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花のヒロイン 

 

 

 

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トンチンカン捕物帖 まぼろしの女

「トンチンカン三つの歌」に次ぐ「トンチンカン」シリーズ第二弾で、エノケン、金語楼、アチャコと揃った現代劇だった前作とは打って変わって、エノケンとアチャココンビの捕物帖と言う新趣向に変化した作品。

せっかちでおっちょこちょいキャラのエノケンと、いかにものんびりやで人が良いアチャコのキャラの組み合せが面白いのだが、一応、城昌幸原作らしいので単なるドタバタではなく捕物帖としてもちゃんとしている。

エノケンとアチャコがコメディリリーフ役として話を進めているが、アチャコの親分が中気で寝たきりながら口と頭は明晰…と言う設定になっている所から、実はアチャコが集めて来た材料から事の真相を動かない名探偵が推理して行くと言う「安楽椅子探偵」パターンになっており、地味なようでなかなか侮れない展開になっている。

エノケン側のライバルの目明かしに負けると、十手稼業を取り上げられてしまうと言うピンチ設定にもなっているので、そこがサスペンスを盛り上げる仕掛けになっているのだ。

前半部は、エノケンとアチャコや伴淳の漫才のような掛け合いを中心に撮っている感じで、室内の固定カメラでの長回しが多く動的な印象はあまりないし、喜劇の斎藤寅次郎監督にしてはちょっとギャグもおとなしめかな?と思わせるが、途中から子供を使ったお涙ものからのギャグへの急転回や、旅先で娘をあっさり海に突き落とすアチャコの突拍子のなさなど、ハチャメチャさが軌道に乗り始めているような気がする。

ちょうどこの年に結婚なさった伴淳と清川虹子さんも出ているが、ゲストとして楽しいのは女装して老婆を演じている堺駿二さん。

怪しげな新興宗教の教祖としておかしな踊りを踊る姿は愉快。

もの凄い傑作と言う印象ではないが、謎解きとしてもコメディとしてもそれなりに楽しめる娯楽作になっているのではないだろうか。

▼▼▼▼▼ストーリーを途中まで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1952年、東宝、城昌幸原作、八住利雄脚本、斎藤寅次郎監督作品。

イラストを背景にタイトル(「トンチンカン捕物帖」の文字の下に「まぼろしの女」が揺らめいて現れる)

スタッフ、キャストロール

江戸の町では祭りの神輿が練り歩いていた。

その見物客の中にまるで鞍馬天狗のように黒頭巾に黒の着流し姿と言う目立つ浪人がいた。

江戸深川の材木問屋「濱田屋」の座敷では主人濱田屋重兵衛(一邦一公)が客と碁を打っていた。 お家の方もお店の方もみんな祭り見物にお出かけで?と碁を打っていた客が聞く。

さよう、うちにいるのは私と女中だけ…と重兵衛は答え、こう云う時でないと好きな碁もゆっくり打てませんわいと笑いながら次に手を打つ。

すると客は、ほほう、そこにお気がつかれたとは、重兵衛殿、大分御上達なさいましたな?と世辞を言ったので、重兵衛は、こりゃどうも…と嬉しそうに笑う。

そこに女中のお九(立花満枝)がやって来て、あのう…、宗角先生にお目にかかりたいと言う方が…と伝えたので、井波宗角(如月寛多)は、どこのお方かな?と怪訝な顔になる。

すると女中は、お美しい若い女の方でございますと答えたので、若い女?と宗角は不思議がる。

それを聞いていた重兵衛は、宗角先生もなかなか隅に置けませんな…とからかい、これが出来ましたかな?と小指を立てて笑いかける。

とんでもない、碁を習いたいと言うのは大抵男ばかりでして…と謙遜した宗角は、ではちょっと失礼を…と詫びて、席を立つ。

重兵衛は、お九、お茶を…と女中に命じ、キセルをくゆらせながら碁盤を吟味し始める。

外の祭りでは女神輿が繰り出して来たので、男の神輿たちは、女だ!と喜び、興奮したのか、担いでいた神輿を放り出すと、通り過ぎた女神輿を追って行く始末。

地面に置いたままの神輿に近づいた岡っ引き遠州屋の小平(杉山昌三九)は、しようがないな、女の方に行っちまいやがったと呆れる。

その時、神輿の下から助けてくれ〜!と呼ぶ声が聞こえたので、こりゃいけねえ、誰か下敷きになってやがる!と小平が言うと、回りにいた男たちが集まって神輿を持ち上げてやる。

地面に押しつぶされていたのは手下のチョイトの松(榎本健一)だったが、引き起こしてやった小平が、なんだ松じゃねえかと気付くと、酷え目に遭いましたよと松はぼやく。

そして松は、そう言やあ旦那、今は不景気ですな、掏摸1匹、迷子1人いねえんですからねと愚痴を言い、懐から出した十手を振りながら、へへ、こいつがちょっと泣きやすよと笑ってみせる。

御用提灯が下がり、打っ違いの十手マークを描いた岡っ引き菊屋橋の藤吉(市川小文治)の入り口。

布団の上でキセルを吸っていた藤吉が、おい、長助と呼ぶと、へいと返事をしたノンビリの長助(花菱アチャコ)に、祭り見物にでも行って来たらどうだいと勧める。

すると、鍋のかかった七輪を正座して団扇で仰いでいた長助は、何を言うてまんねん、足腰の立たん親分に留守番させて私1人だけが陽気たらしい祭りなんかに行けますかいな、今すぐおいしいお粥が炊けますよってな、ま、ゆっくりあがっとくんなはれなと笑顔で答える。

すまねえな、その心は嬉しいが、おめえはあんまりのんびりし過ぎているからな~と藤吉は案ずる。

すると長助は、へへ…、大したことおまへんがなと謙遜し、普通よりちょっとゆっくりで来ていると言うだけでね…と言うが、その時藤吉が、おい、おめえ、七輪の口反対じゃねえかと指摘する。

長助は最前から七輪の火付け口と逆の方に団扇で風を送り続けており、これではいつまでもおかゆが炊けるはずもなかった。

いやそんなあんた…、あ、なるほど!こらあかんわ、なんぼ仰いでも…と笑いながら七輪を回すので、おめえ、火の種は入ってるんだろうな?と親分が呆れながら聞くと、へえ、火の種はちゃんとな…と言いながら鍋を持ち上げて中を覗くと、こら入ってまへんがな!と人ごとのように長助は言うので、藤吉は呆れ、おい、米は入れたのかい?と聞くと、へえ、米はさっき…と言いながら蓋を開けた長助は、何にも入ってないがな!と自分で自分を責めるように言う。

それじゃあ飯にならないじゃないか!と呆れた藤吉は持っていたキセルを投げ捨てる。 長助も、も〜ほんまに嫌になって来た!と情けなさそうに言う。

そこにご免よとやって来たのは松を連れたお岡っ引き小平で、おう藤吉さん!どうだい、その後の身体の調子は?と聞いて来たので、ええ、とんと良くねえんでございやしてね〜と藤吉が答えると、そいつは気の毒にな〜と同情した小平は、実は藤吉っつぁん、お前さんのその身体じゃご用聞きは無理だと思うんだ、ところでお前さんの縄張りをあっしに引き受けさせてもらいてえと思ったな…と切り出す。

するとそれを聞いていた長吉が、おうおう…と小平を指差しながら立ち上がると、黙って聞いてりゃ良い気になりやがって、そんな病気の挨拶ってあるのかい?このくそ喰え!と言い返したので、今度は小平の横に座っていた松が、ちょいと!と言いながら立ち上がり、おれの親分、くそ喰えとはなんだ!と文句を言う。

くそ喰えが嫌やったら小便喰えはどうや?と長助が言い直すと、言いやがったな!ちょいと勘弁ならんぞと言いながら松が腕の袖を端折ったので、おい、チョイト松!こいつがお前の親分なら、このお方もおれの慕う親分や、親分が馬鹿にされているのに俺が黙っていられるけえ!と長助が啖呵を切ると、何言ってるんだ、こののんびり!え?大事な親分をくそだの小便だのと言われてちょいと黙っていられねえや!と松も言い返す。

ほお、黙っていられなけりゃどうするつもりや!と長助が聞くと、おう、ちょいと面貸せ!と松が言うので、お易い御用やと言い、長助が顔を出すと松が頬をビンタする。

何言うてんねん、面貸せ、面貸せて…と言っていた長助だったが、突然、あ痛!こいつやりやがったな!とようやく左頬を押さえて騒ぎ出したので、殴った松の方も今頃感じやがった、全くのんびりしてやがらあ!なんだこいつ!と言いながら松がもう1度長助の右頬をビンタすると、何を抜かしてけつかるねん、親分がぼろくそ言われてんのにこんなもん黙っていられるかい…と文句を言っていた長助は、又、あいた〜!やりやがったな、このガキ!と右頬を押さえる。

そこに突然、「濱田屋」の手代(大村千吉)が飛び込んで来て、大変だ、旦那が…、旦那が殺された!と叫んだので、長助と松は揃って、えっ!と振り返る。

「濱田屋」の座敷で死んでいた濱田屋重兵衛の上にかけられたゴザをめくって確認した松が部屋に立っていた男におめえさんは?と聞くと、殺された重兵衛の弟重四郎(谷晃)でございますと名乗る。

うんと納得した松は、もう1人立っていた男に、おめえさんは息子の多七(城正彦)さんだな?と確認すると、女性が1人立っていたので、おめえさんは?と聞く。

すると娘は妹のおしの(沢村契恵子)でございますと名乗るので、うん、なかなか別嬪だなと松は相好を崩しておしのの肩を叩く。

次は番頭!手代!小僧!みんな祭り見物だな?で、店に残っていたのは、お九さん、お前さんだけだな?と松は念を押すとはい…とか細い声でお九が答える。

私は重兵衛さんに頼まれて碁の指南をしておりますと、お九さんが、若い女の方が会いに来たと知らしてくれました…と井波宗角が遠州屋の小平に説明する。

若い女の方に別に心当たりはございませんでしたが、勝手口まで出て参りますとそれらしい姿は影も形もありません、まるで狐に摘まれたような思いで不思議に思ってこの部屋に取って返しますと重兵衛さんが朱に染まって倒れておりました、ただ何と申し上げて良いやら…はい…と宗角は話し終える。

小平が、お九さん、確かに若い女が先生を訪ねて来たんですね?と念を押すと、はいと言うので、で、その女の人ってのは、べ、別嬪かね?と嬉しそうに松が聞くと、はい、派手な元禄振り袖を着た…とお九は答える。

うん、だけどよ、その宗角先生が勝手口に行ってみたらその女の姿がどこにも見えなかったと言うのは、こらどう言う訳なんで?と松が聞くと、存じません、でも私には確かに宗角先生に会いたいと申したのでございますとお九は言う。

そこへ、どなたも今日はと言いながらひょっこり現れたのが長助で、菊屋橋の藤吉の代理のもんでんがなと名乗るので、店の者達はご苦労さんでございますと挨拶するが、松は立ち上がって、おう!のんびり!今頃出てきやがったのか?とバカにする。

そやかて親分のおかゆを炊いとったやないけと長助が訳を話すと、ちぇ、何のんきなこと言ってやんでえ!もう取り調べはとうにすんじゃったよと松は教えると、お前はお前や、俺はこれからやと答えた長助は、重兵衛の死体ちゅうのはこれかい?と聞く

はい、お改め下さいと言いながら重四郎が遺体の上にかけたゴザをめくろうとすると、ああ、もうええ!もうええ!血が出てるやろ?その血が嫌やがな、血がどろっと…、その血見たらな、うう〜と震うてな、飯3日くらい良う食わんのやと長助が情けないことを言うので、重四郎も呆れたように見上げ、近づいた松はぷっと吹き出しバカやろうめと嘲るので、ちょっとあんたは黙ってなはれと制した長助は、しかし一体何のために何をもって殺されたか殺されるんやろな?と真顔で言うので、何を言ってやんでえ、のんびり!それを調べるのがおめえの商売じゃねえかと松が横から口を出すと、あ、そうか!と膝を叩き、ころっと忘れとったがなと長助が笑い始める。

その時、申し上げますと多七が突然話しかけて来る。

父は首筋の急所を何か鋭利なものでえぐられておりますが、その刃物はどこにも見当たらないのでございますと多七が解説すると、はは、おかしなこと言う奴やな…と多七を指差して笑い出した長助は、刃物なしで死んだりするかいなと松を向いたので、松も釣られて笑い出すが、あっ!こりゃ刃物調べなあかん!と長助は言い出し、その周辺を探し出すが、その時、小平が松!と呼ぶ。

小平は松に目配せをし、松がそちらへ目をやると、お九がこそこそと逃げ出そうとしていたので、あ!おっとっと、ちょっと待て!と松が止めに行く。

え、この櫛は誰のだ?ん?あの屍骸の側におっこってたんだ、これはおめえんだろう!と懐から取り出した櫛を突き出した松が責めると、私は何も存じません!と言うとお九は立ち上がって逃げ出したので、お九、待て!と松は追いかけるが、お九さんをどうするんや!と言いながら長助も後に続く。

「おうた教祈祷所」と看板が出た社の中では、訪ねて来た母娘を前に、教祖のおたね婆さん(堺駿二)が、この子のお父ちゃんを探しているんだね?と聞いていた。

はい、風の噂でこの深川にいると聞いたものですから八王子から出て参りましたと母親のお京(清川虹子)が答える。

この子の父親は女狂いが激しゅうて、この子が赤ん坊の時に家出をしてしまいました、私はそれから身を粉にして働いてやっと今日まで育てて参りました、この子が大きゅうなるにつれて、お父っちゃん、あたいのお父っちゃんはどこにいるのと慕います、その心根がいじらしゅうて、私はこの子のためにあの人のやったことはみんな許しても良いと言う気持になりました…とお京は言う。

何とかしてあの人の行方を突き止めて、こんなに大きゅうなりましたとあの人に見せてやりたいのでございますとお京が話し終えると、じゃあ、わしが神様にお祈りするうちに、神様がわしに乗り移る、もうその時にはわしはわしではなくて神様じゃ、神様のお口からこの子のお父さんの住所が分かりますぞな、良いかな?…とおたね婆さんが説明すると、お京はありがとうございますと礼を言う。

お父っちゃんに会いたいかな?とおたね婆さんが娘のおはま(打田典子)にも聞くと、はい、会いとうございますと言うので、いじらしいの〜とおたね婆さんはもらい泣きしそうになり、お父っちゃんに会いたかったら、わしと一緒にお祈りするんじゃぞと言い聞かせる。

はいとおはまが答えると、良いかな?と言いながら神棚に向いたおたね婆さんは、な〜♩と言うと急に立ち上がって歌い踊り出したので、お京とお浜もその動きを合わせ踊り始める。

その時、おばあちゃん、偉いこっちゃ!と言いながら飛び込んで来たのが長助だったが、おじちゃん待ってよ、おばあちゃんは神様になるのよと踊っていたおはまが止めたので、神様て、これが知らせるにおられるかい!と長助も焦るが、待ってよ!とすがりついて頼むおはまに、待ってられへんて、ここの娘がな「濱田屋」に女中奉公に上がっとる、そのお九さんが主人を殺しよったんやがな!と長助は教える。

しかし、おたね婆さんは踊りに夢中で、殺しよったんやがな!と耳元で長助が知らせても聞く耳を持たない。

とうとう長助の方が踊りを真似するようになってしまう。 その頃「濱田屋」では、箱に腰掛けていた松の立て膝にすがって泣き崩れていたお九に、泣いちゃダメと松は優しく言い聞かせていた。

半分にやけながらも、こりゃ弱っちまったな、どうも…と松は困惑していたが、そこに、おいチョイト松さん、ちょっと待ってくれと入って来たのが長助だった。

今、このお九さんのおふくろさんがな、今そこで神さんになって30分経ったらその後もきっと犯人をきっと捜し出すって…と長助が教えると、松はえっ!と驚く。

その後、「濱田屋」の事件現場の部屋に来たおたね婆さんは連れて来た教団の音曲担当の巫女たちの真ん中で又踊り出す。

それを廊下から見ていた長助が、おばあちゃん、頼みまっせ!と声を掛けると、おたね婆さんは長助も部屋の中に押し込んだので、長助は又奇妙な踊りに付き合うしかなかった。

さらにおたね婆さんは、様子を覗きに来た松も部屋の中に押し込んだので、訳も分からないまま松もその踊りに加わることになる。

トンタエトンタエトウテ〜♩と踊り狂っていたおたね婆さんが急に床の間の所に停まり天井を指差して動きを止める。

その指の先の天井には匕首が刺さっていた。

その匕首を家に持って帰り、天眼鏡で匕首の様子を覗いていた長助は、親分、見ておくんなはれ、ここにうっすらと手形が付いてまっしゃろ?これは男の手形でお九のとは合いまへんのや、それでお九の疑いが薄うなりましてな、ひとまずおふくろの方へお預けになりまして、母親は喜んで連れて帰りましたでと報告する。

するとそれを黙って聞いていた藤吉が、お前は全くのんびりだな〜と呆れたように言うので、え?それはどうして!と長助が聞くと、そのまま床の間の天井に突き刺しておきゃ犯人が取りに来たかもしれねえ点と藤吉は指摘したので、あ、そうか!と長助は膝を叩く。

重兵衛を殺してそいつを始末する暇がなかったもんだから、人目につかねえ所に下から投げて突き刺しやがったんだ…と藤吉は推理する。

そんなら親分、もういっぺん床の間の天井に突き刺してきましょうか?と長助が提案するが、そいつはもう手遅れだいと藤吉が言うので、ああこれは俺の失敗やったか…と長助は悔やむ。

藤吉は長助と呼び寄せると、碁の先生に気をつけろ、それから会いに来た若え女だ、必ず突き止めろと指示したので、へい!と長助は答えるが、このホシはこっちの手で挙げてえ物だ…、小平に横取りをされたらいよいよ御用は取り上げになると藤吉が情けなさそうに嘆くので、そんなこと考えたらじっとしておられまへんがな!と長助は突っ張った両手の掌を広げて横に動かす。

と言って俺の身体は自由が利かねえし、じれってねえな〜…と藤吉は悔しがる。 その時、うん、そうや!と膝を叩いた長助が立ち上がって出掛けようとするので、長助どこ行くんだ?と藤吉が呼び止めると、洗濯物の取り入れすんの忘れましたんや…と言うので、藤吉はがっかりする。

その頃、飲み屋で1人一杯やって来た松に、よう!景気が良さそうだね、松さん!と親しげに肩を叩いて来たのは瓦版売り(川田晴久)だった。

何言ってやんでえ、ちょっとやけ酒だ、濱田屋の殺しの一件が一向に埒があきやがらないんでなと松はぼやく。

しかしねえ、松親分…と瓦版売りから肩を叩かれた松は、親分と来やがった、なんでい、清っ八!と言うと、ちょいとくらいはネタ挙ったんでしょう?と聞かれたので、ネタが挙ったからってどうしようってんでい?と聞くと、教えてもらいてえんだよ、ネタがなくて瓦版が刷れねえんだよ、商売上がったりなんだよとこぼされる。

すると松は、商売の話だったらただじゃダメだと言い出し、1本付けろと並べていたお銚子を指したので、ようがす、姉ちゃん、1本頼むよと瓦版売りは店の奥に声をかけると、ところでその挙ったネタと言うのはどんなネタなんです?と帳面を取り出して取材を始める。

しかし松は酒が来てからだよと言うので、早く頼むよ姉ちゃん!と瓦版売りは酒を急かす。

はい、松親分、熱いのと言いながら、瓦版売りが酌をしてやると、犯人てのは女中のお九じゃね、そうするてえと…と帳面に筆を走らせた瓦版売りが聞くと、後を聞きたかったらもう1本!と松はねだるので、しようがねえがな〜と顔をしかめながらも、お姉ちゃん、もう1本!と酒を頼む。

酒はすぐ来やすからね、そうで?と先を急がすと、う〜ん、犯人は女じゃねえ、男だと松が言うので、それを書き写した瓦版売りがそれで?と聞くと、酒が来ねえよと松はくだをまく。

呆れながらも瓦版売りは、早くしてくれよお姉ちゃん!と奥に急かすと、はい、ただいま!と返事をしていた娘が慌ててお重の上に置いてあったタバコ入れを横の皿のニシンの上に落してしまう。

その娘がお待ちどうさま!と新しいお銚子をもって来ると、酒が来やしたぜ、それで?と瓦版売りは聞く。

そいでな、犯人は男でなかったら女でいと松が言うので、その通り帳面に書き写し、改めて文面を確認してみて、そんな!と文句を言う。

すると松は、そんなって、後のことなんか知るけえ!何言ってるんだと吐き捨てるので、そんな無責任な…と瓦版売りは呆れてしまうが、松は自分の前に置かれた唐のお銚子を何本も瓦版売りの前に移し始める。

奥の調理場では先ほど娘が皿のニシンの上に落したタバコ入れを鍋に入れた主人の伴作(伴淳三郎)がその上にうどんと汁を注いで、それを娘が、ニシン蕎麦お待ちどうさま!と言いながら瓦版売りの前にもって来る。

さっそく蓋を開けて蕎麦を啜り始めた瓦版売りだったが、ニシンを食べようとすると固くて歯が立たない。 一方調理場では、一服しようとしてお重の上に手を延ばした伴作が、お竜、私のここにあったタバコ入れ知らないか?と聞くので、知らないわとお竜が答えると、確かに置いたんだがな〜と言いながらタバコ入れを探して店の中に出て来た伴作は、ちょうど鍋からタバコ入れを取り出していた瓦版売りを見て、げんさん、これ私のタバコ入れだ、あんたタバコ入れを食べるほどお腹空いてるんだ、うちは蕎麦屋なんだから、蕎麦食べて頂戴と嫌みを言う。

驚いた瓦版売りが鍋の底を箸で漁るとキセルも出て来たので、キセルは吸うもんでしょう?ああ不潔な男…とキセルを奪い取った伴作はバカにしながら店の奥へ戻ろうとする。

そこにやって来たのが長助で、あら長さんいらっしゃい!と伴作が肩を叩いて歓迎すると、毎度偉いすいませんな、どうぞお頼みしますと言いながら長助がもって来た鍋を渡すと、ああそう、うどんをね?と言いながら伴作は調理場へ戻る。

その時、おい、のんびり!と松が呼びかけたので、おおチョイト松やないかと言いながら長助は松に近づく。

すると松の隣で蕎麦を食い終えた瓦版売りは、口から煙を吐きながら首を傾げて帰って行く。

おい、お前の親分、うどん食うのか?と松が聞くと、うどんを食わいでかと長助は答える。

子分でも同じ子分でも見ろい、俺は特級酒飲んでる、おまけに蕎麦食ってんだと瓦版売りが食い残して行った蕎麦の鍋を自分の前に引っ張って来て自慢する。

ええ?上がり目の親分と落ち目の親分とはこうも違うもんだと言いながら、瓦版売りの食い残しのそばを食べようとするので、放っとけ!と長助は言い返すが、悔しいか?と言いながら、松は蕎麦をわざとらしく長助の口に一旦近づけて、口を大きく開けた長助を無視して食べ始め、悔しかったら濱田屋のホシ挙げてみろ!と挑発する。

何度も松が蕎麦を食わすかのように自分の方へ箸を持ち上げては自分の口へ移すので、お前の方こそ挙げてみいと、口をぱくぱくさせながら長助も言い返す。

その頃、小平は、多七とおしのの手を借り仏壇の前にいくつかの書類を並べさせると、多七さん、濱田屋の大事な書類ってえのはこれだけかね?と聞いていた。 父が殺された時にはお金もなくなっていなかったのでございますと多七が答えると、うん…と聞いていた小平は、重四郎さんが見えねえようだな?と気付く。

おじさんはさっき、おたね婆さんの所へ出掛けましたと多七が教えると、おたね婆さん?と小平は考え込む。

その頃、おたね婆さんに会っていた重四郎は、訳あって詳しいことは申し上げられませんがと前置きし、濱田屋には大切なある秘密の書類がありますと打ち明けていた。

それを私は兄から預かっておりますが、どうも今度の事件はその種類が原因のような気がします、それでその書類をどう始末したら良いのやら…、神様のお告げを承りたいと思いまして…、もうこうなれば神様だけが頼りでございますから…と重四郎は考えあぐねた果てのように言う。

なるほど、良うそこに気がつかれたな…、しかしこう神様にお祈りするにも詳しいことが分からんとな…とおたね婆さんが言うので、はいと重四郎が承知すると、聞かせてもらえるかな?とおたね婆さんは先を促す。

はい…と答え、猫の声が聞こえる開けっ放しの室内の様子を気にしながらも、申し上げてしまいましょうと重四郎はおたね婆さんににじり寄って、実は…と話し始めようとした時、ああっ!と叫んで立ち上がると、その背中には匕首が深々と突き刺さっていたので、おたね婆さんも仰天して立ち上がる。

重四郎は倒れると、奥の部屋から、おっ母さん、見たよ、私見たよ!と言いながらお九がすがりついて来る。 何を見たんじゃよと震えながらおたねが聞くと、濱田屋さんで宗角先生を呼び出したのと同じ女だよと言う。

あの元禄模様の振り袖の女かい?とおたね婆さんが聞くと、その女だよ、今駆けて行くのを台所から見た、確かに見たよ!とお九は言う。

蕎麦屋を出て外を歩いていた松は、口から煙を吐きちょっと腹の様子がおかしいようだった。

その松が何気に前を見ると、元禄模様の振り袖の女が路地に入って行ったのを見かけたので、あれは元禄模様!と気付くと後を付ける。

路地に駆け込んだ松をさらに監視するように近づいたのは黒頭巾に黒の着流しの浪人だった。

路地の途中で女を見失った松は、あれ?確かにこっちに来やがったんだがな〜、どこに行っちまいやがったのかな?と不思議がり、ふと目の前の家を見ると、表札には若柳路之助と書いてある。

松は十手を懐にしまうと、又口から煙を吐き出し始め、気分が悪くなったので、家の横で吐こうとしゃがみ込む。

そこに黒頭巾の浪人が身を隠しながら近づいて来る。

若柳の座敷には濱田屋の多七の妹おしのの他に大勢の娘が集まっており、師匠の若柳路之助(若柳敏三郎)が出て来ると一斉に挨拶する。

こんにちはと挨拶した路之助は弟子たちの前に座ると、三味線を弾きながら、元禄袖のおしのの方を見て微笑む。 おしのの方も恥ずかしそうに微笑む。

路之助がおしのさんどうぞと勧めると、はいと答えたおしのは立ち上がる。

そこに、おい、怪しい女が逃げ込んだからちょっと取り調べる!と言いながら上がり込んで来たのが松だった。

松はその場に座っていた娘たちに、これだぞと十手を見せて威張りながら、着物の袖を検分し始める。

ある娘の袖の中を調べていた松は、「久松様参る」と書かれた恋文に気付いたので、娘は恥ずかしそうにその恋文を取り上げて後ろを向く。

ラブレターかと呟きながら、次の娘の袖の中を調べ始めた松は、そこから十手と自分の名を書いた帳面が出て来たので、いつの間にかその娘に掏られていたと気付き、早いとこやりやがったな!と睨みつける。

続いて袖の中絡み付けたのは小さな容器で、書かれた文字から「琉球名産泡盛」かと気付いた松は、無断で栓を抜き一口飲んでから、これはもらっとくぜと勝手に取り上げてしまう。

その間、おしのは路之助の三味線に合わせて踊っていた。

その横にやって来た松は既に酔いが回っており、その場でぐびぐび泡盛を飲んでご機嫌になる。

一方、長助の方はまだ蕎麦屋で、他の客が蕎麦を食っているのを横でじっと見守っていた。 そして客が箸で繰り上げた蕎麦を横から吸い取って食べてしまったので、客は何が起こったか分からず唖然とする。

そこに伴作が、お待ちどうさまと言いながら鍋に入れたうどんを持って来て長助に渡す。

まいどおおきに、えろうすいませんと長助は礼を言うと、あの長さん、あの濱田屋の一件の犯人ね、ありゃお前さんの手で挙げとくれよと伴作が励ましたので、良う言うてくれた、おおきに…と長助は嬉しそうに礼を言う。

しかし伴作は、頼りない返事だね、いや私はね、お前さんを後援してるのよと言うと、そら分かっとりますと長助が神妙な顔になったので、分かってんの?と念を押す。

ええ分かってまんがなと長助が答えると、お前さんがうどん買いに来るたびにいつもチョンと天ぷらが乗ってるでしょう?と伴作は言うので、なかなかこれは出来んことですがな…と長助は感謝する。

分かる?と伴作が聞くと、分かりまんがな、これ持って帰りますやろが?そしたら天ぷら半分、ポンと私にくれはりますねんと言うので、親分が?と伴作が聞くと、さいなと長助は答える。

何て優しいんでしょう、だからあんたが新味になって世話が出来るんでしょう?と伴作は笑いかける。

そうでんがな、今日もあんたのこっちゃ、大きな天ぷらぽ〜んと入れてくれはったんやろ?と長助が嬉しそうに聞くと、特別…と伴作はしなを作って教える。

長助が帰りかけた時、お竜が、お父っつぁん、あのお客さん、お金持ってないんだってと言いに来る。

何だって?あ〜ら嫌だ…と伴作が近づいたのは、娘のおはまと蕎麦を食べていたお京だった。

積み上がった丼の数を数えた伴作は、7杯も金もないのに食いやがってこん畜生!と悪態をつき、さ、警察行こう!家は慈善事業やってるんじゃないんだからと言いながらお京の手を引こうとすると、おじちゃん待って!とおはまが伴作にしがみつく。

あたいが悪いの、お母ちゃんがお金持ってないのに、あたいがおなかが減ったと言ったの、だからお蕎麦食べさせてくれたの…、あたいが悪い子なのよ…とべそをかきながら訴え、ね、おじちゃん、お母ちゃんぶつならあたいをぶって!と訴えるので、それを横から見かねた長助は、ちょっと伴作さん、ちょっと…と間に割って入ると、このこら2人はほんまに可哀想な子やねん、え?この子のお父っつぁんを探してな、八王子からお前、この江戸までやってきよったんや、な?と伴作に事情を明かす。

そして長助が、で、お父っつぁんの在処分かったんかい?と聞くと、お浜が首を横に振るので、分からへんのかい?そうかな〜…、お聞きの通りやねんと伴作に伝える。

な?堪忍してやって…と長助が頼むと、事情を聞いてしょんぼりしていた伴作は、お可愛そうにね…と同情する。

家に戻って来た長助は、親分、偉いすんませんけれども、お父っつぁんの分かるまで家に置いてやっておくんなはれとお京とおはまのことを頼むと、しかしこんな病人に又そんな人を預かっちゃ、おめえが忙しくなるばかりだぜと藤吉は言い聞かすが、いいえ、私の身体なんかどうでも宜しいがな、ちっとやそっとですり切れるような身体やおまへんよってなと笑うと、どうぞお頼み申しますと頭を下げる。

ああそうかい?そんな気の毒な親子だ、俺が引き受けて…、あ、そうでっかいな!お世話してやっておくんなはりまっかいな、へいおおきにありがとうございますと長助は1人芝居をして入り口付近で待っていた親子の元へ戻る。

お京は疲れ切っているのか苦しそうに前のめりになっていたが、安心しなはれや、親分はな、ちゃんと承知をしてくれはりましたと長助が伝えると、起き上がったお京はありがとうございますと礼を言うので、どう致しましてと長助は笑顔で応える。

そして長助はお浜のことも、ほんまにこちらは可愛らしい子やなと褒め、私ももうこんな子供の1人くらいはあってもええ年なんですけども、なんと言うてもあんたのんびりし過ぎましてな〜、今だ嫁はんもらわずねんなんや、ほんまにむちゃくちゃでござりまするがなやと打ち明ける。

なあ?あの…おはまちゃん?あんたも定めしお父っつぁんに会いたいことやろな?と長助が聞くと、会いたいわ、あたいお父ちゃんの肩をもんだり、お使いして親孝行してあげたいの…といじらしいことをお浜が言うので、何と言う感心なこと言うねんなと長助はすっかりおはまが気に入る。

よしよし心配すな、おっさんがきっとお父っつぁんを探し出してあげますよってなと長助が約束すると、おじさん、どうぞ宜しくお願いしますとおはまは手を付いて頼んで来る。

ああよっしゃ、よっしゃ…と言った所で、私もあんたも、そのお父っつぁんの顔を知りまへんなと長助はようやく気付く。

あんな、もし…、何かその人の目印…、証拠になるような物はおまへんのか?と長助が聞くと、は、あの人の左の腕に狐の彫り物がしてあるんですけど…とお京が教えると、ああけつねでっしゃろが?又妙な物を彫りやがったんやな?と考え込んだ時、長助!と藤吉が奥から呼ぶ。

しばし待たれよ!と2人に言い残し藤吉の元へ来て何だす?と聞くと、これを濱田屋の若旦那に届けてくれと言い、藤吉は今書いていた手紙を長助に渡す。 その頃、井波宗角を訪ねていた小平に、あの殺された重兵衛殿が酒に酔ったあげく、ふと漏らしたことがありましてな…と宗角は打ち明け、何でも濱田屋には古い地図があるそうですな?と言う宇野で、地図?と聞き返す。 それも半分だけ…と宗角は言う。

何でも徳川様への謀反でお取り潰しになった九州の大名の御家老で、山井蔵人と言う方が重兵衛殿を見込んでお預けになったそうですと宗角は言う。

その大名の莫大な財宝を隠した島の地図だそうですので、御家老は大事を取って半分を他所へ預け、残りの半分を重兵衛殿にお預けになったそうで…、何しろその時は重兵衛殿もえらく酔っておりましての、明くる朝、慌てて私の所に参りまして、昨夜のことは秘密にして欲しいと言って帰りましたと宗角は明かしたので、ほお…と小平は頷く。

濱田屋では、多七が妹のおしのに、菊屋橋の藤吉親分から手紙が来ての、お前も知っているこの地図をどこかと奥に隠すようにとのお指図なんだと伝える。

兄さん、父さんやおじさんが殺されたのはこの地図のためじゃないでしょうか?とおしのは聞く。

多七は首を傾げ、そりゃ分からんが、お前ご苦労だが江ノ島の婆やの所へ届けてくれないか?と多七が頼んでいた時、庭の石灯籠の影から誰かがその会話を盗み聞いていた。

はいとおしのが承知すると、大事を取って鳥追い姿にでもなってね…、人目を忍んでわざと人は付けてやらんが、頼むよと多七は指示する。

庭で聞いていたのは小平だった。

ただいま!と家に戻って来た長助は、長助!と藤吉から呼ばれ、へいと返事して上がり込むと、藤吉の右腕の袖をめくって入れ墨を確認するので、何をしてやがるんでい!とそれを振り払った藤吉は、濱田屋のお嬢さんの後を追うんだと命じる。

お嬢さん!と超作が喜ぶと、お嬢さんの後を付ける奴があったらふん縛るんだと藤吉は指示する。

うん、こいつは役得でっさと膝を叩いた長助は、すぐに旅の支度をして出発する。

鳥追い姿で江ノ島へ向かっていたおしのは、途中の茶店で休んでいた路之助とばったり出会う。

おしのさん、どうしたの?と路之助も驚いたように来て来たので、私、兄さんから大事な秘密の用を置い言いつかって、江ノ島の婆やの所へ行きますのとおしのが隣に腰を下ろして明かすと、そう…、でもおしのさん、良く似合いますよと路之助は鳥追い姿のことを褒める。

その頃、伴作の蕎麦屋で昼日中から酔っていた松は、おい!チョイト松を見損なうなよ!と店の奥にくだを巻いていた。

おい!蕎麦屋!と左腕の袖をまくった松の腕に狐のように見える入れ墨があるのを、たまたま入り口に来たおはまが発見し、お父ちゃん!と呼びかけながら松の手を引くので、何でえ!と松は戸惑う。

お父ちゃん!あたい、もう放さないわよ、お母ちゃんの所に来て!とおはまが言いながら腕にしがみつくので、お前は一体誰だい!と松はおはまに聞く。

その騒ぎを聞き奥から出て来た伴作は、松っつぁん、あんたいつの間にこんな可愛い子をこしらえたんだよと責める。

おはまはなおも、お父ちゃん来てよ!と腕を引くので、そんなこと言ったって、俺こんなガキ知らないんだよと否定するが、何言ってるんだ松っつぁん、現にこの子がお父っつぁんって言っているじゃないか、罪を作るような事しちゃいけないよと伴作は呆れたように言う。

お父ちゃん来てよ!と呼びかけるおはまに引かれ、俺知らねえよと戸惑いながら松は店の外に連れて行かれるが、伴作も松を押し出す手伝いをする。

藤吉の家に戻って来たおはまは、寝込んでいたお京に、お母ちゃん、お父ちゃんがいたわよと言いながら松を引っ張り込む。

ほら、狐の彫り物よと言いながら、部屋に倒れ込んだ松の左腕を見せると、狐じゃねえ、猫だ!招き猫だ!と松は訂正する。

確かに良く見ると、そこに彫られていたのは首に鈴を付けた招き猫だったので、おはま、この方はお前のお父ちゃんじゃないの…とお京は優しく言い聞かす。

するとおはまは、あら、これ猫なの?と困った顔になり、つまらない猫ね〜とバカにすると松の左手を放す。 きょとんとなった松は、つまらない猫で悪かったなとおはまを見るが、つい笑い出してしまう。

その頃、海の側の崖っぷちに来ていたおしのは、着物の袖の中に石を詰め込み合掌し、立ち上がって海に飛び込もうとしたとき、事情を知らずその背後にニコニコと近づいていた長助にぶつかったので、何しますんや!と言いながら長助は海に落ちてしまう。

驚いたおしのは急いで崖から下の岩場に降り、何とかそこに泳ぎ付いた長助の手を引いて陸に揚げる手伝いをする。

ああ、偉い目に遭わせて…と言いながら濡れ鼠になりながら岩場に上がり込んだ長助は、どうしなはったな?とおしのに事情を聞く。

するとおしのは、だって私、兄さんから預かった大事な物、どこかに落してしまったのと言うではないか。

ええ!と長助が驚くと、だから私、死んでお詫びをしようと思っててんとおしのは言うので、偉い、私が死ぬの手伝うてあげますなどと長助は励ます。

じゃあ長助さん、おしのはバカだったとくれぐれもお詫びをして下さいと、おしのもそれを真に受けると、よろしおますと長助は安請け合いをする。

若柳のお師匠さんにおしのは死んでも忘れませんって…、宜しくねとおしのが頼むと、畏まりましたと長助は応じ、早よ死になはれ、死になはれ、早よ死んだり…と急かす。 そして、それ行こう!と言うなり、長助はおしのの背中を押して海に突き落とす。

その直後、あ、思い出した!お嬢さん!あれはただの翻案や、家の親分のきれ書きや、早よう!と長助は海に落ちたおしのに呼びかける。
 


 

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