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花のヒロイン 

 

 

 

幻想館

 

初恋トコシャン息子

井上プロダクション第一回作品で大泉滉さん主演の下町人情話。

女に全く興味がない今風の青年を演じる大泉滉さんが主役っぽいが、冒頭部分は大泉さんよりそのおじいさん役の大旦那の方に目が行く。

目がぎょろっとした独特の風貌の大旦那役の上山草人さんは、この映画出演時60後半だったはずで、この2年後に亡くなっている。

ユーモラスな老人役を演じる上山草人さんと言うのは始めてみたような気がする。

さらにその娘役を飯田蝶子さんがやっていると言うのだから驚く。

飯田さんはまだおばあさんと言う感じではなく、せいぜいおばさん。

中村是好さんは、この翌年の「びっくり六兵衛」では随分歯並びが悪い様子だったのに、この作品ではきれいな前歯をしていると言うことは入れ歯を用いていたと言うことなのだろうか?

逆に本作に登場する柳家金語楼さんはヤケに歯がガタガタ、当時のエンタツさんなども歯並びが悪く、お笑いの人などは歯並びが悪いまま映画に出ている人も多かったと言うことだろう。

主人公の大泉滉さんはこの当時バタ臭いイメージの絶世のイケメンだったと言うだけではなく、ユーモラスなコントのようなこともこなせる才人だったようだ。

痩せていて目が大きく、ファンファン(岡田真澄)さんをもっと濃くしたようなイメージとでも言うべきか?

堅物な青年におじさんが女性に興味を持たせようとする展開なので、当然お色気表現が随所に登場するが、何せ作られた時代が時代なのでその表現に限界があり、水着姿や祭りの半股引姿がせいぜい。

それに今の感覚で見ると、何かに夢中なマニアタイプで女性に興味がない青年など特に珍しくないので、必死に異性に興味を持たそうとしている大人たちの感覚の方が不思議に見えるほど。

当時はまだ、男女ともに年頃になったら結婚しなくてはならないと言う風潮が強かったので、こう云う婚期を逃しそうな人物は男性でも変人扱いされていたと言うことなのだろう。

そして映画では、あっさりその「おくて」の青年があっさり恋に落ちる…と見せかけて、話は意外な方向へと進む有様がユーモラスに描かれている。

マニアはやはり探究心の方が恋に勝る…と言うことか?

満腹軒の丸顔で愛らしいアイドル顔の女店員町子役の榎本美佐江さんは、国鉄、巨人で活躍した400勝投手金田正一さんの元奥様である。

題材が題材だけに当時の落語家さんや芸人さんが出ているのも今となっては貴重だが、中村是好さんは「春だドリフだ 全員集合!!」(1971)でも落語家として、三遊亭圓生、柳家小さん、桂文治と言った名人たちと絡んでいたが、本作でも古今亭今輔師匠と共演している。

何か落語と縁があるのか? 

三共株式会社女子野球部も特別出演している。

▼▼▼▼▼ストーリーを途中まで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1952年、井上プロダクション、笠原良三脚本、沼波功雄監督作品。

いくつもの橋が並ぶ隅田川… その橋の上を路面電車が通過する。

「御祭礼」と書かれた提灯がいくつも連なっている。

神輿がわっしょい、わっしょい!と練り歩き、それを見物人たちが眺めている。

そんな下町に丸安商店があった。 店の中に木箱を運び入れていた店員が店先に大旦那(上山草人)が立っているのに気付き、大旦那、何か御用で?と聞く。

すると大旦那は、うん、まだ安男は帰らんかい?と聞くので、今日はまだ御見かけしませんでしたが?と店員が答えると、うん、そうかいと言いながら座敷に戻って行く。

外で待っていたメガネの店員が、おじいちゃん、さっきから出たり入ったりしてるじゃないか、何かあったのかい?と外に出て来た店員が聞くので、なんだお前知らないのか?若旦那今日はお見合いに出掛けたんだと外に出て来た店員が教える。

それを聞いたメガネの店員は、えっ!あの木仏、金仏、石仏が見合いに!と驚く。

そうなんだ、だけど若旦那、きっとムダな時間を潰したってな顔で帰って来るよと店員は予想する。

その安男(大泉滉)は祭りの人ごみの中を帰って来ていた。

店の奥座敷では、安男の母の民子(飯田蝶子)が店先から戻って来た大旦那に、でも案外先方のお嬢さんと当人同士話が弾んでいるのかも知れませんよなどと話していた。

そんなんであってくれれば良いんだが、何しろあいつはおふくろのお前より他の女とはろくすっぽ口も聞いたことのない男だからな…、店のカツブシより固い奴だと大旦那は言い笑うが、着せるを逆に吸おうとしたため、熱!と慌てる。

それを見た民子は、まあなんですね、おじいさんは…、自分がお嫁さんをもらうみたいにそわそわして…と呆れる。

大丈夫ですよ、苦労人の木下さんがご一緒なんですもの…、万事卒はありませんよと茶を出しながら民子は笑っていたが、自分の茶を急須から注ごうとして湯のみの外にこぼしてしまったので、おいおい、お前さんだってそわそわしているくせにと大旦那は注意する。

その時、店の方から御帰りなさいませ!と店員たちの声が聞こえて来たので、大旦那と民子は一緒に立ち上がろうとして気まずくなり、又座り直す。

そこに安男が戻って来たので、お帰りと2人共立って出迎えると、お爺様、お母様、ただ今帰りました…と安男は礼儀正しく挨拶をして来る。

民子は安男に同行してくれた木下夫婦を仏壇の前に案内し、安男も座る。

で、安男、どうだったね?お前の、その…感想は?と大旦那が聞くと、はっ、帯ばいは親に対する孝子を扱ったものだけに大変ためになりましたと安男は答える。

それから途中でおはぎをごちそうになりました…、これが又とっても美味しかったものですから御代わり致しました…などと安男は続けるので、堪り兼ねた民子が、安男、おじいさんはおはぎのことを聞いてるんじゃありませんよ、ほら、お前がお会いしたお嬢さんのことですよと注意する。

すると安男は、はっ?と不思議そうな顔になったので、こちらさんがご紹介したでしょう?と山下氏の方を民子が教えると、そう言えばご一緒のようでしたが、はっきり印象に残っておりませんと安男は答え、僕ちょっと調べものが残っておりますので失礼します、ご免下さいませと家族、木下夫婦に一礼して自分の部屋に戻ってしまう。

それを見送った大旦那は、ハハハ…、安男の奴、ちょっと照れているのかも知れませんな、そりゃそうですよね、木下さん…と言い繕うとするが、木下は、とんでもない、安男さんのお陰で今日は良い恥をかきましたよと言い出す。

本当に始めっから終わりまでお嬢様の顔を見ようともなさらないんですよと木下夫人も言い添える。

そして何か話しかけるとそっぽを向いてしまうんですからねと呆れたように夫人は言う。

その後、ガウン姿になり二階で書き物をしていた安男の部屋にやって来た大旦那は、少し疲れたのか背伸びをして、そのままクッションに横になり、机の端に付けた折りたたみ器具に挟んだ本を読み始めた安男の姿を見てあっけにとられながらも、安男と声をかけたので、何か用ですか?と気付いた安男は起き上がる。

お前、奥山まで読んでどうするつもりなんだい?大旦那が聞くと、何をおっしゃいます、勉強は一生のものだと教えて下さったのはおじいさんじゃありませんかかと安男は言い返す。

窓の外からはわっしょい、わっしょいと言う神輿のかけ声が聞こえて来たので大旦那が窓から下を見下ろすと、そこに来ていたのは女性ばかりが担ぐ女神輿だった。

大旦那はそれを見てはり切り、安男ここへ来てご覧と呼びかけると、何ですか?と言いながら安男も覗きに来る。

そしてすぐに部屋に戻った安男は双眼鏡を手に戻って来ると大旦那に渡し、自分は部屋の中に戻る。

大旦那は双眼鏡で下の女神輿の露な太ももなどを見始めると、こっちも一緒に担ぎたくなるじゃないかなどと呟くが、気がつくと安男は横にはおらず、振り返ると、この写真、返しておいてくれませんか?邪魔になりますからと言いながら棚から取り出したこれまでの見合い写真の束を渡して来たので、その上に積もった埃を吹き飛ばした途端、鼻がむずがゆくなりくしゃみをする。

下にいた民子の所に見合い写真の束を持って来た大旦那は、全然開けて見もしなかったらしいよと言うので、らしいよじゃありませんよ、木下さんが最後の頼みの綱だったんですとすっかり気落ちした民子はぼやく。

あの人に見放されたらもう安男にお嫁をもらう見込みはなくなりましたわ…、ねえどうすれば良いんでしょう?と民子が嘆くので、弱ったな〜と大旦那も口が重くなる。

大体おじいさんの教育が悪いんですよ、あの子が赤ん坊の時から、男女七歳にして席を同じようにせずだなんて、女子と小人は養いがたしだの、女3人よればかしましいだなんて、世の中に女のいらないようなことばかり教え込むもんだから安男があんな変人になってしまったんですよと民子は責める。

すると大旦那は、いや…、わしは安男だけは、死んだ安太郎のような道楽者にはしたくなかったんだ、安太郎にはお前だって随分苦労させられたじゃないかと打ち明ける。

でもあの人は私にはとっても優しい良い人でしたよ…と思い出したかのように民子は微笑む。

この女!それはそれとしてだ…、このことを1つ敬之進にでも相談してみようじゃないか?と大旦那が言うと、あんな道楽者にですか?と民子は驚く。

大体うちの人に道楽を覚えさせたのがあの敬之進ですからねと民子は責めるように言うと、しかし毒も使い用によっては薬になるものだ、何とか良い知恵を出してくれるかもしれないよと大旦那は言い返したので、そうねえ…と民子も気のない返事をする。

呼ばれてやって来た敬之進(中村是好)は、ほんのちょっとばかりあの方面の発達が遅れとるだけですよ、つまり奥手って奴ですねと酒を振る舞われながら調子良く答える。

そうするとどうすれば良いと言うのかな?と聞きながら大旦那自ら酌をしてやる。

まあ2〜3日私に預けて実物教育を施すんですね、そうすれば安男はすぐに一人前の男になりまさあと敬之進は安請け合いする。

実物教育ってどんなことを?と民子が聞くと、姉さん、大船に乗ったつもりで私に任せなさいよと言うと手酌で飲み始め、すみませんがもう1杯と頼むので、はいはい今日はいくら飲まれても文句が言えないよと民子は言いながら空になったお銚子を受け取って部屋を後にする。

すると大旦那が、実はな、わしがちょいちょい用いたことのある薬がある、これを1つ安男に試してみてくれないかと言いながら、袂から取り出した小さな薬を敬之進に渡す。

「イモリン」?珍しい薬ですねと言いながら敬之進は説明が気を読み始める。

本体はイモリの黒焼きより特別に調整したる強力ホルモン最新薬にして服用後たちまち全身的効果を発揮する… 強い薬だからな、耳かきに2杯か3杯くらい、これっくらいと指先で量を教えた大旦那は、お前さんが飲んじゃいけませんよと釘を刺すが、そこに民子がお銚子を持って戻って来たので敬之進は薬を服の中に隠す。

敬之進は民子の酌を受けながら、では早速明日から教育に取りかかりましょうと大旦那に話しかける。

帰り道、ちょうど料亭を出て来た太鼓持ちの一八(杉狂児)が通り過ぎる敬之進に気づき、背後から追ってこれはこれは旦那様!と声をかける。

一八かと気付いた敬之進に、先夜は真に失礼の段、平にご容赦の程を…と言いながら頭を下げた一八だったが、頭を上げてみるともう敬之進は歩き去っていたので、慌てて後を追い、旦那、知らん顔はないでしょう、天下の幇間桜川一八を御見過ごしになるとは…と文句を言うが敬之進は足を止めようとしない。

ねえねえね旦那、実は先夜の歌の上手な子がね、旦那に大変な岡惚れでね、もう一度あの方を御連れして長大な、一八さん!なんてね、ただじゃすまないよ、色男!などと一八が勝手にしゃべりかけていると、にやりと笑った敬之進だったが、うるさいね、今日は取り持とうたってダメだよ、忙しいんだから…とはねつけ又歩き始める。

とかなんとかおっしゃって、又どっかで浮気をしようってんでしょう?この一八を差し置いて…ひねるよ、お仕置きをしますよ、くすぐるよ!と一八も引き下がらず背後からくすぐって来たので、敬之進はバカは止せ!と叱りつける。

往来の真ん中でそのバカは何だ?と敬之進に叱られた一八はさすがにやり過ぎたと気づいたのか、どうもすみませんと詫びる。

どうもこのところ一八時化続きで、つい旦那様におすがりついたような訳で…と一八が恐縮したので、気の毒だが、今日は大切な甥っ子の実物教育をするために遊びどころの騒ぎじゃないんだよと言い捨て、敬之進は去って行きかけるが、すぐに立ち止まり、おい一八!と呼ぶと、お前も連れて行ってやろうと声をかける。

それを聞いた一八は、えっ?ありがとうございやす!と礼を言うが、その代わり、わしの言う通りにするんだぞと敬之進は指示したので、そりゃもう、旦那様のご命令とあらば…、例え火に中水の中…などと調子良く答えるので、わしの許しが出るまであんまりしゃべるんじゃないぞと敬之進は釘を刺す。

スーツ姿の安男は喫茶店で本を読んでいた。

そこにウエイトレスがコーヒーを運んで来るが、本を読みながら砂糖を入れようとしたので、全部横の水のコップの中に入ってしまう。

続いてミルクを入れるが、これ又本を読みながらだったので灰皿に全部注いでしまう。 スプーンで灰皿をかき回した後、ようやくコーヒーカップを持ち上げて口にした安男は、ブラックだったので顔をしかめる。 そこに、おい安男!待たしてすまなかったなと声をかけながら敬之進と一八がやって来る。

立って一礼した安男は、お爺様からここでおじさまと会うように言われましたが?何か御用事でしょうか?と言うので、うん、まあゆっくり話をしようと答えた敬之進は、やって来たウエイトレスにアイスクリームを2つ注文する。

そして敬之進は紹介しておこうと言い出し、こちらはな、有名な社会学者で桜川先生と一八のことを紹介し、一八には甥の安男ですと告げる。

さいですか、どうぞ宜しく御願いしますと和服姿で扇子を手に一八が挨拶したので、安男は戸惑いながらも会釈をする。

そんな安男の戸惑いに気付いたのか、敬之進は先生は和服が趣味でいらして着流しが好きなんだよとフォローする。

そうですか、結構なご趣味でございますと世辞を言いながら3人は椅子に腰を降ろす。 すると一八が、いやいや、ほんの寝間着でさあなどと調子良く答えたので、敬之進はテーブルの下の足で一八の足を小突く。

一八は驚いて黙り込んだので、実はな安男、お前も内にばかり籠って本ばかり読んでたんじゃ勉強も片手落ちになると思ってな…と敬之進は話し出す。

今日は特に桜川先生のご案内でお前を社会見学に連れて行ってやるつもりだ、まあこう云う偉い先生のご指導と言うものはそう簡単に御願いできるもんじゃないよ、だからお前もそのつもりで付いておいでと敬之進は言う。

はあありがとうございますと敬之進に礼を言った安男は、一八にお供させていただきますと頭を下げる。

敬之進は、じゃあこれを飲んで早速出掛けましょうと提案すると、安男はちょっと失礼して、ここまで読ませていただいて宜しいでしょうか?と本のページを指すので、一八はどうぞと言いながらアイスクリームを食べ始める。

敬之進は安男が本を見ているのを良いことに、大旦那からもらった精力剤「イモリン」を自分の水のコップに入れようとするが、既に水の量が減っていたので、隣の一八の水のコップを取り上げ、一八に背を向けてこっそり混入しようとするが、それに気付かず一八がアイス溶けますよ、もし!と敬之進の背中を押したので「イモリン」が大量にコップに入ってしまう。

慌てた敬之進だったが、仕方がないので、その水を安男の前の水のコップと急いで取り替える。

本を読んでいた安男は水のコップを取り上げ飲もうとするが、口元へ持って来た所でページを開くためにコップを置いたので、見ていた敬之進はがっかりする。

一方、一八は自分の前に置かれたコップの水を飲むが、それは先ほど安男が大量に砂糖を入れたものだったので甘過ぎてぎょっとし、代わりに安男の前に置かれた水のコップを取って飲んでしまったので、敬之進はあっけにとられる。

飲んだ途端、一八の様子がおかしくなり、水着姿の女性が額縁を象ったセットの中で踊る「額縁ショー」の女性が手招く幻影を見る。

本を読み終えた安男が失礼しましたと会釈をし、敬之進がぼちぼち出掛けるかと答えると、いきなり立ち上がった一八が待ってました!と両腕を差し上げて気勢を上げ店を出て行ったので、敬之進は仰天し、一八!いや先生、ちょっと待って下さいよ!と声をかける。

「オペラハウス」と言うキャバレーにやって来た3人は、ホステスに囲まれフロアで半裸姿で踊るダンサーのショーを見物するが、興奮状態の一八とは裏腹に安男は全く興味がなさそうに天井を向いたままなので敬之進は気が気ではなかった。

そこに、いらっしゃい!とママが席にやって来たので、どうだい安男、あの胸、あの腰の辺り…、ゾクゾクってしないかい?と敬之進は女性の身体に注目させようとするが、いいえ、全然致しませんと安男は即答する。

この程度のものを見るんでしたら、家に帰って美学の本でも読んだ方が芸術的興奮を覚えますです、は…と安男が言うので、敬之進は困りきり、ママに目で合図をする。 ママは安男の隣に座っていたホステスに耳打ちをし、席を代わってもらって自分がそこに座ると、ねえ…と甘えながら安男の腕にすがりつこうとするが、安男は全くママの方を見もせず、汚い物でも避けるようにママの手を摘んで外してしまう。

御ビールいかが?とママが勧めても結構ですと安男は断るので、じゃあウィスキーは?と勧めてもたくさんですと言うだけ。

じゃあジュースかなにか?と他のホステスが勧めても、いりませんと安男は断るので、ちょいと、何を御飲みになるの?とママが焦れると、あの〜、お冷や一杯いただきたいんですけど?と安男は頼むので、まあ!とママは呆れる。

これには連れて来た敬之進はがっかりするしかなかった。

その時、場内で笑い声が起きたのでフロアに目をやってみると、何と今まで横に座っていたはずの一八が着物を片肌脱いで、ダンサー2人と一緒に踊っているではないか! 敬之進は慌てて一八をフロアから席に引っ張って来るが、「イモリン」の効能で興奮状態の一八はその間も踊り続けていた。

トイレに連れて来た一八の頭をビール瓶で殴り、水を顔に引っかけると、一八、お前、だらしがなさ過ぎるぞ!と敬之進は叱る。

どうもすみません、だけどね旦那、どうも旦那の前だけどね、さっきの喫茶店辺りから俺変に張り切っちゃってね、あっしはこんな妙なことになるのは生まれて始めてなんですよねと一八自身も困惑していた。

それを聞いた敬之進は、なるほど…、そんなに良く効いたかな〜と感心するので、え、何が?ち一八は聞くが、いや何でもない…と敬之進はごまかす。

そんなことより肝心の安男が張り切らなくて困っているんだ、何か良い手はないもんかな〜と敬之進が言うので、旦那、あっしは元々西洋風は大嫌いなんですよ、第一露骨でいけねえでしょうと言うので、なるほどそれも一理あるな…、じゃあ純日本風で出直しといくかと敬之進が言い出したので、そうだ!ありがとうございますと一八は何故か礼を言う。

続いて「楽々亭」と言う寄席にやって来た3人は、もぎりに金助(柳家金語楼)が座って今晩はと挨拶して来たので、陣頭指揮かい?と敬之進は驚く。

今日は若い衆が休んでいるものですから…と金助は笑って答たので、ご苦労さんと一八も挨拶する。 御3人さんご案内!と金助が奥に呼びかけると娘の絹子(野上千鶴子)が出て来たので、一八が、やあ絹ちゃん、最近益々御きれいね〜とからかう。

舞台では曲芸が披露されていたが、絹子が桟敷席に3人を案内する。 その後、受付に戻って来た絹子に金助が、今のお客さんが落して行ったらしいよと拾った本を手渡す。

そう?と良いながらそれを受け取った絹子だったが、すぐに金助が競輪新聞を読み始めたので、あら、又競輪?と眉をひそめる。

すると金助は、違うんだよ、これは無理だと決めたんだよと言うので、またやってるのねと絹子は呆れる。

お父さん、不足なことなんが1つもないんだから賭け事だけは止めて頂戴ねと絹子は頼む。 金助は分かってる、分かってるよと答えるが、絹子が客席に行くとすぐに又新聞に没頭する。

その頃、桟敷席にいた安男は本が1冊なくなっている事に気付く。

周囲を見渡し、背後の客をひっくり返すなどして本を探していた安男の元へ近づいて来た絹子が、これ、あなたのじゃありません?と本を手渡すと、これ、僕のです!僕の一番の愛読書なんです!と安男は感激し、どうもありがとうと礼をした時、スーツの牡丹が1つ外れて落ちたので、それに気付いた絹子がボタンを拾い上げ、御付けしましょうと申し出たので安男は驚く。

上着を御脱ぎなさいなと言われた安男は、はぁ〜、でも…と戸惑うので、ご遠慮なくと絹子は笑顔で勧める。 結局安男は、はあ…と絹子の言葉に従い、その場でスーツの上着を脱ぐと絹子に手渡す。

安男はスーツを持って去って行く絹子の後ろ姿をずっと背伸びしながら見守っていたので、その安男が邪魔で舞台が見にくくなった背後の客も一緒に伸び上がり目と目が合ってしまう。

舞台では桂米丸が落後を演じ始める。 しかしその最中にも安男は絹子が気になり後ろの方を覗いていたが、絹子が老婆を親切に案内して来る姿を目撃する。

絹子はそのままボタンをつけ終えたスーツを持って来てくれたので、すみませんと礼を言うと、絹子はそれを安男に着せてくれる。

さらに、近くの女性客が抱いた赤ん坊が泣き出すとすぐさま駆けつけ抱いてあやし始める絹子を見ていた安男はうっとりしていたが、気がつくと背後の男女客が手を繋ぎ合っているのに気付き、思わず両手で目を押さえて前を向く。

それに気付いた背後の男女客も気恥ずかしくなったのか手を離して座り直す。

敬之進は懐中時計を取り出し時間を確認すると隣の一八に何事か耳打ちする。 すると一八は嬉しそうに扇子を自分の掌に打ち付けて喜んだので、慌てて敬之進がそれを制す。

続いて安男が連れて行かれたのは料亭で、芸者が踊りを披露するのを安男はただぽかんと見ているだけだった。

踊りが終わると安男の側に座った2人の芸者が、まあこちら随分おとなしいのね、さあ、まあさん!などと言いながらお銚子を差し出したので、まあさん!?と安男は驚く。

あら違うの?あら、隠そうたってダメよ、ねえそうよねえ、さあ、まあさん!などと芸者たちが示し合わせたように言うので、安男はあっけにとられる。

やがて新たな芸者がやって来たので、よう、本的現る!旦那、こいつはただじゃすみませんぜなどと一八が囃す。

新しく来た芸者は、あらやーさん、随分お見限りね、どこで浮気してたの?などと敬之進に親しげに話しかけて来る。

おいおい、そう脅かすなよと敬之進も嬉しそうに言い返し、今夜の主流はこちらだよと安男を指差したので、おや?ようこそ!と芸者も安男に気付いて挨拶をする 丸田安男です、宜しく御願いしますと安男も丁寧に挨拶を返すと、じゃあ旦那と高子姉さんが揃ったらこの間の勝負をつけないといけませんと一八が言い出す。

すると他の芸者たちも、そうよ!とはやし立てるので、じゃあね一八…と乗りかけた敬之進だったが、先生、肝心なこと忘れちゃ困るよと言い直す。 承知の助でございますと受けた一八は安男の側に来て、ねえ、御飲みになりませんか?と酒を勧める。

だめ!と安男が断ると、じゃあ何か召し上がりません?と芸者が勧める。

すると安男は、はあ…、おはぎがいただきたいんですと言うので、一八は、おはぎ!と驚き、芸者たちはおかしそうに笑い出す。

結局、安男は取り残され、敬之進と高子の遊びにみんな集中するが、そんな中、安男にはお茶を持って来た芸者は、頭を下げた安男の服からボタンが取れたので、それを拾おうとするが、それを制した安男は、内ポケットからハンカチを取り出し、そのボタンを拾って大切そうにハンカチにくるみポケットに収める。

柱時計が夜の11時32分を指している中、自宅で安男の帰りを待っていた民子は、本当に大丈夫かしら…、敬之進なんかにあの子を任していて…と大旦那に話しかけていた。

すると大旦那は、きっと今夜は安男は帰らんぞと推測していたが、その直後、ただいま帰りました…と安男が丁寧に頭を下げ挨拶する。

安男、お前1人かい?と大旦那は驚き、おじさんは?と民子が聞くと、は、おじさんは御泊まりのようでございます、僕はお帰りでございます、おやすみなさいませと安男は答える。 楽々亭番組表にカレンダーが重なる。

安男はその日も楽々亭に出掛けて行くが、客席で竹本綾子、竹本綾之助が女義太夫をやっていた舞台の方ではなく、入り口の方に向かって座るとずっと絹子のことばかり眺めていた。

するとそこにヤクザ風の男(伴淳三郎)が2人の子分集を連れ入って来て、オヤジいるかい?と絹子に聞き、絹子はええ、奥にいますけど?と答える。

そうか…と答えたヤクザは絹子の顎を掴んだので、それを見ていた安男は驚くが、そのままヤクザは安男の目の前を通り奥へと向かう。

その後に付いて行く子分の1人がじっと見つめていた安男に気付き、何か俺の顔に祭りが通って行ったか?と難癖をつけ、安男の額を突いて来る。

安男は彼ら3人がただ者ではないと気づく。 金多を前にしたヤクザは、分かっているだな?期限は来月3日だよ、その時は待ったなしにここを立ち退いてもらうんだぞ、こんな薄汚え寄席はぶっ潰して早くキャバレーにした方が町の発展のためさと言う。

あっしも男ですからね、その時にはきっと御支払いしますと金助は言うが、その前に堪っている分、今日いただけるか?とヤクザは苦笑する。

それは明日にして下さい、明日は間違いなく御届けしますからと造り笑顔で頼むと、じゃあ待ってるよ、良いね?とヤクザは念を押し、帰りかけるが、側に置いてあった競馬新聞に気付くと、おやじさん、これはダメだよ、6-4だよと言い出す。

余計なことを!と言いながら新聞を掴もうとして破けると、お前さんと賭けしてる訳じゃないですからねと金助は不機嫌そうに言う。

するとヤクザは、じゃあ俺と勝負しようか?と言い出したので、いや…、まあ止めときますよとまんざらでもない表情で金助は断る。

舞台では古今亭今輔師匠が落語を始める。 安男は絹子が拍手をしている姿を見て、初めて誰なのかと高座の方に目をやる。

今輔師匠は、夫婦円満な家は女が賢いらしい、男はただ帰って来て飯喰うだけだから馬車馬と同じ…、女は御者ですから旨い酒を置きまして会話が出来ると巧く行くんですからなどと夫婦話を面白おかしく語って行く。

男が家にいるのは30分から1時間くらいですからな、30分から1時間くらい家で奥さんがちやほやしてると外で能率上がるんですから馬が余計稼いで来る、これは御者の利益ですからな… そして玄関で靴を履き御始めますと、鞄と帽子を持って玄関にやって来ます、両手を添えて…と言うと封建思想のようでございますが、これは思想問題ではない、馬の気分を良くする計略です… 安男は、その話の内容と絹子の両方が気になって高座と入り口をちらちら振り返る。

その内安男は今輔師匠の話にすっかり夢中になってしまう。

自宅では敬之進を前に民子が、あれ以来安男は毎日家を空けているんだよ、朝から夜遅くまで…、それにまるで人が変わったように何を効いてもろくろく返事をしないんだもの…、私はもう心配で心配で…と嘆く。

どうも実物教育が過ぎたのかもしれんぞ…と大旦那が言うので、ええ、そうに決まってますよ!と民子も同意する。

ねえあんたは家の安男に何を教え込もうって言うの!と民子から責められた敬之進は、そう言われたって、わしにも心当たりがないんだよ、あの時あんまり効き目がなかったから…と頭を掻くしかなかった。

しかし民子は、ダメダメごまかしても、大体あんたが…、あの人はね…と食って掛かろうとするので、まあ待ちなさいよと留めた大旦那は、喧嘩をしている場合じゃないよと言い聞かせる。

楽々亭では、客がはねた後の客席に残った座布団を安男が絹子と一緒に集めていた。

重ねた座布団を絹子と一緒に運ぶ時、絹子の笑顔を見た安男はぽーっとなって思わず持っていた座布団の山を落してしまう。

あの〜、もう良いんです、私やりますから…と絹子は申し出るが、良いんです、やりますから!と言いながら安男は崩れた座布団の山をもう一度積み重ねる。

そこにやって来たのが敬之進で、安男がいるのを見て固まるが、安男の方も伯父に気付き、動揺のあまり、重ねた座布団の山に倒れ込んで又崩してしまう。

タクシーで一緒に帰ることになり、その車中、安男は敬之進に、実は僕、おじ様にお話ししたい事がありまして…と言い出したので、一体何だね?と敬之進が聞くと、僕、落語家になりたいんですと安男は言うので、えっ!と敬之進は驚く。

今輔師匠に弟子入りしたいんですと安男は真顔で言うので、脅かすんじゃないよ、薮から棒に…、そんな無茶なことを言い出して…と敬之進が呆れると、いえ僕は本気です、真剣ですと言う。

ぜひおじ様からお母様やお爺様にお話ししていただきたいんですと真剣な顔で頼まれた敬之進も真顔になる。

あの〜…、おじさんは親戚の中でも一番話の分かる人ですから僕の気持分かって下さると思いますと安男はすがるように言う。

だけどね、そいつはちょっと無理だと思うよ…、それにあの2人が承知する訳がありませんよと敬之進は答える。

でもおじ様、僕は今までお母様やお爺様の言う事は何でも聞いて来たんです、今度だけは僕の希望を聞いて下さると思います、もしどうしても反対なさる場合は僕は家を飛び出しても目的に邁進しますから…と安男は決意が固いことを打ち明ける。

まるで脅迫だね~、大抵のことなら聞いてやっても良いが、ま、その話だけはうんと言えないねと敬之進が断ると、でもそこをおじ様の力で…と安男はすがりつくが、わしは断りますと敬之進は拒否する。

絶対にですか?と安男が念を押すと、絶対にダメだねと敬之進も意固地になる。

「古今亭今輔」の標札がかかった家 安男を連れて訪ねて来た敬之進の話を聞き終えた今輔師匠は、うん、なるほど、そうですか…、近頃の弟子はみんな大学出なんですよと笑顔で答え、旦那のご親戚でしたらみっちり仕込みますから…と言ってくれる。

師匠、そう感心されちゃ困るんですよ、それで親たちとも再三の相談の結果です、ま、それほどなりたいのならば一応弟子の形にさせていただく…、その代わり、他の人の二倍もビシビシ荒修業させてもらえたら、いっぺんに熱が冷めるだろうと思いまして…と敬之進は胸の内を明かす。

なるほどね〜…、可愛い子には旅をさせろか…、親と言うものはありがたいものですね〜と今輔師匠は微笑み、ようがす、御引き受けしましょうと答えてくれる。

そこに茶を運んで来た弟子に、すずめ、こちらの御連れをここへ御通ししなとた今輔師匠は声をかける。

な〜に心配はいりませんよ、せいぜい5日か一週間、いや10日と持たないで逃げ出すように、こっぴどくしむけますからとた今輔師匠は約束してくれる。

あ、とんだご迷惑なこと御願いして申し訳ございませんと敬之進が恐縮している所に、奥で待たされていた安男が案内されて来る。

今輔師匠はいやいや…と笑うが、敬之進が、安男、こちらが今輔師匠だと紹介すると、今師匠からやっと弟子入りのお許しが出ましたと伝える。

安男は緊張しながらも笑顔ですみませんと会釈する。

今輔師匠は、御断りしておくが、芸の修業と言うものは素人が考えているほど優しいものじゃありませんよと釘を刺し、その辛抱があなたにやり通せるかね?と念を押す。

すると安男は、ええやります!と答えたので、今輔師匠はうんうん、そうかい…と笑う。

もしあんまり辛かったら、明日にでも戻っておいでと敬之進が横から声をかけると、いいえ、絶対がんばります!と安男は答える。

それを聞いた今輔師匠は、良い覚悟だ、じゃあ早速芸の修業にかかんなさいと指示する。

その日から安男は、兄弟子の着付けの手伝いや洗濯、薪割り、廊下拭きなど、華奢な身体にも関わらず懸命に修業に精を出し始めるが、吹き飛んだ牧がガラス窓を割ったり、雑巾がけをしていて廊下の端から庭に転げ落ちるなど心配続き。

じゅげむじゅげむ…と呟きながら今輔師匠の肩を叩いていた安男は、つい師匠の頭を叩いてしまったりもする。

兄弟子が寝静まった寝室で小話の練習をしていた安男は、話の都合上、急に泥棒!と大声を張り上げてしまい、寝ていた兄弟子が驚いて飛び起きる。

時が流れ、安男もかれこれ一ヶ月になりますよ…と、今輔師匠に羽織を着せていた奥方が言うので、う〜ん、良く続くもんだな〜、可哀想に…と今輔師匠も感心とも同情とも付かないことを言う。

ある日、そんな師匠の家に民子と大旦那が訪ねて来る。

見ると、入り口付近の板塀を洗っている男がいたので、おじいさん、あれは安男じゃありませんか?と民子が聞く。

うん?どうもそうらしいな〜と大旦那が言うと、まああんなにへんてこりんな姿になってしまって…、私ゃ亡くなったあの子のお父さんに何て申し訳して良いか…と民子は嘆く。

おい、おいおい安男や!と今輔師匠が家の中から呼ぶ。

すると、師匠、お呼びで?と笑顔で安男が駆けつけたので、お前の我慢強いのにはつくづく感心させられたよと褒めた今輔師匠は、明日から楽々亭へ楽屋見習いにさせてやるねからと言ってでかけて行く。

それを聞いた安男は、楽々亭に行けますんで?ありがとうございますと頭を下げて礼を言い、見送る奥方とともに行ってらっしゃいと送り出すと、喜びのあまり外へ飛び出し思い切り身体を延ばすが、その手から離れた雑巾が側で様子を見ていた大旦那の頭の上に乗る。

驚いた民子は、安男!と呼びかけ、それに気付いた安男も驚いた様子で、お母さん!と言いながら駆け寄って来る。

あ、おじいさん、すみませんと詫びながら頭の雑巾を取る安男に、すみませんじゃありませんよ!安男、もういい加減に目を覚まして家に帰っておくれと頼み込む。

本当だよ安男、おふくろにあんまり心配させるもんじゃありませんよと大旦那も横から口を出して来る。

すると安男は、ご安心ください、明日から楽々亭に見習いに行くお許しが出たんですと嬉しそうに報告すると、ちょっと御聞きくださいと言い、え〜、子を持って知る親の恩と申しまして…、子供が出来なければお母さんのありがたみは分かりません、生まれたての赤ちゃんはみずっ子と申しまして目は見えません、耳は聞こえません、口も開けっ放し…、オギャ〜オギャ〜と身振り手振りを交えて話し出すと、大旦那が笑い出し、こりゃなかなか面白いぞと褒めるので、何が面白いもんですか!バカバカしい!おじいさんまで一緒になって!と民子は怒り出す。

すると大旦那は、今更安男を叱っても仕方ないよ、やる所までやらせてみるさと言うので、いいえ私は帰りますと言い返した民子だったが、安男、これはお前が大好きなおはぎだよ…、勝手にお上がり!と怖い顔で言い、持って来た風呂敷包みを安男の胸に押し付けて帰って行く。

これには、大旦那も呆れたようで、おいおいお待ちよ…と民子に呼びかけながら仕方なさそうに一緒に帰って行く。 残された安男はおはぎを入れた重箱の包みを抱き、少し落ち込む。 翌日、安男は兄弟子のすずめと一緒に今輔師匠の後を付いて楽々亭にやって来る。

すると楽屋の壁に「来たる9日の野球大試合には奮って応援を乞う」「接待に勝たう!芸能軍」などと書かれた貼り紙が貼ってあった。

今輔師匠は金助と挨拶を交わす。 旦那、今度来ました安男って言う弟子ですがね、どうぞ、又見習いさせますから御願いします楽屋でどうぞ宜しく…と今輔師匠が紹介してくれる。

金助が下がると、皆さんにもご挨拶してねと今輔師匠は安男に声をかたので、皆さん、宜しく御願い致しますと安男は正座して頭を下げる。

その時、お茶を運んで来た絹子が、あら!と安男に気付いて笑顔を見せる。

どっかで見た顔だと思ったらやっぱりあなただったのねと絹子が話しかけて来たので、どうもしばらくでしたと安男も挨拶する。

いつから師匠の御弟子になったの?と絹子に聞かれた安男は、あの〜、もう一月ほど前からですと嬉しそうに答える。

やっぱり芸人になろうなんてお方はどっか変わった所があるもんねと絹子は笑うので、その会話を笑顔で聞いていた今輔師匠は、絹ちゃん、この男を知ってるの?と聞いて来る。

ええ、良く知ってます、毎晩座布団片付けていただいて…と絹子が教えると、ほう、そう…、安男もなかなか隅に置けないんだね〜と今輔師匠はからかう。

はあ…と笑った安男は、宜しくと又頭を下げた絹子に頭を下げ返す。

ぼーっとなった安男のことが気になり、側に寄ろうと下すずめだったが、おいすずめ、いつものじゅげむワンタン頼むよ、良いな?と今輔師匠から言われたので、へいと答えながらも、安男の様子を監視に行く。

すると安男は奥の方をぼーっと見つめていたので、安!と声をかけたすずめは、おい、そこの満腹軒って支那そば屋に行ってな、じゅげむじゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ くうねるところにすむところ やぶらこうじのぶらこうじ ぱいぽぱいぽぱいぽのしゅうりんがんワンタンめんを1つ取って気なと命じる。

安男が戸惑って考え込むと、ぼやぼやしないで早く行ってきなとすずめは急かす。

あ?へえ…と答えた安男が出掛けると、すずめは奥を覗き、けっ!と安男の方を見て顔をしかめる。

中華料理「満腹軒」と暖簾がかかった店にやって来た安男は、ご免下さいと恐る恐る挨拶し、いらっしゃいと答えた女店員の町子(榎本美佐江)が不思議そうに見つめる中、入り口の前でじゅげむじゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ くうねるところにすむところ やぶらこうじのぶらこうじ…と言い始め、ぱいぽぱいぽぱいぽのしゅうりんがんワンタンめんを1つ御願いします…と言い始める頭を下げる。

すると町子が笑顔で近づいて来て、まああんたまだ新米ね?と聞くので、さようです、どうぞ宜しく御願いしますと安男が一礼すると、あんた、すずめさんにからかわれてるのね、じゅげむワンタンめんって言えば良いのよと町子は教えてくれる。

特別五目ワンタンめんのことを師匠がシャレてそう言っているのと言うので、さようですか…と安男が納得すると、分かった?と町子は念を押し、兄さん、じゅげむワンタンめん一丁!と調理場に声をかける。

すると兄のコックは、さあさあ皆さん、満腹亭の五目蕎麦!へい!何が入るか?お笑い蕎麦のじゅげむ蕎麦!とカメラに向かってラップのような歌を歌いながらワンタンめんを作り出す。

一緒に厨房にいた根金の妻も一緒に歌い出す。

店にまだ安男が残っていたので、まだ他に注文があるの?と町子が聞くと、いえ、私、運んで参ります…と安男が申し出ると、まあ大丈夫よと笑顔になった町子が私がすぐ持って行くわよと言うので、でも…と安男は迷うが、良いのよと町子が再度言うので、さようですか、それじゃあ御願い致しますと安男は丁寧に頭を下げて帰る。

その直後、厨房から、上がったよ〜と兄夫婦揃って声がかかったので、町子はは〜い!と答え、岡持の準備をする。

楽々亭に戻って来た安男に気付いたすずめは、なんだお前は?又手ぶらで帰って来たのか?と文句を言うので、ええでも、満腹軒の娘さんが持って来て下さるそうですと答えると、馬鹿野郎!持って来いって言ったら持って来りゃ良いんだ!と言い、すずめは扇子で安男の頭を叩く。

そこに岡持を運んで来た町子が、まあすずめさんて何て酷いことをするの!と言いながらすずめを睨んで来る。

どうも恐れ入りましたと礼を言い、ワンタンめんを受け取ろうと安男が岡持の所にしゃがみ込むと、良いのよ!と町子は遠慮するが、私、持って参りますと言い、岡持ごと安男が受け取ると、そんなに新米さんを虐めるもんじゃないわよ!と又町子はすずめを睨みつける。

叱られたすずめは苦笑しながら、まっちゃん、まっちゃん、そこが芸道の辛い所さと町子に言い訳をする。

ね?噺家には噺家のしきたりってもんがあってね、殴りたくなくても心を鬼にして殴らなきゃいけないこともあるんだと言い寄って来たので、何言ってるのよ、舌切り雀、い〜だ!と町子は言い返す。

満腹軒に戻った町子は、客の酌などしながら得意の歌を歌い出したので、すずめと一緒に客として来ていた安男はビックリしてしまう。
 


 

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