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喜劇 逆転旅行

1969年8月9日に公開された松竹喜劇シリーズで、それから約2週間後の8月27日に公開されるのが「男はつらいよ」の第一作である。

何故「男はつらいよ」の事を書くのかと言えば、この「旅行シリーズ」の常連である倍賞千恵子さんが、同じ「さくら」と言う名前の役で登場しているからである。

ただし、「旅行シリーズ」は毎回設定が違っており、さくらと言う役名で倍賞さんが出るのはこの作品だけではないかと思う。

この作品でのさくらは、「男はつらいよ」の優しい妹ではなく、実妹の倍賞美津子さんの方が似合いそうな、惚れた男に猪突猛進と言った感じの行動派タイプになっている。

主人公からマッシュポテトをしゃもじで口に押し込まれたり、自らフランキーにキスするなど、若い女優さんとしてはかなり抵抗がありそうな芝居も堂々とこなしている。

いつもの、控えめで地味な印象とは全く正反対のキャラだけに、ちょっとびっくりしてしまう。

倍賞さんは「男はつらいよ」の方も忙しくなったからか、5作目以降は他の女優さんがお相手役を務めるようになり、最終話の「喜劇 快感旅行」(1972)では、妹の美津子さんが、この作品のさくらに似た、ある意味ストーカー的なキャラを演じている。

今回の話は、東北本線の寝台車と東北各地が舞台となっているのが特長。

主役のフランキー堺は、棟方志功氏を思わせるような黒の丸メガネをかけ、古風ながら生真面目さを感じさせるようなキャラクターを演じている。

観光映画のような雰囲気と、当時人気があった歌手たちが登場するのも相変わらず。

今回は、じゅんとネネ、鶴岡雅義と東京ロマンチカ、津軽洋子桂子などが登場している。

当時を知る物にとっては懐かしい面々ばかりだが、都はるみの若々しさには仰天してしまう。

まだどう見ても、あどけなさが残る小娘である。

TVで当時見慣れていたと思っていたが、やはり、スクリーンでカラーで見ると鮮明さが全然違う。

ちなみに、最初の方で、森田健作氏扮する見習い車掌が自分のロッカーの裏側に「ピンキーとキラーズ」のピンキーこと今陽子さんの写真を貼っているのは、当時流行っていたからと言うだけではなく、同年2月21日に松竹で公開された「恋の季節」で、ピンキーと森健さんが共演していたからではないだろうか。

湯船でアップになり、ギャグを言う鶴岡雅義や背後でずっこける三條正人などと言う絵面も珍しい。

この頃の森田健作さんは、ギター片手に歌なども披露しており、松竹が新人アイドルとして売ろうとしていた様子がうかがえる。

森田さんのいつ観ても一本調子のセリフ回しと早瀬久美さんとのコンビなど、後のTV学園もの「俺は男だ!」(1971)の雰囲気そのまま。

このシリーズ、下ネタなど、今観ると下品に感じる要素もあるが、全体的に良く出来た楽しい作品になっている。

それにしても、当時、秋田博と言う催しをやってたらしいのは初めて知った。

大阪万博への便乗企画のように思えるが、後の(1980年代末)地方博ブームの先駆けのような物だったのだろうか?

この手のプログラムピクチャーは、色々な意味でタイムカプセルを開けてみたような楽しさが味わえるのが貴重。

ゲスト的な扱いだったのか、南廣が上司役でちらり登場しているのも見所だろう。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1969年、松竹、舟橋和郎原作+脚本、瀬川昌治監督作品。

米沢駅を明け方通過した東北本線の列車に乗っていた専務車掌長谷川吾一 (フランキー堺)は、寝台車から起きて来た客たちに、良くお眠りになりましたか?と朝の挨拶をして廻っていた。

今通過したのは米沢駅だったかい?と客から聞かれた吾一は、はい、NHKの「天と地」上杉由香里の米沢ですと笑顔で答える。

その直後、下のベッドに腰掛けた色っぽい女性(杉本エマ)が、ガーターが壊れたので、ゴムか何か留める物持ってない?と黒ストッキングも露に聞いて来たので、ゴム製品はちょっと…とと戸惑った吾一は、腕章をつけた安全ピンはどうでしょう?と答える。

つけて下さる?1人じゃ巧く付けられないからと言いながら、ミニスカートをたくし上げ、下着丸出しで足を差し出した女客の前に跪いた吾一は、目のやり場に困りながら安全ピンでストッキングの付け根と下着を付けてやるが、ふと気づくと、上の寝台から中年男が覗き込んでいたので、お客さん!失礼じゃないですか!と注意し、又、悪戦苦闘をしていると、又上の客が覗くので、又吾一が注意しようとすると、良いのよ、その人、うちの主人なんですと下の女客が言う。

驚いた吾一は、じゃあ、見てないで自分でやって下さいよ!と憤慨し、安全ピンを上の男客に渡して立ち去る。

すると、寝台を片付けていた見習い車掌の木下信作(森田健作)が、あくびをしながら挨拶して来たので、さてはお前、寝たな!と吾一が睨みつけ、早くあっちを片付けなさい!と命じると、信作は、ファ~イ!と気のない返事をしたのでまた叱りつける。

食堂車にやって来た吾一は、爪楊枝を追加しなさいとか、ナプキンも!と口うるさくウエイトレスたちに指示を出すので、ウエイトレスたちはあからさまに迷惑顔をする。

さらに、コックの森欽一(世志凡太)が、名前の似ている森進一の歌を歌っていたので注意すると、そこに出て来た食堂車パーサーの矢代大吉(伴淳三郎)が、お前の方がうるさいんだよ。食堂車の責任者は俺なの!と文句を言って来る。

しかし、吾一も負けておらず、列車全体の責任は専務車掌である僕にあるんですから!と反論すると、大吉は、手のつま先で吾一の胸を突つきながら、こっちは27年も車掌をやっているんだ!と言い返す。

爪なんか伸ばしてるんじゃないの!と注意し食堂車を後にする吾一に、なんだお前のその顔は!ケ~ロヨ~ン!と大吉はからかって見送る。

山形駅、秋田駅を通過し、終着駅の弘前駅に到着した吾一は、信作と一緒に駅舎のロッカールームに向かいながら、お前のお父っちゃんは立派な専務車掌だったんだから、まずはお父っちゃんを拝むんだ!と言い聞かせながら、信作のロッカーを開けてやる。

すると、ロッカーの扉の裏に貼ってあったはずの信作の父親の遺影の上に、ピンキーとキラーズのピンキーの写真が貼ってあったので、呆れて、そんなことじゃ、車掌になれんぞ!と説教する。

すると、又、信作は、ファ~イ!と気の抜けたような返事をしたので、又吾一は注意するのだった。

その後、吾一は、この所足しげく通っている原かおり料理学校のビルにやって来る。

長谷川さん、熱心ね。皆勤賞じゃないの!などとすっかり顔なじみになって話しかけて来た女性の生徒たちに笑顔で挨拶し、先にエレベーターに乗せてやる吾一だったが、そこに、吾一ちゃん!と気安気に呼びかけやって来たのは、吾一の幼友達の芸者さくら(倍賞千恵子)だった。

彼女も今日からここで習うことにしたのと言うが、エレベーターに一緒に乗り込むと、とたんに抱きついて来たので、吾一は慌てる。

実はさくらは、吾一に夢中だったのだ。

こんな所、誰かに見られたらどうするんだ!TVでもコマーシャルの時は休むじゃないかと吾一が身を離そうとすると、最近はコマーシャルも相当モーレツよ!とさくらも負けてない。

やがて料理教室の階に着いたので、降りた吾一は、今までしかめていた顔を急に笑顔にし、教室にやって来た原かおり(佐藤友美)に明るく挨拶をする。

もちろん、吾一が調理学校に通いだした目的は、この美貌の先生だった。

その日のメニューは「舌平目のムニエル」だったが、吾一は、かおり先生が側に来ると、皮がむけなくて…と甘えた声を出して先生を見上げる。

すると、隣に座っていたさくらが、皮なんて簡単に剥けるわよ。要領よ!等と言いながら、吾一の舌平目の皮を勝手にむいてしまったので、吾一はさくらを睨みつける。

その日、自宅に帰って来た吾一は、早速台所で舌平目のムニエルを自分だけで作って見るが、その際、生徒役の自分と先生役のかおりの声色を分けた一人芝居形式でやり始めたので、母親のみね(ミヤコ蝶々)は、大丈夫か?と心配そうに覗きに来る。

すると、1人芝居に夢中で、自分の両手で自分を抱きしめる行為をやっていた吾一は、母親に見られたのでバツが悪くなり、信作に玄関でも掃除させてくれとごまかすが、信作はさくらの所に出かけたと言う。

新作と欽一は、さくらにギターと歌を教わっていた。

「はしだのりひことシューベルツ」の「風」を3人で練習していたが、欽一は、他の芸者たちが気になるようで、途中から歌が「結んで開いて」に変化していたので、さくらから注意される。

さくらは、今日はお終いと言いだし、本業の床屋を手伝っていた後輩芸者あやめたちに、もう店じまいしてと声をかけ、床屋で待っていた客にも詫びて帰ってもらう。

まだ洗髪が終わってない客がいると言うので、さくら自らが最後の客の髪を洗い出した所にやって来たのが吾一だった。

喜んださくらは、客をほっぽり出して吾一を奥の座敷に上げたので、取り残された客が、俺どうなるの?と聞くと、家の若いのにやらせますとさくらは答え、え?俺?と戸惑いながら顔をのぞかせたのは森欽一だった。

その時、お姉さん、竹の屋さんが早くって!と後輩芸者が呼びに来たので、座敷に出ないと行けなくなったさくらはそわそわしだすが、さくら君、君と僕とは幼なじみと言うだけでそれ以外の関係は何もないんだから、けじめ付けないとねと、デレデレするさくらに吾一はきっぱり言い渡す。

さくらくんなんて呼ばないでよ!とさくらが怒ると、では、さくら!…、まるでテキ屋じゃないかと吾一は困る。

そして、家に居候している信作は、車掌試験を受ける大事な身なんだから誘惑しないでくれと吾一は頼む。

いつ誘惑したのよ!とさくらは怒るが、歌を教えると言って挑発してるじゃないか!と吾一が指摘すると、あんた、妬いてんの?でも私、若い子には全然興味ないのよ!とさくらは反論する。

そこに下半身丸出しのあやめが、腰巻きがないと言いながら部屋に入ってきたので、吾一はテーブルの下に置いてあった腰巻きを探し出してやる。

あやめが部屋を出ると、私、昔っから、吾一ちゃんにほの字だったのよとさくらは言い出す。

いつからなんだい?と吾一が聞くと、吾一ちゃんが中学で、私が幼稚園の時、良くおんぶしてくれたじゃないなどとさくらは答え、私、吾一ちゃんのお嫁さんにして欲しいの!といきなり告白すると、吾一がかけていたメガネを外しキスしようとする。

その時、部屋の障子が倒れ、廊下で盗み聞きしていた信作、欽一、あやめたちが一斉に転がり込んで来る。

転んだ弾みで右膝を痛めた信作を連れ、自宅に帰って来た吾一は、玄関前に立っている矢代大吉と見知らぬ娘を発見する。

娘は、大吉の娘で綾子(早瀬久美)と紹介され、一目見た信作は気に入ったのか笑顔で自己紹介するが、大吉の方は、何しに来たのか?と吾一が聞いても、夕涼みに来たなどと言うだけで、一向に要領を得ない。

取りあえず、家に上がってもらった大吉親子に、吾一は、朝のことだろう?と食堂での言い争いの詫びに来たものと思い込んでいた。

しかし、大吉は、何を言ってる?食堂は俺の縄張りだ!と言い出したので、そんな考え、古いよと吾一が言い返すと、どうせ俺は明治生まれだよ!このケロヨン!と怒って、娘共々帰ってしまったので、うちの子が何故ケロヨン?と応対に出た母のみねも不思議そうに大吉を見送るのだった。

吾一も、何をしに来たのかな~と首を傾げる。

翌日、列車に乗り込んで食堂にやって来た吾一は、ウエイトレスの中に夕べ会った綾子がいたので驚く。

うちのお父さん、照れ屋だから…、夕べも言いそびれて…と綾子が言うので、娘が今日からウエイトレスになることを言いに来たのかと察した吾一が大吉に会うと、大吉は無言で、吾一にナプキンやバナナを渡そうとする意味不明な行為をする。

上野に到着した後、信作と綾子は仲良くホテルのプールに泳ぎに行く。

プールサイドでは、水着姿のじゅんとネネが「お熱い方がステキ!」を歌っていた。

初めてのデートだったが、信作と綾子は急速に接近する。

下りの列車の車掌室で、車掌試験用の教科書を読んでいた信作は、教科書の中に挟んでおいたプールで撮った綾子とのツーショット写真をこっそり出して嬉しそうに眺めていた。

食堂車では、フランス語らしき言葉を話すおかしな客にウエイトレスたちが戸惑っていた。

そこに、吾一がやって来て話しかけてみると、日本人だと言うので、キザな奴だ…と吾一は小さく呟く。

ムニューを見せてくれと言うので、吾一は訳が分からなかったが、代わってやってきた大吉は、分かったと言う風に頷き、森欽一等に、ムニュー1丁!と声をかける。

しかし、欽一等も、ムニューとやらが何のことなのかさっぱり分からず、首を傾げるだけ。

吾一はそんな大吉の側に来て、何のことか分かるのか?と聞くと、お前に分からないものが俺に分かるはずないじゃないか!と睨みつける。

仕方ないので、ムニューは品切れになっておりますと吾一が客に伝えに行くと、品切れ?何言ってるんだ!そこにあるじゃないか!と客が指差す先には「メニュー」があったので、ようやく吾一は理解する。

その時、別のテーブルでスパゲティをすすっていたおかっぱ頭の男(鳳啓助)と共に食事をしていた口の大きな女性客(京唄子)が吾一を呼び寄せると、蠅がいるじゃないの!東京から乗って来た蠅だったらバッチイからね!と文句を言って来る。

恐縮した吾一と大吉は、殺虫剤片手に懸命に蠅を捕まえようと食堂内を追いかけ回すが、ポタージュスープをすすっていたキザな客の食事を邪魔する形になり、キザな客のメガネはポタージュスープまみれになり見えなくなってしまう。

後日、又料理学校に来ていた吾一は、自宅の母親に電話をかけ、料理学校の遠足で急に十和田湖に行くことになった。1~2泊することになるかも知れんと伝えていたが、近くでそれを偶然耳にしたさくらは、そんな話聞いてないわよ!さてはかおり先生と一緒に行くつもりでしょう!と文句を言って来て、教室内に入ってもベタベタ吾一にくっついて来る。

そこへ、原かおり先生とコック姿の男が入って来る。

その男の顔を見た吾一は仰天する。

食堂車でスープを引っ掛けてしまったフランス語をしゃべるキザな客だったからだ。

コック姿の男の方も、あなたは車掌さん!と気づくが、かおり先生は、その男を、有名なフランス料理人三井高治(藤村有弘)と生徒たち全員に紹介する。

挨拶をした三井は、吾一の隣にいたさくらを目にすると、急に興味を覚えたようだった。

その日のメニューは「エビのコキール」だった。

ジャガイモの裏ごしをやっていた吾一は、隣のさくらが、先生と一緒に一泊でも二泊でもすりゃ良いでしょう!と焼きもちを妬いて来たので、思わず、しゃもじに着いたマッシュポテトをさくらの口の中に押し込む。

そこにやって来た三井がどうしましたか?と聞いて来たので、味見をしてもらってたんですと吾一がごまかすと、三井は、じゃあ私も…と言うと、さくらの口からはみ出していたポテトをすくって自分の口に入れる。

さらに三井は、絞り器でグラタン皿にマッシュポテトを詰めるさくらに手を添えて手伝ったりするが、吾一に嫉妬していたさくらは、くやし~!と叫び力を込めたので、グラタン皿の上のパッシュポテトはグニャグニャになる。

その直後、教室の外に出て、薬局で下剤を購入したさくらは、その錠剤をすり鉢ですりつぶし、吾一がオーブンで焼き上げたコキールの上からこっそり振りかける。

そして、めいめいが自分が作ったコキールの試食を始めるが、吾一は一口食べて首を傾げる。

そこに又三井がやって来て、どうしたんです?と聞くので、味が変なんですよ。こんなにしょっぱかったかな?と吾一が言うと、三井もそのコキールを一口食べ、ちっとも変じゃないですよ!素人は何も分かってないですからねとバカにしたように言って去って行く。

そう言われた吾一は、その後も錠剤丸ごとがスプーンに乗ったりするが、さくらの目の前で、気にせず全部平らげてしまう。

翌日、吾一はかおり先生と十和田湖にやって来る。

遊覧船に2人並んで乗って楽しんでいた吾一は、隙を狙って先生の方に手を置こうとするが、急にお腹がぐるぐる言い出す。

さらに、「乙女の像」の前に来たかおりが、智恵子のように愛されたら、女は幸せでしょうねとロマンチックなことを言うので、吾一は思い切って、かおりさん、今日来てもらったのは、僕の気持ちを聞いてもらいたかったからです!かおりさんが弘前共同TVの料理番組に出ていた頃からずっと観ていました!と打ち明け始める。

しかし、お腹がぐるぐる言っているので、吾一はモジモジしながら、そこにあった折れた木の上にお尻を乗せてごまかそうとするが、どうにも便意を我慢できなくなり、ア~アモーレツ!と叫ぶと、近くのトイレに駆け込むが、大便所はみんな使用中だった。

ノックをして戸を強引に開けようとするが、中に入っていたおかっぱ頭の男が慌てて戸を戻す。

どうにも我慢できなくなった吾一は、そこに置いてあった掃除用のバケツを持ってトイレ裏手に向かうが、そこにも人がいたのでまた戻って来る。

その時、列車で大口女と一緒にいたおかっぱ頭の男がすっきりした顔で出て来たので、終わりました?と喜んだ吾一だったが、おかっぱ男と会話をしている隙に別の男がその空いたトイレに入ってしまう。

やむなく、女子トイレに飛び込もうとした吾一だったが、ちょうど出て来た大口女に見つかり、このどスケベ!と言われ捕まってしまう。

すると、それまでモジモジしていた吾一は、何故かすっきりした顔になる。

同じ頃、弘前城に綾子とデートに来ていた信作は、ギターを弾きながら歌を披露していた。

それを嬉しそうに聞いていた綾子に、信作は、俺、君と会って変わったんだ。子供の頃に親を亡くした俺は孤独だったんだよ。長谷川先輩は一々口うるさいし…と打ち明ける。

すると綾子も、分かるわ…、私もお母さんいないから…と答え、寝そべった二人は、ギターの弦を互いに弾き合う。

その後、2人は手を繋いで綾子の家の前まで帰って来るが、ちょうど庭いじりをしていた大吉は、そんな2人に気づいて、思わず垣根の下に身を伏せて様子をうかがう。

寄ってかない?と誘う綾子は、今日は止めとくと言う伸作に、うちの親父、オットセイの塩漬けみたいな顔して頑固だから…などとずけずけと言い、その場で信作に抱きつく。

その際、伸作の持っていたギターが垣根の隙間から倒れ、しゃがんで聞いていた大吉の頭を直撃する。

さらに、垣根の上に置いておいたジョウロも傾き、水が頭から降り注ぐが、2人に気づかれまいとじっと我慢する大吉。

綾子が家の中に入り、ギターを持って帰りかけた伸作だったが、ギターが汚れていることに気づき、垣根の隙間から見えていた白い布を取り上げて拭くが、それは大吉のふんどしだったことには気づかなかった。

帰りかけた信作を、待て!と立上がって呼び止めた大吉だったが、ふと気がつくと、ふんどしがなくなっていたので、恥ずかしがりながらも、うちの娘に変なことしたら許さんぞ!うちの娘と付き合うのは止めてくれ!と釘を刺す。

松山容子主演のテレビドラマを自宅でみねと共に一緒に観ていた吾一は、帰って来た信作が、冷蔵庫からビール瓶を取り出すと、それを持ったまま二階へ上がって行ったので、どうしたんだ?何かあったのか?と聞きに上がる。

ビールをいっき飲みしてむせていた信作は、心配して上がって来た吾一に、綾子とデートして自宅に送って行ったら、矢代大吉が娘に変なことをするなって言うんだよ!と興奮して答える。

それを聞いた吾一は、お前はどう言うつもりで綾子とデートしたんだ?まじめな気持ちか聞いているんだと言うと、当たり前じゃないか!だのに、あんなこと言われたら…と信作は悔しがる。

それは親の焼きもちだな…といきなり言って来たのは、いつの間にか上がって来ていたみねだった。

年頃の娘を持つ父親と言うもんはそんな気になるもんや…と一人納得したようなみねは、よし、私が掛け合って来よう。話は早い方が良い。縁談をまとめに今から行って来ると言い出すと、すぐに出かけて行こうとするので、行ったって断られるに決まってるよ…と吾一は呆れる。

その頃、大吉の方は、1人晩酌を楽しんでいたが、おちょうしのお代わりを頼んでも、綾子が不機嫌で相手にしてくれないので、自分で台所へ向かう。

その時、みねがやって来て、図々しくも上がり込み、自分も一杯御馳走になるなどと言いう出す。

綾子が先頭に出ようとすると、あんたは行ったらいかんと止めたあやは、信作のことか?あれはダメだ!と言う大吉が持って来た弘前名物「一洋」と言う銘柄の一升瓶を観て、一杯やっか?と自ら大吉に勧める。

その後、すっかり酩酊したみねが吾一の元に返って来ると、婚約の話をまとめて来たと言うので、待っていた吾一と信作は驚く。

しかし良く聞いてみると、私と矢代さんの婚約が成立したんやと言うではないか。

(回想)酒を一緒に飲み始めた大吉は、あんたは酒を飲むと、肌がきれいになるな…。俺、あんたに惚れてるよなどと言い出し、それを聞いたみねの方も、実はね、私も、もう一花咲かせたいと思ってたのと答えると、大吉はみねの手のひらを取り、そこにキスをする。

(回想明け)そして、末永く宜しくお願いします…と言うことになった訳やと、寄ったみねは、息子の手のひらにキスをしながら説明する。

翌日、列車の中で大吉に会った吾一が、あんた、うちのおっかさんを嫁にすると言ったそうだなと聞くと、あれは酒の上の冗談だよと大吉は言うではないか。

そんな事言っても困るよ。おっかさん、すっかりその気になりそわそわしてるよ!どうしてくれるの?と詰めよると、しかし、あんたのおっかさんも良い年して…、困っちゃったな~…と大吉も頭を抱える。

何とか責任取ってよと吾一は文句を言うが、その直後、大吉は、食堂車の客から呼ばれる。

その客は、県会議員の荒尾徳三郎(由利徹)と名乗ると、ローストビーフを注文したら売り切れたと言われたんだが、後から来た客が同じメニューをばくばく喰ってるじゃないか!国鉄は客を嘗めてるのか!と言う。

すると大吉は表情を変え、食堂車の全責任は私にありますから、何か不備があればお詫びしますが、国鉄の悪口は止めてもらいましょうと反論したので、わしを何だと思ってるんだ!赤い絨毯踏んだ県会議員だ!一回汚職はしたけど…などと激怒し始める。

そこに騒ぎを聞きつけた吾一がなだめに来るが、こいつを首にしろ!謝るか、首にするかどっちかにしろ!と荒尾が興奮するので、では、私が辞表を書きますと吾一が言い出す。

大吉もそれを聞いて驚くが、客の態度には納得いかず、国鉄を嘗めてんのか!と興奮し、飛びかかろうとするので、それを制止した吾一。

荒尾の方も怒り収まらず、お前たちの業務っ局長を知っているので報告しておく!と捨て台詞を残し食堂車から出て行く。

この一部始終を目撃していた綾子は、大吉に、専務さんに謝りなさいよ!と父親に詰め寄るが、頑固な大吉は無言のまま。

しかし、さすがに悪いと思ったのか、その後、吾一に謝りに行きかけていた大吉は、洗面所のドアの前で、中から聞こえて来る吾一と信作の会話を聞いてしまう。

先輩!本当に辞めるんですか?悪いのは矢代さんの方じゃないですか!あの人、27年も車掌をやりながら、専務車掌にもならなかったそうじゃないですか。お呼びじゃないよ、あんな奴!と信作は吾一に詰め寄っていた。

すると吾一は怒りだし、矢代さんに対し、あんな奴とは何だ!と言い、信作の頬を叩く。

あの人は55才で定年を迎え、一旦国鉄を辞めたんだが、その後、食堂車パーサーとして列車に勤務したのは、ひとえに国鉄を愛していたからなんだ!それを何だ!お呼びじゃないなんて!と叱りつけると、泣き出した信作は、言い過ぎました…と詫びる。

そんな2人の会話をドア越しで聞いていた大吉は、2人が去った後、洗面所に入り、思わず泣き出してしまう。

弘前駅に戻って来た吾一は、業務局長が呼んでますと言われ、一緒にロッカールームに戻って来た信作から、あの県会議員のことですねと心配される。

ところが、業務局長(南廣)の前に行ってみると、君の嫁さんにどうかと思ってね…と言いながら、見合い写真を渡すではないか。

怒られるのではないと分かった吾一は笑顔になり、見合い写真を見てみるが、そこに写っていたのはさくらだったので愕然とする。

ある会の席上で会って頼まれたんだよと業務局長は言う。

駅の外に出た吾一を待ち受けていたのは、当のさくらだった。

それに気づいた吾一は、業務局長と言えば、軍隊で言えば師団長のような物なんだから断り難いよ!と睨みつける。

しかし、これから家に帰って寝ようと思ってるんだと言う吾一のヒゲが伸びていると言い出したさくらは、自分の理容院に連れて来ると、自ら吾一のヒゲを剃り始める。

そして、さくらは、結婚したら芸者は辞めるわ。でもこの仕事は続けようと思うの。日銭になるし…、2、3年後には郊外に家を建てようと思うの。子供が生まれるでしょう?ここの家の二階も、バストイレ付きに改装しようと思うんだけど、どう思う?などと将来の夢を吾一に語りかけるが、気がつくと、椅子に上の吾一はすやすやと寝息を立てていた。

それを観て怒ったさくらは、熱々の蒸しタオルを吾一の顔の上に乗せたので、吾一は熱さで飛び起きる。

家に帰ると、信作を訪ねて綾子も来ていた。

そこに、大吉が訪ねて来たので、みねは、ややこしいことになるからと言いながら、信作と綾子を奥の部屋に隠し、自分はそそくさと化粧台に向かう。

顔に火傷の手当をした吾一に会いに来た大吉は、あんたには迷惑をかけてすまなかったと詫びる。

そして、綾子と信作と、将来、一緒にさせてやろうと思うと大吉は言い出す。

そこに、年に似合わない髪飾りなどを付けたみねが、スイカを皿に乗せて静々と持って来る。

そして当然のような顔をして、大吉に団扇で扇いでやり始めたので、大吉はスイカを食べようとするが、それはどう見ても食べかけの物だった。

大吉が話をやめてしまったので、吾一は、おっかさん、ちょっと遠慮してくれないかと追い払う。

みねが座を外すと、大吉は再び口を開き、あんたのおっかさんのことなんだけど、酒の上のほら話と言ったことは取り消し、俺の奥さんになってもらいたいんだよと言い出したので、ふすまの向うで耳をそばだてていたみね、信作、綾子らが、威勢に襖を倒し、大吉と吾一の部屋に転がり込んで来る。

原かおりの家のリンゴ園では、2人の娘(津軽洋子、桂子)が、歌を歌いながらリンゴの手入れをしていた。

そこに自転車でやって来た吾一は、園内にいたかおりに、ここが御宅のリンゴ園ですか?と声をかける。

かおりは、わざわざやって来た吾一に、家は近くなので寄っていらっしゃいませんかと誘う。

今度、家のおふくろが結婚することになりまして、ババ付きじゃなくなるんですとチャリを押しながら歩き始めた吾一はかおりに報告する。

先生とはゆっくりお話ししたいんですけど、この前の十和田湖では飛んだことになりまして…と吾一は恥ずかしがる。

明日、秋田で博覧会と関東祭りがあるので行きませんか?と吾一は誘う。

かおりと別れた後、秋田行きの了承が得られたことに有頂天になった吾一は、自転車の手放し運転などしてはしゃいでいたが、その時、吾一ちゃん!と近づいて来たさくらに声をかけられたので、驚いてバランスを崩し、道の横に会った大きな看板に頭をぶつけてしまう。

どこに行ってたの?と言いながら、さくらが近づいて来たので、寺に行って来たんだよと吾一が噓を言うと、明日、秋田の博覧会に行かない?とさくらは誘って来る。

お客さんの招待に便乗してお座敷列車に乗るんでけど、都はるみショーもあるのよなどとさくらは勧めるが、明日は、親戚の法事があるので…、だから今、寺に行って来たんだよ…と吾一はまた噓を重ねる。

翌日、さくらと仲間の芸者たちは、森欽一等と一緒に、団体お座敷列車に乗り込む。

その隣の客車に乗り込んで来たのが吾一で、先に座席に座っていたかおりに、「漫画ボイン」読みませんか?とか「ミソパン」食べませんかなどと、駅で買って来た物を渡そうとしながらも、隣のお座敷列車がうるさいので顔をしかめるのだった。

いよいよ秋田行きのお座敷列車が出発し、お座敷内では、都はるみが「好きになった人」を歌い始める。

やがて、秋田駅に到着した一行は、別々に降りて、秋田博や千秋公園へと向かう。

互いに相手が来ていることは知らないので、途中、さくらが飲み干した空き缶を放ると、草陰でかおりと一緒にいた吾一の頭に命中し、吾一は側にいた別人に文句を言ったりする。

市内では、何とか互いに遭遇することはなかったが、かおりと車で展望台にやって来た吾一は、同じ所にさくらたち一行が来たことを目撃し、観光客たちと記念撮影をしていたなまはげに頼み込み、自分がなまはげの格好をする。

すると、すぐにさくらたちが近づいて来て、吾一が変装したなまはげと一緒に記念写真を撮るが、幸い、吾一だとはバレずにすんだ。

夜、竿燈祭りが始まり、芸者姿になったさくらはお座敷から面を通る竿燈の列を眺めていたが、それを観る群衆の中に、かおりと一緒にいる吾一の姿を発見する。

吾一の方もさくらに気づき、かおりの手をとって、あっちに行きましょう!と場所を移動する。

宿から出て来たさくらは、群衆の中を吾一ちゃん!どこ行くのさ?と呼びかけながら後を追うが、吾一は捕まるまいと、必死にかおりの手を引いて、やがて、人気のない川縁にやって来る。

吾一は、改めて、僕の気持ちをお話しします。十和田湖のようになっては行けないので結論から言います。僕と結婚して下さい!あなたを幸せにする自信はあります!誓いますと訴える。

それを聞いたかおりは、私のうちは古く、考え方も旧弊です。私は1人娘なんです。ですから、結婚する人は養子になって父を手伝ってもらいたいんです。あなたは、今の仕事が辞められますか?男の人が一生を決めたことが変えられますか?と静かに話しかけて来る。

辞める!…と言ったら、結婚してくれますか!と吾一は答える。

吾一は、「矢代大吉」と「長谷川吾一」の表札が並んでかけられた自宅に戻って来る。

自宅では、結婚した大吉とみねがベタベタしながら、将棋の駒を使った遊びをしていたが、ずっと吾一が無言で考え込んでいたので邪魔そうにする。

その内、吾一は、大吉とみねのテーブルにやって来て横に座ると、将棋の駒を取り上げ、何かを決めるかのように、握った駒を、将棋盤の上に落としてはため息をつくので、大吉とめねは、変な物でも観るような目つきで吾一を眺める。

翌日、弘前駅にやって来た吾一も、相変わらず朝から無言で考えことをしていたので、信作は首を傾げる。

吾一は、まだ迷うのか…と心で自分を叱りつけると、事務室の電話を借り、かおりに電話をかけようとする。

しかし、何度も、受話器を取るのを迷ったあげく、とうとう決意を固めて受話器を握った吾一は、テーブルの下に隠れて、かおりに、国鉄を辞めることにしました。あなたを選んだのです!と伝え、あなたに比べたら国鉄なんて大したことはありません。明日、飯坂温泉のパークホテルに来て下さいと伝え、驚いている信作に、今から大急ぎで料理教室に行って、この切符をかおり先生に渡して来てくれと吾一は頼む。

翌日、飯坂温泉、十綱橋の近くにあるパークホテルにやって来た吾一は、受付で、お客様が先に部屋でお待ちですと言われたので、喜んで223号室へ行くが、部屋の中で待っていたのはさくらだった。

さくらは、唖然とする吾一に、信作が迎えに来て、ここへ来るように言われ、切符まで届けてくれたのだと説明する。

吾一は部屋を飛び出して行ったので、さくらも慌てて部屋の外に出て来るが、その時、さくらさんじゃないの?と声をかけて来たのは、このホテルのコックに教習に来ていると言う三井高治だった。

吾一は、上野駅にいるはずの信作に電話を入れるが、なかなか捕まらない。

その時、同じパークホテルにやって来たのが、綾子と信作で、ロビーで懸命に電話をしている吾一と鉢合わせになる。

信作が捕まらないことに苛ついていた吾一は、目の前にその吾一がいるので驚き、電話を切ると、僕たちも先輩に負けずにデートしようと思って来たと言う信作に、さくらに切符を渡したのか!と聞く。

すると信作は、かおり先生に渡そうとすると受け取ってくれないばかりか、国鉄を辞めないで下さいと言ってくれと逆に言われ、それでさくらに切符を渡したのだ。僕もその方が良いと思う。男は、自分を愛してくれる人と結婚するのが良いんですと説明する。

割り切れない気持ちのまま、吾一はさくらとバーで飲むことにする。

ステージでは、「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」が「君は心の妻だから」を歌っていた。

さくらは、せっかくここまで来たのに、吾一の態度が冷たいので、急に泣き出すと、良いのよ、もう…、私、死んじゃうかも…。せめて今夜一晩だけでも付き合ってくれない?と言ってるだけなのに…などと言いだし、吾一のガスライターを鼻の下に持って行き、ガス自殺しちゃう!等と言う。

そして、吾一ちゃん、さようならと言い残し、テーブルから去って行ったので、吾一は、いなくなって清々した!などと喜び、1人でブランデーなどの見かける。

しかし、あいつのことだから、本当に死んじゃうかも…と、急に心配になり、223号室へ戻ってみる。

すると、かおりがベッドの上でうつぶせに倒れ込んでいるではないか。

驚いて駆け寄ると、側に「劇薬」と書かれた空の薬瓶が落ちていたので、どうしてこんなことをしてしまったんだ!と呼びかけながら仰向けに抱き起こすと、フロントに、誰か来て下さい!自殺です!と電話を入れる。

そして、又、ベッドに戻ると、さくら!死んじゃダメだよ!僕が悪かった!君がこんなに思い詰めていたなんて知らなかったんだ。勘弁してくれ!君は心の妻だ!などと呼びかける。

こんなことなら、結婚していれば良かった!と吾一が嘆くと、本当?と言いながら、死んだはずのさくらが抱きついて、キスして来る。

その後、ベッドで並んで放心している2人だったが、ねえ、お風呂に行かない?と先に起き上がったさくらが誘う。

しかし、吾一は呆然としているだけで身動きすらしないので、お疲れ様なのね…とからかい、1人で浴場へと向かう。

その後、起き上がった吾一だったが、ベッドから降りると、腰がふらついていた。

男湯に入ると、そこには、先ほど歌っていた鶴岡雅義と東京ロマンチカの面々が入っていた。

吾一の目の前でじっと吾一の方を見つめていた鶴岡雅義が、あ〜あ、良い湯だな〜!と叫ぶと、後ろで浸かっていたメンバーたちが全員ずっこける。

東京ロマンチカのメンバーが全員浴室から出て行くと、男湯の中は吾一ただ1人になる。

まだぼーっと夢見ごちだった吾一は、浴室にあった女体像の彫刻が、みんな本当の女の裸身に見えて来る。

やがて、かおりが入って来ると、全裸になって湯船に入って来る。

ここは男湯です!女風呂はあっちです!と言いながら離れようとする吾一に、迫って来たかおりは、私、やっぱり来てしまったんです。一度はあなたを諦めようと思ったんですけど…、あなたを死ぬほど愛していると分かったんです!等と言いながら、湯船の中の吾一に抱きつこうとする。

ダメです!と拒否する吾一は、部屋のベッドで、枕を抱きしめながら、一人悶えていた。

男湯に入ったのは夢だったのだ。

一向に醒めない夢にうなされ、かおりさん!はしたないことは辞めて下さい!僕は結婚してるんですから…などと言いながら一人枕と格闘する吾一。

それを発見したのは、風呂から上がって来たさくらと、そのさくらを追って、無断で部屋に入ってきた三井。

三井は、車掌、何してるんだ?気でも狂ったのか?と1人で悶えていた吾一に話しかけるが、吾一はいきなり、そんな三井に抱きついて来る。

さくらは水を持って来て吾一の顔にかけようとするが、目測を誤り、三井にかけてしまう。

とうとう終いには、驚いて部屋の中を覗き込んでいた部屋係のトレイを借り、吾一の頭を殴りつける。

すると、吾一はおとなしくなり、そのままベッドに寝ると気を失う。

その時初めて、三井がいることに気づいたさくらは、先生、なしてここにいるの?と怪しむ。

翌日の列車の中、森欽一や信作、綾子ら乗務員たちが吾一の側に来ると、おめでとうございます!巧いことやりましたね!と嬉しそうに挨拶する。

あっけにとられた吾一だったが、信作の顔を見て、お前がさくらのことを言いふらしたんだな!と文句を言う。

新婚生活はどうですか?と信作がからかうように聞いて来るので、吾一が照れていると、あなた!と言う声が近くから聞こえて来る。

見ると、側の寝台から姿を見せたのはさくらではないか!

勤務中だよ!と人目を気遣い、吾一が注意すると、じゃあ、何と呼ぶの?とさくらが聞くので、専務さんとか…と小さく呟いて、吾一はバツが悪くなり、その場を離れようとする。

すると、父ちゃん!と呼びかけながら追いかけて来たさくらが、ネクタイ曲がってるわよなどと言いながら、ネクタイを締め直す。

そんな2人の様子を、にやにや信作たちが見つめているので、お前たち、あっち行ってろ!と叱る吾一の頬にキスをしたさくらが、行ってらっしゃい!と送り出す。

その直後、窓の外の景色にカメラを剥けていた若い娘が、記念に一枚、写真を撮っても良いですか?と言って来たので、通路でポーズを取った吾一だったが、それをカメラで覗く娘とその仲間たちは一斉に笑い出す。

ファインダーに写る吾一の顔の左頬には、くっきりキスマークが付いていたからだった。

しかし、そんなことにも気づかない吾一は、そんなに笑わないで下さいよと言いながら、照れくさそうに手袋で口元を拭ったので、キスマークの口紅が吾一の口元全体に広がってしまうのだった。


 

 

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