ミステリと言うより荒唐無稽な通俗活劇「多羅尾伴内シリーズ」第5弾で、大映から東映に製作が移った最初の作品。 物語は子供向けの伝奇ロマン風で、TV創成期頃の子供向けヒーローものなどにもよく使われる南の島の謎の宝石を巡る争奪戦。 このシリーズ、初見では分かりにくい設定で、タイトルになっている多羅尾伴内と言うのは初老のメガネをかけた冴えない探偵の名で、それ自体が別人物が変装しているキャラクターであって多羅尾伴内がヒーロー名ではないと言うこと。 しかしその本当の人物名は作品のラストでしか言わないし、タイトルにもなってないので知らない人の方が多いはず。 「怪傑黒頭巾」とか「月光仮面」などマスクヒーローの正体が別の人物と言うのは良くあるが、観客は実態もマスクヒーローもどちらもヒーローとして認識しているのに対し、多羅尾伴内はどう見てもかっこう悪くヒーローに見えないのがこのシリーズの特長である。 現代劇で中年の御大が走る様などはどう見ても憧れるような姿ではない。 見せ場がキャバレーと言うのも時代を感じさせる。 人が大勢集まっている中、歌や踊りなどショー要素が自然に入るためであろう。 一応、江戸川乱歩の「心理試験」などミステリ風の趣向も入っているが、少年探偵団の小林少年風のキャラの登場など、いかにも通俗趣味の方が強くなっているが、元々怪盗ルパンのイメージから始まったこのシリーズに、この作品辺りから乱歩のイメージが混入している様が興味深い。 老管理人が初期の明智小五郎や金田一耕助のような扮装をしているのも偶然ではないはず。 色々訳ありの相川が初対面の屋敷の老管理人から心理試験を仕掛けられ、得々とその謎解きを黙って聞かせられているシーンなども大人の目から見ると不自然と言う他はないのだが、既にこのシリーズは荒唐無稽故に子供客が多かったらしいので、そう云う点を気にする客は少なかったのかもしれない。 劇中に「瘋癲(フーテン)」などと言う言葉が出て来ているのも面白い。 キャバレーのシーンで歌っているのが初代コロムビア・ローズさんだと思うがきれいな方である。 二代目コロムビア・ローズさんはTVなどでもお馴染みだったが、初代の方はこうした映画などで確認するしかあまり見る機会がなかったように思う。 宮城千賀子さんなどもこの当時はお若くて、ぱっと見誰だか分からなかったりする。 |
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1953年、東映、比佐芳武脚本、佐々木康監督作品。 船の甲板上で小さな筏のようなものに縛られ寝かせられた男に、最後に聞く、あれはどこにある?と乗組員の男が聞くが、男は何も言わないので、何とか言わねえか!これがおめえの瀬戸際だぜと他の乗組員たちが脅す。 生きていたかったら何とか言えよと乗組員は再度声をかけるが、縛られた男は何も言わないので、しぶとい野郎だ、放り込んじまえと命じ、4人の乗組員は小さないかだに縛られていた男をそのまま海に放り込む。 筏に縛られた男はそのまま海面に浮かんだまま遠ざかって行く。 その後海上保安本部の巡視艇に救われた男の話題はたちまちマスコミの標的となる。 「筏に縛られ漂流する男 絶望寸前に救われる」「密輸団のリンチか?」「漂流男の左腕に刻まれた謎」とセンセーショナルな記事が書かれた新聞… 上半身下着姿になって左腕を見せていた漂流男相川鉄夫(徳大寺伸)を前にした刑事は、着たまえと言い、もう一つだけ質問しよう、姓名は何と言う?と問いかけるが男は何も答えない。 君の身元、君の経歴は?と重ねて聞くが何も言わないので、言いたまえ!君の素性、いかなる理由によって、いつどこで誰によってあんなリンチを受けたんだ?と刑事も苛立つ。 「漂流男、黙秘権行使」「漂流男今夜釈放か」の新聞記事… その夜、警察署からで敵や漂流男が人気のない倉庫街に来ると、おう待ちねい!と声をかけられる。 誰だ?と立ち止まった相川が怪しむと、ご覧の通り波止場のオチこぼれでシャンがついているケチな野郎だが、お前何か筏に縛られて漂流してたって言うな?と近づいて来たのは煙草をくわえ船員帽をかぶった怪しげな男多羅尾伴内(片岡千恵蔵)だった。 新聞には密輸団のリンチ事件と書いてあったが本当かい?それは…と多羅尾伴内がしつこく相川に聞いていると、それを物陰からうかがう謎の2人の船員姿の男たちがいた。 何とか返事をしろよ、俺は海上保安部の役人でもなけりゃサツのデカでもねえんだぜと多羅尾伴内は相川に迫る。 その君が何故僕に口を割らせようとするんだ?と堪らなくなった相川が振り向いて聞くと、力になりてえからよ、今のおめえさんにはどうやら良い味方がいりそうな塩梅だ、どうだい?ここは一番俺を味方につけてみねえか?と多羅尾伴内が言っているのを聞いていた物陰の男たちは拳銃を取り出す。 え?安全なドヤが欲しかったら…と話しかけていた多羅尾伴内は、急に相川の背中を押し、自分がかがみ込みながら2丁拳銃を取り出し、物陰に隠れていた1人の男の手から拳銃を撃ち落とす。 それ見ろ、論より証拠とはこのこった、悪いことは言わねえから、安全なドヤが欲しかったら入舟町3丁目の楽々荘に行ってみな、良いか?楽々荘だぜと多羅尾伴内が相川に教えると、相川は頷いてその場から逃げ去る。 夜中、とある屋敷に車で帰って来た渡名喜キヨ(花柳小菊)に、女中に抱えられた娘が、お母さんお帰りなさいと声をかける。 母親がその女の子を女中の腕から受け取って抱くと、車の後部座席に乗っていた岡部高行(進藤英太郎)が、チビちゃん、今晩はと声をかける。 明日はわしは出勤が遅れても構わないよと岡部は言い、車は出発する。 屋敷の近くでその遠ざかって行く車を見送る怪しい男2人組がいた。 しばらく走った車の行く手を塞ぐように現れ車を停めた和服の女たき子(宮城千賀子)は、待ち伏せした甲斐があったと言うものだわ、やっぱりあなた、あの姉妹に思し召しがあるのねと言いながら岡部に近づく。 キャバレー「エンパイア」のマスターと支配人が毎晩のように使用人を送り届けるなんて…と言いながらたき子は取り出した煙草を口にくわえ、見上げた心がけだわ…と嫌みを言い火を点ける。 岡部はバカなこと言ってないで乗りなさいと言いながらドアを開けてやる。 しかしたきは嫌ですよnあなたがその気なら私だって…と断るので、助手席の乗っていた支配人が、まあ奥さん、この件についてはいずれ社長から詳しい説明がございますでしょう、さすれば奥さんの誤解も解けますよと言いながら外に降り、たき子を懐柔しようとする。 一方、屋敷にやって来た相川は、外で待ち伏せていた広田と寺元に気付き慌てて逃げ出すが、2人の男も後を追い、1人が発砲する。 屋敷の自室でその音に気付いた渡名喜マサミ(千原しのぶ)が、ピストルの音じゃない?と言いながら寝間着姿のまま、向かいの姉のキヨの部屋に入って来る。 しかしキヨは、まさか…、自動車のパンクかなんかでしょうと笑い飛ばす。 そうかしら…と言いながら帰りかけたマサミに、マサミちゃん、それよりここの所読んでもらえませんと言いながらテーブルに置いてあった新聞を渡す。 「漂流男今夜釈放か」…とマサミが読み、この記事がどうかしたの?と聞くと、何だか私その人が相川さんのような気がするのよ…とキヨは言うので、相川さんですって!とマサミも驚く。 その方が相川さんだとすると、私たちのためにあれを取りにいらしたんじゃないかしら?とキヨは言う。 置き手紙を置き姿を消して約三月よ、その間に一度もお便りを下さらない所を見ると、相川さん、密輸団の仲間入りをして半年前…とキヨが案ずるので、でも新聞には今夜釈放と書いてあるわ、その相川さんなら、釈放されたらまっすぐここに来るはずよとマサミが慰める。 キヨは憂い顔で、本当ならね…と答える。 翌日、相川は多羅尾から教えられた入舟町の楽々荘の前に来ていた。 屋敷の中に入って来た相川に、何か御用かな?と声をかけたのは老管理人だった。 部屋がございましたらお借りしたいんですが?と相川が話しかけると、いかにも、部屋はありますがな…と言いながら待合室に出て来た老管理人は、ところで御姓名は?と聞くと藤川光夫ですと相川は答える。 すると老管理人は、いかん、それは嘘八百と言うもんじゃと言うと席を立ち上がるので、いえ決して…と相川は狼狽するが、いかん、いかん…、どうでも部屋をお望みなら嘘隠しのない所をおっしゃいと老管理人は迫る。 すると相川は意を決したように相川鉄夫ですと本名を明かす。 名前の漢字の説明をし出した相川に、いや宜しい…と納得した老管理人は、その調子で次は職業を言いなさいと椅子に腰掛けながら聞く。 すると、職業は…、無職ですと相川が言うので、ダメだ、又そんな嘘を言う…と老管理人は顔をしかめ、あんたのその顔色は三ヶ月も潮風に吹かれた顔色じゃと指摘する。 驚いた相川は、おっしゃる通りです、けれど入港と同時にお払い箱なんですと言う。 なるほど…、で、誰からこの楽々荘のことを効かれた?と老管理人が聞くと、名前は知りませんが船員崩れ風の…と言うので、あの世話好きの瘋癲だな…、ま、あれなら信用しても良かろう…と老管理人は思い当たった風だった。 で、他に保証人と言うような者は?と聞かれた相川は、残念ながらございません、僕の身元を保証してくれるような人はこの都会には…と答えると、なるほどなるほど、あんたの二度目の嘘っぱちのお陰で重要な事件に関係があることは分かったよと老管理人が立ち上がったので相川は動揺する。 それでも老管理人は、いや宜しい、部屋は食事付きで提供しましょうと言い出すと、浜田(沢村アキヲ)と言う青年を呼び、この方に誓約書に署名していただいてな、2階の3号室にご案内しなさいと命じる。 試験官などが並ぶ奥の部屋に入った老管理人は暗幕を閉め、洗面所の鏡を覗くと、その鏡は潜望鏡のように3号室の鏡に繋がっていた。 室内の物はご自由にお使いになって宜しい…と案内して来た浜田から言われた相川は、椅子に腰を降ろしてしばし考え込みながら室内を見渡していたが、やがて壁に筏に縛られた男が漂流している油絵がかかっていたので驚く。 その額の前に来た相川は、何事か考え込みながら、絵の下の机の上に置いてあった腕時計や小箱を見始める。 小箱の蓋を開くと中にはきらめく宝石がいくつか入っていた。 さらに部屋の様子を探っていた相川は、部屋の中央付近の机におかれたタイプライターをいじり出し、次いでその机の引き出しの中に入っていた拳銃と弾丸を見つける。 相川が拳銃に弾を装填する様を、老管理人は鏡越しに監視していた。 相川が拳銃を手に油絵の前に立った時、笑いながら部屋に老管理人が入って来て、心理試験と言う言葉がありますな?わしはあんたをその心理試験にかけてみたんじゃが、結果あんたはその拳銃と油絵とタイプライター、宝石と油絵になみなみならぬ関心を示され、まず第一にあんたはその拳銃を保身のために望まれるのかな?それとも殺人のために望まれるのかな?と相川に問いかける。 すると相川は、その両方です…と答えたので、こりゃあ又、穏やかならんことをぬけぬけと言われるな…と老管理人は苦笑し、ではあんたは、タイプライターへの関心は誰かに手紙を書きたいと言うあんたの意思の現れじゃなと指摘する。 そうかも知れません…と相川は正直に答えると、次に宝石の件じゃが、あんたがこれを見たときの目色から推察すると、あんたの胸の中に秘められている意見にはダイヤモンドが相当重要な役目を果たしておりますな?最後に油絵の件じゃが、こりゃもう説明の必要はあるまい、この絵の中にあんた自身の姿を見たのでびっくりされたんじゃと指摘する。 黙って聞いていた相川が、あなたは何者です?と問いかけると、掛け値なしのただの人間じゃよ…、少しばかり世話好きの、少しばかり瘋癲のな…と老管理人は答える。 すると相川は、それではこのことを説明して下さい、あなたは何故この僕に関心をお持ちなのですか?と聞くので、ああ…、クイズ狂とでも言いますかな?最近新聞紙上に伝えられた「密輸団リンチ事件」の真相を解明したいまでじゃと老管理人は答える。 しかし僕は…と相川が口ごもったので、いやおそらくは口を割るまい、じゃからしてわしもこの点には触れぬのじゃが、だがしかし、あんたはクイズの第一ヒントだけは出す義務がありますぞと老管理人は言う。 第一ヒントと言いますと?と相川が聞き返すと、この絵に描かれた船の名じゃよ、この船は何と言いますかな?と老管理人は聞いて来る。 何故黙ってなさる?言うなればあんたのためですぞ、お答えなさい!と老管理人が語気を強めると、南海丸です!と相川は教える。 その頃、港に横付けされていた南海丸から荷物を積み込んだ南海商事のトラックが出発していた。 そのトラックの後を尾行する一台の乗用車があった。 トラックは南海商事と看板が出た店の前に来ると2人の男が降りて店に入り、船長はいるかい?と店員に声をかけると、へえ、古川さんと御一緒に僕の部屋にいますと言うので、早いとこ倉庫に運びなと表のトラックの方を指して指示した後社長室に入って行く。 社長室に入ると、広田三郎(山室耕)が往診しに来た医者から包帯を巻いてもらっていたので、おい広田、何でえ、ピストルの弾がかすったくらいでご大層な事しやがってと帰って来た寺元圧治(大丸巌)が嫌みを言うので、何を!と怒って立ち上がったので、まあまあじっとしてなさい、喧嘩はいつでも出来ると医者がなだめて座らせる。 すると寺元は調子が良いな父っつぁん、俺たちの喧嘩はな三度のシャリの味だと言い聞かせた後、さらに奥の部屋に入って行く。 奥の部屋には4人の男たちが揃っており、そこにいた古川仙之助(清水一郎)から、どうだ?と聞かれた寺元が今倉庫に運んでいますと答えると、誰にも感づかれはしなかったろうねと念を押して来る。 そんなドジを踏むようなわし公じゃございませんよと寺本が苦笑すると、威張るなと苦笑した船長西脇辰三郎(山口勇)が、さあ行きましょうかと言い立ち上がる。 そしてその部屋にいた他の男たちとともにさらに奥の倉庫に入って行くと入り口を閉めさせる。 そして運び込まれた魚を1匹取り上げた店長は、この片目が目印でしてねと言いながら魚を裏返し、片方の目玉がないのを古川に見せると、腹の中には3つずつ光る石が入っているんですと店長は説明する。 おい権藤、見本をお目にかけなと西脇から言われた子分の権藤八造(上代悠司)が、その場で魚の腹を捌き、中から宝石を3つ取り出してみせる。 水で洗った石を、どうです?見事でしょうと西脇が差し出すと、全くだね〜、大した上玉だな〜と古川は宝石を掌に乗せたハンカチに乗せて感心する。 その上玉を数にして100と8つ、目方にして221カラットを36匹の魚の腹の中に仕込んだあっしの手並み、大したものでござんしょうと西脇は自慢する。 もちろん大した才覚だよ、これなら君たち4人が分配金の割り増しを要求するのも無理からん話だと古川が言うので、じゃあ中を取って下さるんですね?と西脇が確認すると、取るとも任してくれと古川は答える。 さすが古川さんだ、話が分からあと西脇は喜び、さあ、みんな料理にかかんなと手下たちに声をかける。 西脇はさらに、だが古川さん、あっしは全く惜しいことをたと思いますよと話しかけたので、相川の一件かねと古川が聞くと、そうなんですよ、奴があの島で琉球王の古墳から取り出した「片目の魔王」と言うダイヤモンドがたった1つでこいつの30個の値打ちがあるんですからねと言いながら西脇はポケットから宝石を取り出して見せる。 それにしたって君、現物が手に入らない以上にはこの倉庫の中の塵と同じ価値だよと古川は冷たく答える。 そりゃそうですがね、あっしはね、次の航海の時必ずあいつを手に入れてみせますよ、奴が持って帰らなかったとすれば、あれはあの島のどっかにまだ隠されているはずですからねと西脇は言う。 すると古川は、結構な夢だがね…と冷めた口調で答え、それにしても船長、油断は禁物だぜと釘を刺す。 油断?と西脇が言うと、相川鉄夫は生きて帰って来た、しかも釈放されるなり2度も君たちに狙われているんだ、奴はひょっとすると君たちに仕返しをするかもしれないぜと古川は言う。 すると西脇は、冗談言っちゃいけませんよ、あんな若僧に命を取られるほどまだもうろくはしておりませんよと煙草をくゆらしながら答える。 一方、楽々荘にいた相川はスーツに着替えサングラスをかけると、ラジオで音楽を聞いていた浜田の目を盗み、こっそりアパートを抜け出していた。 その頃、それではこれは話がつくまで金庫に納めておきましょうと西脇は相川に魚の中から取り出した宝石を見せながら言っていた。 古川もそうしてくれたまえと答えている目の前で西脇は金庫の中に宝石をしまい、その鍵を古川に預ける。 その代わり金庫の符号の方はあっしの胸三寸で…と西脇が言うので、もちろんこの場合これが正しい処置だろうと古川も納得する。 そして古川は、今夜僕が持つから1つ派手にやろうじゃないかと誘い、西脇も行きましょうと答え一緒に出掛ける。 外に出た2人に、旦那、どこまで行きます?と声をかけて来たのは停まっていたタクシーの片目の運転手だったので、キャバレー「エンパイア」と古川が答えると、じゃあちょうど帰り道だ、料金に注文はつけませんから乗っておくんなさいと運転手は話しかけて来る。 良かろう、行きましょうと答えた西脇は、古川らを乗せ出発する。 キャバレー「エムパイア」についた時、いくら払ったら良いんだい?と聞かれた運転手は、男に二言はございやせんや、お気持ちだけで結構ですよと粋な返答をする。 そうかい、じゃあこれだけ取っときなと古川は言い金を払って車を降りる。 さすが旦那だ、酷く張り込んで下さったと礼を言った運転手は助手席に乗っていた広田に煙草を恵んでおくんなせえとねだり、広田が差し出したシガレットケースからもらおうとした時、旦那、怪我しやしたね?と聞く。 すると古田は女さ、女にやられたのさと見栄を張って来たので負けやしたね、煙草1本に…とからかうと、そんな粋な筋合いじゃないんだと言いながら広田は笑いながら降りる。 その時運転手が何か落ちやしたぜと言い、広田が地面に落ちていたカードを拾い上げると、そこには「命をいただく NO.1」と書かれてあった。 何だね、どうしたんだね?と古川が聞いて来たので広田がそのカードを差し出すと、内容を読んだ古川は、あの男の殺人予告かな?と言いながら西脇に渡す。 すると西脇は、バカ言っちゃいけませんよ、忍術使いじゃあるまいし、あいつが広田のポケットにこんなもの放り込む道理がありませんやと言い、おい片目、あんまり手の込んだいたずらは止した方が良いぜと運転手に言って来る。 何の話だね?と運転手がとぼけると、とぼけるねえ、手前がこんなもん…と店長は因縁をつけ始めるが、古川が横でまあまあ船長、せっかくの晩じゃないか、つまんないことに拘るなよと古川から注意されたので、それもそうですね…と西脇は言い、おい広田気にしないで行こうぜと言いながらカードをその場で引き裂く。 車を降りた片目の運転手は破かれて落ちていたカードを拾い上げポケットの中に入れる。 フロアでは客たちが踊るキャバレーの中に居座った店長と古川一行を監視するように、片目の運転手も別の席に座って酒を飲み始める。 西脇の横に座り相手をしていたホステスのキヨは、サングラスをかけて別のボックス席に座った客の顔を見て気になり席を立とうとすると、どこへ行く?他の客の所に言ったら承知しないぜ、俺はお前が好きなんだよと西脇が手を取って引き止める。 すぐ帰ってきますとその手を振りほどきサングラスの客の席の前を通ったキヨは、男の方も自分の顔に気付き見つめて来たことに気付いたのでわざとハンカチを落してみる。 サングラスの男相川はそのハンカチを拾い、あ、ちょっと!とキヨを呼び止めると、フロアで踊っている岡部高行とたき子を気にするように何かをハンカチに包んでキヨに返す。 それを受け取ったキヨが軽く頷くのを、ビールを飲みながら片目の運転手は観察する。 トイレの中でハンカチにくるまれていたメモを開いたキヨは、「珠は我が手中にある、ただしはなはだ危険、近づくな 鉄夫」と書かれているのを読む。 そこにいきなり岡部が入って来て何してたの?と聞いて来たので、お客様のイタズラ書きですわとごまかそうしたキヨだったが、拝見したいもんだねえと岡部が言うので、そんな意味のあるもんじゃございませんわと言いながらトイレを出ようとするが、たき子が来ているんでね、今夜は送れないかもしれないよと手を握って来たので、宜しいんです、どうぞもうそんなこと…と笑って答える。 そこにたき子がやって来たのでキヨは慌てて客席に向かうが、たき子は女性トイレにまで来た岡部に対し、あなた、こんな所まで追っかけて来るなんて…、あんまりみっともない真似なさらないで!と嫌みを言う。 岡部はあんたには分からない!と言い返しその場を去る。 ステージでは女性歌手(コロムビア・ローズ)が楽団の前で歌い、フロアでは広田も女性と踊っていた。 歌手が歌い終わると、拍手をしていたマサミはボックス席の相川に気付き近づこうとするが、戻って来たキヨがマサミちゃん!と呼び戻す。 その様子に広田も気付き、片目の運転手も注視する。 キヨは、これを読んで、読んだらすぐに焼き捨てるのよと言いながら先ほどのメモをマサミにそっと手渡す。 フロアではダンサーたちによるショーが始まっていた。 西脇は何事かを子分に耳打ちする。 その直後、女性の悲鳴が挙ったので、片目の運転手は店の中を見渡す一方、岡部はショーを続けるんだ!と動きを止めたダンサーたちに命じる。 楽屋に駆けつけたキヨは悲鳴を上げたマサミを抱いて慰めていたが、誰か後ろから私の首を…、怖いわ…とマサミは怯えていた。 それよりあなたあれどうした?とキヨが聞くと、マサミは掌を開いてなくなったメモに気付く。 その様子を片目の運転手がそっと見ていた。 一方、ボックス席にいた相川の隣に勝手に座った広田は、おい、俺のポケットにはピストルが入っているんだよ、メガネ取んなよと身体を押しつけながら脅す。 キャバレーの柱の影から突き出す拳銃。 しかしフロアの踊りを見ながら何もしようとしない相川に苛立った広田が、何故取らねえんだ?取れと言ったら取れよと迫ると、静かに立ち上がった相川が一緒に立ち上がった広田に振り向き様発砲して逃げ出す。 片目の運転手はその銃声に驚き、逃げる相川を店の外まで追って行くが暗闇の中で見失ってしまう。 岡田は支配人の山田に早く電話をしてくれと命じる。 西脇はひげ面の子分寺元圧治(大丸巌)に、おめえピストル持ってるだろう?と声をかけ、寺元は船員帽をかぶって席を立って行く。 片目の運転手はタクシーに戻ると席の下からバッグを取り出し周囲をうかがう。 寺元が空き地へ向かうのを追うサングラスの男。 キャバレー「エムパイア」に警察が到着する。 タクシーから出て来たのは、冴えない初老のメガネの探偵多羅尾伴内だった。 「エムパイア」の前にやって来た多羅尾伴内は見張りの警官に、大沢警部さんはお見えになっておりませんかな?と聞くので、あなたは?と警官が聞くと、こう云う者ですと名刺を差し出す。 そこには「多羅尾市立探偵局 多羅尾伴内 神戸市生田議入舟町3丁目7」とあった。 警官からその名刺を渡された大沢警部(加賀邦男)がその名を確認しているとき、多羅尾伴内がフロアに入って来てお久しぶりでしたと警部に挨拶して来たので、どうしてこのことをお知りになりました?と大沢警部は不思議がる。 すると伴内は、犬も歩けば棒に当たる、伴内も歩けば事件に当たる…とでも申しますかな?ちょうどここを通りかかったもんですからな…などととぼけた答えを言うが、 それでも大沢警部は、そうですか、それははなはだ好都合でした…と喜ぶので、早速ですが検死はもうおすみになりましたか?と伴内が聞くと、はあ大体…と警部が言うので、当局の職権に立ち入るようではなはだ恐縮ですが、いかがでしょう?協力する意味において手前に尋問をお許し願えないでしょうか?と伴内は頼む。 すると警部は他ならぬあなたのことですからどうぞ…と許可してくれたので、被害者の身元は?と聞くと、遠洋漁船南海丸の乗組員で広田三郎と言う者ですと警部は教える。 加害者については何か?と伴内が聞くと、現在の所、推定年齢27〜8、黒めがねをかけた中肉中背の…と言うので、どうしてその男が犯人とお分かりになりましたな?と伴内が聞くと、事件の直後逃亡したからですと警部は即答する。 それだけですか?と伴内が問いかけたので、はっ?と警部が戸惑うと、こいつは驚き入りました、あなたほどの方がこんな誤りをなさろうとは…と伴内は苦笑する。 何故です?と警部が聞くと、その男を犯人とする裏付けにはならんと言うことですよと伴内は笑う。 しかし…と警部が反論しようとすると、まあその事はその事としてですな、検証のお邪魔をしても差し支えございませんでしょうかな?と伴内が申し出たので、警部はどうぞと広田の屍骸の場所に案内する。 凶器は拳銃でしたかな?と伴内が聞くと、はあ、銃声は二発だったそうですが傷は前面から胸部へ撃たれた一ヶ所だけです検死医は答える。 なるほど…、当時黒めがねの青年はどこに席を取っておりましたかな?と伴内が聞くと、このボックスの億に東向きに腰掛けていたそうですと刑事が答える。 なるほど…、被害者はこのキャバレーにちょいちょい来ておりましたか?と伴内が聞くと、あの人達と一緒だったそうですと別の刑事が船長たちを指差す。 伴内と警部は船長たちの席に来て帽子に手を当て会釈をし、御姓名をうかがいたいのですが?と申し出ると、南海丸の船長西脇辰三郎と答える。 あっしは乗組員の権藤八造ですと相席の男が答え、古川はお見知り置きを願いますと言いながら伴内に名刺を差し出す。 「貴金属・宝石商 古川仙之助」…と伴内は読み、遠洋漁船の乗組員とはちょっと妙な組み合せですな?と皮肉ると、西脇君と私とは10年来の友達でして…と古川が言うので、ほお、なるほどなるほど…と伴内は納得する。 わしゃあまた、腹の中に光る石でも持つ魚でもいるのかと思いましたよと伴内が茶化すと、西脇と権藤は驚いたような表情をしたので、これは冗談ですがな…と伴内はごまかし、被害者について何か参考になることはありませんかな?と質問する。 広田は航海中、相川と言う男とことごとにいがみ合っておりましたと西脇が答えると、側で聞いていたキヨとマサミは驚く。 その男は現在どこにいますかな?と伴内が聞くと、入港早々首にしたんで分かりませんと西脇は言うので、なるほど、で、他には?と伴内が質問を続けると、広田君は今夜殺人予告のカードを受け取りましたと古川が打ち明ける。 殺人予告のカード?と警部が聞くと、タイプライターで「命をいただく」と…、で、サインの代わりに片目の魔神像のスタンプが押してありましたと古川は言う。 それを聞いた伴内は警部に、いかがですな大沢さん、これでこの事件が計画的な殺人だと言うことが分かりますなと語りかける。 さらに別の席に1人で向かった伴内が、失礼ですがあなたは?と聞くと、このキャバレーを経営している岡部高行ですと答えるので、毎日ここへ詰めてお出でになるのですか?と伴内が確認すると、いやそうでもありませんが、今日はこれがショーを見たいと言うものですからと、横で座ってタバコを吸っていたたき子を見ながら岡部は答える。 お名前は?と伴内が聞くと、森下たき子…とタバコを吸いながらたき子は答える。 なるほど、見た所、あんたはこの店の支配人のようですな?と伴内が側で同じくタバコを吸っていた白服に蝶ネクタイの男に問いかけると、さようでございますと支配人は答える。 ではご存じでしょうが、当時被害者の側におられた女の方は?と伴内が聞くと、ああ、あの2人ですと支配人はキヨとマサミを指差す。 姉妹に近づき、失礼ですがお名前は?と伴内が聞くと、渡名喜キヨでございますと姉が答え、同じくマサミと申しますと妹が答えるので、ご姉妹ですな?と伴内は確認し、では御姉妹に同じ質問を致しますが、何故あなた方はそのようにびくびくしておいでになるのですかな?と聞く。 それはその…、事件の起こりますちょっと前に妹が首を締められたからでございますとキヨが答える。 首を?と大沢警部が驚き、本当ですかな?と伴内が聞くと、…だと思いますけど…とマサミが自信なさそうに答え、でも盗まれた物は何にもございませんわとキヨは言う。 すると急に笑い出した伴内は、いや気を悪くなさらないで次の質問に答えて下さいと詫び、被害者の連れは何人でしたかな?と聞くと、4人でございましたとキヨが答える。 4人ですと?と驚いた伴内はいなくなったもう1人の人物についてご説明願いましょうかな?と西脇の席の戻って来て聞く。 西脇たちが答えに窮していると、警官がやって来て西弥生町に船員風の斬殺死体がありますと大沢警部に報告する。 何?船員風の惨殺死体?と大沢警部は驚き、早速西脇らも連れて現場へ向かうことにする。 すると西脇が死体を見て、あっ、寺元だ!と言うので、それはいなくなった男のことですかな?と伴内が聞くと、そう、確かに寺元圧治ですと権藤が答える。 伴内は死体を調べ、凶器は拳銃、見事に仕留めている…と感心していると、死体の側に落ちていたカードに気付く。 そこには「命をいただく NO.2」と書かれていた。 翌日の新聞には「謎をはらむ予告カード 昨夜二つの殺人事件発生」「犯人は黒眼鏡の男か?奇怪なる連続殺人」の文字が踊っていた。 それを見て戸惑う西脇と権藤。 キヨとマサミ姉妹も自宅で新聞を読んでおり、もしも相川さんが犯人だったら…と真酸味が案ずるので、ダメよ、今からそう悲観的に考えちゃいけないわとキヨが慰めていた。 多羅尾さんだって相川さんが犯人だとは断定してらっしゃらないのとキヨが言うと、あんな探偵の言う事なんか当てに出来ないわ、あんな物インチキよとマサミが立ち上がって鏡台の前に席を替えたので、そんな失礼なことを言うもんじゃありません、事実が分かるまではあの方のお言葉に希望を賭けて元気でいることが第一よとキヨは言う。 そこにルリがやって来て、お母様、お客様よと呼びかける。 やって来たのは多羅尾伴内で、内密にお尋ねしたい事があってあがったのですが…と言うので、どうぞ…とキヨが会釈すると、一緒に付いて来たルリがお上がりになって…と続ける。 マサミちゃん、多羅尾さんがお見えになりましたよとキヨが部屋に戻って来ると、いらっしゃいませと挨拶して来たマサミに、どうやら昨夜は一睡も出来なかった塩梅ですな…と伴内は指摘する。 はい…とマサミが目を伏せると、その気持は良く分かりますがな、事実がはっきりするまでは一切をこの多羅尾に任して元気に暮らされることですな…と伴内も慰めるが、不信感があるマサミは同じ意味のことを先ほど姉にも言われましたわ…と皮肉っぽく返す。 笑った伴内は、早速用件に取りかかりますかなと言い、椅子に腰を降ろすと、あなた方ご姉妹は琉球の王族の御血統を受け継いでおられるようですな?と聞くと、はい、系図の上ではそう云うことに…とキヨが答える。 お父さんの優作さんは戦争前ビルマの方で公益を手広くやっておられたそうで?と伴内が聞くとキヨは頷いたので、その後お父さんが戦争の前途を心配されて、あなた方ご姉妹を内地に送還されたのが終戦3年前ですと伴内は続ける。 ご自分が引き上げて来られたのが、確か終戦直前でございましたな?と伴内が聞くと、さようでございますとキヨが答え、それから2年後、お父様は亡くなられ、引き続いてあなたの夫、正彦さんが亡くなられた…と伴内が言うと、良くご存知で…とキヨは感心する。 とうとうあなた方は売り喰いの生活を続けておられたが、将来への不安からご姉妹揃って職業婦人になられたのがかれこれ1年ばかり前のことでしたな?と伴内は確認する。 それからマサミさんはほどなく相川鉄夫と言う愛人を得られた…と伴内が指摘すると、ベランダの所でルリと遊んでいたマサミが驚いて立ち上がり、嘘ですわ、そんな人、私は絶対存じませんわ!と否定する。 するとルリが、だけど私知ってるわ、相川のおじちゃん、いつもたくさんお土産を買って来てくれるんですものと言い出したので、マサミは黙り込む。 それを聞いた伴内は喜んでルリを抱き上げる。 今日は手前の興信所並みの調査ですがな、手前が承りたいのは、何故お父様が引き上げる時、沖縄のあの島に立ち寄られたかと言うことですな…と伴内が問いかけると、姉妹は急に黙り込んでしまう。 手前の想像では、船が途中で臨検されることを恐れてお父様は何かあの島に貴重な物を…と良いながら又椅子に腰掛けた伴内は、お手伝いが茶と菓子を運んで来たので言葉を止める。 お手伝いが部屋を出て行くのを確認した伴内は、その島にある貴重な品を隠されたと思うのですが…、手前のこの推理に何かご異存がございますかな?と問いかける。 いえ、ございません、うちはビルマにおりました時に「片目の魔王」と言う23カラットのダイヤモンドを手に入れまして、これは世界でも有名な宝石なんだそうでございますけど、父は引き上げの途中、今あなたがおっしゃいましたような理由から、それをあの島にあるご先祖の墓の下に隠して参ったんだそうでございますとキヨは打ち明ける。 それを聞いた伴内は、なるほど、いや良く分かりました、それで相川君は密貿易の中継地があの島にあることを知って南海丸に便乗してそのダイヤモンドを取りに帰った…と指摘する。 ところが図らずもそれを仲間の知る所になって、相川君はあのリンチに遭われた…、そしてその復讐のために…と伴内が続けようとすると、もうおっしゃらないで!妹が心配致しますわ…とキヨが制止する。 |