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青天の霹靂

「陰日向に咲く」(2008)を観ているので、劇団ひとりが「今風の趣向でベタなお涙頂戴」を書く人だと言うことは分かっていた。

この作品も、そのまま「今風のファンタジー趣向でベタなお涙頂戴」を描いた作品である。

一見シンプルで分かり易そうな展開なのだが、個人的な見落としがあったのでなければ、話のメインとなっているエピソードが夢オチなのかタイムスリップなのか、何とも分かり難い…と言うか、釈然としない演出になっている為に、微妙に感動し難い話になってしまっている。

ラストの処理が分かりづらいと言う事もあるのだろうが、劇中の「タイムスリップのような現象」は、観ている方にも、正に「青天の霹靂」のような唐突な描き方になっており、主人公が行った世界が実際の1973年なのか、気絶した主人公が見ていた夢なのかがどうにもはっきりしないのだ。

そこがすっきりしない為に、主人公の母親が今現在、死んでいるのか生存しているのかさえ判断出来ないままに映画は終わっている。

どう見ても、母親が死んだと言う客観的な描写は一切ないからだ。

だから個人的には、途中までの展開から、ラストで現在の世界に戻って来た主人公は、てっきり、出産後、死んだと思っていた母親が実は生きており、2人は感激の対面をするのではないかと思っていたのだが、そうしたひねりもなかった。

つまりこの作品、主人公がそれまで抱いていた両親への感情的わだかまり、自分の生活のみじめさの責任を全て両親のせいにしていた子供っぽい身勝手さを、主人公が夢の中で自己解決してしまった…とも解釈出来てしまう。

それでも感動出来なくはないが、せいぜい、主人公が(精神的に)大人になったと言うことなんだろうな…程度の印象でしかない。

途中に登場する若き日の母親の出産を巡る話を「本当にあった話」と観客に納得させて、そこでも感動させたいのであれば、もっとタイムスリップだったことを観客に暗示する演出が用意されてないとおかしい。

その辺がこの映画では弱いのだ。

例えば、過去らしき世界の浅草で出会った少年。

劇中で、この少年が見せる自分で考えたと言うネタを観て、君は!と主人公が呟くシーンがある。

しかし、この部分を解き明かす伏線は劇中にはない。

その少年が披露してみせたネタが「ナポレオンズ」のお馴染み「頭ぐるぐる」ネタであり、現在の世界に登場していたマジックバーの店主を演じているのは、「ナポレオンズ」のパルト小石(小石至誠)である…と言うのは、「話の伏線ではなく、楽屋落ち」である。

そもそも、劇中で登場しているパルト小石は中村信吉と言う別人設定であり、「頭ぐるぐる」のネタを事前に披露してもいない。この物語世界に「ナポレオンズ」と言うマジシャンがいるのかどうかも分からないのだ。

これは例えば、映画の中に、突然、その時代の有名人が別人としてゲスト的に登場し、それを見た主人公たちは、あなた、どっかで観たことありますね?などと首を傾げたりする、昔から良くある(現実とフィクションを混ぜこぜにした)冗談ネタなのである。

だから、これなどはタイムスリップを証明するエピソードではない。

では、ユリ・ゲラーとか、巨人のV9、由利徹、テトラパックの牛乳、鯨肉を食べる話などと言う話も証明っぽいが、主人公が昔聞いたり観た可能性が高い話を、夢の中で無意識に再構成しているとも考えられる。

主人公の父親が警察を騙す悪癖が現実と過去の世界で起こっていることなども伏線っぽいが、劇中で主人公が入院中の母親に、彼、ずっとあんな感じですから…と予言めかして打ち明けている通り、父親の性癖は子供時代から知り抜いているので、やっぱり夢の中でそれを再現していてもおかしくない。

第一、高校時代まで父親と主人公が一緒に暮らしていたのだとするならば、父親正太郎は、息子の顔が、特徴的な髪のくせ毛なども含め、昔コンビを組んでいたペペそっくりになって来たことに気づいていたはずで、下手をすると、ペペと悦子の関係を疑ったりもして、息子と一騒動あった可能性もあるような気がする。

もちろん、ラストが「あれは夢だったのだろうか?それとも現実?」と観客の想像に任せるような演出は過去にもあり、きっちりタイムスリップものにしなければダメと言うことではない。

お涙もののメインエピソードが、全部夢の中の話と言う見方をしてしまうと、「お涙頂戴のためのあざとい夢描写」と感じてしまい、若干醒めた印象になってしまうと言うだけである。

昔から、ファンタジー風の展開の話でラストが「夢落ち」なのは個人的には「がっかりパターン」なのだが、今回の作品は「夢落ち」なのかすら曖昧なまま…と言った印象で、何ともすっきりしなかった。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

2014年、「青天の霹靂」製作委員会、橋部敦子脚本、劇団ひとり原作+脚本+監督作品。

いつからだろう?自分が特別な存在だと思わなくなったのは…

昔はもっと、自分のことを特別だと思っていた…

学校の成績は悪かったし、女にもモテなかった…

それでも廻りの奴をバカにしていた…

今になって分かる。普通の生活を手に入れるのがどんなに難しいかを…

お客さんの今の状況をカードで現すと…と言いながら、マジックバー「のぶきち」で、居眠りしている客相手に1人でトランプマジックを披露していた轟晴夫(大泉洋)は、ハートの4を出してみせる。

俺のカードは、スペードの2…

汚い自宅アパートに帰って来た晴夫は、レトルトカレーを飯にかけながら、おねえマジシャンを紹介しているTVを観ていた。

スプーン曲げを披露しているおねえマジシャンの芸を観て、下らん…と呟いた晴夫は、自らカレー用のスプーンを曲げてみる。

さらに、ねじり、スプーンの先を折ってみせる。

翌日の「のぶきち」には、昨日TVに出ていたおねえマジシャンで売れた沢田がTVの斎藤プロデューサーを連れ来店していた。

店長の中村信吉(「ナポレオンズ」パルト小石=小石至誠)がそんな2人に名刺を渡し、愛想を振りまいていた。

カウンターに近づいた沢田が、晴夫に挨拶して来たので、沢田?来てたんだ。元気?などと晴夫はとぼける。

もう1人のバーテンが、今、TVとかでめちゃめちゃ売れてますよと沢田のことを教えたので、そうなんだ。TVとか観ないんで…と晴夫は噓を言う。

晴夫さんもTVとか出てみれば良いのに…と沢田は勧め、店長も、観てもらえよと斎藤プロデューサーを紹介したので、仕方なく晴夫は、100円玉を取り出すと、それをコップの底から中に通過させるマジックを披露する。

あまりに初歩的なネタを観た沢田は、マジック好きの学生?と皮肉を言う。

斎藤プロデューサーが、さっきからため口聞いてるけど、沢田君と同じ年?と聞いて来たので、20年くらいやってるでしょう?俺は8年目だけどねと明かし、まあ、俺もため口の方が気楽だしと負け惜しみを言った晴夫に、いきなり先輩ヅラしたりして…とあしらわれる。

沢田と斎藤が帰った後、もっと気の利いたこと言えねえのかよ?浅草では、手は1つだけど口は3つあると言い、しゃべりで笑いが取れないと生きて行けねえんだと晴夫は店長から説教される。

売れたいですよね〜…、母ちゃんがうるさいんですよ…と、もう1人のバーテンが沢田が店の前で吐いた吐瀉物の処理をしながら晴夫に言う。

晴夫は、母ちゃん、いねえし…と答えると、それどう言うことですかと聞かれたので、親父が他に女を作ったんで、俺を産んですぐ出て行ったらしいよ。そのオヤジの仕事はホテルの清掃…と晴夫は自嘲気味に答える。

今も?とバーテンが聞いて来たので、知らねえ、高校卒業以来親父とは会ってない…と晴夫は吐き捨てるように答える。

翌日、とある電車高架線脇の草地にやって来た矢部刑事は、轟正太郎…、クソして踏ん張って、そのまま逝ってしまったか…と浮浪者の死体検分をしながら呟いていた。

その時、警官が何事かを告げると、これで誰も迎えに来てくれないんじゃ、あんまりだもんなと刑事は安堵したように言う。

晴夫は、スーパーの食料品売り場で、タイムサービスとして調理パンに半額のシールが貼られるのをじっと待っていた。

店員のおばちゃんがシールを貼り始めると、さりげなく近寄り、おばちゃんが半額になりましたよと声をかけても、そうなんだ?どっちでも良いんだけどね…などと興味なさそうに芝居をしながら、しっかりシールが貼られた調理パンを購入する。

アパートに帰って来ると、管理人のおばちゃんが、天井から落ちている大量の水を拭きながら、轟さん、上の水道管が割れちゃったみたいなのよ。何しろここも古いからね〜と謝って来る。

部屋に入ってみると、部屋中水浸しになっており、机の上に置いてあったトランプなど手品の小道具類も使い物にならなくなっていた。

さらに、点けた電燈も水に濡れてショートして切れてしまう。

仕方がないので、近くの公園のベンチに腰を降ろし、買って来たパンを食べようとした晴夫だったが、携帯がかかって来たので、それを取りだそうとして慌てているうちに、調理パンの中味のソーセージを地面に落としてしまう。

落ちたソーセージを拾い、公園内の蛇口で洗いながらケイタイに出た晴夫だったが、荒川東警察署と名乗った相手が、正太郎さんの息子さんですね?お父様がお亡くなりになりましたと言って来たので真顔になる。

翌日、荒川東警察署に出向いた晴夫は、警務課で書類に署名捺印をさせられ、父親の死因は脳溢血で事件性はないと教えられる。

死体発見現場を聞き、受け取った遺骨の箱を抱えて、電車の高架線下の草地にやって来た晴夫は、そこに作ってあった父親が住んでいたらしきホームレス小屋を発見する。

中を覗き込んでみると、蓋のしまった缶があったので、それを持ち出して中を確認してみようとするが、手が滑って落としてしまう。

その拍子に蓋が外れ、中から散らばったらしき一枚の写真を拾い上げてみると、それは自分らしき赤ん坊を抱き、嬉しそうに笑う若き日の父親正太郎(劇団ひとり)の姿が写っていた。

何でこんなもん、大切に持ってんだよ!親父!生きるって難しいな…。毎日みじめでよ…、俺、何の為に生きてんだか良く分かんなくなって来た。もうどうして良いのか分かんねえよ!と叫び、晴夫は泣き出す。

何で俺なんかが生きてんだよ!

その瞬間、突然、晴夫は草地の中で雷に撃たれたように光に包まれる。

タイトル

効果線の上を電車が通り過ぎ、草地に倒れていた晴夫はうっすら目を開ける。

そこに近づいて来た小学生3人が、恐る恐る、新聞紙をまるめたもので突ついて来たので、晴夫がムクリと起き上がると、まだ生きてる!と叫びながら小学生たちは逃げ去ってしまう。

起き上がってぼんやり周囲を眺めていた晴夫は、今逃げた子供が落として行ったらしき、新聞紙が広がっているのに気づき、その日付欄に目をやる。

1973年(昭和48年)10月5日…と書いてあった。

近くの街にやって来た晴夫は、そこが明らかに現在の世界ではないことに気づき、取りあえず警察署に行ってみる。

応対に出て来た警官に、ちょっと迷っちゃったみたいなんで…、どうやって戻ったら良いでしょうか?と聞いた晴夫だったが、どちらに御戻りになるんですか?と聞かれると、それは…と口ごもり、戻る場所なんかないか…、否、むしろ、戻りたくないです!と答えたので、警官に不思議そうな目つきで観られる。

近くの駄菓子屋で牛乳を買い、500円玉を出すと、店のおばさんに、何ですか?これ…と不審がられたので、慌てて値段を聞き、30円を払う。

近くの石段に座り、今買ったテトラパックの牛乳を飲みながら、500円玉を指の間で操っていると、マジシャンなの?と突然子供の声が聞こえる。

観ると、背後の石段に見知らぬ小学生が座って観ており、どこに出てるの?と聞いて来たので、どこって…、この近くにマジックやっている店あるの?と聞くと、うん、行く?と子供は聞いて来る。

子供が晴夫を連れて来たのは、浅草で「雷門ホール」と言う小屋だった。

舞台では、最近普及し始めたカラーテレビや上野動物園にやって来たパンダをネタに漫才をやっていた。

子供に紹介された晴夫は、「雷門ホール」の支配人(風間杜夫)から、誰の下でやって来た?とマジックの師匠を聞かれ戸惑う。

誰も…と答えると、すぐに、帰れ!と怒鳴られる。

それでも、小学生からなだめられた支配人が、何かやってみろと言ってくれたので、晴夫は、手に握りしめた10円玉が数10枚のコインに変わるマジックを披露してみる。

ちょっと、その手際の良さに感心したらしき支配人が、他には?と聞いて来たので、側に置いてあった店屋物のカレーのスプーンを借り、スプーンを曲げ、先の部分を斬り落としてみる。

もう一回やってみろと言われたので、その後もスプーン曲げをやってみせると、小学生が感心したので、ユリ・ゲラーって知ってる?と晴夫が言うと、由利徹じゃないの?と子供は不思議がる。

スプーン曲げは自分で考えたと言うと、良し、俺が面倒見てやる!と支配人は言ってくれる。

それでも、俺無一文で…、住む所もないので…と晴夫が言うと、ここで住み込んで良い。所でお前、しゃべりは?と支配人は言うので、あんまり…と言うと、浅草では、笑いを取らざるものは食うべからずって言ってな…と教える。

そして、名前はペペで良いか…と、支配人は勝手にその場で決めてしまう。

その時、1人の美人がやって来たので、まだ連絡取れないのか?と聞いた支配人は、こいつの助手をやってくれないか?と、その花村悦子(柴咲コウ)と言う美人に支配人は頼む。

唖然とする悦子に、謎のインド人として売ることにしたんだと晴夫を紹介した支配人は、節子はチンの助手をやっていたんだが、チンはいなくなったんだと晴夫に説明する。

僕も早く舞台に出たいよと言い出した小学生は、着ていたセーターを頭の上まで引っ張ると、「あたまぐるぐる」の芸を披露してみせたので、それを観た晴夫は、お前!と驚く。

その日から、インド人風の衣装を着せられたペペこと晴夫は、いきなり助手になった悦子とコンビで舞台に上がることにする。

取りあえず、スプーン投げのマジックを披露してみたペペだったが、客に全く受けないと感じる。

しかし、次の瞬間、唖然として観ていた客から大喝采が上がる。

それを楽屋の窓から小学生と一緒に覘いてみていた支配人は、ま、こんなもんだろと納得したようだった。

その夜、支配人のおごりで、「雷門ホール」の芸人たちは「捕鯨船」と言うクジラ料理を出す飲み屋で歓迎会をやる。

支配人は、「鯨(ゲイ)を喰って、芸を磨けってな」と、この店を選んだ理由をペペに聞かせる。

ペペは悦子からビールを注いでもらい、すっかり上機嫌になり、何故、スプーン曲げを発案したのかと聞かれ、ユリ・ゲラーってのが日本に来て、スプーン曲げがブームになるんですよと教えるが、悦子は何のことだか分からない。

それに気づいたペペは、よって調子に乗ったのと、言葉をごまかすため、俺は先のことが読めるんですよと言ってしまう。

さらに、TVでやっていた巨人戦に気づくと、行ける行ける!V9!俺、聞いたことあるもんなどとも言ってしまう。

すっかり酩酊したペペは、近くの神社の境内で悦子に介抱されていた。

やっと、俺もエースかキングになれるかな?と石灯籠の下で座り込み、ぼそっと呟いたペペだったが、悦子が一緒なのに気を良くし、このまま帰るってのもあれだな〜…、家って近いんですか?行っちゃおうかね〜…などと悦子にモーションをかけ始める。

それに気づいたのか、悦子は、本当に見えるんですか?先のことが…と話を変える。

ペペは、苦笑しながら、見える訳がないじゃないですかと答えたペペは、更にしつこく、家って近いんですか?と悦子に問いかける。

翌日、「雷門ホール」にいたペペは、支配人から、お前1人で舞台に立てるか?と聞かれる。

悦子さんは?と聞くと、さっき具合が悪いって行って来たと言うので、ちょっと行って来ますかね?とペペは、悦子の自宅に行く気満々になる。

その後、果物籠を持ち、支配人から聞いた浅草8丁目11のアパートを訪れたペペだったが、悦子が階段の所で辛そうに座り込んでいたので、驚いて声をかける。

悦子は、行かないと…、警察です。正ちゃんが…、チンが捕まったって…と言う。

意味が分からず、取りあえずに会の部屋まで連れて上がって室内を見回したペペは、男物の服がかけたあったり、歯ブラシが2本置いてあったりするのを観て、悦子がチンと同棲していた事実を知る。

2週間前、出て行っちゃって、さっき警察から連絡があったんですと悦子は言う。

身体の具合が悪そうな悦子が、とにかく行かなくては…と無理に立上がろうとするので、じゃあ、俺が行きます!とペペは言ってしまう。

地元署に行き、花村悦子の代理のものですとペペが警官に伝えると、奥の椅子に腰掛けていた正ちゃんことチンに会わせてくれる。

10円玉を使い、指の間を操っていたそのチンの顔を見たペペは凍り付く。

見まごうことなく、自分の父親である若き日の正太郎だったからだ。

悦子さん、具合悪くて…と、それでも何とか言葉を出したペペだったが、あんたは?とチンこと正太郎から聞かれたので、雷門ホールでマジシャンを…と自己紹介するしかなかった。

正太郎は、1000円札を500円札に変えるマジックをやって返したら捕まっちまったんだよとふてくされるように言うチン。

500円札の方を返したってこと?警察を騙して開き直るなんて…と呆れたペペは、ろくな死に方しねえぞ!と父親を叱りつけるが、いきなり初対面の男にそんなことを言われたチンは、死んでねえよ!と怒鳴り返し、死んでんだよ!と言い返したペペに、じゃあ今の俺は何なんだよ!と切れ、取っ組み合いになった所に警官が止めに来る。

取りあえず、チンを悦子のアパートまで連れて帰って来たペペは、何となく、その場で様子を見守るはめになる。

横になっていた悦子は、横に座ってふてくされていたチンの頬を思い切り叩く。

チンは我慢していたが、さすがに3回もビンタされると、悪かったよ!1人になって考えたかったんだよ。びっくりするだろ?いきなり子供が出来たなんて言われたら…と泣き顔になったチンは謝る。

それを聞いていたペペこと轟晴夫は唖然とする。

半年後の5月10日、俺があの人から生まれる!雷門ホールの楽屋の10月15日になっている日めくり暦を観ながらペペは呟く。

悦子こそ、今まで会ったことがなかった自分の母親だと分かったからだ。

そんなペペとチンを前に支配人は、コンビ組めって言ってるんだよ。悦子のセリフ言えるだろう?とチンに言い聞かせる。

それを聞いたチンは、じゃあ、俺が助手ってことじゃないですか!と憤慨する。

ふてくされたまま舞台に出たチンは、ペペが舞台上で小道具を要求しても無視したり、わざと落としたりするので、何してる?何のつもり?昔から何も変わらない!と切れたペペとつかみ合いの喧嘩になる。

それを楽屋から覗いていた支配人は、なるほどね〜と呟く。

その夜、支配人に「捕鯨船」に連れて来られたペペとチンは、喧嘩マジックどうよ?といきなり提案される。

今日のお前たちは客から笑われていたが、今後は笑われるんじゃなく、笑わすんだよと言うのだ。

それを一緒に聞いていた漫才師も、喧嘩しながらマジックするなんて観たことないよと乗り気になる。

その後、酔ったチンをアパートに送り届けたペペは、出迎えた悦子から水をもらい、ありがとうございます。これからもチンのことよろしくお願いしますと礼を言われるが、ペペは部屋の中に置かれていた「母子健康手帳」に目を留めていた。

その時、まるで自分が完璧だって言ってるみたいっすね…と、思わずペペはくちばしってしまう。

言われた悦子は意味が分からず、きょとんとしてしまうが、せめて俺は、子供連れてっても良かったんじゃないかって思うんっすよと言い残し、ペペはアパートを去って行く。

ペペは、コンビで登場したチンが舞台で何かを出すマジックを始めると、何だろうね?鳩だと普通だもんね〜…と嫌味を言う。

チンはがっかり顔つきで普通の鳩を出し、客が失笑したので、舞台上でペペに文句を言い、それをきっかけに口喧嘩を始めると、それが狙い通り客に大受けする。

生まれて来る赤ん坊の為に可愛い靴下を編んでいた悦子は、トランジスタラジオから、「巨人V9達成です!」と言う声を聞いていた。

舞台では、まずペペが、自分の首に巻いたロープを引っ張って外すマジックを披露していた。

横で、同じような結び方でロープを首に巻いていたチンが同じように引っ張ってみるが、首が絞まって外れず苦しがると言うギャグが客に受ける。

雪の日、神社に一人やって来た悦子は、出世払いと言うことで…と言い訳しながら、賽銭箱に1円玉を投じて、手を合わせていた。

タイヤキを買おうとしていたペペは、1つと注文した後、ちょっと考え、結局2つ買うと、その後、会ったチンと、首締めマジックを自分で絞めるんじゃなく、客にやらせた方が面白いと打ち合わせをする。

春が来て、お腹が大きくなった悦子も誘い、雷門ホールの支配人と芸人が花見に来ていた。

最近、コンビとして浅草でも人気が出て来たチンが、ここは踏ん張りどころかもしれんな。ガキも生まれて来るし…と呟くと、勝負してみるか?とペペが言葉をかける。

怪訝そうにするチンに、何億も稼げるような、そんな所で勝負をしてみっか?TVだよとペペは答える。

それを聞いた支配人も乗り気になり、俺が責任もってマネージメントしてやる。ただし、俺が2割もらうなどと言い出す。

その後、1人で自宅アパートに帰って来ていた悦子は近所の主婦と挨拶を交わすが、その時、その主婦の子供が近づいて来て、俺もユリ・ゲラーになれるよなどと話すのを悦子は耳に止める。

「輝け!スター大合戦」と言うTVのオーディション番組が始まり、チンとペペが出場するが、同じ頃、悦子は神社に来ていた。

願い事を書いた絵馬を結ぼうとしていた時、悦子は急に激痛に襲われ、その絵馬を落としてしまう。

マジシャン志望の小学生が、オーディションの予選を終えて帰宅して来たチンとペペに悦子のことを知らせに走って来る。

悦子は神社の境内で倒れ、そのまま病院に運ばれたと言うので、聞いた2人は驚いて、その病院に駆けつける。

医者(笹野高史)はチンに、悦子は胎盤剥離を起こしており、入院してもらいますと説明する。

それを聞いたチンは、大丈夫ってことですねと安堵するが、そう聞こえてしまいましたか…と表情を引き締めた医者は、まだ奥さんにも話してないことなんですが…と前置きし、チンにじっくり状況を話し始める。

ペペと支配人や小学生も見舞いに来ていた病室に戻って来たチンは、生まれるまで入院だってよと明るくベッドの悦子に話しかける。

そして、器用に紙でバラの花を作ってみせて悦子に渡すチンだったが、先生、他には何も言わなかったの?と問いつめて来る。

昼時なので飯に行こうと支配人が言い出して、みんな一緒に出かけることになるが、悦子はチンだけには、話があるので残るように頼む。

みんなが出て行き、1人だけになったチンは、子供の名前、どうすっかな?などとごまかそうとするが、私に何か、隠していることない?と悦子から迫られると、ないよ…と小声で答えるしかなかった。

すると、又、いつものように悦子がビンタをして、ちゃんと話して!と迫る。

その後、雷門ホールの舞台に立ったチンは観るからに元気がなく、ロープでの首締めのネタをやりかけた所で、そのロープを床に投げ捨てると、舞台から逃げ出してしまう。

あっけにとられてその場は1人舞台を続けたペペだったが、舞台が終わった後、舞台裏でチンを見つけると、何だよ、あれ?面白いとでも思ってるのかよ?やる気あるのか!と問いつめる。

すると、チンは、ねえよ!やる気なんてねえよ!と怒鳴り返して来る。

もっとまじめにやれよ!とペペは怒るが、悦子は死ぬかも知れねえんだよ!正常な妊娠じゃねえって!ガキ生んだら死ぬかもしれねえって…、でも悦子、生むって聞かねえしよ!とチンは叫ぶ。

それを聞いたペペは唖然として立ち尽くす。

お前、何言ってんだよ!話、違うじゃねえか!おふくろ、出て行ったんじゃねえのかよ!そう叫ぶペペの言葉を、今度はチンの方が訳が分からないと言った顔で聞く。

そんな人じゃダメなんだよ!子供を捨てるような親だから、そのせいで、俺の人生、みじめなんだよ!自分の命を賭けて子供を産むような親じゃ、つじつま合わねえんだよ!堕ろせ!どうせ、ろくでもない子供しか生まれねえんだ!堕ろしてくれよ!と半狂乱になりながら頼みだしたペペの異常さに付いて行けないチンは、何だよ、お前!と言うなり殴りつける。

倒れたペペは、痛ぇ〜!と言いながら、号泣し始める。

入院中の悦子は、赤ん坊用の靴下を編みながら、ベッドの上で、ゆりかごの上に〜♪と子守唄を口ずさんでいたが、突然、編み物道具を払い捨てると泣き崩れる。

そんなある日、神社にやって来たペペは、手で弄んでいた500円玉を落としてしまったので、それを拾おうとして、悦子が落としたままになっていた絵馬を見つける。

「元気な赤ちゃんが生まれますように 悦子」と書かれていた。

一方、チンの方は、舞台を辞め、ラブホテルのベッドメイキングの仕事をしていた。

1人になったペペは、雷門ホールの楽屋で、小学生相手にカードマジックを披露していた。

子供は、へのへのもへじが書かれたカードを不思議がるが、昭和49年5月9日と書かれた日めくり暦を観ながら、ペペは、同じカードは存在しない…と呟く。

雨が降りだした中、ペペは入院中の悦子を見舞いに行く。

チンが悦子に渡した紙製のバラがまだ飾ってあったのでそれを指摘すると、何か好きなんですよね、この花…、頑張って本物の花の振りをして…と悦子が笑顔で言うので、自分のことを言われているようですとペペが気まずそうに答えると、昨日、正ちゃんも同じこと言ってましたと悦子は笑う。

そして、見えますか?未来点、私の子供の未来…と悦子は聞いて来る。

分かる訳ないじゃないですかとごまかそうとしたペペだったが、でも、ユリ・ゲラーもV9のことも見えたじゃないですかとまで言われたので、じゃあ、少しだけですよと前置きし、ペペは自分のことを語り始める。

勉強はできる方じゃないし、スポーツも出来そうにない。モテるようなタイプでもない…と説明すると、正ちゃんに似てますねと悦子は笑う。

4年生の時、みんなの前で金マジックを披露した年のバレンタインデーに、生まれて始めてチョコをもらうんだけど、冷蔵庫に入れといたら、チンが食べちゃったりするんです。彼、ずっとあんな感じですから…とペペは教える。

私はどうです?私は子供に取ってどんな母親になっているんです?と悦子が聞いて来たので、悦子さんは…と、一瞬口ごもったペペだったが、子供に取って、生きる理由です。何やってもちっとも巧く行かなくて、もう全部止めちまおうかなって思うときもあるんですけど、その人生がどれだけ母親から強く望まれていたかって知っててん、それでその後、人生が凄く愛おしいものに思えて…、だから、悦子さんは生きる理由です!そんな母さんの子供に生まれて来て良かったと…、そう思っていますとペペが答えると、聞いていた悦子は感激して泣き出してしまう。

良かった!と呟く悦子は、同じく泣き出したペペに、今お腹を蹴った。触ってみますか?と言い出したので、恐る恐る悦子のお腹を触ったペペは、本当だ!と喜ぶ。

ベッドから、窓の外に目をやった悦子は、観て!お外、晴れたよと嬉しそうに言う。

その後、ペペは、慣れない手つきで、チンが作った紙製のバラを真似て作りながら、呼びだしたチンと河原で会う。

本当だったら、明日、最終オーディションだったなと切り出したチンは、1人でやるのか?と聞いて来る。

ダメは、ダメなりにな…とペペが答えると、滑る所観たかったな〜、俺も暇じゃないもんで…とチンはからかって来る。

仕事、何でラブホテルなんだよ?働き口他になんでもあるだろ?とペペが聞くと、もしかしたら俺だけになるかも知れないからな…、ダメはダメなりにな…とチンは答える。

もし、そうなったら、生まれて来た子共に何て言うんだよ、悦子さんのこと…とペペが聞いてみると、お前を生む為に母さんは死んだなんて言えねえからよ、俺が他に女を作ったんで出て行ったとでも言うかとチンは答える。

もっとましな噓を付けよ、バカにされっぞと忠告したペペだったが、あのさ…と何かをチンに言いかける。

楽屋の日めくりは5月10日になっていた。

入院中の悦子に、見舞いに来た小学生が、へのへのもへじの書かれたカードを使ったマジックを披露していた。

その時、突然、悦子が苦しみだしたので、一緒に見舞いに来ていた支配人は、生まれるのか?と慌てる。

その場には、チンも見守っていた。

ただちに看護婦がやって来て、悦子を分娩室に運び込む準備を始める。

正ちゃん!と呼びかける悦子に、大丈夫!立派な先生らしいからと落ち着かせるチン。

一杯叩いたねと謝る悦子に、これからも頼むわと答えるチン。

名前考えてくれた?と悦子が聞くと、晴子はどうだろう?外、晴れてっからとチンが言うと、男の子だったら?と悦子が聞き返す。

そりゃ、晴夫だろうと答えるチン。

分娩室に運ばれて行く悦子は、正ちゃん、チョコレート、勝手に食べちゃダメだよと注意し、チンは、分かったと答える。

分娩室の外でチンは、悦子〜!頑張れ〜!と中に向かって呼びかける。

その頃、1人でTVのオーディションを受けに来ていたペペこと轟晴夫は、エントリーNo.8番!と呼ばれ、舞台に出てマジックを披露し始めていた。

分娩が始まり、ペペの自信ありげなマジックの様子とカットバックして行く。

鳩マジックから、リングマジックと続けた晴夫は、新作の、紙のバラを使った浮遊マジックを始める。

左手のひらの上から、空中に浮かび上がる白い紙製のバラ。

悦子とチンこと、父、轟正太郎と過ごした日々のイメージが重なる。

床に一旦落ちた紙のバラを、晴夫は念力をかけるようなポーズで空中に浮かび上がらせると、紙のバラは突如燃え上がり、真っ赤な本物のバラに変化する。

分娩室の中では、苦しんでいた悦子が必死に力む。

生まれて来た赤ん坊の泣き声。

突如、オーディションの舞台上にいた晴夫が光ると、床には赤いバラが落ち、マジシャンの姿は掻き消えていたので、観客たちは騒然となる。

電車が高架線の上を走り過ぎ、草むらで気絶していた晴夫は目を覚ます。

立上がって、土手の上から周囲を見渡すと、現在の東京の町並みが見える。

安堵した瞬間、持っていた携帯が鳴り始めたので、出てみると、荒川東署の警官からで、先ほどお渡しした骨壺を返して頂きたい。実はそれ、別の方のものでして…、会いたい奴がいたんでなどと言う変なホームレスに騙されまして…などと言うではないか。

その時、よお!と言いながら、聞き覚えのある声の人物が近づいて来る。

どう言うことなんだこれは!と晴夫がその人物に問いかけると、相手は、母さんのこと、話しておこうと思って…、警察が騙されてりゃ、世話ねえよな…などと言う。

そんな相手を観ながら晴夫は、あんなこと言わなければ良かった!あ~あ、損した!と嘆く。

あのさ〜…、本当はもっと早く言わなきゃならねえと思ってたんだけど…、ありがとう!とペペが言うと、相手の人物、オーディションの前日、河原で会ったチンは、照れくさそうに微笑み返す。


 

 

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