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桃太郎侍('57)

過去何度か映画化された山手樹一郎原作「桃太郎侍」の二度目の映画化らしく、カラーになっている。

長谷川一夫主演だった「修羅城秘聞」前後編(1952)とはがらり雰囲気が代わり、全体的に分かりやすい勧善懲悪パターンの明朗TV時代劇みたいになっているような気がしたが、「修羅城秘聞」の感想を読み返していると、筋書きの基本はほぼ同じようだ。

ただ原作を読んでないので「修羅城秘聞」と本作のどちらが原作に近いとか、両作品のアレンジの違いなどと言う点は分からない。

とは言え、当然ながら高橋英樹主演でお馴染みのTV版のように派手な衣装や鬼の面などは登場しない。

前作でも同じだったか記憶が定かではないが、若木家の家臣たちが初めて桃太郎と会った時、全く驚かない等、明らかに不自然に感じる描写が気にならないではない。

途中、明らかに銃弾を浴びて倒れたと見えた人物が、その後、無傷で登場したりと、昔の時代劇には良くある御都合主義なども、今の目で見ると首を傾げる人も多いと思う。

敵方の知恵者対桃太郎と言う裏のかき合いが見所で、要所要所でチャンバラシーンもあるが、後半はかなりお涙頂戴的なシーンが用意されている辺りがやや古めかしい気がしないでもない。

設定上のヒロインは、若い百合役の浦路洋子さんの方なのだろうが、登場シーンの多さ等からして実質的なヒロインは木暮実千代さんで、この当時はほっそりしておられ、妖艶な美女である。

ただ、小暮さん演じる「師匠」と呼ばれる小鈴の設定はやや不明確で、表向きは「お茶」か「お花」の師匠のように見えるが、裏では「掏摸」が本業と言う事なのなのだろうか?

伊賀たちとの接点も説明不足で良く分からなかったりする。

雷蔵さんもこの当時はほっそりしており、派手な目張りを入れている。

設定が設定だけに、最後は合成で2役の雷蔵さんが同じ画面に登場するシーンがある。

この手のヒーローものではお馴染みの堺俊二さんが、ここでも主人公を助ける三枚目役として活躍している。

悪役の参謀格を勤めている河津清三郎さんは、堂々としたキャラクターになっている。  

新東宝出身の細川俊夫さんも悪役を演じており珍しいが、 一見強そうだが見かけ倒しなのが楽しかったりする。

映画全盛期の典型的な娯楽時代劇と言った所か。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1957年、大映、山手樹一郎原作、八尋不二脚色、三隅研次監督作品。

江戸の町

深編み笠で着流し姿の侍の背中を背景にタイトル

後を付ける商人姿の男

その前の路地から菊の花束を持った女が出て来て着流しの侍の後を追おうとしたので、あっ、女掏摸め!と気付いた商人だったが、突然侍2人が飛び出して来てその掏摸の女を取り押さえ花束を地面に置くと、さあ、神妙に盗んだ胴巻きを出せ!と迫る。

何なさるんです、失礼な!まるで人を盗人扱いして!あんなに人がたかるじゃありませんか!とその女、花房小鈴(木暮実千代)は侍の手を振り払って怒る。

しかし、黙れ!と侍は言い、女の身体を羽交い締めにして身体検査をしようとする。

帯の中を調べていた1人がないぞ!と言うと、後ろから羽交い締めしていた侍が、首を締め落そうとし、小鈴が気絶するように手をだらりと下げたので、追っていた商人姿の伊之助(堺駿二)も驚く。

その時、待て!と呼びかけ戻って来たのが、深編み笠の侍だった。

もう許してお上げなさい、女1人可哀想じゃないかとその侍が言うと、何だ貴様!と小鈴を押さえていた侍が聞くと、手を離しなさい、別に締め落すことはないと深編み笠の侍は言う。

小鈴を離した武士は、名を名乗れ!と刀に手をかけながら聞くので、別に名乗るほどの者ではないが…と深編み笠の侍は困惑する。

しかし、もう1人の侍も、名乗れと言ったら名乗れ!と迫って来たので、そうか…と呟いた深編み笠の男は、わしは素浪人の桃太郎だと名乗ったので、何!と相手は驚く。

桃から生まれた桃太郎!と言うので、愚弄するか!姓を言え!と相手は息巻くと、姓は鬼退治だい!と群衆の中にいた伊之助が茶化したので。何や津田!と侍が見回すと、素早く野次馬の中に身を隠す。

余計な口出しをせず、引っ込んでおれ!と相手は桃太郎に文句を言うので、宜しい…と言いながら、侍が落した小鈴の菊の花束を拾い上げた桃太郎は、わしも引っ込むから貴公らも引っ込みなさいと桃太郎は言う。

例え、その女が犯人だったとしてもだ…と笠を上げて顔を出した桃太郎(市川雷蔵)は言う。

ま、武士足る者、胴巻きを取られるとは不覚千万!今更往来の中で騒ぎ立てるのは恥の上塗りではありませんかな?と桃太郎が忠告すると、許さん!と相手が怒って斬り掛かって来たので、桃太郎はあっさり手刀で2人を倒すと、持っていた花束を小鈴に投げ渡し、そのまますたすたと立ち去ってしまう。

その後ろ姿を見送った小鈴は感心したように笑い、商人姿の伊之助も苦笑いする。

その後、桃太郎の前に小鈴が姿を現したので、そなたは?と桃太郎は気付くが、先ほどは危ない所を本当にありがとうございましたと小鈴が礼を言うと、いや、例には及ばぬ…と桃太郎は通り過ぎようとする。

命の恩人でございますから…と小鈴が一緒に付いて来ると、気になさらず、失礼と桃太郎は立ち去ろうとするが、私の家はついその横町でございますと小鈴は離そうとしない。

それには及ばんと桃太郎は無視しようとするが、小鈴は、いけません!それでは私の気がすみませんし…などと必死に止める。 それに母にも叱られますと小鈴が言うので、何?母に叱られる?と桃太郎は驚く。

やむなく、小鈴の家に邪魔することにした桃太郎だったが、着替えて部屋に来た小鈴は、お待たせしました、まあ、お母さんたら気の利かない!お寒かったでしょう?と良いながら庭が見えていた障子を閉めると、何にもございませんが、お口汚しに…などと料理を差し出したので、それはいかん、すぐ戻るつもりでいたんだ…と桃太郎は困惑する。

宜しいじゃございませんの、ほんの真似事、私のお礼心ですの…と小鈴は言う。

早くしないとダメじゃないか!と億で御燗をしていた婆やを叱る小鈴に、すみませんと詫びた婆やだったが、小鈴がお銚子を持って行くと、ほんとにせっかちだねえ~と呆れる。

酌をしながら、長くお引き止めしようとは思いません、おうちにお待ちの方が御出でになるんでございましょう?と小鈴が聞くと、いや、わしは宿無しだ…と桃太郎は答える。

宿無し?分かりました、きっとお好きな方がお出来になって少しも家に寄り付かない、それで見せしめのための御勘当…そうでしょう?と小鈴が当てようとするので、違うと桃太郎は否定する。

わしは母の他に女は知らん…、その母に死なれて急に家に嫌になったのだ、何を見ても思い出すことばかりだからなと桃太郎は言うので、ご兄弟は?と小鈴が聞くと、ない…、母1人子1人で20何年暮らしていたのだと桃太郎は答える。

ここに夜気になったのも、そなたの母に叱られると聞いて急にうらやましくなったからだと桃太郎が言うので、気分を変える為に、お流れ頂戴できます?と小鈴はねだる。 そんな小鈴の家の塀の外にやってきたのが伊之助。

小鈴は、ねえ、本当の名前を聞かせて下さいなと頼むが、桃太郎だと言うので、うん!人が真面目に聞いているのに!ねえ、教えてくだすっても良いでしょう?と小鈴はすねる。

だから桃太郎だと言うので、姓は?と聞くと、日本一…いや鬼退治でも良いなどとはぐらかすので、よござんす、教えて下さらないなら教えて下さらなくても…、その代わり、今夜はもう帰しませんよと言い、小鈴は手酌で酒を飲む。

それは困る!と桃太郎が抗議すると、困っても帰しませんよ、ねえ桃さん、うち女ばかりで不用心でしょう?ちょうど良い桃太郎が落ちてたら是非拾いたいと思ってたんですなどと小鈴は言う。

そうすれば昼間の田舎侍にバカにされなくてすむし、ねえ、ここをお宿にして下さいます?などと小鈴が説得しているのを伊之助が障子の裏から聞いていた。 志はありがたいが、お断りすると桃太郎は返事をする。

何故いけませんの?と小鈴が聞くと、わしは畳の上で死ねる人間ではない、性分として無法な奴を見ると許しておけないのだと桃太郎は言う。

今までは母があったから慎んで来たが、天涯の孤児、遠慮なく鬼退治をしてみたい…、では、ご免!と桃太郎が立ち上がると、桃さん!桃さんって本当に変わった人ですね~と小鈴は苦笑する。

外に出た桃太郎に、旦那!桃太郎の旦那!と呼びかけたのは伊之助だった。

誰だ?と振り向いた桃太郎は、あっしなんでと気安く近づいて来た伊之助に、お前は知らん奴だな?と警戒すると、そっちは知らなくても、こっちは先刻ご存知なんでと伊之助は笑う。

あっしはね、あんなきれいな女に口説かれて鼻の下を伸ばさないで鬼退治がしたいなんて、そんな旦那に惚れたんだね、旦那、宿無しでしょう?天涯の孤児でしょう?あっしのうちにお出でなせえ、そっちが嫌だって行っても、伊之助、承知しませんからね、さ!と、勝手に桃太郎の笠を持って先を歩いて行くので、桃太郎も仕方なく付いてく。

神社の鳥居の前で、その桃太郎を見かけ、若殿様!と驚いたのは百合(浦路洋子)だったが、お供の者に制止され、桃太郎が彼女に気付き軽く会釈したので、揺りの方も軽く会釈し、そのまま駕篭に乗り込む。

何者でしょうね?あの美人、あの美しさ…、それにあの沈んだ顔…、よっぽど差し迫った願い事があるんですねと伊之助は百合のことを気にする。

その時、後ろを振り返った桃太郎が、あれが聞こえんか!伊之助、続け!と言いながら掛け出したので、伊之助もお供する。

先ほどの駕篭に百合の姿はなく、次女と2人、狼藉者に襲われていた。 従者が斬られ百合が連れ去られようとしたその時、駆けつけて百合の前に立ちはだかった桃太郎は、事情は知らんが貴公ら覆面とは卑怯だぞ!覆面は悪党か謀反、盗人!人に顔が見られたら都合の悪い奴のすることだと桃太郎が言うと、無用な手だて、後悔するな!と頭巾の首謀者らしき男が言う。

お女中、これを取りなさいと自分の脇差しを渡すと、拝借しますと言い百合は受け取る。

どうした?追いはぎども!と煽った桃太郎は、百合から離れる。

そして抜いた刀を峰打ちの形にし、数人打ち据えると、待て!引け!と呼びかけた首謀者ら力頭巾の男が、青二才!見覚えておくぞ!と桃太郎に言うので、光栄至極ですなと桃太郎が皮肉ると、その言葉忘れるなよ…と言い残し立ち去る。

お大切な品を拝借させていただきまして本当にありがとうございましたと百合は礼を言い、脇差しを桃太郎に帰す。

では…と言い、桃太郎が立ち去ると、もし…と百合は呼び止めようとするが、そこに出て来た伊之助が、旦那の名前なら日本一の桃太郎って言うんでさ!と百合に教え、笑いながら帰って行く。 百合は守兵衛に後をつけさせる。

それを見送った次女は、本当に良く似てらっしゃいますこと…と驚く。

暗くなった中、桃太郎を連れて来た伊之助は、何しろ「お化け長屋」って言われるくらいきれいじゃないんですがね、1人者の気軽さ、誰に遠慮も気兼ねもいらねえって訳でさ…と言う。

1人者ならどうして留守の居に灯が灯っているのだ?と桃太郎が聞くと、あっしが…と言いながら振り返り、家の灯りに気付いて中に飛び込むと、こんちくしょう!誰に断って人様の家に入りやがったんだ!と中にいた小鈴に怒鳴りつける。

すると小鈴は、あら?黙って入っちゃ悪いの?じゃ、さっき私の家で覗きをやってたのはどこの誰だったかしら?などととぼける。

てめえ、知ってやがったな?と伊之助も驚き、桃太郎と部屋で座る。

誰だとお思いだい?花房小鈴、お前さんが猿(ましら)の伊之さんと言うくらいは…と言いながら、桃太郎に茶を煎れて出すので、伊之助は畜生!それで先回りしてやがったんだな!と怒ると、あいよ、親切ごかしにお猿さんがくわえこんだカモの桃さんの懐の小判をごっそり頂こうと…と小鈴が指摘したので、いや、それは違う!と伊之助は否定する。

それは違う!最初は旦那の懐のざっと百両あまり…と伊之助が口を滑らせたので、どうしてこれが百両だと分かるんだ!と慌てて桃太郎が懐を押さえると、それは長年の勘でございましてね…と伊之助は笑う。

そして小鈴に対しては、今度ばかりは違うんだよ!旦那の気っ風にすっかり惚れ込んだんだ!男が男に惚れたんだよ!と伊之助は言う。

俺は旦那の肩入れを命がけでやろうと決めたんだ、おめえなんか帰りな!帰る?そう!お構いしました、どうも!などと1人でしゃべる伊之助。 何も桃さんを取って食おうと言う訳じゃないし、そうガミガミ言わなくても良いでしょう?と小鈴は楽しそうになだめる。

師匠、わしに何か用があったのかな?と桃太郎が聞くと、ステキな仕官の口を持って来てあげたのと小鈴は言う。

ほお、ご親切はありがたいが、わしを世話しようと言う先様がいるのか?何と言う御家中かな?と桃太郎は聞くと、さあそれは…、承知してくれると分かるまでは教えられないけど、今大変な事件が持ち上がってるんです、どうしても桃さんに鬼退治してもらわないといけないのと小鈴は言う。

それを聞いていた伊之助は、これはちょいと面白いじゃありませんか!桃太郎に話しかけ、ね、お師匠さん、そこん所、もうちょっと詳しく話してくんねえか?と小鈴に頼むが、こんな大事な話、お猿さんが側にいたんじゃねなどと小鈴が言うので、ちょっと話しにくい…と伊之助が自分で言って怒り出したので、桃太郎はつい笑い出してしまう。

一方、百合は無事帰宅し、これはこれは…無事で何よりでございましたと進藤儀十郎(志摩靖彦)からねぎらわれていた。

くせ者にに襲われ遊ばしたたと聞き、父君も心安からずおぼしめておられましたが…と言うので、父上は?と百合が聞くと、はい、菩提寺の慈海和尚と何か内密にお打ち合わせのご様子で…と進藤は言う。

慈海和尚(荒木忍)と会っていた父神島伊織(清水元)の部屋に挨拶に行くと、百合、危うい所であったなと伊織は喜び、はいと百合が答えると、良かった良かったと安堵する。

すんでで悪人どもの術中に落ちる所であったぞ、奴らはそなたを捕まえてわしの喉頸を押さえるつもりだったに相違ないと伊織は言う。

その助けてくれた浪人には後で篤く礼を言うことにするとして、かく江戸にまで悪人の手が伸びて来た上は一刻の猶予もならん…と伊織が案ずると、左様…、今日を逸しては国元の大殿の命も危のうござるぞと慈海和尚が口を挟む。

国家老鷲塚主膳は江戸の正嫡新之助君を退け奉り、妾腹の万太郎君を擁立せんとする企みの裏には、おのれが藩の実権を握ろうとする野望が潜んでおると伊織は指摘する。

で、愚僧に相談と申されるのは?と慈海和尚が聞くと、他でもござらん、この上は、我が君新之助 君にご帰国願い、国元の悪人どもの不意を打って、一挙に始末をせねばならんと伊織は言う。

ついては明日、若君、大殿御病気平癒祈願のため誓願寺に遊ばされたその足で直ちに国表へ…と伊織が説明すると、おお、それでは!と慈海和尚が言いかけたとき、申し上げます!ただいま一路国表より、藤井、橋本の両名が到着仕りましたとの進藤が来る。

両名が部屋に来ると、おお大義じゃ!と伊織はねぎらい、如何致した?と聞くと、国表城代宇田垣様より極秘に密書を携え、出府致しました所、途中において…と藤井佐次馬(高倉一郎)が言い平伏するので、何!何と申す!と伊織は仰天する。

おそらく敵方の回し者だと思われますが、不覚にもその…、その女に胴巻きごと奪われましてございます…橋本五郎太(堀北幸夫)と続けたので、何!密書を奪われた!そこまで手が伸びていようとは!と伊織と慈海和尚は驚く。

橋本と藤井とは、小鈴に胴巻きを盗まれ、桃太郎に倒されたあの2人の侍だった。

その時の模様を事細かに申してみよ!と伊織は2人に命じる。

その頃、密書を前にした大滝鉄心斎(細川俊夫)と高垣勘兵衛(植村謙二郎)は、なるほど、伊賀氏のご推察通り、敵もいよいよ最後の手段に出ようと言う訳ですな?江戸の若殿を擁して国表へ乗り込もうと言うのだな、国表の年寄りにしては思い切ったことをやった物だなと笑う。

窮鼠猫を噛もうと言うのか…、さて、我々持ちと忙しくなって来たぞ…と2人に密書を見せた伊賀半九郎(河津清三郎)は答え、おいどうだ?話はついたか?と誰かに話しかける。

お前の手管でも落ちなかったのか?と伊賀が聞いたのは小鈴だった。

桃太郎とやらがそんなに強いのなら、もし敵に付かれでもしたら厄介だ、おそらく娘を助けられた神島が捨てては置くまい、それに神島の娘が素敵な美人と言うからな…と伊賀が言うと、余計なお世話ですよと小鈴はすねる。

これは…と会釈した伊賀は、鈴さんが19、20の小娘に獲物をさらわれる訳があるまいと言うと、伊賀さん、今日私何だか頭が痛くて…、悪いけど帰ってくれませんか?と小鈴は言い出す。

良かろう…と伊賀が答えたとき、玄関が悪音が聞こえたので、どなた?と小鈴が聞くと、入って来たのは、頭巾をかぶったあの百合を襲った賊の首謀者だった。

頭巾を脱いで上がって来たその男は、伊織の家人進藤勘兵衛だった。

翌日、その進藤も出席した誓願寺での祈祷会の中、用意は良いな?と伊織が橋本や藤井らの元へやって来ると、ご祈祷がすみ次第、直ちに出発の準備整いましてございますと橋本が答える。

若君の御身体にもしものことがあったら、若木十万石の破滅じゃ、道中心して参れよ、敵は途中において必ず邀撃をする。

残念ながら心から頼れるのはそちたちだけじゃ、頼むぞ!と伊織が言うと、我ら身命を投げ打って老木を仕りますと橋本が答える。

頼む!私の護衛を付けるが、ただ今娘が参っておる、おそらく承知してくれると思うが…と伊織は言いかけるが、その時、幕の背後から姿を現した進藤が、ご祈祷、相済みましてございますると報告する。

寺の中で出された茶を飲む若木新之介(市川雷蔵)は、桃太郎に瓜二つであった。

守兵衛に案内され、百合の駕篭がやって来たのは、伊之助と桃太郎が住むお化け長屋の前だった。

その頃、桃太郎に又会いに来ていた小鈴は、江戸家老がとっても悪い奴だと言うんだもの…、桃さんの鬼退治におあつらえ向きじゃないか、うんと言っておくれよと説得していた。

国家老が善玉で江戸家老が悪玉と師匠どうして分かるんだね?と桃太郎が聞くと、だって伊賀さんがそう言うんだもの…、伊賀さん嘘付くような人じゃありませんよと小鈴は答える。

たいそう信用したもんだな、師匠と伊賀さんとはどう言う関係なんだね?と桃太郎が聞くと、どう言う関係って、桃さん妬いてんの?うれしい!などと小鈴は笑い出す。

いい加減にしろよ、全く!とのけ者扱いされていた伊之助はふて腐れるが、その時、時ならぬ客が来たので、いらっしゃいませと驚く。 お嬢さんじゃござんせんか、どうぞお上がりなすってと伊之助は百合を招き入れる。

でもお客様では?と百合は遠慮するが、伊之助の勧めもあり上がり込むと、先日はありがとうございましたと桃太郎に礼を言う。

あのとき、供の者に住まいを確かめさせました無礼をお許しくださいませと百合は頭を下げる。

はしゃいでいた伊之助が茶を煎れに座を外すと、あの〜…、真に申しかねるのでございますが、実は少しお願いがあって参りましたもの、しばらくの間だけ、こちら様に外していただけませんでしょうか?と百合は小鈴のことを桃太郎に願い出る。

それを聞いた小鈴は、あら?桃さんに用があるのはあなただけではありませんよと意地悪を言いながらも、困った様子の百合を前に、でも、今日はあなたにここを譲りましょう、あたしはいつでも来られるんですから…と折れてみせる。

そして外に出た小鈴は、外の火鉢で湯を沸かしていた伊之助に、伊之さん、あれ誰なのさ?今のきれいな腰元さ…、まさか、何か桃さんに関わり合いのある女じゃないだろうね?と百合のことを聞く。

さあ、知りませんねと伊之助が答えると、おとぼけでない!隠したってすぐ洗い出してみせるから良いよ!と小鈴は悔しがる。

お恥ずかしい腰元の身なりまで来ました事を御察し下さいませと百合は桃太郎に告げていた。

今日は同じような事を聞く日だな、では若殿の道中をくせ者の襲撃から守ってくれと申されるのですか?と桃太郎は百合に確認する。

お願いできますでしょうか?と言う百合に、ではその若殿と言うのは?と菊と、若木十万石の御世継ぎ新之介様と申されますと百合が答えると、何?若木新之介!と桃太郎は驚く。

その時、伊之助が茶を煎れて来るが、桃太郎は、百合殿、お帰りください、せっかくながらお断り申し上げますと頭を下げたので百合は、ではお引き受けいただけませんか?と驚く。

伊之助も、旦那!と声を掛けるが、桃太郎は黙って首を振る。

若君の身体にもしもの事があったら…若木の御家は…、桃太郎様、若木家のため、曲げてご承認くださいませんでしょうか?と百合は訴えるが、御家の為と言うのが拙者は大嫌いです!お帰りください!と桃太郎はまなじりを決して答える。

桃太郎様!旦那!と百合と伊之助は声を掛けるが、立ち上がった桃太郎は裏庭の障子を開け背を向けてしまう。

お嬢さん!と伊之助が止めるのも聞かず、外へ飛び出した百合は、ちょうど表で子供たちが始めていた鬼ごっこの鬼役がかぶっている鬼の面をかぶって立ち止まる。

どうしたんですよ、人の難儀を見て放っとけるような旦那じゃねえのに…、可哀想なお嬢さんは泣く泣く帰って行きましたよと伊之助は桃太郎の頑な態度に不満を言う。

旦那!あっしゃ旦那って人をね…とさらに言いかけた伊之助を制した桃太郎は、若木家の若殿新之介はわしの兄だと明かす。

えっ?と驚く伊之助に、わしたちは双子だったのだ、わしの国元では双子を忌み嫌う風習があって…と桃太郎は話す。

(回想)決して恨むでないぞ、御家の為だ…、その子はこの世になき者となるのだ、と赤子を抱いた母親千代(浜世津子)に告げる城代家老右田外記(香川良介) その代わり、新之介は若木10万石のお世継ぎになるのですと千代の母繁乃(橘公子)も言い聞かせる。

父上、幸せなその兄に引き換え、捨てられるこの子…、この子が可哀想でございます!と千代は泣き出す。

(回想明け)私は何も知らなかった…、天にも地にもただ1人の母と死に別れる時までは…と桃太郎は明かす。

(回想)新二郎様、誰を恨んでもいけません…、これが武家の習いでございます…、誰を恨んでもいけません…誰も…誰も…と死の床に伏せていた母千代は、若木家の紋の入った脇差しを桃太郎に見せながら言いながら訴える。

(回想明け)わしは誰も恨みはせぬ。兄をうらやましいと思ったこともない。ただ愚かしい武家の習わしを蔑むだけだ…と桃太郎は言う。

わしは一生人に仕えもせず、人を使いもせぬ、気ままな一介の浪人として生きていくのだ…と言う桃太郎は、おい伊之助、そんな難しい顔をしてないで顔の炭でも拭けと声を掛けるが、事情を知った伊之助は哀しげに顔を拭く。

しかしその時、また百合が入り口に入って来たので、お嬢さん!一体どうしやした!と声をかけ、桃太郎も、おお、百合殿!と寄って来る。

今、使いの者が途中で…、若殿様が…毒を!毒を飲まされました!と百合は教え、同様のためよろめく。

桃太郎と伊之助がそれを支え座らせると、不意にたくさんの血をお吐きになり倒れられ、お命も危ういとか…と百合は言う。

何!と桃太郎は驚き、旦那、偉え事になりやしたね…と伊之助も狼狽する。

若君のご容態は?お命は取り留められるのか?大丈夫か!などと誓願寺では医師(葛木香一)を囲み家臣たちが狼狽していた。

医師は、私には分かりませぬ、ただいま蘭医の中島殿を及びに行く所で…と答えるだけだった。

何者がこのような毒を?と病床に伏した新之介を前にした慈海和尚が伊織に問いかける。 我々の中に敵方の回し者がおり内通した。

我々の計画が敵に漏れたのだ、敵は我々の裏をかいた!と伊織は答える。

では…と慈海和尚が言いかけたとき、百合が戻って来て、父上、お連れ申しましたと伝える。

遅かった…、若君がこの有様では…、もはや我々の計画は挫折した…、とても国表へ発つ等思いも寄らぬ…と伊織は悔やむが、しかしそれでは御家の大事を何とされる?ひいては大殿の御安否を…と慈海和尚は問う。

顔に炭を塗って百合の背後に控えていた桃太郎は、血を吐いて苦しむ兄新之介の様子をじっと見守っていた。

その新之介の口の血を拭った伊織が誰じゃ!と誰何すると、廊下に控えていたのは進藤儀十郎だった。

用向きはそれにて申せと伊織は障子を開けないまま命じる。

は、国元よりの急使伊賀半九郎なるもの到着、若殿様直々お目通り仕りたいと申しておりますと進藤は言う。 何?若殿に…と慈海和尚は不思議がる。

ううん…、不敵な…、この結果を見届けに来たに相違ないと伊織は推測する。

伊織は、進藤、半九郎とやらにはわしが会う、通せ!と命じる。

伊賀と別室で対面した伊織が、若殿御気分優れぬ故、拙者からお伝え致すと申すのが不服か?と問うと、左様、国元大殿より、直々若殿に伝えろとの仰せを曲げる訳にはいきませんと伊賀は答える。

ご病気とあらば御枕元にお伺いしよう、ご案内下さい。それとも御家老は、何か国元の家来を若殿に近づけては困るような理由があるのですか?と伊賀は攻めて来る。

何を言う!と気色ばむと、では早速御病室にご案内願いましょうと伊賀は要求する。

その時、御家老、若殿には気分が優れた故、目通り許すとのこと、ただいまこれへ渡らせ賜いまするぞと慈海和尚が告げに来たので、伊織は驚く。

参られましたと慈海和尚が言うので、伊織たちは居住まいを正す。 やがて座についた若殿の姿を見た伊織は目を疑う。

国元よりの使者伊賀半九郎と申すのはその方か?と若殿が聞くと、は、若殿にはご機嫌の態を拝し、恐悦に存じ奉りますると伊賀は若殿の顔をまじまじと見ながら答える。

大儀である、使者の趣きを聞こうと若殿が言うと、この儀、極秘でござりますれば、何とぞ人払いを…と伊賀は申し出る。

何!と伊織は驚くが、一同、しばらく遠慮せいと若殿が言うので、若殿、その儀はちと…と制止しようとする。

しかし若殿が良いと言うので、全員座を外す。

百合は桃太郎が着ていた着物を衣紋掛けにかけ、心配げに奥の方を眺める。

廊下に出た伊織は慈海和尚から事情を聞くが、窮余の策とは申せ、大丈夫であろうか?と案ずる。

半九郎、極秘とあらば他聞を憚るであろう?遠慮なく進めと若殿に化けた桃太郎は命じ、伊賀が進み出ると、申せと言う。

すると伊賀は、遠慮なく申し上げます、恐れ入った儀にござりまするが、大殿の御意にて、若様には何とぞ御隠居くださりますよう、主膳よりの懇願でございますと言い出す。

ほお、国元には城代がおるはず?何故に次席家老の主膳が城代を差し置いて申すのだ?と桃太郎が言うと、大殿様の思し召しにございますと伊賀は強気に答える。

大殿には国元のお梅の方様に出来た若子万太郎君に御家督をお譲り遊ばされたき御意と受けたりましてございます…と伊賀は説明する。

確かに父上の御意を申すのだな?証拠はあるか?と桃太郎が聞くと、使者の私めを信用くださいませと伊賀は言う。

桃太郎はそんな伊賀をしばし見つめていたが、やがてにやりと笑い、主膳はそちに、まず毒を盛ってみて効かぬ時は隠居の懇願をせいと指図したのか?と問う。

廊下に慈海和尚と共に控えていた伊織は上下を片肌抜き、いつでも飛び込める体勢になる。

その若殿の御気性、万一国元にお忍びでもありましてはいよいよ騒動の元、御家の為には帰らぬとも、覚悟した者が他にもあるのではござりますまいか?と伊賀が言うので、左様か?さすが主膳の使者として参っただけあって、そちはなかなか者の役に立つ男と見えるの? お褒めに預かり恐縮に存じ奉りますると伊賀は礼を言い、失礼ながら、手前も若殿の御天分敬服仕りましてございますと言うので、向こうに回して不足はないと申すのだな?褒められてわしも満足…と桃太郎は言い、しばし互いににらみ合う。

是非国元で又会うこともあるだろう、返事は直々に主膳に申し聞かせる、使者大儀であると言った桃太郎は立ち上がり部屋を後にしようとしたので、若殿、それでは道中十分御気をつけあそばしますよう…と伊賀は言葉をかける。

部屋で元の着物に戻った桃太郎は、どうだ、百合さん、巧く行ったろう?と笑いかけると、はい、でも私は心配で、ずっとここで神仏の加護を祈っていましたと百合は言うので、なるほど、それで巧く行ったのかもしれんなと桃太郎は笑う。

まあ、そんな…、やっぱり桃太郎様がご立派だったからですと百合も安堵の笑顔になる。

この家の御家大事も祈って下さいと言いながら、桃太郎が元の顔になるよう変装しかけると、いいえ、御家の為ばかりではございません…、百合は、桃太郎様のご無事を一生懸命…と言うので、桃太郎は、百合さん!と感激する。

長屋で1人酒を飲んでいた伊之助は、桃太郎が帰ってきたので、旦那!どうでした?兄さんの具合は?と聞くと、伊之助、お前にちょっと頼みたい事があるのでちょっと戻って来たと桃太郎は言う。

あっしに?と伊之助が驚くと、わしは兄に代わって偽若殿となって国元へ乗り込むことにしたぞと桃太郎は明かす。

どうしてこんなことを引き受ける気持になったのか、わしにも良く分からないと桃太郎が首を傾げるので、いや、そりゃやっぱり…と伊之助が答えようとすると、ともかくだ、小鈴を使ってわしを誘おうとしていた伊賀半九郎が敵の首魁、お前にその半九郎の正体、また敵の勢力等を探ってもらいたいのだと桃太郎は頼む。

良く分かりやした、しかし旦那、どうして旦那はそんな大切なことをあっしのような者に?と伊之助は聞く。

すると桃太郎は笑い、わしは死んだ母とお前にだけは何も隠す必要はないと思っておるぞと言い聞かす。

もったいねえ…、こんな人間をそれほど信じて下さる…、やらねえでおくもんですかい!と伊之助が答えると、かたじけないと桃太郎も感謝する。

明日は早立ちだ、必ずわしの行列を追って来てくれと頼み長屋を出ようとした桃太郎だったが、近づいて来た小鈴に気付くと、わしは病気になってるぞと言いながら、変装用の痣を取り去り部屋の奥に逃げ込む。

そこにこんばんわ!と小鈴が入って来たので、誰でえ、今時分?と伊之助は無愛想に答える。

あたしよ、あたしったらあたしに決まってるじゃないの…などと言いながら部屋に上がり込んだ小鈴は、あら?桃さん病気なの?と驚く。

床に伏している桃太郎の横で、伊之助が1人酒を飲んでいるので、まあ、伊之さんったら、病人放っといて自分1人で飲んでるのかい?などと嫌みを言って来たので、放っといてくれよと伊之助は答え、伊之助は今日少し機嫌が悪いのだ、構わないでくれ…と桃太郎が説明する。

よござんす、私が介抱しますから…、お猿さんなんかに大事な桃さんを任せておけますかってと小鈴は良い、甲斐甲斐しく桃太郎の世話を始める。

おお、御親切なこった…、旦那もね、こんな変な女に取り憑かれて御気の毒ですよと伊之助がからかうと、変な女で悪うございましたね!と切り返した小鈴に怒ったように家を飛び出した伊之助は、歩き去る足音をわざと聞かせる。

小鈴は、私もうどこにも行かないで桃さんの側にいますからね…と言うので、そうはいくまい、伊賀さんが許してくれないだろう?と桃太郎は床の中から話しかける。

またそれを言う、私と伊賀さんとはそんな仲じゃないと言うのに!と小鈴がすねるので、師匠はそうでも、伊賀さんはどうかな?と桃太郎はからかう。

じゃあ良いわ、私、伊賀さんに断ってきます、桃さんが直るまで付きっきりで介抱しますわと言いながら立ち上がりかけたので、師匠、すまんな…と桃太郎は礼を言う。

何を言うのよ、じゃあちょっとの間ね、すぐ帰りますからねと言い残し小鈴は帰って行く。

自宅に戻る小鈴を、物陰に隠れていた伊之助が尾行し出す。 一方、伊賀は確かに毒を入れたのだな?と進藤に確認していた。

それに抜かりはない、それがどうして効かぬのだ?と進藤は不思議がる。

あれはオランダ渡りの秘薬で効かぬ訳がないが?と大滝が言うので、分からん、して伊賀氏、お会いになったのは本当の若君に相違ないか?と進藤が逆に聞くので、相違ないと伊賀は答える。

不思議だ…と進藤が呟いていたとき、小鈴が帰って来る。 師匠、桃さんはどうした?と伊賀が聞くと、伊賀さん、桃さん病気なんです、寝たっきりなんですけど?私、看病したいんですけど構いません?と小鈴が頼むので、良かろう、その代わり、桃さんを見方にして来るんだぞ、今晩一晩と時を切ろうと伊賀は答える。

今夜一晩?と小鈴が困惑すると、そうだ、明日は若殿が国元へ出発するのだ、我々も江戸にはおれんと伊賀は言う。

向こうはこっちを出し抜くつもりだろうが、どっこいそうはいかぬ、江戸を離れてくれるのはこっちの付け目だ!と伊賀が言うと、小鈴が手で制し、隣の部屋を改めるが誰もいないのを確かめる。

しかし高垣がそこにいた猫を銃で撃とうとしたので、何するのさ、止しておくれ!と小鈴は止める。

その後、伊之助の長屋に戻って来た小鈴だったが、既に床に桃太郎の姿はなかった。

翌日、下に〜下に!と、江戸を発った若木新之介の行列が進んでいたが、それを途中で待ち構えていたのは銃を持った高垣や大滝一味だった。

森の中から高垣が駕篭に向かった発砲したので、行列は騒ぎになるが、手応えはあったか?と聞く伊賀に、あった、事切れているはずと高垣は答える。

さすがは勘兵衛…と伊賀は感心するが、その時、待て!おかしいぞ…と制する。

行列が駕篭を道に置いて全員駆け出して行ってしまったからだ。 伊賀たちが駕篭に近づき駕篭を開けると、中から転がり出たのは撃たれた進藤の遺体だった。 これは用意ならぬ相手を敵にしたものだ…と伊賀は遠ざかる列を見送りながら言う。

新之介の行列はその後も続いていた。

私が誰に騙されたんですって?と伊賀に付いて来た小鈴が茶店で尋ねると、師匠の大事な桃さんに…と伊賀が答えたので、何ですって?と驚く。

桃さんは長屋からいなくなったと言っていたではないか、きっと江戸からの娘に口説き落とされたんだ…、おそらく桃さんは行列の中に加わっていると伊賀は説明する。

昨日の替え玉の離れ業といい、とても屋敷勤めの侍等が思いつくことではないと伊賀が言うので、桃さんが行列の中に?と小鈴は考え込む。

良いか師匠、我々ははっきり敵味方に分かれたんだ、敵は斬れねばならんと伊賀が言うので小鈴は驚く。

その時、来たぞ!と声がかかり、茶屋で待機していた大橋や高垣らが外に駆け出して行く。 そんな中、伊賀さん、行列の中に桃さんがいるかどうか、私に首実検させて下さいと小鈴が頼み込む。

良かろう、もしいたらどうする?と伊賀が問うと、任せて下さいと小鈴は答える。 そこに行列が近づいて来る。

茶屋の中から、すだれ越しに表を通る行列を見つめる小鈴は、列が通り過ぎると、そらご覧なさい、やっぱり私の感じ通りでしたよ、桃さん行列の中にいませんでしたと安堵したように伊賀に教える。

そうか…と考え込んだ伊賀は、勘兵衛、大滝、また出し抜かれたぞ、行列の人数が3人足らんと悔しそうに言う。

その頃、若木新之介に化けた桃太郎は、杉田、急げ!と共をする2人の片方杉田助之進(南条新太郎)に声をかけて徒歩で進んでいた。

おそらく先行したのだ、駕篭は空だ…と伊賀は見抜く。

桃太郎が若殿を護衛して密かに先発したのだと伊賀が言うので、そんなことあるもんですかと小鈴は否定するが、師匠、先ほどの約束は忘れまいな?と伊賀が念を押すと小鈴は黙って頷く。

翌朝、箱に入った天狗の面をしょって歩く修験者姿の一団とすれ違ったのは小鈴だった。

旅籠「満里子や」の部屋で杉田から羽織を着せてもらった桃太郎は、どうだ1日は早くなっていると思うがどうだ?と言うと、行列より確かに2日ほど先行しているでございましょうと杉田は答え、若殿の御健脚には驚き入りましてございますともう1人の従者も答える。

何?桃太郎が泊まっていると申すのか?娘の名は?と桃太郎が聞くと、神島伊織の娘百合と申してくれと…と宿の者が言いに来る。

百合?と桃太郎が驚くと、どうして御家老の御息女が?この宿に泊まっているとどうして分かったのか?と杉田たちも不思議がる。

良い、これへ通せ、会って遣わすと桃太郎が許し、宿の者が下がると、桃太郎はにやりと笑い、おそらく百合ではあるまい、わしに心当たりがある…と杉田らに教える。

若殿!神島伊織の娘百合、罷り出ましてございますと従者が伝えたので、廊下で待機していた小鈴は、若殿?と一瞬ためらうが、百合殿と呼ばれたので顔を出す。 部屋にやってきたのは桃太郎の言葉通り小鈴だったので、旅先である、遠慮なく進むが良いぞと桃太郎が声をかける。

お言葉でござる、御進みなさいと杉田も恐縮して頭を下げたままの小鈴に声をかける。

恐る恐る顔を上げて桃太郎の顔を見た小鈴はにやりと微笑む。

過ぎたら従者が別の部屋に下がり、2人きりになった桃太郎が、如何致した?何も恐れることはない、ずっと進めと声を掛けると、はいと小鈴が答えたので、そちは百合ではないな?と桃太郎は指摘する。

申し訳ございませんと小鈴が詫びると、何の用があってここへ参った?申してみよと桃太郎は聞く。

尋ねる人がございまして…と小鈴が言うと、それは誰だ?と桃太郎が聞くと、うん!良い加減にしなさいよ、しらばっくれていないで!と急に小鈴は親しげに語り始める。

やっぱり知っていたのか、小鈴の師匠は…と桃太郎も笑うと、だめですよ、私を騙そうとしてもてんと言いながら小鈴は堂々と座り直る。

やむを得ん、わしは若木家の若殿だと桃太郎がシラを切ると、そちも百合としておとなしく帰るが良いと言い聞かせる。

よござんす、帰れとおっしゃるなら帰ります。その代わり、私を無事に帰すとどんなことになるか分かってますね?と小鈴は笑いかけてくる。

承知の上で目通りを許したのだ、別に差し支えはないと桃太郎が答えると、じゃあ、あれは偽若殿だと言いふらして良いんですね?と小鈴が確認して来たので、悪いと言っても仕方あるまいと桃太郎は言う。

御手打ちになされば良いじゃありませんか?あなたは若殿様だもの…と小鈴が言うと、若殿は肝心態度、伊賀半九郎風情とは違う!と桃太郎は答える。

まあ、そんな立派な若殿様が、どうしてか弱い女を騙したりなどなさるんです?と小鈴がすねてみせると、師匠を騙しているのは桃太郎ではない、伊賀半九郎だ!どうだ?と桃太郎が聞くと、いいえ、伊賀さんは立派な人です、桃さんにもう一度忠告しろ、聞かなければ明日渦屋峠で…と言いかけた小鈴は言葉を止めたので、如何致した?と桃太郎が聞くと、若殿様には申し上げられません、私の可愛い桃さんじゃないんですもの…と小鈴は流し目で見て来る。

無理に申すには及ばん、しかしそれでも半九郎はおのれの野心の為には平気で人を殺し、どんな悪事もしかねない奴と言うことが分かるはずだ…と言い聞かせながら立ち上がると、小鈴の方に手を添える。

わしはそなたが悪人どもに利用されて身を滅ぼしてもらいたくない。それが言いたかったので目通りを許したのだと桃太郎は言う。

じゃあ桃さんは、本当に私のことを思ってくれてるんですね?と小鈴が喜ぶと、それは桃さんに聞くが良いと桃太郎ははぐらかす。

そちに遣わしたいものがある、しばらくここで待っていろと小鈴に行った桃太郎は部屋を出て行く。

しかし若殿1人ではあまりに…と、桃太郎から話を聞いたお供の2人が案ずると、1人だから敵の目を潜ることが出来るのだと桃太郎は言い聞かす。

わしがこの宿にいることさえ見抜いた半九郎ではないか、もう一つその裏を書くのだと桃太郎は言う。

それから後でこれをあの女に渡してくれと言いながら、桃太郎は懐から包みを出すと、江戸へ帰る路銀の金子だ、必ず江戸へ立ち帰るよう申し伝えてくれと言う。

小鈴が部屋でキセルを吸い、待ち倦ねている間、桃太郎は箱に入った天狗の面をしょった修行僧に扮して旅立っていたが、やがて焚き火をしている侍の一団に遭遇したので、私も当たらせてもらいましょうかな?と声をかけ仲間に加わる。

今日は冷えますな〜などと言い、焚き火に手をかざした桃太郎を侍たちはうさん臭そうに見つめる。

貴公、一人旅か?と聞かれたので、あなた方はここで何をしているのです?と桃太郎は逆に聞いてみる。

すると待ち人だと言うので、ほお誰を?と聞くと、貴公だ!桃太郎殿!と大滝は見抜く。

覚えていたのか、わしを待ってどうしようと言うのだ?と聞くと、言うな!若殿が車で虜にするのだ!と大滝は言い、その場にいた浪人たちも全員刀を抜く。

驚きましたな、しかしそうも参りますまいと桃太郎が平然と答えたので、何!と大滝は気色ばむ。

桃太郎は焚き火を踏んで灰を撥ね飛ばし、敵の意表をついた所で一目散に走り逃げようとするが、前方から現れた高垣が銃を向けて来たことに気付く。

桃太郎はしょっていた箱を降ろすと、棒で戦い始めるが、その棒を斬られたので相手の剣を奪って斬り合いになる。

その頃、男装した百合と伊之助は2人で独自に度を続けていた。

桃太郎の強さに恐れをなした高垣は草むらに逃げ込む。

桃太郎は敵を蹴散らし逃げ出すが、草むらから高垣の放った銃弾に当たって崖を転げ落ちる。

その銃声に気付いた百合と伊之助が現場に近づく。

大滝、高垣らは崖から様子を眺め、良し、戻ろうと言って立ち去って行く。

百合と伊之助は道に置き捨てられていた天狗の面が入った箱を見つける。

一方、杉田たちも崖の途中に引っかかっていた血の付いた修行僧の頭巾を発見する。

金比羅船の乗客(岩田正)は、甲板をうろつく侍たちを見て、何やいつもと様子が違うようでんなと隣の客に話しかけ、船着き場でも厳しい警戒ちゅうことでっせ、他所から入って来た者を偉う用心してるらしいですわと隣の客も教える。

江戸の名前のある者は特に厳しゅう調べられるらしいだっせと言う客の言葉を聞く伊之助と娘姿に戻って船に乗り込んでいた百合は不安になる。

讃岐に上陸し、船着き場で役人の詮議を受けた伊之助は、どこから来た?と問われ、尾張の名古屋でのと答え、その娘は?と百合のことを聞かれると、これはわしの妹だぎゃと答え、無事通過できる。

その時、ちょいと、御猿の伊之さん!と声をかけて来たのは小鈴だった。

そんな格好してわざわざ讃岐くんだりまで…、よっぽど好きな人がいると思うね?と話しかけ、お役人さん、何をぐずぐずしてるのさ、目の前に手柄がぶら下がっていると言うのに!逃げるよ!と役人たちをけしかけ、あっさり2人は捕まってしまう。

牢に入れられた伊之助は、一緒に入っていた百合に、お嬢さん、これは見込みがありますぜ、旦那はきっと生きてると話しかけたので、どうしてそれが?と百合が聞くと、ご覧なさい、あの物々しい警戒を…、奴らは何かを恐れている、江戸から来る誰かをねと言う。

本当に生きていて下さったら…と百合が言うと、しっ!と伊之助は黙らせ、牢の外の様子を伺いながら、お嬢さん、心配いりやせんぜ、あっしが何とか巧くやりますからねと言うと、急に笑い出すと金比羅船船、小池に帆掛けてしゅらしゅしゅしゅ♩と陽気に歌い出す。

そこに牢番がやって来て、止めるんだ!おい、お調べだ!と言うので、待ってましたと伊之助が前に出ようとすると棒で突かれ、女だ、女だけだと言われる。 出ろ、御奉行直々のお調べがある!と牢番は命じる。

連れて行かれる百合を見送りながら、やい!お嬢さんに変なことしやがったら承知しないぞ!すっとこどっこい!この野郎!などと伊之助は牢番たちに声をかけ、人気が亡くなると、髷の中から細い針を取り出すと、それで牢の錠前をあっさり開けてしまう。

一方、伊賀と奉行の前に連れて来られた百合の方は、いいや、知らんとは言わせん!そのように姿を変えて潜入して参ったのは、若殿の後を慕って来たのであろう!しぶとい女め、申せ!と追求される。

若殿はまだご存命か、それとも偽者だったか?桃太郎と言うのは若殿と何の関係があるのか!言え!申さぬか!と責めていた奉行は、百合は首を横に振ったので、言わずば身体に聞くぞ!しれ、裸にして引き下げろ!と命じたので、牢を出て廊下で取り調べの様子を伺っていた伊之助は、何とかしなければと焦っていたが、そこに近づいた侍を見て、旦那!と声をかける。

死んだのは本当の若殿か?それとも桃太郎か?誰だ?言え!と奉行は苛つく。 その時、誰も死にはせぬ!この答えはわしがするぞ!と桃太郎が廊下から答え、伊之助は戸を開ける。

それを見た奉行は、あ、若殿!と驚き、伊賀も緊張する。 若様!と百合もうれしそうに平伏すると、これはこれはようこそ、ご無事にてご帰国、存ぜぬ事故、出迎えも致さず失礼を仕りましたと伊賀はひれ伏しながら言う。

宿場宿場の気配り、船中の固め、船着き場の警戒、さすがはそちの采配と褒めてとらすぞと桃太郎は伊賀に嫌みを言うと、恐れ入ります、我ら陰ながら、若殿の御身つつがなきを手配致したのみにございますと伊賀が悪びれず答えたので、そちの親切ありがたく思うぞと桃太郎は皮肉る。

さて、江戸以来の道中双六面白かったのう…、お陰で退屈する事なく上がりに近くなったようだと桃太郎が言うと、左様、失礼ながらこの双六、いずれは半九郎の勝ちでございましょうと伊賀が言うので、賽を振ってみねば分かるまいと桃太郎が苦笑すると、今すぐ振ってごらんに見せますと伊賀は平然と答える。

その伊賀の目の合図に気付いた奉行が部屋の呼び鈴を鳴らす。

すると牢番達が部屋から出ようと立ち上がるが、同時に杉田ら新之介の共として江戸から来た家臣が入って来て、控えおろう!若殿の前で無礼であろう!と叱責して下がらせると、若君、お申し付けの馬の用意が出来上がりましてございますと桃太郎に告げる。

百合と共に立ち上がった桃太郎は、どうやらこの目はわしの方に出たようだな、いずれ改めて上がりの賽を争おうぞと伊賀に話しかける。

どうだい、俺が言ってた通りじゃないか!と桃太郎たちの最後に付いて出て行く伊之助は奉行たちに言う。

奉行たちは後を追おうとするが、待て!と伊賀が留める。

桃太郎がやって来た屋敷では、伊賀の配下たちが全員縛られていたが、そんな中、桃さんじゃないの!と離れの廊下から小鈴が声をかけるが、桃太郎は素知らぬ顔で通り過ぎる。

それでも小鈴は、桃さんが生きていた…、桃さんが…、生きて…と涙ぐんで喜ぶ。

そこに帰って来た伊賀が近づくと、師匠、今の男桃太郎か?と聞く。

ええ…と小鈴が答えたので、そうだったのか…と伊賀は得心する。

月夜の中、桃太郎たちは馬を走らせ、翌朝、到着!若殿の到着!との声に驚いて外で出て来たのは城代家老右田外記だった。

屋敷内に案内する右田の後から付いて行く桃太郎に、あの爺さんですね、赤ん坊の頃旦那捨てたのは…と後ろを歩いていた伊之助が囁きかけると、しっ!と桃太郎は黙らせる。

座敷で右田から話を聞いた桃太郎は、では父上にはお会いできんと申すのか?と聞く。

何分大殿には、主膳ら陰謀派の掌中に取り籠められておいであそばすので、若殿病気お見舞いと申し入れました所、御重態と称して断って参りました。

それならば押して登城して一挙に主膳らを…と桃太郎が提案すると、それは御難儀と申すもの!今しばらく時期を御持ちくださるようにと江戸家老、これの父より申しまいっておりますと百合の顔を見て右田が言うので、まあ父上が?と百合は驚き、伊織が何故に?と桃太郎も不思議がる。

仔細は分かりませぬが、伊織自ら早打ちにて帰国し、それまではご自重召しますようにとの文面にございますと右田は言う。

伊織が参ると?と桃太郎は考え込む。

一方、伊賀の報告を聞いた鷲塚主膳(杉山昌三九)は、若殿が城代屋敷に入ったと?と腕組みをして思案する。

半九郎、その方らしくもない、手抜かりではないかと主膳が苦言を呈すると、いや、まだ打つ手が残っておりますと伊賀は答える。

打つ手とは?と主膳が聞くと、伊賀は黙って、同じ部屋の隅でお茶を点てていた小鈴の方を見て、その儀は某に御任せください、ほどなく守備を…と答える。

小鈴が茶を運んで来ると、下卑た笑いを浮かべた主膳は、小鈴とやら、大儀であった、ま、今宵はゆるりとわしの酒の相手でもしてくれ…などと色目を使って来る。

すると伊賀が、御家老、大事の前でございまする、お梅の方様に知れたら何となされます?と注意する。

主膳は苦笑し、何もそれほどまでに…と懐柔しようとするが、なりませぬ!と伊賀はぴしゃりやり込める。

あなたの御種がやがては10万石の主になられようとする時、内輪から崩れるような事があっては一大事、ちと御慎みくださいと伊賀は言うが、茶を飲んだ主膳は鼻で笑い、そちの打つ手が楽しみだのう…と皮肉る。

桃太郎の元に来た伊之助が、今変な浪人が来て、これを旦那にって…、油断なりませんぜと言い書状を渡す。

誰からなんで?なんて書いてあるんです?と伊之助が聞くと、伊賀半九郎からだ、花房小鈴に寝返りの事判明仕り候上、今夜四つ半成敗仕り候、ご希望とあらば生前一目会わせ仕る候…、 罠だ、畜生!こんな子供騙しみたいな手使いやがって!と桃太郎から書状を渡された伊之助が悔しがると、伊之助、それは誰に来た手紙だと思う?と桃太郎は聞く。

誰にって?そりゃ旦那に…と伊之助が答えると、若木十万石の若殿が何の関係がある?と桃太郎は笑って聞く。

半九郎は若殿と桃太郎が同じ人間ではないかと感づいた…、少なくとも偽若殿ではないかと疑っている…と桃太郎が言うので、危ねえ!それならなおのこと釣り出されちゃいけませんぜ…と伊之助が忠告すると、ところがわしは釣り出されることにしたぞと桃太郎が笑うので、何ですって!と伊之助は驚く。

小鈴を見殺しには出来んと桃太郎は笑う。

申せば、自分勝手に事件の渦中に飛び込んで来た女であるが、しかしそれも一つはわしある故であった、例え敵の罠であるにせよ手をこまねいて見ていることはわしには出来んと桃太郎は言う。

それを聞いた伊之助は、旦那!あんたなんて人だ!好きでもねえ女の為に命を賭けて…、旦那にもしもの事があったらお嬢様は!お嬢様はどうなると言うんです!と引き止めようとする。

しかし桃太郎は、もう何も言うな!わしの腹は決まったと言い聞かし、障子を締めてしまう。

宇田外記殿と宛名書きした書状を書き終えた桃太郎は、文台の形見の家紋入り脇差しの横に置く。

夜の庭に出た桃太郎は百合が待っていたので、百合!と驚くが、御恨みでございます…若様!と言うので、伊之助がしゃべったのか…と察する。

伊之助が教えてくれなければ黙って行っておしまいにあそばす、そのお心が哀しゅうございますと百合が嘆くので、許してくれ、余計な心配をかけたくなかったからだと桃太郎が言い訳すると、いいえ、心配は致します…、心配はしても、百合は若様の仰せにはどんなことでも逆らいは致しませぬ…、何故打ち明けて心から心配させていただけないのでしょう?と百合は椅子に腰掛けながら問いかける。

分かっているさと言いながら近づき、百合の両肩に手を置いた桃太郎は、今言わねば二度と言う機会はないかもしれん…と言いながら立ち上がらせると、百合さん、わしは初めて会ったその時からそなたが好きだったのだと桃太郎は打ち明ける。

その言葉に驚いた百合は、桃太郎様にもしもの事があったら、百合も…、百合も生きてはおりませんとすがるので、わしは死なん、安心して待っていてもらいたいと桃太郎は言う。

百合が泣き出したので、男の門出に泣いてはいかん…と言い、百合も願掛けてご無事を…と言う百合に、では百合さん、行って来るぞ…と言い残し握っていた手を放して出かけて行く。 後に残された百合は泣き崩れる。

小鈴は茶室に1人残っていた。 そこに1人桃太郎がやって来ると、伊賀さん?と声をかけた小鈴は、相手が桃太郎と気づくと、いけない!桃さん!と忠告する。

しっ!と桃太郎に制された小鈴は、いけません若様、どうしてこんな所に?と小声で聞く。

桃太郎は、心配致すな、わしは半九郎に招かれて来たのだ地位ながら小鈴に書状を渡す。

それを読んだ小鈴は、罠です、早くお帰りになって!だって構わないじゃないですか、だって私が、私なんかが成敗されたって…、お1人でこんな所にいらっしゃるなんて!もうすぐ伊賀さんが主膳を連れてここに来る頃ですと説得しようとするが、そちは茶の支度をしていたのか?と桃太郎は聞く。

生前に一度、そちの無事な姿を見せてくれたのは半九郎の好意、おそらく茶もわしの為に用意させてくれた物と見えると言い、桃太郎は入り口に腰掛けると、せっかくだから一服所望致そうなどとのんきに言う。

若様!と小鈴は焦るが、どうした、早く茶を持たぬか?と桃太郎は鷹揚に答える。

取り乱しては貴賓に対して無礼、第一そこら辺りに潜んでいる芝居好きの見物共に笑われようぞ…と諭していた桃太郎は、大当り!と言いながら伊賀が姿を現すと半九郎、見事な筋書きだなと揶揄する。

すると伊賀は、貴公こそ千両役者、江戸の若殿、実はお化け長屋の素浪人桃太郎!全く見事な物だと言い当てたので、小鈴は仰天する。

ほう、わしがもし、その桃太郎であったら何とするな?と桃太郎が問うと、さすがは天一坊、分かりが早いな…と言いながら、懐から包みを出し投げて来ると、それは小判が詰まっていた。

わしも伊賀半九郎小面倒な事は言わん、これを路銀に小鈴とともに手を取り合って今夜のうちに江戸へ帰れと命じる。

それを聞いた小鈴は恥じるが、桃太郎は羽織を脱ぎながら、ゲスの考えはどこまで行ってもゲス…と嘲ると、主膳を呼べ!申し聞かせることがあると命じる。

この場に及んでまだ天一坊を気取る気か?よっぽど偽若殿に未練があると見えるな?それほど気に入ったのなら若殿のまま殺してやろうと伊賀は言う。

さあ、今のうちだ、金が良いのか?こっちが良いのか?と伊賀が言うその背後に来た高垣が銃を構えるのを見た小鈴は、いけない!高垣さん!と止めようとするので、お?青くなったな師匠…と伊賀は苦笑する。

もう一度師匠から頼んでみろ、桃さんと名乗って一緒に逃げてくれとな…と伊賀は迫る。

卑怯です!お侍のくせに飛び道具なんて!といいながら小鈴は桃太郎を庇おうとする。

動くな!小鈴!無駄に夜がふける…と叱る伊賀に、伊賀さん!と必死に呼びかける小鈴だったが、良いか、5つ数える、白状しなければ、その5つ目の声が今生のお別れだと伊賀は言い聞かす。

1つ、2つ、3つ、3つ…と伊賀がカウントを始めたので、若様、死ぬ気ですか!と小鈴は桃太郎にすがる。

4つ!と伊賀が言ったとき、小鈴は目の前に落ちていた小判を拾い伊賀と高垣に向けて投げつける。

そして立ち上がったか鈴が桃太郎を庇おうとしたとき銃声が轟く。

桃太郎は次の瞬間立ち上がり、気合いとともに斬り掛かって行く。

伊賀の仲間と斬り合いになった桃太郎だったが、鎖分銅に足をとらわれ転ばされてしまう。

その頃、城代屋敷前では、伊織とともにやって来た本当の若君、若木新之介が、出迎えた右田外記を前に、爺、久しいのう…と言葉をかけていた。

委細は奥にて…、若君いざまず…と伊織は新之介を屋敷内に誘う。

座敷に落ち着いた新之介と伊織だったが、桃太郎が主膳の屋敷に出向いたと庭に控えていた伊之助から聞き驚く。

その時、文台に残されていた桃太郎の書状に気付き中を読み始めた右田は、私、24年前、母千代とともに捨てられたる新二郎でござる!と内容を知り驚くとともに、一緒に残されていた脇差しを、これはあの節の貞宗!と驚き伊之助を見やる。

一度は今は何の御縁もなき若木家の御家騒動、我の知る所にあらずと存じ候も、再度思えば悪人ばらの陰謀に苦しめられて候は、一つは父、一つには兄、今だ相見ずといえども、骨縁の深き血は血を呼び、父兄の苦しみは自ずから新二郎の骨身に答え申し候、父兄の為には命を投げ打つ、この事のために天の我に命を与えしものなるかと思いあわされ、身を決して伊織親子には素性を明かさず、あえて兄の身代わりに相立ち申し候…と内容を来ていた伊之助は、わしに弟があったのか…と驚く。

庭先でそれを聞いていた伊之助は思わず涙する。 右田から書状を受け取った伊之助が続きを読み始める。

兄上には必ず天の加護あるべく、新二郎、身代わりに相果て候儀は、江戸表の伊織と力を合わせ、若木家の番代切に頼み入り候、なお老齢の御身、くれぐれも御労りなされたく候、新二郎のことは死後も他言無用、決して悲しむべからず…と伊之助は絶句する。

若!若!げに爺が心得違い…、申し訳ない!許して下さい!と右田は伊之助に平伏して詫びる。 側で聞いていた伊織も百合も泣き出す。

いつしか庭先から伊之助の姿が消えていた。 その頃、桃太郎は敵に捕まり、柱に縛り付けられており、その足下には銃で傷ついた小鈴が倒れていた。

愉快そうに笑いながら主膳は、半九郎、でかしたぞ!と伊賀に声をかける。

御家老、今、火をかける前に一目ご覧に入れたいと存じまして…と伊賀が言うので、改めて桃太郎の顔を見た主膳は、半九郎、これはもしや真の若君では?と恐れる。

例え若殿にあったにせよ、この女と逢い引きしている間に火事になった…、粗相火と言う事もありますからな…と伊賀は笑いかける。 小屋から出た伊賀は戸を閉め、薪をその外に並べさせると、火をかけい!と命じる。

桃太郎は足下の小鈴の名を呼びかけるが、瞬く間に小屋には火が回り始める。

縛られた桃太郎は、小鈴!許してくれ!と詫びるが、その時、気がついた小鈴は、あ!桃さんと呼びかける。

気がついたか!と桃太郎は言うが、あたしが縄を切ってやる!と言いながら小鈴が立ち上がろうとしたので、止せ!無理だ、死なば諸共ではないかと制する。

その言葉だけで私はもう…と言いながら立ち上がろうとする小鈴。

危ない!何をする!と驚く桃太郎の目の前で、小鈴は自ら後ろ手に縛られていた縄を火で焼き切ろうとする。

止めんか、小鈴!と呼びかける桃太郎。

何とか綱を焼き切った小鈴が柱に近づき、桃太郎の綱をほどいた瞬間倒れ込む。

そんな小鈴を抱き起こそうとする桃太郎に、早く逃げてと叫ぶ小鈴。 しっかり!気をしっかり持つんだ!と励ます桃太郎。

私、うれしい…、桃さんに初めて抱かれたんだもの…と言う小鈴は、万太郎君は大殿の子ではありません、主膳とお梅の方との不義の子ですと言い出したので、それは本当か!と桃太郎は聞く。

頷いた小鈴はそのまま力尽きる。

小鈴、しっかりするんだ!小鈴!と呼びかけている桃太郎だったが、その時、畳を上げて床下から出て来たのは伊之助だった。

燃え盛る炎の中、焼け落ちる小屋。

煤だらけで屋敷に戻って来た伊之助は、旦那、ダメでした…と救い出していた桃太郎に告する。

旦那を助けたその足で一杯で…それにあの傷じゃ所詮…と伊之助が言うので、そうか…と小鈴の最期を知った桃太郎は合掌して祈る。

やがて庭先の菊の花に朝日が当たり、小鳥のさえずりが聞こえる。

それに気付いた伊之助は部屋の行灯の灯を吹き消す。

庭に駆けつけて来た百合が、若様!若様!江戸の若殿様がこれへと桃太郎に呼びかける。

何、兄上が!と驚いた桃太郎は、居住まいを正して庭に出ると跪いて新之介を出迎える。

新二郎、そちの手並みを見たぞ!と新之介は桃太郎に声をかける。

はい!と答えた桃太郎に、縁側に腰掛けた新之介は、兄だ、さあ、ここへ来いと横に座るように勧める。

新之介の手を取った桃太郎は、兄上!と呼びかけ、新二!知らなかったぞ、新二!と新之介もその手を握り返す。

新二、顔を見せろと新之介が言い、兄上と呼びかけ顔を見た桃太郎に、重ね重ね辛い思いをさせたな…と詫びる。

首を横に振った桃太郎は、兄上の身代わりとして果てようとした思いが、こうしてお目にかかれようとは思いませんでしたと桃太郎も感激する。

新二、ありがとう、そなたの気持はうれしく受けると新之介は答え、しかし無謀はいかん、わしの為に死ぬ、その考えがいかん、わしの為に生きる、これからはそう心がけてくれ、どんな理由があっても、弟を失って喜ぶ兄はないぞ…と言い聞かせる。

はいと桃太郎が答えると、天にも地にもたった1人しかない弟ではないかと新之介は言う。 はい…と桃太郎は感激し、側で聞いていた伊之助、伊織、右田、百合たちも全員泣いていた。

その時、右田が、あれは総登城の太鼓だと気付いたので、総登城?と桃太郎と新之介も立ち上がる。

病床の若水讃岐守(浅尾奥山)が脇息を支えに無理に起き上がり、集まって来た家臣たちに面会するその側には、木馬の玩具に股がって遊ぶ万太郎(山本順太)とその母お梅の方(若杉曜子)が座っていた。

そこに伊賀らとともにやって来た主膳は、殿!評用の結果、衆議一決、万太郎君、御家督後相続の儀、相定まりましたと報告したので、お梅の方は万太郎を見ながら満足そうに喜ぶ。

新之介は何とするのじゃ?と讃岐守が弱々しく聞くと、ご容態に触っててはと存じ秘めおきましたけれど、新之介様には昨夜、不慮の災厄に遭わせられ賜い、にわかのご逝去にございますと主膳は報告する。

それを聞いた讃岐守や家臣たちは、何!と驚くが、主膳は立ち上がって鎮まれ!と声をあげ、各々!これより万太郎君、御家督後相続の儀を仰せ致さるるぞ!と主膳は言い出す。

そして主膳は讃岐守に対し、殿!御家の大事、一刻の猶予もなりますぬぞ、いざ、万太郎君に御家督の儀を!と迫る。

しかし讃岐守が呆然として何も答えぬのに苛立った主膳は、殿!では主膳が成り代わって御相続の儀を披露仕る!ご免!と強引に言い出す。

その時、待て!と声がかかり、若君新之介様、ただいまこれへ!と言いながら右田と伊織が入って来る。

その後に入って来た新之介を見た主膳は驚き、伊賀も、おのれは!と睨みつける。 しかし新之介は、そんな伊賀に、下郎、下がれ!と叱る。

讃岐守の前に座った新之介は、父上!新之介でございますと声をかける。

悪人どもに阻まれ、今日までご対面叶いませなんだ…、今こそ、新之介、参りましてございますと説明する。

すると、新之介…と讃岐守は少し反応する。

その時、新之介様!御家督の儀は既にこれなる万太郎君と…と主膳が口を出して来たので、黙れ、主膳!その方お手盛りにて我が子に殿の後を継がせる気か!と右田が迫る。

その方、お梅の方と不義のこと、知るまいと存じていたか!と右田は叱る。

動揺したお梅の方は万太郎を連れ主膳の側に駆け寄る。

追って新之介君の御採択があるまで神妙に待ちませい!と右田が言いつけると、平伏した主膳に家臣たちが近づこうとしたので、慌てるな!と制した伊賀は、大滝、出ろ!と声をかける。

すると、襖が開き、奥で控えていた大滝らが乱入して来る。

ええい、謀反人、下がりませい!と右田が叱咤するが、空威張りは止めろ、既に城中の大半は我々に加担しているのだと言いながら伊賀が立ち上がり刀を手にする。

若君の前で無礼であるぞ!と右田が叱ると、その若君のお命ただいま頂戴仕る!と伊賀は言う。

進み出た高垣が銃を新之介に向けたので、伊織と右田が新之介の前に立ちはだかる。

若殿、さ、この銃口から逃げられる物なら逃げるが良い!と高垣は威嚇する。

その時、高垣さん!と呼びかけ、小柄を投げて来たのは桃太郎だった。

小柄は高垣の額に当たり、銃は天を撃つ。

何奴!と伊賀が聞くと、貴様に焼き殺されたはずの桃太郎だ!と言いながら、はちまき姿の桃太郎が部屋に入って来る。

大殿を早く!と避難させた桃太郎に、笑い出した伊賀に、半九郎!と主膳が駆け寄る。

桃太郎と新之介が瓜二つと気づかなかったのは主膳の一生の不覚…、讃岐藩10万石伊賀半九郎、1人になっても必ず獲る!と言いながら、跪いた伊賀は上着をはだけ、襷がけをした姿になる。

斬り掛かって来た家臣たちの相手をし始めた伊賀は、大滝、新之介を斬れ!と命じると、桃太郎!人を交えず一騎打ち!来い!と挑んで来る。

おお!とそれに応え部屋を出ようとする桃太郎に、新二郎!と呼びかける新之介。

その若殿に聞きかかろうとする大滝を家臣が必死に止め、逆に斬る。

主膳も必死に抵抗していたが、あっさり斬られ、万太郎の木馬の横に倒れ込む。

城外で一騎打ちする伊賀と桃太郎。

力では伊賀の方優勢で、刀を取り落とした桃太郎だったが、脇差しで伊賀の脇腹を突く。

石段を転げ落ちるとき、伊賀の刀は手を離れ地面に突き刺さる。

伊賀は最後の力を振り絞り立ち上がると、脇腹の出血を押さえながら、又賽の目は俺の…と言いながら、自らの刀が突き刺さった所に近づき、刀を握って桃太郎に向き直った伊賀だったが、そこで力尽き前のめりに倒れる。

砂浜を走る馬数頭。 船に乗っていた桃太郎は、旦那!と呼びかけて来たのが伊之助だったと気付くと驚く。

置き去りとは酷うござんすぜ、あっしは旦那がそんな薄情な人とは思わなかった、酷えや、ああ酷え…と伊之助は笑いながらすねた振りをする。

伊之助、そう怒るな、これには訳があることだ…な?と桃太郎は言い訳しようとするが、旦那がそんなに白状ならね、こっちにも考えがあるんですから、ねえ百合さん!と振り返る。

百合の姿を見た桃太郎が、百合さん!と驚くと、旦那、百合さんはね、お屋敷暮らしをさらりと辞めて、旦那の女房になりたいですってさ!と伊之助はからかう。

それを聞いた桃太郎が、百合さん!と感激して呼びかけると、百合も、若様!と答える。

わしと一緒に来るつもりなら、もう若様ではないぞと桃太郎は言い聞かす。

では何と申したら?と百合が近づくと、そうですね?長屋じゃね、あんた!お前さん!かかあ天下は、宿六、こん畜生って言いますねと伊之助が教える。

桃太郎は、そんなおしゃべりな伊之助に、遠慮致せと声をかけ、百合の手を引いて船縁に来て海を眺める。

そんな船を、砂浜の馬上から見送る新之介の姿があった。


 


 

 

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