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暁の挑戦

「御用金」(1969)「人斬り」(1969)に次ぐフジテレビ製作映画第三弾で、新国劇映画との共同製作になっている。

松竹映像と日活芸能も協力

長らくフィルムが行方不明になっていたものが、このたび発見されたものらしいが、フィルム状態は良好。

大正14年に実際に川崎市で、火力発電所の建設をめぐって起きた「鶴見騒擾事件」が元になっているらしい。

テレビドラマの映画化のイメージが強くなった昨今のテレビ局映画とは違い、当時のテレビ局主導映画は、斜陽化して低予算化して行く撮影所システム映画に対抗し、往年の「本格的大作映画」作りを目指していたようにも見えるが、登場しているスターたちの顔ぶれを見ても、何となく寄せ集め…と言うか、今一歩感は拭えないものの、それなりに見応えがある作品にはなっている。

公開当時、東映を除く映画各社は、長年続けて来た二本立てのプログラムピクチャーの不振から、大作一本立てへの転向を模索していた時期だが、そうした傾向に先行していたのがフジテレビ映画だったのかも知れない。

テレビ局主導だからか、1971年と言う時代の特長なのか、各社で活躍していたスターたちが共演しているのも見所の一つ。

一応、中村錦之助主演と謳ってあり、確かに錦之助は冒頭からラストまで登場しているが、役柄的には若林豪のサポート役と言った感じで演技も控えめだし、全体的に、錦之助が前面に出て悪い意味で目だつ、いわゆる「錦之助映画」と言った雰囲気はない。

では、若林豪が主役かと言うとそうとも見えず、全体的に群像劇のような印象なのだが、キャラクターのインパクトで言うと渡哲也が主役のようにも見える。

暴力組織をバックに、世の中を嘗めきったような終始にやけた鉄二郎のキャラクターは、渡哲也の可愛らしい風貌と相まって、独特の迫力を生み出している。

ただ、渡哲也にしろ若林豪にしろ、今でこそ大物だが、映画人口がどん底状態だった当時はまだ新人扱いだったはずで、どれほどスターとして動員力があったかは不鮮明。

スターの格としては、当時は圧倒的に錦之助のネームバリューが大きかったと思うが、その錦之助が若干地味な役どころになっている分、興行面でどれほどこの作品が受けたかも未知数である。

配給を担当した松竹からは倍賞美津子と尾崎奈々が参加しており、特にB級アイドル映画のお相手役などが多かった尾崎奈々が、こうした本格的な時代劇に出ているのは始めて観た気がする。

仲代達矢はゲスト的な参加と言った感じで、ワンシーンしか出ていない。

ヤクザが支配していた地方都市を、市民たちが自分たちの手で取り返すと言うストーリーは、終戦後の本庄事件を描いた山本薩夫監督「ペン偽らず 暴力の街」(1950)を連想させる。

ヤクザが行政と癒着し、ある地方を実質的に牛耳っていると言う図式は、戦前からあちこちであったのかも知れない。

この作品でも、警察そのものがヤクザを黙認している様子で、これでは一般庶民はヤクザの暴力に抵抗する術は何もないに等しく、ただひたすらヤクザとの接触を避けることのみ念じて生活するしかなかったのではないかと想像する。

一方で、工場都市としての発展を願い、全国から企業や人材を誘致しようとする行政側の思惑と、地元の特権を最大限に生かし、利権を独占的に吸い上げようとする旧弊なヤクザ組織と言う、革新と保守の対決構図にもなっている。

特筆すべきは、劇中での「多摩川決壊洪水シーン」を、ミニチュア特撮で描いてあること。

セットの中に水が押し寄せ、役者がそれに翻弄される本編部分もちゃんと撮られており、後の「日本沈没」(1973)や「地震列島」(1980)と言った東宝特撮パニック映画の先駆的作品とも言えるような気がする。

60年代頃までの怪獣ブームなどを背景とした特撮映画では、子供向けと言うこともあり、ミニチュア描写が中心となり、本編でのリアクション芝居は予算がかかる事もあって避けられる傾向にあったからだ。

又、常に進軍ラッパを持ち歩くキャラクターが登場しているのにも注目したい。

これは、同じ舛田科雄監督「二百三高地」(1980)でのラッパ兵などを思い起こさせる。

ラストの数千人規模の群衆シーンは圧巻。

内田吐夢監督「逆襲獄門砦」(1956)に並ぶ大群衆シーンかも知れない。

当時の川崎市民たちの協力で実現したシーンらしいが、ひょっとすると本作が、大掛かりな「ボランティアエキストラ参加」の走りだったのかも知れない。

観れば見るほど色んな発見がある、日本映画史上でも貴重な作品ではないだろうか。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1971年、フジテレビジョン+新国劇映画、中川明徳+ 望月利雄原案、橋本忍+国弘威雄+池田一雄脚本、舛田利雄監督作品。

川崎(1970年当時の町の様子を背景に)

人口100万のこの都市も、かつては葦が生い茂る無名地帯に過ぎなかった。

タイトル(明治時代頃の錦絵を背景に)

川崎町と記してある古地図

蒸気機関車が川崎駅に到着し、駅前に大勢の人が出て来るのを待ち構えていたように、日当1円だよ!と仕事を探している人間をかき集めていたのは、音吉(青木義朗)ら町を牛耳ていた酒巻組の連中だった。

その側で、市役所の救済課の麻生(財津一郎)は、臨時宿泊所やお風呂も用意していますと呼び込みをしていた。

そんな麻生を嘲るように、酒巻組は県知事の許可をもらってます!埋立工事はいつも20銭の所、日当1円!1円だよ!と景気の良い呼び込みを音吉らがやるので、麻生は黙ってしまう。

そんな中、日当1円だって?とやって来たのは、赤ん坊を背負った舟木仙之助(萬屋錦之介)だったので、女房持ちはダメだよ!と酒巻組が断ると、別れた!と舟木が答えたので、とにかく子持ちはダメだよ。市役所の方へ回してやろうか?コブ付きだけどよ…と麻生の顔を見て酒巻組は笑う。

そんな酒巻組に、ここは昔から俺たちの縄張りだ!と抗議をしに来たのは、地元で古くから車夫などをやっていた島谷組の連中だったが、ここは天下の大道だぜ!と酒巻組は嘲笑して相手にしない。

音吉は、側に停まっていた車の横に立っていた酒巻組代貸倉石鉄二郎(渡哲也)に会釈すると、鉄二郎はにやけた顔で車に乗り込み、商工会議所にやって来る。

ちょうど、会議所の二階から降りて来る一団に遭遇した鉄二郎は、大阪の新田組と気づくと、酒巻の名代倉石鉄二郎です。遠路はるばるご苦労さんでございますと挨拶して送り出す。

その直後、会議室に勝手に入り込んだ鉄二郎は、矢島会頭(三島雅夫)に、大阪の新田組を使うんですかい?とやんわり嫌味を言う。

矢島会頭は挨拶に来ただけだよとやんわり受け流すが、お宅の本社が大阪にあるから、新工場も新田組と言うことなんだろうけど、ここは川崎、箱根から西にのこのこ割り込まれても困るんですがね?忘れないでもらいたいな、ここは神奈川県の川崎と言うことをね!と釘を刺す。

「暁ガラス」のガラス職人正岡正二郎(若林豪)は、その日もガラスを吹いていたが、一仕事終え、ふんどしをいじっているとき、文子(尾崎奈々)が茶を持って来たので、今ここ観たろ?などとちょっとからかうと文子は、正岡さんのバカ!と赤くなって逃げて行ったので、おちょくるな!嫁入り前なんだぞ!と、側にいた文子の父親の芦原(内藤武敏)に注意される。

夜の繁華街

不二紡川崎の工場では、いきなり18名が解雇されてしまった。

工員の平均年齢は15~16才、1日12時間働かされて日給48銭しかもらえないと書かれたビラを巻く女工がいたが、探していた酒巻組の連中に見つかってしまう。

そのビラをお座敷で読んでいた芸者の千代鶴(倍賞美津子)は、私たちも同じよね。嫌なお客の相手もするしかないしね…と嫌味を言っていた。

その日の客は、倉石鉄二郎だったからだが、酒を飲んでいた鉄二郎は、にやけながら、俺は嫌だと言う女を惚れさせるのが好きなんだなどと平然と言う。

それでも、千代鶴が、嫌なものは嫌!と答えたので、鉄二郎は、根比べか?と苦笑する。

そんな料亭の前を通りかかったのが泥酔した麻生で、入口を警護していた酒巻組の連中に因縁を吹きかけて来たので、音吉はこいつは酒乱なんだ…と呆れながらも、胸元を掴むと、殺せ!麻生はわめく。

そこへ、兄貴それどころじゃないんだよ!と子分がやって来る。

息子の三郎と言う赤ん坊を背負った舟木は、豆腐屋からもらったただのおからを喰いながら、女郎屋の店頭に掲げられている女郎たちの写真を一枚一枚丁寧に観ていた。

「おしげ」と書かれた写真の前に止った舟木は、この女、写真そっくりかい?もうちょっと別嬪なんだが…と言いながら、やり手ババアに聞くので、おしげに上がるのかい?と婆さんが聞くと、ちょっと会いたいだけなんだと舟木は答える。

そこに、音吉ら酒巻組がやって来たので、やり手ババアはこいつをつまみ出しておくれよと頼むが、それどころじゃないと言いながら音吉たちはどっかへ行ってしまう。

仕方がないので、やり手ババアはおしげを呼びだしてやるが、出て来たのは、写真とは似ても似つかぬ醜女婆さんだったので、思わず舟木はおからを吹き出してしまう。

そんな花街の一角の二階で女と寝ていた正岡は、女から辛い仕事の愚痴を聞かされていた。

でも、たまには兄さんみたいな人も上がってくれるから…と嬉しそうに抱きついて来たとき、表が騒がしくなったので、正岡が窓から下を見下ろすと、ビラをまいていた女工が酒巻組に捕まり、殴りつけられている所だった。

そこに出て来たのが赤ん坊を背負った舟木で、若い衆の手を掴むと、何で女の子を虐めるんだよ?と聞くので、やるにはそれだけの理由があるんだ!と音吉が答えると、俺には通らねえよ。どうしたって言うんだ!等と言いながら、酒巻組の連中と喧嘩を始める。

やがて、その喧嘩に加わって来たのはふんどし姿の正岡だった。

舟木は、泣いている背中の三郎をあやすが、そこに警官隊が乗り込んで来る。

次の日の早朝、芦が生えた湿原で鉄二郎ら酒巻組と対峙していたのは、島谷組の島谷(内田良平)だった。

あくどいことをやっているそうじゃねえか?と島谷から指摘された鉄二郎は、お察しの通り、いろんなことがありましてね。ここで会った以上、もう話はお終えだ…、島谷さんは何を使います?と聞く。

ドスだ。長い奴だと島谷が答えたので、じゃあ、私も同じもので…と応じた鉄二郎は日本刀を抜く。

たすきをかけた島谷は、親分、まさかの時に…と拳銃を子分から渡されそうになるが、それを無視して、長ドスだけで鉄二郎に向かって来る。

斬り合いは島谷の方が優勢で、鉄二郎は倒れ込むが、島谷がとどめを刺そうかと迷いながら刀を振り上げているとき、いきなり銃を取り出した鉄二郎が発砲する。

胸を撃たれた島谷は、水の中にうつぶせに倒れ込む。

立上がった鉄二郎は、そんな島谷にとどめの弾を何発も撃ち込む。

同じ頃、正岡の暁ガラスの工場で夜を明かした舟木は、表に三郎を抱いてあやしながら出て来た文子に、三郎にミルクを与えてくれたことと、自分も久しぶりにちゃんとした朝食にありつけたことへの礼を言いに来る。

正岡さんって良い人ですねと舟木は文子に言う。

しかし、中島工場長(見明凡太朗)は、喧嘩をしたばかりか、警官まで殴った正岡に説教をしていた。

これから警察に詫びに行くと言う中島は、お前は、九州からこの川崎工場へやって来た経緯を覚えているか?お前が九州におられんようになったのも、小倉で与太者相手の喧嘩じゃった。

お前はここに来た時何と言ったか覚えてるか?と中島工場長が聞くと、二度と喧嘩はせんと…と申し訳なさそうに正岡は答える。

そうじゃ、もし喧嘩をしたら、どんな処置をされても構わん言うたな?じゃあ、辞めてもらおう。首だ!と突然中島工場長は正岡に言い渡す。

それを部屋の外で聞いていた文子と舟木は呆然となる。

島谷の葬式にやって来た岩田市長(島田正吾)に、帰りかけた矢島会頭(三島雅夫)がちょっと話たいことがあるんだが…と耳元で言うと、後で車で…と岩田市長は答える。

暁ガラスを首になった正岡と海岸を歩いていた舟木は、夕べ俺が飛び出さなければ…と自分の責任を感じていた。

しかし、正岡は、あんたが飛び出さなくても俺は出ていたぜと慰め、退職金もあるんで当分金の心配はいらないよと笑うと、お前さんは銭のありがたみを知らない。おからをもらいながら名古屋から出て来た俺は、汽笛鳴らしては知って来る汽車を見ると、つくづく金のありがたみが分かるんだ…と舟木は言い、しかし、このままで良いのかね…と正岡の身を案じる。

島谷の葬儀の帰り、車に同乗した八島会頭は岩田市長に、川崎に全国から企業を誘致すると、資金も人材も全国から集まって来る…と、酒巻組だけに牛耳られている現状を憂え、僕はいっぺん酒巻に会って来る。彼は割と話の分かる男だ…。ここは働く人の町田だよと言う。

不二紡績株式会社では、大勢の若い女工たちが、酒巻組に見張られ、過酷な労働を強いられていた。

その社長室に倉石鉄二郎がやって来ると、ちょうど警察署長(清水元)が来ていたので、島谷の件では組の者が迷惑かけて…と他人事のように謝る。

犯人が自首してくれたんで助かったよ…と、すっかり組の息がかかった警察署長は、名乗り出た人物が身替わりと知ってか知らずか、満足そうに喜んで帰って行く。

坂本社長は、倉石さんの方にも迷惑をかけたので陣中見舞いを…と差し出すが、封を開いてその中の金額を観た鉄二郎は、これじゃあ今すぐ引き上げるしかない。職工や女工を集めたのも大変だったし、この手の金は上へ上へと吸い上げられる仕掛けになっているので、現場の連中にろくな手当も出せない。坂本さん、引き上げるのか、それとも包み直すのか…、そのどっちなんですかね?とやんわり脅し付ける。

不二紡績の女工部屋では、重労働の末、病気になった女工が何人も寝込んでいた。

酒巻組の横暴に我慢できなくなった工員2人が、スパナ片手に、倉庫内を歩いていた鉄二郎を襲撃しようとするが、鉄二郎の護衛で付いて来ていた組の者にあっさり射殺されてしまう。

その後、川崎駅前にやって来た正岡と舟木に気づいた酒巻組の連中が、決着付けてやるぜ!と取り囲むが、真っ昼間からみっともねえんじゃないかい?と舟木が諌めると、どうした?川崎から出て行くのか?と音吉が嘲るように聞く。

仕事探し!と舟木が答えると、知らない顔でもないので、日に5円も出そうじゃないかと音吉が言い出したので、本当か?と舟木は驚くが、うちの組に入れ!ろ言われると、さようなら!と答えた舟木と正岡は、側で呼び込んでいた麻生の方に近づく。

どう言う仕事をお探しですか?と愛想良く応対する麻生に、市役所が世話する仕事なんて、火葬場の人夫かクズ拾いくらいだぜ!と酒巻組の連中がからかって来る。

麻生の話から、車夫の仕事も島谷組から酒巻組が奪い取ったことを知った舟木は唖然とするが、この川崎と言う所が分かったら、いつでも拾ってやるぜ!と音吉が呼びかけて来る。

その後、取りあえず、食事と風呂にありつけると知った正岡と舟木は、麻生に付いて行くことにする。

麻生が2人を連れて来たのは自宅のようで、出迎えたのは麻生の母親だった。

座敷に座った正岡と舟木は、離れにやって来た2人の芸者に気づき、話が巧過ぎる!と驚くが、麻生は慌てて離れに向かう。

そこへ、晩酌を持った母親がやって来て、トオルは1人で飲むと大トラになるんで、皆さんで飲んでくれた方が助かるんですよと言い、あの芸者は呼んだのじゃありません。トオルに用があるんですと笑う。

トオルと離れで向かい合った千代鶴は、この春もお座敷に出ると引きたいと言う客はいるのよ。あんた、春ちゃんのことを好きなの?と、連れて来た千代春(八木孝子)の前に詰め寄る。

好きです!と麻生が答えると、じゃあ、どうして一緒にならないのよ!と千代鶴が責めるので、役所の上役の娘さんをもらうと言うのは…と麻生が口ごもるので、お父さんはお嫁に出しても良いと言ってるのよ。生まれた子供を養子にもらっても良いとまで…、あなた、口先では好きと言いながら!と千代鶴があんまりしつこく言うので、本当に好きです!と麻生は憮然となる。

じゃあ決まったわね!式は今年秋の温習会の頃…、11月の中頃で良いわね?と勝手に千代鶴は決めてしまう。

その頃、父親と二人で夕食を食べていた文子は、正岡のことで沈み込んでいた。

それに気づいた芦原が、中島工場長も正岡が憎くて辞めさせたんじゃない。

この秋、工場を拡張して第二工場を作るんだ。その時、正岡は職長の1人として呼び戻されると思う。

あいつがガラス職工以外に何が出来る?後10日もすれば頭下げて戻って来るさ…と教えると、急に笑顔になった文子は、父親の晩酌のおちょうしに酒を注ぎ足してやる。

麻生の家で飲んでいた正岡は、すっかりご機嫌になり、黒田節などを歌っていたが、途中から、離れの千代鶴がやって来て、一緒に歌い始めたので、照れくさくなり、こりゃいかん!本職のきれいな姉さんが踊ったのでは…と言いながら止めてしまう。

しかし、舟木や麻生から勧められたので、正岡は仕方なく又歌い踊り始めるが、千代鶴も一緒に唱和する。

千代鶴は、一目で九州男児の正岡が気に入ったようで、ぐっと干して!私も頂くわなどと言いながら、酒を注いでやる。

千代春は、麻生の隣にぴったり付き添っていた。

そんな中、相手のいない舟木だけはぶすっとしていた。

翌日から、舟木と正岡は酒巻組の埋立工事の人夫の仕事を始める。

工場の職工しか経験のない正岡には、土砂の切り出しや運搬と言った力仕事はきつかったが、あんたには、洗濯してくれる気だての良い姉さんがいるんだから良いさ。お前のかみさんになる人決まってるんだってな?と舟木はうらやましがる。

その時、近くでしゃがんでいた人夫の新田(谷村昌彦)がさぼるなと人夫頭に怒鳴られたので、小便しとっただけだと言い訳して立上がるが、お前は小便するのにしゃがむのか!と又怒られる。

その頃、岩田市長と矢島会頭は、酒巻組の親分酒巻源次(辰巳柳太郎)の自宅を訪ねていた。

人足1万5千人、今日まで、わしと鉄が全国から集めて来た。わしたちの目が光っとるから何とかやっていけるんであって、よそ者が来ると、血の雨が降ることになるぜ。軍隊でも頼まないと無理じゃないかななどと源次はうそぶく。

しかし、他から業者を集めると言うのが市の方針と言うなら、わしが目をつぶったらにして欲しい。だが、わしが目をつぶっても鉄がいる。あいつは侠客の路に生きる男だ。これからも目をかけてやってくれ。お向かいが近いわしからのお願いだ…と言う源次に、川崎の現状がこのままで良いと思っとるんですか?と岩田市長が聞くと、この世の中、良いことばかりで成り立っとるんじゃない。地獄の車、極楽の車、一緒に廻るんだ…と源次はとぼける。

一方、その日の仕事を終えて日当を受け取りに並んだ舟木と正岡は、1円30銭と言う約束だったのに、80銭しかもらえず、それに加えてこの賭場の中だけで50銭として通用すると言う木札をもらったので、わしは博打はやらん。話が違うと抗議していた。代貸に話すれば分かるんだな?と確認した舟木と正岡が賭場に入ると、そこでは人夫たちが丁半博打でほとんど日当を巻き上げられていた。

その場にいた代貸に、金に替えてくれと木札を渡した舟木と正岡だったが、おめえら一文も賭けてねえじゃねえか?と言われ、さらには、警察が日当80銭と決めているんで、ここでは50銭分遊んでもらっているんだなどと言い出す。

あんたら、駅前では1円と言ってるじゃないか!と舟木が切り返すと、そんな事言ったか?などととぼけて来る。

俺も色んな所で働いて来たが、こんなピンハネは始めてだぜと舟木は呆れ、警察で80銭と言ってるんだな?と再度確認した正岡は、舟木や新田ら人夫を引き連れて警察署に聞きに行く。

応対した警官が、酒巻組が80銭と言ってるなら80銭だ!などと説明するので、堀川町で1円30銭と言ってたのはインチキか?お前たちもグルだからな?などと人夫たちから、からかいの声が上がる。

これに怒った警官は、お前たち全員逮捕する!と言い出したので、面白い、全員泊めてもらおうじゃないかと正岡たちは応じる。

1人1人取り調べてでないと牢に入れんなどと警官が抵抗するので、人数が多かですけん、面倒でしょうが…と言うと、正岡や舟木を先頭に、人夫たち全員自ら牢へと向かう。

「川崎警察署、人夫に占拠さる」と新聞にも載ったので、それを読んだ倉石鉄二郎は、愉快そうに警察に電話を入れさせる。

留置場は人夫たちで、足の踏み場もない状態だったが、便所などは惨憺たる状態になっているらしく、便所が臭いのは構わんが、俺たちが臭くなるのはごめんだねと新田は笑う。

舟木は、ここまでやれば十分だと言い、正岡も、そろそろ潮時だな…と答えていたが、その時足音が近づいて来て、鉄格子の前にやって来たのは倉石鉄二郎だった。

正岡正二郎と舟木仙之助と言うのはどいつだ?と聞いた鉄二郎は、2人が名乗り出ると、お前か?と愉快そうに微笑むと、ここじゃ話が出来んから、署長室へ行こうと2人を誘う。

署長室に来た鉄二郎は。暁ガラスの第二工場作るそうだが、巧く行けば良いがな…と正岡に話しかけ、お前さんの方は、博打で女房を取られ、名古屋から探しに来たそうだが、本当か?と笑いかけ、妙な因縁だが、顔見知りになったんだ。何か困ったことができたら、いつでもこの倉石が相談に乗るから…と伝える。

警察を出た正岡は、あんたが、博打をやらない理由は分かったと舟木に言うと、いよいよお別れだな。第二工場と聞いたときのあんたの目の色の変わり方観たぜ。あんたにはツルハシなんて似合わねえよ。人間誰でも、これしか出来ねえって仕事があるんだ…と舟木は言い聞かせる。

やがて、雨が降って来たので、洗濯物を外に干していた千代鶴は慌てて取り込む中、麻生の家に正岡と舟木は戻って来るが、出迎えた麻生の母親は、どこに行ってたの?お客様がお待ちかねよと言うではないか。

客とは、正岡を呼び戻しに来た文子のことだった。

正岡は、戻ることにためらいを感じていた。

自分たちを信じ、警察に一緒に行ってくれた仲間たちのことが気になっていたのである。

それでも、第二工場の責任者はあんたしかできない仕事!と文子から言われると正岡の気持ちは揺れる。

そうした様子を見かねた舟木は、分かってたよ、ツルハシで崩した土砂、トロッコに乗せた土砂、その石ころの1つ1つがお前さんの目にはガラスに見えていたってことをと正岡に声をかける。

文子と正岡は、離れで洗濯物を畳んでいた鶴千代に会釈して玄関口に来る。

麻生さんが留守の時に申し訳なかばってん、後で礼に来ますと母親に頭を下げる正岡だったが、そこにやって来た鶴千代が、畳んだ正岡の洗濯物とかさを手渡す。

雨の中、正岡と文子が出て行くと、思わず外に飛び出した千代鶴は、雨に濡れるのも構わず、いつまでも遠ざかって行く正岡の後ろ姿を見つめるのだった。

その夜、三郎を寝かしつけていた舟木は、書斎の方から荒れた千代鶴の声が聞こえて来たので、行ってみると、案の定、麻生を前に飲んでいた千代鶴がクダをまいていた。

やってますね…と笑いながら部屋に入ってきた舟木に、お前さんが一番いけないんだよ!正岡さんに女房になる人がいるんだったら、どうして最初に私に言ってくれなかったのさ!と千代鶴は絡む。

男の大トラがいなくなったら、今度は女の大トラか…と舟木は苦笑するが、その時、玄関が開く音が聞こえたので、麻生と舟木、千代鶴が様子を観に行くと、そこに立っていたのは正岡だった。

思わず喜んで抱きつく千代鶴。

しかし、立っていた正岡の様子がおかしいと気づいた舟木は、どうしたんだ?と聞く。

正岡の周囲が暗くなる。

(回想)石ころの1つ1つがお前の目にはガラスに見えるか…、巧いことを言うな…と、戻って来た正岡を前に、中島工場長と芦原が嬉しそうに話していた。

割り切れて、すっきりしたんじゃないか?と中島が聞くと、それが俺の死に場所だときっぱり決めました!と正岡もすっきりした表情で答える。

雨降って地固まるか…と中島工場長は安堵する。

そこにやって来たのが、ひげ面の塚越(仲代達矢)と言う男で、中島工場長は、こちらは第二工場の仕事を頼んだ大滝組の名代じゃと正岡に紹介する。

そんな塚越の顔色が良くないようだが…と案じた中島工場長が、で、準備の方は?と聞くと、実は折り入って、お願い…否、お詫びを…、工事の責任者としては、新設工事からは一切手場引かせて下さい!おいの考えが甘過ぎた…。芦原の整地、土盛りなどを考えたら人夫は1人も集まらん。酒巻組とも会ってみたが、九州の大滝組と言うことでどうしても話し合いがつかん。おいとしても、これ以上川崎におる訳にもいかず、かと言って、おめおめ九州に帰る訳にもいかず…、皆さんのお詫びに…と言った塚越は、事務所内で着ていた着物をはだけると、取り出したドスで自分の腹を突き刺す。

あっけにとられる正岡、中島、芦原の目の前で、腹を真一文字に斬り裂きながら、第二工場は出来まっせん!お詫びに…、お詫びの印に…と言いながら、塚越がドスを自らの首に持って行こうとしたので、見かねた正岡がその手を握って止める。

第二工場の将来を背負って立つ人と聞きましたが…、すいまっせん!一思いに…、楽に…と言うと、ドスを床に落とし、塚越は前のめりに倒れる。

(回想明け)無我夢中で工場を飛び出して来た…。そして考えた…、わしたちに何と課題に工場が出来んもんかと…と正岡は打ち明ける。

整地、土盛り、水路の変更…、それには酒巻組が絡んでいる。俺は九州だし、舟木さんは名古屋…、どちらも他所もんやけど、わしらも今じゃ川崎たい!地元の業者と言うても良かとでは?と正岡は自説を述べるが、理屈が通らんのが酒巻組よ。そんなに簡単に工事をやらす鉄じゃない…と話を聞いていた千代鶴が言う。

舟木は、とにかく暁ガラスに行こう。工場出来ねえとなったら、今度はこの人が腹を斬る番かも知れねえぜ…と言う。

正岡のプランを聞いた中島工場長は、市長の所へ掛け合いに行く。

話を聞いた岩田市長は庶務課長の細野(加藤嘉)に、他から呼ぶんじゃない。地元で人材を育てるんだと伝えると、筋は通っとりますな…と細野も納得する。

後で問題にならんように、君と僕とで…と、一緒に話を聞いていた矢島会頭が言い出すと、倉石にも会ってもらおうと岩田市長は言う。

その頃、鉄二郎は、とうとう千代鶴を抱いていた。

千代鶴は、自分の言うことを聞いてもらう約束で、我慢して抱かれていたのだった。

しかし、事を終えた鉄二郎は、お前の話は、男と男の間にしか通用しない仕事の上の話だ…と一蹴すると、お前が住む家はどこに建てようかな…などと言い出したので、騙されたと分かった千代鶴は、悔しそうに鉄二郎の身体を叩き出す。

すると、怒った顔が良い。俺はお前のそう言う顔が好きだ!などと手を掴んで鉄二郎は笑うので、無力さを悟った千代鶴はその場で泣き崩れてしまう。

葉巻をくわえた鉄二郎は、しかし、良く降る雨だな〜…と外の雨音を気にする。

その後、酒巻組事務所にやって来た正岡と舟木を、鉄二郎は、おう!来たな…と鷹揚に出迎える。

こんたびは…と正岡が挨拶をしようとすると、話は聞いている。しっかりやるんだなと答えた鉄二郎は、念達料に関しては工事の一割…と言いかけた正岡に、新規の場合は1割5分だな…、まあ5分は俺の祝儀と言うことで、1割で良いよ。その代わり、手を抜いたチャチな仕事は困るぜと釘を刺すと、正岡組の旗揚げは景気良くな!と言って笑う。

こうして、暁ガラス第二工場建設予定地に、正岡、舟木、軍隊ラッパを持った新田ら、警察で一緒に留置された馴染みの仲間が集まる。

3班に分けて、作業を始めようとしていた矢先、周囲から一斉に半鐘の鳴る音が聞こえて来る。

寺の鐘まで聞こえて来て、尋常ではない気配が周囲に満ちる。

そこに駈けて来たのは芦原で、多摩川の堤防が決壊した〜!みんな逃げろ~!と叫んでいた。

堤防が決壊し、溢れ出た大量の川の水が民家に押し寄せる。

家の中でくつろいでいたり、食事をしていた家族が、突然押し寄せて来た水に押しながらされる。

こうした事態に、川崎に誘致をしていた企業から次々に移転見合わせの連絡が矢島会頭の元に寄せられる。

直しても直しても、あの堤防は2、3年で切れる…。岩田君、あそこをしっかりせんことには…と矢島が相談すると、矢島君、こう災害が繰り返すからには、今度は堅牢なものを作る!大雨が来ても、絶対大丈夫と言う奴だ!と岩田市長は決意のほどを見せる。

その頃、鉄二郎は、地元の政治家連中に電話を入れ、新たな堤防工事に、市から大きな金が動いている情報を得ていた。

その話を鉄二郎から聞かされた酒巻源次は、お前には苦労かけるな…。まあ、頼むわ…と気の弱い言い方で任せて来たので、柿をむいていた鉄二郎は、親分、そんな言い方しないで下さいと頼む。

細野は、娘の千代春から、温習会の券何枚いる?と家で聞かれ、無駄になってはいけないから1枚で良いと答え、今日は麻生君どこに行った?と聞く。

千代春は、正岡さんの所に挨拶に行っていると教える。

その麻生は、正岡組お披露目の式で、酒に酔い、あれは天災じゃなく人災だ!地図出してみて観ろよ。あの堤防がぶっ壊れたらイチコロだよ。工場作りたかったら、びくともしねえものを作らねえと賽の河原だよ、1つ積んでは親のため~♪…とわめき散らす。

それを苦々しそうに聞いていた新田は、この正岡組も悪徳業者の息がかかっているからな、市長にそう言うんだなとか、酒持って役所でしゃべれば良いんだよと呆れたように言うと、俺は駅前に立つのは止めた!これから一升瓶を持って役所やしないを歩き回る!と麻生はわめく。

その頃、市役所で鉄二郎から入札価格を聞かれた岩田市長は、今度はかなり高い。指名を止め、自由入札にするよと答えていた。

と言うことは、土木課に登録している業者全部と言うことですか?と鉄二郎は確認し、人数が多くなり、手間がかかるだろう…と皮肉を言う。

その後、鉄二郎は、設計者や政治家に電話し、何とか入札基準価格を知ろうとする。

その結果、高い高いと聞いていたが、こいつは高いな…と苦笑する鉄二郎。

正岡組の事務所で、工事価格を試算していた舟木も、20万は超えるな…と踏んでいた。

それでも正岡は、孫子の代まで保つ堤防を作らなければいかんと意気込む。

いよいよ市の基準価格の発表日がやって来る。

価格は、21万3450円だった。

そして、入札12業者の見積もり価格が発表される。

佐野組19万2000円…、永岡組22万800円…と発表された段階で、鉄二郎は余裕の笑みを浮かべる。

田川産業19万2000円…、正岡組22万2000円!やった!と正岡は叫び、驚いた鉄二郎は愕然とした様子で立上がると、そのまま黙って会場を後にする。

その直後、1番札の落札者は正岡組に決定しました!と発表される。

秋の温習会、千代春が「幻お七」を踊っている会場に麻生と共に来ていた千代鶴は、遅いわね…、細井さん…と、姿を見せない春の父親のことを案じていた。

その頃、細井は、音吉ら酒巻組の連中に小舟に乗せられ、海上で拷問を受けていた。

細井が基準価格を正岡組に漏らしたと疑われたのだった。

しかし、どんなに拷問を受けても細井はしゃべろうとはしなかった。

一方、舟木を伴って市役所に来ていた正岡は、岩田市長と工事の契約書を交わし終えていた。

そこへ電話がかかり、細井の死体が発見されたと言う知らせが届く。

拷問死した細井の死体が海から引き上げられ、知らせを受けて駆けつけて来た千代春が泣き叫ぶのを必死に抱きとめていた麻生は、畜生!奴らに決まっとる!と憤慨していた。

そこに車でやって来た正岡と舟木。

特に舟木は、畜生!畜生!と悔しがる。

酒巻の家で、仏にしたのはちょいとまずかったなと源次が言うと、不正の生き証人にした方が良かった…と鉄二郎も同意する。

工事の始末はどうする?と源次から聞かれた鉄二郎は、どうってことないと思いますが…と答え、それを聞いた源次も、どうってことないな…と苦笑する。

その時、正岡と名代の舟木が来ましたと舎弟の吾郎が知らせに来たので、源次は一度会ってみてえと言い出す。

そして、鉄二郎には、岡山の横井が松茸持って来た。おめえ、新地に可愛いの出来たらしいな?持って行けと言うと、親分の耳は早いなと鉄五郎は苦笑し、寝とってもな…と源次も笑う。

そこに正岡と舟木が案内されて来たので、話にゃ聞いとったが、2人とも良い面しとるな、このたびはおめでとう。しっかりやんなと…と源次は言葉をかける。

念達料のことを正岡に聞かれた源次は、それは俺が聞く話じゃなく、鉄が聞く話だと言い、鉄二郎は、落ちるべきじゃなかった長岡が落ち、あれやこれやで3割やなと言うと、しかし、それでは、かなり手抜きするしか…と正岡が戸惑うと、じゃあ、降りろ!2番札の長岡が喜ぶぜと鉄二郎は言い、で、念達料どうするんだ?と聞くと、一切なしでやりたいと…と正岡は答える。

何!?と鉄二郎は驚くが、でも良い気っ風だぜ。2人とも盃返すとよと源次が皮肉ると、俺たちはヤクザじゃねえ。盃をもらった覚えはない!と舟木はきっぱり言い、念達料は上も下も右も左も一切払わないと正岡は答える。

そうかい、分かったよ…と鉄五郎はふて腐れ、急に咳き込みだした源次を隣の部屋の布団に連れて行く。

じゃあ、思い通りやってみるんだな…、言っとくが、やれるもんならだ…と鉄五郎は2人を睨みつける。

その後、酒巻組には銃やドス、それに日本中から助っ人のヤクザが続々と川崎駅に集まって来る。

それを出迎える酒巻組。

トラックの荷台に銃やドスを持ったヤクザを乗せ、走り出したのを警官隊が阻止しようとするが、全く無駄だった。

組の前で、トッラクに乗って来た梧井組の西原を出迎えた鉄二郎は、西原が持ち込んだチェコスロバキア製の機関銃を見せられ、土方相手にこんなものいらねえだろうがな…と言いながらも愉快そうに笑う。

一方、堤防工事開始を待っていた正岡組事務所では、軍隊ラッパを持った新田が、木口小平は死んでもラッパを放しませんでしたなどと言い、現場に一番乗りしようと張り切っていた。

そんな仲間たちに正岡は、もしも、酒巻組が1人でもおったらすぐに帰って来いと約束させ送り出す。

新田たちは張り切って出かけるが、畳を外に並べて干していた洪水の被害者たちは、やって来た正岡組に菓子や蒸かし芋などを差し入れてくれたので、みんなでそれを食べながら、みんな良い人ばかりだな…などと話しながら工事現場にやって来る。

そこで、酒巻組の連中が待ち受けていることに気づいた一行は、あかん!引き返すぞ!と後戻りしようとするが、すでに背後にも廻られ、取り囲まれてしまう。

覚悟を決めた一行は、シャベルなどを手になし崩し的に喧嘩を始めるが、山岸以下2人の人夫が刺されて死亡してしまう。

戸板に死体を乗せ、組に戻って来た新田たちを出迎えた正岡と舟木らは呆然としてしまう。

血気に逸った一行は、畜生!と飛び出して行こうとするが、待て!仕返しは後だ!仕返しは後だ!と舟木が制止する。

その夜、3人の死体は河原で荼毘に付し、新田の軍隊ラッパの演奏がそれを弔うように鳴り響く。

文子が抱いていた三郎も途中から泣き出し、赤ん坊の泣き声とラッパの音が交差する。

その後、一斉に事務所に向かった人夫たちは、ツルハシやシャベルを手にするが、そんな連中を前に正岡は、みんな聞いてくれ!わしたちは喧嘩しに行くんじゃない。邪魔する連中を一人残らず片付けに行くんじゃ!と念を押す。

事務所を出て現場に向かう正岡たちの前にやって来たのは、芦原、長谷川、河村たちだった。

正岡は、親方、あんたたちは正岡組じゃないじゃないか!と同行を断るが、俺たちは第二工場が欲しいんじゃ!俺たちはあんたらの後ろで、石の一つ二つどけるだけだし、正岡組には関係ないから構わんでくれと芦原は言う。

その気持ちに感謝して一緒に歩き出した正岡だったが、今度は、岩田市長が立ちふさがる。

待ってくれ、正岡君、舟木君!君たちの気持ちは良く分かる。

僕は鉄に会って、直接酒巻に会う間、待ってくれたまえ!と頼んで来る。

その頃、川崎警察署では、署長が、軍隊を出動すると言う知らせや、東京警視庁が150名の応援を寄越すと言う知らせ、さらには横浜憲兵隊などからも支援の電話を受けていた。

その後、事務所で人夫たちと待機していた舟木に鉄二郎から電話が入り、どうだい?やってるかい?無駄なことはしねえ方が良い。おめえのかみさん、実は俺が前から押さえているんだ。三郎に会いたがってる。このままじゃあ、命も…と言って来たので、一方的に切った舟木は、下らねえ新聞社だ!と人夫たちにはごまかす。

そして、泣いていた三郎に、泣くんじゃねえ!と叱りつけた舟木は、1人事務所を出て、夜の浜辺に佇むのだった。

翌朝、憲兵隊は、川崎に通じる主要道路を封鎖していたが、そこにトラックが突進して来る。

正岡たちは、死んだ3人の位牌を前に沈痛な面持ちの人夫が、事務所に控えていた。

そんな中、市長からの電話を受けた正岡は、市長さんは今日1日待てと言うんだとみんなに伝える。

大半の人夫たちは分かりましたと応ずるが、ヒゲの人夫は、市長がどう言おうと、俺は待てないんだ!と立上がる。

正岡は、俺は同じことを二度聞くのは好かんたいと言うと、俺が待つと言ったら待つんだよ!と諌める。

長くなるほど状況は良くねえぜ…と何となく不機嫌そうになった舟木が事務所を後にする。

その頃、町中では、酒巻組の連中が家を壊し、女を荷車に乗せて誘拐したりと、乱暴の限りを尽くしていた。

そんな酒巻組が引き上げようとした時、一番遅れていたチンピラの1にんの口を塞ぎ、捕まえたのは舟木だった。

俺が誰か知っているな?とそのチンピラに語りかけた舟木は、ミチエ…、俺の女房がどこにいるか知ねえわけねえだろう?と問いつめながら、殴り始める。

チンピラは、知らねえと言うだけで怯えるが、執拗に殴りつけた舟木は、そのまま去って行く。

やがて、舟木は、路沿いの家の窓脇にもたれ泣き始める。

酒巻組の横暴はますますエスカレートし、酒屋を襲撃して酒を盗んだり、音吉が犬に発砲したりする。

そんな中、千代春と麻生は、家家を巡り、酒巻組を潰せ!と言うビラをばらまいていた。

一方、文子や麻生の母親たち女性は、炊き出しの準備に明け暮れていた。

文子は、うちがお邪魔した時、もう1人芸者さんがいましたね?と麻生の母に聞くと、千代鶴さんね。この世の中、巧く行かないことも多いわね…と母親は意味ありげなことを言う。

そこに、正岡がやって来て感謝の気持ちを述べる。

炊き出しを見て回っていた正岡は、見覚えのある女性を見つけ、君はあの時の!と驚く。

酒巻組の連中と喧嘩をしていた舟木と出会ったあの日、一緒に寝ていた女郎だった。

ありがとう!と感激した正岡は、おにぎりを握っていた女の手を握りしめ、自分の手にも米粒が付いてしまったことに気づくと、ちょうど腹が減っとったから…と言いながら、照れくさそうに米粒を食べ始める。

事務所にふらりと戻って来た舟木は、どこへ行ってたんだ?と人夫たちから聞かれ、良い所…とごまかすと、良く寝ておけよと指示する。

その頃、岩田市長に会っていた酒巻源次は、市長さんも丸く納めるため、工事から手を引くしかないと答えていた。

全川崎市民がどんなに迷惑してるかと岩田が訴えると、わしは心配しとるんだ。ここでわしが手を引いたら、全国のわしの仲間が黙っとらんだろうね。ここまで来たら、わしが手を引いたら、日本から侠客と言うものがいなくなってしまう。わしは一歩も引かんよ、一歩も…と源次は頑固に言い放つと笑ってみせる。

夜中、又正岡事務所に電話がかかって来たので、正岡が取ると、舟木はいるかい?と鉄二郎からだった。

おめえから舟木に伝えろ。女房のことだ。ついさっき、息を引き取った。市立川崎病院だ…。舟木に会うように勧めたんだが、子供の名前を呼びながら死んだ…と鉄二郎が言うので、お前が殺したようなもんじゃないか!と正岡は責める。

鉄二郎は、酷い言いがかりだな…と苦笑して電話を切る。

背後で様子をうかがっていた舟木は、俺の女房のことだろう?と正岡に声をかけると、俺もこれでさっぱりしたよ。この川崎で、鉄の手のうちとなりゃ…、こうなりゃ、骨を拾えば良い。鉄をぶっ殺さねえと浮かばれない。骨上げは明日だ。正岡さん、寝ようよ…と舟木は淡々と言う。

しかし、翌日岩田市長からかかって来た電話を受けた正岡の表情は暗かった。

もう1日待ってくれと言う頼みだったからだ。

電話が途中で聞こえなくなると言うハプニングがありながらも、もうしばらく!黒龍会の上原さんに会う。しばらく待ってくれ!昼頃までには…、3時まで待ってくれ!連絡がなかったら、君たちの思う通りにやってくれと言うので、側で一緒に聞いていた舟木は、待とうよ、明日の3時まで待とう…と正岡に言葉をかける。

正岡は、じゃあ、明日の3時まで…、それまで連絡がなかったら、わしの思う通り…と言って電話を切る。

岩田市長は黒龍会の上原(佐藤慶)に会うが、ご用件は須藤さんからうかがいました。しかし、ヤクザと土方の喧嘩ですよ。し長さんがわざわざ泥をかぶる必要なじゃないですか。汚いものは誰かに任せれば良いんです。それでこそ政治が出来ると言うので、お言葉を返すようですが、今まで汚いものを避けて来た結果が今回の騒動のような気がします。工業都市川崎のため、お力をお貸し願えませんでしょうか?と岩田は頼む。

それは無理と言うより無茶ですよ。私も汚いヤクザの元締めもしてますのでね。手を貸すとしたら、むしろ酒巻の方ですよ。例え総理大臣が来ても、私の答えは同じですよと上原は言うだけだった。

事務所に控えていた正岡は、3時半にもなってまだ岩田市長からの電話がないので、苦悶していた。

これからだと暗くなると判断したからだった。

出発は、夜明けの6時!と正岡は決め、人夫たちに告げるが、そんな正岡に、ちょっと話したいことがあると文子が耳打ちして来る。

一緒に海辺に出て行くと、途中で文子は帰ってしまったので、正岡は何事かを周囲を見渡す。

そこで待っていたのは千代鶴だった。

側に寄ると、良い人ですよね。本当に…と、千代鶴は文子のことを褒め、事務所の前まで行ったら、あなたを呼びだしてくれたんですと明かす。

生意気言うようだけど、あの人なら大丈夫!

私、国に帰るつもり…、そう告げた千代鶴は、川崎大師のお守り札を差し出し、本当は袋縫わなきゃ行けないんだけど…、それは文子さんにお願いするわ…と言いながら、正岡の手にお守りを渡し、その手のひらごとぎゅっと握りしめる。

ありがとう!と正岡が礼を言うと、正岡さんからも何か下さらない?品物じゃなくても良いの、一言言葉だけでも…と千代鶴はすがるが、正岡は何も持ってないことに気づくと、側に咲いていた野菊を二三本摘み始める。

それを観た千代鶴は哀し気な表情になる。

一方、鉄二郎の方は、そろそろ時機到来!相手も同じ考えだと思う。明朝4時半に多摩川沿いにお出っ張り願いたい!と料亭に集めた加勢のヤクザ衆に挨拶すると、粗酒祖肴ですが、どうぞ!と勧める。

そこに芸者衆が入って来るが、その中に千代鶴の姿もあった。

正岡組の事務所でも、いよいよ明日は正岡組の仕事始め、酒だけは皆さんのご好意で集まりましたからどうぞ!と正岡が挨拶していた。

正岡は厳しい顔つきで舟木らと飲み始める。

鉄二郎の座敷は、唄や踊りで大盛り上がりだったが、その最中、千代鶴は、ちょっと話したいことが…と鉄二郎の耳元で囁きかけ、布団が敷いてある部屋に誘い込む。

鉄二郎はにやけていたが、その時、背後からカミソリを出した千代鶴が鉄二郎を斬ろうとしたので、障子を開けて入って来た音吉が千代鶴の身体にドスを貫く。

鉄二郎は、音吉!と驚くが、音吉は黙って首を横に振るだけだった。

床の上に倒れた千代鶴を見た鉄二郎の目は涙に濡れていた。

千代鶴の手から、野菊が布団の上にこぼれていた。

その頃、整列した第三中隊では、中隊長(御木本伸介)が兵隊たちを前に挨拶を始めていた。

これから治安維持法による暴徒鎮圧に出動する。

最初は威嚇射撃をするが、相手がそれに従わなかった場合は実弾をもって鎮圧する!

かくして、第三中隊は川崎に向け進撃を開始する。

翌朝、正岡事務所では、進軍ラッパを吹く新田を先頭に仕事始めに向かう。

一方、工事現場では、先乗りしていた酒巻組の連中が、機関銃を供えて待ち受けていた。

やがて、葉巻をくわえた鉄二郎の耳に遠くから近づいて来るラッパの音が聞こえて来る。

正岡は、芦原の中で待っていた岩田市長の姿を発見すると、止めたって無駄ですよと言うが、岩田は、否、止めやせん!僕も行くんだ!昨日ある人が言った。市長は汚いことにこだわり過ぎると。きかし、今この汚い仕事を見逃したらお終いだ。あの土手の工事、僕はやらなければ行けない。断固としてやる!僕は君たちの先頭に立って行くんだ!と言うと、杖をつきながら先頭を歩き始める。

その頃、ラッパの音が途絶えたことに気づいた音吉は、そうしやがったんだろう?とちょっと戸惑っていた。

しかしその直後、近づいて来る正岡たちの一群を見つける。

新田は又ラッパを吹いて先頭を歩き出す。

第三中隊も工事現場に近づきつつあったが、そんな中、鉄二郎は日本刀を抜くと、山本に機関銃に弾を込めろと命じる。

合図は、これを上から振り下ろすと刀を振り上げる鉄二郎。

そんな鉄二郎たちに気づいた舟木は、おい、待て!と新田のラッパを止めさせる。

しかし、進撃は止らなかった。

正岡、岩田市長、舟木、新田以下正岡たち一行は、鉄二郎の待つ工事現場に進んで行く。

それを観て愉快そうに笑っていた鉄二郎が、刀を振り下ろそうとしたその時、正岡組の背後から近づいて来る別の一団に気づく。

「暴力は市民の敵だ」と書かれた旗を持った一般市民たちだった。

これに気づいた酒巻組の連中は驚く。

矢島会頭も近づいていた。

軍隊も近づいていた。

正岡もそれに気づいて喜ぶ。

鉄二郎が振り向くと、背後からも市民たちの一群が迫っていた。

進軍していた第三中隊の中隊長は、自分たちの列の横を市民たちの行進が追い抜いて行ったことに気づき唖然としていた。

三郎を背負った文子や麻生たちも迫って来ていた。

梧井組の西原も呆然とする。

全方向から近づいて来る市民たちにどうすることも出来なくなった鉄二郎は、俺が負けたんじゃねえ!時代が変わりやがった!と笑う。

鉄二郎たちは、迫り来る市民の群れに囲まれて行く。


 

 

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