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図々しい奴('61)

「眠狂四郎シリーズ」などでも知られる柴田錬三郎原作の小説を原作にした最初の映画化作品。

地方出の貧しい生まれで、学もなく、一見冴えない男が、持ち前のバイタリティと天賦の商才でどんどんのし上がって行く様を、戦前戦後で描いた一種のサクセスストーリーである。

当時はこの手の、今太閤記風の商人サクセスストーリーが流行っており、この作品もその中の代表作の1本だろう。

高度成長期だった当時の日本人たちにとっては、あやかりたい景気の良いファンタジーみたいなものだったのだろう。

この映画は評判になったのか、この後、丸井太郎主演でテレビドラマ化(1963)の後、TV版の主題歌を歌っていた谷啓主演で、東映映画版(1964)が正続2本作られることになる。

ややこしいのは、本作で戸田切人を演じた杉浦直樹が、TV版と東映版では、殿様こと伊勢田直政を演じているので、3つのバージョンを混同し易いこと。

本作では戦前篇と戦後篇を通して描いており、大雑把な流れは、後の東映版正続2本と同じである。

大まかな流れは同じと言っても細部はかなり違っており、一番大きな違いは、本作には、東映版では直政の乳母と言う設定だったお多嘉がもっと若い娘になっており、押し掛け女房のような形でさっさと切人と夫婦になってしまうことだろう。

そのため、女癖が悪かった切人の女性への欲望は早く消えてしまっており、東映版のような美津枝への憧れはないことになっている。

その分、美津枝を追いかけるのは直政になる訳だが、その直政を演じているのはイケメン時代の津川雅彦で、この当時の津川さんの美貌の前では、いつもは二枚目風の役柄が多かった杉浦直樹も三枚目風と言うか、二枚目半的なイメージになっている。

丸井太郎や谷啓が演じた切人を先に見ていると、二枚目風の杉浦直樹が切人など演じられるのだろうか?と疑問もあったが、実際に観て見ると、ちゃんととぼけたキャラクターになっていたので感心した。

東映版が正続2作で描いた内容を1本にしているので、こちらだけ見ると、何だかダイジェスト版を見ているような雰囲気もあるが、こちらが先に作られた作品だけに、原作に近いのはこちらの方だったのではないかと想像したりもする。

逆に言えば、戦前から戦後篇への展開が早く、コンパクトにまとまっているとも言える。

美津枝を演じている牧紀子と言う女優さんは初めて見たような気もするが、調べてみたら、当時、松竹映画に良く出ていた方のようで、ぱっと見、津川雅彦に顔立ちが似ている。

きりっとした凛々しい顔であり、気の強い美津枝役にはぴったり合っていると思う。

しかし、ヒロインとしては、お多嘉役の高千穂ひづるの方が目だっており、冒頭から最後まで出ずっぱりの印象で、杉浦さんとダブル主演のような印象もある。

高千穂ひづるさんが目だっているのは、やはり、当時の松竹での女優としての格の違いと言うことなのかもしれない。

この手のジャンル映画は今ではすったり廃れた印象だが、今見ても十分に面白いのは、単純なサクセスストーリーと、何ごとにもへこたれないバイタリティ溢れる主役のキャラが、いつの時代にも普遍的な魅力を持っているからかも知れない。

ちなみに、キネ旬データの配役欄には、「衛兵司令 渥美清」なる書き込みがあるが、キャストロールにも本編にも、渥美清さんは出ていないと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1961年、松竹、柴田錬三郎原作、飯坂啓+安田重夫脚色、生駒千里監督作品。

昭和4年 岡山

戦地へ出征する兵隊を送る列を追い抜き、岡山駅にひた走る1人の女、お多嘉(高千穂ひづる)は、改札口も素通りして行ったので、駅員に呼び止められ、切符を見せなかったことに気づく。

博多行きの列車はこっち?と切符を駅員に見せながら聞いたお多嘉だったが、その時、反対方向に走り出した列車の窓から、東京で出世して戻って来るからな~!おキミちゃんも達者でな~!とホームの女たちに声をかけていた男こそ、お多嘉が合流して博多に向かうはずだった戸田切人(杉浦直樹)だったので驚く。

見送る女たちは4人おり、駆け寄って話を聞くと、みんな、切人から一緒に博多へ行こうと誘われた女たちだったので、お多嘉は時分が、ここにいる他の女同様、まんまと切人に騙されていた事を知るのだった。

タイトル(線路を走る機関車を背景に)

二等車に乗り込んだ切人は、座席に座った途端、持参した大きなおにぎりを食べ始め、向かいの席に座っていたヒゲの生えた偉そうな兵隊にも勧めるが、迷惑そうに断った兵隊は直ぐに便所に立つ。

その時、後ろの入口から車掌が入って来て、切符の点検を始めたことに気づいた切人は、兵隊が壁にかけて行った軍帽とコートを見て一計を案じる。

車掌が切人の席に来た時、切人は軍帽をかぶりコートを身につけて睨みつけたので、車掌は恐縮そうに敬礼をしてその場を離れて行く。

それを観ていたらしい少し前の席に座っていた美青年が時分の方を見て愉快そうに笑っているのに切人は気づく。

そこに、便所から兵隊が戻って来るが、すでに帽子とコートは壁にかかっていたので何も怪しむことはなかった。(ここまでキャスト、スタッフロールの背景として)

その美青年の前に来た車掌が切符を求めると、青年は切符は持っていない。行き先は東京だが、鐘も持ってない。迎えのものが持っている。着駅払いじゃダメかね?などと言いだしたので、車掌は、さては無賃乗車の常習者だな!と怒りだす。

すると、その美青年は自分の名刺を差し出す。

岡山の伊勢田直政(津川雅彦)と言う男爵と知った車掌は恐縮する。

すると、直政は、君!金を持ってないか?といきなり初対面の切人に声をかけて来る。

不思議そうに近づいて来た切人に、直政は切符代を立て替えておいてもらえないか?と唐突に頼むので、何故話をしたこともない私が?と切人は戸惑うが、君が気に入ったから、君は金を持っていそうだし…などと直政は笑う。

切人は唖然としながらも、先ほどのキセルのことをバラされたらまずいと考えたのか、素直に立て替えますと答える。

同じボックスに座った切人に、直政は、家ではかれいが財布を握っているので、僕は鐘を持ち歩けないのだと説明し、切人は自分も名乗り、名前の由来は、母親が馬小屋で生んだので、学校の先生がつけてくれたものだと説明する。

マリア様は、処女でキリストを生んだと言うが、君の母親はどうなんだい?と直政が面白がって聞くと、おふくろは死ぬまで親父のことを教えてくれなかったと切人は言い、立て替えしてやった代わりに、仕事を紹介してくれないかと頼む。

すると、直政は、君は羊羹は好きか?と唐突に聞き、甘いものはあまり…と答えた切人に、青山に黒屋と言う店があり、僕は今からそこの主人に会いに行くので紹介してやろうと直政は約束する。

ところが、姫路駅に到着した時、乗車して来た姫路警察署長(中村是好)が直政の席の前に来ると、お迎えに上がりました。ご本家の殿様からお連れするようにとのことです。本官もこれで3回目です。あなた様は貴い身分でありながら危険思想の者に資金を提供されたりするのはお止めいただきたい!と告げると直政を連行して行く。

それを観た切人は、立て替えた分はどうなりますか!と訴えるが、別の警官に、何をするか!と座席に押し付けられてしまう。

仕方がないので、東京駅に着いた切人は、青山の黒屋の人はいないですか?と、そこらにいた人に手当り次第に聞き始める。

すると、小柄な中年女性が、自分が黒屋の女中頭ですが…と不思議そうに声をかけて来る。

切人は、実は伊勢田の殿様に頼まれて、そちらで働かせてもらうことになったものだと自己紹介し、当の殿様は姫路で捕まえられましたと話すと、女中頭は困惑したようにその場を離れ、若い女性に何事かを伝える。

その気の強そうな若い女性が、黒屋のお嬢様美津枝(牧紀子)だった。

黒屋に連れて行かれた切人は、職人頭の別家から、羊羹作りの大変さを徹底的に教えられる。

奈良時代に操業したと言う老舗の黒屋は、宮家御用達も受けている立派な菓子屋であり、小豆の選別に10年、火加減に10年、餡練りに20年…などと、全行程を身につけるには45年もかかると聞いて呆れる切人。

一方、女中頭から来客用に切った羊羹を手渡された美津枝は、それを持って応接室に来ていた浅田公爵(東野英治郎)の前に差し出す。

公爵に付いて来た老女藤尾(沢村貞子)は、お殿様は、羊羹は黒屋のものしか召し上がらないくらいこの店のものを好んでおられるのだが、今、熱海の別荘にご滞在中なので頻繁に買いに来られないのですと応対していた黒屋の主人利兵衛(小沢栄太郎)に説明していた。

利兵衛は、そんなことでしたらいつでもお届けしますが…と答えるが、その時は、美津枝様に持たせて下さいと藤尾が注文つけて来たので、美津枝は父親利兵衛に応ずるように無表情に承知する。

三ヶ月後、職人頭の別家の所に、鍋で作ったアンコを持って来た切人は、味見をしてくれと頼む。

別家は味を見て、誰が作ったか知らんが、これは良く出来ていると褒める。

それを聞いた切人は、45年かかる餡作りをわしは3ヶ月で拾得したと得意がったので、新米に嘗められたと感じた別家は、その鍋を床に投げつけて怒る。

黒屋で勤め始めた切人は、小豆袋を仲間の職人長七(山路義人)と友作(福岡正剛)と一緒に運びながら、アンコは女と同じだ。たまに食べると美味しいが、いつも並べられるとゲップが出ると言うと、巧い事言うなと褒めた長七と友作は、今度来た女中はなかなか良いななどと嬉しそうに話しだす。

そんな話には興味なさそうだった切人だったが、その夜、長七、友作の先頭を切って、女中部屋に夜ばいに出かける。

切人が雨戸を開こうとすると、勝手に雨戸が開いたので、脈ありと感じた切人は暗い部屋の中に忍び込むが、布団には誰も寝ておらず、すぐに電気が点いたので戸惑う。

電気を点けた女中の顔を見た切人は愕然とする、

お多嘉だったからだ。

どうしてここが分かった?と切人が聞くと、お多嘉は手紙を差し出す。

それは、店に落ち着いた後、切人がお多嘉に宛てて書いた手紙だったが、その中に、奈良時代から続く菓子屋に勤めたと書いてしまったので、この店が特定出来たのだと言う。

あんたとは末は夫婦になると、ここのお嬢さんにも話してあると言うお多嘉は、そそくさと逃げ出そうとした切人の手を握って、大きな声出すで!と脅し、愛おしそうに抱きついて来たので、切人は、まるですっぽんやな…と呆れる。

しかし、一途なお多嘉は、そんな切人に強引にキスをする。

後日、黒屋の玄関先から車で帰る藤尾を見送る黒屋利兵衛は、美津枝の部屋に来ると、藤尾さんにはお前は病気だと言ってお断りしたと伝える。

美津枝は、そんな父親に、あの公爵はただの公爵じゃないのよ。軽井沢に奥方がいるのと不愉快そうに答える。

浅田公爵は貴い身分の方ともおつきあいがある方だ。この店が皇室御用達、宮家御用達と名乗っておられるためにもお付き合いしていた方が良い。12代続いたこの黒屋のことを考えてくれんか?と利兵衛が言い聞かすと、この黒屋は、羊羹の他に娘も売っているの?と美津枝は皮肉り、嫌です!ときっぱり断る。

美津枝は怒って部屋を飛び出すと、庭先に潜んでいたお多嘉が呼び止めて、何やら耳打ちする。

近くの墓地にやって来た美津枝は、そこで待っていた伊勢田直政と会う。

美津枝が病気で会えないと思っていたらしい直政は、仮病と知って安心すると、本家が話し合って、自分は廃爵と言うことに決まったらしいと耐える。

すると、美津枝は、私をここから連れて行ってと迫るが、直政は、僕たち逃げる必要がないとなだめる。

美津枝がうちの父親があなたのことを何と呼んでいるかご存知?バカ様よと教えると、僕が黒屋の養子になったら巧く行くさ。僕、羊羹好きだから、きっと作る方も巧いよ…などと直政は言う。

あなた、そんなつもりだったの?全くバカ様だわ!と呆れた美津枝は、あんた、男でしょう?と叱りつけるとビンタして帰ってしまう。

後日、美津枝は、羊羹を持った切人と藤尾と共に、車で浅田公爵の別荘にやって来る。

羊羹の箱を持って、美津枝の後に付いて屋敷に入ろうとした切人は、護衛の門番に入っちゃいかん!お前はここで待っとれ!と門前払いをされてしまう。

虫眼鏡でヌードの女が描かれた切手を眺めていた浅田公爵の部屋に1人で羊羹の箱を持って来た美津枝は、直ぐに辞去しようとするが、一服差し上げようと言われたので、やむなく頂くことにする。

一方、切人は勝手に屋敷の庭に忍び込むと、離れの公爵の部屋の様子をうかがっていた。

茶を立ててやった浅田公爵は、この茶道具は「朝風」と言い、先代が明治様から頂いたものだなどと説明していたが、美津枝が茶を飲み終わると、いきなりその手を捕まえて引き寄せる。

驚いた美津枝は抵抗するが、異変が起きたと察知した切人が部屋に飛び込み、何者か?と驚いた浅田公爵の頭を「朝風」の柄杓で殴って壊してしまう。

美津枝を連れ屋敷を逃げる切人を、浅田公爵は、狼藉者!と叫んで護衛を呼び集める。

結局、切人は警察に捕まり入牢させられるが、警察署長(殿山泰司)に呼ばれ、今回の件は、浅田公爵に全治一か月の傷を負わせた暴行罪、器物破損罪、公務執行妨害などに当たるが、身を引き取られると言う方がおられたので放免すると言い渡される。

そこに入って来たのは伊勢田直政だった。

浅田の自慢の柄杓を折ったんだってねと直政は愉快そうに笑いかけて来る。

切人は、あの浅田公爵と言う人はおかしな人だから、一度捕まえて調べた方が良いと署長に申し出るが、もちろん相手にされるはずもなく、そのまま身元引き受け人となった直政に連れられ警察を後にする。

切人は真新しい一軒家に連れて来られたので、そこは、直政が君江と共に新婚生活を送る為に買った家だと推測し、直政をからかうが、勝手口から入って来た人物を見て仰天する。

それはお多嘉であり、この家は、なお雅が自分たちの為に買ってくれた家であり、あんたが新しい商売を始める為にこんなにお金まで頂いたと言うので唖然とする。

三枝子さんを助けてくれたお礼で、もう君も黒屋には戻れないだろうからね。僕も廃爵で財産を分けてもらいm金を自由に使えるようになったんだよと笑う直政に、殿様は金の使い方を知りなさらんな。わしは岡山の生まれじゃが、殿様の家来じゃない、ポンと金をもらったんでは男が廃る。わしにだって自尊心はありますと切人は言い出す。

直政はそうか…、それじゃあ…と渡した金を受け取ろうとするが、それを止めた切人は、そこで殿様、改めて、この金を貸して下さらんか?利息は月に3分、そうすれば、殿様にも月々金が入るし、1年経てば元金も戻って来る。それが商売と言うものですと切り出す。

それを聞いた直政は承知し、しかし、今時、月3分では少なくないか?と冗談を言い、切人と笑い合う。

さらに切人は、殿様も黒屋のお嬢様が好きなのなら、どうして自分の力で奪い取らんのです?それが男と言うもんですぞ!と言い聞かせる。

切人は、直政から借りた金を元に、黒屋から長七と友作も呼び寄せ、一緒に戸田屋と言う新しい菓子屋を作り、人形羊羹と言う菓子を作り始める。

みんなで小原庄助さんを歌いながら愉快に餡を練ると言うアットホームなやり方は、長七も友作もすっかり気に入る。

その頃、お多嘉は、近衛師団の山口大尉の家を訪ねていた。

一方、切人の方は、近衛師団司令部の山口主計大尉(須賀不二男)に直接会いに行き、羊羹の近衛師団への納入を売り込んでいた。

気難しそうな山口大尉は、初対面の業者など相手にせず追い返そうとしていたが、そこに電話が入り、その内容を聞いた大尉は、そうか…、良し受け取っとけと返事をして切ると、貴様抜け目がないな。一体どこで聞いた?家の女房が真珠や翡翠に目がないことを…と切人に聞き、その書類を明日までに書いて来いと命じる。

切人の策略は成功し、あっさり、軍からの羊羹大量受注を手に入れたのだった。

かくして、戸田屋は大忙しになり、あっという間に財を築く。

たちまち金持ちになった切人は、女遊びにふけり始める。

ある日、錦と言う芸者を連れて、熱海館と言う旅館に遊びに来た切人は、入った座敷に、芸者やホステスなど馴染みの女たちが集まっていることに気づき、何ごとかと立ち尽くす。

すると、女たちは謝恩会を開いているんだと言う。

誰がこんなこと思いついたんや?と切人が問いつめていると、私よと言いながら入って来たのはお多嘉だった。

女房にはめられたと悟った切人は、テーブルをひっくり返して、バカも~ん!と癇癪を起こす。

結局、お多嘉と2人きりで宿に泊まることになった切人は、やっぱりお前には、何やっても敵わんわと呟く。

しかし、お多嘉の方は、ええのかしら?私たち、こんなに早く幸せになって…と不安がる。

その時、電話が入ったと知らせが来たので、お多嘉が出てみると、それは安次(水島信哉)と言う従業員からで、近衛師団に納入したうちの羊羹が元で、赤痢が発生したらしいと言う知らせだった。

激怒していた山口大尉に詫びに出向いた切人は、一切弁解せず、わしも商人として腹を刺しだしますと言うと、大金を差し出し、それで赤痢になった兵隊さんたちに薬や果物を買って下さいと言う。

これには、さすがの山口大尉も唖然とするが、商売で儲けさせてもらった分、人にかけた迷惑は弁償するのが当たり前ですから!と切人はきっぱり言いきる。

すっきりして家に戻って来た切人だったが、待ち構えていたお多嘉が、召集来ました!と言いながら、赤紙を差し出す。

岡山歩兵203連隊本部にやって来たお多嘉は、岡山時代知り合った産婦人科医少尉(高野真二)に、夫を身体検査で不合格にしてくれと頼む。

昔、言い寄って肘鉄を食らわされたお多嘉の願いとあって、斎藤中尉は快く承諾する。

家に帰って来たお多嘉は、身体検査で手心を加えてもらえることになったと切人に報告するが、聞いた切人は、お前、そいつには何もすりゃしめえの?と疑りぶかそうに聞いて来る。

すると、お多嘉が泣き出したので、切人は動揺するが、お多嘉は、あんた、始めてあたしのことを妬いてくれた。嬉しい!と言い、抱きついて来る。

いよいよ身体検査の日が来たので、浮き浮きして出向いた切人は、担当が斎藤である事を確認すると、相手が中尉だと知り、階級上がりんさったんか?と笑いかけ、お多嘉の主人です。肺浸潤辺りでどうでしょう?などと勝手な病名を言ってみる。

あんまりトンチンカンなことを切人が話しかけて来るので、首を傾げた斎藤有馬中尉(諸角啓二郎)は、お前、誰かと間違えとりゃせんか?斎藤三郎少尉なら、昨日、ビルマに転勤になったぞと言うではないか。

切人の方も人違いに気づき焦るが、結局、甲種合格と言うことになってしまう。

がっかりした切人だったが、同じ身体検査場の中で並んでいた直政を発見する。

直政もまた、兵隊に召集されたのだった。

切人が合格してしまったと知ったお多嘉は驚き、面会に行くが、応対した古参兵は、戸田二等兵は、銃後はしっかりしろと言っておったと伝え、鳴り響いている消灯ラッパは、少年兵は可哀想だね~、又寝て泣くのかよ~と言う風に吹いておるんですと説明する。

入隊した切人と直政は、上官から、爪を髪を切って、それを後で全員下士官室へ持って来い。万一輸送船が敵潜水艦にやられた時、それがお前等の遺品となると言われ、暗澹たる気持ちになる。

後日、お多嘉は、切人から、「バナナ食って博多で下痢した」と言う謎めいた電報を受け取る。

しかし、それは、「南方に行くので、博多に会いに来てくれ」と言う意味だと悟ったお多嘉は、すぐに博多へと向かう。

すでに、黒屋も先月の空襲でやられ、一家は離散したと言う話だった。

化粧するお多嘉に、口紅つけたら怒鳴られますがな…と安二たちが案ずると構やしないよ、これが夫婦の最後の別れになるかも知れないんだからとお多嘉は言う。

しかし、博多の宿に着いたお多嘉は、宿の女たちから、切人が乗り込んだ近江丸と言う船は夕べ出航してしまっており、その残骸らしきものが今朝方港に漂着していたので、潜水艦にやられて沈没したのではないかと聞かされる。

愕然となって1人港に来たお多嘉は、海を見つめて立ち尽くす。

その時、お多嘉やないか!と声がしたので振り向くと、そこに近づいて来たのは切人と直政だった。

直政など、早めにどかんとやられて良かったよなどと言う所を見ると、出航してすぐ撃沈されたので、何とか2人だけ泳ぎ着いたらしかった。

どっかで2人きりになりましょうとお多嘉は切人を連れて行こうとするが、そんなことをしたら敵前逃亡になると切人はなだめ、直政も、会うは別れの始めなり…か…、などとのんきに呟く。

ところが、無事生還したことを歩兵連隊に報告に戻った2人は、すでに連隊は全員出動したことになり、ここには報告を受けるべき人間が誰もいないと聞かされる。

取りあえず近衛師団で帰還を確認してくれと言うので、言われた通りに出向くと、お前たちは、3日21時25分、雷撃で死亡したことになっているので、帰還は認められないと言うではないか。

唖然とした切人と直政は、その後も、言われるがまま、西部軍管区本部や小倉市役所に出向いて、自分たちの生存証明をしてもらおうとするが、岡山市役所も焼けてしまっておりらちがあかないと言う。

結局、2人は死んでいることになっているため、食料の配給も受けられず途方に暮れる。

困りきった2人は、軍馬の世話をして、飯を恵んでもらうと言うおかしな生きた英霊生活をやるしかなくなる。

ある日、いつものように、馬係から飯盒に入れたスケトウダラと芋の煮物をもらって、海岸でのんきに喰っていると、対岸で空襲が始まる。

高射砲なんて、60発に1発しか当たらないなどと言い出した切人は、じゃあ敵機に当たるかどうか賭けをしようか?等と言いだした直政の相手をしようとするが、直ぐに銃撃を受けて退散することになる。

馬小屋に戻る途中、周囲の農家がやけに静かなので、2人は不思議がるが、やがて、ラジオの前に集まって泣いている一団を見つける。

それは天皇の玉音放送であり、日本は負けたと言うではないか。

兵隊さんもさぞお辛いでしょうなどと老人から声をかけられた2人だったが、何も戦わずして終戦を迎えた2人は呆然となる。

終戦後、米軍基地の側に出来たパンパンたちの集まる町に、派手なジャンパーを着た切人の姿があった。

彼は、進駐軍の米兵相手に訳知り顔で色々な店を斡旋してやっていたが、英語は全く分からず、相手の顔を見れば大体分かると言うやり方でのし上がっていた。

彼が紹介する店は、黒屋の別家や長七、友作、そしてお多嘉にやらせている翻訳屋、ヌードスタジオ付き貸しカメラ屋、バーなどだった。

夜、かつての仲間たちを集め、その日の売上を計算していた切人は、翻訳屋に本国へ帰った米兵相手の手紙を頼みに来たマリーと言う街娼は妊娠しており、肺病を患っていると聞かされる。

さらに、最近、近くにライバル店が出来たので、売上がどんどん落ちていると知る。

ライバル店を作っているのはみんな同じ経営者らしいと言う。

ドル札を数えていたお多嘉は、珍しく日本円を見つけたので、お守りとしてもらっとくと言う。

実は、切人とお多嘉は、地下室の瓶の中に、戦後の3年間に貯めた大量の金を入れていた。

夜、2人きりになったお多嘉は、伊勢田の殿様、どうしているかしら?美津枝様とも会えずじまいなのかな?あんたも、美津枝様に気があったんと違う?などと思い出話をする。

すると切人は、俺にはお前みたいなお多福が一番ええのやとごまかすが、お多嘉は、私たち、良いのかしら?こんなお金の虫みたいな暮らしをしていて…と、以前言っていたようなことをまた繰り返す。

しかし切人は、わし等がドルを貯めているのも、日本経済にどんだけ役になっているか…などと自己弁護する。

ある日、切人がかねがね、殿様の為のキャバレーを作る予定にしていた土地が、この辺りを最近買い占めている相手に買われ、「レストラン バロン」と言う店の予定地になっていると聞いた切人は、さらに、お多嘉の店のホステスたちも全部その相手に引き抜かれたと聞き、自ら、お多嘉のバーに来ていると言うその相手と対面しに行くことにする。

その男は、カウンターでのんびり新聞を読んでいたが、切人が、おい!貴様!と呼びかけると、葉巻をくわえた顔を見せる。

その男は、何と直政だった。

聞けば、戦後、プリンスやバロンと言う称号に弱い進駐軍の連中は、自分が元男爵だと名乗ると、あれこれ優遇してくれ、駅の進駐軍パスや、肉や野菜を売るライセンスまでくれたと言う。

さらに、進駐軍から、女の子の世話をしてくれと言われたので、全国を回って500人ばかり集め、気がついたら凄い金持ちになっていたと言うではないか。

かつて、切人に言われたように、期限10日、1日10割の利息を取って商売をしたらどんどん儲かったのだと言う。

その話を聞いていた切人は、殿様、ぼっこう品が悪うなったの…と寂し気に答える。

2人の話を聞いていたお多嘉は、美津枝さん、どうしてるんでしょうね?と呟き、切人も、殿様、嫁さんはもらわんのか?と聞く。

しかし、直政は、堅いことを言うな。僕は博愛主義だよなどと言って笑うだけだった。

数日後、良く、別家の翻訳屋を利用していた街娼のマリーが結核と、無理なお産が元で死んだと知り、切人、お多嘉、直政が家にやって来る。

すると、マリーが生んだハーフの赤ん坊がいるではないか。

マリーが、カリフォルニアに帰った米兵から届いた手紙も残されており、それを読んだ切人は暗澹たる思いにかられる。

残された赤ん坊を本国へ送り届ける訳にも行かなかったからだ。

その時、突然やって来た尼僧がその赤ん坊を預かると言いだし、そのマザーに付いて来たもう1人の尼僧を見た直政は愕然とする。

その尼僧こそ、別れて久しい黒屋の美津枝だったからだ。

美津枝の方も、切人や直政と再会したことに驚いたようで、聖書の一分を暗唱した後、悪いことでお金を貯めても、その内、全部パーになると言う意味だと教える。

あなたたちがこんな町を造るから、マリーさんの子のような不幸な子が生まれるんですと睨みつけ、帰って行く。

直政は、そんな美津枝を追って行き、君に話があったんだ。黒屋の羊羹を昔のようにやらないか?切人たちと話していたんだが、君がうんと言えば、僕も今の商売を辞めるよ。養子になっても巧く行くよと伝える。

しかし、美津枝は、私たちは尼になる時、イエス様の嫁になることを約束したの、あなたはやっぱりバカ様だわと睨みつけ、以前と同じように直政をビンタすると去って行く。

直政は、そんな美津枝が落として行った聖書を見つける。

家に戻ってその話を直政から聞いたお多嘉は、気の強いのはちっとも変わらないんだわ…と美津枝の気持ちを察する。

羊羹の話をしたら、ぱちんとされたと言わんしゃったが、てくらい握りんさったやろ?と切人がからかうと、こう見えても、僕は男なんだぞ!と憮然とした直政だったが、その日から直政は、美津枝が落として行った聖書を読むようになる。

翌朝、切人のバーにやって来た馴染みの米兵フィリップ少尉が、何事かを切人に告げて帰って行く。

いつもは、相手の顔を見るだけで意志が通じていたと思っていた切人だったが、その日は、相手の言うことがさっぱり分からなかった。

お多嘉もミッキー大尉が話したことがさっぱり分からなかったと同じようなことを言い、今日はどこの店も全然静かなのよと不思議がる。

その時、面を走る車の音が聞こえたので、ドアを開けて外を見やると、大勢の米兵たちが全員トラックに乗って手を振って帰る所だった。

進駐軍が全員帰ってしまったのだった。

翌朝、超七や友作の荷物がない!逃げたのかしら?とお多嘉が言うので、むしろ、退職金を払わんで助かった…などと切人は負け惜しみを言う。

私たち、殿様と3人きりになったわね…と呟いたお多嘉は、3年間貯めて来たこのお金をどうする?何に使う?と地下室の瓶を前に切人に聞く。

何かばかでかいことにでも使おうか?と切人は笑うが、そこに帰って来た直政は、ハーフの赤ん坊を抱いていたので驚く。

聞けば、拾ったのだと言う。

その赤ん坊だけではなく、パンパンたちが捨てて行ったハーフの子があっちこっちにうようよいると言うではないか。

切人とお多嘉は、町の残されたハーフの子たちを集めて寝かせてやることにする。

こっちはどうなるんだ?と切人は戸惑う。自分たちの寝る場所さえなくなったからだ。

ずっと聖書を読みふけっていた直政は、美津枝さんの教会に預けようと言い出す。

でも、あそこは赤ん坊だけだぞと切人が言うと、保育園を造れば良いんだよ。地下室の金で…と直政は言い出す。

気は確かか?殿様!寄付したらわし等どうするんじゃ?と切人は唖然とするが、案外ケチなんだなと直政は言い、お多嘉も、あんただったら、あのくらいの金、すぐ稼ぐよ。この子たち、良く考えたら、あんたと同じよ。父親のこと知らないじゃないか。ここで儲けた金はここで使うのが一番良いのよと言い聞かせる。

しかし、切り人は、わしは絶対反対ですら!と首を振る。

その時、寝ぼけた少年が起きて来て、おじちゃんたちいたんだね?どっかに行ったのかと思った…などとお多嘉にすがりついて来るではないか。

それを観た切人は、その後、1人で聖書を読み、地下室に並んだいくつもの大きな壺を見て考え込むのだった。

切人は、貯めた金を全額教会の保育園の為に寄付する決意をする。

ある日、ハーフの子供たちは、町を離れる前に、美津枝が指揮する中、歌を全員で歌い、用意されていたスクールバスに乗って去って行く。

マザーが指示をし、大量の壺がトラックの荷台に積み込まれる。

直政は、保育園の経理をやることになったんだと切人とお多嘉に告げ、美津枝さんに改めて惚れ直したんで、イエス様から取り戻そうと思うと言う。

美津枝は切人たちに、心貧しき友を救いたまえと祈りを捧げ、みんな聖母保育園と書かれたスクールバスの乗って町を去って行く。

行っちゃったわね…、あの子たちどうなるのかしら…と案ずるお多嘉に、例えスポーツ選手や歌手になっていたとしても、地べたを這いずっても生きて行くだろうよと切人は答える。

それを聞いたお多嘉は頷き、あんたみたいに図々しくね…と笑う。

2人はジープに乗って、人気のなくなった元基地の町を去って行く。

兜町

証券取引所から出て来た2人の男(コロンビアトップ・ライト)が、新東電機の株の動向を話していると、空から大量のビラが降って来たことに気づく。

それを拾って読むと、「月の土地売ります。1坪200円より 戸田切人」と書いてあるではないか。

月を自分の物だと考えている!図々しい奴やな〜…と呆れながら、2人の男は飛び去って行くセスナを見送るのだった。


 

 

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