白夜館

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花のヒロイン 

 

 

 

幻想館

 

大根と人参

当時松竹内でNo.1監督扱いだった小津安二郎監督が亡くなった後、その遺稿を元に松竹No.2の位置にいたと言う渋谷実監督が撮り上げた作品だが、元々全く個性の違う監督だけに、小津調と言うよりも渋谷調になっている。

外っ面は真面目で柔和で無害そうな凡人に見えるけれど、その実、臆病で吝嗇家で内弁慶で癇癪持ちの子供っぽい主人公が、ある時、縁故入社させていた自分の弟が会社で不始末を起こした事を知り、絶対やりたくない自己犠牲を払わねば身の破滅になる事を知り「窮鼠猫を噛む」ような思わぬ行動に…と言う悲喜劇を描いている。

小津作品では温厚で誠実そうな好人物の父親イメージのある笠智衆さんが、長門裕之さん演じるダメ人間の典型のような弟役同様のダメ中年男として描かれており、兄弟揃ってのダメ人間振りが家族全員を混乱に巻き込んで行く。

さらに背景には、当時「蒸発」などと称していた「失踪人」問題も絡めてある。

タイトルの「大根と人参」と言うのは、劇中で岡田茉莉子さんが言う「その辺にどこでも転がっている地味で目立たない存在」の暗示らしく、その普段は目立たず軽んじていたものが突如思いがけない突飛な行動を起こすコミカルな展開になっている。

笠智衆さんのユーモラスな演技は「酔っぱらい天国」(1962)などでも経験済みだし、長門裕之さんのコミカル演技も日活コメディなどでお馴染み。

山形勲さんも特にとぼけた演技ではないものの、笠さんと大人になっても喧嘩し合う大人げない同級生の親友として真面目に演じている。

笠さんがどちらかと言うといつものやや不器用な…と言うか、分かり易いおとぼけ芝居をしているのに対し、山形さんの方は怒りっぽい単細胞なキャラとして描かれており、その対比がおもしろい。

そうしたドタバタ要素のある男たちのキャラに対し、気が強くてキュートな娘を描かせると巧い渋谷監督は、今回、有馬稲子さん、岡田茉莉子さん、司葉子さんらと張り合う美人4姉妹の末っ子として加賀マリ子さんを奔放ながら愛らしい娘に描いている。

中盤は小津作品ゆかりの女優たちの演技合戦が楽しめる仕掛けになっている。

最初から渋谷監督映画として見ればまあそれなりに楽しめなくもないのだが、「小津安二郎記念映画」と言うような冠を付け、松竹が「小津安二郎」の名を利用して営業したように見えるため、小津監督のようなものを期待して見た観客には戸惑いがあったのではないだろうか。

正直な所、渋谷監督もやりにくかったのではないか?

確かにキャスティングなどを含め小津監督風の要素は大いにあるのだが、渋谷監督特有のユーモアセンスが加わっているため、見ようによっては小津監督のセンスに敬意を払いながらもちょっとからかっているようにも感じなくはない。

そう言う渋谷監督特有の手法を楽しめるかどうかでこの作品の評価も変わるような気がする。

小津監督の遺稿がどのくらい再現されているのか分からないが、結果的に小津ファンにも渋谷ファンにも中途半端な印象の作品になったのではないかと思う。

ストーリー以外でも渋谷監督のセンスは美術などにも見られ、山樹家の自宅は長い階段を登った高台の斜面に建っている家と言う事なのか、2階が出入り口と寝室になっていて、地下がリビングなどになっていると言う不思議な構造になっている。

キャストロールに(東宝)と入っているのは、乙羽信子、加東大介、森光子、司葉子の方々で、池部良さんは入ってないのがちょっと意外な気もする。

池部良さんはこの当時、東宝所属ではなかったと言う事だからだ。

アスパラの薬箱、夢の超特急、吉展ちゃん事件など当時の時代背景を感じる要素も入っている。

漫画家の加藤芳郎さんも「オンボロ人生」と同じように役者として出演しているが、セリフは吹替だと思う。

口元がはっきり写っているのが2カットしかなく、他は口元が隠れている上に声も違っているし、話し方も流暢だからだ。

有馬稲子 「オンボロ人生」でもパントマイムしかやっておられなかったので、本作でも御本人が声を当てたのではないと思う。
▼▼▼▼▼ストーリーを途中まで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1965年、松竹、野田高梧+小津安二郎原案、白坂依志夫脚本 、渋谷実監督作品。

小津安二郎記念映画(のテロップ)

銅鑼の音と松竹富士山マーク

8時50分 東京駅 警視庁調査ニヨル、日本全国ノ家出人総数ハ

昭和36年 57,601名

昭和37年 84,430名

昭和38年 84,198名

昭和39年 ー

タイトル 仮免許運転中のナンバーを付けた自動車が住宅地で運転練習中、岡持を持って出前をしていたバイクとぶつかりそうになるハンドルを切ると、そこに通りかかった水上康介(長門裕之)が轢かれそうになり、ああ驚いた!と肝をつぶす。

運転していた山樹恵(加賀まりこ)は悲鳴を上げながら急ブレーキをかけ、助手席に座っていた鈴鹿三郎(三上真一郎)がすみませんでしたと謝りながら降りると、気を付けろよサブちゃん、もうダメかと思ったがねと康介は言う。

俺の37年間の清く正しい生活がぱっぱっぱって飛んで行ったぜ!と言いながら運転席の恵に言うと、恵はごめんね、おじさん…と恐縮して詫びると、何しろ独身なんだからね俺は…、今死んだら世間の目が可哀想だよ、全く…と康介はぼやきながらも、先行ってるよと言い残し階段を登って行く。

まだドキドキするわ…と恵が動揺が収まらないことを明かすと、誰だって今くらいのことはするさ…と三郎は慰め、今度の日曜日、バイバスでも走ってみないか?と誘うと、うん、電話する…と恵は答える。

こんちは…と声をかけ家に入って来た康介は勝手にソファに座り新聞を読み始める。

そこに料理を持った山樹信代(乙羽信子)がやって来たので、もう一度、こんちは!と声を掛けると、いらっしゃいと信代は答える。

兄貴は?と康介が聞くと、同窓会よ姫校時代の…と信代は教える。

同窓会と称して実は偉大なるバストとヒップを所有する若い女と…と康介がからかうと、そんなことが出来る人だったら今頃重役よと信代はテーブルを拭きながら答える。

謹厳実直サラリーマンの模範か…と康介が皮肉ると、あれでも雄ですかね、兄貴は?と聞くので、多分ね、私が4人も子供を産んでいるから…と信代は答える。

へへへ…、匂いのしない雄だな…と言いながら康介は立ち上がるとテーブルに近づく。

今夕の山樹家のディナーは?ソウコウモクヒらしきものだな…と康介が言うので、ソウコウモクヒ?と信代は意味が分からないように聞き返すと、つまり葉っぱだよと康介は答える。

ごちそうがなくて悪いわねと信代が詫びると、妻と言う雌は例え魅力のない夫でも、留守の間がぜんごちそうを作る意欲をなくすものですな?と康介が皮肉を言うと、任して下さいと言い、ステーキ用極上サーロイン3ポンド!口に入れるととろりと溶けるステーキをね、私がただ今腕によりをかけててんと持って来た土産を出して言う。

しかし信代が椅子に腰掛けてにやにやしながら康介の顔を見つめたので、何すか?と康介が聞くと、おかしいわねと信代が笑うので、何が?と康介が聞くと、何か頼み事でもあるんじゃないの?と信代は聞く。

ほんの気持ですよ、気持…と康介は言うが、滅多にないことだわ、気味が悪いと信代がからかうと、相変わらず信用ないんだな俺は…と康介はちょっとすねて見える。

それでも二階に向かって、恵子ちゃん、今俺はステーキ作るから手伝ってくれよと康介は呼びかける。 しかしセーターを着ながら恵子は、冗談じゃないわよ、私お料理なんて大嫌い!と答え、おじさんは心配事があると食欲が涌くたちなんですってね〜?と皮肉るので、何言ってんだ?そんな事言ったかな〜?と康介はむっとする。

言った、言ったと信代も言うので、ええ!と康介が驚くと、いつかあなたが捨てた女が殺すって追い回していた、あなたチキンカツとエビピラフをぺろっと食べてコーヒ2杯も飲んだって言ったじゃないのよ?と信代は指摘するので、そうだっけ?と康介はとぼける。

その頃、姫校の同好会では、何だ、お前の息子夫婦は孫をお前に預けっぱなしか?とある男に聞くと、女房は女房でやれお花の会、やれお茶の会…とその男が愚痴るので、それでお前は子守りばっかりか?と別の同級生(北竜二)がからかって笑い出す。

その笑った男が、おい、滝?どうした?とふらつく足で立ち上がり、滝と言う男の方へ近寄る。

お前と駅前の本屋の娘を張り合ったな?などと話しかけると、梅干しババアか…と声をかけられたテーブルの男たちが笑い出す。 君所の子供はいくつになるね?と聞かれた藤本(中村伸郎)は、2つ、2歳だよと答えると、そら又小さいね…と隣りに座っていた男が驚く。

おれ、再婚したんだと藤本が言うと、へえ…、で、いくつだい、嫁さんは?と年を聞いた男が聞くと25歳と答えたので、こいつ!巧くやりやがったな〜!おい、美人か?と立ち上がった男が絡んで来る。

身が持たないさ…と藤本が答えると、何〜!と聞いた男は悔しがる。

どうもバランスが狂っちゃった…と藤本が言うので、バランス?と他の男が聞く。

だからさっきから話す元気も出ない…、悪しからず了解してくれ…などと藤本はぬけぬけと言って頭を下げてみせる。

それに出席者が全員笑った所で、じゃあ、お前の健康のため乾杯と行こう!と隣りに座っていた男がグラスを持って立ち上がると、乾杯!と音頭を取る。

すると出席者全員が乾杯に応じ、離れで差し向かいで飲んでいた鈴鹿剛平(山形勲)と山樹東吉(笠智衆)もおう!と乾杯に唱和する。 いや、ありがとう…と藤本は礼を言う。

一方離れで鈴鹿と差し向かいで飲んでいた山樹は、そうか…、秋山がガン?と聞いていた。 切ってみないと分からないが、70%はね…と鈴鹿は苦そうにビールを飲む。

で、本人は?と山樹が身を乗り出して聞くと、胃潰瘍だと思っているよと鈴鹿は答える。

良くあるケースだな…と山樹が呟くと、秋山は秀才だったな〜と鈴鹿は若き日を思い出す。

やがては社会のトップに立つ大物だと俺たちは信じていた、それが一生貧乏して、挙げ句の果てがガンときてはね〜と鈴鹿は嘆く。

女房がいけないんだよ、全然理解がないからな〜と山樹は指摘する。 秋山の専門の高分子学と言う奴は今脚光を浴びている学問だ、安月給の大学教授でくすぶってる事はないよと鈴鹿は同情する。

秋山もものぐさな所があるよな…と山樹が言うと、うん、それはあるな…と鈴鹿も同意する。

いっそ教えてやったらどうだい?と山樹が言うので、何を?と鈴鹿が聞くと、本人にガンだと言う事をさ…と山樹は言う。

そんな無茶な事、お前…と鈴鹿が苦笑すると、無茶なもんか、ダレス長官を見ろよ、ダレス長官…、ガンを宣告された後全世界にそれを公表して活動を続けながら死んだんだよと山樹は言う。

秋山はそんな偉人じゃない、平凡な日本人だと鈴鹿が言うと、相簡単には言えないぞと山樹は反論する。

秋山がな、ガンと対決して立派な仕事をする意思と力の持ち主でないと誰が断言できる?と山樹が言うと、それを聞いた鈴鹿は苦笑し、物にはな言って良い事と悪い事の二通りがあるんだと鈴鹿が言うと、俺は言って良い方の奴だ!それが本当の友情だよ!と山樹は怒り出す。

貴様、自分の事じゃないからそんな冷たい事が言えるんだ!温かく見守ってやる事、それが心の友情だぞ!と鈴鹿の方も怒り出す。

しかし山樹は、いや違う!それじゃ黙って死に追いやるようなものじゃないか!と言い張る。

そこに近づいて来た藤本が、おい、2人ともいい加減にしないか、せっかくの同窓会じゃないかと仲裁に入ると、急に鈴鹿が馬鹿野郎〜!と大声を出したので、えっ?と藤本は虚をつかれる。

お前に言ったんじゃないよと鈴鹿が言うと、何か言いたげだった山樹が立ち上がったので、その肩を叩いて座らせた鈴鹿は、俺はもう帰るぞと言い出し、山樹も俺も帰ると言うので、おいおい、二次会あるんだぞ、どうするんだい、二次会!と藤本は慌てる。

一方、部屋で車のパンフレットを見ていた恵子は、これはエンジンは抜群なんだけどデザインがちょっとあか抜けないでしょう?こっちはデザインはイカしてるんだと良いながら別のパンフレットを取り上げる。

頭金20万円で10ヶ月の5万円月賦!と恵子はパンフレットを見ながら言う。

帰宅し着物に着替えて、うん?と言いながら近づいて来た山樹に、これはね、三郎さんが乗ってるファミリア!と恵子は言う。

三郎?と山樹が聞くと、うん、彼はこれが一番堅実だって言うのよ、ねえ、どれが良い?と恵子が聞くと、電車が良い、電車が!都内には駐車場もないじゃないか!と山樹は不機嫌そうに答える。

だって私せっかく…と山樹に追いすがろうとする恵子だったが、恵ちゃん!と信代が諌める。

うん!と恵子は膨れ、洗面台でうがいをし始めた山樹に、兄さん…と啓介は話しかけるが、何だ!と山樹が不機嫌そうに答えるので、別に…、大した事じゃないんだ…とごまかす。 寝るぞ、俺は…と山樹が言って立ち去ると、お休みなさいと啓介は挨拶をする。

今夜の兄貴はスペシャルだね?と二階の寝室に入ってしまった山樹の事を信代に言うと、ううん、何かあったのかしら?と信代も不思議がるが、その時、大きな山樹の咳が聞こえて来たので、階段の下で見上げていた康介は逃げ出す。

変な奴だとお思いでしょう?本当は極月並みな男なんですよ、今夜はスペシャルなんだ…(と康介の独白)

咳で寝床から起き上がり二階から起きて来た山樹に呆れたり怯える信代、恵子、康介たち…

結婚生活28年、浮気は2度…くらいしたかな?ま、そのくらいは認めてやって下さい、男の浮気なんて犬が電信柱におしっこをするみたいなものだから…(康介の独白)

山樹は薬の錠剤を飲み、信代が差し出したコップの水を飲む。

すると、おい!と言いながら身体をくねらせたので信代が背中を叩いてやると、うるさそうに睨んで二階へ戻る山樹。

元はと言えば恋愛結婚です、28年前のデートで、もっぱら姉さんがローレライを歌って聞かせたらしい、兄貴感動しちゃってね、とたんに結婚、へへへ…、古い古い話だ、ま、これは伝説ですがね、兄貴の人生はただただ繰り返しの人生です(康介の独白)

信代は鏡台の前に行き化粧を落し、自分も二階の寝室へ上がると、既にいびきをかいていた山樹の隣りの布団に入る。

お風呂は二日にいっぺん、奥さんとは…、ええ奥さんとは10日にいっぺん… 所要時間は7分から25分、避妊のためには荻野式、真面目なんですよ、臆病なんですね(と康介の独白)

朝です(康介の独白)

起床時間は判で押したように7時20分、おい、おい!と呼びかけながら洗面台に向かう山樹に、はい!と答えながら沸騰したてのやかんを持って行く信代。

長年連れ添った夫婦の間では最小限の言葉全てが通じるようですな、おいだけで夫の要求をたちどころに理解します、は〜ん、偉いもんだ(と康介の独白)

ひげを剃り終えテーブルに座った山樹がおいと呼ぶ。

新聞でしょう?ざ〜っと見出しだけ、ざ〜っとね…、へえ天下太平だな、所在ないと貧乏揺すり、あ、こりゃいけませんな…(康介の独白)

おい!と呼ぶ山樹。 ほら又…、信代さんて言えないのかね?セックスのときもおい!でしょうね、刺激がねえな〜…、それでも子供が4人生まれました、揃いも揃って女ばかり、原因不明…(康介の独白)

山樹に茶を出した信代は洋服ダンスから服を取り出す。

ご自慢のこの絵は僕が売りつけました、時価80万円、もちろん偽物ですよ、この家を建てるのに無理しました、よしゃ良いのにね〜(康介の独白)

コートを着、鞄を信代から受け取って出掛ける山樹。 行ってらっしゃいと見送る信代。

一流の下と言った所の内外商事の総務部部長、その地位を得るために30年間、彼はこの生活を、この道を繰り返し、繰り返し、またまた繰り返し…(康介の独白)

池の蓮の葉を数えているような山樹。 電車で会社に出勤する山樹。

車内の複雑な派閥争いのどれにも付かないように、又どれにも付くように使い分け、若いビジネスガールには優しいおじ様と思われ、部下たちはさほど警戒する必要のない上役と思い、自分の机の所に到着した山樹は、近くで行なわれている工事の大きなくい打ちの音でびくんとする。

部下の1人(穂積隆信)が、昨夜帰って来ましたと報告に来たので、ほお、どうだった?ハネムーンはと山樹が聞くと、は、夢の超特急で大阪へ…と言うので、ほお、そら良かった…と言いながら、部下が持って来た報告書を読み始める。

その後も、ブラインドの隙間から外のくい打ち機を見ながら、音に合わせてびくん、びくんとしながら目を白黒させる山樹。

これですからね〜、むしゃくしゃ、イライラ病が起きるのも当たり前ですよ(康介の独白)

総務部にやって来た康介は、兄さん、折り入ってお願いがあるんですがね〜と山樹の前に来て切り出す。

するといきなり山樹は、ええ?お前はね、俺のお陰でこの会社に入り、俺あればこそ係長になれた事を良く覚えとけ!と言い出したので、又恩に着せる悪い癖だよ…、あ、嫌な奴が来た!…と康介は考える心の中で叫ぶ。

書類と判子と会議と電話の親玉… お早うございます!と総務部全員が挨拶して出迎えた社長に、ぺこぺこしながら付いて行く山樹は、係長、良く調査しなさいと社長室に入る時睨んで来る。

そして、ガラス壁越しにぺこぺこしている山樹の姿が見えるので、気持は分かるよ…うん!と康介はふて腐れながら部屋を後にする。

時には学生時代から馴染みの北国料理の店に引っかかります(康介の独白)

座敷で出迎えた女店員(高橋とよ)は、おや珍しい、メザシでしょう?焼きましょうねと常連らしい対応をする。

さあさあ、メザシ食ったら早く帰りなさいよ、のんびりしてないで!お客さんが来てるんですよ、お客さんが!(康介の独白)

自宅では、箪笥の中から札を取り出す信代を、訪問していた秋山の妻君子(森光子)が、庭を眺めているような振りをしてちらちら横目で見ていた。

秋山さんって本当に運が悪いんですね〜…と信代が気の毒がると、ええ、ずっと後輩の教授の方が接着剤の特許などで大儲けしていると言うのに、秋山はそう言う事に無関心ですから、手術代の蓄えも無く…と秋山の妻が言うので、ご苦労でございますわね〜、奥様も…と信代はすっかり同情してしまう。

でも、ほら、私も悪いんです、第一学者の細君って柄じゃありませんもの…と言いながら信代の横に座った妻は、あの人との結婚は失敗でした点、最初の出発から謝ってましたから…とこぼす。

あの〜…失礼ですけど、これで手術の費用を…と神に包んだ金を信代が差し出すと、御恩は一生忘れません、助かりますと妻は頭を下げる。

その時、玄関ブザーが鳴ったので、お帰り?と妻が言うので、ちょっと…と言いながら信代は立ち上がる。

開き山さんの奥さんがお見えになっているのよ…と帰宅した山樹を出迎えた信代が教えると、あの…、色々お世話様になりましてと妻が頭を下げてさっさと帰って行く。

部屋に入って来た山樹は、おい、これ買ったのか?と机の上に置いてあった着物と帯を見つけ信代に声をかける。

だって開き山さん、あんまり可哀想だったし…と信代が来て説明するので、それから明後日社長の奥様に呼ばれているでしょう?勤続30年の激励パーティ、着ていくものなかったし…と言う。

同情のために買ったのかね、パーティのために買ったのかね?と山樹が聞くと、両方ね…と信代は答える。

そんな信代に、はい今月分、倹約して下さいよと言いながら給料袋を山樹は差し出す。

はいと言って受け取った信代に、どうなんだ、秋山の具合?と山樹が聞くと、それがあなた、来週手術だって言うのに手術料もないんですって…と信代は教えると、ふ〜ん、一度見舞いに行かにゃいかんと思っていたんだがね…と山樹は答える。

秋山の妻が急いで帰る中、ガンじゃもうダメかな〜…、秋山も…と山樹は言いながらネクタイを解く。

その頃、菊の花が咲き乱れる秋山邸に見舞いに来た鈴鹿から話を聞いた秋山(信欣三)は、ふ〜ん、そうか…、お前がとうとう専務かい?喜んでいた。 何にもせんむさと冗談で返して鈴鹿は笑う。

最初に資本家の仲間入りか?馬鹿野郎と秋山がからかうと、やられた、やられたよ、みんなにこっぴどく…と鈴鹿は同窓会の事を明かすと、俺も行きたかったな、同窓会…と秋山は無念そうに言う。

本当の友達は学校時代にしか出来ないからな…と鈴鹿も答える。

そこによお!と呼びかけながら菊の咲き乱れた庭を通ってやって来たのが山樹だった。

何だ、お前も来てくれたのかと秋山は声をかけるが、先に鈴鹿がいる事に気付いた山樹は表情を曇らせ、帰ろうとする。

まあ上がれよ、そこらに座ってくれ、あいにく女房がいなくてな…と秋山が言うと、鈴鹿も山樹を嫌って立ち上がり、反対側の障子を開けてタバコを吸い始める。

どこ行ったんだい、奥さん?と聞きながら、鈴鹿に背を向けるように縁側に腰を下ろした山樹に気付かず、こうみんな来てくれたんじゃ、同窓会に行かなくてもすむな…と秋山は喜ぶ。

手術はいつだい?と山樹が聞くと、来週の日曜日だと秋山は答える。

ふ〜ん、そうか…、それでな…と山樹が話しかけようとしたとき、先ほどからその発言を気にかけていた鈴鹿が、な〜に、胃潰瘍の手術は今じゃ盲腸の手術の次に簡単だそうだからな、気にする事はないよと大声で言い、山樹の発言を遮る。

秋山は嬉しそうに頷くが、発言を邪魔された山樹は膨れるが、風流だな、お前も、菊造りか…と目の前に咲いていた菊を触りながら話題を変える。 すると秋山が、相変わらずだな、お前は…と話しかけて来たので、えっ?と山樹は驚く。

貧乏揺すりさと秋山が教えると、あ!やってたか…と山樹は自分で足下を見て気付くと、重役にはなれないぞ、お前は…、貫禄がないと秋山は指摘して来て笑う。

その時、鈴鹿が、おい、失敬しないか?と山樹に声をかけて来て、山樹が返事をしないと、おい!と近づいて肩を叩くが、今来たばかりだ!と山樹は上を向いて怒鳴り返す。

その頃信代は杉岡謙五郎と表札のかかった社長宅に、秋山の妻から買った着物姿でやって来る。

内外商事が今日のようになりましたのも、ひとえに社員の皆様方のご努力の賜物でございます…と社長夫人(東山千栄子)が既に挨拶をしていたので、信代は急いで出席者の奥様連中をかいくぐり壁際に陣取る。

それは又同時に奥樣方の努力なしでは考えられないのでございます、本当にありがとうございましたと社長夫人は言うので、出席者たちも全員お辞儀をする。

30年と申しますがそれは大変なものでございます、女ならでは味わえぬものがございましょう、私も見に覚えがございます…と社長夫人の挨拶は続いていたが、信代は足下にダックスフントが酔って来たので、しっ!と小声で叱って追い払おうとする。

今日は無礼講でございます、どうぞ御遠慮なく召し上がって下さいませ、さ、どうぞ、どうぞ!皆様いかがでいらっしゃいますか、どうぞ、どうぞと社長夫人はお婦人連中に勧める。

その言葉をきっかけに、招かれた婦人たちは一斉に用意されていた軽食に手を付け始めるが、そんな中、社長夫人のペットのダックスフントは客用のサンドウィッチを嘗め始めたので、信代は頭をなでる振りをしてしゃがみ込むと、ダックスフントの尻尾を引っ張って皿から遠ざける。

一方、病院に来ていた秋山の妻は、看護婦を捕まえて、大体手術は午後…?と聞くと、それが…と言うので、私は心配でとても付いていられませんから終わった頃参りますと言いながら金を渡そうとしたので、あ、それはと断ろうとする。

私の代わりにやっていただくんですから…、その日は精神安定剤でも飲んで寝ておりますわと言い妻は帰って行く。

山樹を連れ料亭に来ていた鈴鹿は、お前まさか秋山に言う気だったんじゃないだろうな?と聞いていた。

又の時期もあるよ…と既に酔っていた山樹が言うと、はっきりしろ!と鈴鹿が責めるので、細君だって言いにくいだろうと山樹は答える。

病人放っといてボウリングへ行っちゃう細君なんかどうでも良いんだよと鈴鹿が言うと、ボウリング?と山樹は聞き、粧し込んで出掛けたそうだ…、そう言う奴なんだよ、あの細君は!と鈴鹿は吐き捨てるように言う。

看病疲れでクサクサしてたんだぞと山樹が庇うと、悪妻なんだ!秋山は女房にまで背かれているんだよ…と鈴鹿は断言する。

1人ぽっちなんだ、そんな病人を取っ捕まえて、人道上の問題だと鈴鹿は主張すると、まあ見てろ、秋山はな、自分の寿命がいくらもないと分かったらきっと良い仕事をする、必ずやる男だ!と山樹は反論する。

すると鈴鹿が、お前は人間の心理を知らなすぎるよと言うので、分からない奴だな〜、貴様は!浪花節じゃないか、お前は!と山樹は怒り出す。

浪花節?と鈴鹿はむっとし、貴様は頑固でケチンボだよと言い返す。

すると突然、帰る、帰る!と山樹が言って立ち上がったので、みんなで飲んでいざ勘定となると、お前決まってトイレに立ってたな…と鈴鹿は思い出し笑いする。

何!小便くらいさせろ!と山樹が言い返すと、とにかくお前はくそ爺だよと鈴鹿が罵倒して来たので、一旦着かかった上着を投げ捨て、くそ爺?もういっぺん言ってみろ!と山樹は鈴鹿に迫る。

そこに仲居が、はい、お熱いのをどうぞとお銚子を持って来たので、山樹は一旦黙ってやり過ごすが、帰って行く仲居を見ていた鈴鹿は、良いケツしてやがんな〜と立ち上がって見送る。 すると今まで怒っていた山樹も、う〜ん、全くだ…と言いながら去って行く仲居の尻を見守っていた。

しかし急に我に返った山樹は、なんだこのどスケベ!と鈴鹿を罵倒したので、貴様だって感心しやがったくせに…と鈴鹿は言い返す。

すると山樹は、俺はちらっと見ただけだよ、ちらっと…と言い訳するので、嘘をつけ、奥の奥まで見るような目つきしやがって!と鈴鹿が指摘する。

黙れ!と言いながら立ち上がった山樹はお銚子を持って鈴鹿と対峙するが、鈴鹿がビール瓶を握りしめたので、ちょっとたんま!と左手を上げ、俺は喧嘩は嫌いだと言い出す。

暴力は一切認めない…と言いながらや真珠は持っていたお銚子を机に置く。

それを聞いていた鈴鹿もビール瓶を机に置くと、だが防衛上はやむを得ん、来い!と言うなり山樹もビール瓶を握ったので、鈴鹿も上着を脱いでお銚子を取り上げる。

そこへ仲居が何事かと覗きに来て、どうなさったんですか、お二人とも良い年をして!いい加減になさいよ!と仲裁に入る。

うるさい!退けババア!と仲居を叱り、お前のようなくそったれの所に俺の息子を養子にやるのは止めるぞ!と鈴鹿が山樹に怒鳴りつけると、俺の方で断る!と山樹は言い返す。

すると、こっちの言う事だ!女ばかり生まれて困る、困るって言うから三郎を!と鈴鹿が言うので、俺の娘をな、手前の息子の濁った血で怪我されてたまるか、このサトジ野郎!と山樹は言う。

お止めなさいったら、本当に!と仲居が切れる中、互いに相手を睨みつけ相対する2人。 帰宅した山樹の泥酔振りを知り、おい、水、水!と康介が呼ぶと、本当にしようがないわね、お父さんったら!とぶつぶつ言いながら恵子が、水を入れたコップと薬を持って来る。 そう言いなさんな、たまには酔っぱらいたい事もあるさと康介はコップを受け取る代わりに新聞紙を敷いた洗面器を恵子に渡しながら言い聞かせる。

嫌だな!と言いながら嘔吐物の入った洗面器を持って行く恵子に、ちゃんと洗っといてねと頼む康介は、こら大変だ、大変だ!とにやつきながら酔いつぶれた山樹に水を持って行くと、これこれ、兄さん、絶対良いが冷めますからねと言いながら薬を手渡す。

その時、電話が鳴り始め、おじさん、電話!出て頂戴!と恵子が呼びかけたので、え?と驚きながらも、はいと電話に出、はい帰っております、兄さん、電話だ!と呼びかける。

大丈夫か?と康介に案じられながらも電話に出た山樹は、何!貴様か!と怒り出す。

電話をかけて来たのは鈴鹿で、良いか、念のために言っとくぞ、貴様の所のようなぼんくらスケベの所に俺んところの倅は絶対やらないぞ!と鈴鹿が言うので、くどい!同じことを何度も言うのはもうろくした証拠だ!と山樹が怒鳴り返している声を、ちょうど帰宅して来た信代が耳にする。

俺は秋山に本当のことを言うぞ!ガンだってな、真実をありのままさらけ出すのが本当なんだ、てめえ横から口出すな!と山樹は主張し、受話器を掌でぽんぽん叩き出す。

それを聞いた鈴鹿は勝手にしろ!と怒鳴りつけ受話器を叩き付ける。 そんな夫の様子を案じた妻糸子(三宅邦子)が近づいて来て、どうしたんですか、一体?と訳を聞いて来る。



しかし鈴鹿は電話に向かって唐変木!と怒鳴るだけだった。 山樹は、相手が既に電話を切った事に気付かず、おい、何だって重役風を吹かせやがって、この土建屋!手前みたいな奴が重役なら会社はすぐ破産だよ!へえ良い気味だ、吉展ちゃんを誘拐したのはな手前みたいな奴だよ、きっと!などとまだ受話器に向かって一方的に妥当し、さようならと言って切る。

そして愉快そうに二階へ上がりながら、あんな奴とはもう一生付き合わねえ!はは…、良い気持だ!と言いながらにやけるが、そんな夫の様子を二階から信代が何事かと覗き込む。

黙って見ている信代に気付いた山樹は、よう、お帰り!どうだった?パーティ…、へへ…、随分ゆっくりじゃないか?とからかうように話しかけると、陰弁慶はお止しなさい!と信代は一喝する。

何故?と山樹が小声で聞くと、あなたは悪いのよ、意気地なしだからよ!楷書がないからこんな目に遭うんだわ!と言いながらもって帰った土産の箱を山樹に押し付ける。

その間山樹は、おい!おい!と言うだけで、私はね、あなたのために社長の奥さんの所へ行って来たのよ、そこでどんな目に遭ったか知ってるの?と言ったん階段を降りかけた信恵は振り返って聞く。 犬よ、犬!と信代は言う。

(回想)ダックスフンドが下に置いてあったサンドウィッチをペロペロなめていた見て、しっ、しっ!と追い払っていた信代は、そのサンドウィッチを知らずに社長夫人が持ち上げ、どうぞ召し上がって、どうぞご遠慮なく…と信代に進めて来たので、信代は笑ってごまかすしかなかった。

結局、ちょっとかじって水で流し込む信代。

(回想明け)吐き気がしたわ…と笑顔で山樹に近づきながら教える信代。

にちゃにちゃしたわ、あなたの出世のためと思って飲み込んだのよ、勤続30年の糠味噌女房だからこそあのサンドウィッチを食べたのよ、あの犬の嘗めたのを!と言いながら信代は土産を持って立ち尽くしていた山樹の身体を押す。

山樹はよろめいたまま階段を下りる。 あっちを向いてもこっちを向いてもお辞儀ばかりして!そんな事だから重役になれないのよ!一生うだつが上がらないのよ!と言いながら信代は階段の途中で踏ん張っていた山樹の両肩を持って揺さぶる。

そうでしょう、あなた!と信代が責め続けるので、まあまあそう言わないで、社長夫人だってあれで相当気を使ってるんですから…と康介が止めに来ると、気を使ってる?と信代は手を離して聞いて来る。 そうですよ、あ、これ記念品?どうせ又安い時計だと言いながら山樹の持っていた箱を取って康介は離れて行く。

その康介の後を追って来た信代は、気を使ってる、そうでしょうね、だからこそ我慢なさい、諦めなさい、もっともっと張り切ってご主人にお仕えなさいって気合いをかけてるのね?と信代が記念品の包みを剥がしていた康介に詰め寄る。

情けないわ、こんな惨めな私の気持なんかあなたには分かりっこないのよ!と階段の所の山樹に言うと、信代はテーブルの前の椅子に腰を降ろす。

鈴鹿さんには空威張りばかりして、私にはおいおいの一点張りで!と信恵が怒ると、そう興奮しないで、兄さんには兄さんの考えがあるんだからさと康介がなだめると、余計な事言わないでよ!と言いながら記念品を取り上げた信代は、考えがないから小学生みたいに喧嘩して来るんじゃないのよと言う。

なるほど!考えがないから喧嘩する、考えがあるから途方に暮れる奴もいるか!悪いこと言っちゃったなと康介もふて腐れるので、何よ?と信代が聞くと、いや、ほんのつまらない事なんですがね…と康介が言葉を濁すので、おっしゃいよと信代は言う。

それでも康介がいいよ…と煮え切らない態度なので、おっしゃいってば!と信代は大声を出し立ち上がる。

つまりね、助けて欲しいんですよと康介は大きな声で返事をしたので、えっ?と信代は戸惑う。

兄さん、使い込んじゃったんだ、会社の金!と、階段の途中の手すりにつかまってふらついていた山樹の側に言った康介は打ち明ける。

何て言ったお前は?と急に頭を上げた山樹が聞くと、穴を開けたんですよ、うっかり…と康介は答える。

いくら使い込んだんだ?と山樹が聞くと、ごめんなさいとしか答えないので、いくらだよ!と山樹が繰り返すと、康介は人指し指を1本突き出す。 10万か?と山樹が聞くと首を振るので、100万?と山樹は聞き返すと康介は首を縦に振る。

100万!と聞いた信代は持っていて記念品の箱を床に落とし、そのショックで時計のベルが鳴り出す。

床で鳴り響きながら振動でクルクル回る目覚まし時計を拾い上げ、音を止めようとしながらすみませんと詫びる康介。

まだ鳴り続ける目覚ましのベルを電話と勘違いした恵子が、は〜いと言いながらやって来て受話器を取り上げ、もしもし!と呼びかけるが、応答がないので首を傾げる。

その時、ようやく目覚ましノベルが鳴り止む。

不思議そうに戻って行く恵子を見て笑う康介だったが、山樹は階段の途中で壁に寄りかかり無表情になっていた。

酔いは冷めました?と康介が聞くと、冷めた…と山樹は言うので、薬が効いて来たんだ…と答えてそっぽを向いた康介の後頭部を、バカ!と言いながら山樹が叩いて来る。

吹き飛ばされ側にあった椅子に腰を落した康介は、いてえ…と後頭部を押さえながら兄の方を見る。

俺は出さんぞ、絶対金は出さん!又変な女に入れあげたんだろう!と山樹は凄い顔で怒鳴って来る。

40近くなってもプレイボーイぶる貴様なんかに…、俺は嫌だ!俺は出さん、絶対に出さん!勝手にしろ!と又階段横の壁に背中を付けだだっ子のように涙を拭いながら言い張る。

でも兄さん、どうしても埋めて欲しいんだ、じゃないと僕が首になっちゃうんだよと康介が頼むと、金輪際関わらん…と山樹が言うので、ダメ?と康介が念を押すと、うんと言う。

兄さんも年取って泣き上戸になったね〜と康介が又背を向けてぼやくと、貴様のためだ!と言いながら、階段から身を乗り出した山樹は康介の首に後ろからつかみ掛かる。

騒動を聞きつけ恵子も出て来ると、山樹が康介の首根っこを押さえつけ、信代があなた止めなさいよと止めている所だった。

逃げ出した康介を蹴り付けようと足を上げた山樹だったが、そのまま滑って尻餅をついてしまう。

信代が転んだ山樹を助け起こそうとしていると、階段の方へ逃げようとする康介の手を取り、お止しなさいよと恵子も止めようとするが、そこに転がった山樹が又足を蹴り出して来たので、尻を蹴られた恵子は、痛い!もう間違えないで!と父親を叱りながら康介を、ほらほらおじさん!と二階へと逃がしてやろうとするが階段で滑ってしまう。

そこへ立ち上がった山樹が、こら!二度と来るな!さっさと出て行けと叱りつける。

おじさん、今日はもう良いからお帰りなさいってば!と二階へ上げた恵子は勧め、面倒見てて文句ばかり言ってやがる、これでも血を分けた兄弟ですかね!と下の山根に呼びかけ、おじさん!と言う恵子に、うるさいなお前は、放っとけ!と睨みつけ、二階の玄関から帰って行く。

ないよ、ふん!と恵子は怒り、下にいた山樹も、全く…と上を睨んでいた。 すると信代が、あなた、何とかしないといけないわと言い出したので、何を?と山樹が聞くと、康介さんの事よ、帳尻を合わせないで会社に知れたらどうなると思って?ついさっき社長の奥様から激励されて来たばっかりですもの…と信代が説明すると、だからと言って30年間ひしひしと貯めて来た金をどうしてあんな奴のために!と山樹は承服できないようだった。

じゃあ30年もかかって築き上げた社会的地位はどうなっても良いんですか?と信代は聞き返す。

大げさなことを言うな…と山樹は諌めるが、身内の不始末は身内の間で解決してしまう…、康介さんはあんなふしだらな人でもたった1人弟ですよ、あなたの、打っちゃっといて良いんですか?と信代は問いかける。

これはね、絶対人に知らせていけない事実よ、いちいちことを荒立てる事ないじゃありませんか…と信代は急に声を潜めて山樹に囁きかける。

それにこのうちの払いだって丸っきり残ってるんですよと信代は恨めしそうに言う。

その言葉で家の中を見回し始めた山樹にどうするんですか?と信代が問いかけると、冗談じゃないわよと恵子も話に加わって来る。

おじさんの事なんかどうだって良いんでしょう?第一おかしいじゃない?友達がガンの時には真実をありのままに言えなんて威張っといて、おじさんがぼろを出すと隠そう、隠そうとするのね…と恵子は痛い所を突いて来る。

うちの人と他所の人を一緒に出来ますか!と信代が庇うと、何でもありのままにすれば良いのよ、事実は事実、私たちに迷惑がかかっちゃ敵わないわ!と恵子は率直な所を言う。

その時又康介が戻って来たので山樹は狼狽して逃げ腰になるが、康介は部屋に置き忘れていた上着を取りに来ただけだった。

康介は及び腰の山樹を睨み、兄弟は他人の始まりって良く言ったもんだねと言い残し、上着を着ながら階段を登り帰って行く。

翌日山樹家に続く長い階段の途中にしゃがみ込んでいたのは恵子で、そこに車に乗った三郎がやって来てクラクションを鳴らす。

恵子は頷いて、はい!と挨拶する。

階段を登って来た三郎もはい!と応じ、駆け上って恵子の側に来ると、派手にやったらしいなと聞いて来る。

二日酔いで寝込んじゃってるわと恵子が膨れっ面で教えると、大人ってバカだな〜、ガキだよ全く…と三郎が指摘し、うんと恵子も頷く。

家に入って来た三郎が、でも困っちゃったな〜、親同士が喧嘩しちまったんじゃ、俺養子に来れないよ、君ん所へと言い出したので、来なくても良いわよ、私があんたんところへ行けば良いんでしょう?と恵子はさらっと答える。

簡単な論理だなと三郎が言うと、苦しそうなうめき声が寝室から聞こえて来たので、慌てた三郎は恵子の手を取って階段を降りて行く。

寝ぼけているのか、痛い…と腕の押さえながら、一旦上半身を起こした山樹は又布団に横になる。

反対側の庭先のベンチに腰を下ろした三郎に、大体ね、あんたが養子でも良いって言うその根性が気に食わないのよ!と恵子はいきなり叱って来る。

ベンチの隣りに座った恵子は、私はね、もっとたくましい雄を…、例えばギリシャ彫刻のような男性を!などと言い出したので、俺は身体は良いんだぜ、マラソンで鍛えたからな大学時代…、マラソンのサブって言うニックネームだったんだと三郎は急に腕組みをして威張る。

あらそう?だったら見せてよと恵子が迫るので、ここで?と三郎は戸惑う。

しかし恵子はうんと言うので、恥ずかしいな…と気弱になると、何言ってるのよ、あんた男でしょう!と恵子は睨んで来る。

良し!と言うと三郎は部屋の中に入り服を脱ぎ出す。 それを興味ありげに覗いていた恵子が上半身裸になった三郎におずおずと近づいて来る。

三郎はそんな恵子の手を引いて抱きついて来たので、ダメよ、ダメだったら!と恵子は抵抗する。

しかし三郎は電話の横で強引にキスをする。

そこに出掛けようとしていた信代がうっかり戸を開けて入って来たので、キスしている2人を見ると、ごめんなさい!せっかくの所を!と慌てて詫びながら逃げるが、三郎は臆する事なく、やあ!と信代に挨拶して来る。

構いません、どうぞ!と恵子とともに通路の壁際に避け、信代を通そうとする。

ええ、はい…と狼狽しながらも、恵ちゃん、母さん出掛けますから頼むわね、良くって?と頼むと、あれえ?その帯と着物、家のお袋のと似てるな?と三郎が信代が着ていた着物を見て言い出す。

え?と信代が驚くと、秋山のおばさんに貸した奴とそっくりだと三郎は言うので、秋山の奥さんにこの帯と着物を?と戸惑うと、うんと三郎は頷く。

競輪場ではジャンが鳴る。

秋山の妻はその競輪場に競輪新聞と車券を握って見に来ていた。

レースが終わると持っていた車券を破り捨てる。

その頃、アパートのベッドで目覚めた康介に、あんた〜キッス!と一緒に寝ていた女がねだって来る。

その時、ドアをノックする音が聞こえて来る。 誰だい、朝っぱらから!と苛立たしそうに康介が聞くと、俺だ!と言うので、だから俺ってのは誰だって聞いてるんだよ!と聞き返しながらベッドから起きて来た康介がドアを開けると、そこに立っていたのは兄の山樹だったので、慌ててドアを閉めようとする。

それを無理矢理押して中に入って来た山樹は、奥のベッドに誰か寝ている事に気付く。

ベッドの女は布団で顔を隠す。

山樹は自分が持って来た鞄を叩き、ベッドの女には聞かせられないとジェスチャーで康介に訴え、足を踏まれた上半身裸の康介が痛いな〜と騒ぐと、来いと呼びかけその背中を叩いて外に出て行く。

ガウンを着て屋上に上がって来た康介に封筒を差し出した山樹は、ほら70万だ、銀行から出して来たんだと打ち明ける。

本当ですか、ありがとうございます、これだけあれば2週間ほど会社の方をごまかせますと封筒を受け取った康介が喜びさっさと部屋に戻ろうとするので、康介、おい康介!と呼び止めた山樹は、俺の気持ちが分かるな?康介!と言い、封筒をガウンの懐にしまいながら止まった康介に、俺ばかりじゃない、みんなが好意でやってるんだ、お前1人で世間を渡ってるんじゃないぞとガウンの中から封筒を抜き取り叱る。

はい、分かってます…と康介がふて腐れたように答えると、残りの30万は株屋行って出して来る、昼休みに会社の前のパーラーで待ってろ、その時渡すと言い聞かせ一旦取り上げた封筒を渡す。

すみません、僕は幸せだな〜、立派な兄さんを持って…と康介がお世辞を言うと、これからは心を入れ替えろ!あんな女と手を切れ!とアパートの下を指差して山樹は命じる。 はい!ここは僕の正念場です!などと言いながら康介は走って部屋に帰って行く。

部屋に戻って来た康介は封筒の中味を確認し、いきなり、幸せなら手を叩こう♩と浮かれて歌い始める。

その時、懐から封筒が床に落ちたので、慌てて拾い上げた康介は天井のダクトの上にそれを隠すが、その時入り口から山樹が覗き込んでいる事に気付く。

その金は俺の汗と血が滲み込んでいる金だ、分ったな?お前だってやろうと思えば、やれば出来るんだ!と山樹が言い聞かすと、いやだって、何をやるんですか?と康介は聞き返すので、バカ!と怒鳴りつけて山樹は帰って行く。

ドアが閉まると康介は喜ぶ。 株屋(宮口精二)は、どうもお待たせ致しました、平和製鉄3000株、太陽石油1000株、手数料引いて、30万飛んで550円、どうぞお調べくださいと言いながら渡して来たので、封筒の中の札束を勘定していると、外を新幹線が通過し、いきなり窓ガラスが割れたので、夢の超特急ですよ…、この上を走っているのでおかげで良く窓をやられます…とタバコを吸いに来た株屋は嘆いてみせる。

山樹は割れた窓ガラスの間から青空を覗いてみる。

昼休み、パーラーにやって来た康介はそこにいた女性社員たちのお尻を触りながら席に付くと、後片付けしていたウエイトレスにキスマーク付いてるぜと教える。

ウエイトレスが驚いて首元を触ると、もっと右だなどと嘘を言うが、これ虫に刺されたんですとウエイトレスが言い訳するので、悪い虫だと康介は言い、何にしますと聞かれると君が良いななどと冗談を言う。

ウエイトレスは、コーヒーで良いですね?と一方的に言い去って行く。 鉄橋を渡る新幹線。

なかなか兄が来ないので、しびれを切らし席を離れた康介は、見たぞこの間、誰だ?あの二枚目はとそこに立っていたウエイトレス(中村晃子?)に聞くと、どこで?とウエイトレスが戸惑うので、嘘だよと笑って出て行く。

ウエイトレスはエッチね!と答える。

会社の玄関口で中の覗き込んだ康介は首を傾げ又パーラーに戻って来ると、さっきから買ったウエイトレスに、君。兄貴来なかったか?と聞く。

しかしウエイトレスが無視するので、さっきキスマークの嘘をついたウエイトレスに、君、ねえ!と呼びかけるが、こちらも康介を無視して立ち去ってしまう。

総務部に電話を入れた康介は、山樹部長お願いしますと呼ぶが、え?今朝から来てない?と聞き驚く。

そうですか…と電話を切った康介は、おかしいな…と呟く。 走る新幹線。 夜になっても帰宅しない山樹を案じ、信代はどうしたのかしら?と悩んでいた。

まさか交通事故か何かで…と言うと、いや事故だったらね、とっくに警察から知らせてきますよと事情を話しに来た康介が答える。

兄貴が証券会社を出てから、もう12時間近く経ってるんだからな…と腕時計を見ながら康介は言うので、どうしよう…と信代は迷う。

どっか姉さんの所へでも寄ってるんじゃない?と恵子が推測すると、しかし心配ですね、30万のお金持ってるんですからね〜、30万の…と康介が言うので、おじさんはお金の方が心配みたいね?と恵子が皮肉を言う。

いや今日70万埋めといたからね、当分大丈夫なんだよと康介はしれっと答え、会社に届け出しときますか?と信代に聞く。

兄貴はこの5~6年風邪を引かないから、3ヶ月分くらいの有給持ってるはずなんですよと康介は言う。

そうね…と信代も賛成するが、そんな事する必要もないと思うけどな…と康介は自分でその案を否定する。

帰って来るわよ、すらっとと恵子は言うが、いや〜…と康介は首を傾げる。

翌朝、牛乳配達が山樹家に続く長い階段を駆け上がる頃になっても山樹は戻ってこなかった。 キッチンテーブルに突っ伏したまま目覚めた信代は、カーテンを開けて外の明かりを見ても浮かない顔だった。

二階に上がり、恵ちゃん!恵ちゃん!と恵子の寝室の襖を叩いても起きないので、帰って来ないのよ、とうとう…と部屋の中に入り声をかける。

ねえ、恵ちゃん、どうしようと相談しても、眠っていた恵子はうるさそうに寝返りを打つだけ。 焦れて、恵ちゃん!と揺り起こすと、警察へでも届けたら良いじゃないと布団にくるまったまま恵子は言う。

そこまでする必要はなくってよ、世間体が悪いじゃないと信代が反論すると、だったらもう少し寝かせてよ!と恵子は怒り出す。

その時、玄関ブザーが鳴ったので、喜んで玄関へ向かった信代だったが、そこに来ていたのは康介だったので、何だ、あんただったの…と落胆する。

もう心配で心配でね〜、よっぴいて眠れなかったのと康介は言うので、あんたも?心強いわ〜と信代は喜ぶ。

何しろ金持ってるんだからね、もしもあいつを落っことされでもしようもんなら…、ねえ?と良いながら康介が上がり込んで来たので、どうでも良いのよ、お金なんか!と怒った信代は背を向けてその場から去る。

また恵子の枕元に来た信代は、恵ちゃん、やっぱり警察へ届けた方が良いかしら?それともこのままもうちょっと様子を見た方が良い?ねえ恵ちゃん!と揺り起こしながら相談するが、布団に潜り込んだまま恵子は何も答えなかった。

(夢の中)家出として警察に届けると、えっ?52歳!52歳ってのはあんまりないな~と受付の警官(江幡高志)は驚き、首を傾げる。

大体家出人の大半は10代の少年少女、52歳ね〜、で、職業は?と聞くので、内外商事総務部長…とコートを着た届け人が教えると、安定してるでない!安定してるのに家出なの?家庭にね、愛情がないからだよ、愛情が!だから子供が家を飛び出して!と警官は急に怒り出すが、急に年齢の事を思い出し、親か…と気付いて苦笑する。

あの〜、見つかるでしょうか?と依頼者は聞く。

キャンバスに絵の具を塗りたくっていた夫の寺田(加藤芳郎)の所にやって来た夏子(有馬稲子)は、お父さんがいなくなったんですって、もう3日も帰らないんですってさ…と寺田に教える。

今夜兄弟揃ってどうするか話合うんだって…と言うと、俺は今手が話せないよと、キャンバスの地塗りをしながら寺田は答える。

顔出して来るわ、私だけでもちょっと…と言いながら、そこに置いてあったウィスキーをコップに注ぐと、日本人ってつまらないな〜全く…、年取るとひからびてひっそり隠居しちゃう…、俺はパリでね、フルコースを平らげてデザートにチーズを取るフランスの老人を見たよ、日にいっぺんたっぷり金をかけたごちそうを楽しむ…、奴はきっと独身だよ…と言いながら側に縛っていた鶏を掴むと、赤い絵の具の入ったボウルにその鶏の下半身を漬け、白く下塗りしたキャンバスの上に鶏を放す。

赤い絵の具にまみれた鶏は白いキャンバスの上を走って逃げ出し、後に赤い足跡や身体の痕が残る。 俺はああ言うジジイになりてえや…と寺田は言う。

その夜、山樹家の長い階段の前に車でやって来たのは、小滝(池部良)とその妻京子(岡田茉莉子)だった。

まあ、お忙しい所わざわざどうも…と小滝を出迎えた信代が挨拶をする。

遅くなりましてと京子が言い、この度は…と小滝がお辞儀したので、この度はって、死んじまった訳じゃないですよと康介が口を挟んで来る。

失礼しましたと小滝が詫びる。

おじさん!みんな来てるの?と京子が聞くので、晴子と夏子も来てるわよと信代が教えると、へえ、なっちゃん、またこれやってるの?と京子は酒を飲む振りをする。

冷蔵庫を開けた夏子は、何だ、コーラだけかとがっかりしたように言い、コーラ瓶を取り出してみせると、晴子(司葉子)はいらないと断る。

まあ、あんた近眼なの?と三郎がメガネをかけていたので驚くと、緊張してるときはメガネかける事にしたんだ!と三郎は言う。 そうした様子を上から見下ろした康介が、いや〜壮観だな〜、女ばかりの家族って言うのはと驚く。

こりゃ、女系家族の異様な重苦しさに堪え兼ねて家でした野かも知れませんぜと言いながら階段を降りて来る。

あらどうして?私たちもうお嫁に行っちゃってますよと京子が聞き、そうよと晴子も答えると、そりゃそうなんだけどさ…とごまかした康介は、銀座の占師何と言ってました?と信代に聞く。

死んでるかもしれないけど、そう簡単には死ねないものだって…と信代が答えたので、それだけで300円!と康介は呆れ、オール女性の今週の運勢どうなってますなどと聞くので、もう良くってよと信代が立ち上がると、良くないですよ、この上は走り大黒の霊験新たかを祈るばかりだな〜と康介は言う。

それを聞いた晴子は何よそれ?走り大黒って?と興味を持ったように立ち上がったので、お花の先生から借りて来たね、あれさと康介が指差す宝庫には得体の知れない人物像のようなものが描かれた掛け軸があった。

日光中禅寺の大黒様でね、これは…と、康介が売りつけた偽の風景画の横にかけた掛け軸の側で解説した康介は、日蓮と唱えてその足に針を刺す、すると同じ時刻に家出人の足が痛み出す、その痛みに堪え兼ねて家に帰って来ると言う凄い力持ってるそうなんだよ、姉さん毎朝これさと康介はまことしやかに言いながら合掌する真似をしてみせる。

へえ、ぐっと古めかしくなったもんねと夏子がからかうように言う。

台所からカップをお盆の乗せて戻って来た信代に、母さん、書き置きかなんかなかったの?と京子が聞くと、何にも…、ただ生命保険の証書が出て来たの…と信代は教える。

いくらかけてあったの?と京子が聞くと、1000万…と信代は答えたので、1000万!そんなお金お父さんどこで工面したのかしら?と京子は驚く。

私も全然知らなかったのよと信代が答えると、お父さんってやっぱり偉いわね〜、ああ見えてもちゃんと私たちの事考えてくれていたんだわ!と夏子が感激すると、けどなっちゃん、いざ遺産相続となるとあんたなんて全然家に寄り付かないんだから権利なしよと京子は言う。

失礼な事言わないでよ、同じ親子でも好き嫌いがあって一番可愛い子に一番多くって言うのが人情じゃなくて?私自身があるわ、お父さんが一番可愛がってたのは私!と夏子は言い返す。

あら、一番おねだりしなかったのは私よと晴子が言うと、あらそうだったかしら、責任だけ追わされるのはまっぴらだわ!と姉妹喧嘩が始まる。

すると、あら、私はどうなるの?これからお嫁に行く身なんですからね!自分ばかり欲張らないで頂戴!と恵子も話に加わって来る。

すると夏子が、子供は黙ってらっしゃいと言うので、何よ!と恵子が言い返したので、黙ってるの!と夏子は叱る。

その時、メガネをかけた小滝が立ち上がり、まあまあそう感情的にならないで!客観的に行きましょう、客観的に…と提案する。

最近何か変わった事はありませんでしたかね、お父さんに?と小滝が質問すると、この頃バカな奴が多くって困るって…と信代が答えると、う〜ん、心当たりあるよと康介が口を出す。

でも人に迷惑をかけたり困らせたりってことはなかったわよねと晴子が言うと、もっと平凡な大根と人参みたいにその辺に転がっているおじいちゃんで…、突飛な事をするように思えなかったけどね〜と京子が不思議そうに言うので、バカにするなよ、大根と人参だって大事なんだと康介が指摘する。

ノイローゼよ、精神異常ね、出口なしの袋小路に追い込まれて、ええい逃げ出しちゃえってことじゃないの?と夏子が思いついたまま口にする。

何か理由があるってことね、不満があって…と京子が答えると、そりゃ勝手よ、家出した本人は良いけど、家の者の心配は大変なものよと信代がこぼす。

すると、あらそこまで考えていたら家出なんかできやしないわ、今頃天城山中で女芸人と彷徨っているのかな?ちょっと良いな…と夏子がからかって来る。

バカおっしゃい、17〜8の学生じゃあるまいしと信代が怒ると、あら、フランスじゃ今流行っているのよ、10代のやる事を55のオヤジが爆発させるの、デモってるのね、うちの旦那なんかパリのシャンゼリゼで良くそう言う人に会ったって…、英雄扱いされているそうよ、そう言う人…と夏子は言い返して来る。

そう言うもんなの?と信代が京子に聞くと、なっちゃん、どうかしちゃったんじゃないの?と京子は無表情で答えるので、えっ?と信代は驚く。

時に立ち入った質問ですが、どうですか最近あっちの方は?といきなり康介が聞いて来る。

あっちって?と信代が戸惑うと、セックス!と康介が言うので、おじさん!と晴子が注意する。

バカバカしい!と恵子が椅子に腰掛けると、僕は事件の影に女ありと見たね!と康介が得意そうに言い出す。

おじさんって前からそのアングルでしか判断できない方ねと京子が言うと、そんなこと言ったってね、セックスは人間関係の根っこですからと康介が答えると、そりゃそうですけどさと京子は呆れたように言う。

私はね、おじさんが使い込んだ100万が原因だと思うのと良いながら恵子が立ち上がると、ええ!何よそれ!と晴子も立ち上がって聞くので、それは違う、発覚する前に伏せちゃったんだから問題ないよと康介は慌てて否定する。

じゃあ他にどんな理由があるの?と恵子が迫ると、それが分からないからこうやってみんな集まってるんじゃないか!と康介も感情的に言い返す。

とにかくこうじっとしてがやがや言っているよりも、みんなで分担して探してみたら?と小滝が提案すると、そうね、お父さんの郷里当たってみた方が良いんじゃないかしらと京子も賛成する。

何なら僕、銀行へ足を伸ばしても良いですよと小滝が言うので、是非お願いしますと信代は頼む。

僕の意見によるとねとまた耕平が立ち上がると、おじさんの意見なんか聞いてるんじゃなくってよと苛立ったように京子は発言を遮る。

俺に発言権がないって言うのか!と康介が怒り出すと、みんな黙りこくってしまう。

その時、電話がかかって来る。 おい!と康介が恵子に促し、恵子が電話に出ると、え?水死体が!と言うので、え!と信代が身を乗り出す。

水死体って何よ?と夏子が聞くので、水死体よと京子がうるさそうに教えたので、ああそうかと夏子は納得する。

分かりました、今すぐ!と答え受話器を置いた恵子は、蓮池に年格好がお父さんに似た水死体が上がったんですって、確かめに来てくれって警察からの電話よとみんなに知らせる。

警察から?と信代が立ち上がると、いやよ、とんでもないわ!もしお父さんだったら…と京子は恐がり、私もいや!と晴子も怯える。

水ぶくれしてぶよぶよでしょう?そんな気味の悪い…と夏子も敬遠すると、でもさ、お父さん泳げるのよと恵子は反論する。

どっか人気のないホテルで睡眠薬かなんか飲んじゃえば良かったのよと京子が言い出すと、自殺ね…、現代の不安って奴よ、発作的にどぶんっと!と夏子も1人で納得する。

お父さん寂しかったのよ、姉さん結婚しちゃったんで…、私たちの中で一番好きだったもんねと京子がからかうと、そうかしら?と夏子はしらばっくれ始める。

そうだったわよ、あんた見て来る義務があるわよと晴子も夏子に迫って来る。

お父さん、私を可愛がっていなかったわと夏子が言い出すと、何よ今そう言ったばかりじゃないのと京子が指摘すると、いやいやいや!もしそうだったら余計にいや!そんなお父さんなんか見たくない!と夏子は身震いしてみせる。

止してよもう!いい加減にして頂戴!と信代が怒って立ち上がる。

何ですか、これがみんな我が子だと思うと、本当情けなくなっちゃう!お父さんは死んだかどうか分かりゃしないのよ!それをみんなで殺してしまって!お父さんは自殺なんかしません!絶対そんな真似なんかするもんですか!理由がないじゃないの、理由が!と信代は興奮しながら言う。

みんなが何も言い返せず押し黙った時、あの〜、みんな行かなくて良いです、僕行ってきますとメガネを外して三郎が言い出す。

頼むわと恵子が言うと、任しとけと言い残し部屋を痕にする三郎。 すると小谷の背中を叩いた康介が、兄貴はね、30万の金を持ってるんですよと教える。

30万!と小滝も驚く。

僕の意見によるとね、これはきっと強盗に頭ぶち割られて、30万ふんだくられて、川の中にどぶん!と康介は推理を披露する。

それを聞いた小池はメガネを持ち上げ頷くが、その時玄関ブザーが鳴る。

みんな敬遠し合って誰も二階へ上がろうとしないので、京子が立ち上がり二階へ上がる。

玄関には警官(江幡高志)が入って来て、上がって来た京子に気付くと、あ、夜分どうも…と敬礼しながら恐縮そうに言う。

ねえ、おまわりさんよと下に降りて母の信代に京子が教えると、え?お父さん!と言うと信代は泣き崩れる。

康介と小滝が付き添い、信代を二階の玄関へ連れて行くと、どうもすみません…と恐縮した警官が、水死体の身元が分かりました、山樹氏ではございませんと言うので唖然とする信代たち。

実は婦人服の下請け工場主で金策に困った上の自殺と言う連絡が入っておりまして…と警官は面目なさそうに言うので、人騒がせだね、君は!と小滝が叱ると、どうも申し訳ございませんと警官は詫びる。

もう少し調べてから言ってくれないと困るよ君!何だ君は!と康介も文句を言うので、どうも申し訳ありませんでしたと警官は額の汗を拭う。

それでも間違いと知った信代は安堵し笑顔になる。

下でその会話を聞いていた夏子は、さあ、私帰るわと言い出したので、あら、冷たいのね?と晴子が聞くと、うちの旦那、目が離せないのよ、すぐにビート族の女みたいの連れ込んじゃうからと夏子が言い訳しながら煙草を口にくわえると、ま、お宅様は我々と違って自由業でらっしゃるからお父さんの失踪なんて痛くも痒くもないもんね?と京子が皮肉る。

しかし夏子は笑顔で、…と言う訳としらっと答える。

夏子は長い階段を降りて帰って行く。

料亭の仲居は、訪ねて来た恵子の話を聞き、どこでしょうね?お嬢さん、同窓会の皆さんに回状を回してみたら?心当たり歩かないか…と言いながら、同窓会名簿を持ち出して来たので、なるだけ表沙汰にしたくないんですけど…と恵子は困惑顔で答える。

そうですか?もっともあの2人の喧嘩は昔からなあなあですからね〜と事情を良く知った仲居は教え苦笑する。

恵子はその足で鈴鹿の会社に向かうと、どうしてもっと早く私を訪ねてくれなかったのかな?心配してたんだよ私も…と鈴鹿が言うので、すみませんと笑いながら恵子は詫びる。

同窓の奴と言ったって、顔と名前を取り違えてる時だってあるしな…と言いながら、鈴鹿は同窓会名簿を確認する。

あ、この東亜造船の藤本は?ほら山樹と3人で富士五湖へ小旅行した奴と鈴鹿が指摘すると、ああ、今年の春、富士五湖へ…、そうでしたわよねと恵子も思い出す。

山樹と私とは毎度の事でね、あいつがむきになると私はからかいたくなるんだ…と鈴鹿が明かすので、恵子は笑う。

あいつもね、私の顔を見るとどういうものか意地を張るんだなと鈴鹿も笑い出し、だが山樹の家出は今度の喧嘩が原因じゃないよと鈴鹿が念を押すので、はい、分かってますと恵子は答える。

その時、東亜セメントの常務からお電話ですが?と女性社員が知らせに来たので、今、席を外しておりますからって…と鈴鹿は答える。

じゃあ私、もう…と恵子が腕時計をみながら言うと、良いんだ、良いんだよと言いながら鈴鹿は電話をかける。

電話を受けたのは息子の三郎で、何だお父さん、珍しいじゃないか、そっちから電話をかけて来るなんて…と応じると、今、恵ちゃんが来てるんだよ、山樹が迷子になった件でね、人騒がせな男だねあいつも…、ところでどうだ?今夜のお前の予定は?と鈴鹿は聞き、都合によってはデートのお取り次ぎを俺がしといてやっても…と言うので、側にいた恵子は、いえ!あの…、私たちもう打ち合わせ済みなんです…と笑顔で答えるので、恐れ入ります…と答え、鈴鹿はあっさり受話器を降ろす。

その後、恵子は三郎の車で富士五湖へ向かう。

人1人探すとなると広いな、日本は…と車を降りた三郎は同じく車を降りて来た恵子にぼやいてみせる。

続いて青木ヶ原の樹海にやって来た三郎は、ジャングルの中で首釣ってるって誰が言ったんだい?と呆れながら恵子に聞くと、どっかにいるわよ、どっかに…と恵子は口を尖らせる。

自宅の電話で小滝からの報告を受けていた京子は訪ねて来ていた信代に、淡路島でお父さんを見かけたって人がいたんで、それ調べてからかえるって電話だったわと教える。

そう…、悪いわね、迷惑かけちゃっててんと信代が詫びると、そんな事良いけど、もしもよ、もしこのまま永久に姿を消しちゃったとしたら、お母さんどうするの?と京子は聞く。

そんなバカな!と信代が否定すると、良くあるのよ、モーターバイクで集金に行ってもう5年も帰って来ない町工場のおやじさんとか、サンダル履きで問屋に行ってそれっきりっとかメリヤス工場の経営の人とか…と京子は経験談を話す。

それを聞いた信代は、脅かさないでよ、京子…と不安げな顔で答える。

だからさ〜、もしもよ、もしもこのまま永久に蒸発しちゃったら…と京子は両手で上にパァ〜っと広げるジェスチャーをしながら聞くと、蒸発…と信代も困惑する。

その日の夕方、戻って来た山樹家でトーストを食べようとしていた三郎は電話がかかって来たので、恵ちゃん!と呼ぶ。

何?と紅茶をお盆に乗せて恵子が台所から出て来た時、玄関ブザーも鳴り出したので、三郎にお盆を渡しながら、あんたが電話に出てねと恵子は頼み、自分は二階の玄関へ向かう。

三郎が電話に出ると信代からと分かり、あ、お母さんですかと答えると、いや、あの…、ちょっと…と、恵子の事を聞かれたので口ごもる。

恵子が二階へ上がると、玄関口に見知らぬ女性が立っており、あの…、山樹さんいらっしゃいますか?と聞いて来たので、はっ?あの…、父ですか?と恵子が戸惑いながら聞き返すと、ええと女性は言う。

留守ですが…と恵子が答えると、会社にお電話したら2週間ほどお休みだと言うことでしたので…、ご旅行ね?とその厚化粧の女性河野美枝(岩下志麻)は落胆したように言う。

ええ…と曖昧に答えながら恵子が近寄ると、いつお帰りかしら?と玄関の壁に背中をもたれかけた美枝は聞くので、ご用件は?と恵子が聞くと、恵ちゃん、電話だよ!と階段を登って来た三郎が急かすので、ちょっとした事なの、ほんのプライベートなの、また連絡しますわ!と言い残し美枝は帰って行く。

恵子が電話口に出ると、恵ちゃん?お母さん、これから帰るますけどね、どうだった?あんたの方…と信代は聞く。

私の方?これが全然だめなの、うん、収穫ゼロ!と恵子は答える。

新大阪駅 駅前で新聞を読んでいた山樹はふらふらと歩き出し、暗くなった頃には通天閣の側まで来ていた。

連れ込みホテルの女店員が、1人でやって来たや真珠を不思議がり、お1人ですか?と聞くと、うん、ホテルは一杯で断れたと山樹は答える。

香港、メキシコ、ニューヨークなど色々おますけど?どこにしはりまっか?とホテルの部屋を案内する女店員が説明すると、香港で良いですよ、香港で!と山樹は答える。

ほな、どうぞと女店員が案内した部屋にはベッドと香港風の飾り物があり、ピンク色の照明が照らし出していた。

お一人だんな?寂しいでっしゃろ?と言いながら女店員が浴衣を持って来ると、平気ですと山樹が言うので、女はん、どうだす?と女店員は勧めるが、いや、結構ですと山樹は断るが、わてで良かったらどうぞと女店員が愛想笑いをして来たので、どうぞ御心配なく!と山樹は焦って断り、紅茶!紅茶下さい、レモンティー!と注文するので、へ、お1人でも部屋代2人分頂きますで!と急に仏頂面になった女店員は下がって行く。

風呂に入った山樹は、ああ、良い気持だ…と喜ぶ。

その時、内線電話が鳴ったので出てみると、アロー!と外国語を話す女性だったので、君!電話を間違っているんだよ!ユーミステイク!と言って切るが、すぐに又かかって来たので、ミステイク!とまた答えると、アロー!お寂しくない?と日本語が聞こえて来る。

山樹は、うるさいと答え受話器を降ろす。 風呂から出て来た山樹は、部屋に見知らぬ女性が紅茶を乗せたお盆を持っていたので驚く。

脅かすなよ、君は女中さんか?と聞きながら山樹がお盆を受け取ると、ううん、コールガールよと知佐子(桑野みゆき)が言うので、モダン芸者かと山樹は納得する、 安いのよ、1万円で良いのと知佐子は言いながら上着を脱ぎながらベッドに座るので、良いよ、良いってばと山樹が断ると、あら、どうして?と知佐子は聞く。

分かった、もう御用済みなのね…と知佐子が言うと、うん、まだいける…と小声で山樹が反論したので、だったら…と言いながら知佐子が服を脱ごうとするので、良いから、良いから、今夜はそんな気になれないんだよと山樹は答え、持っていた紅茶のお盆を冷蔵庫の上に置く。

そう、私にアピール感じないのね…と知佐子がすねながらベッドから立ち上がると、ユミちゃん!と廊下に向かって呼びかける。

すると、廊下で待機していたユミが、アロー!アーユーノウサンキュートゥナイト?と言いながら部屋に入って来る。

面食らった山樹は、本当にその気なんだよ、頼むから1人にしてくれよと言いながら、知佐子に金を渡す。

受け取った知佐子は、その半分をユミに渡して先に帰すと、自分は又部屋に戻って来て、変わってるのね〜、どっから来たの?と自分の分の金を胸元にしまいながら聞いて来る。

山樹が東京…と仕方なく答えると、何しに?と知佐子が聞くので、ぶらっと…と山樹はごまかす。

今日来たの?大阪に…と聞きながらベッドに腰を降ろした知佐子は、家出かしら?と聞く。

山樹が驚いて答えないと、どう?もう帰りたい?と聞くと、せいせいしてるよ1人で…と山樹は答える。

ホームシックでしょう、もう?と知佐子がからかうので、バカな、ざまあ見ろだよと山樹は言い、突然、ざまあみろ〜!と大声を上げて立ち上がったので、脅かさないでよと知佐子が文句を言うが、矢でも鉄砲でも持って来い!ざまあみろってんだ、どいつもこいつも…と怒鳴り続け、ああ、良い気持だ…とすっきりしたような満足げな笑顔になって言う。

そこにノックをして入って来たのは、雪駄を持った榊(加東大介)だったので、山樹蛾きょとんとすると、知佐子は部屋の隅に隠れようとする。

知佐ちゃん、いるか?お客さんやで!と雪駄をジャケットの内側に隠した榊が呼びかけると、どんな人?と知佐子は聞く。

お客さん、お客さん、GIさん、デパートの売り子と言う事になってるさかいなと寝室に入って来た榊が伝えると、純情ムードで行けば良いのね?と慣れたように知佐子は立ち上がる。

あ、そうやそうや!オードリー・ヘップバーンや、真白き富士の根や…、早いとこ、早いとこ、商売繁盛!と榊はおだてながら知佐子を外へ連れて行くので、一瞬呼び止めようとした山樹だったが考え直して頬をかく。

藤本を訪ねて造船所にやって来た恵子に、戦争中でした、山樹は、家族を郷里の四国に疎開させて自分は工場に残りました…と藤本は話す。

その工場に勤労奉仕の女学生を引率していた女の先生がいましてね…と藤本が言うので、その方と父が?と恵子が聞くと、ま、みんなあの頃は刹那的と言うか、普通だったら考えられないような行動をしたものです、佐伯幸子と言う人でした点と藤本は明かす。

それを聞いた恵子はショックを受けるが、今どちらに?と聞くと、どんな平凡な男にでもこのくらいのドラマの1つや2つはあるものですよ、お嬢さん…と藤本は答えるだけだった。

自宅にやって来た君子から、妻の糸子と一緒に話を聞いた鈴鹿は、そうでしたか、やっぱりガンでしたか…と聞くと、はあ…、もうどうしようもないほど…と君子は諦めたような表情で答える。

するともう時間の問題だな〜、不幸な奴だったな、秋山って奴も…と鈴鹿は無念がる。 本人はまだ胃潰瘍だとばかり思い込んでおりまして…、それが不憫で…と君子が言うので、それで良いんですよ、真実を伝えたら秋山の悲しみは今よりもずっと深くなるんだと鈴鹿は言い聞かせる。

<中略>

ところでどこ行ってた?と鈴鹿が聞くと、大阪…と山樹は答える。

どうしてまた黙って?と鈴鹿が聞くと、どうしてって…、ただ晴れてたんだ、空がべらぼうに…と山樹は言う。

青くて澄んでたんだあの朝珍しく…、気がついたら汽車に乗ってたんだ…と山樹は言う。

そんな事あるなあ、何かこう他所に行って見たくなるって…と鈴鹿が答えると、うん、でも一度発作が起きると癖になる、またある晴れた日に、突然…と山樹は目をつむって言う。

俺もやるな、いつか…と鈴鹿が言うと、うん、一度流行ってみたくなるよ、誰でも…と山樹は答える。

そこに、秋山さん、この花お好きでした、ね?と言いながら、仲居が白い菊の花の鉢植えを持って来て2人の前に置いて行く。

その白い菊の香りを山樹が嗅ぐと、なあ、ガンだと秋山に知らせていたら、あいつ失踪しただろうか?それともどこかで大勉強して…と鈴鹿は問いかける。

いやあ、どっちみちおんなじだよ、こう早く死んじまったんじゃと菊の花を触りながら山樹は言う。

そうだなと鈴鹿も同意し、生きている俺たちが問題だなと言いながら苦笑する。

うん…、また繰り返しが始まるのかと山樹も笑顔で言うと明日からず〜っとなと鈴鹿も笑顔で応える。

うん…、なあおい、2人結婚させようよ、ともかく…と山樹が言うと、おう早くやろうと鈴鹿も答える。

うんと山樹が言うと、お互い発作が起きない前に…と鈴鹿は冗談を言い、2人揃って笑い出す。

結婚式は良いなあ〜と山樹が言い、端までが幸せな気持になるな〜と鈴鹿も応じ、披露宴の頃は心が弾んで来ると山樹も言うと、良いな〜と鈴鹿は心から呟く。

うん、良いと山樹も笑顔で言うのだった。


 


 

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