白夜館

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花のヒロイン 

 

 

 

幻想館

 

金さん捕物帖 謎の人形師

ご存知遠山の金さんが事件を解決する捕物帖形式の娯楽時代劇なのだが、これを時代劇が得意な東映ではなく東宝が製作していたと言うのがまず珍しい。

当時は映画各社が現代劇だけではなく時代劇も製作していたのだが、東映や大映時代劇に比べると、東宝や松竹の時代劇は影が薄いかもしれない。

特に東宝は、黒澤映画や三船主演のような一部の時代劇が有名過ぎて、その他の通俗時代劇が忘れ去られているような印象がある。

さらに当時東宝作品にも何本か出ておられた大谷友右衛門主演と言うのも貴重。

友右衛門さんは映画全盛期の50年代を中心に各社の映画に出ておられたようだが、今知る人は少ないのではないか?

事件よりもこの作品での一番の謎は八千草さん演じるお光の心変わり振りで、目明かしからの情報で会ったことがない金さんと良く似た甚五郎を金さんと思い込んで好きになると言うように描いてあるが、それまで甚五郎に冷たくしていたのは「金さん」と言う評判の人物と知らなかったからと言う事になり、見た目では何とも思っていなかったと言うことだろう。

つまり「金さん」は見た目で女が惚れるような「良い男」ではないと言っている訳で、演じている友右衛門さんとしても微妙な設定だったのではないだろうか?

とは言え、市川崑監督で友右衛門さんが平次を演じた「天晴れ一番手柄 青春銭形平次」でもやや三枚目的なキャラだったような記憶があるので、元々イケメンとして売ろうとしていた訳ではないのかもしれない。

捕物帖と言うのは元々こう云う物で江戸情緒を楽しむ物…と言ってしまえばそれまでで、良く言えばのんびりした展開なのだが、今の感覚からするとなかなか派手な事件は起きないし、話のテンポも遅く、古いTV時代劇でも見ているような雰囲気。

色々細々としたエピソードが並んでいると言うだけで、特に骨格となる大きな謎が見当たらないため、何となく散漫な印象を受ける。

どちらかと言うとに下町人情物として見た方が良いかもしれない。

子だくさんの長屋の貧乏おかみを演じている千石規子さんの怒りっぷりは必見。

特に主役の友右衛門さんに今余り馴染みがないことから、一言で言えば「華に乏しい」印象だ。

当時はまだ1本立てだったようなので、この作品でどれだけ動員があったのか興味がある所だが、当時の友右衛門さんの人気と言うのが今ひとつ分からないので推測しようがない。

東宝は、三船と言うドル箱スターが出現するまでの時代劇の印象が薄いと言うのは、案外時代劇スター不足と言う事情があったのかもしれない。

この前年の「次郎長売り出す」で主役に抜擢された小堀明男さんも目立つ役で出ているが、「次郎長三国志シリーズ」自体が今では知る人ぞ知る存在なので、これも今となってはピンと来ない。

後は目明かし鬼太郎役の小川虎之助さん辺りが多少映画ファンにはお馴染みかもしれないが、この当時はまだ若く、後の頑固老人のようなイメージがないので気がつかないかもしれない。

ただヒロイン役は若い娘時代の八千草薫さんなので、その可憐な美しさを見るだけでも価値のある作品とも言えよう。

劇中で披露される、今で言うロボットダンスのような舞は楽しい。

人形制作のモデルになるのは嫌がっているヒロインが、人形の真似の踊りを仕事にしていると言うのも妙なのだが、人前で披露して拍手喝采を受ける芸の方が魅力的と言うことだろうか。

東宝は当時の他の映画会社と違って京都にスタジオを持っていなかったので、砧撮影所作品はどこに時代劇のオープンセットを組んで撮っていたのかはっきりしないが、「七人の侍」等と同じように後の「東宝ビルト」の辺りにオープンを組んでいたのかもしれない。

だとすると、オープンの中に流れている川は砧撮影所内を流れているのと同じ仙川か?

▼▼▼▼▼ストーリーを途中まで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1953年、東宝、高木恒穂脚本、中川信夫監督作品。

夜、屋根の鯱を掴む手

三毛猫が鳴く。

節句の鍾馗様や武者人形が飾ってある部屋の天井板が剥がれ、天井裏から黒覆面の賊が部屋の中を覗き込む。

部屋には三毛猫と武者人形

屋根から外へ2人の賊が飛び出す。

闇に響く呼び子の音。

夜の道を逃げる2人の賊を追う御用提灯。

賊は橋を渡り、捕り手もその後を追って行く。

西洋時計が10時半の時報を打つ。

御用金を狙う賊か…とやって来た同心から知らせを受けた要人らしき人物が呟く。

やはりホシは同じだ…と要人が言い出したので、同心は、はっ?と顔を上げる。

今日は5月5日だったな?と要人が聞くので、はい御意にございますと同心が頭を下げると、島津殿の事件は昨年の…と要人が考えると、3月3日でございますと同心が即答する。

うん、桃の節句に端午の節句…、この遠山左衛門尉の狙うた的、見事当たるか?と要人は呟き、早瀬、近う寄れ!と命じる。

翌朝 江戸の長屋ではわ〜い!と叫びながら走り回る子供たちの元気な姿があった。

そんな長屋の一軒にやって来た客の番頭は、そこに出来上がっていた等身大の木彫りの女人像を見て、良く出来てますね〜甚五郎さんと感心していた。

この調子で早くやっていただいて…、これを旦那さんが…、この間の手付け金だけでは何かとご不自由でしょうからと言って…と番頭は言い、小判の包みを置く。

いえ旦那さんもね、6日やそこらじゃ京からの旅の疲れもまだ抜け切らんだろうから無理を言っても悪いなとは申しておりましたが、何しろ御注文先の方でだいぶ急いでますんでね…と使いの番頭は恐縮そうに言い訳をする。

その話の最中、じっと人形だけを見つめていた甚五郎(大谷友右衛門)は、いや別に疲れてはいませんけど、ねえ番頭さん、私も作るからにはいい加減なものにしたくありませんしね〜と言う。

それでいけないんですか?私にはとても良いで気だと思いますがね〜と番頭が不思議がると、いやダメだ!これじゃまるっきり!と言いながら甚五郎はその場で下絵を破り捨てる。

いややっぱり お光ちゃんに見本台になってもらわないことにはどうにもなりませんよ!と甚五郎がぼやいていた時、ちょうど家の前を通りかかったお光(八千草薫)が部屋の中を覗き込む。

しかし、3日も口説いてどうにもならないなんて、そういつまでもあんた…と番頭が呆れたように笑うと、全く強情な娘で…と甚五郎も悔しそうに言うので、それを聞いていたお光は、つんとすましてそのまま通り過ぎてしまう。

それに気付いた甚五郎は、あっ!お光ちゃん!と呼びかけるが、もうお光が通り過ぎた後だったので、慌てて家を飛び出した甚五郎はお密に追いすがり、お光ちゃん、お願いしますよと声をかけるが、お光はすました顔でダメよと手を振り払い去ってしまう。

取り残された甚五郎の所に番頭も出て来て、どうもお天気屋でしてな、甚五郎さん、もうちょっと御待ちになって下さいな、きっと何とか致しますからと笑顔で話しかけて来る。

その時、長屋の住人長兵衛(柳家金語楼)が幼子を抱えて嬉しそうに外に出て来る。

後からお京(遠山幸子)と一緒に出て来た女房お松(千石規子)が、今日は手間賃のもらえる日だろう?まっすぐ帰って来ておくれよと長兵衛に言い聞かすので、分かってる、分かってるよと長兵衛は答える。

お京だってね、この年になりゃたまには着物も着たいだろうし、少しは考えてやらなきゃ可哀想だよとお松が小言を言う中、そのお京に幼子を渡した長兵衛は、分かってるよと答え、おまつから道具箱を受け取ると、おい辰っつぁん!と隣の部屋に呼びかける。

母親の肩たたきをしていた隣の職人石辰(森健二)も、入り口を開けた長兵衛から呼ばれたので、行って来るぜと母親に言い残し、仕事に出て行く。

母親は気を付けてな、怪我せんように…、人のおだてに乗らんようにな…と言い聞かせ息子の石辰を送り出す。

待たせたな!と外で待っていた長兵衛に挨拶した石辰だったが、すぐに家の中に戻り、おっ母!飯はなお釜の方を食いな、お櫃の方は少しこわ過ぎちまったんだ、俺が片付けるからなと言い外に出るが、長兵衛と会うと又家の中に戻り、何か拝んでいる母親に向い、おっ母、いつも言う事だけど、信心も良いけれど、根を詰めちゃいけねえぜ、根を詰めたりすると、きっと病気か何かになるからな、ほどほどにしてなと声をかけるので、長兵衛も顔を覗かせ、親孝行な倅を持って幸せだなあ、おめえは…と声をかけて行く。

行って来るぜ!と石辰も家を出ると、長兵衛と共に急いで仕事現場へ向かう。

橋の所まで来たとき、又石辰が家に戻ると言い出したので、さしもの長兵衛も呆れるが、そこにお京が忘れて来た弁当を持って来る。

両国では芝居小屋が建ち賑わっていたが、目明かし鬼太郎(小川虎之助)が見回っていた。

そうした中、芝居小屋の役者絵を熱心に見ていたのが甚五郎だったが、そこに三吉(谷晃)がぶつかって来て、ぼやぼやするねえ!と怒鳴って逃げる。

どうも…と詫びた甚五郎だったが、ふと気になって懐を触ると巾着袋がない。 あ、掏摸だ!と気づき三吉を追いかける甚五郎に気付いた鬼太郎も後を追う。

三吉を見失った甚五郎は、畜生と言って戻って行くが、すぐ横の路地に隠れていた三吉は、今掏った巾着袋を手に嬉しそうだった。

その手を握って、どうしなさった?と笑いかけて来たのは今去ったはずの甚五郎そっくりの男だったので、三吉は凍り付く。

あの…と三吉が言葉に詰まると、何をそんなに感心してなさるんで?と甚五郎に似た男は笑う。

巾着袋を持った右手を掴まれたままの三吉は、お見それ致しました、勘弁して下さいと詫びながら後ずさる。

その時、近づいた女が、金さん!と呼びかけ、いけない!と口を塞いだので、ああお雪姉さん(浜田百合子)!どうしたい?と甚五郎に瓜二つの金さん(大谷友右衛門-二役)は笑う。

良いですか?金さんって呼んでも…とお雪が戸惑ったように聞くので、良いも悪いもねえ、金さんに違いねえじゃないかと金さんは笑って答える。

ですけど…とお雪が口ごもるので、おう?しばらく顔見せねえとすっかり他人行儀だね、いやに冷たいねと金さんは苦笑するので、何よ、冷たいのはそっちよ、そっちですよ!とお雪の方もすねる。

ふん、人の気も知らないで!と言うので、そうですかね〜お雪姉さんと金さんが行った時、握っていた腕を引き抜いて三吉が逃げ出したので、それを追おうとした金さんだったが、あ、金さん!話があるのよ!聞いて頂戴…、ね、金さん!とお雪が手を引っ張って戻す。

背後を警戒しながら後ろ向きに逃げていた三吉は鬼太郎とぶつかってしまい、慌てて逃げ回る。

見世物小屋の中では、女が寝そべって足だけで傘を回す芸を披露していた。

その楽屋ではお光の父親久兵衛(勝本圭一郎)がお光に、悪くねえよ甚五郎さんの話、何でもさる御大名がご覧になると言うじゃないか、凄えじゃないか、お礼だってたんまりいただけるし、お礼のことはともかく、お前の人気もぐっと上がるし…、お父っつぁん、良いと思うがね〜と勧めるが、いやよ、人形の見本台なんて…とお光は拒否する。

そこに、親子喧嘩かい?と言いながら入って来たのは鬼太郎だったので、これは親分!どうもご苦労様で…と久兵衛は挨拶し、大分お疲れの様子じゃござんせんか?と聞く。

ああ…お役目でな…と鬼太郎が答えると、おら親分、嘘つき!とお光が言うので、えっ?と驚くと、今度来るときは金さん連れて来ると言ったじゃないのとお光はすねる。

すると慌てた久兵衛が、親分は忙しいんだ、つまんないこと言ってお邪魔するんじゃありませんよと叱る。

金さんかなにか知らないが、お前も年頃なんだから、その…と久兵衛は言葉尻を濁したまま立ち去る。

お光は、私、金さんのような人がお嫁にもらってくれるって言うなら何だってするんだけど…と微笑み、火付けだって泥棒だって…などと鬼太郎をからかうように言うので、おいおい物騒なこと言うんじゃないよと鬼太郎は言い返す。

だってさ、粋で強くて人情味があって、いつでも弱い者の味方で、悪い奴はビシビシやっつけてしまうし、それに男前なんでしょう?惚れるのが当たり前よとお光は憧れるように言い切る。

射的屋「だるま屋」の店頭でダルマを倒す客に愛想を振りまいていたお雪は、座敷に連れて来た金さんに、有り体に申せ!と暖簾をかき分けて聞くので、だからさ、べらぼうに忙しくて…と金さんが言い訳すると、浮気するのが…でしょう?と嫌みを返す。

何だって良いんだと金さんがはぐらかすと、どうだか?だってここん所お奉行様が直々に…とお雪が言いかけると、そいつは禁句だと金さんが指摘したのでお雪は慌てて口を押さえる。

全くの所、つまらねえ野暮用ですっかりご無沙汰を決め込んでしまったのさ…と金さんが立ち上がると、本当?とお行きは聞くので、嘘言ったって始まらねえじゃねえかと金さんは言う。

だって気になる所であったんだもの…とお雪が甘えると、気になる?あそこがかい?と金さんは不思議そうに聞き返す。

やっぱりあの子が贔負なんでしょう?とお雪が聞くので、あの子?と金さんが戸惑うと、うちの御常連さんたちもすっかり熱を上げちまっているもの…とお雪は言う。

へえ…、御常連って言えば、相変わらず来るのかい?あの男…と金さんは又上がり框に腰を下ろすので、誰?とお雪が聞くと、何とか言った浪人よと金さんがヒントを出すと、ああ主水って奴…とお雪も思い出し、良い塩梅にここんとこちっとも…、来ない方が良いわあんな奴!と吐き捨てるように言う。

やっぱりあの子の口かな?と金さんがからかうと、さあどうだか?とお雪もとぼけ、ねえ金さん、あの子に夢中になったりしたら嫌だよ…とすねながらしなだれかかって来る。

一体そのあの子ってどこのあの子なんでえ?と金さんが興味を覚えたのか聞いて来たので、人形よとお雪は当然と言うように答える。

両国の見世物小屋の中では、一座高うはござりますれど、ご高覧のほど御願い奉ります〜と久兵衛が舞台上から挨拶すると緞帳が落ち、両脇に太夫姿の娘が立った衣装箪笥のような物が現れる。

客席で見ていた西郷源九郎(小堀明男)は嬉しそうだった。

これより名人左甚五郎が彫りし人形の面持ちとござい!と久兵衛が説明すると、太夫姿の娘たちが衣装箪笥のような箱の扉を両脇から開け、箱の中に立った等身大の人形を披露する。

ご高覧相済みますれば、いよいよ息を吹き込みましてまばゆきばかりの舞をひとさし!と座主が言うと、太夫姿の娘2人が箱の扉を閉め、扇を広げて舞台の上下に引き下がる。

すると箱の扉が開き、中の人形とすり替わったお光が音曲に合わせ人形が動いているようなぎくしゃくした踊りを始める。

菓子や茶を飲みながらそのお光の動きに目を奪われる西郷。

ひとしきり舞台上で踊ったお光は箱の中に戻り、また元の人形ポーズになった所で扉が閉まる。

西郷はすっかり喜び、良か〜、良かですな!良かですな!と周囲の女客たちに同意を求めるように声を掛けるが、その時、数人の浪人が客席から出て行ったのを見て、死神!と驚いて後を追う。

見つけたぞ、三本指!と西郷が呼びかけると、黒の着流しの浪人が右手の指を隠そうとする。

舞台では、又、横になった娘が上げた両足で襖を回す曲芸が披露されていたが、突然客席で乱闘が始まったので客たちは悲鳴を上げ逃げ出す。

西郷と3人の浪人たちが斬り合っていたのだ。

それを見たお光は楽屋に逃げ込み、そこで昼寝を決め込んでいた鬼太郎に、親分、喧嘩よと声をかけて起こす。

ところが争いながら小屋の外に出た西郷は、浪人たちに向い、待った!と言いながら土下座をすると、申し訳ありません、ついうっかりしたもんじゃけん、右手と左手を間違いました、すまんことです!と謝り出す。

黙れ!衆人の中で盗賊呼ばわりをして、間違いましたですむと思うか!と黒の着流しの浪人が文句を言うと、重々申し訳ございません!西郷源九郎、この通りお詫びしますけん、な、堪忍んしておくれと西郷は頼む。

それでも、ならん!泣き言言うな!と浪人たちが言う事を聞かないので、人間ですけん、人違いすると言うのも…と少し西郷が開き直ると、しつこい!と罵倒されたので、ならどげんしても堪忍ばしてくれんとですか?と言いながら西郷は刀を持って立ち上がる。

来るか?と浪人たちが刀を構えると、ああ〜!と絶叫して斬り掛かると見せかけた西郷は、刀を振り回しながら一目散に反対方向に逃げ出したので浪人たちも追って行く。

その夜、道具箱を肩に走って帰宅する長兵衛を、ちょっと待ちねえ!と追って来て留めた石辰は、大丈夫なんだからさ、長さんと言い、いけねえよと渋る長兵衛から、良いからそれを俺に預けなと手を差し出す。

今日もらった手間賃を取ろうとしているのだった。 だって、これ持って帰らねえとな…と長兵衛は困惑するが、長さん、おめえ、それをカミさんに預けてみろ、それこそ好きなこれはおじゃんだぜと言いながら石辰は酒を飲む真似をする。

これっぽちの手間賃じゃへそくりにも何にもなりゃしないやな…と長兵衛は言うが、だからよ、俺が飲み代をこしらえてやろうってんだよと石辰は笑いかける。

そんなこと言ったっておめえ…と長兵衛がぐずると、おっと長さん、昨夜の夢を見せたかったね〜、ざっくざくだぜと石辰は言う。

ずっと丁目張りっぱなしでよ、張りっぱなしの儲けっぱなしだ!と石辰が言うので、だってそれ夢だろう?と長兵衛が突っ込むと、な〜に、夢夢疑う事なかれだ、こいつはな、ただの夢じゃないぜ、神様が教えてくれたの違いないんだよと石辰は笑う。

丁目張るとよ、な?長さん、悪いようにはしない、おめえとりあえずちびちびやっててくれないか、その間に俺はひとっ走りして、おめえいい加減稼いで…とうれしそうに話していた石辰だったが、何かを見つけて急に黙り込むと、良いから早く出せ!と急かし始める。

来たよ、任しときな!と言いながら強引に長兵衛の手間賃を取り上げた石辰は闇に消えて行く。

長兵衛が石辰が見ていた方向に目をこらすと、近づいて来たのは医者の福住玄斉(村上冬樹)だったので、やり過ごして飲み屋に入ろうとした所、長兵衛さん!とその玄斉が呼びかけて来たので、先生、長屋に急病人でも出たんですか?と話しかける。

いやいや、ここにいたのは石辰さんじゃありませんか?と玄斉が聞いて来たので、ええ、その…と長兵衛が言葉に詰まると、借りるときのえびす顔、返すときの閻魔顔…と玄斉が言うので、えっ?と戸惑うと、…では困りますな…と謎めいた言葉を言い残し玄斉は立ち去ろうとする。

その時、大公!やい!大!と伝兵衛(如月寛多)が大きな声で呼んだので、何だよ?と、お京と外で立ち話をしていた大助(井上大助)が答えると、分かってるじゃねえよ、何してるんだ?と伝兵衛が言うと、お父っつぁん、名前を倹約して呼んだって洒落にもなんないぜと大助が言い返すと、何を抜かしやがるんだ、小生意気なことばかり抜かしやがって!ええ?遊んでねえで、店でも手伝いな!7つや8つのガキじゃねえんだぞ!と伝兵衛が叱ると、そうさ、ガキと違って色々悩みがあってさ…と大助がお京を見ながら言うので、馬鹿野郎、何が悩みだ…と伝兵衛は憮然とする。

つまらねえことばかり言ってやがって、いい加減にしねえと承知しねえぞ!と伝兵衛が怒ると、大助はぺろりと舌を出し、じゃあお京ちゃん、又明日ね!さよなら!と言ってげんまんをして別れる。

さようなら〜と大助を見送るお京は満面の笑顔だった。

石辰の家に来ていた玄斉は、仏壇を拝んでばかりの母親に、この玄斉は医者が本業、金貸しではありませんよ、ご近所の手前、お困りになっているのを見かねて融通して差し上げたんですからな、それはお貸しした以上返してもらうのは当然のこと…と一方的に話しかけながら上がり込み、時には催促も致します!しかし、手前を見て逃げることはないでしょう!逃げるなどとは!と大声を張り上げるが、母親の読経はそれ以上にうるさくなる。

おりゃ〜!俺は逃げた…と飲み屋で長兵衛に昼間の出来事を話していたのは西郷だった。

真っ昼間からよ、そらいけねえや…、敵に後ろを見せるなんて男の恥だよ…と長兵衛もすっかり酩酊していたので、良く事情も分からないまま西郷の話し相手になっていた。

でも逃げると言うのも立派な兵法じゃけん…と西郷が言い返すと、兵法か何か知らねえが、だらしがないよ男のくせに…、私は嫌だね…などと無責任なことを言う長兵衛。

その会話を聞きながら石臼を回していた店の主人伝兵衛は、だって相手が3人もいたんじゃしょうがないよと口を挟む。

店の外では、赤ん坊をおんぶしたお京が、けちけちしねえでじゃんじゃん持って来ねえ!と大きなことを言っている長兵衛の声を哀しげに聞いていた。

そこにやって来たのが甚五郎で、坊や、おとなしいねとお京が背負っていた赤ん坊をなでて店の中に入って来る。

何だ、甚五郎さんじゃねえかと気付いた長兵衛はこっちへ、こっち来ねえへと誘う。

すると、急にああ~!と奇声を発した西郷は、おいは帰ると言い出し店を出て行く。 それを笑って見送った長兵衛は、どうだい長屋?いや住み心地はさ…と甚五郎に聞く。

へえ、やっと落ち着きましたと甚五郎は答える。

住めば都だ…と長兵衛が言っていると、大助がお代わりですか?と言いながら升酒を持って来たので、長兵衛がそれを受け取って、飲み終えた升を返す。

甚五郎は大助に、2杯、とりあえずこっちの方は明日払いなと指で○を作って頼むと、大助はあっさり借りですねと答える。

すると大ちゃん、大ちゃん、俺のと一緒にしとくと良いよと長兵衛が言い出したので大助も甚五郎も驚く。

とんでもねえと甚五郎は恐縮するが、良いってことよ、どうせおめえ長い付き合いだ、遠慮することはねえと長兵衛は大きいこと言うで、無理しない方が良いぜ、おじさんと大助が横から口を出して来る。

すると長兵衛は、何をべらぼうめ!俺を誰だと思ってやがるんでえ!左官屋の長兵衛様だぞと長兵衛が威張って来たので大助は引っ込む。

御大名屋敷のな、御金蔵作らせたら日本一の長兵衛だ!それに甚五郎さんも日本一の人形師だって言うじゃないかと長兵衛が褒めたので、いやそいつは私じゃない、昔の左甚五郎先生のことですよと甚五郎は苦笑する。

そこにやって来たのは石辰だったので、来たよ、ザクザクだ!おい、1杯行こう!と長兵衛は持っていた升酒をふるまおうとし、おい、後2つ頼むよと大助に注文するが、真っ青な顔の石辰はすまねえな…と言いながら升を受け取る。

すまねえなんて、俺の方がよっぽどすまねえや、え?持つべき物は友達だな、で、ザクザク…と聞くと、いやそれがよ、あの元手で20両!と石辰が言うので、えっ!20両!と長兵衛は驚き、おいオヤジ!とさらに注文しようとするのでそれを必死に留めた石辰は、それでどうしたんだい?と興奮気味に聞く長兵衛に、敵に後ろを見せるのは男の恥だ、そうじゃねえか?長さん!と聞いて来る。

そうそう…と長兵衛が頷くと、男らしくねえや、そうだろう長さん!これが男の見せ所と、ぽん!と張った!と石辰は芝居毛たっぷりに言う。

20両全部?と長兵衛が聞くと、江戸っ子よと石辰は答える。

それで?と聞くと、お終えだ…と石辰が言った所に、へい!お待ちどうさま!と大助が2杯升酒を持って来る。

急に真顔になった長兵衛は大助が持った升酒を指し、これは一体どうなるの?と聞くと、石辰は黙り込んでしまう。

翌朝、家の中で何妙法蓮華経!とうるさく読経している母親おとくの声で目を覚ました石辰は、隣の長兵衛の家から聞こえて来るお松の怒鳴り声に気付く。

お前さん!何をやってるんだよ!ここん所、振る仕事もありゃしないじゃないか!と、赤ん坊を背負って内職をしているお京も含め8人の子供と朝飯を食っていた長兵衛にお松は癇癪を起こしていた。

子供たちを日干しにしても構わないのかい!たった2両に騙されて、バカだよ! でもな、男って物はね…と長兵衛が言い訳しようとすると、何が男だい!え!お前さんみたいのをね、お人好しのバカって言うんだよ!とお松の言葉に容赦はなかった。

辰さんが博打通いのキ○ガイだってのを知らない訳はないだろう! その辰さんに博打の元手を貸すなんて!あんまり間が抜けるのも程があるよ! 何やってんだよ!どうするんだい!と叫ぶお松の声が聞こえていた石辰の母親おとくは、長兵衛さんの所で又夫婦喧嘩やってるよ、止めておやり!辰や、行っておやり、昨夜もやったばかりじゃなかったかい?と石辰に声をかけて来るが、喧嘩の原因が自分だと分かっている石辰は立つことが出来なかった。

何でああ喧嘩するんかね?信心が足りないからだよなどと事情を知らないおとくが隣の悪口を言うので、ますます石辰は立つ瀬がなくなる。

辰や、早く行っておやり!と急かすおとくにただ頷く石辰。

こんなことをしてたらね、貧乏の底をついちまって、それこそ良くあるようにお京を吉原に売るようなハメになっちまうよ!とお松から叱られた長兵衛が痩せても枯れても左官屋だよと言い訳している所にやって来た石辰がお松さんと呼びかけると、辰さん!お前さんのおっ母さんに楽をさせようと思って博打をやるのは勝手だよ、だけど何もうちの宿六からまでも博打の元手を取り上げることはないだろう!とお松から逆に文句を言われたので、すまねえ…と小声で詫びるしかなかった。

すると、お松!いい加減にしねえか!と長兵衛が怒り出したので、お前さんは黙っときな!と叱ったお松は、辰さん、お前さんがうちの宿六を丸め込んで金を借りたのは1度や2度じゃないんだからね!とさらに辰を責める。

おい、いい加減にしろ!と再び口を挟んだ長兵衛は、恐縮する辰に、まあ良いさ、心配するな!長兵衛は男だよ、江戸っ子だ!人に頼まれたらな、カカアを質に入れようと娘を叩き売ろうとな、いやとは金輪際言わないんだから、おい心配するな、そんなはした金!と見栄を張ったので、お前さん!何だって!とお松が逆上し、ちゃぶ台の皿を長兵衛に投げつけ始めたので辰は慌てて止める。

そんな騒動から赤ん坊を背負ったまま抜け出したお京は寂しげに橋の所まで来る。

そこに近づいて来た大助が、どうしたんだい?叱られたのかい?どうしたのさ?と声をかけると、お父ちゃんとお母ちゃんが…と言うので、又やってんのか…と大助は察して同情する。

大ちゃん、吉原って所知ってる?とお京が聞くと、吉原!と大助は驚く。

その頃、人形屋の主人幸右衛門(市川小文治)を屋敷に呼んで、見本の人形を吟味した御用人が、この度の人形がもし殿のお眼鏡にかなえば、ひな祭りや端午の節句の人形はそちの店に注文致すよう必ず取りはからう故、何分宜しくなと話していた。

それを聞いた幸右衛門は喜び、ほんなら川開きの日までにお作りしましたらよろしおますな?と確認すると、さよう、川開きの日までに見聞が出来るようになと用人は頼む。 へえ畏まりました、人形屋幸右衛門、お引き受けしますでございますと幸右衛門は笑顔で引き受ける。

ある日、又お光目当てに見世物小屋にやって来た西郷は、例の3人組の浪人たちを入り口付近で見かけたので、慌てて逃げようとして別の浪人にぶつかり、無礼者!と怒鳴られたので、申し訳ごわせんと詫びるが、良く見るとその怒鳴った浪人の左手が3本指だと気づく。

その時、前に人違いした浪人たち3人が西郷に気付き刀に手をかけて迫って来たので、邪魔ばせんといてくれ、おいどんが探し取ったのはあの男だけんと西郷は指を指す。

しかし黒の着流し浪人は、やかましい!そんなことは知っちゃいねえ!昨日のカタをつけるまでよと言い切りかかって来たので、やむなく刀を抜いた西郷は3人は無視して、目指す塔の沢主水(芝田信)に斬り掛かって行く。

おまはん逃げんのか!と驚きながらも西郷は目指す宿敵と邪魔な浪人3人相手に孤軍奮闘し始めるが、そこに現れた金さんが、お侍さん加勢しますぜと名乗り出ると、ありがたい!と西郷も喜ぶ。

2人の浪人相手に素手で相手をし出した金さんは、皆さんなかなか腕がお立ちになりますねえと皮肉を言う。

その間に西郷は主水と戦っていたので、見世物小屋の回りは大騒ぎになる。

町中に逃げ込んだ主水を追っていた西郷は途中で相手を見失ってしまう。

そんな西郷とすれ違った玄斎は、おや西郷さんじゃないですかと声をかけ、西郷の方もおお!玄斎殿か…と気付く。

どうなさいました?と玄斎が聞くと、犯人ば見失うてしもうたばいと西郷が言うので、犯人?犯人と申しますと?と玄斎が問いかける。

うん、御金蔵ば破ったくせ者じゃと西郷が答えたので、ほお御金蔵…と玄斎は興味深そうに言うので、島津家の御用金ば盗みよった犯人じゃと西郷は明かし、ご免と言って先を急ぐ。

その話を聞いていた主水が隠れていたのは馴染みの射的屋「だるま屋」の障子の影だった。

お光が化粧を落していた小屋の楽屋にやって来た甚五郎は、これはつまらないものですが…とお光の父親の久兵衛に手みやげを渡す。

しかしお光は、お父っつぁん、いくらそんな物をもらっても嫌な物は嫌なんだからと素っ気ないことを言うにで、お光、何もせっかくの…と父親は言い返そうとするが、ダメよ!とお光が意固地なので、だけどお前…、こりゃ悪い話じゃねえよと久兵衛は言う。

するとお光は、お父っつぁんはお礼がたくさんもらえさえすれば娘の気持なんかどうだって構わないのね?とすねるので、そんなお前…と久兵衛は困惑する。

別に私ゃ…、ただお前の人気が…、第一人形の見本台になるのがどうしてそんなに?と久兵衛が聞くと、いやよとお光は言うだけ。

そこにやって来たのが目明かしの鬼太郎で、どうしたい?お光ちゃんと聞くので、しつこいのよ、この人が…とお光は甚五郎のことを教える。

それを聞いた鬼太郎は、おい、どこのどいつだい?と言いながら甚五郎に近づいて来る。

おいこら!え?お光ちゃんは忙しいんだ!と言いながら甚五郎の襟首を掴んで顔を振り向かせた鬼太郎は、あっ、金さん!と仰天する。

そして、へへ…、これは…と狼狽しながら後ずさった鬼太郎は急にその場に土下座をし始めたので、親分、何なの?と訳が分からないお光が聞く。

鬼太郎は焦り、何言ってる、実はな…とお光に耳打ちをするが、その間甚五郎も何が何だか分からないでいた。

ええ!この人が!本当に?と驚いたお光は振り返り、あら私、どうしましょうと恥じらい始める。

そして、お父っつぁん何してるのよ!と叱るが、父親の久兵衛もことの次第が全く分からず、甚五郎も、急に鬼太郎が土下座をして来たので、親分!と戸惑うばかり。

これいただきますわと急に甚五郎の手みやげを受け取ったお光は、ちっとも知らなかったんですもの…、あの…、お人形のお仕事、私、今夜からでも構わないんですと言い出したので、ええ!そりゃ…と甚五郎は驚くやら喜ぶやら。

良いんです、どんなことでも、お礼なんかいりませんわなどとお光が笑顔で言い始めたので、おいお前…、そんな…、お礼は…、そんなバカなこと…と久兵衛は戸惑う。

ううん、良いのよ〜とすっかり豹変したお光は答える。

早速その夜から人形のモデルとして甚五郎の家にやって来たお光だが、ポーズ中、金さんとか甚五郎さんと嬉しそうに呼びかけても、下描きに夢中の甚五郎は、うるさい!と叱って来る。

しかし、すぐに自分の態度に気付いた甚五郎は、あ、すみません…、つい仕事に身が入っていた物ですから…と詫び、何です?と聞くと、お光も何でもないんです…と恥ずかしそうに答える。

ただ、ぎっちょだったから…とお光が言うので、えっ?私が?…、左ぎっちょで名前が甚五郎、だから左甚五郎でさあと甚五郎が答えると、まあ!とお持ちはおかしそうに笑い、釣られて甚五郎も笑い出す。

そこに、ごめん…と声をかけ入って来たのは西郷だったので、あ、源九郎さん、何か御用ですか?と甚五郎が聞くと、は、お光ちゃん、おはんが…と言うので、私に用があるの?とお光が聞くと、いや…、用事は甚五郎さんにじゃが…と西郷は言う。

え、私に?と甚五郎が驚くと、は、お礼ば言いに来ましたと西郷が頭を下げて来たので、お礼を?と甚五郎は戸惑う。

あん時加勢をしてもらわんかったら、おいどんの命はなかですたい、なんちゅうてお礼を言うたら良いか…と西郷が深々と頭を下げて言うので、又喧嘩したの?とお光が聞く。

西郷が、いや、喧嘩じゃなかですたいと言うので、じゃあ今度こそ仇が見つかったのね?仇討ちをしたのね?とお光が察すると、仇討ち?おいどんは別に…と今度は西郷の方が首を傾げる。

仇を捜してたんでしょう?とお光が聞くので、いや仇じゃなかですたいと西郷が明かすと、あら源九郎さん、仇を捜してたんじゃなかったの?とお光は意外そうに聞く。

仇とは違うですたい、おいどんはその…と西郷が口ごもるので、そうだったの?な〜んだ…とお光はがっかりした様子で、金さん、いや甚五郎さん、そろそろお仕事をしないと…と勧める。

何か考え事をしていた甚五郎は、え?ああ…と気を取り直し仕事を再会する。

それでも入り口に西郷がまだ立っているので、源九郎さん、仕事の邪魔よとお光が注意するので、いや、おいどんは…と西郷は何か言いたげだったが、お光が重ねて邪魔よと言うので、ご免…と言って、お光に名残惜しそうに帰って行く。

翌日、長屋の橋の所に駆けて来たお光を追って来た西郷は、おいどんも出掛けるけん一緒に行きましょうと誘うが、私ちょっと用があるのよとお光は素っ気なく答えさっさと1人で行ってしまう。

え?お光ちゃん!と西郷は橋の上に取り残される。

その後、その橋の所にやって来た長兵衛を追って来たお松は、お前さん、お金を借りたらね、すぐ帰って来るんだよと言いつけ、分かってらい!と長兵衛は振り向きもせず答えるので、飲むんじゃないよ!とお松はその背中に呼びかける。

その後、橋の所に来た石辰を追って来たお京は、おじさん!おじさんの所のおばさん、ひっくり返ったわよと教えたので、ええ!又か!と驚いた辰は慌てて家に帰る。

辰の家では、甚五郎さん、またて○かんだよ!とお松が引きつけを起こして倒れているおとくを仰いでやりながら言っていた。

騒ぎで駆けつけた甚五郎が又ですかい?と呆れている所に辰が戻って来たので、辰さん、大変だよとお松が言うと、いきなり仏壇の前に座って太鼓を持ったので、医者は?と甚五郎が聞くと、医者?医者なんかいらないんだ、おっ母にはこれが一番効くんだなどと辰は言い、銭ばかり取りやがってよ〜と念仏の口調で玄斉の悪口を言い始める。

薬草を砕いていた玄斉は、金の無心に来た長兵衛を前にし、他ならない長兵衛さんのことですから、ご用立てしないとは申しませんが…と言うんで、先生、あっしは大丈夫ですよ、そんな…、借りるときのえびす顔、返すときの閻魔顔なんて、決してそんなことはしやしませんと、長兵衛は縁側に腰掛けて話しかける。

しかし長兵衛さんの仕事は言わば特殊な物ですからな、大体御大名屋敷や金持ちの御金蔵、抜け道とか言うものがそうのべつ作られる訳ではないでしょうし、仕事がないとなると…と玄斉がのらりくらりと嫌みを言うので、いえ、その仕事ってのが近いうちにあることになってやして…、何しろそれまでの喰いつなぎって奴で…と長兵衛が打ち明けると、ほお、その仕事と言うのはやはり御大名の…と玄斉は聞く。

へえ実は紀州様の…と長兵衛が明かすと、紀州様?間違いなく?いや、確かなのでございましょうね?と玄斉は念を押して来る。

ええ、そりゃ確かに…、ええ多分…と長兵衛が言いよどんだのを見た玄斉は笑い出し、どちらさんです?と聞く。

いえ、ですから、その〜…、多分…と長兵衛がはっきりしたことを言わないので、それじゃあ長兵衛さん、別にどうこうと言う訳の物でもないが、念のために娘さんのお京ちゃんの名を一筆入れておいてもらうことにしましょうか?と玄斉が言い出したので、長兵衛の顔が一瞬にして曇り、お京?と問いかける。

5両の小判を前に、塔ノ沢主水が分かったな?と念を押すと、任しとけ、見つけ次第叩き斬ってやる!薩摩の田舎侍くらい雑作はない!と例の3人組の浪人が答える。

その頃西郷は憂さを晴らすように「だるま屋」で、小さな鞠を飾ってあるダルマにやけくそに投げつけていた。

それをお雪らはおかしそうに笑って見ていた。

その後「だるま屋」にやって来た鬼太郎は、金さんはな、ちょいとここには来ないかもしれねえぜとお雪に教えていた。

あら、どうしてさ?とお雪が聞くと、あの子にすっかり熱上げちまっているんだと鬼太郎はからかうように言う。

あの子って?とお雪が怖い顔で聞くと、笑いながら後ろにジャンプした鬼太郎は、酷いのぼせ方よ、何でも相当しつこく口説いたらしいや…ともったいをつけるので、本当かい、親分!とお雪は後ろを向いていた鬼太郎のを無理矢理振り向かせ、どこの女さ!と鬼の形相で問いつめる。

お光ちゃんよと鬼太郎が教えると、まあ、やっぱり!と怒ったお雪は、鬼太郎を突き飛ばして睨みつける。

あっけにとられた鬼太郎が、そ、そうなんだよ、お光ちゃんの人形まで作り始めてよ…と言うと、え?人形とお雪は驚く。

お光ちゃんそっくりの人形を作るんだって、せっせと彫ってやがらあ、酔狂なもんよ、名前まで甚五郎と変えてな…、きっと左甚五郎を気取っているんだと鬼太郎が教えると、何だ、担ぐんじゃないよ親分…とお雪は呆れて笑い出したので、担いだりしねえよ、本当だぜと鬼太郎は嬉しそうに告げ口をする。

しかしお雪は、何言ってるのさ、甚五郎は甚五郎、金さんは金さん、別な人だよと愉快そうに教えるので、えっ!と鬼太郎は驚く。

夜、金さんが塀の影からのぞく中、知っていて何故出歩くのだ?と言う話声が聞こえて来る。

たった1人の田舎侍に狙われたくらいで穴蔵に閉じこもったきりの暮らしをさせられちゃ可哀想と言うもんだと、もう1つの影が答えると、御主の身体は御主1人の物ではない、わがままから動詞に迷惑が係ったらどうするのだ!と相手は責める。

そうびくびくすることはない…と塔ノ沢主水が言うと、自嘲すべきだ、上手の手より水が漏れる例えもある、島津と水戸の御用金だけではまだ目的の額には達していないのだと相手は言う。

軽はずみは真似をして、もし躓いてでもみろ、今までの苦心は水の泡だぞ…と相手は主水の肩を叩いて言い聞かす。

大塩先生を始め、同士の方々に申し訳立たん!と相手が言うと、分かってる、おれが撒いた種はおれが刈ると主水は言う。

西郷源九郎とか言う田舎侍1人くらいにびくついていて何が出来るんだ!始末はちゃんと俺が付けてやる!迷惑なんぞかけやしねえと言い捨て、主水はその場から立ち去る。

その一部始終を聞いていた金さんが目撃した、立ち去る主水を見送る相手とは福住玄斎だった。
 


 

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