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第三の影武者

市川雷蔵主演の影武者もの…とでも言えば良いのか、侍に憧れた若者を待ち受けていた武士の世界の残酷物語である。

前半は黒澤の「影武者」等に近く、影武者の悲哀を描いた話だが、後半は少し様相が違って来て、かなり二転三転の展開になっている。

原作の面白さもあるのだろうが、乱世の世の男も女も変わらぬ非人間性、無情さを描く作品になっている。

影武者が夜伽の相手もすると言うのが史実的に正しいのかどうかは分からないが、どう考えても相手の女性は騙せないと思う。

そうした素朴な疑問も後半の展開に絡んで来る。

絵合成シーンなども使っており、白黒と言うこともあり一見地味で低予算風なのだが、戦のシーンなどはそれなりにエキストラを大量に使い、安っぽさはない。

合成を使って雷蔵さんが二役に挑んでいるが、白黒作品と言う事もあり合成の出来はなかなか。

途中、2人が身体を寄せ合っている所など、どうやっているのか分からないシーンもある。

農民と城主と言う対極の二役を演じる雷蔵さんも見物なのだが、もう1人、その影武者を背後で操る役の金子信雄さんが重要な役所で、こちらの方が真の主役のようにも見えるくらい。

もう一人重要な役を演じているのが、三木家の聡明な相談役を演じる天知茂さん。

終始、無表情な眼差しで鎮静例着なキャラを演じているが、案外後年の明智小五郎のイメージはこの辺から出発しているのかもしれないと感じた。

女性キャラも何人か登場しているのだが、政略結婚の道具でしかないと我が身を嘆く照姫を演じている高千穂ひづるさんの、哀しくも気高い演技も印象的。

小萩を演じる万里昌代さんと共に、乱世の世の女性の薄幸さが伝わって来る。

クライマックスの照明の切り替えによる狂気表現と時間経過の巧さは大映の真骨頂とも言うべき演出だろう。

なかなかの秀作だと感じた。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼
1963年、大映、南条範夫原作 、星川清司脚色、井上梅次監督作品。

細々とかがり火が点いているだけの夜の陣地 突如、大量の火矢が飛んで来たので、敵だ!来襲だ!と呼び声が上がる。

タイトル

飛騨は山に囲まれ、山に埋められた国である。

応仁、文明以来の戦国時代に、この地形の為に、武田、上杉、織田の侵入を逃れて大きい勢力の侵入がなかっただけに、かえって小城主が乱立割拠し、絶えることのない小競り合いが続いていた。(と、芥川隆行のナレーション)

田んぼの間の小道を競うように走る二騎の馬に股がった甲冑姿の武士は、藁を積んだ荷車が道を防いでいたので、退け!邪魔だ、退け!馬鹿者!早く退けろ!と叱りつけ、その場に止まる。

面頬を外した1人が、城が見えるぞ!敵の軍勢に囲まれた時はこれまでだと思ったが良く撃退したものだなと笑うと、生き残った上に敵の大将首!帰れば恩賞が待っておる!ともう1人の武士が馬上で持ち帰った敵将の首を持ち上げると、こっちが一番首だ!ともう1人も首を掲げ、本日の誉れは譲りませんぞ!何をこしゃくな!と2人で笑い合い、城に向かって駆けて行く。

それを見送った農民二宮杏之助(市川雷蔵)が、お父、侍は良いな!と憧れの眼差しで言うので、何を言う、戦に勝てば良いが、負けて見ろ、哀れなもんだ…と兄二宮竜平(伊達三郎)は言う。

その直後、又3騎の馬が駆け抜け、最後の1人が首を巻いた布を落し、百姓!それを拾え!と命じる。

駆け寄った杏之助が拾おうとすると、布から生首が覗いたので、怯えながら拾い上げ渡すと、今から急げば五番首に入れるとその武士は言い、馬を走らせる。

そら見ろ、このご時世、侍になったってああなるのがオチだと竜平が言うと、ああなる方がマシだ、一生地べたを這い回るよりと杏之助は言う。 その時また背後から馬が近づいて来る。

おお、勝ち戦じゃ!勝ち戦じゃ、安高様は強いぞ!いずれこの飛騨は安高様のものになるんじゃと父の二宮三右衛門(浅野進治郎)は、次々と戻って来る騎馬武者の姿を見て喜ぶ。

この戦は山間の若者の夢を育てた。

その日暮らしのワッパが抱くその夢は、始めは桁外れたものではなかった、彼らは考えた、ひとかどの武士になりたいと…(とナレーション)

元禄7年(1564年) 飛騨の国高登郷 池本安高居城 三田谷城

また戦がないかな~、この前は留守番だったが、今度こそ手柄を立ててやる!と焚き火を囲んだ下っ端の(木村玄)がうれしそうに仲間たちと談笑していた。

百姓に何が出来る?と嘲った別の侍は、俺は郷士の倅だ、今度こそでっかい手柄を立てて侍にしてもらうんだと夢を語る。

農民出身の小兵は、ああ、俺は侍大将になりたいんだ!と叫び、大の字に寝っ転がる。 だが、夢は膨らみ、一軍の将、あわよくば一城の主、及びもつかない夢にふくれあがって行った。

それは血みどろの戦いに酔って勝ち取られる場合もあったが、多くは若い胸の中に消えて行った(とナレーション)

そんな三田谷城に霧が出て来る。

そしてある日、その若者の夢は馬に乗ってやって来た(とナレーション)

おい、山は酷い霧だ…と言いながら、薪をしょった竜平が家に帰って来る。

あれ?お侍だぞ…と竜平が今来た道を振り返って言うと、こっちへやって来る!と家の前にいた杏之助も気付く。

お父っつぁん、お侍が来るぞ!と杏之助が呼びかけると、三右衛門も家から飛び出して来て、年貢も納めたばかりなのにな~と竜平は不思議がり、又賦役か?と三右衛門は呟く。

近づいて来た馬上の人物は、二宮杏之助!確かそう申したな?と声をかけて来たので、土下座をした杏之助は、はいと答える。

わしを見覚えておろう、過日、野分に来た折、道を尋ねたものじゃ、名を篠村左兵太(金子信雄)と申すと馬の上から伝えると、その方、武士になりとうないか?と聞いて来る。

家に招き入れた三右衛門は家系図を取り出し、落魄を重ねてかく有様…、郷士とは言え由緒ある家柄でございますと篠村にひれ伏す。

ウン、ご立派な血筋、武士が出て何がおかしかろうと篠村も世辞を言う。

実は、杏之助と申すこの若者、いたく気に入ってな、ぜひとも三田谷城、池本家にて召し抱えたい。

それを聞いた三右衛門は、さすが本人はこの家系の血を引くもの、日頃から武士になりたいと申しておりました!とうれしそうに話す。

で、扶持(ふち)米はどれほど頂けましょうか?などと杏之助が突然言い出したので、これ!と三右衛門は制するが、どれほど望みなのだ?と篠村が聞くと、百石!などと杏之助は言う。

百石?と篠村が驚いたようなので、父と兄は突拍子もない!と杏之助を叱りつける。

子供の頃、高山の八幡宮に詣でましたおり、艶やかなる武家を見かけまして、その禄は百石あまりであろうと申しました所、それ以来倅は…、何とぞご無礼の断、お許しを…と三右衛門はひれ伏して詫びる。

すると篠村は、良かろう、百石遣わそうととあっさり答える。

そして、用意していた風呂敷包みをだし、衣服と金子、これにて支度を致し、3日後に家の屋敷に訪ねて参れと篠村は指示する。

後日、篠村と共に城へ向かう杏之助に、これをかぶれと篠村は深編笠を差し出す。

それをかぶって城の中に入った杏之助は、囲いの中にある家の中に入れと篠村から命じられる。

部屋の中は小さな灯火一つで真っ暗に近かったので、何かあるのでございますか?暗くて良く分かりませんが…と杏之助は不安がりながら、枝の先に灯した炎だけを頼りに奥へ進んで行く篠村に聞く。

やがて、戸にぶつかったので、どうした?ここに座れ、じっとしておれ、今、灯りをつけてやると篠村が言うので、暗闇の中で座っていると、やがて三つの灯火に灯りが灯される。

すると、杏之助の隣に2人の男が並んで座っており、そこに誰かが外から入って来る。

篠村は、浦路(角梨枝子)と入って来た家老樫尾久左衛(石黒達也)に、あれでござりますると杏之助の方を向く。

すると、他の2人と見比べた樫尾は、うむ、良く似ておると杏之助の顔を見て満足そうに答える。

同行した浦路も、ほんにまあ、私ですら面(つら)見まごうばかり…と驚いたように言う。

ううん、全くじゃ、篠村、でかしたぞ!と樫尾は褒める。

これなら、殿のお身代わりとして家臣も欺けるぞと樫尾は喜ぶ。

篠村と女が窓や戸を開けて外光と取り入れると、3人とも火を消して近う寄れと命じた樫尾は、どうじゃ、お互いに良う似ておろうが?と3人に話しかける。

樫尾は、石原、桑野、この男はどうじゃ?世の中にこれほど殿と瓜二つの顔があろうとはな…と、石原庄作(浜田雄史)と桑野源太(小林勝彦)に、杏之助のそっくり振りを指摘する。

全くでございまする、良く似ている!と石原と桑野も杏之助の顔をまじまじと見て同意する。

それを聞いていた杏之助が、あの~、似ていると申しますと、どなたに?と尋ねると、城主、池本安高様じゃと篠村が明かすと、御城主様に!そんなに似ておりますか!と杏之助は驚く。

今日からお前たちの仲間だ、名乗ってやれと樫尾が他の2人に勧めると、拙者は桑野源太、影の一番だと言い、続いて、影の二番石原庄作と名乗ったので、影と申しますと?と杏之助は戸惑う。

決まっておる、殿の影武者じゃと樫尾は答えるので、影武者?と杏之助が不思議がると、お前がその三、つまり影の三番じゃと篠村は教え、石原、桑野、それから浦路殿も努々このことを漏らしてはなりませぬぞと樫尾は言い聞かせる。

全ては御家老の指図に従い、十分に殿の御身代わりが勤まるようになるまで、ここから勝手に出てはならんぞと篠村が杏之助に言い渡す。

ま、勤めは明日からと言うことにして、今日はゆるりと休めと言い、立ち上がった樫尾は、死ぬ村、後で酒でも遣わせと命じ、ご苦労であったと3人に声をかけた篠村も、樫尾、浦路の後から小屋を出て行く。

小屋に残った石原と桑野は、しかし良く似てるな…、びっくりしたぞ、お前の顔を見たとき、本物の殿様かと思ったよなどと杏之助に話しかけて来る。

ま、火に当たれよ!と石原が囲炉裏端に誘ったので、で、影武者と言うのはどう言うことをやるんですか?と杏之助が聞くと、俺は元猿楽師でな、あまりこれの方が巧くないもんだからと柄杓を剣に見立て、安高様御出陣の砌はいつも城に残って、もしその留守に不意打ちをかけられても、敵の意表をついて味方を鼓舞し時を稼ぐ、お陰で俺1人先頭に立たされていつも酷い目に遭うんだと槍を突く練習をしながら桑野がぼやく。

安高って殿様はいつも戦の真っ先に経つ、俺はその側にくっついていて万一の時はさっと大将に早変わりして敵も味方も欺くって訳さ、ああ、命がいくつあっても足りんわと桑野は愚痴を言う。

石原から茶を煎れてもらった杏之助は、だから、戦の間は大将と同じ飯だぞ、それに手当が余計に出ると桑野は巾着袋を懐からだして自慢する。

見ろ!これが百両になった時、俺は村一番の別嬪をもらって百姓になるんだと桑野は夢を語る。 へえ、俺は百姓が嫌で侍になりに来たのに…と杏之助は笑う。

今に嫌になるさ、こんな偽者の暮らしが…と石原は言い寝そべるので、偽者?と杏之助は聞き返す。

お笑い癖だぜ、大の男が殿様の癖を真剣に学ぶ、おまけに島流し同然だしな…と桑野は行って、同じように寝っ転がる。

杏之助は予想外の役割に困惑するしかなかった。

翌日、殿は一昨年、峠山の合戦の砌、敵の大将と組み合って馬から落ち、左の足首をくじかれた、それ以来、お歩きになるとき、左の足をほんのわずかにびっ○をお引きなると樫尾が解説し、やってみろと言われたので杏之助もびっ○を引いてみると、大きい、もっと小さく!と篠村が修正指示する。

言う事を聞いたつもりでも、篠村には気に食わないようで、刀の鞘で足を突かれ、出来なければ足首を切って捨てるぞ!と怒鳴りつけられる。

控えい!頭が高い!控えい!と石原が、安高が鞭を叩きながら怒る素振りの手本をしてみせるのを見る杏之助。

殿の癖じゃ、大きな落胆の時や納得いかぬ時は、盛んにこの鞭をお叩きになる…、この鞭はお休みになられるとき以外手放されることはない、ゆめ忘れるなと樫尾が指導する。

杏之助が鞭を振るって、控えい!と真似てみても、もっと肩を張って!と樫尾の指導は続く。

夜、小屋に1人残った杏之助は篠村から、家中の者の名簿じゃと言われ、池本家分限並家普改帳なる書物を見せられる。

姓名、年齢、家族の事情、過去の寸功について詳細に期してある、くまなく暗記するようにと言われた杏之助は、全部でございますか!と驚き、当たり前だ、家臣を知らずして殿と言えるか!と言われてしまう。

どうじゃ、他の2人の者がうらやましいか?どうやら今頃、白粉だらけの女を抱いている事であろうて…、その内、お前にも良い目を見せてやるぞ、殿になりきったらな…と篠村は苦笑しながら囲炉裏端で言う。

それでは、左兵太、これにて退散させていただきますと篠村が手をついて挨拶して来たので、はあと杏之助も頭を下げるが、はあではない、殿だ!と篠村が叱ったので、大儀であったと杏之助は殿になりきって返事をするように又叱られる。

篠村が小屋を出ると、杏之助は寝っ転がり、里が恋しいな…と呟く。

窓の外の三日月が、いつしか雪が舞う景色にすり替わる。 雪が積もった小屋の外で、杏之助たち影武者3人は、剣、槍、弓と言った武芸の稽古をやらされる。

雪が積もった庭木に梅が咲く。

浦路が杏之助の顔の化粧を微調整し、杏之助は殿に瓜二つと言われるほどの完成度になる。

5ヶ月の間、良く辛抱したぞと樫尾は杏之助を褒める。

では立て!と命じた篠村は、そのまま立ち上がろうとした杏之助に、ええい忘れとる!殿は左足がお悪い!立ち上がる時は必ず脇息に手をおかけになる!と叱る。

鞭を手渡した樫尾は、良いか、殿の衣装を着、殿の髪を結えば、もはや三田谷城主池本安高殿であるぞ!片時もこれを忘れるな!と言い聞かせる。

篠村、樫尾に連れられ、城内に入るとそこには女たちが群れ遊んでおり、世はもう春ですぞと樫尾が語りかける。

挨拶して来る女人を前に、なみの方(井上明子)、小萩殿(万里昌代)じゃと小声で樫尾と篠村が杏之助に教えて行く。

真に御奨励に漏れず、なかなか色好みでの…と樫尾は苦笑する。

続いて、家臣たちが集まる部屋の隠し窓から中を覗き、今、座ったのが近習筆頭布施小四郎(不破潤)、その前に座るのが猪子義明(中野清)、その隣が勘定奉行…、名は…と篠村が言うので、佐久間軍司!と杏之助は即答する。

その隣にいる傷のある男は馬回り筆頭じゃと篠村は教える。

しばし言いよどんだ杏之助だったが、津雲左馬介(守田学)!と名を言い当てる。

そこに、本物の池本安高(市川雷蔵-二役)が現れたので、よく見ろ!と篠村は指示する。

その顔を隠し窓から見た杏之助が驚いたので、どうじゃ?良く似ておろう…と篠村は囁きかけて来る。

皆のもの!この度、広瀬宗城との同盟が相成った、今日よりただの池本安高ではないぞ!飛騨の安高、いや、天下の安高じゃ!と鞭を振り回す。

周辺に巻き起こる竜巻よりも凄まじく、四辺の敵を蹴散らせてくれよう! 良いか、者ども!いつの戦も、この安高に遅れをとるまいぞ!と安高は家臣たちに言い渡す。

家来たちが一斉にひれ伏すと、得意げに安高は含み笑いし、脇息を使って立ち上がって出て行く。

その直後、二宮、殿である!と篠村が隠し部屋で言う。

そこに樫尾と共にやって来た安高は、無礼者!この安高、人には頭を下げん!と平伏して出迎えた杏之助を怒鳴りつける。

安高になりきるなら、胸を張ってわしを見い!と安高が言うので、は!と杏之助は恐縮するが、隣で平伏していた篠村が、殿のありがたいお言葉なるぞ!と促すので、恐る恐る顔を上げた杏之助だたが、その顔を見た安高は目を丸くし、良く似ておる…と感心する。

殿の癖、歩き方、全て習得させておりますと樫尾が伝える。

すると、わしは気に食わん!面白くない!と安高が鞭を鳴らして怒り出す。

飛騨を取るのはこの安高ただ一人!その安高が2人おると思うとわしは面白うない!と安高はすねる。 しかし、次の瞬間破顔した安高は、と思う程よく似ておるのう!と愉快そうに言う。

その時、下から、殿!殿はどちらでいらせられますか?と言う呼び声が聞こえたので、ここじゃ!と安高が答えたので、樫尾は驚き、殿、この影武者は秘密でございますと注意すると、分かっておると呟いた安高は、こっそり部屋の隅に隠れる。

そこへ上がって来た布施小四郎が、殿!ただいま、広瀬宗城殿、お着きになりました!と立ち上がった杏之助に報告すると、待たしとけ!すぐ行く!と鞭を鳴らして杏之助が答え、はっ!と広瀬がそのまま下がったので、安高は笑い出し、近習頭が間違えるとは!と愉快がる。

広瀬(島田竜三)と会って酒を酌み交わす安高が、1人で哄笑しているので、どうした?と怪訝そうに広瀬が聞くと、いや何、この飛騨に天下の安高が2人いると思うとおかしいぞと言い、また笑い出す。

それを聞いた広瀬は自分のことを言われたと勘違いし、とんでもない、飛騨を平定するのは貴様一人だ、わしは貴様を助けて、その誉れにあやかろうとする者、野心はないと言うので、ではこの飛騨に安高は1人じゃな?と安高が笑いながら聞くと、そうよ、この宗城と同盟を結んだからには鬼に金棒、天下無双と言う訳だと広瀬は答える。

天下無双か…、良し!と鞭を鳴らした安高は、この飛騨はおろか、俺に歯向かう者は責め殺し、天下の実権をこの手で握ってみせるぞ!この手で!と笑うと、ところで、手はじめは三木自綱だと広瀬が言うので、あんな城ぶっ潰すのは雑作もないが、欲しいものは一つあると安高は言う。

分かっている、照姫であろうが?と広瀬が指摘すると、うん、噂によれば、飛騨随一の美女とやら…、真にそんなに美しいか?と安高は聞く。

広瀬は、うん、この宗城なら、城と代えても欲しいわいと答える。

良し、三木に討ち入り、和睦を乞うなら姫を差し出せと言ってやろうと安高が言うと、飛騨随一の益荒男が美女を娶るのか?あの頑固坊主も嫌とは言うまいと広瀬は言うと、安高は得意げに哄笑し始める。

桜洞城

断ればあの山猿め、何と出るか?と三木自綱(荒木忍)と問うと、一気に攻め寄せて参りましょうと家老堀将監(南部彰三)は答えるので、勝算は?と聞くと、ありませんと言う。

広瀬と手を結びましたる今日、安高の力は飛騨随一、おそらく城は3日と持ちますまいと堀は答える。

越前と佐々と同盟を結んでは?と三木が提案すると、なるほど、さすがの強国、一案ではござるが、何分この三木との間には多くの山を隔てて地の利が悪うございます、おそらく佐々の援軍が来る前に安高は兵を動かしましょうと堀は答える。

定光!お前はどう思う?と三木から聞かれた三木定光(天知茂)は、殿のお心は分かります、姫を見も知らぬ男の元へ、言わば三木家安泰の生け贄としてお送りになるそのお気持ち、従兄弟の私にすら断腸の思いでありまする…と定光が言うので、定光殿、殿の御近親とは言え、三木家存亡に関わる大事、浅慮は慎まれい!と堀が抗議する。

それを聞いた三木は、乱世の常じゃ、姫も諦めているわと言うので、ならば殿、答えは簡単でござる、三木は小国、兵を養う資力とてなく、何の武器も持ち申さぬが、ただ一つ、天は飛騨随一と言われた美貌の姫を賜りました、これこそ小国三木がを国守る最大の武器!上手に遣わねば天が笑いましょうぞと定光は言う。

ええい、姫をどうせいと言うのじゃ!と三木が癇癪を起こすと、姫を望むのは飛騨諸城同じ事、ただその中で一番の強国へ御輿入れなさるより他ござりますまいと定光は冷徹に言い放つ。

強国と言うと池本か?佐々か?と堀が問うと、池本安高…、答えは既に出ておりますと定光は答える。 それを聞いた堀は、さすが知恵者の定光殿じゃと感心し、殿!ご決断のことを!と三木に迫る。

その後、三田谷城では、殿、おめでとう存じまする!三木自綱殿、心より殿のお申し出を御受けになり、願ってもないご縁とお喜びでございましたとし使者が戻って報告する。

で、婚儀はいつ?と安高が聞くと、本年雪の来ぬうちにと…、追って仔細は三木家より使者差し向ける由にございますと使者が答えたので、大儀であったと安高は労をねぎらう。

殿!ご婚儀成立、執着に存じまする!と樫尾を始め家臣たちが頭を下げ、安高は得意満面の笑顔になり、立ち上がると、皆のもの、姫も三木も、もはやこの安高の者じゃ!と自慢する。

部屋から出た安高…、実は杏之助は、お供の者に下がっておれと所払いするとほっとした顔に戻り、近づいて来た樫尾と篠村は、でかした、でかした、殿ご病気の為の代役、誰一人怪しむ者はなかったぞと杏之助をねぎらう。

良いか二宮、これは褒美をかねてじゃが、最後の試しがあるぞ、今宵な…と意味有りげな薄笑いを浮かべて来る。

夜、安高に成り済ました杏之助の部屋にやってきたのは浦路で、篠村様の御指図で、殿と小萩殿の臥所の睦言、戯れ、もれなく伝授せよとの事であったと伝える。

小萩とのと申せば、殿の御愛妾の?と杏之助が聞くと、今は殿のご寵愛も冷め、ここの所、小萩とのにはお触れ遊ばされぬ…、久しぶりの殿のお声掛かり、燃えて大変でありましょう、男の冥利に尽きる方じゃ…と言い、笑う浦路に、私にはそんなことで来ませんと杏之助は狼狽する。

ここが殿の御寝所じゃと浦路は襖を開けて見せ、殿もご承知のことじゃ、さ、見破られぬようにな、良いか、まずこうして背後からこう抱き寄せになる…と実演を始める。

震えているな…と浦路は笑いかけ、そう驚かなくても良いではないか…、案外初心じゃのう…と言う。

その後、浦路に連れられ寝所にやって来た小萩は、殿、照姫様とのご婚儀のこと、おめでとうございます…と祝福の言葉を言う。

隣に待機した浦路は、行灯を吹き消すと、わざとらしく咳をして安高に成り済ました杏之助に合図を送る。

杏之助はその合図でわざと強気になり、掛け布団をめくり、さあ来い!と呼びかける。

小萩は隣の浦路を気にしながらも、背後から、小萩!と良いながら抱きしめて来た杏之助に、殿様、どこかお悪いのでございますか?震えて…と小萩は聞いて来る。

杏之助が風邪を引いたのかも…、少し寒気がするとごまかすと、殿様…と小萩はしがみついて来る。

随分長い間、お見限りでありました…と小萩は恨み言を行って来るが、殿!今宵及び下さいましたね、うれしゅうございます!と抱きついて来る。

しかし杏之助が何もしないので、殿、本当にどう遊ばされたのでございます?と小萩が不満を漏らすと、又隣の部屋から浦路の咳が聞こえて来る。

杏之助は、許せ!と言うと小萩にキスをし押し倒す。

これからはもっと可愛がってやろうぞと杏之助が言うと、うれしい!と小萩はしがみついて来る。

(三田谷城と高堂城から小鷹利城へ軍勢が動く様を図示しながら)池本安高、広瀬宗城の同盟軍は疾風のごとく飛騨を席巻、最後に抵抗する小鷹利城に迫った。(とナレーション)

良いか?宗城、わしは正面から突っ込む!と安高が言うと、誉れあろう!と離れた広瀬は、まずは火矢を放ち、それを合図に安高は自ら軍勢を率いて走り始める。

進め!者ども!と士気を鼓舞していた安高だったが、左目に敵の矢を受けて落馬してしまう。

安高を抱えた篠村たちが崖下に避難、そこで待機していた三番、杏之助に兜を脱がせる。

そして傷ついた左目に黒い布を巻き、安高の兜をかぶり、安高に化けさせられる。

良いな、平然としておれよと篠村は命じる。 その篠原とともに、地上に杏之助が出ると、殿は無事だぞ!と家臣たちは喜ぶ。

それを馬上から見た樫尾も、おお、殿はご無事であるぞ!と喜び、者ども!世は健在なるぞ!と馬に股がった杏之助も叫び、家臣たちの志気も上がる。

目をやられたのか?と広瀬が近づいて来るが、大した傷ではない、者どもいくぞ!と杏之助は鼓舞する。

その夜、三田谷城では勝利の宴が行なわれ、安高の武勲が酒の肴になる。

しかし、当の安高は、寝所で目の傷にもがき苦しんでいた。

小屋の中で、囲炉裏を囲み他の2人の影たちと酒を飲んでいた杏之助だったが、桑野が、3人で酒を飲んだってちっとも巧くない、俺もみんなの所で騒ぎたいよと、外から聞こえる酒宴の騒ぎを聞きながらぼやくと、杏之助は、とうとう本物の影になってしまった…と愚痴る。

そうよ、お前は今日の働きで二度とその顔では表に出られんぞ、今日からは二宮でもない池本安高でもない、そうよ、影よ…、そこに写っている影と同じだと桑野はからかう。

でもな、金はきっとたんまり出るぞ、俺にはいくらくれるかな〜としゃべっていた桑野だったが、おい、石原、何をそんなに渋い顔をしてるんだ?と先ほどから1人無言を貫いていた石原に聞く。

すると石原は、この俺は怖いんだ…と言うので、何が?と桑野が聞くと、石原は杏之助が横に置いていた眼帯代わりの黒布を見る。

それを手に取った杏之助は、まさか!と気付く。

そんな…と桑野も気付くが、石原は、嫌だ、俺は嫌だ〜!と怯え始める。

そこにやって来たのが篠村だったので、3人の影たちは居住まいを正す。

目出たい勝ち戦だ、大いに飲もうではないかと篠村は破顔して同席するが、影たちの表情は固かった。

二宮良くやってくれた、遠慮するなと篠村は酒を酌んでやり、この勝ち戦で飛騨統一の理想も達成された、みんな、殿に御加増を願ってやるぞ、遠慮せず飲め!と篠村は言う。

3人が喜んで酒を空けた所で、所で殿はこの度の合戦で左の目を潰された…、影武者であるお前たちも当然これに従わねばならん…、それでこそますます殿のお役に立とうと言う者じゃと篠村は言い出す。

殿のお手当がすみ次第、道阿弥殿がお前たちの手術をしてくださる。

この酒には若干のしびれ薬が入っておる…、それだけ飲んでおれば痛みも大したことはないであろう…と篠村は打ち明ける。

これも出世の糸口…、ありがたいことではないか…と篠村は苦笑いしながら立ち上がると、目くらい何だ、1つ潰しても、もう1つ残っておるわと笑いながら小屋を後にする。

石原は、俺は嫌だ!と叫ぶと立ち上がり、桑野が止めるのも振り切って小屋の外へ飛び出して行ってしまう。

ふ…、所詮は猿楽者にふぬけ…、だがあいつ、逃げ切れるかな…と桑野は石原は呟く。

石原は夜道を逃げようとしていたが、やがて影に気付き立ち止まると、そこには篠村が待ち構えていた。

囲炉裏端に戻った桑野は、逃げたかな?どうしたかな?逃げたな…などと石原のことを気遣いながらも、恐怖心を忘れるため無理に酒を飲む。

すると杏之助も俺も嫌だ!と立ち上がったので、金なんかもういらん!おい、逃げようと桑野も立ち上がると、行李から衣装を取り出そうとするが、そこに、嫌だ!俺はもう影武者なんか嫌だ!と言う石原の声が近づいて来る。

そして、中の2人の者、良く見るが良い!おのれの使命を忘れた裏切り者の末路を!と言う篠村の声が聞こえたので、部屋の中で固まっていると、桑野!二宮!開けい!ええい、何をぐずぐずしておる、開けい!と呼ぶ声がする。

桑野が恐る恐る戸を開けて外を見ると、そこには木に縛られた石原がおり、見ろ、裏切り者はこうなる…、それとも影の二番、おとなしく服従するか?と篠村が聞くと、嫌だ!もうこんな偽者の暮らしは嫌だ!と石原は拒否する。

百姓でも良い!雑兵でも良い!俺は石原庄作の暮らしがしたいんだ!と叫ぶと、その場で篠村は斬り殺してしまう。

良いか!お前たちはもはや一歩たりとも逃れられんぞ!と小屋で震える2人の影に篠村は言い放つ。

朝に日輪、夜に月のある限り、この影のように生きるんじゃ!と篠村は地面に落ちた月光の影を刀で指して言う。

嫌ならば、石原のごとく闇の世に行くだけじゃと篠村は脅す。

小屋の中で2人落ちひしがれていると、そこに樫尾に連れられた道阿弥(尾上栄五郎)と篠村が入って来る。

桑野、参れ!とつい立てを立てた樫尾が呼ぶと、桑野は酒をあおってその奥へ向かい、ここへ座れと命じられる。

次の瞬間、桑野の絶叫が聞こえたので杏之助は思わず目をつぶって身を強ばらせる。

その後も、我慢せい!と叱責の声と桑野のうめき声が聞こえるので、杏之助も恐怖心から逃れようと酒をがぶ飲みする。

続いて、二宮、立て!それでも武士か!と篠村が呼んだので、杏之助も恐る恐るつい立ての背後に向かうが、そこには血まみれのメスを火であぶって消毒する道阿弥の姿があった。

やがて杏之助も目をえぐり出される。

床に寝かされた杏之助に、明日より20石加増して遣わすと樫尾が告げ、ありがたきお言葉じゃ、この果報者めがと篠村が言う。

その後、雑兵どもが寝入っていた城内に火矢が打ち込まれ、敵襲だ!と騒ぎが起こる。

ホラ貝が響き渡る中、誰の手勢じゃ?と両脇を家臣に支えられながら廊下に出て来た安高に、樫尾が宗城めが裏切りましたぞ!木戸は既に打ち破られ、大津門に乱入しておりますと報告する。

おのれ!宗城め!と安高は悔しがるが、そのホラ貝の音で、小屋で寝込んでいた桑野と杏之助も起き上げる。

あれは何だ?どうしたんだ?と2人が話し合っている所へ、夜襲じゃ!広瀬宗城が裏切った!早くしろ!こんな時しか殿の役に立つ時はないぞ!と篠村がやって来て、苦しんでいる2人を無理矢理立たせて、衣装を着せようとする。

戦に出て行こうとする安高を、殿!なりませぬ、ここは一つ、お忍びで!と家臣たちがなだめ、密かに逃がそうとするが、安高は、このまま逃げては安高の名折れ!おのれ宗城!と抵抗する。

なりませぬ!と家臣たちから押さえつけられる安高を目撃した小萩は、殿!と呼びかけるが、その目の前の柱に火矢が突き刺さり、女どもは広瀬の軍に捕まってしまう。

城内に乱入して来た敵軍に樫尾も斬られてしまう。

安高は必死に抵抗しようとするが、そこに駆けつけた杏之助は安高を抱え、篠村は、二宮、殿を頼む!落ち行く先は桜洞城じゃ!森の中に抜け道がある、早う行け!と指示を出す。

杏之助と安高が去ると、桑野!殿の代わりに討ち死にせい!と言い兜をかぶせる。

嫌だ!金なんかもういらん!と桑野は抵抗しようとするが、その場で篠村が槍で突き殺してしまう。

安高はいたか?と近づいて来た広瀬は、ふらつきながら姿を現した桑野を見て、家来たちに矢を射させる。

桑野は無数の矢を射抜かれ絶命、手にしていた金袋を落す。

その金袋から金がこぼれ出す。 その哀れな桑野の死を見た杏之助は愕然とするが、とりあえず安高を抱えて逃げ出す。

森の中で抱えていた安高を降ろし、一休みした杏之助は、ひとまずここまで落ち延びれば…と語りかけるが、左目を失った安高の顔を間近で見た杏之助は思わず目を背ける。 すると安高が、斬れ!この腕を斬れと命じて来る。

杏之助がためらうと、俺が命じる、斬れ!これで…、早く斬れ!と自らの刀を差し出し言うので、杏之助はその刀を抜き、安高の左腕を根元から切断する。

恩賞を取らす、わしを助けて三木の城へ…と安高が言うので、杏之助は自分が来ていた狩衣を脱ぎ安高に掛けようとする。

すると、痛い!何をする!と突き飛ばした安高だったが、水!水を持て!と訴えて来る。

側に小さな滝があったので、その小川から水を汲もうとした杏之助は、そっと左目を押さえていた布を取り水に写して見ると、えぐられた左目が確認できた。

自ら口に含み、安高の口に垂らして飲ませる。 やがてむせた安高は何をする!バカ!と突き飛ばし、わしを三木の城へ、桜洞城へ連れて行けと再度命じる。

杏之助は刀を鞘におさめ、安高を抱えて歩き出す。

安高は、無事届ければ恩賞を取らす、加増して遣わすぞと言うので、加増?と杏之助は呟く。

その時何かに躓き倒れ込んだ杏之助は、躓いたものが、自分が投げ捨てた安高の左腕だったことに気付く。

加増して遣わすぞ!と倒れ込んだ安高が言うので、嫌だ…、また加増して腕を斬ろうと言うのかと杏之助は問いかける。

もう嫌だ!と抵抗した杏之助は、何を言う!早く行かんか!と急かす安高に、このまま桜洞城に連れて行けば、俺は又影武者として腕を斬られる!俺はもう嫌だ!と拒否する。

それを聞いた安高は、おのれ!この安高を裏切るのか!と責めて来たので、裏切るんじゃない、俺は元に戻りたいんだ!と杏之助は訴える。

お前のお陰でこうなった!と自分のえぐられた左目を見せた杏之助は、この上腕まで斬らせんぞ!と杏之助は言う。

おのれ!下郎の分際で!叩き斬るぞ!と良いながら安高が刀を杖代わりに起き上がろうとする。

俺を斬ろうと言うのか、お前の為にこんなカ○ワになった俺を?と杏之助は問いかけ、貴様は犬畜生だ!と罵る。

何!と激高した安高は刀を抜いて杏之助を斬り掛かろうとする。

杏之助はそんな安高の腕を取り側の木に押し付けると、畜生!この目を潰し、俺を台無しにした貴様!まだその上に腕まで斬り、命まで取ろうと言うのか!この犬!犬畜生め!と必死に右腕で首を押さえつける。

くたばれ!畜生!くたばれ!と右腕に力を込める杏之助。

やがて安高が握っていた刀を落し、安高は絶命する。

翌日、笠をかぶって身を隠し逃げようとしていた杏之助は、農家の裏に隠れていた浦路と出会う。

二宮殿!殿は?殿はどうなされました?御討ち死にか?と浦路が聞くので、はい!と杏之助は答える。

やっぱり…、万に一つの望みをかけていたのに…と嘆いた浦路が、してこれからいずれへ?と聞いて来る。

はい、広瀬の詮議も厳しい様子、この国を出て、もう一度仕官し、真の侍になりたいと思いまして…と杏之助は答える。

その時、よお、そんなに侍になりたいか?と背後から声をかけて来たのは、あろう事か農民に化けた篠村だった。

篠村様!と仰天した杏之助に、で、殿のご遺体は?と篠村が聞いて来たので杏之助が答えると、やっぱりあれがそうか…、野臥せりが鎧をはぎ取り、御遺骸はカラスの餌食で白骨と化しておった…と篠村は言う。

思わず杏之助は目をそらすが、森の木々が風で騒いでいた。

池本家重代の大烏丸を知らぬか?と篠村から聞かれた杏之助は、はい、これでございます、機を見て御返しもうそうと…と言いながら、しょっていた藁筒を降ろし篠村に渡す。

しかし受け取った篠村は、返す相手がないな…、殿に死なれたんでは…と言う。

すると浦路が、広瀬殿はあれを偽首と見破りましたぞ…と腰を下ろし打ち明ける。

直室のなみに見せたら、脇の下にほくろがないと言ったそうだ…、これは一緒に寝た女子でなくては分からん…と篠村も教える。

あの…、小萩殿は?と杏之助が浦路に聞くと、気にかかりまするか?と浦路はからかう。

篠村は、二宮、お前は見れば見るほど殿に似ておる。おのれを殺し、殿の首を取ったと言い、広瀬の軍門に下る…と言う手もある…と杏之助を見ながら呟く。

恐れた杏之助が逃げ出そうとすると、待て!そう言う手もあると申しただけだとと篠村は、藁に包んだ刀で杏之助を引き倒し留める。

二宮、お前先ほど侍になりたいと申したな?真の侍に?と篠村が聞くので、腰を抜かしたように地面に尻餅をつきながらも、杏之助ははいと答える。

どうだ?侍どころか、一国一城の主になりとうはないか?と篠村は言って来る。

それを聞いていた浦路が、篠村様、では?と察したので、左様…、二宮、お前は今から池本安高じゃ、影ではない、本物の安高じゃと篠村は杏之助に言い渡す。

夜襲に崩壊したと言え、討たれし者は極わずかだ、まだまだ我方には勇猛を持ってなる武士がたくさんいる。

それがみんな落人となって同盟を結びし三木の国中へ落ち延びていよう。

この辺りさえ巧く抜け出すことが出来れば、もうこっちの物だ、国境に兵を集め、堂々と桜が原城に乗り込み、自綱を動かして、今度は三田谷城を奪い返すのだ!と篠村は計画を明かす。

この安高の采配でな…と篠村から親しげに方を触られた杏之助は身をすくめる。

そんな!と杏之助は逃げ出そうとするが、樫尾も医師道阿弥も相果てた…、影武者のことを知る物は、お前とわしの他には誰もおらん…、それ以外におるのは…と言いながら篠村が睨みつけたのは浦路で、身の危険を感じ逃げ出そうとした浦路を、背後から篠村は斬り殺す。

これで、この秘密は2人きりの物となった…と篠村は、頬かぶりしていた手ぬぐいで刀の血を拭って言う。

杏之助も逃げ出そうとするが、逃げるな!二宮!と呼び止めた篠村は、偽者が本物になれるのじゃ、お前はいつか百石欲しいと言ったではないか、それが今度は10万石、飛騨50万石が待っているんだ…と刀を首筋に押し当てながら言い聞かせる。

影武者として目をくりぬかれたお前だ…、その腹いせに贅沢三昧蔵暮らしてみい!と篠村は杏之助の頬かぶりを剥がすと、このくらいの博打が出来なくて、この世に男と生まれた甲斐がないと刀を突きつけて来る。

どうじゃ?巧く行けばこれほど面白い話しはない、嫌なら斬る!と篠村は脅す。

その頃、一夜にして池本も滅んだか…と三木自綱が、堀と定光を前に語っていた。

大手門には次ぎ次と落人が集まり、しきりに開門を叫んでおりますが?と堀が言うと、我らが救うことは広瀬を敵に回すことになる…と美樹は言う。

はてどうする?改めて越前の佐々と手を結ぶか?あるいは広瀬宗城に齢の品を続けて和議を計るか?どうじゃ、定光?と三木は問いただす。

すると定光は、殿!池本はまだ滅亡したとは限りませぬぞと言い出したので、何を言われる?宗城の討ち取ったる安高は偽首との事、されば当の安高殿は何処かへ落ち延びておられると思うが、しかし定光殿、城なき武将に何の価値がありましょうや?と堀が反論すると、真じゃ、城を失いし者に用はないぞと三木も賛同する。

万一、落ち延びて参りし安高殿を迎えて一体どうしろと言われるのじゃ?と堀が聞くと、共に兵を養い、再び安高殿に三田谷城を奪い返させるのでございますと定光は言う。

されば、従来は池本が強国、三木はその下に従う形でござったが、これで三田谷城こそこの桜洞城城の属城となり、又大姪の窮状を助けて奪回すると言えば大義名分が立ち、池本の家臣もその領民も三木の名を尊び、自ずと飛騨は我に従いましょう…と定光は座った眼差しで言う。

おお、なるほど!越後の鬼法師の前を真似るのじゃの?と三木は気付く。

左様、上杉謙信は城を失った幾多の古領主たちを集めて、旧城を取り戻せしため義侠の神将と崇め奉られるうちにいつの間にか私心は謙信になびきましたぞと定光が言うので、なるほど!良し!直ちに門を開いて落人を中に入れい!と三木は堀に命じる。

ええい、知らぬ!私は知らぬ!父は昨日は越前の佐々へ、今朝は広瀬、そして今また元の池本安高殿へ嫁げと仰せられる、品物か何かのように!と照姫(高千穂ひづる)は鏡の前で苛立っていた。

私も人の子、人の心があると言うに…と照姫は嘆く。

定光殿!一体皆は私のことをどう心得ているのじゃ?と照姫が問いただす。 のう、定光殿、お前の返事を聞きたいと照姫は振り返る。

私は町の売女や遊女と同じか? 姫は飛騨随一お美しい…、これは三木ただ一つの宝、ただ一つの武器と心得ております…と鏡に映った定光が答える。

何!と照姫が驚くと、強き者が弱き者を食い滅ぼして行く世の中で、姫こそ城一つ、国一つと取り替えても余りあるお方、されば三木の興亡は姫の使い方一つでござる、少しでも強き国、強き男へ!…、これが殿を補佐する定光の念願…と定光は言う。

それを聞いた照姫は、止めい!私の幸せは一体どうなるのじゃ?ええい、お前の口からはそんなこと聞きとうない!下がれ!と苛立ちながら命じる。

その時、定光殿、ここにおられたか!と言い部屋に入って来た堀は、たった今、安高殿の御使者が参ったぞと定光に伝える。

何!やはり無事でござったかと定光が言うと、貴殿の推察通り、落ち武者に助けられてたった今、三木領の八幡宮に落ち着かれたそうじゃと堀は伝える。

続々と落人が集まり、今や100人を超えているとのことでござると堀が言うと、さすがは安高殿じゃ、拙者が迎えに参ると定光は答える。

将監殿、拙者と姫とで必ず安高の全てを三木の物にしてごらんにいれると定光は照姫の前で言い放つ。

姫、明朝、大手門まで迎えに出られ…と定光が声を掛けると、照姫は、嫌じゃ、会いたければ私の所まで来るが良い!などと言うので、姫!今こそ御家の大事、分別が肝心でござるぞと定光は言い聞かす。

乱世の武将の娘に生まれしは我が身の不運、人形になれと言うなら人形にもなりましょう…、なれど!良いか、定光!人形には心がない!私は障害決して安高殿に心は許しませぬぞ!と言い放ち、照姫は部屋を出て行く。

翌朝、馬に乗った安高に成り代わった杏之助を大手門で定光が出迎える。

門の中で座っていた家臣たちが安高と思い込み、殿!と慕って来て、感激のあまり泣き出す。

どうした?何を泣く!と鞭を振るった杏之助は、皆のもの!必ず城は取り返してみせるぞ!と馬上から檄を飛ばすと哄笑して通り過ぎる。

その姿を見た家来たちは、相変わらずの殿じゃ、全く…と感涙する。

三木と対面した杏之助は、これは池本家重代の大烏丸…、今は何一つ御厚情に報いることもござらんが、これのみ土産代わりに御受け取りくださいと挨拶する。

おお、ありがたく御受け申すと三木は礼を言いながら刀を受け取ると、安高殿、心を安んじられい、婚礼の儀こそ挙げるに至らなんだったが、正しくわしの婿殿じゃ、裏切り者は共に攻め申すぞと言葉をかける。

それを聞いた杏之助は、いや、広瀬は裏切ったのではない、最初から敵であった。

隙を見せたこちらが悪いと言って苦笑いするので、さすがは飛騨の安高殿じゃ、既に宗城めをないがしろにしておられると三木は感心し、愉快そうに笑う。

その時、背後に控えていた篠村が、殿、姫君と我殿との御婚儀、早速執り行ってはいかがでございしょう?と進言する。

これは又急なことじゃの…と三木が戸惑うと、宗城めがこの混乱につけ込みお城を狙っております。

一刻も早く御婚儀を挙げ、御両家の和睦を四辺に示すのが肝要かと存じますと篠村は答える。

その時、御待ちくだされ!と声をかけたのは定光だった。 お説ごもっともでござるが、今成すべきことは共に兵を養い、一日も早く三田谷城を奪い返すこと、婚儀はその暁に三田谷城でゆるりと致されては?…と定光は提案する。

それを聞いていた杏之助は、篠村!婚儀は三田谷の城を取り戻してからにせい!それまではこの安高に価値があるとは申されんからの…と自嘲気味に命じる。

それを聞いた三木が、いや、そんな!…と言い訳しようとすると、姫の美しさに釣られながら、その方がこちらも奮戦のしがいがあるわと杏之助は答え、哄笑する。

篠村は、ところで、姫君は?と問いただす。 天守閣から飛騨の山々を見た照姫は、安高殿、何をそんなにしげしげと…と、背後で自分を見ている杏之助に問いかける。

いや…、姫こそここで何を?と安高が聞くと、ここは1人で物思うには良い所…と照姫が言うので、何を言う、姫ほどの美しい女が悩むことなどないであろうに…と杏之助が近づくと、ござります、顔も知らぬ、言葉も交わしたことのないとの御に嫁がねばならぬこの身、女としてこれ以上の悩みはございませんと照姫は打ち明ける。

それを聞いた杏之助は、すまん、さぞわしが憎かろう…、醜い片目で粗野なこの安高が…と身を遠ざける。

すると照姫は、これは又どうしたことか?武勇の誉れ高い安高殿らしゅうもないおっしゃりよう…と不思議がり、急に高笑いすると、これが飛騨の王者安高殿、まだ見ぬうちはどのように大きく荒くれた殿御と思うたに…、他の殿御と変わらぬ…、でもその優しい片方の目が天下を睨み、その手が大きく広げた鷲のように何でも欲しいものをむずと掴む!この私も!安高殿、私はあなたがうらやましい…、私は男と生まれたかった…と告白する。

この誇り高くそびえる峰のように、天下をこの手で握りたかった!と窓から外を見て照姫は言う。

それに対し、安高は、男は修羅の道だ、それを知らぬが何よりの幸せかもしれぬぞと杏之助が言うと、いいえ、存じております。強い者が勝ち、弱い者が滅びる…、どの世界も同じ事…と照姫が言うので、そうだ、わしは勝ちたい!勝ちたいんだ!と安高は答える。

争われるが故、女の心を捨てた私は、あの峰のように高くそびえる殿御の元へ行くだけじゃ…、誰でも良い、飛騨の王者の元へ…と照姫は言う。

それを聞いた杏之助は、良し!俺が飛騨の王者になってやる!なりきってやる!そして美しい姫の心をかっさらってやる!と宣言する。

それでこそ安高殿じゃ、噂に聞く飛騨の安高殿じゃと照姫は愉快そうに高笑いする。

三木城内で剣の稽古をしていた家臣の前に出て来た杏之助は、皆のもの!いよいよ出陣の時が迫ったぞ!用意は良いな?と呼びかける。

しかし、篠村さんが、出陣は来春と申しておりますが?と1人の家来が言うので、何?バカを言うな、この秋までには必ず三田谷城を取り返すのじゃ!と杏之助は言う。

その時、篠村が近づいて来て、いや殿、まだまだ我方にはその力はありませぬと言うので、馬鹿者!おめおめ春まで待って、この安高の顔が立つか!秋までに出陣じゃぞ!と杏之助は鞭を振るって怒ってみせる。

篠原は杏之助と2人きりになると、馬鹿者は貴様じゃ!出撃の時期が敵に漏れたらどうする?と小声で叱って来る。

照姫欲しさに慌てるな、安高振りが板に付いて来たが、あまり良い気になると山猿の地金が出るぞと篠村が注意した時、篠村に会いに来たのは、杏之助の兄の竜平だった。 弟は?と聞く竜平に、おるぞ、わしに付いて参れと答えた篠村。

おやじは野良で倒れてそのままぽっくり死んじまったし、わしもふつふつ百姓仕事が馬鹿らしゅうなって…、弟が少しでも出世していたら何でも世話してもらおうと思いまして…と竜平が言うので、二宮はたいそう出世をしおったと篠村は教える。

本当ですか?と竜平が喜ぶと、奴は殿様になりおったと篠村が言うので、え!と驚くが、それを知られらからには…と言いざま、いきなり斬り付け、井戸に転げ落ちた竜平に、生かしてはおけんのだと言いながら、石を投げ落す。

室内で弓の稽古をしていた杏之助は、父親が死んだことを篠村から教えられ驚愕する。

その者は下賤の輩、殿には関わりなき者と存じますと篠村が言うので、そのまま帰したのか?と聞くと、いいえ…と篠村が言うので、では貴様!と杏之助が気付くと、仰せの通り、二度と来ぬようにしたまでのこと…と篠村は平然と答える。

何!と杏之助は動揺するが、御主君安高なら甘い考えに心動かさぬはずじゃ!と篠村が叱責すると、無言で藁人形に向かって杏之助は矢を射ると、弓を捨て、わしは真の安高だ、今日限り人形ではない!操り師はいらん!と言い放つ。

殿!と諌めた篠村は、無頼の数々も飽き飽きしたぞ!2人で首をくくられようじゃないか?と下村は迫って来る。

すると杏之助は篠村の顔を鞭で叩き、馬を引け〜!と叫ぶと場外へ出かけて行く。

馬を走らせていた杏之助に、殿〜!と声をかけたのは小萩だったので、驚いた杏之助は馬を止める。

殿!会いとうございました!と小萩がすがって来たので、無事であったか…と杏之助も安堵する。

久々に抱き合った杏之助は、障子を開け、獅子脅しのある庭を眺めながら団扇を使う。

そこに近づいて来て抱きついた小萩は、やっぱり生きていて良かったと喜ぶ。

やっとの思いでお城を抜けて、厳しい詮議の目を逃れて、何だか夢のよう…と小萩は慕って来る。

何故、三木の城に訪ねて来なかった?と杏之助が聞くと、でも、殿は照姫様と…と小萩は言いにくそうに答える。

うん、三田谷城を取り返すにはどうしても三木の助けがいるのだと杏之助は答える。

その時、まじまじと小萩が自分を見つめている事に気付いた杏之助は、どうした?何をそんなに見つめるのじゃ?醜くなったわしがそんなに珍しいか?と杏之助はとぼけると、いいえ、やっぱりあなたは安高の殿ではない!と小萩は言い出す。

何!と杏之助が驚くと、私はうれしいのです、殿様ではない、あのようなあなたに会えて!と小萩は笑顔で言う。

狼狽した杏之助は立ち上がり、何を言う!たわけたことを言うな!と叱責すると、人目を気にして障子を閉める。 いいえ、あなたが安高様でないことはとうから分かっておりましたと小萩は言う。

脇の下のほくろのことを…と小萩が言うので、バレたと感じた杏之助は床の間に置いてあった小刀を抜いて迫るが、御待ちになって!御顔立ちがどんなに似ていても、肌身を許した女を欺くことは出来ません!あなたに殺されることは本望でございますと小萩は覚悟を決めたように言う。

殿様は私の身体を玩具にするだけ、貴方様は最初から大切なもののように私を愛して下さいました!と小萩はうれしそうに語る。

そのときから私は、名さえ知らぬ貴方様を御慕いしておりました… そんな小萩を背後から抱きしめた杏之助は、小萩!わしは殿ではない、二宮杏之助と言う影武者であった、お前だけがわしを人間として扱ってくれたと打ち明ける。

俺はうれしい!と杏之助が言うと、私も!と小萩は抱きついて来る。 二宮…杏之助様… もう御城に帰らないで、このまま他国へ行って静かに暮らしましょう…と小萩は提案する。

どんなに貧しくても2人だけで…と言う小萩の言葉を聞いていた杏之助の表情が変わる。

そんな相手の変化に敏感に気付いたのか、身体を離した小萩は、杏之助様…と呼びかける。

杏之助様!ね?お願い!とすがった小萩だったが、それを振り払って立ち上がった杏之助は、ダメだ!俺を見ろ、この姿!これを見ろ、一画の侍大将になる為に、目をえぐられても忍んで来たのだ! 俺が今城の主!手を伸ばしさえすれば…、男としてそれを望まん者が1人としてあるか?と杏之助が言うので、いいえ、偽りの道を歩けばいつかは滅びます!いつかは…いつかは…と小萩は言い返す。

いいや、俺はきっと大物になってやる!と杏之助は言う。

もう人形ではない、飛騨の王者になってお前を迎えに来る!小萩、それまで忍んでおれよと言い残し、杏之助は帰って行く。

待って!杏之助様!と追いすがる小萩。

小萩、この秘密を漏らせば俺の命がない、必ず他言するではないぞと言い聞かせる。

はいと答えた小萩だったが、でも杏之助様!行かないで!行かないで!と小萩は泣いて離そうとしない。

必ず迎えに来る、その日まで…と杏之助は言い聞かせるが、小萩は首を振るばかり、許せ!と言ってその身体を押しのけた杏之助は去って行く。

杏之助様!と追おうとする小萩。

その後の戦中、何!谷より城に通ずる間道を埋められた?と、伝令の報告を聞いた杏之助は驚く。

檜戸殿の津雲も?と篠村が聞くと、津雲左馬介殿も攻めあぐみ、裏山からの攻撃を受け苦戦中でございます!と伝令は言う。

何?と考えあぐねた杏之助に、殿!策を御授けくださいと篠村が聞いて来る。

すると杏之助は、良し!わしが戦陣に立つ!と言い出す。

皆のもの!今こそ池本家再興の最後の機会だ!名を惜しむ者は不惜身命!我に続け!と呼びかける。

木の上でその様子を見ていた見張りが、安高殿が突っ込みました!と報告する。

それを聞いた三木定光も、良し、出撃だ!と家臣たちに告げる。

ひるむな!と戦陣を切っていた杏之助は、横を走っていた篠村に矢が刺さったので、大丈夫か?と駆け寄り矢を抜いてやると、かすり傷だ篠村が言うので一瞬考え込む。

そして、次の瞬間、持っていた矢を篠村の首に突き立てる。

篠村が息絶え転がり落ちると、何食わぬ顔で立ち上がった杏之助は、皆のもの!散れ!と命じる。

その後、広瀬宗城の首を取ったと足軽が披露しに来たので、皆のもの、とくと裏切り者の末路を見い!と声を掛けるが、津雲左馬介も布施小四郎も討ち死にしたと知る。

その時、安高殿と言いながら近づいて来た三木定光が、首尾よく奪回、おめでとうござると祝福して来たにで、いや〜、ひとえに貴殿らのお陰…と杏之助も礼を言う。

篠村氏は惜しい侍を亡くしましたな…と定光が言うので、篠村が討ち死に致しましたか!と杏之助は初めて知ったかのように驚いてみせると、もろ首に見事な矢を受けました…と定光は言う。

いや、主なる武将皆討ち死にされた様子…、さぞご心痛でござろうと定光は同情して来る。

じゃが、勝ち戦!皆のもの、鬨を挙げい!と定光は命じる。

えいえいお〜!と鬨の声が上がる中、杏之助は1人ほくそ笑んでいた。

やがて、輿に乗った照姫が三田谷城にやって来て、杏之助との婚礼の儀が執り行われる。

その夜、照姫は杏之助の寝所にやって来る。

杏之助は、その姫に対し、姫!約束通り、安高は飛騨の王者になりましたぞと言う。

この片目で天下を睨み、欲しいものは何でもむずと掴む安高じゃと杏之助が言うと、誰が滅び、誰が栄えようが、私はあくまで人形…、一番強い人が私を操れば良い…と照姫は言う。

笑った杏之助は、何を言われる照姫、今宵より2人は晴れて夫婦じゃ、一つの床に共に睦まじゅう暮らせば、そなたの美しい花にもきっと血が通いますと言いながら抱き寄せる。

その時、突然、三木定光が入って来たので、無作法もの!と杏之助は叱責するが、安高殿、ご苦労!御身の役割はここまでじゃと定光は言う。

この大騙りめ、去れ!と定光が言うので、戯れ言ではすまぬぞ、定光!と杏之助が叱りつけると、大きな口が聞けたもんだ!と言いながら定光は懐から取り出した旗印を杏之助に投げて来る。

その旗には「影の三」の字が書かれてあった。

篠村の屍が握りしめていた…と定光が明かす。

何!と杏之助が驚くと、全てを調べたと定光は言う。

安高殿の影武者二宮杏之助!主君を騙るとは何たる大胆不敵!どう言う意思じゃ!と定光は問いつめる。

しかし杏之助は笑い、わしは安高じゃ!と言い張る。

おぬし、死人に口に事寄せて、謀反を!謀反人になるのはその方じゃ!と言うと、襖を開けながら、誰かおる!出会え!誰かおらんか!と杏之助は呼びかけながら廊下へ出る。

いくら呼んでも、お前の家臣は全てこの屋敷から遠ざけてあると定光は言う。

何!と杏之助が驚くと、城攻めに死者を出し過ぎて手元方の家臣は60!我方は350!この三田谷城は全く三木の属城になり果てたのだ!と定光は教える。

照姫も愉快そうに笑い出したので、お前らグルになって!と杏之助は怒るが、たわけ!真の安高ならあんな下手な合戦をする物か!と襖を閉めた定光は指摘する。

杏之助は床の間の刀を取ると、待て!本来ならのこぎり引田が、命は助けてやらん事はない、おとなしくしておれば、おぬしをこのまま池本安高にしておいてやっても良いぞと定光は言う。

この城を取り返して、飛騨の安高の名はますます高い、安高が君臨する間はそうやすやすと四辺の敵は攻めて来ぬから…、その代わり、1つ聞いてもらいたいことがある。

姫は表向きはおぬしと夫婦だが、実際はこの俺と…と言い、笑った定光は照姫を、本当の所は前から夫婦になっていると言いながら抱き寄せる。

何!と詰め寄ろうとした杏之助を停めた定光は、わしとてバカではない、お前を殺したとて姫が我物になる訳もない。

それよりは名を捨てて実を取る!知恵者のわしにはその方が向いているのじゃ…と定光は勝ち誇ったように言う。

それとも詫びてはのこぎり引きにしてしまうぞ! おとなしくすれば代わりにお前には良い物をやると言った定光が隣の部屋のふすまを開けると、そこにいたのは小萩だった。

殿様恋しと舞込んできよったぞと定光は笑う。

問いただしても吐かぬが、どうやらお前の正体は知っている様子… どうじゃ、俺の言う通り影で終われば2人が睦み合えるよう計らってやる。

良いか二宮とやら、昼はお前が城主で、夜はわしが暗主、2人はここで睦まじく…と定光は提案する。

わしと照姫はあの廊下の端の居間で寝て、朝になったら姫を返そう、どうだ、悪い話ではなかろう?と定光は笑いかける。

おのれ!と杏之助は刀を抜くが、殿!と小萩が止めるので、定光はあざ笑う。

仲が良いな、そうじゃ、殿に間違いない!では安高殿、今宵、安らかに御休みくださいと正座して定光が挨拶するので、何を!と杏之助は斬り掛かろうとするが、それを、気を鎮めて!殿!いけません!どうか!どうか!と必死に小萩が止める。

定光と照姫が部屋を後にすると、力尽きたように杏之助は刀を枕に突き刺し崩れ落ちる。

杏之助様!とすがる小萩を抱きしめた杏之助は、偽者が本物になった時、本当の偽者に突き落とされてしもうた…と嘆く。

いいえ、これで良いのです、安らかに暮らしましょう、例え偽者でも、心は本物よりやすらか…と小萩は説得する。

小萩、この城ではお前1人が頼りじゃ…と言う杏之助に、御気の毒なお方…と小萩は同情する。

もう何も考えないで、ただ生まれて来る子供だけは侍にはしたくない…と小萩が言うので、子供?と杏之助は驚く。

私、妊りましたと小萩は明かす。

俺の子か?と聞くと、小萩はうれしそうに頷く。

俺の子供が生まれて来る、俺とお前の子が!と杏之助は喜ぶ。

俺の子…、安高の子…と言いながら立ち上がった杏之助が廊下へ出て行くので、いけません、杏之助様!御待ちになって!と小萩は止める。

しかし、定光と照姫が抱き合っていた部屋のふすまを開けた杏之助は、人の寝所に踏み込むのは無礼であろう!と定光が叱責して来るが、定光!俺がかったぞ、俺が!とうれしそうに語りかける。

俺の子が生まれて来ると教えると、定光も何!と驚く。

殿!と寄り添って来た小萩を抱いた杏之助は、この安高の子が生まれて来るぞ!と言う。

お前と照姫、わしと小萩のことは4人だけの秘密じゃ、さすればこの館に子供が出来れば、照姫の子として育てるしかあるまい。

この子は世継ぎじゃ!わしは影でも生まれて来る子は本物になるぞ!鷲は勝ったぞ!わしは勝った!と笑い出した杏之助だったが、定光が刀を取ったので、どうする気じゃ?と杏之助が小萩を庇うと、小萩だよ、真にこの男の子を妊ったのか?と定光は迫る。

杏之助の背後に隠れた小萩は頷き、斬ると言うのか?斬ってみろ!俺は何もかもぶちまけてやる!そしたらお前と照姫は一緒になれんぞ!と杏之助はうれしそうに言う。

すると定光も、照姫も既に御身の子を妊っていられると苦笑する。

驚く杏之助に、姫のお子様こそ誠の御世継ぎ、それ以外にお世継ぎはない!と定光は断ずる。

何!貴様の子か?と杏之助が聞くと、左様、表向きは安高殿と照姫様の御嫡男、偽者の子はいらん!と定光は言い放つ。

違う!偽者はお前だ!お前の方だ!と杏之助が詰め寄ると、定光は一刀の元小萩を斬り捨てる。

小萩!と抱き上げた杏之助に、あなたと一緒に…、暮らしたかった…と言いながら、小萩は息絶える。

小萩!とその身体を抱きしめた杏之助は、ゆっくり振り向いて立ち上がると、よ〜し、わしはもう我慢できん!のこぎり引きでも何でもするが良い、もうわしは安高でも何でもない、二宮だ、二宮杏之助だ!と叫ぶと、部屋の外に出て行く。

出会え!わしは安高ではない!二宮だ!出会え!と大声を出すが誰も出て来ない。

御乱心じゃな…と定光が嘲ると、わしはキ○ガイではないぞ!わしは二宮だ!百姓の小倅だ!と喚き続けるので、静かにせいと定光が諌める。

寝所では照姫が愉快そうに笑い、何たる狂気の沙汰じゃ、この城にもやがて次の者が来るであろうに…と冷めた表情になって言う。

つかの間の主の座を巡って何たる醜さ!もっと争うが良い!と言い高笑いする。

出会え!と騒ぐ杏之助の声に家臣たちが集まって来ると、みんな聞けよ、わしは安高ではないぞ!二宮だ、百姓の倅の杏之助だ、安高を俺が殺した!と言うので、殿、御気を確かに!と家臣がすがりつく。

その場に付いて来た定光は、下がれ!殿の隠し女が寝所に忍び入り、わしが斬り捨てた!それ故、殿の御乱心じゃ!と説明したので、違う!こいつが殺したのは小萩だ!小萩を返せ!と杏之助は定光に詰め寄る。

俺は安高ではないんだ!と言いながらその場をうろつき始めたので、御労しや、殿…と定光は同情してみせる。

みんながおるから高ぶるのじゃ、下がれ!と家臣たちを遠ざけようとする定光に近寄った杏之助は、違う!俺は偽者だ!俺が安高を殺したんだ!と家臣たちに言い寄るが、殿!御気を確かに!とみんな案ずるので、ええい、俺は殿ではないと言うのに!と振り払う。

俺は二宮杏之助だ!百姓の子の杏之助だ!と杏之助は、又家臣たちに説明しようとする。

定光は鎮まれ!早う下がれ!家臣たちを下がらせると、良いか?決して殿の御乱心を口外するではないぞと言い聞かせる。

わしは乱心ではないぞ!わしはキ○ガイではないんだ!と杏之助が訴えると、万一漏らせば、目をえぐり、腹を割くぞ!早う下がれ!とサファ蜜は全員追出してしまう。

あ、どこに行くんだ!わしは偽者だ!と杏之助は去って行く者たちを呼び止めようとするが、全員いなくなってしまう。

わしが安高を殺した!みんな聞いてくれ〜!と1人喚き続ける杏之助。

良いか、二宮、お前が落ち込んだ道は生きている限り抜けられんのだ、生ある限り、お前は安高として暮らすのじゃ、さあ、叫ぶが良い、叫べば叫ぶほど罠がますますお前を締め付けて行くぞ…と言い残し、定光が部屋から出て行くので、待ってくれ!と追いすがろうとした杏之助だったが、戸を閉められ、杏之助は無人の部屋に閉じ込められてしまう。

みんな!聞いてくれ〜!聞いてくれ〜!と叫ぶ杏之助は、俺は安高ではないぞ!二宮だ!二宮杏之助だ!そうだ!篠村が知っている!篠村に聞いてくれ、篠村に!篠村!皆に言い聞かせてくれ、俺が偽者だと!と杏之助は壁に写った自分の影に語りかける。

それが影と気づいた杏之助は、反対側の壁に写った自分の影に向い、篠村!本当のことを知っているのはお前だけだ!篠村!と呼びかけながら近づく。

その時、篠村の笑い声が響く。

篠村、どこにいる?お前だけだ、本当のことを知っているのは!言ってくれ! みんな聞いてくれ!俺は杏之助だ、安高ではない!俺は偽者だ、安高ではない…と言いながら、安高の座に座る。

わしは杏之助、安高ではない! わしは杏之助、安高ではない!… わしは杏之助、安高ではない! わしは杏之助、安高ではない!の姿が暗転し、シルエットとなって、白い壁の前に動かなくなる。

やがて座敷牢と化したその部屋に窓の明かりが差し込み、赤ん坊の泣き声が聞こえ、御世継ぎの誕生じゃ!と喜ぶ家臣たちの声が聞こえて来る。

おめでとうございます!執着至極にございます!と祝福の声。

わしの子ではない!わしは杏之助、安高の子ではない!

ああ、御労しや、殿の御乱心はますます高ずるぞ、真の発狂じゃ…

ああ、照姫様が御労しい…

安高ではない、杏之助…

天正13年 酉霜月 三田谷城陥つ(のテロップ)

座敷牢の右隅から炎が少しずつ大きくなる様子。

それから20年…、一気に飛騨を平定せんとした秀吉は、金森光胤をしてこの三田谷城を攻略し、21歳の若き城主池本秀元とこれを助ける大将定光は共に討たれ、首を搔き切られたが、城内の座敷牢から1人の片目の老人が連れ出された。

わしは杏之助、安高ではない!

はたしてこれが先の城主安高であるのか、あるいは二宮杏之助であるのか?

時の流れは既に何の関心も示さなかった…

老人は解き放たれたが、衰弱甚だしく、その日のうちに死んだ…

金森の士卒は、これを城の隅に埋め、影塚と呼んだ…

埋められた男が影武者として生涯を送ったからではなく、大きい岩の影にあったからである(とナレーション)

杏之助が埋められた地面には、小さな石が大きな岩の側に立っていた。


 


 

 

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