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わが闘争('68)

女流作家の原作小説をベースにした文芸映画で、松竹映画なのに、東映の佐久間良子さん主演である。

原作を未読なので、映画から受けた印象で想像すると、原作は私小説的な純文学か、そう言う要素を元にしたリアリズムタッチのフィクションだったのではないかと思う。

貧しく、地域でも差別的な扱いを受けていた家の娘が、自分の家の血筋の汚れに悩み、自暴自棄な生き方で身を持ち崩そうになりながらも、徐々に持って生まれた文学の才能を手掛かりに、ひょんな出会いから結婚をし、やがて普通の女性として精神的な安定を得るまでを描いた半生記である。

何だか、プロレタリア文学のような堅苦しいタイトルと言うこともあり、陰々滅々とした重苦しい作品ではないかと言う先入観があったのだが、実際に観て見ると、ごく普通の娯楽映画になっているし、冒頭の長女のエピソードが哀れなだけで、後は、基本的に学がなく、意志も弱い家系の物語と言った感じで、あまり同情するような展開にはなっておらず、文芸的な深みもあまり感じられないものになっていた。

血筋が血筋が…と言っている割りに、単に、努力をせずに貧乏の言い訳をしている怠け者家族にしか見えないのだ。

男好きで淫乱な血筋などと言いながら、娼婦になったのは三女だけで、主人公などは、むしろ身持ちが堅い保守的な女性である。

四女なども、ごく普通の子供であって、特に男狂いと言う風にも見えない。

確かに、旧弊な地方都市で、色々悪い噂を立てられた家のものたちは差別され、チャンスにも恵まれず、肩身が狭い生き方になってしまいがちな事情は分かる。

貧しく、親の意識も低かったので、おそらく、その子供たちはまともな教育を受けられなかったのだろうと言う同情すべき部分もあるのだが、一番分からないのは、諸悪の根源のように言われている祖父の梅毒と、その孫たちとの関連性。

姉妹たちの両親は、いたって普通の人だからである。

父親は戦争で片足が不自由になっただけで、その不幸に家系や血筋は無関係だろう。

復員して来た父親は、その足を理由に真面目に働こうとしない単なる怠け者。

その怠惰な性格が、子供たちに受け継がれているとしか見えない。

梅毒だったと言う祖父だって、この映画で観ていると、普通に、脳梗塞を患い片手が不自由になった老人と言う印象しかなく、長女に知的ハンデがあったと言う以外に、特段この家族に特殊な不幸はないように見える。

長女の死は幼い怜子が喰わせた不衛生な食べ物のせいだろうし、妹が産んだ子供に身体的なハンデがあったと言うのも、特に珍しい話とも思えず、偶然だろう。

つまり、教育がなく、一見粗暴な性格に見えながらも、実は文学の資質を持った主人公が、冷静に考えれば説明がつくことを、全部、血筋のせいにして、自らを殻に閉じ込める窮屈な生き方を送っているだけで、「自分を不幸のヒロインにしたがる一部勘違い文学女性特有の自己愛物語」なのである。

おそらく、この監督もその辺のことは気づいているらしく、深刻ぶっているヒロインが、実は美少年好みと言う通俗趣味から逃れられなかったり…と言う辺りをやや茶化して表現しているように見えるので、この映画自体も、シリアスな文芸ものと言うよりも通俗娯楽に近く、要所要所に挿入される差別用語の多さなどとも相まって、一風変わったトンデモ映画のような印象になってしまったのだと思う。

後半の方の展開など、現実逃避ばかりしていた頭の弱い姉妹同士が自ら招いた悲劇と言う感じで、結婚や出産に対する女性特有の不安があることは知っていても、あまりにも展開が唐突過ぎると言うか、安っぽいメロドラマのようで、これではまるでコメディのようにすら感じてしまう。

原作未読なので、その辺の奇妙な感じが、原作由来のものなのか、この映画独自のものなのか判断は出来ないのだが…

この一風変わったヒロインを演じているのが、東映の佐久間良子さんと言うのも良く分からない。

松竹側からすると、「越後つついし親不知」(1964)辺りの薄幸な女性イメージからの起用だったのだろうか?

前半部分の「流れ星のお怜」を名乗っていたズベ公時代など、暴力描写などをほとんど見せてないとは言え、どう見ても無理があると思うのだが…

後半、怜子と夫婦になる渋川との出会いなども、明らかに茶化している…と言うか、わざとコミカルに描いているとしか思えなかったりする。

この時代、1960年代後半と言うのは、東映以外の映画各社にとって、何をやっても客が来なかった時代だったらしく、会社の首脳たちは自分たちの感覚に自信が持てなくなっており、打開策を期待して若手を積極的に起用するようになっていたらしい。

とは言え、当時の若手監督たちも、本当に興行力を持つ作品が何かなど分かるはずもなく、結局、自分たちが作りたいように作ってみるしかなかったのが本音だろう。

結果、この時代の作品には、良く言えば野心的、悪く言えば意味不明な自己満足映画のようなものが出現し、この作品などもそうした時代の影響が感じられるようにも見える。

この映画の見所としては、そうした佐久間さんや加賀まりこさんの奔放な演技もさることながら、出番は少ないながら、若い頃の中山仁、夏八木勲さんが出ていたり、石坂浩二さんの「専属第一作作品」である(キャストロールにそう書かれている)事だろう。

基本的に当時の松竹映画と言うのは、女性が主役の映画が多かったようで、必然的に、新人男優はヒロインのお相手役みたいなポジションになりがちだったようだ。

そのため、甘いマスクの二枚目風の男優の需要があった松竹では、この時代、竹脇無我さんやこの石坂浩二さんなどと言ったタイプの若手を専属的に確保したかったのだろう。

だが、映画の斜陽もあり、こうした甘いマスクの若手はその活躍の場をTVに移行して行く。

石坂さんなどは、70年代後半の金田一が有名になったことから東宝イメージを持ちがちだが、基本的にはフリーで、若い頃の一時期は松竹で活躍していたと言うことが分かる。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1968年、松竹、堤玲子原作、広瀬襄脚色、中村登監督作品。

昭和14年

川縁に立つ貧しい家々

そんな中の一軒の二階

このわしが悪かったんだ!死んでやる!あの淫売め!

脳梗塞の後遺症か、右手が不自由な堤又士(吉田義夫)は、油を畳に撒き始める。

タイトル

坂道を大八車を引きながらあわてて上る堤又士の姿に、投網がスクリーン一杯に広がるイメージが交互に現れる中、キャストとスタッフロール

一瞬、裸の女が投網を打っている姿が挿入される。

又士は大八車を捨て、坂道を必死に上ると、画面手前で立っていた女の素足の間に倒れ込み、女の顔を見上げる。(ここまでタイトル部分)

土手の上を歩いてやって来る着物姿の女性の姿を見つけた近所の農夫たちが、又、男に戻されて来た!堤の家の気が触れた女じゃ!あんな女じゃ、三日と持たんじゃろ!と互いに噂し合う。

その後も歩いていた女に気づいた4人の幼い妹と弟たちが、秋乃(岩本多代)姉ちゃんや!と嬉しそうに駆け寄って来て、手を引いて貧しい家に連れて来ると、母ちゃん!秋乃姉ちゃんが戻って来たよ!と声をかける。

それを聞いた母親雅乃(野村昭子)は、又、戻って来くさって!もう7回目ずら!へらへら笑って戻って来て!納屋にでも入っとれ!と秋乃を納屋に押し込むと、姉ちゃんに何も喰わしたらいかんぞ!と怜子(秋山みゆき)、時子(寺尾理恵)、美也たち妹と、弟(太田実)に念を押す。

家の中に戻った雅乃は、二階から焦げ臭い匂いがして来たので、急いで上がると、祖父の又士が、堤の家を汚してしもうた!たった一度のあの鬼のような女を買ったばかりに!わしを死なせてくれ~!わしがみんな悪かった~!と叫んび、畳が燃えているいるのを見つけ、慌てて火を消す。

その頃、納屋の藁の上に寝そべって、ツーツーレロレロ、ツーレーロ♪などと歌っていた秋乃の着物からはだけた足には、経血が滴り落ちていた。

母ちゃ~ん、お腹空いた~と養女のように声を挙げる秋乃に気づいた雅乃は、納屋の中に入って来ると、このバカが!いつまで月経など出しよって!いい加減にのうなりゃ良いのに!と嘆きながら、小屋の下を流れている川の水で秋乃の足を拭いてやる。

その間、母ちゃん~、肉喰いたい~と秋乃がせがむので、肉なぞ、この10年間喰ったことねえ!と雅乃は叱りつける。

そんな秋乃の様子を、幼い妹3人は、納屋の窓から興味深そうに眺めていた。

幼い怜子は、道ばたで死んでいる犬の死骸を見つける。

その肉を使って、納屋の中で鍋を作って秋乃に食べさせる怜子。

美味しい?と怜子が聞くと、秋乃は嬉しそうに、美味しいと言いながら、鍋で煮た肉をむしゃむしゃと食べる。

怜子ちゃんも食べなと秋乃が勧めると、私はええ、後でええと怜子は答える。

怜子ちゃん、良いお嫁さんになれるよと秋乃が褒めると、私、お嫁さんなんかなりたくねえ!死んでも嫌!と怜子は答える。

その後、村から出征する兵士を送る列を遠くから眺めていた怜子に、姉ちゃんがうなっとる!と妹が教えに来る。

納屋に駆けつけてみると、秋乃が腹痛で苦しんでいた。

怜子ちゃん…、罰が当たった!美味しいもん喰って、罰が当たった~!と呻きながらのたうち回る姉に、横にしゃがんでいた弟の仙一が、これ見てみい!と言って、シャボン玉を吹いてみせる。

納屋の中に広がるシャボン玉を見た秋乃は、きれい!と呻く。

やがて、秋乃は死んでしまう。

荷車に乗った棺桶が墓場に運ばれ、花を持った雅乃が泣きながら1人でその後を付いて行く姿を、怜子は、ツーツーレロレロ、ツーレーロ♪と口ずさみながら、橋の上からじっと見送っていた。

昭和22年 闇市

パンパンと値段交渉していた米兵二人の前にやって来た派手な格好の怜子(佐久間良子)と時子(香山美子)は、アイ・アム・バージン!と声をかけ、興味を持って付いてきた2人の米兵を工場裏の空地に連れて行く。

それぞれ2人の米兵の膝の上に腰掛け、甘える振りをしながら、相手の軍服の胸ポケットからチョコレートや煙草を抜き取っていた怜子と時子は、近くの旅館の入口の前まで来ると、笑いながら急に逃げ出してしまう。

そんなあばずれ娘に成長した2人を見つけたのが、足を負傷し、松葉杖をついて復員して来た父親堤岩吉(桑山正一)だった。

今、何ちゅうことしちょった!と呼びかけると、父ちゃん!と驚いた2人だったが、萎縮するどころか、もっとびっくりすること教えたろうか!と言い出した時子は、うち、もう処女やないんや!女郎屋の親父にやったんや!堤の家の女はここが良いと女郎屋の親父が言うとったわ!と言いながら、自分の股をスカートの上から叩くと、うちは立派な淫売になるんじゃ!これから女郎屋に行く!と言い残し去って行く。

メダカはしょせんメダカ!刺身にはなれんのじゃ!と怜子も悪態を付き、騒ぎに気づいてじっと見ていた近くの雑貨屋のおばさんに、何見とるんじゃ!と因縁をつける。

兄弟揃って、道で恥さらして…、あれじゃ、嫁になれるはずがないよとおばさんが嘲ると、急に荒れだした怜子は、店に置いてあった牛乳瓶やラムネを片っ端からたたき落して行く。

近くの川で手を洗っていた怜子は、先ほど、米兵を横取りしたパンパン5人組に囲まれる。

さっきのお礼をさせてもらうよと挑まれた怜子は、あたいを乱れ星一家のお怜って知ってるんだろうね?と言って立上がるが、そこにやって来たタケ(中山仁)と松(曽我廼家一二三)がパンパンたちに、その女はお前たち5人かかっても敵う相手じゃねえ!となだめて帰す。

パンパンたちが引き上げると、おめえの名前は?とタケが聞いたので、乱れ星一家のお怜!とまた名乗るが、そうじゃなくて本名だと言われると、素直に堤怜子と教える。

タケと松も自己紹介した後、いきなりタケは、俺の妹になるか?と言い出す。

どうせあたいを抱きたいんだろう?と怜子が警戒すると、抱いてやっても良いぜとタケが言うので、断る!男とは寝んと決めとるんじゃ!と怜子は睨みつける。

それを聞いたタケは、余計気に入った!妹になれ!早速だが、今晩一仕事あると言うので、金儲け?と怜子が聞くと、違うと言うので、違うんやったらやる!と怜子は答える。

俺、ちょっと行く所あるからと言って、タケは工場裏の空地から出かけて行く。

その夜、とあるキャバレーの前に集まった松と怜子に、行くぞ!捕まるな!付いて来い!と声をかけたタケは、そのままふらりとキャバレーの中に入って行く。

怜子と松はキャバレーの中に入ると、急に暴れだし、客や従業員が騒然となる中、タケが店内にいた1人の女性を殴りつけ外に連れ出す。

店の外に出たタケは、必死に抵抗するその女を殴ってどこかに連れて行ってしまう。

事情を知らず唖然としていた怜子に、兄貴のおふくろさん、空襲で気狂うて、今じゃ、自分を鳥じゃ思い込んで毎日羽ばたいとる。

加代ちゃんは、そんな母ちゃんの面倒見るのが嫌や言うて家を飛び出したんや…と松が教えてくれる。

どうやら連れて行かれた女は、タケの妹の加代(吉田日出子)らしかった。

ボスを刺してやるって、兄貴言うてんのや…、あんた、惚れたらあかんで…と松は釘を刺すが、私、惚れたのや!初めて会うたときから…、汚れちまった悲しみに…今日も小雪が降り掛かる…と怜子が言うので、何やそれ?塗抹は聞いて来る、

詩じゃ。昔の美少年が書いたんじゃ!と怜子は、原っぱの草むらに寝転んで星空を見上げながら答える。

その頃、自宅に帰っていた父の岩吉は、怜子も時子も何ちゅう連中じゃ!と雅乃に怒鳴りつけていた。

仕方ねえよ、こんな家に産まれたんじゃ、なるようにしかならねえよ…、年頃になっても、嫁の口一つかかるでなし…、可哀想に…と、雅乃は無力そうに答える。

後日、怜子は松に案内され、タケの家に連れて来られる。

タケの母親が死んだのだった。

タケと加代が、母親の遺骸を前に哀しんでいた。

部屋には、空き瓶に摘めた花が何本も飾られていた。

バカだよ、おふくろ、お前は…

家の中だけで鳥の真似をしていれば良いものを、外に出て屋根に上がって鳥の真似をするなんて…、落っこって死んじまいやがった…と泣き出す。

堤の家では、四女の美也(加賀まりこ)が、大きな握り飯を作っていた。

飯こんなに焚いて!何するんだ!と雅乃が叱りつけると、兄ちゃんに持って行くんだ!と美也が言うので、感化院へ?と雅乃は驚く。

感化院なら飯も出てるやろ?と雅乃が言うと、兄ちゃん、いつも腹減ってるって言ってたから!と言いながら、美也は黙々と握り飯を作るので、寄越せ!と雅乃は釜を取り上げようとするが、持って行ってやるんや!と美也は抵抗する。

作った握り飯を持って外へ飛び出して行った美也とすれ違った岩吉は、待て!どこに行くつもりじゃ?と止めようとするが、松葉杖をついている身体ではどうすることも出来ず、縁側にいた怜子に、お前だけが便りじゃ。仙一は感化院に入れられとるし…と声をかける。

しかし怜子は、うちも仙一と同じ兄妹じゃない!と嘲るので、せっかく五体満足な身体に産まれたのに!こんな足になってしもうて!と岩吉は自分の運命を呪う。

それを観ていた怜子は、この家のもんは精神がおえんのじゃとバカにしたように吐き出す。

こんな家なんて逃げ出したいとみんな思うとるんじゃ!うちは子供作らんぜ!家を出たくて出たくて仕方ねえような子供は作らねえよ!と怜子は吐露する。

感化院の面会室では、美也が差し入れに持って来てくれた大きなおにぎりを、兄の仙一(夏八木勲)がむしゃぶりついていた。

そんな仙一に、私、女として魅力ある?と、いきなり美也が聞いたので、思わず仙一はむせてしまう。

何でそんなこと聞くんや?と仙一が聞くと、うちな、大きゅうなったら、爺ちゃんの仇討つんじゃ!私がバイキンうつして、日本中をヨイヨイにするんじゃ!と美也は言うので、さすがに仙一も係員も唖然とする。

美也、お前いくつや?と仙一が聞くと、15!と美也は答える。

それを聞いた仙一は、堤の家の女じゃな…と苦笑する。

ある日、工場裏の空地の水道で、右手に付いた血を洗っていたのはタケだった。

その後、茶店で待っていた怜子は、やって来た竹のシャツの左手に血痕が残っているのに気づき、やったんじゃね?と聞く。

ああ…、もう会えなくなるな…、これ受け取ってくれよとブローチを怜子にタケが手渡していると、そこに、タケが指した組の子分衆が気色ばんでやって来る。

その時、加代が入って来て、サツだよ〜!サツが来たよ〜!と騒いだので、子分衆は一斉に逃げて行く。

誰がサツに知らせた?とタケが聞くと、私が知らせた…。逃げられる訳ないもの…と加代が答える。

そこに刑事たちがやって来て、安川武雄だな?殺人容疑で逮捕する!と告げ、2人、仲良くな…とだけ怜子と加代に言葉をかけたタケを、そのまま連行して行く。

怜子は自転車のチェーンを取り出して暴れようとするが、タケ〜!と呼びかけて見送る。

むしゃくしゃするから、何か面白いことでもしようか?…パン助遊び!と加代に告げた怜子は、私のする通りにすれば良いんじゃと言い、客を見つけると近くの旅館に前まで来る。

いつものように、その場から逃げ出した怜子だったが、加代は逃げ遅れ、そのまま客に「ホテル金井」の中に連れ込まれる。

驚いた怜子は、玄関戸を叩き、今入った女を返せ!とわめくが、中から出て来たヤクザ風の男が、おらんと言ったら、おらんのじゃ!と凄んで戸を閉ざしてしまう。

数時間後、「金井」から出て来た加代の前に怜子が駆け寄って来る。

待っててくれたんかね…と言う加代に、加代、許して!と詫びながら怜子は抱きしめる。

暗くなって来た中、道をとぼとぼと歩いて帰る加代は、怜子?おんぶしてと突然言い出す。

怜子は黙って加代を背負い、初めてじゃった?と聞くと、背中の加代はうんと答える。

痛かった?と聞くと、うんと答えた加代は、怜子、走って!と言う。

うん!と答えた怜子は、加代を背負ったまま走り出す。

もっと早く!もっと早く!と加代が急かすので、怜子は懸命に走るが、もう精一杯じゃ!と答えると、背中の加代は泣き出す。

その直後、力尽きた怜子は倒れ込む。

道路に横たわった加代は、このまま、私、死ぬ!自動車に轢かれるんじゃ!さよなら、怜子!と言い出したので、私も車に轢かれて死ぬ!と怜子も同じように寝そべったまま叫ぶ。

やがて、ライトを点けたトラックが近づいて来るが、道に横たわっていた2人に気づき、直前で停まると!バカも〜ん!何しとるんだ!2人とも気違いか!と運転手から怒鳴りつけられる。

それでも、2人が動かないままでいると、トラックの後ろで停まったタクシーの運転手(長門勇)が降りて来て、あんたが轢いたん?とトラックの運転手に声をかける。

殺せ〜!天国に行かせろ〜!と怜子が叫ぶと、起きんけぇと運転手は呆れたように話しかける、

死ぬんじゃ〜!と加代も叫ぶと、わしを見てみい!わしを…と運転手は言う。

空襲で家族なくして何の望みもない…。それでもわしは働いとるんじゃ!

それを聞いた2人は、おっさん、可哀想みたいじゃからな…と言い訳して立上がる。

タクシーに戻り際、運転手はさりげなく加代の尻を触って行ったので、このおっさんのスケベ!と加代は叫ぶ。

2人とも、アホな真似するな!しっかり生きろ、のぉ〜!と言い残し、運転手は去って行く。

帰るか?と話し合った2人は、こんなもん!と履いていた靴を投げ飛ばすと、互いに肩を組んで、笑いながら裸足で歩き出す。

昭和27年

怜子は駅の売店で働くようになっていた。

そこに時子と近づいて来た少女は、片足が悪い時子の娘の勝美(渡辺さゆり)だった。

勝美の足が直るようにお参りに言って来た帰りだと言う。

その時、若い駅員が、怜ちゃん、今日、批評会があるんで待っとるで!と怜子に声をかけに来る。

怜子は、初めて参加した地元の「岡山文芸」と言うサークルで、自作の詩を仲間たちに披露する。

朗読を聞き終えた吉岡(川津祐介)が、堤怜子は処女か?と突然聞くと、男と寝たことないわ。事実だわ。心の中は娼婦でも、男と寝たことはない。私は、おじいさんのスピロヘータを受け継いでるの。私の精神の問題だわなどと堂々と発言し、酒も飲む。

汚れた血を持っているから、いつ発狂するか分からない。いつも、自分の中に爆弾を抱えているようなもので、死んでも寝ない!と言い切る怜子の話を聞いていた同人たちは、処女殺しと呼ばれるほど女に手が早い吉岡と処女の怜子の対決を興味深く見守っていた。

又士爺さんが森の中で、たった1回娼婦を買ってヨイヨイになり、私の家はみんな男好き。中でも私は美少年好き。抱かれたかった男はいるけど…、汚れちまった悲しみに…、今日も小雪の降りかかる…、でも私は抱かれないの!絶対男には抱かれないの!酔った怜子は雄弁に語り続ける。

そんな話を聞いていた吉岡は、君はスピロヘータの亡霊に犯されていると指摘する。

批評会の帰り、吉岡と連れ立って、キャバレー「白ユリ」の前を通りかかった怜子は、店から若い男と出て来たホステスを観て、美也!と驚く。

妹の美也だった。

美也は、若い男山本靖(石坂浩二)相手に、10万でお家買えるの?確かにうち、金さえ持って来たらなんぼでも付き合うたる言うたわ。

でも、私の夢は、海の見える旅館に泊まり、船に乗ったり競輪したりしたいのよ…、せめて300万ないとあかんからな〜…などと言うので、300万!と驚いたような青年は、美也に手渡した10万円をひったくると、逃げるように帰って行く。

美也は、怜子が連れていた吉岡を不思議そうに見るので、処女殺しの男だってさ!と酔った怜子はからかうように教えるが、そんな怜子を吉岡は自分のアパートに連れて行く。

外は雨が降る中、飲み直すか?雨が止むまで…、飲めよ!と吉岡はしつこく迫って来る。

いらない!私、帰る!と怜子が拒否すると、ここまで付いて来たんだ、子供みたいな芝居するな!と言いながら頬を殴って来た吉岡は、俺はしようと思った女とはする男なんだ!と叫びながら怜子に襲いかかる。

投網がスクリーンに向かって投げられるイメージ

夜中、事を終えた吉岡は、裸でベッドで熟睡していた。

その横にしゃがみ込み、吉岡を憎々し気に睨みつけていた怜子は、ブローチを握りしめると、台所にあったコンロのガス栓を開けっぱなしにして部屋の外に出る。

その後、美也のキャバレー「白ユリ」に来た怜子は、狂ったように踊りまくっていたので、姉ちゃん、どうしたん?と美也が不思議そうに聞いて来る。

翌日、いつものように駅の売店に立っていた怜子は、何ごともなかったかのようにスーツを着た吉岡が新聞を買いに来たのでちょっと驚く。

組合の仕事で岡山まで行くが、今日は暇だ。又会わないか?と気安く語りかけて来たので、睨みつけてやる。

吉岡はやって来た列車に乗り込もうと怜子に背を向けたので、そっと売店から出た怜子は、吉岡の背後に立ち、機会をうかがう。

その時、たまたま近くにいた印刷工渋川良(入川保則)は、怜子の様子に異変を感じ、じっとその行動を監視していたが、列車がホームに入って来た途端、怜子が吉岡の背中に向かって走りだしたので、慌てて横から飛び込み、怜子の身体を止めると、首を横に振ってみせる。

そんな背後の騒ぎには気づかないまま、吉岡は到着した列車に乗り込んでしまう。

その日も何ごともなく5時になり、遅番の売り子と交代して帰路につこうと改札を出た怜子は、待合室の椅子に座っていた渋川を発見し、まだいたんですか…と話しかける。

汽車に乗るつもりで…、ずっと遠い所へいくつもりやったんですけど…、決心がつかんのですと渋川は言う。

何もかも悟ったつもりでここに来たのに…と何かを迷っている様子だったので、一緒に行ってあげましょうか?と怜子は言ってしまう。

誰も知らない、ずっと遠い所…

半信半疑の様子だった渋川は、怜子と一緒に列車に乗り込むと、どこまで一緒に行ってくれるんです?と又聞く。

どこまでも…、私たち、何かの巡り合わせなんです…と、隣に座った怜子は真顔で答える。

僕、死にに行くんです…と告白した渋川は、睡眠薬の薬を出してみせる。

遺書まで出して、死のうと思った理由が書いてあるんですが…と差し出して来るが、知りたくないわ。何にも知らないで一緒に死んであげる。そのつもりで来たんだもの…と怜子は拒否する。

私は詩人…と言いたいんだけど、誰も認めてくれないわ。馬上豊かに美少年…、私の立った一つの傑作よと自己紹介する怜子。

その夜、2人は、たどり着いた見知らぬ土地の旅館に一緒に泊まる。

お気持ち変わりないですね?本気ですね?からかっているんだったら今の内に帰った方が良いですよ。本当に僕と死んでくれるんですね?としつこく確認して来た渋川は、2つのコップに水を注ぎ分け、テーブルの上にハンカチを拡げると、そこに睡眠薬を全部瓶から落とす。

私、思い出してみたら、寝たかった人がいるわ!私、美少年と寝て来る!と言い出した怜子が急に立ち上がったので、逃げるんですね、やっぱり…と渋川は落胆する。

そうじゃないの、すぐ戻る!と言い残し、旅館を後にした怜子は、近くの喫茶店でお茶を飲んでいた高校生くらいの男子二人に、ガラスの外から誘惑してみる。

最初に気づいた男の子が、驚いたように自分を指差すと、違う!と言う風に首を振った怜子は、もう1人の男の方を指す。

その男の子は、訳が分からないと言う風に怜子を見やると、呼ばれているので外に出てみる。

スカーフを頭にかぶった怜子は、出て来た少年を波止場に停まっていたトラックに荷台に誘い込む。

しばらくすると、そのトラックが走り出したので、驚いた怜子は、停めて!トラック停めて〜!と荷台から叫ぶ。

旅館で待っていた渋川は、約束通り怜子が戻って来たので、帰って来てくれたんですね!と喜ぶが、机に向かっていた渋川は、便せんに、「堤怜子」と何種類ものレタリング文字で名前を書き綴っていた。

僕は印刷会社に勤めていたんですと、渋川は弁解するように教える。

美少年抱いて来たわ。私の人生、こんなもんだったろうな…。きれいな死に顔でありますように…。どっちに行くのかな?蓮の花が咲く天国か…、閻魔様の地獄か…などと怜子が呟いていると、あの…、僕も美少年じゃないんですが…、お疲れでしょうが点などと渋川が恐縮そうに言って来る。

薬飲んでからね、その方が楽だから…と答えた怜子は、自ら、ハンカチの上に置かれた睡眠薬の錠剤を水と一緒に飲み干しだす。

それを観た渋川の方も、負けじと睡眠薬を大量に飲み込み、怜子と同じ布団に並んで寝る。

玲子さん!女の人をこんな風に呼んでみたかった…と声をかけた渋川は、僕たち、間違ってなかったんだね?僕たち幸せに死ねるね?と隣で寝ていた怜子に語りかける。

それを聞いていた怜子の目から、いつしか涙が流れ出ていた。

翌朝

渋川は普通に目覚める。

横を見ると、怜子は死んだかのように横たわっていたので、一瞬死んだかと感じた渋川だったが、彼女の胸元を見ると、かすかに上下しており、生きていたことが確認出来たので、怜子さん!と揺り起こすと、目を開けた怜子に、僕たち結婚しようと申し込む。

結婚…?!怜子は怯えたように呟く。

その後、怜子は新しく借りたアパートへやって来ると、そこには蓄音機があり、朝の7時にレコード「シューベルトの未完成交響曲」をかける。

室内には渋川と怜子の2人しかいなかったが、交互に神父の役も兼ね、自分たちだけで結婚式をする。

後悔してないね?良いんだね?と渋川が念を押すと、憧れの金襴緞子…、とうとう着れなんだ…と言いながらも、悦子は渋川と床に入る。

「未完成交響曲」が高まって行く。

良!と怜子は言ってしがみつく。

美也のキャバレーに再びやって来て美也を指名した山本靖は、持って来たよ!300万!と言いながら、大事そうに抱えていたカバンを差し出して見せる。

あんた、まさか…と美也は信じられないような顔になるが、これで行こう!と山本が言うと、どこへ?と答える。

キラキラ光る海が見える所へ!と山本が言うので、あんた、あんなこと本当にしたの?と呆れた美也は、あんなの噓よ!口から出まかせよ!と笑う。

しかし、山本は真顔で、銀行から俺の信用で300万借りて来たんだ。会社の金なんだ。今返しに行ったら捕まるだけじゃと言う。

私、怖い!300万なんて…と美也は怯えるが、行こう!海の見えるホテルに行こう!短くたって、ぱーっとした生き方がしたい!俺と一緒にこんな町抜け出そう!と山本は強く誘って来る。

美也は、そんな山本の熱意に打たれ、行こう!着替えて来るから待ってて!と言い残して控え室へと戻る。

その後、山本の父と会社の上司が堤の家を訪れて、美也と山本が公金を拐帯して逃げたと説明していた。

山本の父親は、土地を売って弁償するつもりだがと訴え、堤家の方にも某かの弁済を求める要求をして来るが、話を聞いていた雅乃は、美也が公金拐帯の女と言われても構いません!と開き直る。

そこに、何言うか!と雅乃を叱りながら出て来た岩吉が、見てつかあさい、この足!と不自由な片足を!戦争でこの様じゃ!許してやって下せえ!と頭を下げ、泣き落としにかかる。

そんな父親の無様な態度を見かねた仙一が、みっともねえ真似するな!と怒鳴り込んで来たので、美也が悪いんじゃ!と岩吉が言うと、誰が産んだんじゃ!クソっ!どいつもこいつもバカにしやがって!と卓袱台をひっくり返してわめきだすと、これ以上言っても無駄だと感じた山本の父と上司は逃げるように帰って行く。

すると、作戦成功!と言う風に、千一や岩吉、雅乃は、淡々と部屋の片付けを始める。

その頃、海の見えるホテルの部屋に来ていた美也は、部屋の畳の上に札束を並べて、うっとりしていた。

うちが男やったら、女を一杯買って、うちが日本中にバイキンをばらまいて、日本中を不幸にするのが夢なんじゃ!などと言う。

競輪行こうか?何日もぼーっとしたいって言ってたじゃないかと山本が誘うと、昔、けちけちしてたからねと美也は答える。

一方、産婦人科に診察に来ていた怜子は、妊娠二ヶ月だと医者から聞き、私が赤ちゃん?!と感激する。

帰り道、教会の鐘が聞こえて来たので、思わず感謝の祈りを捧げる怜子。

印刷屋で働いていた渋川は、公衆電話から怜子がかけてきた電話で子供が出来た事を知ると、早く帰って身体を休めなさい。俺もお父ちゃんになるんやねえ…と感激する。

夜、時子の家の前で、1人マンボの曲に合わせて踊っていたのは勝美だった。

勝美は、通りかかった中年男に何事かを耳打ちする。

本当か?と驚いたようなその男と一緒にアッパーとの部屋に付いて来た勝美は、お姉ちゃん!お客さんやで!と中に声をかけ、おじちゃん、ごゆっくりね!と中年男に言ってまた外に出て行く。

時子を訪ねてやって来た怜子は、そんな勝美を見て哀しむ。

怜子に気づいた勝美は、お母ちゃんが客を取っている間、「月の砂漠」を何回も歌うの。お姉ちゃんも一緒に歌って!と言うので、怜子は勝美を抱きしめながら一緒に「月の砂漠」を歌い始める。

その時、アパートの部屋から、こら!ばかやろう!何してるんだ!と怒鳴る時子の声が聞こえて来たので、怜子は急いで妹の部屋に向かう。

すると、どうやら、客の中年男が時子のヌード写真を勝手に撮ったらしく、時子が写真代として500円出しな!と凄んでいる所だった。

早い所払わねえと、500円が1000円になるぞ!と時子が脅していたので、乗り込んだ怜子も、女の裸撮りたけりゃ、てめえの女房を撮りやがれ!と啖呵を切る。

客は怯えて逃げ出し、そこに、お姉ちゃん、買い物かご忘れた!と言いながら、勝美が怜子の買い物かごを持って駆けつけて来る。

さすが、元流れ星のお怜やね!と姉の応援を褒めた時子は、勝美、マンボ踊れるんよ!と嬉しそうに言い、勝美と一緒にマンボを踊り始めるが、窓辺に立ってそれを観ていた怜子は哀し気だった。

帰宅して怜子から子供を堕ろすと言う話を聞いた渋川は、どうして堕ろすなんて言うんや!と驚く。

私、産まない!どうしても!私の爺さんは梅毒やったんよ!姉ちゃん、気が狂って死んだわ。すぐ下の妹は、びっ○の私生児を産んだ…、私だって、いつどうなるか分からん!と怜子は訴える。

私、ずっと堤の家から抜け出そうと思ってた。でも子供は嫌!産まれて来る子供が、私たちを嫌になって逃げ出したりするようじゃ…。キ○ガイやせ○しのメッ○チが産まれるかも…。あなたはカ○ワの子供が産まれても、これが私の子です!って言えますか?と怜子は渋川に迫る。

子供は分かるのよ!親が自分のことで苦しんでいることが…と、怜子が頑固なので、人が何を言おうが、立派に育てれば良いじゃないか!と渋川は言い聞かそうとするが、子供は産みません!あなたとのこれまでの生活をぶち壊したくないから…と怜子の頑な態度は変わらなかった。

その後、教会を眺めた後、怜子は産婦人科で堕胎の手術を受ける。

その頃、美也は山本と2人で、夢だった遊覧船の上にいた。

美也がコーラを買って来る間、ベンチで新聞を呼んでいた山本は、「靖へ 母は泣いて待っています。万事解決。すぐ帰れ」と書かれた広告文を読んでいた。

戻って来た美也は、とっさに新聞を隠そうとした山本からその新聞を奪い取ると、問題の広告文を見つける。

これで、前科者にならずにすんだんやな…と山本は呟くと、あんたを帰しやしないからね!私を棄てたりしないわよね?300万を使い切らなくちゃ!島に着いたら、芸者を全部集めましょう!と美也ははしゃぐ。

島に着いた2人は「泰平館」と言う宿に泊まり、芸者をあげてばか騒ぎをする。

美也も芸者たちと一緒に踊っていたが、ビールを飲んでいる山本のことを冷静に見つめていた。

その夜、美也は、一緒に寝ていた山本の部屋から1人逃げ出す。

金色の雨が降っている…、渋川は、働いている印刷所で怜子の詩集を作ることにし、その1ページを読んでいた。

そんな渋川の所に、夜食を持った怜子がやって来る。

子供を産む代わりに、あんたの詩集を作るんや。僕らは一生、子供が持てないんだからな…と渋川は怜子に教える。

それでも諦めきれないのか、今の時代、ちゃんとした手当を受けたら、健康な子供も産めるんじゃないか?と渋川は呟く。

帰宅した2人のアパートにふらりやって来て、しばらく厄介になりますと頼んだのは美也だった。

部屋見て頂戴、あんたがいられるかどうか…と冷たく言いながら部屋の中に入れた怜子に、姉ちゃん!お願い!泊めて頂戴!じゃないと、私も時子姉ちゃんのように女郎屋に行くしかないのよ!と言い、お義兄さん、お願いします!私をここに置いて下さい!と、美也は渋川にもすがりつく。

翌日、キャバレー「白ユリ」にやって来た美也は、前と同じように客の相手をし始める。

それを聞いたマネージャー(穂積隆信)が店に出て来て、何しに来たんじゃ!あんなことしといて、しゃあしゃあと…。あれ以来、お前とこの店は何の関係もないんじゃ!と美也を叱り飛ばす。

すると、美也は、何の関係もないんじゃな?と確認すると、いきなり店内のテーブルをひっくり返したりして暴れ始める。

縄跳び見たぞ…、とある早朝、徹夜仕事を終えた渋川は、怜子の書いた詩を読みながら帰宅して来る。

すると、奥の部屋で美也が寝ているのを発見する。

お義兄さん、二日酔いなの…、水!水持って来て〜と言い、コップに水を汲んで来てやると、飲ませて!と甘える。

こんな朝まで仕事?お義兄さん?赤ちゃんの代わりの詩集なんかじゃなく、本当の子供欲しくない?と美也は言い出す。

その頃、駅の売店で働いていた怜子の元にやって来たのは山本靖だった。

私、産んであげようか?お義兄さんの子供…、アパートでは、美也が渋川に迫っていた。

怜子の代わりに俺の子供を産んでくれると言うのか?と渋川も真顔になる。

そんなアパートに、山本を案内して来たのが怜子だった。

何も知らず、部屋の中に山本を招き入れた怜子だったが、奥の部屋で、山本から組しかれ、ダメよ、義兄さん!と騒いでいた美也を発見する。

怜子も信じられないものを見るかのように立ち尽くすが、その時、台所にあった包丁を取り上げた山本が、渋川の背中に突き刺して来る。

唖然とした怜子だったが、山本が思わず手放した包丁を拾い上げると、美也に向かって包丁を突き出す。

お姉ちゃん!と叫ぶ美也の声を聞いた怜子は、さすがに冷静さを取り戻し、包丁を落とす。

血まみれの手で泣き出す怜子。

縄跳びいたぞ… オミナエシの所に…子供が飛んだ…涙隠して、ひっそり飛んだ…

なくなった渋川の墓参りをする怜子と美也。

完成した自分の詩集を墓に供え、読んでいるみたい…、あの人…と呟いた怜子は、突如その場に踞り、口元を押さえ苦しむ。

それに気づいた美也は、姉ちゃん、どないした?と聞く。

私、妊娠した!あの人の子供…、あんた!私、あんたの子供産む!意気地なしじゃった!私に子供を産む勇気があったら、あんなことにならなかった…。逃げ出すことばかり考えていた…。やはり、私は堤の家の女…。私、やっと分かった!産まれた子供に話してやる。母がどんな言えに生まれ、父が産まれる前にどうして死んだか…、私、教えてやる!と怜子は言う。

そんな怜子に、美也は、姉ちゃん!と呼びかける。

堤の家に戻って来て出産することにした怜子。

岩吉と仙一は、庭先で湯を渡していた。

隣の部屋では、雅乃が太鼓を叩いて、立派な子供が産まれますように!と祈っていた。

そこに、時子も勝美を連れてやって来る。

頑張れ、怜子!今、行くから!と庭先から声をかける時子。

産まれたか!と雅乃は、隣の部屋に聞くが、まだじゃ!の声。

お前も祈るんじゃ!と言われた時子と勝美も、雅乃の横に座って祈り始める。

岩吉と仙一もその祈りの中に加わる。

布団に寝ていた怜子は、これまでの出来事を走馬灯のように思い出していた。

そして産声が響き、画面は真っ白になる。

産まれた!と叫んで立上がった雅乃は、隣の部屋に時子と共に飛び込み、産まれて来たばかりの赤ん坊の身体を確認しだす。

五体満足のようだったので、一旦喜びかけた雅乃だったが、手の指を勘定していて顔色が変わる。

父ちゃん!指が4本しかねえ!と哀しむが、すぐに産婆が、あんた、自分の手で赤ん坊の親指を隠しとると指摘して、勘違いだったことが分かる。

赤ん坊は、珠のような男の子だった。

喜んだ岩吉は、天皇陛下万歳!と立上がって叫ぶと、仙一と共に、浮かれたように安木節を踊りだす。

そんな兄と父親の姿を見て笑う時子。

そんな中、勝美だけは、まだ一心に祈り続けていた。

そうした家族の様子を布団の中から見ていた怜子も微笑むと、横に寝かされた産まれたばかりの赤ん坊の方に目をやる。

 


 

 

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