白夜館

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花のヒロイン 

 

 

 

幻想館

 

忍術罷り通る

団地を舞台にしたグランドホテル形式映画と言うか、いくつかのエピソードが絡み合ったオムニバススタイルになっている。

12月9日公開「国際秘密警察 火薬の樽」の併映作だったようだが、キャスティングなどを見ると正直どちらがメインか分からない。

「国際秘密警察」シリーズの主役三橋達也さんはこちらの作品にも出ており、同じようなキャラ設定になっているのがご愛嬌。

三橋さん演じるキャラが女たらしの和製ジェームズ・ボンドみたいな人物と言う設定を知っているとより楽しめる仕掛けになっている。

主演や監督のキャリアやネームバリューからすると、こちらの方がメインだった可能性もあるがメインにしてはオムニバスなので個々のエピソードは他愛無く、全体のインパクトも弱いように思う。

内容的には軽い艶笑譚的なエピソードがほとんどで、60年代の作品だし東宝作品だけに露骨な表現などないが、ネグリジェ姿の司葉子さんや浜美枝さんの姿を見られる楽しみもある。

加東大介さんのエピソードだけはサラリーマンの悲哀のようなペーソス物になっており、これが全体をまとめる共通テーマと言うか、当時の東宝プログラムピクチャーで良くあった「女性に虐げられた男の自虐」とでも言うべきブラックユーモアになっている。

同時にこの当時は、スーツ姿で帰って来ても家では男は着物に着替える風習がまだ残っていたりと、この頃の庶民の生活、特に団地族の暮らしを知るおもしろさがある。

薬局へ行けば王選手のリポビタンDの広告が置いてあったり、0系新幹線が走っていたり、コインランドリーが登場していたりと…当時の流行や時代背景もおもしろい。

9月と言う設定と言うこともあるのか、ここに登場しているサラリーマンたちは全員明るいうちに帰宅しており、当時は残業と言う物がなかったのか?と想像したりする。

たまたま若い頃の作品を見る機会が多く、この当時の作品を見慣れないせいかもしれないが、第2話に登場する団令子さんはちょっといつもの雰囲気とは違っているような気がする。

キートンさんの奥さん役で登場する千石規子さんなども若々しく、赤ん坊を抱いている姿は「怪獣大戦争」(1965)でレディガードの音に文句を言っていた下宿のおばさん役の千石さんとダブる。

千石さんの怖い奥さん役は絶品。

年の離れた益田喜頓さんと浜美枝さんがパパと愛人関係と言うのは、高島忠夫さんも出ていた同年のミュージカル「君も出世ができる」(1964)でもあったような気がする。

第4話に出て来る、夫が大事にしていた趣味の品物を無関心な妻が売ってしまうと言うのは、今のフュギュアなどにオタク趣味に通じる話のように感じる。

マリ子ちゃんを演じている上原ゆかりちゃんは、明治製菓のCMに出て「マーブルちゃん」と呼ばれていた人気子役。

この映画では前歯が抜けているので、歯が抜け替わる年頃だったと言うことだろう。

第5話に登場している児玉清さんの力の抜けたユーモラスな演技も見物。

第6話に夫婦役で登場している三橋達也、八千草薫コンビは「ガス人間第一号」(1960)でのコンビ。

「国際秘密警察」の主人公を連想させる女たらしの三橋さんと草笛光子さんがエレベーター内に閉じ込められたのを回りがあれこれ妄想して騒動になると言う短い艶笑譚になっている。

エレベーターに閉じ込められるサスペンス自体はそう珍しいアイデアではないが、この作品での展開は一番リアルなような気がする。

まだお若かったとは言え、走っている八千草さんや、自転車に乗っている八千草さん、八千草さんの濃厚なキスシーンなどは珍しいような気がする。

第1話には桜井浩子さんも出ているが、TVの「ウルトラQ」が始まるのは1966年だから、その2年前だったと言うことだ。

東宝がそろそろ製作から手を引き出す直前と言った時期だったのではないか。

ちなみに劇中で東京タワーがメトロノームのように左右に揺れたり、団地の窓の明かりが1つずつ消えて行ったりする表現は、写真を使ったシンプルな合成であるが、意外と巧く行っているのが驚き。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1964年、宝塚映画、長瀬喜伴脚本、千葉泰樹+筧正典監督作品。

団地の空撮を背景にタイトル キャスト、スタッフロール

見たまえ諸君!この白亜のアパート群を…

この素晴らしき類型の美しさを…

これこそ現代の城だ…

我々ホワイトカラー族が…、いや日本人の大半を占めるミドルクラス3000万の人間が憧れ夢に見る現代の城だ…

この砦の一画に入居を許されるのは厳重な資格審査を経た上に、藁の山から1本の針を拾い出すような抽選と言う大難関を突破したものだけである。

言うなれば、狭き門をくぐり抜けたエリート、選ばれた者たちである。

我々は誇りを持たねばならぬ。

日本人が長い間、木と紙の家屋に住んで来たが、しかし現代の生活の中で居住形式だけがいつまでもその古い習慣の中にあって良いものであろうか?

この鉄とコンクリートの集団住居こそ、日本人の現代居住形式でなければならん。

生物は環境によって変化する。

日本人の新しい人間像はこの新しい生活形式の中から育ちつつあるのだ(と小林桂樹の独白)

「黄金ヶ丘団地前」停留所にバスが停車する。

そこから降り立った客の中に1人のサラリーマンがいた。

僕の名前は中村太郎(小林桂樹)、僕も昨日からこの新しい日本人に仲間入りできた男です。(と独白)

エレベーターで3階に上がって来た太郎は、部屋のブザーを押すと、覗き窓から女の目が覗いたので、僕だよ、僕…と声をかける。

しかしドアが開かないので、あ、違った!313だった!と部屋を間違えたことに気付き、頭を掻きながら隣りの部屋に向かうと、又ブザーを押す。

するとメガネの女性が覗き窓から覗いたので、あ、すみません、間違えたようですと又太郎は詫びるが、まてよ…、確か12号棟310…、いや3号棟だったかな~と太郎は迷い始める。

「黄金ヶ丘団地 管理事務所」にやって来た太郎は、名簿を調べ始めたベテラン職員(沢村いき雄)から、入居したときは良くあるんですよ、あなたのようにど忘れなさる方が…と言われる。

中村、中村…、名前から棟を調べるのは面倒なんですよ、何しろ5000世帯からの数ですからなと文句を言いながらも、職員は台帳を調べてくれるので、お手数かけて申し訳ありません…と太郎は恐縮する。

お子様の迷子札にも名前より番号入れてもらっていますと職員は言うので、ああさいですか…と太郎は頷く。

その時、ありました、手帳の端にでも書かれていた方が…と良いながら、中村五郎さん…と読み上げたので、いや僕は太郎ですと訂正すると、良夫…、健一…、多いですな、中村と言う姓は…と職員がぼやきながら台帳を又調べ始めると、あ、ありました!ともう1人の若い職員(井上大助)が声を挙げ、中村太郎さん、昭和39年4月29日生まれ…と読み上げ、天長節(昭和天皇の誕生日)にお生まれなんですね?16棟の312ですと言うので、僕は大正15年生まれなんですが?と太郎は困ったように指摘する。

えっ?と若い職員は驚き、そりゃ君、赤ちゃんじゃないか!とベテランの方が指摘する。 あ、そうか!そうですね?と若い職員が頭を掻くと、それに僕天長節には全く関係ないんですと太郎も指摘する。

14号棟、14-312はインケツかな?名前より番号だ、俺自身新しい人間像に作り替えなければならん、インケツの中村太郎だ!と太郎はようやく判明した自分の棟を前に誓う。

14号棟を背景に「第1話虚栄の罪」のテロップが重なる。 3階に上がり312号室の番号を手帳で確認しながらブザーを押すと、妻の顔が覗き窓から覗いたので、僕だよと声をかけると、扉のロックが開き、おかえりなさい!と妻の花子(司葉子)が出迎えてくれたので、ただいまと言いながら太郎は部屋の中に入る。

へえ、すっかり整理付いたねと部屋の中を見回しながら感心すると、お兄さん、お帰りなさいと義理妹の雪子(桜井浩子)も挨拶して来る。

よう、ご苦労さん!と太郎がねぎらうと、じゃあ姉さん、私…と言いながら雪子が帰ろうとするので、どうもありがとうと花子も礼を言う。

お兄さん、さいうなら!と雪子が声をかけて来たので、なんだ、帰るの?と太郎は驚く。

ええと言うので。お帰りなさい、さようならは早すぎるな、食事でもして行けば?と太郎が誘うと、雪ちゃんお友達と約束があるんですって… 別にそんなの、電話して断っても良いんだけど…と雪子が言うので、そんなら電話して断れば?と太郎が勧めると、悪いわよ、お友達に…と花子は太郎の肩に手を乗せて止め、お父さん、お母さんに宜しくねと雪子に笑いかける。

それを見た雪子はお邪魔らしいから帰るわと言って帰って行く。 気を付けてね!と笑顔で見送る花子に対し、太郎の方は呆れていた。

ドアを出た雪子は散々人をこき使っといてバカにしてるわ…と心で呟き、閉めたドアに向かってアカンベエをする。

着替えをしながら、悪かったじゃないか雪ちゃんに…と太郎が気兼ねすると、構わないわよ、昨夜はともかくもう用なし、あの子鈍感だから甘い顔してたらもう1番泊まられちゃうわと花子は答える。

でもさ~…と太郎が気にすると、良いのよと花子は受け流す。

こっちが寝室か…と太郎は別室を覗く。

そうしたの、昨夜は雪子に泊まられたし、今夜が実質的な第一夜よと花子は意味有りげに言う。 それに気付いた太郎は照れ笑いを浮かべる。

ああ、まだお風呂涌かしていなかったの、付けましょうか、ガス?と花子が言うので、良いよ、風呂は寝しなで、それより腹減ったよ…と言いながら太郎がテーブルの前に座る。

すぐ支度するわ、お茶でも飲んでてと花子は言い、腕まくりをしてキッチンへ向かう。

1日忙しかったのよと花子は言い訳し、やたらとセールスや御用聞きが来て、自動車、化粧品、電気製品、証券会社、保険会社、ピアノに応接セット、そのセールスの仕方がね、お隣でもお買い上げいただきました、何号室の何々さんは1口お入りくださいましたって…と卵を溶きながら話すと、競争意識を誘導しているんだ、セールスの方法とち手は初歩的だなと太郎は論評する。

本当と花子が言うと、団地マダムは虚栄心の塊だと言うマスコミがでっち上げた伝説に踊らされているんだと太郎は言う。

そうね、でも虚栄心の強い人っているわと花子が言うので、それはいるだろうけどと太郎が答えると、お隣の奥さん…と花子が小声で言って来たので、挨拶に行ったのか?と太郎は聞く。 そしたら早速偵察に来たわと花子は言う。

偵察?と太郎が聞くと、偵察よ、どんな家具調度品があるか探りに来たのよと花子が言うので、まさか…と太郎は一笑に付そうとするが、奥様、TVはここのコーナーにお置きになる方が、ミシンがここ、箪笥はここになさった方が…、この団地の造りとしてはこう云う配置の方が専門家のデザイナーの意見ですと一番効果的ですって、それからサイドボードがございませんから良いとして、ピアノも考えなくてすみますわね…、結構ですわ、白壁の部分が大分残ってますけど…と花子はお隣の夫人の物真似をしてみせる。

それを聞いていた太郎は、冗談じゃないよ、一昨日まで6畳一間に間借りしてたんだ2DKの壁が埋まるほど所帯道具があったら俺はどこに寝てたんだい?とぼやく。 本当よと花子も言うと、まあ良いさ、隣りは隣りだよと太郎は言って新聞を手に取ると、どこからともなくピアノの音が聞こえて来る。

下手なピアノだな~と太郎が呆れると、バルコニー閉めると良いわと花子が言う。

言われた通り、太郎が窓を閉めてみると音が聞こえなくなったので、ほお~と感心する。

外の音は全然聞こえないわと花子が言うと、前は酷かったな~、隣りの凸助めと太郎は昔を思い出しながら苦笑する。

新聞を広げると回想シーンへ

(回想)6畳一間に2人で住んでいた時、隣りのいびきが聞こえて来る。

太郎がジェスチャーで天井の電気を花子に消させ、太郎が花子を抱いてキスをすると、隣りの部屋で狸寝入りをしていた男(小川安三)はムクリと起き上がり、隣りとの襖に近づいて聞き耳を立て始める。

しかし、襖はただ小さな金具で開かないように閉じられていただけだったので、その金具が外れ、隣りの男は襖ごと太郎たちの部屋に折れ込んで来る。

慌てて布団から逃げ出し電灯をつけた太郎は、何だ、君は!と怒鳴りつけるが、男は、寝ぼけました、どうもすみませんと詫びる。

(回想明け)そのことを思い出し大笑いした太郎は、もうここだったら、どんな声出したって…と満足そうに言うと、あら?私声なんか出さないわと花子が恥じるように言うので、そうかしら?と太郎はからかう。 それを聞いた花子は、憎らしい、う~ん!と甘えた声を出す。

そんな花子を笑った太郎は、突然大きな叫び声を出し始め、突然隣り311号の部屋のブザーを押しに行き、今しがた何か叫び声が聞こえませんでしたか?と聞くと、いえ何にも…と隣りの奥さんが言うので、そうですか、申し遅れました、私、今度隣の312に入った中村です、どうぞ宜しくと挨拶する。

さらに反対隣りの3103号室のブザーも押し、今なんんか叫び声が聞こえませんでしたか?と新聞受けから聞く。

覗き窓から見えた主婦が首を横に振ったので、申し遅れました、私隣りの312に今度入居した中村です、今日は又色々お世話になりましたそうで?と言うと、ドアが開き、どう致しまして、こちらこそどうぞ宜しくと隣りの主婦が挨拶して来る。

その後、部屋に戻って来て、夜パジャマ姿になった太郎、寝床で車輪踏みをし、うぉ~!と奇声を発する。

ウ~ワンワン!コケコッコ~!メ~!など動物の泣きまねまでするので、風呂上がりでネグリジェ姿になった花子はおかしそうに笑いながら、もう分かったわよと言うので、今夜から誰にも気兼ねがない、ざまあ見ろ、あのデブ助め!と又昔の隣人のことを言う。

でも本当に白い壁目立つわよね~と部屋を見渡しながら花子が言うと、良いじゃないか白い壁は清潔で良いと太郎は言う。

やっぱりベッド買いましょうよ、ダブルの…と花子が甘えると、ダブルベッドか…、う~ん…と太郎は考える。

ここにデンと置いたら白い壁も塞がるしと花子は夢見るように言うので、良し、今度の月給はまずベッドだ!と太郎は言い、花子を抱気寄せ手布団に押し倒したので、ダメよ、頭直してからと花子はすねるが、頭なんてどうだって良いと言い太郎は強引にキスをする。

給料日が来て、太郎も月給を受け取る。

席に戻ってダブルベッドのパンフレットを出し電話ししようとした太郎だったが、隣りの女性社員が覗き込んで来たので、外の公衆電話から電話をすることにする。

もしもし、こちら14の312…、いや中村ですが、主任さんを呼んでくれたまえ、主任さんと電話する。

相手が出ると、中村ですよ、ほらこの間色々研究させてもらった…、いよいよ買わせてもらいますよ、ええもちろん月賦で…、型はAの2型…、特にスプリングの具合の良いのをね、今日中に届けてもらいたいんだがと太郎は頼むが、明日と言われる。

困るな~、今夜の役に立てたいんだが…と太郎が困惑すると、そう、間違いなく今夜中に…、住所はね、黄金ヶ丘団地と伝えるが、小金があるじゃない、黄金ヶ丘団地!団地ですよ、団地!と太郎は念を押す。

かくして「このタッチ このムード 桃色の夢を生む 愛のベッド」なるパンフレットに載ったダブルベッドを期待しつつ、太郎は口笛を吹きながら東京タワーの方角へ向かう。 その曲に合わせて東京タワーもメトロノームのように左右に揺れる。

その後、帰宅した太郎は、おい買ったぞと伝えると、何を?と花子が聞くので、ベッドさ、ダブルベッド、今夜中に届くよと言うと、あら、いらないわ、もう…と花子が言い出す。

ええ?どうして…、あんなに欲しがっていたの、君の方じゃないかと太郎が詰め寄ると、今日お隣で買っちゃったわ、すぐ真似して買ったと思われるのしゃくだわなどと花子は言う。

しゃく?と驚くと、早く断ってよなどと花子が言うので、そうか…、先に買われちゃったダメなのか…と太郎もようやく、花子が単に見栄で行っていたことに気付く。

その頃隣りでは、買ったばかりのピンクのベッドに、わあ素敵!凄いだろう!と夫婦揃って乗っかって喜んでいた。

第2話 覗きの罪 そんなベッドで抱き合う夫婦の様子をマンションの別室から双眼鏡で覗いていた花井正男(高島忠夫)は、邪魔だな〜、壁が…とぼやく。

再び双眼鏡を覗いた正男は、おっ、凄いな〜、毎日何食ってやがるのかな…となどと呟いているので、食事の準備をしていた妻のみどり(団令子)が気付いて、あなたが御嫌いなものを食べてるんでしょうと嫌みを言って来る。

見てご覧、ベッドを入れたら早速試運転だと言いながら正男が双眼鏡を差し出すと、バカバカしい…、悪趣味だわ…とみどりは軽蔑するように言う。

趣味じゃないよ、人間研究だと言い訳した正男は又双眼鏡を覗き始めるが、あなた!と怒ったみどりは、見るもんじゃないは愛は、実行するもんよ!と言いながら窓のブラインドを閉める。

それでも正男は身を乗り出してブラインドを押し下げて覗き続けるので、まあ、何が研究よ!あなたはただ見るばっかり!と言いながら、みどりは正男の帯の結び目を引っ張って椅子に押し戻す。

そりゃあ、野球だってする奴と見る奴がいるもの…と正男が屁理屈を言うので、スポーツじゃありません!とみどりは言い返すが、そうかな?あれ、スポーツじゃないかな?と正男はどこ吹く風と言った感じなので、何ぶつぶつ言ってるのよ、お食事よ…と呆れたようにみどりは言う。

テーブルに着いた正男は、又ニンニク料理か!とうんざりした顔で言うので、ダメよ、嫌いだと言って食べないでいちゃ…とご飯をよそりながらみどりは良い気返す。

どうも僕はこの匂いだけで…と正男が辟易したように言うと、あなたはこう云うものをたくさん食べて体質改善しなきゃ…、お宅の旦那は体格が良いからって、私、他所の奥さんにうらやましがられているのよとみどりは嫌みを言う。

それなのにあなたと来たら全く見かけ倒し!とみどりは責める。 日本人の平均体質は29なのよ、あなたと来たら1.4にも満たないんですものとみどりは厳しく指摘する。 ピッチャーの防御率なら大したもんだ…とぼやきながら正男はご飯を食べ始める。

何言ってるのよ、冗談ごとじゃないわよ、3割りはともかく2割5分は保ってもらいたいわとみどりは呆れたように睨みつけて来る。

その時ブザーが鳴ったのでみどりが玄関ドアまで行き覗き窓で確認し、まあ高木さん!と言いながらドアを開ける。

御邪魔して良いですか?と笑顔で聞きながら高木清(船戸順)が入って来る。

食事中ですかと部屋の中を覗き込んだ高木は恐縮するが、構わんよと正男も笑顔で迎える。

すみません、この間貸していただいた論文ありがとうございましたと言いながら高木が本を返したので、役に立った?と正男が聞くと、え、おかげさまでと高木は礼を言う。

ああ、君の社から頼まれた原稿ね、今夜一晩かかりそうなんだと正男が言うと、ご無理申しましてすみませんと高木は頭を下げる。

君、食事は?と正男が気付くと、は、3時頃社で…と高木が答えるので、健康に悪いな、ジャーナリストは生活が不規則だから…と正男は指摘する。

いやあ、商売のせいより、アパートで1人でごっちゃごちゃやるのが面倒で…と高木が苦笑すると、茶を煎れていたみどりも、じゃあ一膳召し上がる?と聞く。

は、同じいただくなら3杯くらい…と高木が答えたので全員笑い、みどりはどうぞと言い、遠慮はいらんよ、いつでも来たまえと正男も椅子に腰掛けるよう勧める。

おかずは一緒でねとみどりが茶碗を持って来てご飯をよそい始める間、あ、そうそう君、ニンニク料理はどうなの?と正男が聞くと、ああ、大好物ですと言うので、そりゃ良かった、どんどんやってくれたまえと自分用のおかずを高木の方に押し出す。

そんな正男をみどりは睨む。

しかし料理を口にした高木は、う〜ん旨い!と褒めるので、そう?どうも僕は…と正男が首を傾げ、お茶かけてくれない?と言いながら茶碗をみどりの方へ差し出す。 正男はツケの野で茶漬けを食い始める。

高木が、みどりさん、今夜のダンスサークルのパーティいらっしゃらないの?と聞くと、あなた行かれないでしょう?とみどりは正男に確認する。

僕はダンスは…と正男が口ごもると、見るだけねちみどりは嫌みを言うので、え?いやあ、高木君の仕事をしなけりゃ…と正男は慌てて言い訳する。

高木は、どうもすみませんと恐縮する。

じゃあ私、高木さんに連れて行ってもらって良い?とみどりが聞くと、ああ、高木君頼むよ、連れて行ってやってくれと正男は高木に言う。

でも先生に御仕事させといて…と高木が躊躇すると、そんなこと構わんよと正男は答える。

そうですか!と喜んだ高木は、じゃあ御代わりいただきますと勝手に炊飯器の蓋を開けるので、みどりは正男を睨みつけるが、正男の方は知らん振りする。

パーティには、木村宗平(三橋達也)と妻和子(八千草薫)も踊っていたが、相手がいない「壁の花」状態の奥さん連中も不機嫌そうに座っていた。

そうした奥さん連中は、見知らぬ若い青年と踊っているみどりのことを何か噂し合っていた。

一方、部屋で1人執筆を続けていた正男は、窓の向こうに何かを発見、又双眼鏡で覗き出す。

翌日、駅から出て来た正男は、パパ〜!と呼びかけて近づいて来たゆかり(浜美枝)に驚いて立ち止まるが、お帰りなさいとゆかりが腕を組んだのは背後から出て来た初老の松田京一郎(益田喜頓)だったので更に驚く。

その時、更にその後ろから出て来た田岡孝二(堺左千夫)が、おお、花井じゃないか!と正男に気付いて話しかけて来たので、よお田岡君と答える。

久しぶりだな〜、どこへ?と田岡が聞くので、いや家に帰る所だよと団地の方に顔を向けると、お前も団地か?と田岡は聞く。

君もか?と正男が聞くと、うんと答えた田岡はそれにしちゃ会わなかったな〜と不思議がる。

本当に久しぶりだね〜と正男は懐かしがり、どうだい?一杯やって行こうかと誘うと、う、うん…と困惑顔になった田岡はバス停に並んでいた松田夫婦の方を見ながら、飲むなら家へ来て家で飲もうと言う。

突然うかがっちゃ奥さんに…と正男が遠慮すると、いやそんなこと構わないよ、でも、どっかその辺で…と周囲を見回した正男は、それとも時間通りに帰らないとまずいのか?と気を使うと、いやそんな事ないけど…と田岡は否定する。

それなら付き合えよ、僕な実は教教授会があるので遅く帰ることになってるんだと正男は打ち明ける。

しかし田岡は、家へ来いよ、面白いもの見せるからと言う。

おもしろいもの?と正男が聞くと、うんと答えた田岡はバス停でイチャイチャしている松田夫妻の方を意味有りげに親指で指し、何事かを正男の耳に囁きかける。

ほお?本当か?とそれを聞いた正男の顔が輝く。

5階の田岡の部屋に付いて来た正男は、ブザーを押しても返事がないので、いないのかな?と言いながら自分でドアの鍵を開け、女房留守だよ、ちょうど良いよ、入れよと勧める田岡の後に付いて部屋に入る。

テーブルには田岡宛の妻の置き手紙が置いてあり「厚生部のバザーを開く打ち合わせで集会所に行っています。食事は支度して冷蔵庫の中に入れてあります 美子」と書かれていたので、家のかみさん厚生部の副部長しているんだとそれを読み終えた田岡は言う。

ああそう…と答えた正男に、さっきのなあ、あの3階の部屋なんだと言いながら田岡は望遠レンズの付いたカメラを取り出したので、それどれ…と言いながらそのカメラを借りた正男は覗こうとする。

あのエレベーターから4つ目、あんまり乗り出すなよ、向うから見えちゃうと注意する田岡に頷きながら、正男は窓に近づいて覗く。

気配はないか?と田岡が聞くと、まだだ…と正男は答える。

その間、上着を脱いで冷蔵庫の中を覗いた田岡は料理の皿を取り出して匂いを嗅ぐと、又これでやがんのとぼやく。

その時正男も匂いに気付く。

女房の奴講習会で教わって来てこの頃こればっかりなんだ、お前食べられるか、ニンニク入り?と言いながら田岡がビールを取り出すので、いや〜、俺、ニンニク弱いんだ…と正男は答える。

鼻摘んで食えよと田岡は苦笑しながらビールを注ぐ。

ひでえことになるな…とぼやきながら正男もテーブルに着くと、ここから出も十分に見えるんだと田岡は良い、自分も腰を下ろす。

すぐ始めるよ、何しろすげえんだから、いつも食前なんだ…と言いながら田岡は望遠レンズ付きカメラを覗く。

まだか?と正男が聞くと、何してるのかな〜?今日は食後かな?などと田岡は困惑する。

おいちょっと貸せよと正男がカメラをねだるので、好きだな〜と田岡は苦笑する。

しかしカメラで覗いた正男は、気配ないね〜と落胆する。

その後、少しカメラの向きを変えた正男は、高木とみどりがチークダンスを踊っているのを発見し驚く。

みどりは嬉しそうな表情だった。 そんなみどりの様子を覗く正男も次第に興奮して来る。

その時、2人がキスをしたので、あっ!と驚いた正男は窓を開け更にカメラを構えたので、何か見えるか?と田岡も聞いて来る。

しかし踊っていたみどりと高木の姿が壁の向こうに消えたので、おい、これこの通りに映るのか?と聞くと、この時間じゃ無理だなと田岡は言う。

そうか…と言いながらもう一度カメラを覗いた正男だったが、もう2人の姿は見えなかった。

大体そっちの方は収穫ないんだよと田岡は言い、さ、こっちの方はどうかな?とカメラを受け取ると、始まるぞ!と言うが、つまらん!見るもんじゃない、実行するもんだ!と椅子に腰掛けた正男は言う。

そして、よ〜し、俺は食うぞ!と言い出した正男は置かれていたニンニク料理を鼻を摘みながら貪り食い出したので、田岡は変な奴…と呆れる。

そして又カメラを覗き始めた田岡は、あれ?今日は休養日かな?さすがに連投だったからな〜とぼやく。

ゆかりはベッドにうつぶせに横たわった松田の背中にお灸を据えていた。 第3話 己が罪 熱!と松田は呻くが、これが最後よ、我慢して…とまだ日が高いのにネグリジェ姿になったゆかりは言い聞かせる。

やがてお灸を取り、はいお終い…とゆかりは言う。 ありがとう…と言いながら仰向けになって上半身を越した松田は背中を触りながら、大分楽になったかな?と言う。 良く効くはずなのよ、丈夫で長持させましょう?今日はお休みにして…、お互いのために…とゆかりはお灸の袋を手に笑いかける。

でもな、ゆかりちゃん、もうすぐだな〜、君との約束も…と松田は言い出す。

するとゆかりは松田のベッドの横に座り、私、もうパパと離れた生活なんか考えられないわ…と哀しげに訴える。

そう言ってくれるのは嬉しいけども、来月妻が出て来るまでって言う約束だったろう?と松田は言い聞かせる。

するとゆかりが、解消よ約束は…と言い出したので、おいおい、脅かすなよ!と松田は困惑する。

脅かしじゃないわよ〜、私、もうパパなしじゃ〜、ねえお願い、私を捨てないで!とゆかりは甘えて来る。

ね、パパ〜とベッドに松田を押し倒して来たゆかりに、松田は困ったような嬉しいような複雑な顔になる。

ある日、松田京一郎宛の電報が会社に届けられる。

疲れから居眠りしかけていた松田は、課長、電報ですと女性社員から言われ、受け取った電報を読むと「20ヒゴゴユク ノブエ」と書いてあったので驚く。

20日…と呟き机上のカレンダーを確認すると今日ではないか。

隣りの机に座っていた同僚山本(村上冬樹)が、何だい?と聞くので、嫁はんが出て来るんだと松田は教える。

ああ、奥さんが…と山本は納得するが、弱った…と松田が言うので、弱ることはないだろう?良かったじゃないか、1人で不自由してたんだろう?と不思議がる。

松田はいや〜…と言いながら狼狽するだけだった。

黄金ヶ丘団地の集会所では「物品交換バザー 来る9月13日〜9月20日マデ」と言う貼り紙が掲示板に貼られていた。

そこから鼻歌まじりで出て来たゆかりが、やって来た主婦2人に挨拶をして去ると、どなた?と挨拶された主婦のメガネの方が聞くので、ほらあの人よ、8号棟の309号室さんと効かれた主婦は答える。

あああの人…、21、2にしか見えないじゃあない?とメガネの主婦が不思議がると、でしょう?管理事務所の名簿には35歳で子供がいるように届けてあるんですってともう1人が言うので、そう?それは虚偽の申告よ、インチキだわとメガネの主婦が指摘する。

その頃、食堂で一緒にカレーを食いながら松田から事情を聞いた山本は、へえ〜、ちっとも知らなかった、「カルバトス」のゆかりとね…と言うと、周囲の目を気にしながら、慌てて、しっ!と松田は口止めする。

しかし奥さんが上京するまでのつなぎとは言え、度胸の良いことをしたもんだな〜と山本は感心する。

今月中には絶対出てこないはずだったんだが…、神様のせいだと松田がぼやくので、神様?と山本は聞く。

女房の奴、大天地教会の熱心な信者でね、そのお告げで上京は来月だと言うものだから、ゆかりとそれまでの契約をしたんだと松田は打ち明ける。

急に神様のお告げが変わったのか…と山本が推測すると、そうだろう、きっと…、弱った…、どうしよう?と松田はぼやく。 どうしようたって…、まあ良く事情を話せばゆかりだって、少し約束が早くなったくらい了承するだろうと山本は助言する。

それが…、俺と別れるくらいなら死んだ方がましだって言うんだよ…と松田が打ち明けると、おい、相談してるのか、のろけてるのか?と山本は呆れたように聞く。

しかし松田は、いや…、弱ってるんだよ…と言うので、で、奥さんの方、汽車は何時なんだ?と山本が聞くと、午後って打って来ただけだと松田は答える。

女房もゆかりもどっちも異常な所があるから、2人ぶつかったら何をしでかすか…、偉いことになった〜と言いながら松田は突然カレーを一気に口に頬張る。

その頃、部屋で赤いネグリジェの試着をしてみていたゆかりの部屋に電話がかかる。

電話に出たゆかりは、ああ、パパ!と喜ぶ。 会社の赤電話からかけていた松田が、誰か訪ねてこなかったか?と聞くと、来ない?それなら良いんだが…、君、今夜、どっかに泊まりに行かないかと聞く。

嬉しい?いや僕と一緒じゃないんだよ、君1人だよ、友達のうちかどっか…、実はな、部長に麻雀誘われているんだと嘘を言うと、嫌よ麻雀なんて、断りなさい!とゆかりは命じる。

ううん、ダメ、今夜は…、バザーで凄く素敵なネグリジェ手に入れたのよ、お風呂涌かしとくから、出来たら早引けして来てもらいたいくらいよ、ううん、早く帰って来てとゆかりは甘える。

埒が明かないので松田は、実は…、実はね、女房が…と打ち明ける。

それを知ったゆかりは、えっ!奥さんが?そう…、構わないわ、いつか対決の日があると思ってたわ、私、あってはっきり話しをつけますと言うと電話を切ってしまう。 松田は、もしもし、もしもし!と呼びかけるが、ムダだと分かると諦めて電話を切る。

新橋駅を通過する新幹線を東京タワーが見える会社の屋上から眺めながら気が気ではない松田に、一緒に付いて来た山本は、仕方がない、成り行きに任せるんだなと言い聞かす。 人ごとだと思って!と松田は怒ると、仕方じゃないじゃないか、只ひたすらに謝る一手より…と山本は言う。

しかし謝って済むくらいなら…、あ、何をしでかすか!と松田は腕組みして悩むので、まさか絞め殺されるようなこともないだろうと山本は笑う。

いや分からんぞ、神様のお告げがどう言うことになっているんだか…、うんと松田が言うので、せいぜい引っ掻かれるくらいだよと山本は笑いながら答える。

下手な策を弄するより、こうなったら2人をぶつけ合った方が解決は早いぞ、ま、窮すれば通ずで成り行きに任せるんだな…と山本は言う。 痛い思いをするくらいですめば良いんだが…、偉いことになった…と松田は嘆く。

その後、団地へ帰る駅を降りた松田はバス停留所の前に一旦並びかけるが、ふと思いつき近くの薬局へ向かうと、赤チンを1つくれませんか、それから何か引っ掻き傷に効く薬を…、それからオキシフル、それからバンドエイドと店員に頼む。

いく箱?と効かれると、まあ1箱で良いですよと松田はこたえ、それから?と聞かれると、それから…、それで良いと答える。

店員が薬を用意する間、弱ったことになったような〜と松田は小声でぼやく。

その頃、ゆかりは風呂の準備をしていた。 その時、ブザーが鳴ったので、はい!と答え、緊張しながらドアの覗き窓を見ると息を止めるが、意を決してドアを開けると、赤ん坊を抱いた信江(千石規子)が立っており、ここ、松田の部屋と違いますやろか?と言うので、はあ、奥様ですか?とゆかりは聞き、へえと答えた信恵は、あんたどなたはんでっしゃろ?と聞いて来る。

あの…私、お手伝いのものですとゆかりが答えると、ああさよか、ご苦労さんと言いながら部屋に入って来た信恵は、ほなこれな…と言いながら持って来たガラガラの入ったバッグを手渡す。

良いお台所やこと…などと部屋の様子を見ていた信恵は、ふと、壁にかけてあったゆかりの赤い服と玄野下着を見ると表情が変わる。

襖を開け寝室のベッドを見るとそこにも赤いネグリジェが置いてあったので、ミルクを飲んでいた赤ん坊を降ろし、掛け軸を取り出すと一礼し、赤い服と黒い下着を放り捨てた壁にその掛け軸をかける。

そこには「大天地教御柱」と書かれてあった。

早速信恵はその掛け軸に向かって合掌し、何事か小声で祈り出す。

その時、ドアブザーが鳴る。

ドアの近くにいたゆかりはドアと信恵の双方を見比べながらどうすれば良いか思案する。 すると信恵がドアに向かったので、ゆかりは寝室へ逃げ込む。

信恵がドアを開けると、そこにいたのは管理事務所の職員で、奥様は?と言うので、家内は私ですけど?と信恵が答える。

すると、あなたが奥様?と職員は驚くので、ええ何か?と聞くと、実は真に失礼ですがな、あなたのお年と御前を…と職員は名簿を開きながら聞く。

松田信恵、35歳ですけど…と答えると、お子さんは?と聞くので赤ん坊が1人、順一言いますねんと答える。

実は申し込み以外の方がお住みと投書がありましたので…、何しろ規則でして、申し込みに以外の方がお住みの場合は契約違反で出ていただくことになっておりますんで…、役目柄一応…、どうも失礼致しました…と職員は説明し去って行く。

ご苦労さん…と見送った信恵が全てを察し奥へ戻ろうとしたとき松田が入って来たので、あんた!と振り向いた信恵は言う。 信恵か…、列車の着く時間さえ教えてくれたら駅まで迎えに言ったんだ…と松田は言う。

そんなことはどうでも宜しい、早う上がんなはれと信恵は命じる。

その間に、ゆかりはさっき信恵が投げ捨てた赤い上着と黒の下着を回収して寝室に隠れる。

部屋に上がった松田は、おお順一!おお、重くなったな〜と言いながら息子を抱き上げ、パパだよ、パパ!高い高い!などとあやしながらふと寝室の方を見ると、ふすまが少し開いており、そこからゆかりが首を横に振って来る。

あんた!と信恵が呼びかけたので、振り返った松田は、あんた、神さんの御前で恥ずかしい事ないのんか?と聞かれ、すまん、すまん!と赤ん坊を降ろし、この通り!どんな制裁でも受けるから…と正座で両手をついて詫びる。

すると信恵は掛け軸に向かって合掌し祈り始めたので、松田は諦めたように顔を上げる。

その時、寝室から荷物をまとめたゆかりが出て来たので、あんた、どこ行きはりますの?と信恵が聞く。

私出て行きますとゆかりが答えると、何で出て行かはるの?と信恵が聞く。

しかしパパさようならとゆかりが声を掛けると、さようなら!と松田も答えたので、ゆかりは信恵にふん!と言う顔で出て行こうとする。

そんなゆかりに、待ちなはれと呼び止めた信恵は、パパ、何で止めてあげなしまへんのや?と松田に聞く。

すまん!と松田が平伏すると、あんたも出て行くことあらしまへんやないの?今まで通りいてあげなはれと信恵はゆかりに言うので、えっ?とゆかりは戸惑う。

それはまずいよ…、あれと一緒に暮らすのは憲法違反だよ…と松田がしどろもどろで言うと、お手伝いさん置くの何で憲法違反ですの?と信恵は聞く。

お手伝いさんって…、みんなわしが悪いんだよ、すまん、信恵!この通りだ!と松田は土下座して詫びるが、それを見たゆかりは怒って出て行く。

あ、ゆかり!と驚いた松田が立ち上がって追おうとすると、松田さん!と信恵が呼び止め、私もさよならさせてもらいますわと言い出したので松田はきょとんとする。

さよならって…、わしはさっきから悪いって謝ってるじゃ…と松田が困惑すると、神さんが大阪へ帰れって言わはりますよって…と信恵は尋常ならざるような目つきで言う。

神様…と言いながら軽く舌打ちした松田だったが、神さんが男の子は男親へ言うてはりますと言うので、置いそんな無茶な…、信恵!と松田は呼びかけるが、もう他人や…、気安う呼ばんといておくれやすと信恵は冷淡に言い放つ。

他人?と松田は驚くが、そやけど仕送りは頼みまっせ、神さん、義務を果たしてない言うてはりまっさかい…と信恵は言う。

頼むわ!もう1度神様に御願いして…と松田は呼びかけるが、信恵は無反応なのでやむなく自分で合掌しようとするが、さっさと掛け軸を信恵は外してしまう。

そのまま部屋を出て行った信恵を、泣き出した赤ん坊を抱いた松田が、お母ちゃん!お母ちゃんって!と呼びかけながらエレベーターの前まで追って来るが、もうエレベーターは下りて行った後だった。

泣き叫ぶ赤ん坊をよしよしとあやしながら、困ったことになったと首をひねる松田。

翌朝、赤ん坊を抱いた松田はガラガラなどが入ったバッグと一緒に管理事務所に来ると、団地の託児所はどこですか?と聞くが、実はまだ託児所は…と職員が言うので、ないんですか?これだけの団地の中に…と松田は困惑する。 はあ、公団としては来年作る予定になっておりますがと職員が答えると、来年?今日頼みたいんですよと松田は言う。

今日とおっしゃられても…と職員が呆れると、舌打ちした松田は、今日一日事務所で預かっていただけませんか?と言い出す。

いや、管理事務以外のことは規則違反ですし…と職員が言うので、困ったな〜、1日だけ預かってくれる人いないかな〜と松田はぼやく。

急に今とおっしゃっても…と職員は苦笑するが、その時赤ん坊がぐずり出す。

会社の電話が鳴ったので山本が出て、おお、松田さん…と気付く。

今日は休む?ハハハ、絆創膏だらけの顔じゃな…と山本が同情するが、ええ!それは偉いことになったな〜と相手の話を聞いて表情を曇らせる。

お手伝い?本当の?ああ本当のお手伝いね、ああ心当たり聞いてみようと山本は答える。

ああ、仕事の方は良いよ…と答え受話器を降ろした山本は、二兎追うものは一兎もか…と隣りの松田の席を見ながら呟く。

松田は赤ん坊のおむつを替えながら、おしっこのときはしーしって言うんだよ、ウンチのときはうんうんって教えてくれないと熱っぃお灸するからね…分かってくれてるな…と話しかけていた。

第4話 やりくりの罪(22棟を背景に)

部屋で、5分で1級か…と呟きながら雑誌の詰め将棋の問題を解き始めたのは三谷一郎(加東大介)だった。

ここへ打つと…ダメかな?などと煙草をくゆらせながら考え込んでいた三谷だったが、ふと思い立ち、押し入れの中や天袋を野簿記込み、洋子!碁盤どこ行った?と効く。

すると妻の洋子(東郷晴子)は、碁盤なんかないわよと言うので、ない!と驚いた三谷は、この間のバザーに出しちゃったわと言うので、冗談じゃないよ、俺に無断で!と怒り出す。

するとコーヒーをサイフォンに入れていた洋子は、あら?あなたも承知したじゃないのと言ので、何を?と聞き返すと、合理的生活に、押し入れは物置じゃないって…と洋子は言う。

不必要に埃をかぶしておくよりバザーで必要なものと交換した方が合理的だって…と洋子は言うので、だけどさ…、まさか俺は碁盤を…と三谷がぼやくと、だって出しちゃったもんはしようがないわてんと洋子は淡々と答える。

あの碁盤、一体何と交換したんだい?と聞くと、電気掃除機とこのサイフォン、碁盤なんかよりずっと必需品じゃない!と洋子は得意げに言う。

三谷は、だから女はバカだって言うんだとぼやくと、バカですって?どうして私がバカなのよ?と洋子は聞いて来る。

あの碁盤は爺さん譲りのものは古いが本榧(かや)の天柾(てんまさ)なんだぞと三谷は言うが、何?天柾(てんまさ)ってと洋子は聞く。

面の表にマスが通っているんだ、この頃安もんの下駄だってマスは通ってるわよと洋子が言い返すので、貼柾(はりまさ)じゃない、天柾(てんまさ)だ!下駄と一緒にする奴があるかい!と三谷は苛立ったように教える。

石は宮崎産の蛤、黒は那智石、新品だったら10万以下で買えやしねえ!と三谷がぼやくので、10万円!と洋子は驚く。

だからバカだと言うんだ!売るんだったらどこへ持って行っても3万〜4万…、部長だって喜んで買うのに…と三谷が言うと、う〜ん、何故それを早く言ってくれなかったのよ〜、もっと他の物を付けてもらえたわと洋子は嘆く。

その時ふと思い出したように、おい!、釣り竿あるだろうな?釣り竿…と聞くと、あれも高いの?と洋子は聞く

驚いて見に行くと、長押(なげし)の上に置いてあったので、あるでしょう?と洋子は言い、これは勘弁してくれよ、これも爺さんの形見なんだから…と三谷は頼む。

そこに息子の安男が帰って来て、入んなよと女の子を誘い入れると、ママ!お家でマリ子(上原ゆかり)ちゃんと遊んでいいでしょう?と洋子に聞く。

ええ良いわと洋子が答えると、おばちゃん、御邪魔致しますとマリ子は丁寧に挨拶して来る。

いらっしゃいと三谷も声を掛けると、おじちゃんは日曜でもゴルフにいらっしゃらないんですか?とマリ子が聞いて着たので、え?と驚いた三谷がああと答えると、家のお父様はゴルフに参りましたとマリアが自慢するので、ああそうと三谷は答え、マリ子ちゃんもコーヒー飲む?と洋子が聞くと、いいえ私結構です、私おコーヒーはまだ子供ですからいただかないんですとマリ子は答える。

そう、お母様のしつけが良いから…と洋子は答えるが、三谷の方はマリ子の大人びた言い方にちょっと白けていた。

こっちお出でよと安男が手を引くと、失礼致しますと言い残しマリ子も付いて行く。

おい、凄いしつけだな〜と三谷は洋子に囁きかける。

奥さんとっても教育熱心で、安男にも少し見習わさせなきゃ…と洋子は言うと、コーヒーに砂糖を入れながら、ああ言うのを教育って言うの?と三谷はぼやく。

天袋を開けて中を覗いていた安男が、ママ、僕の積み木は?と聞くと、え?積み木なんかもうおかしいわよ、安男ちゃん大きいですもの、他の事して遊びなさいと洋子は言う。

でもマリ子ちゃんが…と安男が言うので、使わないから随分奥へ閉まっちゃったのよと洋子は言い、箪笥の上に上がっていた安男に、危ないわね、そんな所に上がっちゃと叱る。

僕の、出してよと安男がねだると、さあどこだったかしら?と答えていた洋子は、マリ子ちゃん?御紅茶なら飲むんでしょう?と話をごまかす。

ええいただきますとマリ子が答えると、じゃあこっちいらっしゃいと洋子はキッチンに2人を誘う。 何かお菓子もあったわ…と言いながら洋子が箱を取り出すと鳩時計が鳴り出したので、あらもう2時、私失礼しなくちゃ…とマリ子が言い出す。

どうして?と洋子が聞くと、お母様から2時までには帰るようにって、ピアノのお稽古があるんですとマリ子は答える。

そうと洋子が答えると、おじちゃん、おばちゃん、失礼致しましたと挨拶するので、ちょっと待ってと言いながら箱の中から出した菓子を渡した洋子は、安男ちゃん送って行ってらっしゃいと安男にも菓子を渡して言いつける。

お邪魔致しましたとマリ子が言うので、さようならと言って送り出す洋子に、子供たちが出て行くと、何だありゃ?手前のオヤジがお父様で、他所の大人はおじちゃんかと三谷は嫌みを言う。

あれがしつけって言うなら俺は反対だな、安男はもっとのびのびと喧嘩でも何でもする奴に育てなきゃと言うと、あなたの子よ、放っといてもそうなるでしょうと洋子は言う。

そこにただいまと安男が帰って来たので、なんだい、早かったなと三谷が聞くと、エレベーターの所へ行ったら昼間送ってもらうのは変だよって帰っちゃったと安男は言う。

そう…と洋子は呆れ、安男と散歩にでも行ってよ、掃除も出来やしないわ、さあさあと洋子が言うので、コーヒーを飲み終えた三谷は仕方なさそうに、行こうか?と誘い、安男もうんと答える。

団地の公園にやって来た安男は僕滑ってこようと言いながら滑り台の方へ行ったので、怪我するなよと声をかけた三谷は、煙草を取り出した所で、佐藤さん!と見知った顔を見かけ呼びかける。

買い物籠を下げた佐藤修吉(佐田豊)が笑顔で近づいて来て、あなたもこの団地に?と聞くので、ええ、この前展示会でお会いしたときはお店の近くにお住まいだとか?と三谷が聞くと、ええ、空き家入居でやっと先月から…と佐藤は言う。

そうですか、そりゃ…と言いながら三谷が煙草に火を点けると、82号棟の1階なんですと佐藤は教える。

ああ、この上ですか?と安男の手を引いてその部屋の前まで来ると、ええ、そうなんですと佐藤は言うので、こりゃ良い所当たりましたねと褒めると、3Kなんですがどうぞと佐藤が誘うので、それじゃあちょっと…と甘えて三谷は寄って行くことにする。

部屋には佐藤と妻がおり、妻の幸子(森今日子)が、いつも主人がお世話になっておりますと丁寧に挨拶して来る。

いいえ、こちらこそ…と三谷が返すと、佐藤は立っていた息子に、進、ご挨拶をと言い、進はこんにちはと挨拶する。 はいこんにちは、お利口さんだなと三谷が挨拶を返し、進君は何年生?と聞くと1年と言う。

そう、じゃあ安男と同じだけど、西校ですね?と聞くと、安男さんは東校なんですか?と幸子は聞き、ええ…と三谷が答えると、でも一緒に遊んでやってねと安男に微笑みかける。

うんと安男が答えると、あっちで遊ぼうかと進が誘って来たので、行ってお出でと三谷は安男に声をかけ、お願いしますねと進に頼む。

部長、久しぶりにと佐藤が将棋の手つきをすると、あらもう?と幸子は不満そうに言う。 もうってことはないだろうと言いながら佐藤蛾立ち上がると、だってまだお茶も差し上げてないのに…と幸子は笑う。

そんな幸子に三谷は、いえ奥さん、私は横好きの方でして…、相手さえあれば待った無し…と謙遜してみせる。

じゃあすぐにお茶を…と言って幸子が笑いながら部屋を後にすると、佐藤が碁盤を持って来たので、それを見て三谷が、これは良い盤ですな…と驚く。

すると佐藤は、さすがはお目が高い、天柾(てんまさ)の本榧(かや)ですと自慢するので、本榧(かや)の天柾(てんまさ)…と三谷はため息をつく。

その表面をいとおしそうになでながら、最近お求めですか?と聞くと、ええ、それが思いがけず…、いやあ、掘り出し物をしました…と佐藤も満足そうに台を叩いて喜ぶ。

掘り出し物?と三谷が聞くと、ええ、この団地へ入居できたのも幸運、これが手に入ったのも幸運、このところ巧いこと続きで、新品だったら15〜6万と佐藤蛾言うので、行きますな…と三谷も賛同する。

このくらいの古物でも半値以下ではなかなか…と佐藤蛾言うので、そうでしょうと三谷も頷く。

それを何となおその半値の…と佐藤が嬉しそうに言うので、その半値?と三谷が驚くと、まだその半値でと佐藤蛾言うので、その半値!へえ…と三谷は絶句する。

そうですか!と悔しそうに盤面を掌で叩くと、蛤は確かに蛤なんですが…と言いながら佐藤が白石を出して見せるので、確かに本場もの、宮崎の蛤ですと三谷は答える。

黒は那智石店と言いながら三谷が黒石の方の蓋を開けて見せたので、お目が高いと佐藤蛾褒めると、いや、何と言って良いか…、良い盤ですな…と言うしか三谷は言葉がなかった。 しかし心の中では「巧くやりやがったな〜」と三谷は妬んでいた。

では私は那智の方を…と言いながら黒石を選んだので、いや蛤を…と佐藤は白石の方を勧めるが、それを手で制した三谷は番の中央に黒石を置く。

それに佐藤蛾白石を配した時、僕のだ、泥棒!と言う声が子供部屋の方から聞こえて来る。

止めなさい、危ないでしょう!と取り合いをしている子供らを幸子が叱っていたが、2人が取っ組み合っていたので、佐藤と三谷が互いの子を止めに来ると、これ、僕の積み木なんだと安男が言い出す。

嘘だい、パパに買ってもらったんだい!と進も主張する。

ちゃんと印がしてあるんだと安男が言うので、安男!喧嘩は行けない、世の中には同じようなものはいくらでもあるんだと三谷は言い聞かせようとする。

すると進が、そのセーターだって僕の持ってた奴と同じだぞと言い出したので、まあまあ喧嘩はいかんと佐藤もなだめる。

そうよ、仲良くしなきゃと幸子も諭す。

三日月が出たその夜、部屋に戻ってウィスキーを飲んでいた三谷に編み物をしていた洋子が、もういい加減にしたら?とうに定量オーバー、3日分よと注意すると、てやがるんでい、何が合理化だい、つまりケチじゃねえかと三谷が指摘すると、そうよケチよと悪びれる風もなく洋子は答える。

ケチにしなきゃやっていけないのよ、あなたのお給料じゃ…と洋子が言うので、積み木はバザーで交換しましたって…、はっきり安男に説明も出来ねえくせに…と三谷は嫌みを言う。

今に分かるときが来るわよ、不要な物と必要な物と取り替えただけだわと洋子は言うので、不要、不要って言うけどね、お前には不要でも安男や俺には積み木も碁盤も必要なんだ…と三谷は愚痴る。

すると洋子は、飲んだあんたはくどいから嫌いと言い返す。

俺だって嫌いだ、大嫌いだ、こんな団地なんか!と三谷は吐き捨てる。

大体ね、家庭ってのは「家」に「庭」って書くんだ、何だ団地団地って…、コンクリートのラッヘルじゃねえか、塀がないだけ住んでる奴は捕虜みたいな奴だと三谷が言うので、なら越したら良いでしょう?庭のある家に…と洋子が言い返すと、ああ越すとも、俺は越すぞ、こんな所で大事な子供が育てられるかって言うんだと言うので、洋子が含み笑いすると、バカにするな、俺だって家の一軒くらい…と三谷が言うと、絶対に建ちませんと洋子が言うので、建てる!建てるぞ!俺だって定年になりゃ300万くらい…と三谷は言う。

それ何年先のこと?それまでどこに住むの?と洋子が聞くと、言葉に詰まった三谷は、俺たちは捕虜だからな…と三谷はグラスを握りしめるだけだったので、洋子はさっさとウィスキーの瓶をしまってしまう。

その時、泥棒!と叫ぶ安男の寝言が聞こえて来る。

僕のだい、違うわい!僕の積み木だい!ちゃんとここに数字があらい!と寝言を言いながら安男が起き上がったのを見た洋子は、寝ぼけちゃダメよと優しい言葉をかけながら寝かせる。

そんな安男を三谷は哀しげに見つめていた。

ある日、夫婦者(古田俊彦)が引っ越しをしていたので、屋上からそれを見ていた洋子がどこに越すのかしら?と言うと、一緒にいた主婦の川島由美子(北あけみ)が、あの奥さん、団地から脱出したいって…、マーケットでね、1円でも値切って建築資金貯めていたのと教える。

そう…と洋子が答えると、もやし2円下さいなんてちょっと言えないわよね?と由美子は言う。

それで建てたのかしら?お家…と洋子が聞くと、じゃないかと思うのよ…、節約で建つんなら、もやしの2円も買えるけど…、うちくらいじゃそんな節約くらいじゃとっても…と由美子も苦笑する。

きっと転勤よと洋子が推測すると、えっ?と由美子は驚く。

他の団地か社宅へ行くのよと洋子が主張するので、そうかしらと由美子は首を傾げるが、新築して出て行くと思うのしゃくだわと洋子は本音を言う。

そうねと由美子も言い、そうよと洋子は満足げに下を見下ろす。

やっと脱出できるのねと引っ越しの妻(北川町子)が言うと、ああ、しかしいざとなると感慨無量だな…と夫は団地を見渡しながら言う。

そこに管理職員2人がやって来たので、こりゃどうも…と夫は頭を下げる。

いや、良うございましたね、お天気で…とベテランの方が声をかけてくる。

長いこと色々と…と妻も挨拶すると、いや〜でもお引っ越しになるの、おめでとうと言って良い物かどうか…とベテラン管理人が言うと、いや、おめでとうと言って下さい、思いがけず家が転がり込んで…、やっと念願の庭のある家に越せるんですから…と夫は嬉しそうに言う。

それはそうでしょうが、しかし…とベテラン管理職員が言うと、もうこれだけよと持っていた人形ケースを持った妻が言うと、じゃあ色々お世話になりましたと言いながら部屋の鍵を管理人に渡す夫と妻にお気をつけて…と管理職員は頭を下げる。

運転手さんお願いしますと声をかけた夫は、君、前乗れよと妻に言うと、自分は荷台に登ってトラックは出発する。

何が幸せで何が不幸せになるか分からん物ですねと若い管理職員が言うと、おお、車に撥ねられて死んだおふくろさんの御通夜におやじさんが階段から落っこちて死んだ…、その後の家に引っ越して行くんだから、こっちも挨拶に困ってしまう…とベテランの管理職員は答える。

お葬式のダブルでもなきゃ、なかなかこっから出て行けやしませんからねと若い職員は笑い、そうかもしれんなとベテランの方も笑い出す。

(屋上の洗濯物を背景に)第5話 励みに励む罪

奥さんはここに永住なさるおつもりですの?と洗濯物を干していた由美子が聞くと、ええ、もちろんよ、私たちばかりではなく子供も孫もよ…と洋子は答える。

これからの住まいは団地よ、団地って合理的だわ…、どんどん改善されて設備も良くなるでしょうし…と洗濯物を取り込みながら洋子が言うと、そうね、でも先のことはともかく、せめて奥さん所みたいに2DKなら良いんですけど…と由美子が苦笑するので、いくらご夫婦2人きりでも1DKじゃ狭すぎるわねと洋子も言う。

後悔してるの、少しくらい当選率が良いからって1DKなんかに申し込んじゃったりして…と由美子が愚痴るので、赤ちゃんが出来れば優先的に2DKに越せるらしい和と洋子が教えると、だから…、随分励んでいるんだけど…と由美子は恥ずかしそうに言い笑う。

まだ足りないんじゃないの?励み方が…と洋子は言い聞かす。

一緒にエレベーターで4階に下りて来た由美子が本当にお寄りになりませんと誘うと、そうねと洋子も従うことにする。

どうぞおかけになってと由美子が部屋の中に案内すると、随分お道具があるのね…と部屋を見渡した洋子は驚く。

狭いのは我慢するとして1DKで一番嫌なのは水洗の音…と由美子は茶を煎れながら言うので、2DKだって他の音は全然聞こえないけど、水洗の音はやっぱり…と洋子も同意する。 すると由美子は、2DKの比じゃないのよ、凄いんですもの…とぼやいていたが、その時、どこからか凄い水洗の音が響いて来る。

ほら、あれよ…と由美子が言うと、凄まじいわねと洋子も感心する。

夜中なんてね、両隣同時に鳴らすときがあるの、この間も華厳の滝に巻き込まれた夢見ちゃった…と由美子は言う。 早く赤ちゃん作るのね…と洋子は微笑みかけると、いくらお尻をひっぱたいても駄馬は駄馬…などと由美子は嘆く。

そんな事ないでしょう、お宅なんかお若いんだから…と洋子が世辞を言うと、ううん、口癖みたいにね、会社から帰って来ると疲れた、あ〜疲れたって…と由美子が言うので、含み笑いしている時、駄馬のお帰り、足音で分かるわ…と由美子は言う。 その言葉通りブザーが鳴ったので、空いてるわよと由美子が呼びかけると、ただいまと夫の川島弘二(児玉清)が帰って来るなり、あ〜疲れた…とぼやく。

ね?と洋子に目で合図した由美子は弘二にお帰りと言う。 弘二はいらっしゃいと洋子が来ていることに気付き挨拶して来るが、洋子は気を利かせ、すぐに帰ることにする。

じゃあと帰って行く洋子にご免下さいと弘二は頭を下げる。 スーツ姿のまま椅子に腰掛けた弘二は、お茶でももらおうか…と疲れ切った声で頼む。

そしてネクタイを緩めながら、ああ疲れたな〜と言うので、その口癖止めてよ!と由美子は怒る。

これは口癖じゃないよ、本当にここの所、熟睡してないからな〜と弘二は辛そうに答えるので、大いびきで寝てるわと由美子がからかうと、いや〜、ちょくちょく目が覚めて…と言い訳していた弘二は、うん?ここ片付けて今夜からここに寝ようかな〜とリビングを見回しながら言い出す。

何でさ?と由美子が聞くと、ウ〜ン、どうも…、狭い所に1つの布団じゃ、手足を延ばせば変な物にぶつかったり…と弘二は由美子の方にちらり目を向けながら言う。

あら?私の身体が変な物なの?と由美子が突っ込むと、いや〜、そうじゃないよと慌てて否定した弘二は、僕の言うのは机の足とか鏡台のストゥールにぶつかるって言う意味だよ…と笑ってごまかす。

狭いのは仕方ないわ、他人同士ならともかく夫婦なんですもの…と由美子は言い聞かせ、買えって狭いくらいの方が良いじゃない…と弘二の身体を触ろうとすると、弘二は驚いたように身を引き、うん、そりゃまあそうなんだけど…と小声で答える。

だけど何よ?と由美子が迫ると、いや〜、誤解しちゃ困るよ、西洋じゃね、穏健な夫婦生活はダブルベッドよりトゥインベッドから生まれるって言うのが定説になっているんだ…などと弘二は言う。

それ、ヒポコンデリの定理って言うんでしょう?そんな物がこの際、私たちなんかに当てはまるはずないでしょう!と由美子が言い聞かすと、いや、1つの床に寝る生活は夫婦の倦怠期を早めるって言うよ…と弘二は力なく反論する。

あなた倦怠期なの?と由美子は睨みつける。

ち、違うよ、そうじゃないけど、たまには人のためって言う休養も必要なんじゃないかな〜などと弘二は言い訳する。 本当に、今日も会社の帳簿がちらちらして…と弘二は目頭を押さえる。

気のせいよ、予防線張ってもダメ!と由美子は厳しく睨みつける。

ここで1人で寝たけりゃ寝ても良いわよ、だけどね、義務だけは果たしてもらうわよと由美子が言うので、えっ!と弘二が驚くと、私たちにはね、1日も速く2DKに移るって目的があるんですからね!と由美子は説明する。

その時突然水洗の男が響いたので弘二はビックリするが、あの音!あなただって嫌でしょう?と由美子は言う。

うん…と弘二が答えると、がんばって頂戴ねと由美子が励ますので、弘二は力なくうん…と言う。

ねえ、着替えたら?と由美子が勧めると、うん…と言いながら立ち上がった弘二だったが、あ、めまいが!瞼の裏で数字が回る!と目をつぶったので、何言ってるのよ、地震よ、ほらあんなに電灯が揺れてるじゃないと由美子は教える。

地震か…と言いながら又椅子に腰を降ろした弘二に、しっかりしてよ!と由美子は励ます。

揺れていた電灯のスイッチを入れ点灯する。 翌朝の26号棟 行ってらっしゃいと由美子から送り出された弘二は朝から疲れ切っていた。

廊下の窓から太陽を見ると黄色く見えた。 外に出てまぶしそうにしていた弘二に、後ろからお早うございますと挨拶をして来たのは森田(広瀬正一)だった。

良いお天気ですな〜と森田が言うと、そうですか?と弘二は答え、地震ですね!と言うので、今度は森田の方がそうですか?と不思議がる。

地震だ、凄い!と弘二は動揺し出す。 こりゃ大きいや…と言いながら倒れそうになったので、どうしたんですか?しっかりして下さい!と森田が横から支えるが、手を離した途端弘二は倒れ込む。

(バスがやって来た停留所を背景に)第6話 嫉妬の罪

競馬新聞にチェックを入れながらバスから降りて来た木村宗平は、エレベーターのボタンを押した所で、青木の妻すみ子(草笛光子)から、あら、今お帰りですか?と声をかけられたので、ええ、お買い物ですか?と聞き返す。

そこにエレベーターが来て、降りて来た同じ棟の住民から、お帰りなさいと声をかけられたので、すみ子と共に乗り込み6階のボタンを押す。

ドアが閉まり上がり始めたエレベーターだったが、4階を過ぎた辺りで表示が止まってしまったので、上の階で待っていた主婦が、あらおかしいわ、中間で止まったわねと戸惑う。 エレベーターの中でも、変ですな?と木村が気付くと、止まったみたいですわねとすみ子も言う。

木村が6階のボタンやドアの開閉ボタンを押していると、急に振動が置きエレベーターが揺れたので、すみ子は木村の胸に倒れ掛かり、木村はそれを庇う。

体勢を立て直したすみ子は、どうしたんでしょう?と戸惑う。

さあ?よわりましたな〜、故障ですな、これは…と木村も狼狽する。

非常ベルを押した方が…とすみ子が言うと、ああ…と気付いた木村がベルのボタンを押してみる。

管理事務所の昇降機非常用と書かれた掲示板に103棟の部分に赤ランプが点滅し始める。

若い職員と将棋を指していたベテラン管理員がそれに気付き、非常電話にもしもしと呼びかける。

止まっちゃってるんだよ、え?4階と5階の間らしい…とエレベーター内の電話口に木村が伝えると、すぐエレベーター会社に電話しますから…、え、そのままどこにも触らないで…、ボタンやスイッチなど…、絶対大丈夫です、御心配なく…と管理職員は答える。

どなたですか?部屋番号おっしゃって下さいと管理職員が尋ねると、606号の木村さんと605号の奥様?お二人きりですな?と確認して来たので、ああ、家のにそう言っといてよと木村は答え、すぐ直しに来るそうです…とすみ子に教え電話を切る。

腕時計を見ながら、どのくらいかかるんでしょうかね?とすみ子は案ずる。

夕食の準備中だった木村の妻和子は、電話がかかって来たので出ると、主人が?お隣の奥さんと…、すぐ直すようにお願いしますと管理事務所からの用件を聞いて電話を切るが、よりによってお隣の奥さんなんかと…と嫉妬心をめらめらと燃え上がらす。

(回想)団地内の店で洗剤などを買い物をしていた木村夫婦は、ちょうど通りかかった隣人の青野利夫(藤木悠)とすみ子からよおと声をかけられる。

木村はすみ子の方に笑顔でお散歩ですか?と声をかける。

ええ、お買い物ですの?とすみ子が聞き返すと、ええ、ちょっと…と木村も答える。 じゃあ!と青野夫婦は立ち去って行くが、木村は去って行くすみ子のヒップの動きに目を奪われる。

すげえな…と呟いている木村の横に、何?と和子が寄って来ると、あの奥さん、ダンスが一番巧いんだって?と木村は聞く。

大した事ないわと和子が答えると、凄いグラマーだな…と木村が感心するので、じゃあ頼んで、一度踊ってもらえば?と和子は嫌みを込めて言う。

いや〜と言いながらもいつまでもすみ子の方を見つめている木村に、う〜ん、持って!と和子は持っていた大きな紙袋を押し付ける。

(回想明け)エレベーター内では、木村が競馬新聞を見ており、買い物籠を下げたすみ子は所在なげだった。

腕時計に目を落したすみ子は、もう5分経ちましたわと言うので、何してやがるんだろうなと木村もぼやきながら煙草を取り出したので、窒息しないでしょうか?とすみ子が聞くので、いや、それは大丈夫でしょう…と言いながらも木村は気兼ねして煙草を戻す。 少し口を開閉させ、大丈夫です通風はと木村は言う。

棟の外に駆け出して来た和子は、ちょうど自転車で若い管理職員が通りかかったので、管理人さん、管理人室からエレベーターに電話かけられるわね?と確認する。

606号の奥さんですか?と自転車を止め降りた管理職員が聞くと、あ、すみません、ちょっと貸して!と言うなり、和子は職員の自転車を借りて乗って行く。

止まったエレベーターの前にやって来た管理職員は、1階の乗り場の前に溜まっていた主婦たちに、会社からすぐに技師が来るはずですが、おそれいります、階段をご利用くださいと申し出るが、おなかの大きな奥さんは、え?このおなかで6階まで行けって言うのと聞いて来る。

すみませんと職員は詫びるが、もし流産でもしたら公団に責任取ってもらうわよと人夫が言うので、そんなご無理おっしゃられても…と職員が困惑すると、本当に良く故障するわね、主人の会社ではここのエレベーターは不良品だって言ってるそうよ、どなたが乗ってるの?と口々に主婦たちが文句を言って来る。

606号のご主人と605号の奥様ですと職員が教えると、2人きり?と主婦が聞くので、お2人だけですと職員が答えると、問題だわ、あの2人じゃ…、本当、危険だわ…などと主婦たちは噂し合う。

いえ、決して危険なことは…、安全装置は完全ですから…と職員が意味を取り違えて答えると、主婦たちは含み笑いして来る。

歩きましょうか?と妊婦以外の3人の主婦たちが階段へ向かった時、どうしたんです?故障ですか?とやって来たのが青野だった。

それに気付いた妊婦が、お宅の奥様が乗ってらして…と教えると家内が?と青野は驚く。

605号のご主人ですか?と職員が聞くと、家内1人?と青野が聞いて来たので、御心配なく、606号のご主人とご一緒ですからと職員は安心させようと伝えるが、木村さんと?と青野は驚く。 あいつとなら余計心配なんだ…と青野は考える。

(回想)団地内の店の前で木村夫婦と会っては慣れた時、ねえ、木村さんのご主人もダンスお上手なんですって…とすみ子が嬉しそうに言うので、あいつ、遊び人だからな…と青野は嫌みを言う。

そうなの?と驚いたようなすみ子だったが、月謝を納めた人はどっか違うわね…と嬉しそうに言うので、悪かったね、僕は無粋で…と青野が不機嫌になると、1度踊ってどのくらい上手か試してみようかしら…とすみ子は言うので、えっ?と青野は動揺する。

(回想明け)君!エレベーターと電話通じてるんだろう?と青野が聞くと、ええ、事務所からでしたらと職員が教えると、すぐに青野は事務所へ向かいながら、悪い奴と一緒だ、あいつと来た日にはこの前飲みに行った時…と思い出しながら走り出す。

(回想)クラブで隣りに座ったホステスのバストを揉みながら、乳相を見てやるよ…などと木村が言うので、何?乳相って?とホステスが聞くと、おっぱいの相さ、男運を見るにはね、これに限るんだ…などと木村はうそぶく。

とか何とか…、ダメ!とホステスがその手を振り払うと、良いじゃないか、上からだって100発100中!などと言いながら執拗に迫る木村を同じボックス席で見ていた青野は、よ、あんな巧いことやってるよと隣りでふて腐れているホステスに言う。

うん、良い、なかなか良い形だな…、美しい物は鑑賞、いや感触しなくちゃ…と木村は言い、あらあんなこと…と呆れるホステスに、うん、良い運勢だなどと目をつぶって言う。

本当?もっとにぎって!とホステスがねだると、煙草を口から外し、よしよし…と言いながら乳首を触り始めたので、それをずっと見せつけられていた青野は、畜生!こっちも乳相と行こうじゃないかと言いながら隣りのホステスの胸を揉み始めると、隣りの不機嫌なホステスは吸っていたタバコの火を掌に押し付けて来たので、アチッ!と思わず手を引っ込める。

管理事務所の電話からエレベーター内に、もしもしと呼びかけた和子は、あなた何してらっしゃるの?と聞くと、何にもしてないよ、おい頼むよ、うんと請求して早く出してもらってくれよと木村は答える。

ええ、そう?と和子が答えている所に駆けつけたのが青野で、奥さん、良いですか?と断って受話器を受け取ると、家内と変わってくれと頼む。

あ、すみ子!大丈夫か?と確認し、何してるんだ?と聞くと、何もしてないわよ、頼むわ、早く出してもらいに行ってよとすみ子は答える。

私、困るわ、早く!とわざとパニくっているように伝えたすみ子は一方的に電話を切る。

少し木村から離れたすみ子が足をもじもじさせ始める。 尿意を我慢していたのだった。 すみ子!と呼びかけた青野だったが、電話が切れたので、いつになったら来るんだ?と聞くと、もうすぐ、会社を出たそうですから御心配なく、どこのボタンもスイッチを押さないよう注意してありますから、絶対にお危険なことは…とベテラン職員は答える。

すると青野がやたらに触られてたまるか!と言うので、職員は、えっ?と驚き、側で聞いていた和子も、もう20分も…と呟き気が気ではなくなる。

(和子の妄想)木村とすみ子はエレベーター内でダンスを踊っていた。 お上手だわ…とすみ子が囁きかけると、僕たち、こうして2人きりになる運命だったんですねと木村も答える。

最初、お目にかかったときから、私何か惹かれて…とすみ子が言うと、僕もです、このまま一生このエレベーターの中にいたい…と呟くと、私も!と言いながらすみ子は木村に強く抱きつく。

私、主人の話します、あなたも奥さんにお話しして…とすみ子が言うと、僕たちはお互いがお互いを必要なんだ…と木村は答え、互いにキスをする。

(妄想明け)和子は気疲れで椅子に崩れ落ちたので、奥さん!どうしました?と職員は驚く。

今、電話して下さいと和子が頼むと、青野が受話器を取り上げ、もしもし!とエレベーター内を呼び出す。

受話器を取った木村が、早く頼みますよと訴えると、もうとっても…、電話で話すのも辛いんです…、頼むよ早く!と訴え電話を切る。

木村の方も尿意と戦っていたのだった。

エレベーター内の2人は尿意を我慢してくるくる回り始める。

電話が切れたので、おかしいな?と青野が電話にフックをガチャガチャさせ始めると、和子も気になり、受話器を青野の手から奪い取ると、もしもし!と呼びかけ、出ないわ…、出てくれないわと言い出す。

青野ももう一度受話器を受け取り、もしもし!と呼びかけるが、尿意と戦ってうろついていた木村もすみ子も、もう電話のブザーに答える余裕はなく、思わず木村は受話器に向かってうるせえ!と怒鳴りつける。

やがてすみ子も木村もしゃがみ込む。 しかし電話が応答しなくなったので、受話器を外しっぱなしにしたな…と青野は邪推する。

どうしてでしょう?と和子が聞くと、青野はあらぬ妄想を抱き始める。

(青野の妄想)素敵だ!美の極致だ!芸術だ!と木村はすみ子を前に褒めちぎっていた。

ああ、この乳相!この感触の素晴らしさ!と言いながら木村はすみ子の背後から乳房を両手で揉み始める。

(妄想明け)畜生!と悔しがった青野は、何してるんだ、エレベーター屋は!と職員に文句を言う。

すみませんと職員が詫びると、君には何ともならんのかと青野が聞く。

職員は笑って、私には何とも…、絶対に間違いございませんから、もうしばらくお待ちになって…と気軽に答える。

間違いないって保証できるのか?と青野が怖い顔で迫ると、はっ?そりゃもちろん…と職員は少し及び腰のなり、ちょっと失礼を言いながらトイレに入って行く。

エレベーター内の木村は受話器を握りしめ我慢の限界と戦っている内に電話線を引きちぎってしまう。

すみ子の方も我慢の限界が迫っていた。

2人は身悶えしながらエレベーター内を移動するが、それは恰もダンスを踊っているように見えた。

エレベーター会社の車が到着したので、早く、早く!と待っていた青野と和子は急かす。

上から動かします!とエレベーター会社の人間が上がって行ったので、青野と和子も6階で待つことにするが、やがてエレベーターが動きだし、6階で止まって扉が開いたので、2人は中の2人を待ち受けるが、中から飛び出して来た木村とすみ子はそんな2人を押しのけてそれぞれの部屋へ走って行く。

事情が分からない和子と青野は互いに見つめ合い、あなた!すみ子!と呼びかけながら自分たちも部屋に戻ると、部屋の中に姿はなく、やがて大きな水洗の音が響いて来る。

その部屋の前に近所の住民と管理事務所の職員が集まって来る。

その夜、寝床に入った和子は、あなた、本当に何にも?と聞くと、うん?当たり前じゃないか、エレベーターの中でそんな…と木村が寝たばこで答えると、その煙草を取り上げて灰皿で消しながら、だってあなたが最初に会社でキスしたの、エレベーターの中だったわよと和子は指摘する。

すると枕にうつぶせに鳴っていた木村が和子の方に向き直り、君とは別だよと言うので、和子はうん、そんなこと言って!と甘えたように人差し指で木村の鼻を弾く。

おばかさんと言いながら、そんな和子を抱き寄せた木村はキスをするのだった。

一方、青野の方もベッドの中で、本当にどこも?とすみ子に聞いていた。

くどいわ!とすみ子がすねると、ねえ、本当にこんなことされなかった?と言いながら青野が胸を触ると、嫌な人と笑いながらすみ子は青野の首にすがりついてキスして来る。

団地の窓の明かりが1つ2つ消え、すぐに夜が明ける。

第7話 文明の罪

集会所の掲示板には「自治会・婦人部定例集会 9月24日・2時から」の貼り紙が貼ってあった。

この度ようやく公団との話がつきまして、念願のセルフサービスクリーニング機がやっとこの団地にも設備されることになりました…と洋子が発表すると、出席者からぱらぱらと拍手が起きる。

どこのお宅にも洗濯機はございますけど、背広やシーツはやっぱりクリーニング屋さんに出していましたが、今度の機械はそれこそ、靴下から毛布までクリーニング一切が出来る機械です、まあ、靴下や毛布は家の機械で洗うとしましても、下着や浴衣なんか一週間分くらい貯めといて、ぼこんと放り込めば良いんですから非常に能率的ですと洋子は続ける。

使用料はあの…、ちょっとお手元の資料をごらんになって下さいと洋子が促すと、安いわ、1ロール4.5リットルって言うと、随分洗えますわ、クリーニング屋に出す半値以下でしょうね?それに早いし…と感心し、回りに同意を求める。

これだと家なんか一週間にいっぺん30分で全部OKだわ、今まで洗濯で消耗した分、他のことにもっともっと励めますわと由美子が隣りに座っていたみどりに話しかけると、経済的にも時間的にも一層サークル活動を活発にして教養を高める余裕ができますわよね?とみどりも笑顔で賛同する。

別に主婦じゃなくてもお金さえ入れれば…、要するに自動販売機ですもの…、だからハワイなんかじゃ、ご主人の趣味の1つなんですってクリーニングに行くのが…とすみ子が隣りに座っていた和子に教える。

本当?じゃあ家もハワイスタイルにしますわ、がちゃんとお金を入れるくらい誰でも出来ますものね〜と和子は嬉しそうに言い、ねえ?と笑顔で頷くすみ子とともに拍手をする。

その結果、木村と青野は大量の洗濯物を入れたビニール袋を背負って、朝からコインランドリーの所へ行かされるはめになる。 第9レースだけでも間に合わないかな?と木村が言うと、大分ありますからねと青野は言い、随分貯めやがったな〜と木村は洗濯物を見てぼやく。

今日は大穴出そうなんだよね?と木村は悔しがると、大穴ね…と青野も興味を持つ。 赤ん坊を背負った松田も、弱ったな〜とぼやきながら、ガラガラと大量の洗濯物を持ってコインランドリーへ向かっていた。

田岡も同じように大量の洗濯物を抱えて「セルフサービスクリーニング KOGANE VILLAGE」なるコインランドリーに向かう。 花井もコインランドリーで木村と青野に出会い、御精が出ますななどと挨拶し合う。

太郎も大量の洗濯物を両手に抱えてコインランドリーに向かっていた。

いつも疲れ切っている弘二と森田もコインランドリーへ向かう。

三谷と佐藤も途中で出会ってお早うございます、洗濯日和ですなと挨拶する。

コインランドリー内の待合室に集まった男たちを前に、現代のエネルギー革命は益々女権を拡張させ、この現象など亭主族蔑視の極限でしょうな先生と太郎が花井に話しかけると、いや〜、文明が進むと言うことは、女権が男権に追いつき、更に追い越し追い抜くと言うことですからなと花井が答えると、なるほどね、文明は女に栄光とレジャーをもたらし、男には屈辱と労働強化をもたらすって訳ですか?と木村が苦笑する。

そこにベテラン管理職員も洗濯物を持って来る。

昔は井戸端会議と言うのは女房族の専売だったそうですが、近代文明は主客を転倒したんですか?と青野が聞くと、しかしですね、こう言った愚痴でも、日曜日ごとに皆さんとお話しできるのもこの洗濯場のお陰じゃありませんか?と弘二が言い出す。

ま、情けないがその通り…と三谷が答え、そこで1つ、私に提案があるんですがねと言い出したので、提案?どう言う?と太郎が身を乗り出すと、団地とか公団住宅とか新しそうに言っても所詮はコンクリートの棟割り長屋なんですよ、お互い長屋の連帯感を共有してですな、我々男性も女房族に負けないくらいの横の繋がりを持って、男権拡張のために戦う!って言うとまあ語弊がありますが、我々の団地を積極的に住み易くするための行動を起こそうじゃありませんか?と三谷は言う。

すると、同感です、賛成ですと声があがり、所詮我々はここから脱出することなど出来そうもないんですから…と太郎が言うと、赤ん坊の世話をしていた松田が振り返り、私も大賛成ですよ、私は1日も早く、この託児所設置の運動を起こしていただきたいと訴える。

ああごもっとも!と応じた三谷は、皆さんも1つご意見をと募る。 手を上げた太郎は、私はあえてここに王政復古を唱えたいと言い出したので、王政復古?と三谷は驚く。

さようと太郎が答えると、どう言うことですか?と花井が質問する。

つまりですな、今を昔に返したい、今は亭主と言う名はあっても関白の位はないと太郎は断ずる。

あ、なるほど…、それで王政復古!宮さん宮さん、お馬の前で〜♩って奴ですな?と木村は納得する。

男たちが一斉に笑い出すと、それにはです、まず我々はこの生活に絶望してはいけないんですと太郎は続ける。

皆さんもおそらく当選した時には手を打って喜ばれたんじゃないでしょうか? 何より前より文化的な合理的な住居が手に入ったんですから… 入居後に色んな不便や不満にぶつかって行きますが、それに対して男性側は去勢された犬みたいにいつも尻尾を垂れているのがいかんと思うのですと太郎は続ける。

家に帰れば居眠りばかりしている亭主の現状では、亭主蔑視は当然でしょうね?と弘二が指摘する。

ですからもっと行動的に!我々は去勢された犬じゃない、関白の位はお呼びもないが、せめてわんぱく亭主くらいの術は得ようじゃありませんかと太郎が呼びかけると、うん、新王政復古ですなと三谷が応じ、宮さん、宮さん、お馬の前で〜♩と歌いながら松田が赤ん坊をあやし始め、そのまま外に出て行く。

それをみんな笑顔で見守る男性陣は一斉に拍手し、宮さん、宮さん♩とみんなで歌い出す。

小学生の鼓笛隊が小太鼓を打ち鳴らす。

団地内を子供楽隊がパレードを始め、「10周年記念団地祭」が始まる。

鼓笛隊の後ろから子供の王様王女様を乗せた花トラックが続き、その後ろにはチンドン屋が連なっていた。

それを嬉しそうに見守る佐藤一家。

花井はいつものように双眼鏡で下を覗き、その横でみどりは紙吹雪を撒く。 ベランダに大量のおむつや布団類を干し、赤ん坊を背負った松田も嬉しそうに手を振る。

太郎と花子も嬉しそうにベランダから見下ろす。

三谷一家も嬉しそうにベランダから安男に紙吹雪を撒かせていた。

弘二と由美子夫婦も紙吹雪を撒く。

青野夫婦も木村夫婦喜んで見ていた。 パレードには龍踊りも参加していた。

紙吹雪が舞う中、団地の中を通過するパレードの列


 


 

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