白夜館

 

 

 

幻想館

 

生きている狼

かつて遊郭と言う苦界に身を沈めてあがいていた女性たちの悲惨さを、任侠映画やヒーローもののようなタッチで描いた白黒映画

全体的には、渡り鳥シリーズのように歌う旭や、喧嘩する旭、後年の多羅尾伴内のようなクライマックスの登場の仕方など、通俗娯楽要素で退屈しないように見せているが、テーマ的にはかなり重い。

当時、合法的だった遊郭内で、公然と行われていた人身売買や女性虐待、さらには、当時の女性にとって貧しい家族を自ら養うことの困難さ…など、単に可哀想では済ませられない、当時の社会全体の矛盾を突いている。

哀れな女郎を足抜けさせることで正義の味方を気取っていた主人公も、貧しい家を支えるため、逃げるに逃げられない。他にまとまった収入を得られる手段がないのだと言うお信との出会いで、闇の更なる暗黒部を知ることになる。

その背後には、底知れぬ貧困と言うものがあり、単なる女性差別だけでは片付けられない問題点が控えているのだ。

この辺、ある意味、「二十四の瞳」のテーマなどと繋がっているようにも見える。

この、女性にとって展望がない社会矛盾は、おそらく建前的には男女同権の中で暮らしているように見える今でも、完全には解決していないのではないかと思う。

ましてや、戦前は女性の身分自体が低かった時代だ。

貧しく、教育も受けていない女性にとって、現金収入が得られる手段など、極めて限られていたに違いない。

結局、いつの世にも需要がある「性」の仕事に就く以上の収入源はなかったと思われる。

そもそも、口減らしのために、親に売られてしまうなどと言うのも無惨である。

親の方もさぞ身を斬られるような苦しみだっただろう。

映画の中では、そうした商売で甘い汁を吸っている典型的な悪役を作り、主人公が滅ぼしてハッピーエンド風なラストにはしているが、肝心の社会矛盾は何一つ解決していない所がつらい。

ただ、最初にも書いた通り、娯楽映画としては良くできており、テーマ性がありながらも面白い作品として成功していると思う。

投げドスの健を演じている草薙幸二郎なども、肺病病みと言う良くあるパターンを踏襲していながらも、観客の期待通りに活躍してくれる格好良さがある。

この頃の小林旭も、まだ肥満も目だっておらず、かなりかっこいい時期だと思う。

二役を演じている笹森礼子さんも印象的。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1964年、日活、小山崎公朗脚本、 井田探脚本+監督作品。

自身番の前にたむろする村田組の舎弟たち

大正末期 東京 吉原 

「東雲楼」

熱を出し寝込んでいた女郎お信(長内美那子)に部屋に突然入って来た内藤(郷英治)は、布団を引きはがし、出て行って客を取れ!とビンタすると、少しくらい熱っぽい方が客は喜ぶんだ!などと無茶なことを言う。

そこにやって来た主人の忠造(山田禅二)が、お信には明日から頑張ってもらうさと内藤をなだめる。

その時、旦那、女が逃げた!と使用人が知らせに来たので、内藤は店を飛び出して行き、鉄(野呂圭介)たちは、吉原の鉄門を閉じて、客の出入りを一旦止める。

宮本組の宮本(二本柳寛)は、内藤に女郎を任せていたのが間違いだった!と駆けつけた本人に嫌味を言う。

どうやら足抜けらしい、誰が手引きした!どうやら関西から東京に出て来た「権パ」の仕業らしい!と子分たちの報告を聞いた宮本は、奴なら火を点けて行くはずだが?と考え込むが、その時、半鐘の音が聞こえて来る。

出火した家の前では「おいらん権パだ!」「足抜け権パだ!」と野次馬たちが大騒ぎになる。

その頃、屋根の上をひた走る夜盗姿の権パ(小林旭)のすぐ後から、足抜けした女郎二人が必死に追いすがって来る。

2人を人気のない場所から逃がしてやった権パは、燃え盛る遊郭を観ながら、瓦の上に片足をかけすっくとポーズを取る。

タイトル

口入れ業「丸徳屋」に娘のおせい(有田双美子)を連れて来て、主人の銀次(高品格)から金を受け取ったのは貧しそうな農民だった。

この子の下に、小さいのがまだ2人もおり、親子4人では食べられないので、可哀想だが口減らしのために…と農民の父親は主人に言い訳し、金を受け取ると、証文に爪印を押す。

ちょうどその時、火事見舞いに行くと銀次に言って店を出かかっていた主人の六造(佐野浅夫)は、おせいの身体を見回し、その裸を想像してにやりと笑う。

訪ねて来た六造に、3~4人入れてもらおうと新入りの女を注文する宮本に、全くの手つかずの百姓の娘がおります。「ひなにも稀」と言った所でしょうか。一つ試してごらんになっては?と六造は、今しがた店で観て来た娘のことを紹介する。

どうせ、7~8回は水揚げするつもりなのだろう?と宮本がからかうと、否、5~6回で…と、六造はげびた笑いを浮かべる。

今回のことは権パの奴の仕業ですってね?聞くところじゃ、背が高くて良い男で強いらしいですよとと六造が聞くと、二の腕に花魁の刺青があるそうだ…、女郎には金がかかっているんだ!と宮本が怒ると、親分も相当儲かってますぜと六造が茶化す。

権パの奴を必ず捕まえてやる!と宮本は顔を引き締める。

新吉原の通りを、中国琵琶のような楽器を抱え、歌を歌って歩く流しの男がいた。

山口明夫(小林旭)だった。

「東雲楼」の前を通りかかった明夫は、門前で泣いているお信を見かけると、どこか悪いんじゃないか?と声をかけ、薬でも買う足しにしてくれと金を渡そうとする。

そんなお信の次の客が、何だか生きが悪いじゃないかなどと不満そうに言いながら店に入って行ったので、お信もふらつきながらその後に付いて行く。

そのお信の哀れな姿をじっと見つめる明夫は、再び歩き出した所で誰かを見つけ、驚いてその後を追おうとする。

しかし、前を歩いていた男を追い抜こうとした時、その男に身体がぶつかり、何をしようってんだい?と因縁を付けられ手を掴まれてしまう。

明夫を捕まえたのは、村田組の早川(弘松三郎)だった。

早川に自身番に連れて来られた明夫を観た鉄たちは、流しの兄ちゃんじゃないか?お前はおとなしく商売してれば良いんだよと叱りつけて来たので、明夫は素直に頭を下げて詫びる。

とある木賃宿で、権パの話を他の泊まり客相手に面白おかしく話していたのは金助(桂小金治)だった。

世間では、正義の味方とか隠れた英雄と呼んでいるんだが、実は自分は岡崎で会ったことがあると言うのだ。

女を買うほど金は持ってなかったので、飲み屋で飲んでいた所、郭の方から火事だ!と叫び声が聞こえて来た。おいらん権パだって言うんで、一緒に飲んでいた店の客も主人もみんな観に行っちまった。

自分だけ残って残り酒を飲んでいた所、後の戸ががらっと開いて…と金助が話している時、同じように戸を開けて宿に帰って来たのが明夫だった。

おいらん権パは、この兄ちゃんと一緒で良い男だったと話し終えた金助は、明夫を部屋の隅に呼ぶと、誰も本当の権パと思っちゃいねえと囁きかける。

そんな金太に明夫は、見つけたよと言うので、人違いじゃないのか?と金助はい、いつか会えるよ…と明夫を慰めるのだった。

そんなある日、神社に詣り願い事をしていた明夫は、帰ろうとして振り返った所で、縁日の屋台を観ていた1人の女性に目を留める。

先日、吉原の通りで見かけた女性と同じ人だったので、急いで後を付け始めた明夫だったが、相手は尾行に気づいたようで、何の御用?私を捕まえてどうしようと言うの?村田の娘と知って追って来たのなら大した度胸ね…と、人気のない神社の裏手に来た所で振り返り聞いて来る。

その女性の顔を良く見た明夫は、違う!と呟き、人違いでしたと詫びて立ち去ろうとするが、卑怯じゃない!村田の名を聞いた途端、尻尾を巻くなんて…と気の強そうな村田の娘、早苗(笹森礼子)が嘲って来たので、女は女らしく、高慢な娘は大嫌いだ!と明夫は言い放つ。

そこへ近づいて来たのが早川と村田組の若い衆たちで、あれほどちょっかい出すなと言っといたはずだ!と早川が睨んでくるなり、若い衆が飛びかかって来たので、明夫は喧嘩の相手をする。

それを側で眺めていた早苗は愉快そうに微笑んでいた。

明夫が手強いので、ついドスを出してしまった早川の手を打ち据え、なんて様だ!と叱りながらドスを落としたのは、その場にやって来た村田親分(芦田伸介)だった。

その後、村田の屋敷に招かれた明夫は、非礼の詫びもかね、酒を勧められるが、明夫は、訳あって、酒は控えておりますと辞退する。

それ以上、明夫が語ろうとしないので、村田も無理に聞こうとはせず、困ったことがあったら来たまえ、いつでも相談に乗ると言って、帰る明夫を送り出すと、部屋に残っていた早苗に、良い男だ…と呟く。

そうかしら…と早苗が答えると、今時、あれだけの気っ風の良い男はいないぞ…と村田は言い聞かす。

「東雲楼」では、顔見せしている女郎たちの横で、赤ん坊に乳を含ませている女郎がいたので、互いに口喧嘩になる。

遣り手婆(新井麗子)が、しようがないね~、又連れて来たのかい?稼ぎもないのに…と女郎の手から赤ん坊を取り上げると、どこかへ連れて行ってしまう。

そこにやって来た明夫は、銭湯帰りのお信に上がるぜ!と声をかけ、店に入って行く。

その後に付いて行くお信に、お父さんが後から部屋に行くからと女将が声をかける。

部屋に入った明夫は、大分、元気になったようだねと声をかけ、すみません、ご心配をおかけしまして…と礼を言ったお信が着替えを渡そうとすると、良いんだよ、今日は泊まりだと答えた明夫は、今日は客として上がって来たんじゃない。願をかけて酒も女も絶っているだ。今夜だけでも身体を休めてもらおうと…と説明する。

何でそこまで私のことを…とお信は恐縮するが、国の話でもしてくれと明夫が言っている所へ、宮本を連れてやって来た主人の忠造がふすまを開け、向いの部屋を使うが、何か物音が聞こえても知らん振りをしろとお信に小声で伝える。

どう言うことだ?と明夫が聞くと、お祭りが始まるんですよ、地獄の祭りが…、さっき、店先にいたおせいちゃんと言う新入り、本人は下働きのつもりで入ったようだけど、誰がこんな所で洗濯女なんか雇うもんか。一念前、私もああだった…とお信は悔しそうに打ち明ける。

向いの部屋では、宮本が、逃げ回るおせいを叩き、裸にしていた。

つらいだろうな…、この勤め…と明夫が同情すると、つらいわ…、商売もつらいけど、もっとつらいのは人並みに扱われないこと。

これでも血は通っているのよ。犬やネコじゃないんですもの…とお信は答える。

お信さん、ここ逃げ出そうとは思わないかい?足抜け権パって聞いたことあるかい?と明夫が聞くと、どこへ行ったって似たり寄ったりでしょう?

他にないでしょう?これ以上お金を稼げる所なんて…

私はね、稼いだお金のほとんどを親元に送っているんですよ。

国は奥州の片田舎、胸を病んだ母親と妹2人がいます。

父は昨年死にました。

時化の日に海に船を出して…

働いても働いても、親子4人生きることは出来ないんです。

遊郭に売られるより他にないでしょう。

私だって、おいらん権パが助けにくるんじゃないかと夢みたいなこと考えたことありますよ。

でも、私は逃げろと言われても断ります。

いつかここを出て行こうという人は幸せな人です。

出て行こうにも出て行けないんです!私…と言うと、お信は泣き出す。

その後、向いの部屋から出て来た宮本は、迎えに来た忠造に、親父、あの身体使えるぜ…と意味ありげに伝え、一緒に帰って行く。

向いの部屋では、おせいが布団の上で呆然としていた。

翌日、木賃宿に戻って来た明夫に、金助が、お客さんが待ってるぜと声をかけて来る。

それは千恵だった。

お嬢さん!と明夫は驚く。

千恵は、金助が披露する「山雀のおみくじ引き」を見せてもらっていた。

鳥籠に入った山雀(やまがら)が、入口から出て来ると、少し先に作られた小さな社までちょこちょこ歩いて行き、社の中に置かれたおみくじを加えて戻って来ると言う見せ物だった。

山雀が選んだおみくじを、山雀は神様のお使い、良く当たるんですよと言いながら、金助が千恵に渡すと、千恵は嬉しそうにそれを後ろ向きで読む。

良くここが分かりましたね?と明夫が聞くと、家の若い衆に頼んで探してもらったのという。

宿の外にある桟橋にやって来た明夫が、どう言う御用でしょう?と聞くと、あなたが探している人に付いて気になるんです。一体どなたをお探しなんですか?と千恵は聞いて来る。

妹です。3年前、私は東京で学生生活を送っていました。当時は全国に不景気風が吹いていましたが、まさか、岡山の旧家である僕の家まで、その風が吹き込んでいるとは思いませんでした…と明夫は語り出す。

(回想)病気で寝込んでいた明夫の父親大介(加原武門)を訪ねて来ていた客の銀次は、明夫からの手紙を持って、明夫の妹早苗(笹森礼子-二役)が部屋に来ると、遠慮して縁側に向かう。

世の中不況ですが、お父さんに被害がなくて良かった。僕は条件の良い就職が決まりそうです…と読み進んでいた早苗が口ごもったので、それを聞いていた大介は、学費の催促か?と察して聞くが、早苗は何も言わない。

すると、縁側に出ていた銀次が、お金なら私が立て替えます。「水月」と言う料亭の女将から良い人をと頼まれており、仕事は、料理を座敷に運ぶだけの簡単なものですと早苗の仕事の斡旋をするように大介に言う。

大介は、今の家の状態を言ったら、あいつは帰ってくる…と明夫の行動を予測するので、うち、働きます!と早苗は答える。

役場からの手紙で、父の死を知らされた僕は帰ったんですが、もう早苗はいませんでした。

僕に学業を続けさせるために働きに出たんです。

「水月」と言う料亭に行くと、出て来た女将はそんな話は知らないと言う。

その後、ある友人から状報が入り、早苗が仙台の遊郭にいると言うので出向きましたが会えませんでした。

既に、他所の遊郭に転売された後だったのです。

(回想明け)僕は世間知らずの妹がたどった道を知ったのです。

3年間、飢えた狼のように、東北、九州、関西…、どんな場末の淫売屋にも足を運びました。

しかし、妹には会えなかった…

その代わり、行く先々で騙されて売られて来た可哀想な娘たちを嫌というほど観てきました。

権パが現れたのはその頃です…と明夫は語り終える。

早苗さんは、そんなに私に似ているのですか?と千恵が聞くと、背格好までそっくりですと明夫は答える。

あなたに会った時、人違いだと分かった僕は、焼きもちを焼いたんです。あまりにも健康的な生活をしているあなたに…

千恵は、先ほど金助にもらったおみくじに、尋ね人近くにあり…と書かれてあったと打ち明ける、山雀は神様のお使いなんでしょう?信じましょうと明夫に話しかける。

その後、遊郭で再び火事騒ぎが起きる。

足抜け権パだ!おいらん権パだ!と騒ぐ野次馬たち。

その頃、川を進む小舟を操っていた権パは、連れ出して来た女郎に、身寄りは全然ないと言ってたな?考えようによっちゃその方が良いかも…、これからは気楽に生きることだと話しかけていた。

女郎は、大阪の知人を頼って行き、堅気で生きますと頭を下げる。

権パは船を漕ぎながら歌い始めるが、女郎が泣き出したので、どうした?と聞くと、ありがとうございます!と女郎が礼を言って来たので、せっかくの器量が台無しだぜと権パは笑いかける。

子分を店の前に待たせ、「丸徳」にやって来た千恵は、応対に出て来た六造に、山口早苗という女性を捜してもらいたいと依頼していた。

ここは宮本組の息のかかったお店で、父の村田組とは色々あるようですが、東京でも指折りの口入れ屋として、私個人のお願いですので、お金を私が払いますと言うと千恵は帰って行く。

それを見送った六造は、奥の部屋に隠れていた銀次が出て来ると、早苗を売り飛ばしたのは銀次って奴はそこにおりますと…、よっぽど言おうかと思ったぜとおどけ、銀次の方も、この旦那の言いつけ通りでね…と笑い返す。

女は今どこにいる?厄介なことになるかも知れねえと六造が聞くと、今、川崎です。移しますか?と銀次が言うので、いずれ嗅ぎ付けるだろう…と六造が考え込んだので、むしろ山口を消した方が?と銀次は提案する。

その後、明夫に会いに来た千恵は、村田組の名の入った観察と、自分の客であると言うことをしたためた村田の手紙を渡すと、どこの遊郭でも仕切っている組がありますから、これがお役に立つはずですと説明する。

その時、明夫は、お嬢さん、少し離れて下さいといきなり明夫が言い出したので、千恵は戸惑う。

つけてくる奴がいるんですと明夫が言った次の瞬間、明夫の左胸上部にナイフが飛んで来て突き刺さる。

明夫が近くにあった寺の境内に賊を追い込むと、さらにナイフが飛んで来る。

ナイフを投げていた相手は、バカだな~お前も…、追いかけて来たら損じゃないかと話しかけて来て、長ドスの健(草薙幸二郎)ってんだと名乗る。

恨み?何もねえよ。今朝まであんたのことなんか知らなかったくれえだ。誰に頼まれたかって?そいつは言えねえんだ。こういう稼業でも掟があってな…としゃべっていた健に、明夫は投げ縄を投げつける。

それを避けた健だったが、胸の病でもあるのか咳き込み始める。

庭の中の竹をしならせて、健のナイフをたたき落した明夫だったが、突然、鐘突き堂が倒れたので、それを避けた隙を突いて、又、会おうぜ!と捨て台詞を残し、健は鐘突き堂の屋根伝いに逃げてしまう。

その後を追おうとした明夫だったが、待って!明夫さん!大丈夫?と千恵が近寄って来たので追うのを諦める。

浜辺の漁師小屋で六造と共に、戻って来た健からやり損じたと聞いた銀次はいら立っていた。

やりゃ良いんだろう?と健も開き直り、そんだけ焦っている所を見ると、あいつが生きていたんじゃ枕を高くして寝られねえってことだなと銀次たちをからかう。

その時、その宿の持ち主の漁師が、早く帰れ!と急かしたので、銀次と六造は帰って行く。

一方、村田の家に来て、千恵から傷の手当を受けていた明夫は、左手に巻いた包帯に千恵が気づいたので、火傷の痕だよ。子供の頃酷いやけどをしたんだと教え、僕には確信がある。妹はこの近くにいる!と明夫は言う。

そこに、えらい目に遭ったな…、相手は多分、流しの者だぞと言いながら村田がやって来る。

千恵が退室し、座敷で村田と二人きりになった明夫は、話がありますと切り出す。

村田の方も話がある、男同士の話だと言い、まずは明夫の話を聞くことにする。

明夫は、千恵から受け取った監察と手紙を返すと、どうしても頂く訳にはいきませんと言いながら、左手の包帯を取ってみせる。

そこにあったのは、観音様の刺青だった。

お分かりいただけたでしょう。隠すつもりはありません。お嬢さんにも少し謎かけしてみたんですが、分かって頂けませんでしたと明夫は言う。

おいらん権パの正体を知られては迷惑がかかりますと明夫が言うと、君自身の口から言ってもらって良かったと答えた村田は、改めてこれは受け取ってくれ。その代わり、今日限り権パには死んでもらう。

わしは、渡世人としては間違ったことはしていないつもりだ。確かに、遊郭の中では人身売買が公然と行われている。どれほど多くの女たちが蝕まれて行ったことか…、しかし、法で許されているのだ。

その法を破っていいのか?と村田が言うと。間違ったことだとしてもですか?と明夫も問いかける。

妹さんはわしが八方手を尽くして探してやる。せっかく知り合ったんだ。別れるのは惜しい…と村田は言う。

しかし、その後も遊郭での火事が起こる。

木賃宿では、向島で又、おいらん権パの噂が出たよ!と、仕事から帰って来た薬売(河上信夫)が他の泊まり客に話しているで、金助と明夫は不思議がる。

そんな所に行った覚えはなかったからだ。

「丸徳屋」では、銀次が六造に、旦那も巧いこと考えたものだと感心していた。

元でもいらず女が集まる…と六造もにやりと笑う。

一旦おとなしくしてもバレませんか?と銀次が、捕まえて来た女たちのことを案ずると、海の向うから注文があるんだと六造は意味ありげに笑う。

千住でも又権パが出たそうだ…と、金助が明夫にそっと知らせる。

裏がある…、きっと暴いてみせると明夫は誓う。

そんなある日、通りを歩いていた明夫は、路地裏で頬かぶりをかぶろうとしているお信を発見、さりげなく近寄って、お信さん、逃げる気だね?どうしたんだ?逃げろと言っても逃げないと言ってたじゃないか?掴まったら、ひどい仕打ちを受けるぜと話しかけると、逃げるんじゃないんです。お母さんが来とくというので、一目でも会いたくて…とお信は言う。

「東雲楼」に掛け合ってやろうと明夫が言うと、無駄ですと答えたお信は、そのまま通りへ向かうが、すぐに張っていた宮本組の連中から棒を足下に突き出され転ばされる。

そこに駆けつけて来た明夫が、誰か話が分る奴はいねえのか?とお信をかばいに来る。

その後、明夫とお信は一緒に、花会で親分衆が集まっていた料亭の庭先へ連れて行かれる。

内藤が宮本に、おいらん権パを捕まえました!と報告したので、一緒に廊下に出て来た親分衆も面白がって見物する。

そんな中、山口じゃないか!と声をかけたのは、親分衆に混じっていた村田だった。

一体どうしたんだ?と明夫に聞くと、宮本の親分にお願いがありまして…と明夫は答える。

村田が横に立っていた宮本に、友達みてえな奴なんだと教えるが、シマを荒した奴だと宮本の表情は厳しいままだった。

田尻親分(菅井一郎)が、今日は花会だ、一つ穏便に行こうと言い、権パは二の腕に花魁の刺青があるそうじゃないかと内藤に確認させる。

着物の袖をまくると、左の二の腕に包帯が巻かれていたので、内藤はしてやったりとそれをはぎ取るが、二の腕にあったのは大きな火傷の痕だった。

みっともねえから止せと言ったじゃねえか!と言いながら、明夫は袖を元に脅す。

それを観た村田は、山口、まあ上がれ!ここじゃまるでお白州だと呼びかける。

花会の親分衆が集まる座敷に連れて来られた明夫とお信から事情を聞いた宮本だったが、それを許したんじゃ、他の女郎への示しがつかない、遊郭から出してやって、帰って来たためしがねえとお信を睨みつける。

もし、お信さんが戻らなかったら、私が代わりになりましょう。親分の御随に…と明夫が申し出たので、女郎とお前さんの命を賭けようって言うのか?と宮本は確認しする。

すると、宮本の、相手不足のようなら俺に賭けないか?浅草の俺のシマそっくり譲ろうと提案したのは村田だった。

それを聞いていたお信は感激して泣き出す。

面白いじゃないか、この賭け、期限は3日後の午後6時!と一番上座に座っていた田尻が決める。

かくして、お信は国元へ帰ることになる。

その頃、水鳥相手に投げドスの稽古をしていた健の小屋にいる宮本や六造に会いに来た銀次は、いきなり自分が立っていた入口にも健がドスを投げたので、危ねえじゃねえか!と肝を潰す。

川崎から引っ越させて地下室に放り込んだか?と六造は銀次に確認する。

健は、気が進まねえな…、女始末するのは性に合わねえ…とぼやくが、宮本はそんな健に、帰りにやるんだ!と命じる。

一方、村田組の方では、相手は宮本、何をするか分かったものじゃねえと子分から聞かされた村田が早川を呼ぶ。

早川たちは、お信の帰路を護衛するため、奥州へ向かう。

お信と共に実家に付いて行っていた千恵は人力車に乗って帰る途中、死に目に会えて良かったじゃないと、後の人力車に乗っていたお信に話しかける。

泣いていたお信は、くよくよしているんじゃないんです。親切にして頂いたのが嬉しくて…と答えていたが、鉄橋に二台の人力車が差し掛かった時、大木を抱えた一群が向かって来て、人力車に体当たりする。

宮本が差し向けた妨害組だったが、駆けつけて来た早川らと戦い始める。

橋の向う端に立ちふさがるように待っていたのは権だった。

ドスを投げようとした健だったが、突然咳き込み出し喀血する。

懐紙を懐から出して口を拭こうとするが、風にあおられて懐紙は川に落ちて行く。

その紙を拾おうと身を伸ばした健は足を滑らせ、橋から落ちそうになる。

危ない!と賭けよるお信。

近くの物陰からそのお信を拳銃で狙っていたのは銀次だった。

3日目の午後6時に近づいて来たので、料亭の柱時計の針を気にする金助。

しかし、6時になったので、田尻の親分、そろそろ時間だと宮本が言い、そろそろ命乞いを始めたか?と明夫の方を愉快そうにみたので、私はむしろ、帰って来ない方が良いと思う。しかしあの人は帰ってくる。そういう人なんだよ、あのお信さんって人は…と答える。

その時、6時の時報が鳴る。

ドスを持って立上がった宮本は、若造!約束通り命をもらうと言いながら立ちふさがり、内藤もドスを抜くが、明夫は騒がず、自らもろ肌脱いで背中を見せ、宮本の親分さん、存分になさって下さいと言う。

その時、待って下さい!お信さんが帰ってきました!と庭先に駈け込んで来たのは千恵だった。

お信さん、入ってらっしゃい!と千恵が背後に声をかけると、やって来たのは、早川らが抱えた戸板の乗せられたお信の遺体だった。

あっしが付いていながら申し訳ありませんと村田に詫びる早川。

泣きながら千恵は、最後に…、息を引き取る前、早く帰らないとあの方に申し訳ないと…と告げたので、誰がこんな目に遭わせたんだ!といきり立つ明夫。

郭の中は地獄みてえな暮らしだってのに、それでも帰って来ようとしたんだ!いじらしい!生きながら死んでいるような女に、どうしてとどめを刺さなければいけねえんだ!と嘆く明夫。

誰がこんな惨いことを!俺はあらゆる手を使ってやった奴を探し出す!と村田も憤ると、脇で観ていた田尻が、村田の、ここは俺に任せてもらおう。久々に渡世の仁義を見せたくなったよと声をかける。

そこへやって来た金助が、兄ちゃん、今、変な奴が来てこれを…と、明夫に手紙を渡す。

それを読んだ明夫は、脱兎のごとく庭先から外に走り出る。

墓の側の木の陰から姿を現したのは健だったので、貴様か!早苗はどこにいるんだ!妹の居場所を知っていると言うのは、俺をおびき寄せる口実だったのか?と明夫が聞くと、さて、本番と行くか…、今日ばかりは、俺も黙って引き下がれねえんだと言いながらドスを出す健。

まずは右腕と行くか…と言いながら、投げた健のドスが刺さったのは、側の墓場に身を潜めていた銀次の肩だった。

あいつが妹の居場所を知っている!と健が教えたので、飛びかかって、早苗を売り飛ばしたのは貴様か!と銀次を締め上げる明夫。

品川の異人館の地下室…と銀次は明かすが、その直後、銃を取り出し健を撃って来たので、健がドスを投げ、銀次の咽に突き刺さる。

その際、健の方も咳き込み苦しがったので、思わず明夫が大丈夫か?と駆け寄るが、良いんだよ…、どうせ俺の身体は後2月か3月…、助けられたのに借りを返そうにも殺されてしまったよ、そのお信って娘…と健は打ち明ける。

異人館の地下室には、これから上海に売られるため、大勢の女郎たちが集められていた。

その部屋の前は、ルーレットなどある賭博場で、バイヤーらしき中国人や宮本、六造などが愉快そうに酒を飲んでいた。

そこに誰かやって来たので、銀次か?と六造が聞くと、俺だよと言って姿を見せたのは健だった。

蛇の道は蛇、約束通りバラして来たぜ。

帰りに女を1人持って来てやったぜと言う健の背後の扉に浮かぶ、日本髪の女のシルエット。

その時、六造!妹を返せ!俺はこの3年間、妹を売り買いした憎い男の頃を片時も忘れたことがなかった。今日は思い知らせてやるぜ!響き渡る明夫の声。

銃を取り出そうとした子分(榎木兵衛)にドスを投げる健。

足抜け権パ、一世一代の足抜けをさせてみせるぜ!

扉のガラスが割れ、その背後に立っていたのは、日本髪のカツラを持った権パこと明夫だった。

権パは階段を降りて来ると、宮本の子分たちと戦い始める。

そんな中、ランプが床に転がり、火災が起きる。

宮本は、床に死んでいた子分の手から銃を取り上げる。

健は上海から来た中国人バイヤーにドスを投げつける。

さらに、落ちていた日本刀を投げ、六造の背後から腹に貫くが、振り返った六造が銃を撃ち返し、健も倒れる。

健!しっかりしろ!と権パが駆け寄るが、借りは返したぜ…、止せ止せ…、俺にとっちゃ恰好の死に場所だ…、妹を早く…と言うと息絶える。

奥の部屋の扉を開け放った権パは、さあ、早く!と女郎たちに呼びかける。

女郎たちが一斉に逃げ去った後、部屋の一番奥にしゃがみ込んでいた女郎が、兄ちゃん!と呼びかける。

早苗だった。

探したぞ、早苗!と近寄る権パこと明夫に、兄ちゃんの声を聞いたら、早苗、身体が動かない…と言うので、抱きかかえて逃げ出す明夫。

その後、村田家で寝かせられていた早苗が目覚める。

早苗!兄ちゃん!側に付き添っていた明夫と抱き合う早苗。

やっぱり夢じゃなかったのね!と早苗が喜ぶと、すまなかったな、早苗と詫びる明夫。

きっと、兄ちゃんが来てくれると思ったわと早苗が言うと、今度は兄ちゃんが働く番だ。きっと楽にさせてやると約束する。

村田の部屋に挨拶に来た明夫は、人生をもう1度繰り返す機会を与えてもらった男がおりました。しかし、その男は、同じ過ちを犯したそうです…、一度は刺青を消しましたが、又権パになりました。自首するつもりですと伝える。

山口くん、私は君のような男を片腕にしたかった…と村田は惜しむ。

続いて、千恵の部屋の前に行き、妹を連れて帰ります。お嬢さん、ありがとうございましたと明夫が挨拶すると、何よ、そんな紋切り型の挨拶!と、部屋の中に座っていた千恵は振り返りもしないで文句を言う。

村田の娘かなんか知らねえが、女は女らしくした方が良い。高慢な女は大嫌いだ!と明夫が前に行った言葉を繰り返すと、ありがとう…と答えた千恵は泣き出す。

その後、千恵と金助は、国元へ帰る明夫と早苗兄妹を見送る。

千恵は、前に金助からもらったおみくじを出すと、山雀は神様のお使い。これに書いてあったわ。願い事敵わず…と言うので、驚いた金助はその紙を奪い取り、自分の懐に押し込むと、さようなら〜!と遠ざかって行く兄妹に声をかけるのだった。


 

 

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