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目白三平物語 うちの女房

タイトルの「目白三平」と言う名前には以前から聞き覚えがあったのだが、地味そうな作品なのでこれまで進んで見ようとは思わなかったのだが、実際に観てみると、低予算ながら当時の庶民の生活振りが良く分かるホームドラマとして予想外に面白かった。

主人公の目白三平は、国鉄(今のJR)職員らしく、人が良くてのほほんとしている中年男性。

佐野周二(関口宏さんのお父さん)のイメージにぴったりのキャラクターような気がする。

しかし、今回スポットが当てられているのは、どちらかと言えば、三平の妻の文子の方のように見える。

その文子を演じているのは、見た目恐そうな望月優子さんなので、気弱そうな佐野周二さんとの対比が面白い。

その文子、結婚して家のことばかりに振り回されているうちにストレスばかりが溜まり、いつしか女性としての魅力を失い、口やかましいばかりで、亭主の行動一切合切に焼きもちを焼くような心の狭い女性になっている様子が描かれている。

夫の三平は特にやましいようなことはしていないし、亭主関白というようなこともなく、借りて来たネコのようにおとなしく、ストレスで始終ピリピリしている文子をなだめすかして家の中では暮らしているように見える。

一見、二人とも息苦しそうなのだが、別に不幸な夫婦という風にも見えず、結婚生活と言うのは多かれ少なかれそう言うものなのだ…と諦観しているような描き方になっている。

冬子はストレスが高じ、旅行に元同級生と出かけるが、自由気侭で幸せそうだった相手の不幸話を聞き、自分だけが苦労している訳ではないことに気づく。

否、むしろ、自分はまだ幸せな家庭なのだと気づいた文子は、その後出会ったホームレス同然の母子と遭い、優しい気持ちを取り戻す…と言う典型的なホームドラマの展開になっている。

最後に出て来るホームレス同然の母親を演じる千石規子の薄幸そうな演技が見事。

そして、文子が古着を渡してやるくらいの好意しか与えてやれない現実の厳しさも描いている。

施設に保護してやると言った解決策はなかった時代なのだろう。

彼女たち母子が、この後どうなるか誰も知らない。

つまりこの映画、戦後になっても、やはり幸薄い女性が少なくはなかったと言うことを教えてくれる。

金持ちの夫人に収まっても、亭主に逃げられたも同然の飯田夫人が、もう一つの女性の象徴である。

女性だけに注目すると暗そうな物語に思えるかも知れないが、のほほんとした主人公の三平の性格と、「三丁目の夕日」に登場する鉄平くんそのもののような冬木たち子供の無邪気な姿で全体的には救われている。

八百勘などがある商店街のセットなども「三丁目の夕日」そっくりだし、冬木が読んでいる本も「怪人二十面相」であり、まさしく「ALWAYS 三丁目の夕日」のイメージの参考にしたのではないかと思えるほど。

隣の美人の若奥さんを演じている杉葉子さんなども、一見、知的で優しそうなのに、結構、告げ口魔みたいに描かれていたりで、面白いキャラクターになっている。

民間の会社は良いわねなどと文子と話している所を見ると、同じ、国鉄職員の妻同士と言うことなのかもしれない。

初々しい団令子さんは、まだ丸顔もそんなに目だたず、きれいな娘さん時代である。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1957年、東宝、中村武志原作、井手俊郎脚色、鈴木英夫監督作品。

朝、目白三平の家の前を豆腐売りが通り過ぎる。

家庭用機織りをしている妻文子(望月優子)は、側で本を読んでいた次男の冬木(日吉としやす)が突然大声で笑い出したので、びっくりするじゃない!と注意するが、冬木が読んでいたのは「怪人二十面相」の本だった。

ひとしきり二十面相の文を読み上げた冬木は、お腹空いちゃったと言うので、かりんとうで良いかい?と文子は言う。

そこに、お隣の飯田夫人(杉葉子)が買物に文子を誘いに来て、旦那さんは?と聞いて来たので、箱根に1人で行ったの。骨休みですの。知った人の旅館なんで安くしてもらえるのよと文子は教える。

箱根の旅館で居眠りをしていた国鉄職員目白三平(佐野周二)は、1年に1度だけ仕事も家庭も一切合切忘却し、骨休めして体力を回復するため、言わば年に一度の亭主休養日としてこの宿に来ていたが、午後3時だと起こしに来た女中(三田照子)に、お庭でも散歩されては?と勧められるが、次は5時半に起こして下さいと頼み、又二度寝を始めるのだった。

その頃、飯田夫人と買物に出かけた文子は、女房の休養日がないのが変でしょう?とぼやくが、飯田夫人は、代々木さんの家が又増築しているのを横目で観て、砂糖会社のような民間は良いわよね~とうらやましがる。

でも、お宅のご主人は優しそうで良いわねと飯田夫人が言うと、ぼーっとしているからそう見えるんでしょう?逆に私の方は意地悪そうに見えるでしょう?などと文子は答える。

一方、長男の春木(杉本修)と2人で留守番を仰せつかっていた冬木は、冬聞く~ん!と野球の誘いの声が外から聞こえて来たので出て行きたがるが、春木が、2人で留守番って言われただろう?と言うので出るに出られない。

それでも、メンバーが足りないんだよ!と外から言うので、かりんとうを1本でどう?と春木に申し出る。

しかし、春木が2本!と要求して来たので、中をとって1本半で出かけて良いと言うことになる。

仲間と一緒に原っぱへ向かおうと家を出た冬木は、半ズボンのポケットからかりんとうが地面に落ちてしまったので思わず立ち止まる。

二つに割れたかりんとうが泥に落ちてしまったので拾うのをためらっていると、汚い格好をした子供(岩瀬一男)がそれを躊躇なく拾ったので唖然とする。

拾った子供は脱兎のごとく逃げ去ってしまう。

チンドン屋が通り過ぎて行く商店街にやって来た飯田夫人と文子は、八百貫で野菜を観ていたが、大根の値段を聞くと、使用人のがっちゃん(加藤春哉)が15円と言ったので、駅の向うまで行くと10円よなどと文子は文句を言う。

すると、ものが違いますよと主人(如月寛多)が口を挟むが、その時、八百勘の娘雪子(団令子)が出かけて行ったので、嫁入り前なのにしょっちゅう出かけてばかりだ…とぼやくと、嫁入り前だから出かけるんですよ。夢に行ったら…と言いかけて飯田夫人に気づき、口を紡ぐ。

すると飯田夫人が、そうよ、嫁に行くと毎日買物かご下げてこの辺をぶらぶらするくらいしか出来ないのよとからかうように言う。

主人は、旦那箱根ですってね?知り合いの旅館なので割引してもらえるんですって?と言うので、どうして知ってるの?と文子が聞くと、夕べ銭湯で会ったのだと言う。

文子は里芋300匁買おうとし、200匁に変更して、30円ですというがっちゃんに、お宅も割引してね?と睨みつける。

その頃、1人宿の風呂に浸かり、歌を歌っていた三平は、同じ泊まり客らしい青年(佐原健二)が入って来たので、挨拶して言葉をかけるが、青年は終始暗い表情で、話しかけても返事はほとんどなかった。

それを観た三平は、私だって知らない人から話しかけられたら嫌なときもあるけど、少なくとも僕はそっぽを向いたりしないよ。愛想良く返事をして相手を不愉快にさせるようなことはしないはずだよ…などと心の中で忠告する。

それでも、早めに上がり、売店でパイプを観ていると、女将(三條利喜江)が近づいて来て、今、お風呂で変な人と一緒じゃなかったですか?と聞いて来る。

いつも大きなバッグを抱えていて…と女将が言うと、売店の売り子(記平佳枝)が、500円の札束が一杯入っているのではないかしら?等と言うので、三平は驚くが、そこに、カバンを抱えた先ほどの青年が風呂から上がって来たので、ほら、お風呂にまで持って行ってるでしょう?と女将は三平に耳打ちする。

青年は売店の所にいた三平たちの目を避けるように二階へ上がって行き、女将は、目白さんのお隣の部屋なんですのよ。それとなく気をつけて頂けません?などと頼んで来たので、三平は気が重くなる。

(夢)丹前姿で河原の岩場に来た三平は何故か動きがスローモーションになっていた。

そんな動きの鈍い三平の前に突然出現したのはあの青年だった。

右手を背中に隠しており、それを前に出すとナイフを手にしていたので、三平は驚いて逃げようとする。

(現実)うなされて夜中、寝床で目覚めた三平は、枕元に置いた腕時計で、深夜2時過ぎだと知るが、隣の部屋から人が歩き回る音がして来たので、あの青年はまだ寝ていないことに気づく。

壁際に近寄り、隣の物音を聞こうと起き上がった三平だったが、突然、隣の襖が開く音が聞こえ、続いて、自分の部屋の前から、ごめん下さい!隣室の者ですが…と青年の声が聞こえて来たので、急いで布団の中に潜り込み、緊張しながら、どうぞと声を返すと、あの青年がバッグを持って入って来て、ちょっとお願いがありまして…、これを預かって頂けませんかなどと言い出したので唖然とする。

私はサラリーマンなので5万以上の金は持ったことがありません!と拒否すると、青年はおかしな顔をして、これはお金じゃありません。ラブレターですと言うので、君は失恋したんですか?と聞くと、ええと青年が答える。

それでは…、まさか君…?と三平が案ずると、ええ、ラブレターを観ているとふらふらって死にたくなりますなどと青年が言うので、いかん!いかんぞ!若者が失恋くらいで自殺するなんて…

三平は青年に対して思い違いをしていたことに気づくと、ふすまを閉めさせ近くに呼び寄せると煙草を勧める。

旨いですね、この煙草、なんて煙草ですか?などと青年が言うので、」いこい」だよと呆れたように教えた三平は、煙草の味が分かったと言うことは、生きたくなったと言うことだろうと指摘する。

すると青年も合点したように、そう言えばさっきまで食事の味も何もしませんでしたなどと言い出し、あなたとお話ししたりするうちに、死ぬのが面倒になりました。実はさっき風呂場でラブレターを燃やそうと思って持っていたんですけど、ここは温泉でしたねなどと笑い出す。

又、2人で風呂に行きませんか?等と言い出したので、僕はもう良いよと三平は辞退するが、1人で入ると又死にたくなりそうで…などと青年が言うので、眠いのに無理矢理風呂に付き合うことになってしまう。

哀愁の霧が降る〜などと、昼間とは打って変わった上機嫌になり浴槽の中で歌い出した青年は、あなたさっき、この歌を雨が降る〜♪と歌ってらしたけど、本当は霧が降るですよなどと愉快気に話しかけて来て、朝まで語り合いましょうなどと言って来る。

三平は、そんな話に付き合わされ、生あくびが出てしまう。

翌日、町に戻って来た三平は寝不足で生あくびをしながら八百勘の前を通りかかると、旦那、寝不足らしいですな?と言いながら、主人が妙な笑い顔を見せる。

使用人のがっちゃんは、うれしがらせ〜て〜♪などと口癖のように歌っている。

家に戻る途中、町内の掲示板に、「社交ダンス講習会」と書かれたポスターを貼っていた雪子に出会ったので、三平が声をかけると、一緒にいた女性が、そこのドレメでやるんですよと言う。

雪子が、おじ様、いかが?などと誘って来たので、とんでもないと三平は辞退するが、男の人が少ないのよ、ダンスは身体にも良いのよなどと雪子と連れの女性は勧める。

代々木家の前を通りすぎようとすると、三平に気づいた代々木夫人(南美江)が玄関に無表情に入ってしまう。

家の玄関を開けると、そこで文子が春木を叱っているので、どうしたのか?と聞くと、留守番を頼んでおいたのに、冬木が遊びに出てしまい、佐々木さんちの植木を野球のボールで壊してしまったのだと言う。

それでさっき…と、三平は佐々木夫人の不機嫌の原因に気づくが、冬木は、兄ちゃんが行って良いと言ったなどと責任転嫁する。

文子は、そんな冬木を連れて謝りに行ってくれと言い出したので、三平は、帰って来たばかりなのに?と不満そうに言う。

しかし、代々木さんにはいつも電話を借りているからな…と諦めた様子の三平は、じゃあ、土産でも持って行くかと言い、温泉土産の200円の箱を取り出すと、文子はこちらの小さい方で良いと円筒形の土産の方を勧める。

そっち、300円だぜと三平が教えると、じゃあこっちで良いわと200円の箱の方を指す。

三平が冬木を連れて詫びに出かけた間、兄の春木が三平のバッグの中から土産を取り出し、手ぬぐいに書かれていた「風光絶佳」の文字を読めないでいるので、文子がちゃんと読んで聞かせる。

母さんも温泉行ったことある?と春木が聞くので、女学校時代に行ったわ…と文子が思い出に耽りながら答えると、新婚旅行へは行かなかったの?と言うので、戦争中だったから…と思い出した文子は、そんなことどうでも良いでしょう!と叱りつけるが、ちょうど火鉢の炭を入れ替えていた時に顔を手で拭いたので、鼻の下に太いヒゲのように炭が付いてしまったことに文子は気づかなかった。

その頃、三平が冬木を連れて謝罪にやって来た代々木夫人の玄関先では、気を使って頂きまして…などと礼を言いながらも、奥様に読んで頂きたい本がございますのと、幼い娘(雨宮隷子)を前に代々木夫人が三平に言っていた。

家に三平が借りて来たのは「子供の躾」と言う本だった。

家は躾が出来てないと言うことかしら?と言いながらその本をぱらぱらめくり始めた文子に冬木が、躾ってどうするの?などと無邪気に聞いて来たので、最近言葉遣いが悪くなって来たわね!と文江が睨むと、お前の来たわね!と言うのも悪く聞こえるよ、お前の言い方だろうね…と三平が指摘する。

翌日、文子に一通の手紙が届く。

その日、帰宅した三平は、妙に嬉しそうな文子が、近いうちに箱根に行くことになるかも知れないわ。女学校時代の友達から同窓会をやろうって言って来たの。今東京に住んでいる同級生が17人もいるんですって。あなたの知り合いの旅館、私たちが行っても割引してもらえるんでしょう?などと聞いて来る。

何年振りかしら…などと嬉しそうな顔をしていた文子だったが、次の瞬間、みんなきれいな着物着て来て、着物の品評会みたいになったら嫌だな、やっぱり行くの止めようかしら?など迷い始めるが、その間、三平は、ごはんまだかな?とそわそわし出す。

文子がどうしたの?と聞くと、ダンスの講習会に行こうと思っているので…と三平が言うので、急に文子は不機嫌になる。

あなたがそんな所に行くんなら、私も断固箱根に行きますわ!と文子は怒り出す。

講習会に出かけた三平は、雪子と踊ることになり、ダンスと言うものはなかなか良いものだね…、若い女の子の柔らかい手に触れるのは何年振りだろう?まだ恋人だったうちのと…などと追憶に耽っていた。

その頃、文子は、宿題をしていた冬木が、春木に答えを聞こうとしていたので、宿題はとことん自分で考えなくちゃダメよ!と「子供の躾」に書かれていた通り注意する。

ダンスの講習会では、三平が足をつま付き、体制が崩れた所に、雪子がぶつかってしまい、ワイシャツの胸の所にキスマークが付いてしまう。

不可抗力だよと三平は、謝る雪子を慰める。

その頃、文子は、火鉢の前でうたた寝をしていたので、春木が風邪引くよと言いながらコートを肩からかけてやると、暖かくなったためか、文子はかえって深い眠りに落ちてしまう。

講習会では雪子が三平に、実はおじ様に相談があるのと言って来たので、お金のこと以外ならいつでもどうぞと三平は鷹揚に答える。

帰宅した三平は、火鉢の所で文子が寝ていることを良いことに、ワイシャツのキスマークに気づかれないように、そっと着替えようとする。

しかし、タンスを開けた音で文子が目覚めてしまい、どうしたのか?と聞くので、着物が…とか三平がしどろもどろしているうちに、あっけなくキスマークに気づかれてしまう。

八百勘の娘と踊っていて躓いたから…と三平は言い訳するが、あんな若い子と踊るなんて!と文子は怒り出す。

あいにく若い子しかいなかったんだよなどと言ってみても、かえって火に油を注ぐようなもので、怒った文子は化粧台から口紅を取り出すと、自分の唇に塗り始め、本当に躓いたくらいでキスマークが付くものか実験すると言い出す。

指で唇に口紅を塗っていた文子は、ああ、手がガサガサするわ!と自らの所帯染みた身体にいら立ったようだった。

立上がった文子は、踊りましょう。私だって、女学校時代は踊ったのよ!八百勘の娘さんとは踊れて、私とは踊れないなんてことはないでしょう!などと迫って来たので、三平はおとなしく踊りの相手をし始める。

風が吹き〜風に泣き〜♪などと文子は自分で歌いながらダンスを始めるが、その目からは涙が流れていた。

そんな文子を相手に、じゃあ転ぶよ、イチニのサン!と声をかけ、三平が転んでみせると、文子の顔がぶつかって来て、雪子のキスマークの横に同じように痕がつく。

そら、付いたじゃないか!と得意げに三平が言うと、色がちょっと薄いわね…などと文句を言いながらも、まあ良いわ…、許して上げるわ…と上から目線で言った文子は、もう少し踊って下さいな…とねだる。

仕方ないので、今度は三平が、雨降れば〜雨に泣き〜♪と歌いながら踊りの相手を務めてやる。

文子は踊りながら、やっぱり箱根に行くの止そうかしら…、たった一晩でも、あなたや子供たちだけでごはんを食べていることを思うと、旅館の食事も咽を通らないわ…などと言い出す。

その後の休日、文子は織物をしながら、イヤホンでラジオを聴いていたので、1人時々笑い出す。

そんな文子は、横になっていた三平に沢庵を買って来て、小さいのだったら1本、大きいのだったら半分で良いわと頼む。

マンガを読んでいた冬木も三平と一緒に付いて行くと言い出す。

八百勘にやって来た三平が沢庵を注文すると、付いてきた冬木が、200円で5円のミカン○個と○円のリンゴを○個買うとお釣りはいくら?と聞いて来たので、そんなものを勝手に買うのかと思って三平が注意しようとすると、しめて165円だからお釣りは35円だねと主人が即答する。

それを聞いた冬木は、宿題の答え分かっちゃった!と言ってさっさと帰って行ったので、三平も主人も、宿題か…と苦笑する。

主人が出して来た沢庵が大きかったので、半分にしてもらった三平は、主人が尻尾の方を包もうとしたので、根本の方にしてくれよと声をかけるが、沢庵は尻尾の方がおいしいのよ。根本の方はスが入っているから…と言いながら出て来たのは雪子だった。

10円払って帰ろうとする三平に近寄って来た雪子は、今夜8時、みどり屋の喫茶店で会って下さいと囁きかけて来る。

夜の8時、「明治天然オレンジジュース」の看板が目だつ「パンとコーヒーの店 みどり屋」に、食パンを一斤買いに来た飯田夫人は、店の奥にある喫茶店のテーブルで向かい合っている三平と雪子を見かける。

雪子は、私好きな人がいるんですといきなり切り出して来る。

どんな関係なの?と三平が聞くと、ただ愛し合っているだけだと雪子は言う。

その間、着物の袖口をまさぐっていた三平は、箱根土産で気に入っていたパイプをどこかに忘れて来たことに気づく。

私、勧められてお見合いをしたの。良い人だったので、結婚しようと思ったの。それで相手の人に、過去の全てを打ち明けるべきかどうか…、彼はそう言うことに拘らないというのよと雪子は言う。

彼の言葉に噓はないと思うよ。熱が熱いうちはね…と三平は意見を言う。でも、その内、熱が冷めて来ると必ずそう言うことが気になってくるものだなんだ。だから告白すべきじゃないと思う。自分を不幸にして、相手も不幸にすれば良い訳ではないよと忠告する。

相手の人、おじさんに似てるの。人が良くって、のらりくらりして、つかみ所がない…などと雪子は言い、つい言い過ぎてしまったことに気づき笑い出す。

帰宅すると、ちょうど家に来ていた飯田夫人が帰る所らしく、星が一杯ですわね。明日もきっと良い天気でしょうと玄関先で挨拶して帰って行く。

家に入ると、何故か文子が不機嫌になっていた。

土産に買って来た煎餅を差し出すと、明日、子供たちにやるので棚に仕舞っておいて下さいと素っ気なく文子は答える。

パイプ見かけなかったかい?と聞くと、喫茶店に忘れて来たんじゃないの?と嫌味を言い出した文子は、やっぱり箱根に行きます!私、家のことばかりでノイローゼになりそう!と言い出す。

同窓会当日、箱根に向かうバスに乗っていたのは、文子と品川夫人(久慈あさみ)の2人だけだった。

みんな、最初は断然行きますって言ってたのに、直前になると、家の人が許してくれないとか、家のことが気になってと言い出して…と品川夫人がぼやくと、女ってやっぱりそうなのね…、私だって止めようと思ったもの。でもムカムカってすることがあったんで…、そんなことでもないと出て来れないわ…と文子は打ち明ける。

宿に着き、2人で一緒に温泉に浸かると、やっぱり出て来て良かったわ…、2〜3日泊まって行こうかしら?などと文子が言い出したので、品川夫人はゆっくり遊んで帰らない?と提案する。

そんな品川夫人に、あんただけね、自由にしていられる人って…と文子はうらやましがり、こんな所に連れて来たら、子供たち喜ぶだろうな〜と言うので、いくつなの?と品川夫人は聞く。

中学1年と小学2年なのと嬉しそうに文子は話す。

その頃、春木と冬木は鉱石ラジオを組み立て、イヤホンで一緒の曲を聴いて歌っていた。

ああ〜、せつなくも〜♪

一方、国鉄本社から出て来た三平におじ様!と声をかけて来たのは雪子だった。

土曜日だから半ドンだろうと思って待ってたのと言い、一緒なの、あの人と…と、この前話していた見合い相手を呼び寄せる。

振り向いた青年の顔を見た三平はあっけにとられる。

先日、箱根で一緒だった青年大塚耕一だったからだ。

こいつは奇遇だ!と驚くと、耕一の方も驚いて挨拶して来たので、雪子も2人は既に会っていたことを知る。

三平を中心に3人で近くを歩いている時、箱根の旅館で偶然…と三平が言おうとすると、耕一が三平の足をつねって来たので、分かってるよ、心配しなくてもあのことは言わないよ…と三平が心で答える。

すると、今度は、雪子の方が三平に合図をして寄越して来たので、その手を握り、分かっているよ、君の過去のこと話はしないよと、またもや心の中で答えていた。

そして三平は、お茶でもごちそうしようか?と2人に笑顔で話しかける。

風呂から上がり、部屋でミカンを食べていた文子は、もう子供たち寝たかしら?と言うので、飯田夫人はまだ8時じゃないと呆れる。

まだそんな時間?私、あなたがさっき無理にお酒を飲ますもんだから、身体中の関節がガタガタよ。私、お酒なんか飲むことないから…と文子は言う。

気になるなら電話すれば良いじゃない?と飯田夫人が言うと、東京まででしょう?もったいないわと文子が言うので、私もかけるから、私が書けて上げると言い、立上がった飯田夫人が部屋の電話機を取り上げ、番号は?と聞いて来る。

うち、呼び出しなのよ…と文子は恥ずかしそうに教える。

電話がかかって来たと代々木家に知らせてもらった三平は、佐々木夫人に恐縮しながら電話の受話器を取り上げる。

あなた?子供たち、もう寝た?と文子が聞くと、仲良く宿題やってるよ。君がいない方がかえって静かだよなどと教えると、文子はちょっとむくれながらも、同窓会、たった2人なのよ。あなたが泊まったのと同じ部屋なのと文子は教える。

あの解き隣の部屋にいた青年が、今度八百勘の娘と結婚するんだよと三平が教えると、お隣の奥様に教えられ、ついむかっととしてこんな所に来ちゃって…と打ち明けた文子は、夜中に冬木をオシッコに起こして下さいね。明日帰りますからなどと言い出したので、側で聞いていた飯田夫人は、2〜3日いるんじゃなかったの?と呆れる。

その後も文子は、戸締まり忘れないでねとか、台所の漬物石のことまで細々三平に指示をして来たので、電話を切ると、側で聞いていた代々木夫人が、大変でございますわね〜と三平に同情するように話しかけて来る。

箱根では、文子が電話を終えた直後、又フロントから電話がかかって来たので、今度は私の番だわと言いながら飯田夫人が受話器に向かう。

ああ、婆や?旦那さんは?そう…、今夜もどうせお帰りにならないだろう。マリちゃんが風邪気味なの?じゃあ、明日、お医者さんに診せてと頼む電話を切るので、娘さんがいるの?と文子が聞くと、マリちゃんて子犬よ、子供はいないの。旦那さんは2号さんの所に入り浸りだし…、すっかりバレちゃったわねと飯田夫人は自嘲気味に言う。

その頃、三平は、寝ていた冬木を起こし、トイレに連れて行く。

お父さん、そこにいてよ!と何度も声をかけてくるので、そんなに弱虫だと野球選手になれないぞと三平はからかう。

何度家を飛び出そうと思ったか…、飯田夫人は、家庭の不満を打ち明けていた。

さっき、あなたの電話を聞いていたらうらやましくなっちゃった。女の幸せって、立派な家やきれい着物を着ることじゃないわ。今夜は2人で語り明かしましょうよ!と飯田夫人が語り出したので、文子も、嫌々ながら、ええ…と答えるしかなかった。

翌日、町内に帰って来て、八百勘の前を通りかかった文子に、温泉どうでした?とがっちゃんが聞いて来たので、大したことなかったわと答えた文子は、きれいなキャベツ!と言って取り上げるが、後で良いわと言って、そのまま家へと急ぐ。

自宅前に来た文子は、自宅の玄関から警官(岡豊)が出て来て帰って行くのを観て、何ごとが起きたのかと驚く。

玄関に入ると、三平と春木と冬木がいたので、何があったのかと聞くと、毛布を盗まれたんだよと春樹が言う。

今朝方表に干していたらなくなっていたんだと言うので、あなたはその時何してたの!と三平に文子は問いただす。

いつ取られたかも分からないのに、その時に何していたか分からないよと三平が戸惑うと、親子3人いて、役に立たない留守番ね!たっぱり私が1日中ガミガミ言わないとダメだわ…と文子は文句を言う。

すると、春木が、でもすぐ見つかったんだよと言うので、訳を聞くと、お前が一人でしゃべって私たちに話させないからだよと三平は呆れたように言う。

なくなったので近くを探していたら、物置小屋の所の板の下に隠してあったんだ春木は言う。

犯人はすぐに分かったんだ。主人に捨てられて2人の子供を残された夫人だったんだ。でも、犯人がその毛布を持っている所を押さえられなかったんで現行犯にならないんだ。春木がすぐ毛布を持って帰ったからね。女も出来心だったらしいし…。子供も2人もいるしね…と三平は説明する。

それでも文子は、三平があっさり泥棒を同情で許したと解釈したのか、釈然としないようだった。

そんな文子に、昨日、八百勘の娘さんがダンスパーティの招待状くれたよ。ご同伴で来て欲しいって。招待状を持ってくと、お茶とお菓子が出るんだってと言いながら、手紙入れを探っていた三平はその指先に何かを感じる。

その時、文子が、前のと同じパイプを買って来たわと言い出したので、三平は手紙入れで見つけた何かを一旦元へ戻す。

手紙入れの中で見つけたのは、なくなったと思っていたパイプだった。

三平は、新しく文子が買って来たパイプでタバコを吸い始めたので、お母さんのお土産?と冬木が聞く。

文子は、安堵したように釜でごはんの準備を始める。

その後、冬木と一緒に買物から帰って来た文子だったが、家の横手に貧しい身なりをした子供がいたので、あの子、この前僕が落としたかりんとう取っちゃったんだと冬木が教える。

その子を観た文子は、あんな恰好して可愛そうね…と同情し、かりんとう少し上げましょうか?と言うと、今買って来たばかりの紙包みを拡げて、かりんとうを取り出し、その内の何本かを紙に包んで、あげていらっしゃいと冬木に持たせる。

冬木が、その紙包みを持って貧しい恰好の子供に渡そうとするが受け取ろうとしないので、私が観ているからよと気を利かせた文子は玄関から家に入る。

しかし、貧しいなりの子供は急に逃げ出したので、あげてと言われていた冬木はその後を追って行く。

途中、冬木が疲れてしゃがみ込むと、何故か相手も立ち止まって待っている様子。

又立上がると、相手も走り出したので、又追いかけることになる。

そんな貧しい子供を追いかけている冬木を見つけた野球仲間が、冬木ちゃん!どうしたの?と言いながら駆け寄って来たので、あの子ね〜と言うと、捕まえるのか?と勝手に解釈した仲間たち3人も貧しい子を追いかけ始める。

さらに、ホッピングをして遊んでいた仲間2人も、かっぱらいだよと教えられたので、その追跡劇に加わり、冬木も含め6人の子供たちが貧しい子を草原に追いつめる。

さんざん追いかけ回した結果、貧しい子が転んだのでその廻りを取り囲んだ仲間たちが、こいつ、どうするんだよ?殴っちゃおうよなどと冬木に聞く。

しかし、冬木が紙包みを渡そうとすると、貧しい子は追いつめられたように泣き出す。

その後、赤ん坊を背負い、あの貧しい身なりの子を連れた母親(千石規子)が、文子の家の勝手口に礼にやって来る。

みんなで追いかけたんだってね?恐かったでしょう?ごめんねと文子が相手の子供に詫びると、相手の母親は、奥さん…、実は…、この間…、お宅の毛布盗みました。許して下さいね〜…、許して下さいね〜と顔を背けながら、か細い声で詫びて来る。

降れば雨〜♪と歌いながら帰宅して来た三平が玄関からただいまと言って帰って来ると、冬木がしっと口に指を当てて黙らせ、勝手口の方を指差す。

何ごとかとそっと覘いてみた三平は、文子が、使い古しの子供服を風呂敷に包んで貧しい母親に渡している所だった。

ボロボロのものばかりだから、遠慮しなくたって良いんだよと文子が手渡すと、どうもありがとうございました…と言いながら貧しい母子たちが帰って行ったので、二人の子供たちとそれを観ていた三平は思わず微笑む。

その後、「第一回ダンスパーティの夕べ」に出席した三平は、雪子相手に踊っていた。

一緒に参加した文子は、耕一と踊っていた。

式が決まりました。来月の25日!と雪子が言うので、吉日だね!と三平は嬉しそうに答える。

そして、耕一と踊っている文子を観て、やっぱり俺のような年寄と踊るより、若い子と踊る方が良いのか…と心の中で考える。

すると、その声が聞こえたかのように、耕一との踊りを途中で止めた文子が近づいて来て、代わってくれる?と雪子に声をかけたので、やっぱり俺と踊る方が楽しいだろうと三平はうぬぼれる。

しかし文子は、耕一さんたちに悪いからよと笑い。まだ帰らなくても大丈夫かしら?と家を心配する。

冬木たちはもう寝てるさ。躾が出来ているからと三平が言うと、あの本まだ読んでないのよと文子は笑う。

お前があの本を読み終える頃には、二人とも大学出てるよと三平も笑う。

楽しいわね、神武の時以来…と踊りながら文子は言う。

その頃、家で留守番をしていた春木と冬木は、歌いながら社交ダンスの真似をしていた。

夜の商店街の「みどり屋」の前を通りかかった貧しい子がショーウィンドーの中を物欲しそうに覗き込むが、すぐに、母親が手を引き、一緒に闇の中に消えて行く。


 

 

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