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江戸の悪太郎

大友柳太朗主演の時代劇で、マキノ雅弘監督らしい痛快な庶民派ドラマになっている。

タイトルを見ると何だか無法者の暴れん坊のようなキャラクターを想像するが、むしろ真面目一方の寺子屋の先生が主人公で、「快傑黒頭巾」同様、子供に好かれる好人物であって、「悪太郎」的なイメージはどこにもない。

信州の富豪の娘が婚礼の最中に逃げ出すと言う意表をついた出だしから、その花嫁が江戸で男の子に化け、寺子屋の先生と暮らし始めると言うラブコメ要素に、インチキ占い師で儲けようとする旗本が、崖下の長屋の住民を追出そうとする悪事が絡み合い、そこに幸薄い母子の悲劇が加わると言う構造になっている。

通俗な話と言えばそうだが、肩の凝らない娯楽映画としては十分楽しめる内容になっている。

子供向けと言うほどではないが、子供も出て来るし、子供にも理解しやすい展開になっているようにも感じる。

お歯黒姿で金貸しの因業婆を芸達者な浪花千栄子さんが演じており、途中から気っ風の良い所を見せる良いキャラクターに変化する。

山形勲、三島雅夫、阿部九洲男、戸上城太郎と言ったお馴染みの悪役やとぼけた老け役が得意の堺駿二さん、渡辺篤さんや岸井明さんなども出演しているが、岸井明さんは珍しく出番も存在感も薄い。

田崎潤さんもこの当時の東映の常連だったようで、主役を助ける頼もしい仲間を演じている。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1959年、東映、比佐芳武+村松道平脚本、マキノ雅弘監督作品。

青空にタイトル

信州

土地の大富豪、手代木家の屋敷では今正に婚礼の支度をしていたが、花嫁姿で婿を待つ浪乃(大川恵子)は泣いていた。

浪乃、嫌いか?とそんな浪乃に聞いたのは、曾祖父の手代木九左衛門(渡辺篤)だった。

愛する婿殿ではないな…、親父の五左衛門(岸井明)がバカで、爺の七左衛門(高松錦之助)がいかんのじゃ…と同乗するように話しかけていると、当の五左衛門と七左衛門がやって来て婿殿のお出迎えじゃと浪乃に告げる。

その時、九左衛門は浪乃の耳元に、江戸の上屋敷へ行け…とこっそり耳打ちする。

屋敷の前で婿を待つ五左衛門と七左衛門の元へ、駆けつけた家人が、花嫁さんがお見えになりませんと伝えたので、九左衛門は浪乃は逃げ出したか…ととぼける。

松明を持った村人が村中を探しまわるが、浪乃の姿は杳として見つからなかった。

江戸の鍵屋の店先に見慣れぬ小僧が伊那の手代木から…と言って訪ねて来るが、店の者から追い払われてしまう。

一方、直参旗本秋山典膳の屋敷前には長蛇の列が出来ており、これではいつ道満様に見てもらえる事やら?良く当たるそうだからな〜などと並んでいた町人達が噂し合っていた。

屋敷内で占いをしていた道満上人(三島雅夫)は、客として来たお栄(喜多川千鶴)を前にして、5年の間便りがないはずだ、お気の毒だがご主人は亡くなっておられる。

しかし、遠からず、そなたに救いの主が現れると占ったので、それはどのような?とお栄が聞くと、それはもう少し運命が定まらなければ分からん。もし又来るなら夜分の方が…と道満は言う。

そうした道満の繁盛振りを曽谷平兵衛(戸上城太郎)と共に離れから見ていた有村弥九郎(加賀邦男)が、道満のご利益もまんざらではないなとほくそ笑んでいると、バカを申せ、これしきの事で喜んでいられるか、それに屋敷では都合が悪いと一緒に道満の占いの様子を見ていた秋山典膳(山形勲)が言う。

屋敷から出て来たお栄は、外で待っていた一人息子の間柄弥一(住田智仁)と出会う。

屋敷から崖下の貧民長屋の一体を見下ろした秋山は、この長屋を取り潰し、道満の祈祷所を作ると言うと、先立つものが…と有村が言うので、そこだよ…と秋山は考え込む。

長屋の敷地内で子供達に取り囲まれていたのは、長屋の寺子屋で教えている剣持三四郎(大友柳太朗)だった。

道満の占いから帰ってきたお栄が、後ほどおうかがいしますからと剣持に挨拶して行く。

そこに講釈師の三山(石黒達也)と共に仕事から帰ってきたがまの油売りの兵助(田崎潤)が、酒があるから飲みに来ないか?と剣持に誘うが、剣持は断る。

秋山典膳の屋敷まで列を作って道満の占いを待ち受けて並んでいた町民達の列の中に、ご免よ!と言いながらおすみ(梶すみ子)が通り過ぎた直後、スリだ!と騒ぎになり、その客目当てで店を出していた弥一の棚が壊れ、饅頭が全部地面に落ちてしまう。

どさくさ紛れに、その落ちた饅頭を拾い焦って食べ始めたのは、先ほど鍵屋を訪ねた子供三吉だった。

剣持の寺子屋にやって来たお栄は、弥一がいつもお世話になっておりますと礼を言うと、寺子屋は商売ですからと剣持は答える。

剣持様…、あの…とお栄は口ごもり、主人が生きていないと言われまして…と打ち明けたので、誰に?と剣持が聞くと、崖上の道満様にお伺いを立てましたら…とお栄は答える。

その道満からもらって来たらしいお札を見た献物は、こんなものを信用なすっちゃいかんと叱るが、女が1人でおりますと気が弱くなりまして…とお栄は言う。 お栄さん、あなたも武士の妻、あんなものを信じてはいけません。

ご主人はきっと戻って来られます。 そこに帰ってきた弥一は剣持にお願いがあるんですと言うと、一緒に連れて来た三吉を、この人可哀想なんです。親も親戚もいないんです。独ぼっちなんですと紹介する。

その頃、兵助の部屋で鍋を前に飲み始めた三山は、兵助、三四郎は偉い奴だなと噂する。

すると兵助も、あいつの真似は出来んと同意する。

そんな兵助に三山は、お前と剣持は一桁違うが俺とあいつは半桁の違いだ、お前はがまの油売りでしかないからなと妙な自慢をする。

そんな三四郎にたった一つ足らんものがある、女房だと三山は言うと、うちのおすみな?あれだけの器量はこの近辺にはいないと自慢し始める。

三四郎には不足に思えるだろうが、どうだろう?と三山は夢中で鍋を食っている兵助に問いかける。

その時、ただいま!と隣の三山の部屋に戻って来たのが、先ほどスリをして来たおすみだった。

はい、お土産!と兵助に声をかけて来たので、良い妹だな…と兵助は苦笑する。

一方、弥一は、家の前に置いておいた壊れてしまった商売の台をお栄に見せ、お母ちゃん、こんなになっちゃった、ごめんなさいと謝っていた。

おすみに酒を飲まそうとしていた兵助に、おすみの酒癖が悪いのはがまの油じゃ直らんぞと三山が文句を言う。

その頃、寺子屋では、山盛りの飯を自分だけ振る舞われた三吉が、先生は?と聞くと、わしの腹は鍛えとるから心配するな、食え!と言われ喜んで食べ始める。

名は?と聞かれた三吉は、三吉です!と答え、どっから来た?と聞かれると信州ですと答える。

鍵屋の前には豪華な駕篭が3つ到着し、中から出て来たのは、手代木五左衛門、七左衛門、そして九左衛門で、ご主人、うちの浪乃は来ておりませんかな?と九左衛門が聞くが、いないと聞くと、何!来ておらん?それは偉いことになったぞ!と慌て出す。

寺子屋では剣持が、三吉、行く所がないのだったら、いつまでもいて良いのだぞと言い聞かし、お前は男らしくないぞ!と注意する。 そこに、先生!とやって来たのはおすみだった。

おすみ坊、又酔ってるな?と剣持が指摘すると、兵助さんが飲ましたのよと甘えたようにおすみは答える。

わしは女の酔っぱらいは嫌いだ!と剣持が言うと、すみは先生好き!と告白したおすみだったが、室内に立っていた三吉に気付くと可愛いよと声をかける。

三吉と言いますと挨拶されたおすみは、三てきか…とからかうように言うので、おすみ坊、お前は俺の家に来てはならん、何も知らん三山が可哀想じゃないかと剣持が言うと、可哀想なのは私よ、兄さんの稼ぎが悪いから…とおすみは愚痴る。

今のうちなら知ってるのは俺と兵助だけだ、もしも御用になったらどうするんだ?と剣持が叱ると、先生嫌い!薄情者!と言い、おすみは帰って行く。

すまん、俺が悪いんだと兵助に会いに来た剣持が事情を話すと、困った奴だ…と言う兵助に、布団の余ったのないか?と聞くがないと言うので、そうか…と剣持は諦めて道場に帰る。

そして、三吉、布団が1つしかない、今夜は俺と一緒に寝ようと勧めるが、あの、あたい…、おら…、おいら…としどろもどろになった三吉に、遠慮するなと剣持は言う。

それでも三吉は、あたい、おいら…、あそこで1人で寝ますと言うので、そうか、1枚しかないがこれで寝ろと掛け布団だけ渡すと、それを敷き布団にして、下の部分を折り曲げて寝ようとするので、それじゃ寝れんだろうと言って近づいた剣持は、三吉を布団に横に寝かすと、ぐるっとのり巻きのように巻いてやる。

そんな長屋に、駕篭かきの権三(柳谷寛)と助十(宮坊太郎)が帰って来る。

翌朝、顔を洗いに井戸の所にやって来た権三と助十は、芋を洗っていた互いの女房に、母ちゃん、今日も芋飯かい?と聞き、そうだと言われるとがっかりする。

そこにやって来たお勘(浪花千栄子)は、普通、芋飯言うのは、米の間に芋がちょこっと入っているのを言うんやけど、あんたらの芋飯は、芋の間に米がちょこっとへばりついとるだけのやろう?とからかうので、なら、あんたんとこは何食べてるんだい?と母ちゃん連中が聞き返すと、わてな、ママのついてない芋だけやと笑って答えたお勘は、あんたら、その芋のへた捨てるんなら残しといてや、へたでも芋のうちやと良いながら家に戻って行く。

剣持は、まだ寝ていた三吉の布団を転がし、三吉を起こすと、部屋の拭き掃除と机を並べるのを手伝わせ、その後、三吉は家の前で拍子木を打ちながら子供を集め始める。

権三と助十が、駕篭に互いの子供を乗せて寺子屋の前まで乗せて来る。

三山と兵助は、拍子木を叩いていた三吉を物珍しそうに見るが、夕べから監物先生に所でご厄介になっていますと三吉は挨拶する。

兵助は、三四郎から良く学べよと言い聞かせる。

三山の家の前に来たさん吉は、酔い覚ましの水を飲んでいたおすみがちらり窓から見えたので、慌ててその場を立ち去る。

お栄の家の前に来たさん吉が、弥一ちゃんは?と聞くと、弥一は家の中で、寺子屋に行かないとすねている所だった。

仕入のお金が足りないんでしょう?と三吉が言うと、寺子屋行ったって、勉強する気になれないよと弥一は言うと、そんな事、お前が心配しなくて良いんです、母さんが何とかしますと言い聞かせる。

寺子屋に戻って来た三吉が、先生、弥一ちゃん来ないんですってと剣持に伝えると、商売行ったのか?と剣持が聞くと、家にいますと三吉は答える。

そこに弥一がやって来たので、商売行かんのか?と聞いた剣持は、じゃあ2倍頑張るんだと励ます。

一方、手代木七左衛門と五左衛門親子は、娘を探して欲しいと岡っ引きの花吉長兵衛(阿部九洲男)の所に依頼に来ていた。

鍵屋に戻って来た七左衛門と五左衛門が曾祖父の行方を聞くと、ご隠居様は先ほどお出かけになりましたと言う。

その頃、神社で客待ちをしていた権三と助十は、若い娘の顔を確認している、赤い帽子の九左衛門を見て、ありゃ色気違いじゃないか?と呆れていた。

ある日、剣持の寺子屋に長屋の佐兵衛(団徳麿)と市兵衛(源八郎)がやって来て、長い事お世話になりましたが、今日引越しますんで…と言うので、どちらへ?と剣持が聞くと、辰巳の方へ…などと曖昧なことを言う。

外に2人を誘い出した剣持は、道満は何と言いました?と聞くと、ここには毒気が溜まっているので、ここにいると悪いことが重なると言われ、こんなお札を頂きましたと言うので、この世で一番大切なのは人間の輪だと思うんです。

もう一度、私と一緒に道満様の所へ行きませんか?と剣持は誘う。

この紙いくらで買うた?とお勘がお札の値段を聞くと、20文と言うので、高いなそれ…と呆れたようにお勘は言う。

秋山典膳の屋敷内で道満と対面した剣持は、道満が言う事全てに外れていると答える。

大望を抱いておられると言われると、それも当たりませんな、ただの痩せ浪人でその日の糧を得るのに精一杯…と答える。

仕官も大望のうちですぞと道満が言うと、寺子屋の先生で喜んでおりますと剣持は答え、あなたももう少し信心せんと当たらんのでは?一つわしにバチでも当てて腰でも抜かしてみませんか?とからかった三四郎は、帰れ!と道満に一喝されると、目の前の三宝に建ててあった御幣を居合いで斬り、それを見た道満の方が腰を抜かしてしまう。

道満さん、そっちに毒気が行ったようで…、見料3人で60文、返して未来ますよと言って、同行して来た佐兵衛と市兵衛と共に帰る。

その様子を離れから見ていた有村が、どうする?やるか…と聞くと、今はいかん!改めて神罰を加えてやれば良いんだ…と秋山は制する。

するとそこにいた長兵衛が、実は信州の娘の捜索願が出ていまして、道満様に引っ張り込むと相当引き出せると思うんですがね…と秋山に入れ知恵する。

その夜、雨の中傘をさして黙って立ちすくんでいたお栄に気付いたお勘は、お栄さんか?何しているんや?と表を覗き、鬼のお勘さんの家と言うてもまさか針のむしろも敷いてないわい、ままお入り…と言って中に入れる。

ゼゼかい?なんぼほどいるんや?とお勘が聞くと、1両とお栄が言うので、お栄さん、1両言うたら毎日利子20文やで?払えるか?と確認すると、確かに…とお栄が言うので、証文書いてもらわんと…とお勘は念を押す。

寺子屋で傘張りの手伝いをしていた三吉が、先生、曾お爺様の話して良いですか?と話しかけていた。

貧乏でしたがくじけるような人ではなかったんですと勝手に三吉は話し始める。

我慢強いお爺様は先生にそっくりですと言うので、まだ生きとるのか?と剣持が聞くと、ずっと前に死にましたと三吉が言うので、どうもお前の頭は尋常ではないなと剣持は呆れてように言う。

すると三吉は、先生は弓を引きますか?お爺様は得意だったんです。

そしてひいおばあ様の心を射止めてしまったんですなどとうっとりしながら三吉が話し、傘張りの仕事が止まっているので、背後に回って押し倒し、バカ!と剣持は叱るが、その時、三吉の胸を触った感触が奇妙で戸惑ってしまう。

胸を触られた三吉の方も態度がおかしくなる。 そこにやって来たおすみが、兵助けさんがやすい屋にいるんですよ、飲み足りないからどうしても来て欲しいんですってと言って来たので、おすみ坊、やすい屋か?と聞き返した剣持は、雨の中、おすみと相合い傘で出かけて行く。

それを見送る三吉は哀しげだった。

どうしてかしら?私、浪乃は先生が好きになったんです…、きっと…と、三吉と言う男の子に成り済ませていた浪乃は心騒ぐ。

相合い傘に中、妙に身体をくっつけて来て甘えるおすみに、どうにもならないのかな?と剣持が諭すと、いけないと思っていた時にはちゃんとこの手に…と良いながら、差し出したおすみの手には剣持の巾着が乗っていた。

飲み屋「やすい屋」に到着した剣持は、おすみ坊どうする?と聞くと、飲んだら先生怒るからねと言い帰って行く。

店の中には三山と兵助が飲んでおり、わずか2本だとお銚子を差し出してみせる。

剣持は巾着袋ごと女中に渡し、4〜5本分あるだろうと注文する。

兵助は、良い話がある、信州の娘を探しているらしい、見つけたら20両になるんだよと言うと、どっちが悪いか分からないじゃないかと剣持は言う。

その話をやすい屋の隅で聞いていたのが手代木九左衛門だった。

一方、剣持の家にやってきた男が、剣持先生はご在宅でしょうかと訪ねて来たので、三吉はやすい屋におられますと答える。

やすい屋では、あの…、お武家さん、面白い話を伺いました、一献お付き合い願えませんですかと手代木九左衛門が声をかけて来たので、酒はとかく人の気持をさもしくさせますとやんわり断ったので、偉い!と九左衛門は感心する。

三四郎と俺とは一桁の違いじゃと兵助が言うと、俺とは半桁の違いじゃと三山が言う。

その頃、おすみは寺子屋に来ると、三吉!三公!出てきなよ!と呼んだので、おいらに何か用事かい?と三吉が聞くと、先生にね、誰か早くお嫁さんもらって欲しいって言っておくれよ、あたい、諦めたいんだよ、でも諦めきれないんだよ。

先生が良いお嫁さんもらったらどうしようもないだろう?なまじ1人でいるから困るんだよ、惚れてるからね…と胸の内を明かす。

兵助と三山を残し、先に店を出た剣持だったが、見知らぬ男達に取り囲まれたので、無粋な奴…、道満の占いでは、わしに剣難の気があるとは言ってなかったではないかとぼやくと、槍は〜♩と歌いながら、あっという間に3人を峰打ちで倒したので、残りの2名は逃げて行ってしまう。

翌日、弥一は、商売へ出かける。 その街角には、浪乃の捜索願の貼り紙が貼られていた。

その貼り紙を見に来た三次(時田一男)は、足下に1両小判が落ちているのを発見、草鞋で踏んで、周囲を見回し、素早く拾い上げてしまう。

その捜索を願い出た手代木七左衛門と五左衛門は長兵衛の紹介で道満を紹介され、明神様にお伺いを立ててみましょうと道満は相手をする。

その後、道満は秋山の元へ来ると、手代木、とりあえず500両…と報告したので、魚は大きい、道満逃すなと指示した秋山は、長兵衛ご苦労だった、又頼むぞと岡っ引きにも声をかけると、長屋の主も追出しに行くかと言う。

さしずめ50両かな?と道満が立退料を提案する。

長屋の主である茂兵衛(堺駿二)は、有村と曽谷がやって来て50両でこの地からの立ち退きを要求されるが、あんな連中でも、ここを追出されるといく所がございませんと断る。

有村と曽谷は、店子に義理立てして親子心中しようと言うのか?させてやる!と刀に手をかけ茂兵衛を脅迫する。

一方、仕入れ代金1両を落した弥一は落した金が見つからないので呆然としていた。

長屋の入り口で待っていたお栄も、その弥一の帰りが遅いので気が気ではなかった。

お勘が近づいて来たので弥一が仕入に行ったのにまだ戻ってきませんと言うと、ひょっとしたらお金落したんじゃないのかな?細かい銭渡しとけば良かったな…、でもあの子しっかりしてるからすぐ戻る。

お栄さん、弥一さん戻って来てからで良いから今日の20文払ってやと言ってお勘は戻って行く。

寺子屋では剣持が、三吉、お前本当に行く所がないのか?俺は嘘つかれるのは嫌いな男だぞ…、三吉!と話しかけていた。

先生、置いて下さい!と三吉は必死に頭を下げるが、そこに、ご免下さい、弥一を探しに行ってきます。

今朝仕入れに行ったきり戻ってきません。帰ってきたらどこへも行かないように言って下さいと言い残し出かけて行ったので、剣持も案じながら見送ると、えらいこっちゃ、1両貸しましたんや、弥一落したんや!20文ずつ返してもらわないかんのや!と騒ぎを聞きつけ表に出て来た兵助や三山にもお勘がしつこく言うので、知らんがな…と誰もお勘には相手にしなかった。

弥一は、浪乃を探す尋ね人の貼り紙を見ていた。 お栄がやって来たのは道満の所だった。

道満は以前言ったように夜分お栄がやって来たので物になると判断、部屋のロウソクを消すと、舌なめずりしながら、お前には救い主が現れると言ったのを覚えているか?それがこのわしだ!などと語りかけながら催眠術をかけ始める。

弥一を探しに秋山典膳の屋敷前まで来た剣持だったが、まさか中でお栄が大変な事になっているとは気付かず、三吉と合流すると、手分けして弥一を探し続ける。

自分の名を呼ぶ三吉の声を聞いた弥一は川縁に身を隠すが、三吉が通り過ぎたので道に出た所で振り返った三吉に見つかり、弥一ちゃん!どうして帰って来なかったんだい?と三吉が肩を抱いて聞くと、帰れないんだよ…と弥一はしょげる。

弥一ちゃん、帰ろう…、仕入のお金落したんだろう?と三吉は慰める。

その後、お栄は秋山邸からふらふらと出て来て、塀に寄りかかって泣き出す。

三吉はなかなか帰ろうとしない弥一を必死に説得していた。

帰ろう、ここにいても落した一両は戻って来ないだろう? 何だい一両くらい、先生だってお母さんだって、長屋の人達だって助けてくれるよ。 いよいよだったら、おいらだって…、当てにはならないけどね、何とかなるよと懇々と言って聞かせる。

一方、長屋に戻って来た剣持が外に出ていた三山に、お栄さんは?と聞くが、帰って来んと答えた三山は、みんな手分けして探そう!と長屋の連中に声を掛けるが、そこに、大変だ!お栄さんが身投げしたぞ!と権三と助十が知らせに来る。

剣持達は驚いて川へ向かうが、後に残ったお勘は、殺生やな…と言って泣き出す。

三吉はまだ弥一を相手に、お母さんは叱りゃしないよと説得し、ようやく長屋に連れ戻って来るが、家にはお栄がいないのに気付く。

そこに剣持が川から戻って来たので、先生!と三吉は声をかけ、剣持も、弥一!と駆け寄ると、すみませんと詫びる弥一に、弥一、先生は叱りはせん、いつも先生が教えている事を覚えているだろう?と優しく語りかける。

そんな不幸やどんな苦しい事があっても…と剣持が続けると、負けません!と弥一が答える。 どんなに哀しい事があったとしても…と剣持が言うと、泣きません!と弥一は答える。

良し!じゃあ言おう…、お前の母さんは死んだ!と剣持は明かし、そこにお栄の遺体を乗せた戸板を持った長屋の連中が帰って来る。

つましい仏壇の前で、弥一は泣き崩れる。

泣くなよ…、そう言っても無理でしょうけど…と三吉が慰め、やって来た弥一の寺子屋仲間たちも励ます。

お勘も弥一の肩を抱き、あんた、男やろ?あたいがお母さんになったる!と言葉をかけ、仏壇の前に座ると、念仏を唱え、お栄さん、えらい事してくれたな!あんたみたいなええ人間が…と声を詰まらせる。

そして、1両を貸した証文を取り出すとその場で引き裂き、こう云う事にしとくわと仏壇に向かって話しかける。

剣持の側に座っていた兵助は、今評判の秋山邸の道満のお札がお栄さんの懐中にあった…と教える。

それを見た剣持は、例えばだ、あれを道満が渡したとしたら…と呟くと、そうか!と三山も気付き、お栄殿はインチキ占い師に惑わされた!気付いた時には取り返しのつかない事になった!と推測を話す。

5年間ご亭主を待っていた事を考えるとそれに違いないぞ!と兵助はいきり立つが、今はならんと三山が留め、これだけでは証拠にならん…とお札を見ながら剣持も指摘する。

今にぼろを出す!そのときこそ!と良いながら三山は剣を握りしめる。

そんなある日、長屋の敷地内に「道満祈禱所建立之地」と書かれた巨大な杭が立てられたので、長屋の住民達は何事かとその周囲に集まり騒ぎ出す。

勝手にみんなが倒そうとするので、倒してはならんぞ!と剣持が注意する。

剣持からどうして売らなきゃならないんですか?と事情を聞かれた茂兵衛は、命には代えられないからななどと煮え切らない態度を取るので、それを何とかなりませんか?と詰め寄ると、お前さん達が50両で買い戻してくれるんなら、わしも何とか話をつけるんだがねと茂兵衛は言う。

住民達は急遽寺子屋に集まり善後策を話し合う事にする。

この辺り一帯は貧乏長屋であるが、争いもなく、みんなが助け合って住み良い長屋だと思う。

心のゆとりを教えてくれた三四郎がいるからだ!と三山が演説する。

彼は鼻ったれどもには手を取って教えてくれた。 それが計らずともこの始末である。

かく長屋は江戸の心の支えである! 道満こそが悪いのだ!お栄さんは道満に殺された!とつい三山は口を滑らせてしまい、それを外にいた弥一が聞いてしまう。

兵助から制され、慌てて、今のは嘘じゃ、すまん!と失言をごまかした三山は、茂兵衛 殿は3日のうちに50両集めれば、買い取りたいと言うがどうだろうか?と演説を締めくくる。

すると剣持が、ここに10両あります。

脇差しと本を売った金ですが、これだけは事情があって売れんのですと、最後の刀だけは残していた言い訳をする。

それを隅から未定多産吉は、先生、お金ならあるんです!ある所にはあるんですと口に出したので、ない所にはないもんじゃと三山が言い聞かせる。

それでも三吉は、お金、あるんです…と哀しげな表情で呟く。

外に出た三山は、そこに弥一がいる事に気付き、おじさんの今言った事はみんな嘘じゃと念を押す。

三吉はまだ、お金ならあるんです、本当にあるんだけどな…と言いたくても言い出せぬ辛さを噛みしめていた。

そして、寺子屋に戻って来た三山は、その場にいた住民達から寄付を集め出す。 権三の妻がへそくっていた1両を出したので権三は目を丸くする。

一緒にざるを持って金を集めていた兵助はお勘の前に来ると、仏のお勘殿、大いに張り込んで下さいと頼むと、うちは寄付するのは嫌やとお勘は言う。

そしてお勘は剣持に、先生、わてな、ここに23両ありますねん、これ全部、先生にお貸しします!無期限無利子でどうや?その代わり、先生、証文書いてもらわんと…と言う。

その陰で三吉は、おいら帰る家がない、おいら、先生と別れたくない、先生好きなんだ!と悩んでいた。

長屋中から集めた金は総額38両2分2朱…、12両ばかり足りんな…と三山は嘆く。

それを見かねたおすみが、先生、あたいが12両こさえて来るよ!と呼びかけると、その金はわしが作る、仲間の芸人を集めて名人会をやろう!と言い出す。

名人会を開く「笑福亭」には、噂を聞きつけた客が続々と集まって来る。

三吉が子供達と一緒に見に行こうと弥一も誘いに来るが、弥一は、後から行くから先に行っといて!と言うので、弥一ちゃん、本当に来るね?と念を押し、じゃあ待ってるよと言い残して他の子供を取れて出かける。

1人になった弥一は、仏壇の前で泣くと、タンスから母親の懐剣を取り出し、お母ちゃん、おいらもお母ちゃんの所へ行くよと仏壇に語りかける。

「笑福亭」では何故か芸人が1人も来ていなかった。

客が騒いでますとお勘が剣持に知らせる。

三吉は子供達と客席に入り、かぶりつきの所に座って待つ。

そこに三山が戻って来て、三四郎、ダメだ!全部雲隠れしている。道満一味に脅されたらしいと言う。

その頃、弥一は秋山邸に1人侵入していた。

権三、助十、繋いでくれ!と三山から頼まれた2人だったが、舞台に出ても駕篭をかく時歌う歌を歌うくらいしか芸がなかったので、客からやじられ、何度もすみません!と謝りながらも、同じような下手な歌を続けるしかなかった。

見かねた剣持は、おすみ坊、やすい屋から歌や踊りが出来るものを探して来てくれと頼む。

客はますます騒ぎ出す。

その頃、弥一は、石を投げながら邸内に乱入すると、懐剣を抜き、お母ちゃんの仇!と良いながら道満に斬り掛かる。

やすい屋から駆けつけた娘3人がかっぽれを披露するが、やはり素人芸の域を出ず、客にやじられる。

その間、おすみは、客席の中を通り抜けていた。

お勘も舞台に出て踊り出すが、客は怒って座布団を投げて来たので、お勘は慌てて幕を閉める。

ダメだよ、あたいたちの踊りでは…とかっぽれを踊った娘達が楽屋裏に帰って来る。

こんなことしてたらお客さんの金を泥棒しているようなもんだろうと三山は呆れるが、これだけあったら足りるだろう?と言いながら、客から掏り取った巾着を山のように積んでみせたおすみは、あたいは掏摸!と兄の前で明かす。

それを見た三山は愕然とし、おすみはせっかく三四郎の嫁にと思ってたんだが、すまん!こんな奴とは知らなかった…と詫びるので、言うな、おすみ坊、返して来いと剣持は優しく言い聞かせる。

そると三山が、俺が返して来る、みんな手伝ってくれと言い出す。

幕が再び上がり、舞台中央に出た三山は、南蛮渡来のてずまをお見せ致す。

気合いとともに皆様の財布がこちらに移ると言うもの!と口上を述べると、急に客席がざわめき出す。

長屋の連中も舞台に出て来て、布を取って現れた財布の山を客に返して行く。

そんな「笑福亭」に道満の一味が入り込む。

三吉が舞台に上がり、おいら歌を歌いますと言うと、伊那節を歌い出す。

すると初めて客席から拍手が巻き起こる。 それを舞台袖から見ていた兵助は、客席に道満一味がいるのを発見、おい!と剣持に知らせる。

そして剣持と2人で舞台に出た兵助は、お粗末ながら剣舞を見せると言う。

鞭声粛粛~、夜、河を渡る〜!と歌いながら剣持が舞い始める。

その舞台に刀を抜いた道満一味がじりじりと上がり出したので、客達は異変に気付き、客席後方へ逃げる。

剣持はかかってきた相手を峰打ちで倒し始め、兵助も加勢したので、敵わぬと悟った敵は逃げ出して行く。

剣持は客席に向かって、みなさん、本日はこれでお終い!どうもお騒がせしました!と頭を下げる。

長屋に戻って来た住民総出で「道満祈禱所建立之地」と書かれた巨大杭を倒す。

そして、茂兵衛に50両を持って出向いた剣持達だったが、ダメなんじゃ、受け取れぬ!50両の金はもう受け取ったんじゃ、連中が勝手に置いてったんじゃ!秋山様の所に持って行ってくれ!わしは死にとうない!と茂兵衛は受け取りを拒否する。

寺子屋に戻って来た剣持に三吉は、先生!私は嘘をついていました。私は女です。信州手代木の娘です。

お金なら…と話しかけるが、剣持は、いらん!と一喝する。

そこへ、先生!弥一ちゃんがいないんです、みんな大騒ぎですと知らせが来る。

驚いた剣持が外に出ると、そこにいた兵助も、弥一がいないぞ!と言い、もしや、わしが言った事で…と三山は悔やんだような顔になる。

わしが行って連れて来ると剣持が出かけようとすると、わしも行く!と兵助や三山や長屋の連中までついて来ようとするので、待て!相手は旗本だと止め、皆さん、私に任せてくれ!頼む!と長屋の連中にも言い聞かせる。

やって来た剣持を前にした道満は、立退で20両差し上げた礼に来たか?この道満の金蔵は信州の手代木だぞ!引き上げるが良い!と追い返そうとする。

剣持は、道満殿に占っていただきたい、見料はこれなる50両!と小判を差し出し、お栄殿をたぶらかせた者は誰か?弥一を隠したのは誰だ!と詰問すると、いきなり狼狽した道満を斬り捨てる。

そして剣持は、祭壇の背後の部屋に縛られていた弥一を発見すると、三吉に道満の背後のいるのは手代木だと言うんだぞと言って逃がす。

長屋に駈け戻った弥一は、道満に金を出しているのは信州の手代木だってさ!と三吉に教えたので、三吉は固まってしまう。

秋山の配下に立ち向かった剣持は、道満は死んだぞ!もはや我らの長屋に意味はない!直参旗本の地位と天秤にかけるか?と秋山に迫るが、斬り掛かって来たので、バカめ!と一喝する。

鍵屋で待ち受けていた手代木九左衛門、七左衛門、五左衛門の所に、髷を解いた髪の三吉こと浪乃が訪ねて来て、お父様!お爺様!曾お爺様!と呼びかける。

長屋の寺子屋では、お勘が、来たか?どうでもこうでも嫁さんもろうてもらわな、この長屋の連中がこぞって勧める女房やと笑いかけていたが、当の剣持は、恥ずかしいな…、とにかく困る…、あの子が…と兵助と三山に挟まれ青ざめていた。

やがて長屋に豪華な駕篭が到着し、中から降りて来た花嫁衣装の浪乃の顔を見た子供達は、三ちゃん!と驚く。

そんな子供達に、浪乃は笑顔で舌を出してみせる。

三ちゃん!と近寄って来たおすみは、きれいね…、行きなと声をかける。

別の駕篭から降りて来た九左衛門が寺子屋に入ると、おお、あなたは!と剣持はやすい屋で会ったことを思い出す。

九左衛門は、剣持様、手代木の娘、ぜひともあなたにもらっていただきたく連れて参りましたと挨拶する。

花嫁衣装で寺子屋に入って来た浪乃が、三吉ではございません、浪乃ですと挨拶すると、いかん、いかん!と剣持は強ばった顔で言うので、何がいかんのだ?と兵助は苦笑する。

それを聞いた浪乃は、分かります!と言うと白装束を脱ぎ、先生!と呼びかけて近寄る。

俺はまだお前の先生かな?と剣持は照れる。

長屋の連中が待つ外に外に出た兵助が、めでためでたの若松様よ〜♩と歌いながら踊り出すと、住民達も九左衛門、七左衛門、五左衛門も一緒にうれしそうに踊り出すのだった。
 


 

 

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