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日本暗殺秘録

「昭和暗黒史もの」とも言うべき内容であり、東宝の岡本喜八作品「日本のいちばん長い日」(1967)などを連想させるような雰囲気の、単なる娯楽と言う言葉だけでは片付けられ難い作品になっている。

基本、作家映画や芸術映画を嫌い、客が呼べる娯楽に徹していた当時の東映にしては異色な作品の部類ではないだろうか。

斬ったり撃ったりと言う殺伐とした犯罪アクション、再現犯罪ドラマ風要素だけのエピソードもあるが、そうした要素の中で、暗殺者たちの動機、昭和史の暗部に迫る中核となるドラマを用意している。

最も時間を裂き丁寧に描いている、千葉真一と御大片岡千恵蔵が登場する、宗教映画的な雰囲気すらある「血盟団事件」のエピソード部分がそれである。

「八州遊侠伝 男の盃」と同じく、若き藤純子も共演しており、奇しくも七つの顔を持つ「多羅尾伴内」の御大と、その子供バージョンとも言うべき、七つの顔のおじさん「新七色仮面」の千葉真一の共演作になっている。

特に、B級アクションスターのイメージが強い千葉真一のまじめな演技振りは見物で、彼の知られざる代表作の一本と言っても過言ではないように思う。

テロ発想が生まれた当時の暗い世相、貧困や階級差、支配階級の腐敗とか世の中の矛盾が庶民目線で描かれており、ついつい主人公がたどり着いたテロリズムに共感してしまう部分がある。

他のエピソードも、テロリストたちを人気スターが演じているし、テロリストたちの心情に同情的に描いているように見える部分もあり、一見全編テロリズム肯定のように受け取れなくもないが、何せこの当時は学生運動華やかりし時代であり、反権力、革命などと言う言葉に一部若者が本当に踊らされていた時代である。

そう言う背景を抜きにしても、一本の映画として見応えがある事は確か。

知られざる昭和史発掘ものとしてだけでも観る価値はあるのではないか。

個人的には、高橋長英が演じているギロチン社社員古田大次郎の銀行員刺殺事件が心に残った。

最後の「226事件」エピソードの青年将校を演じている川谷拓三など、東映お馴染みの出演者以外にも、大映を飛び出した田宮二郎が出ていたり、近藤正臣や村井国夫、高橋長英、唐十郎と言った当時の若手が参加しているのにも注目したい。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1969年、東映、鈴木正原作、笠原和夫脚色、中島貞夫監督作品。

万延元年3月3日

雪が降りしきる中、合羽を脱いだ有村次左衛門(若山富三郎)ら18名の薩摩浪士は、江戸城桜田門外で駕篭に乗っていた大老井伊直弼の護衛たちを襲いかかる。

護衛たちを斬り殺した有村は、駕篭に近づき、扉の外から刀を貫く。

駕篭の中から、傷ついた井伊直弼が外に転げ出ると、更に太刀を浴びせ、その首を斬り取る。

井伊直弼の御印を左手に持ち、帰りかけた有村は生き残っていた護衛の1人に背後から斬りつけられる。

護衛は、薩摩藩士の仲間がその場で斬り捨てるが、雪の中に倒れた有村は、小刀を抜くと、自らの咽を突き自害する。

「桜田門外の変」である。

明治維新を挟む十数年の間に、数多くの暗殺事件が起こった。

これに恐れおののいた明治政府は暗殺禁止令を発布、明治天皇も暗殺を嘆く文を書かれたほどだった。

しかし、暗殺はなくならなかった…、何故か?

権力(の文字)

大久保暗殺事件 明治11年5月14日

東京麹町付近の細道を走る1台の馬車には、参議内務卿大久保利通が乗っていた。

その時、馬車の前に踞っている2名の壮士(藤本秀夫、友金敏雄)を発見した護衛が、馬車を降りて注意しに行くが、突然立ち上がった2名は、突然隠し持っていた日本刀で、護衛の顔面を斬りつける。

護衛は絶叫し、血まみれになりながらその場を逃走。

側に隠れていた3名も合流し、停まっていた馬車に駆け寄って来ると、残りの馬丁や護衛を斬りつけると、大久保に襲いかかり暗殺をする。

明治22年10月18日

外務省正門前に、傘を持った1人の紳士が佇んでいたので、護衛の警官(小田部通麿)が用向きを尋ねると、友人を待っていると言うので、そのままにしておく。

その紳士、玄洋社社員来島恒喜(吉田輝雄)は、馬車に乗った大隈重信(矢奈木邦二郎)が外務省の門に近づいて来るのを観ると、傘の影に隠し持っていた爆弾を取り出し、大隈の馬車が門の中に入るのを観るや否や、手にした爆弾をその馬車の方に投げつける。

大爆発が起き、馬車は店頭大破、大久保は右足を負傷。

慌てて駆けつける護衛たちの中、先ほどの警官が、犯人はどっちに行きましたか?と聞いて来たので、来島は黙ってあらぬ方角を傘で指し示す。

警官は礼を言って、その方角へ走り去ったので、1人門前に残った来島は、帽子と傘を門の鉄柵に引っ掻け、死んだ大久保の方に深々と頭を足れるのだった。

明治34年6月21日

東京市役所内参事会室で他のメンバーたちと談笑していた東京市会参事星亨(千葉敏郎)は、いきなり室内に乱入して来た心形刀流師範伊庭想太郎から斬殺される。

大正10年9月28日

大磯にある「寿楽庵」に、安田財閥当主安田善次郎(志摩靖彦)を訪れた神州義団主幹朝日平吾(菅原文太)は、貧民街にホテルを建てたいので出資して欲しいと願い出るが、そんなものは自分たちで作れば良いのだ。第一君は人に金をもらいに来ているのに良い着物を着ているではないか?と批判されたので、持参していた刀を抜くと安田に斬り掛かる。

斬られた安田は家人を呼ぶが、書生たちが駆けつけると、寄るな!怪我をするぞ!と脅した朝日は、庭の芝生に落ち、這って逃げようとしていた安田にとどめを刺す。

大正12年

誰をやろうと言うの?

そう、河原で友人から聞かれたテロリスト集団ギロチン社社員古田大次郎(高橋長英)は、一番偉い人です。爆弾を持って車の下に飛び込もうと思っている…。僕自身が僕にやれって命じているんだと夢見るように打ち明ける。

それを聞いた友人は、そんなのは衝動だけのテロリズムじゃないかと呆れるが、関東大震災に乗じ、大杉栄や朝鮮人を大量虐殺したものがいるのに、誰も罪に服していないではないかと古田は言う。

そんな古田に友人は、テロリズムでは革命は起きない。君たちは自分の人生に自分の血で美しい詩を書きたいだけなんだと厳しく指摘する。

それでも古田は気にしない様子で、爆弾を持っている朝鮮人がいるんです。100円貸してくれませんか?ダメですか?あ〜、お金が欲しいな〜…と無邪気に呟くのだった。

同年9月10日、古田大次郎は、仲間2人と金の入ったバッグを持った銀行員を付け、飛びかかってバッグを奪おうとするが、抵抗されたので、短刀を出し、もみ合いながら倒れ込んだ時、短刀が銀行員に刺さっていることに気づく。

仲間と必死に逃げる途中、上着に血が付いていると指摘された古田は、側の小川の水で懸命に血を洗い流そうとする。

しかし、捕まった古田には死刑判決が下る。

処刑の日、房から外に出された古田は、処刑室に向かうまでの間、かつての日常にもう戻れないことや、自分が死んだ後も社会は相変わらず動き続けるだろうと言う予感。京浜電車の線路脇に雨の日咲いていた月見草、のり巻き、刺身…などを思い浮かべていた。

暗殺者たちは通常、自ら死を選んだが、そうでないものたちは処刑された。

大正14年10月15日 市ヶ谷で古田大次郎は処刑された。

それでも暗殺はなくならなかった…、何故か?

昭和7年

日蓮宗の僧侶である井上日召の元に集まった青年たちは「1人1殺」のテロを実行しようとした。世に言う「血盟団事件」である。

裁判所で、裁判長(北竜二?)から、身体が悪いそうだから座っても良いと促された実行犯小沼正(千葉真一)、幼名七郎はそれを断る。

続いて、小学校の6年間を主席で通すほどの小沼が上級学校への進学を諦めたのは、父親の死のためか?と聞かれると、はい!と素直に答える。

18の時、銀座の染物屋に勤めたのだなと聞かれた小沼は、その頃のことを思い出していた。

(回想)扇屋染物の小僧になった小沼は、カフェの女給から店に呼ばれ、男から抱きつかれている女給の姿を目の当たりにしてどぎまぎしていた。

そんな小沼は、同じ小僧の正吉が金に困っていると知り、一緒に食事中の旦那夫婦(中村錦司、北川恭子)に給料の前借りを頼んでやるが、正吉は前から随分前借りをしてやっているので、ダメなだけでなく、荷物をまとめときなさいと正吉は首を言い渡されたので、小沼は義憤にかられる。

しかし、小僧の身分で小沼に出来ることは何もなかった。

その後、小沼は脚気を患ったこともあり、実家に一旦帰る。

実家では、長兄の小沼新吉(高橋昌也)も運送屋の仕事を首になっていたので、母親たつ(三益愛)は、早く銀座の店に戻れと小沼に言い聞かすが、まじめに働いても報われない。あの店には帰りたくない。兄さんも、死んだ父さんだって、人に良いように利用されていたじゃないかと小沼は不満をぶちまける。

そんな小沼に新吉は、お前、東京でそんな考えになったのか?と叱る。

それでもたつは、次男の勝寿(波多野博)にもっと良い口を探してもらうからと言い聞かせる。

勝寿が小沼を連れて来た新しい勤め先は、カステラを作っている「落合製菓」と言う店だった。

小沼はその店で、女将の清子(桜町弘子)から、たかちゃんことたか子(富司純子)を紹介される。

主人の落合初太郎(小池朝雄)は人柄が良さげで、昭和3年11月に予定されている昭和天皇即位の礼用の菓子作りで忙しくなるし、近々駒沢の方に新しい工場を作るので、小沼君にも支店の一つも任せたいなどと夢を語ってくれる。

その後、慣れないカステラ作りを覚えるため、身を粉にして働き始めた小沼だったが、オーブンで指を火傷して、たか子に軟膏を塗ってもらったりする。

そんな中、清子は主人の落合が、何度も高利貸しの西村(南都雄二)から金を借りていることを心配するが、うちみたいな所に銀行はびた一文貸してくれないから仕方ないじゃないかと落合は答える。

落合は来月に迫った御大典に向け、店の改築を急ぎ、申請を出していたが、所轄署の警官(汐路章)が店の検査に丸一ヶ月もかけて頻繁に来ては、あれこれ難癖を付けて来て許可を出そうとしないので焦っていた。

それでも人が良い落合の経営方針を、古参の従業員たちは徐々に不安がるようになる。

昭和3年11月18日

資金繰りが行き詰まった落合の店は、ガスを止められていた。

夜、酔った落合を連れ清子が店に帰って来る。

店に迎え入れた小沼に落合は詫び、高利貸しの西村が手を回し、得意先の回収金を押さえられたので、もうガス代も原料費も出せなくなり、たった一ヶ月で倒産になった。後一ヶ月早く警察が許可してくれたら…と嘆く。

俺が甘かったんだ。袖の下って奴を知らなかったんだ。本当に君たちには申し訳ないと、集まって来た従業員たちに落合は詫びるが、古参の職人(田中春男)は、良く酒なんか飲んで来れますね。俺たちは酒飲む金もないんだ!と怒りも露に連判状を差し出すと、俺たちは使用人じゃない!労働者だ!それなりの権利はある!この店の処分は俺たちに任せてくれと言い出す。

落合を介抱しながらそれを聞いていた小沼は、自分が相手になると言い、古参の職人たちを表に連れ出すと、そこで喧嘩を始める。

小沼に組敷かれた古参の職人は、ガキや女房がいねえお前に分かるものか!どうにもなりゃしねえんだ!結局、バカ観るのは俺たち貧乏人なんだ!と泣きわめくのを聞くと、殴るのを止め、呆然としてしまう。

その後、古参の職人たちは店を辞め、小沼とよっちゃんと言う職人だけが店に残ることになる。

ある日、銭湯に入り、のんきに歌を歌っていた小沼は、番台に座った風呂屋の女将が、きれいな奥さんが迎えに来ているよと声をかけて来たので驚く。

女房に間違えられたのはたか子だったが、恥ずかしがった小沼が文句を言うと、その日の夕食の席、自分のみそ汁には具が何も入ってない事を知る。

小沼は、みそ汁を注いでくれたたか子の仕業と気づき、江戸の仇を長崎で取るようなことをするのは「おっこんじょ」のやることだと膨れる。

しかし、そんな2人の可愛い喧嘩を笑いながら聞いていたよっちゃんのみそ汁にも具は入っていなかった。

その時、清子に電話が入ったとの知らせが届き、清子が電話のある向かいの店に向かったので、小沼も何ごとかとついて行くことにする。

すると、落合がまた酔ってしまい、酒代の10円が払えないのだと清子が言うので、自分が問屋から金をもらって店まで迎えに行くと小沼は言い出す。

清子は、落合がいるのは中山駅前の「喜楽」と言う店だと教える。

小沼は自転車で出発しようとするが、咳き込み始めたので、見送りに出て来たたか子は働き過ぎよと案ずる。

それでも、自転車を走らせて出かけた小沼だったが、途中で酷く咳き込み自転車を止めることになる。

後日、高利貸しの西村が、落合の店の家財を全部業者に売り払っていた。

小沼は実家に帰る事にし、よっちゃんは両国の橋の側の店に再就職の口を見つけたと言う。

それを聞いた小沼は良かったな…と言いながらも、感極まって、よっちゃんと抱き合って泣き出す。

その側では、同じく店を離れることになったたか子も泣いていた。

実家に戻って来た小沼は自暴自棄になり、兄新吉や客たちと酒を飲んでいる席で、客の1人が歌を披露している中、いきなりレコードで流行歌を鳴らし始める。

泥酔して非常識なことをやる小沼を新吉は叱りつけるが、小沼は酒くれよ!と兄に迫ってきたので、新吉は思わずビンタをする。

小沼は、それでも酒をねだり続け、あげくの果てにそのまま宴席の部屋の中央に倒れ込み、無様に寝入るのだった。

ある日、小沼は地元の病院の待合室で咳き込んでいる時、隣で待っていた娘からハンケチを差し出される。

小沼は、その日、その娘民子(賀川雪絵)と一緒に線路を歩き病院から帰る。

民子は、入院すれば直るって言うけれど、入院費って高いのよと言う。

その時、線路脇の田圃から芋を川に捨てているのを見かけた民子は、安いのよ。売っても肥料代にもならないんですって…と農家の実状を教えると、留守番をしなくちゃ行けないからと言い、先に帰る。

その直後、小沼に声をかけて来たのは村の旧友たちで、大洗護国堂の井上日召と言う人に法華経を一緒に習いに行かないかと誘って来る。

興味もなく付いて行った小沼は、はじめて会った井上日召(片岡千恵蔵)が、これから鐘を三回鳴らすので、御題目を唱えるのは止めて下さいと注意したにもかかわらず、いきなり「何妙法蓮華経!」とお題目をふざけたように唱え始める。

連れて来た友人たちは驚き、日召本人も怒ったように、小沼の無礼な態度を睨みつける。

そして、お題目を唱えるのなら、もっと真剣に唱えなさい!と叱ったので、いたたまれなくなった小沼は部屋の外に逃げ出す。

後日、小沼は民子と2人で海辺に来ていた。

突然、小沼が走り出したので民子も慌てて追って来るが、草の上に倒れ込んだ小沼は、横に腰を降ろした民子を引っ張り抱きつくと、俺たち、死んじまうんじゃないか!何も出来ないし!とやけを起こしたように叫び、無理矢理キスをして来る。

その後、民子の容態が悪くなったと聞いた小沼は家に見舞いに行く。

貧しそうな民子の両親(市川裕二、岡島艶子)が言うには、後、1日か2日の命だと言う。

鶏が歩き回っている部屋の中で寝かされていた民子は、小沼が呼びかけてももう返事はなかった。

そのまま、部屋の縁側で夕日を観ていた小沼だったが、布団の中の民子の様子がおかしいことに気づき近づくと、すでに民子は死んでいた。

小沼は民子の遺体を泣きながら抱きしめる。

その後、絶望した小沼は、海岸に1人来ると入水自殺をしようと海に入るが、波に押し返され、浜辺に打ち上げられると、無力さに耐えきれなくなり泣き出す。

その時、水平線に夕日が輝いているのに気づいた小沼は、自然に手を合わせ、「何妙法蓮華経!」と無心に拝み始める。

「立正護国堂」に青年たちが自転車で集まって来ると、「護国道場」と額に書かれたお堂の中では、琵琶法師が歌を歌っていた。

弟が病気なので入信すると言う桧山誠次(村井国夫)と言う青年を他の青年たちに紹介した代表(天津敏)は、和尚さんは今、断食中で身体が弱っておられると説明すると、日本は腐敗しとる。所や良し、大洗は日本を洗うと言う意味だし、東光台は東洋に光を当てると言う意味にも取れる。この立正護国堂で皆さん修行して、日本を守って下さいと挨拶する。

そこに、井上日召がやって来て、青年たちの中に混じっていた小沼と目が合う。

外は雷鳴が轟き、稲光が走る。

日召が拝み始めると、小沼は前回とは打って変わった真剣さで聞き入る。

その後、日召の部屋に1人やって来た小沼は、先生!私をここに置いて下さい!と願い出る。

すると日召は、君の声には乱れがあった。死のうとしたな?と聞いて来る。

本気でお題目を唱えたんです!と答えた小沼は、先生、お題目を唱えていれば問題は解決するのでしょうか?と問いかける。

口先だけでは解決せん。何故死のうとした?と日召は言うので、世の中に絶望したからです。自分がまじめに働けば働くほど馬鹿を見る世の中が嫌になったのです。何故生きるか、分からなくなったんです!と小沼は吐露する。

今の日本には不正がはびこっている。これからは自分一身の為に唱えるのではなく、腐敗、疲弊してしまった日本の為に唱えるのだと日召は諭す。

昭和5年4月 ロンドン軍縮会議締結

失業者は31万人を数え、小作争議も激増していた。

そんな中、小沼は立正護国堂の下働きをしていた。

ある日、小沼が慣れない手つきで朝食の準備をしている所に、近所の娘がお供えものを持って来る。

娘は、危なっかしい手つきで包丁を使っている小沼に、切って上げましょうか?と声をかけ、料理を手伝ってくれる。

朝食の席、小沼が配ったみそ汁を一口飲んだ日召は、これを作る時何を考えておった!具が煮過ぎている!あれほど心をどこへもやってはいかんと言ったではないか!みそ汁にも心はある!これでは一人前になれんぞ!と文句を言う。

しかし、一緒に朝食を取る軍人藤井斉(田宮二郎)は、自分たちのサラリーを日召に手渡すと、ナポレオンも冷たい粥が好きだったそうですね?と、実は猫舌の日召をかばう。

台所でその会話を聞いていた娘は、外国にも粥ってあるんですか?と驚く。

日召は照れたように、小沼はバカだからここに置いてやっているのだと藤井等に説明する。

その後、小沼と対峙した藤井は、この辺では、女の子が生まれると赤飯を炊いて祝うそうだね?と聞く。

女は売れますからねと小沼が哀し気に答えると、三井や三菱はドル買いで5億も儲けたそうじゃないか!と藤井も世の不公平感に怒りを感じたように答え、和尚さんは何と言っている?と聞く。

自己革命をするのだと言うばかりです。どうやったら、和尚の言う正義が生まれるのですか?と小沼が逆に問いかけると、革命だよ…と藤井は答える。

国家を改造するんだ。和尚は君を信じている。水戸は、かつて桜田門の烈士が生まれた土地だ。やる時は、君か、俺か?どっちがトップでもやろうじゃないか!と藤井は熱く語る。

その夜 遠くから盆踊りの音が聞こえて来る中、寺に集まった仲間たちは、昨今は大衆もエログロナンセンスに浮かれる堕落振りだと嘆いていた。

藤井は日召に、今は行動の時だと思う。海軍が起爆剤になれば良い。まず破壊しかないのだと意見を述べる。

それを聞いた日召も、悠長なことを言っている時ではないと賛同しながらも、妙な血は流したくない。犠牲を少なく、民衆を覚醒させるには1人1殺しかないと答える。

盆踊りの音に耳をすませていた日召は、良いな〜、こうしてみんなが楽しんでいる…。この人たちを俺たちが救ってやるんだ!と力説する。

その言葉を、小沼もじっと聞いていた。

小沼は、リヤカーにワカメを積んで東京に向かうことにする。

そのリヤカーを押してくれた友子(東山明美)が何しに行くの?と聞くと社会勉強のためと小沼は答える。

東京でワカメの行商を始めた小沼だったが、町中にエロ看板が目だつ中、不景気は底知れない状況になっており、どこを廻っても全く売れなかった。

そんな中、小沼は偶然、落合製菓の女将清子と出会う。

清子の方も驚き、身体は?と聞いて来たので、お題目を上げていたら直っちゃったと小沼は笑って答える。

たかちゃんは?と小沼が聞くと、両国の映画館に勤めていたらしいけど、そこを辞めた後は居所が分からず、神田辺りのカフェで見かけたと言う噂を聞いたくらい。みんなバラバラになった…と寂し気に答えた清子は、自分も落合から離縁され、今は女中奉公しているのだと言う。

娘のみち子ちゃんは?と聞くと、落合の実家に引き取られた。毎日あの子のことばかり考え、こんなのを持って、抱いてやってるつもりになっているのよと言いながら、清子は一枚の娘の写真を見せる。

何度か死のうと思ったけど、生きていたら又会えるかも知れないと思って…と、清子は墓地で泣き始める。

昭和5年11月14日、浜口雄幸首相が狙撃されたと言う号外配りが走る。

護国堂に集まった同志たちを前に、藤井が、和尚はこの寺を去ることになり、今後、みんなが集まるのは難しくなるので、今日は送別会を兼ねて酒を飲もうと切り出す。

井上日召も、かつて藤井君は、現状打破をする破壊が必要だと言っておったが、私も東京の勇士たちと会って話を聞き、反省した。今や首都東京は貧困と堕落で目を覆わんばかり。一刻を争う救援が待たれている。藤井君の言う通り、非合法の破壊を行わねばならんと感じた。私は破壊をやる!自分自身を破壊するだけでなく相手にぶつかって一蓮托生させるための捨て石になる!後に続くもの太刀に革命を渡すのだ!と熱っぽく語る。

それを聞いていた藤井や同志たちは、やろう!と賛同する。

藤井は、陸軍の同士とも組もう。こちらには同士が40人はいる!と計画を練り始める。

昭和6年9月18日、奉天郊外柳条湖事件をきっかけに満州事変勃発

その後の政府の動きに不満を募らせた桜会を中心とした陸軍急進派はクーデターを計画する。

世に言う「十月事件」である。

日召の元に集まった同士は、仲間たちの近況を報告しながら、手に入れて来た拳銃を日召に手渡していた。

その頃、神楽坂の料亭では、腰ミノ姿の裸の芸者が陸軍の軍人相手に踊っていた。

そこに、藤井たち海軍の同士が2人やって来て、クーデターに成功したら二階級特進すると言う噂は本当かと聞く。

何も答えない陸軍の仲間を前に、藤井は、生きて二階級特進などと考えているのは不純だと吐き捨てる。

連夜飲んで、栄達を期待するような状況では、例えクーデターが成功したとしても権力の交代に過ぎないではないか!と藤井は陸軍の同士を面罵する。

そんなある日、小沼も参加した会合にやって来た1人の陸軍同志が、我らの計画が上層部に漏れていたと知らせる。

和尚から薄々事情は聞いていたと小沼が落ち明けると、同士の1人大庭春雄(近藤正臣)が、知っていて今まで黙っていたのか!と言いながら、小沼に殴り掛かって来る。

小沼は憮然として会合から帰る。

その後、酔って街を歩いていた小沼は、ふと立ち寄ったカフェのカウンターにいたたか子を発見する。

たか子は再会に驚きながらも、テーブル席に小沼を誘うと、今日は自分がおごると喜ぶ。

そんなたか子に、小沼は持っていた鈴を手渡す。

それを受け取ったたか子は、嬉しそうにがま口にその鈴をつけると、煙草を取り出し、慣れたように吸い出す。

そんなたか子の変わり果てた姿を、小沼は黙って見つめていた。

たかちゃん、女給なんか辞めなよと小沼は語りかけるが、どうして?こんなでたらめな世の中だもの、でたらめに生きないと…とたか子は諦めたように答える。

しかし小沼は、だからと言って、みんながでたらめに生きたらどうなる?と反論する。

じゃあ、どうしたら良いのよ…、そんな事言ってくれるの小沼さんだけよとたか子は言い、私のこと、本当に愛してくれる人がいたら…と呟く。

それを聞いた小沼は、いるじゃないか!と答えるが、どこに?とたか子は問いつめ、何も答えない小沼に、小沼さん、結婚しないの?と聞く。

俺は今、自分のことを考えるだけで精一杯で、暇がないんだと答えた小沼に、遠くへ行ってしまったのね、小沼さん…とたか子は寂し気に言い、今夜は飲みましょう!とビールを注ぐのだった。

その夜、酔って日召の家に戻って来た小沼だったが、寝室から呼ぶ日召の声が聞こえる。

蒲団に入って休んでいた日召は起き上がると、部屋に顔を出した小沼に、今頃まで何をしておった?バカ!俺の家を宿屋とでも思っているのか!横須賀で何を騒いでいたか、わしは知っているぞ!小沼、国士を気取るな!酔って何が出来る!と叱りつける。

黒澤、石山等を観ろ!東京の地理を覚える為に、みんなタクシーの助手になって働いている。遊んでいるのはお前だけだ!と説教された小沼は、俺だって一生懸命やっているんだ!だが、今度みたいな裏切りがあると、誰も信用出来んのです!どうしたら良いのか分からないんです!自信がないんです!私には革命なんかやる資格がないんです!田舎に帰ります!と訴える。

それに対し、日召は、これから死のうと言うものに資格はいらん。この道だけを突き進めば良いのだ。自信がないとか、そんなことを考える余裕がお前にあったのか?貴様のような奴は田舎に帰ってしまえ!と叱りつける。

その後、晴れの日も雨の日も、大洗の海辺で一心不乱にお題目を唱える小沼の姿があった。

寺で1人沈思黙考していた小沼の脳裏には、たか子や日召の顔、絞首刑のロープ、爆発などのイメージが次々に去来していた。

そんな無茶な修行を続けていた小沼の身体を案じ、庫裏が借りてあるから休むよう声をかけて来たのは友子だった。

布団に寝かされた小沼は、側に付き添っていた友子の手を掴んで引き寄せると、強引にキスをするのであった。

そんな小沼を訪ねて来た桧山誠次は、最近の同志たちの苦しい現状を教え、先生の所へ帰ってやれと伝える。

そんな檜山に小沼は、俺やっと分かったよ。革命は俺たちでやるんじゃない。俺がやるんだよ、この俺が!と熱いまなざしで伝える。

昭和7年1月 上海事変勃発

藤井は上海に渡ることになり、小沼と最後の別れの日、尺八を吹いていた。

藤井さん、もう1度聞かせてくれませんかと、吹き終えた藤井に頼んだ小沼だったが、藤井はその尺八を君に預かってくれと言い手渡す。

俺は国家改造を俺の手でどうしてもやり遂げたく、これまでやって来たのに…、残念だ!小沼君、頼む!と藤井は語りかけ、小沼もやります!と約束する。

それを聞いた軍服姿の藤井は、部屋を出て行く。

小沼から藤井が出征したことを聞いた日召は、あの連中は俺たちのやり残したことをやってくれるだろう。1人1殺しかない。お前は民政党の井上準之助をやれと命じると、柳行李を持って来いと言う。

小沼は言われた通り柳行李を押し入れから出して来ると、その中に隠してあった拳銃を取り出し、これをもらいますと言う。

どっかで撃ってみるしかないと日召が言うので、海岸で撃ってみますと小沼は答える。

小沼は田舎に帰る小沼に金を与えながら、もう会えんかもしれんが、横の連絡を取るな。例え巡査に追われても撃ってはならん。捕まっても、敵をやった目的を伝えなければならぬ。無理を言うようだが分かってくれと言うので、小沼は、分かっております。行って参りますと答え、立ち上がる。

そんな小沼に、おい!と呼びかけた日召は、涙ながらに、逃げられれば逃げるんだぞ。死んではいかんぞ!と語りかけ、それを聞いていた小沼も目を潤ましていた。

大洗の海辺に戻った小沼は、人目を忍んで銃の発射練習をしてみる。

そんな小沼の行動を知らない母親のたつは、どうするつもりじゃ?友ちゃん、子供が出来たそうじゃ。早々に式を挙げた方が良い。男がちゃんとしないことには…と家で文句を言う。

小沼は、分かってるよと返事をし、母さん、夕べ預けたものと頼む。

たつは、小沼から預かっていたものを小沼に渡しながら、駐在がこの前来て、お前のことを聞いて行った。お前まさか、天皇陛下様に弓を引くようなことはしないだろうな?と心配そうに聞いて来る。

その時、小沼は、畳に置いてあった新聞に載った藤井、矢部墜落死の報道を発見、愕然とする。

その後、列車で上京した小沼は、町の食堂で同志と合流する。

同志は、井上蔵相が言っておったそうだが、百姓はどんなことがあっても飢えることはないそうだと批判する。

そんな話を聞いていた小沼は、その店にたか子がいるのを発見する。

たか子の方も小沼に気づいたのか、裏口から逃げ出す。

それを追って裏道に出た小沼は、結婚したんじゃなかったのか?そう聞いたもんだから…、俺…と聞く。

別れたのか?と問いかけると、たか子は泣きながらその場を逃げて行く。

その時、かつて小沼が彼女に渡した鈴の音が聞こえていた。

宿に戻った小沼は、けん銃を取り出すと弾を込め、袖の中に入れる。

そして、戦死した藤井の写真を火鉢で燃やすと、台所で水を二杯飲む。

昭和7年2月9日本郷駒込小学校の校門には、井上準之助演説会場と書かれてあった。

その場にやって来た小沼は、先生の演説はもう始まっていますかと係員らしき男に尋ねる。

男が、もうお見えになる頃だと言うので、少し離れた所で待つことにする小沼。

冷たい風が吹き抜ける。

その時、車が到着し、井上準之助らしき男が降り立ったので、井上さんだ!と周囲のものたちが騒ぎだす。

それを聞いた小沼は、走って井上に抱きつく形で、隠し持っていた拳銃を数発発射する。

小沼は周囲にいた男たちにその場で捕まり、袋叩きにされる。

警察署に連れて来られた小沼に近づいて来た新聞記者(砂塚秀夫)が、井上さんは死んだよと睨みつけながら教える。

この事件をきっかけとして、5月15日の「五・一五事件」を始め、半権力のエネルギーが、軍人、民間人問わず広がって行った。

昭和10年8月12日、陸軍中佐相沢三郎(高倉健)は、陸軍省の軍務局長室にさりげなく入ると、天誅!と叫びながら、永田鉄山軍務局長に軍刀で斬りつける。

倒れた永田軍務局長の首を斬りとどめを指した会沢中佐は、廊下に出て、そこに置いていたカバンを取ろうとした時、左手に怪我をしていることに気づく。

昭和11年2月26日早朝

一部青年将校が決起、首相官邸、大臣官邸、警視庁を襲撃。

世に言う「二・二六事件」であり、政党政治の腐敗に抗議し、昭和維新を目論んだクーデターであった。

お前等の行動主旨は天頂に達せられたから、もう兵を解散せよと説明する山下少将(神田隆)と対面した青年将校磯部浅一(鶴田浩二)は、その告示は何度も聞きました。行動は理解されているのか?私たちはこれまで、騙され通しに騙されて来た!と苛立たし気に聞き返す。

今、あなた方が私たちの意見を聞いてくれるのは武力を持っているからです。兵を解散したらどうなるか分からないと磯辺は抵抗するが、山下少将は、お前たちの気持ちは良う分かっとるとなだめる。

しかし、やがて、彼らの行動は逆賊として武力制圧されることになる。

官邸内に立て篭っていた磯部、村中孝次(里見浩太朗)、栗原(待田京介)ら将校たちは、今後どうするか話し合っていた。

最後の最後まで抵抗すると息巻く磯部に、このままでは下士官や兵たちが可哀想だと言う声が挙り、村中は、皇軍同士の衝突は避けねばならぬと諌める。

そんなことは革命では当然じゃないかと反論する磯部。

結局、自分たちが直に定価にお聞きして、許されなければ、我々将校たちだけ自決し、下士官たちはお許し願おうと言うことになる。

そこに、見張りをしていた将校が戻って来て、すぐそこまで戦車が来ていると報告したので、本当に大命が下っているなら、俺たち潔く自決しようと決めたんだと村中が伝える。

その場にいた将校たちは感極まって泣き出すが、1人、磯部だけは、俺は嫌だ!君たち、本当に自決するつもりか?そんなバカな話があるか!そんなことをして喜ぶのは軍の幕僚の連中だけだ。自決するのは俺たちの本当の目的じゃない。俺たちが自決したら、付いて来た下士官たちはどうなる!何の為に決起したんだ!俺は例え1人になっても最後まで戦うぞ!と息巻く。

しかし、やがて部隊は帰順されていった。

昭和11年7月5日、将校ら十数名に死刑判決が下った。

そんな中、磯部は、後の所裁判での証言が必要と言うことで執行が延期された。

牢を出されて別室に移送される磯部に、牢の中の仲間たちが、後を頼むぞ!国民のみんなに知らせてやってくれ!と次々に声をかけて行く。

栗原は、牢の中からリンゴを差し出し、食べて下さい!後を頼みます!と磯部に声をかける。

7月12日、隣接する代々木処刑場では、銃殺刑を偽装する銃声が朝から鳴り響いていた。

村中も、連行されて行く磯部に、牢の中から呼び掛け、畜生!と悔しがる。

処刑場では、顔を隠され縛られた将校たちが、天皇陛下万歳!を叫ぶ中、その顔面に次々に銃弾が撃ち込まれて行く。

国法は無力なり…

権力者の前では無力なり…(と、「磯部日記」に書かれた文を読む磯部の声が重なる)

翌昭和12年8月19日

村中と磯部は、獄中で銃殺された。

そして現代…

暗殺を越える思想とは何か?(との文字)


 

 

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