、何不自由なく育てられたお園が憎い!お園を斬る!と叫んだ喬之進は、宗兵衛を斬ると、泣きながら廊下へと出る。

それに気づいた茂蔵が、誰だ!と呼びかけると、喬之進は逃げ出したので、誰かいないか!追え〜!と叫んだ茂蔵は、宗兵衛の部屋に駆け込み、主人が事切れているのを発見する。

使用人たちが喬之進を追った後、天膳は、何ごとかと、お園がいる離れの方に来る。

屋敷の外へ逃げた喬之進とそれを追う使用人たちを目撃しながらも、佐七と子分たちは、そのままそこへ居残る。

翌日、天膳の長屋にやって来た佐七は、中の様子を覗き込み、人のいる気配を感じると、貸し家になっていた隣の部屋からそっと中に侵入してみる。

あばら屋同然に壊れた隣室から、天膳の部屋の中をそっと観察すると、女の責め絵が貼ってあるのを発見する。

さらに、もう少し…、苦しいか?などと言う天膳の声が聞こえ、天膳がお綱の身体を縛って絵を描いている姿が見えた。

天膳の方も人の気配に気づいたのか、誰だ!人の仕事を邪魔する奴は、どこのどいつだ!と怒鳴って来たので、ニャ〜オとネコの鳴きまねをしながら、佐七はそっと逃げ出す。

長屋の外に出た佐七は、しばし考え込むが、うん!と何かに気づいたようだった。

茂蔵は手紙のようなものを1人で読んでいた。

そこには、貴殿承知の通り、拙者と宗兵衛の関係、そなたが丹後屋の後見人になられたときは、宗兵衛殺害のことご承知起き下さいと書かれてあった。

庭では、源六が庭の様子をうかがっていた。

そんな中、佐七は、お園の離れにこっそり忍び込む。

お父さまのことは残念でした。お役にも立てず申し訳ありませんと詫びた佐七は、この前お会いした時、お嬢さんが何か話しておられないことがあるような気がしたものですから天と佐七が切り出すと、私には、おさきさんの他にもう1人兄弟がいるのですとお園は打ち明ける。

その時、茂蔵が障子を開け、庭の様子を見回したので、見張り役をしていた源六が、笑い顔でごまかしてみせる。

部屋に戻った茂蔵は、火鉢で手紙を焼き捨てる。

その頃、長屋に籠ってえを描いていた天膳は、見本のえをお綱に見せながら、こんなの出来るかい?と聞いていた。

お綱が頷くと、片足を上に伸ばした状態で柱に縛り始める。

さらに、お綱の手には手錠をはめて行く。

痛い!とお綱が文句を言うので、我慢してくれと言いながらも、嬉しそうだった天膳だったが、その時、表から犬のうなり声が聞こえて来たので、犬嫌いの天膳は怯える。

外には、犬を連れた根本喬之進が通り過ぎて行く。

その夜、天膳は、茂蔵に呼ばれ、丹波屋の屋敷に行くと、茂蔵と差し向かいで飲みながら、仏像に取り囲まれて飲む酒の味はどうだ?と嫌味を言う。

あなたのような恐いお方がいなければ、もっと旨いんでしょうけどねと皮肉で返す。

ところで、丹後屋の後見人さん、今日は何の用だね?と天膳が聞くと、もう丹後屋にはお近づきにならないように願います。例の人形佐七があなたに目を付けています。私は何とも思っていませんがね、これで丹後屋とも…と言いながら、30両の小判の包みを差し出す。

その頃、別室では、用心棒として集めた浪人たちが酒を飲んでいた。

その後、離れの前にいた源六は、酔って屋敷から出て行く天膳の姿を目撃する。

そんな源六に、もうお休みと、離れの中からお園が声をかける。

天膳が、丹後屋の屋敷から出て行くのを、外で見張っていた佐七と子分たちも確認する。

その直後、庭先で犬が吼えるのに気づいたお園は、怯えて起き上がると、源六!と呼びかける。

離れの外にいた源六は、犬がどこに入り込んだのか、闇の中に目を凝らす。

帰りかけていた天膳も、犬の声に怯え、周囲を見渡しながら、近くの辻堂に逃げ込む。

その直後、天膳の悲鳴が聞こえる。

天膳を尾行していた佐七が、お堂に近づくと、お堂の中から出て行く犬を目撃する。

辻堂の中に入ってみると、天膳が倒れていた。

外には正体不明の5〜6人の黒覆面の一団が辻堂に接近して来る。

天膳の死体を調べていた佐七は、背後からいきなり槍を突いて来たので、それを交わし、表に出る。

そして、ばかやろう!人形佐七だい!と見栄を切ると、取り囲んで来た黒服面たちと十手で戦い始める。

その時、近くに干してあった瓦を掴んで投げつけ、賊を追い払ったのは茂蔵だった。

佐七に駆け寄って来た茂蔵は、御怪我はありませんか?虫が知らせたのか、天膳の後をつけていたのですが…と説明する。

天膳なら、その辻堂の中で咽をがくっとやられているぜと佐七が教えると、魂消たような声を上げ、お堂の中に駆け込むと、天膳さん!と驚きの声をあげる。

佐七の所へ走って来た子分たちは、親分!お園さんが!と伝えると、しまった!と言って、屋敷へ戻る。

その後も、茂蔵は、天膳さん!誰か来てくれ!と狼狽していた。

丹後屋の庭先に入り込んだ佐七に、離れの所にいたお園が、源六が!と呼びかける。

観ると、血まみれの源六が倒れているではないか!

抱き起こそうとすると、1人で立上がった源六は、にやりと笑って、そのまま又倒れる。

後日、丹後屋の葬儀が寺で行われ、お園も出席していた。

そんな中、豆六は、親分、どこへ行ったんやろ?と探しまわっていた。

夜、葬儀場の寺から出て来た駕篭を、木の陰に隠れていた佐七はじっと見送っていた。

辻堂に隠れていた根本喬之進は、犬を抱いて待ち構えていたが、そこに、駕篭が通りかかったので、犬で駕篭かきを追い払うと、自らは、お園が乗っているはずの駕篭を刀で突き刺していた。

しかし、駕篭はもぬけの殻だった。

翌日、辻堂にいた根本喬之進を訪ねて来たのは茂蔵だった。

この間はまずうございましてねと茂蔵が話しかけると、空籠だったのはおかしいな…と喬之進は首をひねる。

そいつはあっしも知らなかったが、佐七はとんでもない所を洗っています。このまま行けば、丹後屋の跡継ぎはあんたになる…と、茂蔵は喬之進をおだてる。

金などどうでも良い!と答えた喬之進は、生まれも付かぬカ○ワにされたのは、あの宗兵衛のせい、憎い宗兵衛は斬ったが、お園も憎い!目は晴れても、心は晴れない。およね、おさきも殺した…。

茂蔵、丹後屋の身代は、お前に転がり込んだも同じだな…と言いながら、喬之進は片手を差し出す。

翌日、豆六と辰五郎は、佐七の指図を受け、天膳の長屋にやって来て中に入り込む。

そこに、女の人形が置いてあったので肝を潰すが、さらに奥へ入り込むと、お綱が1人で足を頭の横につけるポーズを取っていたので驚く。

何しに来たの?とお綱が聞くので、うちの親分が、宗兵衛が死んだときの姿を描いた絵を持って来いというので…と説明すると、これ、みんな私の!と言って、お綱はその場にあった絵を全部隠そうとする。

証拠になるかも知れないんだと説明し、お綱ををおだててポーズを取らせようとする豆吉たち。

縛れるかい?とお綱が承知したので、縛るのは商売さと言いながら、辰五郎と豆吉は縄を取り出すと、お綱を縛り出す。

そして、室内を物色した辰五郎が、問題の絵を見つけたので、それを持ち帰ることにする。

奇妙なポーズで縛られていたお綱は、追いかけられないので、嫌だ、嫌だともがいていた。

一方、佐七の自宅では、お粂が、1人で詰め将棋に挑戦しており、いきなり詰んだよ!お前さん!と呼びかける。

それを知った佐七は、こうなりゃこっちのもんだ!今夜はきっとホシを上げてみせるぜと立上がった佐七は、明日は、山崎屋に行っておめえの好きな着物を買ってきな…と言いながら、巾着袋を渡そうとする。

あたいは、お前さんと一緒に行くのよと甘えて来たお粂だったが、その時、簪が畳に落ちる。

俺はひょっとすると、今夜、命がねえかも知れねえ…と言いながら、佐七は簪を拾い上げる。

嫌だよ、私…と嘆くお粂。

お粂、すまねえ、今度生まれ変わることがあったら、金輪際目明しにはならねえと佐七は詫びるが、お粂も、私も目明しの女房にはならない!と言うので、好きだよと言いながら、佐七は簪をお粂の髪に刺してやる。

お前さん!と泣きながらすがりつくお粂

その夜、茂蔵は丹後屋の用心棒が控えている部屋の障子を開け、中を確認する。

その頃、離れにいたお園は、何かに驚いていた。

そんな丹後屋の庭先に、犬を連れた根本喬之進がやって来る。

丹後屋の外には、捕手たちが集まって来る。

喬之進は、犬の引き綱を離し、犬は離れへと向かう。

刀を抜いた喬之進も、離れの中に入り込むと、別室に控えていた用心棒たちが離れに近づいて行く。

布団に寝ていたお園に刀を突こうとした喬之進は、突然起き上がって来たのが佐七と知って驚く。

右目の眼帯を取って、しまった!と叫ぶ喬之進。

根本喬之進さんですね?と確認する佐七。

庭に出た喬之進だったが、その首にどこからか飛んで来た手裏剣が刺さる。

手裏剣を投げたのは茂蔵だった。

佐七は、その茂蔵に十手を突きつけると、真犯人はおめえだろうと語りかける。

首に刺さった手裏剣を抜いた喬之進は、照明用に灯されていた大きな蝋燭を手に取る。

そこに、捕手たちがなだれ込んで来たので、喬之進は応戦しながら座敷に近づく。

宗兵衛がおさきに会いたがっているのを知ったお前は、それを利用して丹後屋の身代をそっくり手にする計画を立てた。根本喬之進を見つけて、利用したまでは良かったが、おさきの手裏剣を使ったのが、おめえの運の尽きだ!と、茂蔵と戦いながら真相を証す佐七。

座敷に近づいた喬之進は、持っていた蝋燭の火で障子を燃やし始める。

座敷が炎上し始めたことに気づいた茂蔵は、狂ったように叫びながら火を消そうとする。

翌日、瓦版売りが「夜光の手裏剣事件」と面白おかしく叫び、客を集ていた。

迷宮入りかと思われたが、これを人形佐七が見事に暴いてみせた!

花のお江戸か、人形佐七か!買った、買った!

その頃、人形佐七、お粂、辰五郎と豆六たちは、寺に手を合わせに来ていた。


 

 

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