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花のヒロイン 

 

 

 

幻想館

 

トンチンカン三つの歌

斎藤寅次郎監督、エノケン、アチャコ、金語楼主演の下町人情コメディ。

この「トンチンカン」と冠したシリーズは、この後「トンチンカン捕物帖 まぼろしの女」(1952)「トンチンカン 怪盗火の玉小僧」(1953)「トンチンカン八犬伝」(1953)と計4本作られたようだが、現代劇は最初のこれ1本である。

パン屋と発明家と温泉場の土産屋と言う全く接点がなさそうな立場の人物たちが織りなす下町人情劇になっている。

金語楼とバタヤンコンビのほのぼのホームコメディから始まって、エノケン、清川虹子コンビのドタバタを経て、アチャコの泣きの芝居になるという流れになっている。

アチャコの泣かせ芝居がしんみりしていて、泥臭いながらおそらくは昔の日本人好みだったに違いないと感じる。

今見てもウルウル来るからだ。

作品全体が喜劇と言うよりお涙頂戴もののような印象が強い。

柳家金語楼とバタヤンこと田端義夫さんがパン屋をやっていると言う設定がおもしろい。

当時のパン屋の様子が今と全く違うからだ。

食パンやアンパンはガラスケースから素手で店員が掴んで袋に入れているが、当時はそれが普通だったのだろう。

もちろん個別にビニールなどに包まれていないし、トングなどで掴むなどと言う習慣もなかったのだろうが、誰もそれを不衛生などと文句を言わなかったと言うことだろう。

エノケンの方は科学者設定なので、謎の装置をそれらしく見せるためにアニメ合成による特殊撮影が加えられている。

特撮は東宝技術班だが、円谷英二はまだ東宝に戻っていなかった時期なので、別のスタッフたちが合成などをやっていたはず。

白黒画面なので随所に絵合成が登場している。

発明品としてTVも登場しているが、現実に日本でテレビ放送が開始するのはこの翌年のことであり、つまり1952年当時としては一番現実味のある発明品だったのだろう。

しかし、劇中の博士はTVのブラウン管のことをスクリーンなどと言っている。

つまりこの当時はまだラジオの時代で、この作品のタイトルにも使われている「三つの歌」と言うのは当時のNHKの人気ラジオ番組のようだ。

実在の番組だったとすると、子供が出て来て、3曲のピアノの演奏で曲名を当て歌ってみせる内容のようだが、生放送で歌えない場合、沈黙の時間が出来て放送事故などにならなかったのだろうか?と気になったりする。

当然リハーサルはするだろうし、司会者があれこれ間を繕うと言うことなのだろうが、子供相手の番組だけに心配になる。

▼▼▼▼▼ストーリーを途中まで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1952年、東宝、八住利雄脚本、斎藤寅次郎監督作品。

土手の上を電車が通るとある東京の街角、歌を歌いながら自転車でやって来たのは佐々木圭一(田端義夫)で、家に入ると、父親の佐々木金助(柳家金語楼)が、二階を覗いていたので、お父っつぁん、何してるんだい?と声を掛けると、金助は静かに!と言うように手をひらひらさせて近づいて来ると、房子の所に男の人が来てるんだと小声で教える。

へえ、どいつだそらあ?と圭一が聞くと、あの、何だっけな…、顔ののっぺりした頭のどっさり生えた…、あの嫌らしいアパートの何とかって所にいる…と謎掛けのようなことを金助が言うので、ああ、明夫君かと圭一は気付く。

船まだ来てないか?と圭一が聞くと、妹、そんな物はまだ来てませんと金助は即答すると、な~んだつまんないと言うので、何がつまんないのさ、今、若い女と言うとすぐチヤホヤして、嫌らしったらありゃしないよと金助がぼやくので、だって良いじゃないか、近頃の若いの知らないの?と力こぶを見せる真似をして圭一が言うので、分かってるよと金助は呆れたように答える。

そりゃ若いよお前さんはね、子供だもの、私は親だもんね、だから頭禿げてんだよと自嘲する。

房子もたまの日曜だ、自由にさせたら良いじゃないかと圭一が兄らしいことを言うと、自由?そうはいきませんよ、勝手に自由にさせてもしも悪い虫が付いたらどうするの?と金助が聞くので、だって虫は付く時には付くもんだよ、父っつぁん、父っつぁんはDDTじゃないんだろう?と圭一は言うので、DDT?と金助はきょとんとなる。

二階でアイロンがけしていた房子(関千恵子)に、それはみんな根本さんのですか?と側であぐらをかいていた田島明夫(城正彦)が聞くと、ええ、研究所には誰も世話する人がいないもんですから…と房子は言う。

根本さん、この頃、夜もろくに寝ないで研究に打ち込んでいるんですってね?と明夫が言うと、ええ、本当に天才的なお方ですわ…、私、尊敬していますと房子は憧れるような眼差しで言う。

僕も中学校の先輩としてとても大事な人だと思ってるんですと明夫が言うと、この頃とても疲れていらっしゃるようだから、私、今日はお医者様を連れて行って無理にでも診察してもらおうと思うんですのと房子は言う。

そこに金助が茶を持って来たので、あ、お邪魔していますと明夫が挨拶する。

いらっしゃいましと金助が座り込むと、じゃあ行きましょうか?と房子が扶育を風呂敷包みに詰め言い出す。

ええ、それじゃあ僕、失礼しますと明夫は金助に頭を下げると、私はDDTじゃございませんから、急いでお逃げにならなくても…と金助は皮肉を言う。

それを聞いた房子は、あらお父さん、何言ってらっしゃるの?私、ケーキ店に行ってきますと言い風呂敷包みを持って立ち上がると、行きましょうと明夫を誘い、2人は部屋を出て行く。

部屋に残った金助は、今まで2人が座っていた座布団の距離を測り、まだ大丈夫らしいと安堵する。

下にいた圭一は、降りて来た明夫が、こんにちは!と挨拶すると、こんにちは!と笑顔で返し、あ、これ、妹さんにお土産と言って用意していたものを渡す。

どうもありがとうと明夫が言うと、宜しくねと圭一は頼むので、房子は通り過ぎる時、兄さん!と睨みつける。

さようなら!と手を振って2人を見送った圭一は、女性客が来ていたのでいらっしゃい!と出迎え、アンパン5つ頂戴と言われると、OK!と笑顔で応え、7つ袋に入れると、ちょいとおまけと言うので、どうもありがとうと女性客は礼を言う。

どうしておまけしたか分かる?と圭一が聞くと、分かんないわと言うので、分からない?じゃあもう1つおまけだ!と言ってパンを女性の買い物籠に1つ投げ込み、どう分かる?ともう一度聞く。

それでも女性客が分かんないわと言い、そのままさようならと帰ってしまったので、あ、さようなら…と圭一は寂しそうに見送る。

それを後ろから、何と言う…と呆れたように見ていた金助は、次の女性客がやって来たので今度は自分が対応する。

何です?と聞くと食パン下さいと言うので、いかほど?と聞くと、1斤で良いわと言う。

すると金助は、そんなこと言わずに全部お持ちくださいと言い、食パン1本そのままを包み始める。

良いんですか?と女性客は戸惑うが、良いんですと金助は笑顔で答え、覚えててね!と軽く手を振る。

そんな金助の背中を叩いた圭一は、何だ、父っつぁんも散々種撒いてるじゃないかとからかうと、あんたのがうつったの!と金助は答える。

立川医院の前にやって来た房子は、じゃあ私、先生にお願いしてきますわと言い、じゃあ宜しくおっしゃって下さいと明夫は答え、じゃあ又、さよなら!と2人はそこで別れる。

「根本電子研究所」では、研究に没頭中の根本健三(榎本健一)に、さささ、早く立ち退いてもらいたいね!と大家が詰め寄っていた。

私だってね、道楽でやってる仕事じゃないんでね、1月や2月だったら考えないこともないけど、10年も溜められたんじゃね…と大家は呆れたように話しかけているが、根本は全く返事どころか振り向きすらしない。

私はね、今度ここにパチンコ屋を作ろうかと思っているんだよ、こんな研究所よりずっと良い儲けになるんだからねと大家は言うが、根本は本から目を離さない。

それに気付いた大家が、あんた何してるの?私ばっかりにしゃべらせてないで何とか言ったらどうだ!え?あんた聞こえてるの?と詰め寄るが、それでも根本は虫眼鏡で本を読み続けるだけ。

疲れた大家は近くの椅子に腰を降ろすと、早く立ち退いてもらいたいね、私だって道楽で仕事やってるんじゃないからね!1月や2月だったら考えないこともないけど、10年も溜められたんじゃね、私はね、今度ここにパチンコ屋を作ろうかと思っているんだよ、こんな研究所よりずっと良い儲けになるんだからね…と最初から同じ事を繰り返し始めたので、根本は虫眼鏡で大家の顔を見つめ、何かの装置のスイッチを入れる。

すると、大家が座っていた椅子に電気が走ったので、熱い!熱い!待ちます、家賃待ちます!1年待ちます!と大家が堪り兼ねて言うと、根本はようやくスイッチを止めてやる。

頭は白くなり、顔は黒くなった大家が立ち上がると、来年の今日は立ち退いて下さいよと言い残し、帽子をかぶってすごすごと帰って行く。

それを見送る根本はにやりと笑う。

その大家とすれ違いに研究所にやって来たのは、房子と女医の立川さくら(清川虹子)だった。 黒い顔の大家を見送った房子がどうしたんでしょう?と首を傾げると、さくらは焦げ臭い!と指摘する。

根本の部屋に入って来た房子が、所長さん、こんなに天気のよい日曜なのにやっぱり御勉強ですか?と聞くと、何も返事をしない根本は、顕微鏡のシャーレに自分の頭のふけを降りかけ始めたので、それを見ていた房子とさくらは顔をしかめる。

あの、お洗濯物を持って来たんですけど?と房子が言っても返事がないので、こちらは立川先生とおっしゃるんですと紹介すると、初めて根本は驚いてように振り返るが、すぐに又、顕微鏡を覗き込む。

先生は研究所のお仕事の話を聞きたいとおっしゃるのと房子が伝え、根本さんは世界的な発明家なんですってね〜とさくらが話しかけると、根本は振り返り、いやあそれほどでも…と照れ笑いする。

前から一度研究室を拝見したいと思っておりましたの、これ何ですの?と手近にあった装置をさくらが指差すと、嘘発見器ですと根本は即答する。

嘘発見器?とさくらが戸惑うと、はい、あの〜、この椅子にですな、人間を腰掛けさせますと言いながら根本が自身で座ってみせる。

で、電子を入れますと根本が言いながら横にあった装置のスイッチを触ったので、電子?とさくらは聞き返す。

すると根本は、ええ、今は電気の時代ではなく電子の時代ですと言う。

そうしますと、その人間がどのような嘘をつくか、これによって心の中の真実を知ることが出来るんですと言いながら、根本は望遠鏡を逆さまにしたような装置を取って自分の胸に当ててみせる。

もちろんボリュームを上げて聞きます、挙げ過ぎるとちょっと焦げる心配があります、そうしましてですな、これです、その真実の心を録音しておくことが出来るんですと根本は言い、オープンリールテープのような装置を見せる。

は〜、素晴らしいですね〜とさくらが感心してみせると、じゃあこの椅子があれば裁判所入らないと言う訳ですね?と聞くと、そうです!と根本は誇らしげに言い切る。

さくらが天体望遠鏡の所に来て、これは何ですの?と聞くと、はあ、月の世界を見ますと根本が言うので、お月様を?とさくらは驚く。

ちょっと拝見とさくらが希望すると、はあどうぞと根本は勧め、自ら望遠鏡の一を微調整して、さあどうぞと望遠鏡を覗かせてくれる。

さくらが覗くと確かに月の表面が見えるので、あら、よく見えますね〜と感心していると、それからこの電話は月の世界に通じますなどと根本は壁にかかった装置を指して言い出す。

本当ですか?と疑いながらさくらが聞くと、はあと根本が言うので、ちょっとかけてみて良いですか?と聞くとどうぞと言いながら電話のねじを巻く。

根本から渡されたトイレのラバーカップのようなものを受け取り耳に当て、もしもし?と電話機に話しかけると、何にも聞こえないわと言うので、ベルは確かに月の世界で鳴っているんですがな?と良いながら根本はねじを回し続ける。

その時、電話の受像機に月の世界で踊る2匹のウサギのアニメ映像が映ったので、やっぱりウサギしか住んでませんですからねと根本は言う。

本当!ウサギ!とさくらが驚くと、ウサギに人間の言葉は通じませんですからねと根本は言う。

ごもっともですとさくらが頷くと、その内ウサギの言葉を研究しましょうと根本は真顔で答える。

これは?テレビジョンですか?とさくらが別の装置の前に来ると、はあそうです、しかし普通のテレビジョンとは違います、こっちが会いたいな〜と思う人がどこで何をしててもこのスクリーンに映るんですと根本は説明する。

それを聞いたさくらは、まあ、私子供に会いたいわと喜び、あ、それは!と根本が制止するのも聞かず勝手にスイッチをひねると、豚のアニメの顔が出て来たのでさくらは怒ってスイッチを切ったので、根本は苦笑しながらも、これはまだ未完成なんです、その内完成させますから!と必死に詫びるが、怒った顔のさくらは逃げようとする根本の腕を取り、無理矢理脈を取る。

うん?脈あり!と言うので、何ですか?と根本は戸惑うが、次は舌を出しなさい!と怒った顔で言うので、とんでもないと断るが、良いから出しなさい!とさくらが怒鳴ると、素直に頷いて舌を出す。

虫眼鏡で下の様子を診たさくらは、良し、次は目、瞳孔ですと言うので、あんたは暴力マシンですか?と根本が聞くと、医学は暴力ではありません!良いから目を見せなさい!と言いながらさくらは根本の身体を抱き寄せたので、私は病人ではありません!と抵抗する。

目を見たさくらは大分悪いと診断し、服をお脱ぎなさい!と命じる。

そんなバカな!と暴れる根本を捕まえたさくらは、良いからお脱ぎなさい!と子供を叱るように服を脱がせて行く。 痛い!先生、ごめんなさい!と根本は子供のように怯える。

お茶の用意をして廊下を近づいて来た房子が、ドアから出て来たさくらに、先生どうでした?と聞くと、根本さんはね、恋をしてるんですよとさくらは診断する。

所長さんが?と房子が驚くと、確かに誤診じゃないつもりよとさくらは胸を張る。

でも一体相手は誰でしょう?と房子が不思議がると、さあそれが私にも分からないから処方箋の書きようがないのよとさくらは言う。

パンを作っていた圭一の元にやって来た金助が、圭一、秋津の温泉場のことが新聞に出てるよと教える。 金の採掘が始まったんで、湯の出が悪くなったんだってさ、町が寂れそうだって…と金助が言うと、それじゃ秋津のおじさん困ってるだろうなと圭一は同情する。

秋津温泉で自宅の土産屋に帰って来たのは阿吉(花菱アチャコ) 店でかかっていたラジオから聞こえて来たのはNHKの番組「三つの歌」だった。

ただいまと言いながら家に入ると、お帰りなさいと出迎えた娘アヤ子(打田典子)が、お父ちゃん、「三つの歌」に出ても良いでしょう?と阿吉にすがりついて聞いて来たので、ああ良いとも、良いとも、あ、お父っつぁんな、おなか空いとるんじゃ、ご飯のこしらえしてくれるか?と頼むと、アヤ子ははい!と素直に頷き台所へ向かったので、賢い、賢いと阿吉は褒める。

そんな阿吉に、どうでした?今日のお話の具合は…と聞いて来たのは寝たきりの妻お松(出雲八重子)だった。

阿吉は、手に持っていた帽子をぱたりと落すと、やっぱりあかんわと答える。 頼んだ所が土産物屋ばかりで、金を探すためには温泉場の1つくらい潰れてもかまへんと言う役場の意見じゃと言いながら、お松の横に座り込む。

はあ…と嘆息した阿吉は、湯が出んようになると自然客はなし、土産もんは売れんし、かてて加えてお前の病気…、ほんまにもう困ったこっちゃい…と嘆く。

そんな父親の声を聞きながらも、アヤ子は甲斐甲斐しく1人膳の用意をする。

お松、泣いたらいけませんで、と言って怒ってもいけませんで、今も道々考えたんやがな、この際もう思い切って店を畳んで元の1から出直そうと、こない思うとるんじゃと阿吉は打ち明ける。

そいでこのアヤ子をな、ま、一時東京の兄貴の家にでも預けようとこない思うとるんじゃと阿吉はお松に話しかける。

すると寝たきりのお松は、兄さんて言うけど、姉さんが死んでしまった今では他人みたいなものですからね〜と案ずる。

そら分かってるわいな、けど背に腹は変えられんがな、話をすれば相談に乗ってくれんこともない、これ以上、アヤ子に苦労かけたくないよってな…と阿吉は苦しい胸の内を明かす。

泣いたらいけまへんで、と言って怒ってもいけまへんで…と阿吉が再び同じ事をお松に言い聞かせていた時、アヤ子がお膳を持って部屋にやって来て立ち止まる。

アヤ子は私たち2人の子供やない、もろうた子供だけに気を使う…、あんまり苦労をかけたなら、もろうた親に申し訳がないよってな…と言う阿吉の話を聞いてしまったアヤ子は部屋に入れず、お膳を持ったまま黙って障子の奥で立ちすくんでしまう。

それもほんのわずかな間、私が一生懸命働いて、きっと迎えに行く!それまでな、お松、泣いたらあきまへんで!と言って怒ってもいけまへんで…と又阿吉が言った時、耐えきれなくなったアヤ子がお膳を置いて逃げ出してしまったので、その音で気付いたアチャコは、アチャ〜!みんな聞かれてしもうたがな!ほんまにもう…、お父っつぁんちょっと軽率やったと反省する。

そして、これアヤ子よ、アヤ子!と呼びながら、裏庭の木の所で沈んでいたアヤ子を発見すると、アヤ子!そこにおったんかい…、なあこの桐の木はな、あんたが生まれた時に植えたんやで、良う知ってるやろう?と教える。

お父っつぁんな、あんたがお嫁に行く時、この桐の木で箪笥をこしらえてやろうと思うとったんや、ところがな、この桐の木が大きくならんうちに温泉場は潰れそうやし、お母ちゃんは病気、これでな〜、えらい気の毒やけどな、あんた、東京のあの…、おじさんの所へ行ってくれんか?あこの家ではな、大きな兄ちゃんもいてはるし、姉ちゃんもいてるよってに、きっと可愛がってくれる思うねん…と阿吉は笑顔で言い聞かせる。

お父っつぁんな、金儲けしたら迎えに行ってやるで、意気地のないお父っつぁんや…と言いながら、阿吉は堪らず泣き出してしまう。

すると、お父ちゃん!と抱きついて来たアヤ子は、アヤ子、お父ちゃんとお母ちゃんの子ね?と聞いて来たので、そうやとも、そうやとも!と阿吉は答え、きっとね?とアヤ子がもう一度念を押すと、違いない!嘘やと思うたらげんまんしよか?と言いながらと阿吉は小指を出す。

東京の「風船アパート」に住んでいた明夫がひげを剃っていたが、そこに笑いながら洗面器に張ったお湯を持って来た妹の春美(隅田恵子)は、本当かしら?根本さんが誰かに恋をしたんですって…と言う。

ふ〜ん…、あの女嫌いがね…と明夫が意外そうに答えると、あんな偏屈に好かれたら困っちゃうわねと晴美は笑い、私、ちょっとパンを買って来るわと良い、買い物籠を下げて出掛けて行く。

その頃、根本は望遠鏡で友達たちとバドミントンに興じていた房子を見ていた。

そして参考書を読んで納得した根本はいきなり白紙に房子の似顔絵を描き始める。

その時、房子の打った羽が窓から入り込み根本の頭の上に乗るが、根本はそれに気付かなかった。

部屋に入って来た房子が、あの〜と声をかけたので、似顔絵を描いていた根本は何ですか?とその絵を隠しながら慌てて聞く。

すみません、バドミントンの羽がここに入ったんですけど…と民子が言うと、そんなものはありません!と根本は少し怒ったように答える。

いえ、確かにあるんですけど…と房子が言うと、あるのなら取って出て行きなさいと根本は不快そうに言う。

それが…、取れないんですけど…と房子がもじもじするので、どうして?と根本が聞くと、羽はここに…と言いながら房子は根本の髪の上から羽を取る。

それを見た根本は、失敬な!出て行きなさい!と叱りつけたので、房子はすみませんと詫びて出て行く。

しかし、房子がドアから出て行った途端、今まで仏頂面をしていた根本の顔が笑顔になり、プロポーズをするように両手を差し出すが、すぐに諦める。

根本が恋していたのは房子だったのだ。

それでも房子が出て行ったドアの方を見ながらいつまでもにやけながら嘘発見器のスイッチを無意識に触ってしまったので、あっちっち!助けて〜!と言う根本の叫び声が廊下を出て行っていた房子にも聞こえる。

慌てて研究室に取って返した房子が見たのは、嘘発見器の椅子に座り、電子で痺れている根本の姿だった。

スイッチ切って、スイッチ!と根本が言うので、房子は慌てて手近にあったスイッチを切る。 電子の放電は止まり、白髪になり顔が真っ黒けに焦げた根本が立ち上がるが、何もなかったかのように机に戻り、なぜかそろばんをはじき出す。

その頃阿吉は、お松と離れたがらないアヤ子に、いつまでも名残が尽きん、一生会えんと言う訳ではなし、さあさあ早うと旅立ちを急かしていた。

お母ちゃん、早く病気直ってね…とアヤ子が言うと、直るとも、アヤ子、皆さんの言う事良く聞いてね、身体に気を付けてね…とお松は優しく言い聞かす。

さあさあさあ、もうええがな、「三つの歌」の歌も聞こえるがな…と諭し、阿吉はアヤ子を立たせると、荷物と鳥籠を持たせて家を後にする。

阿吉とアヤ子が電車で東京にやって来ると、とある店の前に置かれた看板に「今月中 決死的大割引」と書いてあるのを見つけ中を覗き込む。

留守番をしていたお松を慰めに来た近所の主婦連は、「三つの歌」の放送をラジオの前で、アヤちゃんだったら何でも歌知ってるから大丈夫だよとお松に話しかけていた。

「三つの歌」の収録会場にアヤ子を連れて出場した阿吉は、お父さんと可愛いお嬢ちゃんでございますと司会者から紹介され、可愛いお嬢ちゃんでっしゃろ?と司会者に自慢すると、お父さんご自慢のお嬢ちゃんらしゅうございますと司会者が受ける。

おおきにと阿吉が礼を言うと、リュックサックにお人形を抱え、おまけに鳥籠まで下げた珍しい出で立ちでございます、お嬢ちゃん、どこからいらっしゃいました?と司会者が聞くと、伊豆の大下とアヤ子が答えたので、良くいらっしゃいました、では最初の歌はこれでございますと司会者が振ると、控えていたピアニストが「シューベルトの子守歌」の曲を弾き始める。

しかしアヤ子は何故か歌い出せなかったので、お嬢ちゃんにはちょっと難しかったでしょうか?と聞いた司会者は、ではこの歌はどうでしょう?と次の曲を弾かせる。

お嬢ちゃんはお人形が好きなようですね?と司会者が続け、「青い目の人形」の曲が鳴り始めるが、さあどうですか?と促されても、又してもアヤ子は歌えなかった。

それをラジオで聞いていたお松は、どうしたんでしょうね、アヤ子はこの歌を良く知っているんですがね?と不思議がり、集まっていた近所の主婦たちも黙り込む。

黒いお目めじゃなく、ほら!青いお目めのお人形さんもありますと司会者はヒントを出すが、アヤ子は歌わなかった。

会場でおろおろしていた阿吉も、3局目の「五木の子守唄」が鳴り出すと、アヤ子、この歌なら良う知っとるやろう?お母ちゃんがほら、あんたが小さい時に良う歌うてくれてた歌やがな…、あんたお家で時々この歌歌うたがな…、な、知ってるやろう?歌いなはれ、1つ歌うてもそれだけや!歌いはらんかいなと必死に励ますが、母親を思い出したアヤ子は涙ぐむだけで1曲も歌えなかった。

泣いたって、分かりゃしまへんがな!と阿吉は狼狽し司会者に愛想笑いを送るが、お父さんは必死の応援ですが、肝心のお嬢ちゃん、どうしました?と司会者も泣き出したアヤ子の異変に気付く。

今日はちょっと調子が悪いように思いますので、すまんことでございますと阿吉が言い訳し、歌わんかいな、もう!あんた歌わんかったら、お父っつぁんまるっきり損やないか、何しに来たんや、あんたここに!と泣いているアヤ子を叱り出す。

すまんことでございますともう一度司会者に阿吉が詫びると、残念でしたねと司会者は同情する。

恥をかいた阿吉は、帰りまひょう!と乱暴にアヤ子を小突く。 会場を出た阿吉は、ほんまにもう困った子やとぼやき、え、いつもあんた歌うてるやないか?何があんたそない哀しいんじゃい?と責める。

ああそうか、スカートの継ぎの当たっとるんが哀しゅうて泣いたんかい?と聞くと、アヤ子は首を横に振る。

ほんならあんた、何で泣きなはったんや?と阿吉が聞くと、アヤ子ね、今夜からお父ちゃんとお母ちゃんに何も出来ないと思うと、急に哀しくなったちゃったのと言うので、それで泣いたんかい…と初めてアヤ子の気持に気付いた阿吉も、すまんかった、堪忍してくれ!と泣き出す。

心配する事ない、20年くらい働きゃ、お父っつぁんは立派な家を買うたる、心配する事ないと阿吉は言い聞かす。

泣くのやあらへんで、泣いたらあかんで、しっかりしょう!さ、行こう!と阿吉はアヤ子を励ましながら放送局を去る。

夜の町の通りでは、○に十の字を書いた、良いかね?と見物客相手に、風間新介(伴淳三郎)がイカサマを披露していた。

書いた奴を丸めるんだ、ほらね?良く見ててよ、これをここにポンと置くね、これをお客さんがピンセットでつまみ上げたら3倍や、最初が100円だよな?100円が300円、300円が900円、1000円が3000円、これは趣味と実益を兼ねたおもしろい遊びだと口上を言い、客寄せをしているのを阿吉とアヤ子も興味深そうに覗き込んでいた

どう?と風間が言うと、やってやろうと100円札を出した客がピンセットでいくつもの丸めた神がある中から1つをつまみ上げる。

間違いないね?と念を押した風間が、ちょいのちょいのちょい…と良いながらその髪を開き、お〜お見事!と言うと300円ねと言いながら、その場でポケットから札を取り出してその客に渡す。 儲かったな、もう1回どう?と風間は誘うが、その客は断る。

それを見ていた阿吉は、兄さん、1回やらせてもらいますわと声をかける。

ああ、人の良さそうなおっさんやなと風間が笑うと、○に十を書くな、これを丸めるな、良く見てなさいと言いながら風間は髪を丸めて小さくすると、いくつか同じように丸めた紙玉が入っている箱の蓋の中に入れる。

するとすぐに見抜いたと言うように、阿吉がピンセットで紙玉を持ち上げる。

人の良さそうなおっさん、良いかい?間違いないな?と念を押した風間は、紙を広げて、わあ当たった!300円ねと言いながら金を渡す。

割合にぼろいもんやと阿吉が喜ぶと、そう儲けられちゃ敵わないなと風間は苦笑する。 すると阿吉は、300円ないもんとしてもう1回行こうと、今受け取った金をそのまま突き出す。

もう1回?本当?と念を押した風間は又同じように、○に十の薩摩の紋のようなものを書き、丸めて蓋の中に入れる。

これや、これや!と素早くピンセットでその紙玉をつまみ上げた阿吉は、おっさん、間違いないな?と念を押されると、間違いないと勝ちを信じて答える。

ところが、風間が開いた紙には印が付いていなかったので、確かにこれやと思うたんやがな〜?と阿吉は不思議がる。

意地になった阿吉は、お父ちゃん、行こうよと声をかけるアヤ子に黙って、黙って!と言い聞かせ、もう1回行こう!と言いながら財布を取り出すと1000円渡す。

3000円ね?と阿吉が念を押すと、3倍ねと答えた風間は又同じように印を書いた紙を丸めて蓋の中に入れる。

阿吉が自信を持って紙玉を持ち上げると、間違いないね?と念を押しながら風間は紙を開く。

3000円ね!と阿吉は確信していたが、開いた紙には印は付いておらず、お気の毒!と風間は言う。

風間が1000円札をポケットに仕舞うと、もし!その1000円返しておくんなはれ!と阿吉が風間の腕を取ったので、冗談言っちゃいけないよ、おっさん、こっちも商売やで!と風間は睨みつける。

それは良う分かってまんねん、その1000円がいりますねんと阿吉が頼むと、あ?と風間は聞き返すが、その時、サツだ!と言う男が走って来たので、デカか?と言いながら風間はその場を離れようとする。

その風間にしがみつき、1000円!返してくれ!と阿吉はしつこく頼むが、風間はうるさそうに阿吉を突き飛ばし去って行く。

そこにいた植木屋の商品の上に倒れた阿吉に、アヤ子が、お父ちゃん!と駆け寄る。 もし!と起き上がって風間を追おうとした阿吉だったが、おっさん、これどうしてくれるの?と植木屋に呼び止められる。

そこには壊れた商品が散乱していた。 その後、あんたに洋服1枚買うてやろうと思うてもそれもでけん…、東京のおじさんの所へもお土産も持って行くことも出来ないんだ…と、すっかり持ち金を失った阿吉は嘆きながらアヤ子ととぼとぼ歩いていた。 やめて1日だけでも動物園でゆっくり遊んでやろうと思ったのに、それも出来なんだ…と阿吉は悔しがる。

持って来た荷物は植木屋に取られるし、ほんまに偉いことになったな〜と阿吉は泣きそうになりながら、すまん、堪忍してよ、堪忍してくれよ…とアヤ子に詫びるだけだった。

その頃、ギターを抱えた圭一は金助に、ねえ父さん、僕前から一度聞きたいと思ってたんだけど…と話しかけたので、何さ?と金助が聞くと、お父さんは人生がさ…、こうなんとなく…、物足りないんじゃない?と圭一は切り出す。

何だい、そりゃ?と金助が訳が分からないように聞くと、見た所身体も丈夫そうだし…と圭一が言うと、ええ、なかなか死にませんよと金助は答える。 だからさ、もう一度奥さんをもらったらどうだいと圭一は言うので、何ですって!と金助は驚く。

父さんに奥さんをもらっていただくことが今の私たちには一番の親孝行かもしれないわ…と側で編み物をしていた房子も言うので、金助は新聞で顔を隠しながらもすっかりにやけてしまう。

父さん、恥ずかしがる事ないんだよと圭一が励ますが、金助は新聞が身を広げて頭を包むようにくしゃくしゃにするので、房子と一緒に笑い出す。

そこに鳥籠を持ったアヤ子が突然やって来たので、あらアヤ子ちゃん、どうしたの?と房子が聞くと、あのね、お父ちゃんがこの手紙を見せなさいっててんと言いながら、アヤ子は手紙を房子に渡す。

これを?と言いながら房子が金助に手紙を渡すと、「金助どの 手みやげ1つこれなく、真に突然の厚かましきお願いでござりまするが、本日より当分の間、アヤ子をお預かりいただきたく存じます。…」と書かれていた。

お父ちゃんね、自分の着物売ってこれ買ってくれたのよとアヤ子は新しい洋服を着て嬉しそうだった。 お父ちゃん、どこにいるの?と金助が聞くと、表にいるのとアヤ子が言うので、早く呼んでおいでと金助は言う。

しかし表に出たアヤ子が、お父ちゃん?お父ちゃん!といくら呼びかけても阿吉は姿を見せなかった。

表に出て来た金助が、アヤ子、お父ちゃんどうした?と声をかけると、金助に抱きついて来たアヤ子は、お父ちゃん、いないの!と泣き出す。

いない?と戸惑った金助だったが、アヤ子は今日からおじさん所の子になるんだよ、みんなで可愛がってやるからねと言い聞かし、お家へお帰り!と泣いているアヤ子を家の中に誘うと、心配しないでね!安心して!とわざと表に聞こえるように金助は呼びかける。

戸が閉まると、家の横手から下着姿でよたよたと出て来た阿吉が、どうぞ宜しくお願い致しますと家に向かって言うと、その場に泣き崩れる。

ある日、さくらの元を訪れた房子は、所長さんはこの頃、ろくにご飯も上がらないんですと訴えると、恋をしているときはそう言うもんですよ…だけどそんな事してたら死んでしまいますね〜とさくらは読んでいた本から目も上げず答える。

どうしたら良いんでしょう?私、何とかして所長さんの悩みを救って欲しいと思って…と房子が聞くと、相手を探り出すことですねとさくらは答える。

そうですわねと房子が言うと、あなた、毎日あの人の側にいて何か心当たりありませんの?とさくらが聞くと、いいえ、分からないんですと房子は言う。

宜しい、今夜7時私手があきますからね、迎えに来て下さい、一緒に研究所に行って白状させてしまいましょうとさくらは言う。

私これから良い人と追う約束がありますからねと腕時計を気にしながらさくらが言い出し谷で、まあ、先生にも良い人があるんですか?と房子は驚いたように聞く。

そりゃあ、私だって…、お驚きになっちゃ嫌よ!と言いながら、さくらは照れ笑いしながら脚気用の道具で房子を殴ろうとする。

そこへ看護婦が、先生、妙な人が来たんですけど…と伝えに来る。 患者さんかい?とさくらが聞くと、それが猫を診察して欲しいって…と看護婦が困ったように言うので、猫?家は犬猫病院じゃありませんよとさくらは怒り、聞いていた房子も、まあ!と驚く。

しかし看護婦は困りきった様子で、いくらそう言っても帰らないんですと言うので、なんて非常識な人がいるんでしょうねと房子も呆れる。

失礼な本当に!と膨れながら受付にさくらが行って見ると、お前じゃなくて先生…と言うには金助だった。

私が先生ですとさくらが憮然として答えると、ああここは女の医者?と金助は聞くので、人間を診察する医者ですよとさくらが教えると、ああ、この猫ね、可哀想なんだ、そこにおっこっててね、しかも病気しているらしいんだ、たのむわ、これねと子猫を差し出して言うにおで、ダメですよ、猫なんか診察できません、お帰りなさい!とさくらは断る。

すると金助は怒り出し、情けを知らない人だね!と言うので、何ですって!とさくらも怒り出し、猫なんか診察したら人間が泣くんですよ!と言い返す。

すると金助は、黙れ、こんちくしょう!と言い捨てて出て行く。

パン屋では、圭一がギターを弾いて 「面影抱いて」を晴美とデュエットで歌っていたが、そこに帰って来た金助が、2人の前に猫を置いて奥へ行く。
 


 

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