白夜館

 

 

 

幻想館

 

彼奴を逃すな

貧しいながらもつましく生活していた若夫婦が遭遇した事件を巡るサスペンス劇

こじんまりとした作品ながら、誠実に生きようとする妻と、少し臆病そうな夫の仲睦まじさが、じんわり心にしみいって来るような作品になっている。

サスペンス+愛情物語…と言った雰囲気。

志村喬、宮口精二、木村功、津島恵子、土屋嘉男…と、「七人の侍」を連想させる出演陣が出ているのも興味深い。

一見、単純な話なのだが、ご近所の人物たちも巧く話に絡んで、事なかれ主義ですまそうとする若夫婦、特に気の弱そうな主人が精神的に追い込まれて行く様子が描かれているのが面白い。

とかく事なかれ主義に陥りがちな庶民に、警察への協力を啓蒙するような意図も背景にあったのかも知れない。

気の弱そうな主人を演じているのが木村功で、「七人の侍」同様、津島恵子とのコンビなのが嬉しい。

津島恵子の方は、明るく素直な賢夫人を演じていながら、妊娠中と言う設定もあるものの、夫との幸せを守ろうと、利己主義に陥ってしまっている辺りの描写もにくい。

観客は途中から、彼女の言い分に若干身勝手さを感じながらも、彼女をけしからんとは思わない。

女性は本質的に、社会正義などよりも夫や子供との小さな幸せの事しか考えないものなのだろう…と言う、男の勝手な思い込みが混入しているように思えなくもないが、この新妻に同情してしまうような雰囲気になっている。

お節介な近所の畳屋を演じている沢村い紀雄は、かなり若々しく見える。

セリフはないものの、悪役として重要な役どころを演じている堺左千夫も貴重。

痩せた宮口精二は、刑事をやらせても、悪役をやらせても、どちらもハマる人なのだと言うことも分かる。

志村喬の刑事役は「野良犬」などでも有名だが、若々しい新人刑事役の土屋嘉男もはつらつとしている。

運転手役を演じている佐田豊は、黒澤の「天国と地獄」(1963)でも、権藤の息子の身替わりに自分の息子が間違って誘拐されてしまう運転手青木役でも有名。

高架下の一角にある商店街が主要な舞台だが、ここは全部オープンセットになっている。

映画の冒頭部分とラストに、列車が高架線を通過する引きの絵があるが、この列車は、東宝技術部による合成である。

白黒作品と言うこともあり、スタッフロールで「東宝技術部」の名前を見ていなければ、気づかないほどの自然さである。

この時代のミステリやサスペンス劇は、シンプルな中に、当時の庶民の生活や心情などが織り交ぜて描かれているため、今観ても楽しめる物が少なくない。

基本的に予算が少ない日本映画の得意分野の一つと言っても良いのではないだろうか。

ただ、今、一本立てで客を呼ぶような動員力があるイベントムービーではないので、あくまでも、二本立て時代の添え物的な佳品と言うべきかも知れない。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1956年、東宝、村田武雄脚本、村田武雄監督作品。

東宝クレジットに警笛の音が重なり、夜、走り過ぎる蒸気機関車の映像。

通過する貨物車の動きに合わせタイトル、キャスト、スタッフロールが横に移動しながら登場

そんな貨物列車が通過する高架下にある小さな商店街の中の「洋裁とラジオ修理の店 フジサキ」に、若き主人の藤崎哲夫(木村功)が帰って来る。

畳屋の主人(沢村い紀雄)が挨拶して来る。

ミシンを踏んでいた新妻君子(津島恵子)が笑顔で出迎える。

藤崎は、何故か浮かない顔つきで、学生時代の友達にあった。終戦後始めてだよと報告する。

立派になってたよ…、銀行の課長だった…、良い生活しているらしいよ…と藤崎が教えると、笑顔で聞いていた君子の表情も曇る。

君子は、駅前のパチンコ屋さんが持って来て預かっておいたラジオを藤崎に渡すと、巧く修理してくれたら、支店のも全部任せたいって言ってたし、他に蓄音機もあるそうよ…と嬉しそうに伝える。

しかし、一日中鳴らしてるんだから壊れるはずさ…とぼやいてラジオを受け取った藤崎は、君子…、もう1度、就職運動をしてみようと思うんだと言い出す。

何かあてはあるの?と君子が聞くと、ないけど、運動すれば何か見つかると思うんだ…、この仕事も専門と言う訳じゃないし…、来年は子供も生まれるだろう?…と藤崎は沈んだ顔で言う。

今でも生活出来てるじゃないと君子が励ますと、君が稼いでくれるからさと藤崎が言うので、いけないの?と君子が聞くと、子供が出来たらどうするつもりだい?と藤崎は逆に聞き返して来る。

仕事続けるわよ、子供も育てると君子が答えると、それじゃあ、君が可哀想だよ…と藤崎は沈んだような顔で言う。

友達に会って、気持ちが動いたのね?もっと仕事に自信を持って!始めて早々、巧く行く訳がないわよ。2人でコツコツやって行けば何とかなるわ!と君子は努めて明るく答える。

その時、早川の奥さんが、修理を頼んでいたラジオを取りに来たので、真空管を取り替えと来ましたと応対に出た藤崎は、いくら?と聞かれたので、530円ですと答えると、お宅、安いわねと喜ばれたので、サービスいたします!と笑顔で送り出し、店の中に戻って来ると、さっきの話考え直すよ…と君子に答える。

今日、映画を観に行かない?と、喜んだ君子はもらった招待券を出してみせ、自分は届け物があるので…と言う。

届け物だったら、僕が行くよと藤崎が言うと、ブラウスのこともあるので、私が行くわと答えた君子は、映画の最終は7時45分からだと言うので、藤崎は7時20分までには行くよと答える。

店の目覚まし時計は、6時55分を指していた。

君子が出かけた直後、近所の豆腐屋の主人(若宮大佑)が、ラジオの調子が悪いので修理してくれないか?無理を言って悪いけど、7時半からの拳闘の試合が聞きたいんだと持って来る。

豆腐屋が帰った後、入口のカーテンを閉めて、急いで修理をしてしまおうとした藤崎だったが、当然、電燈の球が切れ。暗くなってしまう。

ラジオの電源や、電気スタンドが点いている所を見ると、停電ではなく、電球のフィタメントが切れただけのようだった。

7時7分頃、電気スタンドの灯を頼りに修理を始めた藤崎は、玄関のカーテンに写る人影に気づく。

誰かが店の前に立っているらしく、暗くなった店内には人がいないと思っているらしかった。

何となく、その人影を気にしながら仕事を勧めていた藤崎だったが、ふと目をあげると、煙草をくわえマッチの灯に浮かび上がった表の男の顔が、店内にいる藤崎に気づいたようだった。

藤崎も、カーテンの隙間から中を覗き込んだ男(堺左千夫)の顔を見るが、ちょっと怖い雰囲気だったので、すぐに目線をそらして仕事に戻る。

やがて、向いの周旋家から、男が出て来て、藤崎の店の前にいた男と一緒に帰って行く。

7時半、ようやく直った名塩を持って豆腐屋に持っていた藤崎は、そこで音を出してみて、古関裕而のスポーツ行進曲が聞こえたので、ちょうど金子が戦う拳闘の試合が始まったのを知る。

無理を言ってすまなかったねと謝った豆腐屋が、いくらです?と聞いて来たので、明日で良いですと答えた藤崎は、急いで映画館へ出かける。

その金子戦のラジオ放送が流れる中、周旋屋の店内では、片足に針金が巻かれた主人らしき男が、卓上電話を引き寄せ、受話器を取って110番にダイヤルを回し終え、こちら警視庁!と声が聞こえた瞬間、力尽きて受話器を落とす。

その夜、周旋屋「平和土地住宅社」の周囲に到着した警察車両と野次馬たちで、高架下の商店街は時ならぬ騒ぎとなる。

畳屋の主人も、周旋屋の捜査に来た永沢捜査主任(志村喬)を物珍し気に観ていた。

周旋屋「平和土地住宅社」の店内を物色していた白石刑事(土屋嘉男)は、永沢主任に、引き出しの中で発見した鍵のような者を渡し、ハンカチでそれを受け取った永沢主任は、岡本捜査課長(沢村宗之助)に見せる。

それを観た岡本捜査課長は、これはただの殺しじゃないぞ…と永沢主任に伝える。

警察署に戻って来た、岡本捜査課長は担当刑事たちの前で、麻薬関係だと思う。周旋屋殺しの背後には大きな組織があるに違いないと断定する。

永沢捜査主任が、捜査報告をすると言いだし、犯行時刻は7時10分、貨物列車が通過中の3〜4分の間だったと思われる。

計画的な犯行で、宵の口に店にやって来たのだから顔見知りだと思う。

致命傷になったコルト2発の弾丸を摘出。

神林刑事は、被害者の身元は不明で、半年前にあの土地にやって来たらしいと報告。

白石刑事は、ピストルの発射音や怪しい人を観た者もいないと言う。

それらを聞き終えた永沢主任は、凶器のコルトの出所を洗うことと、目撃者探しから始めよう。あの時刻だから、必ず目撃者がいると思っている。いないはずがない!…と捜査方針を刑事たちに伝える。

翌朝

円タクの運転手松永(佐田豊)が、同僚の車に乗ってアパートに帰って来る。

2階に上がると、小学校に出かける息子2人と出会う。

藤崎さんまだいるかね?と藤崎夫婦の部屋を覗いた松永は、人殺しがあったんだ。あ、読んでますね?と、朝刊を部屋の中で読んでいた藤崎に声をかける。

ちょうど真向かいですね…と、君子が答える。

帰ってからすぐあったらしいですよと松永は言い、一緒に付いて来た松永の妻栄子(東郷晴子)は、奥さん、関わりにならない方が良いですよと忠告する。

松永夫婦が自分たちの部屋に戻った後、君子は、強張っている藤崎の顔を見て、どうかなさったの?と聞く。

7時頃、店の前に立っていた男を観たんだ…。あいつが犯人かも知れない…、警察に知らせた方が…と藤崎は呟くが、そんなことでもして恨みでも買ったらどうするの?私たちさえ黙っていたら良いことじゃないと君子は諭す。

しかし藤崎は、僕もそいつに顔を見られたんだよ…と不安そうに打ち明ける。

その後、2人は一緒に、店に出かける。

「平和土地住宅社」の所に来ると、白石たち刑事が数人いたのが見えた。

畳屋が、その内店にも聞きに来ますよ。えらい騒ぎでしたよ。夕べから何べんも刑事たちが聞きに来ましたよ。ほら、これで3度目ですよと、近づいて来た白石たちの事を藤崎夫婦に教える。

店に入った君子は、どこに立っていたの?その男?と玄関のカーテンを開けながら聞いて来るが、良いよ、そんなの…と藤崎は答える。

その時、藤崎は、足下に封筒が落ちていることに気づく。

玄関の扉の下の隙間から差し込んだものらしかった。

君子に気づかれないように、こっそり中に入っていた紙を読むと、「夕べ見たことをしゃべるな。よけいなことをしゃべると、君だけではなく、奥さんが不幸になるぞ」と書かれていた。

そこに、白石刑事がやって来て、ちょうど真向かいですね。夕べは何をされてましたか?と聞いて来る。

7時ちょっと前に出ました。私が映画に誘ったので…と君子が答えると、昼間、周旋屋に出入りした人を見ませんでしたか?見慣れない男を観たとか…、良く考えてみて下さいと白石は念を押すように聞いて来る。

それでも君子は、ありませんわ。ねえ…と、藤崎に同意を求めて来る。

お帰りになる時、周旋屋はまだやってましたか?と白石が聞くと、私が帰るときは閉まってましたわと君子が答えたので、一緒にお帰りになったんですか?と白石は確認して来る。

藤崎は慌てて、一足違いだったんです。私が戸締まりをしていたものですから…と答える。

白石刑事を君子が送り出している隙に、藤崎は、先ほどの脅迫状を燃やして、足下の床に捨てる。

巧く行ったわ。あの人、お豆腐屋に行ったわ…と言いながら君子が戻って来る。

それを聞いた藤崎は、7時前に出たって言ったね?と君子に聞いて来る。

その方が良かったんでしょう?と君子が言うので、玄関のカーテンを急いで締めた藤崎は、良いから、一緒に出かけるんだ!7時10分の貨物列車が通った時、豆腐屋がラジオを持って来たんだよと藤崎は教える。

7時半までやってたの?と君子が不安そうに聞くと、7時半に拳闘が始まったんだと藤崎は答える。

その頃、豆腐屋で夕べのことを聞いていた白石刑事は、拳闘の試合が始まった7時半に藤崎がラジオを持って来てくれたと聞き、急いで、藤崎の店に確認のため戻るが、店が閉まっていることに気づく。

警察本部に戻って来た白石は、永沢捜査主任に、目撃者を見つけました!修理屋の主人が7時半までいたのに、私には7時に帰ったと言ったんです。嘘をついていると言うことは何かを見ているに相違ありません!と嬉しそうに報告する。

報告を受けた永沢捜査主任は、良し!呼び出し状を出そう!と答える。

その頃、藤崎夫婦は、近所の建物の裏手で佇んでいた。

帰りましょうか?と君子が言うと、刑事がいるよと藤崎が答える。

本当のことを言ったら?と君子が提案すると、ダメだよと藤崎は拒否する。

これじゃ、まるで私たちが犯人みたいじゃない!と君子が言うので、帰るんだ!知りませんで通すんだと藤崎が言うので、そうね、私たちは犯人じゃないんですものねと君子も同意する。

本当のこと言ったらいけないよと藤崎が諭すと、ええ、言わない…と君子も同意する。

商店街のジャリ道を平らにするローラー車がゆっくり走る中、店に戻って来た藤崎夫婦に、畳屋が、さっき、駅前のパチンコ屋がラジオを取りに来ましたと声をかけて来る。

店に入った君子は、何でもなかったみたいね。豆腐屋さんで聞いて来ましょうか?と話しかけるが、そこへ、又白石刑事がやって来る。

なお、お尋ねすることがありますので、呼び出し状です!と白石刑事は藤崎に書類を見せる。

とにかく行って来るよと君子に藤崎が言うと、私も行くわ!行って良いんでしょう?と白石に確認する。

警察署で2人を出迎えた永沢捜査主任は、どんな犯罪でも、協力があればすぐに解決するんですが、皆さん、事なかれ主義と言うか、なかなか協力してもらえないことも多いんです。昨日の事件も宵の口のことなんで、目撃者の1人や2人いると思うんですがね…とぼやいてみせる。

ご主人が店を出られたのはちょうど拳闘が始まった7時半だったはずですが…と永沢が聞くと、時計が止まっていたのを知らなかったんですよ…と藤崎はごまかす。

止ってたんですか?良くあることですねと松永はやんわり受け流し、奥さんはあの晩7時前にお帰りになったんでしたね?その時、時計は止っていたんですか?と聞くと、覚えてませんと藤崎が慌てて否定する。

しかし、明らかに君子は動揺しており、その表情に松永はさりげなく注目する。

重苦しくなった空気を変えるためか、松永は、藤崎夫婦の前に出していた湯飲みの茶を捨て、コンロの上のヤカンから、熱い茶を入れてやる。

夕べは映画に行かれたそうですね?何をご覧になりました?と松永が聞くと、「文無し横町の人々」ですと君子が答えたので、それは私も観ましたよ。良い映画でしたね。ことに最初の部分が良かったと言うと、途中から観たもんですから…と君子は言葉を濁す。

それを横で聞いていた白石刑事は、そっと部屋を出て行く。

もう帰らせて頂いて良いでしょうか?と藤崎が落ち着かない素振りを見せたので、一つ考えてみて下さい。我々に協力することが、どれだけ世の中の役に立つのか…と松永は説得するが、主人は何も観なかったと言ってるじゃないですか!と突然君子が興奮して訴える。

その時、戻って来た白石刑事が松永にメモを見せる。

今調べたら、映画が始まったのは7時45分からです。藤崎さんの証言とは30分の差がありますねと、メモを観ながら松永が言うと、証拠があるんですか!私たちが観ていたって言う!例え、店にいたって、気づかないことだってあるでしょう?私たち、何も知りません!と君子が泣き出してしまう。

興奮した君子をいたわりながら、すいません、妊娠している物ですから…と藤崎は松永に詫びる。

松永は、それ以上聞くのは諦め、ごくろうさまでした!と2人を送り出すしかなかった。

アパートに帰って来た藤崎は、体調を崩した君子を布団に寝かす。

様子を観に来た松永の妻栄子が、お医者さんを呼びましょうか?流産でもしたら大変よと案じながら聞いて来るが、ちょっとめまいがしただけですから…と君子は断る。

そこに、松永が栄子を呼びに来たので、今日はお休みだったんじゃないんですか?と藤崎が聞くと、空車があるって言うんで、遊ばせておくのももったいないんで…と松永は笑って答える。

松永夫婦が帰ると、本当に大丈夫かい?あんなに興奮するんだもの、びっくりしちゃった…と藤崎は君子をいたわる。

でも、これで、もう呼びだされることないわね…、良かった…、幸せを取られずにすんだ…と君子は安堵する。

翌日、とある空地に、警察車両がやって来る。

降り立った岡本捜査課長は、空地で殺されていた男と、その死体を乗せて来たらしい円タクの中の運転手の死体を確認する。

警察本部に戻って来た岡本捜査課長は永沢捜査主任を呼ぶと、周旋屋殺しと同一犯だ。同じコルトで殺されている。被害者は浅草で麻雀屋をやっていた男で、善良なる流しの運転手も殺されていた。顔を見られただけで殺されたんだ…。最近の市民たちは、後のことを考えて協力してくれないからな…、今後、二つの事件本部を合流させると伝える。

その後、永沢捜査主任は、車で藤崎の店の前までやって来てみる。

店内で、藤崎が修理の仕事をしていたので、運転手にエンジンをかけてみてくれと頼む。

エンジンをかけても、店内の藤崎はしばらく気づかないようだったが、やがて、顔を上げて永沢に気づいたようだったので、永沢もようやく車を降り、何だ、いらしたんですか…などと笑顔でとぼけながら、店の中に入って来る。

奥さんはいかがですか?と聞くと、今日は休ませましたと藤崎が言うので、昨日のことがいけなかったんですか?だとすると、私の責任だな…。私の方の病院をご紹介しましょうか?と永沢は問いかける。

藤崎は、お産の時、お世話になるかもしれません…と無表情に答えるが、これを持ってらっしゃい。簡単に受け付けしてくれるはずですと言いながら、永沢は名刺を藤崎に渡す。

そして、今始めて気づいたように、お宅は真向かいですな…。嫌でしょうね、殺人が目の前で起きるなんて…、犯人が捕まれば安心でしょうがね、私どもも責任を感じていますなどと永沢が話しかけて来ので、まだ、私を疑っているんですか?何のためにここに来たんです?と藤崎は聞く。

それが誤解です。今、刑事が向いの店を調べていたのを観たでしょう?我々専門家としてお恥ずかしいのですが、今朝又殺人が起きました。犯人は向いの周旋屋を殺した奴と同一犯です。殺された1人は善良な円タクの運転手です。巻き添えですよ…と永沢が話している所に、隣の「三河屋酒店」の主人が、藤崎に電話ですよと知らせに来たので、それを潮に永沢は帰って行く。

「三河屋酒店」の電話を借りに行くと、電話して来たのは君子で、松永さんが車の中で殺されたの。ただの自動車強盗じゃないはずと知らせて来る。

君子は、周旋屋と同一犯だと言うことはまだ知らないのだった。

本部に戻って来た永沢は、白石を呼ぶと金を渡し、これで果物を買って、藤崎夫婦の様子を観て来てくれ。あくまでもお見舞いと言うことにするんだよと頼む、

アパートに戻って来た藤崎から事情を聞かされ、警察に行こうと思うと聞かされた君子は、嫌よ!必ず仕返しにくるわ。毎日、怯えた生活するなんて…。そっとしといて!今更届けたって、松永さん、どうにもならないわ。この前、警察で言ってたら、松永さんの代わりにあなたが殺されていたかも知れないのよ。私を松永さんの奥さんのようにしないで!約束して!と訴える。

それに対し、藤崎は、分かったよ…、君の言う通りだと従順に答えたので、君子は笑顔になり、お腹空いたでしょう?と聞き、買い物に出かけるから、その間に松永さんにお悔やみ言っといてねと頼んで出かけて行く。

藤崎は、重い気持ちのまま、松永の部屋のドアをノックするが、返事がないので、そのまま勝手に開けて中の様子を見る。

そこには、栄子が無言でしゃがみ込んでおり、隣の部屋では、2人の子供が無心に絵を描いている。

奥さん…、何と申し上げて良いか…と藤崎が声をかけると、観て下さいな。あの人ったら、のんきそうな顔して…と、遺品として届けられた腕時計と免許証の写真を見つめる。

藤崎はいたたまれなくなり、そっと部屋に戻ると、ドアの下から夕刊が差し込まれて来たので、それを取り上げた所にノックの音が聞こえる。

やって来たのは白石刑事で、奥さん、ご病気だそうで…、いかがですか?これは主任からですと果物籠を差し出し、今、表まで来て気づいたんですが、今朝の被害者の運転手と同じアパートだったんですね…、こんなに矢継ぎ早だと、危険な相手ですね…と言う。

それを聞いていた藤崎は、思わず、刑事さん!と呼びかける。

警察署に出向いた藤崎は、永沢も見守る中、犯人のモンタージュ作りに協力する。

良く考えてみて下さいよと永沢が注意する中、目や顎が似た写真を指摘し、それを合成した写真を藤崎は完成させる。

永沢は直ちに、明日の朝刊に間に合わせるように!と部下たちに指示したので、それを聞いた藤崎はちょっと動揺する。

アパートに帰り着くと、食事を作って君子が待っていたので、すまん、すまん!こんなに遅くなるつもりじゃなかったんだと藤崎は謝る。

君子はそんな藤崎に、警察に行ったんでしょう?これは?と言いながら、永沢の名刺を突き出してみせる。

果物籠に入っていたのだと言う。

一緒に行ったんでしょう?と君子が迫るので、留守の間に持って来たんだろう。永沢さんが店に来た時、君の具合が悪いって言ったから…と藤崎は果物籠のことをごまかし、行くもんか、警察なんか…と嘘をついてしまう。

翌朝、街角の新聞売りの店先には、「闇周旋殺しの目撃者現る」と大きく書かれた宣伝札が貼ってあった。

その側には、新聞の間のモンタージュ写真を挟んで確認しながら、犯人が近づくのではないかと白石刑事らが張り込んでいた。

そんな中、町中で、モンタージュの男に近づいて話しかける怪し気な男(宮口精二)がいた。

アパートでは、藤崎が、洗濯物を窓の外の物干竿にかけている君子の側で、モンタージ写真が載った朝刊を読んでいた。

その時、物干竿の片方が外れたので、あなたかけて!と言う君子の声がしたので、慌てて、新聞を上着のポケットにねじ込んだ藤崎はかけに行く。

松永さんの奥さん、一晩泣き明かしたら、すっかり気持ちが落ち着いたんですっててん、偉いわ〜…、私だったら、今日も泣いてるでしょうなどと君子は話す。

大抵の人は妊娠すると好き嫌いが激しくなると言うけど、私はそんなことないわ。うちのお母さんは果物ばかり食べてたので、私は色が白くて華奢なんですって、変よね?などと、屈託なく話しながら朝食を取っていた君子に、今日、休もうよと藤崎は言い出す。

具合でも悪いの?と、事情を知らない君子は表情を曇らせるが、君も休むんだよと藤崎が言うと、だめよ、昨日も休んだし…、急ぎの物があるのよと君子は断り、布団敷きましょうか?と言うので、良いよ、行くよ!と藤崎は折れる。

2人で出かけると、背後から外房にコート姿の男が尾行し始める。

途中で立ち止まった藤崎に、どうしたの?と君子が聞くと、後ろから誰かつけて来てないか?と藤崎は言う。

振り向いた君子が、いないわよ、誰も…と君子は教える。

そんな町内に現れたソフト帽にコート姿の痩せた男が、モンタージュの男と会っていたなどとは誰も気づくはずもなかった。

君子が先に店に入り、藤崎も一緒に入ろうとしていた時、声をかけて来たのがいつもの御節介畳屋で、朝刊に載っていると話しかけて来たので、君子には内緒なんですよと藤崎が口止めすると、分かりました。金輪際話しません。藤崎さん、あんたも用心しないと…、罪もない運転手を手にかけるような連中ですからね…と畳屋は言う。

そんな町内に、永沢と刑事たちも、密かにやって来る。

そこに、チンドン屋がやって来る。

藤崎の店の前で立ち止まり、駅前共栄会の宣伝口上を始めたチンドン屋は、その場で演奏を始める。

そんな中、身体の大きな白塗りのピエロがクラリネットを吹いていたのに気づいた畳屋が、藤崎の元に来ると、これ、似てませんか?とこっそり、モンタージのことを知らせに来る。

そう言われると、ピエロの目つきは、モンタージュの男に似ているように見えなくもない。

藤崎は緊張し、仕事も手につかない様子で、ピエロの様子を観察していると、時折、ピエロは振り返って、ミシンを踏んでいる君子の方を観ているではないか。

気が気でない藤沢だったが、ピエロを注視していたのは、近くで張り込んでいた刑事もだった。

そんな中、何も気づいてない君子が、これを届けて欲しい。もうすぐ寸法取りに来る客があるので自分は行けないのだと言うので、藤崎は、その届け物を持って店を出ることにする。

チンドン屋ももう全員移動していたからだった。

どうやら、ピエロは人違いだったらしかった。

出かけた藤崎の後を尾行するコートの男。

坂道を上っていた藤崎とそのコートの男の間に、太鼓を叩く修行僧が割り込む形となる。

藤崎は尾行に気づいていたので、途中、走り出して逃げる。

1人で店にいた君子の元にラジオを持って来たのは、セーターを着て近所の人間を装っていたが、モンタージュの男と会っていたあの痩せた男だった。

寸法取りの女性に、来週の火曜日に仮縫いに来て下さいと言って送り出した君子は、痩せた男に応対する。

明日の8時頃まで直して下さいと言うので、今、主人がいないので、はっきりしませんが大丈夫でしょうと答えた君子は、帰り欠片男に、どちら様でしょうか?と聞く。

痩せた男は、駅向うの山田ってんですと答え帰って行く。

君子は、黒板に「山田様」と書き込む。

その頃、尾行車をまいて、届け物を終えた藤崎は、帰ろうとして、又、コートの尾行車に気づいたので、後ずさりして逃げようとして、子供用の三輪車に躓いてしまう。

その音で尾行者も藤崎に気づいたので、後を追って来る。

走って逃げていた途中の空地に入り込んだ所で転んでしまう。

そこに駆け寄って来た尾行者は、どうしたんです?藤崎さんと困惑したような笑顔で覗き込んで来る。

あ〜!あなた!倒れ込んでいた藤崎はその尾行者の顔に見覚えがあった。

あんたの護衛係ですよと、その刑事は言う。

警察本部にいた永沢主任は、電話を受け、力なさそうに受話器を置く。

何故、彼らは行動を起こさないんだ?と永沢は呟く。

モンタージュを朝刊に載せたのは、犯人をおびき出す策略だったからである。

気づかれたんでしょうか?と白石刑事が案ずるので、網をかけた以上、待つしかない。白石君、あれと同じだよ…と永沢は、側で刑事たちがやっていた将棋を指す。

万全の方策をして相手の指し手を待っている。互いにその隙を狙っている。我々の場合も同様さ。根比べだね。相手に取って、生かしておけない証人だ。必ず飛び出して来る…。その時だよ!と永沢は白石に言う。

藤崎は、山田と言う客が8時に取りに来るので、修理を急いでいた。

そんな夫のラジオの上に、君子は目覚まし時計を置いてやると、自分は、パンでも買ってくるわと言って店を出る。

その君子にも尾行が付く。

白石刑事も、店の側で見張っていた。

やがて、店の前に見知らぬ男が立ち止まったので、白石刑事も、店内の藤崎も気づき緊張する。

貨物列車が高架の上を通り、その男は煙草を取り出すと火を点ける。

やがて、ごめんなさい!と言いながら、女が男の元に駆け寄って来る。

単なる待ち合わせだったようだ。

その直後、街角で、モンタージュの男から自転車を受け取ったあの痩せた男が店の前に来ると、そのまま自分は店の中に入る。

時間はまだ6時50分だったので、ちょっと早過ぎましたか?と痩せた男が語りかけると、山田さんですか?と気づいた藤崎は、もうちょっとなんですと恐縮する。

山田を名乗った痩せた男は、良く直して下さい。時間のことは良いですから…と言うと、椅子に腰掛けてタバコを吸い始める。

もう随分になるんでしょうね?お買いになってから…と、あまりに状態が悪いラジオを修理していた藤崎が聞くと、山田と名乗る男は、昨日買ったばかりだと言うので、変だと思った藤崎だが、そのまま黙って修理を続ける。

列車が通るとこの辺うるさいんでしょうね?と山田と名乗る男が聞いて来たので、ラジオも聞こえませんよと藤崎が答えると、次の列車は7時10分でしたね?と山田と言う客は確認する。

その時、急に修理中のラジオが鳴りだしたので、山田と言う客は驚いたように顔を上げる。

6時56分頃、直りました!と藤崎が言うと、そうですかと言いながら、吸っていた煙草を床に捨て、立上がった山田と言う客は、銃を藤崎に突きつけ、もう1度直して頂こうと言いながら、自らペンチで、ラジオのコードを切断する。

修理を続けて頂こうと言いながら、もう1度腰掛けに座る痩せた客。

目の前にいるのが殺し屋で、7時10分の列車の通過時の騒音に紛れて撃つつもりだと察した藤崎は焦るが、銃を突きつけられているので、逆らう訳にもいかず、そのまま修理を再開するしかなかった。

そこに、君子が帰って来て、まだですの?すみません、お待たせして!と痩せた客に挨拶する。

藤崎は一計を案じ、君子、タバコを買って来てくれないか?と頼むと、出かけようとした君子に、君子、「光」だよ!と念を押す。

あら、いつも「光」じゃない?と不思議がりながら君子は出て行く。

その間、藤崎は、机の足に付けている店頭看板用のコンセントを、目の前にいる山田と言う客に気取られないように、そっと抜いたり、差し込んだりする。

すると、店の前の「フジサキ」と書かれた看板が点滅を始める。

しかし、見張っていた白石は、永沢主任がやって来て、どうかね?と聞いて来たので、現れませんと応対したため、看板の異変に気づかない。

店の前の自転車は?と永沢が聞くと、客のですと白石は答えるが、客に化けてと言うのも考えられるからね…と永沢は注意する。

タバコを買って戻って来た君子は、看板の点滅には気づくが、さっき藤崎が言った「光」の念押しの事など気にしてないので、そのまま店の中に入ると、玄関のカーテンを閉め、看板の電気、変ね?等と言いながらコンセントを抜いてしまう。

暗闇の中で張っていた永沢は、白石からタバコを勧められると、それをもらいながら、貨物列車は7時10分だったねと確認する。

修理を続けていた藤崎は、何とかこの状況を君子に伝えられないかと、コンロの上で沸騰しているヤカンの近くにいた君子の方をちらちら気にしていた。

藤崎は、修理している大きなラジオの陰になって山田からは見えない机の上に、コードの切れ端を並べ、「ニゲロ」と書いていた。

そんなことに気づかない君子は、夫と客に茶を出すと、何か言いたげな夫に、何?私なら良いわよなどと答え、藤崎の背後に座って本を読みだす。

藤崎は、背後に座った君子の気を引こうと、そっと机の下で、手を振ってみせるが、読書し始めた君子は気づかない。

しかし、しばらくして顔を上げた時に、その合図に気づいたのか、立上がって藤崎の側に近づき、その時始めて、机の上に書かれた「ニゲロ」の文字に気づく。

ラジオの上の目覚まし時計は、7時9分くらいになりかけていた。

始めて、事情を察した君子は、目の前にいる殺し屋から逃れる方法を考え、パンでも買って来ましょうか?と藤崎に聞く。

すると、山田と言う客が立ち上がり、奥さん、お茶をもう一杯、頂きましょうと、左手で湯飲みを差し出して来る。

右手には銃を握っていた。

しかし、君子が玄関のカーテンを閉めてしまったため、外の暗闇にいる刑事たちには中の様子が見えない。

藤崎は、わざと修理中のラジオで雑音を鳴らし始める。

その雑音は妨害電波となって、近所の豆腐屋のラジオの雑音にもなる。

豆腐屋は、まだ、藤崎さんいたな…と思い出すと、息子の健坊(伊東隆)に、藤崎の店に行って来るよう頼む。

健坊が藤崎の店に来て、おじちゃん、又、雑音が酷くなったんだよと言いに来たので、君子が、あのね、健ちゃん…と言いかけるが、背中を向けていた山田と言う客が、後で観に行ってやるからねと答えたので、健坊はそのまま帰ってしまう。

外で見張っていた永沢は、客にしても長いね?と言い出していた。

20分にもなりますと白石刑事も首を傾げる。

その時、貨物列車が近づく音が聞こえて来る。

銃を藤崎に向けていた客は、来たね…と静かに呟く。

藤崎は、何株気になる物はないかと見回し、はんだごてに気づく。

山田と言う客は、健坊が少し開けて行ったカーテンを自分で閉め直す。

その隙に、はんだごてを握った藤崎は、君子をかばうように後ろ手に隠し、後ずさる。

異変に気づき店に近づく永沢主任と白石刑事。

永沢は、店の前を塞ぐように置いてあった自転車をそっと脇に寄せる。

貨物列車が高架に接近する。

その時、近くで見守っていた刑事が、モンタージの男が側にいるのを発見する。

モンタージュの男も気づき、逃げ出そうとして、ドラム缶に蹴つまずいてしまう。

その音で、外の方に山田が振り向いた瞬間、藤崎は店の電気を切ってしまう。

山田を名乗る暗殺者は、暗闇の中、発砲して来る。

列車が通り過ぎ、騒音がうるさい中、永沢たちも店内に銃を向ける。

暗闇の中で、必死に君子を抱きしめる藤崎。

モンタージュの男が苦悶の色を浮かべ周旋屋の店先で倒れると、藤崎の店の玄関から出て来た山田と名乗った男も、道の中央に転がっていたドラム缶の上に倒れる。

そこに、店の中から出て来て近づいて来る永沢主任と白石刑事。

2人とも、今の騒音の中、刑事たちに射殺されたのであった。

「ヘロイン大量に押収、麻薬団一味逮捕 町のラジオ屋さんお手柄!」の文字が新聞紙上に載る。

翌朝、いつものように仲睦まじく、藤崎と君子が店の前に来ると、周旋屋の看板が塗り替えられている所だった。

笑顔でそれを観上げる2人はいつものように店の中に入り、高架線の上をいつも通り列車が通り過ぎて行く。

その列車の動きに連動するかのように、「終」の文字が中央に出て来る。


 

 

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