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夜の鴎

以前に観ていた佐分利監督「愛情の決算」(1956)のイメージやタイトルから、今回も暗い文芸ものを想像していたのだが、意外に面白く出来ており、オリジナルの脚本の出来の良さだけではなく、佐分利信監督の演出にも安定感があり、俳優の余技と言うようなマイナスイメージはなかった。

今回も、俳優として登場する佐分利信のキャラクターは暗いイメージなのだが、登場場面が少ない上に、ヒロインを取り巻く佐原健二や佐野周二辺りの人物像が、全体的に明るい性格に描かれていることなどもあり、全体的にあっけらかんとした下町人情ものになっている。

明るく感じるのは、結婚する相手が次々と死んで行くと言う展開自体が、リアルと言うより、寓話風に見えるからかも知れない。

ヒロインけい子は薄幸の女性と言う風にも言えるが、見方を変えると、絶えず出会う男性を輝かせる天使のような女性とも見える。

ただし、幸福は長続きせず、瞬時に命を燃え尽くしてしまうだけ。

それを、男性の不幸と見るか、幸福と見るかは、解釈次第のようにも思える。

個人的には、安夫も時岡も林も、けい子に出会って、幸せだったように見える。

けい子は劇中で自嘲しているような「死神」ではなく、命の時間と引き換えに一時の安らぎと喜びを与える「悪魔天使」とでも言うような存在なのかもしれない。

女性のオリジナル脚本だけに、登場する女性たちが興味深く描かれており、屈折したみね子やかく子と言ったクセのある女性像が、男が考えるステレオタイプとはひと味違ったリアルさに感じられる。

ただし、これは男の目線で見ると…と言う話であり、女性が見ると、又全く違った解釈が出来るかも知れない。

劇中で、抽象画風の油絵を描いている佐分利が、清貧の芸術家と言うように好意的に描かれているのに対し、マンガはマスコミの寵児と言うだけで金儲け用の俗物とでも言うような雰囲気が感じられるのが時代を感じさせる。

50年代頃はまだ、油絵を描く芸術家が、成功者としても貧乏人としても、映画に良く登場していた時代である。

映画の脚本自体、当時の大衆小説や純文学の影響を色濃く反映した時代であり、こうした文学好み、芸術好みは観客にも浸透していたのか、いまだに、この時代の作風を価値観の基本とし、返す刀で現在の娯楽作品を低俗作品とでも言うように、頭ごなしに罵倒しているお年寄りがいたりするが、今や、油絵や小説を芸術の代表メディアのように描くことは少なくなったような気がする。

それにしても、この映画での佐分利信は、一見冴えない生活無能力者のように見えて、実は美人たちから惚れられると言う随分良い役である。

監督と俳優との両方をやっている立場としての「役得」を楽しんでいたのかも知れない。

東宝映画の常連組が何人も登場しているが、特に、頑固そうでいながらも実は心根が優しい佐山安衛門役の高堂国典や、ひたすら明るい若者を演じている佐原健二と河内桃子、ボンボン役の田崎潤などはかなり珍しい役柄のように思える。

地味な印象ながら、なかなかの佳作だと感じた。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1957年、東宝、田中澄江脚本、佐分利信監督作品。

双眼鏡で覗いた木場の川の様子に木遣(きやり)が重なる。

双眼鏡が少し上がり、川縁の道を走って来る乗用車が見える。

乗用車は橋を渡り近づいて来る。

双眼鏡を覗いていた老舗材木屋「丸佐」の主人佐山安衛門(高堂国典)は、いい気なもんだ…と愚痴ると、側にいた妻のきん(桜むつ子)が、だって新婚ですもの…と弁解する。

若旦那の新しいお嫁さんを拝見に来たと、2人の馴染みの女なみ子(宮田芳子)と、しめ二(上野洋子)が店にやって来ていた。

新しいお嫁さんが、未亡人の元事務員で、大変な美人であると言う噂だったからだ。

そこに、車で帰って来た若旦那の佐山安夫(田崎潤)と新妻のけい子(新珠三千代)の姿が見えたので、その様子だけ一目見た2人の女は満足したように帰って行く。

出迎えたきんが、今来た女たちが土産に持って来た縁起物の飾り笹を新妻のけい子に渡すと、けい子は嬉しそうに神棚に飾り付ける。

安衛門の方は、ベストを着込んでいた安夫に、そんなべろべろしたもの着やがってと嫌味の一つも言うと、夏樹は?と聞くので、ガールフレンドが来てるんですよ。伊勢春さんのお嬢さんですよときんが教える。

安衛門は、安夫に、林某の画家の所へ行って借金をもらって来い!と命じると、私が行きますとけい子が答え、着替え終わった安夫は、お父さん、16時6分のでしょう?と安衛門を逆に急かす。

きんが、次男の夏樹(佐原健二)にお父さんを車で駅まで送って行きなさいと声をかけると、遊びに来ていた恋人のはるえ(河内桃子)も、一緒に帰ると言い出す。

先々代からの大福帳でも付けてろ!と安夫を叱りつけた安衛門、夏樹の運転する車に、はるえと一緒に乗り込んで出かけると、店の側の橋の上まで出て来た安夫は、親父、妬いているんじゃないかな~とぼやく。

鬼の居ぬ間によ!色々言われるのは、あなたが老舗の跡取りと言うことよと一緒に付いて来たけい子は慰める。

おい、雀でも喰いに行くか?と安夫が誘うと、雀でもトンビでも…、お酒の相手でもしましょうか?とけい子が冗談を言うと、ダメだよ、親父に誓ったんだと安夫は言う。

そこに自転車で通りかかって安夫に声をかけたのは、葬儀社の主人時岡謙作(佐野周二)で、安夫は、踊りの仲間さ。商売が商売だろう?だから結婚式には遠慮したんだとけい子に紹介する。

時岡の方は安夫が女房のけい子と紹介すると、紹介されなくても分かるよ。絶世の美人だって聞いてたから…と笑う。

君も嫁をもらえよと安夫が勧めると、又、死なれたら困りますからね…と時岡は答え、一旦帰って行こうとするが、安夫とけい子が並んで歩き始めると、からかうように一緒に付いて来て、笑いながらすぐに引き返して行く。

私、死にませんよ、あなたを遺して…とけい子は安夫に甘えかかる。

その後、2人がやって来たのは、材木代の借金がある林三郎(佐分利信)と言う画家の家だった。

窓からその姿に気づいた林の妻みね子(久慈あさみ)は、あなた、借金取りよ!出ていらっしゃらないで!私が引き受けたわと言うと、林に抱きついて、カーテンをすっぽり林の頭の上からかぶせる。

そして、やって来たけい子に、けい子さん、しばらくねと挨拶する。

あの人目を覚まさないのなどとごまかすみね子に、みね子さん素敵ねと、そこに置いてあった油絵をけい子が褒めると、あの顔でしょう?ちっとも売れないの。貧乏暇なし、習い覚えたデザインで稼がないと…、木場も色々あるから…などと言いながら、和服姿でやって来た安夫をモデルに写真を撮り始める。

みね子さん、今日ね…とけい子が用件を言い出そうとすると、あの人、絵が描けないと言って、私をここにどたんと投げ飛ばしたのよ。あなた!暴れるんだったら、ここで椅子でも机でも投げると良いわよ!などと二階にわざとらしく呼びかけると、けい子さん、一度目も二度目も良いご主人で良かったわねとごまかす。

私、もう1度、林を世に出したいの。お金、もうちょっと待って頂戴!とみね子は頼む。

そこに、パパ、釣れたよ!と息子のみつる(那須勝利)が帰って来たので、みね子は厳しく叱る。

「丸佐」の座敷では、きんが仲間を集め、謡の練習をしていた。

きんは、安夫に花柳の稽古をさせましょう。けい子さんも観たいわよと言って、安夫に着替えさせようとする。

しかし、けい子が帳場でそろばんを弾いていたので、そんなことは番頭に任せておけば良いのよときんは声をかける。

林さんからは一つも取れなかったんですよとけい子が詫びると、良いのよ、10万くらいと答えたきんは、今度花柳で安夫を踊らせるのよと教える。

そこに、先々代からつけていたと言う大量の大福帳を番頭(佐田豊)が持って来たので、けい子がそれを全部受け取る。

その大福帳を抱えて夫婦部屋にやって来たけい子に、着替えていた安夫は、前のご主人、着物と洋服どっちが似合った?などと聞くので、御自分で着て下さいとあしらったけい子だったが、大福帳をつけ始めると、ふと気が変わったように立ち上がり安夫の帯を締めるのを手伝う。

なかなかやって来ない安夫に焦れたきんは、一体何枚着てるんだろうねと嫌味を言い、客の仲間たちを笑わせる。

第6回辰己会

楽屋で隈取りメイクをしている安夫の元に、馴染みの芸者があんみつを持って来たので、きんがけい子に紹介する。

その直後、先に踊り終えた時岡が楽屋口に戻って来ると、安夫たちが慌てて帰って行くのが見えたので、一体どうしたんだ?と聞くと、親父が山で怪我をしたんだと安夫は言う。

その後、安夫ときんが安衛門の様子を確認するために山に出かけたので、けい子はみね子の家に遊びに来ていた。

その窓の外では、みつるが木に登って、カラス~何故鳴くの~♪と歌っていた。

窓を開けて空を見上げたけい子は、本当にカラスだわ!私もカラスになっても飛んで行きたい!と言うけい子は、電話をかけて来ると外出しようとするが、お父さんは無事だって言われたんでしょう?と稽古を止める。

前の亭主が死んだとき、幸福とは縁が切れたと思っていたの…とけい子が言うと、信心しなさい!とみね子が勧める。

私、子供が欲しい!とけい子は呟く。

その後、丸佐に電報が届く。

夏樹がけい子に、今度勧進帳やるんだよ。姉さん、三味線弾いてよと頼む。

ある日、店にやって来た木場の同業者(榊田敬二)が、若奥さん、前は何をしてたんです?と番頭に聞くと、お役人ですよと番頭は答える。

夏樹は、こんなきれいな人が兄貴のお嫁さんになっているだよな…と嬉しそうに言い、それでは一差し舞いましょうかなどとけい子も乗り気になったその時、山の宿からけい子さん電話が!と言いに来る。

電話の相手はきんで、けい子さん!安夫が酒に寄って河原に落ち、打ち所が悪くて…と泣き崩れる。

何と、安夫が死んだと言うのだ。

1年後、夏樹と共に安夫の墓参りに来たけい子は、まだ丸佐の家に残っていた。

母がお姉さんを1人でしておくはずないよと夏樹は言う。

そんなことよりも、けい子が気になっていたのは、時々安夫の墓にあんみつを供えて行く人がいることだった。奇特な人がいるものね…とその日もあんみつが供えられていたので不思議がる。

舞台の時も、安夫はあんみつを食べずに逝ってしまって…と言いながら橋を通って帰っていたけい子は、この木場の通りを観ていても、どこからかあの人が出て来るようで…などと沈んだ表情で言うので、嫌だな~…、姉さん思い出すんだもん…と夏樹は注意する。

その時、やあ、一度おうかがいしてお渡ししようと思ってたんですよと声をかけて来たのは、葬儀屋の時岡だった。

時岡の家に寄ると、時岡が出して来たのは、安夫が花柳のとき、楽屋に忘れて行った化粧箱だった。

それを受け取った夏樹は、今度五郎をやるんだと言いながら、嬉しそうに中の品物を確認する。

霊魂の形見ね…とけい子も感激する。

その時、棺桶の中に経帷子忘れなかったですか?湯灌の時、1人じゃ…と、来客を理由に葬式に1人で行くことになった番頭の十どん(笈川武夫)が店先から困ったように時岡に声をかけて来る。

すると、時岡は、今日の仏は女性で、階段から落ちただけなのできれいなままだよ…などと言って店員を送り出す。

その時、左頬に痣がありメガネをかけたかく子 北条美智留)と言う女店員が、時岡さん、あんみつ持って行ったんでしょう?などと聞いて来たので、時岡は向こうに行ってろと言う風に手を振って追い払う。

けい子は、黒猫が寄って来たのに気づくと、きゃっと叫んで立上がると廊下に逃げ出す。

それを観た夏樹は、姉さん、嫌いなんですよ…と笑いながら時岡に説明する。

後日、化粧箱の話をやって来たけい子から聞いたみね子は、何かの因縁なのかも…、あなたが働きたいって言う気持ち分かるわよ…。その人、踊ってる人なんでしょう?どうして行かないの?と時岡との再婚をほのめかすが、あの人のこと思い出すのよ…とけい子は言う。

あなた、いっそ結婚したら?弟さんと…、人生、結お金よ。お金にならない天才なんて…とぼやいたみね子だったが、噂の当人の林が釣りから戻って来たので、あなた!釣れました?何か置かずになるようなもの…と外に呼びかけながら、林の側に来ると、やっぱり借金取りに来たの…とけい子のことを林に耳打ちする。

あなた、私を愛してる?ダボはぜと私のどっちが良いの?などとみね子は聞いて来るが、似てるだろう?とダボはぜを一匹持ち上げた林は答える。

夫婦は顔まで似るそうだとおどけてみせたので、怒ったみね子ははしゃいだように林につかみ掛かる。

その様子を窓から観ていたけい子は、2人の仲睦まじさに微笑む。

時岡は、焼き鳥屋で猟銃を持って楽しんでいたが、外を通りかかったけい子が窓から覗いたので、外に出て、帰りかけていたけい子を奥さん!と呼び止めて招くと、店の中に案内する。

カウンター席にいた常連客に、こちら丸佐の若奥さんと紹介すると、奥のテーブルに一緒に座る。

何を召し上がりますか?と時岡が聞くと、雀でもツグミでも…とけい子は答え、僕も佐山君にここを教えられたんですよ。もう飲んでるんですか?と時岡が聞くと、ちょっと他で…とけい子は答え、側にあった小鳥の入った鳥籠をテーブルの上に置く。

時岡は、佐山君のために飲んで下さい。いつもあんみつなんて食べさせられてたので、だから山で飲んだんですよと言う。

私のせいと言うことですね。一緒に行くべきでした…とけい子が言うと、否、誰のせいとかではなく、前世の因縁ですよと時岡は慰める。

だから、私と一緒になったのかしら?私には呪いがかかっているんですって…と、先ほどみね子から言われた言葉をけい子は教え、泣き笑いの表情になる。

親父!もう一本!と時岡は追加注文する。

店を出て、けい子と一緒に帰る途中の橋の上で、そんなに思われていたら、佐山、この辺りに現れるかもしれませんねなどと時岡は冗談を言う。

私、棺桶の中に一緒に入るって言ってたんですとけい子が言うと、私は一緒に棺桶に入らなくて良かったと答える。

人間はみんな死ぬんでしょう?とけい子が言うと、殺生なことを言う、人が死ななきゃ、商売上がったりですよと時岡は答える。

夏樹は、この頃、自ら進んで、丸木を川で引き上げる仕事の手伝いをするようになっていた。

その側では、同業者が番頭に、奥さん、縁談でもあるのかい?昨日男と歩いているのを観たよと話しかけていた。

まさか、奥さんは夏樹さんと結婚するんだよと番頭は答える。

丸佐の店では、安衛門が、けい子は立派な貞女だなどと褒めていた。

きんも、あの子、両親もなくて、帰る家がないでしょう?などと言う。

そこに、ああ、腹が減ったと言いながら夏樹が戻って来たので、この頃、起き抜けに働くようになったんですよときんが褒め、兄さんの代わりにこの丸佐の八代目を…などと言い聞かそうとしていたが、効き目ありませんよときんが否定する。

そこに、ごくろうさまですね…と笑顔のけい子がご飯を持って来るが、姉さんに給仕されたら、咽に通らないよと夏樹は笑う。

それを聞いたけい子は遠慮して部屋を出て行ったので、代わりに飯を盛りつけたきんが、実はね…と話そうとするろと、そう言うことは課長であるわしが言うなどと安衛門が遮ったので、今頃家長なんてないですよと夏樹は笑う。

ついてはだな…、お前、姉さんと結婚してくれないか?店のことも一緒に…と安衛門が切り出し、きんも、あの姉さん、嫌いじゃないだろう?と勧めるが、聞いた夏樹は笑い出す。

おい、笑うな!と安衛門は怒る。

けい子の方は、女中と一緒に朝食を食べようとするが、部屋の前にある電話をかけに来た夏樹が、君に断られたら…、姉さんと…とはるえに電話をする声が聞こえたので、何の話?と声をかけると、夏樹は慌てて笑いながら手を振って否定する。

ある日、あんみつ、こちら様でしょう?と言いながら、土産のあんみつを持って葬儀屋にやって来たけい子を迎え入れた時岡は、かく子におかんをつけて持って来るように命じる。

そして、番頭の十どんには、猫、縛っといてくれる?と頼む。

かく子は、時岡の前に現れたけい子のことを快く思っておらず、猫と一緒に沈んでいた。

けい子がやって来た理由は、夏樹と千条はるえを結婚させるために時岡に一肌脱いでもらえないかと頼みに来たのだった。

若い嫁さん来たら、邪魔にされますよ…と時岡はけい子のことを案ずる。

そこに、かく子がおかんをしたコップ酒を持って来たので、一口飲もうとした時岡だったが、熱いじゃないか!と驚く。

すると、かく子は、すぐに冷めますでしょう?とふて腐れる。

その間、庭先に降りてみたけい子は、花壇でもお作りになれば良いのに…と勧めるが、うちは女手もいないし…と時岡が言うので、この方は?とけい子がかく子のことを聞くと、番頭の娘ですよと時岡は答える。

そのかく子が、どうぞごゆっくり…と無愛想に挨拶して出て行こうとするので、あんみつをもらったから持って来てくれと頼むと、そうですか?と興味なさそうに出て行く。

三重娘、船倉未亡人、この辺にはたくさんいますからな…と時岡は考え込み、尼さんにでもなりますか/と冗談を言うと、そう思ったこともありますのとけい子が答えたので、ああ、もったいない…と時岡が同情すると、けい子は泣き笑いのような過去になる。

そこに、かく子があんみつを持ってやって来る。

結婚して、戦争行ったら、もう肉親もいない独りぽっちになってしまった。

親も女房も、みんなこの川で空襲で死んでしまった…と、けい子を外まで送って来た時岡は橋の上に差し掛かった所で打ち明ける。

じゃあ、一生、結婚なさらないおつもりですか?あなたのことですよと時岡が聞くと、私、誰とでも結婚するようなことは出来ませんとけい子は否定する。

僕…、そのことで、あなたのような人こそ結婚して頂きたいんですと時岡が勧めると、私、これで…と言い残し、けい子は帰ってしまう。

あの人は、結婚するしか、死んだ夫の亡霊から呼び戻す方法はない…と時岡は考える。

その後、夏樹とはるえも一緒に誘い、神社にお参りに出かける事にした時岡は、そうだ!今申し込んでやろうかてん、若い連中の目の前で…と考え、けい子の方は、観られたくないわ…、若い人に…、この人といると私…と心の中で恥ずかしがっていた。

そんな2人の様子を、夏樹とはるえは面白そうに観察していた。

夫を失った妻と妻を失った夫が…と夏樹は解説し、あら?又あんなに離れたわ…とはるえも楽しそうに実況していた。

その後、焼き菓子をお土産に持って帰って来たはるえに、夏樹も親孝行するようになりましたと受け取ったきんは喜ぶ。

布団に横になり、指圧を受けていた安衛門にきんが、お葬式屋さんですよ、川向こうの…と来客の事を知らせると、わしはまだぴんぴんしとるぞ!縁起でもない!と安衛門は怒りだす。

玄関先に来ていたのはかく子だった。

応対に出た夏樹に、広岡さんも承知してるんです、2人は一緒になるんですよと言われたかく子は愕然としていた。

それを奥で聞いていたきんは、夏樹!あんた1人でそんな事言ったって!と注意するが、大丈夫ですよ、お姉さんは…、僕たち、結婚することにしたんですと夏樹がはるえとのことを打ち明けると、何をそんな所で言ってるんだ!葬儀屋の嫁になると大きな声で言いなさい!と安衛門が苛ついて出て来たので、きんは、あなた!と諌める。

かく子はその場で顔を伏せて泣き出したので、帰れ!と安衛門は怒鳴りつける。

そこに稽古を連れて帰って来たのが時岡で、かく子に気づくと、何だってこんな所に来てるんだ!と叱りつける。

そして、安衛門たちに、今、安夫君の墓前に報告して来たんです。けい子さんをもらいたいんですと時岡は言う。

それを聞いた安衛門は、うちのけい子を奪うのか!と激高する

あの人に、女として幸福になってもらいたいんですと時岡は冷静に良い、聞いていたきんは泣き出すし、安衛門は、安夫~!と哀し気に絶叫する。

川に浮かんだ丸木の上を職人が回しながら乗っている。

時岡葬儀店の嫁になったけい子に金を無心にやって来たみね子は、丑寅の方向で金を借りると一流になるんですってなどと怪し気な御信託を打ち明ける。

しかし、すっかり葬儀屋の女房になっていたけい子は、主人は帰って来るとすぐに食事を食べので…などと忙しい振りをすると、この店で自分だけのお金など一銭もないわと言って追い返そうとする。

佐山家のお金頂けるんじゃないの?法律上から言えば…とみね子が聞くと、あの家も、番頭の見当が外れて下火なの…と答えたけい子は、見て頂戴、2万6000円のや3万1000円の葬儀セットがあるのよなどとパンフレットを見せ始める。

あなた、前のご主人のこと、忘れたの?と呆れたようにみね子が聞くと、ここに来て分かったの。人間は必ず死ぬって…とけい子は答える。

あなた人が変わったわね?私、あなたを友達とは思わないわ!とみね子が怒ると、今、みしみしって音がしなかった?あの音が聞こえると人が死ぬのよなどとけい子が言うので、私、帰るわ!と言って、みね子は帰って行く。

今ではけい子は、ピンちゃんと言う名の黒猫すら抱けるようになっていた。

帰宅して晩酌を始めた時岡は、話を聞いて、女は怖い…と呟く。

けい子も、みね子さんには悪いことしたわ…とお酌をしながら言うので、お酒で清めてやろうと時岡が言うと、その場で立上がって隣の部屋に行ったけい子が陽気に軽く踊ってみせる。

去年の二倍よと売上が伸びたことけい子が報告すると、親父が生きていたら喜ぶだろうな…と時岡も喜ぶ。

私が子の家に来て、少しは良い事もあったでしょうと冗談めかしてけい子が言うので、久しぶりに三味線を取り出した時岡も踊りだし、2人は楽し気に踊りあう。

葬儀屋を止めて、生きた花を売りたいと思うんだ…と、急に時岡は言い出す。

君は真っ白いユニフォーム着て香水をぽんぽん振りかけてさ…と時岡が夢を語ると、あなた、この仕事、引け目に感じることはないのよ。お家代々の仕事でしょう?とけい子は諌める。

万一僕が死んだとして、女一人じゃできないよ。いくら君が熱心でも…と時岡が真面目な顔で言うと、いじわる!と言ってけい子は抱きつく。

あなただけ死ぬなんて…、決して死なないと言わないと放さない!とけい子は言う。

その間、店の電話が鳴り続けていたので、その電話を取ろうとした時岡は、どっかで死んだんだよ、誰かが…と言いながら、何とかしがみついて来るけい子を振りほどこうとする。

斎藤家の葬儀会場では、けい子が1人で取り仕切っていたので、弔問客としてやって来た安衛門に、今日は、主人が病気なので…と説明し、お母様に仕事を世話して頂きましてありがとうございましたと礼を言うが、安衛門はこういうものは分からない…と答える。

その頃、時岡は、店の中でかく子と商売のやり方を巡って話し合っていた。

かく子は、嫁に来たけい子が仕事を拡張したことが気に入らなかったのだ。

時岡さん、病気になるのも無理ないな…、幸せ過ぎて…

店で電話が鳴ったので、かく子が出るが、うちは仏様だけなので…と断ろうとするので、慌ててその電話を背後から奪い取った時岡は、キリスト教ですね?と愛想慾返事をし、うちは何でもお引き受けしますと仕事を取る。

けい子が来てから、すっかり人が変わった時岡に絶望したかく子は泣き出す。

病気で具合が悪いのに、長靴を履いた時岡はチャリで出かけて行ったので、かく子は時岡さん!と呼びかける。

斎藤家の葬儀会場にやって来た時岡に気づいたけい子は、ダメよ寝てなくちゃ!と注意するが、片岡は自ら進んで花輪を片付けたりし始める。

雨が降って来た中、けい子が花輪などを積み込んだトラックの運転をし、時岡は助手席に座って帰るが、今度、山に行こうか?東照宮、華厳の滝…、貸し切りでねと提案すると、もったいないわ、この車でよとけい子はしっかりしたことを言う。

やがて、雷が鳴りだすと、時岡は耳を押さえ怯えだす。

平気で運転していたけい子は呆れるが、大砲の音を思い出すんだと時岡は言う。

その後、2人で旅行に行くが、華厳の滝の音を聞いても時岡は怯えていた。

戦場の音を聞くと心臓がキュンとなるんだと時岡は言う。

本当にありがとうございました。あなたにお会い出来たのは亡き夫に導かれたんですわ…。もっと虐められると思っていたんですけど…と休憩したけい子が礼を言うと、そんな男に見えたんですか?と時岡も笑う。

実は私、ここには前の夫と来たことがあるんです。それで今回、あの人の思いが残っているかどうか試しに来たんです…ともけい子は打ち明ける。

その直後、土手を上り道路を渡ってトラックに戻ろうとした時岡は、足を滑らせて道路の中央まで転がってしまう。

そこに乗用車が通り過ぎて行く。

一旦、何ごともなかったかのように立上がった時岡は、ふらふらしながらトラックに近寄ったので、ユリの花を摘んで後を追って来たけい子が、ねえ、故障?と呼びかけると、その場に時岡は倒れ込んでしまう。

時岡葬儀店の中で、主人の時岡本人の葬儀が身近なものたちだけで行われる。

けい子を案じ、手伝いに来ていた夏樹は、閉め切っていた入口のカーテンに人影が映ったので、外に出てみると、そこにいたのは画家の林だった。

何か御用ですか?と聞くと、女房がいないかと思ったものですから…と林は言うので、そうなされたのです?と夏樹が聞くと、結構です…と会釈して林は帰って行く。

奥の間で、一人正座をし落ち込んでいたけい子に、今、奥さんを探しに来た人がいたよ…と夏樹は伝えに行くが、すっかり無表情になったけい子は、他所の人のことなんてどうでも良いわ!と捨て鉢なことを言う。

林さんじゃないのかな?と夏樹は言い、医者が言ってたじゃないか、ご主人の死因はショック死だって…と慰める。

それでもけい子は、私には死神がついてるのよ!私と結婚した相手が次々と死ぬなんて…、時岡さんも安夫さんとあの世で笑ってらっしゃるの…などと自虐的なことを言うので、夏樹は閉め切ったカーテンを開け、暗くしているから滅入るんだよ!と言い聞かせる。

そこに入って来たかつ子は、奥さん…、私があんまり恨んだものだから…、だからあの人、死んじゃったんです!と泣き崩れる。

あなた!教えて頂戴!私がどんな悪いことをしたんですの?とけい子は亡き時岡に問いかける。

その後、祭り囃子が響く中、林の家では、林を訪ねて来た芸術家仲間やモデルたちが集まって、ト~ラ~ジ~♪ト~ラ~ジ~♪などと歌い踊り浮かれていた。

林、飲めよ!僕たちは君に素晴らしい絵を描いて欲しいんだ。こんな所にいたって、どこにも青空なんかないじゃないかと成功した画家の沢田(夏川大二郎)が忠告すると、評判よ。売れない絵描きが嫌になって奥さん逃げ出したんでしょう?などとモデルの清香(東静子)も無遠慮に林に聞いて来る。

すると、急に林はカーテンを全身にかぶり、祭り囃子にあわせて獅子舞のようなパフォーマンスを始める。

そこに、みつるが、パパ!お客さんだよ!と呼びに来たので、仲間たちは窓から外を覗くが、女の人よ。借金取りじゃないか?などと噂し合う。

下に来ていたのはけい子で、林が降りて来ると、先日はどうも…、お願いしたいことがありますの…と話しかける。

家の中に戻って来た林は、時岡が写っている記念写真を手に、亡くなったご主人の肖像画を描けって言うんだよと、一緒に連れて来たけい子の依頼を仲間たちに打ち明ける。

僕、今、開きの展覧会の準備があるし…と林は乗り気ではないことを打ち明けるが、お気の向いた時で良いんですとけい子は言い、仲間たちは、林もこれから金の苦労をするぞ…と忠告し、暗に仕事を受けるように勧める。

その後、けい子はみつると一緒に近くの船着き場にやって来る。

その後からついて来た林に、小舟の船頭が、先生、良い潮ですよと声をかける。

みね子さん、ご実家ですか?とけい子が聞くと、お宅に伺ったら、帰るように言ってやって下さい。私があまりにも圧力をかけ過ぎたせいか、変な信心に走りましてね…、馬鹿な女だ…と呟くと、林はみつると一緒に小舟に乗り込み釣りに出かける。

帰り道、神社の前を通ったみね子に気づいた祭り化粧の若い娘らは、何か嫌なものにでも会ったように顔を背けて逃げて行くが、祭りを見物していたはるえは、嬉しそうにけい子を手招くと、お姉さん!赤ん坊をお願いねと頼む。

すでに、夏樹と結婚して子供が出来ていたはるえは、けい子を乳母のようにでも思っているようだった。

お店忙しいんでしょう?とけい子が丸佐のことを聞くと、番頭さんがいなくなったでしょう?山でケチがついたこともあり、経営は思わしくないとはるえはあっけらかんと答える。

丸佐にやって来ると、出迎えた夏樹が、一つお祭り気分に鳴りますか?前はもっと陽気でしたよと沈みがちなけい子を励まして来る。

三度目の後家さんよ、私…と言いながら、けい子は赤ん坊をあやしながら、川面に浮かぶ小舟を黙って見つめる。

やがてけい子は、雨降りお月さん~♪と無人の家の中で赤ん坊をあやしながら歌いだす。

そこに帰って来た安衛門ときんが、歌声に驚きながらもけい子の姿を観て喜ぶ。

そうやっていると、安夫の子供を抱いているようだ。けい子の顔を見ると思い出すよ…と安衛門は安夫のことを懐かしむが、おじいさんとおばあさんに言ってあげなさい。もうすぐ坊やが大きくなりますよって!と赤ん坊に話して聞かせるようにけい子は答える。

後日、その赤ん坊を抱いて夏樹が時岡葬儀店にやって来る。

ミシンを踏んでいた良子に、実はね、姉さん、うちに来てくれない?良い人がいたらいつでも出て行って構わないからと夏樹が申し出ると、一生、あなたの乳母になってあげるわよとけい子はおどけたように答える。

聞きましたよ、客がこの店を敬遠してるって…、ここに来ると後を引くからとか何とか…と夏樹が言うと、今作ったばかりの赤ん坊用の帽子を夏樹の子供にかぶせ、可愛いでしょう?これ…とけい子は言う。

その後、ヌードモデルの清香を前に、作品を描いていた林に、先生、いつか来た女が…と窓から振り返りながら伝える。

あら、帰っちゃったわと清香が言っていると、みつるが外から帰って来てけい子に気づき喜んだ瞬間、家の前のドブに足を突っ込み、パパ、又破いちゃった!と呼びかけて来る。

清香は帰りがけ、先生もう10日目よ…とモデル料を要求して来るが、もうちょっと待って欲しいんだと林は頼む。

清香が帰り、みつると一緒に上がって来たけい子を迎えた林は、まだ出来てないんですとと謝ると、結構ですわ…と言いながら、部屋に置いてあった林の絵をゆっくり見て回る。

その後、林は、みつるの破けた半ズボンを縫い始めたので、けい子が。自分がやりますと申し出るが、林は断る。

パパはママより裁縫が巧いんだよ!と側からみつるが言うと、ママのことは言うな!と突然林は叱りつける。

その時、外から紙芝居の声が聞こえて来たので、みつるは外に飛び出して行く。

又、アトリエの中の絵を見始めたけい子は、大分、変わってますわね?何ですの、これ?と抽象画のような絵を前に聞く。

それはね、女と言う絵なんです。本質を色と線で表現したものなんです。みね子と会った頃の絵で、精神の目で観たとでも言うか…と解説した林は、これは「少女」これは「明暗」、これは「兄弟」…と絵を紹介して行くので、みんな人間ばかりなんですか?とけい子は聞く。

今度出品するのも人間です。

戦前は風景ばかり描いてたんですが、戦後、自由になり、人間に興味が出て来たんですと林は言う。

では、みね子さんが好きだから、この町にいらしたんでしょう?幸福でしたのね?とけい子が聞くと、幸福と言うなら、妙な女なんか奥さんにもらわんです…と林は口走る。

何か黒い感じ…、色も線も…と、林の絵を観ながらけい子は評する。

すると、不気味な面を顔の前に出し、けい子を脅すような悪ふざけをする林。

そんな林の家の前に車が停まり、中から降りて来たのは、行方不明になっていたみね子だった。

ちょっと様子を見て来るから…と、運転して来たメガネの男に言うと、家の中に上がって行く。

あなた、御信託があったの!ご本尊でお籠りしてたのよ!と久々に出会った林に話しかけたみね子は、そこにけい子がいることに気づくと、何の用?とつっけんどんに聞いて来る。

そして、車を運転して来た野上(清水一郎)と言うメガネの男を招き入れると、こちら出版社を経営していらっしゃるのと林に紹介する。

けい子は、気まずくなり家を出て行く。

林にみね子は、抽象漫画を描いてくれっておっしゃるのよと野上に変わって伝える。

今や漫画はマスコミの寵児です!と野上も熱心に話しだす。

こういう絵をちょっと捻ると。すぐにマンガになるんですがね~…と、そこに置いてあった抽象画を眺めながら野上は説得する。

お金になる仕事を描いてくれるわね?女は自由だと言ってじゃないの!パパ~♥などと甘ったれて来るみね子に、パパなんて言わないでくれ!と林は怒りだす。

外では、紙芝居の水飴を嘗めていたみつるに会ったけい子が、色々話をしていた。

学校に持って行く弁当、家のパパが作るおかず、美味しくないんだもの…と愚痴るみつるに、坊やちゃん、何が好き?とけい子が聞くと、お寿司!と飴をしゃぶりながらみつるは答える。

後日、小学校の昼休み中、みつるは自分の机でダボはぜの絵を描いていたが、それを覗きんだ悪友が、林君、お父さん描いてる!と囃し立て、その絵を取り上げるとクラス中に見えるように掲げてみせる。

怒ったみつるは、その絵を取り戻そうともみ合うが、絵が床に落ちてしまったので、ご飯なんて煎らないや!と叫びながら雨が降る校庭に飛び出す。

そんなみつるに声をかけたけい子は、ねえ、お上がりなさいよ、お寿司よ…と持って来た弁当を見せる。

するとみつるは、その弁当を開けずに受け取り、うちに行ってパパと食べるのと言うので、みつるさん、パパ好き?と聞くと、頷きながら、おばさんは?と逆に聞いて来る。

けい子が笑うと、みつるは、何故笑うの?と聞いて来る。

その後、又林のアトリエにやって来た良子が、留守番をしていた三木(藤木悠)と言う若い男に、みね子さんと又生活なさるんですか?と聞くと、あの人はもう帰って来ませんよ…と三木は答える。

先生、経済的にもきついらしいですなどと三木が言うので、あなたも絵描きさんでしょう?もっと神経使いなさいとけい子は諌める。

林は、船頭(大村千吉?)の操る小舟に乗って、海を見ていた。

ある日、丸佐にやって来たけい子は、林の絵を買ってくれないかと安衛門ときんに勧める。

しかし、山水画なら…と言う安衛門 や、美人画の方が…と言うきんには、林の抽象絵画はさっぱり理解出来ずに戸惑うが、けい子さん、まあ上がんなさいと声をかけ、苦労してるんだね~…、こんな人の絵を売るようになって…ときん同情する。

けい子は、夏樹にも、見るだけ見て頂戴と勧める。

林さんってそんなに困っているのかしら?とはるえが案じると、芸術家には良くあることだ…、あの人の才能を少し認めているんですよと夏樹は好意的に絵を観始める。

そんな中、安衛門はけい子に、あんたはいつ来るの?安夫が死んだ時。あんたには安夫の分の遺産を渡すんだった…と安衛門 が言い出す。

困りますわ…、私もこの家にご厄介になるんですから…と一旦は遠慮しかけたけい子だったが、でしたら、林さんの材木代を頂きたい。そればっかり気になって…と頼むと、わしはどっちでも良いんだよと安衛門は安心したように笑う。

その頃、林の家では、三木が、昼飯どうしますか?と絵を描いている林に声をかけるが、喰いたければ1人で喰えば良いじゃないか!と林はつっけんどんに答える。

そんな林の家に寿司を作って持って来たけい子が、家から出て来た三木と会う。

先生、この先、この家を売って移るんだそうですと三木が言い、目の前で何枚もの油絵が妬かれているのを観たけい子は驚く。

アトリエに入ったけい子に、林は、ここにいてももう良い絵は描けない。この家を維持してもいけない…、そう考えると…、人間に興味を持ち過ぎて、美の原点を忘れていたのかもしれませんと説明する。

木材の借金が残ってますわ!とけい子が迫ると、絵の具とキャンバスと精神がしっかりしていれば絵は描けます。絵が売れそうなんです!材木のお代も頂かなくて良いと決めて来ました!とけい子は訴える。

絵をお描きになって下さい!旅行に行ってらっしゃい!気が変わって、又良い絵が描けるようになりましてよ!とけい子は懸命に説得する。

ブラジルへでも行きますか?と冗談っぽく林が応じて来たので、メキシコはどうでしょう?とけい子も乗って答えると、あそこはマヤ文明が残っている。パナマ運河を通ってなどと際限なく林はおしゃべりしだす。

その後、葬儀店の座敷にいたかく子は、林が描いた時岡の肖像画を見上げながら、どこに行ったのかしら?ここの奥さん?あなたを学の中に入れておいてさ…と呟いていた。

私、そうなってりゃ、今頃は…と、黒猫のピンちゃんを抱きながら呟いていた。

すると、額縁の中の時岡の絵がにっこり微笑む。

その後、買物から戻って来た林と出会ったけい子が、お宅ではみね子さんいないの?良くお子さんを残してまで行かれましたね?とけい子が聞くと、自分の子じゃないからですよ…と林は打ち明ける。

私の子でもない…、死んだ友人の子供を引き取ったんです。みね子も始めは珍しがったんですが…と言う林に、今は重荷にですか?林さんの?と聞くと、ふらっと旅行に出かけたくても、残しておく訳にはいかない…と言うので、留守番なら私が…とけい子は申し出る。

しかし林は、留守番は三木がやってくれるでしょうと笑う。

そこに、今日は不良だったとぼやく知り合いの漁師が通りかかったので、持ってけよ!と林は、買物かごに入れていた缶詰を渡してやる。

それから数日後、沢田の屋敷に、夜中、大きなリュックと画材を背負ってやって来たのは林だった。

10日の予定じゃなかったのか?今夜はここで飲み明かそうと沢田が歓迎すると、今夜はここで泊めてくれ。差し支えがあるんだと言いながらリュックを降ろす林。

(回想)実は、林は一度自宅に戻っていたのだが、家の中から待ちぼうけ〜♪と明るく歌う家族の声が聞こえて来たので入りあぐねてしまったのだった。

家の中では、みつるの部屋で三木とみつるの様子を観に来ていたけい子が一緒に歌ってやっていたのだ。

パパはまだよ、後3日…とけい子はみつるに言い聞かせて寝かしつけていた。

泊まっていくんでしょう?とみつるが聞くと、おばちゃんが泊まっていて、パパ怒らないかしら?とけい子は笑う。

ずっとここにいても怒らないよとみつるは言うが、おばちゃんは元の家に行くのよ。明日お引っ越しと言うと、どこ行くの、おばちゃん?歌って!とみつるはねだって来る。

立上がったけい子は、踊るわ…と言うと、チリチリトントン…口三味線で踊りだす。

そんな中の会話を、外に座り込んで林はじっと聞いていた。

(回想明け)旅行から戻って来た林が描いた風景画を観た沢田は、良いじゃないか!昔の君とは違った鋭さがある!あの調子をものにしたのは何か訳があるな…とからかうように笑いかけて来る。

僕の恋人は酒さ…、女を棄てた所から傑作が生まれると思うんだ!と沢田は言うが、それを聞いていた林は、僕はそうは思わんね…と反論する。

夜中、林の家に、あなた〜!みね子って呼んでちょうだい!と大声を出しながら入って来たのは酔ったみね子だった。

三木はその声で目を覚ますが、応対に出たのはけい子だったので、そのまま様子を見ることにする。

けい子がいることに気づいたみね子は、ここは私のうちよ!なんて厚かましいんでしょう!ここを明け渡したつもりはないわ!あなたに使わせるつもりもないわ!と絡んで来る。

けい子さん!林をどこかに隠したのね?とみね子が責めるので、そんなに大事なご主人をどうして放っておいたの?とけい子はやり返す。

その言葉を聞いたみね子は、あなた、あの人が好きなのね!と気づく。

あの人を苦しめるのだけは止めて!あなたにはあの人の良い奥さんになってもらいたいの!と必死に訴えるけい子。

するとみね子は、私だって知ってるのよ…、私がいると、あの人は良い絵が描けないの…、そこに野上がやって来て、私はやっとのし上がることができたのよ!と告白したみね子は、そういう話、もっと早く聞きたかったわ!けい子さんの嘘つき!あの人を4人目の男にしないでちょうだい!と癇癪を起こす。

何よ、この顔!この顔!と言いながら、みね子は、林がスケッチブックに描いていた何枚ものけい子の顔を破り取って行くと、泣き崩れる。

あんたたち!お互いに…

そこに野上がやって来て、みね子を慰め始めたので、けい子は外に出て行く。

みね子は野上に、じゃあ、私の洋裁の読本、すぐに出してね?とねだる。

みね子さん、お気の毒さま…と野上が同情すると、そんな事言ってると、ボイン!とやられるから!とみね子は野上を睨みつける。

けい子は、自分の顔が描いてあった林のスケッチブックのことを思い出しながら帰って行く。

後日、丸佐の家の中では、今日やって来るはずのけい子がなかなか姿を見せないので、きんと安衛門がイライラしながら待っていた。

二階の窓から双眼鏡で川向こうを見始めた安衛門は、来た来た!うちのトラックが…と喜ぶ。

ところが、橋の袂で停まったトラックから降りた夏樹は、運転手に、じゃあ、林さんと言う絵描きさんの家に!良いな!と言い聞かせ、荷台に乗っていたけい子を見送る。

佐山の家に帰らない私は、冷たい女でしょうか?…、そうけい子は心の中で問いかけていた。

どんな目に遭っても、何かしてやりたくなるのです。

それが女の幸せって、やっと気づいたんです…

けい子をのせたトラックが丸佐の家の前を通り過ぎて行ったのに気づいた安衛門ときんが慌てていた。


 

 

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